長編小説の始まりです。 一部公式とは設定が違っておりますので、そういうのが苦手な方はお控えください。 [[ピカピカ]] ---- プォォォン……プシュー…… 今の時代にはまず聞くことはないであろう列車の汽笛の音が建物の少ないこの田舎の村に響く。列車の窓から頬ずえを付いて外の景色を見ていると、自分の生まれ故郷が見えてくる。 何十年か前に離れたこの景色は、故郷から離れたあの時と全く変わっていなくて。 変わっていると言ったらあの時離れていった景色が今は近づいて行っているということだけか。 いや、もう一つ。何十年か前の泣き顔から今はニヤけが止まらない顔になっていることかな。 窓から入ってくる風を気持ち良さげに顔に浴びながら目を瞑ってふと昔を振り返る。 みんなは元気にしているかな。ここ何年間かは返事もろくに寄越していなかったからどうなっているかは分からない。それがまた今の胸の緊張を高ぶらせている。 最後に聞いた話ではみんな進化などをして、それぞれ好きなことをしているらしい。 新しく村に来た子なんかもいるらしくて、俺に逢いたがっているとも聞いたな。 でもそれも数年前の話なんだよな…。 今はどうなっていることやら。 只でさえいきなり帰ってきたものな。驚かれるのは目に見えてるし、その上間違いなくみんなから何か言われるよな。 そう考えると少し背筋がゾッとする。覚悟のうえで来ているのだけども、それでもね…。怖い物は怖いのですよ。 それに連絡をしないで来てるからな。てか、電話が通じなかっただけなんだがね。 どんだけ田舎なんだよと思わせるほど、俺の故郷は過疎化が進んでいるのか。やれやれと言わんばかりに俺は首を左右に小さく振った。 「間もなく~森里村~森里村~」 と、そこで列車内にアナウンスが流れた。 俺の故郷。森里村。読み方は「しんりむら」と読む。「もりさと」とかとよく間違えられる。 都会なんかとは違い、空気が澄んでいて良い村だ。俺が生まれてから何年間かを過ごした故郷。 本当に今はどうなっているのだろう。 早くみんなに逢いたい気持ちばかりが心の中に募ってきて…。 俺は荷物を肩に掛けて今か今かと列車のドアの前に立っていた…。 「森里~森里~お降りの方は足元に気をつけて~」 駅にはいつも通りメガホンを持ったおじさんが立っていて、アナウンスを代わりにしていた。 俺はそのおじさんの横を通り過ぎながら言った。 「ただいま」 「はい、お帰り~…って、今のは誰だ? 何か聞き覚えのある声だったような…」 遠くで首を傾げるおじさんを背にしながら、俺は駅の中を走り抜けて村の中へと足を踏み入れた。 さて、まずは自分の育ったあの場所に行くとしますか。 みんながいるかどうかは知らないけど、育ての親でもある自分のじいちゃんとばあちゃんに会って挨拶はしとかないといけないし。 俺は足を一歩踏み出して歩き始めた。何だか一歩一歩、歩く度に興奮が高まっていく感じがした。 やっぱり列車から見たとおり、故郷の景色は何一つ変わってはいなかった俺にとっては嬉しいことなのだが、少し寂しい感じもする。 今歩いているこの大きな通りだって俺が小さい頃住んでいた時には屋台などが立ち並ぶ小さいお祭りなどが夏に催されていたはずだ。今もやっているのかは分からないけど、小さい頃は毎年そのお祭りが来るのが楽しみで楽しみでしょうがなかったなぁ…。 それに普段は子供がいられない時間帯でもある程度は許されたうえに、みんなと長い時間一緒にいられたということがさらに楽しさ、嬉しさを高めてくれていたんだと思うな。 夏の間は一応居られるんだし、もし、まだやっているのであれば、みんなとまた行きたいな…なんてね。 久しぶりに故郷の中を歩きながら色々な思いを巡らせているうちに、いつの間にか俺は広く大きい通りから、細い田圃道を歩いていた。そして田圃道の途中で道が左右に分かれている所にさし当った。 確か右に行って真っ直ぐ歩いて行けば、俺のこっちでの家がすぐ傍にあるはず。 でもここを左に行くと…… 「…ちょっとぐらい遠回りしてもいいよね。まだ時間はあるわけだしさ」 軽い独り言を呟きながらも俺は左右に分かれているその道を左に曲がることにした。 ここを左に曲がると少しばかし長い坂道を登ることになる。そしてその坂道を登り終えてからはすぐに山の中へと足を踏み入れることになる。この森里村の中では有名な山で、よく俺とみんなの遊び場になっていた覚えがある。 それにその山の奥を進んでいけば、俺たちだけの秘密の場所があるのも覚えている。 昔は登るのに一苦労だった坂道も大人になったからか、随分と楽に登れた気がする。それから俺はすぐに山の中へと入って行った。 相変わらず木々から零れる木漏れ日が舞っていて、俺を限りなく照らしている。昔は毎日のようにこの日差しを浴びていたんだなぁ。 しみじみとしながらも俺は記憶を頼りに山の中を歩いて行く……が、いくら探しても秘密の場所にたどりつけない。 「あっれ~? おかしいな、確かこの辺だったような気がするのに」 まったく記憶と言うのは曖昧なものだ。何せ十年近く行ってなかったものだから、どこか記憶が一部一部抜けてしまっているらしい。本格的に迷い始めたかな、これ…。 「どうしようかな~……。