[[時渡りの英雄]] [[前回へジャンプ>時渡りの英雄第4話:ポケモンの体で新生活]] #contents **44:価値観のずれは深いようで [#j7a68746] **44:価値観のずれは深いようで [#tafad2db] 翌日は、アグニ達は『探検隊としての仕事』ではなく、メモ帳を片手に『ギルドの弟子』としての仕事を行った。 ギルドの弟子の仲介料とギルドに所属する探検隊達の仲介料はどうやら違うようで、ただギルドに所属しているだけであれば仲介料は3割。つまるところ、弟子でない者は報酬を7割もらえるわけである。だが、『何それ不公平』というなかれ。食事代と宿代が仲介料に含まれているし、探検のノウハウを学ぶのだからその授業大も含まれている。 更に言えば、街に貢献しているギルドは様々な店とパイプがあり、弟子であれば色んなお身で背で割引がもらえる。 また、この日ひたすら清掃業務や受付業務を行っていたアグニとシデンはその日の日当てを親方より譲り受けられるわけだが、この賃金はギルドの弟子であれば普通の契約社員よりも高額が当てられる。 このように、探検以外の業務を行う場合は、お仕事の他にもそうやって日当てを貰う事で生活の糧とし、朝食や昼食にありつくのである。 ここまで至れり尽くせりなのだから、9割の仲介料というのも決して高額ではないはずだ……多分。 さて、ギルドの修行というのは、探検隊の仕事をお休みした日に行われチャットやソレイスといった上司の愛の鞭はもちろん、先輩との組み手なども行われる。 シデンは危なげなく先輩たちを下し、キマワリのサニーに続いてギルドで4番目の強さを誇っており、期待の新人だと散々に騒がれた。アグニの方はと言えば、せいぜいアグニ達の次に新参であるビッパのトラスティと、ディグダのジェイクを下すくらいか。 まだまだアグニの先は長いが、何気に彼も優秀な方であった。 もちろん、修行や弟子としての業務も重要だが、探検隊としての仕事も忘れたわけではない。探検隊の仕事とは言っても、本格的な探検の資金を稼ぐまではむしろ便利屋と呼んだ方が正しいか。前回の真珠の採集の他にも、オレンの森に赴いて奥地にぽつぽつ咲いているオボンの実を取ってこいとか、炎に強い毛皮のコートを作るから『ヤセイ』のロコンやポニータの死体をちょっくら持ってこいだの、探検隊というよりは仕入れ屋か行商人である。 そうしてたくさんの仕事を経験しながら、毎日疲れて一日の仕事を終えては、水浴びをして疲れと汗と汚れを洗い流して眠る。健康的な毎日を送る間に、アグニも自分の実力という物がそれとなくわかって来たらしい。未だ退け腰気味なのは変わらないが、シデンの前に出る事も以前と比べれば多くなっていた。 その成長を感じて、誰よりも嬉しく思うのが&ruby(みつやいん){光矢院}; &ruby(しでん){紫電};の存在。残念な事に、バネブーのアルキュミス以降は依頼人の人格に恵まれず、商売は商売と割り切った、シデンやアグニ達の働き金に見合った仕事をしたとしか評価されていない。そのためか、シデンは赤の他人が大切であるという感覚を育むには至らず、アグニに対してばかり大切な存在という感覚が成長していく。 また、依頼人の性格が冷ややかであるせいか、やり返すようにどこか冷ややかな視点で彼女は物事を見ているようだ。過去の世界で暮らすうちに日常でボロを出す事は少なくなったものの、その視点が巻き起こす摩擦というのもままある。 例えば彼女は仕事の途中に頭から血を流しながら倒れている人物を見つけたのだが、そんな彼女の第一声はこれだ。 「アグニ、見てよあれ……」 「あぁ……まずい、助けなきゃ!!」 「あれ、財布を取るんじゃなくって?」 「ミツヤの基準じゃこの世界は回っていないの!!」 そうして鋭いアグニの突っ込みが入る始末。結局、十数メートルの崖から落ちて意識を失った上に骨を折っていたところなのだが、もし助けてもらえなかったら死んでいただろう。 崖から落ちた間抜けな者の末路など、未来世界であれば食料があるか否か? もしくは毒タイプを始めとして食べられるポケモンか否かが焦点である。 今の所、シデンの荷物に食料は十分にあるので、この時は財布にどれだけ入っているのかが重要だった。アグニの言う事はもっともであるが、シデンの言い分もある意味仕方のない事だったのかもしれない。なぜなら、確かにシデンの基準ではこの過去の世界では回っていないが、シデンの基準でも未来世界でなら十分に回れるのだから。 アグニに鋭い突っ込みをされたシデンは、苦笑しながら頭を掻くしか出来なかった。 結局の所、契約の期日を過ぎる事こそなかったが、頭を揺らさないように慎重に近くの村まで送って行った所、彼女らの仕事は普段のペースより一日遅れとなってしまう。しかも、意識は戻ったとはいえその旅人は金も金目の物もそれほど持っていないので、路銀に治療費にと色々考えたらお礼を貰うことそのものが忍びない。 しかも、戻った意識ももうろうとした曖昧なもの。助けてもらった方は感謝を感じる余裕すらないのだから、シデンは考える。『こんなの割に合わない』と。 崖から落ちるなんて間抜けな奴、放置したままウジ虫の餌にでもなって、輪廻が出来ずにどうたらこうたらしていればいいと、そんな風に考える事しか今の彼女には出来なかったのだ。 **45:半年の歳月 [#vabe1b40] **45:半年の歳月 [#t8969bec] //10月8日 「ふー……やっと柔らかいベッドの上で眠れるなぁ」 大量の荷物を倉庫に預け、僅かばかりの手荷物を部屋に持って、アーカードは息をついた。エッサもベッドが軋む巨体を預け、ほっと息をつく。 「久しぶりの水浴びもできましたし……明日から頑張りましょう」 土埃だなんだですっかりくすんでいたエッサの鱗とアーカードの体毛は十数分前に行われた水浴びで、すっかり光沢を取り戻していた。特に、エーフィであるアーカードは、体毛で周囲の空気の流れを感知するために体毛が汚れるのは視力や聴力の低下に等しい感覚機能のマヒを意味している。 灰と獣脂で作った石鹸を用いて泥を落とし、乳の油((バターのこと、当時は整髪料としての使用が主流であり、食用はさほど一般的ではない。))をしみこませた布で鱗と体毛を磨いた二人からは油の良い香りが漂っており、今日は身も心もぐっすりと眠れそうだ。 「ああ、だがその前にちょっといいか、エッサ」 もう少し、この美しい星々でも眺めたら眠ろうかと思って、ベッドから鎌首をもたげて窓を眺めていると、アーカードが細身で身軽な体をぴょんと跳ねさせエッサのベッドに飛び乗った。柔軟なアーカードの体は、足音一つ感じさせないほど軽い足取りだ。 「どうした、&ruby(兄貴){アーカード};?」 