ポケモン小説wiki
支配的、あるいは被支配的幸福論 の変更点


作者:[[朱烏]]

[[隷属、およびその脱却可能性]]の続編です。さきに前編を読んでいただくとより楽しめると思います。
本作はアンソロジー同人誌「ポケモン小説wiki -変態選手権エキシビション-」(wiki本1)に寄稿した作品です。

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 苦しい。パステルカラーのリボンが、僕の首を絞める。
「ねえ、やっぱり考えたのだけれど、あなたも他のサザンドラと同じように、いなくなってもらうことにしたの。だって不公平でしょう? 確かにあなたは暴虐の限りを尽くしてきた彼らに加担してはいなかった。とはいえ、同族として彼らを止める責務があったはずなのに、それをしなかった。なら……同罪じゃない?」
 さらにリボンが、僕の腕に、脚に、体に巻きつき、絞め上げてくる。息が、できない。
「第一、あなたはその見た目だけでまわりの恐怖心を煽ってしまうし、ただ存在するだけでここの平和を乱してしまう存在なの。それはあなた自身が一番わかってるはず。だから……」
 彼女の空色の瞳が、黒く染まった。
「さよなら」
 僕の、首の骨が、みしりと

「うわああああ!」
 飛び起きる。あたりは真っ暗だった。夜、か。
 ――ただの夢だ。
「よかった……」
 なんと悲惨な夢だろう。金輪際あんな夢は見たくない。似たような夢はすでに何度か見ているが、殺される一歩手前まで行き着いたのは流石に初めてだった。
 ねぐらの洞穴から這い出る。満月はまだてっぺんに張りついていて、夜はまだ長いことを教えてくれた。それでも、再び眠る気にはならない。また同じ夢を見てしまう気がしたのだ。
 僕はまだ、この咎から許されていない。凶暴な三つ首竜として生まれた咎から。

「おはよう、ヨルガ」
「……おはよう、シフォン」
 洞穴の入り口に、夢に出てきたポケモンがいた。東の空からの陽光が、彼女のシルエットに切り取られている。
 僕の名前をわざわざ呼んでくるポケモンは、ここではもう一匹しかいない。ニンフィアのシフォンだ。
 イーブイ系統にしては珍しく雌で、しかもフェアリータイプだから、さぞかしたおやかなポケモンだろうと皆思うらしいが、実態はほぼ真逆だ。
 バチッ、と彼女の触手が突然僕の頬を弾いた。
「痛っ⁉」
「あらごめんなさい。まだ寝ぼけてるみたいだからきつけが必要だと思って。不要だったかしら」
「いや……むしろありがたいです……」
 そういえば、今日は遠出する約束だった――気がする。ちゃんとしたデートはまだ一度もしたことがないから、という彼女の提案だった。
「じゃあ、行きましょう」
 彼女のリボンのような触手が、僕を洞穴から引きずり出した。

 シフォンとの出会いはおおよそ一年半前に遡る。
 僕が棲んでいる場所は現在とは違い、地獄を具現化したかのような有様だった。三つ首の凶竜たちが巨岩の城を築き、あたり一帯のポケモンを奴隷として侍らせ、傍若無人に振る舞っていた。僕は気弱で臆病だったから、凶暴な彼らと同じように振る舞うことはできなかった。しかし、止める術も知らなかった。だから、密かに、静かに、彼らの横暴が何者かに崩されることを祈っていた。
 そしてシフォンが現れた。彼女はフェアリーポケモンたちの軍団を率いて、凶竜たちをあっという間に薙ぎ倒した。奴隷のような扱いを受けていたポケモンはすぐさま解放され、代わりに凶竜たちがフェアリー軍団に使役される存在となった。僕も彼らの仲間であるからという理由で同様の扱いを受けた。が、紆余曲折あって、サザンドラでありながら同族たちに与しなかったと見なされた僕だけは解放された。それからすぐに、反旗を翻したサザンドラたちとフェアリー軍団との間で激しい戦いが起こった。結果としてフェアリー軍団が勝利を収め、サザンドラたちはこの地から永遠に追放された。
 ――僕を除いて。

