***抑えられない衝動 [#i4b46299] #contents 作・[[ガルトル]] ---- 登場ポケモン紹介 グラルス(種族:グラエナ 性別:♂) この物語の主人公。夏休みにカイトの家に泊まる事になるが… ロク (種族:ヘルガー 性別:♂) グラルスとは幼馴染であり親友である。 カイト (種族:アブソル 性別:♂) 女子に人気があるが告白を全て断っているらしい。その理由とは? ---- **7月25日 終業式 [#g5825350] 授業の終了を告げるチャイムが鳴り、日直が号令を掛ける。 「ふぅ~…。やっと終わったぁ…」 今日最後の授業が終わり、俺は背伸びをする。 準備を済ませて帰っていく奴がいれば、夏休みの予定について話している奴もいる。 まぁ、それはいいんだが……今日は終業式だってのに何で授業しなきゃならないんだ? 「よっ!」 背中をいきなり叩かれる。振り向けば、背中を叩いた奴――ロクがニヤニヤしていた。 「何だ、ロクか。どうした?」 「明日から夏休みだけどさ、お前って何か予定あんの?」 「あるぜ。今回の夏休みは家族旅行に行く予定だ」 俺の両親は仕事が忙しく、家に帰ってくる事はほとんどない。俺の生活は親から送金された金を使い、 家事などは全て自分がやるようになっていた。いつでも帰ってきていいように掃除も念入りにした。 ある日、そんな親が電話で俺に言った。「今年の夏休み、皆で旅行に行こう!」って。それを聞いた途端、 俺は子供ように喜んだ。両親と出かける事さえしてないから、この家族旅行は何よりも優先したかった。 「旅行に行くならさ、何かお土産買って来てくれよな!」 「任せとけって!」 帰る準備を終えてロクと別れる。外の風が吹き込んでくる廊下は、教室よりも涼しくて気持ち良い。 ここに風鈴があれば気分的にもっと涼しくなりそうだ。 「グラルス~、途中まで一緒に帰ろう?」 昇降口から出ようとした俺をカイトが呼び止めた。 「おぉ、カイト。いいぜ~」 カイトと一緒に学校を出る。外は先程の涼しさをかき消すような強い日差しが眩しく、そして暑い。 こんな暑い日に何故歩きで帰宅しなければならないのか。歩いて行ける距離に学校があるとはいえ、 真夏の日にこれは辛い。止む事は無いセミの鳴き声が妙にうるさく感じた。 「カイト、前々から思ってたんだけど何で女子の告白を断ってるんだ? 突然で悪いけどさ…」 他愛の無い会話をして、少しの沈黙の間に頭に浮かんだ疑問をカイトにぶつけた。 「ホントに突然だね…」 俺の急な質問にカイトは苦笑する。 カイトに対する女子の人気は同学年の男子から羨ましがられる程だ。だが彼は折角の告白を全て断っている。 「実はね、気になっているっていうか……好きなポケモンがいるんだ。いつも僕の側にいてくれるんだけど、 僕の気持ちに気付いてくれないんだ。僕は恋人として好きなんだけど、相手は恋人じゃなくて友達としての好きなんだ…」 カイトに好きなポケモンがいるという事は初耳だ。いや、本人の口から初めて聞いたというのが正しいだろう。 以前から他に好きな奴がいるんじゃないかという噂を聞いており、それが本当だとわかった今、 今までの告白を断ってきた理由に説明がつく。 「自分は恋人として好きだって事を相手は知ってるのか?」 「知らない。言いたいけど言えない……。言ったら多分、僕を友達として見てくれなくなる。それが怖いんだ…」 カイトの悩みを、しかも恋愛に対する事を聞いたのは初めてだった。 「カイト、相手の事を大切に思ってるか?」 「う、うん…。