[[時渡りの英雄]] [[作者ページへ>リング]] [[前回へジャンプ>時渡りの英雄第6話:一つ目の歯車、コリンの旅路・前編]] #contents **83:嬉しい事があるかも [#y7df4ecf] **83:嬉しい事があるかも [#k1142765] 詰め所に常駐している時の守人の人員の数は、すでに二十人以下に減っていた。食料をとりに行くたびに誰かが殺されたか、あるいは逃亡したのか。別れの挨拶も済ませないままに一人、また一人と行方が知れなくなる。 そうして人員が少なくなったところで、ついにシャロットは単身詰め所に乗り込み、全ての敵を抹殺しに出かける。文字通りの凶行は、セレビィ特有の小さい体を活かして身を隠し、物陰から飛び出しては叫び声を上げられる前に、首をひねり殺すのが主流だ。 相手が悪タイプだろうと関係ない、狙いの的を標的の体に取り付ければ、相手のタイプがなんであろうとエスパーの力は通る。なるべく血も出させず、音もたてずに死体を作り、物陰に隠しては匂いが出ないように素早く処理をする。 匂いが出ないようにする処理と言うのは、死後硬直よりも先に訪れる停止現象を早めることだ。 この世界は生き物だけが時間の流れを止めない。正確に言えば、全ての物体には魂が存在し、強い魂を持つ者以外は時間が止まる世界と言うべきか。死体となった肉塊は当然、魂の殆ど残っていない出涸らしのようなもの。しばらく待っていればいずれ流れる時間は止まり、自然と腐ることすらしない彫像となる。 だが、のんびりをそれを待っていられないシャロットは、運がいい事にまがりなりにも時間に関する力を持つセレビィである。彼女が、その死体に流れる時間を即座に停止させることも、その逆で時間を復活させることも造作の無いことだ。 そうして、血の匂いを殆ど漂わせることのない暗殺を続けていたシャロットだが、それも流石に終わりは来るものだ。隠しておいた死体を発見されると同時に、伝達専用のホイッスルが鳴り響き、時の守人の詰め所は一気に警戒体制となった。 「貴方が私の存在を知らせたのね?」 全員殺すつもりだったのに余計なことを……、とシャロットは唇から血が出るほどに強く噛みしめる。 笛の音を頼りにシャロットが血走った眼で迫って来た。シャロットとすれ違う者は全員殺され、もはや詰め所に常駐する時の守人は、人員の数が二桁に達するかどうかする怪しい。 「お前ら……ここは私が喰いとめる……お前ら逃げろ!! 勝ち目はゼロだ!!」 部下を連れて逃げていたドータクンのクワンは、部下に向かって勇ましく吠える。どうせ、部下よりも機動力に劣る自分は、真っ先にシャロットに追いつかれれば簡単に殺されるであろう。 なんせ、すでにシャロットは、悪だくみを限界まで積んでいるから、丈夫さに定評のある自身の種族であっても即死は免れないであろう。持って数秒の命だと思うと、もう破れかぶれのクワンは何でもできる気がした。まず、クワンは石柱を床より突きあげ、廊下を塞ぐ。通せん坊の技で、シャロットが部下を追うまでに少しでも時間を稼ごうとしたところで、クワンは炎タイプを持つ目覚めるパワーによって殺された。 「味な真似を……また、心を研ぎすませなくっちゃ……」 いかなる攻撃を以ってしても、時間が立つまで通せん坊の石柱は壊せないと言われているので、シャロットは散ってしまった集中力を再度の悪だくみで補う。技を放っているうちに彼女の腕は筋肉も骨もボロボロになっていたが、狂気に満ちた彼女に痛みは無かった。 ◇ 十一月二十一日 トレジャータウンのとある昼下がり。いつもは掲示板の更新仕事をしているトリニアが%%サボリ%%病気のため、今日の二人は見張り番業務を行わされていた。 先輩達はそのほとんどが、朝礼が終わるとともに手を繋ぎ祭りへと出かけてしまい、彼らの居ないギルドは静かであった。 祭りの前日辺りまでは依頼もひっきりなしであったが、この日ばかりは探検隊自身が祭りに参加するため仕事の受注は期待できない。そのおかげか、相対的に発注も少なくなるため、ギルドの仕事受付は午前中のみとのソレイス親方からのお達し。 汚れるような仕事も特にしないため、シデンは祭りが始まる前から服を着てオシャレに着飾っている、若草色の上着に空色のインナーは、草の目覚めるパワーのアグニが飛行の目覚めるパワーを持つシデンを抱きしめているようにと、サニーとレナがコーディネートしたオーダーメイド。 常に抱きしめられているという表現が酷くむずがゆかったが、ピカチュウの体色が山吹色であるため、夏のヒマワリ畑の風景を連想させる色合い。『自分自身を太陽のように眩しく見せるにはちょうどいいですわ』と、サニーに進められると、シデンはなんだか服を着ただけで美人になれた気がした。 それで着飾って、お祭りの行われている街に出ると思うと心が躍る。今日は何か嬉しい事があるかもと、シデンの心はすでにして夢心地であった。 「おい、ディスカベラーさん。ちょいと話があるんだ」 「な、なに? チャット?」 そして嬉しい事に、ディスカベラーは仕事を終えて祭りに繰り出す際、親方直々の仕事を貰う事になるのであった。 「いやいや、お祭りに参加する前のタイミングで悪かったが……今日はもうこのタイミングでしか話しかけるタイミングも無いものでね。まぁ、良いニュースだから安心して聞いておくれ。祭りに行くのはこれを聞いてからでも遅くないよ」 チャットがそうやって前置きをすると、アグニもシデンも黙って頷く。 「最近のお前らの仕事ぶりを見て来たが……お前達、大分仕事に慣れて来たな。特にこの間、サライを捕縛したのは見事だったぞ。そこでだ、今祭りに出かけてしまっている親方様から直々の依頼を受けてもらう事になったんだ……アグニ君が最初の方に受けたがっていた探検隊らしいお仕事だよ」 ご機嫌な様子でチャットは微笑み、良いニュースを二人にプレゼント。 「え、本当に!?」 「はっは、こんな意地の悪い嘘をつくものかい」 アグニは真っ先に小躍りした。全く無邪気な事だなと、シデンは肩をすくめてその様子を見守るばかり。 「さて、地図を出してくれ……まずは、ここがトレジャータウンの場所なわけだが……お前らにはこの、東北東にある滝つぼについて調査をしてもらいたいのだ。ここは、地質の関係上、コランダムと呼ばれるパワーストーンが発生しやすい環境でな。 親方曰くどこかに宝石の鉱脈が見つかるかもしれないという話なんだ……特に、ここは海が隆起して生まれた土地。事によれば鉄を含んだコランダム……サファイアが産出されるかもしれないという非常に興味深い場所なのだよ」 「へぇー……サファイア一粒でも見つければ大金持ちだよね」 サファイアという単語を聞いて、アグニは感嘆する。 「うん、そうだね……ま、そうそう見つかるもんじゃないが、ロマンは十分だ。ともかく、見つければ大発見になりかねないこの場所だ。アグニもシデンも、探検隊の一歩を目指してレッツ地質調査としゃれこもうじゃないか。出発は明日にお願いするよ」 一度咳払いを挟んでチャットは続ける。 「さて、概要はここまでだけれど、理解出来たかい?」 息子のようにとは言い過ぎだが、可愛いおとうと弟子が喜ぶ顔を期待して、笑顔でチャットは問いかける。だが、アグニの反応は喜ぶとは全く違うもので、俯いては震えている。 「だ、大丈夫かい?」 何かまずい事でも行ってしまったのかと、チャットはうろたえながらアグニの顔を覗きこむ。 「大丈夫……ただの武者震い。オイラ初めて探検隊らしい仕事が出来ると知って……感動していたんだよ」 「今まで、救助隊じみた仕事や子供のお使いみたいなお仕事ばっかりだったもんね」 それまで受けて来た仕事を思いだしてシデンは苦笑した。 「……なんにせよミツヤ、なんだかすごくワクワクしてきたから……頑張ろうね、ミツヤ」 「はいはい、付き合いますよ。アグニ」 潤んで揺れる団栗眼を輝かせながら喜ぶアグニに、いい年してまだまだ子供なんだからとミツヤは溜め息をつく。 