[[時渡りの英雄]] [[作者ページへ>リング]] [[前回へジャンプ>時渡りの英雄第8話:とりあえず、奴らを殺す!!・前編]] #contents **117:伝説の探検家、ガバイト [#ifcf49a9] **117:伝説の探検家、ガバイト [#k39d0160] 「評価を上げるには……評価の高い仕事を受ける事が何よりも大事ですわ。だから……私はこんなお仕事を持ってきましたわ。と、言っても昨日の出来事とかはあんまり関係ないので、ご褒美って言うのは建前なんですがね」 にこやかに笑って、サニーは雑用掲示板の仕事をメモした紙を取り出した。 「え、何それサニー?」 アグニが目を丸くして反応する。続けて顔を見上げたシデンにも視線を向けて、サニーは依頼の概要を簡潔に話し始める。 「依頼人はコリンクの兄妹の兄。妹のほうは治りにくい病を抱えているのですが……実は簡単に治す方法がありますわ。その方法というのもがバイトの鱗……。ガバイトと呼ばれるポケモンの鱗を使えばいいのですが……」 「つまり、それを取って来いって言う依頼?」 アグニが首を傾げて尋ねると、サニーは首を振る。 「まぁ、平たく言ってしまえばそうなんですけれども、そう簡単な依頼ではありませんわ。なんでも、普通のガバイトの鱗にはその病気の治療に必要な薬効成分が極端に少ないらしく……そのため特別な個体のガバイトの鱗でないといけませんわ」 「と、言うと色違いとか?」 シデンが尋ねてみるが、サニーはそれに対してもいいえと首を振る。 「ガバイトの鱗は、傷ついて剥がれることでまた分厚い鱗が代わりに生えてきますわ。そして、ガバイトの鱗はいくつかの層に分かれているわけですが……分厚く硬い鱗には、それだけ薬効成分の高い層が多い割合で含まれておりますの。 つまるところ、特別な個体のガバイトというのは……何回も何十回も傷つきながら、それでも命を失わず戦い続けた歴戦のガバイトのみ。ものすごく簡単に言ってしまえば、年を重ねた強いガバイトですわ」 「で、でもサニーさん……そんな強いガバイトの個体、ダンジョンをうろついているものなの?」 アグニが尋ねると、サニーはにこやかにうなずいた。 「いい質問ですわ、アグニさん。結論から言えば、天文学的確率でしかうろついておりませんわ……だから、今回の依頼は、『ヤセイ』のガバイトから奪うのではなく『ナカマ』のガバイトから譲ってもらう形になるのですが…… 実は、その歴戦のガバイトというのも当たりは付いておりまして、ヴァッツノージ=ガバイトという名前の、『不死身のヴァッツ』と称されたガバイトが最適と判断されましたの」 「ははぁ……不死身」 分かったような、分からないような肩書きを聞いて、アグニは生返事で答えた。 「北の海岸砂漠以外では知名度が低いのですが……伝説の探検家の一人にも数えられる指折りの武勇伝の持ち主で……何でも、東にある虫の楽園と呼ばれる大陸では、『ヤセイ』のアイアントによって形成された、モンスターハウスを超えたモンスターハウス……通称モンスターパレスに囲まれ、案内役の現地住民を、普通なら死んでいるような傷を全身に負いながらも命懸けで助けたとか。 アルセウス信仰の土地で戦乱に巻き込まれたときは、ロックブラストの弾幕にさらされたりしながらも傷だらけでその場を切り抜けたり…… 毒タイプが跳梁跋扈する、毒沼ガスの沸くダンジョンで水が尽きた際には、『ヤセイ』のザングースを殺してその血を飲んでのどを潤して難を逃れたとか。 あと、結核に感染したときも、『&ruby(みなしご){孤児};のフライゴンを残して死ねない』だとかなんだとか言って、結核は不治の病のはずが根性と気合で治したそうで…… 外の傷も中の傷も、心も不死身のポケモンというか、もはやポケモンかどうかすら怪しいとすら言われている不死身の探険家ですわ。本人いわく『運がいいだけ』だそうですが……結核だけは、運だけでは説明できませんし……まぁ、まさしく不死身な探検隊さんですわ」 「と、とんでもない人だね……」 その経歴のすさまじさに、アグニは苦笑する。 「でも、その人進化しないの? 今は出来ないんだろうけれど……時空が乱れる前は進化できていたはずだよね?」 シデンの質問を聞いて、サニーは頷いた。 「ええ、もちろん、進化のほうはとっくにガブリアスに進化できるのですが、小さいほうがやりやすいこともあるからってガバイトのままの姿でいるらしく……強さ以上に、進化していないことそのものが特別な個体たる所以ですわね。 で、この依頼なのですが……ヴァッツノージさんは、ただいま迷宮の洞窟と呼ばれるダンジョンの台風の目にいるらしく……迷宮の奥底、火山活動によって埋もれた街の遺跡を十数人の仲間達と、発掘作業中ですわ。 それで、ヴァッツさんに手紙をしたためてみたら……『鱗を譲ってもかまわない』との答えなのですが、『退屈な地底での作業に刺激を与えるために、何か楽しませてくれるなら』とのことだそうで。具体的には……『酒が切れたから部下のために酒を持って来て欲しい』、『女性に飢えているから、お酌して欲しい』、『遺跡の奥に闘技場を発見したから、有効利用させてくれ』だ、そうですわ」 苦笑しながらサニーは依頼書のメモを閉じる。 「ははぁ、つまり自分は小さいポケモン好きの男性を相手すればいいわけだね。アグニも需要あるのかなぁ?」 「そうそう、そうですわ。シデンさんのような小さい女の子やアグニ君のような小さい男の子は私みたいな人に需要がありますわーって、違いますわ!!」 シデンの絶妙なボケに、サニーはノリツッコミを決める。傍で見ていたアグニは思わず笑ってしまった。 「分かっているとは思いますが、お酌の&ruby(くだり){件};は半分くらい冗談で、男連中は酒と、喧嘩を見世物にすることをご所望でいらっしゃいますわ。それで、このお仕事なんですけれど……」 「うんうん」 アグニが相槌を打ったのを確認して、サニーは続ける。 「以前、かまいたちと決闘を行うとかそういう話があったのは覚えておりますか?」 「あぁ、手繋ぎ祭の時の……」 シデンのつぶやきにサニーはうなずいた。 「ええ、そうですわ。先日この私が仕事を発見したときに、知り合いに条件に見合ったガバイトがいないかいろんな人に聞いてみたところ……どうもヴァッツさんはかまいたちのマリオット=ザングースさんの叔父なのだそうで、消息もマリオットづてに聞いたのですわ。 それで、前々から話していた決闘代わりにその仕事を利用することで、紹介を約束してくれましたの」 「ふーむ……人の命が懸かっているって言うのに、何だかちょっと不謹慎じゃ……」 アグニはそういって難色を示すが、サニーは顔の前で手を振って否定する。 「いえいえ、向こう一年は死ぬような病気でもありませんし、命が掛かっているといっても別にそこまで焦るような事ではないのですわ」 「そっか……」 アグニは納得したのか、それ以上は口を挟まない 「このお仕事では、ヴァッツさんが私達六人相手に勝ち抜き戦を行いますわ。マリオットさんいわく、『むちゃくちゃ強い』ので、それくらいで充分なんだと。まぁ、六人いれば勝てるかもしれないそうなので、両陣営の代表が交互に戦い、どちらの代表が先に勝利を収めるかで勝敗を決める事に致しましたの。 個々強さはもちろんの事ですが、上手い事ダメージが調整されて、個々が弱くとも運よく勝利を拾えるという事も、無きにしも非ず。運も大事な勝負になりますわ」 「ふむふむ」 シデンは興味深そうにうなずく。 「チームでの勝敗に関わらず報酬は分配ですが、負けたほうは帰りの道中での食事代金を全部奢るという事になりましたわ。と、勝負の形式自体はそれでよかったのですが……かまいたちは三人一組のチームなので、私一人ではどうしても不利ですし……『ハンデがあったら決闘にはならない』って、かまいたちの皆さんからは二人ほど仲間を呼んでくるようにかまいたちから言われましたの」 「……つまり、オイラ達に加わってもらう事でチームになってもらおう、と?」 「そういうことですわ。最初はラウドとハンスあたりを誘おうと思いましたが、貴方達ディスカベラーが評価が足りずに困っておりましたようなので……。 このお仕事、難易度としてはヴァッツさんと戦うわけですので、ズバリSランク指定がつけられましたわ。Bランクのアグニさん達は私がいないと受注出来ない難易度の依頼ですが、やる事はただの力試しですし、危険性は軽微。 たとえ負けても障害が残るような怪我はしないでしょうし、手軽で美味しい依頼という事でどうでしょう? 私のお薦めの依頼ですわ」 「ミツヤ……オイラは受けようと思うけれど、ミツヤはどうお?」 「自分は、アグニがそういうのなら構わないよ」 サニーが唐突に持ってきた依頼だが、それは彼女の言うとおり美味しくて簡単な依頼ということで、二人は特に警戒する事も無く参加を決める。降って湧いた幸運を抱きしめながら、サニーにお礼を言って二人は別れる。 余った今日の時間を、二人はシデンの『役に立つもの』の製作に勤しむ事にした。 **118:果樹園へお墓参り [#o3cbf95d] **118:果樹園へお墓参り [#r5c1351b] 「しかし、油なんて何に使うのかしらねぇ。しかも油だったら何でもいいと来たもんだ」 「何でもいいじゃん。ミツヤが楽しそうなんだもん」 「まー……そうよねぇ。ミツヤちゃんってば、すっごくいい顔していたし……」 大量のバターを用いて、一心不乱に何かを作っていたシデンだが、どうやら材料の一つであるバターが切れてしまった。とりあえず、材料は油ならば何でもいいとのことでシデンはオリーブオイルを用意してくれとアグニへと要求する。 