もちろんだよ」 「ならさ、告白を怖がる必要はないだろ? お前にとって大切な奴なら、 そいつもきっとカイトを大切にしてるはずさ。だから安心して告白してみたら?」 「そっか、そうだよね……。グラルス、ありがとう。今すぐには無理だけど近いうちに告白しようと思う」 話が終わると丁度分かれ道に差し掛かり、俺とカイトは別々の道を行った。 「じゃあね!」「またな」 カイトの恋人……一体、どんな奴なんだろうか…。学校一男子に大好評だったエネコロロを振る程の相手だから、 そんなに綺麗なポケモンなのかと思う。 ……まぁいいや。これはカイトの問題だから、俺があれこれ考える事でもないか。 **カイトの家へ [#ocbdd6d0] 「ただいま~」 返事は無かった。リビングへ向かい、電話の留守番ボタンが点滅しているのを見て録音メッセージを再生した。 『母さんです。グラルス、明日から貴方が楽しみにしていた夏休みね。グラルス……ごめんなさい。 父さんと母さん、急に仕事が忙しくなっちゃって……』 まだ続きがあるが、そのメッセージを消した。何だまたか……。家族で旅行に行こうって約束だったのに、 俺の両親は結局…仕事が大事なんだな。仕事が忙しくなった……そう言って今までの約束も果たしてもらえなかった。 でもまぁ、期待していた俺が馬鹿だったわけだ。 ピピピ……。 晩御飯食べて、風呂に入って、今日はもう寝てしまおうと思った矢先、持ってる携帯から着信音が鳴った。 誰からなのか確認するとカイトからだった。 「カイト、どうした?」 「あのさ、グラルスって明日から家族旅行でいないんだよね?」 「……いや、ついさっき行けなくなった。仕事が急に忙しくなったって……」 「そ、そっか…。ねぇ、今日と夏休み中は僕の家に泊まりに来ない? 夏休み中は両親が仕事でいなくてさ」 カイトの家にねぇ…。友達の家に泊まりに行くって初めてだけど、俺も両親がいないからカイトと一緒の方が楽しそうだ。 家族旅行がキャンセルになって落ち込んでいた俺にとってグットタイミングな提案だった。 「んじゃあ、カイトの家に泊まりに行くよ。俺の親も仕事でいないし…」 「良かった! いつ頃来れそう?」 「今から行ってもいいか?」 「うん、大丈夫! じゃあね!」 カイトとの通話が終わり、俺は泊まりに行く準備を始める。携帯電話、家の鍵、財布……まぁ、こんなものか? 必要になれば家に戻って取ってくればいいんだしな。電気のブレーカーを落とし、鍵を掛けてカイトの家を目指した。 夕暮れの道路を歩いて行く。自然と先程の出来事が思い出され、自分は惨めな奴だと思えてきた。 家族の事よりも仕事ばかりを優先している親に何を期待していたんだ? 急に駄目になるのはわかっているはずだ。 結局、仕事が忙しくなったという何回も聞いた理由で今回の家族旅行も駄目になった……俺は何考えてるんだ? もうやめよう。思い出すだけで自分がさらに惨めに思えてくる。 10分くらいでカイトの家に着き、インターホンを押す。 「入っていいよ~!」 奥から聞き慣れた声――カイトの声が聞こえ、玄関のドアを開いて家に入った。 カイトの家は普通の家より少し高級感があるように見える。広いリビングだし、一つの部屋もなかなか大きい。 「いらっしゃい」 満面の笑みでカイトが迎え入れてくれる。俺が来た事がそんなに嬉しいのだろうか。 「カイトの両親って、いつもいないのか?」 「普段は一緒なんだけど突然仕事が入る時があって、その時は一人で留守番してるんだ。グラルスは?」 「俺はいつも一人だ。いっつも仕事が忙しくて、約束しても果たしてもらえない…」 「そうなんだ……。