「エッサ、これを鼻から吸ってみろ」 エーフィのアーカードは、粉にされたタバコの葉をサイコキネシスで浮かせてエッサの前に持って行く。寝る前に一服しろという事か。 「ん……でも、これは高級品だろ? いいのか?」 タバコは嗜好品。それもモノによってはかなりの高級品である。これまで荷物持ちの旅路でこき使われながら街へたどり着いた際、アーカードは必ずエッサをねぎらう意味を込めて、商品のタバコを差し出したが、それはいずれも安物の刻みタバコや噛みタバコだけ。 ミステリージャングルで育った品質のすこぶる良いタバコの葉を使った嗅ぎ煙草を差し出したのは今夜がはじめてで、粉末が置かれた皿を渡されたエッサは戸惑っていた。 「いいから吸ってみろ。それとも葉巻の方がいいか?」 「あ、あぁ……これでいい」 言われるがままにエッサはそれを鼻に含む。一度その味を知れば止められないという噂の良質な嗅ぎタバコ。なるほどこの匂いは確かに芳しい。 「お前用だから少し量は多めにしてみたが……もし頭痛とかが起こったら行ってくれよ」 「あぁ、大丈夫……兄貴の体の大きさと比べたら、俺にとっちゃこれでも少ないくらいだし」 「そうか、それならいいが、初心者には優しくしなきゃだめって奴でね。嗅ぎ煙草は慣れないと……くしゃみが……ふぇっくしゅん」 言っている自分がくしゃみをするアーカードの姿を見て、安心したようにアーカードは笑みを浮かべる。 「それにしても、お前はすごいよ。仲間が出来たから……荷物を増やして何回も商売をしてみたが、本当にお前、文句無しにここまで冬を越えやがったなぁ」 「寒さには参ったが、昔から苦労していたもんでね。この程度の苦労で音を上げたようじゃ……」 未来世界にいた時の事を思い出して、エッサは笑う。 「昔って……お前、記憶が戻ったのか?」 耳ざとく彼の言葉を拾って、アーカードは尋ねる。つい本音が出てしまったエッサは内心焦りながらも無難な答えを探す。 「え、あ……いや、なんとなく、自然に口から出ちゃっただけだ……その、思い出したってわけじゃあないかな?」 曖昧に返事をして、エッサはその場を濁した。 「そっかぁ……なんだ。一瞬嬉しかったんだがな」 そう言ったアーカードの口調も表情も、とても残念そうなものであった。 「だが、下手に記憶が戻って……お前みたいな働き者がいなくなっちまったら寂しいけどな」 「……そんなに働きものか? 俺はこれくらい普通だと思っていたが」 「とんでもない」 アーカードは苦笑する。 「ダンジョンを涼しい顔で越えるわ、多くの荷物を軽々運ぶわで……今まで労いのタバコも安物しかやらなかったのは心苦しいくらいだよ。というかあんた、どういう労働させれば『辛い』っていうのかね? お前に言わせてみたいものだ」 「睡眠時間を半分に減らすか、荷物を倍に増やすか」 得意げにエッサは笑って見せる。 「……なるほど、その労働量は見ていて目の毒になるからそれは俺から勘弁させてもらうよ」 アーカードは苦笑してくしゃみをする。タバコの葉の粉末を吸ったのだから、こうなるのもある意味では当然か。 「そうしてくれよ兄貴。楽な作業で褒められるのなら、俺はそっちのほうがいい」 アーカードに倣うようにエッサもくしゃみをする。首元のアルセウスの環が揺れ、鱗と当たって心地よい音が流れた。 「はは、本当にくしゃみが出るな……これは」 「文句を言うな。これでも、貴族の嗜みと言われるほど高貴なタバコの楽しみ方なんだぞ」 鼻をすすりながら、アーカードは笑ってそんな事を言った。 「さて、どうしてこうやってお前に高級なタバコの味を覚えさせたかというとな……」 「ん? あぁ……」 唐突にピンとこない話をされて、エッサは頭上に疑問符を掲げる。 「これから自分が売り捌く商品だ。自分にもその良さが分かっていないと売るのは難しいってわけさ。その時、安物の味しか知らなかったら恥だからな……。そろそろお前も高級なタバコの味も覚えておけってことだ。 お前はこれからも俺と一緒に商売するわけだが……おいおい商売のノウハウやが一人前になるまで分かってきたら、お前にも店番やそれ以上の事をさせてみたいものだな……」 「あ、あぁ……」 そう言えば、こいつは殺されるんだっけ? エッサに掛けられるのアーカードの言葉は、聞く度に嬉しい言葉が多い。だが、それを喜ぶよりも先に、エッサはそんな事を考えていた。『殺すべき相手に何を言われているのだろう……?』と。 「だから、俺の仕事をきっちり覚えろよ。仕入れ交渉から値切りの駆け引きまで、何でもやって見せてやる」 アーカードはまつ毛を揺らすようにウインクをして嬉しい事を言った。その時のエッサは上の空であった。 今までの所作からも感じられるが、アーカードは行商人にしては少々優雅な立ち居振る舞い。男には興味の無いエッサは元からそんな所作に心を躍らせるような性質ではないが、エッサはアーカードを見ながらふと思う。 そう言えばこんな風に見栄えを気にする余裕が出来たのも、見栄えを意識している物に出会うのも過去の世界へ来てからだと、関係の無い思考にふけってエッサは現実逃避をしていた。アーカードを殺そうとしている事なんて、今は忘れよう。そう考えて、エッサはひたすら上の空。 「どうした……?」 そんな風に考えていて上の空のアーカードの顔を覗きこんで、アーカードは首を傾げる。頬の下の飾りげの先端が静かに揺れて、額の珠がきらりと月の光を照り返す。 「いや、俺が仕入れの交渉やらなんやらをやっている自分の姿を想像して居てね……アーカードが俺に任せられる仕事が増えたら……その、嬉しいなって考えていたんだ」 我に返ったエッサは少々照れながらそう言った。 「そうか。まぁ、なんだ。俺が実際にやっている光景を見せておくからな……自分がやるとなった時のために、イメージトレーニングの一つや二つしておけよ?」 「あぁ、分かったよ兄貴」 上の空の間に浮かんだ思考を頭から必死で追い払い、エッサはアーカードに笑顔を向けてそう答えた。 **46:弟子であることの利点 [#t4f20945] **46:弟子であることの利点 [#rb7a4ef2] 十月十二日 「起きろぉぉぉぉぉぉぉぉ!! 朝だぞぉぉぉぉぉぉぉ!!」 シデンは例によって例の如く、耳を塞いでいた。アグニも最近は慣れたのか、ギリギリで塞ぐか塞げないかの日を繰り返している。 「うぅぅぅぅぅっ……おはよう、ミツヤ」 そして、この日は失敗。ふらふらと焦点の合わない目を泳がせ、体を引きずるようにしながら、アグニはシデンに支えられて朝礼に赴くのであった。 『三つ!! みんな笑顔で明るいギルド!!』 「さあ、みんな!! 仕事にかかるよ」 朝礼の終わりの合図。皆で元気に掛け声を交わしあって、ギルドの弟子たちは散り散りに各々の仕事に就いた。