[[28×1]] 月下翡翠 第六話 第六話 5日目 群青色の空が晴れ上がり、見事なグラデーションが空を一掃する。 美しいその空の色は今日で何度目になるのか、自然は何よりも美しい。それはずっと変わらない。 暁、太陽は顔を出していないが、空は大分明るい。朝と夜の中間のこの時間は、起きるものと眠るものの入り混じる時間でもある。 夜の鳥ポケモンと、朝の鳥ポケモンの声が入り混じり、そしてその混沌とした時間がすこしだけ続いた。 が、それまで静寂を満たしていた、夜のポケモンたちの声が鳴り止んでいく。 黒い姿をしたポケモンたちが、まだ暗い空の下を疾走する。 闇を求めて。 ホーホーの声がやんだそのころ、まだ寝ているリーフィアの顔を覗き込む――黒い、影。 未だ闇に帰らないそれは、窓越しに彼女の寝顔を舐めるように見ていた。 朝日に照らされない彼女の部屋からその寝顔を見るのは常人には不可能だ。が、夜に生きるものにとっては、それは必要な能力である。 見つめられていることも知らずに眠り続ける彼女の顔を、嘲っているのか、彼は笑っている。 彼の視線を窓が邪魔するが、その窓にはめられたガラスはすでに白く曇っている。それは彼の荒い息の故か。 太陽の光がじわりじわりと地平線から溢れるように世界を覆う。が、それにも気付かないように、影はずっと彼女の顔を見つめる。 夜の闇に溶け込むかのように黒い四肢は、太陽が闇を追い出すのと同時に躍動し、まだ影の在る世界に飛び込んだ。 ――その顔には微笑を浮かべながら。 暁からもうずっと経って、その"影"がすっかり姿を消したころに、彼は瞼を開ける。 陽光が燦燦と自分を照らし続けていて、何故おきなかったのかを不思議に思いながら、彼は上体を起こした。 そしてそのまま、日光をさえぎるためにカーテンを引く。が、薄いカーテンを通して、柔らかい光がいまだに自分を照らし続けていた。 それが心地よいのか、ただ眠いだけなのか、彼は目を細めて耳を澄ました。 と、その中にリーフィアの音がないことに眉をひそめた。いつも聞こえている、彼女の声が、生活音が。 彼は心配になってきて、ドアを乱暴に開けた。ドアは壁にぶつかって轟音を立てる。 ――部屋の中には誰もいない。思わずそのまま止まってしまったマグマラシだが、一昨日の言葉を思い出す。 "じゃ、出かけてきますね" ああ、という自分の声に気付いて、思わず取り乱したことを恥じる。が、彼は引き返して自分の部屋には行かず、ドアを閉めた。 彼女の部屋、つまり彼女の生活空間に入って、マグマラシはそのままベッドの上に倒れ伏した。 そしてそのまま寝返りを打って、大きく息をつく。安堵したかのようなそれは、長く続いたあとに鳥の声にかき消される。 昼の証であるその声に耳を澄ましたかと思えば、彼は急に寝返りを打った。 そのまま顔をうずめて、深く息を吸う。 その息の中に彼女の匂いを見つけ出して、彼はほっ、と息を吐いた。それはまさに安心したという表れだった。 ――もはや彼はリーフィアがいる毎日が、「日常」となっていた。 彼女のいた故郷を焼き払い、契約してここにつれてきたというのに、それがすでに前々からあったかのように。 ふと彼は、あのときのことを思い出す。あの、目の色と同じ紅蓮の炎で花畑を焼き払ったときのことを。 『どうして――』 彼の脳裏に、あのときの言葉が突き刺さる。 『どうして・・・こんなことするんですか・・・!』 「止めてくれ・・・ッ!」 彼はあまりにも痛々しい記憶に頭をかきむしった。けれども凶暴な記憶の暴走は止まらない。 『!いやぁっ!!!』 耳をふさぎ、目も強く閉じたが、瞼の裏に映し出され、彼の中を言葉の一つ一つが貫いていく。 見えたのは、耳を強く抑えて倒れている、痛めつけられた彼女の姿。 痛めつけたのは、・・・自分自身―― 「止めろ!!」 彼は強く枕を叩く。我に帰った彼は息を荒げていたが、そのまま枕の上に倒れる。 「俺は――痛めつけて――そんな――」 自分の過去を見て、彼は大きく目を見開いたままでいた。あまりに強いショックが、そして後悔が彼の中に渦巻く。 そのまま震える自分自身のこぶしを見つめる。 「リーフィア――傷つけたのは――俺なの――か――?」 