ちまちま更新していくことになります。 [[ピカピカ]] ---- 結局、俺達は朝まで昔のことなどを話しながらも今後なにをしていきたいかなどを話しあっていた。途中、目が覚めたソウカとサクヤも混ぜての話し合いになり、久しぶりにあそこへ皆で行ってみたい。あそこでこれがしたいなど、話の種が尽きることがなかった。だが、やりたいこと、行きたいところを紙に書き連ねている役を担う俺は一つ疑問が浮かび、ペンを置いた。 「う~ん…」 「どうしたのさ?」 サヤ姉がそう聞くと、他の3人も同時に俺を見る。 「いや、これだけのことをこっちにいる間にできるのかなってふと思ったんだけど」 紙を見てみれば、ものすごい量のそれぞれの要望が書いてあり、それに気づいた他の3人も「あっ」と声を漏らした。そこで一番歳上のサヤ姉は顎に手をやって考え込んでしまう。どうやらルウだけは早い段階でそのことに気づいていたようだけど、とりあえずその経過だけを見ていたらしい。こういう時に無口な人というのは少し厄介だなぁと思った。言葉が通じないわけじゃないのだから、少しぐらい喋ってくれてもと思う。まぁ、ルウのことについては今更なにをという感じなんだけど。 そして何かを考えていたサヤ姉がはっとしたように俺に聞いてきた。 「そういえば、あんたはいつまでこの村にいられるんだい?」 「俺? え~っと…夏休みの最初の一ヵ月はほとんどバイトに使っちゃったし、残るのは大体一ヵ月ぐらいかな」 「なんだ、バイトなんかに一ヵ月も費やしたのかい。そんなことよりも、もっと早くこの村に帰ってきたらこの要望だって全部叶えられたかもしれないのにね」 「そうだよ~。もっとお兄ちゃんと一緒にいられる時間が増えたのに~」 「ははは、ごめんな。ソウカ」 とりあえずあぐらをかいている俺の上に座るソウカを撫でる。実はこの村に帰ってくる電車賃に加え、当面の生活費用を稼ぐのに大変だったなんてことは内緒にしておこう。余計な心配とか気遣いされたら嫌だしね。 「それにしても後一ヵ月ッスか…。これだけのことをやってたら結構ハードな夏休みになりそうッスね」 「一日の間にやることを増やしたりすれば行けなくもなさそうだけど…」 「それは皆が疲れちまうだろ? それにアタイ達にだって道場とかでの鍛錬や、他にもやることが沢山あるだろうしね」 「私はお兄ちゃんと一緒にいられればそれだけで良いんだけど」 「……」 みんながみんな意見を出し合い、悩んだ末に少し要望を減らすことにした。最低限やりたいことだけを残してみたところ、かなり数が減った。これならどうにか一ヵ月で全部片付けられそうだ。 「じゃあやりたいことはこれで全部だね」 「海には絶対行くんスね…。姐さん、頑として首を横にしか振らなかったッスから」 「当たり前でしょ? この鍛えられたボディを見てもらわないでどうするのよ?」 「誰に見てもらうのさ、サヤ姉」 俺が少しふざけた調子でそう言うと、サヤ姉は急に顔を赤らめた。 「…昔からニブチンだね、この子は……」 「えっ? 何さ、サヤ姉」 「なんでもないよ!! さっ、次にやりたいことはなんだい?」 どうしたんだろ、サヤ姉。気のせいか皆が俺を見る目が憐れんでいるように見える。俺、何か悪いこと言ったかな。と、思ったらすぐに皆切り替えて紙の方を見る。逆に凄い気になるよ、俺。後でソウカにでも聞いてみようかな。 「次は…花火?」 「これは私だよ、お兄ちゃん」 俺の足の上に乗っているソウカが言った。他の3人もこれには一向に反対しなかった。そういえばまだこっちに住んでいたときは夏休みになったら飽きるほど花火をしてたっけな。ソウカがやる度に綺麗だねと喜ぶものだからお小遣いでこっそり花火を買ってきては、ついつい幼いソウカと二人だけで楽しんでいた記憶がある。 「いいね、久しぶりに俺も皆と花火をしたいな。