シデンのわけのわからない行動というのはその後も続き、海水に金属の鎖を浸してひたすら電気を流すなどして、嫌な匂いのする空気を延々とばら撒いている。海を臨む岬であるサメハダ岩にて潮風を背に受けながら悪臭を避けて作業を行うシデンの顔は妙に輝いていて、そこに悪意はかけらも見当たらない。 本当に役にたつ何かを作っていて、それが楽しくて仕方ないのだろう。 シデンの望み通り、専用の倉庫に保管してもらっていたオリーブオイルを大量に渡してきた二人は、その帰り、ついでとばかりに両親の――唐美月にとっては親友の墓へと向かう。 「父さん、また大きくなった? 世話するオイラの身にもなってよね……」 「あらぁ、この春の間に結構成長しているわよぉ。そんな事を言うってことはアグニってば今まであんまり来ていなかったの? ダメよぉ、ちゃんと両親には会いに来なきゃ」 「いやぁ……探検隊の仕事が忙しかったもので……」 そう言ってアグニは苦笑する。二人の前には一対のオリーブの木。それぞれ、ミオン=デンリュウ、ヴィシュヌ=ゴウカザルと書かれた立て札が置かれており、それはどちらもアグニの両親の名前。 元は焼き畑を行う民族の末裔であるホウオウ信仰に於いて、死者の灰とは生まれ変わりの象徴にして植物に活力を与える力を持った神聖な物。 死者はまず、その灰を糧に育つ草に姿を変えて蘇るとされており、生まれ変わった姿が分かりやすいようにと亡骸を埋めた場所には必ず何かしらの植物を植える。 そして、大きくなった植物は自分が育て上げた子供に、今度は逆に育てて貰う事で恩返しをさせる――というのが、ダンジョンによって移動耕作が難しくなってからのホウオウ信仰での文化である。 子供が親より先に死ぬのは、二回も育てて貰うという甘えん坊の行為なのである。 トレジャータウンでは、その『何かしらの植物』に、オリーブ。少し東に行った内海近辺ではリンゴといったように、その地域の名産品を使うのが一般的な選択肢で、アグニもまたその大多数の流れに従ってオリーブを植えている。ここら辺一帯はホウオウ信仰の墓場となっているが、墓場や霊園というよりも果樹園といった方が想像に難くない光景だ。 二人が見上げるオリーブは、すでにちらほら花を付けており、あと数カ月もすれば小さな実がついて、塩漬けにすれば保存食としては最適な物になるだろう。冬になれば、オリーブオイルを採油出来る熟れた果実がそこにあるはずだ。 アグニ達がオリーブオイル専用の倉庫からとってきたオリーブオイルというのも、去年の冬に収穫した両親のオリーブオイルを絞ってもらうように委託したものである。一度に大量に絞らないと採算が取れないために、他人の故人の油も大量に混ざっているが、肉親の油を食べることは死してなお母乳を与えるように尊い行為とされ、死人にとっては栄誉の一つ。 シデンが何をやろうとしているのかは知らないが、何かすごいことをやらかそうとしている事は存分に伝わる。 「……というわけでさ、シデンが何をする気なのかは分からないんだけれどね。父さん達が、食料以外の役に立つ何かに生まれ変わるそうだからさ……一応、報告しに来たんだ」 「興味深いわよねー。料理の他は油なんて灯りに使うかギアルに差してやるとか、そんな使い方しかいないと思ったのに……ミツヤちゃんったら海水から作った液体を一心不乱に混ぜているのよ」 「まぁ、シデンの変な所なんて今に始まったことじゃないしね……気にしない気にしない」 アグニはシデンの奇行なんて笑い飛ばす勢いで先をせかした。手繋ぎ祭りの前日に来て以来、最近墓参りに来ていないせいで滝つぼの洞窟の事など話していない話題がたくさんある。 その話を一方的に語っているうちに、アグニは積極的になれたことを自身で語っていく。そうすることで、ソレイスから聞いたアグニの評価を思い出して、冷やかすように口にする。 「聞いての通り、アグニ君よく育っておりますよーっと。ふふ、ヴィシュヌ君も喜んでいるかしらねぇ」 「も、もう……そんな言い方されたら恥ずかしいじゃない……やめてよね」 「やめないわよぉ。子供の立派な姿を見て、喜ばない親なんかじゃないもの……嬉しいに決まっているさ。親友が喜ぶことなら、あたしはなんだってするわよぉ……アグニ君も、親のためにはなんだってするべきよぉん」 「それだったら、いつかオイラだって大発見の一つや二つして見せるさ。そうすれば、きっと喜んでくれるし、シデンとなら出来るさ」 薫の助言を拾って、アグニは答える。自信満々で歯切れの良い答えに、臆病だったアグニがよくもまぁここまで成長したものだと薫は親の代わりに、内心大きく喜んだ。 「そうそう、今度ね……伝説の探検隊に会いに行くんだ……ソレイス親方以外にも、そう呼ばれている人何て初めて聞いたけれど……なんだか、その人と戦うみたいなんだよ。だから、その……なんて言うのかな。頑張ってくるから、応援してよね。 去年作った塩漬け……まだ残っている分を薫さんから貰ったから、それを食べて力をつけるよ。遠征に行くためにも、仕事は成功させなきゃならないし……とにかく、とにかくオイラ頑張るからさ」 ハサミで余計な枝を切り落としながらアグニは近況を報告する。しかし、『ナカマ』を殺すなんて事を告げてしまえば、きっと両親に軽蔑されてしまうだろうと考え、ドクローズの事は言えなかった。 「頑張りなさいよ、アグニ。あたしも応援しているわよぉん」 正面から時計回りに数えて三本目の脚を振り上げて、薫はアグニの背中を叩く。 「うん、分かってるよ薫さん、いつもありがとう。……さて、父さん、母さん。オイラ、まだまだ話したい事は沢山あるんだ」 両親に心配をかけないよう、なるべく良いニュースを話すことを心掛けて、アグニと薫は話を続ける。シデンが一人で作業をしている間、暇を持て余した二人は、亡き者の生まれ変わったオリーブの木へ向けて世間話と、剪定という名の毛づくろいを夜遅くまで続けた。 **119:出発 [#le8c80be] **119:出発 [#ef642ff4] 翌昼、待ち合わせをしていたパッチールのカフェに下りるとかまいたちの面々はまだ食事を頼んでおらず、リンゴジュースやオレンジュースといった飲み物を片手にまったりと過ごしていた。 三人がサニーの姿を見かけると、マリオットは口に入っていたものをあわてて飲み下して口を開く。 「来たか、サニー。とりあえずおはよう」 長いつめで首筋を掻きながら、マリオットは不敵な笑みでご挨拶。他の二人もそれに続く。 「おはようございます」 サニーはいつもどおりの笑顔で挨拶して、彼らの席に相席し、ディスカベラーの二人も一連の動作をそれに倣った。 「さて、他のお客の皆さんはおいしそうなものを食べておりますわ。皆さんも、昼食はまだでしょうし何か頼みませんか?」 他の客が昼食を楽しんでいるのを見て、昼食にまだありつけていないアグニとシデンは見た目と匂いだけですぐにおなかがすいてしまう。それはどうやらサニーも同じらしく、率先して二人を食事に誘う。 「そうだな、俺も腹が減っていたところだ」 マリオットはそう言って、まってましたとばかりにメニュー表を開く。『それでは今来た3人が見れないじゃないか』とばかりのエッジは、長い鎌を使って相席しているサニー達へメニューを差し出す。 「ありがとうございますわ。やっぱりエッジは親切ですわね」 リーダーと違ってまず他人を優先する行動を取ったエッジはサニーに褒められるが当然の事だろう、と突っぱねる。サニー自身、改まっていうほどの言葉ではないのだが、改まって言わなければマリオットも気がつけないだろうと、あえて声に出して言う。 結局、マリオットは自身に気遣いが足りない事には気づけないのでサニーとエッジは顔を見合わせてため息をつくのであったが。 「よっす、ディスカベラーのお二人さん。あんたらが今回のサニーのパートナーかい?」 「ま、まぁ……よろしくお願いします」 いやらしい目ではないが、どう好意的に見積もっても子供を特別視しているペドロの視線。やはり、幼い子供が好きらしい目で見られて、アグニは動揺しつつ会釈をする。 「いいねぇ、あのドゴームとかグレッグルが来たらどうしようかと思ったよ。あいつら見栄えしねーもんなー」 「はは、どうもです。共同戦線ではありますが、一応は勝負という事でお互い頑張りましょう」 ともかく、アグニは平静を装って可も不可も無い返答で以って挨拶を返した。 「悪いな、お前ら。俺らの勝負に勝手に付き合わせちまって」 二人がメニュー表を仲良く見合って選んでいると、まだメニュー表には手をつけていないエッジがそんな言葉を投げかける。 「いえいえ、アグニが遠征のメンバーに行きたがっていますので、こういう評価の高い依頼は渡りに舟です」 あくまで他人本位に言って、シデンは微笑んだ。 ディスカベラーが頼んだ今日のお薦めメニューは、材料の仕入れが上手くいった品を主に提供している。自然が相手だけに、毎日同じものを同じ量に手に入れられるわけもなく、日替わりとなってしまうのだが、毎日変わるそのメニューを頼むのが毎回楽しみであった。 今日のメインは、軽く炙った鳥の胸肉を真っ白な虫の幼虫とあわせて刻み、とろりとした濃厚なうまみを絡めた具材に、数種の野菜を敷いて甘い酢でしめた物。 いずれの材料もこのトレジャータウンでならいくらでも取れる食材を使用しているが、それ一つ作るにも絶妙な組み合わせと丁度良い塩梅の味付け加減が光る。 面白い事に、このお店の料理は基本的に昼から夜まで同じメニューを出すが、人によってもその味を変えるという。