彼はいつの間にか溢れていた涙をぬぐうと、枕に突っ伏した。 「許されない罪だ――」 リーフィアは、鳥ポケモンたちが囀る川岸を走っていた。 水を駆くる音が耳障りなのか、魚ポケモンたちがよく跳ねていた。と、それに気付いてリーフィアは水から出る。 濡れた足が空気に触れると冷たいが、それでも彼女は走り続ける。 深緑の森が横に続いている。森は奥にずっと続いていることを彼女は知っているが、いまいち実感はわかない。 自分の体のあちこちに生えている植物は、河の新鮮な空気を吸い、そして柔らかな光を受けて光合成している。 この植物は、進化するときに初めて体に生え始めたことを、改めて彼女は思い出す。 彼女がまだ小さかったころ、つまりイーブイだったころ、森で戦ったことがきっかけで彼女はリーフィアになった。 ――その相手がデルビル、今のヘルガーだったことを思い出し、彼女は身震いさせた。 と、前を見つめると、影が手を振っているのが見えた。 今日もまた、テイルが彼女を見てその黄色いやわらかい曲線の手を振っている。 リーフィアは笑った。 ――そのとき、だった。 彼女の体が横に突き飛ばされる。何が起こったかわからない彼女は、強い衝撃だけを実に感じながら水の中に倒れた。 はじかれた水の水しぶきが彼女の体にかかると同時に、彼女は自分が水の中に沈むのを感じる。 起き上がろうとしたリーフィアは前足を踏ん張って起き上がろうとするが、自分の体に重さを感じた。 誰かが彼女の上にのしかかっている。 彼女はその相手の顔を見ようとしてとっさに顔を上げた。 「――ッ!」 黒い体毛、骨のようなものが額と背中に、そして足に突き出たそれは、彼女を岸に運ぼうとしているところだった。 彼女は今まで考えていたそれとオーバーラップさせて絶句する。 デルビル、だった。あのころとは違い草タイプになった彼女は、炎タイプのそれを恐れて水の中に逃げ込もうとする。 が、集団で襲い掛かったデルビルは足に噛み付いてはなれない。 彼らの一頭ずつが別々に吼えた。それによって意志を通じ合わせ、見事な連携プレーで彼女を岸に運び、そして襲う。 彼女はすでになすすべがなかった。群れで襲い掛かってきたそれらは、じわりじわりと彼女の体力を奪っていく。 光合成を持って体力を回復させようとも試みたが、彼らによって痛めつけられた植物はすでに機能を果たせなくなっていた。 もうだめだ、と感じた瞬間に、彼らの1頭に雷が走ったのを見た。 その輝きに目を奪われて、彼女はかろうじてあけることのできた瞳で、その雷の根源を追った。 それは、黒い集団の中で光を放ち、そのまま彼らを倒している。 「なにしてんのよあんたたち!集団で、しかも弱点のポケモンに襲い掛かるなんて卑怯よ!」 「・・・テイル・・・!」 黄色い四肢でデルビルに殴りかかっているのは紛れもなくテイルだった。 彼女は拳に電気をためると、そのまま彼らに殴りつける。黒い体に雷が走り、その輪郭を目立たせた。 けれども彼らは彼女にはかまおうともせずに、一心にリーフィアに攻撃し続ける。 牙が彼女の体に突き刺さるたびに、彼女は短く悲鳴を上げる。 そしてあるものは強い顎の力で噛み砕こうとした。 が、それらを蹴散らすようにテイルは尾の先にある赤い珠から不思議な色の光線を照射する。 刹那に体全体を光らせて、そのまま放電した。彼女に少しでも触れて感電したデルビルが、そのまま横倒しになっていく。 リーフィアにも少量の電気が流れるが、もともと草タイプの彼女にはあまりダメージはない。 が、彼女は電流によるダメージとは別に、足に激烈な痛みを感じる。まるで炎を当てられているような痛みが、彼女を襲う。 彼女は水に赤黒い筋が溶けているのを見つけた。足を見つめた視線に、凶悪な牙が痛みとともに彼女を貫くのを見つけて、目を瞑る。 と、今までにはない新しい激しい痛みが、彼女の身を焦がすが如く弾けた。 リーフィアは絶叫した。その痛みは時を経るごとに強くなり、テイルはその敏感な鼻で、空気に焦げた匂いを探り出した。 これは、彼女が最も恐れていた――炎の存在。デルビルはその牙に火炎をまとって、第二、第三の攻撃を浴びせる。 