#include(第九回帰ってきた変態選手権情報窓,notitle) *悪の饗宴 [#DYT6ma1] #contents 作者:[[COM]] [[悪の饗宴 2]]へ [[悪の饗宴 4]]へ **五話 [#e93ILi0] 贅の限りを尽くしたような七日間もあっという間に過ぎ去り、既に町娘達は泡沫の夢だったのだと思い出話にしていた頃、実直に生きる彼女達を差し置いてガウナとの結婚の権利を得たリオーニ、ミア、フランチェスカ、イゾルダの四人は今度は全員が正装に身を包みガウナのいる屋敷へと向かっていった。 全ての結果が分かる八日目。 泣いても笑ってもガウナ自身に選ばれるのはたった一人であり、それ以外の三人は既成事実を元に強請ることしかできない。 「いい? お互いに譲歩はここまで。結果に拘らずに私達はガウナ様にもう一度お目通りを済ませたらそこからは今まで通り、お互いに奪い合うことになるわ」 リオーニの言葉を聞いて三人は頷き、今一度全員の顔を見てから屋敷の前へと進んでゆく。 今までの日暮れの景色とは違い、昼間のガウナの住む屋敷は恐ろしい程の活気に溢れている。 それもその筈、本来ガウナの屋敷はただの税と権力を見せつけるためのものではなく、&ruby(ロイヤルナイツ){聖十字騎士団};の作戦本部としても機能しているからだ。 あちらこちらで訓練に勤しむ兵士達の姿が見受けられ、屋敷前の警備もしっかりと鎧に身を包んだ屈強な男達が付いている。 本来ならばこのような場はリオーニ達にとって縁遠い場所。 関わることがあるとすればお縄についたときぐらいだったであろう場所だ。 そこを今日だけは彼女達は大手を振って歩く。 「四名ともガウナ様の婚約者候補ですね。ご案内致しますので私についてきてください」 兵士達の内の一人が訪れたリオーニ達から招待状を拝見し、そのまま屋敷の中へと案内する。 屋敷の中は外とうってかわり、屈強な兵士ばかりではなく様々な分野の知識人達と思われる学者が大量の書物をもって移動したり、一部屋毎に騒がしかったり静かだったりと様子の違う議論を繰り広げている。 流石に世界中に名を轟かせている部隊であるだけあり、その様相は端から見ても忙しないのがよく分かるほどだ。 そんな中を悠々と歩いてゆくのも少々忍びないが、客人である以上仕方の無いことだろう。 「ではこちらの部屋でお待ちください。ガウナ様をお呼び致しますので」 そう言って広間へと彼女達を通した兵士は一つ小さく敬礼してから部屋を後にした。 ものの十分としないうちにガウナが現れ、彼女達の前に立ったが、何故かその顔はあまり嬉しそうではない。 「皆さん。わざわざこの場までご足労ありがとうございます……。しかし、大変申し上げにくいのですが私の方が少々事情が変わってしまいまして……」 苦い表情のまま彼女達へ語りだしたガウナの言葉はあまりにも衝撃的なものだった。 「……ということですので、本当に申し訳ありませんが……この話は全て無かったことに……」 ガウナの口から告げられた内容、それはこの婚約者探しの話を聞いていなかったガウナと彼の父親であるハインリッヒ共々、仲の良かった伯爵から『貴族ともあろうものが一般人と結婚するとは何事か』とお叱りを受けたのだという。 懇意にしていた間柄であったためその助言を無下にするわけにもいかず、どうすればいいかと訊ねなおしたところ、その伯爵の娘と婚礼を結んでほしいとの申し出があったそうだ。 所謂政略結婚であり、ガウナとしてもこの申し出は断る理由の無い内容であったため、承諾したのだという。 これを聞いてまず声をあげたのはリオーニだった。 「ま、待ってくださいガウナ様! 確かに婚礼そのものは仕方がないかもしれませんが、側室や第一子、第二子を身籠る事もあるとはお考えになりませんか!?」 本来の強請りとして使う予定だった既成事実だが、他にも兵士が見ている前であるため随分と言葉をオブラートに包んでガウナへ投げ掛ける。 「その点に関してはご心配には及びません。不誠実な君主であってはならないという自覚はありますので、皆さんとの……その……お話の場ではもしものことがあってはならないと、避妊効果のある飲み物をお出ししておきましたので」 ガウナの誠実さがリオーニ達にとっては痛いほど裏目に出ており、既成事実が作れたと考えていた四人の表情を唖然とさせていた。 行為には及んだものの、そんなものは貴族では極々当たり前の事であるため何の力もない。 既成事実も作れておらず、正妻以外は娶らないと公言しているガウナの事実も合わさってリオーニの目論みは足元からがらがらと見事に倒壊していった。 それに合わせるようにリオーニは魂が抜けたようにその場にへたり込み、何処か遠い世界を見つめる。 彼女がそうなったのも無理はないだろう。 恐らく今回のこの婚約者探しに一番賭けていたであろう人物だからということもあるが、彼女としては堅気に戻るチャンスでもあった。 それがこんなにも呆気ない結末を迎えた以上、もう声の掛けようもないだろう。 「では申し訳ありませんが、会議を抜けてきているのでこれで失礼させていただきます。ただ、今回はこのような結果になり、皆さんを振り回してしまったこと、心の底からお詫び申し上げます」 そう言ってガウナは単にその場が息苦しかったからかはたまた本当に会議を抜けてきていたからか、足早にその場を去って後の事はその場にいた兵士達に任せたのだった。 「こんなことならせめて……誰なら妻に相応しいかはっきりと答えを出してもらった方が何倍もマシだったわ……」 愕然としたままのリオーニや他の三人もそれぞれ一人ずつ兵士が付き、それぞれが送り届けるというよりは、魂の抜けた状態の彼女達を運び出していた。 「貴族の中じゃ縁談話が沸いちゃ消えるなんてこと日常茶飯事だ。とはいえ、まあ……御愁傷様だな」 一応リオーニを送り届けていた兵士はそう言って慰めていたが、慰めの言葉など今の彼女には一文の価値もない。 しかし、この縁談に様々な想いを懸けていたからか、リオーニはいつになく気弱になっていた。 「貴方達みたいな人達にとっては、こんなお流れとかも普通なのかもしれないけれど、私にとっては普通じゃないのよ」 「俺だって経験したこと無いよ。というか縁談も糞も、折角一流の兵士になったってのにそういう話すら俺には無いからな」 「それ慰めのつもり? ただの童貞宣言じゃない」 リオーニを慰めようと色々と言葉を掛けてくれた兵士に対して彼女は嘲笑うような表情を向けてそう言い放ったが、その兵士の姿にはリオーニは見覚えがあった。 