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時渡りの英雄第22話:幻の大地・後編 の変更点


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**337:祭壇 [#y82207c9]
**337:祭壇 [#efc25b78]

「二人とも、起きてよ」
 案の定、一番最初に目覚めたシデンが二人を起こす。二人は目を擦ってムクリと起き上がったが、目覚めたばかりの彼らも不思議と疲れは残っていない。よほど深く眠っていたという事なのだろうか。
 シデンは燃え残った火種を大きくして、昨日の食事の残りを温めなおしている最中のようで、あたりには再び良い匂いが漂っている。
「もう……今朝は自分一人で朝食の準備したんだからね」
「はは、悪いがシデン……俺はまだお腹がいっぱいなんだが……最近俺は食べすぎだ。ジュプトルなんて本来あんまり食べない種族だってのにさ」
「じゃあその分はオイラが食べるよコリン」
 昨日の内にまた一つ仲のよくなった二人は、会話の息もばっちりあっている。
「はいはい。そう言えばコリンって普段は自分よりも小食だったんだね」
 ため息をつき、幽かに笑いシデンは自分の取り分を食べる。安息の朝食の時間はすぐに終わり、次はダンジョンの探索である。
 二つのダンジョンを抜けるのが最短ルートだとサイモンは言っており、言われた通りに背びれ山脈と呼ばれる傾斜のきつい山々のダンジョンを踏み越える。。
 そのダンジョンも、これまでの道のりと似たような『ヤセイ』の構成であった。自分たちの旅ももう長くは続かないであろうことを感じてか、少しずつ近付いてくる時限の塔を見つめると、一行は皆一様に寂しい気持ちがこみ上げる。その寂しさを押し殺すように、戦闘中はいつも以上に声を掛け合って戦う。
 トドメを指した仲間に対しての労いの言葉も大げさすぎるほどに行われ、寂しい気持ちをごまかすように。自分の声を印象付けるように。
 そうして、ダンジョンが途切れ一行は安全を確保する。しばしの小休止を挟んでから、一行は遠くから発見した遺跡を目指し、その途中にあるトンネル状となっている場所を抜けた。
「すごい……大発見だ」
 ダンジョンを抜けてから意気揚々と先導していたアグニが、息をのむような光景に思わず感嘆の声を上げる。
 そこに記されていたのは膨大な壁画だった。北半球の大陸で国を興したゼクロムとレシラム……そしてその二人が見上げる在りし日のキュレム。霧の湖で見たグラードンや、その対に当たる存在もあり、確か名前はチャットの情報によればカイオーガとかいうものだ。
 世界を司る樹を通してアカシックレコードに触れる力を持つといわれるミュウ。そして、未来世界で一目見たディアルガに、それと対になるのであろう白いポケモン。
「サイモンの言っていた通り……古代の遺跡なんだな……ここは。俺も、長い事この幻の大地に住んでいたが……未来世界では崩壊したのか、それとも気付かなかったのはただの注意不足か……
 なんにせよ、サイモンの言う通りと言う事ならば……ここに虹の石舟があるはずだ」
「だね……いよいよだ。早く奥に行こう……少しワクワクしてきちゃったな」
 好奇心がそそられ、はやる気持ちを抑えるように努めながらアグニが先導する、その先にあったのは、形の整った石畳と石垣で作られた巨大な祭壇。見る者を畏怖させるような急な角度で威風堂々と聳え立つその建造物は、それだけで威厳を誇っている。

「これは……すごいな。よく分からないが、遺跡の神殿か何かかな?」
 コリンは息をのんで、口にする。
「これ以外は特にめぼしいものもなさそうだし……上ってみるか、アグニ?」
 わかった……と、頷きアグニは階段を駆け上る。階段は東、南、西の三方向に伸びており、アグニ達が上って来たのは南階段。
 アグニが上ってまず目についたのは、ラプラスがやってきた入江で見た時と同じ不思議な模様が円に囲まれたもので、北側の端っこには石板がぽつんと置かれている。
「見てよ二人とも、ちょっと土をかぶっているけれど不思議な模様がここにも……でも、何も反応しないね。入江の時とは何か性質が違うのかな?」
 アグニが首に下げた遺跡の欠片を見てみるが、いくら待っていても一向に変化は訪れない。
「ちょっと待っていろアグニ……ここに何か書かれているから読んでみる」
 コリンは階段のない北側に置かれた石板に書かれる文字を食い入るように見つめる。
「北を向いているってことはこれ……太陽を臨む祭壇だったのかなぁ……玄天を臨めるようになっている……」
 その横で、遺跡の荘厳さに心打たれながら、シデンは辺りを見回して、東階段や西階段にある柱などを、鼻をひくつかせながら調べて回る。

「それにしても……これ、アンノーン文字だね。これを読めるだなんて勉強しているんだね……コリン」
 コリンが読んでいる文字をアグニは読めず、感心しつつ勉強不足な自分を恥じる口調でアグニは呟く。
「このために色々調べてきたのだからな……それに、この先の目的を果たすために、人生の途中からはそのためだけに生きてきた」
「コリンは、未来でも絵を描きたいんだよね? この世界を救ったら……また未来で絵を描けるかな? ていうか、絶対描き続けてよ?」
「どうかな……まずは世界を救ってからさ」
 アグニの純粋な疑問が可愛らしくて、コリンは笑う。
「描けるものなら描きたいが……うん、マイナス思考はいけないな」
 いまだにコリンは、このままいくと自分やシデンが消えてしまうことを言えないでいた。それを隠していることを苦しく思いながらコリンは強がって笑って見せる。
「ねぇコリン、いるよ」
 笑うコリンにシデンは近寄り、話の流れを無視しているよと一言。
「そうか、シデン。じゃあ、これをアグニに持たせてくれ」
 そう言ってコリンは、復活の種の腕飾りから種を二つシデンに渡す。
「ところで、アグニ。解読できたぞ……あの不思議な模様、円の中に囲まれていただろう?
 それは、その模様自体が虹の石舟となっているらしい」
「ここが……?」
 アグニが、足元を見ながら首をかしげる。
「ああ、そうだ。模様の中心に……」
 言いながらコリンは歩き出し模様の中心にある土を取り除く。
「くぼみがあるから、ここに欠片を嵌めこめってな……書いてある」
「遺跡の欠片を……?」
「あぁ、そうすれば虹の石舟が起動し始め……それに乗っていけば時限の塔へ行けるとあの石板には書かれている」
「だってさ、アグニ……嵌めてみなよ」
「そうだ。その欠片の謎を解きたがっていたのはお前なんだからな?」
 いつの間にか窪みの周りに歩いていたシデンが、アグニに笑い掛ける。アグニは唾を飲んで自分の手元にある欠片を見た。
「うん……分かったよ」
 事は、そんな会話をしている最中であった。