テイルは急に空を見上げると、手を伸ばした。その手から一筋の光の条が空に向かって差し込まれた。 それに反応するが如く、空を怪しげな雲が生まれる。そして空は視界全てを多い、暗くなった辺りにまぎれるように、雨が降り出した。 炎タイプであるデルビルにとっては脅威のはずだが、それでも怯えることなく彼女に襲い掛かってくる。 彼女はすでに痛みを感じないまでになっていた。体力はすでに瀕死の寸前まで追い込まれ、もう叫ぶことさえままならない。 と、彼女の目に鋭い痛みが走る。それは正しくは「痛み」ではなく・・・「光」だった。 凄まじい轟音が暗闇に轟く。それは的確にデルビル一頭一頭に突き刺さっていった。 白い光が何度その場に響いたか分からない。それと同時に、耳が裂けるほどの轟音が辺りに響き渡った。 ――雨の振る音だけが、艸々とその場に響いた。 瀕死の彼女はやっとの力を振り絞って目をうっすらと開いた。 テイルが、最後の一匹と戦っている。 そのデルビルは群れのリーダー格らしく、いままで見た中ではもっとも大きく、たくましい。あちこち焦げ跡があるというのに。 リーフィアはなにかをしてテイルを助けてあげたかったが、体はすでに動かない。目を開くのがやっとだというのに。 気がつけば、彼女の周りの水は赤黒く染まっている。 それはデルビルの血も混じっているのだろうが、デルビルは彼女に雷で倒されたのだから、血を流すはずはない。 だとしたら、こんなにたくさんの水を染めるほどに、自分の血は流れている。 「潔く捕まりなさいッ!まったく足のすばしこいやつね!」 リーフィアはその声を聞いて、もう体力の残っていない頭で考えた。 テイルは、デルビルを倒そうとしているのではない――捕まえようとしているのだ。 デルビルは彼女に向かって火炎放射を繰り出した。リーフィアは声の出ない喉で叫ぼうとする。が、口の動きさえままならなかった。 けれどもテイルはよけようともしないばかりか、目の前に光の壁を張り、ダメージを和らげたところで彼に向かって走り出したのだ。 彼女の握られた拳が、バチバチと鋭い音を立てる。そしてデルビルの頭に殴りかかった。 ――ように見えたが、彼女は頭、つまり急所を外して足を殴った。 デルビルの俊敏な足がはじけたように横にスリップすると同時に、彼の足が電気を帯びた。その牙が並んだ口から咆哮が轟く。 「終・わ・り・よっと!」 彼女はひらりと舞い上がると、電磁波を浴びせる。デルビルはテイルをにらみすえたまま動くことができなくなった。 その瞳には憎しみと無念の色が浮かんでいるが、テイルはそのことさえも気にせずに彼の胸倉をつかむ。 「えぇ~?あたしの親友に集団で襲い掛かるなんて、なんとも卑怯なことしてくれるじゃないの。どういう魂胆なわけ?え?」 彼女が脅すような口調で彼を揺さぶった。けれどもデルビルは口を開こうとはしない。 「あら?『負けたポケモンは勝ったポケモンに従わなければならない』。これを破るつもりかしら?」 その言葉は――野生のポケモンなら誰しもが知っている言葉だった。 弱肉強食を意味したその言葉に動揺したのか、デルビルの耳がビクン、と跳ね上がる。 恐ろしく低く、そして長くうなったかと思うと、デルビルはその重い口を開いた。 「ボスの命令だ・・・ヘルガーからの・・・リーフィアを襲え、戦闘不能にしろ・・・と――」 リーフィアはその言葉に耳をビクッ!と動かすと、動かないその体を振るわせ始めた。 彼女は恐ろしかった。――ヘルガーが間接的に自分を襲ったということが。彼女を狙っているということが。 「理由は分からぬ・・・俺を・・・俺を離せ・・・!!」 「離したらいつ何時リーちゃんを襲うか分からないわ。・・・せいぜい麻痺が解けるまでそこにいることね」 「き・・・貴様・・・!!」 「あら、これくらい当然の罰よ」 テイルは歯をむき出しにして怒り唸っているデルビルにニヤリと笑うと振り返る。 と、その笑いもすぐに冷め、彼女は蒼白の顔でリーフィアに走ってきた。 「リーフィア!大丈夫?!しっかりして!!」 テイルはリーフィアの体を水から引き上げて揺さぶる。すでにリーフィアは瀕死に至っており、足から流れる血がテイルの体を染めた。 