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橙色は白群と煌めく の変更点


#include(第十一回短編小説大会情報窓,notitle)

 意識を取り戻し、唸りながら目を開けた僕の前に広がっていた光景は――朗らかな空の透きとおった蒼色と、真っ白に映るふわふわな雲たち。
 見下ろすと、あれだけ大きく映っていた地上の建物や森林たちがとてもちっぽけに見える。
 この感覚自体は、僕がよく体験していることではあった。でも、いつもならすぐに地上へと落ちていくはずなのに、今日は一向に高度が下がる気配がない。
 今まで味わったことのない冷たい風を切るような感触。そして、右側の鱗から鈍く、じわじわと広がり続ける食い込むような痛み。どうやら発達した足の爪で、美味しい獲物を逃すまいとがっちりと捕えているようだ。ん……? その獲物は僕……!?
「うわぁぁぁ! 助けてくれぇぇ!!」
 ここまでさも他人事のようにぼんやりと思考を張り巡らせていた僕であったが、その事実が徐々に鮮明になっていくに連れ、恐怖の闇に狼狽えてしまい必死に叫ぶ。
 僕を鋭い爪で掴んで大空を羽ばたくそのポケモンも獲物(僕)の喚きに気がついたようで、さも面倒くさそうに舌打ちを返す。
「目を覚ましやがったか……まあいい、お前はこれから俺たちピジョン一家の食料となるんだよ! 逃げようったって、無駄だ」
 僕を捕える爪の力が一層大きくなる。痛っ!? たまらず絶叫をあげる僕。
「美味しくない、美味しくない! 僕はせいぜい骨と、固い鱗くらいしか持ち合わせていないよ!」
「そうはいったって、橙色でゼブラ柄のあるコイキングなんて俺初めて見たぜ。いつものコイキングとは違って、さぞ美味しいんだろうなぁ」
 爪でがっちりと捕えられている僕の立ち位置からは、ピジョンの表情を正確に伺うことはできない。でも、確実にご馳走(僕)を目の前にしてニヤニヤしているのだろう。その証拠に、嘴から涎が垂れて少し僕にかかっているし。汚い。汚らわしい。
 ふと、ピジョンが発した”初めて見た”という言葉を思い返す。僕が暮らしていたホップタウンでは、僕のような体色と柄のコイキングは他でも見かけていた。それは同じ地域に生息するピジョンたちも分かっているはずだ。となると、このピジョンは遠い地方から何も知らずに、食料を探し求めていたということか……
 僕が気を失っている間に、随分遠くまで連れてこられてしまったようだ。もうホップタウンへと戻ることは難しいのかもしれない。嗚呼、僕の愛しい故郷よ……さようなら……
 ……いやいや、追想にふけっている暇はない! このままだと僕はピジョン一家のご馳走となって、ジ・エンド。食べられるのは怖い。死にたくない。でも僕にはまだ望みがある。
 僕はただのコイキングではない。コイキングブリーダーの元で修業を積んだ、スペシャルなコイキングなのだ。そしてその事実を、このピジョンは知らない。
見せつけてやる。ブリーダーとの特訓で、ゴローニャをひたすらに押し続けて磨き上げたこの”じたばた”の威力を!
 僕は決死の覚悟で、その身体を存分に躍らせた。我が身の生死を賭けている分か、いつも以上に激しい力を生み出しているのが自分でも実感できた。
「……うわっ!?」
 予想外の不意打ちに思わずピジョンはご馳走(僕)を掴んでいたその爪を離す。
 何だ、大したことないじゃないか。呆気なく生命の危機から脱したこともあり、僕は思わず相手を見下すような笑みを浮かべていた。
 徐々に勢いを増して上空から落下していく僕。落下して着地すること自体はホップタウンで開催されている”はねるリーグ”で幾度となく経験している。何ら問題はない。うん? 待てよ……??
 そういえば、”はねるリーグ”では安全のため、落下する場所は薄い素材で突き破ることができたはずだ。そして、その下には徹底的にダメージを吸収する緩衝材が厳重に敷かれている……ああっ!?
 絶望に気付いた時には、既に後の祭り。どこに着地するか予測もつかない恐ろしい事態に、意味不明な言葉を張り上げながら、身を震わせ急降下した僕はいつの間にか気を失ってしまっていた。



 ☆橙色は白群と煌めく☆
 作:[[からとり]]


 ――大丈夫? しっかりして!?