この辺ってあまり人がいた覚えないし。ってこれもまた曖昧な記憶の一つなんだよな……多分」 参ったよ、こりゃぁ…。良い大人が迷子になりかけてるって一体…。 半ばあきらめて、来た道を戻っていこうと体を180度回転させたその時だった。 「…~~……♪」 「ん? 今、あっちの方向から何か聞こえたな…」 俺は耳を澄まして微かに聞こえた音を聞き取ろうとする。確かに聞こえる。人の声だ。 偶然にもこの山で何かをしている人がいたんだろうか。どちらにしろありがたい。詳しく道を聞いてみることにしよう。 そこで、とりあえず声がする方向へと歩いて行く俺の足取りは気のせいか早かったような気がした。 そしてだんだんと声が確かに聞こえていくにしたがって、俺は色々な事に気付き始めていた。 一つは声の主が女性であること。そしてもう一つが、普段したり、聞いたりするような会話などではなく、何かを訴えてくるような「歌」であったこと。 この二つを組み合わせれば、今向かっている方向にいる人はこの山の中で歌か何かを練習している人なのだろうか。気がつけば当初の目的を忘れつつ、俺の気持ちはその歌声の主がどんな人かを見てみたいと思う心に変わっていた。 そして、しばらく早歩きで森の中を進むと、突然俺の目の前には他の木よりも数倍大きい大木がどーんと構えていた。少し驚きながらも、その大木を見てみると、幹は勿論のこと、枝などもしっかりとした太さで、簡単に折れたり切れたりはしなさそうな立派な大木だった。 しかしどうにも俺はこの木に見覚えがある。所々子供たちが遊んでつけたような古い傷などがちらほらと……。 「て言うか…これって、俺たちの秘密の場所じゃないか? すっかり忘れていたけど…この傷とかは俺がつけたような覚えがある」 その大木の幹に触れて俺は思い出を振り返る。間違いない。ここが以前、俺たちが遊び場として使っていた秘密の場所だ。 俺は幹に触れながら大木の周りをゆっくり歩く。すると、ちょうど俺が居る反対の方向の木の根元には先ほどから歌っていたであろう声の主がそこにいた。というか、人ではなく…ポケモンだった。 四足の先は茶色で、耳と尻尾が葉で出来ているような形で、毛のほとんどの色がクリーム色で統一されたようなイーブイの進化系のポケモン「リーフィア」がそこに瞳を閉じて歌っていたのだ。 俺はゆっくりと少しリーフィアから離れた状態で彼女の目の前に座った。声からするとおそらく雌だろう。意外性をとって雄かもしれないけど、俺にとってはそんなことはどうでもいい。 ただ、今は彼女の歌声を聞いていたいと思った。いつしか俺自身も瞳を閉じてその歌に聞き惚れてしまっていた。 なにか懐かしくて、温かみのある歌。でも、所々寂しげで、何かを聞く人に訴えかけてくるような、そんな歌だった。俺では上手く言い表せないのだけれど、一つ言えることがある。 それは彼女の歌がとても素晴らしくて、聞く人を魅了させてしまうこと。 それに人語を話しているから、誰かに飼われているポケモンなのだろう。飼っている人が歌手とかだったら歌に興味があって歌っているとかだったら普通に納得がいくな。 あ、後補足を一つ。 この世界では人もポケモンも何ら変わりない生活をしている。人と結婚するポケモンもいれば、ポケモンと結婚する人もいる。つまりは人とポケモンは平等、簡単にいえば同じな訳。 だから俺が昔世話になった人とかには人だけでなくポケモンもたくさんいる。と言うか、この森里村には人よりポケモンの方が沢山暮らしている。割合で言えば7・3ぐらいかな。 まぁ、詳しいことはまたあとで話すこととして、どうやらリーフィアが歌を歌い終えたのか、それと同時に俺と同じタイミングでゆっくりと目を開けた。 俺はさっきからずっと見てたからさほど驚かないけど、問題はリーフィアの方で、当然のごとく驚いた様子で何度も目を瞬かせて俺を見た。 そして少し状況を呑みこんだのか、リーフィアはすっくと立ち上がり、突然……走って逃げた!! 「えっ!! ちょっ…待ってくれよ!! 聞きたいことがあるんだけど……ッて早!!」 リーフィアは俺の声が聞こえていないのかさっさと森の奥へと走りさろうとした。だが、ここで逃がしてしまってはやっとのことで会えたのに、再び迷子状態に逆戻りしてしまう。 それだけは回避したい俺は、慌てて、尚且つ急いでリーフィアを追った。だが実際四足の動くものに二足の俺が勝てるはずもなく、少しずつ距離が離されてしまう。 それでも必死に追いつこうと走る俺は、突然のリーフィアの曲がりに反応しきれずに、実際は漫画でしか見たことのない崖から転落ルートに陥る羽目になった。 下を見ればそんなに高くはないけど落ちれば結構痛い高さがあって、俺は足をバタつかせて空中を泳いでいた。しかし重力に引かれてすぐに俺は落下を始める。 「うっ…うわぁぁぁっ!!」 弱い風圧を尻から徐々に上へと感じながら落下する俺は、やっとのことで地上に尻からダイブ!! 痛む暇もなく、今度は土砂崩れの跡のようなゴツゴツの坂道を転がって行く。細かい石、大きめの石がたまに体に当たって痛いこと。 これ以上の被害を抑えたい俺は急遽受け身をとる姿勢に変え、綺麗に円を描きながら転がっていく。