「今日はいい天気ね」
「……そうだね」
 昨晩の夢のせいで、心は曇っていた。空は雲一つないというのに。
「おはよう、ビスキュイ。今日は出かけるから、ここのことをお願いね」
 凶竜たちの牙城だった巨岩のてっぺんに登っているビスキュイと呼ばれたペロリームは、はーいと気の抜けた返事をした。ビスキュイとその他何匹かは、凶竜たちの牙城だった巨岩を切り崩して、草花や実のなる樹の種を植えている。
 もう本格的に、三つ首竜たちの痕跡は消されようとしてるのだと、僕は彼女たちをまじまじと見つめていた。すると、彼女たちは怪訝そうな顔で僕を見てくるので、慌てて目を逸らした。
「行こう、シフォン」
「ええ」
 この地に蔓延っていた真っ黒な悪はもうどこにもなくて、居心地は格段に良くなった。しかし、それでも奇異の視線は途切れない。僕がサザンドラであるという事実は、長らく凶竜たちの支配を受けていたポケモンたちの心を波立たせてしまうのだろう。たとえ、僕が一度も暴虐的な振る舞いをしたことがないとしても。
 そんな僕は、シフォンによってここに繋ぎ留められている。シフォンは僕と付き合っていることを公言しているが、それは僕を守るためだと考えている。フェアリー軍団のトップである彼女に意見するポケモンはいないから、僕が邪険に扱われることはない。
 彼女の強さに、僕は救われている。

 高く飛ぶほどに、空の遠さを思い知る。
 シフォンを背に乗せて、僕は行き先も定めずに六枚の翼をはばたかせる。僕の大して広くない背中に四足で一切ふらつかずに立つシフォンは、流麗に風を受けていた。ひらひらとした触手を僕の首に巻きつけ、手綱のようにしている。
 傍から見れば、恋人同士というよりも奴隷とそれを使う主人の関係にしか見えないかもしれない。実際、僕が奴隷だった時代からシフォンは僕を足代わりにしていた。
「もうちょっと低く飛んでちょうだい」
「うん……」
 普段からシフォンの言いなりで、とても対等な関係を築いているとは言えない。改めるべきなのかもしれないが、出不精でほとんど洞穴に引きこもっている僕に対して、シフォンはフェアリー軍団のリーダーとしてあくせく動き回っている。地位も真逆だし、僕がシフォンを誘い出したり引っ張っていったり、というのはまったく想像できないのだ。
 あれこれ考えずに彼女の指示に従っているほうがずっといい。三つ首竜が幅を利かせていた時代に、奴隷側のポケモンとして生まれれば、同族たちの横暴に心を痛めずに済むとすら考えていたような僕だ。隷従根性は誰よりも深く根付いている。
「風が気持ちいいわ」
 結構な速度を出して飛んでいるのに、風に煽られることなくシフォンはそう言ってのけた。たったそれだけで、僕とは格が違うのだとぼんやり思う。
「今日はどこまで行くの?」
 どこまでも変わらない景色に飽いて、シフォンに尋ねる。
「そうね……うんと遠く。日が暮れるまで飛んで、誰も知らないような秘境とか、違う言葉を話すポケモンたちが棲んでいるような場所とか、そんなところに行きたいわ」
 何を馬鹿なことを、と言いかけたが、触手が首を絞めてくるのを恐れて口を閉ざした。
「僕の体がもてばいいけど」
「大丈夫よ。疲れたら休憩すればいいだけだから」
 今日のシフォンは少しだけ優しいかもしれない。僕が泣き言を言えば触手でひっぱたいてくるいつもの振る舞いに比べたら、違和感を覚えるほどに柔和だ。