 深い深い闇の深海に響き渡るその声の主を僕は探る。しかし、一面は真っ暗で何も見えない。それでもその声は僕に向かって呼びかけを辞めることはない。
 そうか――ここは冥界の海。そしてこの優しい声は、おそらく僕を迎えに来た天使によるものなのだろう。ああ、僕は死んだのか。ホップタウンで一緒に過ごしたポケモンブリーダーと、もっと高くはね続けていたかったな。でも、こんな優しい天使に出迎えられるのであれば本望かも――

 ――ねえってば!!

 あまりに膨れ上がった激しい声に、僕は思わず意識を取り戻しその目を見開く。周囲を見渡すと、先ほどまでの一面の闇は跡形もなく消え去っており、代わりに空から降り注ぐ夕暮れが辺りの水面を橙色へと染めていた。そしてその近くには、おおらかそうな1人の女性と、純白な体色に加え、白群が煌めく清楚な髪を揺らす1匹の水ポケモンの姿があった。
「目が覚めたんだね、良かったー!」
 ホッと、安堵の息を漏らした女性。プールサイドの端から、水面に佇んでいる僕の鱗を優しく撫でてくれた。その撫で心地はとても優しく、状況が飲み込めていない僕でさえも安心させてくれるような気持ち良さであった。おそらく、水ポケモンの扱いが得意なトレーナーなのだろう。
 一方、僕の隣の水面に佇んでいた白群の髪を持つ美しい水ポケモンはしばらくその様子をじっと眺めていたが、
「目が覚めたのなら、私は練習に戻るわ」
 ポツンと一言、そう呟くとそのまま僕から背を向け、逆方向へと水しぶきをあげながら泳いで立ち去った。一目見ただけで、かなりの美貌の持ち主で思わずうっとりとしてしまったのだが、僕に対しての態度はどうやら冷たいようだ。うう、何だか哀しい。
「あはは、ごめんねー。あの仔ったら、いつもこんな感じだから」
 相変わらず朗らかに僕に接してくれる女性トレーナーの言葉に、僕は少しだけ元気づけられた。





 僕は、室内に備えられていた小さな水槽の中でのんびりと身体を休めていた。

 先ほどまではこれまでの経緯や、今後のことについてあの女性トレーナーと話をしていた。あっ、あのトレーナーの名前はスイさんと言うらしい。
 スイさんから聞いたのは、この場所は水ポケモンたちが集まる水族館であり、僕はその水族館のショーが開催されている巨大な屋外プールエリアへと突然落下してきたということだ。
 幸いにも、この日のショーはお休みで、このプール内には1匹のポケモンしかいなかったらしい。そのポケモンも直撃は免れ、気を失っているぼくを助けるためにスイさんを呼んでくれたそうだ。そしてスイさんが必死に看病をしてくれて、そのポケモンも心配そうにその様子を見守っていた。そのポケモンこそが、先ほどサッと立ち去った水ポケモンのアシレーヌ。名前はレーヌ。一応失礼ながら、スイさんにレーヌの性別を聞いてみたが、やはり雌の仔だそうだ。こんなに優しく助けてくれた美しい仔に、冷たいとか思ってしまった自分自身が恥ずかしい。
 ともあれ、奇跡的にもほぼ無傷で済んだし、ピジョンの鋭い爪に食い込まされていた右側の鱗部分も順調に回復し痛みを感じることもない。それは本当に幸運であったが、これからどうしようか? と考え始めると、途端に僕は顔を曇らせてしまっていた。

 僕は正直にこれまでの経緯をスイさんに告白した。元々はホップタウンで、はねる修行を繰り返していたこと。突然現れたピジョンに連れ去られて遠い見知らぬ地方へと飛ばされてしまったこと。そして、この後行くあてもないということを。
 スイさんはホップタウンを全く知らなかった。それどころか、この地方でホップ地方を知っている人自体、スイさんは聞いたこともないらしい。
 詳しく書物を調べればあるいは……とスイさんは明るく励ましてくれたが、どちらにせよ僕はホップタウンに戻っても仕方ないと悟っていた。
 何故ならば、ホップタウンではコイキングを失ったブリーダーは、すぐに新しく次のコイキングを育て始めるからだ。僕が年月を経て、戻ったとしてももう居場所はない。ブリーダーもおそらく僕のことを忘れてしまっているだろう。残念ながら、そういう風習が守られ続けている町なのだ。