「悪かったな童貞で。こちとら兵士長になるために必死に技を研鑽してたんだ。色恋に目を向ける余裕はなかったんだよ」 「貴方、ガウナ様とお会いした時にやたらと私を訝しんでた兵士じゃない。確か名前は……クシェルさんだったかしら?」 「覚えててくれて光栄なこった。だったらやっぱり俺の勘は当たってたわけだな」 リオーニの前を歩いていた兵士はクシェルだった。 そしてわざわざクシェルを煽るような言動を見て、彼の中にあったリオーニへの不信感が確信へと変わったこともあり、リオーニへと言葉を返す。 「お前、大方この縁談が駄目でもあの手この手でガウナさんに取り入るつもりだったんだろ? だったら諦めな、あの人はそこらの学者よりも頭がきれる。選ばれることは無かっただろうよ」 「な、なんでよ! どうして一言二言しか話したことの無い私が駄目だなんて分かるのよ!」 クシェルの一言はリオーニにとって癪に障るものだったのか、眉を吊り上げて怒った。 普段から巧みな話術で人を騙しているリオーニだからこそ、言葉には絶対の自信があるからだ。 元々クシェルを騙すために近寄って話しかけていたのならまだしも、門番の彼に出会ってほんの少し話しただけのクシェルに気付かれるようなことはあり得ない。 しかしそれを見てクシェルは短く息を吐いた後、しっかりとリオーニの方を向いて立ち止まる。 「お前さ、そうやって自分を偽り続けて生きてたら辛いだけだろうに」 その言葉は正にリオーニの本質の核心を突いた言葉。 だからこそ信じられなかった。 これまでの人生で彼女がこれほど簡単に自分の嘘を見抜かれたことはない。 あまりの動揺に言葉を失ったが、それは図星だと答えているようなもの。 だからこそか、クシェルは今一度彼女にフォローをいれるために軽く肩を叩き、言葉を掛けた。 「俺もまあ、他人の事を言えた義理じゃあないが、本当の自分ってのは隠して生きてる。だからかね。あんたの姿を見てるとなんとなーく自分に似てるから分かったってだけだよ」 「なによそれ。勝手に私の事を分かったつもりにならないで」 クシェルの慰めは逆効果だったのか、リオーニの怒りは先程のような感情的なものではなく、逆鱗に触れたことがよく分かる無表情に近い殺気を帯びたような視線と下がりきった口角がそれを示している。 「いやいや! 分かったつもりとかそういうつもりじゃないんだよ! 単にあんたから似た雰囲気を感じたから俺と同じだったんじゃねぇかなって思っただけだ」 逆鱗に触れたことはクシェルにもすぐに分かり急いで訂正したが、彼女の怒りはどうにも治まっていないようだ。 自分で蒔いた火種である以上、自分で潰さなければ面倒事に発展するのは目に見えている。 だからこそ彼は今一度深く長い溜め息を吐いた後、ゆっくりと話し始めた。 「あんまり口外できる話じゃないから他人には言うなよ?」 「何よ。勿体ぶって」 「俺はな、昔チンケな盗賊の用心棒兼、右腕をやってたんだ」 クシェルの話し始めたことは本当に口外できるような話ではなかった。 仮にも治安を維持するために機能している&ruby(ロイヤルナイツ){聖十字騎士団};の兵士長が、盗賊をやっていたという事実は伏せておきたい事実だろう。 それが例えリオーニを説得するための嘘であったのしても何の得にもならないその情報をカミングアウトしたことは、彼女にとって彼のクシェルのこれから話す事が嘘ではないと信じるには充分だと判断したからか、彼女の表情は少々の驚きこそ残していたが平時に戻った。 「生まれつき体格に恵まれてな、ガキの頃は元気も有り余ってるもんだから腕白少年で通ってた。だが進化して見ての通りの強面になってガタイも良くなったことで尚更、皆俺の事をガキ大将かなんかだと思って持て囃すようになったんだよ。実際ん所は俺、パン屋とかに憧れてたんだけどな」 「以外ね。童貞だったのもそうだけど、もっと酒と女のことばっかり考えてそうだと思ってた」 「よく言われるよ。酒も人並みに嗜む程度だし、昔っから外見と噂のせいで女にはとんと縁がなかった。それどころか趣味は料理、得に菓子作りなんて大好きだからな」 クシェルの意外な一面の告白を聞いてリオーニは小さく笑い、そのまま彼の話を遮らずに聞いていた。 「結局つるんでた悪友達から『菓子作りなんて女々しいことをするな!』って言われてさ、求められるままに腕っぷしを鍛えて……気が付きゃずるずると引きずられるように悪い方に悪い方に進んでいった」 「……ってことは、その盗賊っていうのは」 「察しの通りだ。首領はそいつで、俺は結局一人になるのが怖くてそいつと離れられないまま盗賊になって、散々人様に迷惑を掛けて回ってたところを&ruby(ロイヤルナイツ){聖十字騎士団};に取り押さえられた。かなり暴れまわってたからこれで死刑だろうと腹を括ったが……正直安心もした。もう誰にも迷惑を掛けなくて済むってな」 クシェルの独白は彼女が想像していたよりも重たいものだった。 深くは語らなかったが、恐らく右腕として活躍していた以上、多くの血でその手を染めてきたことだろう。 「俺は潔く罪を認めたが、あいつは最後まで変わらなかった。悪党のままだった。結局、最後の最後まで抵抗したことでその場で斬り殺されて終わり。そして次に俺の番だと思った時、ガウナ様の父君、ハインリッヒ様が直々に俺に聞いたんだ。『重ねた罪を購うつもりはあるか? もしもお前にその気があるのなら、蛮勇に振るったその腕を私に預けてはみないか?』とな……」 それからは来る日も来る日も精神と技術を鍛練し続け、犯した罪の数倍以上の人々を救い、護り、助けてきたと語った。 クシェルが兵士となってからもあまり酒も女も嗜まなかった理由はそういった後ろめたさもあったのだろう。 「今はまだガウナ様も若いし、俺自身まだ罪を清算できたとも思ってない。だからこそまだ暫くは求められる『腕の立つ強い男』であるつもりだ。……まあ、そういう背景があってな、お前が他人事には思えなかった。悪い」 そう言ってクシェルはリオーニに頭を下げ、深く謝罪した。 クシェルのその言葉は充分なほどリオーニにも届いたのだろう。 彼女の顔から怒りは消え失せていた。 「昔ね、何処にでもある貧しい家庭に一人の少女が住んでいたの。コジョンドの父親にゾロアークの母親、ゾロアの姉と少女。