#include(第十回短編小説大会情報窓,notitle) 2018/06/17 R-18な[[後日談>抱きつき体質 それから]]を投稿しました。 今年のカロスリーグ・ミアレ大会1回戦はダブルバトルが採用され、主人の&ruby(れつき){鈴月};も僕たちの調整に追われていた。夕食前、リーグ会場に併設された選手専用の宿舎のバトルコートで、僕たち6匹は3チームに分かれて肩慣らしをしていた。 「私が全力でサポートするから一緒にがんばろーね、うるち!」 「任せて! フクラムの威力不足は僕がカバーするから」 僕のパートナーは大きな瞳をキャルルンと輝かせるプクリンのフクラム。いつものように抱き合って士気を高めいざバトルスタンバイ。訛った鈴月の「ほな開始!」の掛け声で火ぶたが切って落とされると、真っ先に動いたのは相手のブリガロンの&ruby(かんろ){甘露};だった。 「先手必勝、喰らえ地ならし!」 「ぐ……!」 大地を揺るがして伝わる荒々しいエネルギー。ヌメルゴンの大きな体だと避けるのは難しい。ダメージに耐えるよう体を硬くしてなんとかやり過ごす。 「きゃ!」 「フクラム、大丈夫!?」 隣でフクラムも地ならしに巻き込まれたらしい。か細い悲鳴に振り向くと、派手に転んで地面に突っ伏している彼女の姿が目に入った。ここは僕が時間を稼がないと。 テレパシーで技を避けたサーナイトのシンシアに向けて渾身のヘドロ爆弾。当たる寸前、甘露が庇ったみたいだった。どちらにせよ効果は抜群、技アリと思ったのだけれど、植物の逞しい腕の隙間から彼の得意げな顔が覗いたとき、しまった、と思い知らされた。 ――防弾だ。 「甘かったわねうるち。私もいくわよ!」 容赦のない妖精の光が視界を焼き尽くす。ああぁ、もうだめだ―― 「なにすんじゃワレぇ!! いてこましたろかィ!!」 聞いたこともない怒号に振り向くと、見たこともない形相のフクラムがマジカルシャインを放っていた。威力は互角、怒りのボルテージで引き上げられたフクラムの攻撃は、シンシア自慢の同じ技とぶつかり合い、凄まじい衝撃音とともに猛烈な光を拡散して消えていった。 「そこまで! みんなお疲れ、明日に向けてゆっくり休んでや」 唖然とする僕たちの意識を呼び戻すようにかかった鈴月のひと声で、2対2の模擬戦はお終いになった。 みんなが早々と宿舎へ引き返し静かになったバトルフィールド。しゅんとしぼんだピンクの背中に手を置くと、体をさっと翻してきた。憔悴したように額を僕のお腹に押し付けてくる彼女を、そっと抱き寄せる。 「フクラムどうしたの? いきなり叫ぶからびっくりしちゃった」 「自分でも分からないの。怒るつもりなんてなかったのにな。昨日からなんだか体の調子がおかしくて。……夜ご飯に変な薬を混ぜられたのかも」 「ええ!? それ大丈夫なの!?」 いつもはピンと立った長い耳も、今日ばかりは力なく垂れ下がっていた。本番を明日に控えて彼女がこんな様子じゃ、結果はやる前から見えている。何とかしてフクラムの調子を取り戻さないと。そのためにはまず、彼女に薬を飲ませた犯人を捜し出さなくっちゃ。 「僕に任せて。絶対に解決してみせるから」 「……うん」 たった2か月前にチームに加わったフクラムはまだ対戦に慣れておらず、鈴月に1番面倒を見られているのも事実だった。あまり考えたくはないけれど、それをよく思わないチームメイトだっているかもしれない。まずは仲間うちから話を聞いてみよう。 なんだか刑事になったみたいだ。とすると犯人――ホシ探しか。仲間同士のいざこざをなくしてチームがひとつになるためにも、僕が頑張らないと。 ---- &size(22){抱きつき体質}; [[水のミドリ]] 鈴月の手持ち(加入順) 甘露(ブリガロン♂) シンシア(サーナイト♀) マルメロ(デンリュウ♀) うるち(ヌメルゴン♂) フクラム(プクリン♀) 綿貫(ジュペッタ♂) ---- 夕食が整うまでの1時間、みな思い思いに過ごしている。