**338:謝罪 [#eaa4c0ff]
**338:謝罪 [#jc0d96ab]

 東階段から忍び寄り、よそ見をしているシデン達へ飛びかかるヤミラミの群れ。その一人が、背後を狙われたシデンの十万ボルトをまともに受け、受け身も取れないまま尻を地面に打ちつける。
「匂いを嗅いでいて良かった……」
 シデンがぽつりと口にする。
「まったく……残念だったね。時の回廊の場所に目をつけてシャロットをおびき寄せた時といい、ここらで自分たちに仕掛けてくると思っていたよ、ドゥーン。さっさと姿を現しな!!」
 シデンは強い殺気が放たれている場所に視線を向けて凄んでみせる。
「どうせ、俺達が確実にここにやってくると踏んで待っていたって口だろうよ。シデンに匂いをかがせて、それでお前らの匂いを感じたら……油断して不意打ちしてくる奴らをを返り討ちと言う話だったがこうもうまくいくとはな。
 未来世界で二回、こっちの世界では水晶の湖とここで合計四回目の待ち伏せ……ご苦労なことだなドゥーン。奥の手ってのはそう何度も晒すもんじゃないぜ」
 今まで飲まされてきた煮え湯を清算するように、コリンが吠えた。その手首には、リアラから譲り受けた鋭い棘の生えた革のベルトが巻かれ、闇の結晶ナイフが握られている。
 そして、無言で現れたドゥーンを見てみると、シデン対策のつもりか白と黒の縞模様、ゼブライカの毛皮を腕から手にかけて。そしてアグニ対策なのか、胴体と顔にクリーム色のキュウコンの毛皮を纏い、防御面をがちがちに固めている。
「参ったな……あのゼブライカの毛皮、草食持ちじゃないといいが……」
 そのドゥーンの姿を見て、コリンはまず最初にそんなことを思い、舌打ちをする。
「相手さん完全防備だね……」
 こんなことならノーマルタイプのポケモンの毛皮を使った服でも買っておけばよかったと、シデンはため息をつく。

「先手を打つつもりが、逆に先手を打たれるとはな……だが、こちらとて引き下がるわけにはいかぬ。悪いが、また未来に来てもらうぞ!!」
 低くよく通る声で言ったドゥーンの後ろにはまだたくさんのヤミラミが詰めかけている。
「残りは……強敵一人と八人。状況は悪い……だが、行けるな? シデン、アグニ」
 言うなり、コリンは腕の葉を攻撃にも防御にも即座に対応できるように構える。
「もっちろんだよ、コリン」
「自分は始めからやる気だよ」
 シデンはコリンの右前に出てから、眼を座らせて、赤い頬からバチバチと放電しつつ四つ足体勢になって尻尾を振り上げる。
「やる気か。ならば仕方がない。この場でお前たちを倒してから未来に運んでも同じ事。この圧倒的不利な状況の中で、お前らがどの程度まで抵抗できるか、見せてもらおう……」
 霊気と冷気、二つの波導を拳に纏いドゥーンは手を広げる。手づかみポケモンの二つ名に相応しい大きな手を広げたその姿は、一人で一つの要塞を相手にするような圧力を伴う。
 だが、その威圧感を前にしてもコリン達に怖気づく者は一人もいない。それどころかアグニは、敵意のない瞳でドゥーンを見つめ、口を開いた。
「やる気って言うのは間違っていない。でも、待って……ドゥーン」
 アグニの言葉に、ドゥーンの思考が止まる。
「いや、ドゥーンさん……未来世界で、貴方の事を誤解していました」
 首を振って、アグニは自分の行いを恥じていたことを告白する。
「何のつもりだ?」
「言いたいことがあるんです……貴方に裏切られてから……オイラ、ずっとあなたの事を極悪人だと誤解して……自分たちがやっていることを正しいことだと信じて疑わずに……時の歯車を集め、ここまで来ました。
 でも、昨日……貴方の話をコリンから聞かされたんです。超越者の話とか……歴史を変えると生まれるべき人が生まれずに、消えてしまう事とか。今でも、自分がやっていることは、自分がやるべきことだって……その考えは曲げられません、けれど。
 今は……ドゥーンさん。貴方の事も間違っていないって思えるようになりました……だからと言って、手加減するわけでもないし、負けるつもりはありませんが。その、『ぶっ殺す』とか、そんな暴言を吐いてしまって、すごく、いまさら、すごく申し訳なくって、いま、謝りたかったんです」
「そうか……」
 突っぱねるでもなく、笑うでもなく、ただ納得したようにドゥーンは言う。

**339:ドゥーンとの開戦 [#w10c87b4]
**339:ドゥーンとの開戦 [#ke6ffcd0]

「そこまで知っていてなお、戦おうというのであれば、私からももう何も言えない。ただ、アグニよ。一つ聞かせてくれるか? たとえば、私がお前に勝ったとして……お前は私を赦すのか?」
「悔しいとは、多分思います。でも、憎んだり、恨んだり……そういうことはしたくありませんし、しません。どっちが正義だとか、もうそんなこと……関係ない。飢えている者同士が、食料を奪い合って何が悪いって言うんですか? どちらかが飢えて死んでも、どうやって恨めと言うのですか? オイラは……生き残った方を罵るなんて出来ない」
「確かに、お前の言うとおりだ」
 アグニの言葉に納得して、ドゥーンは言う。
「そして、もし貴方がそれをしたとしても……オイラ……それを拒むことも、罵ることもしません」
「わかった。アグニ……お前は、きちんと覚悟をしているんだな……」
 ドゥーンが目を閉じる。隙だらけだが、誰も攻撃しようとは考えなかった。泣いてしまったのだろうか、大きな一つ目を腕で拭う動作をすると、目を見開く。

「アグニ。お前は我々を殺してでも星の停止を食い止めようとしていることはわかった……だが、最後に一つだけ聞かせてくれ。この戦いで命を失う覚悟は? 自分だけではなく……シデンや、アグニの命を失う覚悟は?」
 ドゥーンがアグニを凝視して問う。
「あるよ……ただ死ぬつもり、死なせるつもりもないだけで」
 アグニの言葉を聞いて、こめかみに青筋を立てながらドゥーンは歯を食いしばる。
「そうか……私もだ。死にたくもないし、お前を含めて殺したくはない……それでも、戦わなければならないから戦う。お前と同じだ……」
 言うなり、ドゥーンは種を食む。猛撃の種と呼ばれるその種は、一時的に疲れや痛みを忘れ狂戦士の如き力を手に入れられるが、その代償はすさまじい。良くて筋肉痛や関節痛。悪くすれば腱が切れたり骨が折れたりして一生使い物にならなくなることもある。
 それを食べて戦いに挑むということは、つまるところ決死の覚悟という事。シデン達もドゥーンが食べた種の効果は把握している。
「未熟な探検隊だと思っておりましたが、子供というものはすぐに成長してしまう」
 それは涙であったのだろうか、ドゥーンが指先で一つしかない眼を拭う。
「アグニ&ruby(ヽヽ){さん};。強く、そして立派になりましたね……」
 闘う前のほんの一時。最後に、ドゥーンが微笑んだ。
「はい、&ruby(ヽヽヽヽ){グレイル};さん」
 アグニもまた、頭を下げて微笑む。双方ともに相手が本気であり、戦わなければ止まらないことを理解したら、臨戦態勢に入るまで時間は必要ない。微笑んでいたドゥーンの顔が殺気と敵意に満ちたものに変わり、強大なプレッシャーを纏いつつ腹の底に力を込める。
「いくぞ、ヤミラミ達よ!!」
 ドゥーンの宣言と共に、部下のヤミラミが八人、一斉に駆け出す。
「行くぞぉ!!」
 コリンが叫ぶ。その声に目が覚めたかのように、アグニ達はその大きな人数差のある戦いに立ち向かうべく。
 まず最初にコリンが棒立ち。二人が駆けだすのを見計らい、頭の葉からおもむろに閃光を放つ。階段から飛び出してきたヤミラミは二人が閃光をまともに食らい、意識を一瞬奪われて攻撃に移ることも出来ずに不時着。