今日からはしばらく、アグニ達の当番の仕事もお休みであるため、二人は特に仕事も無く二度寝をしたい気分であったが、そこを目ざといチャットが許す道理は無い。 当番の仕事がお休みならば、探検隊の仕事をやれと言わざるを得ない。 「お前達、今日はこっちに来なさい」 「あれ、何でしょうかチャットさん?」 何か厄介事を押しつけられると思ったアグニは、心の中で身構えながらチャットに尋ねる。 「うむ、よくぞ聞いてくれた」 チャットは梯子をのぼりながら得意げにそう言った。 「この前までは左の掲示板だけをやってもらったが……今日でお前らが入門して一ヶ月。そろそろ悪党を倒す仕事についてもやってもらおうかと思ってな……」 「って言うと、あの右の掲示板の……」 「ああ、そうだ。まぁ、悪党とはいってもピンからキリ……世紀の極悪人もいれば、ちょっとしたコソ泥までピンからキリ。ダンジョンにいる場合もあれば、街に潜伏している場合もある……特に、ダンジョンをアジトにしている性質の悪い連中もいるからね、そういう輩には左の掲示板のように手続きが必要な場合があるけれど……」 「ふむふむ……」 アグニはメモを取りながら相槌を打って見せる。 「まぁ、普通のお尋ね物を倒す場合には、手続きは必要ないよ。お前達は親方の計らいですでにして''C''hildランクを与えられているが、それでは依頼もCランクまでしか受けられない。 個人的にはお前達の実力はすでに''A''ceランクに達していると思っている。そう言う意味では、手続きなしで出来るこのお尋ね者掲示板はお前達の実力に見合った依頼がこなせるんじゃないかってね。 ともかく、このギルドでは近くの印刷所に依頼して、犯人の種族、性別、特徴、名前……そう言う事が出来る限り記載された紙を何十枚も印刷している。その手配書を自由に取って行けばいい……いやはや、技術の進歩って言うのは素晴らしいね。 残念ながら似顔絵は、警察の所にいるコロトックが彫ってくれている版画を大量に刷ったものだが……こっちは、未だ版画というローテクだがいつかは似顔絵も綺麗に印刷できるような未来が来るといいもんだねぇ……」 無駄話が過ぎたと自分でも自覚しているのか、チャットはこほんと咳払いを一つ。 「ともかく、凶悪なポケモンが多いから、みんな手を焼いているんだ……無理をして強いポケモンを捕まえろとは言わないがねぇ……そうだね、君達は結構強いとはいえ、とりあえず当面は星無しのお尋ね者のみに的を絞ってもらうかね……無理して強敵に挑んで死なれたら元も子もないからねぇ……」 星無し、とは強さのランクを表す言葉である。敵の強さはEの『''E''lemental』ランクからAの『''A''ce』ランクまでアルファベットで格付けされている他、A以上のランクには星で強さを表すのだ。無論、星が多い方が強いという事になる。 「じゃあ、とりあえず君達には ''B''ronzeランクまでにしておこう。と、言うのもな……保安官の設けた基準が買いかぶり過ぎだったりして案外当てにならない事も多いからね。 『Aランクかと思ったら、実はピンチになったら切り札を持っていて星二つ並の危険度でした』なんて事になったら目も当てられない。そうでなくとも、破れかぶれになって、敵さんがハサミギロチンや絶対零度。大爆発なんかを使って来る事もあるからね。 10回に1回はそう言う事がある……手配書よりも弱い事ももちろんあるけれど、君達新人には引き際を覚えるまで安全にお願いしたい」 「はい……とりあえず、追い詰められたネズミは何をしでかすか分からないって事ですね」 アグニは話をまとめてチャットに尋ねる。 「うむ、そう言う事だよアグニ。がむしゃら電光石火という方法がコラッタには有名だからね……さて、引き際とかそう言うのはグラエナズっていう探検隊が得意だったんだけれどねー……今では引退して次男の息子にポチエナズって言う旧チーム名を譲っているから、どうにもこうにもコンタクトを取りづらい……まぁ、話す機会があったら話してみるといいよ。 だから、引き際が分からないうちはとりあえずは当面Bランク以下を基準にお尋ね者に喧嘩を吹っ掛けるように……良いね?」 「け、喧嘩って……はい、分かりました」 なんだか妙な表現を使われ戸惑いながら、アグニは返事を返した。 「よろしい!! じゃあ、丁度一ヶ月も経ったことだし……今までは、通常料金でしか利用できなかった施設も、ギルドの弟子の特別料金で解放しておくよ。対象となっているお店については……おい、トラスティ。 ディスカベラーの二人に特別価格で利用できるお店を案内してやれ。掃除の方は後で良いから」 「はいーーっ! 了解でゲス!!」 「よし、良い返事だ。頼んだぞトラスティ」 二人はトラスティに連れられて、町の商店街の一角へと赴く。食堂や宿、食料品店や金物屋など、そういった店が肩を並べる主要な商店街とは違い、ここは少々毛色の違う店が並んでいる一角だ。アグニの家の近所であり、海に最も近いおかげか潮風も最も強く受ける場所であり、店の主を象った家の外装も傷みやすくて毎年職人さんのお世話にならざるを得ない場所である。 「えーと、ここら辺一帯が例の商店街でゲスが……」 「ああ、ここら辺のことならオイラわかるよ……まず、あそこがヨマワル銀行」 もはや説明の必要もないほどヨマワルそのままの外装をした銀行を指さし、アグニは得意げに紹介を始める。 「お金を預けられるし、場合によっては借りることもできる……両親が死んでからは、お金がなくなった時に遺産をよく下ろしていたっけ…… そして、あそこがエレキブルの連結店。頭や背中に電気刺激を送り込む事で、勉強の効率を上げたり技の反復練習を速く習得したりできるんだってさ。動作と動作の連結をスムーズに行う事で、複雑な動作も華麗につなげられるから『連結』……って言うらしいよ。 探検隊御用達だけれど、エレキブル連結店でお世話になったおかげで、近所のウルガモスの人が遠くの街の大学に入れたんだってさ。勉強面でも役に立つって評判だよ」 へぇ、とシデンは相槌を打つ。 「次はカクレオンのお店……えーと、なんて言うか、ここは雑貨屋だね。探検に必要な道具を一通りそろえていて……シデンとは行った事あるけれど……そっか、ここは弟子になれば割引が利いたんだね。ところで割引きってどれくらい?」 「三割でゲスよー。エレキブル連結店は半額、ヨマワル銀行については手数料がゼロ。……あとは、あちらのガルーラの貸し倉庫も無料で借りられるでゲスよー」 「探検に使う道具は場所によっては使わない事もあるし……そう言えば預けっぱなしだった道具とかもこれから先無料になるのかなぁ……」 「そ、それは……聞いてみたらどうでゲスか?」 「そうだね、後で聞いてみる……あ、そうだ」 と、そこまで話してアグニは何か気になったのか思い出したように歩きだす。 「どうしたでやんすか?」 