派手に転んでいくよりはマシで、しばらく受け身をとりながら転がった。当然今まで受けたダメージは蓄積されてるから痛むのだけれど。 そしてやっとのことで平らな道に変わった所でスピードは一気にダウン。転がりまくったおかげで体中痛いわ、目は回っているわでしばらく倒れていた。 「うぅ~…まさかこんなところで昔教わったことが役に立つとは思いもしなかった」 昔俺が何を教わったかも後で話すことにして、気がつくと痛む体を抑えながら俺はゆっくりと立ち上がっていた。そして目の前にはこんな田舎には珍しい立派な木造建築の家が立っていた……て言うかそれは俺の家だった。 「転がって行った先には俺の家…か。ははは…まるで漫画の世界だな」 こんなボロボロの姿で、随分とダイナミックなただいまをしたに違いない…と初めて俺を見る人はそう思うだろうな。実際に本当にダイナミックなただいまをしたようなものだが…。 「と、とりあえず中に入って挨拶を…」 こんな状態でも挨拶しようと考えてる俺は良い言い方で言えば律儀。悪い言い方で言えばただの馬鹿なのだろうな。どっちかと言うと律儀の方に一票お願いしたい。 そして本当にボロボロの姿で俺は、今まさに十年近く開けなかった扉を開けようとしていた。 と言っても扉と言うよりは横にスライドするタイプの引き戸なんだけれども。 まぁどうでもいいことはさておき、ようやく俺は家の引き戸を開けた。 そして、先ほどこの村に着いたときにも言った言葉を大きく叫んだ。 「ただいま!! おじいちゃん、おばあちゃんいますかー?」 戸を開けて中に入ると、家の奥から一人の年老いた女の人がやってきて、俺の顔を見た。間違いない、おばあちゃんだ。俺とは違って全く変わってないなぁ…。 変わってたら変わってたで結構困るんだけどさ。 俺が懐かしそうな目で見つめる中、おばあちゃんは俺が誰だか分からない様子だった。無理もないよね、十年近く会ってなかったんだから。それに身長も声も変わっているからなおさら分かりづらいはず。 そう考えているさなか、先におばあちゃんが口を開いた。 「はて、どちらさんでしたかな?」 「おばあちゃん、俺だよ。久しぶりにあったから分からないかもしれないけど、おばあちゃんの孫の……」 そこまで言いかけたところでようやく思い出してくれたのだろうか、おばあちゃんは俺に嬉しそうな顔で近づいてきた。 「おやまぁ…あんなに小さかった子がこんなに大きくなって帰ってくるなんてねぇ…。連絡してくれれば駅まで迎えに来たのに…」 「一応連絡はしたんだけど、どうにもつながらないからそのまま来ちゃった。驚かせちゃってごめんね」 「別にいいんだよ。ここはあなたの家でもあるんだから、いつでも帰ってきてくれて」 「ありがとう。あれ、そういえばおじいちゃんは?」 俺がそう言うと、おばあちゃんはニッコリと笑ってから言った。 「おじいちゃんなら、あなたの友達と一緒に遠くの畑に行ってるよ。もうじき帰ってくると思うから上がって待っていなさいな」 「うん、分かった。じゃあお邪魔します」 靴を脱いで家の中に入る。そしておばあちゃんの後ろについて歩く度に床の木がギィギィときしんだ音を出していた。俺は何だかその音を聞く度に昔のことを思い出していた。 夜遅くにトイレに起きたときなんかは、この床が怖くてわざわざおじいちゃんを起こして一緒に行ってもらった覚えなんかもあるなぁ…。 今となっては何でこんなことに怖がっていたのだろうなんて思ってしまっている自分がいる。 そしておばあちゃんについていき、リビングに着くと、おばあちゃんに椅子に座っているようにと言われた。 それに対して俺は言われた通りに椅子に座ってみんなを待つことにした。 て言うか、おじいちゃんは未だに畑仕事とか頑張っているんだな。子供の時からかおじいちゃんは逞しいイメージがあって、よく力をつけるためだとかで手伝わされていたことがあったよなぁ。 みんなもそれに付き合わされて一緒にやったっけ。 ただ、一人を除いて…。 「そういえばアイツは…ソウカはどうしてる?」 俺はふと思い出してアイツのことをキッチンでお茶を入れているおばあちゃんに聞いた。 おばあちゃんは湯呑みにお茶を入れてからゆっくりとこっちに来て言った。 「ソウカかい? あの子は元気にしているよ。昔よりすごく元気に動けるようにもなったからね。それにあの子、進化もしたんだよ」 「ソウカが? どんなポケモンになったの?」 俺が聞くとおばあちゃんはまた思い出せないようで、少し首を傾げて考え込んでいた。 「えーと…確か草のような姿をしていたような気がするんだけどねぇ…。あの子も今出かけていてどこにいるのか分からないんだよ」 「おばあちゃん、ただいま!!」 「あら、ちょうど帰ってきたみたいだね。ソウカ、こっちにいらっしゃいな」 「うん。そういえばおばあちゃん、知らない人の靴があったけど、あれって誰の……」 変わっていないアイツの声を聞いて、椅子に座ったまま振り返る。そして少し目線をずらして見ると、俺の思考はその場で一回停止した。 対するソウカも体が硬直したようにこちらを見たまま動かなかった。 久しぶりに会えたら普通は会話が弾むものなのだろう。でも違った。 