ミアレの中央を東西に走る川のほとり、河川敷の石畳で水浴びをしているブリガロンの甘露を見つけた。鈴月の手持ちでは最も古株で、旅を始めた時からのパートナーだ。そんな彼だからこそ、新しく入ったフクラムに嫉妬しているんじゃないかなって思ったんだけど。 「フクラムなんだけどさ、さっきなんであんなに怒ってたんだろ」 「技を当てた俺のせいだって言いたいのか!?」 「違う違う! 昨日の晩ご飯で何かあったみたいなんだけど……心当たりはない?」 手の届かない鎧の掃除を手伝いつつなんとなく探りを入れてみる。んー、と濡れた顎髭をしゃくって唸り、諦めたように甘露はため息をついた。 「すまん、思い当たらないな。他の奴に聞いてみてくれ。飯を作ったシンシアなら何か知っているかもしれん」 「そっか、ありがとう!」 「わっバカ! お前にくっつかれたらまた水浴びしなきゃだろ!」 思わず抱きつこうとすると、手の甲の棘を向けられた。 「甘露の胸、格闘タイプらしく厚くて頼りがいがあるんだもん。抱きつきたくなっちゃうよ」 「あ、ちょ、やめろって……あ゛~」 嫌がるそぶりを見せながらも、しっかりと応じてくれる兄貴肌だ。そんなチームのまとめ役がフクラムに嫌がらせするなんて考えづらい。彼はシロみたいだ。 漂ってくる甘いにおいにつられて宿舎のキッチンを覗くと、いつものようにサーナイトのシンシアがオーブンとにらめっこしていた。鈴月が初めてゲットした野生のポケモンで、一通り家事をこなす鈴月の母親代わりでもある。フクラムに悪さなんてしそうにないけど、主人への愛が重いからこそ……なんてこともあるかもしれない。 「――ってことなんだけど、心当たりはない?」 事の次第をざっくりと説明すると、心当たりとまではいかないけど、と前置きしてから話してくれた。 「彼女、自分の技の威力不足に悩んでいるみたいなの。相談にもよく乗るし、技の特訓に付き合ったこともあるわ」 いつも元気なフクラムにも悩みがあったなんて。ダブルバトルでは僕が攻撃を担っているけど、それが彼女の苦痛になってさっきの試合で爆発したのかもしれない。 「みんなをよく見てるんだね、まるで本当にお母さんみたい」 「うるちが今何を考えているのかも分かるのよ。テレパシーを使わなくても、ね」 「……うん」 背中に回される緑の腕。遠慮なく抱きつくと、シンシアの胸の赤い突起が温かく輝いた。 「昨日一緒にご飯を食べていたマルメロに話を聞いてみるといいわ。すぐそこの花屋さんにいたはずよ」 「マルメロー!」 「わひっ!?」 大通りを挟んで向かいの花屋に見えた黄色い背中に抱きつくと、びくっと跳ねて動かなくなった。鈴月が3つめのジムを攻略したあとに仲間になったデンリュウのマルメロ。いつもおどおどして意地悪なんてできないだろうけど、フクラムと仲がいいから彼女にだけ打ち明けている秘密があるかもしれない。 「だ、ダメですようるちさん、わたしに触ると痺れてしまいます……」 「ふふん、ちゃんと備えてあるから大丈夫」 見せびらかすように取り出したのはキッチンからこっそり持ってきたクラボの実。マルメロの静電気で麻痺しても、これを齧ればさっと収めてくれる優れものだ。 しっぽのライトをせわしなく点滅させて、僕から離れたマルメロが「ご用件はなんでしょう」とおずおず訊いた。 「昨日の晩ご飯の時、フクラムと何を喋ってたの?」 「わたしが熱っぽいって話をしたら、風邪薬を譲ってくださったんです。前に&ruby(わたぬき){綿貫};さんから貰ったらしくって。ほら、フクラムさんと綿貫さんは同じ”ポケモンの村”出身でしょう。どうやら彼、創薬を勉強していたみたいで……」 「待って、綿貫は薬を創れるの!?」 「え、ええ、そうみたいです……う、うるちさん、近い……!」 薬を調合できるなら、毒だって思いのままに違いない。そうでなくても霊タイプだし、呪術で悪戯をするなんてきっと簡単だろう。 風邪がぶり返してきたのか顔を赤くするマルメロにありがとう、ともう1度抱きついてから、部屋に引っ込んだらしい綿貫を追いかけて僕も宿舎へと戻ることにした。 