皆で好きな花火を買ってきて川辺でやろうか」 「うん!! 私は線香花火とかやりたいな」 「アタイはロケット花火かな。昔はよくあれでアンタを的にしてたっけ」 うっ。思い出したくもないトラウマが。当たるとかなり痛いんだぞ、ロケット花火。良い子は絶対真似しないように。そういう用途じゃないから。 「自分はねずみ花火とかがいいッス!! 何かそそられるものが…」 本能というやつなのか。真意は分からないけど、とりあえず候補には入れておこう。 「っと。ルウは何かないのか?」 「…?」 私?と言った顔つきでルウはしばらく考えてからいきなりジェスチャーを始めた。やっぱり話さないのね。ルウは最初に何かに点火する素振りを見せる。そして遠くまで離れて、じっと見つめること数秒、天高く上を見上げた。 「…ロケット花火?」 ルウは小さくうなづく。意外と大きい花火が好きなんだ。 「よし、花火の話はこれくらいにしておいて、次の要望は?」 「ハイハイ!! 次は自分ッス!!」 「サクヤの要望? えーっと…」 「これじゃないかい?」 サヤ姉に指を指されて見た要望。そこには組手と書かれていた。 これって昔に道場とかでよくやったあれのことで合ってるのだろうか。とりあえず提案した本人であるサクヤに聞いてみる。 「なにこれ…」 「道場でみんなで汗をかく企画ッスよ!! 聞けば先輩も師匠に散々扱かれていたと聞きましたから、一度お手合わせ願いたいッス!!」 やっぱりそうか。いや、組手とこれほど分かりやすく書いてあったからさっきからあった疑問はほとんど確信に変わってたさ。でもこれは困ったな。だけど、せっかくの後輩(?)であるサクヤの要望を却下するのも可哀想だし。とりあえず対策は後で考えることとして、受け入れておくとしよう。 「はは…お手柔らかにね」 「はいッス!!」 そんな嬉しそうな笑顔で見られて、なおかつ元気に返事を返されてしまったら絶対回避するのは無理だ。本当にどうしようかと表情には出さずに悩んでいたそのとき、サヤ姉が俺に対して呆れたように溜息をついたのをしっかりと聞き取った。サヤ姉が言いたいことは嫌というほど分かる。でも、今は見逃しておいてとアイサインを送った。するとサヤ姉は仕方なさそうにゆっくりとうなづいた。サヤ姉には少し迷惑をかけることになるけど、そのうち何かをおごってあげよう。 「さて、と。次の要望は…」 俺はおそらく最後になるであろう要望を見ることにした。 そこには大きく夏祭りと書いてあった。議論の中で誰も反対するどころか絶対に行くと皆が意気込んでいた企画。確か最初に持ち出したのは意外にもルウだったはず。というかまだお祭りやってたんだな。まぁ、この小さな村の恒例行事みたいなものだったから、そう簡単に消えるとは思ってなかったけど。 いや、他にも小さな行事とかはたくさんあるんだけどね。村総出で行うものといったら思いつく限りこのお祭りしかない。それほどまでに大切にされている行事なんだろうけど、少し寂しいものを感じるな。 「お祭りかぁ…。子供の頃はみんなでよく行って遅くまで遊んでたっけ」 「アンタはこの村の子供の中で屋台の人達に最も敵視されてたけどね」 「えっ!? 何で!?」 俺、そんなに悪いことしてたっけ。屋台の人たちに嫌われることといったら屋台の破壊とか、盗み食いとかかな。子供だから許されたりしていたこととかあるのかもしれないけど、俺は一体何をしでかしたんだ。 「いやね、良い意味で敵視されていたんだよ。アンタ、祭りの鬼と言われるほどの凄腕だったんだから。まさか覚えていないのかい?」 「いや、そんな昔のこと覚えていないって」 「確か射的では連続で3連落とし、金魚掬いでは一つの網で4匹取ったり、輪投げでは大人顔負けのコントロールで数々の一等賞を総ナメにするなんてして屋台のおっちゃん達を泣かしてた、と自分は聞いたことがあるッス」 「屋台のおじさん達も毎年毎年対策を練ってたみたいだけど、ことごとくお兄ちゃんに破られてたみたいだね」 昔の俺は一体何者だったんだ。