#include(第二回仮面小説大会情報窓・非エロ部門,notitle) [檸檬] レモンは酸っぱいものだ。それは常に変わらない不変の真理である。 たとえ食べている本人がミラクルフルーツを食べていたとしても、客観から見ればそれはやはりすっぱいのであって決して甘くは無い。 ただ、レモンも蜜には勝てまい。 私はそんなレモンを1袋買ってきた。これを好きだからというわけではなく、安かったから買ったのだ。 籠の上にレモンを山のように乗せ、しばらくその山を眺めていた。買ったのはいいが使い道を全く決めていなかった。 不意に部屋の奥からピカチュウが姿を現した。ピカチュウが私の家に居ても私はポケモントレーナーではない。 このピカチュウが勝手についてきたのだ。さらには私はモンスターボールにも触ったことがない。 森を越えたところにある街へ買い物に行ったときのことだった。 私はそのころからポケモンを持っていなかったので、森を越えてまで買い物に行きたくなった。 しかし、このときばかりは生活に必要なものをほとんど切らしていたので、仕方なく隣の街へと行く覚悟をした。 森ではトレーナーから嫌な視線を向けられなければいけないし、何しろポケモンまで出る。 トレーナーではない人が通る道も作られているとは言うが、その道にポケモンが飛び出してくることもよくある話だ。 森の入り口の立て札の表示を見る。「危険! ポケモンが飛び出します!」立て札に書かれている矢印に沿って、小道へと進む。 この誰も居ない、薄気味の悪い感じもたまらなく嫌だ。私は足早に森の道中を走っていった。昼間はそう長く感じない道のりだ。 森を抜けると太陽の光が直接私に降り注ぐ。ああ、なんて心地の良い光だ。 夕方、たくさんの食料品、日用品を買い込んだ私は帰路についた。空が赤く染まっていたが、それは森の薄気味悪い感じを増長させていた。 森は夜のほうが怖い。トレーナーもほとんどの者が家へと帰ってしまっている。足を1歩前へ出すと、私は森に吸い込まれた。 外はまだ夕暮れと言っても森の中は大分暗く、森は夜の到来を静かに待っていた。 急がなければ。私は走り始めた。後ろにはもう闇が迫っている。外灯が道を照らしてくれている……。 走る速さを上げたとき、視界が大きく傾いた。外灯に少し安心したのか、その一瞬で私は躓いたのだ。大量の荷物が宙を舞い、地面に散らばってしまう。 慌てて荷物を拾い集め、袋につめる。もう散らばっている物はないかとあたりを見回したときだ。 ふと、目の前にピカチュウが現れた。ここは、彼の領域だったのか? 私は電撃を恐れ、すぐに立ち去ろうとする。 彼は腕で何かを抱えていた。彼に対してはとても大きな袋だった。それは、私の買った1袋のレモンだった。 私は呆然として立ち尽くし、じっとピカチュウを見つめていた。彼も私をじっと見つめていた。 闇が森をすっぽりと覆ったことに私は気づけなかった。それでも私は呆然とピカチュウを見つめていた。 彼は私にレモンの袋を手渡した。彼が動いたことで静寂から解き放たれた私はまた前に進み始めた。 ピカチュウは私が歩き始めたのを確認すると、私の少し前を歩き始めた。 「ピカチュウ。ありがとう」 私は先ほどの袋からレモンを1つ取り出し、ピカチュウに投げてやった。 ピカチュウは空中で器用にレモンを捕まえると、どこかへと走っていってしまった。 次の日。ピカチュウが私の家にやってきた。ちょうど正午だった。 何をしに来たのか。私は昼食を取ろうとしていたところだ。もちろん自分の分しか作らなかった。 彼の分などあるはずも無い。なので、とりあえずリンゴを1つ、ピカチュウの前に置いてやった。 私は昼食のスパゲティを口に運びながら色々と考え事をしていた。なぜこいつは私の家が分かったのだろうか。 もう一度スパゲティを口に運び、前を見るとピカチュウはそこには居なかった。