「それじゃ、お祭りを楽しんでいらっしゃいな。私も仕事を切りあげたら参加してみるよ」 はーい、と元気に答えてからチャットの翼を握り手を繋いだ後、意気揚々とアグニは駆けだす。置いて行かれないよう、シデンは小走りで後を追った。その最中、自然に顔がゆるむのをシデンは防ぐ事など出来わけもない。 **84:行商フレイム [#c9b036f9] **84:行商フレイム [#xffbdb37] 潮風に乗って、草木の匂いが混じり始めたこの時期の空気は、上質な葉巻きのように&ruby(かんば){芳};しい。春の陽光に包まれながら、二人はのんびり欠伸をしながら手を繋いでいた。ここ、トレジャータウンでこの日行われる祭りは手繋ぎ祭り。 かつて、神隠しや迷子が不自然なほど多かったこの街で、大切な人を絶対に離さないようにという願いを込めたお祭りである。恋人や夫婦はもちろん、兄妹や親子、商売仲間など様々な関係で手を握り合ったり、それが出来ない者は肩を寄せ合うお祭りで、町中で手を繋ぎ合っている光景はある種異様な光景である。 ご多分にもれず、アグニとシデンは仲良く手をつないで歩き、二人は並び立つ屋台を右に左に目移りしながら今日は何を食べるのかなどと、肉と魚と虫の選択に迷っていた。そんな時、アグニは一つ提案をする。 「ところで、肉も魚も美味しいけれどさ……やっぱり祭りならではのものを食べてみないかな?」 「はぁ……例えば?」 「この季節は行商人も頑張っているからね。新鮮な果実と魚の刺身につけあわせの塩コンブ……これがまた美味しいんだ。その新鮮な果実も、供給過多だからね……みんながしのぎを削り合って安い値段で提供し合うんだ。 美味いものを安く食べられる……これこそ祭りの醍醐味ってわけでさ、ミツヤ!! とにもかくにも、今日はそこかしこに珍しい木の実がいっぱいあるんだし、せっかくだからその食べ歩きを楽しまなくっちゃね!!」 アグニは意気揚々として前を行き、手を繋いで先導する。その過程で見つけたのは、乾燥した保存食用の果実と新鮮な果実の両方を取り扱うお店である。彼らが取り扱う商品にはしなびたナナシの実が置かれており、ナナシに宿る氷の力を自然の恵みで引き出し、よく冷えたその果実には涼しげな水滴がこびりついている。 如何にも美味しそうな果実を取り扱うこの店を出している集団というのも、探検隊バッジを持っていることから行商を兼ねる探検隊なのであろう。自然の恵みのような技を日常生活にも取り入れているあたり、腕もそれなりに確かなようだ。 「こんにちは。貴方達も探検隊ですか?」 数人の列を待った後、アグニは寸暇を惜しんでそう話しかける。 「え、えぇ……私達探検隊のフレイムと申します……見ての通り、草タイプの私が混ざっていてしかも草タイプがリーダーなんですがフレイムです」 「リーダーってば、炎を怖がっちゃっているんです。これじゃ名前負けですよね」 苦笑しながらポニータのソーダは笑う。 「情けないわよねー……炎を怖がらない草タイプのポケモンだっているのに。さっきのサニーさんもそうだし、旅先で出会ったジュプトルもねぇ」 相も変わらずソルトの毒舌は冴えている。その言葉の中によく知る人物の名前が出て、アグニは興味深げに首を突っ込むのだ。 「え、サニーさんもこっちに来ていたの? へぇ……」 シデンが興味深そうに相槌を打つ。彼女はシデンとアグニを祭りに誘っていたが、急な仕事が入ってしまって 「そうなのよ。『炎だって気を付けていれば大丈夫ですわ』なんて言ってね。ふふ、ウチのリーダーにも見習わせたいわ」 「流石サニーさん、言う事が違うね……おっと、後ろも詰まっているから速くしないと……これとこれ、ください。お金はこれで丁度です」 本来なら値切りの一つでもしたいところだが、後ろには5組ほどの列が出来ている。値切りを出来る雰囲気ではないが、値切られるまでもなくこの三人組の商品は安い。先に銀貨を握っていたアグニの手には輪銀貨たった2枚。それで、珍しい果実を八個も買える。オレンの実など、どこでも手に入る安い木の実の2倍ちょっとの値段だ、安いという他なかった。 「はい、毎度あり。小さな探検隊さん、貴方達のチーム名はなんて?」 「オイラ達のチーム名はディスカベラー。オイラがアグニでピカチュウがミツヤ。そちらは……フレイムさんでしたっけ、オイラ達も覚えておきます」 「うん、ありがと。今度機会があったら貴方の炎でリーダーのシオネ君をいじめながら鍛えてやってくださいな。私はソルト、こっちのポニータはソーダよ」 物騒な言葉と共ににっこりと笑って、ソルトは口に咥えた袋を手渡した。 「はは……大変だね、リーダーさん」 「がんばってー、シオネさん」 哀れなリーダーに同情するアグニと、さらに追撃を加えるシデン。女性に尻に敷かれているという点では、アグニもシオネと同じ立場なのかもしれない。 「助けてくださいよもう―」 そんな毒舌の冴えわたるソルトの舌に苦笑して、シオネはおどけて愚痴を語る。 「ま、お互い頑張るしかないって事ですね……それじゃ、商売頑張ってください」 目を潤ませていれば親身に聞いてあげることもあっただろうが、シオネの愚痴はそこまで深刻なものではない様子。笑い話として聞き流して手を振り別れると、後ろから『ありがとうございました』と声が聞こえた。アグニは一度だけ振り返って笑い、別れる。 「しっかし……お祭りっていいねー。このお祭りのタイミングに、ギルド前のカフェ、『マイペース』も開いたし、ガラガラ道場も再開してたし……お金が最も動くから、これからしばらくは街がにぎわいそうだなー」 「でも、ガラガラ道場は相変わらずというかなんというか……ビクティニに道場繁栄祈願したらしいけれど……大丈夫なのかねぇ? 相変わらず閑古鳥が鳴いていたけれど……」 「さあね? ダメなんじゃない」 昔自分が働いていた職場だというのに、アグニは容赦なくそう言って笑う。リヴァースの道場経営能力の無さがどれほどのものかシデンにはよくわからないが、釣られてシデンは笑ってしまう。 まぁ、初日から閑古鳥が鳴いていて、屋台を見回りながら歩いていたアグニに声掛けサクラをやってくれと頼み込むようでは、どうにもならないというのは同意だった。 **85:その名はかまいたち [#yf44bd0b] **85:その名はかまいたち [#r58580e3] しばらく歩いていると、この祭りという期に乗じてこの街を訪れた探検隊がちらほら見受けられる。どこもかしこも手を繋いでいるあたり、このお祭りはよほど親しまれているのだろう。普段は手を繋がない男同士や女同士の間柄でもきちんと手を繋ぐ光景は、なんだかとても滑稽で妙な印象だが、人の温もりが感じられるのが何よりも嬉しい。 どこもかしこも微笑ましい光景のこのお祭りのメインイベントは、今年建てられた新築の家の中でどの家が一番主に似ているかを競う事。版画で印刷された街の地図を片手に、バツ印の書かれた場所へ赴いては新築の家を見て回っては評価する。 一番良かった家を丸で囲み、投票箱に入れるのだ その間、大切な人とは絶対にはぐれないように手を繋ぐ事は忘れない。迷子をゼロで終わらせることが、この祭りの成功条件の一つである。 残念なのは行商も多くの店を並べているが、アーカードとエッサの店が何処を探しても見つからないこと。シデン達はタバコを買いたいわけではないが、口約束が守られなかったのは少々残念なところだ。 行商が店を並べる大通りや、広場を見回る間にも探検隊はそこかしこに見受けられる。その中でも気になったのが、サニーと共に話しているザングース、ストライク、サンドパンの三人組。サンドパンの男は腕に包帯を巻いていることから、元はグラードン信仰の者なのであろう。 男同士で手を繋いできちんと祭りの流れに乗っているその三人の内、どうやらサニーはサンドパンと特に仲が良い様子。何やら話は盛りあがっているようだ。 