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時渡りの英雄第10話:二つ目の歯車 の変更点


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**135:グリーンレイクシティの暇つぶし [#tfdc8811]


 紙の街、グリーンレイクシティ。美しいエメラルドグリーンに染まる湖の傍ら、その良質な水と草から今大陸有数の紙の生産地にして、探検隊連盟の本部が存在する街である。水が綺麗なために綺麗好きな者も多く、清潔な習慣の根付くこの街は木々の匂いと腐葉土の匂い以外混じりけのない澄んだ空気で構成されている。
 この街は街そのものが資料館とも言えるほど多くの書物を抱えており、紙梳きの職人小屋や戯曲を演じる劇場、木こり達などなど、様々な団体の生活風景などは、それぞれの店舗や事務所の一軒一軒に日記形式や帳簿形式で残っている。紙で伝える情報の価値を何よりも大事にする街である。
 未来世界でも星の調査団、時の守人ともに資料を大量に持ち去る際にはお世話になったものである。

 この街で目立つのはまず、木の匂い水の匂い。それ以外の匂いは、時折木の実をたっぷりと使った焼き菓子の匂いや、昼食時と夕食時の料理の匂いが流れるくらいで、平常時は安息を。食事時の時間帯には空腹を呼び覚ます匂いが流れる、規則正しさも兼ね備える街なのである。
 その落ち着いた雰囲気の街の中心にひときわ大きな建物。探検隊連盟の本部と、それが所有する巨大な図書館。ドゥーンはそこで、今まで全く調べようともしなかった農業について調べていた。

「ふぅ……」
 ページをめくりながら、ドゥーンは溜め息をつく。コリンがそうであるように、ドゥーンもまた憔悴していた。
 シャロットの父親――エリックはドゥーン達の存在を前々から知っていたようで、ディアルガの匂い――勿論ただの匂いではなく、セレビィのような時に関わった力の持ち主だけが感じられる第6感とでも言うべきもので感じられる波導を感じた者達はコミュニティとして星の調査団に誘うことはせず、その上人知れず『時の守り人』に出会えば、それを闇へと葬り去ることを繰り返していた。
 それにより、普段から決まった時期に顔をあわせるようなことをしない『時の守り人』は、知らぬ間に数を減らされ半壊状態。
 否、ほぼ全壊まで追い込まれていた。そして数少ない時の守人のメンバーさえ、未来世界では次々にシャロットによって虐殺されていると言う。
 密偵として星の調査団の仲間入りを果たし、星の調査団の壊滅に貢献したケビンと言う存在が、如何に有能であるかを示す証拠である。
 エリックの監視をかいくぐって忍び込んだ彼は、類まれな優秀さを持ち合わせた兵士であったのに、サディスティックな欲望を満たそうと独断の行動に出た思い上がりが運の尽きであった。
 それによって、前述したとおり最早ほぼ全壊状態となった『時の守り人』達はシャロットを含む残党狩りに回した兵士や、ディアルガの身辺警護などに人員を回しただけで、割けるメンバーが殆どいなくなってしまった。
 それどころか、身辺警護の役目を負った者達は詰め所を奪われて散り散りになって各地の仲間を再編しようと頑張っている最中のようで、もはや団員が幾ら残っているのかさえ把握できていない。
 最近では、結局シャロットは何もせずに去って行っただとか怪しい情報も飛び交っており、たった一人のせいで状況は散々。もはや未来に滞在している者は未来のことで精いっぱいなのである。
 即ち、コリンやシデンを追えるメンバーがいない。
 そのために、ディアルガ――トキ=ディアルガの唯一無二の腹心であるドゥーン自らが過去へと直々にに赴く羽目になってしまったが、いつかは援軍が来るはず――だったのだが、今となっては援軍はいつまでたっても訪れない状況で、その結果ケビンの部下であるボーマンダとメタモンに不快極まりない作戦を任せざるを得なくなってしまう。
 何人の行商を殺したなどという聞くに堪えない報告を受けていてはうんざりするほか有り得ない。

 更に、自分には味方が極端に少ない。詰め所よりもさらにトキ=ディアルガの近く、時限の塔にて、トキ様を守る役目は直属の部下であるヤミラミ6人衆に任せており、シャロットの処分は他の者へやらせている。そのため彼はたった一人と補佐のヤミラミ二人を連れて過去の世界にやってきた。
 こんな少人数では当然やって行けず、この過去の世界で味方を手に入れる必要がある以上はその準備段階として各地で信用を得るために活躍を続け、名声を得るために日夜働きづめなのだ。
 未来から得た知識を用いて新たな遺跡の発見や、保安隊が手を焼いていた大規模な盗賊のアジトを、当時の新聞から得た知識で発見、報告。
 殲滅の際には、その圧倒的な強さを以って協力し、報酬も勲章も盾も旅の邪魔だからと笑いながらすべてを断っている。
 そうして、カリスマや信用を手にしつつ、コリンやシデンを悪に仕立て上げて始末する。その目的のために、無理を押しての活動に腐心していた。
 そしてそれらが、心身へのかなりの負担になっていた。調べ物をしていれば気がまぎれるかとも思ったが、そう言うわけにもいかないらしい。

「ドゥーン様……やっと見つけましたよ。まったく、こんな巨大な図書館指さして『図書館にいる』なんて伝言版で言われても、どんだけ探すのに時間かかると思っているんですか!?」
 伝令役のピジョットが、伝言版の書き込みを元にドゥーンを探し、ようやくドゥーンを探し当てた彼は大きくため息をついた。
「あぁ、フレッドか? すまん……この図書館に来るのは初めてなもので、どこから読めばいいのかわからなかったものでな」
「ふぅ……そうですか。で、過去に来て、わざわざ調べものですか?」
 すまんと言いつつも悪びれないドゥーンの態度に、うんざりした様子でフレッドは溜め息をついて尋ねる。
「なんというか、農業について勉強しようと思ってな」
 聞けば、レイダーズに所属するメンバーは農民の出身が二人いて、それだけに雑草や病気に対する知識も憎しみも普通の探検隊とは一線を画している。そんな経験がある者たちの真似ごとをしようとして大失敗と言うのは、何とも間抜けであった。
 彼はそれを恥じて、今更勉強しようとここへ来ていた。

「今更、農業の事なんて学んでいる暇はあるのですか……?」
 自分の上司はこんなにマイペースだったろうかと思いながら、フレッドは尋ねる。
「なに、一流の探検隊が星の停止までに発見した宝物は逃げない……間に合わなくなる前に、私が発見すればいいことだ。その程度、造作もない」
 そう言って、ドゥーンは本を読み進める。
「なにがあったのですか?」
「何も無い……」
 一瞬、間を開けた。確かにドゥーンは部下の言葉の後に間を開けた。
「……そうですか」
 絶対に何かあったのだとは確信するも、その何か? は、当然全く分からないが。フレッドは、上司が考えるべき事を差し置いて、この過去の世界というものについて考える。
 『過去の世界は人を変える力がある。そしてそれは、危険なものなんじゃないか?』と。実際、伝令役のフレッドは任務を半ば放棄している仲間を見た回数が最も多い。まさか、トキ直属の腹心であるドゥーンまでそうなってしまったら、いよいよ未来世界はどうなるのだと思うと、フレッドは気が気でなかった。
「一応、朗報です。エッサ達がコリンやシデンのふりをして強盗殺人を働いたことで……それによって超大物探検隊がコリンとシデン討伐に名乗りを上げたそうです」
 とにかく、この報告で士気を上げて貰わなければ。こう言うのは上司の仕事だろうに……と、心の中で愚痴を垂れながらも、フレッドは、淡々と事実のみを伝えた。嬉しい事実を。
「ほう、その探検隊と言うのは?」
「チャームズ。故郷のミステリージャングルに帰る際、墓の前で涙を流しているエッサと鉢合わせしたそうです」
「あいつらか……」
 そんな、最高クラスの朗報を聞いたと言うのに、逆にドゥーンは顔を曇らせる。
『この、コバルオン野郎!!』
 ドゥーンは再びセセリから言われた言葉を思い出す。邪神とも守り神とも呼ばれるコバルオン、しかし明らかな侮蔑の意味をともなって吐きだされたセセリの言葉は、ドゥーンが邪神に例えられていることを意味している。それが悔しくて、ドゥーン指の色が変わるほど強く拳を握りかためていた。
「どうされました? 嬉しくないのですか?」
「あ、いや……チャームズとは色々あったものでな」
 まったく、この上司は大丈夫なのだろうかと、フレッドは溜め息を付いた。

**136:開拓地、スイクンタウン [#w372c0f5]
一月十二日
 コリンは暗夜の森と呼ばれるダンジョンを突っ切った。 シエルタウンから遠くにある、高緯度の南国にあるのこのダンジョンの先には、二つ目の歯車がある。その地域は冬には雪が深く積もる場所が多く、草タイプには厳しい環境となるため、夏の季節である今のうちに行ってしまう必要がある場所だ。
 コリンがホエルオー便に乗って来たこの場所は、発着場とそのすぐそばにある果ての湖周辺こそ開拓され年月が経っているが、そこから東にある暗夜の森は殆ど未開拓地。とは言っても、今は『かまいたち』を名乗るチームが有志を募って開拓に精を出し、資金提供の係として彼らは日夜色んな依頼を受けているのだとか。
 コリンは件の開拓地、スイクンタウンの周辺に足を踏み入れるとまずはそこに漂う澄んだ水の匂いに思わず深呼吸した。何度か機会があってタバコやらお香やらを嗅ぐ事があったが、そのどれとも違う清涼な空気。
 ただ湿気が強いだけではなく、空気に含まれた水分が全身を活発にしてくれるような錯覚を覚えるほど、この場所に漂う水の匂いは澄んでいるのに力強い。

 この場所は、南風の化身とされるスイクンが最も最初に訪れる川の流域に有り、そのためスイクンタウンと名付けられたこの街は澄んだ水が街の所々を流れているが、それが本当ならばスイクンとは何ともすごいものだと、コリンは嘆息した。
 すぐ近くにある暗夜の森と呼ばれるダンジョンから、そのすぐ近くの南のジャングル周辺へ向かって風が流れるおかげで常に風が入り込むこの街は、湿っぽい空気ではあるものの夏は非常に過ごしやすい。冬は逆に非常に寒いものの、平地であるおかげと、暗夜の森が寒すぎるために雲が出来ないおかげで雪が多く降ることはせず、もっぱら南のジャングルに降雨は集中する。
 あまり雨の降らないスイクンタウンだが、川が黙って南のジャングルから水を供給してくれるので、水に困ることも無い。
 それに、冬の寒さも脂肪と毛皮さえ分厚くすれば乗りきることは難しくないし、そのための食料が供給される場所も近所にある。
 いざという時は冬眠や休眠することだって出来ると、理想的な環境の街だ。惜しむらくはこの街がまだまだ開拓中であるということ。それも、星の停止さえなければ発展なんて時間の問題である。
 理想郷のようなこの場所を開拓しようと、誰よりも熱望したのはかまいたちのエッジと言う名のストライク。彼は虫タイプの理想郷としてこの街を拓くべく、今も大陸のどこかで仕事を受けては資金を稼いでいるのだと言う。十年もすればここも移民であふれる事であろう。

