[[時渡りの英雄]] [[作者ページへ>リング]] [[前回へジャンプ>時渡りの英雄第20話:夜明けの想い・前編]] #contents **296:お目覚め [#h46b817f] **296:お目覚め [#fefe45ce] 「ドゥーン様……お目覚めですか? 気分は……」 「最悪だ……このままずっと休んでいたい気分だよ」 先のシャロットの大暴れにより、ドゥーン達は自身の本拠地に戻ることも出来ずに出先で傷を癒していた。特にドゥーンは出血と火傷が酷く、懐中時計を基準に約三日の間高熱にうなされながらずっと眠りについていた。 そして、何度か起きては気絶するように眠るという事を繰り返し、ようやく完全に意識を取り戻したころには五日の時間がたっていた。 「シャロットの首尾は……以前に聞いたか。何か変化はあったか?」 「いえ、まだ何も……」 掠れた声で尋ねるドゥーンに恐る恐るヤミラミが答える。怒る気力も無くなったドゥーンは、「そうか」とだけ言い残して空を見つめて黙りこくる。 「我らに……残された戦力は? どれくらいだ」 やがて、目を閉じても眠れないので、手持ち無沙汰なドゥーンが尋ねる。 「先の戦いでハルト=キュウコン様とディーノ=ポリゴンZ様が戦死……オルス=ヤミラミとレイス=ヤミラミも戦死したので……残っているのはトキ様、ドゥーン様……幹部は以上です。そして我らヤミラミ八人と……その他、動かせる人員は七人ほど……。過去の世界に残した見張り、伝令役は合計で六人です……正直、これではもう何の戦力にもならないかと……」 「そうか、わかった……」 もはや、全壊と言ってもいい状況の時の守り人。振れる采配も僅かとなった状態で、ドゥーンはふと思う。 「戦死したハルトとディーノは……立派に戦っていたか?」 「いや……その時は見ていなかったもので……というか、それはドゥーン様も一緒だったのでは?」 「あぁ、そうだった……かな」 今は記憶があいまいなのだろうかと、胡乱な頭でドゥーンは思う。 「しかし、戦死したのですからもうどうでもいいじゃなりませんか。それよりも今は抜けた穴をどう埋めるかについて考えましょう」 「しかし、戦死したのですからもうどうでもいいじゃありませんか。それよりも今は抜けた穴をどう埋めるかについて考えましょう」 「どうでもいい……か」 ドゥーンは過去の世界で一度だけ戦争に参加し、そして前線で奮闘しつつ数個の首をとって戦果を挙げた。その時、ホウオウ信仰の軍の兵隊に同じことを尋ねられ、ドゥーンは『立派に戦った』と答えた。 悲しんでいた兵士の顔も、幾分か救われた顔になったのをドゥーンは覚えているが、このヤミラミはドゥーンのように気を使ってはくれなかった。 (こいつは、そうか……未来に居残り組か) だから、価値観が違うのだとドゥーンは納得する。 (なんと報われぬ死か……誰にも覚えてもらえない。誰にも褒めてもらえないだなんて……そうだな。私も昔はトキ様にお声をかけていただければそれでよかった。 ライバルを蹴落としてトキ様の近衛兵から腹心にまで上り詰めた時、蹴落とすべくダンジョン内で殺した上司や同僚の顔も名前も、覚えようとはしなかった……) かつての自分と今のヤミラミの言葉を重ね合わせて、ドゥーンは思わず涙を流した。 (私は何と……つまらない世界にいるのか……報われない。たとえ私がコリンを殺しても……きっと誰も賞賛しないのではないか?) そう思うと、悔しさと悲しさで涙が止まらない。ドゥーンは涙を流す姿を見られたくないので、目を閉じて狸根入りを始めた。 ◇ シデン達は、朝食の合間に地図を広げて話を始める。 「さて、時の歯車を取りに行くわけだが……まず最初にどこの時の歯車を狙うかだな」 コリンは食事に右手を使い、左手で器用に地図を広げる。 「ここからだと、地底の湖が一番近い……が、キザキの森で行こうと俺は思っている」 「キザキの森ってどこだっけ?」 アグニの視線が地図の上を右往左往している。 「ここだ……ここからはちょっと遠いが……その変わり、ユクシーのように時の歯車を守る番人がいない。唯一な。下手に戦いなんて起こしたら、今度こそ総攻撃が始まってしまうかもしれないからな……。少し、寄り道したい場所があるから、そのためにもキザキの森は都合がいいし、情報が漏れにくいという点では、火山にある時の歯車を狙ってもいいが……いや、アグニ。お前がいるから今ならいけるかもしれない……場合によってはここが二番目だな」 指さされた火山帯の島を見て、アグニは首をかしげる。 「火山の歯車は……オイラにしか取れないの?」 「あぁ、俺には無理だった……という訳でな、俺はキザキの森を推したい。シデン、どうだ?」 「なるほど、自分達の存在はまだ水面下に在った方がいいってわけだから……露呈する心配のないここなら、理想的ね」 シデンが頷き、アグニも反論は特にないという顔をしている。 「決まりだな……それに、こっちの道のりには行きたい場所があるんだ」 「行きたい場所……今回の戦いで迷惑をかけてしまったミステリージャングル。それと、俺が描いた絵を保管してもらっているシエルタウンの町長の家だな」 「コリンって……絵なんか描くの?」 アグニが首を傾げる。 「描くよ。書いたらその分だけみんなに褒められている。だからまぁ……楽しみにしてろよ?」 「そんなに自信が……」 アグニがコリンの自信に驚き、期待する。 「それなら、楽しみにしているよ、コリン」 「自分も」 アグニとシデンの快い答えを聞き、早いところシエルタウンへ行きたいとコリンは無邪気に考える。こうして決めたいルートも決まったので、三人は地図をのけて食事へと集中した。 **297:シエルタウンへ [#p6d6757d] **297:シエルタウンへ [#web69f54] コリンは、二人に案内したい場所があった。こいつにだけは生存を伝えても大丈夫であろうと思える存在。こっちに来て唯一気を許せる存在であったズガイドス――ロアの保存食屋である。 どんな顔をするだろうな、なんて声をかけてくれるだろうか、サービスしてくれるかな?――とにかく、コリンの思考はロアを想っていた。 冬でも、多くのポケモンが行き交うこの商店街は活気に満ちていて、久しぶりに感じられる喧騒が懐かしい。ダンジョンで理性を失ったポケモンである『ヤセイ』を食料にしたから、腹が減っている訳ではないし、食料に困る予定もない。 けれども、あの人懐っこいロアの笑顔が見られると思うと心が躍る。トレジャータウンでは顔の知られた探検隊でも、探検隊ディスカバーはシエルタウンまで名前を知られているという事は少ないし、顔を知っている者など皆無であろう。 