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搔き集める、を祈願しに の変更点


 作[[呂蒙]]
 作 [[呂蒙]]




 例のウイルスの影響もあってか、今年の10月31日の都心は仮装パーティーという名のバカ騒ぎはなく、比較的平穏だった。
 もともと、結城はあのような仮装行列には興味がなく、むしろバカ騒ぎには眉を顰めるほうであった。
「なあ、ナイル? 11月2日だけど、これ行こう、これ」
 手をぐっと前に突き出して、第一関節を曲げる結城。
「何、それ? 猫?」
「違う。熊手だよ。酉の市だから。札ビラを集められるように祈願しに行くわけ」
 手首をくねくねさせながら、そんなこと言う結城。縁起を担ぐという意味もあったが、とにかく出かける口実が欲しかったのだ。大学は多くの授業がオンラインになってしまい、必然的に家にいる時間が増えてしまう。さすがに実習や実験は例外だったが、家にいる時間が増えてくると、自分は本当に学生なのかという疑問がわいてきてしまう。精神的にもあまりよくない。
 せっかくだから、近所の小さい神社ではなく、由緒ある神社に行こうということになった。
「府中市の大國魂神社にしようか。都心の神社だと平日でも人が多そうだしな」
 府中は、東京都の多摩地方にある都市である。住宅街しかないベッドタウンではなく、工場や競馬場があるため、裕福な都市として知られている。その名の通りかつては武蔵国の国府が置かれていた場所である。つまり、県庁所在地のような場所であった。
 今年(2020年)の酉の市は3回ある。12日おきにあり、2日、14日、26日が酉の日である。この内、二の酉である14日は土曜日であるため、三の酉は平日だが「とりあえず、行っておくか」という人がたくさんいるだろうと踏んで、一の酉に行くことにしたのだ。
 だが、ナイルがこんなことを言う。
「今年ってさ、酉の市やるのかなぁ?」
「え?」
 ナイルが言うには、祭りやイベントをやると、人が集まってしまうから、今年はやらないのではないか、とのこと。
(確かに、それもそうだ)
 結城も、確かにそれはあり得ると思い、気になって調べてみたが、酉の市自体は行うとのことであった。
「決まりだな。縁起物の1つくらいあってもいいだろ、な?」
 どこかに出かける際、結城は、いつも電車の時間を調べるのだが、今回は目的地が東京の郊外で、電車も仮に乗り遅れたとしても10分待てば次の電車が来るようなところだったので、時間は調べなかった。
「それにしてもなぁ、龍っていう大きな縁起物があるんだから、1つくらい御利益があってもいいのにな……」
 と、ナイルの方を見て、結城がそんなことを言う。
「フライゴンだって、曲がりなりにもドラゴンなんだろ?」
「『曲がりなりにも』ってなんだよ。ちゃんとしたドラゴンだから」
「あっ、そう」
 結城は興味なさげにつぶやくと、PCのキーボードをたたいて、学校から与えられている課題を始めた。普段通りに授業がないと、全部自分で、スケジュールを管理しないといけない。これまでは、日々学校へ行き、授業を受け、テスト勉強や、レポートの執筆を学校の図書館で行う。これが当たり前だった。家だと、どうしても遊んでしまうし、勉強をしようという気にならないのである。
(語学は……テストどうするんだろう?)
 将来使う使わないに関わらず、卒業の条件として、英語の授業で単位を取ることは、どこの学校でも必須といってもいい。加えて結城は「海外旅行の候補地の一つだから」という理由でイタリア語などというマイナーな授業まで取ってしまった。
 スペイン語と違って、いろんな国で通用するわけではない。その点、結城も「よく考えたら、スペイン語の方が便利だったな」ということに気付いた。だが、この情勢では海外旅行など当分は不可能だ。どうにも、モチベーションが上がらない。さらに、学校から渡されたテキストには、ヴェネツィアやフィレンツェ、ピサに、ローマなど聞くだけでも行きたくなるような地名が出てくる。禁欲が無駄に刺激されてしまい、精神的にもあまりよくない。

 そして、11月2日。この日は一の酉だ。夕方になると混んでしまうと思い、自宅で昼食を済ませると、神社に収める去年の熊手を持って家を出た。
 大國魂神社に行くには、JR武蔵野線と南武線の府中本町駅か、京王線の府中駅まで行き、そこからは歩いて数分である。どの電車を使っても、事故が起きたとか、災害でダイヤがめちゃくちゃにならない限りは10分待てば、電車がやってくる。
(行きは、府中駅を使って、帰りは府中本町駅を使うか……)
 家を出て、最寄り駅まで歩く。風は冷たく、乾いている。街路樹の葉っぱも紅葉とまではいかないが、色づき始めている。
「なあ、ナイル?」
「どうしたの、ご主人?」
「4月の頭に花見する予定だったろ?」
「そういえば、そうだったね」
 だが「県境を跨いだ不要不急の移動の自粛」が呼びかけられてしまい、行くに行けなくなってしまった。強制力のある呼びかけではないので、無視したところで捕まるというようなことはないのだが、結城はそこまで鉄面皮な行動をとる度胸はなかった。
「だから、埋め合わせで紅葉を見に行くとか、いいかなと思ってさ。できれば、空いているところ」
「あ、いいんじゃない?」
 そんな話をしながら、駅までの道を歩いた。結城を含め、街行く人たちは、皆、マスクをするか、口や鼻を布で覆っている。最初はちょっと異様に思えたこの風景も、今ではごく普通の風景である。
「に、してもナイル……」
「何?」
「やっぱり、テキサスのお尋ね者みたいだな」
「……悪かったね」
 人間はマスクがあるからいいが、ポケモンの場合は主人が何とかしてやらないといけない。面倒だが、致し方ない。フライゴンには、人間用のマスクなど使えないので、散々悩んだ末、辿り着いたのが、大きめの布で口と鼻を覆うという方法だった。
「しかし、プロのトレーナーとか大変だろうな。こんな状況じゃ、興行もできないから、ファイトマネーも入ってこないだろうし」
「まあ、そうだよね」
「食っていかなきゃいけないわけだし、難しいところではあるわな……」
 