リンゴも無かったのでおそらく彼が持って行ったのだろう。 その次の日も、そのまた次の日も正午にピカチュウはやってきた。そして、いつの間にか私の家に住み着いていた。 私自身は何も困らなかったのだが、彼はトレーナーではない人間のところに来ても良かったのだろうか。 それは今でも不安に思っている。 私は相変わらずレモンの山を眺めていた。この山をいったいどうしようか。 ピカチュウが私の肩によじ登り、私の頭をぺしぺしと叩いた。彼が私の頭を叩くときはたいてい昼食の時間が来たときだ。 そうでなかったら夕食である。私はレモンを横目で見て、楽しい想像をしながら台所に立った。 日に日にレモンを1つずつ消費していき、最後の1つとなった。 私はこのレモンに淡く儚い期待を込めている。ほら、よくあるじゃないか。柑橘類の中からお札が出てくる手品が。 切る前に私はピカチュウにレモンを手渡した。毎回切る前にはレモンを1度彼に渡している。彼が種を見つけてくれる……。私はそう信じていたのだろうか。 それとも、彼によって期待が裏切られることを望んでいたのか。 渡したレモンはピカチュウの中にすっと溶け込んだ。私は目を疑った。確かにそこにあったレモンが消えたのだ。 ピカチュウは首をかしげ私をじっと見つめたが、不思議なのは私のほうだ。しかし、このレモンなら――。 私はそのレモンをピカチュウから受け取り、真ん中まで切ると、私の儚く、ささやかな、かつ強欲な願望はすぐさま消え去った。このレモンにも入っていなかった……。 がっかりした私はレモンに差し込んだナイフを最後まで落とした。 私と彼とで半分ずつ。生のまま口に放り込む。今まで以上の酸っぱさが口の中に広がり、顔をしかめた。 それは彼も同じだったようで、私と同じように顔をしかめていた。 次の日、ピカチュウはいなくなっていた。長い散歩のようなものだろう。人に慣れているとはいってもやはり野生なのだ。 [薔薇] 知人から1束のバラをもらった。もらったのは良いのだが、やはり1束と言うことに違和感を覚える。 きれいなバラには棘がつきものだが、実はレモンの木にも棘はある。 ピカチュウが去ってしばらくした日。(ピカチュウがしばらく居なくなるのはこれが初めてではなかったので私は気に留めなかったのだが。) 私のところに偉い博士が訪ねてこられた。なんでも私にトレーナー免許が下りるとのことらしい。確かに免許を持っていても損はない。 しかし、バトルも何もしない私が持っていても得でもない。また、トレーナー免許を受け取るならポケモンを1匹あげようとも言われた。 話を進めていくうちに分かったことで、その子は研究所で2年居残りを食らったポケモンらしい。 それならばと、まだ見ぬパートナーへの同情の心も合わさり、私はトレーナーカードとモンスターボール2つを受け取った。1つはピカチュウ用である。 「ありがとうございます」 「いやいや、君に喜んでもらえてうれしいよ」 博士が帰られた後、早速モンスターボールを開けてみた。ヒトカゲか……。私は球体の中から現れたポケモンを見てそう呟いた。 ちょうどテーブルに乗っているバラと同じ色の炎を尻尾に宿していた。 ヒトカゲは私の顔を一目見るなり、部屋中のものというものをひっくり返し始めた。 バラを挿してある花瓶が大きな音を立てて割れた。これは大変だ。 博士からはヒトカゲにしてはおとなしいと聞いていたのが、おとなしくてこれなら活発だともっとすごいのだろう。 あまり想像したくないことを想像し、私はめちゃくちゃになった部屋を見て、やれやれと首を横に振った。 次の日から私はヒトカゲにいろいろなことを教え始めた。大半がしつけだったのだが。 教えたことは伝わっているようで伝わっていない。ポケモンのことに関して初心者の私がやるには骨が折れると思う。 他のトレーナーの努力が目に浮かんでくる。