Writer:[[&fervor>&fervor]] &color(red){*官能小説です。そういった表現がいくつも含まれておりますので、お気をつけ下さい。}; &color(red){*また、この作品は};&color(white){♀×♀};&color(red){を含んでおります。駄目な人はお帰りください。}; ---- ジリジリジリジリ。太陽の照りつける暑さの擬態語としてもぴったりで、それはセミの鳴き声を表す擬音語としても使えるかも知れない。 とにかく、太陽のまばゆい光、セミの鳴き声、だらだらと流れる汗。視覚も聴覚も触覚も、全てが暑い暑いと騒ぎ立てている。――そんなある日。 「ふぁーぁ。なんだ、まだ10時か。……寝よう」 やや古めいたアパートの一室。此処も例外ではなく、窓硝子を通り抜け、嫌と言うほど日差しが照りつけている……はずなのだが。それでも未だこの男は起きる気がないようだ。 布団の中でもぞもぞと寝返りを打ち、ちらりと目覚まし時計を見てから、また目線を外して眠りに就く。 そもそも、「まだ」ではなく「もう」だ。「もう10時((ちなみに、休みの日の作者にとっては「まだ」である。))」というのが正しい。一体いつまで寝ている気なのだろうか? 「ってもう10時?! 寝過ごしたぁぁぁぁぁぁ!!!」 かと思えば、全力の叫び声と共に飛び上がる彼。その衝撃で、被っていた布団は宙に舞い上がる。それはまさに「布団が吹っ飛んだ」と表現できるだろう。 「うぉぁっ! 何だよルーフ、いきなりそんな大声出して……。アレならもう少し寝てても」 隣で寝ていたグレイシアもその騒音で起きてしまったようだ。気怠そうに身を起こして、その男を睨みつけながら一言。 だがその台詞を言い終わらないうちに、男は手を上に大きく振り上げ、再び体に乗っていた布団を跳ね上げ、それと同時に足で布団を蹴り上げた。 続いては布団がまたもや宙を舞ったそのタイミングで素早く横へのローリング。半回転してうつ伏せに床に飛び出たところで、今度は手を突いて勢いよく立ち上がる。 そのままどたどたと洗面所へ駆け込んだかと思うと、洗面台に置いてある歯ブラシを手に取り、歯を磨きつつ器用に寝間着を脱いでいく。しかしこの男、何を考えているのだろうか。何も其処まで慌てなくても。 あっという間に戻ってきたその男は、既に下着だけの半裸の状態。タンスから制服を漁りながら、今更グレイシアに先ほどの台詞の返事をしている。 「馬鹿! どう考えても学校に大遅刻だろ! やばい、只でさえ最近遅刻気味だったっていうのに……。あーもう! なんで起こしてくれなかったんだよ!」 飛んできた布団と格闘していたグレイシアもほとほとあきれ顔。どうやら先ほど「ルーフ」と呼ばれていたこの男、名前の通り相当な「&ruby(フール){馬鹿};」らしい。 ボールの中にしまわれている&ruby(・・・・・){騒音の原因};((♂のハクリューのことを言う。又の名はボレス。))はいかにも喋りたそうだが、嬉しいことに((作者にとっては非常に助かる。))、モンスターボールという人類の叡智の結晶に阻まれているようだ。 「あのなぁ、ルーフ……今日は土曜日だぞ? というか、毎週毎週間違えるのは勘弁してくれ……」 間抜け顔、とでも言えばいいのか。制服のズボンを片足に通し、口を丸く開けたまま、しばらくの思考停止。一定時間の経過によって硬直が解けたルーフは、ズボンを投げ出し、ゆっくりと敷き布団に倒れる。ぼふり、と妙に心地良い音。 少しの間感触を楽しんだ後、ものすごく素早い動きで薄い布団で自らを覆い、体を横に向け、目をつぶってすぐさま一言。 「起きて損した……やっぱ寝る。スフュールも寝るか?」 「寝るか! 俺のこと起こしといて……いい加減起きろっ!」 スフュールは掛け布団の下に頭を入れ込み、思いっきり跳ね上げる。昼は暑いのだが、まだ朝は寒さが残り、さすがに布団抜きでは寝られない。 また素早い動きで布団を取ろうとするルーフと、それを阻止すべく必死に抵抗するスフュール。ぎゃあぎゃあとアパートを揺らすような騒音。誰一人として住んでいないのが幸いだ。 ふと外の天気を見れば、相も変わらず、日は燦々と降り注いでいる。今日もいい日になりそうだ。 ――そんなことを言っている間に、どうやらルーフは渋々起きてきたようだ。スフュールの鋭い視線を背中に受けつつ、のたのたと普段着に着替えている。 