そうして安心して、この街を訪れたコリンは、自分がお尋ね者であったことなどまるで気にしない素振りで話しかける。とっくにラムパルドに進化していい年齢なのにまだズガイドスのあの男へ。 「やぁ、ロア。すまないが……この街が地図で言うと、どの辺にあるのか教えてはくれないか? あと、今日の日付を出来るだけ正確に……」 まるで初めて会った時のようにコリンは尋ねて、ロアを呆然とさせる。あれから約2カ月の時間がたっていたことはほかの街で得た情報で分かっていた。 そんなことを尋ねる必要はもちろんないのだが。この懐かしいやり取りがしたくて、コリンはこんな切り出し方をして笑う。 「お前さん……生きていたのかい? そろそろ……手紙を出そうと思っていたところだけれど、その必要もなかったか」 盗賊ジュプトルは、逮捕され未来へ連れられて行った。そう聞いていたのだろう、心配した気持ちは痛いほどわかる。 「あぁ、草・ゴーストタイプになんてなっちゃいない。足も付いているし、触れるよ……また会えてよかったよ、ロア……あの手紙は、捨ててくれ」 コリンは、自分の顔をとても見せられるような表情ではないと思い、まともに顔を見せることをせず、泣き腫らした。 コリンは、自分の顔がとてもじゃないが見せられるような表情ではないと思い、まともに顔を見せることをせず、泣き腫らした。 ロアは少し困り顔で、落ちつけと念じるように笑い、肩を叩く。 「後ろの……ピカチュウとヒコザルは連れか?」 口をぽかんと開けながらロアとコリンのやり取りを見ていた二人は、話を振られてぴくりと反応する。 「あぁ……最高の仲間だよ。ピカチュウの方がシデン、ヒコザルの方がアグニって言うんだ……」 コリンが目を配ると、二人はおずおずと前に出てお辞儀をする。 「えっと、紹介にあったように……自分はシデン。宜しく……」 「オイラは……アグニ。宜しくね」 二人の初々しい自己紹介を見て、ロアは笑う。 「ところで、コリン。クレアって女のことはもういいのかい」 コリンが探していた人間の女性――クレアについて尋ねられ、コリンは笑う。 「もういいも何も……で、ちょっと事情があってな。クレアっていう女は、ピカチュウに姿を変えていたんだ。笑っちゃうだろ? こいつが……クレア。クレアって言うのは偽名で……シデンっていう人間の女なんだ」 「ん……意味が分かんないな」 「ホウオウ信仰には、転生って概念があるだろう? それを、この女は証明しちまったんだ……人間からピカチュウに生まれ変わりやがったんだよ。この女は」 そう言ってコリンがシデンを見ると、シデンは恥ずかしそうに頬を掻いた。 「まぁ、そんなところ。です色々と事情がありまして……」 何と説明すればいいかもわからず、とりあえずシデンとコリンは事実を離す。あまりに荒唐無稽なシデンとコリンのお話には、さすがに首を捻るような箇所もいくつかあったのだが、二人が嬉しそうに話す顔を見ていると、少なくとも本心からしゃべっていることくらいはわかる。 二人がどうしようもない妄想をしているのか、それとも本当化の二つに一つだろうし、三人全員が狂った妄想をしているとも考え難い。 「まぁ、そんなところです。色々と事情がありまして……」 何と説明すればいいかもわからず、とりあえずシデンとコリンは事実を話す。あまりに荒唐無稽なシデンとコリンのお話には、さすがに首を捻るような箇所もいくつかあったのだが、二人が嬉しそうに話す顔を見ていると、少なくとも本心からしゃべっていることくらいはわかる。 二人がどうしようもない妄想をしているのか、それとも本当かの二つに一つだろうし、三人全員が狂った妄想をしているとも考え難い。 「おいおい……馬鹿な話もあるもんだなぁ」 ははは――と、力なく笑い、ロアはコリン達の話を信じることにした。 さて、とロアは商売人の顔に戻る。 「まぁ、積もる話は後にして……何が入用だい? なんでも買って行けよ……コリン」 いつも通り、商売人の口調だった。コリン達はドライフルーツを買い求め、保存食だというのに少し離れたところでその味に舌鼓を打つ。 店じまいも近い時間帯に歩みを調整していたのが良かった。食べ終わって、ロアと自分とで交わした会話についてを嬉しそうに語っていれば、店じまいをしたロアの姿がそこにあった。 「あぁ、今日も泊まるかい?」 「いや、俺達……今日は町長の家に泊まろうかと……俺の書いた絵を二人に好きなだけ見せたくってね……だから、済まないけれど今日はな。お預けってことで頼むよ」 「いや、俺達……今日は町長の家に泊まろうかと……俺の描いた絵を二人に好きなだけ見せたくってね……だから、済まないけれど今日はな。お預けってことで頼むよ」 「そっか、残念だ」 「だが……そうだな。シデンとアグニは適当に街を回っていてくれ」 積もる話も有ったため、二人はアグニとシデンを待たせないように気遣って、そう言った。 話し込んでいるうちに日も暮れて、合流したコリンたちが夕方ごろに町長の家を尋ねる。すると、フレイムのメンバーから色々聞かせてもらっていたのか、町長夫婦はコリンの正体を知ってなお受け入れ家に招き入れる。 話し込んでいるうちに日も暮れて、合流したコリン達が夕方ごろに町長の家を尋ねる。すると、フレイムのメンバーから色々聞かせてもらっていたのか、町長夫婦はコリンの正体を知ってなお受け入れ家に招き入れる。 町長夫婦はソーダを始めとする兄弟が独り立ちしているせいで寂しい思いをしていることや、コリンが娘と恋仲という事もあってか、非常に待遇も良く温かい食事まで振舞われることに。 その食事を待っている間に見せられた絵は、二人の期待が裏切られることはなく、素晴らしいの一言に尽きた。 とりわけ、ロアも含めた三人が気にとめたのは、シャロットとシデンが光ある世界の森で笑顔を輝かせている絵であった。 「ねぇ、コリン……この絵、すごいね。ところで、コリン……これが自分なの?」 シデンが指差した先にあるのは、人間だった頃のシデンを描いた絵。脂っ気のないパサパサの髪をなびかせながら、先導するシャロットを追い掛ける絵。 子供のようにはしゃぎまわる良い大人の絵。だけれどそれは、コリンがそうだったように、この光ある世界では誰しもが赤子に戻ってしまう。朝日を前には涙を流すしかなくなってしまうように。赤子が生まれた時に泣いているように、生まれ変わるための涙を経た後にはこうして子供のように無邪気に走り回りたくなるという衝動を、コリンが思うままに詰め込んだ絵である。 それを端的に表したその絵は、背景も、人間も、手前のオブジェクトも、何一つメインでもサブでもない。世界と生き物は一体であり、全部が主役とでもいうべきクオリティだ。 「これが……コリンの絵……」 アグニも魂を抜かれたような目でその絵を見ていた。