赤い血の色はテイルを生きている心地から貶めた。 「リーフィア!リーフィア?!生きてるの?死んでないよね?!」 リーフィアはどうにかして意志を伝えてテイルを安心させたかったが、声も出せない彼女は、唯一動かせる瞼を閉じた。 と、テイルはそれに気付いて、リーフィアのことを抱きしめる。 「死んでなかった・・・。良かった・・・。でも――こんな血の量――」 テイルは手にベットリとついた血を見て事の重大さを一層深めると、自らリーフィアを抱き上げて立ち上がった。 「急がなくちゃ・・・・・・っ!」 彼女は蒼白の顔に汗をしとどと浮かばせて、常にポタポタと垂れて地面を赤く染める血が、さらに彼女を焦らせる。 そしてそのまま――テイルは森の中へ走っていった。 テイルは雨の中を走りきった。目の前にそびえていたのは、彼女の家、だった。 リーフィアは傷ついた体が冷えて、瀕死状態のまま失神していた。そしてそのまま流れ続けた血はまだ止まっていない。 「ディア!ディア!!」 テイルはドアを開けると、入るなりその名を呼び続けた。テイルは最終的には叫んでその名を呼ぶ。 「はい、はい・・・おかえりなさいテイル、もうすごい雨・・・」 と、名を呼ばれて奥から現れたのは、両方にそれぞれ青と赤の対の花を持つ、ブーケポケモン・・・ロズレイドだった。 ディアはそういいながら軽く走ってくると、雨と血にぬれたリーフィアと、それを抱えて荒い息を整えているテイルを見て絶句した。 「テ、テイル!どうしたの?!そのひとは・・・?!」 「とにかく、いま瀕死状態なの、ベッドに寝かせるから、救急箱持ってきて!」 「分かった!」 ディアはそのマントを翻して走る。テイルはその反対側の部屋に走り、ドアを開けてリーフィアの体を寝かせる。 とたんにじわり、と血の染みができた。泥だらけで傷があちこちにできた彼女は瀕死のまま起きない。 テイルはとにかく近くにあったシーツで彼女の体を拭いた。大きな傷に触れても、リーフィアは反応もしない。 それほどまでに、彼女の体は痛めつけられていた。 テイルは彼女の太ももの泥をぬぐった。と、とたんにそこにあったものを見て、テイルは口を押さえた。 「どうしてこんな・・・!」 そこから流れ出た血のほとんどが出たのであろう、そこには大きい、そして生々しい大きな傷口があった。 傷口は血とともに膿が出ていて、傷の深さと恐ろしさを物語っている。 「テイル!もってきたよ!」 ディアは前に赤い十字の印がある箱を持ってきた。そしてそれをテイルに見せるように開く。 たくさんの薬が犇くようにそこに詰められていて、テイルは効能にあわせて区別された薬箱を目でなぞった。 「ねぇ、瀕死で利く薬って、あるの?」 「あ・・・あった!『瀕死』・・・良かった、元気の欠片がある」 彼女は乳白色の小さなとがった欠片をリーフィアの口に放り込む。 と、その欠片は不思議と口の中で溶けて、彼女の中に入っていった。 しばらくすると、彼女はその瞼を開けた。 「リーフィア!大丈夫?!」 「あ・・・うん・・・テイル、大丈夫だったの・・・?ここは・・・?」 小さくか細い声で話す彼女の言葉に耳を澄まして、テイルは優しく答えた。 「うん、ここはあたしの家だよ。・・・まだ体力が戻ってないか。ディア、体力の薬くれる?なるべくきくやつ。」 「わかった!」 ディアはその花束の手ではやりにくいだろうが、「回復」の欄の薬をつまもうとした・・・。 が、その表面に書かれている「漢方薬 力の粉」という文字を見て思わずテイルに叫ぶ。 「テイル!これちょっ・・・漢方薬しかないよ!これものすごく苦いんでしょ?」 「・・・大丈夫・・・苦いのは、好きだから・・・」 弱った体で切れ切れにそうつぶやいて、リーフィアは無理して笑う。 それを聞くと、テイルはディアから漢方薬の袋を受け取って、リーフィアに渡そうとした。 リーフィアは手を伸ばそうとしたが、その刹那、自分の体が軋んで痛み、動かないことに気付いた。 それに気付くと、テイルはリーフィアの口に直接粉を流し込んだ。サラサラ、という絹のすれるような音がする。 その苦い粉を飲み込むと、彼女の顔色もずいぶんとましになった。 「これで体力の方は大丈夫だね。