 太陽が頭上に差しかかる頃、翼の動きが鈍くなった僕を慮ったシフォンが、休憩を提案してきた。僕は待ってましたと言わんばかりに急降下して、真下に広がる森に降りた。
「そんな乱暴に着陸しないで!」
「痛いっ!」
 今朝同様に触手リボンの攻撃を頬に喰らった僕は、あえなく地面に突っ伏した。
「ここで休んでで。お昼ご飯採ってくるから」
「は、はい……」
 そう言ってシフォンは一瞬で僕の視界から失せてしまった。休みたい一心で降り立った森は、よく見れば鬱蒼と茂っていて、真昼だというのに夜さながらの暗さだ。どんなポケモンが潜んでいるかもわかったものではないし、早速出て行きたくなってしまった。体の疲労はともかく、気がまったく休まらない。
「何も遠くに出かけなくたって、近場でもいいところはいっぱいあるのに……」
 土地勘が働かないところに出かけると、引きこもることしか知らない僕は不安になる。シフォンはそんな僕をまるで気にしていないし、そういう性質ではないことは端からわかっているのだが、やはり多少なりとも気にかけてほしいと思う。
「……なんで僕なんかと付き合おうと思ったんだろ」
 独りごちながら、季節が変わる前の出来事を思い出す。凶竜たちと戦争する日が来ることを悟ったシフォンは、僕をずっと離れた花畑へと避難させた。戦争が終わって、あの地に安寧がもたらされてからも、僕はまったくそのことを知らずに花畑で静かに暮らしていた。月日が流れて、シフォンが僕を訪ねてきたとき、死ぬほど嬉しかったことを鮮明に覚えている。
『戻ろう。そして、付き合ってよ、私と』
 付き合うというのは、てっきりシフォンが僕を食料採集に駆り出したり、出かけるときの足代わりにしたりすることだと思っていたから、他意もなく返事をした。
 僕がシフォンの恋人であるという事実に気づいたときにはすでに一週間が経過しており、後戻りするには皆に知られすぎてしまっていた。僕の認識が間違っていたから、恋人という関係はなしにしてほしいなどと言おうものなら、冗談ではなくあのパステルカラーの触手に絞殺されかねない。
 シフォンのことを好きじゃないと言えば嘘になるし、八方塞がりになった僕はなすすべなくこの関係を続けているのだ。

「……遅いな」
 シフォンはちょっと木の実を採りに行っただけのはずだ。それにしては随分と時間がかかっている。この暗く深い森だ。もしかすると迷って途方に暮れているのかもしれない。この森に潜んでいる凶暴なポケモンに襲われている可能性だって無きにしも非ずだ。
「うう……怖いなあ。こんなところに降りるんじゃなかった」
 どんなに気が引けても、捜しに行くしかない。シフォンの身に問題が降りかかってきたとしても、彼女なら難なく対処できるだろうが、万が一もあり得る。それに――無事に帰ってきたとして、なぜ探しに来なかったのかと理不尽に機嫌を損ね、怒られるほうが僕にとっては遥かに死活問題なのだ。
 土の上に残るシフォンの足跡を辿り、彼女の名前を呼ぶ。
「シフォン! もう休憩は充分だから、そろそろ出発しよう」
 風の音も聞こえない森閑とした樹海で、僕の声だけが木霊する。不安感は静かに募った。
 ポケモン一匹見かけないというのは、いくらなんでも変だ。まるで、凶暴なポケモンが棲みついたせいで、小さなポケモンが追い出されて閑散としてしまったような――そんな景色だ。
「まさか……ね」
 シフォンや僕の棲んでいる土地のまわりにどんなポケモンが棲んでいるかは大体把握しているが、凶暴なポケモンというのは僕と同族の忌まわしい三つ首竜くらいしか思いつかない。
 あの戦争のあとにシフォンたちが彼らを追放したのはいいものの、その後に彼らがどこに行ったのかは知らない。だが、彼らがこういう暗い場所を好むのは知っている。
 焦燥感に駆られ、僕は飛ぶスピードを速めた。シフォンの足跡を見失わぬように、木々の間を縫っていく。
「シフォン! どこにいるの? 返事をして!」
 シフォンの足跡の間隔が突如開いた。
(ここから走り始めた……? なんで?)
「ねえシフォン! 返事をしてよ!」
 緊急事態かもしれない。僕は泣きそうになりながらシフォンの名を呼んだ。そして、はたと立ち止まる。
 一本の大樹が根元からぼきりと折れて、倒れていた。腐っているわけもない、至って健康そうな樹だ。こんなこと、自然には起こりえない。破壊光線や逆鱗などの類の強力な技の衝撃をもってしなければ、こんな倒れ方はしないだろう。まわりの木々も傷がついていたり穴が開いていたりして、ここで交戦があったことを如実に伝えている。
 地面は激しく踏み荒らされていた。それから、南の方角へ足跡が伸びていて、それに沿って木々も傷ついている。
「シフォン!」
 もはやただならぬ状況なのは明白だった。追えば追うほど森は黒くなっていき、太陽の光は届かなくなる。景色を置き去りにする勢いでひたすら突き進んだ。彼女に何もないことを祈りながら、六枚の黒い翼を撃った。
 そして辿り着いた先に――。
「シ……フォン……?」
 凛と佇むニンフィアがいた。彼女が伸ばす鮮やかな触手は、三匹のサザンドラをまとめて縛り上げている。数瞬して、緩んだ触手からどさりと地に墜ちたサザンドラたちは、死んだように動かなかった。
「う……あ」
 同族たちの惨状を目の当たりにして、激しい動悸に襲われた僕は、その場にへたり込んだ。
 ニンフィアが、こちらを振り返る。白い体には紅い返り血。この世のものではない、おぞましい怪物と対峙しているかのようだった。だって、空色だったはずの瞳はあんなにも黒い――。
 昨晩見た、夢のような。
「これはあなたが見るべきものではないわ。引き返しましょう」
 いつの間にかそばに寄っていたニンフィアに話しかけられ、ふっと現実に戻る。――そこにいたのはシフォンだった。

