ポケモン小説wiki
森忌みの翼 の変更点


 『森忌みの翼』 

雰囲気暗め(ていうか皮肉?)の短編。誰が主人公という訳ではありません。
あと、登場するポケモン達は全員好きです。あしからず。


目次がきてれぅー。
#contents

**これだけはたしかなこと [#ee290fa0]

とある地域のとある場所。
 新緑の命が生い茂る森の中。一日の始まりを告げる朝日が昇り、そこを拠り所とする全てのポケモン達に祝福を照り当てる。
 そんな柔らかな日差しがゆらゆらと舞い降りる暖かい草地で、トロピウスは目を覚ましたのだった。
「ん、んぅ~……っ」
 長い首をぐりぐりと胴に押し付けて調子を確かめながら、のっそりと立ち上がる。
 立ち上がって、立ち上がって……。
 ……立ち上がって数分経ったが、彼は未だにその体制のままでぼうっと宙の一点を眺めているだけである。
 何を考えているのか。瞳を閉じ、奇妙な唸り声を発しながらも必死に思案を巡らせている表情からは何も伺い知れないが――。
 ふと、彼は何か重大な用事を思い出したのか、何事か呟いた。
「朝ごはん食べたいなあ」
 ――なんとも健康的な話である。


 朝の風景 

 その日、今朝の雰囲気には何か違和感があった。
 朝、昼、夕と食事の時間において最も賑わいの出る筈である樹木の周りに、全くポケモン達の姿が無いのだ。
 これには、自他共にのんびりで鈍感な性格を自負するトロピウスさえも驚きを隠せない。形容できない不安を覚えつつ、彼は注意深く辺りを見回した。
 ――さてどうしたものだろう。目に付いたのは、木の実がたくさん実る巨大な樹木の木底。
 木陰になっていて今まで気がつかなかったが、見慣れない一匹の大型なバクフーンが仰向けに寝転がっているではないか。
 トロピウスは長い事この森に住み着いているが、あんなバクフーンは見たことが無い。
 と、なると。旅の途中で立ち寄ったのか、新しくこの森に移ってきたポケモンか。……頭でそんなことを考えながら、のそのそと木へと歩み寄る。
 ……他のポケモンが威圧的に感じる(らしい)ようなトロピウスの巨躯が近づいても、バクフーンは眠ったままである。
 とにかく朝食だ。
 そんなバクフーンの様子は気にせず、彼はむしゃむしゃと呑気に食事を始めた。
 酸っぱい木の実。甘い木の実。苦い木の実。辛い木の実。しょっぱい木の実。樹木の葉を首で掻き分けながら、色とりどりの木の実を頬張っていく。
 様々な味が口の中に広がるのに、ついつい頬を緩めながら。ふと何かの気配を感じて眼下を見下ろせば、丁度バクフーンが起き上がった所ではないか。
 食事を中断して首を下ろすと、それだけで何故か睨み合うような格好になってしまう。彼の視線は、どことなく威圧的だった。
「……なんだ、アンタ。やけに堂々と俺の樹で飯食ってやがるな」
「え?」
 ゆっくりと立ち上がり、鋭い視線を此方へと送ってきながら――バクフーンは、威嚇的な台詞をくれてきているではないか。
 小動物のような力のないポケモンであるならば、この高圧的な態度と台詞だけですたこらさっさと森の奥へ逃げていってしまうだろう。
 なんとなくだが、今朝の賑わいの無さに納得がいった様な気がした。つまり彼が根本の原因なのだ。
「俺の樹?」
「そう、今日からこの樹は俺の物にすることにしたんだ」
「この樹は皆の物だよ」
 あくまで平和的に。笑顔さえ浮かべながら、トロピウスはバクフーンを見下ろす。―或いは、それが気に障ったのだろうか。
「てめぇ。俺の言ってることがわかんねぇのか」
「分かるよ。君はこの樹に実ってる木の実を独り占めしたいんでしょ?」
 ……数刻の硬直。つい先ほどまで怒鳴り込んでいたバクフーンは、いよいよ訝しげな表情を浮かべてトロピウスを見上げ始めていた。
 どう追い払おうものか。きっと、そんなことを考えているに違いない。
 ほのぼのとした笑顔を表情に貼り付けながら、トロピウスは今までの経験から割り出された答えを脳裏に思い浮かべていた。
 バクフーンとしては、自分自身を極めて冷静に観察されているという事実が大層気に入らないのだろう。
 威嚇、警戒、とコロコロ変わる彼の体勢も、いつのまにか臨戦態勢のそれへと変わっている。力で排除しようというつもりらしい。
 草対炎。圧倒的に不利な状況にありながら、やはりトロピウスは極めて冷静だった。場に不似合いな笑顔を浮かべながら、大らかな口調で尋ねる。
「ぼくと戦うの?」
「……ぶっ殺す」
 ――実に。実に分かりやすい単純思考だ。
 凶器的な言葉で排除に失敗しても、相手が自らの手腕で処理できそうならばと仕掛けてくる。対峙した相手の力量さえ測れないようならば、野生として孤高に生きていく価値すらない。
 呆れを遥かに通り越し、むしろその無能さが愛らしく思えてくる。