疲れた人へ出された料理を休日にのんびりすごしてきた人が食べれば、食えたモンじゃないとまでは言わないが味が濃すぎておいしくない。 探検隊を相手に商売するだけあって、ここのパッチールの料理はよく出来ていた。油断大敵の言葉どおり、もっとも&ruby(こゆ){濃};い活力の源である油を、手を変え品を変え供給してくれるここの昼食は、探検隊には愛されていた。 その食事を食べている間に、ペドロはさりげなくアグニの隣まで移動して何度もちょっかいを出していた。 食事を終えて腹も満たされたところで、一行はギルド前の十字路を抜け、町の外へと旅立った。 **120:探検隊、ポチエナズ [#h1ad111c] **120:探検隊、ポチエナズ [#q9b5fa1c] 「海は良いなぁ……」 相も変わらず、コリンは他人の家の屋根に陣取って絵を描くような行為を続けている。屋根の上は見晴らしが良いため、絵を描くにはもってこい。波の音、潮の香りを楽しみながら、海の街を様々な角度でコリンは描く。 吹き抜ける潮風は時折全身の葉を揺らしてくすぐったく、しかし光合成でほてった体を冷やしてくれるのがありがたい。潮風のせいでべとべとになってしまうが、その分水浴びする日は快適な気分を味わえた。 今回、ここでこうして長く滞在しているのには理由があった。キザキの森での一件は、酷い事になっているのだろうなぁとある程度予想していた。案の定酷い事になっていたキザキの森の惨状を聞いた限りでは、『誰かが時の歯車を盗んだせいで時間が止まった』という情報が駆け巡って、誰が盗んだのかという論争で更に争いが増したそうだ。 キザキの森では『誰かが盗んだ』という情報は逆に火に油を注ぐ結果となったが、その情報がこれから歯車を盗む場所に伝わっていれば、あるいは争いを防ぐきっかけになるかもしれない。と、コリンが考えての事。そうして、コリンは旅立つまでの時間を伸ばして海の絵を描くことに没頭し、休みを挟みながら描いていたらこれでもう三枚目だ。 「おい、ちょっといいか?」 その声に振り返り、屋根の下を覗いて見ると、ワインレッドのスカーフを首に巻いた可愛らしい灰色と黒のポケモン、ポチエナが黄色と赤の眼差しを向けて見上げていた。 「……強盗殺人ジュプトルの件なら先客が三人ほどいたから、他を当たってくれ」 この街で滞在している間に、コリンはお尋ね者退治を生業としている探検隊に都合三回も話しかけられている。迷惑なことだと、コリンは溜め息をついた。 「あぁ、用件はもうわかっていたわけか……そ、そいつはすまない」 バツの悪そうな苦笑を浮かべて、ポチエナは頭を下げる。 「そりゃ、そうだよな……もう数日滞在しているらしいし、俺が一番乗りのわけもないか」 「全く、こっちはいい迷惑だよ。お前みたいな輩がひっきりなしだよ。『ヤセイ』の血を浴びているだけなのに、『血の匂いがする』だとかなんだとか難癖つけて、絡んできやがる」 コリン自身はこうやってとぼければなんとでもなるので、堂々ととぼけてこの場をやり過ごす。 コリンは、どういうことだか全く分からないがいつの間にか自分とシデンが指名手配をされている事を新聞で知り、最初は心臓が止まるかと思うほどの衝撃を受けた。自分は、ジュプトルという種族だからまだいいが、シデンは人間。間違われるはずもない。 シデンは目立ちすぎる人間という種族だけに、今となっては街に近づくことすらできていない可能性がある。街で情報を集めても、今後一切シデンの情報は街では手に入ることは無いのだろう。 ますます落ちあえる可能性が低くなっていることを、こうして賞金稼ぎに話しかけられるたびにコリンは思い出してしまう。ひたすら憂鬱だった。 「ん……あぁ、それはすまないな……しかし、なんというのかな。良い体つきしているな、お前……」 「いい体つきだろ? ボーマンダの護衛を振り切ってエーフィを殺せそうなくらいにはたくましいだろ? はぁ……いい体つきになって不幸をかんじるなんて思っていなかったよ」 「すまねぇすまねぇ……俺が悪かったから、そこまですねないでくれよ」 そう言って、そのポチエナは助走をつけて壁に突進、壁を蹴り反対側の壁へ飛び移り、三角ジャンプを繰り返して屋根にとび上る。 「たくましいジュプトルがやたら上手い絵を描いているって聞いてここまで来てみたが……すごいな。たくましさは予想通りだが、絵の上手さは噂以上だ……」 「そりゃどーも。見るのは構わないけれど、触らないでくれよな」 「はは、そんな不作法な真似はしないさ……」 「頼むぞ」 コリンはポチエナの方を見もせずに作業を続けている。 「しかし、俺が話しかけても全然筆が止まらないけれど……集中は乱れないのか?」 「呼吸をするようなもの……でもないけれど、絵を描くのはそれぐらい自然体で出来るのさ。会話しながらでもそんなに問題ない……」 ポチエナはコリンの筆の動きをじっと見ていた。彼の筆遣いは迷いがなく、それでいて繊細で美しい。絵そのものも芸術だが、絵を描いているコリンまで、芸術作品のように整然としている。 ピンと伸びた背筋、真剣な眼差し、時折指にキスをするような彼のしぐさ、舌舐めずりする仕草。その行動の端々に見える微かな笑顔。本当に絵画が好きなのだろう。 「……荷物を調べてやりたいところだったが、こんないい顔をしているような奴が、犯人なはずがないな」 「そうか……それは結構なのだが、そんな適当でいいのか?」 「いいんだよ。別にあの賞金首が捕まえられなかったらどうにかなるほど飯を食うのに困っちゃいない……ってか、あれだ。お互い自己紹介をしていなかったな。俺は、ポチエナズって言うお尋ね者退治を主流に行う三つ子の探検隊……三男のローレル。兄にバジルとタイムっていう奴がいるけれどまぁ、何処かで出会ってもどうせ見分けつかないからスカーフの色が赤い奴が俺って事で見分けてくれ」 「俺はヴァイスだ。よろしくな」 すっかり偽名を名乗るのにもなれた様子で、コリンは名乗ってから微笑む。そのまま二人は沈黙し、コリンは絵画を続行する。波の音を聞きながら、ただひたすらに色のついた筆をキャンバスに走らせる。 「なぁ、お前らさ……お尋ね者退治を行う賞金稼ぎなんだっけ?」 その過程で、コリンは不意に口を開いた。 「ん……あぁ、そんなものだが、それがどうかしたか?」 「どうもこうも無いかな……ただちょっと、お前らが犯罪者に対してどう思っているのかって言うのをね……尋ねてみたかったんだ」 「どう思っているかって言うのは……例えば?」 「キザキの森。あそこの歯車を盗んだ奴に対してお尋ね者の退治の専門家としてどう思うのか……だな」 絵を描きながら、コリンは自分の印象について尋ねてみる。 「そうだな」 と、前置きを置いて見るが、ローレルは中々喋り出せない。 「えーと……まぁ、なんだ。とにかく許せない奴だって言う事だけは、確実だよ。あそこで起こった凄惨な紛争は……被害者の心は死んでしまった奴もいるらしい。子供が、全く喋らなくなっちまった子供をね……俺もチラッて見たけれど、酷いもんさ。どうやって話しかけても何の反応もしねぇ……ぬいぐるみみたいなんだ……」 「そうだな、酷いな」 まるで他人事のようにコリンは口にする。 「だが……時の歯車をどうして盗んだのかって言うのが俺は気になるんだ……」 「と、言うと?」 コリンの突然の発言に、ローレルは首を傾げる。 「盗んだって、歯車は売れるものじゃないだろ……時の歯車がどんなものかは知らないが、とにかく珍しいもの好きというのはいくらでもいる。考えられるのは、裏の世界で売りさばくか、自分で観賞するか、周辺住民を困らせたいのか……あるいは、歯車を盗むことで世界を支配する力でも得られるのか」 「そんな目的だったら、そいつは死んでおくべきだな」 「だな」 案に自分が死んでおくべきだと言われて、コリンは苦笑する。心臓がいつもよりもずっと高鳴っていて、呼吸が乱れてしまいそうな動揺を必死で押し殺すのは大変だ。 「ただ、もう一つ仮説があるんだ……キザキの森に歯車があるのは、キザキの森周辺がとくに時空の歪みが酷いからだと聞く……だったら、時の歯車はもちろん盗まれてはいけないものであるわけだが……じゃあ、ミュウ信仰の重鎮が代々森にある歯車の情報を受け継いでいたらしいが……そいつが森へ赴いて確認するのが非常に楽だったのはなぜだ?」 コリンの発言の意図が分からず、ローレルは首を傾げる。 「つまり、確認しやすい位置にあった……確認しやすいということはすなわち、盗みやすい位置にあったということだ」 「盗まれる方が悪いってことか?」 「違う違う。取り出しやすい位置に置いておく必要があった……ってことは、逆に言えば持ち出さなければいけない事態が起こる可能性があるということだよ」 「それなら……事情を説明すればなんとかなるんじゃないのか?」 ローレルはもっともなことを言って見るが、コリンは首を振る。 「時の歯車を、持ち出さなければいけない場合というのはあるのかって……色々な人に尋ねてみたけれどね。誰も彼も知っている様子じゃなかったよ。だから、この仮説は結構ありえない説なのかもしれないな」 「でも、面白い仮説なんじゃないかな? もし、歯車が必要だと何度も訴えているのに誰も信じてくれないのなら……独断で歯車を盗んだ。まぁ、ありえない話でもないじゃないか……その仮説が正しければだけれど」 「だろ!? お前もそう思うよな? いやぁ、一人旅だからこんな話を出来る奴もいなくってさぁ……ずっと悶々してたんだよなぁ」 同意を得られた事で、コリンは嬉しそうにはしゃぐ。これで初めて筆が止まったのだから、恐ろしいまでの自然体で絵を描いているということが伝わってくる。 **121:コバルオンの方程式 [#t5a19c90] **121:コバルオンの方程式 [#u3d23c9b] 「そ、そうか? それは良かった……」 突然テンションが上がったコリンに驚いてローレルは肩をすくめた。それを尻目に、コリンは再び筆を走らせる。 「けれど、なんて言うのかなぁ。その、時の歯車を取り出さなきゃいけない事態がなんなのかってのにもよるよな……大したことのない事件のために、キザキの森やミステリージャングルの大惨事が起こったのなら……やっぱり俺は犯人を許せないよ」 ローレルは当然のように当然のような言葉を付け加えて憤る。 「まぁ、それが妥当な判断だろうな……俺だって、あの大惨事は耳にするだけで胸糞悪いさ……」 「でも、犯人が悪いかどうかなんてさ……そんなものは、コバルオンの方程式さ。俺が測るもんじゃないんだよな……罪はやっぱり罪だし……」 ローレルは一人で納得したように頷いて見せるが、コリンは首を傾げて頭上に疑問符を浮かべている。 「コバルオンの方程式?」 「あぁ、善悪の度合いを測る方程式の事だ……まぁ、実際は存在しない方程式なんだけれどね。例えば、百人を無差別に殺してきた奴を、俺が殺したとしよう……その場合、俺は悪人か?」 オウム返しに尋ねたコリンに対して、まずローレルはたとえ話を一つ提示する。 「いや、それは正しいだろ……むしろ、そのたとえ話が実話ならお前を英雄と褒め称えたいくらいだぞ」 苦笑しながら、コリンはたとえ話にコメントした。 「そうか……そうだろうな。では、周りの国へ侵攻し、侵攻した国や都市に対して略奪や殺戮など、暴虐の限りを尽くす国があったとしよう……というか、あったんだ。 伝説で語られるコバルオンはね、その国を老若男女分け隔てなく、全てを&ruby(みなごろし){鏖};にしたというお話があるんだ……それは、果たして正しいことだったのか? 兵士を殺すならばともかく、一般人を殺す必要は無かったのではないか? ってさ……」 「ふむ……」 「哲学者はね、コバルオンがした事が正義か否かを計算するために色んな計算法を確立しようとしたけれど……今でも正しいかどうかの客観的な答えは出来ていない。つまり、コバルオンの方程式って言うのは、ありもしない方程式のこと…… 俺達、お尋ね者を追っているような奴の中では有名な話さ」 「なるほど……」 コリンの生返事を聞いて、ローレルは続ける。 「盗んだ奴にとっては時の歯車を盗むことが正義だったのかもしれないけれど、その認識を全員で共有することは決してできないんだ。幸せが数値で換算できるなら、コバルオンが十万人を平均で十不幸にしたとする……そうすれば百万の不幸を生み出したわけだ。 けれど、百万人を、平均で二幸福にしたならば、コバルオンは二百万の幸福を生み出した……ってわけ。これなら、数値の上では幸福が差し引きで百万。これならばコバルオンは百万の幸福を生み出した正義ってわけさ。 こんな風に、都合よく計算できるわけがないがね」 「確かに、幸福は数値に換算できない……その、救われた百万人の幸福の平均値が、一よりも下と捉える人もいるだろうから……」 コリンが相槌を打つ。 「そういう事……というか、実際にそう言う風に考える事が多いから、コバルオンを正義とみなす人たちは極端に少ないんだ。だから、『コバルオン野郎』なんて罵倒の言葉が生まれてしまう……俺もたまに使う。 まぁ、でもさっき言ったように、百人を無差別に殺した奴を始末するのは、多分殆どの人が正義と答えると思うよ……まずあり得ない、極端な例だけれどな」 「……なるほど」 「このコバルオンの方程式の難しいところはね」 納得したコリンに対して、ローレルはさらに説明を続ける。 「殺人鬼に殺される不幸が百として、殺したときに殺人鬼が千の幸福を感じるのならば、それもまた正義になってしまうって所さ。さっきの例え以上にありえないことだとは思うけれどね」 苦笑しながら語るローレルに、コリンは『確かにな』と、相槌を打つ。 「だから哲学者は、今度は人間の価値というものを計算しようとしてきやがる……『殺人鬼の生きる価値なんてゼロだ!!』って言うことになれば、殺人気がたとえ万の幸福を感じても、億の幸福を感じても、幸福の価値はゼロ。逆に殺された奴が偉大な人物で一般人の百倍の価値があるって言うのなら、財布なくしたくらいでも一般人が死ぬこと以上の大事件さ」 「まるで王様か領主様だな」 皮肉るようにコリンが答える。 「あぁ、そのイメージであっている。擦り傷でも医者の治療を受ける王と、骨が折れても医者にかかれない貧民が居るようにね。コバルオンの方程式の概要は以上の通りさ。幸福を数値にして、人間の価値を数値に出来れば実際に計算できるけれど、それを計算する術がない……最初から存在しない数式。 だけれど……それはね。革命家や英雄と呼ばれる者たちが、求めて止まない数式さ。俺たち、賞金稼ぎもたまにお尋ね者を勢いあまって殺してしまうから、たまに罪悪感に駆られてコバルオンの数式を求めてしまう。 自分が英雄だなんておこがましい考えはないけれどさ……自分が自分達が、正しい事をやっているのかどうか、たまに分からなくなるもんさ」 そういって、ローレルはため息を付く。 「分からなくなって……どうなるんだ?」 コリンが尋ねた。 「どうなるか……そうだな、自分が嫌になる。自分が嫌になって……今の仕事を続けられないような気分になってくる。そうなったことがたまにある。 そういう時はね、誰かの笑顔を見ることにしている。誰でもいい、誰かのを見る……そうすりゃ、結構救われるものでね……」 「そうか……」 コリンは僅かに目を逸らしてしまい、慌てて視線をローレルに戻す。 「いや、なんていうか……俺たちも時の歯車を盗んだ奴を追っていたんだけれどさ。お前の話を聞いていたらさぁ……なんだかその、時の歯車を盗んだ奴を追っかけても良いのかどうか疑問になっちまって、こんな長い話になっちまったよ。 というか、最後の方は俺の愚痴になっちまったなー……」 「はは、構わんよ。お前みたいな奴が頑張ってくれるから、犯罪の抑止力にもなるし、一般市民が通りを堂々と歩けるんだ。お前の愚痴を聞くことでそれが続くんなら……喜んで。 むしろ、あれだ。面白い話をしてくれて、ありがとう」 「いやいや、こっちはお前が絵を描いている姿に魅入っちまったし、愚痴も聞いてもらってありがとうって事で、お互い貸し借り無しで良いじゃないか?」 「だな、ローレル。それじゃ続きは旅であった面白い話でも聞かせてくれるか? 暗い話しのあとは楽しい話でもしようじゃないか」 「お、そう言うのは得意分野だ。いや、今日は街でゆっくりするって決めた日でよかったよ……長く話が出来そうだ」 「そいつは楽しみだな。俺もネタはあるから」 絵を描く手を止めないで、コリンはリクエスト。目を合わせずに話すのあまり慣れないが、変わりもののコリンと話すのが楽しくて、兄の事も忘れてローレルは暗くなるまで談笑に興じた。 ◇ 「……場所を変えよう」 恋人を待ち切れなくなった女性のような口ぶりで、シャロットは時の守人の詰め所の中、一人つぶやく。 彼女は、多数の死体を壁という壁に張り付け、その時間を凍りつかせる事で暖かいままの状態で保存していた。その死体の山には例外なく大量の宿木の種が貼り付けられており、もし戦闘となれば一瞬で時間の解凍を行う彼女の能力を以ってして、死体から活力を奪いながらの一方的な戦いを繰り広げていたことだろう。 生きたまま木の台座に縛りつけ。磔にしているポリゴンとヌケニンとエネコロロは、すでにあまりに魂が衰弱してしまったがために、生きながらにして時間を凍りつかせている。シャロットも道具の体調管理には気をつけていたつもりだが、意外に脆いものだとため息をつく。 しかし、彼女の思考はこれはこれで楽だと前向きだ。 これならば、ギリギリ生かしたまま何の世話もしなくても、悠久の時を生きたまま時間止めているので、言ってみれば植物の花粉が受粉を待ち望んでいる状態のように姿形を変える事はない。 時渡りポケモンである自分が内包する『時間を停止した物体を一瞬で復活させる力』を用いれば、木の台座に縛り付けられた物言わぬ三体の彫像も、生前の姿を一瞬で取り戻すはずだ(瀕死の状態まで衰弱しているであろうが)。それを鑑みれば、少し不恰好でも彫像でいてもらったほうが楽じゃないかと、シャロットはそのまま放置していた。 詰め所を単身乗り込んで占拠するなどといった派手な行動をしたのは、敵の総大将トキ=ディアルガを葬るため。おびき寄せるためにこの場所を占拠し、宿り木の種で体力を回復させるための死体を集めていたのだが総大将は座して動かない。 もしかするとシャロットの思惑なんて、全部筒抜けなのかもしれない。そして、シャロットに勝てない事も重々承知なのかもしれない。あるいは、トキが怠け者かまぬけなだけか、部下がトキの逆鱗に触れるのを恐れて報告を怠っているのが原因で情報が入らないせいか。 シャロットにはどれでもよかった。闇のディアルガ――トキは、シャロットが彼奴の居住に乗り込んで戦っても勝てる相手ではない。 敵の底知れない力を思えばシャロットは微塵の油断すら許されず、罠を満載したこの場所で不思議の守りと相手の特性をノーマルスキンにすることによる防御や、ヤドリギの種に逐次回復で何とか耐え凌ぎ、狙いの的で毒に犯させてじわじわ削ってゆくしかない。 それを円滑に行うための準備はすでに出来ているのだが、待ち焦がれているトキは訪れない。 