コリンの描いた絵は、その世界に入り込んでしまえるような、そんな錯覚を持たせるほどに美しくいつまでも眺めていて飽きない代物だ。未来世界ですらその片鱗を見せつけていたその絵は、過去の世界に来てからより一層洗練され今の形になった。 見ているだけでため息が漏れるそれにはもう、圧倒されるしかない。アグニもシデンも、コリンが戦う理由を言葉なんかよりも遥かにわかりやすく理解した。 「俺はこういう絵を……憂いなく描ける日が来ることを願っているんだ。だからなシデン、アグニ……何度でもお願いするよ。星の停止を……防ごうな?」 二人は否定するはずもなかった。むしろ、今までよりもずっと強くその思いを滾らせていて、コリンに頷いた眼には確かな光が宿っている。 **298:再会のヴァッツ [#kbec1abb] **298:再会のヴァッツ [#ze949f37] 旅に出ると、現地調達の食糧ばかりになってしまい、味気ないことも多いがこの度にはその心配も杞憂であった。 なんせ、ロアの作った砂糖漬けの美味しいこと。味が濃いけれど、それでいてしつこくない、すっきりさっぱりとした味。 血の味や肉の味も悪くはないが、疲れた体にはそれだけでは物足りない。そういう時に砂糖漬けの果実がじんわりと体に染みわたるものだ。 ロアの保存食という旅のお供を連れてたどりついた目的地、キザキの森は静かだった。もちろん、『ヤセイ』のポケモン達が襲ってきてはコリン達の行く手を阻みはするが、そんなものはコリンが簡単に蹴散らしてくれる。 しかし、なんだか静かすぎるような気がする。風が妙に少ないのだ。 「ふむ……なんか前に来た時とは雰囲気が違うような……季節のせいだろうか。何か……違和感が」 「う~ん……違和感があるようには思えないけれど、シデンはどう?」 アグニは辺りを見回してシデンに意見を求めるが、シデンは首を横に振る。 「いや、二人とも特に気にする必要はない。きっと気のせいだ」 胸にくすぶる不安が消えないままに、コリンは先導する。 今までダンジョンを渡り歩いていた時に同じく、コリンは技を使いながらも、アグニに見せつけるために関節技を多用していた。 そうすると、シデンは鮮やかに技を決めたことに驚き、アグニは目を輝かせてくれる。そんな二人の反応が面白く、またみるみる内に吸収していくアグニが嬉しくてやめられなず、コリンは率先して大量の敵を受け持つのであった。 そうすると、シデンは鮮やかに技を決めたことに驚き、アグニは目を輝かせてくれる。そんな二人の反応が面白く、またみるみる内に吸収していくアグニが嬉しくてやめられず、コリンは率先して大量の敵を受け持つのであった。 楽しい気分は永遠に続いて欲しいとも思ったが、どうやらその楽しい気分も長くは続かないようだ。 「時が……止まってる?」 灰色。歯車を盗んだ直後のように時は止まっていた。 「で、でも……オイラ達が未来へ連れて行かれる前に……ユクシー達はきちんと時の歯車を戻すって言ったはずでしょ?」 「そうだな……しかし……ここの歯車を盗んだときもこんな感じだったが……さて、どうなっている事やら。……まさか、ドゥーンが歯車を盗んで海や火山に捨てる強硬手段に出たんじゃ!? 見に行こう……時の歯車が在った場所はこっちだ!!」 言い終わるより早く、コリンは駆け出していた。 「誰だ!?」 コリンが時の歯車の元へと向かう途中、木の上から降りてきたガバイトにコリンは歩みを止められる。 「ガバイト……!? というかお前こそ何者だ!?」 押し倒して組み伏せようとしたガバイトのタックルをかわしてコリンが尋ねる。 「ん、いや……お前さん、盗賊ジュプトル……コリンか?」 「その通り、だが。俺はお前に何者だと聞いている……質問に答えろよ」 コリンは腕の葉を構えて威嚇する。アグニやシデンがいれば勝てない相手ではないが、一対一で戦ったら高確率で負けてしまいそうな。そんな相手だと肌で感じて、コリンは後ろに目をやる。二人は思いのほか目を輝かせていた。 「ヴァッツさんじゃないですか……お久しぶりです。なんでこんな場所に?」 アグニが嬉しさのあまり上ずった声でヴァッツに尋ねる。 「なんだ、知り合いか?」 ヴァッツと二人を交互に見てコリンが言う。コリンは相手に敵意がないことを感じて腕の構えを解き、威嚇をやめる。 「うん、ほら……前に話したじゃない。伝説の探検隊のヴァッツノージ=ガバイトって人」 アグニの話によると、どうやら身分もしっかり割れている人物のようで、コリンはようやくため息をついて肩の力を抜いた。 「なるほど。こいつがアグニの思い出話に出てきたガバイトか……どうやら話が分かるやつのようだが……」 「そうそう、オイラ達この人とその甥っ子が所属しているかまいたちってチームにはいろいろお世話になった人だから……また会えて嬉しいです、ヴァッツさん」 「自分も、ヴァッツさんとこんなところで会えるとは思っていなかったけれど……なんというか、お久しぶりです」 「おうおう、御嬢さんと坊ちゃまに歓迎されるとはこりゃ嬉しい」 アグニとシデンに歓迎されてヴァッツは微笑み、肩を竦める。 「ほら、コリンもちゃんと自己紹介して」 「ん、あ、あぁ……」 シデンに尻を叩いて促され、コリンは一歩前に出る。 「なんと自己紹介していいのかわからないが……その、盗賊ジュプトルって呼ばれてる……コリンだ。伝説の探検隊の一人という事で、その存在は未来でも知ることが出来るくらいで……その、あえて光栄です」 「お世辞はよせよ。俺の名前はヴァッツノージ=ガバイト。まぁ、ヴァッツって呼んでくれ」 自己紹介という行為に慣れていないのか、固くなりながら名乗るコリンと比べてヴァッツは気さくに自己紹介する。 「さて、アグニ君。どうしてこんなところにいるか……だったかな?」 「あぁ、そうそう」 アグニが頷く。 「まぁ、見ての通り歯車を守るためだ……ここには番人がいないから特に守るべきかと思ってな……実際」 苦虫をかみつぶしたような表情でヴァッツが案内する。 「一人、歯車を狙ってきた者を……殺すことになってしまった」 ヴァッツは言いながら手招きをして、先導する。ついてゆくべきだといまさら理解した一行は小走りで追いつき、その後はすたすたと付き従う。 「殺すことになったっていうのは……」 アグニが不安げに尋ねる。 「……何と表現するべきかな。自殺したんだ」 「はぁ……自殺。拷問にでもかけようとしたの?」 オウム返しにつぶやきつつ、シデンが尋ねる。 「いや、その逆だ……実は、その……コリンさん、だったな。そいつの話は又聞きの又聞きならば大体知っている……」 「元ネタは誰からだ? フレイムか?」 コリンが尋ねると、ヴァッツが頷く 「フレイムからMAD。