 明らかに意気消沈していた僕を見かねて、スイさんはこの水族館で暮らさないかと提案をしてくれた。僕がこの地方では確実に見かけない、橙色のゼブラ柄な模様をしているコイキングということで希少性もあり、お客さんも喜んでくれると言ってくれた。
 しかし、それ以上に僕が嬉しかったのは、その高く飛びはねる力を評価してくれたことだった。今度行われるショーにも、そのはねるを生かして出演してほしいそうだ。ホップタウンで一生懸命取り組んできたことを認めてくれたようで、本当に救われたような気持ちになれた。


 そして今、僕は与えられた水槽で1匹のんびりと過ごしている。
 既に刻は夜を迎えており、明日からは早速ショーの練習が待っている。本番は、1週間後。今日はもう疲れたし、早めに寝るとしようか。外から僅かに聞こえてくる、水のざわめきを子守歌にするかのように、僕はすんなりと眠りへついた。





 翌日、ホップタウンで過ごしていた生け簀――ではなく、新しい住居となった水族館の水槽で目を覚ます。
 改めて僕の部屋として渡されたこの水槽を見遣る。ふと、今更ながらこの水槽の中身が淡水ではなく海水であることに気付く。そういえばド派手に着水した、あのショーで使われる巨大なプールも海水だったっけ。水ポケモンであれば真っ先に反応するべき水質の違い。それに今更気づくとは……さすが汚れた水だろうが普通に暮らしていけるコイキングだなぁ、と僕は僕自身に感心させられていた。いや、僕自身が鈍感なだけな気もするけど。

 さあ、無駄なことは考えない! ショーの練習練習!! 一晩の睡眠で気持ちを大きく切り替えられた僕は元気よくはね続けて、屋外にある巨大なプール場へと向かった。





 ――しんどい……むっちゃ辛い!!
 数日後、僕はプール場においてシビアな現実を痛感していた。
 いや、ショーの練習なのだから、多少の厳しさは覚悟していたよ。それでも、ホップタウンで必死にはね続けて注目を集めてきた自信もあったから、しばらく頑張れば何とかなると思っていた。しかし、それは甘い認識であった。
 遥か上空に掲げられた水球に向かって高くはねる、コイキング特有の見せ場となるアクションに関しては全く問題なかった。また、僕1匹のみのソロパート場面も少しだけ苦戦はしたのだけれど、1日練習すれば概ね手ごたえを掴むことができていた。
 しかし、他の水ポケモンたちと組み合わさる、合同パートでは息を合わせることができない。特にレーヌが歌声を披露しながら水のバルーンを放ち、それを僕がレーヌの歌の曲調に合わせてタイミング良く割っていくパート。2匹の息が全く合わず、失敗を重ね続けていた。
「何でそんなに高くはねるの!? あんた、これで何度目よ!!」
 一向に成功が見えないこの状態も辛いのだけれど、何より当初から続けて浴びせられるレーヌの罵声が心に刺さる。レーヌに対して冷たいという印象を持った自分を恥じていた時期もあったけど、それは大きな間違いであった。いや、もはや冷たいというより怖い……

 思えば初日の練習開始前に、レーヌに助けてくれたことへのお礼も含めて挨拶をしたのだけれど、ショーに参加することになった旨を伝えた瞬間に彼女は鋭い眼光を飛ばしてきた。後ほど、彼女はこの水族館内で、いやこの地方においてトップクラスの人気を誇るアイドルであることを、同じくショーに参加しているジュゴンのジュリから聞いた。これまでもそんな人気アイドルのレーヌと共に合同パートを組もうとした水ポケモン達はいたのだが、いずれもレーヌの曲調に合わせることが出来ず、そしてレーヌに罵倒され続けてしまったそうだ。最終的にはレーヌとの合同パートへの参加を辞退することになり、ショーの本番は必ずレーヌはジュリと2匹でコンビを組むことになっているそうだ。

「今度はタイミングが早い! あんた、私に合わせる気があるの!?」
 繰り返す失敗に響き渡る怒号。レーヌの方こそ、少しは僕に合わせてくれよ……と、内心思っちゃうのだけれど、そんなことは当然口には出せない。何せ、僕はこの分野に関しては完全なる新人。一方、レーヌはトップアイドル。どちらの立場が強いかは、傍から見ても一目瞭然だ。それに、彼女の気持ちだって理解できる。
 トップアイドルの地位など、常日頃から危ういものだ。時が経つにつれて、次々と次世代のアイドルは生まれていく。だからこそ、1つの演技の失敗が命取りになる。僕だって”はねるリーグ”での競い合いの際には、常に誰かに敗れて自分のランクを下げることへの恐怖感があった。必死に特訓を続けて、必死に上を目指し続けていた。だから、レーヌの気持ちは分かる。分かるんだけれども……
 それでも実際に共演する立場になるとしんどい……心が挫けそうになるのを何とか堪えて、僕は引き続きショーの練習を続けていった。