そんな俺が知らず知らずのうちに築き上げていた伝説は今まで生きてきて初めて聞いた。今じゃ絶対無理だよ、そんな芸当。 「アンタが都会の方に行ってからはおっちゃん達も随分寂しがってたみたいだけどね。何せアンタ程の猛者はこの村にいなかったんだから」 「お兄ちゃんがいなくなってからも私たちは毎年屋台のおじさん達と顔を合わせて挑戦してたんだよ。でもやっぱりお兄ちゃんじゃないとクリアできないような難しさだったね」 とにかく俺が凄い子供時代を送っていたのは分かった。俺しかクリアできないレベルって、それは他の子供達が泣きそうなものだと思う。商売は間違いなく繁盛しないだろうに。久しぶりに行ったらガッカリされそうな気もするけど、何だか懐かしく感じる部分もあるにはあるし、行ったら挑戦してみようかな。 「ん~…それにしてもお祭りなんて久しぶりだなぁ」 「都会じゃあまりやらないのかい?」 「いや、それなりに大きいお祭りを年に一回やったりもするんだけどさ。何か物足りないな、なんて思ったりもするんだよ」 「あっちの友達とかと一緒に行ったりはしないの?」 「もちろん一緒に行くよ、ソウカ。だけど、やっぱり自然とこっちでのお祭りの方が楽しかった思い出があるからさ。あっちの友達もいい奴らばかりだけど、俺は幼馴染のみんなと一緒に行く方が良いような気がするんだ」 「さっきまで自分の伝説を忘れてたやつが言うじゃないか」 サヤ姉がニヤけながら俺をからかってくる。確かにそうかもしれないけど、少しは空気を読んでよサヤ姉。 「でも、素直に嬉しいよ。アンタは私達との思い出をずっとそうやって覚えていてくれたんだからさ」 「サ、サヤ姉…」 い、いきなりそんな風に言われると照れちゃうじゃないか。てか、言ってる本人も照れてるし。 「…そ、そういえばさ。これ行きたいって言ったのルウだよね?」 「……」 正確にはジェスチャーで伝えたの方が正解。5分間の長いジェスチャーによってやっとこさ正解を出したのである。文字だって一応書けるのだからそれで伝えてくれても良かったのになんて今更言っても後の祭りだ。 そしてルウは俺が話題をふってからこくりとひとつうなづいた。それからどうしたの、といった表情で首を傾げた。 「ルウってそんなにお祭り好きだったんだなって思ってさ」 「……」 ぴくっと耳を上げてから、少しずつ垂れていくルウの耳を見て、すぐさま俺は慌てて言った。 「あ、いやね、全然良いんだよ!? 大きくなってもお祭りは楽しいしさ。俺だってほら、こっちに来てからお祭りがあったらみんなと行きたいなって思ってたし」 そう言ってもルウはぷいっと顔を俺から逸らしてしまう。あれ、逆に怒らせちゃったかな。 色々と弁護はしてみるものの、聞く耳持たず。これはどうすれば良いのだろうか。 「……」 「ル、ルウ~…。一体なにを怒ってるんだよ~…」 「はぁ…本当にあの子はいつまで経ってもニブチンだねぇ…」 「姐さん、どういうことっスか?」 「アイツが女の乙女心を理解してないし、それに気づくこともない。しかもそれが悪気がないからなおさら質が悪いってことだよ」 「う~ん…よく分からないッスよ、姐さん」 「サクヤも雄に興味を持てるようになったら分かるかもしれないね」 結局、この夏休みにやることは決まった。海に花火、組手に夏祭り。どれも何とか予定を合わせてみんなで楽しむつもりで、それはまた後日追追話すことになったんだ。だけどそれからしばらくの間、ルウが一向に話を聞いてくれなかったのが凄いショックだった。やっぱり言葉で言ってもらわないと分からないことって沢山あるよ。俺が実際にルウの機嫌を直した話はまた後日の話なんだけど、それはこの夏休みの中で起きた物語の一つ。 