「ここがスイクンタウンか……」
 なるほど、ここに来るまでに飲んで来た澄みきった水はすくい取って飲めばすんなりと喉を潤し、冷えた水の温度が走り続けて火照った体を冷ましてくれる。いくら涼しいと言われて居てもあっても夏はやっぱり暑いから、その冷たい水はありがたいことこの上ない。
 この街に涼しい風を運んでくれる、街からすぐそばにある南のジャングルというダンジョンがまたすごい。街の西にある『暗夜の森』は、付近に反転世界の主、ギラティナがいるおかげで発生した空間のねじれのせいだかなんだという理由で、昼でも夜のように暗い森。
 その皺よせと言うべきか、暗夜の森に降り注がなかった光は、逆にその街の東にある『南のジャングル』に降り注ぐ。高緯度地域でありながら、熱帯植物の性質をもったこの森は、南国でありながら日差しが強く気温も高い。そのため、夏は赤道直下すら凌ぐ熱さとされ、本当に熱さに強い草ポケモンや炎タイプのポケモンしか住めないのだが、周囲は冬でも元気に植物が育つためスイクンタウンのポケモンにとっては食料の供給場所となり得る。冬は流石に寒い風が吹いてしまうが、それについては御愛嬌である。
 そんな素敵な条件の街、この街はホウオウ信仰のかまいたちが起こしたと言う事情からホウオウ信仰の信者が多く、ここには開拓の神にして適応力の化身、イーブイの石像が祀られている。
 開拓途中の街(と言ってもまだ村とさえ呼ぶのもおこがましい閑散とした状況だが)の入り口に掲げられた看板には、スイクンとイーブイのシルエットが焼きゴテで木の板に刻まれていた。

「そうか、あんたは世界中を絵を描きながら旅をしているのか……そいつは凄い。こんな絵を描くなんて真似出来る気がしねぇ」
 船着き場の街で描いた絵を見せながら、画家としての(偽りの)身分を明かすと、コリンは客として招待された家で大絶賛された。
 ジャガイモ、ニンジン、タマネギといった野菜と、芋虫、ミミズ、チーズ、ミルクを合わせて煮立たせた料理の匂いが漂い、心地よく鼻をくすぐっている。この家の主人の顔は、料理と同じように優しい顔をしたコロトック。
 料理を作っている者は随分手なれた様子であるが、まだ開拓途中のこの街に女性は少ないらしく、普段から交代でもう一人、ヘラクロスの男性と料理をしているらしい。
「えぇ、知り合いの人に絵を預かってもらっているのですが……このスイクンタウンも美しい風景がたくさんありますね。なんだか、絵を描きたい衝動にかられてくるのですが……この街で一番美しい風景ってお勧めはありますか?」
 コリンは如何にも流浪の旅人を装って、宿を借りている主人であるコロトックへ笑顔で尋ねた。装うと言うよりは、本当に実際に描きたくてうずうずしているコリンの表情は、それこそ演技では出せないほどに輝いている。
「おう、そうだな……幾つかあるが……やっぱり南の高台から見下ろす景色が最高かなー……いや、飛行タイプの奴ならもっと穴場を知っているかもしれないなぁ」
 コリンの眼の輝きに照らされた主人は、快く返事をして考える。自分の描いた絵を喜んでもらい、これから描く絵に期待される。単純だが、画家として至福の時である。
 フレイムに言われてから、画家と言うのが意外にも持て囃されるのだとわかって積極的にその身分を明かしてみると、こんな風にお勧めのスポットを快く教えてもらえる。わざわざ自分でよい景色を探す手間が省けるのが助かるので、コリンは船着き場の街で風景画を堪能した後はこれからも絶景スポットは現地の住人尋ねようと心に決めていた。
 まだ船着き場の街とスイクンタウンの二回目とは言え、こうして尋ねると彼らは快く教えてくれるのはどこでも変わらない。
 自分の住んでいる街が美しい絵になるのは誰だって気持ちがいいことなのだろう。むしろ誇らしげに教えてくれるこの雰囲気は心が踊った。

**137:決意は変わらない [#i13455d6]

 主人との世間話はまずは好印象と言ったところであろうか。こちらから大陸の酒瓶を差し出すと、外の酒が嬉しいのか主人は上機嫌で、村で採れた穀物と虫のスープを差し出してくれた。緯度としては冷帯に属しながら、近くに熱帯と寒帯、両方の環境に囲まれたこの街の食卓には当たり前のように胡椒やナツメグと言った熱帯の香辛料が使われる。
 それでいて、雪国特有の作物も当たり前のように食卓に出される。あり難いのは、濃厚な味の乳である。北国では脂肪を蓄える必要がないために薄くなりがちな乳だが、この濃厚な乳の味はまさに南国、雪国のそれ。香りの強い香辛料にも負けない味わいで、舌も鼻も嬉しい。
 この芋虫とミミズのクリームパスタ。他の地域ではこれほどの味は相当な金持ちでもなければ味わえまいとコリンは思う。しかし、この家の主人は当たり前のように、普通の料理とでも言いたげにその料理をコリンに差し出した。
 人口の大したことも無いこんな街でこうまで凝った料理が食べられるとは、正直驚愕である。

「これ、随分と高級な料理なんじゃないのか?」
 味わった感想を述べ終えてから、最後に疑問を投げかけても主人の答えは印象通り。
「俺も、この街に来る前ならそう思ったんだろうけれどなぁ……濃厚な乳も香辛料も自然とできちまうんだから仕方ないさ。いやぁ、この街の立地は上手いものさ。この街の特殊な環境は本当によく出来ているよ」
 笑ってそんな事を話していた。街の西、暗夜の森に近い場所では牧畜が。南のジャングルに近い場所では野菜や果実の栽培が盛んなこの街、恐らく将来は最高の街に発展するであろうと皆が口々に話している。かまいたちの面々がここに『カマのギルド』と言う新しいギルドを立てようと画策しているのだと言うお話も、星の停止さえ起こらなければ実現可能な話だったはずだと思う。
 その話がコリンの事を勇気づける。『やっぱり、未来は救われるべきなんだ』と。『いつか、ここにギルドの一つでも作らせてやるべきなんだ』と。

 もちろん、コリンは馬鹿ではないから世界を救えば自分が消えてしまうことを忘れているわけではない。
 好きなだけ絵を描いて死ねるならそれはどんなに素晴らしいことなのだろうと、命のことは半ば諦めた世捨て人のような思考で、コリンは英雄のような行いをして日々を過ごしていた。
 どうせ、星が停止してしまえば絵を描いても変わり映えのない景色ばかりでつまらないのだ。星の停止が起こる前に、自分が消えるその前に、心残りが無いくらい絵を描いてから死にたい。若い身空で死んでしまうことが確定的なのは少しさびしいが、フレイムやロアなどこの世界で出会った良い人たちが、笑顔のまま生き残ってくれるならそれでもいい気がした。
 自分がこの世界で生きられない事を不公平だとは思わない。『シャロットの手により過去に運ばれた時点で自分は幸福なのだ』と、そう思った回数は三ケタでも到底収まらないのだから。


 翌日の早朝。小高い丘から見下ろした風景。木々を切り拓き、その木材を建材として家を作って来たこの街は、所々裸になった土地の肌を補修するように農地が顔を覗かせる。青々とした麦がそよぐ風に揺られる音が心地よく、陽光を反射して白く眩しく高台まで光を届ける川の&ruby(みなも){水面};が美しい。
 少し靄のかかった空気は、寒いけれど太陽光の軌跡がよく見える。カーテンのように地平線から差し込む太陽光は、心が洗われるほど神々しい。涼しい空気をゆっくりと吸いながら、コリンは湿った空気を存分に味わう。息を吸い過ぎて肺が痛くなるくらい吸ってから吐くと、体中の毒が抜けるような気分だ。
 スイクンタウン、靄に混ざった水分さえも美味しく感じるほど空気と水の住み渡る街。頭がすっきりして、気分も何とも晴れやかなものだ。
「いい絵が描けそうだ」
 そう言って、コリンは絵具を取り出し、それを溶かして筆を走らせる。時間の流れる世界を満喫しながら、コリンはここに住む人たちの運命を想う。キザキの森の時は、アルセウス信仰と対立していたミュウ信仰が皆殺しにあったと言う。遅かれ早かれそうなっていたこととはいえ、酷いことをしてしまったものだ。
 しかし、こちらはホウオウ信仰が主流。恐らく、混乱は起きるだろうが、暴動にまでは発展しないはずだ。ただの願望かもしれないが、そうだと信じたい。キザキの森で時間が止まったのだと言う前情報だってある。それを知っていれば、上手く混乱を押さえることだって難しくは無いはずだ。
 心配は絶えない。しかし、どれだけ心配した所で、星の停止が実際に起こってしまうよりかはずっと死者の数も穏やかなはずだ。犠牲は、仕方ない。仕方ないのだと割り切って、コリンは主人の笑顔も見ないふりをした。

**138:大鍾乳洞 [#oe0ff5e3]

 スイクンタウンで絵を描き終え、趣味の観光もそろそろ終わりにしようと、コリンは、南のジャングルを抜け、時の歯車が待つダンジョンへと足を踏み入れた――のはいいのだが、時の歯車が存在する鍾乳洞への道中、洞窟のダンジョンの入口でため息をついた。
 そのダンジョンは、奇妙な場所であった。左右に二つ、別のダンジョンがあって、どちらかが正しいダンジョンなんのだろうと思って左から順番に入ってみたが、左右どちらのダンジョンを何度抜けても同じ場所に戻ってくるのだ。
 南のジャングル周辺に住んでいるキレイハナ曰く、悪名高い盗賊団MADや、マスターランク探検隊のチャームズ、そしてプクリンのギルドの親方ですら解けなかったといわれるこのダンジョンの仕掛けである、コリンもこれには精神的なダメージが大きく、ついつい疲れて座りこんでしまう、
 キレイハナの女性が、『有名な探検隊ですらダメだったのだから、きっとここには何もない』といったが、その意味が言葉ではなく実感で理解できる。
 しかし、キレイハナの女性と話している際にコリンは違和感を感じた。――アレは間違いない、メタモンだった。
 とりあえずは、気づかないふりをしてコリンは突き進み、この洞窟まで来たのだが……ここに歯車を安置した者は面倒な仕掛けを作ったものである。
 恐らくあのメタモンが番人として、その何代も前の先祖であろうか? ともかく、予想通りにメタモンが番人であるのならば、あいつが襲いかかってくるまでは普通の探検隊を装っておいた方がよさそうだと、コリンは何事もなかったかのように、画家を装って進む。
 あいつの正体がメタモンだと気付けたのはリベラル・ユニオンに一人メタモンがいたからこそ分かったという感じだ。メタモンのあいつには感謝しないと――と、未来世界でのメタモンの仲間の顔を思い出してみたところで現状は何も変わらない。
 結局、同じ道がコリンを出迎えるのみである。
 何度も何度も同じ場所にたどり着くので、ただ現実逃避にふけりたい衝動に負けそうになってくる。
「さて……」
 誰にともなくコリンは口に出し、口にすることで雑念を振り払ってからもう一度挑戦してみることにする。