いや、たまたま俺とソウカの十年ぶりの出会いが普通とは違っただけなのだろう。 ソウカは固まっている体を必死にときほぐそうとしながら、震えた声で俺を見て言った。 「あなたはさっきの人…? 何でここに……」 「ソウカ…? さっきの君があのソウカなのか?」 俺は驚きを隠せないまま立ち上がり、ゆっくりと近づいていきながら彼女を、ソウカを見ていた。 だってそうだろ?さっき俺が山の中で追いかけていたあのリーフィアが俺の目の前にいて、なおかつ俺の昔からの家族(兼)友達なのだから。 俺がゆっくりと近づくたび、こっちを見たままソウカは後ずさっていく。 「な、何で逃げるんだよ? さっきと言い今と言い…」 「私のさっきした質問に答えてよ!! おばあちゃん、この人誰なの?」 ソウカは成長した俺を見ても気がついてくれない。それどころか俺に対して威嚇のポーズまで取っている。何か悲しいな。昔は凄く近くにいて離れていない日なんかほとんどなかったぐらいだったのに。 そしてソウカに問われておばあちゃんは、はて?といった状態で俺とソウカを交互に見やった後、ソウカに向かって言った。 「ソウカ? 分からないのも無理はないかもしれないけど、この人はソウカがずっと待ってた人じゃないのかい? ソウカが小さい頃はよく遊んでもらっていたじゃないか」 「えっ? こ、こんな大きい人が私の待ってた人って…そんな訳ない」 ソウカ、人はポケモンと違って成長すれば大きくなっていくものなんですよ。ポケモンだって進化したらある程度まで大きくなっていくでしょ?人より大きくなるポケモンもいれば進化しても人より大きくならないポケモンだっているでしょうに。 人は二十歳まで伸びるって言うけど、ポケモンは進化したらそれまでだから、気持ちが分からなくもないけどさ。俺も昔より成長はしたんですよ。心の方はともかく。 それで今度はおばあちゃんから変わり、ソウカの方が俺とおばあちゃんを交互に見るようになった。未だにおばあちゃんの言うことが信じられないようで、ソウカは何度も俺とおばあちゃんを見ては焦っているようだった。そしてようやくソウカは俺だけを見るようになってじーっと見つめて俺にこう言った。 「あなたがもし本当に私の待っていた人だったら小さい頃の私や、よく遊んだみんなのことも分かるはずだよね? 今から質問していくから答えて」 「は、はぁ……別に良いけど」 「もし間違ったり、変な回答した場合はお仕置きタイムが……」 「そんなのあるの!?」 「ないけれど、即刻この村から出て行って。他所の人にこの村を荒らされたくないから」 ソウカは一回冗談を言ったのにもかかわらず、真剣な表情で俺を見ていた。 確かにこの村の人たちって他所の人、特に都会とかから来た人たちを良く思わない傾向があったような。一回レポーターかなんかが来て滅茶苦茶にされたらしいと、母さんから聞いたことがあった。 これは間違ったら大変だな。間違ったら即、俺の夏休み終了だもんな。 どっかのゲームみたいに蜂に刺されたり、海で溺れても気がついたら家に戻っているという摩訶不思議現象は起こらないのだから、気を引き締めていかないと。 ソウカに受けるのか受けないのかと聞かれ、俺は「受けるよ」と答え、ソウカと同じ目線になるまで腰を低くした。いつまでもソウカに上目遣いで見られていては何か変な気分になるからとか、そんな訳ではないから、そこんとこ間違えないでほしい。 「じゃあ、用意はいいかな?」 「あぁ」 「最初の質問。私やあなたを含めて、いつも一緒に遊んでいた人数は?」 「4人だろ?」 「せ、正解…。じゃあ二つ目の質問。いつも私たちはどこで遊んでいたか?」 「さっきソウカを見つけたあの木の近く。他にはおじいちゃんの田圃の中、近くの河原とかでも遊んだっけなぁ…。そこでソウカが溺れかけたのも覚えてるよ」 「何でそこまでしっかりと鮮明に…。み、三つ目の質問!!この家と連結してる隣の建物は一体何に使われているか?」 「道場だったかな? よくそこでおじいちゃんにしばかれていた思い出が…。ソウカ以外はいつもみんなが稽古に参加していたよな?その後の晩御飯はいつもみんなで食べていたし」 「……。じゃあ最後の質問。」 だんだんソウカの顔が暗くなっているような気がするんだが、気のせいか?とにかく次の問題に正解すればおそらくはソウカも思い出してくれるだろう。 「…私が小さい頃、いつもあなたを何と呼んでいたか?」 「え~っと…確か……。おにいt…「お兄ちゃ~~んっ!!!!」 俺が最後の答えを出す前にソウカは俺の胸に向かって飛びついて来た。いきなりのことに俺はバランスが崩れて、後頭部を軽く打つ。痛む頭を片手で抑えながらゆっくり起き上ると、ソウカはしっかりと俺の服を掴んで再びさっきとは違う、甘えた目つきで俺のことを上目遣いで見ていた。 あっ、ヤバい。これ可愛い。 「お兄ちゃん!! お帰り!!」 「はぁ~~……。ようやく思い出してくれたのか」 俺が久しぶりに頭を撫でてやると、ソウカは嬉しそうに俺の服に顔を擦りつけてきた。 「えへへ~。ごめんなさ~い。あぁ……お兄ちゃんの匂いがする……」 さっきまでの態度はどこへやら。先ほどとは打って変わってこの甘えっぷり。昔から全然変わっていないな、ソウカは。