体力のほうは・・・」 「傷に包帯しておかなきゃね。体力は回復しても傷をすぐ治すすべはないから・・・。街ならポケモンセンターがあるけどね」 テイルはそういいながら包帯を取り出した。ほとんど使われていないそれを握りながら、テイルは下半身の治療に向かった。 「うわっ・・・何があったの、テイル?こんな酷く傷受けてるのなんて、あたし見たことないよ・・・」 「集団でデルビルに襲われたのよ。卑怯なやつらよ、ボスに言われたからって一匹を襲うなんて。・・・ディア、水持ってきて」 「わかった」 ディアは短く返事を返すと、部屋の隅にあった水がめから水を掬って、隣にあった瓶に移してテイルのほうに持ってきた。 テイルは先ほどのシーツに水をしみこませると、足を拭き始めた。 噛み傷が酷い。足のどこにも噛み傷でやられていないところはなかった。時にはこげているところさえある。 が、彼女が一番酷いと思ったのは、 「――テイル・・・これは・・・」 「酷い――」 彼女の柔らかな四肢に生える草がこげて焼け落ちていた。 一度だけ聞いたことがあった。進化したときに追加された部分は、二度と再生することがない、と―― ましてや植物は焼かれてはもう元に戻すことはできない。一生残る傷となってしまう。 それを思いながら、彼女は足全体に包帯を巻き始めた。先ほどの太く大きい傷も。 すっかり包帯で巻かれた下半身を見つめたあと、テイルは深く息をついた。 「・・・多分、リーフィアは光合成も使えるから一日、明日になればもう傷は治ってると思うわ」 「ありがとう。何から何まで・・・私が戦えないのに、みんな倒してくれて・・・」 「あんな卑怯なのあたし許せないし、その上親友を見捨てて逃げると思う?」 テイルは微笑んだ。そしてリーフィアもそれに答えて笑う。 ふと彼女はテイルの影で笑っているディアを目に留めた。見たことのないポケモンであることはもちろん、彼女は何者なのか。 「はじめまして。・・・助けてくれて有難う。」 「えっ・・・何か助けたっけ?」 「あらあら、ディアったら、救急箱もって来てくれたりしたじゃないの」 なんだか若い感じのするのは、テイルと比べて小さいことにあるのだろうか。が、口調の端々には元気で活発そうな感じが見受けられる。 それはまだ彼女たちより小さいということなのだろう。 「あぁ、リーちゃんにはまだ話してなかったよね。ロズレイドのディアよ。・・・ほら、マグマラシに家焼かれちゃって」 その文の中に「マグマラシ」という語を見つけて、彼女はハッとなった。 「マグマラシが森を焼いている」。――それは事実だった。自分も焼かれた被害者ではないか。 でも、彼女はすでにそれを否定したくなっていた。あんなに優しいマグマラシが、森を焼いて回ったはずはない、と―― 彼女はハッ、と、事実と嘘をつじつまが合うようにつなぎ合わせた「嘘」を思いついた。 と、それを言おうとした瞬間にディアに阻まれる。 「いやいやいや、マグマラシだとはいえないよ?だってマグマラシを見たっていう人も、影がそう見えただけだし。その上あたしだって彼氏のもとから帰ってきてみたら家が焦げてんだもん」 「・・・まぁ確かにそうなんだけど、噂でもそうしなきゃ焼かれた理由がつかないじゃない」 この会話を聞いて、ますます自分の嘘が膨らむ。――そう、それはマグマラシを守る嘘と同時に、自分を守る嘘だった。 「・・・それ、犯人はマグマラシじゃない。」 そうつぶやいた彼女の声を聞いて、「え?!」と二人が振り返る。初めてつく大きな嘘で、胸が波打っていた。 「ちょ・・・リーちゃん、何か知ってるの?」 リーフィアは震えているのが分からないようにしながらゆっくりとうなずく。 食いつくがように、ディアとテイルがこちらを見ていた。リーフィアはなるべく目を合わせないようにすこしずれたところを見ながら話す。 「・・・今日、あたしが襲われて思ったんだけど・・・デルビルが、というかヘルガーが命じて、焼き払ったんじゃないか、って・・・」 ずいぶんと説得力のあるその言葉に顔を見合わせて、ディアとテイルは分かったかのようにうなずく。 