 しかしコリンは意気込みもよくダンジョンを抜け……られなかった。何度も同じ場所に行ったり来たりで、きちんとマーキングをしてもその結果は同じ。これでもう、マーキングしたこの洞窟を見るのも七回目である。
「くそ……なんだっていうんだ、このダンジョンは!! 胸糞悪い……?」
 そう言って岩壁に蹴りを加えて八つ当たり。我ながら幼稚な行動だと思うような行動だが、思いがけずコリンは不思議な事に気がついた。
「なんだか、音の反響の仕方が変……?」
 コリンは首をかしげながらも、その意味を考える。そしてその意味が大体理解できたところで、声ではなくもっと確実性のあるもので――種マシンガンで壁を叩いた。
 弾く、弾く、弾かない、弾く、弾く。僅かな隙間の部分――恐らく、カビゴンクラスの巨体であれば通れないであろう、小さな不可視の隙間があるようだ。不可視の隙間があると言うよりは、隙間が幻で隠れているという方が正しいかもしれない。
「なるほど……あの壁は幻影かなんかか? だとすれば……偽物の壁の先に在るのが、本物の道……なのだろうな」
 にやりと笑いながら、コリンは壁の中へ足を踏み入れた。
「……予想通り」
 指が触れた瞬間に、壁に波紋が走り。吸い込まれるように手が入っていった。ただの幻なのだから当然といえば当然なのだが、水や風以上に抵抗のない岩壁を通る感覚は、新鮮な気分だ。
「後は奥へと向かうだけ……かな」
 呟いて、コリンは奥にあるダンジョンへ向けて足を踏み入れる。
 その過程で、内部のポケモンを蹴散らしつつ、コリンは進む。この洞窟の水は淡水だったが、少々石灰質が強く妙な味がする。コリンはポケモンの血と湧き水で交互に喉を潤しながら、たまの休憩と安全な場所での睡眠を行い、行き止まりまでたどり着いた。
「ふぅ。やっと奥地……ダンジョンを抜けたところかな?」
 石灰質の水が常に滴り落ちるダンジョンの奥地。悠久の時を経て見事に形成された天然の岩の柱が天井から垂れ下がり、地面から伸び、やがて恋焦がれた恋人と結ばれたかのように出会い、合体する。
 柱の傍らで水を湛えるくぼみがそこかしこに見受けられていて、絶え間なく波紋が模様を描く。洞窟の奥だと言うのに不思議と明るい事も相まって、この光景そのものが一種の芸術のように美しい。この光景だけでもある意味宝物である。
 今まで突き進んでいたところは、いつ岩で体表を傷つけるかも分からないような場所だったが、ここだけは床が水で滑らない程度にザラザラになっているくらいで、ほかと比べれば非常に滑らかだ。
 そのうえ、ちょっとした組み手を行うには不自由がないほど広い空間が開けている。隠れる場所がなく、不意打ちが無いのは助かるが、逆に言えば逃げ場も無いと言うのは困りものだ。

「さて、ここからどうするか……あるのはカラの宝箱のみ……」
 洞窟はそこで行き止まり。地底湖が広がるのみで何もなかった。そして、その地底湖は岩壁でさえぎられ、向こう側に広がっているであろう光景が見えない。
「潜って見るか……」
 だが、ここの不自然すぎる光景そのものが何かがあると匂わせている。例えどんな罠が待っていようとも、やらなければならない。
 強い覚悟を胸に、コリンは水へと一歩踏み出した。

**139:皇帝 [#pf62502c]

 水に顔を付けて、水中を覗き見てみる。思ったとおり、岩の壁は水中で途切れていて、壁の向こうに何か隠している……と思わせるには十分すぎた。しかし、深い。石灰の水はそれほど透明度が高くないのだが、十数メートルほど見通すことは出来るくらいには透けている。だが、そこに光が届く様子も無く、壁の向こうも視認できるギリギリの所だ。
 底がないと言うのは、足がつかないと言う事。隠れ場所がないと思ったが、思わぬところから奇襲をかける事が出来るかと思うと少々恐怖感を感じる
 その壁の向こうへ、泳いで向かおうと、大きな荷物を置き、もしもの時のために武器代わりのモノが入った小さな袋だけを腰に下げて水に足を付ける。
 大きく息を吸い、コリンは水中へと潜った。そのまま順調に……ちょうど、中間地点――水中の壁の境目あたりにたどり着いたその刹那、水を叩く音が背後に聞こえた。
 振り返ったその先に見えたのは、黒を基調とした体色、胸に白のアクセントがあしらわれ、ところどころに空色の金属光沢をもつ物体。
 近づいてくることで視認出来た翼に当たる部分は、その金属質の部分が刃となっており、頭頂部には金色のトライデントのような角が王冠のように輝いている。
 足に水掻きをもったその水生鳥型のポケモンが、全身に泡を纏わせながら、真っすぐとコリンへ向かっていく。

(あれは……皇帝ポケモンのエンペルト……?)

 泳ぐ速さはコリンなど及びもつかない速さだ。それこそ、氷山を真っ二つに割ったり砕いたり出来ると言う力を頷かせるほどのスピードと圧力で迫るポケモン。
 それがコリンを追いかけては、研ぎ澄まされた翼の切っ先でコリンの足を切り裂こうと迫ってきた。

 今まであんなのがどこにいたのか、とコリンは驚いた頭で考えるが、そんなことは問題では無い。水中で水タイプのポケモンと戦うとなればこちらの不利は確実。コリンは全速力で水面に上がろうと、腕に付いた葉を使って水を掻き、浮上する。
 コリンが水面に顔を出す前に、凍るような冷たさを伴って、コリンの左ふともも。瞬発力の要である部位が切り裂かれた。傷は浅いようだが、コリンは激痛に顔を歪ませ、水は赤い靄がかかったように染まる。
 エンペルトは足を傷つけたところで、翼の裏側にある3本の指のような部分でコリンの脚を掴みかかり、コリンを水中へと引きずりこむ。溺れさせて仕留める算段なのだろう。

 このままでは水中で嬲り殺しだと、コリンは状況の悪さを理解しすぐにでもこの最悪な状況を打破するために、後先は考えていられなかった。
 力を代償に強力な攻撃を繰り出す草タイプの必殺技、リーフストームと呼ばれる技でエンペルトの下半身を切り刻み、突き離した。
 今度は、エンペルトの体中から血液が漏れ出し、大きく傷を付けられたことであろう。急いで水面に顔を出したコリンは、肺が引きつるほどの酸素不足で、思わず思い切り息を吸ってしまい、水飛沫を僅かに飲んで咳込んだ。
 幸いにも、咳をしている間はエンペルトがこちら側に顔を出さなかったものの、状況は決して良くはない。波導の強さに依存する攻撃に秀でているジュプトルと言う種族柄、波導の強さが一時的に失われてしまうリーフストームで仕留められなかったのは大きい。









「あの時、目についた物は馬鹿デカい宝箱くらいだったが……もしや、メタモンがあれに化けてやがったのか……?」
 メタモンとは、どんな生物にも変身できる紫色をしたスライム状のポケモンで、身体能力はさほどでもないが変身能力を持ったポケモンである。
 そのポケモンが、今の今まで生物以外に変身するところを見たことが無かったコリンは、その発想に眼を見はる。
 大体、メタモンが変身したと思われるエンペルトは、水タイプだけあって水中での攻撃が速い。反面、コリンが得意とする草タイプの攻撃に弱い水タイプのポケモンであるが、それをカバーするために草タイプの攻撃に強い鋼タイプが入っている。
 きちんと相性なども考えて変身しているあたり、番人として必要な最低限の知識の存在もうかがわせる。
 その上、もしも本当に宝箱に変身していたのであるとすれば、そのアイデアに敵じゃなかったら褒めていたところなのにな――と、余裕を残した思考で考えながら、コリンは水面から地に足が付く場所へと上がる。
 水面がせり上がり、大きな水しぶきとともにエンペルトがあらわれた、かと思えば瞬く間に全身が燃え盛る巨大な鳥のポケモン――伝説の鳥ポケモン、ファイヤーへと姿を変える。
 流石に、元はメタモンと言うだけあって身体能力が低いせいか、伝説のポケモンとしての強大な力は感じさせなかった。それでも、草タイプの攻撃に対する耐性と、高い攻撃力は脅威と言う他ない。
「時の歯車を……見てしまったのですね。でしたら、私の要件は分かるはずです……時の歯車から……身を引いてください。アレは、誰かが手にするべきものではありません……」
 ファイヤーに変身しているメタモンは、羽ばたきながらも礼儀正しくコリンへと頼んだ。しかし、礼儀正しいのは表面上だけで、対峙するコリンは有無を言わせない殺気を肌で感じている。そもそも、問答無用で襲いかかってくるあたり、礼儀とは程遠い。
 その殺気を向けられるまでは、ファイヤーと言えば農作業の辛さを紛らわせるために歌われた歌に出てくるポケモンじゃないかと考える余裕が残っていたが、隠す気の全くない殺気には身が縮こまる思いがする。
「時の歯車を守りたい気持ちは分かる……だが、盲目的に守るだけではそんなものは杓子定規だ。そんなに盗んではいけないものならば、なぜこんなところにある?
 もっと、地の奥底深く……岩の中にでも埋めておくべきであろう? それこそこの洞窟を崩してでもして保管おくべきだろう?」
 メタモンは心底呆れたようにため息をつく。
「星の停止が起こる際に……とでも言いたいのでしょうか? あいにく、星の停止なんてものは十数年かけて行われる。予兆が出てから1年後に対処したとしても……何ら問題はないのですよ。
 番人の私が知らないとでも思ったか? 思わず見とれるほど美しい歯車を……私利私欲のために使うなど言語道断だ!! 時の歯車は……渡さない」

 正史によれば、星の停止はわずか1年半の間に進行したと記されていたが、メタモンの言う通り通常は十数年のうちに進む。そのため、油断していた番人達の対処が遅れたことや、様々な要因が重なって星は停止したのだろう。
 星の停止があっという間に起こった事は、歴史書に記されたとおりだった。
 だから、番人のみんながみんな油断して……これでは、自分がやっていることを信用させる術がない。
 くそ、とコリンは毒づく。コリンは過去の世界が星の停止を許した理由を実感するとともに、今回起こるのであろう星の停止が、異常を極めた事態である事を酷く憎み舌打ちをする。
「今回起こるであろうの星の停止は異常事態……と言う事を信じてもらえないのならば、力づくで奪うまでだ……怪我しても恨むなよ!」
 唾を吐き捨て、コリンは駆け出した。