初対面の人にはさっきの態度。ある程度慣れた人には少し柔らかく。そして俺だけに対してはこの甘えん坊の性格フルパワーで発動。ちなみにおじいちゃん、おばあちゃんに対しては俺より少し下ぐらいの接し方をする…ってどうでもいいか。 「ん~…ソウカ? そろそろ離れてくれないかな? おばあちゃんとも話したいし、これからみんなも帰ってくる訳だし……」 「やだ~。お兄ちゃんの近くじゃないと嫌なの。それともお兄ちゃんは私がいたら迷惑?」 おいおい、そんな潤んだ瞳で見つめられたら断れるものも断れないじゃないか。 はぁ、このペースの乗せられ方も昔と何一つ変わっていない。別に嫌な訳じゃないんだけれど。 「しょうがないな、ソウカは。一先ず椅子に座るから、その後膝の上になら居ても良いよ」 「やったぁ。私だけの特等席だもんね。お兄ちゃんの膝の上は」 いつからそんな席になったんだろう、俺の膝の上は。ここも昔と何一つ変わってない。 これは小さい頃に甘やかしすぎた俺の責任か?そうですか。もうこのソウカのことについては長くは語るまい。語るとしてもまたいずれ語る日が来るだろう。多分。 それからしばらくしておばあちゃんやソウカと話をしていた時だった。 日がゆっくりと沈みかけて辺りが夕焼けに包まれた時間に、家の戸が開く音がした。 「ただいま。ばあさんや、今帰ったぞ」 「お帰りなさい、おじいさん。今日はね、嬉しいことが起きたんですよ」 おじいちゃんの声を聞いてすぐに玄関へと向かったおばあちゃんがそう言うものだから、俺は少し出るタイミングを逃してしまう。そんなに嬉しかったんだ。俺が帰ってくるのが。 「ほぅ、嬉しいこととは何じゃ? 新しい入門生でも来たのか?」 「違いますよ。ほら、あんたも早くこっちに来なさい」 「う、うん」 おばあちゃんに言われ、俺はソウカを抱きかかえたまま玄関へと向かった。 すると玄関には久しぶりのおじいちゃんがいて、横に三人ほど夕焼けのせいで顔が見づらい、いわばシルエットのような影があった。そしてその内の一人が口を開いた。結構俺よりも大きい人だ。 「あれ? 今日は誰かお客さんでも来たの?」 お、女の人だ。それに声的にもまだ若い感じがする。そして今度はその大きめの人の前にいたもう一人が口を開く。 「あれれ~? しく入門の方が来たんじゃないんっスか?」 何か軽い口調だな。結構幼い感じがしなくもない。ソウカと同い年ぐらいかな? で、もう一人の方はと言うと、これがまったく口を開きもしない。 「…………」 「こらこら、お客さんに対して無口はやめなさいって昔から言ってるだろ?」 「…………」 「アタイに対しても無口かぃ!!昔から治らないね、アンタの極度の恥ずかしがり屋は!!」 「……ッ!!」 あれ、この会話。どっかで聞いたことがあるのだが。今のやり取りは昔から知っているような気がしますよ。 うん、しっかりと記憶に残っていますよ。この二人は間違いなくあの二人だ。 俺はそう確信を持ち、昔のように二人の仲裁に入る。 「あんまり喧嘩は良くないよ。サヤ姉。それにルウも」 「はっ…? い、今名前呼んだのはアンタかい?」 「………?」 「うん、そうだよ。やっぱり変わらないね、二人とも」 そこでおじいちゃんは開けっぱなしの戸を閉めて夕焼けの光を遮る。 すると俺の目の前にはバシャーモ、ルカリオ、それに初めてこの村で見るザングースの姿があった。 そして俺が見えるのと同時に目の前の三人とおじいちゃんにも俺の姿が見えたのか、目を丸くして俺を見ていた。 それからしばらくの沈黙を破ったのは先ほど俺がサヤ姉と呼んだバシャーモだった。 「アンタは一体誰だい? 何でアタイ達の名前を知ってる?」 「え~と、ね。俺は……」 「姐さん!! 自分は呼ばれてないッスよ!?」 「はいはい、サクヤ。アンタは少し黙ってな」 ほぅ、どうやらこのザングースはサクヤという名前らしいな。名前からして雌、なのかな? それは追々聞くとして、今はサヤ姉の質問に答えないといけない。この人も村の皆同様に疑り深いところがあるから、しっかりと説明しないといけないな。 と、思った矢先、ソウカが俺より先に口を開いた。 「サヤお姉ちゃん。気づかないの? この人が誰か」 「あり? ソウカ。お前さんがアイツ以外に懐くなんて珍しいこともあるもんだね?」 「自分も驚いたッス!! アンタ一体何者なんスか?」 「…………」 「いや、だから今説明しようt…「私はお兄ちゃん以外に抱かれないもん!!」 お~い。俺の会話が悉く潰されてるんですけど。何コレ、新手のイジメかなんかですか? て言うかソウカ…。何気に危ない発言しちゃってますよ。もし、お前の事が好きなポケモンとかがいたら、俺は間違いなくそいつ等に殺される様なレベルの発言しちゃってますよ。 俺の心のツッコミが炸裂するなか、ソウカの発言を聞いて三人がさっきよりさらに目を丸くして俺の方を見た。 ちょっ…怖いよ。凄く睨まれちゃってるんですけど。 「……アンタ、まさかアイツなのかい?」 「はは、アイツって言われましても……まぁ、多分サヤ姉が思った通りの人だと思います」 何故に敬語?と自分でツッコミを入れてしまった。 で、自分のツッコミし終わった直後に俺は急にサヤ姉に抱きつかれる。 