選手に無償で割り当てられた狭くて簡素な部屋の中央、椅子に腰かけ机に長い両腕を投げ出してジュペッタの綿貫が寛いでいた。ゴミ箱漁りが趣味みたいで、つっかえて抜けなくなっていたところを鈴月が引っ張り上げてからの縁だ。言葉と目つきは悪いけど、根は良いヤツだ……って信じたい。 「確かに昔フクラムに風邪薬を渡したけどよ、なんでおれが疑われなきゃいけねーわけ?」 「疑うだなんてそんな……!」 「隠してもお見通しだ。てめー、犯人探しみてーなことやってんだろ。いくら偏屈なおれだって、仲間を傷つけるようなことはしねーヨ!」 「……ごめん。一方的に疑ってたよ」 「わ、なんで抱きつくんだヨ! 綿が湿って重くなるだろ!」 感の良い綿貫に一瞬でばれ、事件のあらましを説明する。 「なんとかフクラムに自信を取り戻させてあげたいんだけど……」 「てめー、自分のカノジョのことくらい自分で何とかしろよ」 聞き慣れない響きに、僕は目をぱちくりさせた。 「カノジョ? フクラムが? 僕の?」 「はァ!? &ruby(ちげ){違};ーのか?」 うん、とぎこちなく頷くと、はー……と呆れたため息が返ってきた。睨みつける赤い眼が、いっそう険しくなる。 「新参のおれにはな、てめーとフクラムは恋ポケ同士にしか見えねーんだよ。自分じゃ気づいてねーかもしれねーが、他の奴と抱き合ってる時よりてめーらずっと幸せそうだかんな。おれにはお見通しだね」 「そ、そんなことないって!」 「じゃーもう無意識なんだよ。いいか、てめーはな、フクラムのことが、好きなんだヨ!」 「……へ?」 フクラムが、好き。 言われて一瞬、頭が真っ白になった。氷水を被ったみたいに体がこわばる。自分で気づかないふりをしていた本心を見透かされたような…… 本心? そんなまさか! 「ふたりとも、グラタンができた――あら、お取込み中?」 「ちょうどいいところに来たな。この際はっきりさせておこうぜ」 最悪のタイミングでシンシアと甘露、マルメロが夕食を運んできた。邪魔なテーブルを端に寄せてみんなで円になって座ると、綿貫がさっきの話を切り出した。 「ちょっと待ってくれ。うるちが付き合っているのはマルメロだろ?」 驚いて声を上げた甘露に、みんなの視線が一気に集まった。 「え……いや俺見ちゃったんだ。ちょうどフクラムが仲間になる前の日なんだけどさ。うるちとマルメロが夕飯になってもテントに戻らないから探しにいったんだ。そしたら花畑の真ん中でふたり仲良く花遊びしてたんだよ。紫がかった夕暮れの中でいい雰囲気だなぁって見守っていたら、やっぱりうるちが抱きついたんだ。でもそれだけじゃなかった。昔どこかでデンリュウの愛情表現だって聞いたことあるけど、ふたりは長い首を交わらせて――」 「いやあぁッ!!」 唐突にマルメロが大声をあげてうずくまった。なんだよ、と漏らす甘露に、その話はここまでね、とシンシアが釘を刺す。サンドみたいに丸まって震えるマルメロの背中をさすりながら、シンシアは続けて言った。 「でも不思議ね。思い上がるつもりはないけれど、うるちが好きなのは私だと思っていたわ」 今度はシンシアが注目の的になる番だった。 「うるちを抱擁しているとき、”好き”に似た感情が流れ込んでくるから、てっきり私だけに特別な想いをしているのだと思ったの。あなた、どういうつもりでみんなに抱きついていたの?」 「いや、別に僕は、好きとかそんなんじゃなくて……!」 一斉に向けられる疑惑の目。焦ってうまく言葉が出てこない。まさかこんなことになるなんて。犯人探しをしていたはずの僕が、1番に疑われていた。 「ジュペッタのおれやサーナイトのシンシアは種族柄抱いたり抱かれたりすることに抵抗ねーけどよ、そうじゃねー奴は抵抗あっただろ。もしかしたら好かれてるって勘違いしちまうかもしれねー。マルメロ、どうだったよ」 「あ、わ、わたし、は、もう慣れちゃったけど……。