**140:火の鳥 [#afa3bc3c]

 コリンはすでに足を傷つけられて、相性的にも絶対不利。しかし、メタモンは傷を負った場合、変身することで傷自体はふさがるものの、体力の低下は防げない。
 つまり、無傷に見えるメタモンも体力の低下は否めないという訳だが、負担が全身に万遍なくダメージがいきわたっているメタモンと一部分にひどい裂傷を負っているコリンとでは訳が違う。それに……今はリーフストームの反動で波導に依存する攻撃力も下がっている。
 そんな状況に置かれたコリンにも、逆転の術は無いことはないが、瞬発力が封じられた今の状況で攻撃を掻い潜って出来るのかどうかが疑問であった。
 メタモンが繰り出す燃え盛る翼を打ちつける攻撃も、斬りつけるように火炎放射を放つ攻撃も、普段の機動力を失ったコリンには避けづらいことこの上ない。
 翼で打ちつける攻撃を転がるようにして伏せることで避ける。しかし、散らされた火の粉が濡れている頭の葉を焼き、その場所に痛みが走る。
 どうやら敵は、息もつかせない連続攻撃で相手をしようとなどは思っていない。すれ違いざまに、防御できないような強力な攻撃を繰り出し、失敗したらしたで火の粉を散らして攻撃……これを繰り返すつもりのようだ。
「流石は番人様と言ったところか。強いじゃないか……」
 特殊攻撃が弱っている今、必ず先手を取られなおかつ反撃できない。こんな性質の悪い攻撃なんて聞いたことがない。
 コリンの足が万全の状態ならばあるいは、自分だけ攻撃を当てつつ相手には羽一本触れさせない手段もあっただろう。
(切り札が腰のポーチに仕込んである。さて……どうするか? いや、考える必要はないな)
「これでどうだ?」
 コリンは避けながらも、じりじりと安置された歯車に近寄り、時の歯車を取り出して盾にして相手の攻撃を封じる。これが接近戦を好む種族であればあまり意味はないこともあるが、このファイヤーを見ている限りでは、戦いが遠距離主体であり、近距離攻撃をする際でも、例えば岩陰などに隠れられれば、空を飛ぶ勢いを利用した攻撃は効力を失う。
 その岩陰の代わりとなるのが、時の歯車というある意味最強の盾だった。もしかしたら、『歯車はどんな攻撃にも破壊されないから』、などと開き直られて火炎放射を放たれる可能性もあるが、その時はその時。どうせ壊れないならこのまま丈夫な盾として扱ってやればいい。
 それでもだめなら別の手段を考えるまでだ。

「くっ……歯車を盾に使うなど……」
 そこで、メタモンの攻撃が止まる。効果はあったようだ――と、コリンは微笑む。優勢に立てたことで少々冷静な思考を取り戻したコリンは今の状況でも使える特殊攻撃があったことを思い出した。
 麻痺の追加効果がある龍の息吹と呼ばれる技。これなら威力が低くともなんとかなる。
 安置された歯車に半身を隠しながら、コリンは口から龍の力を混ぜ込んだ攻撃を吐き出した。
 急な動きの転換が効かない空中だが、そこは番人の貫録といったところか、すぐさま反応して大仰に羽ばたき飛び退り、息吹は翼の先にかすっただけだ。
 ダメージは微々たるものだし、追加効果の麻痺も発生しそうにない。
 コリンが次の攻撃に転じようと、駆け出す前に、メタモンは地面まで届きそうな長く鋭いカマを持ち、背中には2対の翅をもつ緑色のポケモン――ストライクに変身する。
「エッジさん……力を貸してください」
 どうやら大切な知り合いなのか、ストライクの姿の元となった相手の名前らしきものを呟き、メタモンは鎌を構えた。
 自分の背丈の3分の5倍ほどの身長を持っている上に、攻撃を放つカマの長さは、地面まで届きそうなほどであるから、近距離攻撃における間合いの長さはコリンの倍以上ある。
 遠距離攻撃で歯車を盾にされては適わないと思った相手は、目にも止まらない近距離攻撃で盾そのものの機能を果たせないようにしてやろうという算段らしい。しかし、ストライクの異様な間合いの広さを考えれば、ストライクの攻撃はコリンにとっては遠距離攻撃と見紛うばかりの間合いである。
 だとしても、ストライクは近距離攻撃主体のポケモンなだけに、リーフストームで力を使い果たして近距離攻撃が出来ないコリンには幸運だった。しかも、幸運なことに切り札はまだ有効に使えるのだ。勝機を見出してコリンの口元に笑みが浮かぶ。
 コリンは左腰に下げていた小さな袋の中からゴスの実――コリンが偶然降り立ったトロの森において群生していたゴスの実を取り出した。
 同中、あまりに美味しいのでいくつか食べてしまったが、この木の実は、木の実の力を波導に変えて放つ技――自然の恵みでするタイプが虫・炎・飛行・氷の四種のタイプに対して有効な岩タイプに変化する木の実だ。
 ストライクは、虫と飛行を併せ持っているが為に、その効果は抜群という事になる。タイプの関係上、ファイヤーに対しても効果抜群ではあるが、近距離攻撃がしにくい状況では使えないために出し渋っていたが……ストライクが相手ならばいける!!

**141:決着 [#h1d0d34d]

 ゴスの実の数は三つあればどれか一つくらい当たるはず――そう思い、メタモンを待ち構えていると、敵は距離を詰めて右のカマを上から力いっぱい振りおろしたが、踏み込みが足りずにコリンは難なくかわす。
 重心が足のある位置から外れてかけの体勢になったメタモンを見て、しめたとばかりに、コリンが自分の間合いまで距離を詰める。
 しかし、もう一太刀――メタモンの重心が脚から外れた代わりに、右のカマを脚の代わりとして体重を預け、左のカマによる横薙ぎ一閃がコリンの右から首を切り裂こうと狙ってきた。
 俗に言う燕返しと呼ばれるその技に見事に引っかかったコリンは、右腕の葉っぱを硬質化させて、防ぎ……きれなかった。腕についた葉が斜めに切り裂かれて、肘から手首の間の肉を僅かに切り裂かれ骨で止まる。
 腱を切り裂かれることまではなかったものの、その痛みと衝撃でゴスの実を持っていた手の握力は敢え無く崩れ落ち、ゴスの実は地面に落ちた。
「とどめだ」
 掛け声とともに両腕を振り上げたストライクの大きな鎌によるシザークロス。
「このっ……」
 軽く跳躍し、翅による加速も合わせた本当に鋭い踏み込みのあと、袈裟がけ狙いの太刀筋を描く鎌を見て、不味いと思う前にコリンの体は動いていた。コリンはまず、右足で踏み込む。
 次に、軸足となった右足に思いっきり体重を預けながら、無傷で残った左腕で敵の顔を殴りつける。顔を逸らしたメタモンふんするストライクに対して、そのまま倒れ込むようにタックルを見舞う。キモリの頃からついている足の棘でしっかりと地面を噛みしめながら、踏ん張りを効かせて押し倒した所で敵の顔に噛みついた。 ストライクの鎌は根元が刃となっておらず、腕の構造上抱きつくように接近されるとダメージを与えることは難しい。
 この状態では翼で打つ攻撃や蹴りによる攻撃も不可能で、翅が地面におしつけられているから虫のさざめきすらできやしない。コリンを突き放そうにも物を掴めない鎌の手では難しい事だ。結果、ボカスカと見苦しく殴りつけるのが相手に出来る精一杯だ。
 噛みつきと腕の力でなんとしても離れまいとするコリンは、まだ痛む右腕でポーチごとゴスの実を掴みとり、相手の胸と腹の継ぎ目に向かって、岩タイプの力を纏った掌底フック。
 岩タイプの自然の恵みは、ストライクの姿をしたメタモンにとって文字通り一撃必殺の威力で以って襲いかかった。体重は乗っていない軽い一撃だが、タイプも最悪、無防備とくればダメージはとんでもない。
「ぐあぁぁぁ!!」
 メタモンがあまりの痛みに叫び悶えながら外骨格より緑色の血を流す。コリンは未だ噛みついたまま、敵の眼球をはたいて眼潰し。一気に逆転へ持って行こうと、容赦は一切しない。

「く……駄目だ……あの歯車をとっちゃいけない」
 互いに、傷は酷い。メタモンの目立った外傷は胸と腹の継ぎ目だけだが、その部分の外骨格は完全に砕けている。コリンは浅い切り傷を右腕と左脚に負っている。互いにダメージは互角だがしかし、寝転がった状態で上を取っているコリンの有利は言うまでも無いと言ったところか。
 自然の恵みでゴスの実が消滅した今、コリンがまともに攻撃できる部位といえば、もう左腕と、未だ敵に噛みついて離れない牙しかない。
 コリンは、敵の顔に噛みついたまま、敵の顔を無造作に掴む。その動作にて、口から吐き出した緑の血で右目を潰すことも忘れない。
「それは、お互い様だ。俺にはあの歯車がなくちゃいけない」
 コリンは牙を離して緑色の血が交じる唾を吐き、喋ったかと思えばそれは死刑宣告。そのままコリンは一息に、鍾乳洞の硬い床に相手の後頭部を叩きつけた。
「や、やめ……」
「知るか!! 襲って来るお前が悪いんだ!!」
 何度も何度も叩きつけた。容赦は一切なく、無慈悲に無機質な音を立ててコリンは敵の頭を打ち付ける。
 敵の反応が無くなったところでコリンは立ちあがり、トドメとばかりに敵の頭を右足で踏みつぶす。普通のストライクならまず間違いなく死ぬだろうが、メタモンが変身した個体であれば死にはしないだろう。

**142:罪悪感は募るばかり [#u661e2d5]

「俺の勝ちだ……」
 緑色の血が、鍾乳石でザラザラとした床面に滴り落ちる。その痛々しい様子も、メタモンの変身が解けることによって終わりを告げた。紫色の液体と固体の中間のようなその体には、やはり目立った外傷はないようだが、体力の低下は最早隠しようがない。
 宣言通り、コリンへ軍配が上がった。

 今のメタモンはもう這うことしかできなくなっている……というのに、まだ終わらす気はないとでも言うように、今度はベロベルトに変身しようとしている。外見を見る限り怪我こそないが、腐った果実のように潰れた見た目のままそれ以上変身できそうにない。
 ベロベルトといえば、生命力と引き換えに一撃必殺級の攻撃力を誇る技、大爆発の威力が最も高いポケモンであることが知られている。
 ということは、このメタモンはコリンと刺し違える気なのだろう。ここまでくれば歯車を守ることの執念を通り越して妄信である。
「というか、これは……」
 闇に心が取り込まれかけている? 時の歯車がある場所は、最も時間が不安定な場所。それは、言いかえれば闇が濃く、心を掬われる場所。幼いころから繰り返し言われてきた(と思われる)時の歯車を守れという命令を遂行していくうちに、その使命感が本能にすり替わってしまったのか?
 だから、『ヤセイ』に近づくにつれて、狂信的にこの場所を守るようになって――どうにかしてあげたいのだが、俺にはどうしようもない。

「もう十分だ……眠っていろ」
 コリンは頭の葉を口元まで持ってきて、草笛を吹く。草笛とは音に催眠効果のある波導を乗せることで、眠らすことができる技の一種であり即座に耳を塞がなければ意識が朦朧として、眠るまではいかなくともその隙に攻撃を喰らう。
「やめろ……」
 コリンの草笛は、絵にばかり腐心していたせいか音楽の方には精通しておらず音色が荒い。
 そのため即効性がなく、戦闘中に使うには少々はばかられるが、時間をかけて眠らせたり、体力が低下した者相手ならば十分だった。
 体力の低下していたメタモンは、十数秒後には眠りについた、その様子を見送ると、コリンは時の歯車の回収に取り掛かるために湖を潜って対岸にたどり着いた。