あっ、危険を察したからなのかソウカが俺の腕からヒョイッと飛んで逃げた。 そして抱きつかれたと思いきや、俺は身長の関係でサヤ姉の胸の辺りに顔を埋めることになる。本来なら男であれば嬉しい限りなのだけど、相手がサヤ姉なら軽く死ねる。 サヤ姉は昔から力が半端なく高い。それは今も昔も変わらず、と言うより昔より間違いなくパワーアップしている。だからそんな力で抱きしめられ、尚且つ結構フサフサな胸毛なんかに顔を埋められたら息が続くまでしか生きられない。当たり前のことだけど。 それで、必死の抵抗をしてみるけど、サヤ姉はお構いなしに俺をひたすら抱きしめる。 「ちょっと、サヤ姉ぇ!! く、苦しっ……死ぬっ……!!」 「よく帰って来たね!! ここ数年間何の便りも出さないで何してたんだい!!」 「も…もが…ふぐ……っ!!」 「…………」 「んっ? どうしたんだい、ルウ? せっかくのコイツとアタイの再会のシーンを…」 もう息が苦しくなって昇天しかけていたところ、急にサヤ姉の力が弱まる。その一瞬の隙を見計らって、俺はサヤ姉から離れる。どうやら会話の内容からルカリオのルウが助け舟(?)を出してくれたらしい。 ルウは苦しんでいる俺の方を指差してサヤ姉に直接ではないが何かを語りかけている目を見せた。 「…………」 「んっ?あぁ、悪いね。嬉しくてついつい、力が入り過ぎちゃったよ」 「姐さん、もう少しでこの人が別の場所に帰ることになりそうだったッスよ…?」 「だから悪かったって。アタイだって死なれちゃ困るんだからそれくらいは…」 「分かってなかったからこうなっておるんじゃないのか?」 三人の会話にそこで終止符が打たれることになった。 そして未だに息苦しさから解放されない俺の近くにいつの間にかおじいちゃんが立っていた。今の声からするに、最後の言葉はどうやらおじいちゃんのものらしい。 あの三人の会話を一言で片づけてしまうとは、恐るべしおじいちゃん。昔からあれだけ扱かれていたからおじいちゃんには逆らえないんだろうな。サヤ姉も「ぐぅ」と呻って何も言えないみたいだし。 そしておじいちゃんは立ちあがった俺の姿を見て言った。 「久しぶりじゃな。まったく連絡もせんと心配させおってからに…」 「ご、ごめんね。おじいちゃん。一応連絡はしたんだけど繋がらなくて」 「まぁ、よいわ。今こうやって元気な顔を見られておるんだしの。さぁ、玄関ではなんだから中に入るとしよう。お前さんがた三人も早く来なさい」 「は、はいっ!!」 「はいッス!!」 「……」 三人は同時に返事をして家の中に入った。 あっ、ごめん。一人例外いた。ルウを除いて残りの二人は返事をした。 ---- 「でさぁ、おじいちゃん?」 「どうした? 我が孫よ」 「何で今こうなっているのかをなるべくなら簡単に説明してほしい。」 「何で今こうなっているのかをなるべくなら簡単に説明してほしい」 先ほどの玄関での出来事から、数時間後。俺と祖父母、そして昔からの友達三人と新しく見る人一人が結構大きめなテーブルで鍋をつついていた。 いくらなんでも話が大きく進み過ぎだろ。何でこんな数時間でここまでの用意が出来る? 「ふむ、とりあえず十数年ぶりに自分の孫が帰ってきたことによるお帰りなさいパーティーと言ったところかの」 「何となくそれは分かってるんだけどね。俺が聞きたいのは何でさっきの出来事から一転こんな騒がしい夕食会になっているのかなーって」 「我が孫よ。これくらいのことを一々気にしていたらこの先やってられなくなるぞ」 「そうなんだ。今の発言からするとこれからもこんなことが起こるっていうのが丸分かりだね。軽くネタバレだね」 「ちょっとサクヤ!! その肉はアタイが丹念に育てた物だろ!?」 「姐さん。一瞬の油断が命取りになるッスよ? 自分の肉は自分で守らないと」 「でも今アンタが食ったその肉は他人の、てかアタイの肉じゃないかぁぁっ!!」 俺とおじいちゃんが向かい合って座っている横で、目の前には壮絶な肉の取り合い合戦が始まっていた。やっているのはサヤ姉とサクヤと呼ばれているザングースだけなのだが。 「サヤお姉ちゃんとサクヤちゃん、凄く頑張ってるね~」 「…………」 ソウカは相変わらず俺の膝の上に乗ってただ傍観してるだけだし。俺の隣にいるルウは呑気に茶など啜って落ち着いているし。おばあちゃんは止めるどころかこの光景を微笑ましく笑って見ているだけだし。 これはやっぱりこの五月蠅い流れを断ち切るために俺が動くしかないのだろうか。てか、やらないとダメ的な雰囲気が若干醸し出されているよ。 「と、ところでさ!!」 「んっ?」 俺が大きな声で叫ぶと、サヤ姉とサクヤが同時に俺を見る。未だに目が獲物を狩る目になっているような気がするのは多分気のせいだろう。 「こっちのザングースの子はいったい誰なの?」 「あぁ、紹介が遅れてたね。この子はサクヤ。アンタが出てって4年後ぐらいにこの村に来た道場の志願者だよ。ほら、サクヤも挨拶しな」 「ど、どうもッス!! 今紹介された通り、自分はサクヤって言うッス!! 姐さんや、ソウカから先輩の事は聞いてたッスよ!! よろしくお願いしまッス!!」 「うん、こちらこそよろしくね。