だから話す機会があればするかもしれないし、俺の胸の中だけにしまっておくかもしれない。 これから過ごす一ヵ月の話をどうしていくかは俺の選択次第、というわけである。 さぁ、夏休みの始まりだ。 (9月3日) こっちにきてから三日目の朝を迎えた。色々と予定を組んでいた慌ただしい昨日から一転。今日はなんとも静かな起床を迎えた。 今俺がいるこの部屋は昔住んでいた頃のをこの夏休み中にまた使わせてもらっている。今まではソウカが使っていた部屋らしくて、もちろんのことソウカを追い出したりなどできるはずもないので、一緒の部屋で夜を共に過ごしました。別にいかがわしいことは一切してないからな。 んで、結構朝早くに目が覚めてしまったのか、持ってきた目覚まし時計を見るとまだ6時半だった。いつもの夏休みのぐうたらな俺であればもうひと眠りするところではあるが、こちらにいる間はなんだかその時間が凄くもったいなく感じる。 「…散歩でもしてくるかな」 そう思ってから数分、一緒の布団で眠っていたソウカを起こさないようにゆっくりと起き上がってから毛布をソウカにかけなおしておく。いくら夏とはいえ朝方は少し寒く感じるから、風邪でもひかれたら大変だ。そんな心配を他所にすやすや眠っているソウカの顔を見ていると自然と頬が緩むのを感じた。 軽くソウカの頬に触れると、さらさらな毛が心地よく指の間を抜けていった。 「行ってくるからな」 起こさないよう本当に小さい声でそう呟いてから、俺は部屋を出てからすぐさま靴を履いて外へ散歩に出かけた。 「少し寒いな…」 朝靄がかかっている道を歩きながら誰に言うわけでもなく、そう呟いた。さすがに半袖、長ズボンじゃ朝の寒さには耐えられなかったか。いや、日中になったら長ズボンを履いているのでさえ凄く暑くなってしまうのですよ。 だからこれから暑くなってくると想定したらこれぐらいが妥当な恰好なんじゃないだろうか。 両手で両腕をごしごしと摩りながら少しでも体温を高めようと努力はしている。だけど、あまり効果はない。 「今からでも上着かなにか取ってこようかな」 そうまた独り言を呟いてからくるっと振り返り、一度家に帰ることにした。だが、そこで後ろから突然声をかけられる。先程は朝靄がかかっていたせいで気付かなかったが、誰かがいたようだ。 「あれ、アンタ朝から何してるんだい?」 聞きなれた口調で俺を呼ぶその声は間違いなく俺の幼馴染であるサヤ姉の声そのものだった。首にタオルをかけた状態で、なにやら汗をかいているようだった。 「サヤ姉こそ。こんな朝早くからどうしてタオルなんか持ってこんなところに? それになんか汗かいてるみたいだけど…」 俺に言われてからサヤ姉は首にかけたタオルを手に取って「あぁ、コレ?」と言ってから顔の周りの汗を拭いて、俺と目線を合わせるように少し態勢を低くしてから言った。 「アタイは毎朝、体作りのために森里村周辺を走ってるんだよ。ルウとかサクヤも誘ったんだけど、ルウは朝弱いし、サクヤは朝に家の用事だかなんだかで毎日大変らしくてね。こうやって一人寂しく走ってるってわけさ」 「へ~。サヤ姉も意外と真面目なところあるんだね」 「馬鹿。意外は余計だよ」 そう言って俺の頭をコツっと殴るサヤ姉。これは聞こえた音に比べると意外と痛かった。サヤ姉からしたらかなり手加減したほうなんだろうけど、それでも頭の中の脳細胞が随分とお亡くなりになったような気がするほど痛かった。 「はは、ごめんごめん…」 「まったく。それで? 何でアンタはこんな時間にここら辺をぶらついていたんだい?」 「俺は今日たまたま朝早く起きれたから、散歩しようと思っただけだよ」 ふ~んと相槌をうったサヤ姉は、少し呆れたような感じだった。 まぁ、サヤ姉と比べたら目標もなんもなく、ただ思うがままに行動しただけだからね。 