「襲われたのを返り討ちにしたの。以前の戦争で追い出した奴らの残党だった。ここには彼ら以外いないみたい」
 シフォンが淡々と語るのを、僕は黙って聞いていた。しかし、まるで耳に入らない。思い起こすのは、シフォンに倒されたサザンドラたちの無様な肢体だった。
 シフォンを襲ったのだからああなって当然だ。ずっとあの地でポケモンたちを従わせて暴虐の限りを尽くしていたような奴らなのだから、罰を受けるべきだ。地獄に落ちたってまだ生温い。――でも。
 そういう性質に生まれて、そういう風にしか生きることができない同族たちなのは僕が誰よりも知っている。憐憫などという感情は他人事に過ぎる。なぜか僕だけが、サザンドラらしからぬサザンドラとして生まれ落ちた。咎を背負ったのだ。
「お腹空いているでしょう。あまり採って来れなかったけど、食べて」
 触手の先にくるまれている木の実を受け取って、僕はそれを齧った。ぱさぱさに乾燥していて、砂のような味がした。シフォンも木の実を一つ木の実を齧るが、案の定顔をしかめている。
 先ほどまで凶竜たちを絞めていた冷酷さなどどこにもない。しかし、体にはわずかな返り血としてその跡をしっかりと残している。
 三つ首竜の血。僕と同じ色の血。僕も彼らと同じように生まれていれば幸せになれただろうか。それがポケモンたちを蹂躙した上での間違った幸せだとしても、同族たちと笑い合えただろうか。
「……ねえ、シフォン」
「何?」
 さっと一陣の風が通り抜けた。
「僕たち……別れるべきだと思う」
 いつも通り、リボンのような触手が僕の頬を打ったり、首に巻き付いたりしてくるものだと思っていた。だが、その気配はない。
「……なぜ?」
「僕の身勝手だし、シフォンが正しいのはわかっているけど……すごく悲しかったんだ、さっきの光景は。どうしようもない同族たちだけど、僕のことを心配してくれる奴もいたし、引きこもりの僕を見捨てることもしなかったし」
 深呼吸をする。心を落ち着けないと、何もかもが瓦解してしまいそうだ。
「どれだけ腐っても僕はサザンドラなんだって思った。もともと奴隷だったポケモンたちは、未だに僕のことを腫れ物に触るような扱いをするけれど、それもしょうがないなって。そういうポケモンたちとすら分かり合えないのに、フェアリーとなんてなおさらだよ」
「言いたいことがよくわからないわ」
 涙腺が綻びそうだ。我慢。我慢しないと――。
「そもそもタマゴグループも全然違うし。まわりから変な目で見られてるし。僕は……」
 刹那、触手がかつてないほどの強さで僕の頬をはたき、体ごとぶっ飛ばした。
「っ!」
「あんまり馬鹿なこと言わないで。私はそんなこと一度も思ったことはないし、気にしたこともないわ」
 張りつめていた糸がぷつりと切れた。
「わかってないよ、シフォン……」
 両手を地面について立ち上がる。切れた口の中に血の味が広がった。
「君は僕のことを何もわかってない! 君が気にしなくても、僕は気にするんだ! そうやっていつもいつも僕を振り回して、自分の考えを押しつけて、僕の自由を奪って! 僕は……僕は!」
 やめろ。駄目だ。自分の感情をぶつけてはいけない。間違っているのは僕だ。止めないと――。
 無理だ。止められない。
「んぐっ!」
 僕の頭突きがシフォンの横っ腹に直撃する。そして、そのまま転がったシフォンの前脚に噛みつき、上に放り投げた。
「トライアタック!」
 打ち上げられたシフォンに向かって、技を放つ。しかし、シフォンも空中から反撃してきた。
「ムーンフォース!」
 月のような白い巨塊が、僕に猛烈な速度で落下してくる。
「くっ」
 間一髪でかわすが、ムーンフォースが地面に激突して、僕の体勢が崩れた。立て直そうとするが、すでに第二のムーンフォースが僕に迫っていた。
「……綺麗だ」
 我ながら阿呆だと思う。自分を消し飛ばしてしまうかもしれないものに、見惚れている場合ではないのに。
 眩い爆鳴が、白昼の森に響き渡った。