そしてMADからかまいたち……で、かまいたちに所属する俺の不肖の甥っ子から俺が聞いたわけだ……だから、大分情報に誤差が出ているとは思うが……ドゥーンが敵で、コリンと名乗るジュプトルが俺達この時代の者にとって利益のある者であるという事は伝わってきたよ。コリンが星の停止を防ぎために戦っていて、ドゥーンがそれを阻止しようとしていたのだと」 「フレイムからMAD。そしてMADからかまいたち……で、かまいたちに所属する俺の不肖の甥っ子から俺が聞いたわけだ……だから、大分情報に誤差が出ているとは思うが……ドゥーンが敵で、コリンと名乗るジュプトルが俺達この時代の者にとって利益のある者であるという事は伝わってきたよ。コリンが星の停止を防ぐために戦っていて、ドゥーンがそれを阻止しようとしていたのだと」 「まぁ、大体そんなものだ」 「だからまぁ、なんだろうな……敵方……というかドゥーンの事情も色々知っていたから。このピジョットに優しい言葉をかけてやったんだが、そしたら自殺された……ほら、こいつだよ」 よっこらせとばかりに地面に屈み込んで、ヴァッツはため息をつく。 「フレッドって名乗っていたピジョットだ……見ての通りの状態だから、死体は腐っていない……」 時の歯車がすぐ近くにあった。煌々と輝く青緑の光に照らされながらも、灰色の彫像となったピジョットの死体は黙して何も語らない。 「歯車は譲れないが、この世界で出来るだけ楽しんでいったらいい……って、言ってやったんだが……そしたらこのありさまだよ。所属している宗教がわからんと、弔うことすらできやしない……」 憐れむようにくちばしを撫でてヴァッツはため息をつく。 「とりあえず、ここキザキの森の流儀に合わせて血を流して弔っておいたが……それも正しいのかどうか……若い者が死んで老いたものが生き残る……世の中間違ってやがる」 さらにもう一度ため息をついてヴァッツは立ち上がる。 「なんだか、湿っぽくなっちまったなぁ……すまない」 「いや、人が、死んで、いるんだし……仕方が…………ないよ」 途切れ途切れの言葉でアグニが言う。シデンもコリンもその通りだとばかりに頷いた。 **299:悪夢のような [#f6bdc3de] **299:悪夢のような [#q71f2848] 「それで、色々あったんだろう、二人とも? そっちの盗賊の兄ちゃんと一緒に居る理由も合わせて、俺に土産話出来るかい?」 ヴァッツがため息をつ生きつつ尋ねる。 ヴァッツがため息をつきつつ尋ねる。 「シデン……オイラ、話してもいいかな? コリンも、大丈夫だよね?」 「自分は構わないよ……」 「問題ない。シデンも俺も口をはさむことはあるだろうが……いまさら隠すこともなかろう」 アグニが了承を得たところで、唾を飲み込み語り始める。そこで彼が話し始めるのは、未来世界で見たことを中心に、コリンが無実であるという事を強調し話である。コリンが事実であることをかまいたち伝いに知っているヴァッツは特に驚くこともなくアグニの言葉を聞いて、納得する。 アグニが了承を得たところで、唾を飲み込み語り始める。そこで彼が話し始めるのは、未来世界で見たことを中心に、コリンが無実であるという事を強調した話である。コリンが無実であることをかまいたち伝いに知っているヴァッツは特に驚くこともなくアグニの言葉を聞いて、納得する。 「まぁ、なんだ。こいつも、歴史を変えちゃいけないってわかっていて……俺の言葉に従いたかったんだろうよ……でも、ディアルガや仲間を裏切ることは出来なかったんだな……」 ヴァッツは二度と動くことの無い肢体を見つめて首を振る。 「なー、お若いお二人さん。多分、コリンはわかっていると思うが……戦うってのは悲しことだぞ? 俺も戦場に行ったことは何度があるが……どっちも自分達の守りたいもののために戦っているんだ。自分のために裏切りたい時もあるけれど、自分の守りたいものを残して裏切ることも出来ず……苦しい板ばさみに逢いながら戦い抜いて、そして何も出来ずに死んでしまうやつが大半だ。お前ら、それでも戦うかい? ヴァッツは二度と動くことの無い死体を見つめて首を振る。 「なー、お若いお二人さん。多分、コリンはわかっていると思うが……戦うってのは悲しことだぞ? 俺も戦場に行ったことは何度かあるが……どっちも自分達の守りたいもののために戦っているんだ。自分のために裏切りたい時もあるけれど、自分の守りたいものを残して裏切ることも出来ず……苦しい板ばさみに逢いながら戦い抜いて、そして何も出来ずに死んでしまうやつが大半だ。お前ら、それでも戦うかい? 大多数のために小数を犠牲にする覚悟はあるのかい?」 「お、オイラは……」 アグニは言葉に詰まる。 「自分はやる。これが善であるなんて詭弁は必要ない……自分は、自分が守りたいものを守りたいから」 シデンは即答した。 「善である必要はないか……良い答えだ。まさしく、シデン君は正義だな」 すでにして覚悟を決めているシデンの言葉に感心したようにヴァッツが言う。ただ、彼の言葉にはどこか含みを持っており、正義という言葉自体は褒め言葉ではないようだ。 「で、アグニちゃん。お前はどうするんだ?」 「オイラは……そりゃ、戦うよ。歴史を変えちゃいけないってのは、そりゃ当然かもしれないけれど……でも、オイラ達あんな世界に住みたくないし……たとえ、こんな風になる人が増えたとしても、オイラは……」 「ふふ、まーだちょっと意志が弱いかな?」 ヴァッツは俯き気味に言うアグニの仕草を茶化しながら言う。 「仲間の目を見てまっすぐに癒えるようになったら上出来だな、アグニちゃん」 「仲間の目を見てまっすぐに言えるようになったら上出来だな、アグニちゃん」 ヴァッツは膝をついてしゃがみこんで言う。子ども扱いされているようでいい気はしなかったが、その通りだとアグニは頷いた。 「それにしても……どうして時間が止まっているのやらな……」 解せないといった様子でコリンが時雄歯車に近づき、触れる。 解せないといった様子でコリンが時の歯車に近づき、触れる。 「やっぱり時の歯車だ……間違いない」 自分へ言い聞かせるようにコリンが頷く。アグニは首をかしげるばかりで、いかにも状況が飲み込めていないと言った様子だ。 「そう言えば、時の歯車の事……忘れていたね。でも、ここの時間は止まっているみたいだよ? 風も吹いてないし……ほら、ここの木の葉だって空中に浮かんだまま固まっているし……。 やっぱり、時は止まっているんだよ! でも、確かにこれは時の歯車だよね……歯車があるのに、どうして!?」 「どうしてもこうしても、数日前からここら辺の時間は止まっているって表現するべきなのかな……ずっとこんな調子だよ」 アグニの言葉にヴァッツが答え、ヴァッツの言葉に一人納得しながらコリンの思考は進む。