 『チャームズ参上!!』といたずら書きをされた祭壇の上に輝く時の歯車を手に取り、コリンはひと思いに引き抜く。チャームズとか言う探検隊は随分と優秀な探検隊だと聞いたが、意外にも茶目っ気があると言う事にコリンは笑ってしまった。

「とったぞ……時の歯車。これで、二つ目だ……必要となる時の歯車はあと三つ……」
 そして、時の歯車をとった瞬間から起きる現象、時間の停止。次々と景色が灰色になっていく現象が起こるのを見送る前に、コリンはメタモンを時間の停止に巻き込ませないように、抱きあげながら洞窟の外へと向かった。
「後は知らんぞ。襲ってきたお前が悪いのだからな……だが、立派だったよ……出来れば、手を取り合って一緒に戦いたかった程にな」
 メタモンが甘い味を嫌いであったら申し訳ないことだが、コリンは体力を回復させる効果がある大量のマゴの実をメタモンの傍らに置き――また、その絞り汁をメタモンに口移しで嚥下させた、夏とはいえ風邪を引かないよう、半身を地面に埋めた後にコリンはどこへともなく消えて行った。
 例え、自分がこの世界から消えたとしても、誰かの記憶に残る。しかし、もし心半ばで倒れ伏した場合に、自分は悪役としてこいつらの記憶に残り続けるのだろうかな?
 そんなことは嫌だなと思いながら、コリンは名残惜しそうに三歩ゆっくりと歩いた後、打って変わって痛む足を押して出来得る限り全力で走りだす。
 逃げるように来た道を戻る最中、コリンは泣き腫らしていた。自分のやっていることが悪と思われていること。それは、彼にとって問題ではない。
 それによって生じるそのせいで罪もないポケモンを傷つけあう光景を想像してしまうだけで、彼の涙腺から涙を引き寄せられる。

 死んでくれるなよ? ……名前も聞かなかったけど……メタモン?
 常に罪悪感にさいなまれながらの孤軍奮闘。コリンは、罪のない者を傷つけて平然としていられる性質をしていない。
 例え力づくでも、例え殺してでも、と誓ったその覚悟は今も忘れていないが、それとは別に罪悪感も常に刻み込まれていた。頭の中に浮かんでは消えるメタモンの苦しげな顔。
 鍾乳洞を離れ、傷の治療のために宿をとった時も、常にそう言った幻影に押しつぶされそうになる。現実逃避のように眠りにつけば、暗闇の中に恨み節が響き渡る悪夢を見る。
 激しい動悸と息切れを憶えて起き上がれば、胃が引きつる感覚でコリンは嘔吐した。失った血を取り戻さなければいけないと言うのに、

 ダメだ……迷うな。俺がやっていることは正しいんだ。言葉が覚えたての赤ん坊のようにコリンは呟き続ける。

 罪悪感に苛まれ続けたコリンは、不意に癒されたいと思い始める。そうして思い立ったコリンは、すがりつくようにこの世界で数少ない心を許した相手――ロアを求めてシエルタウンへの帰路を急いだ。

**143:もう止まれない [#m259d5b3]

「なぁ、エッサ……本当にまたやるのか?」
「あぁ、やるんだ」
 未来世界からの訪問者であるボーマンダとその部下であるメタモンは、ダンジョンの外に在る交易路で二人の商人に目をつけた。ボーマンダの傍らに居るメタモンはシデンの体を形作っており、少なくとも被害者は犯人を『金髪の人間だ』と認識する事は可能である。
 人相は隠してあるから詳しくは伝わらないだろう。だが、それで構わない。ジュプトルや人間が犯人だったという噂だけを流していれば、民衆は勝手にコリンとシデンを殺人鬼ジュプトルを結びつけてくれる。
 のは、いいのだが……もう充分だろうに。
「……まだ、殺さなきゃならんのか」
 未来世界であっても、ケビンのような殺人狂なんて少数派である。殺しを楽しむにはある意味での器の大きい心が必要だが、そんなモノを持ち合わせていないクシャナは、むせかえるような血の匂いに毎回躊躇する。未来世界を救うためと言っても、何の罪もない一般人を殺すのはまともな神経では出来やしない。
「当たり前だ。このまま止まったら、アーカードだって浮かばれない……コリンを仕留めなければ、アーカードは何のために死んだんだ!?」
 光ある世界というのはあらゆるポケモンにとってあこがれの場所だ。メタモンのクシャナは、そこに行けるからと一も二も無くのこのことついてきた自分を激しく後悔した。
「くっそ……なんで俺はこんなことを」
 そのまま、カイリューか何かにでも変身して逃げられればどれほど幸運だった事か。しかし、どんな姿に変身してもクシャナの機動力ではエッサに敵わない。どうにかして追いつかれてしまえば、その先に待っているのはヤミラミの乱れ引っ掻きによる処刑か、もしくはそれに値するトキ=ディアルガ様の裁きか。
 いや、エッサ自体はそれほど怖いわけではない。何か適当な氷タイプにでも変身して、寝込みを襲ってやれば逃げることくらいはなんとでもなる。だが、時の守人への造反と告げ口されてはたまらない。告げ口なんてされてしまえば、なんにせよ死は免れまい。ディアルガの力により、仲間から居場所が分かる呪術を刻まれたクシャナには逃げる手段は使えないのだ。
 いっそ、殺してしまって適当に嘘で取り繕ってしまえばどうだろうか? そんなことすら考えたくなるほど、クシャナの精神は擦り減っている。
 青と赤の目に痛い模様の顔から覗かせる、エッサの鋭い牙。血によって汚れくすんだその牙に宿る狂気は、直視出来る気がしない。
「分かったよ……」
 もうどうにでもなれと、クシャナはシデンに変身して、多少の顔の違和感を隠すためのマスクを装着する。
「すみませーん!!」
 クシャナは、正面を通りかかったギャロップとゼブライカとキリキザンの三人組の行商に親しげに近寄る。
「すみません……実は私、水を他の荷物ごと崖に落してしまいましてね……ちょっとばかし、喉が渇いて困っているところなのです。もちろんタダとは言わないので……少し恵んでもらいたいのですが……」
「あぁ、いいよ。困った時はお互い様だ……って、こいつ、例の金髪の人間!!」
 近づいたところでキリキザンに気づかれたと悟ったクシャナは、外套の中に隠していたクロスボウを取り出して至近距離にいるキリキザンに向かってそれを無造作に撃ちだす。すんなりと入ったその一撃は、キリキザンの胸をやすやすと貫いた。
 シデンの姿をしているクシャナは、全身刃物であるキリキザンの体の凶器となっていない胸を蹴りつけて押し倒す。仲間の一人が倒れ、何が起こったか分からないうちに、クシャナは猛毒の塗られた手裏剣を投げ付けてギャロップに攻撃を加え、あまりの出来事に凍り付いているうちにもう一つの手裏剣を、首に撃ちこんだ。

 ◇

「ふ、ああ……」
 道端で苦しみ抜いた末に倒れて死んだとみられるギャロップを見てクシャナには罪悪感が湧きあがり、震えあがって跪く。歴史を変えようとする星の調査団のような悪党を殺しても心は全く痛まないが、こんな風に過去の世界で平和に暮らしている者を殺すともなれば別だ。
 いつしか、彼は元のメタモンに戻って、がたがたと震えていた。
「クシャナ。躊躇っちゃダメだ……こいつらの金は、奪って懸賞金に当てるんだ。コリンを殺すために……コリンを殺させるために、懸賞金として……」
「エッサ……お前、こんなことをいつまで続けさせる気だよ!? これ以上やる意味はあるのか? コリンとシデンに対する世間の悪い印象ならもう十分すぎるほど植え付けているだろうが……これ以上、何をどうすればお前は満足するんだ!?」
「二人を捕まえて処刑するまでだ。それまで、満足なんて絶対にしない」
「もうやめだ、こんなの!! エッサ、お前異常だよ!!」
「時の守人を裏切ると言うのか!?」
 伝家の宝刀のセリフである。自分が有象無象の一介のポケモンであれば、隠れ住んで見つからない事なんて容易であろうが、トキ様に忠誠を誓ってしまった自分達は、その千里眼により味方に常に居場所をさらけ出している。街の何処にいるか? などの細かい場所までは分からないが、いずれ見つかる事に違いはない。
 つまり、逃げ場は世界中どこを探しても無いのだ。
「コリンとシデンを殺すまで、辞めるは絶対に許しはしないからな? きちんと肝に銘じておけ!!」

 そう言って震えるエッサは行商の金を奪って大空に逃走した。後に残されたクシャナは、ふらりと立ちあがって変装用のマスクをしまい、テッカニンの姿に変身して森の間を縫うように逃げた。

**144:チャームズとのご対面 [#cc6162d5]

 コリンは大鍾乳洞からの帰り、ホエルオー往復便の船着場の街で、出港までの数日の暇つぶしに絵を描いている途中のこと。すでに持ってきた四枚のキャンバスを使い尽くしてしまったコリンは、この街で購入した間に合わせの厚手の紙に木炭で絵を描いていた。
 コリンは絵を描いている一時をあまり町の住民に住人に邪魔されたくないので、物好きが作った廃墟となっている森の高台の建物に座する。街並みの俯瞰から望めるものは潮風による劣化を防ぐために石造りで出来た建物。二つの暖流に囲まれた地形であるこの半島は冬でも非常に暖かく、石材が黒に近い色のせいか夏の季節に家が熱くならないよう、二重の屋根で石の屋根を敷いている。
 コリンは絵を描いている一時をあまり町の住人に邪魔されたくないので、物好きが作った廃墟となっている森の高台の建物に座する。街並みの俯瞰から望めるものは潮風による劣化を防ぐために石造りで出来た建物。二つの暖流に囲まれた地形であるこの半島は冬でも非常に暖かく、石材が黒に近い色のせいか夏の季節に家が熱くならないよう、屋根に草を被せて石の屋根を守っている。
 直射日光が当たらないよう、ほとんど全ての家に麦わら帽子が被せられている光景は、他の場所には無い独特の雰囲気をかもし出している。日ごと、時間ごと、季節ごとと温度変化の幅も大きく、嵐の通り道であるここは、住んでいく上では体調を崩さないようにするのが大変だが、雨の量と肥沃な大地のおかげで食糧事情は安定し、物流の便の良さも相まって人は多い。