「喰らえ!!」
 シデンは襲い掛かってきたヤミラミの爪をいなしつつのアイアンテールで、閃光をまともに見てしまったヤミラミを意識のないまま階段から落とす。受け身が取れるならばこの程度で死ぬポケモンはほとんどいないが、意識も無しとなれば重症は免れない。
「行っけぇぇぇぇぇ!!」
 アグニはヤミラミに頭突きを加え、前のめりに膝を折ったヤミラミを肩に担ぐ。そのまま突き進んだアグニは勢いをなるべく殺さないように努めて、階段を上っている途中のヤミラミに向かってそのままダイブ。肩にかついでいた盾役のヤミラミもろとも、階段を上っていた最中のヤミラミを下敷きにする。
 こうして階段下まで降りることで、三人は挟み撃ちの陣形をとる。少しでも有利を取るために、アグニだけ孤立したがその眼に怖れはない。
「閃光とは小癪な!!」
 腕で目を庇っていたドゥーンがシデンを掴みにかかる。素早さで勝るシデンは階段の方へ駆ける脚を止めず、逃げながら雷を置くように放つ。
 自身が雷をその身に受け、その膨大な電力を密集した三人のヤミラミ達に喰らわせる。怒号のような断末魔が辺りに響く中、巻き込まれていなかったもう一人のヤミラミが空中にいて自由の利かないシデンを爪でたたき落とした。
「キャッ!!」
 ヤミラミの鋭い爪による攻撃は腕を犠牲に受け止めることで顔に傷を負うことは阻止出来た。だがしかし、腕に傷は負ってしまったし落ちるのは止められず、受け身を取ってもそれは半ば失敗気味。受け身に失敗して、腕がぎしぎしと悲鳴を上げているのを押して、シデンは階段を降りる。

「お願い」
 シデンが下を見てみれば、ヤミラミを押し倒して階段に叩きつけていたアグニが階段を上がってくる。シデンは追ってくるヤミラミの処理をアグニに頼んで自。
 シデンが下を見てみれば、ヤミラミを押し倒して階段に叩きつけていたアグニが階段を上がってくる。シデンは追ってくるヤミラミの処理をアグニに頼んで自分は階段を下りる。
「任せて」
 入れ替わりでアグニが、シデンを追うヤミラミの攻撃をはじき、ヤミラミの睾丸に向けて右腕で炎を纏うアッパーカット。
「貰った!!」
 ヤミラミが悶絶するほどの痛みに股間を抑えたところを、さらに左手で相手の顔面を押さえつけ、階段の角に後頭部を二回叩きつけて破壊する。


 その間コリンは、ドゥーンと一対一での攻防を繰り広げる。リアラからドゥーンとの闘いの概要を聞いていたコリンは、跳躍を伴う動作をなるべく避けるように努めた。コリンの倍以上の身長があるドゥーンの腕は、コリンにとって遠距離攻撃となんら変わらない。炎も凍ってしまいそうな冷気を放ちながら掴みとろうとする掌。
「いけるぞ」
 コリンは、リアラから譲り受けた闇の結晶製のナイフで威嚇して、それを何とか凌ぐ。だが、ドゥーンが掴むことができないのはナイフだけが原因ではなく、リアラがコリンに譲った革のベルトによるところが大きかった。手首に棘のあるベルトを腕に巻かれては、うかつに掴めない。なにせ、コリン自らがその革のベルトに向かって毒を塗ったのだ。うかつに掴んで怪我をしてしまえば毒に侵される。
 向かってきたドゥーンの手。上体をのけぞらしつつ、ドゥーンの右手に向かって左手でナイフを突き出し、ドゥーンの手を止めさせる。
 唾を吐くように3つの種を口から吐き出してドゥーンの腹に手傷を負わせ、ナイフを握ったままの右手は地面について、それを支点に後ろ宙返り。ドゥーンの左手はコリンの右足に弾き飛ばされた。
 リアラのよこした二つの対策のおかげで、状況はコリン有利だった。

**340:最後の将 [#g7ddaca0]
**340:最後の将 [#de50b424]

 そうこうしているうちに、ヤミラミがアグニの攻撃の隙を縫うようにしてアグニの脳天にスタンピングをかまそうと階段で飛びあがる。ヤミラミにはシデンによる雷のダメージが残っていたが、それもほとんど気にならない程度には持ち直したらしい。彼奴は階段を跳ねるようにして降り、アグニの脳天を踏みつけるまで、動作を誤ることなくヒットさせる。
「ぐぁっ」
 頭頂部を踏みつけられたアグニは頭頂部から響く衝撃にバランスを崩し階段から落ちそうになるのを揺れた脳でかろうじて認識できた。首は前に曲がり、地面を見ている。体は後方に倒れ、全体的に『く』の字になりながら背後へ落ちようとしている。

 階段を落ちてしまえば大怪我は避けられない。アグニはたった今後頭部を階段の角に叩きつけていたヤミラミの顔を掴んで離さず、倍近く体重のあるヤミラミの体を滑り止めにして尻餅をつくだけで踏ん張った。
 アグニは自分を踏みつけて階段の下に着地したヤミラミにやり返すべく、高温の炎を纏って飛びかかり、必殺のフレアドライブで炎を纏った体当たり。肩口から敵にぶつかり、階段からの落下の衝撃と、体当たりのダメージで自分の頭を踏みつけたヤミラミを始末する。階段の下からは、体勢を立て直したシデンが全身に電光を纏いながら、空気が破壊されていくような轟音とともに駆け抜ける。
 数ある種族の中でも、ピカチュウとライチュウのみが使いこなせるといわれる電気タイプの必殺技――ボルテッカーだ。
 自身すら破壊の対象となる、その乾坤一擲の一撃を前に、残る二人のヤミラミ達は強烈な電気と物理的な衝撃を喰らい、為すすべなく散って行った。

「ヤミラミは全滅。アグニ、いくよ」
「うん」
 シデンが階段の頂上付近で叫び、応じてアグニは駆け出した。
「コリン!!」
 一足先に遺跡の最上部で攻防を繰り広げる二人を見たシデンの叫びが響いた。

 次々とやられるヤミラミを見て、ドゥーンはもはや多少の傷を構ってなど居られなかった。強引に掴みかかった彼の腕は、手首の内側をコリンが握ったナイフに切り裂かれ、掌には腕輪に取り付けられた棘が刺される。
 猛撃の種の効果のおかげで、ドゥーンは本当に痛みが感じられなかった。どうせ痛みがないのだから、今くらいは痛みなど構うものかと、コリンの手首を強く握り締め、棘が深く食い込む。
 このまま叩きつけてやろうとドゥーンがコリンの体を持ち上げ、コリンの足が宙に浮き上がる。ドゥーンはコリンをハンマー投げのように体ごと回転して振りまわしながら遺跡の西寄りの崖際まで運んだ。そのまま重力を増加させる技と共に、思いきり地面へ叩きつけようとするのだが、その前にシデンが電磁波でドゥーンを攻撃する。
 まさか回転している状況でコリンへの同士討ちを怖れない電気が飛んでくるとは思わなかったドゥーンは、痺れに驚いて握力が弱まり、コリンを祭壇の外に放り投げる形に。
 腕を掴まれ振り回されたコリンは脳に血液が足りなくなっていたのか、強烈なめまいと共に祭壇から落とされて受け身も取れないまま階段の下に落ちていった。

「よくもコリンを!!」
 そう言ってドゥーンに跳びかかったアグニを、ドゥーンは掴もうと手を伸ばす。アグニはヘッドスライディングでそれをかわし、地に足のつかないドゥーンの真下をすり抜ける。そのうつぶせの体勢から前転して腕を使って立ち上がり、鞭がしなるような軌道を描く火炎放射をドゥーンの背中に当てる。
「グオゥッ」
 キュウコンの毛皮を着ていても伝わる炎の熱さにドゥーンが呻く。
「まだまだ」
 コリンの惨状を見て思考が止まっていたシデンだが、アグニがすぐさま行動に入ったことで我に返り、電気を纏った腕でドゥーンを殴りつける。
「生温い!!」
 しかし、シデンの一撃をドゥーンは耐え抜き、シデンの体ごと掴みあげる。
「アグニ、後ろ!!」
 そこで咄嗟にシデンは叫んだ。だが、アグニが振り向いた先には何もない。これはシデンがアグニを振り向かせるためについた嘘で、シデンはアグニが振り向いたのを確認して閃光を放つ。ドゥーンはとっさに瞼を閉じたが、至近距離で喰らった閃光は軽く瞼を透過して、目を閉じた視界を真っ赤に染めて目がくらむ。
 シデンはその瞬間、ドゥーンによって空中に放られた。軽く放り投げられただけだというのに、猛撃の種の効果でものすごい高度まで持ち上げられ、掴まれた際の握力はろっ骨が軋み跡が残りそうなほど。