「確かに・・・悪タイプだし、十分可能性としてはありえるよね・・・」 と、ぬるい反応を見せたディアに対し、テイルは信じきったようで、 「いーや!絶対それだわ!あいつらならやりかねないわ、いや、絶対他人の家焼き払うわよ!じゃあマグマラシは無罪名ワケね!良かったわねマグマラシ!許さないわよヘルガー、みんなにこのうわさ広めて肩身の狭い思いさせてやる!」 彼女は頬を高潮させて、思い知らせてやらんとばかりにこぶしを握った。 と、その勢いに圧倒されて、ディアとリーフィアは互いの顔を見合わせる。そしてくすっ、と笑った。 きっとディアはその様子がおかしくて笑ったのだろうが、リーフィアは違った。彼女は、・・・うまく嘘が通ったことに笑っていた。 けれどもそれはやましい心ではなく、マグマラシの罪を消すことのできた笑いだった。 足がしびれてしまって動けないデルビルは、ずっと雨に打たれて弱っているはずだが、なおも唸っていた。 と、何か大きいものが走る音が聞こえた。そして風に流され、聞きなれた声が。 それに答えるかのように、デルビルは唯一動く首を上に向け、咆哮をあげた。 するとそれを求めていたかのように、昔の人が「地獄からの遠吠え」と名づけた、恐ろしげな吼え声が聞こえる。 三度目の咆哮をあげたとき、茂みから大きな影が現れた。 デルビルと同じ黒い体毛、それらをまとめるリーダーである、彼とは比にならないほどの・・・。 彼は口に小さな赤い木の実――クラボの実をくわえていた。そしてそれを投げると、デルビルはそれをキャッチしてのみこんだ。 たちまち麻痺は治り、彼は頭を垂れた。 「ボス・・・申し訳ありません、標的を狙ったのですが、何者かに邪魔され、全滅してしまいました・・・!」 と、そういわれると、ヘルガーは怒りの欠片も見せずにそのまま問うた。 「・・・それはもしや、デンリュウだったか?」 「はい・・・そのとおりです」 するとヘルガーはニヤリと軽く笑う。雨にぬれながら笑うその瞳には異様な光が点っていた。 が、その理由も分からずにデルビルは戸惑っている。 「奴はトレーナーのポケモンも同然だ・・・。お前たちでは負けたのも仕方がない。ご苦労だった」 デルビルはやられたにもかかわらずに叱りを受けなかったことを不思議に思いながら、茂みの中に消えた。 雨がただただ降りしきる中で、一匹のヘルガーだけが異様に笑いながら立っていた。 リーフィアを想いながら。 「・・・夜になると危ないから、そろそろ帰るね」 リーフィアはベッドから立ち上がると、いまだ痛む足で床に立った。体力は戻っているため、歩いても大丈夫だろう。 ディアとテイルはふと外を見る。が、外は雷雲で暗く、昼なのかさえも分からない。 「大丈夫?今雨だけど?」 「あ、あたし日本晴れ使えるからちょっと見送るついでに晴れさせてくるね」 ディアはそういって立ち上がると、テイルが手を振るのを見てリーフィアの横に並んで歩く。 リーフィアはドアを開けた瞬間に当たった雨に驚いた。が、代わりに外に飛び出したディアを見てさらに驚く。 ディアはぬれても何も想わない様子で、右手の紅い花を掲げた。ちょうどテイルと同じように。 その花の先から光が集まり、雷雲の真中に差し込んだ。と、雨雲が別れ、徐々に消え去り、まだ青い空が見えた。 「ねぇ、まだ早いようだけどいいの?」 ディアが明るい空を見て問う。リーフィアもすこし悩むが、やがてニコッ、と笑って答えた。 「うん。ちょっと遠いから、いつもは走るんだけど、怪我して走れないからね」 「分かった。じゃぁ、またね」 可憐な花を振って見送るディアに笑顔を返したあと、リーフィアはとことこと歩き出した。 歩くとはいえ、急いで歩いているために、そこそこのスピードは出ている。 「・・・夕方までには帰れるかしら」 「・・・あ、晴れた」 マグマラシは明るくなった外を見てつぶやく。急に晴れたのに疑問を感じながら、彼は窓を開けた。 見事に晴れ渡った空が、雲ひとつ残さず綺麗に続いていた。 それがポケモンの技であることに気付いた彼は、先ほどの疑問を撤回すると、また横になる。 「ほんとーにひどい目にあった・・・」 彼は先ほどまで街にいた。今も街にいるはずだった。 が、まさに青天の霹靂。