「オイラが昔働いていたガラガラ道場もこの辺りだったから、様子を見ておこうかと……」 「あぁ、そう言えばそんなことも言っていたね。でも、アグニってば律儀だね」 「へぇ、アグニさんってそんな所で働いていたでやんすかぁ。何でもあそこの道場は、ダンジョンをいくつか保有していて実戦訓練の際には一緒に同行しては的確にアドバイスをしてくれる道場らしいけれど……その『的確』って部分が何とも看板に偽りありだそうでゲスねぇ」 「って言うか、実戦訓練以外は走り込みが基本というかそれがほとんどだから、あんまり行く意味無いんだよねぇ……どうしても従業員が欲しそうだったから、オイラが生活に困る前に就職したは良いものの……」 「潰れちゃったんでゲスねぇ」 「なんとまぁ、アグニも大変だったね……」 あはは、とアグニは苦笑する。 「本当に大変なのはオイラじゃなくって道場主のリバースさんなんだけれどね……あぁ、うん……ここだよ」 と、アグニが指し示したそこは草がぼうぼうに生え放題で帰らない主人を待ち続ける家は進化前の孤独ポケモンカラカラの如き哀愁を漂わせていた。 「『ガラガラ道場は潰れただよ。でも、いつか必ず復活するだよ!! 絶対に復活するだよー!! そのために、今は道場の神と呼ばれているポケモンの元で経営の方法から指導の方法まで、道場のノウハウを勉強しているだよ!! 今度こそお値段以上の指導を行って、燃え盛る勝利の星を我が手に掴むだよ!! ――ガラガラ道場の主、リヴァース=ホーキング=ガラガラより』 道場主の名前が哀愁誘うなぁ。なまじ家が潮風にやられて、親とはぐれたカラカラっぽく見えるせいか草むしりしてあげないと、可哀想になってくる……ってか、道場の神ってビクティニ?」 「確かに、これは色々と哀愁を誘うでゲスねぇ……」 「ふーん、大変だね」 情緒豊かな二人に対して、心に何も湧きあがってこないシデンはそっけない言葉を返すのみであった。 **47:いつかはきっとタベラレル? [#vce0876d] **47:いつかはきっとタベラレル? [#nf89b9d1] 「ともかく、後はあそこのラッキー託児所……子供が生まれても探検隊を続けたい場合は、あそこのラッキーのおばさんに子供を預ける事が出来るでゲスよ。……まぁ、といっても普通は子供が生まれると母親は引退するようでゲスがね。一応親方様の計らいという事でやんすよ。 そして、こっちはバリヤードの印刷屋さんでゲス。ギルドの指名手配犯の手配書の印刷や、アッシらが書いた本の印刷をしてくれるでゲス。生憎アッシはまだここを使った事は無いでゲスが、サニーさんはよく利用しているらしくもう10冊ほど書いているんでゲスよ……書いたの本のおかげで、知り合いや友達も増えたって言っていたでゲスね。ここもアッシらプクリンの弟子ならば3割引きで使用できるでやんすよー そしてネイティオの鑑定事務所。お宝の鑑定を行ってくれるでゲス。探検の最中に何かめぼしい物を見つけてみたら足を運んでみるのも良いと思うでゲスよ。 最後に、キリキザンの金物屋。こっちは専門店なので、カクレオン商店と比べると商品自体が高い代わりに質の良い者が揃っているでゲス。ナイフの修理や研ぎも承っているので、料理上手なレナがよく利用しているお店でゲス。アグニもよく包丁を使うでゲスし、切れ味が鈍くなったら自分で研ぐのも重要でゲスが、たまにはプロの研ぎ技に頼むのも良いと思うでゲスよ。 とりあえず、主要な所はそれで全部でゲスかねぇ……」 全てを説明し終えて、トラスティは溜め息をついた。 「こうして見ると、オイラ昔っからこの商店街を利用していたのに、行った事の無いお店が多いなぁ……」 「まぁ、印刷所や託児所は一生縁がない事もあるでゲスし、ある程度は仕方がないでゲスよ」 肩の荷が下りたようにトラスティはふっと溜め息をついて。肩から力を抜く。 「新人に格好悪い所見せないために緊張したでゲスが……なんとか平穏無事に終われてよかったでゲス……」 「そ、そう言う事はあまり言わない方が最後まで格好良いんじゃないだろうかなー……なんて」 シデンは苦笑して突っ込みを入れる 「じゃ、じゃあ、全部説明し終えたのでアッシはギルドの掃除に戻るでゲスよー!!」 シデンの突っ込みのせいで急激に恥ずかしくなったのか、トラスティは取り繕う事もせずに退散してお茶を濁す。そうして残された二人は、顔を見合わせてクスクスと笑いあう。 「アグニ。詰めが甘いね、トラスティって」 「オイラ達も気をつけなくっちゃね……さて、それじゃあ割引サービスも開始されるそうだし、早速行ってみようかミツヤ。この辺は弟子以外の先輩探検隊も多いから、初めて見かけた人たちに出会ったら挨拶でもしながら……」 「そうだね。お互い名前を覚えていた方が利用しやすいし」 シデンは笑顔でそんな事を言う。間違ってはいないけれど、何かが違う気がする。 「あー……ミツヤ。そう言う事じゃないんだけれどなぁ……ま、いっか利用するって事で」 「何か違う……のかな?」 「いいよ。仲良く食事したり、お酒を飲み交わしたりって言うのも一種の『利用』だし、間違っていないよ。 あ、ほら……あのケムッソとオオスバメのお二人さん、バッジを付けているし探検隊だよ……おはようございます」 シデンの言葉を補足するように取り繕いながら、アグニは朗らかに挨拶を交わす。 「ほう、ギルドに入ったヒコザルとピカチュウの新人ってのはお前らかい。サニーの奴がよく気にかけてくれているよ」 がっしりとした胸筋を誇るオオスバメが、威厳を醸し出す声でアグニへ話しかける。 「あ、はい。知られているとは光栄です!!」 それが余程うれしかったのか、アグニは目を輝かせて頭を下げた。 「俺等は探検隊、タベラレル!! いついかなる時でも、食いぶちを逃さない貪欲な探検隊になろうって事でこっちのケムッソ……サツキ君が考えてくれた名前さ。 俺の名前はパク=サンハ=オオスバメ。よろしくな」 「あ、はい。アグニ=ヒコザルです……よろしくお願いします」 「紫電=光矢院=ピカチュウです。よろしくお願いします」 二人は先輩探検隊に向かって頭を下げる。 「あ、はい……パクさんから紹介されたように&ruby(サツキ){皐月};……皐月=小川=ケムッソと申します」 と、最後に自己紹介しているサツキの体はどこか震えていた。 「どうしたの?」 と、アグニがしゃがんで顔を近づけてみれば、サツキは震える声でアグニへ耳打ち。 「『タベラレル』ってチーム名なんですが……本当は、いずれ自分がそうなるんじゃないかと思いまして……ダンジョンで蟲グループのポケモンを見かけると、『ヤセイ』だったら構わず食べちゃうのですよぉ……あぁ、怖いなぁ……」 「ははは……お大事に」 サツキの切実な悩みを聞いてしまって苦笑しながらアグニは立ち上がって、それでは――と、タベラレルの二人に手を振る。