 夢に見たのと変わらない光景。シフォンが僕の上に乗って、パステルカラーの触手で僕の首を絞めている。しかし、その触手に力はほとんど入っていない。シフォンの瞳は空色だった。
「そのまま……殺してよ」
 なぜ僕は、サザンドラなんかに生まれてしまったのか。
 なぜ僕は、気弱で意気地なしなのか。
 なぜ僕は、――シフォンに恋してしまったのか。
「お願いだから……」
 苦しい。生きるのも怖い。自分からは死ねない。こうやって殺してもらうくらいしか、先へ進むすべがない。なのに、シフォンの触手は一向に首を絞め上げてこなかった。
「ねえ、ヨルガ」
 シフォンが、泣いている僕を見つめる。
「私はあなたが好きよ。気弱で臆病で全然サザンドラらしくないところも、あれだけ同族たちのことを嫌いながら心の底では思っているところも、引きこもりで出不精なのに一日一回は私に会いに来てくれるところも。あなたを奴隷として従えている時期もあったし、今だってそのときと同じくらいわがままを言って振り回してるから説得力はないかもしれないけれど……」
 こんなときだけ、優しくしないでほしい。いつもみたいに、高飛車な態度で接してほしい。
「あなたが自分のことを大嫌いなのは知ってる。その大きな体にも抱えきれないような悩みを持っているのも知ってる。でも、それはあなたが誰よりも優しいから。そんなヨルガが、私は大好きなの」
 もう心に決めたのに、シフォンは全力で泥の底に沈もうとする僕を引き上げようとする。こんな酷い生殺しを受けたことはない。
「そんなこと言ったって無駄だよ……。言葉だけで……僕を引き留めようとしないで」
 泣きながら笑みが零れた。どうせそのうちシフォンも諦めて僕から離れる。今まで僕が受け身なのをいいことにわがままし放題だったシフォンが、突然僕から反抗されて耐えられるわけがない。
 僕はそう信じ切っていた。彼女を見くびっていたのだ。
「なら、行動で示すわ」
 首に巻きついた触手がほどける。そして僕の首にまたがったシフォンは――。
「……んっ⁉」
 僕の口にその小さな口を突っ込んできた。
 その行動の意味がわからずに僕は戸惑い、シフォンを押し退けようとするが、今度は触手が僕の腕に巻きついて自由を奪う。
 シフォンは無理矢理口を突っ込もうとするので、僕の牙が当たりそうになる。不用意にシフォンを傷つけまいと、僕は自分の意思に反して口を大きく開けてしまった。そして、シフォンの舌は容易く侵入してきた。彼女の小さな舌が、僕の舌に触れる。
 舌先に、かすかに甘い味がした。シフォンの好きなモモンの実だ。口の中に広がる芳香はやたらと甘ったるい。
 舌の縁を滑らかになぞられて、くすぐったいような、背中がぞわぞわするような、なんとも言えない不思議な気持ちになる。もう誰もいないはずの森の中で、背徳感を覚えずにはいられなかった。
 パステルカラーの触手はさらに首や脚に強く巻きついて、僕の身動きは完全に取れなくなる。口内は僕自身のものではない湿り気に満たされて、複雑に絡み合った。
 彼女の唾液が、僕の牙を、舌を、喉を濡らしていく。それに呼応するように、僕もシフォンの口の隙間から、彼女の舌の裏をなぞった。一方通行だった舌と舌のコミュニケーションは、いつの間にか丁寧な愛撫に変わり、戸惑いはまどろみそうになるほどの気持ちよさにすり替えられた。
 体温が上がる。黒く冷たい森に似つかわしくない熱が、僕たちを覆っていた。陽の光を受けつけない暗い森で、お互いの顔がよく見えていない中、舌の温もりと体温、そして触手の接触でお互いを感じている。
 永遠とさえ思えるような時間を経て、どちらからともなく舌を離した。
「……シフォン」
「……ヨルガ、今だけはしがらみも何もかも忘れましょう」
 シフォンの水色の瞳が、より淡い色になった。
 足に巻きついていた触手が、僕の下腹部をなぞる。
「あっ……そこは」
 意識はまったくしていなかった。しかし、ずっと深いキスをしていた反動で、僕のモノはとうの昔にスリットから飛び出していたらしい。
「だめだよシフォン、汚いよ」
 ずっと暗澹たる生を歩んできて、色恋沙汰など無縁だった。当然このようなことだって不慣れで、自慰だって数えられるほどの回数しかしたことがない。かつて同族の一部が奴隷ポケモンたちを欲望の捌け口にしていたのを見てしまったのも相まって、性的な行為は不潔でいやらしいものだという固定観念は払拭できずにいた。
 しかし、シフォンはそんな僕を簡単にほどいてしまった。
「言ったでしょう、行動で示すって。綺麗でも汚れていても、関係ないわ」
 シフォンがそう言い放つと、触手の先がモノの先端に触れた。
「ふぁ……っ」
 全神経がそこだけに集中しているかと思うほど、敏感に反応する。とても自分の体の一部だとは思えなかった。
「気持ちいい?」
 しゅるりと触手がモノに巻きついた。
「うあっ」
 締めつけが強い。かと思えば弱くなる。そんな緩急が断続的にやってくる。それだけで、経験の足りていない僕はすぐに果てそうになる。
「いいよ、いっぱい出して」
 ふわりと僕のモノを包み込んだ触手が、根元から射精を促すように撫で上げた。
「いっ……!」
 どくどくと脈打ちながら吐精し、触手の先のパステルカラーは白く染まった。頭がぼうっとして、息が上がっている。何も考えられないが、それでもシフォンの触手を汚してしまった罪悪感だけははっきりとわかる。そして、わずかに混ざる愉悦にも。
「まだ満足していないでしょう?」
「あっ、まだそ、れはっ……」
 射精したばかりで敏感になっているモノを、シフォンは執拗に撫でる。痛みと気持ちよさと、先を知ることへの不安。物理的な感覚も心情もすべてが一緒くたになる。
