痛みと熱に浮かされて、タルトは失った意識を取り戻した。回りを確認。自分が"はかいこうせん"を浴びて、痛みが脳を直撃し……そのまま気を失ってしまったことまでは覚えていた。 そこから先のことを、殆ど覚えていなかった。一体何があったのか、おぼろげな記憶には霞がかかって、痛みが体中に伝わるだけだった……そもそも、今はどこにいるのだろうか…… 回りを確認、空が見える、下を見ると凄く小さなところにてんてんといくつかの建物らしきものが見えた。 自分がいる場所には、黒い雲がしっかりと支えてくれていて、タルトはとりあえず落ちてはいないということが分かって安堵の息を漏らした。 「いたっ……そ、そうだ、ガーナは!?」 思い出したかのようにガーナの姿を確認しようと、きょろきょろと周りを見渡すが、どこにも見当たらない……どこにいるのかと更にしつこく探そうと視線を走らせると、上へと上がる、ガーナが出したと思しき黒い雲を見つけた…… 「これ……」 タルトは自分の身体をゆっくりと起こすと、痛みを無視して、雲によじ登る、まだまだ上まで続く雲にひょいひょいとよじ登って、最後の大きな雲に上った瞬間に、眩しい光を感じた。 強力な閃光に思わず硬く瞳を閉じて、片手で顔を覆った。暫くして、恐る恐る目を開けると…… そこには、ぼろぼろになった二匹のポケモンが戦いを繰り広げていた。 「ウオオオオオオオッ!!」 「ッ!?」 耳を劈くような咆哮を上げたのは、タルトのよく知っているポケモン。ゾロアのガーナだった。 そしてもう一匹は、巨大な身体に強靭な四肢を持つポケモン。カイリュー…… 意識を手放す前に最後に見た光景は、ガーナが地上に落とされようとする瞬間だった目、この状況何が起こっているのか若干理解に苦しんだ。 そしてよく見ると、ガーナは殆ど傷ついてなどいなかった。多少の打撲や、火傷はあるが、目立った外傷は殆ど見られない。 ガーナの殆ど外相の無いからだとは対照的に、カイリューの身体は傷だらけで、翼も異常なくらいぼろぼろになっていて、飛んでいるのが不思議なくらいに満身創痍状態だった。 それでも、空を飛んでいられるのは、やはりカイリューという種族の強靭な身体に、不屈の体力から来るのだろう。 だが、そんなカイリューをあざ笑うかのように、ガーナは容赦の無い打撃を次々にカイリューに叩き込む。 めきり、という嫌な音がして、タルトは思わず耳を塞いだ。ガーナの左前肢が、カイリューの右腕をへし折り、そのまま勢いを殺すことなく流れるような尻尾を思い切りカイリューの胸部にねじ込んだ。 ばきばきと、あばらの骨が砕けるような音が聞こえて、カイリューが口から多量の血を吐き出した。殴る、蹴る、叩く、戦いにおいて、もっとも安直な打撃攻撃を、休むことなくガーナは敵と認識したポケモンに叩き込んでいく…… 「ガーナ!!やめてください!!」 「ウオオオオオオオオオオオッ!!!!」 タルトは思い切り叫んだが、ガーナはもはや言葉も届いていないのか、狂ったように呵責の無い打撃を叩き続ける…… 「ガーナ!!ガーナぁ!!!!」 「ボクガ…………ボクガ……タルトヲ……マモルッ!!!」 「!?」 「アガアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!」 叫び声の合間に聞こえた。ガーナの声を聞いて、タルトは目を見開いた。 守る、という、単純な言葉……タルトはガーナの雄たけびに負けないように声を張り上げた。正気に戻すためには、これしかないと思ったのか、戦っている最中でも構わずにタルトはガーナに近づいて、後ろから攻撃しようとするガーナを抱き止めた。 「私はここにいる。ガーナは私をちゃんと守ってるから!!!大丈夫だから、これ以上無抵抗の相手を叩きのめすのはやめて!!」 「ア……ガァッ……!?!?」 タルトの声を聞いて、ガーナの身体から力が抜けていく。正気に戻ったのか、瞳に空色の光が宿っていく。 「タルト?……あれ?」 何も覚えていないのか、ガーナはきょろきょろと辺りを見回す。タルトは正気に戻ったガーナを見て、口から大量の空気を漏らした。 