 そんな無力で愛らしく、最高に愚かしい侵略者に。彼はただただ、ずっと笑いかけていた。
 笑い続けていた。

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 ……どれだけの時間が経っただろう。

「てめぇ、何様のつもりだ……っ?!」
「そんなの決まってるじゃない」
 ぜぇぜぇと力なくうつ伏せに倒れているバクフーンは、息が完全に上がっているうえに体中ボロボロである。
 良いとは言えない毛艶の体毛のあちらこちらに、縦横無尽に切り傷や裂傷が出来上がっている。立ち上がる体力すら無いのか、ぴくぴくと体中が痙攣しているようにも見えた。
 そんな彼を見下ろすトロピウスは――いたって無傷である。
 激しい戦闘の直後、なんて誰が見ても思わないだろう。やはりその表情は、笑顔だったのだから。
「ぼくはね、自分勝手な奴は許せないんだ。きみみたいな奴」
「ぐっ…」
「最近多いんだよねぇ。自分勝手なポケモンがさぁ」
 それとなく「君のことだ」と言われているのに気付いているのか、バクフーンは奇妙な唸り声を上げながらただ聞いているのみである。
「ぼくたちは集団で……森に住む皆で、ルールを決めて暮してる。そのルールに従えない以上、きみには此処でやっていく権利なんてありはしないよ」
「うるせぇ、俺がルールだ。俺が…俺が!」
「あはは」
 的外れなバクフーンの返事に笑いを返す。……こういうのを、なんと形容すればいいのか。
 無邪気? 無垢? 無知? ――どれも、何か違う気がする。とりあえず馬鹿でいいか。馬鹿でいいな。ギャロップとオドシシに失礼かもしれないけど、このバクフーンは本物の馬鹿だ。

「そーいう、周囲に自ら馴染もうとしない奴らが、一体どういう運命を辿るのか。…………わかるよねぇ?」


 朝の風景Ⅱ 

 次の日の朝。
 例の樹木の前には、いつもの光景が広がっていた。
 何気ない会話を楽しみながら、緩やかな朝時の食事をする色とりどりのポケモン達。
 ようやくいつもの日常が訪れた事を知り、浮かべていた笑みを更に濃くするトロピウス。――朝食の輪に加わろうとした彼であったが……。
 背後に出現した気配に、ふと歩を止める。
「ね、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
 聞きなれた雌の――オオスバメの声が背後から聞こえてきて、思わずトロピウスは振り返った。彼女は、やはり笑っていた。
「昨日まで邪魔なバクフーンが居座ってた、って森の奴らから聞いたんだけど。あんたが掃除してくれたの?」
「うん」
 こちらもやはり笑顔で答える。トロピウスは、降り注ぐ太陽の日差しに目を細めながら、清清しく呟いた。

「湖に捨ててきたよ。邪魔だったから」

 ――今日も、この森は平和である。


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**おやつの時間 [#i6ac595b]