 ねとりと絡みついた精が触手のぬめらかな愛撫を導いて、僕のモノはすぐに大きくなった。
「竜は絶倫だって聞いたことがあるけど、本当みたいね」
 そうかもしれない――などと悠長に考えていられるほどの余裕はなかった。先ほど出したばかりだというのに、もう第二波がやってきそうだった。
 と、そこでシフォンは触手をほどいた。体を反転させ、僕の腹の上を這って、その白い顔を僕のモノに近づける。
「駄目だってば、汚れちゃうから……」
 僕の制止など聞かずに、シフォンは小さな口でモノの先を咥えてしまった。留まりかけていた第二波が、射精感を伴って彼女の口の中に発射されようとしていた。
 舌のざらつきがモノの裏を、横を、先を刺激する。ときどき当たる牙は、微小の痛みとともに快感を増幅させた。もう、耐えきれない。
「うっ」
 二発目とは思えない量の精が飛び出す。
「んんっ、ん……」
 シフォンは喉を鳴らしながらそれを飲んでいる。美味しくもないだろうに、いやに献身的だ。
 首を持ち上げると、僕の腹の上に彼女が脚を開いてまたがっているのが見えた。こうして見ると、意外と彼女の太ももの肉づきがいいことに気がつく。尻もそこそこに大きく、見た目ほど華奢ではないらしい。そして、秘所は見せつけるようにこちらを向いている。毛皮に隠れたかすかな桃色は、僕が生まれてこの方ほとんど催したことのない劣情を煽るには充分すぎた。
 そのとき、僕は腕に巻きついていた触手がいつのまにかほどけていたことに気づいた。ぼんやりとしたおぼつかない頭でも、彼女が僕の腕を自由にしていた意味は瞭然と認識できていた。
 腕の先の頭が、シフォンの両脚を咥える。足先から太ももを舐めながら、脚の内側にその腕を伸ばす。
「ん……」
 シフォンが口淫を止めた。僕はそれを合図に、腕先の頭を、シフォンの秘所にあてがった。小さな頭は、貪るように舌を突っ込んで、彼女の秘所を掻き回す。
 シフォンの耳が揺れる。触手が小刻みに震える。僕のいきり立ったモノに、彼女の荒くなった鼻息と吐息がかかる。
 こんなに――シフォンは可愛らしかっただろうか。
 あの地を我が物顔で占領していたサザンドラたちを勇ましく追い払い、僕には常に高圧的で、下僕のように扱っている、そんなシフォンが、今僕の腹の上で震えている。顔が見えないのがもどかしい。
「シフォン……!」
 起き上がり、彼女の体を掴んで押し倒す。体勢は完全に逆転した。シフォンは僕の突然の行動に一瞬驚いていたような表情を見せたが、すぐにいつもの落ち着きを取り戻している。
 焦っているのは僕のほうだった。勢いで押し倒したはいいが、未だかつて彼女の上をとったことなどない。
「……私をどうするの?」
 意地悪な問いだった。屹立したモノを見せつけているこの状況で、もはやすることは一つだけなのに、肝心の僕の体はがちがちに固まっている。
「僕を……」
 シフォンの触手が、優しく首に巻きついていく。僕に言うことを聞かせたいときのそれではなかった。パステルカラーが、ただただ優しかった。
「シフォンは、こんな僕でも受け入れてくれるの……?」
「私以外に、いるの?」
「……いないよ、君の他には」
 そう、僕にはシフォン以外にいないのだ。同族たちとは馴れ合わず、かといって虐げられ奴隷扱いされたポケモンたちに与するわけでもなかった。今だって洞穴に引きこもって、他のポケモンとうまく関われずにいる。これがサザンドラとして生まれた罰なのだと、諦観していた。
 しかし、シフォンが僕を無理矢理引っ張り出してくれた。自分の生に諦観して、それでもなお生き続けていられるのは、シフォンが僕を生かしてくれているからだ。
「シフォン、愛してる」
 触手の巻きつきが、わずかに強くなった。
 濡れそぼったシフォンの秘所に、大きく硬くなった、赤黒いモノをあてがう。そして、じれったくなるくらいにゆっくりと挿れていく。
「大丈夫?」
「ちょっと痛い……かも」
 サイズはまったく合っていない。体格に倍の差があるのだから当たり前だ。半分も入らないだろう。実際、彼女の中はきつくて、僕のモノは鬱血してしまっているのではないかと思うほどだ。
「気にしないで。私は大丈夫だから続けて」
 シフォンの顔には余裕がない。ちょっと痛い、なんて嘘だろう。僕だって痛いのだから、彼女だって相当痛いに決まっている。
 首を折り曲げて、彼女の顔に自分の顔を近づけた。彼女も、僕の首に巻きつけた触手を手繰り寄せ、密接しようとする。繋がっている状態でキスするのは、結構な苦行だ。それでも一度舌をお互いの口の中に滑らせると、不思議と痛いことなど忘れてしまう。
「ヨルガぁ……」
 甘い声で僕を呼ぶシフォンが、たまらなく愛おしい。
「シフォン……」
 彼女の牙、舌、喉のすべてと、僕の口内が絡み合う。溶け合って、くっついてしまえばいいと、ふわりと香るモモンの芳香の中で思う。腰を深くうずめても、シフォンはほとんど痛がらなくなっていた。
 体重をシフォンに掛け過ぎないように、腕を地面について体を支えながら、恐る恐る腰を前後させる。
「すごい締めつけ……」
 出し挿れのたびに、シフォンは顔を赤らめ、呼吸を荒くする。前足で自分の顔を隠し、悶えるような表情は遮られた。
「隠さないで、シフォンの顔ちゃんと見せてよ」
 僕は右腕でシフォンの両前足を退けた。
「いや、恥ずかしい……」
「ダメ」
 シフォンの滅多に見られない奥ゆかしさに、僕の腰を振る速度が上がる。
「んっ、あぁっ……!」
 シフォンが僕の巨大なモノで奥を突かれ、喘ぐ。目を潤ませて、僕を必死で受け入れようとしている。全然シフォンらしくなかった。僕のたがを外すには、充分すぎるギャップ。