「でも、少し寒いから一旦戻って上着かなんか取りに戻ろうと思ってたところなんだ」 「そんなに寒くはないと思うけどねぇ…。この村の人達はこれぐらいじゃ寒いなんて思わないと思うよ」 村の人達はタフだな。いや、俺も昔はこの村の人達の一人だったんだけどさ。それにしたってほとんどの人がこの村の朝の寒さをなんとも思わないというのは、つまり女の人も然り。男である俺がこんなことでいいのかと思うと少し恥ずかしくなってくる。幼馴染のみんなが見たら溜め息をつかれてしまいそうだ。 そんな恥ずかしさをごまかすために俺が「あはは…」なんて苦笑いしていると、サヤ姉は俺が予想していたとおり大きな溜め息をついた。こんなことが予想通りになるなんて凄く悔しい。 「まったく…。都会に住んでから随分腑抜けになっちまったんじゃないかい? 昔のアンタならこれぐらい屁でもなかったろうに」 「そんな昔の話を持ってこないでよ。俺だってもう大人なんだからさ」 「大人になったらもっと丈夫になるものばかりだと思ってたけどね。アタイの扱きに耐えられた雄なんざアンタぐらいしかいなかったんだから」 うわ、嫌なトラウマ思い出しそうになるからその話は勘弁して欲しい。思い出そうとすれば今でも鮮明に思い出せるほどのサヤ姉からの扱き、俺にとってはトラウマが脳裏を過ぎ去っていく。 「あれはどうあったってやりすぎだったでしょ。おかげでサヤ姉に付き合った日には生傷が絶えなかったんだから」 「それに耐えたからこそ今のアンタがあるんじゃないか。アタイに感謝して欲しいぐらいだよ」 「サヤ姉の分の荷物持ちながら山登りしたり、お昼は自前で俺が魚を取っちゃいけない川でサヤ姉の分の魚も取って、挙句の果てに怒られたのは結局俺一人だけだったりとか、新必殺技の実験台になって軽く死にかけたりしたとか、感謝できる要素が一個もないんですけど」 俺がたっぷりと憎しみを込めた形相でサヤ姉を睨みつけると、「あはは~」なんて笑いながら余計な汗をかいて目を背けるサヤ姉。その素振りは完全に罪を認めちゃってるじゃないか。 確かにおかげさまで体の方はある程度のことが起きても大丈夫になりましたよ。もしかしたら二日前の崖から転落事故であまり怪我をしなかったのもサヤ姉の扱きのおかげかもしれませんよ。サヤ姉に抱きつかれてもしばらくの間死ななかったのは肺がまだ丈夫のままだったからかもしれませんよ。それにしたって当時を振り返ったら俺の心は間違いなくトラウマを抱えた淀んだ心になりつつあったはずだよ。なんでならなかったのか不思議なくらいだ。 「とにかく!! 俺もサヤ姉ももう立派な大人なわけだから、手加減とかそういう危険なこととかは控えてよ」 「ちぇ~っ。つまんないの~」 まだやる気だったのか、この鳥お姉さんは。釘刺しておいてよかったな。さっきのサヤ姉と同じような溜め息をついてから、俺は首を横に振った。昔と変わってなくて安心したのもあるけど、あまり成長してないところには少し残念なものを感じた。 「あ、じゃあこんなのはどうだい?」 「ん?」 言葉通りつまらなさそうにしていたところから一転。サヤ姉はなにかを思いついたように俺に向かって言った。 「アンタがこの村の寒さにもう一度慣れられるように、私と一緒にこの村を走って周るんだよ」 「えっ? 俺がサヤ姉と一緒に?」 そうそう、なんて嬉しそうにうなづいてから態勢を元の高さに戻して俺を見下ろすサヤ姉。顎に手をやりながら周りを見渡してもはやコース決めかなんかを考えている。恐るべき行動力だ。何も考えずに本能の赴くままに散歩なんかしている俺とは違う…のだろうか。なんだかある種、俺とサヤ姉って似ているような部分があるような気がする。本人に聞いたらないと言われそうだから言わないでおくが。 「そうだね~。