 その日は平和な昼時だった。
 うららかな日差しが差し込む森の中。樹木の頂点でそれを浴び続けていれば、自然と眠気も湧き上がってくるというモノだ。
 だが、暖かい雰囲気に抱かれながらうとうとと眠りこけていたオオスバメは、ふと何かに気付いて眼下を見下ろした。
 一匹のモウカザルが、こそこそと樹の幹へと近づいてきている。左右前後をキョロキョロと見回しながら歩き因ってくるその様子は、なかなかに挙動不審な事この上ない。
(また懲りずにやってきたのかしら)
 先ほどまでの穏やかな気持ちを阻害されて、一気に不機嫌になりながらも、眼下のモウカザルの行動を見守る。
 ……。果たしてそれは、前回と全く同じ行動だった。
 木の実を一つ。二つ。三つ。四つ五つ六つと、モウカザルは木の実をむしり取っては持ってきたらしい袋の中へと放り込んでいる。
 やはり反省していなかったのか。もとより、ルールを守る気などまるで無いのか。これで注意も三度目。我慢というか、堪忍袋というか、堪えなくてはいけない境界線もそろそろ限界に近い。
 満足いく量の木の実が採れたのか、眼下ではモウカザルが住処に撤収する所だった。そのコソコソした後姿に、とりあえずため息を投げかける。……そして。
「はぁい、そこまで」
「…な!」
 ――無論。
 ルールを破って食料を貯蓄しようとするモウカザルを、オオスバメが逃がすはずも無い。

 昼下がりの風景 

「何時も言ってるでしょ? おなか空いたなら、堂々と食べていけばいいのよ」
「……」
 これを言うのは何度目か。こうして捕まえて説教するのは三度目だが、それ以上の回数同じ言葉を聞かせた気がする。だが。
『ルールだ』
 という理由だけでは、確かに満足出来ないのだろう。その点にだけ関して言えば、オオスバメもオオスバメなりに理解していた。
 確かに現状、この『ルール』には理解が追いつかない者も多いのだ。
 何れ訪れる冬。その時期に向かって貯蓄をしようとするのは、野生で生きるポケモン達の生物的な本能とも言える。
 『食物を住処に持ち帰ってはいけない』 というこのルールは、その当然の行動をも縛る結果となり得ていた。それだけに、オオスバメとしても僅かながらの疑問は拭い去れないのだ。
 とはいえ、現状でその規則に逆らおうとしているのはモウカザルのみで――。正直、少しばかり鬱陶しく思っていた。
「大丈夫よ。いざという時の為の食料は、トロピウスが倉庫できちんと管理してるわ」
「……それは分かったるけど」
 本当に納得したのだろうか。笑顔で答えながら、オオスバメは内心で考える。
 残念なことに、これで彼が納得したとは思えない。
 こんな一言で納得できるなら、モウカザルだって繰り返し規則を破ろうなどと考えない筈。やはり、あのルールには少々問題があるのではないだろうか。
 次第に、そんなことを考え始める。……こういう時は、やはり相談だ。
 とりあえずに住処に戻るように、とモウカザルに注意を下すと、オオスバメは大きく翼を広げて高く飛翔した。森の、深い奥地へ。