モココの頃、体毛があったときは、うるちさんに抱きつかれるたびヌメヌメになってお手入れが大変でした」 「で、どうなのよ。”勘違い”しなかったか?」 「あの、あの……」 急に話を振られたマルメロが、みんなの視線から逃げるように答える。背を丸めて真っ赤になった顔を手で隠して、最後に消え入る声で「……はい」と呟いた。 もう何度目かわからない沈黙。うっすらと聞こえるマルメロのすすり泣く声。僕のせいなんだろうか。僕があたり構わず抱きついていたから、彼女を泣かせてしまったのか。 淀んだ空気を追い払うように、僕を見据えて甘露が声を張った。 「こんなこと言うのは心苦しいけどさ、もうむやみに女の仔に抱きつくのはやめろ。ヌメルゴンの習性なんだろうけど、チームがバラバラになるのはまずい」 「僕は、ぼくは……は、は、はっ」 違う、そんなんじゃない! 言いたいことはたくさんあるのに、喉につかえて何ひとつ出てこない。心臓が跳ねる。敵意に満ちたみんなの視線が、僕を射すくめていた。 シンシアと綿貫が、甘露に続けて言う。 「私も賛成ね。それに、いい機会だと思うわ。あなたは今まで自分の&ruby(せい){性};から逃げてきたのよ。男の仔はみんな成長するにつれいつしかそういうことに興味をもつものでしょう? そのとき同時に、異性との距離の取り方だとか、大人の男としてふさわしい立ちふるまいを学ぶのだと思うの。けれどあなたはそれをしてこなかった。甘やかして成長を妨げてきた私にも責任があると思うのだけれど、ともかくあなたは一度自分と向かい合うべきだわ」 「大方フクラムが怒りっぽくなったのも、てめーが原因なんじゃねーの? 好きでもねーのに毎日毎日抱きつかれちゃ、そりゃストレスも溜まるってモンだろーよ」 限界だった。どっと汗が吹き出して、代わりに粘液が乾いて顎にこびりつく。眩暈と吐き気に襲われて、狭い部屋で窒息しそうだった。 「ううぅっ!」 「ちょ、どこ行くんだ!?」 引き留める甘露を振り切って、気づけば宿舎を飛び出していた。目立つことなどお構いなしに、僕は夜のミアレをさまよった。どこをどう走ったのかは分からない、さっきのバトルフィールドでひとり技の練習をするピンクの背中が見えた時には、どちゃ、と脚の力が抜けて無様に転んでしまった。 「ふ、フクラムっ!!」 「ど、どうしたのそんなに慌てて!?」 「フクラム、フクラムっ! ああ、僕は……!」 「落ち着いて、こんなに取り乱したうるち、初めてだよ」 無意識に抱きつこうと伸ばした腕を、自分で無理やり押さえつけた。きょとんとした彼女がふわりと跳ねる。 「僕は、君に、ひどいことをしていたかもしれない」 抱きつくことで、みんなに嫌な思いをさせていた。指摘されたことをつっかえながら説明していると、自分の中でも整理がついてきてしまった。 気の置けない仲間には性別構わず抱きついていたけど、女の仔特有の柔らかさが、まるでマシュマロみたいに全身を包み込んでくれるようで好きだった。そこには決していかがわしい気持ちがあるなんて疑いもしなかった。でも本当は、女の仔に触れたかっただけなんじゃないか? 自分の中にある根底が、軋んだ音を立てながら揺らいでいた。 「そんなことないよ! だってうるちと抱き合ってて私、とっても優しい気持ちになれたんだよ? キミらしくていいと思うな。私は気にしていないし、ほかの女の仔だってきっと分かってたはずだよ。だれもうるちを嫌ってなんて――」 「違うッ!!」 僕を傷つけないよう気遣ってフォローの言葉を並べていたフクラムが、大声にビクッと首筋を震わせた。 「僕が気にしているのは君やマルメロを傷つけていたことじゃない。……僕自身のことさ。今までただの癖だと思っていた自分の仕草が、本当はぜんぶ性欲に駆られてやってたってことなんだろ!? 気持ち悪くって仕方ないよ。全身べとべとの粘液まみれで、でっぷりと飛び出た腹で抱きついて! ……チームのみんなに迷惑をかけておいて結局気に病むのは自分のこと。最低な奴だろ、笑ってよ。……笑ってくれよ!」 