**341:圧倒 [#oe7c2fae]
**341:圧倒 [#u316632c]

 しかし、閃光によって隙が出来たことで、空中に放り投げられながらもシデンは冷静に『行ける!!』と考える。アグニは、シデンがわざわざ後ろを振り向かせたのは閃光を放つためなのだと理解し、この隙に賭けて、走り出す。

「必殺!」
 アグニが叫んだその必殺技宣言は、下手すると巻き込まれるから『仲間は近くに居ないでくれ』という意思表示。
「メガ……」
 アグニの必殺技の宣言に先駆ける形で右腕に炎が渦巻く。炎の色は赤でも橙でも蒼でもなく透明。アグニの向こうの景色どころか、アグニ自身すら歪んで見えるほどの高熱で、やっと炎が燃え盛っているという事が分かるほどの透明度。
 しかし、その熱気は拳だけに纏わせたにしては範囲が広すぎる。すさまじい熱量が露出した肌に触れ、目がまともに見えない状態でさえ危険だと分かるそれを、ドゥーンは緑色の障壁、『守る』を張り出して防ごうとして、それは……
「ブラボー!!」
 それは、アグニの一撃で張り出される前に砕かれた。障壁を張り出しつつ、急所である顔を庇いながら防御していたドゥーンの行動を嘲笑うように、アグニの拳はまず厄介な拳を壊してやろうとドゥーンの手の甲を狙って叩きつける。。
 まず一発で、ゼブライカの毛皮が焼失する。しかし、その下にも着込んでいたキュウコンの毛皮が、アグニの炎を防ぐ。熱は内部まで届いていたが、決して燃えないキュウコンの毛皮の前には、ドゥーンの拳を焼き焦がすのは無理であった。
 何度も殴りつけるメガブラボーのラッシュも終わり、アグニはバテて肩で息をする。しかし、仕留めきれていなかった。大きく体勢が崩れ、一旦後ろに下がって退いたドゥーンを、アグニは追わないし追えない。それどころか逃げることすらできない。
 オーバーヒート以上に全ての力を注ぎ込むこの技、メガブラボーを放ったら後はないのだ。
「くっ……私は、私は負けんっ!!」
 ドゥーンが咆哮する。執念の塊と化したドゥーンは、いつも以上のプレッシャーで以ってしてアグニへ凄んだ。
「う、うわぁぁぁぁ!!」
 あまりの迫力に怖れをなしたアグニは踵を返して東階段のほうへと逃げていった。


 一方、シデンは放り捨てられても見事に体勢を立て直して着地。遺跡の下にこびりついたコリンの血の跡を追った。
 コリンは血まみれになりながら、東の階段付近で倒れていたヤミラミの死体からギガドレインで活力を吸い取っていた。今にも意識が飛びそう言った様子で相手の体内に爪を突っ込んで、なんとか命を繋いで居ると言う感じだ。怖らくは深緑の特性が発揮されているのだろう、見る見るうちに干からびていくヤミラミは見ていて哀れなほど生命力を吸い取られている。
「コリン、大丈夫?」
 コリンの惨状を見たシデンは、怖る怖る尋ねて見て、振り返るコリンの顔に閉口する。
「少しだけ……な。長くは持たない。さっきドゥーンの怒号とアグニの叫び声が聞こえた。助けなきゃ……」
 コリンの言葉が、嘘なのか本当なのか、あまりにも血まみれすぎて少しだけですら大丈夫ではない気がする。そんな事を気にしている場合ではないとわかっているのに、シデンはコリンから目を離せない。ふと見ると、アグニは階段にさしかかったところで、足を踏み外して転げ落ちた。
「アァァグニィィィ!!」
 焦ってシデンが、名前を呼びながら駆け寄ってゆく。コリンも口の周りの血を拭って、ドゥーンの元へと走る。そうこうしているうちに尻尾を巻いて逃げてきたアグニと合流。アグニを追っていたドゥーンへ電気を放って攻撃しようとするがしかし、いまだ燃えていない右手のゼブライカの手袋を突きだして、ドゥーンは電気を防御する構え。
「フンッ……無謀だったな。私に戦いを挑むとは……猛撃の種も、やっと効果が体に馴染んできたところだ」
 ドゥーンは大きく火傷した顔の模様の目にあたる部分を光らせると、コリンを始めとする全員の体が不意に軽くなる。それどころか強烈な上昇気流まで発生してフワフワと浮かんでしまい、体の軽い3人は素早い動きが出来そうにない。
 重力を増す技の逆。重力を下げる事によって、気圧も下がり強烈な上昇気流が発生する。それによって翼による飛行を制限し、浮足立たせて走ることすらままならなくさせる技。
 その名をトリックルーム。
「どんなに、努力しようが……所詮、貴様らに勝ち目は無いのだっ!!」
「ううっ……、やっぱりドゥーンは強いよ……」
 受身を取っていたアグニは起き上がると、怖れをなした目でドゥーンを見た。しかし、コリンもシデンもまだ戦える余力を残しており、その目は怖れをなしていない。
「アグニ……少し休んでいて」
 シデンは上昇気流が吹き荒れる中で天使の如き純白の翼を生やしメロメロを放つ。激しい上昇気流の中できちんと匂いが届くのか心配ではあったが、男が相手ならやる価値はある。
「いまさらそんなもので!!」 
 ドゥーンが腹の口を閉じて息を止め、シデンを掴みにかかるが、シデンは自分の身の丈をはるかに超える翼を羽ばたく要領で前に突き出して、距離感を狂わせつつ大きくバックステップ。
 入れ替わりで、コリンがドゥーンの血まみれの手の平に毒液を振りかけた。すぐさまドゥーンは手を引いてその毒を避けようとするが、毒は結局手の平にべったりとつく。先ほど棘に塗りこんだ毒もまわっており、痛みこそ感じないがドゥーンの身体はすでにボロボロだ。しかしドゥーンは体に鞭を打って祭壇の装飾を拳で割り砕き、その飛礫を投げつけ攻撃する。
 いまだ猛撃の種の効果は衰えず、投げつけられた礫の速度は空気を切る音が肝を冷やすほど。幸いにも一撃目は外れたが、それがどれだけ続くかはわからない。地面の石垣を砕いたその威力に、三人は思わず物陰に隠れる。
「毒の効果は続いているはずだ。このまま敵が息切れするのを待つぞ!!」
「大丈夫なのコリン?」
「いいからお前はピーピーマックスを飲め!! 即効性があるんだから、数分耐えれば効果が出るだろ……」
 そんな会話をしているうちに業を煮やしたドゥーンが、隠れている物陰ごとシャドーパンチで割り砕く。ドゥーン自身、地震を使えればコリン達など一網打尽なのだが、いまだヤミラミが呻いているので使えないらしい。
 物陰からはい出たコリンとアグニに向かい、ドゥーンは岩の目覚めるパワーで攻撃する。腰を抜かしている上に、トリックルームで浮足立っている今、コリンは電光石火で逃げだすのが精いっぱい。
 それすらできなかったアグニは、弱点かつ、猛撃の種で引き揚げられた攻撃を喰らって吹っ飛んだ。頼みの綱の猛火も、メガブラボーを使用した後の今の状況では発動したとて炎は使えない。コリンも振り返ってエナジーボールで応戦し、シデンは再度の電磁波。
 先ほどはゼブライカの毛皮に阻まれいまいちな威力しか与えられなかったが、背後から撃ったおかげで今度は毛皮に阻まれることなくドゥーンの動きを鈍らせる。