 如何せんのんびりやで鈍感なのが玉に瑕だが、彼はリーダーとして素晴らしい気質を備えていると思う。
 どんな時にも気軽に相談に乗ってくれるし、限りなく疑問に対しての正解に近い答えをいつも導き出してくれる。何よりその比類なき戦闘力には、タイプ的に有利なポケモン達でさえ舌を巻く所だった。
「キミもそのお話かぁ」
「…も?」
「そうだよ」
 トロピウスは、にこにこと笑みを浮かべながら楽しいことを思い出すかのように呟く。
「モウカザルがね、君の言っていることと同じように、規則に疑問を持ってるんだってさ。ついさっき、彼に同じ事で話を聞かされたばかりでね」
「あいつも来てたのね」
 自分から規則を変えるために動いていたとは。繰り返し規則を破っていたために、どうしても苦手意識を持っていたが……どうやら、それなりに行動力のあるポケモンのようだ。
 正直、少しだけ見直した。
「で。正論と言えば正論だし、ルールを変えるの、ちょっと考えておいてくれない?」
「そうだね。考えておいてあげるよ」
 少しだけの間考えて、彼は満面の笑みで提案を了承してくれた。――これで、いちいちあのモウカザルに説教しなくて済むだろうか。
 それだけじゃあない。冬の時期に向け、不安を覚える住人達も喜ぶだろう。尤も、トロピウスがルールをきちんと変えてくれれば、の話だが。
「あ、オオスバメ」
「……?」
 と。喜び勇んで帰ろうとしたオオスバメは、トロピウスに呼び止められて振り返った。彼が表情に浮かべているのは、やはり快晴の青空のような、曇りの無い笑顔。
 昼時、ぽかぽかとした空気にあくびを漏らしながら、彼は一言だけ呟いてきた。
「森の掲示板近くに行ってごらん。面白いものが見られるよ」
「……掲示板? 分かったわ」
 のっそりと寝転がってしまったトロピウスに今度こそ別れを告げ、オオスバメは飛び立った。
 彼の言った通りの場所。曰く『面白いもの』を見るために。


トロピウスの言った『掲示板』とは、森全体が共有する、情報交換用掲示板のことである。
 遥か上空、その掲示板の近くまでやってきたオオスバメは、不審気に鋭い目を走らせた。
 樹木同士を打ちつけられて作られた掲示板。その影に隠れるようにして、一匹のポケモンが辺りをキョロキョロと挙動不審に見回していた。
 昼間、出会ったばかりの、あのモウカザルだ。……いや。彼自身がそこに居ること自体は、そんなに問題ではない。
 重要なのは、彼が片手に引っさげたバスケットの中に、大量の木の実が入っていることだった。――トロピウスの言っていた面白いもの、とはこれの事なのだろうか?
 ……とにもかくにも。再度規則を破ってしまった彼を、再び注意しなければいけないだろう。
 それとともに、トロピウスがルールの改定を考えてくれている旨も伝えなければならない。今更かもしれないが、少しだけ時間を待てば彼のような食料貯蓄が咎められることもないのだ。
 ――と。オオスバメは、急降下しかけた体を停止させた。
 掲示板の影から、モウカザルが躍り出てきていたのだ。……それだけではない。
 いつの間に姿を現したのだろうか。モウカザルの隣に、一匹のポッタイシが姿を現していた。
 彼と共に居る、もう一匹のポケモンの姿が気になる。なんとそのポッタイシ、モウカザルが差し出した木の実入りのバスケットを受け取っているではないか。
 それだけではない。モウカザルはモウカザルで、ポッタイシの差し出した贈り物(あれは陶器の入れ物だろうか?)を受け取っている。――これは、よそ者との物々交換の現場だった。
「……どういうことよ」
 誰にともなく、独り言を呟く。
 縄張り争いの関係で、この森に住む者はよそ者との接触を厳しく制限されているのだ。
 今オオスバメが目撃したのは、モウカザルがその最も重要な『ルール』を破って物々交換をしている現場だ。
 決まりを破って木の実を多く採取していたのは、この為だったのかもしれない。自分だけよそ者と通じて、こんなことをしていたなんて。
 
 ……あぁ馬鹿らしい。少しでもあのモウカザルの事を見直した事実が、今は無性に恥ずかしい。

 よそ者のポッタイシと別れ、憎憎しいくらいのホクホク顔で帰路に着いたらしいモウカザルの影へと。
 オオスバメは一直線に急降下していった。 ……満面の笑みを浮かべながら。


 朝の風景Ⅲ 

 翌日。
 朝食を取るために樹の前へとやってきたトロピウスは、後ろからオオスバメに声を掛けられて振り返った。
「おっはよ!」
「ん、今日はやたらと元気だねぇ」
 いつも以上に溌剌(はつらつ)とした彼女の声に、トロピウスもつられて笑顔になっている。
 そんなトロピウスの様子をながら。あははと笑い返すオオスバメは、本当にやたらと元気である。
「うん。ずっと悩んでたことがあってね。でも、昨日活きの良い美味しいお肉を食べたら全部解決したんだぁ」
「ん、そっかぁ。美味しいもの食べたら、悩み事なんて全部なくなっちゃうもんねぇ」
「正にその通りよ」
 あははは、と二匹の笑い声が広場に木霊する。その二匹の笑い声を聞いた、樹の前に集まっていたポケモン達もまた、釣られて笑顔である。
 ここ、この森は、正に理想的な集落といえるかもしれない。
 笑顔溢れ、異端者のいない――否、存在し得ない秩序溢れる聖なる領域。そう、ここは正に聖域だった。