「貴方が来ないからといって……私は自分から会いにはいけないものね」 数えるのが馬鹿らしくなるほど大量の死体とクロスボウの罠で豪勢に飾り立てた星の守人の詰め所も、主賓が招待を受けてくれないのであれば意味がない。 コリンやシデンが未来に帰ってくる場合、自分は黒の森で待っているという約束もあることだ。そろそろ、黒の森で待機しておいた方がいいかもしれないとシャロットは考える。 「そうしよう……」 考えが決まったシャロットは、誰にも知られず、悟られず。エネコロロとヌケニンとポリゴンだけを連れて、詰所からひっそりと姿を消した。 **122:迷宮の洞窟 [#mfbe4563] **122:迷宮の洞窟 [#i1035140] 二日ほど歩いてたどり着いた迷宮の洞窟は、案の定暗かったが、アグニが先導すればそれなりに歩くには不自由しない。 しかしながら、このダンジョンにはニドランが雌雄ともに出現し、地面タイプに弱いアグニでは具合が悪いので、戦いの際には率先してペドロが前に出た。 毒タイプへ有効な地面タイプの技を強力な威力で放てる彼は、後方からの支援を受けながら次々と敵を下し、たまに出て来るズバットに対してはおとなしくシデンへとその役目を譲ることになる。 サニーやアグニから、シデンは怒ると怖いと散々言い聞かせられており、そのためちょっかいを出す相手をアグニへ集中していたペドロだが、こうしてダンジョンを超える時くらいはシデンと思う存分ハイタッチを出来て、彼は何だか嬉しそうな様子。 今回このお仕事で最も得をしたのは、上手い仕事が転がり込んだディスカベラーではなく、案外ペドロなのかもしれない。 ダンジョン内では、敵のタイプがタイプだけに、今回は食料の現地調達は慎重にならねばならず、解毒用のモモンの実を大量に携行しての食事風景はある種の緊張感が漂っていた。マリオットは免疫の特性を持っているために、毒なんて気にせず食べているが、他の者はそうもいかない。 しかしながら、かまいたちの面々も長年旅慣れているだけあって、料理の腕はたいしたもので。特にエッジはカマを振るって安全な肉と臓器だけを見事に捌く腕前を持っている。 生で内臓を食べれば壊血病にならない事を経験的に知っている一行は、鮮度の良い内臓を藻塩の調味料で味付けしていただいている。洞窟内という事で光合成も出来ないサニーは、心なしかいつもより食が進んでよく食べていた。 不覚を貰って怪我をすることもあったが、ダンジョン内では闇の影響で傷もすぐに治る。アグニが丁寧に縫った傷口にオレンの葉をすりつぶした軟膏を塗っておけば、たった数針の傷や腫れも、治癒に時間は掛からなかった。 歩き疲れてはちょくちょく休憩を入れ、ダンジョンを抜けること約半日。 「ここら辺の気配は時空が安定している……どうやら台風の目にたどり着いたらしいな」 「そのようですわね」 かまいたちのマリオットとサニーは互いに頷き、ほっと息をついて腰を下ろす。 「ふぅ~……」 「お疲れ様ですわ、お二人さん」 他四人も、リーダー格が座ったのを確認すると、それに併せて他の4人も座り込む。 「流石に、ダンジョンを抜けてすぐに遺跡があるというわけでもないようだな」 口に含んだ水を飲みながら、マリオットは肩から力を抜いてそう言った。 「でも、道なりに歩けばスグに着くと書いておりますが……」 依頼書に書いてあった内容をサニーは口にするものの、マリオットは苦笑した。 「アイツの『すぐ』は信用できん。すぐそこの店と言われて、半日かけて歩いた先にある上手いと評判の鳥料理の店を紹介されたときは殺意が芽生えたぞ」 どんな叔父なのか、無駄に想像力の掻き立てられる事を言ってマリオットはため息をつく。 「まぁまぁ、そう言うな。砂漠と平地じゃ価値観が違うのは当たり前の事だろ? 俺だって、トレジャータウンに来たときは価値観の違いに驚いたり苦労したもんさ」 ペドロは笑うが、マリオットには笑い事ではないらしい。 「叔父の距離感に比べりゃ砂漠の文化の違いは可愛くみえらぁ……はぁ」 「可愛い違いとか言うなよー。砂漠じゃ精通した男と初潮を迎えた女子は他人の子供を触ることも出来ないんだぜ。そのせいで俺がどれだけ欲求不満だった事か……」 「俺はそんなのどうでもいいっての!!」 苦い思いでは沢山のようで、それを思い出してマリオットはため息をつく。 「そもそも、ペドロ……お前と知り合えたのも、叔父の一言。『ちょっと冒険でもしてみるか?』だからな。トレジャータウンから砂漠までの距離のどこらへんに『ちょっと』の要素があるのか!!」 「トレジャータウンから北の砂漠までがちょっとだからな……確かに距離感おかしいよな」 いい加減に相槌を打って、ペドロは納得する。 「そ、距離感が異常なんだ、あの馬鹿は……行ってからのお楽しみの場所とか言ってさぁ……故郷の砂漠まで戻って、桃色に色づく神の塩をもち帰るだけの旅だぜ? あの塩は美味いけれど、そこまで苦労する価値はなかったわ」 そんな風に愚痴を垂れるマリオットは今回、ヴァッツによる六人勝ち抜き戦の四番手で伝説の探検隊に挑む。なんでも、日ごろの鬱憤を晴らすにはそのくらいの順番が一番いいんじゃないかとの目算だ。 リーダーとしての体裁を保つためにも、マリオットはそこら辺に見せ場を作ろうと考えているらしい。そして、完全に捨て駒扱なのが一番手のシデンと二番手のペドロ。試合前には一休みを入れるし、ヒメリの実から生成したPPMAXと呼ばれる飲料で活力も回復するとはいえ、二人には疲れというマイナスポイントがある。 さらに言えば、シデンはガバイトに対して圧倒的に不利な電気タイプ。ペドロは実力的にパーティーの中では一番下という事で捨て駒的な順番。 五番六番は、切り札というよりはどちらかといえばリーダーが倒せなかったときの後始末といったところか。三番目のサニーは、自分なら倒せる自信があるという現れである。 とにもかくにも、小休止してから迷宮の洞窟を抜けると、台風の目の場所にある荘厳な遺跡が目に入る。流れ込んだ溶岩を穿ち降り積もった火山灰を掘り進んで空いた天井からは神々しく光が伸び、浮かび上がる埃と塵が光の柱をところどころに形成している。 左右対称で、階段のように奥に行くほど高くなることで雄大さを見せ付ける遺跡群は、その肌に黒い火山岩を所々纏いながらも、在りし日の雄姿を伺わせた。 因みに、『すぐそこ』と言いつつも、マリオットが予想した通りきっちりと時計の長針が一周したのはご愛嬌だ。 **123:遺跡にて [#vf23b9f3] **123:遺跡にて [#vebe46fc] 遺跡が目に入るころには、作業の休憩中と思われるドリュウズの作業員(とてもむさくるしい)がこちらを発見しており、久々の女性の来訪に大喜びといった様子。何日も水浴びをしていないのであろうその体は土に汚れており、むせ返るような老廃物の匂いと土の匂いに包まれていた。 「ようようよう、あんたらがヴァッツさんの甥っ子とその仲間達かい? いやー色っぽい」 「きゃ、照れますわー!!」 色っぽいと言われて、サニーは真っ先に頬を押さえて笑う。 「まぁ、見ての通りヴァッツおじさんの甥っ子、マリオットだよ。酒もきちんと持って来たよ」 サニーを無視してマリオットが自己紹介をしているうちに、周りからは続々と人が集まってくる。 「うわぁ、真っ白だねぇ……羨ましい。数日もここで暮らせば真黒になっちまうんだがなぁ」 すでにほこりをかぶって薄っすら茶色いザングースを、山吹色の部分がほとんど見えなくなったクチートが『真っ白』といって笑う。クチートの彼と同じくらいの量の土がマリオットに付着すれば、確かに遠目にはザングースとは分からないかもしれない。 「本当、真っ黒ですね……凄い汚れ」 皆の汚れ具合に、感心したようにアグニが目をむく。 「おうよ。そっちのちっこいヒコザルのあんちゃんも探検隊か? 夢を見ていたい年頃だろうけれど、こういう泥まみれになるのも探検隊の仕事だからな。いつか同じような事をすることになるかもしれないから覚悟しておけよ?」 ゴローニャの作業員はそういって汚れた手でアグニの頭を撫でる。 「は、はい!! すでに、冷たい水に一日分の距離を押し流されたり、海を漂流して死に掛けたりしているので大丈夫ですよ」 シデンのものを含む不幸自慢をして、アグニは得意げに笑ってみせる。 「そうか。じゃあ、二日間海を漂流していた俺らの親方の爪の垢でも煎じて飲んで来いよな」 しかし、こうかはないようだ。ドリュウズの作業員が言ったアグニへの鋭い切り返しを聞いて、その場にいる作業員は爆笑した。 「あちゃー……完全に滑っちゃったね、アグニ」 「ははは、伝説の探検隊にはかなわないや」 それにはミツヤもアグニも苦笑するばかり。 「下手な自慢はやめとけよアグニ。叔父さんの前じゃ恥を掻くだけだ」 ちっぽけな不幸自慢をしたことで笑ったのは、ドリュウズの作業員だけではなく、マリオットも。しかし、アグニを笑うマリオットの表情はどこか誇らしげで、むかつくとか殺意が芽生えたとか、叔父に対して散々愚痴を垂れているものの、その実敬愛してやまない親戚である事は間違いが無いようだ。 「で、約束の品は……」 探検隊一行の荷物を覗くように、作業員は六人を眺める。 「酒なら俺達全員が持っている。今日は飲み会になるだろうから、働くのもほどほどにして馬鹿騒ぎできるくらいには体力を残しておいてくれ」 落ち着いた渋みのある声で、エッジは告げる。 「大丈夫。俺らあの人の下で頑張っているから、体力だけは自信があるんだ」 そうだそうだと、ドリュウズの言葉に賛同する作業員達。その騒がしさにすっかり呑まれて、シデンとサニーはテンションについてゆけなかった。 