決して裕福ではない、だけど十分に幸せだった一家の末娘として笑顔の絶えない生活を送っていた少女がね」 リオーニはクシェルに背を向け、そう語り始めた。 今までのような上品な口調ではなく、まるで何処かの町娘かのような砕けた言葉遣いで、遠くを見ながらリオーニはそのまま言葉を続ける。 「でもね、その小さな幸せは呆気なく消え去ったわ。強盗が一家を殺害したの。ただしそれは少女の家ではなく、隣家だけだった。強盗にしては一帯の家々軒並み襲わずに行われた犯行から、目的は金品じゃなく殺人だったのだろうってことになってね。真っ先に疑われたのはその一家だった。理由はただ一つ。"ゾロアークだから"……。幻影の力を使えばいくらでも誤魔化せるって理由だけで一家は迫害を受けたの」 他人事のように語るその話は、あまりにも理不尽なものだった。 「結局さ、少女の父親は殺されて、少女の母親は自殺。残された少女と姉は『殺人鬼の娘』ってことで年端もいかない少女相手にあらゆる事をされたの。その無理が祟って姉も死んで、少女だけが生き残った頃にね、そんな時になってやっと犯人が分かったの。なんでもない、目の前で散々少女を嬲り尽くしたその男が犯人だった。元々その殺された一家と仲が悪かった男は凶行に及んで我に返った後、少女の一家に罪を擦り付けて更にはお手頃な玩具まで手に入れる事までできたのだから一石三鳥どころの話じゃないわね」 あまりにも凄惨な出来事をリオーニは淡々と語ってゆく。 否、他人事のように淡々と語らなければ、その出来事はあまりにも辛すぎる。 「犯人が分かった理由も男がベロンベロンに酔っ払って思わずボロが出たから。そこで少女は悔しさよりも目の前の男がそんなふざけた理由で少女と家族から何もかもを奪った事への憎しみが勝ってね。酩酊してたこともあって簡単に殺せた。少女の人生で最初で最後の殺人で……少女が少女から化け狐になった瞬間でもあったわ。何故なら周囲の住人は皆、その男の犯行であることを薄々勘づいていた上で全員が男からの逆恨みを恐れ、ゾロアークの一家が死ねば丸く収まると全員が少女に犯罪者であることを押し付けたと知ったから。だから少女は望まれるまま、言葉で欺き、女で拐かし、姿で惑わす嘘吐きになったの。どう? いいお話でしょ?」 そう言って振り返ったリオーニは表情こそ笑ってはいたが、瞳からはいくつも涙の川ができていた。 「すまなかった。安易に俺と似ているなんて言って」 「そう? 私は程度は違えど似てると思ったわよ。それよりも今の話、嘘だとは思わないの?」 「それが嘘なら銀幕女優になれるよ」 その姿を見てクシェルはすぐさま謝ったが、リオーニは特に気にしてはいなかったようだ。 だがクシェルは目の前のそんな姿のリオーニを見ていたたまれなくなり、そっと彼女を抱き寄せて優しく頭を撫でた。 暫くの間そうしてクシェルは彼女を宥め、彼女が落ち着くまでそうしていた。 「ありがとう。落ち着いたわ」 「ならよかった。……ただ一つだけ聞かせてほしい。なんであんたはわざわざ俺にそんなことを話そうなんて気になったんだ?」 リオーニが落ち着いたことを確認し、クシェルはそう問いかけたが、リオーニは意外そうな表情をしていた。 「嘘でしょ? 貴方の言った通りよ。正直なところ、もう騙しながら生きるのに疲れてたの。これまでの技術を注ぎ込んでガウナ様に取り入ることができたと思ってたからね、もう先の事なんて考えてなかったわ」 「まさか死ぬつもりか!?」 「そうね。さっきまでそうだった」 クシェルの問いに対してあっけらかんと答えたリオーニはそう言って笑ってみせる。 そしてそのまま不思議そうな表情を見せるクシェルへ向けて言葉を続けた。 「初めてだったのよ」 「え?」 「過去の事を語ったのも、人前でわんわん泣いたのも、誰かが私の事を心配してくれたのも」 「いや……そりゃああんなこと聞かされたらそりゃ誰でも……」 「だから! 誰にも言ったことが無いって言ってるでしょ!? そもそも、どうして私がこうなったのか聞いた人は一人もいなかった。皆私を怪しいと感じればさっさと遠ざける。当然の事と言えば当然の事だけれど、それこそが私を私たらしめていた」 リオーニの言葉を聞いたクシェルは納得するのかと思ったが、残念ながらそこまで察しのよくない彼は首を傾げっぱなしで考える。 が、暫く待っても答えが出そうにもないため、痺れを切らしたリオーニが不意にクシェルへ抱きつき、耳元で囁いた。 「同じような友達も出来てたんだけどね、貴方だけが私の本性を見抜いたの。言ったでしょう? 私と貴方はそれほど変わらないって。私は本当はね、石を投げれば当たるような、そんななんの起伏もない人生を歩みたかったの。裕福でなくてもいい。ただの日常を繰り返す人生。とてもつまらなくて……とても大切な人生」 「大丈夫さ。変わりたいと思ったのなら、それが変われる切欠になる。だから……」 耳元で囁いたリオーニの言葉を聞いてクシェルは一度しっかりと、しかし優しく抱き締めた後彼女の両肩を持って正面に立たせて両の瞳を見つめて言葉を続けた。 「お前も&ruby(ロイヤルナイツ){聖十字騎士団};に入れ」 「はぁ!?」 クシェルの言葉を今か今かと、しっかりと瞳を見つめ返していたリオーニは予想外の言葉に思わず呆れた顔で思わず口にしてしまった。 てっきり喜んで返事をしてくれると思っていたクシェルは彼女の表情にただただ驚いていたが、それを見て彼女の方が察したのかしっかりと言葉にした。 「あのねぇ……。そこで口説き文句の一つでも言えないからこの歳まで童貞なのよ」 「その話は今は関係無いだろ!」 「おおありよ! 全くもう……青春なんてとっくの昔に過ぎたのに年甲斐もなくときめいたのが恥ずかしいわ。それとも何かしら? 年増のアバズレは抱けないの?」 「え? はぁ!?」 察しの悪いクシェルもその言葉でリオーニが自分に一目惚れし、告白していると気付いたらしく、分かりやすく顔を紅潮させてあわてふためいていた。 本来ならばこんな朴念仁相手に自分から好きなどと告白することがない彼女だが、それは彼女が色仕掛けを使っている時の話であり、相手が本命ならば逃す手はないだろう。 とはいえそんな恋愛初心者にほんの僅かでも心乱されたのは、幾つもの仮初めの恋を繰り返したことのある彼女からすると少々癪だ。 そのためか一瞬彼女の表情が怪しく口角をつり上げた後、いつもの好感の持てる聖母のような微笑みに変わってゆく。 