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時渡りの契り の変更点


* 時渡りの契り [#p92e092a]

 Written by [[幽霊好きの名無し]]

** 一 [#dea306fa]

 まったく、僕という人間は、実に油断していたと言わざるを得ない。今から思えば、手の込んだ準備の一つや二つやっていてしかるべきだったというのに、それらしい用意など、全くもってやってはいなかった。だから、僕が現状のように窮地に陥っていたとしても、無理のないことなのだ。
 詳しく説明しよう。僕は今、ウバメの森というところに入り込んでいる。コガネシティ側の入口からどこまで進んだのかは分からないが、腕時計を見るに、足を踏み入れてから結構な時間が経っている。だから、恐らく、かなり奥深くまで進んでしまっていることだろう。だが、僕には帰る手段が無いし、来た道をそっくりそのまま覚えているわけでもない。僕が後退すれば多少は入口に近づくだろうけれども、かと言って無事にこの森から抜け出せるという保証は全然無い。端的に言えば、僕はすっかり道に迷ってしまっているわけだ。
 それだけではない。実は、僕は護身用のポケモンを何一つ持ってきていないのだ。なので、ウバメの森に棲息しているポケモンが襲いかかってきても、ほとんど手の打ちようがないのだ。一応、万が一のときのためにピッピ人形を五体ほど持ってきてはいるが、これを切らしたら、もはや僕の命は風前の灯火と言っても良いだろう。問題なのは、ピッピ人形が必要になりそうな事態が僕の想像していたよりも非常に多く発生しうる、ということである。幸いにも、このようなケースはまだ訪れてはいないけれども、そのうちやってくるに違いない。現に、ピジョンの鳴き声やスピアーの飛んでいる羽音が遠くの方から聞こえてきている。いつ僕が狙われても、全くおかしくはない。
 ひょっとすると、僕はもう帰れないかもしれない。たとえ森から抜け出られそうになったとしても、命が奪われることになってしまうかもしれない。早まった行動に出てしまったことで、僕の明日以降の人生が全て水の泡となって弾け飛び、そのまま消えてなくなってしまうかもしれない。
 僕は未だかつてないほどの不安と恐怖に駆られ、つい先ほどまでやっていたことを大いに悔やんだ。後の祭りとは知りながらも、自分の無謀さに呆れ果てる他はなかった。特に壁らしい壁などなく、四方八方に開けている場所であるというのに、まるで袋小路に追いやられている気分だ。
 だが、ここで立ち止まったところで、何ら事態が良い方向に動くわけもない。思わず溢(こぼ)れそうになっている涙をぐっと堪えつつ、仕方なく僕は前の方へと進むことにした。この際、どうなったって構わない。今優先すべきなのは、ウバメの森という魔境を脱出することである。南の方、すなわちヒワダタウンの方に抜けるのでも良いから、とにかく抜け出すことを第一に考えるべきではないか。
 こうして僕は、いつ自分が襲われるか分からないという恐怖感と戦いながら、当てもなく足を前に進めた。一応道になっているところを歩いているつもりなのだが、道中でこれと言った道標(みちしるべ)や案内板すら見当たらないところを考えるに、僕はもう道を外しているかもしれない、という不安に駆られてしまう。だが、それでも、僕は行くしかなかった。そうすることでしか、自分の命が助かる術は残されてはいない。
 時折麦茶を飲みつつ、僕はウバメの森の中をひたすら彷徨った。それでも、行けども行けども周りは木々や植物といった緑色のものばかりである。運良く他の人とすれ違うようなことがあれば良いのだが、今のところそういったことは起こっていない。実際、僕は先の方へ向かって、おーい、と何度も叫んでいるのだが、全く反応が無いのだ。それもそのはず、ウバメの森は、僕のような普通の人間が丸腰で足を踏み入れるようなところではない。せいぜいすれ違うとしても、ポケモントレーナーと呼ばれる、ごく限られた人たちくらいだろう。そういった人の影すら見当たらないのである、僕はやってはいけないことをやってしまった気がしてならない。
 どうすれば僕は助かるのだろうか。どうすれば僕はこの場から解放されるのか。どうすれば僕は緑に覆われた魔境から抜け出せるのか。まるで見当のつかぬまま、ただいたずらに時間が過ぎるばかりであった。
 それから、はや三、四十分が経過しようかというとき、僕は奇妙な場所に辿り着いた。薄暗さの支配するこの森の中に、小さな神棚らしきものが、ぽつん、と安置されていたのである。そのそばには、すっかり黒ずんでしまっている木製の立て看板があった。この神棚で、いったい何が、何のために祀(まつ)られているのかが、ごく簡単に説明されているようである。それによれば、ウバメの森がもたらす自然と恩恵を永遠のものとするために、セレビィという神様が森の秩序を保ち続けているのだという。要は、森の繁栄を少しでも長続きさせるためにセレビィを崇め奉っていた人たちが、気の遠くなるほど前の時代に、この神棚を作り上げた、ということらしい。