いや、むしろ初心者だからこそ骨を折るべきなのだ。 私はあきらめずにヒトカゲにいろんなことを教えていった。 1週間も過ぎるとヒトカゲは私の家での生活に大分慣れたようで、教えたようなことは大体できるようになっていた。 確かに、これならおとなしい。 私はある日、ヒトカゲを公園へ連れて行った。公園への道中、トレーナーに話しかけられたが、「バトルのお誘い」はすべて断った。 ヒトカゲは野生のポケモンとのバトルはできても、まだトレーナーのポケモンとバトルできるような域に達していないだろう。 もともとこの公園は小さなポケモンや子供向けに作られた。 そう。この公園にやってくる条件はほとんど決まっている。私も条件に当てはまっているのだ。もっとも、本当に当てはまっているのはヒトカゲなのだが。 公園があるから人やポケモンが集まってくる。しかし、トレーナーが多く集まるところにはポケモンセンターができる。 卵が先かポケモンが先かは分からないが、トレーナーが優遇されているということは一目瞭然である。 ヒトカゲは1つのグループの外にびくびくしながら立っている。ヒトカゲの目の前にあるグループは猫のようなポケモンがきっちり取り仕切っている。 それは自己中心的なものではなく、ちゃんと周りの意見をまとめている。猫のようなポケモンがヒトカゲに気づき、すっと中へ入れてくれた。 ヒトカゲと同じように私もびくびくしていたが、ほっと胸を撫で下ろした。しかし、まだヒトカゲはびくびくしているようだ。 私は、半分子供を見ている保護者のような気分でヒトカゲを見ていた。 私はヒトカゲが遊んでいる様子が見えるベンチに腰掛けた。ヒトカゲの動きはまだぎこちなかったが、なんとかグループには入れているようだ。 先に座っていたトレーナーらしき人物が私に声をかけてきた。 「トレーナーですか?」 「いえ、ただポケモンと生活しているだけの者です」 私をトレーナーと呼ぶには程遠い。ヒトカゲがどう思っているのかは知らないが、私は自分をトレーナーでは無いと思っている。 ポケモンを持っている人が全員ポケモントレーナーのはずが無い。そういう彼はどうなのだろうか。 「貴方は?」 「俺は……。こう言われると困るものですね」 自分に返ってくる可能性のある問いは答えを考えておくものではないのか……。 彼も私と似たような人か。それとも一般的なトレーナーだろうか。 「俺はコーディネーターのようなものです」 コーディネーター、それはポケモンコンテストに出場し優勝することを目的としている職業だ。 「あなたのパートナーは?」 「あそこのヒトカゲです」 私はグループの中で砂遊びを始めたヒトカゲを指差した。 「ヒトカゲにしてはおとなしいような気がしますけど」 「そうですか? 私にはあれぐらいがちょうど良く見えますよ」 博士から貰ったヒトカゲがおとなしくて良かったと心底思う。 もっと活発だったならば家を燃やされていたかもしれない。 「確かに。ヒトカゲは初心者用のポケモンとしては少々扱いづらいところもありますからね」 「ところであなたのパートナーは?」 「えっと、俺のパートナーは、あそこのエネコロロです。ちょうど砂まみれになっていますけどね」 男は笑いながらエネコロロの方を指差した。エネコロロ。それがあの猫のようなポケモンの種族名だった。 私はふと疑問に思った。コーディネーターなら、毛並みなどに気をつけると思っていたのだが。 「あ、コンテストの前にはちゃんとしていますよ」 私の疑問に気づいたようで質問する前に答えが返ってきた。 「それに、今、そんなことばかりに気をつけていたら彼女も気が滅入るでしょうしね」 エネコロロはヒトカゲを含め小さなポケモンたちをちゃんとまとめている。優しく、時に厳しく。 それは自分よりも周りを優先しており、今、彼女の頭の中にはコンテストのことは微塵も無いということだろう。 