アグニがシデンに対して、タベラレルというチーム名の本当の由来を教えている時に、後ろから聞こえてくる声…… 「おい、サツキ!!」 「は、はい!!」 ビクリと飛び上がりながら、サツキはパクの方へ振り返る。 「そろそろ腹が減って来たところだ。そこで、俺の好きな虫料理の美味い店か、お前の好きな野菜料理の美味い店に行くかで悩んでいるんだが、コイントスで決めないか?」 「ひ、ひえぇぇぇ……」 どういうコンビなのやら、ディスカベラーの二人は何とも言えなかった。 **48:お買い物は魅惑の3割引き [#m5369a37] **48:お買い物は魅惑の3割引き [#w3bc433f] すれ違ったタベラレルへの挨拶を終えた二人は、ようやくカクレオン商店へとたどり着く。 「いらっしゃい、アグニさん!!」「昨日、チャットさんから割引サービスを開始するように連絡がありましたよ!!」 「そう言うわけなので、今日からはジャンジャン物を買って行って下さいな!!」「割引分の差額はギルドに請求しておくから、アタシらの財布の心配は不要ですよ~」 緑色の通常色のソマルと、薔薇色の色違いの弟、カワル。この二人も北の大陸からの移民であり、その名前も他の移民達と同じ。種族名の他に姓が付いてソマル=田中=カクレオンと名乗っている。 「「とにもかくにも、ゆったりしていってね!!」」 それにしても、この二人は双子故なのか息がぴったりと合い過ぎである。この二人が交互に話す会話の方法に圧倒される者は少なくないのだとか。もう慣れっこなアグニは、特に気にする様子も無く店の商品を物色し始めた。 そんな時だ。 「ソマルさ~ん!!」 駆けつけてくる丸っこい瑠璃色の兄弟が二人。珠のような蒼い全身に、本体よりもふた回りほど小さい脂肪がたっぷり詰まった尻尾を抱えて歩くルリリの男の子。同じく、その子よりも体は大きく成長したが尻尾の大きさはは同じくらいであろうか。腹の部分に白い体毛が生え、洗っていない雑巾のような匂いが気になるマリルというポケモン。先程ソマルの名前を呼んだのはこちらのようである。 「おお、ソウロちゃんにアリルちゃん。どう、あたしらのお店よりも安い所はあったかい?」 「いえ……それが……」 顔を曇らせたまま、兄弟は顔を見合わせる。 「どうしたの? そのルリリとマリルのお二人さんは……」 「あぁ、この子達はね……最近お母さんの具合が悪いんで、子供でも出来る簡単なお仕事をしながら家事もこなしているんですよ。」 「いやほんと、まだ幼いのにエライですよねー」 「で、出来る限り安いお店を探していたようですが……生憎みなさんが利用してくれるウチの店が一番安いようでして……私達も慈善事業でやっているわけじゃないのでこれ以上は値下げできないのですよねー……あ、」 「どしたの、カワルさん」 何かに気づいたカワルに対して首を傾げるアグニ。 「アグニさん達が代わりに買ってあげればいいのですよ~」 「おお、それはナイスアイデアですねカワル!」 「と、言うわけで、アグニさん。お金をソウロちゃんから貰ってウチの食料品を買ってあげてくださいませ」 「……ああ、なるほど。そうするよ」 カワルの提案にアグニは微笑んだ。 「あのー……話が見えないのですが、どういうことですか?」 ソウロが体を傾けるように首をかしげた。 「オイラ達、ソレイス親方の弟子ならこのお店の商品を3割引きで買えるんだよ……それで、オイラ達が君達の代わりに支払い済ませちゃおうかなってお話」 「な、なるほど……ねぇ、アリル。ここは甘えてみる事にする?」 「う、うん……アグニさん達が構わないのなら……」 アリルがそう言って見つめるシデンはどういう顔をすればいいのか分からずに目を逸らし、アグニは微笑みで返した。 「何を幾つ買うか、決めておいてよ」 「あ、それならもう決めてあるんです……円盤チーズ一つと林檎を五つ……。他は、ウチの庭で採れた野菜がありますので……」 「はいはーい!! それじゃ、こんなところになりますねー」 一般雑貨や食料品を取り扱うソマルが、背の低い兄弟に屈んで商品を差し出し、値段を提示する。 「うん、それじゃあオイラが代わりに買うけれど、お代は自分で出してよね?」 アグニは身を屈め、微笑みながらソウロに語りかけた。 「そ、それはもちろんです。アグニさんに迷惑をかけるのは忍びないですし……あ、はい。これでお願いします」 ソウロがお金を差し出すと、カワルは笑っておつりを差し出した。 「ふふ、こんなところに探検隊のお弟子さんが居て幸運でしたねぇ、ソウロ君」 「はい、渡りに船と言いますか……アリル、先にお兄さんとお姉さんにお礼を言うよ」 「うん」 兄のソウロに言われてアリルは向き直り、おつりを財布にしまい込んだソウロと一緒にお時儀をする。 「ありがとうございます」 「どういたしまして。それじゃ、二人とも元気でね」 購入を終えたソウロはアグニに対して丁寧に礼を言ってその場を去って行った。 「……お元気で」 遅れて、思い出したようにシデンも口にした。どうも、親切すぎるアグニやカクレオン兄弟のテンションについて行けないようである。 「さて、今度は自分達の買い物をしよっか、ミツヤ」 「ん……うん」 その後も、アグニは割引されているのを良い事に、色々な物を買い込んだ。別にこれから先、割引が逃げるというわけでもないというのに現金な事である。 **49:訪ね人はシデン [#e9696cab] **49:訪ね人はシデン [#h44005ee] 「もう、アグニってば……割引は弟子である限り逃げないんだから、そんなに買うことないじゃない」 シデンが苦笑してアグニに声をかけると、アグニもまた苦笑して頭を掻いた。 「ごめんごめん、安く買えるのが嬉しくってさ」 舌を出して笑うアグニは、軽い悪戯をして軽く叱られた子供のような可愛らしい仕草。14にもなってそれはどうかとも思うが、進化をしていないせいかあまり違和感はない。 「カワルさ~ん!!」 そんなやり取りの最中にソウロが駆けて来た。遅れてきたアリルも合わせて、二人はぜいぜいと息をついた。 「おや、どうしたんだい、慌てて戻って来て?」 「林檎が一つ多いです。僕たちこんなに多くは買っていませんから……」 弟のアリルがそう説明するが、カワルとソマル兄弟は微笑んで返すばかりだ。 「あぁ、それは」「私達からのおまけですよ」「母親が病気で動けないと聞けば」「この街の皆は放っておけない性質なもんでね」「だから、なんと言いますか……その……」 「「二人で仲良く食べるんだよ!!」」 カワルとソマルは二人掛りののマシンガントークで相手をまくし立てる。 「い、いいのですか?」 流石に、そんな行為に素直に甘えるのもどうかと思ったのか、ソウロは首を傾げる首を傾げる。 