「ねえクシェルさん、いいえクシェル……。私がこうして本心を曝け出したのよ? 貴方の本心が聞きたいの。私も」 「え、いや……その……」 「私といいことしたくない? とっても気持ちのいいこと……」 正面に立たされていたリオーニはまるでアーボのようにするりとその手を抜け、逆にクシェルの腕に自らの腕を這わせて辿り、胸板を優しく撫でながら顔をそっと引き寄せて、耳元で今一度囁いた。 今度は感謝の念の恥じらいを隠すためではなく、甘く官能的な言葉を注ぎ込むために。 「しょ、正直めっちゃ綺麗だとは思う、けど……。いきなりそういうことは」 「言ったでしょ? そんなに奥手じゃ一生童貞よ。今すぐにでも押し倒したくないの? 貴方の望むままに応えてあげるわ……」 クシェルには少々刺激の強すぎる甘い言葉の数々に、先に耐えきれなくなったのは彼ではなく彼の息子の方だった。 鎧の上からでは分からないというのに、意識してしまったクシェルは思わず羞恥心を隠すために前屈みになった。 「あら嬉しいわ。あんなこと言った後だからちょっと心配してたのだけれど、想像してくれたのね、私にそういうことをするのを」 「い、いや! しない! 嫌がるようなことは!」 「ああもう面倒くさい! 嫌がってないって言ってるでしょ? というか抱いて欲しいの! 答えは!?」 ある意味でクシェルの素直さが逆にリオーニの誘惑を振りきっていたからか、百戦錬磨の色仕掛けの悉くが効かない彼に痺れを切らし、単刀直入に聞き直す。 しかしその答えすら言葉ではなく、瞼を思いっきり閉じて歯を食い縛って考えた結果に出た小さな頷きのみだった。 その後はほとんどリオーニのペースだった。 リオーニを屋敷外まで送り届けるために先行していたクシェルの手をリオーニが引いて先を歩くというなんともあべこべな光景が広がっていたが、そのまま屋敷を抜けて道を無理矢理聞き出し、クシェルの家まで押し掛けたのだ。 こんな経験はリオーニ自身も後にも先にも初めての事だろう。 誘ったことはあれど、誘った相手にエスコートしてもらうどころか半拉致で無理矢理押し掛けるなどあり得ないにもほどがある。 クシェルの家はよくある独り暮らしのこじんまりとした小さな家で、趣味が菓子作りと言っていたこともあってか、思いの外綺麗だ。 「んで、自分の家に女性を招き入れるのではなく、押し掛けられたんだから流石にここから先は貴方の口から聞かせてちょうだい。私は貴方となら夫婦の関係になりたいと本気で思ってるの。ただし私は貴方が思っているような悲劇のヒロインじゃないわ。貴方と同じで沢山の罪を重ねている。だからそれだけは清算しなければならないわ。それでもいいのなら答えて。もしそれが嫌なら断りなさい。断ったとしても、単純に私が貴方の事を一方的に好いたから思い出だけは作ってあげる」 「思い出だけは作るって……。その後はどうするつもりなんだよ?」 「別に、何処かで適当に良い男でも探すわよ。それよりもその返事はノーってことでいいの?」 クシェルの寝床に彼を座らせ、仁王立ちで早口に捲し立てるリオーニの姿はなんともおかしいが、至って彼女は真面目だ。 その雰囲気だけは伝わったからか、クシェルは少し真剣に考えてそう訊ね直したが、その言葉に彼女は答えなかった。 当然彼女の気持ちは変わっていない。 これ以上彼女が詐欺師を続けていくのはもう無理だろう。 だがその先を語ればそれはクシェルの言葉を強制してしまうだろう。 本当に好きになったからこそ、そんな無粋な真似はしたくなかった。 「正直に答えるなら、結婚してもいいとは思ってる。だが、今の俺じゃただあんたを悲しみから救い出したいからって思いの方が強い。多分……それはあんたが望んでいる答えじゃないと思うから……答えられない」 クシェルの言葉はとても多くの迷いを含んでいた。 だが、そのお陰で答えを焦っていたリオーニは漸く一つ鼻から息を吐き出して落ち着きを取り戻し、クシェルの前にしゃがみこんだ。 「大丈夫よ。そう答えられるだけ上出来。所謂お友達からってやつだけれど、その中で私の事を本当に好きなのか、一時のメシア症候群なのか見極めればいいわ」 そう言ってリオーニは微笑んで見せた。 「メ、メシ……? 難しい言葉を知ってるんだな」 「詐欺師をやってたから、その影響。色々と薄い知識なら沢山持ってるわ。それよりもお願い。貴方を感じさせて」 クシェルの言葉に軽く返しながらリオーニはそっと彼に抱きついた。 それに応えるようにクシェルも優しくリオーニを抱きしめ返す。 リオーニの心臓は間違いなくこれまでに無いほどに力強く高鳴っていただろう。 しかし不思議と心は落ち着いていた。 幾度となく繰り返したことのあるはずの男女の抱擁。 しかし今まで一度も体験したことのない心の静まりと、いつまでもそうしていたいと思える充足感。 雰囲気出しのためだけの行為だったはずのそんな前戯にも満たないような行動で、彼女の感覚は鋭敏に研ぎ澄まされてゆく。 触れ合う彼の心音、逞しくも優しい腕、耳の横を抜けてゆく彼の息遣い、決して不潔ではない心地よい汗の匂い。 彼女から求めるようにクシェルの口へ自らの口ではなく、舌を真っ先に滑り込ませる。 獲物を求めるアーボのように慌てふためくクシェルの舌を絡めとり、貪るように互いの唾液を混ぜ合わせる。 流石にここまでされればクシェルの未使用の聖剣はあっという間にそそり勃ち、彼女の腹を貫きたいと撫でるが、今だけはそのサインを無視してリオーニは彼の唇を貪り続けた。 あまりにも積極的すぎたのか、そのままクシェルは押し倒されるように布団の上に転がり、その上にリオーニが覆い被さるようになってしまう。 痛いほどに怒張した彼のペニスがなおも彼女の腹を軽く押し返していたが、まだ彼女は満足しない。 結局息が続かなくなるまで深く深く初めての口付けを交わした後、涎まみれになった顔で妖しく笑い、漸く状態を起こす。 「ごめんなさいね。私ばっかり楽しんじゃって……。いつもなら殿方に合わせるんだけれど、とてもじゃないけれど今だけは私が貴方を求めているの。貴方の全てを体で、舌で、心で味わいたいの」 クシェルの上に馬乗りになったままリオーニは自らが今にも暴走してしまいそうなことを伝えたが、彼女よりも彼の聖剣の方が暴走寸前だった。 赤く鋭くそそり勃つ彼の聖剣は脈動し、次々と透明な液を滴らせていつでも穿てると主張する。 