休憩中の作業員の中にヴァッツの姿が見えなかったのは、単純に休憩時間をずらしているという事である。案内されるがままにシデンたちがヴァッツノージに挨拶しにいくと、まず最初にヴァッツノージはマリオットと熱い抱擁を一方的に交わす。 「久しぶりだなぁ!! おい、マリオット!! 前よりもちょっとやせたかぁ!?」 「やめろ、この糞オヤジ!! 抱きつくんじゃねえよ気持ち悪い!!」 なんていいながら、彼はほお擦りを仕掛けてくる叔父の抱擁を必死で抵抗している。 「いいじゃないか、家族なんだから」 「お前を家族にしたのが人生最大の誤算なんだよ!! 痩せたのは今が夏だからだ!! お前とは違うんだよ」 「はっは、面白いことを言うなお前は。母さんトコに生まれたのが誤算だなんてプラムが泣くぞ?」 「知ったこっちゃねーよ。早く離れろ!!」 マリオットがわき腹を爪で小突くと、流石に効いたのかヴァッツはうめき声を上げてマリオットを離した。 「おーおー。嫌がり方も成長したもんだなぁ」 マリオットの反撃を受けたヴァッツはわき腹をさすりながら顔をしかめて、しかしとても楽しそうだ。 「いいから、本題いこうぜ叔父さん。何はともあれ、俺ら報酬の鱗が無いと話にならないんだからよ」 「おう、焦るなマリオット。鱗ならきちんと……ほら」 ヴァッツは歯を食いしばって顎の下の逆鱗を引っぺがす。 「つつ……ほら、剥がしたてほやほやだよ」 流石に痛いのか、かなり顔をしかめながら渡したそれは、確かに分厚い。シデンとアグニは比較対照となるガバイトの鱗の重さを知らないためにどう反応すればいいのか分からないが、『ヤセイ』のガバイトを何匹も相手にした事のあるベテランと呼ぶべき四人の先輩は、その重厚さに息を飲んでいた。 「だが、それをそのまま持って帰るなんてことが許されないのは分かっているよな? お前らにはあと二つ仕事が残っているんだ」 ニコニコと、楽しみにしていたおもちゃが完成したような面持ちでヴァッツは反応を伺う。六人の内誰一人、彼のように笑っているものはいなかった。 **124:試合場へのご案内 [#m6a18a45] **124:試合場へのご案内 [#aecc5cf7] 「残された仕事ね……酒の席での接待に、闘技場でのバトルだっけか……まったく、相も変わらず馬鹿なことをやるのが好きだな」 「決闘したいとか馬鹿なことを言っていたあたり、マリオットさんも馬鹿の血をしっかり受け継いでいるようですわね」 叔父を皮肉る言葉を吐いたマリオットを皮肉ってサニーは得意げに笑う。いつも笑顔なキマワリの顔がいつもよりも強い笑みとなっていた。 「はは、良いじゃないか。そんな馬鹿のやることがみんなを楽しませてやれるんだ。優秀な探検隊が一堂に会す機会ってのも少ないことだし、大会なんてのもたまにはいいと思わないかい?」 「大会って割には、ヴァッツさんを六人がかりで倒すみたいで何だか嫌なんだけれど……」 アグニが肩をすくめて苦笑する 「気にするな。強い奴に対して集団で挑むのは恥ずかしいことじゃないさ」 「だよねー。数は力なりって言うし」 ヴァッツがアグニに返す言葉を、シデンが拾って相槌を打つ。 「いや、ね。ミツヤ……君にはプライドってものがないの?」 「プライドなんていらないさ。プライドなんて捨てて立ち向かえば、勝てる相手だっている」 「違いない。お前さんなんてその気になれば女の武器だって使えるんだ、男よりも一つ武器が多いぞ」 「その武器のせいで襲われる理由も増えているんだけれどね」 ヴァッツの下品な冷やかしに苦笑して、シデンは答えた。 「あー……女の武器」 と、聞いてアグニは先日のドクローズとのやり取りを思い出す。意識も曖昧な中での思い出したくも無いような事だが、性器を咥えろと言われたシデンは躊躇い無く、言われるがままに咥えるふりをして噛みちぎろうとしていた。あれが、女の武器であり、プライドを捨てると言う事なのかと思いながら、アグニは股間に冷たい幻覚を覚えた。 噛みちぎられるとか、想像するだけでも恐ろしい。 「ほら、あそこだ!!」 不毛な想像をしながらたどり着いた試合会場は、発掘された状態そのままの闘技場である。火山に埋まったその闘技場は、内部は手付かず、外部は一部の観客席の火山岩が取り去られているのみだ。ゴロゴロと溶けずに残っていた炎タイプのものと思われる骨の残骸は、専用の墓を作って埋葬し、闘技場は在りし日の姿に近い形を取り戻していた。 この闘技場、スポーツ会場も兼任していたと見られ、戦うだけでなく競う場としても使われていたそれは考古学的な観点から見て非常に興味深い。 「なのに、自分達が使おうとか、それは随分乱暴ですわー!」 非常に興味深い場所なのだが、選手が競い戦うトラックには特にめぼしいものもなく、それなら自分達も使ってやろうというのだから、サニーの言う通りヴァッツノージも乱暴な思考である。 「そうだよ……バチあたりじゃないかな?」 「何を言っているんだ。昔の人たちが楽しんだ闘技場の文化を再現してやろうというのに、むしろ供養だと言って欲しいね」 「う~ん……」 考古学的に重要な遺産をこんな使い方をするのはどうかとアグニは尋ねたが、供養だと言われると何だか正しい気もしてきて、アグニは首をひねる。 「まぁ、でも……よく考えれば壊さないように注意すればいいことですわね。乱暴でも何でも」 「そうさ。問題ない問題ない。火山岩をガンガン掘り進めるうちの作業員達でも、ひぃひぃ言いながらじゃないと破壊できないような材質の、硬いって言葉じゃ済まされない岩さ。 俺らがちょっとやそっと流れ弾を当てたくらいじゃあな……いい岩だぜ。家を立てるときにこんなもんを使いたいものだ」 試合場の説明といえばこんなところだ。当時は娯楽の仲でも大きな地位を占めていたと思われるその場所は、まだ完全にその姿を露にはしていないが、ここで働いている作業員の全員が観覧できるくらいには場所を確保出来ている。 なるほど、いい試合場だ。 **125:まずは捨て駒から [#e587164d] **125:まずは捨て駒から [#q9866b24] 見渡してみれば、ぞろぞろと集まる作業員の皆様方。地面タイプ、岩タイプ、鋼タイプのように洞窟に適応しやすいポケモンや、硬いものを砕くことに定評のある格闘タイプ。 そういったタイプが観覧席に集まり、ギャラリーは準備万端といった様子。 「……こりゃまた、豪勢な大会だこと」 おどけた様子でシデンは肩をすくめた。 「さて、皆様方。俺のほうはすでに準備万端なんだが、お前さん達はどんな感じだい?」 さっきまで作業中で疲れているはずなのに、彼は疲れを感じていないのか、若しくは疲れすらハンデだとでも言いたいのか、ヴァッツは自信満々なせりふを吐く。 実際のところ、探検隊六人もコレまでの道のりで疲れてはいたが、ダンジョンを越えた直後の休憩時間と、その間に食べたもの。作業員から貰ったヒメリの実とオレンの実の蜂蜜漬けや、ショウガと蜂蜜入りの紅茶を飲み干せば、体には熱いくらいに活力が戻ってくるのを感じられる。 それでも疲れていないといえばウソになるが、相手のほうも疲れていることを思えば、休まなくとも戦えるという事で全員の意見は一致している。 「こっちも、全員準備万端ですわ」 澄ました顔でサニーが宣言すれば、腕組をしていたヴァッツは、腕組を解いてひれを脱力してブラブラと揺らす。 「ふふん、嬉しいね。最近は探検オンリーで、昔のようにお尋ね物狩りをすることも無いからな……命がけじゃないけれど、こうやって戦いあうのもいいものだ」 呼吸をするように自然と、そんな言葉がヴァッツから漏れた。 「いざ、勝負だ。勝ちたければいつだって勝っていいからな。世の中なせばなるもんだから、一番手や二番手が実質捨て駒扱いだからって投げやりになるなよ?」 不敵な笑みを浮かべる彼は、そんなことが出来れば苦労しない事を簡単そうに言ってのける。それは、絶対に負けないという彼の自信から出る言葉か、何度死に掛けても気合と根性と運で生き残った自分のように、自分を信じて戦えというメッセージなのか。 「では、ミツヤ行きます!!」 両者は闘技場に降り立った。かつては周りを取り囲む数千人分の席が満席だったのだろうかとか、当時響いていたであろう歓声に思いをはせながら、ヴァッツは目を瞑って幻聴が聞こえるまで想像に浸る。 そうして気分を高揚させたところで、ヴァッツは体中の筋肉を弛緩させる。普段の探索で鍛えぬいた堅さと、やわらかく体を動かすことで得た柔軟性。二つの利点を最大限まで高める、龍の舞の呼吸法。 対するシデンは、吸う息を長く。吐く息を短くして、まずは戦いに備えた体を作る。敵からは絶対に目を離さず、両目で立体視して腕の長さから牙や頭突きの届く位置。足の構造や翼の形状から予想される攻撃をイメージし、次は体中の血管に血液をいきわたらせるイメージで、高速移動の呼吸法。 互いの緊張感が高まったところで、この作業場で最も目の良い審判役のヤミラミが始めの合図。 間合いの短さを憂いてか、シデンはうかつに動けない。真正面なり、斜めなりで立ち向かっていっても、御大層な肩書を持っているヴァッツのような手合いは普通にやり返してくるであろう。 シデンが動けないことを予想していたかのように、ヴァッツは合図と同時に左足を一歩大きく踏み込む。瞬間、彼を中心に地面が隆起、地震だ。 存外に威力が低い事にシデンは違和感を覚えたが、効果が抜群の技である以上、どんなに弱い技であれ食らうのは好ましくない。すばやく飛びのいて隆起した地面を避けつつ、空中にいる間の追撃を恐れたシデンが跳躍と同時に体をひねってアイアンテール。 