 屋根は、前方の斜面を覆っていたその光景を、コリンは一心不乱に描きあげる。真っ黒な木炭には手が汚れないように薄い紙が巻かれ、傍らには描き損じたときのために木炭で描いた線を消せるパンを一つ。一度も間違えずに正確に描いていながらも、パンが削られているが、その理由は今更言うまでも無い。
 屋根は、前方の斜面を覆っていた。その光景を、コリンは一心不乱に描きあげる。真っ黒な木炭には手が汚れないように薄い紙が巻かれ、傍らには描き損じたときのために木炭で描いた線を消せるパンを一つ。一度も間違えずに正確に描いていながらも、パンが削られているが、その理由は今更言うまでも無い。
 良い匂いの漂うものがあればついつい手に取りたくなってしまうのが生き物に共通する&ruby(サガ){性};である。
 気持ちのよい日差しを浴びての光合成も相まって、食べる必要なんてものが全く無くとも、食べてしまう。これでは太ってしまうなとコリンは苦笑した。
「ごきげんよう」
 不意に、明らかに喧嘩腰のミミロップに話しかけられて、やれやれとばかりにコリンは答える。
「どこの賞金稼ぎだか知らないが、俺は強盗殺人ジュプトルとは無関係だぞ」
 ポチエナズに言った時と同じよう、コリンは無作法な訪問者を突っぱねて絵を描き続ける。
「エッサというボーマンダ曰く……」
「ん?」
 何事だ、とコリンは首を傾げる。
 知らない名前が出てきて、何事だとコリンは首を傾げる。
「強盗殺人のジュプトルは歯車のようなものを持っていたらしいという情報ががあったのよね。知っている? 時の歯車」
「そ、そりゃまぁ……キザキの森の件は有名だからな。知っているさ」
「そ、そりゃまぁ……キザキの森の歯車が盗まれた件は有名だからな。知っているさ」
「それなら話が速いわ。そう、歯車を持ったジュプトルという情報……そして、そのボーマンダが描いた歯車の様なものって言うのは、まぎれも無く『時の歯車』だったわ。
 そこで私は思ったの。もしかしたら、キザキの森で歯車を盗んだ奴と、アーカード=エーフィを殺したのは同一人物なんじゃないかって」
 そこで私は思ったの。もしかしたら、キザキの森で歯車を盗んだ奴と、今指名手配になっているアーカード=エーフィを殺したジュプトルは同一人物なんじゃないかって」
「なんだその情報……初めて聞いたが、新情報か? だが、どっちにしろ俺には関係ない事なんだが……俺はしがない画家だしな。人殺しなんて芸術にすらなりゃしないから」
 この女は何を言い出すのだ、とばかりにコリンが動揺を覚えながらも彼女をあしらう。しかし、自分に対する疑いの眼差しを抑えようとしないミミロップを見て、コリンは不意にミミロップという種族が何を意味するのかを思い出し、最悪の事態を想像した。
「そして、この先の大鍾乳洞には時の歯車がある……私達もそこに行った事があるのよ……そして、ついでに言うとこの先の大鍾乳洞の時間はつい最近、時の歯車を盗まれて止まったそうね。
 そして、このタイミングで半島を抜けだすための船に居あわせた貴方……怪しいの、貴方は物凄く怪しいの。右腕の傷跡や、まだ再生しきっていない右腕の葉も……私の知り合いに傷つけられたものなんじゃないかってさ」
 そして、このタイミングで半島を抜けだすための船に居あわせた貴方……怪しいの、貴方は物凄く怪しいの。右腕の傷跡や、まだ再生しきっていない右腕の葉も……私の知り合いのメタモンに傷つけられたものなんじゃないかってさ」
「これは……時間が停止したから慌ててスイクンタウンから逃げて来げる際に……暗夜の森を突っ切った時に、『ヤセイ』のストライクに不覚をとったもんだ」
「それを確かめるために調べたいのよ……その傷が、本当に『ヤセイ』につけられたものなのかどうかを」
 切り傷は実際に、ストライクに返信したメタモンに傷つけられたのだ……傷を鑑定されてもそこは大丈夫。

「そうなの……それを確かめるために調べたいのよ……その傷が、本当に『ヤセイ』につけられたものなのかどうかを」
 確信する。このミミロップは間違いなくチャームズの一員だった。この大陸の中でも、間違いなくトップクラスの実力を持つ凄腕の探検隊、チャームズ。そして、そのリーダーである魔性のフェロモンをもつ女、セセリ。胸を見てみれば、ふくよかな乳房の横に体毛と絡められた青く輝くラピスラズリの宝石が埋め込まれた探検隊バッジ。
 この世界が存在する前から存在していたとすら言われる蒼き無限の象徴、ラティオスの力が込められると言われるその宝石のバッジを身につける事が出来るのはマスターランクのみ。間違いない、本物だ。
「今、私は……どうしても私の故郷を酷い目にあわせた奴を生贄にしてやりたいの。そいつの血で、死者たちを弔ってあげたいの……だからお願い。
 貴方が犯人だとは言わないけれど……私を安心させると思って、荷物を調べさせてくれないかしら?」
 最悪のパターンであった。チャームズが敵に回るだなんて、最もあってはいけないことの一つだったのに。
「あ、あぁ……ところで、お前……チャームズって探検隊のリーダーだろ?」
 コリンは動揺を表に出さないよう、気さくな雰囲気を出そうと努めて笑顔でセセリに語りかける。
「あら、知っているの?」
「そりゃ、お前らが有名人だから当然じゃないか。いや、見た奴がみんなリーダーはいい香りだとか、美人だとかなんだとか言うからさ、どんなものかと思ったわけだが……いや、噂以上だな。
 と、いうか俺が噂を半信半疑だっただけかもしれないけれどさ」
 他愛のないお世辞を言いながら、コリンはセセリが近づいてくる様子を見る。あまりに睨みつけて不自然にならないように、今までどおり。
「そう……そう言う貴方も絵が上手いのね。こっちも予想以上に絵が上手くって驚いたわ……住人が驚くのも無理はないわね」
「ま、まあな。絵を描くのは慣れているから」
 自身もお世辞を言われながら、コリンは疑問に思う。強盗殺人ジュプトルが時の歯車を持っていたなんて情報は、今のどこにも出回っていないはずだ。なんで、この女が知っていて、他の誰も知っている様子がないのか。先程、『新情報か?』と尋ねたが、セセリはさりげなく無視をして答えてくれていない。
 いや、そんなことはどうでもよかった。まずは、光合成の準備。恒温動物である以上、ミミロップのほうが普通に考えればすぐに息を切らすだろうが念のため。冬は寒いことこの上ないが、あまり呼吸をすることなく行動できる変温体質はこういうときにすごく役に立つ。
 セセリはミミロップ。戦いとなれば強烈なメロメロボディで男を骨抜きにするという。対策法は女性が挑むか、いっそのことこっちも相手をメロメロにしてやるか、もしくは呼吸を止めること。
 その三つの内コリンが出来るのは呼吸を止めて速いうちにケリをつけることであった。
「さて、これが貴方の荷物かしら?」
「あぁ、調べてくれて構わないよ。でも、その前にお前と握手させてもらえないかな? 俺、今あんたのファンになっちまったんだ」
 肩をすくめて朗らかに笑い、コリンは手を差し出した。
「仕方ないわね……」
 しぶしぶながら差しだされた手を取って、セセリはコリンと握手する。と――
「すまんね。でも、美しいのが悪いんだぜ、お嬢さん」
 まず最初に、コリンはセセリの手を下に引っ張り、まずはバランスを崩す。
「な……!?」
 セセリが驚いている間にコリンはセセリの腕を抱き、体の外側から彼女を掴んで一方的に攻撃を出来る体勢。
「なにするのよ!?」
「ここまでされても分からないのか?」
 焦るセセリの質問に質問で返して、コリンはセセリの脇腹にひざ蹴りを喰らわせる。
 一発。ぐふぅ、とうめき声をあげてセセリは唾を吐く。
 二発。憎々しげに睨んできたセセリの顔が歪む。
 三発。あまりの痛みでセセリの視線がコリンから逸れた。戦闘のプロにはあるまじき失態だが、そもそも失敗を語るのであればコリンに腕を掴まれたことそのものが失敗なのだ。ファンサービスに慣れてしまったが故の、思わぬ失敗といったところか。
 三発。あまりの痛みでセセリの視線がコリンから逸れた。戦闘のプロにはあるまじき失態だが、そもそも失敗を語るのであればコリンに腕を掴まれたことそのものが失敗なのだ。チャームズとしてファンサービスに慣れてしまったが故の、思わぬ失敗といったところか。
 たび重なる膝蹴りで集中力が削がれている隙を狙って、コリンはセセリの腕を抱いて、腕が後ろに来るように彼女を振り回す。そうしてうつ伏せの体勢になるよう地面に投げた後は、背中に向かって左腕でエルボードロップの要領でリーフブレード。
 背中に刃が突き刺さると共に、間髪いれずにコリンは彼女の耳の根元を掴み、一発顔面を地面にたたきつける。
「本当にすまんな……確かに、俺が時の歯車を持っているんだ。だから荷物を調べられると困ってしまうんだ」
 鼻血が地面に滴っていた。これ以上女性の顔を気づ付けるのは気が引けるが、とりあえずもう一回地面にたたきつける。
 鼻血が地面に滴っていた。これ以上女性の顔を傷付けるのは気が引けるが、とりあえずもう一回地面にたたきつける。
「くふぅっ……離しなさい、この外道!!」
「何度も言うが、すまんな……」
 更に、顔面を地面にたたきつける。屋根には石材で出来た屋根には血だまりが出来、セセリが鼻面の痛みで声も出なくなった所でコリンは彼女の首に腕を絡めた。セセリが抵抗しようと暴れるのは予想の範疇だが、脇腹や背中、顔面の痛みもあるだろうに、この女なんて馬鹿力だ。
 更に、顔面を地面にたたきつける。石材で出来た屋根には血だまりが出来、セセリが鼻面の痛みで声も出なくなった所でコリンは彼女の首に腕を絡めた。セセリが抵抗しようと暴れるのは予想の範疇だが、脇腹や背中、顔面の痛みもあるだろうに、この女なんて馬鹿力だ。
 少しでも気を抜けば振り払われてしまいそうな、物凄い力抵抗してくる。こっちはメロメロボディに対抗するために息を止めていなければいけないと言うのに、酷いもんだ。

**145:思わぬ強敵、セセリ [#pddf1e34]

「つっ……!?」
 強烈な痛みを覚えて腕に目をやると、セセリはコリンの腕に爪を立てて、肉を抉らんとしている。すでにコリンの鱗を剥がして、その下にあるコリンの皮膚は鮮血が滲んでいる。彼女自身、コリンの剥がれた鱗で指を切っているようだが、痛いだろうに彼女は力を抜かない。このセセリという女はただ美しいだけじゃなく度胸も肝っ玉もあるのだと窺わせる。
 セセリは右手で爪を立て、左手で立ちあがり、立ち上がった後は爪を立てるのを止めて。コリンがかつてエイパムにそうしたようにセセリもコリンの指を折ろうとする。しかし、コリンの指は太く、力一杯に引っ張っても折れてくれはしないだろう。
 セセリは右手で爪を立て、左手で立ちあがり、立ち上がった後は爪を立てるのを止めて。コリンがかつてエイパムにそうしたように、セセリもコリンの指を掴んで折ろうとする。しかし、コリンの指は太く、力一杯に引っ張っても折れてくれはしないだろう。
 そのことを理解しながら、セセリは徐々に後ずさる。身長の低いコリンはおんぶの様な体勢でしかセセリの首を絞められないため、彼が地面に踏ん張れないことを利用して、屋根の上からひと思いに飛び降りた。
 胃が浮く感触。空中の浮遊感。首を絞める腕に重量を感じない状態から砂利の敷き詰められた地面落ちることで、後頭部から鈍い音が響いた。
 ゴツン。そうとしか表現のしようが無い音が、コリンの頭蓋を通じて脳と耳を駆け抜け、押し潰された全身が鈍い痛みを覚える。呼吸、するつもりがなかったのだが、痛い。呼吸をするためのあらゆる機構が、仕事を放棄してしまったような感覚。
 呼吸が、苦しい。何も、考えられない。
 それでもコリンはセセリの首を絞め続けた。そうしないと、殺される。そう確信させるだけの実力をこの女は持っている。
 やがて、セセリの意識が途絶えると、ようやくコリンは辺りを見回す余裕ができる。事、上から落ちて下敷きにするという行為を語る上で、この廃墟となった家は肝の凍るような凶器がたくさんある家であった。
 家を囲む塀の上に落とされれば背骨が折れて必殺の一撃。家から一望できる崖に落ちでもすればコリンは全身の骨を砕かれて死んでいたであろう。体力が奪われ、屋根の上から跳んだ時にセセリが飛距離を稼ぐ事が出来なかったおかげで、本当にぎりぎりのラインでコリンは勝利した。
 チャームズが伝説の探検隊の一つにたとえられる事はある、名前にたがわない強さ。普通に考えればすでに勝負ありな状況でさえ、セセリは馬鹿に出来ない凶悪性だ。
 首を絞められたまました攻撃だと言うのに、痛くて涙でも出てきそうなほどこの女は強い。
 程なくして、セセリは意識を落とした。終わって見ると、コリンは高台の屋根の上で人目につきにくい場所でよかったと思う。暴れてもその音は多くの人の耳に入らない。それくらい、セセリの暴れ方はすさまじかった。