 ドゥーンは感覚が麻痺したが、それでもアグニにとどめを刺そうと拳を振り上げた。コリンが腕の葉を硬質化させて瓦割の要領で放たれた一撃を防ぐ。深緑の特性がいまだ働いている状態のリーフブレードは鋭く硬く、ドゥーンは威嚇牽制のために突き出した刃に向けて瓦割をできるほどの余裕もない。
 コリンへの攻撃を戸惑っているうちにシデンによって後ろからアイアンテールで攻撃されたのをきっかけに状況の不利を悟ったドゥーンは、一度囲まれた状態から離脱した。普段なら追い抜いたりできるシデンでさえも、この時ばかりはトリックルームの効果で浮足立ち、まともに走ることすらできずに転んでしまう。
 そこをドゥーンは見逃さず、シャドーボールで追撃。シデンは素早く寝返りを打って直撃を避けるも、爆風でふっとばされた。
 全身の痛みに悲鳴をあげたくなるのをぐっとこらえ、アグニは痛む体に鞭を打ってピーピーマックスを飲み下す。
「こんなもので……ドゥーンに勝てるのかな……」
 息切れして、半ば諦めたように独り言を漏らすアグニをよそに、ドゥーンは階段を上り全員が隠れられるような場所をシャドーボールで叩き壊すことで逃げ場をなくした。
 このまま一旦祭壇から離脱し、猛撃の種の効果が薄れるのを待つという手もあったが、逃げようとすれば黒い眼差しで逃げられなくするくらいの事はしてくるだろう。そう思うと、コリンたちはもう逃げることも隠れることも出来ない。苦境に立たされた三人は恐怖に顔をゆがめた。

**342:誓い [#mc577338]
**342:誓い [#s8245759]

「諦めちゃダメだアグニ……。どこかに突破口があるはずだ!」
 コリンが、その震えるアグニを戒めるが、目に見える効果は無い。
「そんなこと言っても……状況はドゥーンに完全有利……オイラ達の位置取りもここじゃあ、上へのどんな攻撃も届きはしないよ」
 アグニの言う事はもっともであった。どう見ても、一人はやられる状況だ。トリックルームの中では軽いポケモンほど動きにくく、ドゥーンのような巨体を持つポケモンはむしろ普段より早く動けるのだ。
 届かないと言うのは比喩であり、届くには届くものの、トリックルーム下であっても高低の不利は否めない。
「フッ……お前らにしてはよく頑張ったと思うが……ここまでだ。これで終わりにしてやる」
 宣言通りになるであろう事を、感じさせる圧力がドゥーンから放たれ始めた。キュウコンの毛皮の裂け目から覗かせた腹の口を開き、そこで霊の波導を具現化する暗黒の球体、シャドーボールを形成する。
 その巨大さ、禍々しさを見るに、それはどんな物陰に隠れてもそれを瓦礫にした上で自分たちの魂を焼き尽くしてしまいそうだ。
 このまま逃げられれば楽なのだが、トリックルームが発動している今、まともに走ることすらできずに追いつかれるのが関の山だ。
「こうなったら……オイラが犠牲になる。その間に……二人で仕留めて」
 いま、一番力を使い果たしたアグニが、遺言のようにそう言った。
「それはダメだ……それなら俺がやる。お前は、お前だけは生きなきゃ」
 コリンが感情的にアグニの肩を掴む。
「黙ってろ!! 一人で死ぬことを考えるな!!」
 それをドスの聞いた声で制したのはシデンだった。男と聞き紛うほどの口調に圧倒され、二人は思考が止まる。

「ならば、全員仲良くここで死ぬか?」
 それすらも嘲ってドゥーンはシャドーボールをチャージし続ける。
「シデン……悔しいがドゥーンの言うとおりだぞ? どうすればいい?」
 コリンですら、首を傾げるその状況に、シデンは口を早めた。
「……私がメロメロで時間を稼ぐ。二人は炎の誓いの準備をして」
 トリックルームの最中でも、階段を上がるように上向きの移動ならば、地面をしっかり踏みしめることも出来るはず。それに自分には飛行の目覚めるパワーがある。メロメロと目覚めるパワー。その二つを使えば、麻痺と毒にやられたドゥーンの攻撃も何とかしのぐことくらいは可能であろうと。ドゥーンの隙を突けるはず。それが、シデンの描く青写真であった。
 巨大なシャドーボールを、シデンは電光石火と目覚めるパワーの合わせ技で避ける。爆風を尻目にシデンは駈け抜け、ドゥーンの前でいったん停止してメロメロの香りを振りまく。またも香りが飛んできて、ドゥーンは顔をしかめて腹の口を塞ぐ。そんな色香に騙されてなるものかとシャドーボールをばらまくが、上昇気流に乗ってフラフラと飛行するシデンをとらえることは叶わない。
 シデンの目覚めるパワーを用いた飛行は不安定だが、不安定なだけに狙いを定めようがない。だが、それは逆にシデンからも狙って攻撃出来ないという事に他ならない。いち早くそれに気づいたドゥーンは、休んでいるコリンとアグニに向かって攻撃を加えんとシャドーボールをチャージする。
 だが、狙った攻撃は出来なくとも。
「当たれぇぇ!!」
 シデンの放電がドゥーンの背中を焼く。腕に付けたゼブライカの毛皮も、背後からの攻撃はカバーすることなく攻撃を許してしまう。
 ぐぅ、と呻きながらも手の平を構えてドゥーンはコリンとアグニへシャドーボールを放たんとする。
「今だ、アグニ!!」
「頼むよ、コリン!!」
 それよりも早く、二人が動く。
「この草から逃れられるか!」
 コリンが足を踏み込み、草の誓いを発動する。鋭く伸びた芝生の如き尖った草が、ドゥーンの身の丈ほどに長く伸び皮膚を串刺しに。肉に阻まれ半ばで止まった草たちも拘束具のようにドゥーンをその場に押さえつけ、その隙をアグニがつく。
「今だ!!」
 小さく跳躍したアグニは、着地と同時に炎の誓い。コリンが出した草に燃え移り、激しく燃え上がって火柱を上げる。
「オイラはホウオウとなる!!」
 そして、その火柱が収まると同時に、周囲には炎の絨毯が張り出され、倒れ伏したヤミラミや石段を焼く。
 しかし、その炎はシデンを焼くことはなく敵のみに牙を剝くという、何とも都合がよく従順な炎。それを従えるアグニは、コリンと共に宣言する。

「必殺!!」
 叫ぶとともに、アグニの周囲に炎が集まる。炎の絨毯が全てアグニの足から体に取り込まれたかと思った刹那、全身から吹き上げた炎がドゥーンを包む。
「大・炎・上」
 探検隊の間では、広範囲ないしは高威力の技を使う時に、こうして技名を叫ぶことがある。メガブラボーの時と同じく誤射を防ぐための配慮である。だが、猛火状態のアグニから放たれたこの技は言われるまでもなく近づく気も起きないような、白く輝く炎の明かりと熱気を発していた。死したトキの近衛兵であるハルト=キュウコンの毛皮はそんな炎にさえも負けじと燃えずに残る。
 だが、体の中に熱が伝わることまではどうにも出来ず、蒸されたドゥーンは高熱にやられて身を焦がし、倒れた。周囲に猛烈な熱気がないと使えないこの技は、ゴウカザルに進化すればメガブラボーなどの必殺技からの連携により一人で使うことも出来るが、未熟なアグニには味方の補助なしには不可能である。
 しかし、炎の誓いの熱気がそれを可能にし、上手く成功にこぎつけたが、その達成感の余韻に浸る間もなくアグニとコリンは警戒して構えを解かない。