「あ、そういえば」
「ん、何?」
「昨日言ってたルールの事についてだけど」
「ああ。アレ? 忘れてくれていいわ」
「……ふふふ。やっぱりそう言うかと思ったよ」


 やっぱり今日も、この森は平和である。

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**平和の夜 [#yd6fec18]

音が、明確な意思を孕んだ声が聞こえてきた。
 宵闇を切り裂く悲痛なそれ。助けを求めて絶望の中をのたうちまわる失意のそれ。自らを殺めるものへのせめてものそれ。
 ……そんな叫び声が、生への渇望が、死への恐怖が、静寂に包まれた森の中で子守唄の様に木霊していた。
 悲鳴。それに耳を傾けてから、ようやく何が起こっているのかを理解する。
 かわいそうだなあ、と。ひどく陳腐で、それながら簡易な感想を抱いてしまうのは、とうにそういった感情の起伏が痺れてしまっているからなのか。
 今から助けに行っても、襲われているポケモンは助からないだろう。 というか、助かったところで無残な姿を周囲に晒すだけだ。
 それくらいならば、潔く死んでもらった方が助かる。……あちらとしても、きっとそれを望むに違いない。
 けれど、その反面で食い殺される側は幸せなんじゃないだろうかとも思ってしまうこともあるのだ。
 死の痛覚と死の恐怖。たったそれだけの代償でこの舞台から退場できるなら、それはそれで儲け物だろうから。

 森の上空、黒い天幕に映えるのは、金色の輝きを放つ満月。仰向けの格好で寝そべりつつ、そんな月を見上げてみた。
 誰が食い殺されたかなんてわからないけれど、死んだのならば少しでも安らかに逝ければ良い。たまには、そんな安っぽい祈りを月に願ってみるのも悪くない。

 しばらくして、やかましかった悲鳴はいつのまにか聞こえなくなっていた。あくびをひとつもらして、今度こそ瞼を閉じる。

 此処では共食いなんてそうそう珍しいことじゃない。食料制限を強いている以上、それは必然ともいえる問題の筈。だから、そう。仕方ない。
 ところで明日は久しぶりに、少し忙しくなるだろう。今回は何匹のポケモンを無罪処刑することになるのか……。考えると、少し億劫な気分になったような気がしていた。
 でもそれは、朝日が昇ってから考えること。そんな現実逃避が、何故か尚眠気を催して――
 ――そして、その日はゆっくりと催夢の訪れを迎え入れた。