「サニーさん、こんにちは」 話しこんでいるサニーは、極薄の黄色い布を幾重にも巻いて肩から腰までを覆っていた。首のアクセントとして橙色のスカーフを身につけた以外は山吹色にレモン色という、キマワリの彼女には顔と似通った配色の装い。それは照りつける太陽光を跳ね返して眩しいほどに輝いている。 一番見せたい顔の花弁をもっと明るく見せるためには、単純に考えれば白が一番いいのだが、それでは色合いが悪くなる。顔を明るく見せつつ、全体的な色の兼ね合い。それを思考錯誤した上で選んだ彼女の召し物はよく似合っていて、思わずシデンは嫉妬した。 「あら、アグニ。今日は午前中寂しかったですわ―。貴方やシデンと一緒に手をつないで歩きたかったのに、お仕事は見張り番だなんて殺生な事ですわね。さてさて、お二人さん。祭りも盛り上がっている事ですし握手握手ですわー!!」 「は、はは……言うと思った」 「サニーさん、相変わらず小さい子が好きなんですね……小さい自分がいうのもなんだけれどさ」 アグニ、シデン共に肩をすくめながら苦笑してサニーの手を握る。肉厚な葉っぱの手を握ると、草の良い香りが風に乗って漂って来た。二人にとっては頼りになる先輩。サニーにとっては可愛い後輩として、共に大切な者として認めあい手を繋ぐと、少し照れくさいけれど嬉しくってため息が漏れる。 二人は微笑み……サニーはにやけていた。 「キャー!! 両手に華ですわ―!! こういうのってとっても興奮しますですわ―」 「あーあ、これだからサニーさんは……出かける前も手を繋いであげたでしょーに」 アグニはもちろん呆れ気味。 「まったく、これはどう反応すればいいのやら」 シデンもやれやれといった顔で溜め息をついた。 「なぁ、サニーこの可愛い子達は何者だ?」 と、サニーとの握手を終えたところでサンドパンが問いかける。 「可愛い子って……なるほど、二人はそういう関係……」 アグニが一人納得すると、ストライクが笑う。 「あぁ、分かるかい……アグニ君、だったかな? 俺はエッジ、かまいたちって探検隊でな、俺達みんな開拓が得意なんだ」 「え、えっと……ありがとうございます。つまり、サニーさんと同じくこのサンドパンのお兄さんは子供好きという……それで話と言うか、気があって、仲良くなったとかそんな感じ……ですかね」 「お察しの通りだよ」 気が抜けた笑い声を混ぜながらエッジはアグニに苦笑した。 「この二人は子供好きなんだよ。このサンドパンの名前はペドロ……リーダーのザングースの名前はマリオットだ。全員、この大陸生まれだから名字は無い、種族名で覚えてくれ」 「丁寧なご紹介ありがとうございます。えっと、こっちのピカチュウはミツヤ……よろしくお願いします」 「ミツヤです。よろしくお願いします」 軽く頭を下げてミツヤが挨拶をする。 「ところで皆さんは開拓が得意なんですか?」 憧れをともなった視線でアグニはエッジを見る。 「おう、鋭い爪で森の木だろうが蔦だろうが切り開いて進んでゆくのさ。畑を耕すことだって出来るし穴も掘れるぜ」 エッジに尋ねたというのに、答えが飛んできたのはペドロであった。 「この鋭い爪が自慢の一品さ。かまいたちのようにすべてを切り裂くチームを目指しているもんでな」 そして、自慢の大トリはリーダーであるザングースのマリオットが締める。 「結構有名な探検隊なんですわよ、お二人さん」 サニーは笑って二人に言い聞かせる。 「ところで、かまいたちの皆さん。この子達、ディスカベラーって名前のチームなんですけれど……まだ、探検隊に入ったばっかりで何をするべきか分かっていないのですわ。例えば交易ルートや村の開拓なら親方が得意とする事でしたら、フレイムの皆さんが。この世界の歴史の解明や調査……これはチャットさんが得意な事。 私のように文化を調べてそれを作品に仕上げるのもありだと思いますわ。この二人には、そうやって自分達の誇れるような得意分野を見つけて欲しいと、この私……切に思っておりますの、キャー!!」 何が嬉しいのか、もしくは恥ずかしいのか、サニーは顔を押さえながらもじもじと体をゆする。 「ですので、ペドロさんもお二人さんも……ミツヤさんやアグニさんが目標に出来るような探検隊として、開拓家として……格好良い姿を見せて欲しい物ですわ―!!」 「ふん、当然さ。俺達かまいたちの名にかけて新参探検隊に無様な姿は見せられないしな」 サニーが叫んだところで、マリオットは自信満々に胸を叩いて見せる。 「おぅ、可愛い子には背中で語れってな」 ペドロは得意げな顔でディスカベラーの二人へとウインクを向ける。 「お前は相変わらずそれか」 如何にも頭が痛いといった風にエッジは巨大な鎌で頭を押さえて溜め息をついた。 **86:ミュウ信仰の行方 [#y226cdab] **86:ミュウ信仰の行方 [#j60d0f1d] 「いいじゃないの。子供は愛でて然るべきもんだぜ? そういうことで俺と握手しようぜ、アグニ君にミツヤ」 朗らかに、にんまりとした笑顔を浮かべてペドロは鋭い爪を差し出した。 「えー……オイラ子供扱いかぁ……もう」 あからさまに嫌そうな顔をして、アグニは戸惑う。 「これって、大切な人と握手を交わすものじゃなかったっけ……」 シデンもどん引きな様子でサニーに助けを求める視線を送る。 「ふふ、ペドロってば、がっつき過ぎはダメですわ―。そんな事やっていると、いつか私のショートストーリーのやられ役にしてしまいますわよ―」 「や、それはやめてくれ!! 俺がキャーッとしか言いようが無くなるだろうが!!」 面白い物言いでペドロを諌めるサニーとのやり取りで、一同は大いに笑いあう。 「はは、でもサニーさんの本に登場人物として出してくれるなら光栄&ruby(ヽヽヽヽ){キマワリ};ないって感じじゃない?」 トドメのアグニの言葉では、皆がみんな笑いをこらえきれなかった。やっぱりここはホウオウ信仰が主流の土地。強い探検隊であるはずのかまいたちも、女性の強さの前に男性が逆らうことは出来ないようだ。 ひとしきり笑いあったその後はサニーの処女作である『トレジャータウンのキャーッ』に関する思い入れの話や、かまいたちが開拓真っ最中のスイクンタウンのお話。理想的な土地で、エッジが開拓を強く推した土地だそうで、今は開拓に携わる仲間たちへ送る資金稼ぎの腐心しているという。彼らは『辛い』、『疲れる』などという愚痴の割には誇らしげに、嬉しそうに開拓の進行状況を語っていて、確かにそれはまだ探検隊としての方向性も決まっていないアグニ達にはいい刺激となった。 そして彼らは結構な喧嘩好きで、いつの日かサニー=キマワリと決闘で実力を競い合ってみたいという話まで飛び出した。資金稼ぎが終わって、開拓地に根付いて会えなくなる前に記念に一度でも、なんて語るマリオットの姿からは、探検隊として成功を収めているサニーに対する尊敬が見え隠れした。 『自分ももっと有名人になりたい』、なんて当たり前の欲求を子供のように持っていて、それがなんだか純粋で見ていて気持ちいい。 途中、男同士だけでの話もあれば、逆に女同士だけでの話も交えながら、一行は仲良く新築の家を回る。どれが家主と似ている外観の家に投票する、祭りのメインイベントを消化するべく全ての新築の家を回り終え、かまいたちと別れた頃にはすでに時刻は夕刻であった。 「……しかし、処女作の話なんて懐かしいですわ。もう三年も前になりますかね」 ギルドへの帰り道、商店街を抜けて人気もまばらになった頃、思いだしたようにサニーは言う。 「オイラ、処女作の頃からサニーさんのファンだから。よく覚えているよ……このお祭り、手繋ぎ祭りの由来も。呪われているように迷子が多い街だから、絶対にはぐれないように堅く手を握り合った親子や家族のためのお祭りだけれど……最近……七、八年くらい前からはなんというかね……」 クスクスとアグニは笑う。家族同士で手を繋ぐのが主流だったこの祭りも、今は男女の組み合わせが多い。 