 普通に考えれば警戒なんて無意味なくらいの大火傷を負っているはず。それでも、ドゥーンの執念は尽きなかった。彼の手がピクリピクリと動き、どす黒いオーラが彼の手から洩れる。
「まだ、やるのか……? だが、あの技は……」
 その黒いオーラがコリンの脚に絡みつくが、コリンは意に介す素振りも見せずに棒立ちのままそれを見守る。しばらく見守っていると、絡みついた黒いオーラはコリンに危害を与えることなく空気に溶けて消えた。
「……なぜだ?」
 ドゥーンは歯を食いしばって疑問を口にする。
「なぜ、道連れが効かない……? なんだお前らは!? いったい何をした!!」
「復活の種を……食べていたから……」
 あまりの剣幕に気おされ、コリンは思わず答える必要のないドゥーンの問いに答える。
「くそ……」
 コリンの答えを聞いたドゥーンは、音がするほど強く歯を食いしばって悔しげな表情を浮かべ、そして地面に倒れ伏した。

**343:勝利 [#fb5b8e0d]
**343:勝利 [#p03ac1f0]

「俺達の……勝ちだ」
 それを宣言することに違和感を感じないほどの手ごたえが、コリンの腕と脚にじんわりと痺れていた。
「ウイイィッ……まさか……」
 生き残ったヤミラミの一人がそんな事を言った。それが切っ掛けで、ヤミラミ達の士気は崩れる。恐怖に叫び声を上げながら、ドゥーンが開いたと思われる時空ホールへと駆け込む姿は、まさに阿鼻叫喚。祭壇の東側の傍らにあった時空ホールに殺到したヤミラミ達は、やがて未来へと逃げて静かになった。
 死体と、疲れ果てた三人と、すでに虫の息であるドゥーンしかいなくなったその場所は、やけに風の音が耳についた。
「フンッ……ヤミラミ達は皆逃げて言ったぞ。お前も中々いい部下に恵まれたようだな」
 遺跡の断崖から皮肉って言い捨てたコリンは、突然横から衝撃を受ける。殺気のない、攻撃で無いその衝撃の正体は……
「コリン!!」
 容赦のない抱擁を喰らわせてくるアグニであった。
「アグニか……」
 コリンは微笑みながらアグニのほうへ振り返り、しゃがんで視線を合わせつつアグニの頭にポンッと手を置く。
「アグニ。ドゥーンの全身……すごい火傷だったな。俺の補助があったとはいえ、あんな炎を出せるとは……お前、強くなったな」
 怖らくは深緑が発動しているであろうコリンの無理を押した笑顔にアグニはポロリと涙を落とす。
「怖かったよ……コリン」
 必死に抱きついてコリンの胸の中でアグニは泣いた。
「なんだ、お前……地底の湖とかで俺と戦う時は怖くなかったのか? ショックだな……あの時の俺は強かったと思うんだが」
 力なく笑って、コリンはアグニの背中を優しく叩く。
「コリンは……優しいから。それを肌で感じ取っていたんだと思う。負けても生きていられるってどこかで思ってた……だから怖くなかった。でも、今みたいな殺し合いは……怖いよ。もう、二度とやりたくない」
 ところどころをしゃくりあげ、鼻水をすすり、上ずった声が聞きづらいことこの上ない声でアグニは言う。
「それで、いい……。狩りの怖さと喧嘩の怖さと殺し合いの怖さは違う……そこに狂気があるかないかって言う違いがな。殺し合いの怖さなんて、一生知らなくって……いいんだ。そのほうがいい、だからアグニ……もう全て終わりにしよう。俺達で……過去の世界を変えるんだ」
 コリンは、唾を飲み込んでその先を口にする。

「アグニ。遺跡の欠片を……あの窪みに入れてみてくれ。虹の石舟が動くかどうか試して欲しいんだ……お前の手で」
「うん……そうだね……ようやく、オイラの願いがかなうんだ……」
 アグニは欠片を見つめ、嬉しそうにそう言った。
「俺とシデンはドゥーンを見張っている」
「殺さ……ないんだ?」
「あぁ、お前の言うことにも少し納得した。あいつだって、あいつにとっても正義があるんだって……だから、殺すのには忍びなく……昔の俺なら殺していたんだろうな」
 屈託のないコリンの笑顔がそこにあった。
「ドゥーンだって、必ずしも悪い奴じゃないんだからな……いや、どこか違う場所で、違う時間で出会っていれば……きっと友達になれたかもしれないのにな」
「うん」
 少し恥ずかしげにアグニは頷く。
「分かった……行って来るよ」
 アグニは最後に、コリンの腕を強く握って立ち上がる。その後姿を見送ることなくコリンは階段を下りた。
「うぐぐっ……」
 這ってシデンへにじり寄るドゥーン。シデンが攻撃をしてよいものか考えあぐねている後ろから、コリンは気合を込めた渇で戒める。

「動くな!! それ以上動けばお前にトドメをさす事になる!」
 コリンがエナジーボールをチャージしたのを見て、ドゥーンは這うのをやめる。
「くっ……」
 悲哀を込めた精一杯のドゥーンの声が、痛いほどコリンの心に届く。握り締めた拳を地面に叩きつける様は、否が応にも彼の悲しみを理解させた。
「コリン……シデン。お前達、本当にこれでいいのか? もし、歴史を変えたら……私たち未来のポケモンは消えてしまうのだぞ。シデン、お前を含めてだ」
「な…んだって? 消えるって、何?」
 シデンに尋ねられて、二人は無言だったが、ドゥーンは何がおかしいのか押し殺したような嘲笑をしている。
「それは……」
 先に口を開いたのは、コリンだった。
「歴史と言うのは、ちょっとやそっと変えたくらいならば修正作用が働く。なぜなら、もしもその作用がなければ……極端な話、全財産を賭けたギャンブルの結果だって、裏と表を間違えればサイコロの目一つで変わっちまうように……そう思うと、セレビィが時渡りなんて怖ろしくて出来るわけないだろう? セレビィが時渡りしてちょっとした悪戯を起こしても大丈夫なように……そのために修正作用があるんだ。
 しかし、歴史の変更が少しではすまなかったら……その時は時空的にまず弱い立場のモノがふっと消えたり入れ替わったりする。そうならないのが俺たち超越者。……時渡りの経験者や、セレビィ等だ。
 しかし、その俺たちですら消えるような大きな事象……例えば、起きるはずの戦争を止めたり、村一つ島一つを滅ぼしたり……星の停止を食い止めたり。
 そういう場合はより高次の超越者……例えば、ディアルガやクレセリア。そういう存在以外は生き残ることなく消えてしまう」
 説明を終えてシデンが目を逸らす。
「傑作だな……シデン。それを黙って、お前はそそのかされていたのだ。コリンにな」
 笑いの原因はそれだったのか、ドゥーンは負け惜しみのように笑う。
「そうだな、ドゥーン……でも……でも、いいんだ」
 コリンは、大粒の涙を流しつつも、笑顔だった。
「俺は、生きた世界を描きたいと、ずっと思いながら暮らしていた。けれどそれは叶わなかった……そんな時、俺に夢を与えてくれたのはシャロットの父親だった。消えるとはわかっていても、過去の世界を一目以上見れると言う事実が俺を掻き立てたし、それに……俺と同じことを思っている誰かが……きっとこの時代にもいるはずなんだって思うと……そして、ここでの暮らしを聞いて、見て、体験して……そうして未来には無いあらゆることが新鮮だった。
 素晴らしかったんだ。だから、この世界に光を取り戻したいと思う気持ちは……あの時よりもずっと強い。なにより、シデン……お前と、アグニを見て……楽しそうだなって。素晴らしい世界だなって……ロアも、フレイムも、その他にも皆……皆が皆……この世界を平和にしたいと想わせてくれたんだ。
 シャロットも、消えるのが分かっている上で協力してくれているんだ」
「未来世界で……命を賭けるってシャロットが言ったのは……そういうことだったんだ」
 シデンの独り言に、コリンは「あぁ」と、頷く。