 朝の風景Ⅳ

「……ねえトロピウス。こんな共食いなんて、流石におかしいと思うの」
 普段勝気で強がりなオオスバメがここまでうろたえているのは珍しい。彼女のおどおどした表情を見据えて、僕は意識的に笑みを作った。
 ……いつもの、無機質で、無意味で、状況に不似合いな満面の笑みだ。
「ぼくもおかしいと思うな。共食いなら共食いで、普通なら掃除も必要ないほど綺麗に食べていってくれるもの」
 呟きながら、それに目をやる。 
 びちゃびちゃで、ぐちゃぐちゃで、元が生き物だったとは思えないほどまでに喰い散らかされた、何かのポケモンの亡骸。
 それは、原型をまるで留めていない。無残極まりないその死に様から察するに、昨晩は相当にお楽しみを堪能したのだろうと思う。
 けれど。これが対象を殺めて食すことを目的とした殺戮でないことは、誰の目から見ても明らかだった。
 獲物を傷つけいたぶり、悶えあがき苦しみぬく様を見て狂喜する、極めて悪趣味な非生産的殺し。その凄惨さを呈する周囲の状況も酷いものだ。
 死した後もいたぶられたのだろう。血のこびり付いた肉片が四方八方に飛び散って、日の映える暖かな緑の空間を紅色に染め上げていた。
 おまけに風を遮断する森中に放置されていたのも手伝って、漂う血の匂いはえもいわれぬ程に濃厚。あとちょっとほうっておけば、そのうちヤミカラスの群れが死肉をついばみにやって来るかもしれない。
 ……これ以上亡者を放置して惨めに晒すのには、ただでさえ少ない良心がずきずき痛む。とりあえず今は、いつもと同じで死体の処理からはじめる事にする。
 前足で肉片の一部をつつくと、独特の匂いが濃くなった。それに僅かに顔をしかめつつ、背中越しのままに彼女へと呼びかけた。
「オオスバメ。きみはとりあえず広場に戻って会議の準備を。ぼくはコレを処分してから行くことにするよ」
 血の匂いは個人的に嫌いじゃない。でも、死したもののそれからでは、うすら寒い怖気しか感じ取れない。それが今は、たまらなく嫌だった。
「……そう。わかったわ」
「じゃ、準備よろしくね」
 オオスバメは相変わらず不安そうな表情を残したままだ。無理に笑みを浮かべて急かすと、ようやく深い青色の体躯は青空へと飛び立ってくれた。
 彼女は実力はあるけれど、いざという時に心を押し殺せないのが玉に瑕だ。
 だから、こういう時は無理をさせないようにしている。
 ……彼女が頼りになるのは確かなこと。けれど、腐臭を纏うことを彼女に強制する気はさらさら無い。彼女が嫌がるのであれば、汚れ役は全て引き受ける。
 とはいえ、彼女も幾分、血の濡れに悦を覚えるようになってしまったもので。それは本当にどうしようもない。
 だから、こんな判断だって、結局は個人的なエゴでしかないのかも。

 そんなことをぼうっと考えながら、血肉の一片一片を背中に担ぐ。一層濃くなった血の匂いに、吐き気に近いものを感じながら、さてどうしたものかと考え込んだ。
「コレ、どこに捨ててこようかなあ」

 昼下がりの風景Ⅱ

 最も重要視するべきは、仲間が殺されたこと自体じゃあない。これから自分たちを殺そうとする殺戮者が、まだこの森に潜んでいるということだ。
 その殺戮者を一刻も早く見つけ出して処刑しなければ、今日の晩に命を狙われるのは自分かもしれないという結果的事実。
 ――それくらいならば、無力で無能で知能の低い彼らでも、よぉく心得ているようだった。
 もっとも、共食いを行った戒反者を処刑すること自体は恒例行事なのだから、自らの命に危機感を抱くのは当然の心理だと言える。
 あのバクフーンや、モウカザルのように。 ……この森に住まうものは、例えそれが同じ森に住む仲間だったのだとしても、戒反者を処刑することに躊躇いを覚えることは無い。
 故に彼らは仲間を信じているようで、その実全く気を許していない。いつも笑顔でいる様に見えて、その実、心のそこから幸せに笑みをこぼしている者なんている筈もないのだ。