「ええ、一応家は結構儲かっているものでね。気にしない気にしない」 「で、では……お言葉に甘えて……あ……」 袋から出していた林檎を転がしてしまい、ソウロは間の抜けた声を出してしまう。その転がったリンゴはシデンの足へ。 「……どうして君も、カワルさん達もそんな風に損しようとするの?」 今まで口にはしなかったが、シデンは理解できなかった行動に首をかしげてポツリと口にする。周りの人にとっては、『え、何か言った?』程度であろうが。足元に転がったリンゴを拾い、シデンはそれをアリルに手渡す。 「はい……、どうぞ」 みんなが笑顔なのに自分が笑顔になれないのが悲しくて、シデンは眉間に縦じわを浮かべる。 「あ、ありがとうございます」 シデンから林檎を手渡されたアリルは、笑顔でお礼を言う。 どうして……みんな笑顔なの? 自分が異常なのかと思うと、シデンはいたたまれない。悔しくて思わず目を閉じた時、そのタイミングを狙いすましたようにめまいが起こる。 『'''た……助けて、お兄ちゃん!!'''』 朦朧な意識の中、シデンは確かにアリルが助けを呼ぶ聞いた。何故だか、助けなきゃと思って手を伸ばしてみるが何も無い。 「どうかしたのですか?」 目覚めてみると、アリルが心配そうにシデンを見つめていた。向こうでは、ソウロがアリルを急かしている。今行くよ、と駆けだしたアリルをしり目に、シデンは今起こった幻聴に首をかしげていた。 「さあ、アリル。買い物も終わったことだし、後は落しものを探すだけだ……早く行こう」 「うん、お兄ちゃん」 そう言い残して、二人は商店街の人ゴミの中に消えて行った。 「ふふふ、あの二人は可愛いね、ミツヤ」 満面の笑みで見つめるアグニから、シデンは目を逸らす 「ん、ミツヤどうしたの?」 「……ねぇ、アグニはちょっとした作業だから良いと思うんだ。でも、疑問なんだ……なんでカワルさんは林檎を一個サービスしたの? どうしてあの兄弟はそれをわざわざ返しに来たの? どうして……?」 「ミツヤが昔暮らしていた場所ではどうなのか分からないけれど……ここでは、そっちの方が世界は上手く回るから……かな? だって、みんながみんな普通に生きていれば、普通にこの世界は回るように出来ているもの。 ミツヤはきっと、そういう世界には生まれられなかったんだね……それはとても悲しいことかもしれないけれど、ミツヤ。いつかはきっと君も分かるはずだよ。 前にも言ったでしょ? オイラに感謝されるのが嬉しいと思えるのならば……きっと大丈夫って」 「……そう」 言葉では理解できても、感覚が全く理解できずにシデンは俯くように頷いた。 「ところで、アグニ……さっき『たすけて』って声が聞こえなかった?」 「え? いや、オイラそんなのは聞こえなかったよ……ねぇ、カワルさん、ソマルさん……さっき何か聞こえた?」 アグニが尋ねてみても、カクレオンの兄弟は顔を曇らせるばかり。 「二人も聞こえなかったみたい。多分気のせいだよ、ミツヤ……」 アグニはそう言ったが、シデンにはどうしてもあれが聞き間違いには思えない。 「もう、ボーっとしていないでよミツヤ……早く行こう」 空耳なんて気にするな、とばかりにアグニはシデンの手を引いた。 帰り道にも、初対面の探検隊と二人は出会う。 「こんにちは。貴方達も探検隊ですか?」 「ええ、そうよ。貴方達も探検隊?」 目が大きくて、そのせいか幼く見えるカゲボウズの女性。相棒のヤミカラスもどうやら女性らしく、珍しい女性オンリーの探検隊のようである。 「うん、一ヶ月ほど前に入ったばかりの探検隊で……ディスカベラーって言うの。オイラがアグニで、こっちのピカチュウがミツヤ。よろしくね」 「よろしくお願いします……」 朗らかに挨拶を交わし、二人は頭を下げる。 「私達のチーム名はマックロー。私の名前はエイミって呼んでね。今までにもう、色んな場所を探検してきてるのよ。でも、結構いろいろ問題があってね……」 エイミはそう言って肩をすくめた。 「私、光輝く物に目がないザマス!! ピッカピカに光るお宝を求めて行こうっていっつも提案するザマスが……いっつもエイミに反対されるザマス!!」 「私、渋いお宝が好きなんだけれど、この通りキリコが五月蠅くってね……」 苦笑しながらエイミは二人に向かって片目でウインクをする。 「大変だね。でも、仲良くやっているんでしょ?」 「そりゃそうザマスよ!! なんだかんだで大切な友人ザマスから」 「そゆこと……あ、そうだ。アグニさん、ミツヤさん……金髪で、二足歩行で、身長がサーナイトかそれ以上くらいのポケモン……見た事ありませんか? 革の服をまとっている女性なんだそうですけれど、とある人が探しているんですが……」 「その目的の人物を探し出せばいい物が貰えるザマス!! だから何か情報があったら……」 「良い物がもらえるとかそういう事言わないで良いからね……キリコ」 切れたエイミは、ため息交じりにそう言った。 「そんなの聞いた事も見た事もないなぁ……ミツヤは?」 「私は……」 まさしく、昔の自分の事である。知らない――と言おうとしてシデンは少し答えに詰まってしまった。知らないはずなのに猛烈に知っている気がする。分からないはずなのに無性に懐かしい。そんな気分が、今までの気持ち悪さとはまた異質な不快感を生み出すのだ。 「知らない」 その気もち悪さを悟られないように、抑揚の無い声でシデンは答えた。苦虫をかみつぶしたような表情を添えて。 「そう……ありがとう。私達も一応色々探してみる事にするわ。じゃあね、可愛らしい新人さん」 「さようならザマスよ―」 様子が変なシデンに何を思ったのか、少し強引にエイミは話を切った。気味が悪いと思われたのかもしれないと、シデンは少し自己嫌悪を起こす。 **50:交易の街、トレジャータウン [#vdb38d64] **50:交易の街、トレジャータウン [#tc2217c9] 「さて……買い物も済ませたことだし、行商人が店を出している所にでも行ってこよっか? 大分お金もたまったしさ」 「そだね。たまには……」 トレジャータウンは港街。多くの物が行き来する街である。行商人はこの街にて内陸で仕入れた交易品をばらまいた後に、この街で商品を仕入れてまた内陸へと向かう。行商達が運んでくる商品の中には、当然近隣の街では手に入らない香辛料やら民芸品やらも手に入るため、お金に余裕が出来れば足を運んでみたくなるものである。 とりわけ、買い物で気分がハイになっているアグニは、この雰囲気にひかれてしまうのも無理はない。 北の砂漠から仕入れた美しい布や、熱帯の北国から仕入れた香辛料など高級品が立ち並ぶということで、二人は右に左に視線を泳がせ商品を見る。ここでは、シデンもアグニと同じように無邪気な目をしているのだが、置かれた値札の大げさな値段設定には少々苦笑するばかりだ。 