「自己嫌悪に陥るのはよくないよ。そんな怖い顔しないで?」 鈴を転がしたような癒しの声音で、歌うように諭してくる。背伸びして腕を伸ばして僕の頬を引き寄せると、額と額をくっつけてきた。絞りたての生クリームみたいに柔らかいぐるぐるが、僕の頬をなぞる。産み捨てられた子犬が周りのすべてを敵だと思いこんだような恐怖の眼差し、そんな表情をした僕が、まん丸なフクラムの瞳の中に映っていた。 「それでもいいじゃない。今のままのうるちが私は好きだよ。無理に変わろうとせずに、キミらしくしていればいいと思う」 「やめてよ、優しくしないでよ。惨めな気持ちになるよ……っ!」 「……抱きついていいから、ね?」 「う、う、うぅぅ……!」 優しく広げてくれた短い腕が、慈愛に満ちた瞳が、僕には天使に思えて。触角で体ごとすくい上げて、パンケーキみたいに柔らかいお腹にぐしょぐしょの顔を押し付けた。 こんな僕でも、気持ち悪がって遠ざけることはしなかった。……離したくなかった。唯一拒絶せずに自分を認めてくれたフクラムに縋りついていた。 「ちょ、ちょっとうるち、流石に苦しいって……」 「ね、ねぇ」 「っ、なぁに? 心に&ruby(つか){痞};えてることなら、思い切って言った方が楽になるよ」 「ぼくは、きみのことが、すきだ」 「――え」 おぼろげな思考の中で、気づけば口走っていた。 嘘じゃない。ダブルバトルでよく組むフクラムにはずっと好意を抱いてきたし、そのぶん深く抱き合う回数だって多かった。彼女のふわふわな肌に身を預けているときだけ特別に安心することができた。それがなぜか分からなかったけど、いま心の中で暴れまわる彼女に対する強烈な想いは、フクラムを異性として好きだって気持ちなんだと考えれば合点がいった。 自分の本当の感情をまじまじと見せつけられて、考える余地も与えてくれなくて。気持ちの欠片が口をついてこぼれていた。 両腕で抱いていたフクラムの体がぎしっ、とこわばって、僕の首に回されていた両腕から力が抜けそっと垂れ落ちた。 よろよろと離れた彼女の瞳には明らかな動揺の色が滲んでいて。僕の意図を探るようにしばらく視線を逡巡させた後、つっかえながらも言葉をつむぐ。 「え……えっ、あのその、それ、わ、私に言ってるんだよね、ま、間違いなく。そ、そうだよね、うるちと私しかいないもんね、そうだよねごめんね」 「なんで謝るの、っそ、それよりさ、フクラムは僕のことをどう思ってるの」 「ま、待って、私とても混乱しているんだ。ちょっと考えさせて、ね?」 「どこ行くのさッ!」 「きゃっ!? っま、止め――」 後ずさるフクラムの足元を触角でからめとり、湿った下草に彼女を押さえつける。あぅ、と掠れた喘ぎが風船の体から漏れて聞こえた。そのまま身動きの取れない彼女にのしかかる。粘液にまみれた姿が、ひどく魅力的に見えた。いつも爛漫と輝いていた彼女の目の奥が、恐怖に小さく震えあがった。 「はぁ、はぁ……! 君の返事が、知りたいんだ!」 「き、気持ちは素直に嬉しいよ。でも……でもね、ごめんなさい。キミと恋ポケ同士になることはできないの」 「なっ……なんでさ!? さっき『好き』って言ってくれたじゃないかっ!」 ますます錯乱して顔をにじり寄せると、固く結ばれたフクラムの薄い唇がひきつった。鳥肌立った彼女のこめかみを汗が伝って流れていく。 「好き嫌いの問題じゃないの。今さら恋ポケとして意識できないというか……距離があまりに近すぎたの。以前はね、キミのこと好きだったんだよ」 「じゃ、じゃあっ……!?」 「でも今は! ……今は、遅すぎだよ。私ね、特性がメロメロボディでしょ? こんな体だと、その気もないのに近くのポケモンを誘惑しちゃうの。野生だった時はそれでみんな気持ち悪がって近寄ってくれなくて、握手どころか挨拶さえしてもらえないことが多かった。独りぼっちだったところを鈴月に捕まって、うるちに出会ったんだ。こんな私でも、キミは遠慮なく抱きついてくれた。……嬉しかったんだよ、すっごく。