「ハァ、ハァ、こ、これ以上は、危険か……くそっ!!」 攻撃が止んだ隙に、カイリューがぼろぼろの翼を羽ばたかせて、大空の宝島へと逃げていく。それを確認したタルトは、本当に危険なものがなくなって、ふらふらと身体を左右に燻らせた。 「勝ったんですね……でも、ガーナ、貴方は一体?」 改めてガーナの体を見て、タルトは本当に不思議に思った。ガーナはぴんぴんしていた。傷どころか、汚れ一つない。先ほど戦っていたときは、若干の擦り傷は火傷があったものの、今ではそんなものは無い。 外傷なし、汚れも身体の疲労も感じられない。まるで、先程のカイリューから生命エネルギーを全て吸い取ったかのようで、タルトは自分の目がおかしくなったのかと思うほどだった…… 「……分からないんだ。ごめん」 謝られた。記憶喪失ということを配慮していない発言をしてしまって、タルトは思わず頭を垂れてしまった。 「ごめんなさい、失言だった……」 「いや、全然気にしてないからいいよ……それよりも、ほら、見て!!宝島があんなに近いよ!!」 「え?」 ガーナの指差した先に、確かに宝島があった。雲を出し続けながらガーナが戦っていたのか、のぼり登って、凄く間近まできていたのだった。 現在高度19700m……肉眼で宝島を確認できる高度まで上り詰めたのだった…… 「凄い、ここまで来ると、殆ど全容が分かる……」 「胸がざわつく……体がむずむずする……一体何があるんだろう……」 ガーナは、体中の細胞がまるで喜んでいるかのような感覚を受けて、不思議に思った。 自分の記憶を取り戻す手がかりがこの宝島にあると思って、思い切って行って見たものの、どうしてか不安も生まれていた…… もしかしたら、いかなければよかったと思ってしまうのかもしれない、ひたすら後悔する内容が待っているのかもしれない。 言って見なければ永遠に分からないままなのだが、なぜかガーナにはそれが分かっているかのように、身体の喜びとは真逆に、頭の思考は不安定な不安をガーナに伝えていた。 ここには何もない、早く帰ったほうがいい…… 身体に正体不明の不安を感じて……横で感嘆の声を上げているタルトに話しかけた。 「ねえ、タルト……」 「え?どうしたんです?」 「その……やっぱりさ……」 帰ろう、帰っていつも通りに、静かに暮らして、そのままずっとそうしよう…… 宝島なんて忘れて、二人で仲良く暮らしていれば、いずれは記憶も取り戻すさ……あそこには何もない。何もないんだ…… そうだよ、今すぐに地上に戻ろう。あんまり眠ってないから、ふかふかの寝床が待ち遠しいはずさ…… そんな言葉を出す前に、タルトは静かに、短い声で、こういった…… 「戻りたい?」 「え?」 「地上に戻りたそうな顔をしてたから……」 不安そうなガーナとは対照的に、タルトは落ち着いていた。体中が焼け焦げているし、ぼろぼろでふらふらなのに、とても楽しそうだった…… 「ガーナが戻りたいなら、私は構わないよ」 「そ、それは……」 「でも、自分にとって大切なことが何なのか、もう一度よく考えてから決めたほうがいいんじゃないかな?……私は、あそこにはきっと金銀財宝よりも素敵なものが眠っていると思う……そう直感が告げてるから……」 「宝よりも、大事なもの……」 宝島に行く前に、ちょろっと聞き漏らした言葉が、今タルトが行ったことだとわかって、ガーナは顔を少しだけ疑問に歪ませる…… 「宝物よりも大事なものって言うのは、人それぞれ、個々によって変わるものさ、大切な人だったり、なくせ無い思い出だったり、昔を思い出せるような武勇伝だったり……ガーナがどんな気持ちなのかは分からないけど、行かないと後悔するって少しでも思ってるんだったら、戻るのはちょっと考えたほうがいいと思うよ。……まぁ、私が言えた立場じゃないんだけど……」 そんなことを言って、ぼろぼろになった身体をかいて、いてて、と呻き声のようなものを漏らした。 そもそも、こんなにぼろぼろになった理由は、攻撃を受けたからだ。自分からついていくといったため、タルトはこういう出来事も覚悟してきていたのだろうが、どうしてもガーナはそんな彼女を直視することが出来なかった…… 自分も守らなければいけないというのに、タルトを傷つけてしまった。