「あ、見てよミツヤ。あの人たち、アルセウス信仰の人だ」 この街は遠くからも人が訪れる街であるが、それにしたって珍しい者もいる。 「……アルセウス?」 その珍しい者を指さすアグニに、首を傾げるアグニ。 「うん、ほら……入門の当日にチャットが言っていたじゃない? 最近アルセウス信仰の人が勧誘にうるさいってさ。あの、アルセウス信仰」 首をかしげるシデンに、アグニはそう説明して微笑む。 「どうしてそう分かるの?」 「青銅の輪……一部の特権階級は銀や金を使うけれど、輪っかに自分のタイプを象徴するリボンを巻いたお守り。あのエーフィのおじさん、桃色のリボンを巻いているでしょ? あっちのボーマンダは空色と紺色。飛行と龍の力だね……西の果てのトレジャータウンまでわざわざ商売に来るとは珍しい」 「あれは何の意味があるの?」 「お守り。首にかけておくと、災難から身を守ってくれるんだってさ……それにしても珍しいねぇ、アルセウス信仰の人たちがここに来るだなんてさ」 「ふーむ……売っている品物はタバコ……」 「だね、残念ながらオイラ達には用がないや」 さんざん騒いで置いてなんだが、二人には用の無いお店。黙って通り過ぎようとする二人だが、シデンが店の前を通り過ぎようとすると、彼女は唐突に話しかけられた。 「よう、お嬢ちゃん。そのバッジ、探検隊かい?」 若干東訛りの強い口調でそのエーフィはシデンに尋ねる。 「は、はい……それが何か?」 「いや、ね。女の子の探検隊ってのはいつ見ても良いもんだなぁってさ」 「は、はぁ……」 エーフィの言葉の真意がよくわからないシデンは曖昧な返事しか出来ない。 「あぁ、ミツヤ。このおじさんはね、アルセウス信仰だから……」 見かねて、アグニが解説を始める。 「だから?」 当然だが、ミツヤは首を傾げた、 「うん、ホウオウ信仰では、服を着る日は女の子の日以外にも祭りの日にも着るでしょ……それで『一年に何回も特別な格好が出来る女、は男よりも神に近い存在』って、いつしか言われるようになったんだ。 もう、二百年以上前のことだけれどね……そのおかげで、ホウオウ信仰では女性が、危険な職業に就くことも許されるようになったんだ。探検隊とか、兵士とか。この大陸で信じられている、大きな三つの宗教の中で、女性がこういう危険に身を晒す職業やるのが許されているのは……ホウオウ信仰だけ」 「よく知っているじゃないか、ヒコザルの兄ちゃん」 シデンに解説をするアグニを見て、その詳しさに思わずエーフィは感心する。 「はは、探検隊目指しているので、こういう勉強だけはきちんとしていたもので……」 アグニは照れながら頭を掻いて笑う。 「大陸縦断山脈から東じゃ、女が探検隊や警察みたいな職に付くのは考えられないって風潮でな……家の仕事ばっかり強制させられていたもんよ。だから、生き生きした女性を見るとつい嬉しくなっちまうんだ。なぁ、エッサ」 ちらりと横目でボーマンダを見て、エーフィは笑う。 「ん……あぁ。確かに、東と比べると女が生き生きしているって感じがする……」 そう言って、エッサは溜め息をついた。 「でも、ドラゴンが少ないのが何とも言えないなぁ……より取り見取りな陸上グループはいいねぇ」 卵グループが同じポケモンが恋しいのか、そう言ってエッサと呼ばれたボーマンダは苦笑する。そう言えば、トレジャータウンでもドラゴンもちのポケモンは、男女を問わずあまり見かけない。砂漠や高山など、環境の厳しい所で悠々自適に暮らすのがドラゴンタイプの好みだからであろうか。 「贅沢だな」 エーフィは苦笑する。 「女のケツだったらどれを見てもそういう気分になれるよう修行しとけっての」 「どれを見てもそう言う気分……それって修行の問題で出来るようになるんですかね?」 エーフィの言葉を受けてアグニは声を押さえて笑う。 「それはそれで問題だらけだと思いますよ兄貴」 茶化されて、エッサは豪快に笑う。 「ふふ、それじゃあ自分も男の股間を見ればそう言う気分になった方がいいかな?」 シデンは恥じらうことなく、話の乗っかり耳を掻きあげて上目遣い。 「おう、なってみろ。だが、節操のない女はどこに行っても神様に『穢れる』とか言われて嫌われるから、気分になるだけにしておけ」 「気分になるだけってそれ、ただの生殺しじゃないですか」 エーフィがシデンに命令すれば、シデンは言い返して笑う。 「だ、そうだぞヒコザルのお兄さん。お嬢ちゃんはこう言っていらっしゃる」 「そ、そこでオイラを見る!?」 生殺し、との言葉を受けてエーフィが視線を向ける先はアグニ。シデンがむらむらしてきたら、アグニが解消してやれと言わんばかりの視線だ。 「はは、俺の兄貴はお似合いだとさ」 エッサも一緒になって笑い、その店の前では皆が爆笑していた。 「でもまぁ、冷やかされるような関係にはまだなっていませんよ」 ひとしきり笑ってから、アグニはそうして二人の仲を否定する。 「はは、そうかい……っていうか、すまなかったなぁ。呼びとめちゃって。もう売れ筋の商品も無くなっちまって、競売が始まるまで客が来なくって暇でなぁ」 「いえいえ、楽しくお話出来ましたし、この程度の足どめ構いませんよ」 謝るエーフィに、アグニは笑って許す。 「ふむ、でも何か買って行かないとまずいかな」 「あれ、そうなのアグニ?」 呼びとめられたというのに何かを買わなければいけないと言うアグニの言い分にシデンは思わず尋ねるが、エーフィの商人は首を振って笑う。 「いいっていいって、今残っているのは味の悪いタバコばっかりだ。こんなもの、吸っても噛んでもまずいもんだ。タバコがよっぽど好きじゃなきゃお勧め出来ねぇよ」 「そうです……か」 アグニはそれでもまだ申し訳なさそうであったが、ここで買ってしまうと相手もいたたまれなそうだと思って、買わないでおく。 「それにしても、アルセウスを信仰する人が、ここまで商売に来るなんて珍しいですね」 「あぁ、それは……お前だ」 アグニがふと尋ねると、エーフィは笑ってシデンを見る。 「働いている女が好きなのさ。あっちでも働いている女はいるが目の輝きが違うね……許されるなら、ここで骨を埋めたいと思うくらいに、魅力的な女ばっかりだ」 「それなら、もうこっちに住んじゃいましょうよ」 笑いながらアグニは移住を進めてみるが、エーフィは首を振った。 「なぁ、少年。それはとても嬉しい提案だがな」 思わせぶりに話題を振って、エーフィは諭すように語りかける。 「ん、なに?」 「俺は浮気性だから、他の神にも目移りしちゃうけれど……『アルセウスは偉大な神だ』って、それだけは譲れない。だからね、ホウオウのお膝元で死ぬわけにはいかないの。残念ながらな。でも、本当にいい所だよな、ホウオウ信仰。 