あれほどまで晴れていた空が雷雲で覆われ、無論炎タイプの彼は逃げるしかない。 けれども彼はボルトに会う前だったため、いけるような場所がない。 仕方なく走ってここまで帰ってきた、という訳である。改めて思い返せば、酷い雨だったと思う。 それもこの晴れた空と同じくポケモンの技であることを、うすうす彼は感じ始めていた。 雷雲とはいうものの、彼は雷が落ちた場所がひとつの場所で、それも何度も連続して落ちたことを確認していた。 それは自然では起こり得ない。となると、ポケモンの技「かみなり」という計算になる。 「リーフィア、まだ帰ってこないな・・・」 「ただいま」 彼女がやっと帰ってきたのは、彼がはれたことを確認してからずっと後、すでに黄昏だった。 彼はお帰り、といおうとして玄関に顔を出した。が、言おうとしたときに彼女の包帯を目にして驚く。 「リーフィア、どうしたんだ?!」 彼は走って近づいた。リーフィアは顔を曇らせて説明する。 「あの・・・デルビルに襲われて、私の友達が倒してくれたんですけど、集団だったので・・・」 彼は彼女が恐ろしい目にあったことをその抑揚から察した。そして傷の深さも、包帯を染めた血の染みで分かる。 と、包帯を巻いてあることを疑問にも思ったが、それは助けてくれた友達のものだとすぐに察して、口には出さなかった。 けれども、たった一つ気になることがあった。 デルビルが集団で襲ってくるなんて―― それをたずねようともしたのだが、気付けば彼女は自分の部屋に入るところだった。 彼女は自分の部屋のドアを閉めると、自分の足を改めて見た。 包帯に染みた赤黒い血を見て、彼女はまた顔を曇らせる。 瀕死の状況に追い込まれるほどに浴びせられた攻撃によって作られた傷が酷いことは、テイルの会話からも分かった。 弱点である炎を浴びせられた痛みは忘れることができない。 そして――そうなるまでに執拗に攻撃を繰り出してきたデルビルのボス・・・ヘルガーを思って、彼女は身震いする。 それを払うように彼女はベッドに飛び込む。疲れはない。彼女たちがくれた薬のお陰だろう。 彼女はふと足の間、股間を、秘部を見つめようとした。 が、そこにも包帯が巻かれていて、とても触れることができない。ふっ、と笑うと彼女は目を閉じた。 はっと起きると、電気もつけられて、窓の外は暗く、脇にはマグマラシが座っていた。 リーフィアは体を起こすと、マグマラシの顔を覗き込む。 「・・・怪我、酷いのか?」 彼はこれ以上ないほど心配そうな表情を浮かべて、彼女に話しかける。 リーフィアは改めて包帯を見、そして会話を思い出す。彼女は傷の深さと重大さを最もよく知っていた。 「・・・はい」 「じゃあ今日はちょっと止めておくか?」 え、と言いかけた彼女はマグマラシの顔をもう一度見つめなおす。 彼は下心はないようだった。ただ一心に、彼女の事を心配してかけた言葉だった。けれども、彼女はなんだか惜しいような気がする。 「いえ・・・あの・・・何かできることがあるなら・・・」 彼女はひたむきな顔でマグマラシにそう訴えた。ちらっ、と自分の股間に目を向けて、そしてマグマラシの瞳を見つめる。 マグマラシは微笑むと、リーフィアに話し出した。 「今までで五日間、一緒にやってきたけど・・・お前のこと気持ちよくさせてきたから・・・今度は俺を気持ちよくさせてほしいんだ」 彼は自分のモノを彼女に見せた。彼女は驚いたが、けれどもじっと彼のモノを見つめる。 思い返せば、ちらっ、と見たことはあるけれど、こうしてまじまじと見つめたことはなかった。 すでに固くなり、血管が浮き出るほどに太くなったそれは、まるで別の生き物のようだった。 グロテスクなものだった。そのはずなのに、彼女は不思議と気持ち悪い気がしなかった。彼の分身と思うと、不思議と彼女は胸が高鳴る。 「あの・・・どうやって・・・」 彼は見られて恥ずかしいのか感じているのか、顔を普段より赤らめている。 が、訊かれたことに気付くと、彼はリーフィアと目をあわせないようにしながら話し出した。 「こう・・・握って、扱いてくれるか?」 彼女はしごく、という単語を普段あまり聞かなかったが、彼のジェスチャーでそれとなく意味は分かる。 