毎日抱き合っているうちに、いつしかそれが当たり前のように思えてきて。キミとこれ以上の関係になるのは想像つかないの。ごめんなさい」 力の抜けた角をそっとどかして、押し黙る僕を見上げてくる。 「具合の悪い私を治そうとみんなに話を聞いて回ってくれてたんだよね。そのせいでうるちにつらい思いをさせちゃったかもしれないけど……そろそろみんなの元に戻ろうよ。明日の大会、がんばろーね!」 こうこうと灯る宿舎の明かりが逆光になって、僕から離れてゆくフクラムを温かく出迎えていた。ガラス戸の奥にその輪郭が見えなくなっても、しばらく扉のむこうを眺めていた。 ――ああ、僕はまた、自分勝手なことをして傷つけてしまったんだ。 日の落ちた芝生でひとりで泣いた。涙はすぐに引っ込んだけど、部屋に戻る気にはならなかった。すっかり熱の引いた夜風は、着々と僕の体温を奪っていった。ようやく立ち上がった頃には、もう日付が変わっていた。 音を立てないようにドアノブを回す。無駄に大きい僕の体が、狭い部屋で雑魚寝しているみんなに触れて起こしてしまわないか気が気じゃなかった。こんなにもチームメイトに触れたくないと思ったのは初めてだった。 「みんな心配しとったで」 冷めきった夕食に手を付ける気にもなれずいそいそと毛布を被ると、きぃとドアが開いて廊下の光が僕を照らし出した。鈴月だ。寝ないで起きていてくれたらしい。 「うるちが何で悩んどるのか分からんけど、気張らんでええんよ。試合は大丈夫、秘策があるんや」 いい主人だ。ちゃんと僕たちのことを気にかけてくれている。でも秘策ってなんだろう。考える間もなく、僕はまどろみに引き込まれていった。 「ごめんねうるち、これが鈴月の秘策らしいんだ。ちょっと痛いけど、我慢して?」 「わ、ちょ、待ってフクラ――むぶっ!」 対峙するズルズキンとクレベースの目が点になった。無理もない、いきなり相手が仲間割れを始めたんだから。僕だって大勢の観客の前で仲間に往復ビンタでしばかれるなんて思ってもみなかった。 「……っち、あんたに触れたからヌメヌメするじゃねーか。この私の手を汚すとは良い度胸してるなァ!」 相手トレーナーの叫び声に反応して、クレベースが吹雪を飛ばしてくる。でも今さらフクラムの豹変ぶりに気付いたところでもう遅い。怒りで最大火力にまで引き上げられたマジカルシャインが、相手を射しとどめんとばかりに爛々と光り輝いていた。 「おらァ!!」 決着は一瞬だった。差し迫る雪のつぶてを吹き飛ばし、激烈な閃光が相手を貫く。もうもうと立ち込める砂塵が収まると、見えたのは横たわる2匹の姿。 ああ、僕の見せ場も残しておいてほしかったのに。 「……やった、やった、やったんだ! 私でも倒せたんだ!」 「ぶへ! っく、苦しいって」 興奮の収まらないフクラムが、僕の胸に飛び込んできた。感極まって涙をこぼす彼女を強く抱きしめ返す。ああ、ほんとうだ。抱き合っていてこんなに優しい気持ちになれるのは、フクラムだけだ。胸の中で打ち震える彼女は、まさしく天使のような笑顔だった。 「よくやったな、この勢いで目指すはリーグ優勝だ!」 「フクラムの性格を逆手に取って利用するなんて、すごいわね」 「うるちさん大丈夫ですか? ほっぺが赤くなってます……」 控え室に戻ると、チームメイトが厚く歓迎してくれた。抱き合うことはなかったけど、僕を避けることなくみんな手をぎゅっとしたり、ハイタッチしてくれる。向けられた笑顔は優しくて、昨日のいざこざが嘘だったかのよう。 結局フクラムに薬を盛った犯人は分からずじまいだったけど、チームの結束も強まったし結果オーライかな。彼女も自分の調子にバトルスタイルを合わせられたみたいだし、新たな一面が見られたと思えば。再度フクラムと抱き合って、喜びを噛みしめた。 「しっかしてめー、よくあんな無茶な作戦思いついたな」 「僕が考えたんじゃなくて、ほら、主人が」 温かく見守っていた鈴月を振り返ると、満足げな笑みでサラリと言ってくれたんだ。問題発言を。 