まずは手始めにアンタの家周辺を周る感じの方が楽でいいかもしれないね」 「いやいや、まだ俺やるって一言も言ってないんですけど…」 俺のことを思って色々と考えてくれるのは凄く嬉しいんだけどさ。その強引さも変わらないね。 小さい頃もいきなり部屋に押しかけてきてはずるずると引っ張られていった記憶がいまだに残ってるよ。 「大丈夫だって!! 最初はきついかもしれないけど、慣れれば楽しいもんだから!! ね?」 「あの~…サヤ姉、俺の話聞いてる?」 「よし!! 決まり!! アンタがやりたくなったらいつでも迎えに行くから、前日とかに電話頂戴ね!!」 あ、無理やり連れていくわけではないんだ。なにげにさっき言ったことを気にして学習してくれていたんだね。ちょっとだけサヤ姉を見直したよ。 それに考えてみれば、サヤ姉は純粋に俺のためを思って言ってくれているんだろうから、これを無碍にしたらさすがにそれは酷い男だと思われる。ここはサヤ姉の優しさに素直に甘えておいたほうがいいかもしれない。 「じゃあ、気が向いたら俺から電話するよ」 「そうかいそうかい。いや~、嬉しいねぇ。アンタと一緒に走れるんだからさ」 「ははは、でも、あんまり無茶はさせないでね」 分かってる分かってるなどと軽い返事を返してくるサヤ姉。うん、絶対分かってないね。ポケモンと人間じゃ体力とか何から違うんだからお手柔らかにお願いしたい。切にそう願うよ。 「よしよし、そうと決まったら今日は軽く私に付き合ってもらおうかね」 「え、マジ?」 「どうせ暇なんでしょ? 善は急げと言うじゃない。さ、レッツゴー!!」 「うわっ、ちょっ…サヤ姉!! そんなに手引っ張らないでよ。自分で走るから!!」 それから1時間程、俺はサヤ姉と一緒に走ったのだが、家に帰る頃には捨てられたボロ雑巾のようになっていた。何が起こったかはご想像にお任せするとして、とにかくその日一日は疲れがどっと溜まった状態で過ごすことになったのは言うまでもない。これからの先行きが限りなく不安でしょうがない。 (9月4日) 依然として疲れが取れないまま迎えた翌日のこと。俺はソウカに起こされて目が覚めた。 朝起きたら目の前にソウカの顔があるものだから驚いたものだけど、本人はあまりそれを気にしている様子もなく、俺が起きたのを確認すると「寝ぼすけお兄ちゃん、おはよう」と言ってから部屋を出ていった。 昔は俺が起こしてやらないと駄目だったあの寝ぼすけイーブイだった子が成長したなぁと親が子供の成長を感じるのに似たような感情を覚えたが、よくよく考えてみれば俺は育児はおろか、恋愛すらしたことのない奥手な純粋男子だったのを思い出して少しだけ気が沈んだ。決して童貞だということを言葉に出したくないとかそんなことはないのである。絶対に。 朝から変な話題を自分の中だけで語ったところで、まだ半分寝惚け眼な状態で部屋から出る。そして寝癖でたった髪の毛を掻きながらいい匂いのする居間の方へ向かうと、テーブルの上に一人分の朝食が置かれていた。 どうやら俺以外の人達は既に朝食を食べ終えているらしいので、祖父母に軽く挨拶をしてから椅子に座って祖母の作ってくれた朝食のラインナップを見る。うん、やっぱり日本の朝食といったら白米に味噌汁、おかずに鮭とかだよね。お、生姜と鰹節の乗った冷奴まである。俺が好物なのを覚えててくれて作ってくれたのだろうか。どちらにしろ、最近滅多に食べれなかった和食を思う存分堪能することにしよう。いただきますと手を合わせてから箸を持って食べ始める。まだ温かい朝食の味を噛み締めると同時に、つくづくこの村に来てから日本人でよかったと思える。 ちなみに、昨日の朝食はサヤ姉がくれたおにぎりでした。中身はいくらの少ししょっぱいおにぎりでした。なんでもサヤ姉の手作りだったらしいが、疲れた体には塩分が必要とのことでしょっぱめに作ったのだとか。あまりそこ以外の記憶は曖昧なんだけれどね。