何か僕らって似てない?」 「そうか?」 自分では意識してないんだが、俺とカイトはどこか似ているのだろうか? いや、たまたま同じ状況になっているだけだろうな…。 さてと、これから何をしようか? 「早速遊ぼうって行きたいとこだけど、まずは晩御飯の食材を買ってこなくちゃ」 「じゃあ、俺も一緒に行くよ」 カイトと近所の商店街に向かい、晩御飯の食材を買い揃えた後はアイスを食べたりドーナッツを買ったりした。 楽しくも大変な時間を過ごし、気が付けば日はもう沈んでいた。そろそろ家に戻って晩御飯の用意をしなければいけない。 予定よりも多くなった荷物を持って帰宅する。 「たっだいま~!」 真っ暗で誰もいるわけがないのにカイトはそう言った。やれやれ、そんな元気がまだあったとは……。 「今日は楽しかったね! 晩御飯買いに行ったのに、いつの間にか遊び感覚で歩き回ってたよ~」 「全く……荷物持ちで歩き回される俺の気持ちも考えてくれよ…」 食卓に今日買ってきた晩御飯の食材とドーナッツを置き、カイトの言葉に呆れながら言った。 休もうにもカイトがどんどん進んで行くし、強制的に引っ張られながらの買い物に俺の疲労は限界だった。 晩御飯はカイトが作る事になり、俺は風呂掃除、割り当てられた部屋の整理などできる事をしておいた。 「グラルスー、ご飯できたよー」 カイトの明るい声が後ろから聞こえた。リビングに出ると美味そうで香ばしい匂いが漂っていた。 食卓の前まで来れば空腹のポケモンが飛びつきそうな匂いを放っている料理の数々が並んでいた。 何て美味そうな料理だろうか! 椅子に座り、カイトが作った料理を一口食べてみる。 「どう?」 「うん、凄く美味しい!」 「良かったぁ~。自分好みの味付けだから不安だったんだ~」 今日の疲れを吹き飛ばすには十分すぎる量だった。自分も自炊をしているが、こんなに味が違うと驚くしかない。 夕飯を終えて皿洗いを手伝っていた時、今日買ってきたドーナッツが気になった。 今日買ったんだから、早めに食べた方がいいんじゃないか? 「グラルス、小腹空いてる?」 「空いてると思う」 「じゃあさ、今日買ってきたドーナッツ食べよ!」 最後の皿を洗い終えて、カイトはすぐにドーナッツの箱を開けた。食卓の上に置いておいた為か、 ドーナッツの甘い匂いが台所まで漂った。さて、食べようかとカイトの隣に座った時だった。 「グラルス、あ~ん♪」 箱からドーナッツを取り出して俺の目の前に差し出す。でも俺に渡す為ではなく、食べさせる為にしたようだ。 「や、やめろよ…! 恥ずかしい……」 「いいじゃん。僕達は、こ…友達同士だしさ!」 「いや、だから…」 「あ~んして!」 仕方なく口を開いてドーナッツを食べた。美味しい…けど、やはりすごく恥ずかしい。 「美味しい?」 無言で頷く。これじゃあ、まるで……カップルみたいじゃないか…。 「じゃあね、僕にもしてよ!」 「何を?」 「さっき僕がやってたでしょ?」 さっきやってた事って……もう何を言っても無駄だろうし、適当にドーナッツを選ぶ。 「ほら」 「あ~ん♪」 こんなラブラブカップルがやるような事を恥ずかしがらず、寧ろ嬉しそうにするカイトがわからない。 ドーナッツを食べながら笑顔になっているカイトを見て、自然と俺も笑う。 時々大変だったり恥ずかしい思いをする事もあるけど、とても楽しい夏休みを送っていた。 夏休み中とはいえ、こんな日常がずっと続けばなぁと心のどこかで俺は思っていた。 **8月1日 悪夢と長く疲れる一日 [#y4f9804c] 夜の暗い森の中を俺は歩いている。