 このセレビィという森の神様について、僕は全く何も知らない、というわけではない。というのも、セレビィというのは、存在するかどうか分からない、いわゆる幻のポケモンとして広くその名が知れ渡っているのだ。自然の恵みをもたらす存在としても有名だし、過去へ未来へと自由に行き来できる不思議な能力を持つこともよく知られている。そういったところから、おとぎ話や芸術の題材、あるいはスポーツ新聞の特ダネスクープというように、様々な方面でネタとして使われていることも少なくない。僕もこのような形で小さい頃からセレビィという未確認生物に触れてきている身なのである。おそらく、セレビィについて全く聞いたことがない人の方がまれであろう。
 僕はしばらく、神棚の前で立ち尽くしていた。今ここにセレビィが存在するのならば、僕はいったい何と言おうか、そのことをずっと考えていた。頭の中に出てくる言葉の数々が、いつの間にか、セレビィに対する祈りとなっていた。セレビィが実在するなどと考えるのは実に馬鹿馬鹿しいことであるのだが、僕の置かれている状況が状況なだけに、何に対してでも良いから祈りたかったのは、間違いのないことである。
 そのときだった。神棚についてある三角形の屋根の上が、ひとりでに真っ白く光ったのだ。神棚の高さは僕の身の丈とだいたい同じくらいだったし、まだお昼過ぎだというのに森全体が妙に暗かったということもあって、この妙な変化はすぐに分かった。でも、どうしてそんなことが起こったのかまでは飲み込めず、僕はただ呆然とする他はなかった。
 この白い光はやがて薄くなっていき、代わりに一匹のポケモンが姿を現した。そのポケモンは屋根の上にちょこんと座っている。身の丈は僕と比べるとかなり小さく、全体的に人間の赤ん坊くらいの大きさしかない。背中から生えているらしき一対の翅(はね)が見え隠れしている。頭部はタマネギかラッキョウのような形をしており、二つの目の上には一対の触覚のようなものが生えている。そして、体色は上半身が薄い黄緑であり、下半身が濃い黄緑になっていた。そう、神棚の上に現れたポケモンこそ、あのセレビィなのである。
 僕は自分の目を疑わずにはいられなかった。どんな人間でさえ見たことがないというポケモンを、たった今目の当たりにしているのだから。そして、今まで歩いてきたことによる疲れもあるのか、いつの間にやら深呼吸を繰り返していた。
 一方、セレビィは僕の方を見下ろしていた。何も言わず、動きもせず、ただ僕のことをじっと見つめているばかりであった。表情にしても、特に驚いた様子など見せることなく、微笑を浮かべるだけなのである。いったい何をやりたいというのか、このポケモンの意図が全く見えてこない。
 そのまま、僕とセレビィの睨めっこが数分は続いただろうか。鳥ポケモンの鳴き声や虫ポケモンの出す音以外には、何も聞こえてはこない。双方ともに何も言い出そうとはしないものだから、緊張した空気がこの場を支配するようになっていた。
 ――そうだ、これは悪い夢だ。これまでのことも、今僕が目にしているのも、全て夢に違いない。
 ふと、僕はそんなことを思った。自分の身に起こっていることが、もはや飲み込めなくなってきている証左であった。そこで、僕は左手で自らの頬を軽く打つ。少しばかりの痛みが走る。けれども、当然のことながら、この自然の魔境から抜け出せることもないし、目の前にいる幻のポケモンが消えてなくなることもない。やはり、僕が目の当たりにしているのは、現実以外の何物でもなかったわけだ。そのことを受け入れようにもなかなか受け入れられず、僕はただ呆然とするしかなかった。
 すると、セレビィは、今まで堅く閉ざされていた口を開き、僕に向かって語り掛けてくる。
「なあ、あんた、いったいこんなところまで何をしに来たんや。ここはあんたのような人間が来るとこちゃうで」
 セレビィのような神様でも西ジョウト弁を使うんだな、と僕は強く思ったのだが、敢えて声には出さなかった。それにしても、ポケモンが人間の言葉を喋るなんて普通は考えられないことなのに、どうして僕はセレビィの言うことを自然に理解できたのか。そのことに理解に苦しむ僕に対して、セレビィはなおも言葉を紡いでくる。
「なんや、うちが喋っちゃ変か? 顔がそう言っとるよ。まあ、うちと顔を合わせた人間さんたちは、皆驚いてまうけどな。うちは曲がりなりにも〝神様〟やぁいうのに」