「抱きついて思ったが……こいつの筋肉、抱きついた瞬間はものすごく柔らかかったのに、抵抗を始めた瞬間からものすごく硬い……」
 今は柔らかく戻っているが、本当にとんでもない。セセリの全身の筋肉は、シデンの胸と同じくらい柔らかかった。
「こんな体の奴に殴られたら、きっと……鋭くて重いパンチなんだろうな……」
 体からして戦うために生まれたような天性の才能を持つこの女と、真っ向から戦うことにならなくてよかったと思いながら、コリンは荷物を回収する。この様子では、この半島の二つの港にはすでに残りのメンバーの監視が付いていることだろう。
 こうなってしまえば、半島隔離山脈を越えて、霧の湖を一気に目指したほうが良いのかもしれない。絵をかけないのは残念だが、道中の景色は脳裏に刻んで、後で記憶を頼りに絵を描くしかない。道のりの問題として国境破りのルートもきちんと調べなければいけないし、やることはたくさんだ。

 だが、その前に聞かなければいけない事がある。

「起きろ」
 廃墟となった室内にて、コリンは縫ったばかりのセセリの背中を叩いて活を入れ、顔面に水をぶっかけて強引に意識を覚醒させる。後ろ手に縛られ、口には猿轡。足も縛られていて、全く身動きが取れない状況だ。
 まだ拭いきれていない鼻血は彼女の顔面に黒くこびりつき、美しかった顔も台無しだ、

「お前に一つ聞きたい事がある……お前に、強盗殺人ジュプトルが時の歯車を持っているっていう情報は誰から手に入れた……」
 冷たい瞳で見下ろしながら溜め息をついて、コリンは続ける。
「口が縛られているから喋れない事は分かっている……だから、お前は頷くだけで良い。そいつは、ボーマンダか?」
 コリンには一人だけ、ボーマンダに対して知り合いがいる。いや、名前すら知らないが、知り合いが。未来世界で、唯一コリンと戦ったあのボーマンダ。そいつから情報を得たと言うのならば納得がいく。
 セセリは、瞬き一つしなかった。探検隊としてのプライドなのか、毅然とした態度でコリンを睨みつける。
「お前は……強姦しようと、拷問しようと何も喋らないって&ruby(つら){面};しているな。そんなに身構える必要なんて無いだろうに……たった一つ、俺に聞かせてくれればいいんだからさ……なぁ!?」
「うぅっ……」
 耳を思いっきりつねりあげても、セセリは痛そうに顔をしかめるだけでそれ以上の反応はしない。
「断固として情報は漏らさないって面しているな。ならば分かった……お前とは一切無関係の子供を攫ってきて、お前の目の前でその子の眼球をえぐり取ってやれば、気は変わるか? 幼い子供を強姦してやる光景を見せてやれば、お前は秘密を喋りたくなるか?
 こっちは試してみてやっても、一向に構わないのだが……」
 コリンは今言葉にした事を実行する気はない。しかし、セセリはコリンの事を連続強盗殺人犯の&ruby(ヽヽヽヽ){ニンゲン};とジュプトルの片割れだと思い込んでいた。
 それならばその思い込みを利用してやれば、『無関係な子供を人質にとる』という台詞にも信憑性が出るだろうと考える。
 その結果はコリンの思惑通り。セセリも流石に驚いて目を見開いた。それだけは絶対にしてはいけないと、縄に縛られたまま暴れ、唸り声を上げる。憎しみにとらわれた先程はその影すら見えなかったが、本来はきっと誰かが傷つくのが嫌いな優しい女性なのだろう。
「やれやれ、もうすでに気が変わってくれたようだな……なら、まずは黙れ!!」
 コリンは暴れるセセリの頬に蹴りを叩きこんで。黙らせる。
「気が変わったなら、言えよ。お前に、強盗殺人ジュプトルが時の歯車を持っているなんて教えたのは、ボーマンダなのか? 教えろよ……」
 セセリは悔しそうに歯を食いしばりながら頷いた。今にも泣きそうな所をこらえているセセリの顔を一瞥して、コリンは溜め息をつく。
「そいつは、肩に傷跡とか残っていないか?」
 シャロットがサイコキネシスで木にぶつけた際に傷ついた深い傷だ。命に別条はないだろうが、きっと傷は残っているはずだ。そして、この質問に対してもセセリは頷いた。彼女の目の動き、動揺しきったセセリの表情は、きっと嘘ではない。
 まぁ、普通は見ず知らずの子供であろうと何だろうと、目の前で眼球を抉られたり、強姦されたりしていい気はしないだろうから、こうやって正直に答える事は当然の反応なのかもしれない。
「そうか……」
 適当な返答をしてから、コリンはしばらく無言であった。
(やっぱりそうか、奴が……ボーマンダって、こいつの口から聞いてやっと思い出したよ)
「セセリ……だったな? そいつの……ボーマンダの情報は鵜呑みにするな。俺は、強盗殺人犯じゃない……時の歯車は盗んでいる事は否定せんがな。でも、少しでいい……少しで良いからそのボーマンダを疑ってくれ」
 コリン言葉を聞き終える前に、何かを言いたそうにセセリが暴れる。彼女の顔を見ないようにしてコリンはセセリの巨大な耳を掴んで外に放り出す。
 うつ伏せに倒れたまたもや鼻を打ったセセリの上にのしかかったコリンは、そのまま足を縛っていた縄を左腕の葉で切り裂いた。
「腕と耳と口は縛ったままだが……そのまま人のいる所まで行け。超一流の探検隊なら縛られた状態でも歩く体力はあるだろう? 街まで行けば親切な奴が助けてくれるだろうよ……」
 言い終えるとコリンは立ちあがってせ襟を見下ろした
 あまりの屈辱を感じたセセリは、縛られたまま勢いよく立ち上がると共に、黒く固まった鼻血で汚れている顔を憤怒に歪めて蹴りを放つが、後ろ手に縛られた状態での蹴りの威力などたかが知れている。
 コリンはセセリが放つハイキックを肘で受け止めて逆に足の甲へダメージを与え、相手の股間を胸を蹴り込んで、押し倒す。
「最高の探検隊って肩書きの割には、行動が短絡的だな……最強ってのは喧嘩が強ければなれるのか? 随分と安い称号だな……」
 憎たらしい捨て台詞と共に、コリンはまとめた荷物を持って足早に逃げる。残されたセセリは、縛られたままの体勢からなんとか立ち上がり、炎天下をひたすら歩きながら人里を目指して下るしかなかった。


**146:仲間と合流 [#yb7d5a2b]

「……こんな屈辱、生まれて初めてよ!!」
 三人そろって宿にたどり着いて、周囲の目を気にしなくても良くなったところで、セセリは積り積もった怒りをぶちまける。エヴァッカはサーナイトゆえか、セセリの怒りの感情が気に入らず心なしか不快そうに口元を歪めながら、彼女の背中の傷に巻かれた包帯を取る。
 血のにじんだ包帯は毛皮にくっついて剥がすのにも一苦労で、傷口を刺激されたセセリは歯を食いしばってその痛みに耐えている。
「まぁまぁリーダー落ち着いて……他のお客さんに聞こえちまうよ?」
 アキが諭すようにセセリに注意する。チャーレムの彼女は、この状況でも特に顔をしかめるでもなく一番冷静な顔をしている。
 
「……ごめん、アキ」
 流石に声を張り上げすぎたと反省して、セセリは歯を食いしばって握りこぶし。エヴァッカは
「全く、貴方らしくもない……感じ慣れた人の感情ならばすぐにでもわかるのに、今日の貴方は最初分からなかったわ……あんまりに怒りの感情が強すぎてまるで別人よ……
 そりゃ、その鼻や背中を見ればそう怒りたくなるのも分かるけれど……」
 エヴァッカは猫背に座りこんだセセリの見事にすっぱりと切れた傷口に触れる。
「だって……あいつ……」
 セセリは美しさの色あせた顔をゆがめる。潤んだ目からは今にも涙が流れ落ちそうだが、怒りに顔が歪んだ彼女の目が潤んでも、美しさを感じえない。
「荷物を調べる前に、私達のファンだからって、握手を求めて来たかと思えば……腕を掴んだまま不意打ちしてきて、私を縛り付けて逃げて行ったのよ? 私は縛られたまま何度も坂で転んで……街までたどり着くまで死ぬほど疲れたんだから……」
「縛り付けた?」
 放つ真っ白な指先から山吹色の柔らかな光を伴って癒しの波導を出しながら、エヴァッカは問い返す。
「貴方が、そのジュプトルを倒そうと思って追ったら逃げられたんじゃなくって、縛り付けられたまま放置されたの……? それって、相手に殺す気がないって事よね? ……というか、そうよね。追って行ったんなら、背中にこんな傷が出来るわけないし……」
 嘘偽りなく、感情的に話すセセリの言葉を聞いて、チャームズの頭脳担当、エヴァッカは思わず首をひねる。
「そ、そうだけれど……それがどうしたのよ?」
「他に……何もされなかったの? いや、言いづらいこともあると思うけれどさ……」
「なにもされて居なくってよ!! 何が言いたいのよエヴァッカ!? 言いづらいって何!? 私が貞操を奪われたとでもいいたいわけ? それどころか、傷口を縫うとか、オレンの実の軟膏を塗ってくれたとか、アフターケアばっかり充実していてそれが逆に腹立たしいのよ! 自分でつけた傷を治すなんて、どういう神経よ」
「そう……そのアフターケアの充実ぶりは相当ね」
「だ、だよねぇ……エヴァッカ」
 傷口をマジマジと観察しながらエヴァッカは言い、アキがそれに同意する、
「何よ?」
「すごくきれいな縫い跡……これは良い腕の医者の仕業だと思ったら、例のジュプトル……なのね」
 セセリの言葉にエヴァッカは考え込んでしまった。
「エヴァッカ……やっぱり、妙だよな?」
「そうよねアキ……妙だなって思う……」
 アキの質問に対して適当に答えながらエヴァッカは続ける。
「いや、そう言えば最初っから妙なのよ……さっき、セセリは荷物を調べる……って言っていたわよね? つまり、目に見える所に歯車を飾っている様子はなかった……強盗殺人ジュプトルの目撃者は皆が皆、歯車の様な物を持っていたって言っているのに……どうしてこの時だけ歯車を持っていなかったのかしら?」
「襲う時以外は隠しているんじゃないのかい?」
 セセリが考えながらの発言にアキは鋭い突っ込みを入れる。
「……それもそうね。確かに……いや、でも、まだおかしい所は多いのよ」
「と、言うと……何かしら、エヴァッカ?」
 エヴァッカは頷いてから自分の意見を述べ始める。
「なんで、その強盗殺人ジュプトルは一人旅よりも数人で旅をしているポケモンを優先的に襲っているのかしら? 一人旅のポケモンを襲うこともあるけれど……わざわざ襲っているとしか思えないくらい、数人の集団を襲っているように見えるの、私は。それって……変じゃないかしら?
 それに、なんで時の歯車を盗むのかしらね……彼は?」
「人に恨まれるのが趣味なのよ。きっと」
 セセリはそう言って感情の赴くままに強盗殺人ジュプトルを貶す。
「うん、その可能性は私も考えたわ。人をおちょくるのが好きなら恨まれるのが趣味だということもあるし……そう言う人もいる。
 そして、ジュペッタは憎しみ、ムウマは恐怖の感情を糧に生きるし、私は逆に明るい感情が好き。そうやって感情を力にする方法がある以上……憎まれる事で何か特がある儀式や、復活できるまだ名前も知られていない伝説のポケモンやらがいるのかもしれない。
 何かのために憎まれる必要があるとか。そういう方向から何か考えたこともある」