何のことはなく結論は一つだった。 「なるほどな……もう、なのか……」 一人納得して、コリンは祭壇から時の歯車を取る。 「あぁ! ちょっと、コリン……取って大丈夫なの?」 わめくようにアグニが言って、コリンは舌打ちをした。 「すでにここの時は止まっているんだ。こいつをとったところで大差はないさ……シデン、アグニ……それに、ヴァッツさん。こいつはもしかすると……もしかしなくてもまずいことになっているかもしれない」 「すでにここの時は止まっているんだ。こいつを取ったところで大差はないさ……シデン、アグニ……それに、ヴァッツさん。こいつはもしかすると……もしかしなくてもまずいことになっているかもしれない」 「まずい……こと?」 「……すでに、星の停止は始まっている。ってことじゃない、アグニ?」 要領を得ない思考しか浮かばないアグニに対し、シデンは答えを口にしていた 「そうだ……これは、もしかすると……いや、もしかしなくても時間が無い。とにかく、ここにもう用はない……引き上げよう」 ◇ 一行は、一日ほどかけてキザキの森からほど近いミステリージャングルの街までたどりつく。 「なんだこりゃ……誰も家から出ていないよ?」 「いや、それはつまりな……世界が滅びる前は、半狂乱状態になった者達が略奪やら便乗で強姦やら殺戮やら色々犯罪行為の温床となったと聞く……そうなると、例え家なんて簡単に壊せるような種族が&ruby(ちょうりょうばっこ){跳梁跋扈};しているとしても、家の中に閉じこもっているしかなかったんだ……この状況じゃ話を聞くのも難しそうだし……」 ヴァッツの話を聞けば、再び起こった時間の停止は、時計を信じるならば一週間くらい前とのこと。その間に何が起こったのかはわからないが、死体を処理する暇もなく人々は家の中に閉じこもっているようである。以前の惨状の時ほど死体の量は多くないが、それでもゴロゴロと死体が転がり朽ち果てることもない状態というのは見ていてよいものではない。 この街にも小さなギルドがあり、そこで廃棄されている依頼書を見る限りでは多くの住人が不安を覚えてキザキの森の調査を依頼していた。そして、張り出されている依頼を見れば、暴動を沈めて欲しいという依頼が大量に。 特に恐ろしかったのは親が殺され、寄り集まった子供達が結成した盗賊集団もかなり性質の悪い存在として認識されているようで、それに対する討伐依頼だ。あまり見ないような報酬金額と共に張り出されていたが、受注者はもちろんいない。 もう、ギルドにもまともな人員が残っておらず、数の暴力に立ち向かうことは出来ず、何より子供を殺すなんてまともな精神では出来ない。金を持っているのは大人だからと親を殺され、親を犯され、絶望の中に取り残された子供達を誰が責めることが出来ようかと。 「まさか……こんなことになっていたとはな……子供がそこまで追い詰められているなんて……罪作りな大人だ」 目を逸らしたくなるような惨状に、ヴァッツは歯を食いしばって悔しがる。 「いまさら……この子達に構っていられることでもないが……くそっ」 コリンは毒づきながら、拳を握りしめた。 「コリン……自分達は……どうすればいいの?」 事態を重く噛みしめながら、シデンが尋ねた。 「見捨てろ……見捨てるという事に文句は無限にあるだろうが、仕方ないと割り切れ。俺たちが何もしなければ、世界中が……こうなる」 「見捨てろ……見捨てるという事に文句は無限にあるだろうが、仕方ないと割り切れ。俺達が何もしなければ、世界中が……こうなる」 **300:墓参り [#o071fa3d] **300:墓参り [#m7a7ec42] コリンは、バッグから小さな革袋を取り出し逆さまにして、中身を出す。中に入っていた、重厚に輝く金貨を半分ほどにより分けると、コリンはようやく口を開いた 「ともかく……時が止まる場所が増えているという事は、ただ一つ……時限の塔が壊れ始めたのだ。つまり、この世界は星の停止に向かって急速に加速し始めたという事だ……」 「どうしてもっと早く行動しなかったの?」 「いや、正史ならばまだまだ半年以上時間がある。俺達が歴史を乱しまくったせいでこの世界の歴史の修正作用に無理が生じたんだろう……その結果、星の停止が早まったんだ……となれば、もう時間が無い……このまま、俺達は別行動だ。一緒に遠足気分でもいられない……手分けして行動しよう。 俺は手始めに水晶の洞窟へ向かう。アグノムを説得できればそれでよし。説得できなかったら力づくで奪う……そしたら次は、霧の湖、大鍾乳洞……最後に地底の湖に行く……」 「湖の番人の説得なら、俺の不肖の甥っ子達が済ませているから問題ない……俺も一緒に行く。俺に乗って行け」 「わかりました、ヴァッツさん。お前らは……そうだな。時の破壊を止める方法は、時の歯車をディアルガの居る時限の塔に収める事なんだが……ただし、一つ問題がある。時限の塔っていうのは、俺達が捕まっていた処刑場のすぐ近くにあるんだが……あいにく、あの処刑場は幻の大地と呼ばれる場所にあるんだ。 しかし、その幻の大地は、その名前の通り普通の方法で行けるような場所ではないんだ。未来世界にいた時はセレビィ……シャロットと、その父親のエリックによって移動していたから、この世界でそれが出来るように、どこかにいるであろうセレビィを探すか……その他、何でもいいから空間や時間を渡るポケモンを雇うことで幻の大地に行くという手段がある。 もしくは、他の手段があるならそれでもいい……ともかく、それの情報を集めて欲しいんだ。どんな方法を使ってもいいからな。ヴァッツさんも、かまいたちに会うのが終わったら……そっちの調査の方をお願いできますか?」 「おう、任せておけ」 ヴァッツが頷く。 「……わかった、コリン。アグニも大丈夫だよね」 「当たり前だよ」 コリンの指示に一も二もなくアグニが頷く。 「あとはそうだ……とりあえず、墓場に行こう……」 当面のやるべきことを決めたところで、コリンが思い出したのはチャームズとの約束。 「なぜ?」 「とある女と……約束したんだ」 また、こうして歯車を抜いたことで暴動が起きるかもしれない。それを心苦しく思いながらも、コリンは歩みを止められない。ならばせめて、死者を弔うだけでもしようと、コリンは墓参りにシデン達を誘う。 「今よりももっとひどい暴動が……俺が初めて歯車を盗んだときに起きたからな。だから、だ……その墓参りをしてくれって、とある女に頼まれたんだ。だから……アグニ、シデン……」 「わかった……付き合うよ。大切な用事なんだね?」 「あぁ、大事な用事だ」 アグニの言葉に、コリンは頷く。 