「無茶言うな……! も、もう限界だよ!」 さらに性的な刺激を与えればいつでも爆発してしまいそうな状態だったこともあり、クシェルは身動き一つできずに息も絶え絶えに言葉を返したが、行為が始まってしまえばそのペースの全てはリオーニが支配したも同然だ。 「仕方ないわね。貴方若いし、体力もあるんでしょ? 先に何度か口で抜いておく? 勿論貴方なら中に出してくれても構わないわよ?」 リオーニは自らの紅い爪に舌を絡め、官能的に口の中で滑らせる。 今の今まで自らの口の中を隅から隅まで這いずり回っていた彼女の舌の動きはまるで別の生き物のようだ。 それがクシェルの男根と同じような赤く鋭い爪に絡み付いているところを見れば、嫌でも自らのモノにその生物が絡み付く様を想像してしまう。 返事もできずにただ息を整え続けていたが、その答えはクシェル自身からは返っては来なかった。 答えるよりも先にリオーニが彼の男根へ自らの膣口を押し当て始めたからだ。 柔らかく熱い肉の壁があっという間にクシェルのペニスの根本を包み込み、下から上へ次々と呑み込んでゆく。 このまま続けば彼女の中へと全体が呑み込まれる、というところで熱がまた根本の方へと下がってゆきまたギリギリまで上る。 数度そうして素股でのグラインドを繰り返したが、結局彼女は抑えが利かなくなったのかそれとも失敗したのか、彼のペニスの先端を彼女の中へと招き入れた。 「あぁぁ……!?」 声にならない悲鳴のような声がクシェルから聞こえたかと思うと、彼は全身を震わせていた。 「え!? 嘘でしょ? まだ挿れただけよ?」 「だ、だから……限界だって……」 少しの間クシェルは恍惚とした表情を見せて身体を震わせていたが、初めての一撃を彼女の中へ送り込み終わるとぐったりとしながら彼女の言葉に答えた。 リオーニとしてもまさか挿入しただけで果てるとは思っていなかったのかかなり焦っていたが、同時に心の中では少しだけ満たされるような幸福感を味わっていた。 「一度出しちゃったのなら何回出しても同じよね? そのままもう一回気持ちよくしてあげる」 「ま、待て待て! 今はぁ……!?」 「ごめんねぇ。待てないの」 リオーニの言葉を聞いてクシェルは初めての射精の疲労感や心地よすぎる快楽に文字通り溺れていたため、これ以上続けられればどうなるか分からない恐怖心から止めようとしたが、その言葉を言い切るよりも先に彼女は無慈悲なまでの心地よいグラインドを始めた。 肉壁にすっぽりと包まれたクシェルのペニスは溢れ続ける彼女の愛液にまみれ、ぐちゅぐちゅとその音だけで男を魅了するような彼女の蜜壺で前後左右縦横無尽に嬲られてゆく。 与えられる快楽こそは極楽そのものだが、今射精したばかりのクシェルにとってその無情な腰振りは地獄そのものだ。 結局彼女が満足するまで何度も果てては勃たされてを繰り返し、解放されたのはもう何度出したのかも分からなくなった頃だった。 「し、死ぬ……」 「ごめんなさいね。でも私、今まで色んな男性を相手にしてきたけれど、こんなに満たされた気持ちになれたのは……貴方が初めてだったわ」 お互いの身体を綺麗にした後、リオーニはぐったりとしたクシェルを介抱しながらそう話した。 彼女の顔は今までにないほど満足げであり、同時にとても嬉しそうだった。 「……俺な、いつかラインハルト家に恩を返し終わったら、パン屋でもやりたいんだ」 「いいじゃない。私も何か夢を見つけないといけないわね」 唐突に語られたクシェルの夢を聞いて、リオーニは嬉しそうに笑いながら答える。 「……あんたと一緒に」 「いいの? その頃には私きっとお婆ちゃんよ?」 「いい。俺がもう決めたんだ」 そう言ってクシェルは嬉しそうに笑い返した。 「ごめんなさい。今ので私の方がムラッと来ちゃったからもう一回だけお相手願えないかしら?」 「パン屋になる前に死なせる気かよ……」 **六話 [#kuJkL26] リオーニがクシェルの独白を聞いていた頃、時を同じくしてミアはリオーニほど落胆はしておらず、かといって不満そうな表情のまま兵士に連れられて屋敷を歩いていた。 そして彼女を送り届けていた兵士もリオーニと同じように彼女が初めてこの屋敷を訪れた時に出会った兵士であるアドルフだった。 「随分と不満そうだな。ガウナ様との縁談がこんな結果になった事がそんなに嫌だったのか?」 「別に結婚なんて興味なかったわ。私が興味があったのはそのガウナさんと結婚できる権利だけ」 さっきから口をへの字に曲げたままだったミアの様子を見て、アドルフがそう声を掛けた。 彼としてもただ送り届ける間の雑談のつもりで話題を振ったのだろうが、彼女はとんでもない答えを返した。 「どういうことだ? 結婚する気は無いのに権利は欲しい? お前、自分の言っていることが矛盾していることは分かっているのか?」 ミアの言葉を聞いてアドルフは怪訝な目で彼女を見つめながらそう言葉を返した。 今のアドルフは確実にミアを警戒しており、初めて出会った時のようにしっかりと睨みを利かせる。 「分かってるわよ。でもね、私昔っからそうなの。誰かが必死で手に入れようとしたものとか、絶対に手に入らないって分かってるものほど欲しくなっちゃう性分なのよ」 「随分と難儀な性格だな」 ミアにしては珍しく、アドルフの言葉に正直に答えた。 というのも目の前に立つ彼はどうにも嘘を吐いても誤魔化しきれるような雰囲気は放っていない上に、ここはミアからすれば敵の総本山とも呼べる場所だったため、下手に嘘を吐いて警戒を強める事を避けたかったからだ。 その甲斐もあってか、アドルフの警戒は解けはしなかったものの、一度止めた歩みをまた進めてくれた。 「直そうとは思わなかったのか? その性格」 とはいえ一度振った話題だからか、アドルフはそのままその話題でミアと会話を続ける。 「昔はね。でもその度に嫌な目に遭って、馬鹿らしくなって止めちゃった」 「なら今からでもまたやればいい。今と昔とでは環境も違うはずだ」 「調子の良いこと言うわね。出来なくて諦めたことを今更できるとでも思っているの?」 アドルフの説教のような言葉に今度はミアの方が抵抗感を覚えたのか、歩みを止めて言葉を返した。 しかし振り返ったアドルフはさも当然のように首を縦に振る。 「俺がそうだった。俺は&ruby(ロイヤルナイツ){聖十字騎士団};に入団したことで、なりたかった俺になることが出来た。『変えるに遅いはない。