「今や恋人や夫婦同士が愛を誓い合うお祭りになってますわね―。処女作を描いたあの頃は未熟だったから、一つお話を書いて後はもう解説を書いたら気力が無くなってしまいましたが……もし第二版をする事になったら……私、恋人達の祭りについてもコラムを書きたくなりますわ―。キャーッ!!」 「本に描かれている事と実際のお祭りって結構雰囲気が違うもんね」 「そうですわね、アグニ。処女作は昔からのお祭りの様子だけを記述しましたが、やっぱり最近の恋人で甘い雰囲気を味わう祭りの様子も描きたいですし……それに、それも描き直したい理由も一つながら……もっと描き直したくなるようなわくわくさせるお話を聞いたのですわー!! それはですね、一ヶ月ほど前、アグニやシデン達がサライを逮捕してから数日くらいでしょうか……MADというマニューラ、アーボック、ドラピオンで構成された盗賊団のお話にとっても興味を引かれましたのですわー!!」 「と、盗賊団? あの人たちが!? 優しそうな人たちだったけれど……」 一ヶ月と少し前に出会ったタバコを吸っていたマニューラ。普通の優しい探検隊に見えたあの三人組が盗賊団とは思いもよらず、アグニは目を丸くする。 「あぁ、それはマニューラのリアラさんは普段、猫をかぶっているのですわ。猫だけに……」 「そ、そう……くだらない、ね」 ポツリとサニーのギャグをこき下ろしてアグニは失笑する。聞こえていないのか無視したのか、サニーは無反応で話を続ける。 「ダンジョンが動き回る、そしてダンジョンがポケモンを食べる……それが、このトレジャータウンにかつてあった神隠しの呪いと関連付けた考えをしていたのですわ。」 「あ、それオイラ達も聞いた……でも、ダンジョンが移動するなんてことあるの?」 アグニが首を傾げるので、サニーは満足そうに微笑む。 「それはいい質問ですわ、アグニさん。ミステリージャングルに古くからあるミュウ信仰というものがありましてね……」 「ミュウ信仰……?」 オウム返しにシデンが首を傾げると、サニーは頷きながら続ける。 「えぇ。世界は、『超巨大なドダイトスの背中の上にあって島ドダイトスや大陸ドダイトスが私達の住む陸地になっている。それら巨大なドダイトスをミュウの従者であるレジギガスが引っ張っているという考えがミュウ信仰にはあるのですわ。 そして、昔トレジャータウンには、ダンジョンを背負ったドダイトスが住んでいたと……」 「いやいや、そんなでかいドダイトスの上に住んでたら普通に誰かが気づくでしょ」 「ふふ、アグニさんの言う事はもっともですし、世界一周航路が発見された今、世界がドダイトスの上にあるなんて事はミュウ信仰でさえ誰も信じておりませんわ……しかし、『移動するダンジョン』や『旅人を食べるように引きこむダンジョン』の存在を見て、昔の人が巨大なドダイトスがいる考えたと言う可能性もありますわ。 目の前を歩いていた者が、ふっと消える……時には家さえも飲みこまれる……そうなったとき、かつてのこの世界はダンジョンなんてそこかしこにあるものではありませんでしたからね、人を食べる巨大なポケモンがいると考えても不思議ではなかったのですわ。それが、ドダイトス。 どんなに馬鹿馬鹿しいことでも、嘘と間違いの中にひとかけらの真実がある場合もある……探検隊をやる以上、それだけは肝に銘じておかないといけませんよ、アグニさん」 「ん……なるほど……確かに」 アグニはサニーの言葉に感心して息を飲む。 「そっかぁ、ドダイトス自体が存在しなくっても……移動するダンジョン自体の存在は消えたわけじゃないと……」 アグニの頷きに気分をよくしてサニーは続ける。 「えぇ、手繋ぎ祭りの切っ掛けとなった神隠しの呪いに、ミュウ信仰の伝説が関係するという見解はとっても興味深いお話で……本当に、このお話を聞いてから私は処女作を書き直したくなりましたわ……」 「いーじゃん、書きなおしなよ」 気楽な物言いで、シデンはサニーの背中を押す。 「しかし、問題がありまして……その肝心のミュウ信仰がもう滅びかけなのですが……ね。キザキの森のすぐ近くにあるミステリージャングルでは……その、アルセウス信仰の暴動が起こったらしくって……多数派のアルセウス信仰の人たちに、殆どのミュウ信仰の人たちが殺されてしまって……双方に大きな被害を出しましたが、ミュウ信仰は赤ん坊さえも殺されたとかなんとか……その影響でタバコの値段もつり上がっておりますわ」 「そっか……そう言えばアーカードさん……」 シデンはそこまで口にして口を噤む。アーカードはミステリージャングルが故郷だったっけと、アグニ、シデン共に僅かに顔を俯かせた。 「アーカード? 誰ですの?」 「いや、こっちのお話」 肩をすくめて、シデンは何でもないと意思表示する。含みを持たせた言い方にサニーは心配したが、ここで暗くなっても仕方がないと話を続ける。 **87:光栄キマワリない [#u1224991] **87:光栄キマワリない [#l4a3af29] 「でも、それでも加筆修正できる場所は沢山ありますわ。特にさっき言ったように、このお祭りが最近は恋人のための祭りになっている事に関するコラムやショートストーリーをまた加えたい気分で、ショートストーリーのモデルを誰にするか、今だ悩みどころではありますが……あ、そうですわ!!」 何を思いついたのか、サニーは左手の上にポンと右手を置いた。 「ん?」 そうしてサニーは腰を屈めてシデンの後頭部に触れる。 「クラブの泡吐きを背景に、二人の恋人はそれまで強く手を握ります……」 サニーの冒険記が人気な理由の一つである、その地の伝説や名物を題材にした創作物語のような口調でサニーは喋り始める。書面にそのまま写せそうな言葉を口から紡ぎながら、サニーは陶酔していた。 「『自分は……今まで、誰にもこうして手を握ってもらえなかったの。でもね、君だけが私の手を取ってくれた……お祭りの前からね』 ピカチュウは大海原に浮かぶ夕日を眺めていた目を、後ろのヒコザルへゆっくり振り向かせます」 言いながら、サニーは本当にシデンの首をアグニの方へ向ける。シデンも、逆らえば良いのに何故かされるがままにサニーに付き合った。 「ピカチュウの潤んだその眼は、夕日のせいなのか、それともこみ上げる思いのせいなのか? それは誰にも分かりません。 『このお祭りは、迷子の子供を生み出さないため……大切な人とはぐれないため、しっかりと大切な人を掴むためのお祭り……あの日、迷子の自分を救ってくれた貴方は、このお祭りでも自分の手を取ってくれた……』 そして、ピカチュウは瞼の力を抜いて目を細めるとそっとヒコザルに口寄せ……なんて、キャーッ!!」 そこまでやりたい放題にやって、サニーは突然はしゃぎだして顔を大きな手で覆い隠す。されるがままだった二人は呆然自失だ。 「ミツヤさんとアグニさん、何だか実際に同じような事を言いそうな気がして、とってもキャーッですわ―!! リアリティもありますし、いける……いけますわー!!」 「……今のを実際にやれって言うの?」 「うぅん、さすがにそれは冗談ですの……」 シデンが明らかに嫌そうな顔をしていると、サニーは首を振って否定する。 「ただ、貴方達があまりに仲が良い物で……少し、今度書くお話のモデルになってもらいたいなんて思っただけですわ―」 「はは、光栄キマワリないね」 こんなところでモデルにならないかとの相談。いくらなんでも照れ臭すぎて、アグニはまともにサニーと目を合わせられないまま苦笑した。 「キマワリないねぇ……あまりに光栄過ぎて……」 シデンは握っていたアグニの手を、さらに強く握る。 「冗談じゃねぇ!! ですわ!! 謹んでお断りします!!」 シデンはおどけながら乱暴な言葉一つ、アグニの手を勢いよく一度引くと、それ以降は手を離す事になってしまうがスピードの出る四足歩行へ切り替え、全速力でサニーから逃げた。