え~と……」 「サクヤって呼んでくださいッス。ちゃんづけとかは何かむず痒くなるッスから」 「分かった。じゃあ改めてよろしくね、サクヤ」 「はいッス!!」 本当に元気が有り余ってるのを絵に描いたような子だな。それにソウカの事をちゃん付けとかしてないから恐らくはソウカと同い年ぐらいだな。 それからサクヤは俺を見てずっとニッコリ笑ってる。こんな笑顔を見るとやっぱりこの子は女の子だなと確信した。 これで男の子だったら軽く犯罪だな。 そしてサクヤが俺を見てるその隙を突いて、サヤ姉が鍋に物凄いスピードで箸を突きいれた。 「さて、サクヤの紹介も終わったことだし、肉貰ったぁぁぁっっ!!」 「あぁっ!! ずるいッスよ姐さん!!」 「鍋とはこういうものだとアンタ自身がさっき言ってただろ? 今こそ報復の時ぃぃ!!」 「くぅっ…負けないッスよ!!」 また始まったし。もうこれは俺がどうにか出来るレベルじゃなさそうだな。もう一回話しかけて戦いが中断されたとしてもまた始まるんだろうな。これが俗に言う無限ループって奴か。 そういえば、こっちも説明が遅れてたな。さっきからサヤ姉と呼んでるバシャーモのことを言っておくと、サヤ姉は俺より二歳年上の皆のお姉さん的な存在。 この村を出るまではワカシャモの姿で俺より小さかったのに、今では俺なんかよりずっと大きい姿になってしまった。 それとサヤ姉は昔から面倒見が良くて、俺やルウ、ソウカもずっと面倒を見てもらっていた。お姉さんと言うよりは保護者に近いかもしれない。そんな面倒見の良いところは昔から変わっていないようで、後から来たサクヤにも凄く慕われているようだ。 まぁ、難点と言えばさっきの力だけだろうか。まだこの村にいたころにもあの力で殺されかけた思い出があるようなないような…。思い出すのはやめておこう。 そして、隣にいるルカリオのルウの事も説明すると、ルウはとにかく無口。何を考えているのかは誰にも分からない。教えてくれない。だけど根はとてもいい子だと思う。さっきも助けてくれたしね。 ちなみに歳は俺と同じ。だからかは分からないけど、ルウもソウカと一緒で俺と一緒にいることが多かったような気がする。最初にルウに話しかけた友達も俺だったし。 もうひとつ言っておくと、サヤ姉もソウカも俺も、そしておそらくはサクヤもルウとの簡単な意思の疎通が出来る。しばらく一緒にいると相手の考えることが分かるって言うけどそれは本当の事らしい。ルウの顔や仕草を見ていれば大体分かるからね。 「……?」 「ん?いや、何でもないよ。ルウ」 「……」 俺はいつの間にかルウの顔をじっと見ていたらしく、それに気付いたルウが俺をどうしたの?と言った表情で見ていた。それに対して俺はさり気なく本当に何でもない様にルウに答えると、ルウは再びお茶を啜り始めた。 「ねぇ? お兄ちゃんは食べないの? さっきから全然箸がお鍋の方に行かないよ~?」 「そんなことないよ。ちゃんと食べてるから。ソウカも食べてる?」 「うん!! お兄ちゃんの膝の上で食べるお鍋は凄く美味しいよ!!」 「ははは。それはよかった」 そういえばソウカの説明もあまりしてなかったな。ソウカは俺より五つも下の妹みたいな存在。おじいちゃんとおばあちゃんが知り合いからもらった卵から生まれた俺の家の家族。 ソウカが生まれたあの時は「ふみゃあふみゃあ」って泣いてたのに今ではこんなに普通に話せるようになって…。 何か妹と言うより俺は親みたいな気分に今更ながらなってしまう。だけどそんな気分になっても、ソウカは小さいころから俺の事をお兄ちゃんって呼んで、どこにでもついてきてたっけな。 やっぱり親より俺はソウカにとってはお兄ちゃんなんだろうな。俺は全然それでも構わないけど。 そしてふとソウカの顔を見ると言った通り本当に嬉しそうな顔をしていて、それにつられて俺もつい嬉しくなって鍋の方に箸を持っていった。 それにしてもやっぱり大人数で食べるのは良いな。それに加えて一緒に食べてる人達も凄く懐かしいから尚のこと楽しい。 昔はこんなことが毎日のように続いていたなんて信じられない。現にあったから今こうして居られる訳だけど。 俺は昔の事をしみじみと思い出しながら鍋の方にもう一回箸をつけて、もう残り少ない肉を掬い、口に頬張った。 それから騒がしいのは収まらないまま、宴もたけなわ状態へ…。 「さて、そろそろお開きにするとしようか」 おじいちゃんが立ち上がってそう言う。時計を見ればかれこれ三時間ぐらいは食事をしていたようだ。 テーブルや鍋の中にはもう何も残ってない。片づけには時間がかかりそうだな。少しだけ皆に聞こえないようにため息をつくと、急におじいちゃんが話を切り出した。 「ふむ、今日の片づけはお前も含めたここの5人にやってもらうとしようか」 「えっ?あ、うん。分かったよ」 「片づけが終わったんなら後は好きにしても構わんからな。昔のことでも話すといい。わしらは寝るとするかの」 あぁ、そういうこと。おじいちゃんなりに気を使ってくれた訳だね。 そうと分かればさっさと片づけてしまうとするかな。うん、まずはテーブルの上にある食器とかから運ぶとしよう。 そう思い、立ち上がるとソウカが俺に話しかけてきた。 「お兄ちゃん、私も言われたから手伝うよ!!」 