「ふむ……じゃあ俺は、宿の手配をしてくる」 「お願いします」 宿を手配しようとするヴァッツに、コリンはそう頼んだ。 ◇ 「しかし、コリンが墓参りか……なんというか新鮮だね」 「新鮮かもしれないが……こっちは、来たくはなかったよ……こんな風に後悔はしたくなかった」 コリンが思い出すのは、セセリの涙。血の涙でも出してきそうなくらいに、興奮していたセセリの言葉は、かなり胸に突き刺さったのを覚えている。 「ここで起こった暴動の事は知っているか?」 「うん……そのせいでオイラ、コリンを嫌いになったわけだし、良く覚えている……」 「そっか」 コリンは力なく頷く。 「確かに、嫌われても仕方のない、行為だったからな……一杯人が死んだらしい」 「そうだよね……コリンが盗まなければ、あんな暴動も起きなかったわけだし……」 アグニのありのままの意見が、コリンの胸を抉るように痛い。ただ事実を述べられているだけだから、何か責めるわけにもいかないし、コリン自身今の状況で自分にアグニを責める資格なんてないことぐらいわかる。 「言い訳する気はないが……」 コリンが力なく笑う。 「その暴動は放っておいても起こる。さっき見たように、時の歯車が嵌めてあっても時間が止まっているような状態になってしまって、それがどんどん広がって……みんながみんな不安になって暴動が起きたんだ。放っておいても……だから、俺がした事は遅いか早いかだけの違いしかなかった……」 コリンが語る言葉に、シデンとアグニは黙って耳を傾ける 「それでも、多くの者を傷つけ、そして憎ませ、俺は……恨まれた。遅かれ早かれこうなっていただろうと、心の中でどれだけ呟いても、どうにもならなくって……辛かった」 歯を食いしばってコリンが涙する。 「その後の、スイクンタウンじゃ、人口の少なさもあってか、それとも『時間の停止は神の怒りなどではなく人為的な物だ』という予備知識があったからなのか暴動はおこらなかった……思えば最初に人口が少ないところをターゲットにすれば、ここの被害を食い止められたと思うと、今でも胸が締め付けられる……」 「コリンは……色々辛かったんだね」 「あぁ、色々な……少しだけでも、それを理解してくれるお前達やあいつらがいてくれて、今は心が少し楽になっている」 言いながら、コリンはナイフを取り出す。 「ミュウ信仰では、こうやって死者を弔うらしい」 指の先をナイフで切り、コリンは赤い血を盛られた土に垂らす。 「血は神聖なものとして扱われるこのミュウ信仰では……癒しの願いという技が、血を犠牲にして使われる技である事と、死者の苦しみを結び付けて、こういう風にして死者の苦しみを和らげるんだとさ……」 またも勝手にしゃべりだすコリンを、二人は黙って見守る。血が止まるまでそれを続ける。ずっと無言のまま過ごしていると、自分達がいる墓場もいつの間にか時間の停止に巻き込まれてしまう。 世界は灰色になり、それでもコリンは血を零すのをやめない。やがて、血が止まったときには、周囲はすでに騒然としていた。遠くから、不安におびえる住人の声が聞こえてくるのを気にしながら、コリンはアグニとシデンへ振り返る。 「いいか、二人とも。俺達がやっていることは……こういうことだ。ヴァッツさんも言っていたが。多くの者を救うために、小数を犠牲にするんだ…… また、恐慌に駆られた住人達の間で暴動が起こるだろう。むしろ、もうどこかで起こっているかもしれない。それを知ってなお……突っ走れるか?」 「うん」 シデンは即答する。 「大丈夫……」 アグニは回答に戸惑った。しかし、一度頷き。 「大丈夫……理解した。覚悟もする……だから、コリン……オイラ達に協力させてよ」 二回目は、力強く頷いた。 「わかっているよ、アグニ。信用する……」 心なしか震えているアグニの頭に手を置いて、コリンはアグニの気分をなだめた。 「今日は休もう。キザキの森の攻略に墓参りに……色々疲れたからな。ヴァッツさん……宿とれたかな?」 まだ、アグニには心の整理が必要に見えた。その時間を与えるためにもと、コリンは早々と休むことを提案する。なんだかんだで疲れていた二人は、その提案に賛同した。 **301:相談 [#o08929e7] **301:相談 [#pe20ab0c] ミステリージャングルの果物の味はとても良質であった。キザキの森から歯車を奪い、時間が止まるまでの間に買っておいた果実である。食べようと思った時には、すでにこの場所も時間の停止に巻き込まれて時間が止まっていたが、活発な魂を持っている自分たちが果実に触れていれば、すぐに果実の時間は動き出す。 ミステリージャングルの果物の味はとても良質であった。キザキの森から歯車を奪い、時間が止まるまでの間に買っておいた果実である。食べようと思った時には、すでにこの場所も時間の停止に巻き込まれて時間が止まっていたが、活発な魂を持っている自分達が果実に触れていれば、すぐに果実の時間は動き出す。 美味しい物はやっぱりおいしいけれど、暗い気分の中で食べたそれは味がしない気もした。楽しい気分で食べないと、味は半減する。当然のように当然のことを自覚すると、なんだかため息が出るのをシデン達は抑えきれなかった。 結局、宿はどこも営業しておらず、コリンたちは鍵の開け放たれた民家に勝手に潜り込んで一夜を明かすことにする。 結局、宿はどこも営業しておらず、コリン達は鍵の開け放たれた民家に勝手に潜り込んで一夜を明かすことにする。 そんな夜……と言っていいのかどうかはわからないが、懐中時計を信じるならば夜である時間、コリンはヴァッツに誘われ、二人きりで話す機会を設けられた。 「まぁ、なんだ……色々と余計なことは言わないほうがいいのかどうかと悩んだが……少し、あのピジョットの事で話があるんだ」 「歯車の前にいたあの……」 「あぁ、それだ」 ヴァッツは瞬きの届かない星空を見上げて言う。 「何でも、お前が歴史を変えると、見合い世界の奴らは消えるそうだが……それ、あの子たちは知っているのか?」 「何でも、お前が歴史を変えると、見合い世界の奴らは消えるそうだが……それ、あの子達は知っているのか?」 「察しがいいな。あの二人には、俺が消えることは教えていない……いつかは教えなきゃならないとは思っているが……その機会が難しい」 「そうか」 ヴァッツが長く細く息を吐く。 「あのピジョットにな……『お前たちの立場を思えば歴史の改変を防ぐことが悪いことだとは思わない』って言ってね……命まで取りはしないから、もうどこにでも行けって言ったんだ。そしたら……『何度そうできればいいと思ったことかわかりません』って返してきた。 