今まで面倒を見てくれて、ここまで一緒についてきてくれたのに、いまさら戻るというのはあまりにも自分勝手すぎるだろうと思った。 「やっぱりいいや、行こう……」 「いいの?」 「うん。もう決めたんだ……絶対に僕の記憶を取り戻して見せるさ……」 「あの島に、そういう手がかりがあるとは限らないけどね……」 「茶化さないでよ」 いつもどおりの他愛ない会話をして、これでこそタルトだろう、と、ガーナはほくそ笑んだ。 大切な友達のために、何よりも自分の秘密のために、後退するわけには行かなかった。 どれだけ後悔しても構わない……行けるところまで行くだけだ…… 「ふふふ……」 「よし、いこっか!!」 とにかくあと少しで辿り着く、なんて気が緩んだ瞬間に、いきなり凄い突風が二匹を襲う。 強烈な追い風が二匹分の身体を上空まで持ち上げると、一気に二人を黒雲の足場から引き剥がす。 「わっ!?」 「っ!?」 体が上空で停止したまま、二匹は風に囚われる。何が起こったのか周りを確認すると、宝島の前に一匹のポケモンが現れる。 まるでこちらの行動を見ていたかのように、攻撃を封じるように、周りを厚い風の壁で覆い隠すそのポケモンは、見たことのない種族だった…… 鷹だか鷲だかを連想させる身体に、黒い眼光が二人を威圧する、赤、黒、青、変な配色のカラーリングの鳥が、タルトとガーナを睨み付ける…… 「そこまでだ!!ここでお前達を拘束させてもらうぞ!!!」 「だってさ、タルト」 「ガーナもでしょ……」 やる気を魅せたところで、一気にそれをそがれるような行動を起されて、何ともいえない鬱屈そうな瞳をガーナはタルトに向けて、どうしようといった顔をした。 タルトも何だかどうしようもないといった顔をして、ただただ変な鳥を見つめるだけだった…… 「ドラムとの戦いは、先程すべてみていたぞ……」 「ドラム?」 「多分、さっきのカイリューじゃないですか?名前を放さなかったので、名無しかと思っていたんですけどねぇ……」 いまさら倒した相手の名前が分かってもどうしようもない、ガーナはとりあえず、目の前の変な鳥に話しかける。 「とりあえず、お前、何者だ?」 ガーナはごく自然にそんな言葉を紡いでいた。自分でそんな言葉が出るのが不思議なくらい、落ち着いていたのだ……何も感じない、相手に対する道の恐怖も、自分に対する不安や疑問も、タルトに対する心配するという感情も、何もかもを感じることが出来なかった。 目の前に浮かぶ宝島に、意識は全て持っていかれた。不安に思っていたこと、降りようと思いかけたこと、やっぱりやめて、今ここで動きを封じられていること……すべてが、流れる水のように溶けて、頭の中で綺麗さっぱり流される…… 炎のような感情をむき出しにした激情、流れる水のような冷静さ……そのどちらでもない、熱することも、冷ますこともない、無間の空間を、ガーナの意識は飛び回っていたのだ。 「私は……この島の門番だ。お前たちがドラムと戦っているところも、全て見た……生命力を吸い取る攻撃など、私は未だかつて見たことが無い。私のほうこそ聞きたいくらいだな、お前は一体何者だ?この竜眼島に宝を求めてきたというのか?」 変な鳥はそういった。不思議な黒色の羽をばさばさ羽ばたかせながら喋っていたために、言葉が若干聞き取りにくかったが、聞き耳を立てて話を聞いていたタルトが、ごく自然に友好的な挨拶を試みた。 「私達はそこまで怪しいものではないですよ……この島に友人の記憶を取り戻す手がかりがあると思って、ちょっと中を見せて欲しいなと思っただけですので……用が済んだらすぐに出て行きますよ……」 「私の独断で考えるのもあれだがな、黒い雲を呼ぶ力、ポケモンの生命力を吸収する能力……十分怪しいと思える。それに、空の周りを見るドラムを退けた力は本物だ……彼は私よりも強いのだからな……」 「ほう?」 