「バトルハウスに入り浸っとる弟に&ruby(もろ){貰};たんやけど、『特性カプセル』ってぇやつ、ごっつ効果あるやん! 悩んどったフクラムの威力不足、アッサリ解決してもうたわ。なんや性格も勝ち気になったみたいやけど、まーええか!」 ……なるほど、謎が解けた。 犯人は鈴月だった。戦闘中だけフクラムが怒りっぽくなったのは、主人の薬で特性が変えられたから。僕のぬめぬめに触れることで素早さを下げ、”勝ち気”の特性で特功を底上げする作戦だった。そんな無茶さえしなければ僕はホシ探しに奮闘することもなかったし、抱きつき体質を非難されることもなかったんだ。 フクラムを想う自分の気持ちに、まだちゃんと向き合えていない。けど、なんとなくいい方に進展すると確信していた。リーグ戦をどこまで勝ち進めるかわからないけど、終わったら改めて告白しよう。まず、このどうしようもない主人の頭に龍”星”群を降らせてから。 RIGHT:――[[NEXT >抱きつき体質 それから]] LEFT: ---- あとがき さて、このお話のオチでもあるプクリンとヌメルゴンのタッグについて。前者が後者に往復ビンタを当てると特性”ぬめぬめ”と”勝ち気”のコンボでプクリンが特功4 or 6段階up + 素早さ2~5段階downとなるわけですが、コレ実際は &size(22){勝ち気の特性は発動しません。}; 書き終わってからこの秘策って実際に通用するのかなー、と思って手持ちのXYで確認したところ、何度やっても特功アップが確認できず……。つまりこのコンボは全く成り立っていないんですね。お話を読んでプクリンを育成してしまった方ごめんなさい。1回戦でフクラムが相手を薙ぎ払ったのは、ズルズキンの威嚇で攻撃を下げられていたから……です。鈴月が勘違いしたのも、彼女が(私同様)未熟なトレーナーだったから。いい戦略だと思ったんですけどね。ゲームではシステム上不可能な夢のあるコンボを実現できるのも、小説ならではじゃないでしょうか(開き直り)。 抱きつきがいのあるポケモンはなんだろうかと調べていて、サーナイトとジュペッタはすぐに思いついたのですが、ヒロインに採用したのはプクリンでした。なんたってポケモン図鑑の説明が、 きめこまやかな 体毛は 手触りが よすぎて うっかり 触れると 離れられなくなる。(BW2) ですからね。ぜひ人をダメにするクッションとして発売してほしい。 親方サマのイメージがどうしても付き纏うプクリンを可愛く書けたか不安ですが、なかなかに天使だったんじゃないでしょうか。うーん私も抱きついてみたい! 大会時にいただいたコメントに返信を。 ・フルパーティでの謎解き話を、よくぞここまでまとめられました。ポケモン小説らしく特性、技、道具が巧みに取り入れられていて面白かったです。ちょっと文字数制限が心配になる量ですが……。 ところで、見たところトリパの様ですが、発動要員はシンシアさんか綿貫さんかな? (2016/09/24(土) 22:19) ・フルパーティでの謎解き話を、よくぞここまでまとめられました。ポケモン小説らしく特性、技、道具が巧みに取り入れられていて面白かったです。ちょっと文字数制限が心配になる量ですが……。 ところで、見たところトリパの様ですが、発動要員はシンシアさんか綿貫さんかな? (2016/09/24(土) 22:19) 文字数ギリギリでした。毎回こんな感じになってしまうの辞めたいんですけどね。 実践で活躍できるかどうかは二の次にキャラを決めたので、今見てみるとみんな同じような素早さですね……。運用するならトリル必須でしょうか。メガ枠の奪い合いになりそうですけど。 バトルでのダメージ計算などまで考えてお話を組み立てる能力はありませんので、あくまでルールを破っていないかどうかしか把握していませんが、こうやって組んだパーティで戦ってみるのも面白そうです。 追記 約2年越しに[[後日談>抱きつき体質 それから]]書きました。よければぜひ。 ---- #pcomment