「おっ? ありがとうな、ソウカ」 そう言ってソウカの頭を撫でてやる。するとソウカが少し照れた様子でえへへと言って笑っていた。 「………」 「ん?ルウ…?」 ふと背 後に気配を感じて振り返ると、ルウが俺をじっと見ていた。 だが、俺に呼ばれるとはっとしたようにすぐに食器を持って台所へと行ってしまった。 「どうしたんだ? ルウの奴…」 「ふふふ、モテる男は辛いねぇ…? アンタ、昔からルウと一緒にいたもんねぇ…?」 「わっ!? サヤ姉、いきなり横に現れないでよ。びっくりするじゃないか」 食器を落としかけたのを何とか持ちこたえてサヤ姉の方を見る。 うわぁ、凄い憎たらしい顔してる。何かいやらしい事でも考えてるような何というか…。 「てか、何が言いたいのさ。サヤ姉。俺とルウはただの幼なじみでしょ?」 「あんたがそう思ってても向こうはどうかしらねぇ…。あれから十年近く経ってるものね…」 「サヤ姉…。それってどういう…あっ、まだ話の途中じゃないか! ちょっとサヤ姉!!」 二人揃って何なんだよまったく…。話についていけてないじゃないか、俺が。 …でもまぁ昔からこんなことはたくさんあったから別段気にしなくてもいいよな。女の子同士の秘密みたいな感じで男は入れさせてもらえないぞっと……。 別に寂しい訳じゃないからな。断じて違うぞ。 「どうしたんスか? 早く片づけてしまいましょうよ。先輩」 「あ、サクヤ。うん、そうだね。早く終わらせちゃおうか」 「はいっス!! 皆でやればすぐに終わるっスよ!!」 「よし、集中集中」 それからは気合いを入れて5人で片づけをすること数十分。ようやくいつもの食卓に戻った。 あの二人が暴れた後の処理が一番面倒だったのは言うまでもない。 「ふぅ。ようやく終わったね。思ったよりも時間かかっちゃったけど」 「それでも今日は早い方だよ。何せ男のアンタがいるんだからね」 「そ、そうかな?」 少し照れくさくて頭を掻くと、サヤ姉が頭をワシャワシャと撫でてきた。 何かちょっと懐かしい気分になった。昔もサヤ姉にこんな風に頭撫でられてたっけ。 痛かったけど。 「男一人いるだけで随分違うものさ。ソウカも今日はいつも以上にはりきってたみたいだしね」 そう言ってサヤ姉は居間のソファーに目をやる。そこには既に疲れて眠ってしまっているソウカと、それに寄り添うようにして寝ているサクヤの姿があった。 何かこうやって見ていると種族は違えど、姉妹みたいだ。どっちが姉か皆目検討つかないが。 そんな二人にゆっくりと毛布をかけてからサヤ姉は話を続けた。 「アタイさ、今日アンタが帰ってきて思ったことがあるんだ」 「何?」 サヤ姉は珍しく照れた様子で俺を見て言った。 「やっぱりアタイ達はアンタがいなくて寂しかったんだなぁって…そう思ったのさ」 「サヤ姉…」 「アンタがこの村を離れた時感じたこの寂しいって気持ちはやっぱり間違いじゃなかった。何かアタイの心にぽっかり穴が開いたような気分だったよ。ねぇ、アンタもそうだろう? ルウ…」 「……」 そこでいつの間にかサヤ姉の横にいたルウがこくっと小さく頷いた。 その顔の表情は昔この村を離れた時に見たあの時の顔とまったく一緒だった。 「ルウ…」 「でも今ちゃんとアンタは目の前にいる。声や姿は変わってても昔と変わらないアンタがいる。それだけでアタイは十分さ」 「ありがとう、サヤ姉。それにルウも」 「んん~…何か正面切って言われると恥ずかしいねぇ…。さっ、もうこんな暗い話はやめにして、これからアンタがここで夏の間どう過ごすか計画でも立てようじゃないかい」 サヤ姉は頬を顔よりも赤くしながらすぐに話を切り替える。 俺のこと変わってないってサヤ姉は言ってくれたけど、それはサヤ姉にも…いや、皆にも言えることだよ。だって皆が変わってくれなかったおかげで俺はこんなにも早く昔の自分に戻れたような気がするから。 「ほらほら、どうしたのサ。早くこっちにおいで。ルウ、あんたもだよ」 ルウは自分も?と言った表情をしてから俺を見た。 俺はそんなルウを見て笑って言った。 「一緒に考えよう。俺、ルウとも一緒にいられたら嬉しいな」 「……ッ!!?」 「あっ、ルウったら赤くなってやんの~」 途端に顔を赤くしたルウはサヤ姉に飛びつき、俺はなぜ赤くなったのか分からないままとりあえずその光景を見て笑っていた。 そんな二人を見てても俺は感じた。あぁ、本当にこの村に帰ってきたんだなって。 その夜、村はいつも通りの静かな夜だった。 ただ一つ、声が交差しあうこの家を除いてだが…。 さて、明日から再びこの村で過ごすことになるんだな。 俺はこの数十年経った村で何をすることになっていくんだろう…。 prologue end… &to be continued… ---- あとがき 本当にすみません。あえて言い訳をさせてもらえるならば、PCに保存しておいた文が全ておじゃんになって失意に呑まれた状態でした…。 細めに更新した方がいいのかな…。もう全てがおじゃん…。 あっ、ちなみに長編はいったんここで区切りをつけておきます。 次回からはようやく短編の方に移りますよ~。 とりあえず今後の目標はポシャらないこと。 ---- #pcomment