あっちじゃ、ホウオウ信仰の人なんて同じ街に住んで欲しくないって奴らばっかりだもの。そう言う所が好きだよ、ホウオウ信仰」 エーフィは笑ってそう告げた。シデンには理解できない感覚であったが、アグニはよくまぁそんな風に神に拘れるものだと、感心している表情を見せた。 **51:口約束 [#a29d9f10] **51:口約束 [#k5fab48e] 「やっぱそういうもんですか……ふむぅ。アルセウスを信仰する土地って、どんな所なんですか? 貴方がどんなところで育ったのか、ちょっと気になるなぁ」 「おや、興味持ってくれた? いいよ、客が来るまで話に付き合ってやる。つっても、俺は土着信仰の流れを汲んでるから、純粋なアルセウス信仰とはちょっと違うんだがな……それでも構わないよな?」 故郷の信仰を話すうちに、興味を持ってくれたことが嬉しいのか、目を輝かせるアグニに負けじとアーカードも目を輝かせる 「ホント!? 別に、どんな神を信じていたってオイラは構わないよ」 「え……アグニ、本気?」 シデンは顔を曇らせる。彼女にとって、アルセウス信仰の土地のお話は興味の無い話、らしい。 「いいじゃない、ミツヤ。聞いてみると意外と真剣になっちゃうかもよ?」 ここは大陸の西の果て。いかに交易の街といえど大抵はホウオウ信仰か北の砂漠に根付くグラードン信仰の土地から来る客がせいぜいで、大陸縦断山脈の向こう側にあるアルセウス信仰の客は非常に珍しい。だからアグニも興味深々と言った様子で、こうして話を聞く体勢になっているわけだ。 話が始まってみれば、シデンの反応も意外に可愛いもので、アグニの隣に座りこんで、黙って話に耳を傾けている。地方の伝説や文化を話す様は何処か探検隊を彷彿とさせ、それはやっぱり聴衆をひきつける力がある。 こうやって、語る言葉にみんなに耳を傾けさせるアーカードに未来の自分の姿を重ねながら、アグニは昼が来るまで夢中で話を聞きいれるのであった。 しばらく話をしていても、客はすぐにタバコの買い物を済ませてしまう為、あまり話が中断される事もなく、結局雑談は昼までずれ込んだ。 「腹が鳴ったぞ、アグニ君」 エーフィが笑う。 「あ、アーカードさん……そう言うのは言わなくっていいから」 物音に敏感なアーカードは、アグニの腹の音を耳ざとく拾って指摘する。恥じらうアグニは苦笑しながら頭を掻いた。 「でも、確かにお腹空いたね。ミツヤ、なんか食べに行こうよ。今日中に依頼も受注しないとチャットに急かされる」 「だね、あの鳥は五月蠅いし」 行商人には分からない人物の話題で二人は笑いあって、顔を見合せた。 「そうか……お前らもう行くのか」 「えぇ、お腹もすいたので」 アグニは愛想よく笑って頷く。 「そう言えば、話の途中で、今日でもう店は畳むと言っておりましたが……次はここに来る予定などありますか?」 話が楽しくて仕方がなかったアグニは名残惜しげにそれを訪ねる。またいつかどこかで会えたらなんて、気楽な願いは行商人には期待してはいけないが、聞かずにはいられない。 「あぁ、あるよ。魚介調味料の競売が今日の夕方にあるから、それが終わったら明日あたり旅立つけれど……今年は、このトレジャータウンで手繋ぎ祭りに参加したいと思う」 それを語るアーカードはどこか嬉しげであった。 「な、何の祭りだよそれ?」 今までアーカードの話を黙って聞いているだけであったエッサは、ここにきて反応する。 「おい、アグニ。お前どうせ知っているんだろ? 語ってやれ」 この街の事はこの街の住人が語れとばかりに、アーカードはアグニへ話を振る。 「え、あ……はい。えっとですね、手繋ぎ祭りって言うのは……昔、このトレジャータウンは神隠しや迷子がとても多かったから……絶対に大切な人を離さないように。迷子を出さないようにって、手を繋いだり建物を家主の形に似せたり……っていう風習が出来たの。 今では迷子も神隠しもないけれど……そう言う事があったの、何百年も忘れ去らないようにって願いを込めたお祭り。そして、大切な人を絶対に離さないように、魔除けや旅の安全への御利益があるの。恋人や夫婦はもちろん、兄妹や親子、商売仲間など様々な関係で手を握り合ったり尻尾を絡め合わせたり。それが出来ない者は肩を寄せ合って……『絶対に離すもんか!!』って絆を誓いあう。そういうお祭り」 アグニが説明を終えると、アーカードは微笑んだ。 「あての無い行商めぐりをしていて、一人で十分と思っていたけれどなぁ。ひょんな出会いから……初めて大切な奴が出来た。そいつと絆を深める祭りがあると言うのなら、それに参加するだけでも、このトレジャータウンには再び訪れる価値があると思うんだ。 でな、エッサ。良ければで良いんだが……これからも出来る限り俺と商売付き合って行こうや。お前が一人前になるまでは、まだまだ時間がかかるだろうけれどさぁ……少なくとも、お前が一人で何でもできるようになるまではさ」 「あ、あぁ……ありがとうな、アーカード」 戸惑いながら、照れながら。顔を背けてエッサは礼を述べる。アーカードにとっては、エッサはすでに家族のような存在であるらしい。そうでなければ、重度の同性愛者でもない限りは臆面もなく同性をこの祭りに誘うような事はしないだろう。 「そうなると、四十日くらい後ですかね……その時は、オイラも何か語れるくらいの武勇伝が欲しいものだなぁ」 話を聞いてばかりであったアグニは、自分が何も語れなかったことを恥じらいつつ、未来に期待を寄せる。 「意気込むのはいいが、無茶するなよ? 行商人だって、不幸が起こればあっけなく逝っちまうもんさ。ましてや、探検隊なんて未開拓の道に突っ込まなきゃならない。危険だぞ?」 「大丈夫ですよ……パートナーと一緒なら」 シデンを振り返り、アグニは力強く宣言した。 「ま、まぁ……アグニがそう言うのなら」 賛同して良いのかどうかわからなかったが、アグニに付和雷同してシデンも笑う。 「なるほど、同じ事を言った女が大成したのを間近で見ているが……あんたらもいい探検隊になりそうだ……。頑張れよ、ディスカベラーさん」 「うん、アーカードさん達も、お元気で。手繋ぎ祭りで会いましょう」 「おう、元気でな!!」 空腹の二人は、改めて行商へお辞儀をすると、何度か振り返りながらその場を去る。手繋ぎ祭りの意味を聞かされたエッサは、もやもやとした気分を抱えながら、アーカードを殺さなければいけないことへの葛藤に悩んでいた。 ---- アグニ「ところで、『服を着る日』なんて言葉の意味、よく知っていたね」 シデン「そう言えば……なんで知ってたんだろ?」 アグニ「''作者が無責任''なんじゃない?」 [[後編へ>時渡りの英雄第5話:成長する二人・後編]] ---- **コメント [#gf1bdf67] #pcomment(時渡りの英雄のコメントページ,12,below);