「やってみますね・・・」 彼女は前足で彼のモノをつかむ。彼のモノは想像以上に熱い。彼女の手に汁がついたが、彼女は気にせずに上下させる。 シコシコシコシコ・・・ 「あ゙っ・・・あ・・・んぁ・・・」 「気持ちいいですか・・・?」 彼女は必死になって彼のものを扱いている。彼は自分でやるときよりも強い快感で抑えきれなくなりそうだったが、なんとか堪えていた。 彼女は彼の喘ぐ声を聞くと、彼のモノをより一層強く握って扱く。 シコシコシコシコ・・・ 「あ゙あ゙っ・・・!リーフィア!根元の方強く握ってくれ・・・!」 「は、はいっ!」 彼女はそういわれて、今にも射精しそうな彼のモノの根元を強く握る。彼のモノを暴れていた精虫の勢いが衰えた。 と、彼のモノの先から透明な液が飛び出した。 「きゃっ?!」 彼女はモノを握っていた前足で先走りを受け止めた。その液は彼女の腕を伝ってシーツにしみていく。 刺激を与えられなくなった彼のモノは、しばらく痙攣していたがすぐにその痙攣も止まった。 と、彼の荒い息を聞いて、彼女は先ほどと同じ質問をする。 「マグマラシさん・・・気持ちいいですか?」 彼は先ほど射精しそうになった感覚を思い浮かべて、笑いながらうなずく。 「ああ・・・最高だ・・・自分でやるのより断然気持ちいいよ・・・」 「喜んでいただけてうれしいです・・・」 彼は彼女の唇に自分の唇を押し当てる。すぐに離す軽いキスだったが、彼女は満足そうな顔をしていた。 と、彼を不意に不安が襲う。 (このままやってたら・・・確実に彼女を汚すことになりかねない) 彼はリーフィアには見せないようにその考えを深めていった。 (そうしたら彼女は――) 彼は急に不安げな双眸を見せると、彼女に向かって話し出す。 彼女もその表情を読み取って、急に悲しそうな顔になった。できることなら彼もそうしたくなかったが、―― 「リーフィア、ちょっと俺、・・・・・・いや、なんでもない。俺、ちょっと疲れたから、先に寝る」 急に冷めた彼はリーフィアを後にドアを開ける。 突然冷たい言葉をかけられた彼女はその瞳に涙を浮かべた。が、彼にはどうすることもできない。 彼女の事を変えてしまうくらいなら、今の方がずっといいと、彼はそう思いながらドアを閉めた。 そして・・・そのまま鍵をかける。そのまま溝が埋まらないまま、彼はベッドに倒れた。 彼女は突然突き放されたような悲壮感に襲われて、ベッドの上に立った。 虚脱した彼女の体は重く、どうしようもない悲しみがそれに追い討ちをかけ、彼女はそのまま倒れた。 どうして。 どうして彼はあんなに冷たくなったんだろう。 それしか考えられなくなった彼女は、ふと気付けば涙を流していた。 (振り返って・・・マグマラシさん・・・なんで・・・) 葛藤が続くままに、彼女は、そしてマグマラシは夜に身を任せる。 -------------------------------------------------------------------------------- #pcomment(月下翡翠:米ログ,10,) #pcomment(月下翡翠:米ログ) 以下↓旧コメント ROMるよりも28×1氏の小説に賛美のコメントを送るほうが気持ちがよいのですな -- ナナシア (2007-07-15 02:23:09) ヘルガーひでぇ -- S (2007-07-24 15:53:46) >Sサマ それが狙いだw -- 28×1 (2007-07-24 16:04:34) ヘルガー、流石悪タイプ。でも、其処には痺れない、憧れない。 -- Nとか名乗ってみたりして (2007-07-27 03:27:05) IP:61.7.2.201 TIME:"2012-12-06 (木) 22:07:13" REFERER:"http://pokestory.rejec.net/main/index.php?guid=ON" USER_AGENT:"Mozilla/5.0 (Windows NT 6.1; WOW64) AppleWebKit/537.11 (KHTML, like Gecko) Chrome/23.0.1271.95 Safari/537.11"