最後はボロ雑巾になっていたわけだし(ここ重要) さて、昨日の苦い、いやしょっぱい思い出を語るうちに朝食をあっという間に食べてしまった。都会の家じゃ、両親が多忙なせいで基本レトルト食品ばかりだったから、このご飯はお袋の味というのを思い出させてくれる非常にありがたい味だった。だって祖母の作った食事を家の母親も食べていたってことはもちろんそれも受け継がれているわけで、都会ではあまり食べなくなった母親の味も祖母が作ってくれるなら同じようなものだよな、と無理やり理由をくっつけてみた。別に意味はないのだけれど。 とりあえずごちそうさまと手を合わせてから食器を台所にいる祖母のところへ持っていく。それからすぐさま自分の部屋に戻って出かける用意をした。せっかく故郷に戻ってきたのに、疲れたを理由に動かないのはもったいないからな。だらだらと惰眠を貪るようないつもの夏休みではなく、今年は幼馴染と過ごす大切な夏休みにしたいというわけだ。うん、俺カッコイイ。まるでどこかのゲームの主人公みたいだ。 あれ、そういえばさっき俺を起こしてくれて以降、ソウカの姿が見えない。居間の方にはいなかったし、既にどこかに出かけてしまったのだろうか。できれば、昔を思い出しながら商店街の方へソウカと出かけようなどとも考えていたのだけれど、いないのならしょうがないな。ソウカももう子供じゃないんだし、いつまでも俺みたいなお兄ちゃんが一緒にいたんじゃあ恥ずかしいか。こういうところでまた可愛い妹の成長を感じ取れるのは嬉しいような寂しいような、なんて。 それじゃあ今日はどうしようか… #contents **ルウに会いに行く [#af29261d] そういえば、皆で色々やりたいことを決めたあの日以降ルウと会ってないな。思い返せば、俺はルウを怒らせてしまったような感じもするし。ここは一つ、ルウの家まで直接行って、謝りに行こうか。夏休みの間、ギクシャクするのも嫌だしな。 よし、そうと決まれば早速ルウの家に向かってでかけるとしよう。幸いにも俺の記憶ではまだルウの家を覚えている。前みたいに山の中で迷うようなこともないだろう。 そして玄関に行き、靴を履いてから居間にいる祖父母へと声をかけた。 「おじいちゃん、おばあちゃん行ってきます!! 晩ご飯までにはもどるから!!」 そう言うと居間から気を付けて、もう一つは行ってらっしゃいと声が聞こえた。何だかそう返してもらえるのが久しぶりな気がして嬉しかった。 俺は家を出て、まだ舗装されていない砂利道を歩き始めた。どこを見ても田んぼや山の光景が広がっているのを見て都会との違いをはっきりと認識する。車通りの少ないのもあれば、自然の数があまりにも違いすぎることから、空気の澄み具合も全然違うのもはっきり分かる。 「老後はこういったところで静かに暮らしたいなぁ…」 ここにまた住むというのもそれはそれで全然悪くない。都会の喧騒なんてまっぴら御免被るからな。 さて、辺りの景色を満喫しながらとりあえずは商店街の方へと向かう。 ルウの家は商店街を抜けた少し先にあるのだ。ここに住んでいたときは学校から帰ってきたら時にはソウカを連れてルウの家まで行き、そこからサヤ姉も入れてよく商店街を走り回ったり、近くの河原で遊んでいたものだ。 河原は俺の家から商店街へと向かう道の途中にあり、よくそこで水遊びをしている子供達の姿を見かける。その姿はなんだか昔の自分たちを見ている感じもして非常に懐かしく思えるのだ。 そうそう、話していたらちょうど河原の辺りに着いた。何だ、そこにルウもいるじゃないか。 「…ってなんでルウがあそこにいるんだ? 水浴び…ってわけでもなさそうだけど」 とにかくその姿を見つけたからには当初の目的を果たしにいかなければならない。いざレッツゴー。 ゆっくりと歩きながらルウに近づいていく。その途中で足音で気づいたのか彼女もこちらに気づいたようだ。