こんな夜更けに何で森の中を歩いているのか、どこに向かって歩いているのか、 全くわからなかった。 「グルル……」 横の草むらが揺れた音がし、そこから唸る声が聞こえて俺は構える。バトルの経験が無い俺に緊張が走る。 草むらに潜んでいる存在は一向に出てくる気配が無い。だが警戒を解くのは、さすがの俺でも危険に思えた。 攻撃の態勢のまま後退りをし、決して警戒を解かず、数メートル離れた所で行く先に向き直った……その瞬間だ。 「ガルルルルゥ…!」 再び草むらが揺れる音と先程よりも大きく唸る声が聞こえ、振り返れば1匹のグラエナが飛び出していた。 こちらを威嚇するような唸り声。その目は、獲物を狩る時の目だった。 何故、俺が狙われるんだ? いや、そんな事よりも危険だ、今は……逃げるのみだ。 俺はその場から逃げ出した。あのグラエナが何をする気だったのかはわからないが、自分の身に危険が及ぶのは予想できた。 「ガウッ!」 「うわっ!」 何の前触れも無く現れたのはグラエナだった。引き返そうとした方向には追ってきたグラエナがいる。 周囲を見回すと、考えたくなかった最悪の事態が起こった事に気付いた。俺は4匹のグラエナに囲まれていた。 「うぐっ…!」 横から体当たりを食らい、近くの大木に背を打つ。4匹のグラエナ達は獲物を狩る目で俺を捉え、じりじりと寄ってくる。 このままじゃ危ない。そう判断して立ち上がろうとした瞬間、俺は手前のグラエナに押さえつけられる。強く押さえ込まれて 動けないでいる俺の側にもう1匹が寄り、口を開く。牙が月の光に照らされてキラリと光った瞬間…… ◇ 「うわああああああ!!」 叫びながら起きた場所は寝泊りしているいつもの部屋。階段を駆け上がってくる音が聞こえる。ドアがノックされ、 俺の返事を待たずにカイトが入ってきた。その顔は心配しているようだった。 「グラルス、大丈夫!?」 「あ……ああ。悪い夢を見て、思わず叫んじゃっただけだから…」 「急にグラルスの叫び声が聞こえたから誰かに襲われたのかと思っちゃったよ。でも良かった!」 心配していたカイトが俺の無事を確かめて安堵の息を漏らす。そこまで心配する事かと思ったが、カイトが俺の事を思ってくれてる のが嬉しかった。 「そうそう、もう朝ご飯の準備できてるから早く降りてきなよ」 「わかった」 カイトの家に寝泊りするようになって1週間が経った。毎日のやる事がほとんど同じなのにカイトと過ごすのは何も変わらない 日常でも楽しい。一緒に笑ったり、一緒に喜んだり……今では兄弟なんじゃないかと思ってしまったくらいだ。 俺らにとって商店街は一つのスポットになっていた。 「グラルスー、見て見てー! じゃじゃーん!」 カイトが出したのは、Lサイズよりも大きいサイズ(メガサイズと称しよう)のボトルに入ったサイコソーダだった。 「おいおい…。さっき昼飯食ったばかりだろ? 飲みきれるのかよ…」 呆れながら言った俺にカイトは「大丈夫、大丈夫!」と自信あり気に笑顔で答え、近くの拾い公園へと向かって行った。 近くのベンチに座り、カイトは「飲むぞ~!」と意気込んで飲み始め……数分後。 「うっぷ……もう、飲めない……」 自分と俺との間にボトルを置く。量で言うと4分の1くらいしか減っておらず、目で「ほら、言わんこっちゃ無い」と伝える。 「グラルスも飲む?」 カイトは自分が飲んでいたメガサイズのボトルを指し示した。昼食を食ったばかりと言ったが、昼食はファーストフードだ。 ハンバーガー1個で腹が満たされるわけがないが、だからと言ってこれを飲み干せるのだろうか…? 「んじゃ、飲むよ」 ストローを銜えて飲んでいく。