 ショーの練習を開始してから、5度目の夜を迎えていた。
 心身共に疲れ切っていた僕は、気を休めることができる自分の水槽内でゆっくりと夕食となるオレンの実の味を堪能していた。大好物の味を一匹で噛みしめられるこの時間は、間違いなく今の僕の一番幸せな時間だ。
 明日はリハーサル、そして明後日はいよいよショーの本番だ。現状では何とか、ソロパートやジュリと2匹での合同パートの合格をスイさんからもらうことができた。だが、一番大きな問題であるレーヌとの合同パートに関しては初日からほとんど進歩がなく、失敗を繰り返し続けてしまっていた。やはり、お互いの意思のズレというものなのか……
 結局、本番でレーヌとの合同パートを行うかどうかは、明日のリハーサルの結果次第となった。と、いっても成功する兆しは一向に見えないし、もうどうしようもないよな……
 さて、夕食も終えたしもう疲れたしさっさと寝よう。寝れば少しは気持ちが楽になる。目をゆっくりと閉じて、意識を闇の海へと泳がせていこうとした――

 ふと、外から聞こえてくる水のざわめきが僕の耳へと響く。
 それは僕が来た初日から今日まで必ず聞こえていた、小さな小さな水の子守歌だった。
 いつもはこの音色で心地良く眠りについていたのだが、今日は一段とその音が大きく、そして美しく響き渡っているような感じがした。
 この音色の正体は一体何なのだろうか? 素直に思い浮かんだ疑念は、やがて好奇心へと変わっていく。気がつくと僕は、部屋の水槽から飛びはねて、音の鳴る方向へと向かっていった。





 その音の元に近づくに連れて、僕は強い既視感を覚えていた。
 向かう場所に関しても。そして、その音色の正体にも。

 辿り着いた場所は、いつも練習で使っていた屋外プールであった。いつもと違うのは、空一面が薄暗い世界へと変貌していること。しかし、その中で煌めきを放つ星々、そして至大な満月によって、水面は優しい光で照らされていた。そしてそこには、透きとおるような美しい歌声を発しながら、多様な水のバルーンを生み出しているポケモン――レーヌの姿があった。
 レーヌの姿を確認した途端に、本能的に入り口付近で立ち止まってしまった自分は恥ずべき存在であると思う。それでも、彼女から目を離すことはない。文字通り、その姿に釘付けになってしまったからだ。
 星明かりに輝く水面へと、華麗なフォームで飛び込む彼女。輝く小さな水しぶきをあげながら、優雅に口元を緩めた笑みを浮かべ顔を出す彼女。水面からプールサイドへと気品良く登っていく彼女。そして、まるで女神を思わせるような微笑みを浮かべながら、繊細で美々しい声を響かせる彼女。
 僕はその場で、ただひたすらにレーヌの美しさを堪能していた。正直、最近は怖い表情しか見れていなかったのだけれど、やはり彼女は心を揺さぶることのできる、本当のアイドルなのだと強く実感した。

「ふーん、こんなところで覗き見なんて、いけない仔ね」
 レーヌの虜になってしまっていた僕は、後ろから来る気配に気付くことができなかった。狼狽えながらもその声の主に振り向くと、そこにはジュリが含み笑いをして立ち留まっていた。
「いや、これはその……」
「ほら、こんなところにいないでさ……一緒に練習すれば?」
「いや、僕なんて……結局トップアイドルである、レーヌの足を引っ張っているだけだし」
「そんなこと、ないと思うけどね……あなたは今でもレーヌとの練習に食らいついているし、一つ歯車が噛み合うだけでもすぐにコンビネーションが決まると思うよ」
「でも、レーヌは僕のこと嫌っているし……僕が失敗すれば、彼女のトップアイドルの地位も崩れ落ちてしまうかもしれない」
「違うのよ……レーヌは不器用なだけ。彼女自身はトップアイドルともいえる地位にいるけれども、彼女はそもそも自分がトップで居続けることなんて望んでないの」
 思わず本音が出てしまった僕の言葉に、ジュリは思わずため息をつきながら反論を口にした。そして、”これはレーヌには内緒だからね”と念を押されながら、ジュリはレーヌとの過去を語り始めた。