サニーは最初こそ追っていたものの、草タイプにはありがちな鈍足なポケモンである彼女には、到底すばしっこい彼らなど追えるはずもなく、後ろ姿が豆粒のように小さくなるのを感じたところで一言。 「ああいう風に照れた仕草も可愛いから、たまりませんわねー」 そんな事を言いながら、彼女はひたすら眩しい笑顔であったそうな。 何を考えたか、シデンはサニーが先程シチュエーションを指定した通り夕暮れの海岸へ。今日は祭りという事で、商売繁盛祈願の泡吐きはいつもより盛大に行われている。水平線の向こうから太陽が見守る中、&ruby(ゆうなぎ){夕凪};の中で泡が太陽光を屈折させて陰と陽を作る幻想的な光景。 そこには、商売繁盛を願うために泡によって出来た陽の光を必死で浴びる商人もいれば、心まで浮遊するかのような雰囲気に酔いしれながら手を繋ぐ恋人や親子の姿がそこかしこに。シデンとアグニ、二人は浜辺に座りこみ、全力疾走の後ということもあって肩で息をしながら改めて手を繋ぐ。 「……サニーの言うような、落ち着いてキスが出来る状況じゃないかもね」 肩で息して、シデンはアグニへ笑いかける。 「でも、良い雰囲気なのは変わりがないじゃないの。見てよ……君が倒れていた時も、こんな風にクラブの泡吐きが行われていたんだ……君が目覚めた時には、もう終わっていたけれど……今度は一緒に見れたね」 「あぁ、あの時の……あの時は自分を助けてくれてありがとう、アグニ」 微笑むアグニの肩に、シデンは体を預ける。手を握ったまま、そのぬくもりを確かめるように。 「なんだか、本当にサニーの妄想みたいになってしまいそうな雰囲気……ねぇ、アグニずっと、こうしていていいかな?」 「構わないよ。この海岸にいる皆がそうしているし……」 波の音が聞こえる。やがて、夕凪の時間も終わって泡が頭上から消えると、アグニの尻の炎はかがり火となってあたりを照らす。他にも、多くの炎タイプのポケモンがまるで星のように灯りとなっている。 「炎タイプのポケモンが目立つね……オイラも人の事言えないけれどさ」 そう言って、アグニは何がおかしいのか笑う。ただ、シデンと肩を寄せ合っているのが嬉しいだけで他意は無い。 「そうだね、きっと君も目立っている……よく見ると、あそこにフレイムの皆さんもいるようだし……」 「あらほんとだ……」 シデンの指差した方向を見て、アグニはただ相槌を打った。本当にただ相槌を打っただけだから、二人の会話がそこで途切れる。 「この光景ね、サメ肌岩から見ると幻想的なんだ。まるで地上に星が浮かんでいるようでさ……今までは、手を繋ぐ相手はいても、ここでゆったり泡吐きを見るような関係の人もいなかったから……こうやって見てみると……サメ肌岩からは丸見えでも、サメ肌岩は全然見えないんだね」 「自分が居るから……初めて見た光景なんだね? ふふ、なんだか嬉しいな」 「うん……探検だけじゃない。日常でも、パートナーがいると色んな発見があるものなんだね」 「……初めての冒険に出る前に、それが分かってよかった?」 シデンの問いかけに、アグニはううんと首を振る。 「これだけじゃ分からないよ……ミツヤ。でも、良かったと思える日が来る気はする。根拠は全くないけれどね」 アグニは真っ暗やみの中で朗らかに笑って見せた。 「じゃあ、もう一つ発見」 暗闇の中で、シデンはアグニの頬に唇を寄せる。軽く触れただけのそのキスは、余韻すら儚いものだったが、その柔らかな感触を理解できるまで、アグニはその感覚を反芻し続ける。 「キスの味の発見。でも、口同士でのテイスティングはまだお預けだからね」 「出会った初日にいきなりセックスしようとしてたシデンがまぁ……清楚なことで」 感心したように、懐かしむようにアグニは言う。 「サニーの本を読んで、自分も心を通わせるような恋愛するのも良いかなって思ったんだよ。……今更だけれど、普通の恋愛をしても良いよね、自分? 昔の自分なら……独りで生きる自信はあったけれど……今は自分、一人じゃ生きていけない。けれど、それでも良いよね、アグニ?」 「構わないよ、ミツヤ。一緒に生きてゆけばいいじゃない。だからこそ、今日は手を繋ごうよ……今日は、大切な人を離さないためのお祭り。本来の意味でも、人生の道でも迷子にならないように、しっかりと繋がっているためのお祭りなんだから……」 そう言ってアグニもシデンの方へと体重をかけた。 「うん」 嬉しそうに頷いて、アグニにされるがままにシデンも体重をかける。支え合う二人の影は、波の音に見守られながらいつまでもいつまでも二人の絆を確かめ合っていた。 **88:冒険の朝 [#gfa3c721] **88:冒険の朝 [#ea5d5860] 「起きろぉぉぉぉぉぉ!!!! 朝だぞこのリア獣自爆しろ、命懸けしろ、癒しの願いしろ、むしろ滅びの歌を一人で歌っていろぉぉぉぉぉ!!」 翌朝、深夜まで愛を語り合い、部屋では手を繋ぎながら(朝まで同じ体勢で、寝相はとても良いようだ)眠っていたシデンとアグニに対する恨み節を含むドゴームのラウドボイスが!! きっちりと耳を塞いでいた二人だが、それでもいつもよりも強烈なこの目ざましには景色が歪まずにはいられなかった。 「うぅぅぅ……いつもよりも強烈……」 「機嫌悪いみたいね……そう言えば、昨日はサニーがラウドとだけは手を繋いでいないとか漏らしていたっけ……モテない男の&ruby(ひが){僻};みは哀しいねぇー」 しみじみと、聞こえるように言ってシデンは鬼の首を取ったように得意げな表情をする。 「聞こえているぞシデン……っていうか、俺だって手を握っている女性くらいおるわ!!」 「親兄弟とギルドメンバーのレナと自分以外で?」 シデンは澄んだ目でラウドを見据えてそう尋ねて見せた。シデンも随分と意地悪な質問をするものである。 「ぐっ……いいからさっさとしろ!!」 ラウドにじと目で見られ、アグニとシデンは肩をすくめる。戦えば負ける相手ではないのだが、だからと言って先輩に目をつけられてしまうのはあまりい気持ちではないじゃないか。無言で誤魔化してその場をやり過ごすと、二人は溜め息をついて肩を落とす。 「まぁ、いつもより強烈な理由はなんでも良いか。確かに昨日は帰ってくるのが遅かった自分達が悪いわけだし……」 「それで、グーグー眠られていたら腹が立つ……という事にしておこうか……ミツヤ。とにもかくにも、今日は滝つぼに出かける日……気合いの入った起こし方をされた所で、いっちょ気合い入れていこう!!」 「うん、アグニがそう言うのなら、自分は何処までもついて行くよ」 二人はさわやかな目覚めこそ無理であったが、爽やかな気分で朝礼を終えてすぐに、二人は自分の部屋へと戻って昨日のうちにまとめておいた荷物を手に取る。今日受ける仕事の目的地を再確認する。チャットとお尋ね者がどうとか話しこんでいるサニーの横を大きな声での挨拶で通り抜け、二人は元気いっぱいに北北西の滝へと駆けだした。 「ところで、さっき話していたラウドとサニーの関係って何のこと?」 早足で歩きながら、のどかな川べりを歩く最中、変化に乏しい景色に退屈を覚えながらアグニはシデンへ話しかける。 「ん? アレは……アグニが男同士で昼食に行った時に……自分とサニーは女同士でってことになったじゃない? その時に話してもらったんだけれど……女の子同士の秘密って言われちゃったからなぁ……でも、あれだよ。ラウドとサニーがこの前一緒にお仕事した時、ラウドが酷い失敗したらしくってね……その時から仲が良くないそうなんだけれど……うん。ここから先は流石に秘密。 いくらなんでも、女性の秘密をペラペラしゃべっちゃうわけにもいかないからね」 「えー、気になるなぁ」 口の先を尖らせてアグニは不平を漏らす。 「世の中、変に好奇心を持つと煮え切らないことが多いものだよ、アグニ」 しかしながら、シデンも一応最低限の約束は守ってサニーの相談は詳しく口にする事は無い。 「約束じゃあしょうがないなぁ」 納得はするものの、まだ不満そうな顔でアグニは漏らす。