サイコソーダだと思っていたが微かにブドウの風味がある……グレープ味だ。 喉が渇いていたから炭酸の刺激が少しキツイ。ストローで飲むから効率が悪いと気が付くが、そろそろ無くなりそうだ。 以外と飲めてる事に少々驚きながらも、サイコソーダ・グレープの味を楽しんでいた。 「グラルス、僕との間接キスは美味しい?」 「ぐっ…!? げほっ…げっほげほ…!」 予想外の発言に俺はむせてしまう。そういう発言、よく満面の笑みで言えるもんだ…。 カイトに言われて気が付いた。これはカイトが飲んでいた物だから、ストローを銜えた時点で間接キスをしたことになる。 急に恥ずかしくなってカイトを直視できず、別な方向を見ながらボトルをカイトに返す。 「お…俺も飲めないや! ほら、返すよ!」 「そんなに恥ずかしがらなくていいのに~♪」 今日もカイトのペースで一日が過ぎた。カイトに自分のペースを合わせるのは大変で、長く疲れる一日になりつつある。それでも、 約束して当日キャンセルする両親と比べれば楽しい方だ。カイトも俺と過ごすのを楽しく感じているようだし、夏休みの間という長そうで 短い期間をお互いに楽しむつもりだ。 帰宅し、晩御飯を食べる。基本的にはカイトが料理を作るのだが、最近になって当番制になり、今日は俺が準備する事になっていた。 すっかりカイトの家に馴染んだものだと自分で思う。友達とはいえ他人の家なのだから、もう少し礼儀正しくした方がいいと思ったが、 結局はいつも通りに過ごしてしまう。俺の生活の仕方にカイトは何も言ってこないし、基本的な事を守っていれば大丈夫だろう。 午後9時――俺自身が決めている入浴時間だ。風呂場へ向かい、用意されているタオルを持って入った。 桶に湯をいれて全身に掛け、湯船に入る。今日の疲れがじわじわと取り除かれていく……そんな感じだった。 「湯加減どう?」 「うおわあぁ!!」 後ろから突然カイトの声がし、俺は驚きのあまり飛び上がった。 「あっはははは!」 「わ、笑うな! 本当にびっくりしたんだぞ!?」 「ごめんごめん。よっこらしょっと」 思えばカイトと一緒に風呂入るなんて初めてだ。いつもは俺が先に入って、その後にカイトが入るという事になっている。 いや、なっているというよりも気が付いたらそうなっていた、というのが正しい。お互いが自分の決めた時間に入るように してるから、結果的に俺が先に入る事になってるだけだ。 カイトは湯船に入り、笑顔のまま俺に寄りかかる。 「カイト、くっつき過ぎじゃないか?」 「そうかな?」 首を傾げて言う。 そうかな?って、これはどう見てもくっつき過ぎなんだが……もうどうでもいいや。 「ねぇねぇ、体洗ってあげようか?」 カイトが振り向き、笑顔でそう言った。 同性の友達とはいえ、他人の体を洗うのは少し抵抗がある。 「別にいいよ。ちゃんと自分でできるし…」 「いいから、いいから! ほらっ、座って」 前足を引っ張られて強引に湯船から出される。こうなってしまったらカイトに従うしかない。これまで一緒に生活してきた経験で すぐにわかった。諦めた俺はカイトに背を向けて座った。 カイトは網目のタオルにボディーソープをつけ、軽く擦り合わせて泡立ったところで俺の体を洗い始めた。自分でやるのと違い、 マッサージをされているような感覚がだった。 「どう? 気持ち良い?」 「うん、気持ち良い。カイトは体洗うの上手いな」 「ふふっ、ありがと」 体洗いが終わったようで体に湯を掛けられる。今は濡れていてわからないが、乾かせばきっとサラサラな体毛になっているだろう。 