ドラゴンクローでの撃墜を狙ったヴァッツは、シデンに懐へ入られて肩口を狙われる。避けられないと判断した彼はさらに一歩踏み込んでシデンの攻撃を威力のこもらない尻尾の付け根に肘を当てて受け止め、アイアンテールの反撃で跳ね返って吹っ飛んだシデンを追撃するべく、右足を大きく踏み出して、先程のそれよりも強力な地震を放つ。 着地際、隆起した地面がシデンに襲い掛かる。シデンは、着地際を狙われ、シデンはかろうじて尻尾をたてて衝撃を和らげるが、その体重の軽さゆえに地面からの衝撃で吹っ飛ばされた。それで彼の間合いから大きく外れたシデンだが、相手は進化すれば音速とも称される瞬発力の持ち主。 進化前のガバイトであっても、鍛えぬいたその肉体から繰り出されるスピードは筆舌に尽くしがたい。瞬く間に間合いを詰められ、シデンに襲い掛からんとする、踏み込みからの地震攻撃。 シデンは最初のように飛びのいてから、攻撃後の隙に相手を狙う事を諦める。相手が踏み込んでくる足を払う捨て身の戦法に出る。たくましい足のすねに、シデンのアイアンテールがヒットした。 シデンのアイアンテールに痛みを感じる前に、ヴァッツが踏み込んだ足は地震を呼んでシデンを襲う。アイアンテールの反動で強力な僅かに空中へ浮かんでいたシデンは直撃こそ避けたものの、隆起した地面の衝撃にもまれて、また吹っ飛ばされる。 「くそっ……」 立ち上がろうとして、シデンは四肢に力をこめるが、気がつけば全身の四肢には力が入らない。すかさずヴァッツはシデンの首に鋭く尖った鉤爪を宛がい、脅しをかける。 シデンからは抵抗の意思が消え、悔しそうに歯を食いしばってから負けを認めた。 「おじょうちゃん、若いわりに強いなぁ」 すねの痛みに顔をしかめながら、ヴァッツはシデンを褒め称えた。 「そうかもしれないけれど……貴方のが強いから、自分の事を褒められても複雑な気分だよ」 投げやりな気分で、投げ捨てるようにシデンは言う。 「おいおい、褒め言葉はきちんと受け取っておけよ。そういうのは損する性格だぜ?」 「そうかもしれないね……」 単に褒めてもこういうタイプはあまり嬉しくないだろうと理解したヴァッツは、逆鱗を剥いだあごを撫でながらシデンの弱点を考える。 「ふむ……お前さんさ、動きや判断は文句のつけようも無いほど良いのだけれど、基礎体力にほんのちょっと難があるのと潜在能力が出し切れていない……というよりも弱すぎる気がするな。最初のアイアンテールだってあんたがこのまま二十才に成長していたなら……と思うとぞっとする。 強くなりたいなら、もっと闇の濃いダンジョンにいくといい、ダンジョンの闇は訪れた者を強制的に適応させる力があるから、まずはそういった経験を増やす事だな。エースランクのお譲ちゃん」 「ありがとうございます」 思った通りというべきか、ヴァッツの予想通りにシデンはアドバイスをすることで始めて感謝を露にした。一番手は捨て駒だと思って油断していたことを恥じながら、ヴァッツはすねの痛みを気にして苦笑する。 良い新人が育っていると思うと、後の世代に安心して引導を渡せるので気が楽だし、期待も膨らむ。シデンはきっとそれだけの逸材になるだろうと、確信できる、才覚が感じられた。 **126:太陽神 [#k271fc66] **126:太陽神 [#ped885b6] その次の試合。ペドロとの試合はある程度消化試合染みた内容であった。ペドロの攻撃をヴァッツは難なくいなし、ペドロが鋭い爪でどれだけ攻め立てても、受けるヴァッツは切っ先の部分以外に触れて受け流し、いなせば傷は付かない。もちろん、いなす側にもごくわずかなダメージ、わずかな疲労はある。だが、攻めるほうと守るほうの実力差はあまりにも大きく、今回ばかりは守る側の疲労などすずめの涙。 ペドロはこのままヴァッツへ捨て身の攻撃を仕掛けても、恐らくはいなしてくるだろうと悟り、ガバイトにとっては武器であり盾でもある腕のヒレを狙って爪を振るう。すばやく手を引いてヴァッツはそれを回避し、お返しとばかりに地面の砂を蹴り上げる。 砂掛けを見舞われペドロが顔を背けたその隙に、ヴァッツは砂を蹴り上げたその足を地面に叩き付けて地震を起こす。衝撃自体はそれほど強くないが、強い揺れが長く続くこの技、&ruby(じならし){地均し};だ。 目潰しもあいまってまともにそれを食らったペドロが足を取られて転んでいる間に、今度は跳躍から渾身の力をこめた地震。ジャンプも出来ないままそれを食らったペドロは、体一つ分上に吹っ飛んでから地面に横たわった。 命に別状は無さそうだが、全身に走る痛みのせいで、しばらくは動きたくなさそうだ。 とどめとばかりにヴァッツノージは一歩足を踏み出し、地震を起こす動作を行う。死人に鞭打つようなまねこそしなかったが、ヴァッツがその気であればペドロはもう一度吹っ飛んでいた事であろう。 「俺の勝ちだな」 にんまりと得意げな顔でヴァッツは勝利宣言。 「まだまだだったな。頑張れよ」 シデン以上にあっけなかったペドロにはその程度の言葉しか掛けることなく次の相手に目を向ける。 「さて、お嬢ちゃん。お前さんが俺の不肖の甥っ子の敵方エースなんだろ? どっちの代表が勝ちを拾うかで勝負をしているらしいが、自信の程は?」 「自信ですか……いえ、わたくし普段はミツヤさんよりも弱いのですが……探検中の強さではその限りではないので、結構自信はありますわ。全力でお相手して、満足させるくらいには……」 サニーは太陽のように眩しく微笑み、なるべく音を立てないよう軽い足取りで試合場に降りたつ。 「おや、もう起きても大丈夫なのですか?」 ペドロが起き上がったのを見てそう尋ねれば、彼は小さい声で『ああ』とだけ答え、仲間の控えている試合場の端に向かっていった。 「さて、ミツヤさんやペドロさんを軽くあしらった貴方の実力……噂にたがいませんわ。でも、先ほどの戦いを見る限り、シデンさんにアイアンテールを打たれた脛は震えていますわ。 その差で、勝たせてもらいます」 穏やかな口調、穏やかな笑顔で穏やかではない事を言ってサニーは身構える。首には、お日様スカーフと呼ばれる炎の技を無効化して自身の力に変える、半ば反則的なキマワリ専用装備品。 「ほう、流石はエリート探検隊だな。雰囲気が段違いじゃないか」 そう言って、ヴァッツノージは先程と同じく龍の舞の呼吸法。サニーはスポットライトのように降り注ぐ光の柱から太陽の光を吸収していた。 「勝負始め!!」 の、合図からサニーは天を仰ぐようにバンザイの体勢。上空に人工の太陽を作り出し、薄暗い洞窟の空間を晴天に変える。まともな太陽の光が恋しい気分の挑戦者組だが、いきなり訪れた真夏の晴天に全員がまぶたを閉じて薄目にする。 作業員達も似たような反応で、普通に戦いを見ていられたのはヤミラミの審判くらいか。ヴァッツノージの攻撃は一撃目がドラゴンクロー。薄目しか開けられなくなった彼は、ひるんで威力が下がっただけではなく狙いも適当になり、斜めの袈裟懸けに切り裂いた爪はサニーの大きな葉っぱの手で受け流されて不発に終わる。 太陽の光を浴びると特攻や素早さの上がる特性を持っているキマワリは、ただでさえ強い特攻をさらに高めた状態からノーチャージでソーラービームを放つ事が出来る。この状態となったキマワリは太陽神とすら呼ばれ、今の状態のサニーはまさしく太陽の化身。 彼女の大きな葉から放たれた。透明感のある、美しい白と緑の中間色。草タイプの技の中では最も威力の高いこの技をまともに喰らい、流石のヴァッツノージうめき声を上げる。 一度ヴァッツがソーラービームから軸をずらして退避したところで、サニーはここぞとばかりに自身の周りに蔦草をはやす。ただの蔦草かと思えばそれには見る見るうちに棘が生えたイバラへと変貌し、六角形の布陣でサニーを守る。 子供が野山で秘密基地などを作る時によく使う、秘密の力と呼ばれるこの技。洞窟で使ったその際は、相手をひるませる力を持った棘付きのこん棒。攻撃に使うのであればこれでそのまま撲殺するのだがこれを秘密基地ならぬ砦として使うサニーは、これを地面に刺したままそこに鎮座する。 「即席の、粗末なものですが……これで、直接攻撃はし辛くなりましたわ。怖いドラゴンクロー、ドラゴンダイブも……これの前には逆鱗ですら形無しですわね」 サニーの背丈は約1メートルほど。丈夫そうな蔦草は、ヴァッツの身長とほぼ同じ1.5メートルほど。ソーラービームを打ち出す隙間はあれど、ガバイトの機動力を活かせるように、蔦草を掻い潜るには少々隙間が足りない。 もちろん、地震を打つのにはなんら問題が無いのだが、地震単品の攻撃など、神のような攻撃力を持ちジャンプしたところで逃げ切れない威力か、もしくは放つ相手が余程素早いかでもなければみすみす食らうほどサニーも馬鹿ではない。素早いヴァッツでさえ、『余程』というほど速くは無い。 「やるな、お嬢さん」 「きゃーっ不死身のヴァッツノージさんに褒められてしまいましたわー」 「ほうほう、そんなに嬉しいか。お嬢さんに喜んでもらえるなら光栄だね」 サニーは照れ隠しのためか、わざと大げさに頭を抱えて首を振る。おどけた様子でこそあるものの、ふざける以外のこともきちんとやっている。サニーは人工ものと天然ものの合わさった強い太陽光を浴びながら、しっかりと成長の力を体内に溜め込んでおり、それによってさらに強力なソーラービームを叩き込む準備は怠らない。 ヴァッツもそれを分かっているのか、話しかけて集中を削いでおいて龍の舞の呼吸法をしなおし、サニーの攻撃をかいくぐる準備。 一見膠着状態だった二人の内、先に走り出したのはヴァッツ。