軽く手を振ってみると、小さくながらも手を上げることだけはしてくれた。 そしてようやく二人の距離が縮まると、ルウはこちらを見つめてくる。その顔はいつもと変わらない顔だった。というか険しそうな感じだった。 「よ。ここで何してたんだ?」 「……」 相変わらず無言のままルウはゆっくりと目を瞑り、手を合わせた。 その動作だけで俺はすぐさま彼女が何をしていたかを理解した。 「あぁ、精神統一ってやつか。修行の一貫だね」 俺がそう言うとルウはコクッとうなづいた。当たったようでなにより。伊達に長年幼馴染やってないってな。 そして今度はルウが俺の顔を見上げるようにして、「そっちは?」といった表情で俺を見つめる。 「俺はルウを探して、今から家まで向かう途中だったんだけど」 「?」 私を?といった表情で俺を見る彼女は不思議そうにしていた。その顔はさらにどうして私をと言っているように見えたので、俺はとりあえず落ち着いて説明することにした。 「いや、この前皆で何をするか決めた日があっただろ? あの時、俺がなんかルウを怒らせたんじゃないかなと思ってさ。今日はそれを謝りたくて出かけたんだけど…」 「……」 ルウは思い出したかのように耳をぴーんと立てた。それから何かを考えるように顎に手をやった。 「俺がなにか悪いこと言ったなら謝るよ。ごめん」 ルウはしばらくは考えていたが、やがては俺を見て首を横に振って口の端だけを上げた。多分、これは「許さない」という意味合いの首振りじゃなくて、「気にしてない」という意味合いで捉えていいのかな。 「許してくれる、のか?」 ルウは俺の問いにうなづいてくれた。よかった。なんとか許してもらえたようだ。 「ありがと、ルウ」 またルウは気にしないでと言うように首を横に振った。何だかその素振りが昔と変わらないような気がして、安心した。ほっと一息ついてから、俺は河原を見てその場に座る。ルウもその隣りに座ってくれた。 「ここも変わらないな。相変わらず水は綺麗なままだし」 「……」 「変わっていくのは俺達だけかな、なんて」 ははは、と軽く笑っていると、ルウは膝を抱え込むようにして強く自分を抱きしめるように座った。 変わりたくない、とは思うけど、人もポケモンも時には逆らえないものだ。伝説上に存在するポケモンでもない限り、時を歪めることなんてできないんだと思う。だから俺はこの生きている時間を大切にしていきたいと、この村に来てから少しだけ思うようになった。 「そうだ。ルウ? 少しお願いがあるんだけど、いいかな?」 「?」 それから俺はルウと一緒に商店街の方へと向かった。お願いとは商店街やいろいろな場所への案内人。俺がいなくなってから変わった場所。または全然変わってない場所も含めて色々見て回った。とても一日じゃ見て回れないけど、それはまた別の日にお願いをするということで決まった。 今度はサヤ姉やソウカ、サクヤも含めて皆で案内してもらえたらいいね、なんてルウに言ったら彼女もうなづいて賛成してくれた。 思い出を作ろう。まだまだここに帰ってきて短いけど、残りの日ももっと楽しもう。そう強く思った。 To be continued… ---- このお話をどう進めるかは私と読み手さんにかかっている、かもしれないです。 もしかしたら、後々別のお話が更新されるかもしれないし、されないかもしれないww ---- #pcomment IP:180.29.205.146 TIME:"2012-08-29 (水) 18:12:34" REFERER:"http://pokestory.rejec.net/main/index.php?guid=ON" USER_AGENT:"Mozilla/5.0 (compatible; MSIE 9.0; Windows NT 6.1; WOW64; Trident/5.0)"