湯船へ向かおうとした俺の後ろ足をカイトが掴んだ。バランスを崩しそうになったものの、何とか転ばずに済んだ。 「どうしたんだ? 俺の体洗い、終わったんだろ?」 「まだ終わってないよ。次は前ね♪」 「前!? い、いいよ! 前くらい自分で…」 「大丈夫だって! 僕に任せてよ!」 さっきはカイトに背を向けていたのに対し、今は視線の先にカイトがいる。 先程使った網目のタオルにボディーソープを付け足し、軽く泡立て、首辺りを洗い始める。前足、脇、腹……洗う箇所が除々に 下がってきた。 「カ、カイト! 後は…その…自分でできるからさ! 洗ってくれてありがとな!」 カイトの持っているタオルが下腹部に近付いた時、「これはマズイ」と判断した俺は少し強引にタオルを奪う。 「えっ? あ……うん……」 まだ洗ってない部分をタオルで拭き、シャワーで洗い流す。 カイトからは何も話しかけてこない。さっきまであんなに嬉しそうに俺の体を洗っていたのに、俺がタオルを奪ってから一気に 暗くなってしまった。 やはり方法が強引過ぎたんだとカイトの様子で知らされる。どうやったらカイトは機嫌を直すのかなんて考えるまでもなかった。 俺の体をカイトが洗ってくれたんだから、今度はこっちがやってあげればいい。 「カイト、体洗ってやるよ」 「えっ!? ぼ、僕はいいよ! 自分でやるから…」 「遠慮すんなって!」 両前足に直接ボディーソープをつけ、カイトの体を強引に洗ってやる。 「あっはははははは!! くすぐったいよ! グラル、ちょ待……うっひゃはははは!!」 「いやいや、カイトがそんなに喜んでくれるとは思わなかったなぁ。体洗い続行だな」 「これ、体洗い違……グラルス、やめてってばぁ~~~~ははははは!!」 うつ伏せになったカイトに跨って脇をくすぐる。 日頃、こいつの強引な部分に振り回されてるんだ。これくらい罰は下らないだろう。 **8月2日 ロクから呼び出し [#t2f5d818] 「おいおい、それじゃあ俺へのお土産は無しかよ!?」 電話越しにロクの落胆した、さも残念そうな声。 翌朝――カイトが買い物をする為に出かけてしまい、まだ眠っていた俺は自動的に留守番をする事になった。 留守番をしているとロクが俺の携帯電話に電話を掛けてきた。ロクには俺の家族旅行が中止になった事をまだ伝えていなかった為に、 電話に出たロクの第一声が「家族旅行は満喫してるか~!」だった。 そして、ドタキャンになった事を伝えるとさっきの落胆した言葉を言ったわけだ。 「お前が俺に電話したのは家族旅行を楽しんでいるか確認の為か? それとも、お土産目当てか?」 「お土産に決まってるだろ! 常識的に考えて!」 「そこでお前の常識を俺に押し付けるなよ…」 ロクは相変わらずの様子だった。(というか、夏休みに入ってまだ数日しか経っていない。何か変化があったら不安だ…) 「あ~ぁ! 一番のお楽しみが無くなっちまったなぁ~…」 「わかった、わかった! 埋め合わせ…にはならないかもしんないけど、お前の家に遊びに行くって事で許してくれよ、な?」 「仕方ねぇな。んじゃ、待ってるから」 やれやれ。こいつの場合、何かしら埋め合わせしておかないと、後で嫌みのように繰り返し言ってくるからな。 食卓のテーブルにカイトへの連絡を書置きし、カイトから貰った合鍵で鍵を閉めてロクの家へと向かう。 「これはこれは、グラルス君。俺の為に来てくれたんだな? うんうん、感心感心」 「その言い方、何か腹立つ…」 とは言ったものの、本当に腹が立ったわけじゃない。ロクは良い奴(のはず)だし、本人も悪気があるわけじゃない。 