はじけるように連鎖してサニーもソーラービームを放つ。ビームをいなす事は出来ず、ヒレで急所の顔面を守りつつ、ヴァッツは軸をずらしてビームから離脱。ソーラービームは威力の高さのおかげで制御は利かず、一度軸をずらされればもう一度当てることは難しい。 しかし、中途半端な当たりですらヴァッツに皮膚が焼け焦げるようなダメージを与えている辺りは、太陽神とさえ比喩される快晴の中のキマワリ――サニーの力の強さ故といったところだろう。 接近したヴァッツはその鋭い爪を振り抜いて蔦草の柱を切り裂きにかかる。だが、ガツンと痛そうな音はしたものの、絡み合った丈夫でしなやかな柱はたたき折られることもなければ切れる事もなく、平然としてその場に鎮座している。 「くそっ」 毒づいている間にも、サニーは葉っぱの腕をヴァッツにむけ、まばゆく輝くエナジーボールを小さなサイズでばら撒いた。美しいエメラルドグリーンの球体が、死に掛けた蝿のように不安定に舞いながら飛び、その変則的な起動と物量の前に全てを避ける事は不可能だ。急所をかばいながらヴァッツは柱の隙間を抜けようとするが、蔦草は倒れこむように隙間をふさいで、ヴァッツはその棘に見事に鱗を穿たれる。 「無駄ですわ」 その蔦草から細い蔓を伸ばしてサニーはヴァッツの腕を絡めとろうとする。ヴァッツは蔦草の柱を蹴りつけて、細い蔓を強引に引き千切って離脱した。 「チィッ……」 蔦を蹴り飛ばす時にまで、小さな棘で足を傷つけてしまい、足からは流血している。機動力が奪われるほどひどい怪我ではないが、心理的な不利は大きい。 「試合前に力を溜めていいルールだと、こう言う事があるからなぁ……いきなり攻め込めないってのは厄介なもんだねぇ」 「ふふん。乙女は色んな準備に時間がかかる物ですわ。でも、時間をかけて準備したレディーならば、どんなジェントルマンも型無しですわね」 「は、減らず口を」 軽口を叩くサニーに対してヴァッツは笑う。ヴァッツ自身手加減しているわけではなさそうだが、まだ勝算はあるとその態度が語っている。 **127:メロメロ!! [#j977ca16] **127:メロメロ!! [#k62d434d] 「こいつを喰らいな」 まずは砂嵐。ヴァッツが腕を振り抜いて地面に力を送れば、彼の足元を中心に竜巻が舞い踊る。その流れは徐々に周囲を覆い尽くし、砂嵐となる前に―― 「させませんわ」 サニーが日本晴れを掛け直す。 「このまま、天候変更合戦でもしなさいますか? 望む所ですわよ……キャッ」 砂嵐をかき消して得意げな顔をした所で、ヴァッツは砂がくれの特性を利用して僅かに詰めた距離を生かして地震を放つ。 サニーの体が数センチ浮き上がるが、効果は今ひとつな上に、片足では放ったそれは少々威力が不十分。サニーは負けじと、着地と同時にソーラービームを打ち出しヴァッツノージを追撃する。体を掠め、僅かなダメージを負いながらも致命傷を避けてヴァッツはそれをやり過ごす。 「あんたの作った太陽はまだまだ輝いているねぇ」 そう言ってヴァッツは新たな時間稼ぎを使用とするが、それも無駄な事。 「なに、例え弱ったとしてもまた作り直せばどうという事はないですわ。それは貴方の砂嵐も同じ事ですが……太陽神とも揶揄される私の前で、天候を変えるなんて事は許させませんわ」 「その通りだな、まーったく。強いのは確かだけれど、こんな戦い方じゃ賞金首は逃げちまうぞ? 俺が賞金首だったら、このままぴゅーっと逃げちまえばいい」 「い、嫌なところをつきますわね」 サニーは今回の戦いでその強さを証明した、が……草の柱で身を守りながら戦うなんて方法では関所などの要所守るとか、そういう戦いでしか効果を発揮できないだろう。 実際に、賞金首を追う際は彼女もこんな闘い方は出来ないし、しない。彼女を守る茨の柱を作った秘密の力も、本来は炎の体や静電気のような特性を持った者に接近された時の緊急避難用の技である。 「だが、批判はしないさ。こういう戦いで、こういう事をするのは何の問題も無いのだからな」 と、笑ってヴァッツは加速に適している極端な前傾姿勢をやめて、ゆったりとした楽な姿勢で歩き始める。 「ところで、お嬢さん。突然話は変わるけれど……約八十年ほど前、平和ボケしたホウオウ信仰の土地が、アルセウス信仰の侵攻に晒されたが……どうしてそれを撃退できたと思う?」 「そんなの、ホウオウ信仰特有の結束の強さと土地勘と……まさか!? きゃー、ですわぁ!!」 サニーが泡食ったところで、もう遅かった。ヴァッツがおもむろに片手を振りぬくと、放たれるは雌にとってかぐわしい芳香。同性にとってはただのむさ苦しい雄の香りだが、雌にとっては葡萄酒や薔薇やラベンダーのように官能的で、熱帯の北国で太陽をいっぱいに浴びて育った果実のように甘く濃厚な魅惑の香り。 匂いを嗅いでなるものかと、サニーは口をふさぎ光合成をするが、いかに晴れの中の草タイプといえど運動しながら栄養や酸素を光合成で補うのは無理な事。 彼女がするべきは、一刻も早く自分を守るイバラの柱から離脱することだったのだが、呼吸の量を見誤った彼女にはもはや勝ち目は薄い。 たっぷり時間をかけて練り上げたヴァッツの匂いは強烈で、一呼吸でサニーの戦意は大幅に奪われる。このメロメロ状態になってしまえば、男女を問わず集中力は乱され、勇気も萎えて臆病になり、痛みにも耐性がなくなってしまう。 「正解は、ホウオウ信仰に女の戦士がいたおかげだ。ホウオウ信仰では、祭の日と月経の日に服を着る文化が、 女は男よりも祭りを多く行い、神に近く、だから偉いという文化を作り出したお陰でな。 そのおかげで女の立場が向上し、女性でも平民よりも身分の高い騎士階級に就く事が出来たんだ。そうして編成された女だけの部隊は、アルセウス信仰が組織した闘争心の特性を中心に構成された部隊へ対抗し、メロメロで男たちを骨抜きにして侵略者を嬲り殺しにした。 今のあんたのような状態とはまるで逆だよ、お嬢さん……。さて、理解したところでそろそろ、仕上げだ!!」 サニーは苦し紛れに蔦を伸ばして草結びで攻撃する。しかし、それに先程のようなキレは無く、鉤爪やヒレではじかれ、蹴散らされ、ヴァッツの接近を許す。たまらずサニーは花びらの舞いで迎撃するが、メロメロ状態特有の倦怠感も伴って威力は乏しい。ヴァッツが急所を守りつつ、捨て身の地震でサニーを捉える。 効果はいま一つ、だが何の防御も回避も取れていない状態で喰らってしまえば、脚へのダメージは甚大だ。足の痛みに気を取られているものだから、跳躍したヴァッツのドラゴンダイブへの対応が遅れ、空中で抱きつかれたままボディプレスとフリーフォールの合わせ技のような攻撃を喰らい、そのまま地面を滑って必殺の紅葉おろし((唐辛子を混ぜた大根おろし、転じて、地面にこすりつけて擦りキズを作ること))。 サニーの肺から空気が漏れ、背中には酷い擦り傷。強い力で抑えつけられて抵抗の&ruby(すべ){術};を失った。サニーのお日様スカーフを口で咥えて悠々と奪ったヴァッツは、スカーフを吐き捨ててから口の中に炎を溜め込んだ。頭上には燦々とと輝く人工の太陽。炎の力を無効化したうえで回復させるお日様スカーフを失った今、メロメロ状態のサニーに対しては必殺の大文字。降参しなければ、その口から溢れんばかりの熱量がサニーへ襲いかかるのだ。 「無理……降参しますわ」 間髪いれずに大文字を放たなかったお陰でサニーも考える時間が出来て、彼女は冷静な判断で勝負を降りる。 「よし、物分りのいいお嬢さんだ」 ヴァッツノージは飲み込むように炎を消し、熱い空気を吹かしながら立ち上がるとサニーに言葉をかける。 「う~ん……悔しいですわー!! 私、勝てると思いましたのにまさかまさかのメロメロだなんて、ありえませんわー!!」 「それがありえるから、勝負の世界は非情なんだよな」 愉快そうに笑顔を見せて、ヴァッツノージは勝利の余韻に浸る。 「あーあ……勝てそうだったのに。惜しいな、サニー」 面倒そうに首の辺りを掻きながら、マリオットは闘技場に降り立った。 「負けは負けですわ。食事代を奢りたくはないですが、私の無念を晴らすためにも頑張って欲しいですわー」 「あいあい、応援ありがとう」 サニーはすれ違いざま、勝負の相手であるマリオットの健闘を願う声をかけて控えの席に戻る。 「っていうか、叔父さん卑怯じゃね?」 マリオットは叔父の前に立って第一声で苦笑した。 「何を馬鹿な。これが卑怯でやってはいけない戦法なら、今頃俺たちはアルセウス信仰を強制されて、アルセウスを相手に祈らなきゃならんかったのだぞ? 祈るくらいならまだいいが、神官の連中どもにでかい顔されてみろ? 平民の皆さんはむかつくだろうが? それに、メロメロが反則技だなんて思うのならば、自分も使えばいい。たったそれだけの話じゃないか?」 「そりゃ、まあな。なんにせよ、すでに叔父さんかなり疲れているだろ……? 昔っから散々いじられた鬱憤、積年の鬱憤……今日こそ晴らさせて貰うぜ!!」 マリオットは黒光りする鋭い爪を振りかざして臨戦態勢をとる。 「まだまだ若い者には負けられんさ……この体が動く限りは負けないつもりさ」 そう言ってヴァッツノージは笑うと、彼もまた構えを取る。ヴァッツノージが龍の舞の呼吸法をするのは相変わらず。マリオットもまた戦いに備えて体内に力を溜め込んだ。 ---- ---- [[後編へ>伝説への挑戦・後編]] [[後編へ>時渡りの英雄第9話:伝説への挑戦・後編]] ---- **コメント [#gf1bdf67] #pcomment(時渡りの英雄のコメントページ,12,below);