ベンチの端と端に座っていたが、今はもうちょっと間をつめてもいいような気がした。それからはお互い黙ったままだった。 そろそろ帰ったほうがよさそうな時間になった。もう、夕日が公園を染めている。 私が出口のあたりで「ヒトカゲ」、と呼ぶと彼はエネコロロたちに礼をすると、すぐさまこちらへ走ってきた。 それまでは良かったのだが、彼を抱きかかえた瞬間に炎を吐かれてしまった。間一髪で避けたが、炎は私の頬を掠めていった。 何か嫌なことを我慢していたのか、私は慌ててヒトカゲの顔を覗き込む。 彼は……なんと泣いていた。いったいどうしたというのか。ヒトカゲの手の中には1輪の小さなバラ。棘が刺さったわけでは無さそうだが……。 落ち着いたのかヒトカゲが顔を上げた。彼の顔は涙で濡れてこそいたものの、それは夕日とともに笑顔の中で光っていた。 私はエネコロロとそのコーディネーターのほうを向き礼をし、公園をあとにした。 [憂鬱] ピカチュウが長い散歩から帰ってきた。それからと言うもの、一目見たときからお互いを敵だと思ったのか、ピカチュウとヒトカゲは1日中喧嘩をしていた。 私は何度も彼らを外へつまみ出してはため息をついていた。どうにかならないものだろうか。 帰ってきたピカチュウは……もちろん捕まえたわけだが、ヒトカゲにはそれが気にくわなかったのか。 これから長い間一緒に暮らすのだから仲良くしてほしいのだが、そうすぐにと言うわけにはいかないのだろうか。 それでも、食事のときだけ喧嘩が収まるのは、かなりありがたかった。 それからしばらくピカチュウとヒトカゲは喧嘩する日々を続けていたが、ある日パタンと喧嘩をしなくなった。ただ、同じようにじゃれあってはいるのだが。 その次の日だったか。ヒトカゲがリザードに進化していた。ピカチュウは怖がったりするかと思えば逆にリザードに近寄り、リザードの尻尾にじゃれつき始めた。 リザードのほうもヒトカゲの時の喧嘩は何だったのかと思えるほどピカチュウに仲良く接していた。 「なあ、お前たち。いったいどうしたんだ?」 私は彼らに問いかけたが、彼らは顔を見合わせ、ただ満面の笑みを浮かべるだけで何も答えてはくれなかった。 それからと言うもの、彼らは何かにつけ一緒に行動していた。 月日は流れ、リザードはリザードンに進化した。今度ピカチュウは肩や頭にまで登り、じゃれあっている。 この前のダブルバトルでも息はぴったりだった。喧嘩の跡など微塵も無い。 バトルというものも少しずつやってはいたが、彼らは馴染めても私には馴染めなかった。 「なあ、お前たち。いったいどうして仲良くなったんだ?」 私はまた彼らに問いかけたが、彼らはただ満面の笑みを浮かべるだけで何も答えてはくれなかった。 私だけが取り残されてしまっていたようだ。 とある日。いつの間にか私の家にピカチュウとピチューが1匹ずつ増えていた。 それに気づいた私はまたレモンを買いに行った。 増えたピカチュウは尻尾の先に切れ込みが入っているのでメスだろう。 また私だけが取り残されているようだ。少しは待ってくれないか。 ---- あとがき 仮面小説大会お疲れさまでした。 主催者のrootさん運営お疲れさまでした。 上位入賞者の方々おめでとうございます。 そして、このwikiの皆様ありがとうございました。 どの作品も票をもらえたので良かったなあと思っています。 私は一票もらえるなんて思ってもいませんでした。 票を入れてくださった方本当にありがとうございます。 この小説大会に参加するにあたり初めて小説で締め切りというものを体験しました。 刻一刻と迫ってくる初の締め切りに焦りました。 薔薇の中盤以降からスタミナが切れ始めたので、次こそは息切れなしで書くぞと思っています。 #pcomment(檸檬と薔薇の憂鬱コメントログ,10,below);