「当たり前だ、タイプが違う、腕力が違う、身長も、体重も、戦いにおいて、巨体であることは悪いことではない、よけられないというリスクも背負うが、ドラムは殆どの攻撃を食らっても平気なくらい皮膚が硬いからな……」 「丁寧なご説明どうもありがとう」 「だが、そんな強靭な外皮を持った彼を打撃だけで叩きのめすなど、到底不可能だ。そして、彼を退けてここにやってきたお前達は、どう考えても侵入者だ……侵入者は撃退する。守るものとはそういうものだ……」 正論であり、心理である。やはり友好的に行ったのが間違いだったかと思って、タルトはにこやかな笑みを崩して、思案顔になる。体中がまだ痛いが、頭は回転する。 拘束されていては、満足に攻撃をすることが出来ない。かといって、動こうものならきっと抵抗すると思われてやっぱりダーツの的よろしく的当てになるだろう。 どうしようかと考えていたら、ガーナはもうすでに臨戦態勢満々といった顔をしていた。とにかく、今の状況を何とかしたいのだろう。何とかしてあの島に上陸したいという気持ちが悶々と湧いているのがどうしようもなく感じ取れた。 くすくすと微笑んで、タルトは笑った。やれやれ、さっきまで帰ろうといおうとしていたポケモンだったのに、おかしくなって、くすくすと笑い続ける…… そこもまた、ガーナの魅力なのだ。季節のように変わる、面白い表情。放していて飽きない、大切な友達…… その友達が、自分の秘密を知るために、今一生を変えるような大冒険をしているのだ……友達として、何よりも、きっと素敵なものが見つかると信じて…… 「ここは、私がやるとしますか…………こい!!謎の鳥ポケモン!!!私が相手だ!!」 「面白い、体が囚われた状態で、何ができるかやってもらおう!!」 ガーナが驚いてタルトを見ていた。まるではとが豆鉄砲を食らったかのように、ぽかんと大きく口をあけて、不思議そうな顔をして、タルトを凝視している。 それもそうだろう、大きな声を張り上げて、相手を挑発するなんて、本人も何でやったんだろうと思うくらいだ……だが、不思議と後悔は無い。というよりも、少し声を張り上げすぎたかな?などと思ってしまう。 だが、ようやく見えた宝島、感情が高ぶっているのは何もガーナだけではない…… タルトは自然につりあがる口を手で押さえて、瞳だけを嬉しそうに歪ませる。 一度、昔ガーナに、タルトは子供っぽくないといわれたことが会ったなと、タルトは思い返して笑った。そんなことは無い。 大人っぽい考えや、どうしても恥ずかしくて出来ないというのは思春期によくありがちなことだ。子供みたいに馬鹿をやるのが、恥ずかしくて一緒にいられないというのも、思春期に入れば自然と感じるものだ…… だが、タルトはまだまだ、自分に思春期はこないなと思ってしまうのだった…… 面白い出来事で馬鹿みたいにはしゃぐのも大好きだ。お祭りの屋台で林檎飴や綿菓子を買って食べるのも好きだ。 そして何よりも―― &ref(挿絵1.jpg); 「いきまぁっす!!!」 ――未知の宝島に、ドキドキと興奮、高ぶる感情…… こんなにも、ワクワク出来るんだから―― 続く ---- - 完 ―― &new{2010-08-19 (木) 01:10:48}; - えっ、終わり? ―― &new{2010-08-19 (木) 19:24:15}; - 地の文の説明と描写は簡潔で手短に、しかし自分で その場面を想像しなくても、すぐに状況が分かる描写。 やはり技術の差とキャラに対する愛情を感じます。 これからも執筆頑張ってくださいね。 ――[[呂蒙]] &new{2010-08-20 (金) 01:32:04}; - 前々から九十九様のこの作品は読ませて頂いていました。 タルトやガーナ、その他のキャラクター達の持つ宝島へ行くと言う目的を達成する為に努力して困難に立ち向かう……私的にはそう言った冒険物語は好きです。 第一空域を無事に切り抜け、第二空域に突入した彼らはここも抜けられるか……続きが気になります。 そして巧みな描写と上手な挿絵も素晴らしい限りですし、とても羨ましいです。 これからも頑張って頑張ってください!応援しております! ――[[lighter]] &new{2010-08-21 (土) 23:31:01}; #comment