シデンは秘密を共有する優越感を覚えながら、そんなアグニの仕草を可愛らしいと思うのであった。 道中、特にダンジョンも通ることない平たんな道のり。右手に流れる川を眺めつつ、言われなければ気付かないほど非常に緩やかな上り坂を二人は登ってゆく。やがて、その上り坂も意識せざるを得ない角度へと様変わりし、徐々に川の流れも狭く急なものへと変わる。 吹いてくる風も冷たくなり、いつの間にやら舞台は扇状地から高山へ。 滝つぼが近づいてきた、と思う頃には夜の時間を迎えており、くたびれた二人は滝の周り特有の強い湿気を含む空気に喉を癒しながら倒れ込む。 「やーっと着いたぁぁぁぁ……」 「ずっと登り道だったから、知らず知らずのうちに疲れちゃうよね」 相当くたびれていたのか、寝転んだアグニの尻の炎はすでにして消えている。本来は、寝る時の実にその炎を消すはずのヒコザルだが、本気で疲れた時は少しでも体力の消費を抑えるためにこういうこともあるのだろう。 「ところでミツヤ……今すぐにでも探索を始めたいところだけれど……今日の所は野宿だよね?」 「まぁ、確かにこう暗くっちゃ探索も難しいしね。月でも見ながら今日は寝よう……」 道すがら、食べられる草と携行食糧を食べて来た二人は、取るものも取りあえず目をふさぐ。最近は暖かくなり鬱陶しいくらいに体毛も抜け落ち、外で眠っても風邪は引かないが、部屋が常時暖房状態のシデンにはまだ少々室内で感じるアグニの温もりが恋しい節がある。 だから、眠っているアグニをそっと抱き締めてシデンは眠る。一瞬起きたように眉を潜めたアグニだが、寝たフリなのか本当に眠っているのか、シデンの抱擁を邪魔しないようにアグニはそっと身を任せる。 昨日海岸でそうしたように、シデンはアグニの頬にお休みのキスをして、暖かい彼の体温を感じながらすやすやと眠りについた。 **89:男は損するもの [#pb3463c4] **89:男は損するもの [#ic7bd71c] 目覚めると、辺りは初めての探検隊らしい仕事を祝福するかの如き晴天。今日という今日は爽やかな晴天の元に、眠りたいだけ眠って二人は目覚め、さわやかな空気と共に眼前に流れる滝を見据える。轟々と流れる滝は、近づけば会話が困難なほどの轟音を立てられる水量をともなって流れている。 そして、更に近付けば――というのも奇妙なもので、この滝には滝を真正面から見据えられるように、&ruby(へり){縁};が設けられている。川への飛び込み台のようなその縁は、横から見ればきちんと地層があって、人工的に建設したのではなく、掘り進めたか川の流れに浸食されたか。いかなる理由にしても異様な地形であるという事には変わりない。 怪しすぎるが、そこ事態を調べても特に何も無く、人工物だとしても天然に出来たものだとしても貴重な資料となりそうなので、そこについては穴を掘って調べる事は控えた。そう言うわけで、他の場所の穴を掘ってみるのだが、どこもかしこも堅い岩の層のおかげで掘り進むには苦労しそうだ。 コランダムもない事は無いのだが非常に微小(大きなものがホイホイ取れたら価格破壊が起こるだろうが)で、色もついていない。 「ふむぅ……なんというか、怪しいのはこの滝つぼなんだけれど……怪しいだけじゃ何とも言えないよね……しっかしまぁ、なんというか触れたらバラバラになってしまいそうな勢いの滝だねぇ」 水しぶきに触れながらアグニは渋い顔をした。 「……オイラが水タイプだったら滝とかの水中探索の一つや二つもできるんだろうけれどなぁ……これじゃあ無理だよね」 「うーん……命綱をしていても流されちゃったらまともに調査も出来ないだろうし……あ、あれ?」 なんとなく石を拾って川に投げようとしたシデンは、突然意識が遠のいて思わず項垂れる。この感覚には身覚えがあった。サライがアリルを攫う際に起きた眩暈とまるで同じの感覚。 その眩暈の中で感じたのは、流れ落ちる滝の中に、ぼやけてよく見えない影が飛びこんでゆくイメージだ。 「……どしたの、ミツヤ?」 「サライの時と同じ……感覚。今何か、変な夢を見たんだ……けれど、どう判断するべきなのかな、これ」 「ど、どんな夢?」 シデンのぼやくような物言いに、アグニは興味を持って更に突っ込んで尋ねてみる。 「ぼやけていたし、白黒の映像だから分かりにくかったけれど……滝の中に、ポケモンが飛び込んで行くイメージ。しかもその滝の奥は洞窟になっていたというかなんというか……」 「それは……流石にありえなくないかなぁ?」 アグニがその予知夢のような物を信じてみたい気持はもちろんある。しかしながら、言うまでもなく問題はある。 「うん、有り得ないとは思うんだけれど……」 「滝の勢いはこの通り物凄いし……もしも滝の裏側に何も無くってただの壁だったら……怪我は確実、最悪……」 「だよね……」 言わずもがな、最悪死亡というリスクが伴う。 「とは言え……サライの時は一応、予知夢は当たったわけだし……ミツヤ自身はどう思っているの?」 「……有り得ないとは思いつつも、信じてみたいっていう気持ちはあるよ」 「そっか……いや、ここは信じてみる事にするよ。ミツヤが何の前触れも無しに同じ事を言ったら信じなかったかもだけれど……でも、やってみる価値はあると思うし」 「……そう」 「うん。水はほら、下にいくらでもあるから……もしダメだった時のこと考えて、この水筒を浮き袋代わりにして……体に縛りつけたら挑戦しない?」 そう言って、アグニはポケモンの胃袋で作られた水筒から水を抜き、口から息を吹き込んで膨らませる。しめつける器具できっちり蓋をすれば、それは即席の浮き袋。アグニはそれを体にきつく巻きつけると、巻いたロープの先端をシデンへ手渡す。 「そのロープ……杭に繋いで持っていて。落ちちゃったら引き揚げてよね」 「それは良いんだけれど……アグニ?」 おずおずと杭を出しながら、シデンは顔を上げてアグニへ尋ねる。 「なに、ミツヤ?」 なんだか、酷く悲しそうな表情でシデンはアグニを見ていた。 「君から率先して行くのはどうして? 一応炎タイプでしょ? 無理しない方がいいんじゃない?」 シデンの質問に、何を納得したのかアグニは頷く。 「そりゃまあなんていうの? 女性は大事にしなきゃ。照れくさい言葉を並べて飾りたてても良いけれど……シデンにはこう言った方が伝わるかな? 男は、女性を何人も孕ませられるけれど、女は何人も孕めるわけじゃないでしょ? ありていに言ってしまえば、男は多少死んでも構わないってこと……そう言うわけで、こう言う時は男子が積極的に行くものなの」 『シデンにはこう言った方が』、という&ruby(くだり){件};で始まったアグニの説明は、確かに理に適っていて分かりやすい。 しかしながら、サニーの本を読むうちに甘い恋愛について憧れを持ち始めたシデンにとっては、アグニの言う飾り立てた言葉というのも聞いてみたいところであった。だがそれは、とりあえずアグニの親切心を汲んで自重する事にした。 今からそれを言わせると、なんだかアグニの好意が無駄になってしまう気がするのだ。 「なら……アグニ……無事で居てよ」 「うん。もし、滝の中に本当に洞窟があったら……その時は合図するから、このロープにバッグをくくりつけて、荷物を洞窟の中に送ってみてよ。そして、二人で一緒に探検しよう」 「……分かった。自分を信じてくれる、アグニを信じる事にする」 ロープの先端を地面に固定した釘に繋いで、シデンはアグニの眼を見て力強く頷いた。 「うん、ありがとうミツヤ……じゃあ、ちょっと雑貨屋に行って来るってな感じで、気軽な気持ちで行けば大丈夫さ!!」 軽い気持ちを表す揶揄の常套文句であるキザな台詞を吐いて、アグニは命綱をなびかせるように滝つぼへと飛び込んだ。 一瞬でずぶぬれになったアグニが顔の水を拭うと、その先に待っていたのは―― 「洞窟が……あった」 アグニは伸びきったままのロープをツンツンと引っ張って見せる。