大事なのは気付いた心に素直になること』。ハインリッヒ様に言われた言葉だが、今でも俺の中では金言だ」 そう真剣な眼差しでミアの問いに答えた。 だがそれを見たミアは何故か地面を転げるほど笑い始める。 「何がおかしい?」 「アッハッハッハッハ!! 金言ねぇ……。それは貴方の人生が恵まれてただけでしょ?」 「いいや。お世辞にもそうとは言えなかった。俺の努力を認めてくれたのは他でもないハインリッヒ様やガウナ様、今の団員達である&ruby(ロイヤルナイツ){聖十字騎士団};の奴等だけだった」 アドルフがそう言葉を返すと今まで笑っていたミアはまた不機嫌な表情に戻り、彼の顔を睨み付けた。 「いいじゃない。あなたのは努力でどうにかできて。私のはどうしようもないもの」 「性格なんて考え方次第だ。変えようと思えばいくらでも……」 「性格の話じゃないわよ。寧ろ性格だけで言うならあなたの言う通り、いくらでも変えられると思うわ」 どうにもアドルフの見当は外れていたらしく、アドルフの言葉は食い気味に返された。 そうなるとアドルフとしては皆目見当がつかないのか、少々眉を潜めて考えていたが、先にミアの方から訊ねてきた。 「ねえアドルフさん。私を見て何か思ったことはないの? 率直な意見をお聞かせ願いたいわ」 唐突な質問にアドルフは少々困惑したが、彼女を見た時の印象は初めの頃から変わっていなかったため少し考えた後、答えた。 「厄介そうな奴。その一言に尽きる」 多少なりとも言葉をオブラートに包めばいいものを、アドルフは本当に感じた事を素直に伝えた。 これを聞いたミアは怒るのかと思いきや、不思議そうな表情をする。 「違うわよ。そういうのじゃなくて第一印象。私の姿を見て思うことは何かないの?」 「思うこと? そう言われても君の種族を見たのは君が初めてだ」 「だったら尚更思うことがあるでしょ! 言ってみなさいよ!」 ミアは何故かアドルフが答える度に少しずつ語気を荒げてゆき、なんとしても彼女の思う言葉を引き出そうとしているのが分かる。 だがアドルフも素直に感じたままに答えているのに、その答えの悉くが違うと言われるのだから頭の中には疑問符ばかりが増えてゆく。 「夕暮れだと目立たなそうな色」 「違うわよ! そうだけどそうじゃないでしょ! 顔を見なさいよ!」 「……キュウコンなら知っているが、あれらと同じで丹精な顔立ちをしている、としか」 何度聞き直してもミアの求める答えが返ってこないからか、息を荒くするほど聞き直した末に驚いた表情でアドルフを見つめ直した。 「あなた本気で私の事を……というかこの口髭見てもなんとも思わないの?」 そう言ってついにミアは自らのコンプレックスを指摘した。 「? それは君の種族の飾り毛だろう? 思うところがあってもそのままにしているのだから何か理由があるだろう。それに、俺も悪党面だと散々言われ続けて辟易していたからな。第一印象など宛にしていない」 ミアの最後の問いに対しての答えは、それこそ彼女が今まで一度も得たことのない回答だった。 相当の衝撃だったのだろうか、ミアは暫くの間呆然とアドルフの顔を眺めていた。 「あなたって相当な変わり者ね」 「そうか? 俺はただ自分を曲げたくなかった。その思いに応えてくれたのが今のこの場所だというだけだ」 「それを変わってるって言うのよ。そうでなければ相当な強情か……。普通、私みたいにひねくれると思うわ」 諦めたような小さな笑い顔を浮かべてミアは言葉を返したが、何処かその表情は嬉しそうだった。 すると先程までの感情の昂りも嘘だったかのように落ち着きを取り戻し、漸くまともに話せそうな雰囲気に変わる。 「やはり変わっているのか……」 「でもいいことだとも思うわ。私ね、フォクスライって種族なの。あなたが初めて見たと言ったように、この辺りにはあまり住んでいないみたいだけど、父親の仕事の影響でこっちに越してくることになったのよ。まだその頃の私は小さな子供だったから、周囲の子達も無邪気そのものだったわ」 少々落ち込む様子を見せたアドルフを慰めながら、ミアは自らの過去について話した。 それに気が付くとアドルフもまっすぐにミアを見つめ、真剣な面持ちで耳を傾ける。 「でも子供の無邪気さは時として残酷なものよ。特に……容姿とかについてはね。クスネから進化してフォクスライになって、家族からはとても喜ばれたけれど、周囲の友達からは散々馬鹿にされたわ。『女の癖に髭が生えてる』って……。毎日のように聞かされ続ければ嫌気も指すし、家族に相談したら平衡感覚を保つ大切な毛だから切ったりなんかできないって諭されたの」 「俺なんかよりも随分と酷い目に遭っているな」 「そうかしら? あなたはそういう周囲の目から何年耐えたの?」 アドルフの言葉にミアが訊ねると、少々考えた後に十年以上だと答えた。 それを聞いてミアは笑ってみせる。 「うん、やっぱりあなたの方がよく耐えてるわ。私なんて二年ももたなかったもの。理解してくれない周囲にも、『そういうものだ』としか答えない家族にも嫌気が指して、後先考えずに家を飛び出したわ。そうすればこんな嫌な気持ちから離れられるって思って……。でも逃げたところで待っているのはまた同じ偏見。変えようなんて努力を私はただの一度もしたことがないの」 それを静かに聞いた後、アドルフは初めて小さく笑顔を零して言葉を返した。 「それならうちに来ればいい。&ruby(ロイヤルナイツ){聖十字騎士団};ならお前の居場所も見つかるだろう」 意外な申し出にミアは少々目を白黒させて驚いたが、彼女は自身が盗賊であることは明かしていない。 そんな自分が騎士団に入団することなど許されないことだと分かっていたからこそ、首を横に振った。 「女が兵士になって何をするのよ。それとも下の世話でもしたらいいのかしら?」 「そんな失礼な申し出はしない。兵士に必要なのは何も力だけではない。諜報や偵察、武器の整備や給仕なんかも大切な仕事だ。その中で自分を見つけて行けばいい。盗人の真似事をするよりは幾分もましだろう?」 アドルフの申し出をミアはわざと茶化して答えたが、アドルフの口振りから察するにミアの正体を知っているようだ。 そして正体を知っている上で彼はミアを誘ったのだと分かり、逆に彼へ懐疑の視線を向ける。 「知ってたのね。だったら何故捕まえないの? 一応自分に賞金が掛かってることぐらい知ってるわ」 「捕らえて強制すれば確かに幾らでも自由にできる駒になるだろう。