「あのピジョットにな……『お前達の立場を思えば歴史の改変を防ぐことが悪いことだとは思わない』って言ってね……命まで取りはしないから、もうどこにでも行けって言ったんだ。そしたら……『何度そうできればいいと思ったことかわかりません』って返してきた。 色々話したんだけれどね……あいつら自身、すごく苦しんでいる。あいつらなりにこの世界を愛しているみたいでね。出来る事ならば、この世界を美しいまま守りたいと……思っている。でも、仲間は裏切れないからって……」 「……大切に思うものは同じか」 コリンのつぶやきに、ヴァッツが頷く。 「優先順位が違うだけだろうな。ここ……ミステリージャングルを見ればわかるが、ここはアルセウス信仰とミュウ信仰が混在している。アルセウス信仰は神の教えは、人としての倫理以上に優先されるからな……俺が昔生きていたグラードン信仰の地もそうだった。ホウオウ信仰の者には理解できないがね。 でも、色んな場所を旅して、俺はこの世界には理解できないものがあるという事を理解した。この世界を美しいと思いそのままにしたいと思うくらいひどいっていう未来世界とか……その想いを押さえつけるくらいの何か。俺には理解できない……あの二人が語る未来世界の話を聞いていたら、前者の方は何となく理解できそうだが…… 自殺するほど苦しむくらいの何かって……なんなのだろうな?」 「この世界の者と同じだよ。神だ……奴らは神を中心にまとまっている」 「神か」 オウム返しに言うヴァッツにコリンは頷く。 「トキという名前のディアルガに、心酔し付き従っている……もちろん、家族や友人などが大切で戦っている者もいるのだろうが……大体は神のために戦っているんだ。未来世界にいたときはよくわからなかったが、今ならば少しだけわかる気がする…… 窮地に追いやられた時、神を呪う者と、それまで以上に神へ祈る者がいる。心が折れた時……一緒に信仰心も折れるか、それとも信仰心にすがるかの二択なんだろう。宗教にのめりこんだ結果が……このミステリージャングルでは、神の怒りを鎮めるべくミュウ信仰の者たちを殺すという暴挙だったように……」 窮地に追いやられた時、神を呪う者と、それまで以上に神へ祈る者がいる。心が折れた時……一緒に信仰心も折れるか、それとも信仰心にすがるかの二択なんだろう。宗教にのめりこんだ結果が……このミステリージャングルでは、神の怒りを鎮めるべくミュウ信仰の者達を殺すという暴挙だったように……」 「なるほどな……ディアルガを信仰する集団……か。ディアルガの命令が何より大切だけれど、仲間を裏切ってお前の味方をしたい気持ちもあると?」 ヴァッツが尋ねる。コリンは頷いた。 「そうか……いや、俺も覚えがある。昔、知り合いの男女が姦淫の罪……まぁ、平たく言えばセックスの事なんだが……親に反対された者同士が勝手に決められた婚約を無視して、まだ結婚していないのにセックスしちまってなぁ……それがばれて、公開処刑されることになってしまったんだわ」 「はぁ……」 よく状況のわからない話に、コリンは生返事をする。 「石打っていう……民衆に石を投げさせる刑罰でね。その時は……俺も神を憎んださ。その男女も神を呪う言葉を吐いた。すぐに口を塞がれて何も言えなくなっちまったがね……他の皆は、神のためだと言って進んで投げた。 俺の前で自殺したあのピジョットも……石を投げたくなかったけれど、神の教えにも逆らいたくなかった。そんな感じなのかなぁ……と。俺はその場で……付き合ってられるかって感じで神を簡単に裏切ったからともかく……神を裏切るのも、石を投げるのも嫌な者はどうすりゃいいのさって感じなんだろうよ」 「このピジョット達は逃げ場もないわけだから……。あのピジョットやドゥーンが所属する集団は時の守り人という名前の集団なのだが……多分迷いもあるんだろうな。俺は、小さいころから神なんかに触れない環境で育って……セックスとお絵かきと殺し合いの毎日だったから、神を信じるという事がどういう事かよくわからなかったし、今でもよくわからない……けれど貴方と同じく、俺もこの世界には理解できないことがたくさんあるのだと理解はしています。 だから、昔は『歴史を変えて何が悪い!!』なんて暴言を奴らに吐いたこともありましたが……今は、歴史を変えて何が悪いかなんてわかっています。わかっていても、歴史を変えたいという思いはむしろ強くなってしまいましたが……歴史を変えてはいけないけれど、変えたい。 その板挟みの中で苦しんだら……自殺、しちゃうのですかね?」 「さあな? 俺は自殺するんじゃなく、神を裏切った立場だから……お前みたいに歴史を変えることに協力するかもしれない。だが、残酷な話だな……世の中、本当に上手く回らないものだ。天秤を平行にすることは出来ても、天秤を上に持ち上げることは出来ない」 「そうですね。ヴァッツさん……」 二人は沈黙する。沈黙すると、あたりは本当に静かで息遣いくらいしか聞こえないほど静かである。時間が止まった影響はあまりに大きい。 **302:覚悟を決めて [#z5e655e6] **302:覚悟を決めて [#b4b33b1a] 「俺が、二人に自分が消えてしまうことを伝えられないのはですね」 沈黙している最中に話をまとめたコリンは、唐突に口を開いて話題を変える。 「なんだ、言ってみろ?」 「自分が消えるという事は、すなわちシデンも消えるという事なんです。それを告げてしまえばアグニは……戦えるかどうか、わからないから……多分、俺が消えただけでも悲しむくらいには俺も好かれているし、シデンに至っては……アグニの心の支えです。とても大きな柱ですから」 コリンは首を振る。 「今は少しでも戦力が欲しいのに、その告白が邪魔になるというのならと思うと……言えないんです」 「なるほどね。納得できる理由だ……心から信頼しているパートナーが消えるとわかったら、それはアグニちゃんも確かに辛かろうな……」 「はい、そう思います……どうにか上手く伝えられないものかと悩んではいるのですが……」 「難儀なものだな」 「えぇ……でも、いつか必ず、言わないといけないことだとは思っています」 「だろうな」 コリンの持ちかける話に、ヴァッツは相槌こそ打つが何のアドバイスも出来ない。 「すまないが俺からは何も言えない……お前がいいと思ったその瞬間がきっと話すべきときなんだと思う」 「……そんな時が永遠に来なければいいと思ってしまっている自分もいます」 「そりゃいけない」 「えぇ、いけないです……」 鏡に向かって話しているようなヴァッツの返答に、コリンはため息をついて下を向く。自分で自分の気持ちに整理をつけろと言わんばかりの突き離しである。 「なんにせよ、後悔だけはしちゃいけない……むずかしいことだけれど、それだけは肝に銘じて居ろ?」 