 何かが表出した。
「シフォン……!」
 僕は本能のままに、打ちつけるように腰を振った。ひたすらシフォンの名前を呼びながら、彼女に種付けしたいという欲望をぶつけた。互いの汗や体液が飛沫のように弾ける淫らな音と、その体液すらも蒸発してしまいそうな熱に蕩け、僕は渾身の力をもって己のモノをシフォンの中に突き刺した。
「僕の仔を孕め!」
「んっ……!」
 体をぐっと押しつけて、大量の精をシフォンの子宮に注ぎ込む。どくどくと脈動するモノと膣口の隙間から、あっという間に入りきらなかった白濁液が溢れ出てきた。
 数十秒の長い射精が終わり、ゆっくりとモノを引き抜くと、シフォンの秘所から精が噴き出してきた。シフォンの白い毛皮が、さらに真っ白に染まる。僕を受け入れていたシフォンの膣は開いて、まるで洪水のように白濁液を垂れ流している。僕の印がつけられた彼女の淫靡な姿に、再び赤黒いモノが怒張し始めた。
「まだするよね、シフォン」
 シフォンの両脚を掴み、開脚させる。自らの秘部を見せつけるような卑猥な格好に、シフォンはまた顔を隠した。
「待って、まだ終わったばっかりだし休憩……」
「待てないよ。竜は絶倫だってわかってるんでしょ? そんな竜と付き合うなら、これくらいでへばってもらっちゃ困るよ」
 シフォンの顔が少し強張った。怯えているようにも見える。そして思い至る。表出したのは、ずっと持ち合わせていないと思っていた、加虐心だ。
「じゃあ挿れるよ」
 ずぶりと、思い切り突き入れた。初めの窮屈さはなくなっていた。もう、シフォンの膣内は僕のモノの形になってしまったのかもしれない。シフォンはもう、僕だけのものだ。
「グルルルッ」
 悦楽と支配欲に溺れて、啼く。僕はもう、己の種を撒くことしか考えられない凶暴な雄になっていた。
 いつまで続いたのか、まったく記憶にない。シフォンの白い肢体に、剥き出しの獣欲を浴びせ続けていたのが、この上ない幸せだったことだけは体が覚えていた。