**344:執念 [#fcfcaf25]
**344:執念 [#x89b62c9]

「そしてシデン。それはお前も同じだった。その覚悟で俺たち二人は未来から来たのだ……だが」
 コリンは一度、しゃくりあげて言葉を詰まらせる。
「今のお前に覚悟の記憶は無い。本当は、水晶の湖で話すべきだったけれど……急にこんなことを言われては、戸惑っていることと思う。
 しかし、どの道俺たちに選択肢は無いのだ。このまま放って置けば時は破壊され……やがて星の停止を迎えてしまう。そうすれば、アグニ達の生きる世界は……未来で見たあんな光景が広がることになる。
 だから、世界を平和にするためには、俺たちは消える運命なのだ。分かってくれるな……シデン?」
「勝手なことをいうなコリン!!」
 激高してドゥーンが吠える
「そのために、自分たちが消えてもか!? 私達の命はどうなると言うのだ!? アグニのために……お前は命を捨てるというのか、コリン!! シデンもだ!! こんなやつの戯言に乗るな!! お前に大切なことを黙ってここまで連れてきたこいつを恨め!!」
 今まで押し込めていた感情を爆発させるようにドゥーンが声を張り上げる。
「恨むよ……でも」
 それに対して、シデンは首を横に振る。
「この世界は……自分という存在以上に……大切なもの、なのかな。自分は……この世界がどうしようもなく好きなんだ。アグニの事も好きだ……そして、アグニは……アグニは……私が死んでも、やり遂げると言っていた」
 アグニは、自分やコリンの命を失う覚悟があるといった。だから、大丈夫だと。
 だが、どういう会話の流れでアグニがそんなことを言ったのか? シデンが思い出してみると、アグニはドゥーンに促されて言っていた。
「ドゥーン……お前は、どうしてあんな質問をアグニにしたの……?」
 絞り出すようにシデンが尋ねるが、ドゥーンは答えなかった。
「私……アグニの言葉がなかったら決心できなかったかもしれなかった……のに……なんで、余計なことを……してくれたの? あんな質問しなければ、自分は……コリンを恨んで、恨み続けていたかも知れないのに」
 シデンの言葉に、コリンはあふれ出る涙を地面に滴らせて軽く首を振る。『触れてやるな』とばかりの仕草であった。

「ひとつだけ気がかりがあるとすれば……この時代に来て変わってしまったことだ。この世界の素晴らしさを知って、それを守りたいと思った事は……いい。
 だが、その逆……俺たちを、この世界が失ってしまうことの辛さだ。今のアグニには、俺たちはとても大きな存在だ。アグニは俺達のことを慕っている。もし俺達がいなくなることを知ったら、アグニはきっと悲しがるだろう。
 だが、それを踏まえて聞いてくれ、シデン。俺は、アグニと話をした。俺の代わりにシデンを最後まで支えてやってくれと約束させた。それは……結婚して生涯仲良くと言う意味でアグニは受け取ったかもしれない……だが、俺の約束を承諾したアグニの表情に偽りはなかった。ドゥーンに対して宣言した言葉にもきっと偽りはなかった……だから、シデン……」
 コリンは大きく深呼吸して、シデンの目を見る。
「男と男の約束なんだ。アグニならきっと乗り越えてくれるって……信じてやってくれ、シデン。アグニを置いてこの世界を去る事を……耐え抜いてくれ」
 シデンは顎が痛むほど歯を食い縛っていた。『うん』、と言いたくてそれすらも口に出せないほど、体が強張っている。
「っ……」
 声にならない声を漏らしながら、拳を握りしめ、歯を食いしばり、目には涙を浮かべ、やっとのことでシデンもうなずいた。コリンも安堵する。
 その時、やっとのことで虹の石舟が起動した音がする。

「やったな、アグニ……遺跡の欠片の役目も、謎も……これで解明されたろうよ。一つ夢が叶ったな……」
 肩の荷が下りたようにコリンは言った。
「そうか、やったか……」
 コリンの言葉を聞いて、ドゥーンが言う。コリンがドゥーンの声に驚いて振り向くと、彼の身体は地面から湧き上がるどす黒い瘴気に覆われている。その黒い瘴気は、やがて手の形を取ってシデンとコリンを掴みとる。
「嫌……なにこれ!?」
「これは……道連れ……なのか? だが……まがまがしさがけた違いだぞ!?」
 見てみれば、その手はドゥーンともつながり、黒い手が全身に絡みついている。動きを阻害することはないが、かなり不気味で怖ろしい。
「そうだ。私を殺さない限り、その手は無害だ……」
 そう言ってドゥーンが立ち上がる。
「だが、どうして……復活の種の効果で無効になるはずじゃ……」
「復活の種は確かに強力だ。だが、それならそれ以上の力で呪詛の力を発揮すればいい……呪いの、お札を喰うことで。罪と穢れの吹き溜まりへ続く扉を開いた。この道連れが効いている最中に死ねば……私もお前も死ぬでは済まされぬ。永遠に責め苦を負う羽目になる……要は地獄だ。ホウオウの炎、罪人を裁く煉獄、ニブルヘイム……呼び方は様々にあるが、死ぬことすら許されない国への招待状だ。
 私もここで死ぬのは御免こうむる……だがっ……だからこそ、貴様らを止める唯一の手段だ!! 殺せるものならば……私を殺してみるがいい」
「それだけの覚悟で放った道連れか……ならば……」
 コリンは独り言を言って次の手段を考える。
「逃げるぞ、シデン!! 殺さなければ道連れ出来ないのならば、殺すことも殺されることもしなければいい!!」
「なるほどコリン、いい判断だ!!」
 シデンが『わかった』という前に、ドゥーンは黒い眼差しを発動する。
「だが、させない!!」
 呪いのお札を喰ったことで強化された呪詛の力のせいで、数秒で消えてしまうはずの道連れの効果は消えることなく、また黒い眼差しの眼力も凄まじい。
 あまりの眼力に睨まれて、心臓が握り潰されそうな感覚を覚えてシデンとコリンはその場で立ち竦む。
 その瞬間をドゥーンは見逃さなかった。

**345:道連れ [#u4093c57]
**345:道連れ [#jac71291]

 一瞬でチャージされたシャドーボールが、低く地味な発射音と共に二人を狙う。
「危ない!!」
 コリンが、シデンと比べて比較的大きな体を活かし、その攻撃から庇う。直前でリーフストームにより相殺しようともしたが、猛撃の種で強化されたドゥーンの攻撃は、コリンのリーフストームをやすやすと貫いて被害を与える。
「歴史は……歴史は変えさせん!!」
 うわ言のように言って、ドゥーンは構えをとかない。
「シデンを庇ったようだが……今の攻撃で大分ダメージを負った筈。丁度いい……まず、お前から先に始末してやる」
 強化の影響なのか、道連れはいまだに効果が続いている。コリンたちがまだ手を出すことすらできない状態で、再度シャドーボールが放たれた。普段のコリンならば避けられなかったところだろうが、深緑状態になった今のコリンには全てがスローモーションに見えた。
 それは、ドゥーンのシャドーボールですら例外に漏らさず、また自分の体すらもスローモーションに。それでいて、思考だけはクリアで速かった。
(懐かしいな。俺は最初にこっちの世界に来た時、シデンにこうして庇って貰ったっけ……)
 コリンは地面に爪を食い込ませ、踏ん張りを利かせたまま横へ跳び&ruby(すさ){退};る。