 電車を乗り継ぎ、京王線の府中駅で降りる。欅の街路樹が植えられている道を歩くこと数分。横断歩道を挟んで、立派な鳥居が見える。ここが大國魂神社である。ちなみに、府中市役所もすぐ近所にある。
 府中市は、23区を除いた東京の市町村の中でも、人口が多い方だが、自然が多く残っているエリアがある。神社は住宅街の中ではなく、林の中に埋もれるような形で存在している。これが「鎮守の森」というものなのだろうか?
 大國魂神社は、とにかく歴史の長い神社で、創建されたのが、第12代天皇・景行天皇の41年というのだが……。これがいつなのかはっきりしない。古代の日本は今日に伝わる記録が皆無で、よく分かっていないことの方が圧倒的に多いのである。
 大化の改新(645年)の時に、神社の敷地内に武蔵国を統治する役所が置かれたそうなので、少なくともその時には存在したことになる。いずれにしても歴史の長い神社であることには変わりはない。
 時代が下って、11世紀中頃。陸奥で勃発した騒乱に対処するため、陸奥へ下向する源頼義(988~1075)がこの神社に立ち寄り、戦勝祈願をしたといわれている。この騒乱が世にいう「前九年の役」(1051~62)である。戦いは長期化したが、康平5(1062)年、無事に陸奥を平定した後、頼義とその子息である義家(1039~1106)は、この神社に多大な寄付をしたといわれている。
 そのようなこともあり、武家にとってはありがたい神社とみなされたためなのか、源頼朝(1147~99)、北条泰時(1183~1242)、徳川家康(1542~1616)など名だたる武家政権のトップから手厚い保護を受けている。

 そよ風が吹いていたが、北風ではなく、南風だった。神社の境内を吹き抜けている。酉の市ということもあって、参拝客はいたが、参道を埋め尽くすという状態からは程遠かった。人混みの中に行くのが躊躇われるご時世だし、酉の市はまだ2回あるので、何も今日来なくてもいいというのあったのだろう。
「ん……。ナイル」
「えっ、ご主人? って、ちょっと?」
「よいしょっと……」
「ちょ、ちょっと、こんなところで……」
「何だよ、うるさいな……」 
 結城がおもむろにナイルの体にタッチ。そして靴の片方を脱ぐと、逆さまにして、ぶんぶんと振った。何のことはない、靴に砂利が入ってしまったため、出していただけのことだ。
「支えにしただけだろ?」
「え、あ、そうだったの?」
「何? おさわりだと思った? そんなことするかよ、こんなところで」
「……」
 ナイルは「何だよ、紛らわしいな……」とブツブツ言っていたが、結城は気にしなかった。鳥居の前で、一礼をし、境内に入る。
 境内には、熊手を売る屋台があった。が、結城は見向きもせず、屋台の前を素通りした。参道の途中で古くなった熊手を回収しているところがあったので、そこで、持参した熊手を引き取ってもらった。宗教的なものだから、やはり、ゴミ箱に捨ててしまうのは良くないだろう。

 この神社は大国主神(おおくにぬしのかみ)を祀る神社である。「因幡の白兎」に出てくるウサギが、隠岐の島から因幡に渡ったものの、その時に利用したワニ(サメだったとも)に皮をひん剥かれてしまい、苦しんでいたところ、偶然通りがかった者が助けた。その者こそが、大国主神であったという。
 参道を歩いて、進むと拝殿があり、参拝客が賽銭箱の前に列を作っていた。結城たちもその列に並ぶ。列といっても、大行列ではなく前に5、6人ほど先客いるだけであった。賽銭をそっと入れて、作法通りに参拝を済ませる。賽銭箱の脇に参拝の作法を書いた看板が立っていたのはありがたかった。
 その後、授与所で縁起物の熊手を買って、神社を後にした。
 時計を見ると、まだ午後4時前であったが、日が短い時期なので、すでに太陽は西に傾きかけている。家に帰る頃には、ちょうど夕飯の支度時になるだろうか。
(さて、今日は何を作ろうかな……)
 乾いた秋の風が吹く中、駅までの道を歩きながら、そんなことを考えていた。


 おわり


 あとがき

 久しぶりの新作となります。執筆途中の物が遅々として進まないので、気分転換で書いたみたわけです。
 酉の市は、商売繁盛、多くの札ビラをかき集められるようにという祭りです。11月の風物詩ですね。10月末のハロウィンのバカ騒ぎばかりメディアでは取り上げられるので、何となく影が薄くなってしまった気もしますが。
 この先、いったいどうなってしまうんだろうか? ということを思わずにはいられない1年でしたが、今後も創作は続け、精進していきたいと思います。
 やはり、それなりに長くいるのに、他の方と渡り合えるだけの作品が書けているか、自分でも疑問ですしね。それでは、皆様、寒くなってきましたので体にはお気をつけて。
 2020年11月14日 呂蒙 子明

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