 神様としては威厳のかけらも感じられない言葉である。そのことに僕は思わずおかしくなり、思い切り吹き出してしまった。まるで、テレビのコント番組を生で見ている気分だ。僕の大きな笑い声が森の中をこだましてゆく。
 だが、仮にも〝神様〟の御前であるためか、僕が腹を抱えて笑っている様子にセレビィは腹を立てたのか、怒りの表情になりながら言葉を僕にぶつけてくるのだった。
「あんた、うちに失礼やぁ思わんの? まあ、笑われるんも慣れとるからええけど、あんたみたいな笑い方されるっちゅうのは、ちょっと頭に来るわ。何なら、今すぐあんたの命奪ってやってもええんやぞ?」
 これだけのことをセレビィはさらりと言ってのけたが、その中身の恐ろしさといったらとんでもないものだ。さらに言えば、セレビィが果たして本気なのかどうかも分からない分、余計に怖く感じてくる。背筋の凍る思いがした僕は、すぐに笑うのを止めてしまった。心なしか、身体のあちこちから冷や汗が出てきているような気がする。
 その様子を見て取ったセレビィは、翅をブンブン動かしながら、神棚の屋根から飛び降りて、僕の顔のあるところにまで下降する。そして、セレビィと僕とが、ちょうど顔を見合わせる形になった。
 セレビィは再び掴み所のない微笑を浮かべ始めると、僕に向かって、今までよりも幾分低い声で訊いてきた。
「もう一回言うで。あんた、この森で何をしに来たんや」
「そ、それは……。あ、あなたには、関係のないことでしょう」
 できる限り粗相にならないように装いつつ、僕はできる限りの返事をした。とは言っても、声は若干震えていたのだが。
「ふーん、そういうこと言うわけやな……。やったら、質問変えようか。うちに何か用でもあんの?」
「えっ?」
 僕は図らずも声をあげてしまう。それに対し、セレビィは微かな笑みを依然として崩すことがない。
「なんやぁ、その顔は。人間が用もないのにこんなところに来るわけあらへんやろ」
「そ、そりゃそうですけど……」
「なら、言うてみい。うち、絶対怒らへんから」
 あんな顔で言われると、セレビィの言葉が本当かどうか確信が持てないのだが、それでも今はこのポケモンの言うことを信じるしかなかった。不安と戦いっぱなしであった僕は口を閉ざしたままでいることなどできるはずもなく、目の前で佇む〝幻の生き物〟に向かって、こう言い立てるのだった。
「ぼ、僕を、この森から出していただけませんか」
「はぁ?」
 セレビィはすぐさま困惑したようである。気まずい雰囲気が場を支配するかのように思えたが、やがてセレビィは続けた。
「あんた、まさか、迷子なん?」
「は、恥ずかしながら……」
「人間様やぁ言うのに、情けないやっちゃなあ……」
 セレビィは呆然としながらも、腕を組み、両足を広げ、考え込む仕草を始めた。それを僕はただ見つめているだけであった。
 それからというもの、セレビィは口を閉ざしたまま何も言おうとしない。僕の方も言葉を一切発さぬまま、セレビィの様子を窺っていた。とはいえ、双方ともに何の声も出さないことに、僕は次第に苛立ちを覚え始める。セレビィはいったい何を考えているのか全く理解できないし、何か言ってもらわないと、僕という一人の人間が果たして助かるかどうかも分からないのである。今は、他力本願だからどうのこうの、なんてことを気にしている場合ではない。
 しびれを切らした僕は、ようやく沈黙を破った。
「あ、あのぉ、セレビィさん」
「ちょっとあんた、うちの名前を気安く呼ぶなや」
「そ、それじゃあ、何と言えば……?」
「そやな、何てったってうちは神様やし、セレビィ様ぁって呼んでもらわんと困るなぁ」
 こういう風に、いちいち間の抜けた会話になってしまうのは、セレビィ自身の本来の性格によるものなのか、それともセレビィが考えに考えた結果そうやっているのか分からないのだが、今はこんなことに惑わされるべきではない。恥を忍んで、僕は続けた。
「せ、セレビィ様……」
「そう、それでええんや。で、なんなんや」
「僕は助かるんでしょうか……?」
「それなんやけど、やっぱ言うてもらわんとあかんわ。あんたがこの森ん中に入って何しに来たんかを、な」
 セレビィのこの言葉を耳にして、僕はもはや他の道が残されていないことを痛感した。仕方なく腹をくくって、目の前にいる〝神様〟に向かって語り始めた。

** 作者より [#i31cd55f]

「神様」のくせに威厳の全く感じられないチャラいセレビィと、事前準備をしっかりやってなかった情けない主人公の今後にご期待ください(
 次の更新はいつになるか分かりませんが、2016年1月中にできたら良いかな、と。

** コメント [#i24e6473]

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