「遅くなっちゃったね」
「ヨルガが何度もしたがるからでしょう! 次にあんな乱暴にしたら怒るわよ!」
「痛っ!」
 触手が頬をばちんと叩く。もう怒ってるじゃないか、と言えば、また首に巻きついた触手が絞め上げてきそうだ。
 月が煌煌と輝く空の下を、いつものようにシフォンを乗せて僕は、西の空を見上げた。。
「満月だね」
「ええ。銀色で綺麗」
 穏やかな声音が、風の音を梳いていった。そういえば、シフォンと出会ったときも、僕は彼女に満月を見せられた。

 ――シフォンたちが隠密に何匹かのサザンドラたちに襲撃をかけ、同族たちに激震が走っていたさなか、僕はねぐらの洞穴の前でシフォンに出会った。シフォンの立場からすれば、凶竜を狩る絶好機だっただろう。偶然にも見つけたサザンドラを逃せるわけがない。
 一方僕はそんなシフォンの殺気をまったく察知することなく、呑気に木の実を頬張っていた。それどころか、普通のポケモンは僕を見るなり逃げていくので、平気で話しかけてくるシフォンに感動を覚えた僕は、持っていた木の実をシフォンに手渡した。
『ねえ、あなたってよくサザンドラらしくないって言われない?』
 今もよくシフォンに言われるこの言葉は、出会った当時からずっと言われ続けている。
 シフォンは、僕を始末することを躊躇ったのかもしれない。僕のなりと性格があまりにもかけ離れていたものだから、倒していいのか迷ったのだろう。それで彼女は、僕を試した。
『……ねえ、これを見てどんな風に思う?』
 彼女の真上に打ち出された、眩く蒼白い球体。紛れもなくムーンフォースだったが、僕はそれが凶竜の最大の弱点をつく技だとは露とも思わず、『綺麗だね』と的外れな返答をした。
『あなたってつまらないポケモン』
 シフォンは僕を罵倒して去っていった。拍子抜けして、倒す気が失せてしまったのだろう。たぶん、あんな風に出会っていなければ僕は他の凶竜たちと同じように倒されていて、シフォンと深く関わることもなかっただろう。

「僕はこれでよかったのかもしれないな……」
「何か言った?」
 サザンドラとして生まれた咎を克服したわけではない。また何度も自分の生を悔やみ、苦しむだろう。それでも、この姿で、この性だからこそシフォンと繋がれた。
 情事になると――ちょっとは凶竜の顔が出てしまうかもしれないが。
「何も言ってないよ」
 東の空が明るむ。視線の先にある崩れた巨岩の城跡には、たくさんの色とりどりの花が咲いていた。







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