 だから死体を処分して広場に戻ってきたとき、場の空気が険悪に黒ずんでいても、それはさほど驚くことではなかった。
 広場に集まった顔ぶれ。彼らはいずれも、昨日の殺戮現場周辺に住まうものたちである。そして彼らは、同時に昨晩の事件の犯人候補でもあるわけだ。
 その顔ぶれを一通り確かめてから、一際土が高く盛られた擬似お立ち台に登る。
「さあ、みんな集まっているかな? 今日は久しぶりの処刑会議だから、落ち着いて話しあおうね」
 僕の発した声は、さほど大きくもなかった様に思う。けれど、森林木々の合間に作られたこの広場では、そんな声でも十分に響きわたる。
 そんな声が、宣言が、集まった顔ぶれにゆっくりと事実として浸透して。
 処刑会議。その言葉一つで空気が一瞬、より張り詰めたのは決して錯覚なんかじゃない。
 視線が絡み合い、その中に含まれる疑心がどんどん膨れ上がっていく感触。現状は、まさに疑心暗鬼な状態。
「ちょっと、いいかしら」
 と、そんな折だった。
 細い、だがよく通る凛とした声音。ピリピリとした一触即発の空気の中、臆せずに名乗りあげた彼女は、一匹のエーフィだった。
 雌、らしい。場にそぐわないにこにことしたその笑顔からは、なんだか酷く無機質な印象を受ける。
「じつは私、エスパーの力で誰が犯人なのかを特定できるの」
「へえ」
 それは面白い提案だった。
 彼女の放った言葉で、集まった面々にも動揺が走る。それもそのはずだろう。これから彼女が名前を挙げるポケモンは、仮に、とはいえグレーから外れるのだ。
 あいつは黒か、そいつは白か。彼女の発言に異論があがらないということは、集まった面面はそれなりに彼女のことを信用することにしたのかもしれない。
「昨日、私の住処にも恐ろしい声が聞えてきたわ。それで、気になって占ってみたのよ。そうしたら……」
「そうしたら?」
 偶然彼女の傍にいたラッタが、彼女の顔を覗き込んでいる。エーフィは、彼を見返すとにっこりと笑った。
「あなた。ラッタさんが犯人だってわかったわ」
「……は、はい?」
 一言だ。彼女のそんな一言が、亀裂の入った雰囲気にもう一撃を加えた。
「おまえか!おまえがやったのか!」
「オニドリルさんはいいポケモンだったのに!」
「これだからラッタは……」
「はいはい、ラッタラッタ」
「またラッタか」
 次々と彼に掛けられる毒の言葉。少し気の毒だな、だとか、殺されたあのポケモンはオニドリルだったんだ、とかぼうっと考えながら、その様子をじっと眺める。
 意外なことに、がやがやとラッタにたかる群集の近くで、事の発端を巻き起こしたエーフィはくすくすと笑みを浮かべながら佇んでいた。我関せず、みたいなその態度に、少し気にかかるものがある。
「ねえきみ、よく犯人を特定してくれたね」
「あら。この森に住まうものとして、私は当然のことをしたまでですので」
「ああ、そうだね。きみみたいな優秀なポケモンが居てくれて、僕も嬉しいよ」
「いえいえ、こちらこそ」
 ぎゃーぎゃーと煩い輪の中では、なんだかぶっそうな空気が流れている。 死ねだとか殺してやるだとか危険な言葉の端も所々聞えてくるのだけど、それはこの際無視することにした。
 処刑されると確定したのならば、それはもう死んでいるのと同義。変な用意をしなくて済む分、こちらのほうがこっちとしては大助かりなのだし。
 単純な彼らは、やっぱり単純だ。
 一対多数の理不尽な喧嘩を面白そうに観察しているエーフィの横顔を見詰めながら、ふと明日のことを思う。
 
「で、いつ出て行くの?」
 何気なく問いかけた質問に、彼女はすぐに答えてくれた。
「今日出て行くことにします。今までお世話になりました」

 これからは、自由に振舞うのだろうと思う。彼女の晴れ晴れとした表情で、ようやくそれを理解した。
 共食いなんて陳腐なものじゃあなくて、これはもっと高尚ななにか。
 今まで、つい先日まで力ないイーブイだった彼女が、そうではなくなったことを知らしめるためので。……もっとも、それに気付いたポケモンは少ないのだろうけれど。
 一回り大人になった彼女は、外の世界を見て驚くだろうか。驚くだろう。

 そんな彼女の瞳は、これからその手にかけるであろう生き物達への興奮で爛々と輝いていた。
 
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  以後、増えたり増えなかったり。


#pcomment

IP:133.242.146.153 TIME:"2013-01-30 (水) 14:26:07" REFERER:"http://pokestory.rejec.net/main/index.php?cmd=edit&page=%E6%A3%AE%E5%BF%8C%E3%81%BF%E3%81%AE%E7%BF%BC" USER_AGENT:"Mozilla/5.0 (compatible; MSIE 9.0; Windows NT 6.1; WOW64; Trident/5.0; YTB730)"

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