だが、それではお前の想いは何処にある? 変われぬままただ従事するだけでは、ただ辛いだけだ。だから選ぶといい。自分を変える切欠を手に入れるか、今までのように逃げ続けるのか。言ったはずだ、俺にとってハインリッヒ様との出会いは運命であり、あの時の言葉は金言だったと。今度は俺からお前に送る番だ」 敵同士であるはずのアドルフの言葉を警戒してミアはそう言ったが、アドルフはそう言い切った。 過去の自分をミアに重ね、袋小路にいる彼女を救いたいと考えての発言だったのだろう。 「そうね、ならあなたの話も聞かせてよ。あなたにとっての運命がどれ程のものなのか」 そう言ってミアは笑ってみせたが、既にミアの心は決まっていた。 自分と似た境遇を持ち、今では立派に騎士をしているようにしか見えなかったアドルフを見て、自分もそうなりたいと思っていたのにも拘わらず、何故かわざわざそう聞き返す。 それは単にアドルフの過去を知りたいという思いもあったが、彼女のちょっとひねくれた自尊心が原因だった。 要するに、単に言葉通りに彼に従うのは癪だというだけだ。 「大体はお前と一緒だが……まあいいだろう。俺も昔から目付きが悪くてな。いつも子供同士の遊びでは悪党の役をやらされたよ。ただ、その時から既に俺の心の中では嫌だと言ってもその役しか与えなかったそいつ等の方が悪党にしか見えなかったがな。ある程度でかくなって、全員がそのまま兵士志望で町に出て、騎士団試験を受けた時、俺だけが落とされた。単に実力が足りないからという理由なら腑に落ちただろうが、返ってきた答えは『君の見た目は我が団の品位を落としかねない』だった時は……流石に俺も荒れた」 「私なんかよりもよっぽど悲惨じゃない」 「まあな。だがまあ、お陰で諦めきれてた。騎士になることを諦めて、鍛えた技術でそのまま傭兵になったり、遊歴の旅人になって各地の武術大会に出たりと色々してはいたが、結局騎士になる夢は諦めきれてたつもりだったが、燻り続けたままだった」 「なんでよ。傭兵でも誰かは護れるでしょ?」 「今よりも俺の心に余裕が無かったからな。もっと人相が悪かったはずだ。お陰で近寄る奴は皆無だったよ」 そう語るアドルフは苦笑いをして見せたが、彼の人生はミアの言う通りとても辛いものだっただろう。 ただ人相が悪いというだけでそんな人生を歩まざるをえなかった。 彼の方がひねくれて本当に盗賊になっていたとしても何の疑問もなかったことだろう。 「さあ、俺の過去は話した。どうするんだ? 一応断っても取っ捕まえたりはしない。まだお前はこの町では何もやってはいないだろうからな」 そう言ってアドルフは今一度軽く笑いながらミアの答えを聞き直した。 断る理由もなく、十分嬉しい申し出だったはずだが、ここでもミアの悪い癖がでしゃばる。 アドルフの提案をすんなりと受ければいいというのに、それではただ彼を喜ばせるだけになる。 だからわざわざミアを救おうと手を差し伸べてくれたアドルフを困らせたくて仕方がなくなったのだ。 「そうねぇ……。じゃあ私と交尾でもしない?」 「は?」 「いいでしょ。別に減るものじゃないし。それで私を逝かせられたら考えてあげる」 見るからに堅物のアドルフは女性との性経験など無いだろうと踏んだミアはそう言ってにやにやと笑顔を浮かべた。 当然ながらアドルフはそんな突拍子もない申し出に唖然としていたが、特に赤面するような素振りはない。 鉄面皮かそれとも余程の堅物か、そう考えていると落胆したように深い溜め息を吐いた。 「何でそれが条件なんだ? 言っておくが俺は真剣にお前のためを思って提案しているんだ。頼むからふざけないでくれ」 「あらぁ? そんなに必死になって言い返すってことはやっぱりあなた童貞なのかしら?」 「あのなぁ……。そういう話をしてるんじゃないんだよ。頼むから面倒事に巻き込むな」 「やっぱり図星なのね。残念ねぇ折角のチャンスなのに」 至って真面目な表情のアドルフに対して、ミアの表情は完全に嘗め腐った腹の立つ笑顔になっている。 そんな何の意味のない問答を繰り返していると遂にアドルフの方が折れたのか、単に頭に来たのか彼女の申し出を呑んだ。 結局アドルフもミアを屋敷の外へ送るだけに留まらずに、彼女を連れて一度自宅へと戻る羽目になった。 「うわっ。何の飾り気もない部屋」 「悪かったな無趣味で。俺にとっちゃ騎士になることが夢だったし、今では生き甲斐なんだ」 「歳食った時にボケるわよ」 「煩い、それよりもヤるんだろ? お前を逝かせりゃ条件を呑むんだよな?」 アドルフの部屋に入るなりミアはここぞとばかりにアドルフを冷やかしてみせたが、彼の部屋は至って普通の部屋だ。 部屋の中にまで武具や件の大会で得たであろう宝剣や盾が飾られているぐらいで、それ以外に特におかしい点はない。 そして以外だったのは先に行動に移したのはアドルフの方だった。 彼女の算段としてはここで自分から話を持ちかけ、慌てふためく様子を見てもう少しにやにやとするつもりだったのだが、どういうわけだか彼は既にやる気に満ち溢れている。 「ま、まあそうね。乱暴なのは止めてちょうだいね」 「……ったく。結局見事にあの人の掌で踊らされてるじゃねぇか」 「何か言ったかしら?」 「いいや。ほらこっちに尻向けな。慣らしてやるから」 「えっ?」 アドルフの一言にミアは思わず表情が凍りついた。 それは童貞からは決して飛び出さない一言。 それどころか彼の言動から察するに、相当慣れている様子だ。 ミアの当てが外れたということもあって少しずつ彼女の余裕が無くなっていくが、そんな彼女をお構いなしに寝床の上に移動させる。 「先に言っとくが俺は仕事上、こういうのは慣れてる。乱暴にはしないが気を失うなよ?」 「ちょっと待って! 仕事ってどういうこと!?」 「後で分かる」 そう言うとアドルフはまだ何かを喋ろうとしていたミアのヴァギナへ舌を這わせた。 突然の刺激にミアは言葉を失い、ただ静かに彼の前戯を味わうが、その舌使いは慣れているどころの話ではない。 彼女の割れ目を舌が下から上へと通り過ぎる度に、巧みな動きで押し拡げられ、中を軽く掻いて少しずつ刺激を与えてゆく。 それが一定のリズムで繰り返され、次第にミアは何も考えられなくなり、ただその舌使いを堪能することに没頭していた。 次第に彼女の秘部を濡らす液がアドルフの唾液だけではなくなり、彼女の愛液が彼の舌にも感じられるようになると舌先を巧みに動かしてクリトリスへと刺激を加えてゆく。 