「なんにせよ、後悔だけはしちゃいけない……むずかしいことだけれど、それだけは肝に銘じていろ?」 「……わかってます」 「悩むことは悪いことじゃないさ……でも、アレだな。悩んでいる時には、もうすでに答えは決まっているってよく言うものだ」 ヴァッツはコリンの肩に腕ヒレを置く。 「あとはタイミングさ。言うタイミング……それだけ決めて。絶対に言えよ? 言わなきゃきっと後悔するから……」 「わかってます……」 言ってから、コリンはヴァッツの言葉を反芻する。こんな季節、こんな冷たい身体の二人だというのに風も吹かないから寒さは厳しくなく、外套に包まれていれば寒くない。長く、長く言葉を反芻して沈黙しながら、ゆっくりコリンは思考を進める。 やがて、ずっとヴァッツが付き合ってくれることに気付いたコリンは、無意味に付き合わせるのも悪いなと、口を開く。 「えと……なんか、愚痴りたいことがあるってわかって……気遣ってくれてありがとうございます」 「世界を救おうっていう英雄様が本調子を出せないのは、もったいないからな。俺は背中を押してやることは出来るが、歩くのはお前だ」 「えぇ、わかりました……」 コリンはゆっくりと頷くと、再び沈黙があたりを支配する。今までの話題を続けるわけにもいかず、コリンは違う話題を捻りだし、場を保たせる。 「しかし、なんと言いますか……ヴァッツさん、正義なんて言葉でシデンを褒めていましたが、あれどういう意味なんですか? 全然褒めてなかったでしょ?」 「『正義』の意味か?」 えぇ、とコリンは頷く。 「『正義』ってのは、いつだって『自分勝手』なものさ……だから、そんな言葉で自分を正当化する奴は嫌いだよ。普段は、正義なんて言葉を聞くと反吐が出るが……シデン君が、その言葉にたいしてどう反応するか、ちょっと興味があってな。 でも、お前には褒めて居ないことがばれちまってたか……」 でも、お前には褒めていないことがばれちまってたか……」 「表情が硬かったですので」 皮肉交じりにシデンに言っていたヴァッツの顔を思い出して、コリンは言う 「でもなぁ……シデン君ってば俺が褒めた風に言っても、眉一つ動かさなかった。褒められたと感じていないどころか、侮辱されたとすら思っているんじゃないのか? あのお嬢ちゃんは? コバルオンの方程式なんてもんが存在しない以上、『正義』って言葉は否定的な意味も含んじまうからなぁ……」 「『善である必要はない』って断言してましたから……おそらくは、褒められたとは微塵にも思っていないかと思いますよ」 ふぅ、とコリンは息を吐く。 「コリンが言うように、シデン君は皮肉に気付いてもらえているとして……アグニも同じく皮肉に気付いたのだとしたら嬉しい限りだな」 ヴァッツが乾いた笑いを撒いた。 「アグニはまだ……気付いていないでしょうね」 「そうか」 ヴァッツが肩を竦めて笑う。 「ただ、あの時の言葉ではシデン君を褒めて居るのは確かだよ。大抵の奴らは自分勝手に戦って、自分勝手に正義振りかざして、どっちが正義か、どっちが悪かと罵りあい、言葉で飾る。飾らないと生きていけない奴は……あのピジョットみたいに戦えなくなっちまう。 正義なんて言葉を使うやつは大抵心が弱い奴だからな……けれど、あのお嬢ちゃんは飾る必要なんてない。正しいかどうかじゃなく、『自分がそうするべきだと思ったからそうする』っていう考えが出来るやつだ。大義名分が必要のない奴は迷わないから、敵にとっちゃ厄介だ。反面、アグニちゃんはまだ覚悟が弱いのが気になるがな……もしも、アグニが全ての事情を話してなお、決意できるようならいいんだが」 「ただ、あの時の言葉ではシデン君を褒めて居るのは確かだよ。大抵の奴らは自分勝手に戦って、自分勝手に正義を振りかざして、どっちが正義か、どっちが悪かと罵りあい、言葉で飾る。飾らないと生きていけない奴は……あのピジョットみたいに戦えなくなっちまう。 正義なんて言葉を使うやつは大抵心が弱い奴だからな……けれど、あのお嬢ちゃんは飾る必要なんてない。正しいかどうかじゃなく、『自分がそうするべきだと思ったからそうする』っていう考えが出来る奴だ。大義名分が必要のない奴は迷わないから、敵にとっちゃ厄介だ。反面、アグニちゃんはまだ覚悟が弱いのが気になるがな……もしも、アグニちゃんが全ての事情を話してなお、決意できるようならいいんだが」 子供の相手は難しい、とヴァッツは嘯いた。 「俺が何とか説得してみますよ。どうせ、アグニも割り切らなければ奴らには勝てません」 「決心できなかったそのときゃ俺が出るさ。そうすりゃ勝てる……とまでは言えないが、勝つ可能性を上げることぐらい出来る」 「それも、一つの手ですね。アグニに、人を殺したとか、そういう重荷を残しておきたくない……」 なぜかはわからないが、そんなことはないだろうと思いながらコリンは言う。言うだけ言って、動かない空を見上げて溜め息をついた。 「なんだか、話し疲れました。今日は……時間が止まっているから、『今日は』と言っていいのかわかりませんが、今日はもう寝ましょう」 「そうだな。俺はもう少し空を見ている……」 「止まった空なんて見ていて楽しいのですか?」 「……お前たち未来世界の住人が、どんな場所に暮らしていたのかを想うためだ」 「……お前達未来世界の住人が、どんな場所に暮らしていたのかを想うためだ」 「そうですか……ほどほどに。それと、おやすみなさい」 「おう、お休み」 コリンは一礼して先に民家に戻った。ヴァッツはコリンの残り香が消えたころに歩きだし、寝相が悪いからという建前で選んだ彼らとは違う寝床へ静かに戻り、眠りについた。 ---- ---- [[次回へ>時渡りの英雄第21話:仲間と共に・前編]] ---- **コメント [#gf1bdf67] #pcomment(時渡りの英雄のコメントページ,5,below); IP:182.170.77.123 TIME:"2012-02-17 (金) 21:34:18" REFERER:"http://pokestory.rejec.net/main/index.php?cmd=edit&page=%E6%99%82%E6%B8%A1%E3%82%8A%E3%81%AE%E8%8B%B1%E9%9B%84%E7%AC%AC20%E8%A9%B1%EF%BC%9A%E5%A4%9C%E6%98%8E%E3%81%91%E3%81%AE%E6%83%B3%E3%81%84%E3%83%BB%E5%BE%8C%E7%B7%A8" USER_AGENT:"Mozilla/5.0 (compatible; MSIE 9.0; Windows NT 6.1; WOW64; Trident/5.0)"