 元々、レーヌと私はこの近辺の水辺で野生のポケモンとして暮らしていた。
 私たちは家族ぐるみで、仲良く穏やかに暮らしていたんだ。
 でもある時、彼女がオシャマリだった頃かしら? 彼女はある水ポケモンに恋を抱いていたのだけれど、懸命の努力も実らず彼女は振られてしまった。それも、頑張って告白をしたのに、酷い言葉を浴びせられたんだって。
 その後、レーヌは常にふさぎ込むようになってしまった。私や、レーヌの両親も精一杯彼女を励ましたのだけれど、全く立ち直る気配はなかったわ。そんな時に、ここに新しい水族館ができたのよ。

 この水族館はとても変わっていた。そもそも場所が市街地からは大きく離れた位置であったし、何より周りの野生ポケモンたちの環境を破壊しないような配慮がなされていた。極めつけは、野生ポケモンたちを無償で水ポケモンたちのショーへと招待していたこと。そんな噂を聞いたから、私は俯いていたレーヌを無理やり連れて、この水族館のショーへ足を運んだんだ。

 そこでのショーはとても感動した。これは、言葉では言い表せないくらいにね。演技が素晴らしいのは勿論だけど、何より観客との一体感が凄かった。テンポ良く繰り返すジャンプの舞に老若男女、そして多くのポケモンたちが興奮していたし、激しいジャンプで観客に海水を浴びせまくっていた時には皆が笑い合っていた。レーヌも私も思いっきり水を浴びたけど、自然と互いに大笑いしていてすっかりレーヌも明るい表情を見せるようになった。そして、そのショーに感銘を受けたレーヌと私は、次の日には水族館のオーナーに頭を下げてここで弟子入りをするようになったのよ。

 練習は厳しかった。それでも、何とか乗り切って初めてショーに参加した時の、観客から受けた歓声。本当に気持ち良かった。
 だけど、段々と客足は遠のいていった。別の場所にとても大きな水族館が出来て、みんなそっちへと行くようになってしまったから……そして、オーナーも病に倒れてしまい、もうこの場所は閉館するんじゃないかって思われたのよ。
 でも絶対そんなことはさせない! 自分を救ってくれた、感動の共有ができるこの水族館を守るんだ! と周囲に口酸っぱく言い続けたのがレーヌだった。
 そのために必死になって練習を積んで、観客全員が想いを共有できるような演技に磨きをかけていった。私も、そんな彼女の想いに心を揺らぶられて練習にはトコトン付き合った。
 前オーナーから経営を引き継いだ孫のスイさんとも協力して、何とか今はレーヌの演技によって客足が戻り、再びこの水族館は危機を脱して、活気溢れる場所へと戻ったのよ。





「知らなかった。この水族館に、レーヌやジュリにもそんな過去があったなんて……」
「レーヌは、以前のような閉館の危機に陥りたくないという気持ち。そして何より1人、1匹でも多くの観客に自分が受けたような感動を共有して欲しいと常に願っている。だからこそ、ここまでショーに拘りを持って、厳しく接しているのだと思うの。決して、自分の地位を守るために、辛辣な言葉を発しているのではない……それは、あなたにも分かって欲しい」
 僕はとんでもない勘違いをしてしまったようだ。彼女は自分の地位を守るために厳しい言葉を僕に投げかけたのではない。多くの人やポケモンを感動させる演技を見せる。その純粋で誇り高いプロ意識によるものであったのだ。勝手な解釈でレーヌの心を決めつけてしまって……本当に僕は愚かだな、と自分を叩きたくなった。
「だけれど、レーヌは少し暴走しているところもあると思うの。合同パートは、お互いの意思疎通がとても大切。今の彼女は、自らの演出美を他のポケモンに押し付けてしまっているから……でも、ここまで練習に喰らいついてきたあなたなら大丈夫。しっかりとお互いの意見をぶつけ合えば、2匹ならではの最高のショーを生み出せると思うの」
 そうだ。僕は意見を言える立場ではないと思い込んでいたけれども、レーヌは素晴らしい演技で感動を共有したい一心なんだ。2匹で腹を割って話し合って意思疎通をし合えば彼女も分かってくれるし、よりショーを美しいものにすることはできる。それさえ出来れば、明日のリハーサルにも間に合うかもしれない。
 心の悩みがどこか遠くへと消え去ると、身体への鉛のような疲れもドッと吹き飛んでしまったようだ。僕はジュリに一礼をすると、星明かりに照らされている水面へと一気に飛び込んでいった。