「いい加減にしてよ。何が言いたいのエヴァッカ!? あいつは敵、それに変わりはなくってよ!?」
 あくまで感情的なセセリに対してエヴァッカは冷静にセセリを見据える。激高したセセリは、巨大な耳の毛を握りしめて、むしり取らんばかりに力を加えている。怒りの感情が強くなってきて、あまりよろしい気分ではないエヴァッカは、労わるように胸の角を撫でている。
「じゃあ、聞くわ……そのジュプトルが人に恨まれるのが好きだとして……自分が、時の歯車を盗んだ張本人だって大々的に公開しないのはなぜ?」
「そ……それは、なるべく歯車をたくさん盗んでから後悔した方が皆の恨みが集まるでしょ?」
「ふうん……なら、セセリ。ジュプトルはなんで歯車を盗み終える前から強盗殺人なんてしたのかしらね? いや、路銀を稼ぐために強盗殺人をしてもいいけれど……私なら一人の旅人を狙うわ。なるべく証拠を残さないようにね。もしくは、旅人なんて方っ苦しい事は言わずに家に入って押し込み強盗をする。
 なのに、なんでジュプトルが二人組とか、そう言う奴を狙うのか私には理解できない……理解したくも無いのだけれど……目立ちたがっているようにしか見えないの」
 あくまで冷静に、エヴァッカは意見を述べる。
「た、確かに……目立ちたくない時の歯車泥棒と、目立ちたがり屋な強盗殺人犯……なんか行動が矛盾していないかい、リーダー?」
 アキがエヴァッカの思案に追従して、セセリに疑問を投げかけた。
「で、でも……」
「『でも』も何も無いわよ……セセリ。貴方が殺されなかったってこと……色々考えてみたいわ。他にあいつ、何か言っていなかった?」
「私達が接触したボーマンダに……肩の傷がないかどうかを聞かれたわ。あと、強盗殺人と、時の歯車泥棒は同一人物ではないって……それと、後一つ……少しでもいいからボーマンダを疑ってくれって……」
 ジュプトルの言葉を反芻しながらセセリは口に出す。
「あのボーマンダ。肩に傷があったわよね……ジュプトルとエッサ……二人は、知り合い? ねぇ、セセリ……感情的になるのは分かるけれど、そういう大事な情報は早めに言ってくれないかしら?」
「どっちにしろ!! 時の歯車を盗んだのだとしたら、結局私はあいつを許せなくってよ!! あいつは、あいつ自身で歯車を盗んだ張本人だって言ったのよ!?」
 エヴァッカのもっともな言葉にすら噛みついて、セセリは吠える。
「アタイだって許せないけれど……リーダー。ちょっと落ち着こうよ……」
 見かねて、アキが注意した。気づけば、声を張り上げているのはセセリのみ。一応格下である二人になだめられては、リーダーとして立つ瀬も無く、セセリは憎々しげに舌打ちして黙りこむ。

「話を纏めると……どうも、おかしいわ。泥棒のジュプトルは、強盗殺人はしないと言い張るし……その証拠とでもばかりに、リーダーを生かした。もちろん、ただ混乱させて判断を迷わせるための作戦という見解も無きにしはあらずだけれど……
 そして、ジュプトルとエッサは知り合い……であると言う事。エッサさんと、ジュプトルの関係が気になるわね……」
「じゃあ、なによ……エヴァッカはあのジュプトルが善人だとでもいいたいの?」
 声を荒げこそしないが、セセリは強い口調で尋ねる。
「例え善人じゃなくとも。口八丁で善人を装う事は出来る。例えば……『俺は世界を救うために時の歯車を集めているんだ!!』ってジュプトルが弁解して、それを皆が信じれば……ジュプトルは善人じゃない。もしもジュプトルが、口が上手いだけの悪人だとしたら、そのあとでエッサが何を言っても聞いてもらえない……と言う事になりかねない。これは防ぐべき事態だから、先に何が何でもジュプトルを悪人に仕立て上げる必要があったんじゃないかって……
 そう、ジュプトルの口が上手いか……奴が本当に善人かは分からないけれど、エッサが嘘をつく理由はあるのよ。無理矢理にでも考えれば……あるのよ」
「いや、エヴァッカ……確かにそうだけれど、そんな口が上手いだけのジュプトルの言葉なんて調べりゃすぐに分かる事じゃないのかな?」
「えぇ、そうよアキ。だから……その逆の可能性ってないかしら? ジュプトルが善人だという考え方……
 第一にジュプトルが善人だとして……
 第二にエッサがジュプトルの行動に不利益を被るとして……
 第三にジュプトルの言い分を誰かが信じるとして……
 第四にそれが『調べられたらすぐ分かる事』だとして……
 第五にジュプトルの行動が実は全世界に称賛とまではいかないまでも支持される事だとして……
 第六にエッサが悪人だった場合……それなら、エッサはジュプトルの行動の真意を誰かに調べられるが非常に困る事になる。
 そういう場合は、コリンの言う事を誰も調べない状態にしなければいけないのよ。
 世紀の強盗殺人犯の言葉なんて、多くの人が信じない……そうでしょ? まぁ、実際には誰かが調べるでしょうけれど……誰かが調べたとしても『ジュプトルの言葉が真実? お前何馬鹿なことを言っているんだ?』って感じで無視されかねない。そんな風に、少しでも『ジュプトルの事を誰も信じない』状態に近付けようとするなら……エッサが嘘をついているという可能性と、利点は否定できないわ」
 話を纏めながら語るエヴァッカにセセリは反論が出来なかった。
「……確かに、エヴァッカの言う通り、エッサと強盗殺人ジュプトルにはおかしい事が多すぎるんじゃない?」
「そうね、アキ。でも、仮定する事が多すぎて……不確定な事ばかりだから、私の意見ばっかり鵜呑みにしちゃダメよ」
「そ、それは分かっているよ……エヴァッカ」
 アキの言葉を最後に、チャームズの三人は黙りこむ。
「セセリ……犯人憎しで突っ走るのもいいけれど、たまには立ち止まって考えてみないかしら? 正しい道が見えるかもしれないわ……大鍾乳洞の時だって、そうだったじゃない?」
「……五月蠅いわね」
 セセリは、ベッドに座ってこっちを見下ろしているセセリと目を合わせようとせずに、じっと床を見ていた。やがて、彼女は拗ねたように不貞寝を始めた。

 ◇

「アキ……私だって、怒りを忘れたわけじゃないけれどね……」
 エヴァッカとアキは夜風に当たりながら、セセリの聴力でも絶対に聞こえない距離で二人だけの話を始める。
「でも、色々と思う事はあるわけよ……。矛盾した行動がどうにも目につく所は……特にね」
「だから、エヴァッカはジュプトルは善人だって言いたいの?」
「うぅん、違うわアキ」
 エヴァッカは首を振って否定する。
「その可能性もあると考えているだけ……だって、変じゃない。傷つけた相手の治療をわざわざするなんてさ。それはきっと……セセリがあのジュプトルと事を構えるような真似をしなければ、治療どころか怪我をさせる必要すらなかったってことなんじゃないかと思う。
 だから、なんだけれどね。今度もし、そのジュプトルに会う機会があるのなら……私はこの角で見極めたいの。ジュプトルがやろうとしている事を……」
「それにはどうすればいいのさ?」
「戦っている最中は、よっぽどのことじゃなきゃ感情を隠せない……むき出しになる。だから、セセリか貴方に戦わせている間に……私がなんとか感情を感じ取れれば……私の仮説に対する、ある程度の答えが用意できると思う。きっとね」
 胸の角を見つめながら撫でて、エヴァッカは頷く。
「そのためには、また……ジュプトルに接触しなければならない。運が私たちに向いてくれればいいんだけれどね……」
「運なんて、ミュウに祈るっきゃないでしょ。……アタイは、先祖に祈るよ」
 信仰の違いの事でも考えながら、アキは苦笑してエヴァッカの怒りや悲しみを誤魔化した。
「そうね……」
 エヴァッカは手を合わせ、祈りをささげる姿勢を取る。アキは正座して地面に指を当て、祈りをささげる姿勢を取る。
「我らを導いてください……ミュウ様」
「正しき道を……」
 二人はそれ以降黙って祈りをささげた。チャームズの怒りはまだおさまったわけではないが、少なくとも今後コリンが問答無用で襲いかかられる事はなさそうである。








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コリン「このままじゃマウントポジションを取ったら頭を叩きつけることに定評のある主人公になってしまう……」
シデン「マウントポジションをとったら関節技を使えばいいのよ」
コリン「そ、そういう問題じゃ……」

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[[次回へ>時渡りの英雄第11話:遠征へ、君と一緒に]]

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**コメント [#gf1bdf67]

#pcomment(時渡りの英雄のコメントページ,12,below);

IP:223.134.157.63 TIME:"2012-11-06 (火) 21:18:17" REFERER:"http://pokestory.rejec.net/main/index.php?cmd=edit&page=%E6%99%82%E6%B8%A1%E3%82%8A%E3%81%AE%E8%8B%B1%E9%9B%84%E7%AC%AC10%E8%A9%B1%EF%BC%9A%E4%BA%8C%E3%81%A4%E7%9B%AE%E3%81%AE%E6%AD%AF%E8%BB%8A" USER_AGENT:"Mozilla/5.0 (compatible; MSIE 9.0; Windows NT 6.1; WOW64; Trident/5.0)"

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