俺に対するロクの言い方もそうだが、こいつのニヤニヤ顔を久しぶりに見た気がする。 「さて、何する? ゲームで対戦? サッカーする? それとも、俺に抱きしめられ……あたっ!!」 言い切る前にロクの脇腹に頭突きをして阻止する。 力を込めては無いから、ロクが痛さに悶える事もない。 「お前ってさ、幼馴染で親友……しかも同性の相手に良くそんな事が言えるよな」 「よせやい、照れるじゃん!」 「褒めてねぇよ」 ロクがボケて俺が突っ込む――俺らにとって当たり前の会話。これを他人が見たら漫才してるように見えてしまうんじゃないかと思う。 会話が漫才化しているのは間違いなくロクのせいだ。こいつは変態発言を自重するべきなんじゃないか? ロクが言うには、周りに誰もいなくて二人きりの時だけらしいが…。 「お前が変態発言する時って、どう思いながら言ってるんだよ?」 「ど、どう…思い…ながら? え、えっとぉ~……その…」 こいつ、どうしたんだ? 急に顔を赤くして……何かモジモジしてるようにも見えるし……。 ロクってもしかして……『あれ』なんだろうか? おいおいおいおいおいおい! 冗談じゃねぇぞ!? 「お前まさか!?」 「か、勘違いすんな! そんな事、聞かれるとは思いもしなかっただけだ!」 一瞬、貞操の危機に瀕しているのかと思ってしまったが……俺の勘違いで良かった。 これが本当だったら……やめておこう。夏なのに凍り付くかもしれない。 「特に意識して言ってるわけじゃないけど幼馴染で親友のお前だからこそ、例え変態発言でも恥ずかしがらずに堂々と言える。多分」 最後の『多分』が非常に気になるが……ここはもう、それで納得するしかないか。 俺に対するロクなりの接し方って事にしておこう。 「グラルス、お前の家から俺の家って結構距離あったか? お前来るまで結構時間掛かったと思うんだけど?」 「あぁ、夏休み中はカイトの家で寝泊りしてんだよ」 「何でカイトの家で寝泊り?」 「旅行前日にドタキャンされたって話したろ? その時にカイトから誘いが来てさ、お互いに両親がいなくて暇だから同意したわけだ」 「ふぅ~ん、そうか。寝泊りだったら俺の家でも良かったんだぜ? そうすれば毎晩、俺の温もりを感じながら安眠できたのに…」 ……もう突っ込む気すら起きなかった。 ・ ・ ・ 「おっと、そろそろ帰る時間だ」 現在の時刻は午後6時。本当は昼間には帰りたかったんだが……正直、楽しかった。 まともな会話とこいつの変態発言の比率を考えると、3:7くらいだろうか? ほとんどスルーしながらだったけど。 今に始まった事ではないし、恐ろしい事に一日一回は聞いているせいか慣れてしまっている自分がいる。 「もう帰るのか?」 「あまり長居すると、カイトが心配するからな。カイトって結構寂しがりやだから」 俺は荷物をまとめ、玄関へ向かう。 「今度はカイトも連れて来たら?」 俺は「そうする」と答えてドアを開ける。暑苦しい昼間とは違って風が吹く夜は、涼しいというより寒くて結構暗かった。 「じゃーな」「また今度な」 右前足を左右に振るロクに俺は笑顔で答える。 「悲しくなったり寂しくなったら俺のとこに来いよー! お前の全てをこの体に受け止めてやるからなー!」 「馬鹿! 少しは変態発言自重しろ!!」 気持ちよく帰りたかったのに、恥ずかしい思いをして俺は走って帰った。 ---- あとがき 久々の更新になります。 長編も進んでないし、短編も完成してないのあるしで執筆できるかどうか…。 ロクがやたらと変態なのは、笑いもいれようかと思ったから。 ---- #pcomment