 空は透きとおった蒼色へと輝き、眩しいくらいの太陽の光がプールの水面を煌めかせている中で、ショーの本番は刻一刻と迫る。
 練習時にはガランとしていた観客席。満員御礼という札が掲げられた今、プールを埋め尽くさんとばかりに沢山の人やポケモンたちがそのショーが開始されるのを待ち望んでいた。
 子供も大人もポケモンも、みんなが笑い合って感動を共有し合う水ポケモンたちのショー。
 僕はプールの舞台裏で、かつてない程に緊張で心を震わせていた。
 そんな僕を冷静にさせてくれたのは、右側のヒレ部分に感じられた柔らかな衝撃波のようなもの。
「ほらほら。そんなんじゃあみんなを喜ばせるショーなんてできないよ!」
 どうやら、レーヌに喝を入れられたらしい。相変わらず、僕に対して強気な感じはするけれども、それでも彼女の頬は緩んでいた。後ろにはクスクスと笑うジュリの姿も見受けられた。
 何とか一夜でお互いの意見をぶつけ合い、それでも目的は同じ”観客と感動を共有できる演技”という意思をすり合わせた僕とレーヌは、何とかリハーサルを成功させて今、この舞台裏へといる。
 今の彼女は以前見た時より、ずっと美しく感じられた。僕の認識が、変わったからかもしれない。今なら、みんなに喜んでもらえるショーができる自信が、僕にもレーヌにも、ジュリにもあるだろう。



 思えばピジョンに連れ去られてしまった時には、僕は絶望の淵にいた。
 ホップタウンからのお別れも、あまりに突然すぎて戸惑いを隠せなかった。
 しかし今は、新しい天職となったこの舞台の始まりがとても待ち遠しかった。
 スイさんが鳴らしたであろう、合図の笛の音が響く。
 僕は期待に胸を膨らませながら、しょっぱいプールの海水へと飛び込んでいった。


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ノベルチェッカー

【原稿用紙(20×20行)】	30.2(枚)
【総文字数】	9588(字)
【行数】	186(行)
【台詞:地の文】	10:89(%)|1030:8558(字)
【漢字:かな:カナ:他】	34:56:8:1(%)|3270:5448:771:99(字)

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○あとがき

 圧倒的尺不足……でしたね。すみません。
 普段もあまり計画性がないことに定評のある私ですが、今回は特に勢いに身を任せてしまった結果だと思います。
 最初の5000文字くらいまでは勢いで書いてて楽しかったのですが、最後の方はどうしようかと本当に頭が痛くなってしまいました()
 ……3月に執筆した『歩きつづけて』もそうでしたね。今後は構想の段階で物語のボリュームをもっと考えます。本当に。

○作品について

 個人的に『はねろ!コイキング』のアプリにお熱になっていたので、何とかそれに関連したお話を書きたいと考えておりました。
 (遊び心があって気軽に遊べるアプリなので、プレイされたことのない方はぜひ!)
 今回の作品のテーマ『しょく』と何とか絡ませられないか? と考えた結果がピジョンに連れ去られた後のコイキングの奮闘を描いた『転職』のお話でした。
 構想段階では実際のショーのシーンも結構な文量があったので、やはり書いてあげたかったところではありますが……
 全体的に明るくギャグっぽい文体にしたのは、ここ最近執筆した作品が割とシリアスで重い感じだったので今回は違う感じにしたいなと思ったからです。
 この文体自体は個人的にも割と気に入っているので、次使う際にはもっと上手く表現できるようにしたいですね。

 余談ですが、この作品のために超久々に水族館に行ってきたのですが、むっちゃ癒されました。
 アシカの表情や仕草はむっちゃ可愛かったですし、イルカのショーのダイナミックな美しさには本当に心を揺さぶられました。
 これからも時間を何とか作って、色々な水族館を巡ってみたいですね。


 最後になりますが作品をご覧になってくださった皆様、大会主催者様。
 本当にありがとうございました!

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 感想、意見、アドバイス等、何かありましたらお気軽にどうぞ。
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