答えるようにシデンは縄を引っ張り返した後、ロープを伝わせて荷物をこちらへ投げ出した。更に、シデンは遅れて滝の中へと飛び込んだ。 中に入り込んだシデンは、目を丸くして洞窟の空洞を見回す。 「あぁ、この光景夢で見た通りだ……」 「なら、シデンの夢は神様に祝福されているのかもね」 アグニはシデンを手放しでほめて屈託なく笑う。 「……ありがとう」 なんと答えればよいのかもわからずとりあえずシデンはお礼を言ってその場をやり過ごす。 「さて……この洞窟がどこまで続いているのかは分からないけれど……どれだけ暗くってもオイラが居れば大丈夫だよね?」 煌々と燃え盛る尻の炎を強調してアグニはシデンに尋ねる。 「うん、夜目は一応利くし、その程度の明りがあれば余裕だね……まぁいいや。案ずるより産むがやすし……いこういこう」 二人はしっかりと頷き合い、シデンが先導するアグニの背中を守る形で滝つぼ内部の洞窟へと突き進んだ。 **90:ディスカバー [#oaf55cad] **90:ディスカバー [#r4666e1d] 滝つぼ内部は、酷くじめじめとした空気に包まれており、ダンジョンにも案の定というべきか水タイプのポケモンが多い。 しかしながら、その高い湿度と少ない日照量に適応した日をあまり浴びないでも育つ草タイプもおり、さらにはシデンの苦手な地面と水の複合タイプまで。そういった敵が出て来た時は、これまでの仕事の経験のおかげで積極性に目覚めて来たアグニが炎で蹴散らし、草結びで転ばせて攻撃を仕掛ける。 ヒコザルである彼は地面、水、岩タイプが弱点であるが、その全てに有効なダメージを与えられるこの技を覚えてからは、好んで使うようになる。思えば、アグニの積極性が目覚める先駆けとなったのもこの技である。 それでも、活躍の場を奪いすぎないよう水タイプに対しては極力相手をシデンに任せているが、互いに苦手な地面タイプが相手なら、少々物怖じしながらも前に出る。その程度の勇気を持ち合わせる程度にはアグニも成長していて、それがアグニ自身にも、そしてシデンにも嬉しかった。 しかしながら、所詮このダンジョンもそんなに難しいものではない。雑魚が文字通り雑魚であるこのダンジョン、苦戦する事もなく二人は突き進み、そして最深部へと足を踏み入れた。 台風の目、と呼ばれるダンジョンの中心部。時空が安定しているそこは、ヤセイも出なければ地形の崩壊や再生も起こらないし、傷の治りが早くなる事もない。それゆえ、犯罪者が無名のダンジョンに目をつけ、その台風の目をアジトとすることも多い。そういった事情が、新たに発見されたダンジョンの情報を売るだけでも探検隊連盟から報酬をもらう事が出来る理由の一端を担っている。 しかしながら、アグニもシデンもそんな報酬など目では無い物を見て、目を輝かせている。きらびやかな光を放つ、半透明の巨大な石達の花畑。色とりどりの鉱石、否宝石がシデンとアグニを出迎えてくれた。 「わぁ……見てよ、ミツヤ!! ここ、宝石が掃いて捨てるほど転がっているよ。すごい……一つもらっちゃえ」 アグニは宝石に負けないほど目を輝かせて、小さなかけらを一つ拾う。 「すごいね……でもこれ、色とりどりすぎない? 普通に考えたらこんな風に色の違う宝石が転がっているなんて事は……」 シデンは、アグニの解説通りの状況を見て一瞬喜んだが、少し考えると冷めた視線を送り始める。 「いいのいいの、ミツヤ。例えこれがただのガラス玉だとして……ここで誰が何の目的のためにこう言う事をしたのか? それを考える楽しみというのが生まれるじゃない」 なんて言いながら、アグニは嬉々として辺りを探る。なるほど、とシデンは納得した。これが全て宝石だなんて安易で馬鹿みたいな考えを持っているパートナーであれば探検隊としての資質を疑うが、好奇心さえ満たされればがっかりなんて二の次という前向きさは、むしろ探検隊として相応しい性格なのかもしれない。 少し現実的で、少し夢を見ている。これが生粋の探検隊気質というものか。 シデンはアグニほど乗り気ではなかったが、一緒にはしゃいで上げるとアグニが喜びそうなので付き合ってみる事に決め、肩から力を抜きつつ微笑んでアグニと一緒に周囲の探索に入る。 たいまつもあるにはあるが、すっかり濡れてしまっているのでそれは使うことなく自身の電撃を明かり代わりにシデンは探索を始める。目にいたい電撃の点滅による探索はあまりはかどらなかったが、そんな時助け船を出すようにアグニの声がする。 「ミツヤー!! こっちこっち!! 物凄く大きな宝石があるよ!! ガラス玉にしたって、ここまで大きくて気泡も何も入っていない物ならきっと価値があるよ、ミツヤ!! ほら、ガラス細工だって値打ち物は沢山あるじゃない」 「分かった分かった、暗いんだからもう少し待って頂戴よ……もう」 足元の尖った宝石で足を傷つけたりしないよう気をつけながらシデンは駆けより、アグニの隣へ。 「ホントだ……全く歪みの無い宝石だ……ガラス玉かもだけれど、それにしたってそれなりの価値はありそうだね……」 「でしょでしょ!! 結構すっごいよこれ」 「で、どうやって運ぶの?」 はしゃぐアグニに、シデンは現実を突きつける。アグニより一回り小さいくらいの大きさはあろうかという桃色の宝石。密度を考えればアグニの体重よりも重いだろう。これでは持って行くには大きすぎる。 背負ってしまえばバランスなんて取れるはずもなく、抱えるだけでも難しそうなその宝石。現実問題持って行くのは無理である。 それこそ、何か体の大きなポケモンに任せるしかないのだが、果たしてどうするべきなのだろう。 「えーと……とにかくこれ、動かせないか調べてみようよ。例えこれがなんであろうと、みんながびっくりすることには変わりないし……運びや専門の探検隊辺りに頼めば運んでもらえるだろうけれど……こういう達成感はやっぱり自分で味わいたいし」 「……アグニ、興奮しすぎ」 「いいじゃないのミツヤ!! ここで興奮しなきゃ何処で興奮するっていうのさ」 嬉々としてアグニは宝石を引き抜こうとする。しかし、いくら踏ん張ってもそれはピクリとも動こうとする気配を見せやしない。 うんうん唸りながら、背筋も足の筋肉も腕の筋肉もフル稼働。歯を食いしばって頭の血管が切れそうなくらいに力を込めるが、うんともすんとも音沙汰なし。そのままアグニはへたり込んでしまった。 「意気込んでみたは良いけれど……固いね……ってミツヤ?」 地べたに腰を落ちつけながらアグニは苦笑する。しかし、そんなアグニをよそに、シデンはというと小さな宝石を拾うと同時に眩暈が起こって、またボーっとして虚空を見つめていた。 「また、夢でも見ている……? ふー……もしミツヤがこれをどうやっても持ち出せない光景なんて見ていられたらがっかりだけれどなぁ……」 なんて言いながら、アグニは巨大な宝石に肘を置いて倒れかかる。カチリ、という音がして、アグニは一度振り返ってみるが特に何も無かったようなので彼は気のせいだと考えた。 「あ、アグニ……」 「何か見えた?」 「何者かが、宝石をカチって押してみたら鉄砲水の罠が発動する夢……」 我に返ったシデンが見た物は、先程の影が宝石を押すことで仕掛けが作動し、鉄砲水に押し流される映像。 「で、夢で見た内容が正しければそろそろ来るはずなんだけれど……なんだけれどねぇ……」 「そ、それってつまり……」 音がした、先程夢の中で見た映像で水が押し寄せてきた方向から。 「どんぴしゃり……みたいね……アグニ、今のうちに呼吸をってうわぁぁぁぁぁぁ!!」 言い終わるまでの間すら与えられず、シデンとアグニは温水に押し流された。ここは休火山、とは言え熱の籠った水は地表近くまで噴出しており、冷たい水にさらされなかったのは炎タイプのアグニはもちろん、シデンにも幸運であった――が、それとこれとは話が別だ。 今はこの状況をどうするか、それだけが問題だ。 **91:飛べないピカチュウはただのピカチュウ [#u8fbb11b] **91:飛べないピカチュウはただのピカチュウ [#l471f0e4] しばらく呼吸が出来ないまま流される洞窟の中、一筋の光明が見える。シデン達はそこから高く見下ろす俯瞰。うっすらと靄がかかる滝と合流し、完膚なきまでにもみくちゃにされながら滝と共に自由落下。 シデンもアグニも、なんだかんだで足から飛び込む事で衝撃を逃がしたが深く潜らされることになって、今度は荷物が重くて浮き上がるのに苦労する。愛用のナイフは捨てたくないし、トレジャーバッグもこれまでの思い出が詰まっているのだから是が非でも持ち帰りたい。 しかし、ナイフ以外にも杭や金づち、鋼鉄のフックやピッケルと、鉄器は満載であるので流石に諦めるしかないだろうと思ったが、忘れていた胃袋の水筒がここにきて役に立った。ダンジョン内は水場こそあったが、どこも鉱石の匂いがして飲めたものではなく、喉が渇いても『ヤセイ』のポケモンの血ばかりを飲んでいた。そのため中身を出したまま詰めるのをおろそかにしていた風船のような浮き袋。 浮き袋のおかげで浮上するトレジャーバッグに掴まりながら、地図とメモ帳はもうダメだろうなと、浮上するのに必死な頭の中でおぼろげに思う。浮上した後は、水を飲みこまないように気をつけながら、新鮮な空気を存分に肺へと送り込んだ。 「死ぬかと思った……」 「シデン……生きててよかったぁ……」 「全力で同意するよ……」 轟々と流れる川の水音に負けないように、大声で答えてシデンは苦笑する。 「で、アグニ……前方にもう一回滝が見えるわけだけれど……どうする? 縄でも投げて岸に上がれそう?」 「無茶言わないでって……あわわわ……落ちちゃう落ちちゃう!!」 「仕方ないなぁ、もう」 シデンはアグニを抱きかかえ、空中に投げだされると同時に背中から光の翼を生やす。 「これは……」 「飛行タイプの目覚めるパ……あ、やっぱり無理だ……」 しかし、結局殆ど浮力を得ることも出来ないままシデンは為すすべなく落ちた。 「あはは……一人でなら三秒くらい空飛べるんだけれどねー」 「そ、それ空飛べるって言わないよミツヤ!!」 一応、着水の衝撃は少々和らいだものの、二人はまた滝つぼに沈んでは浮上するというサイクルを繰り返す事に。結局、二人は流れに流され、ようやく岸にたどり着けたと思えば、それはシデンだけというオチで、シデンが更に走って先回りし、ロープを投げるという事に。 「……寒」 岸に上がって、まず一言。最初の温泉から一転、冷たい川の流れと温泉の混じるぬるま湯の波状攻撃の後に、冷たい風の吹きすさぶ高所の天候。 水にぬれた状態で風を浴びたアグニの体はすでにかなり冷え切っていて、それはそれは心からの言葉であった事だろう。 体温を上げようにも、火種となる体温が低く、走って体温を上げようにも体力の低下したアグニには耐えがたい。 「ふふ、おしりの炎もずっと消えていたからね。でも……見てよアグニ。丁度いい所に温泉があるよ……」 もちろん、いざという事になればまだ炎を吐いたり走ったりという気力はあるが、目の前に温泉がありながら自分の炎で自分を温めるなんて真似、今の体調ではする気が起きない。 シデンが指さす方向には、上昇気流と共に湯気と硫黄の匂いが立ちのぼる池。見下ろすその先には数人のポケモンがたむろしており、ゆったりと肩を下ろしている光景が見てとれる。 「うぅぅ……それが良いよ。すぐに行こう」 濡れたタオルでは毛皮にしみ込んだ水分をすべて取るには至らず、アグニは体を縮めて凍えた仕草をしながら、温泉を目指して山を下る。震える姿も可愛いんだからと、妙な上から目線でアグニを眺めつつ、シデンもその後へと続くのであった。 「すみませーん!!」 凍える体を引き摺ってたどり着いたアグニは、まずは温泉につかる者たちに対して大声で挨拶を。 「あら、貴方はアグニさんじゃないですか」 アグニの声に答えたのは、ヒメグマの少女。 「あれ……君はいつも街で商店街のお掃除をしている……」 「はいな。お兄さんと一緒に働いております……貴方は、よく見かける探検隊のお兄さんの……」 「うん、アグニ……なんだけれど、色々あって寒いから、中に入って良いかな?」 軽い、本当に軽い自己紹介しかアグニに出来る余裕などない。 「ええ、もちろんよ。ここは無料開放されていますし、ご自由にどうぞ」 「だってさ、シデン……入ろうよ!!」 アグニは最早振り返る事もせずに足を踏み入れる。飛びこむという下品な真似こそしないものの、誰もいなければそうしていただろう。 「ふぁ……暖まるなぁ」 「だね、寒い時にこれはありがたい……」 辺りはすでにして夕刻。今日の疲れを全て吐き出すように、アグニとシデンは溜め息をついた。 「しかし、お主らどうしたんじゃ? あんなに濡れて寒そうな顔をしておったが……」 探検の余韻も忘れてまったりとくつろぐ二人に対し、近くで岩盤浴をしているコータスが尋ねた。 「あ、あぁ……それなんだけれどね……近くの大きな滝にある……ダンジョンを突破して、その先にある小部屋を色々探索していたんだけれどね。その小部屋のトラップにかかって、オイラ達川を流されちゃって……そう言えば、ここってどこらへんなんでしょうかね?」 「うーん……ここはトレジャータウンから歩いて二日ほどの距離ねぇ……冬を越す間に貯蔵していた蜂蜜が無くなっちゃったから、養蜂の森へ行くついでに寄ってきちゃったけれど……」 アグニの問いに、まずはヒメグマの女の子が答える。 「ふむ、お主ら地図は持って居るか?」 「も、持ってはいるけれど……」 大丈夫だろうかと思いながら、アグニはコータスに地図を差し出す。蝋で加工された地図は水を防いでいたが、それでも川の中でずっと揉まれていれば事情も変わる。くちゃぐちゃにふやけたその地図は、いつ破れてもおかしくない紙きれとなり果てていた。 「ふーむ……この地図も随分と酷い状況じゃが、まぁ良いじゃろう」 コータスは苦笑しながら話を続ける。 「地図上で言うとこの場所はここらへんじゃな。山の中腹辺り……空気も美味しく、温泉もわき上がる素敵な土地じゃよ」 太い前脚で指し示された場所を見てアグニはうへぇ、とあからさまに嫌そうな顔。 「船着き場の街の真北……オイラ達こんなに遠くまで流されてきちゃったんだ……オイラ達。ちなみに、コータスさん……オイラ達が来たのはここらへんなんだよね……」 アグニは地図の右((南半球のお話ですので、南が地図上で上です。また、右は西側である))を差して苦笑する。 「なんと、お主たち!! そんな所から流されてきたのか?」 炎タイプ同士、水が苦手であるという事は共通している分、川を流される事がどれほど大変かは分かっているのだろう。 「しかも、トレジャータウンとは真逆の方向……」 それだけの距離を流されてなお平然としているアグニに対しては、尊敬とも驚愕ともとれる眼差しを送る。 「ふーむ……主らは探検隊のようじゃが、若い頃にそこまでの体力があったかのう。なんにせよ大変じゃったな……温泉でゆっくり疲れを取ってから帰りなされ」 「うん、そうするよ……ふいぃぃぃ……」 「いやぁ、渡りに船って感じだねぇ……」 二人は完全にリラックスモードに移行して、骨の髄まで温泉の熱を沁み渡らせた。元は探検隊だという者知りなコータスとの世間話も多いに弾む。そのお話が出来ただけでも今回の旅は収穫があるように思えたほど。 物質的な収穫こそなかったが、好奇心がそそられる探索。二人でピンチを乗り越えた川でのやり取り。そして元探検隊のコータス老との出会い。それらすべてがアグニ達のとって大切な経験となるのであった。 ---- ---- [[後編へ>時渡りの英雄第8話:とりあえず、奴らを殺す!!・後編]] [[後編へ>時渡りの英雄第7話:初めての冒険・後編]] ---- **コメント [#gf1bdf67] #pcomment(時渡りの英雄のコメントページ,12,below);