どうやっているのか分からないが、彼女の豆は彼の舌先に軽く摘ままれるように舐められるせいで与えられる刺激は普通のクンニに比べれば数段上だろう。 そうする内に唇までもを彼女の敏感になった場所へ付け、優しくしかし力強く吸い付ける。 じゅるじゅると音を立てて彼女の愛液を堪能していたが、既にその淫らな音すら彼女の耳には届かぬほど限界に近づいていた。 舌だけで既に彼女の足はがくがくと震えるほどの快楽を与えられ、このままでは口淫だけで逝かされてしまうことだろう。 そこでそっとアドルフは彼女を彼の絶技を披露した口から解放する。 やっと呼吸を整えられると思ったのも束の間、ミアが短く早い呼吸をして息を整えようとしたところで彼女の背中にずしりと体重が加わった。 「ま、待って……。本当にちょっとだけ待って!」 「言い忘れていたが、俺はこれまでに諜報のために何人もの女性を虜にしてきた。だからこそ、素人同然のお前を逝かせるのは造作もない。どうする? 俺の提案に素直に答えるなら口で終わらせてやる。断るなら気を強く持つことだな」 目の前がチカチカとするほどのギリギリの状態でアドルフはそう交渉を持ちかけてきた。 ミアの目論見など初めからお見通しだったと端的に伝えて彼女に警告してみせたが、そう言われると引き下がれなくなる性分だ。 アドルフとしてはその性格や、簡単に挑発に乗ってほしくないと先を見据えて考えていたからこそ伝えたのだが、彼女にはただただ逆効果だった。 というよりも、雌としての本能がこの先を求めていた。 お遊戯としての交尾ではなく、彼の子を欲する欲求が高まったことと彼女の天の邪鬼な性格が合わさり、拒否することを選んだのだ。 「随分な自信じゃない。受けて立つわよ」 「全く……どうしてこうなるかね」 そう言いながらミアは自らの尻尾をアドルフの身体へと巻き付け、お返しとでも言うように彼の滾った肉棒が彼女の下腹部を撫でる。 彼女の上に乗っていたアドルフの身体が僅かに軽くなり、前足がしっかりと彼女の太股と股の間を捉えた。 下腹部を撫でていた熱が彼女の身体を辿り、熱く湿る割れ目へと擦り付けられ始める。 一度二度と割れ目をぐいと拡げては逸れ、熱が彼女の中を求めて暴れまわり、そして三度目でその先端がずぷりと彼女の中へ穿たれた。 十分すぎるほどの水気を帯びた彼女の洞穴はぐぷぐぷと淫らな音を立てて彼の肉棒を迎え入れ、彼女の中をしっかりと満たした。 先から根本までが彼女の中を軽く押し拡げ、最奥を軽く押すことで最大の快楽を彼女にぶつけると、彼女は当然耐えられるはずもなく、歯を噛み締めながら絶頂を迎えた。 アドルフのペニスを包み込み食らい付き、その収縮の動きが原因で更に先端を強く押し付けることになる無間地獄。 それだけでも既に彼女は声を押し殺すことすら出来ぬほど衝動に身を任せていたというのに、自分には未だ余裕があるとでも言わんばかりにぎちぎちと収縮する彼女の膣内からアドルフは自らのペニスを中程まで引き抜き、一気に突き入れた。 確かにアドルフは彼女に乱暴は振るわなかったが、その行為はまだ暴力の方がましだったと思えるほどの極楽を感じさせ、何かを言う余裕すら与えぬように加え続けられる。 ぐちゅぐちゅと暴力的なまでの快楽を絶え間なく与え続けるアドルフと、獣のように嬌声を上げながらただ強制的な快楽に耐え続けるだけのミア。 何もかもが彼女の想定外となり、ただただ彼の本気を味わい続けた。 「まっ……て……! 死ぬ! 死んじゃ……うぅん!!」 「流石に俺も、もうイキそうだ……! 抜くぞ!」 絶え間なく快感を与えられ続けたからか、乱れた呼吸と打ち付けられる衝撃で絶え絶えになりながらも彼女は漸く喋る余裕ができていた。 とはいえ既に何度絶頂を迎えたかも分からない彼女はただ、この無間地獄の終わりを乞うしかできなかったが、アドルフの言葉を聞いて少しだけ知恵が働いた。 ミアはクスネの頃の名残で器用に動かすことのできる尻尾に有らん限りの力を加え、退こうとしていたアドルフの腰を無理矢理自分の身体へ引き寄せた。 「ば、馬鹿!? 止めろ!」 「さ、散々好き勝手……してくれたお返し……よ!」 そう言ってミアは必死に離れようとしていたアドルフを逃さぬようにした上で、快感に身を任せて今一度膣内を激しく収縮させた。 予想外の行動と快感にアドルフも不意を突かれ、必死に耐えようとしたが成す術無く彼女に精液を絞り出されていった。 脈動が感じられるほどの絶頂を迎えて、ミアは彼の計画をほんの少しだけ狂わせられた事を頭の片隅で考えていたが、それ以上に今はただ快楽を味わうだけだった。 同じようにアドルフも彼女の中に精液を放つ感覚とその余韻を楽しんでいたが、次第に彼女の中で彼のペニスが存在感を強めてゆく。 「な、なに……これぇ!?」 「あ、あのなぁ……。犬系のポケモンはイったらコブが膨らむんだよ。暫くはこのままだし、こうなったらまず間違いなく孕むんだぞ」 彼女の膣内で入り口付近が大きく拡げられて更に彼女に快感が足されると、アドルフがそう言葉を返した。 そのまま数分もした頃には漸く二人とも平静を取り戻せたが、繋がったままのお互いの性器だけはもう取り返しようがつかない。 「全く……俺は無責任なことはしない主義だというのに……」 「今回の件は素直に謝るわ。まさかこんなことになるとは思ってなかったから……」 繋がったままのピロートークだったが、この状況はミアも想像していなかったため珍しく素直に謝った。 というのも中に出させる事までは想定内だったが、その慌てふためいている様子を散々楽しんでからガウナの屋敷まで戻り、以前彼に飲まされていた避妊薬を飲むつもりでいた。 だがこんな格好で外を出歩くわけにもいかず、既に十分以上はこうして繋がったままだったため流石にミアもアドルフも諦めるしかない。 「そうねぇ……。ねえアドルフ」 「なんだ?」 「子供の名前、今の内に決めておかない?」 「本気で言ってるのか?」 「案外本気よ。こんな形で授かっちゃったわけだけど、あなたのこと嫌いじゃないし、それにあなたと一緒に変わってみたい」 ミアの笑顔はとても穏やかで、素直なものだった。 だからこそアドルフはこう答えたのだろう。 「仕方がないな」 ---- [[悪の饗宴 2]]へ [[悪の饗宴 4]]へ ---- #pcomment(悪のコメント欄,10,below);