(しかし、会話の最中も光合成で体力だけでも回復しておいてよかった。アレがなければきっとシデンを助けるほど体が動きはしなかっただろうな)
 後ろに下がる体を、再度足の爪を地面に食い込ませることで急停止。ドゥーンへ体の向きを切り返す。
(お前に育ててもらった借りは未来世界からここまでの道程で返せただろうか?)
 四つんばいの姿勢。いわゆるクラウチングスタートの姿勢をとり、手足の爪全てを地面に食い込ませて、駆け抜ける。
(お前に庇ってもらった借りは、今ので返せただろうか?)
 もう一発放たれたシャドーボールは、受身をとりながら前転して下をすり抜け、勢いを殺すことなく再度走り出してドゥーンへ肉薄。

(俺達が未来へ連れて行かれるとき、お前が俺に『あんなを治療した貴方が本当の貴方だと信じている』と、そういってくれたことが嬉しかった。そんな風に信じてくれるお前だから、ピカチュウになっても好きでいられたよ……)
 コリンはドゥーンの右腕を蹴り上げ、宙に浮かんだ無防備な腕を捻りながら、ドゥーンの肩へ一思いに左足の踵落としで衝撃を加える。バランスを崩したドゥーンの腕を捻りあげると、肩が外れた鈍い音がした。
 外れた腕を掴みながらコリンはドゥーンの背後に回り、左腕も掴み取った。
(そうだよ、シデン。だから俺はシデンが……恋人だろうと、アグニの恋人であろうと、なんであれ……お前に幸せになって欲しい。大好きなんだ。お前は、俺が命にかけて守るべきに値するよ……)
 思い切り、後ろに引っ張った。すでに猛撃の種の効果も切れかけ、はずされた肩に走る激痛に苦悶の声を上げるドゥーン。その悲鳴すら、糧にするようにコリンは引っ張る力を強める。
(ついでに、アグニ。お前もさ)

「な、何をする!?」
「ドゥーン……このまま、このまま貴様と共に未来へ帰るんだ。もう、俺にドゥーンの道連れが解けるまで凌げる自信がない……こうなったら、時空ホールに突っ込んで、黒い眼差しの効果を絶つしかないんだ」
 その場にいた二人が、見るからに驚いた顔をする。
「シデン、後は頼んだぞ!」
(だから、だからこれで本当にお前の顔を見るのは最後になるな)
 コリンは肩に下げられた荷物の肩掛けを足で引きちぎり、それを蹴飛ばした。
 蹴られた衝撃であふれ出た中身には、コリンが集めた時の歯車が五個。
「ど……どうしたの!?」
 階段の上からその様子を見て、血相を変えてアグニが階段から飛び降りてきた。
「アグニ! 少し予定より早いが、ここでお別れだ。俺はドゥーンを道連れに未来へ帰る」
(ごめんな、アグニ。もっと一緒に居たかったけれど……)
 コリンに駆け寄るアグニを見て、コリンはいつになく真面目な顔と強い視線をアグニへ向ける。

「ええっ!? な、なんだって!?」
(ごめんな。情けない兄貴で)
 驚くアグニの顔を見て、コリンは心が火傷したかのように痛む。あふれ出る涙を抑えようと、コリンは鳥が羽ばたくように、忙しなく瞼を上下させて瞬きする。
「もう二度と、ここへは戻れないだろう。だから……シデンのことを頼んだぞ!」
(あまりに悲しすぎて、吐き気までしてくる。全く……体が流すのは涙では飽き足りないってことかよ)
 コリンはアグニの顔を直視するのが辛くて、何度も目を逸らしそうになりながら、そうしようとする自分の体を許すことなく押さえつけた。
「そんな……オイラにコリンの代わりなんて出来ないよ。オイラがシデンの事を約束したのは……世界の時を救った後のことだよ?」
「いいや、やるんだ。そして、お前なら出来る。お前達は……最高のコンビだ。それに、サメハダ岩で話したときのことを思い出してくれ。
 俺たちは、同じようにシデンと出会い、同じようにシデンに支えられて成長した。ならば、この場に置いて俺の代わりを出来るのは、世界にただ一人……アグニ、お前だけだ」
 否が応にも、コリンがドゥーンの腕を握る力が強まる。
「ぐお、離せ!! 離すんだ!!」
 それを感じて、ドゥーンは暴れた。だが、片方の肩をはずされているせいか、その力は生まれたてのポニータに見紛うほど弱々しい。だが、猛撃の種を飲んだ今のドゥーンであれば、ここで離してしまえば肩をはめ込んででも襲いかねない。
(そうなったら、今度こそ負けかねない……いま、ここで黒い眼差しから二人を逃がさなければならないんだ)
「もう少しだ、いい子にしてろ!!」
 コリンは火傷した背中に前蹴りをかます。ドゥーンは更なる激痛に喘ぐ。
「それと、シデン……じゃあな。未来でもこっちでも……お前に会えて俺は幸せだった」
(そう、幸せなんだ。思えば、俺はいつの間にか他人の幸せばかり考えていて、アグニに言われるまでそれを自覚することもなかったけど……俺、本当に幸せ者だよ)
 コリンの口の端が微かに、ゆっくりとつり上がる。

「そんな遺言みたいな言葉……」
 シデンはその先、『聞きたくない』と言おうとして、しゃっくりに邪魔される。
「別れは辛いが……後は頼んだぞ」
(俺に続いて、シデンと別れる事になった時も、きっと強くあってくれ、アグニ)
 作り物など一切ないごくごく自然な笑顔と共に涙があふれた。
 さっきまで、涙をこらえるように瞬きを連続させていたコリンが、涙を抑えることなく、笑顔を保ち続ける。一生忘れることも出来そうにない、彼の笑顔であった。
「待たせたな、ドゥーン!!」
(しっかりやるんだぞ、アグニ。お前は、何よりも俺の弟なんだから)
 コリンは笑い、肩をはずした右腕に力を込めてドゥーンの肩を引っ張る。

「この光ある世界を頼んだぞ、アグニ!!」
 響き渡るドゥーンの断末魔に掻き消されて二人がコリンの名を呼ぶ声は聞こえなかった。しかし、いまだスローモーションが続いている世界の中にいるコリンは、確かに二人の口が動くのを見た。
 その口から放たれたであろう言葉を想像して見ると、真っ先に思い浮かんだ『わかったよ』という言葉が嬉しい。
 嬉しさで飛び散った涙が地面を濡らすのを見送る前に体が軽くなる。
(もう、時間切れか……)
 残されたのは、コリンが地面に残した涙の跡だけであった。














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[[次回へ>時渡りの英雄第23:最後の冒険・前編]]

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**コメント [#gf1bdf67]

#pcomment(時渡りの英雄のコメントページ,5,below);






IP:182.170.114.229 TIME:"2012-10-15 (月) 23:56:26" REFERER:"http://pokestory.rejec.net/main/index.php?cmd=edit&page=%E6%99%82%E6%B8%A1%E3%82%8A%E3%81%AE%E8%8B%B1%E9%9B%84%E7%AC%AC22%E8%A9%B1%EF%BC%9A%E5%B9%BB%E3%81%AE%E5%A4%A7%E5%9C%B0%E3%83%BB%E5%BE%8C%E7%B7%A8" USER_AGENT:"Mozilla/5.0 (compatible; MSIE 9.0; Windows NT 6.1; WOW64; Trident/5.0)"

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