「はぁ……疲れた」 スフュールの台詞も、この状況なら当然であろう。 ---- いつもの公園の広場。ちょうどお昼時だからなのか、ほとんど他のポケモンも、人もいない。 相も変わらず太陽だけは無駄に照りつけてくれているが、俺にとっては大変迷惑だ。――グレイシアになっても、結局夏は大変なんだからなぁ……。 そんな芝生広場で、俺とボレスは対峙していた。近くの木陰のベンチでは、ペットボトルをおでこに当てて涼んでいるルーフが。 見守ってくれるはずなんだが、どうにもそうは見えない。というか、早くも横になっている。まだ寝る気なのか、ご丁寧にクッションまで持ってきていた。 「じゃ、後はがんばれよー」 ――勝手すぎるだろ、さすがに。 気を取り直して、俺はボレスと向かい合う。こうして見上げてみると、どことなくかっこいいのは確かだ。というか、普通にかっこいい。 喋らなければ雌も寄りついてきただろうに、と儚い幻想に浸っていたら、案の定ボレスはいつもの調子で話を始めてしまった。 「良い? 僕がわざわざ(・・・・)的になってあげるから、しっかり練習してよね。ま、この僕が教えるんだから大丈夫だろうけど」 そう言いながら、宙でぷかぷかと浮かんでいるボレス。どこか楽しそうにしているのも、きっとバトルがご無沙汰だったからなんだろう。 それにしてもやっぱり、無駄に偉そうに話すところがイライラする。でも、今日は俺との特訓に付き合ってくれるらしいから、一応堪え忍ぶことにした。 とりあえず、既に溜まってしまったイライラを呼気に乗せて吐き出す。やる気を入れ直して、いよいよボレスとの特訓を始めることにした。 「で、まずは……そうだなぁ、立ち回りからいこうか。まずは相手が正面から来たら……」 ボレスは性格にこそ問題あっても、これでなかなか教え方は上手い。時折むかつくこともあるけど、十分許容できる範囲だ。 結構なスピードで上から飛んで来たボレス。俺は素早く後ろに下がって、突撃を躱す。 「あ、違う違う、まったく……。そんなときは敢えて前に突っ込むんだよ。そっちの方が却って相手の攻撃が当たらないんだから」 少し鼻に付く台詞が聞こえても、俺は気にせず指摘通りに動いていく。――なるほど、こんな動き方があるのか……。 今度は低空飛行で突っ込んできたボレスを、ジャンプで何とか避けた。しかし、ボレスの顔で軽く小突かれて、体勢を崩しながら落ちてしまった。 「こういうときはそうじゃなくって、素早く横に回避だよ? 少し考えれば分かるでしょ?」 ――そう、まだまだ許せる。 ボレスが素早く口で咥えて投げてきた木の枝のラッシュを連続横飛びで回避してから、俺は反撃の"ずつき"を当てに行く。 「もう、カンが悪いなぁ……そのときは技で相殺してから……」 ――ゆ、許せ…………。 今度はボレスが軽く放った"りゅうせいぐん"に"ふぶき"を当てて相殺する。しかし、相殺しきれなかった残りが俺の元へと飛んできた。 もう一度"ふぶき"を放って回避するが、さすがに連続で"ふぶき"を出すのは辛い。俺はその場で少しへたり込んでしまった。 「まったく、馬鹿じゃないの? ここはジャンプと同時に"れいとうビーム"を打ち込んで高く跳んで……」 ――……………………。 もう一度飛んできた"りゅうせいぐん"を言われたとおりにジャンプで躱す。同時に"れいとうビーム"を地面に打ち込み、反動で高く空に上がった俺。 この次にボレスが言いそうなことがようやく分かった。普通の敵ならきっと、チャンスと思って俺に突撃してくるだろう。だが、この体勢なら……。 「くらいやがれこのやろぉぉぉぉぉ!!!!!!」 「ま、待っ……」 ボレスの制止を無視して、俺は練習どころか本番でも出さないような最大出力の"ふぶき"を繰り出した。タイミングも狙いも、我ながら完璧だ。 ふわふわ浮いていたボレスが、芝生の上に崩れていった。油断していたのだろう、ボレスほどのレベルでも、かなりの効き目があったみたいだ。 "ふぶき"の勢いでしばらく空中に&ruby(とど){留};まっていた俺は、スタッ、とでも聞こえそうなほど綺麗に着地を決める。辺りのギャラリーのざわめきが妙に心地いい。 どこからともなくわき上がってくる満足感。気づけば、俺は自然と顔に満面の笑みを浮かべていた。 「はぁ……すっきりしたー。ボレス、ありがとな!」 俺は浮き立った気分のまま、ボレスに感謝の言葉を言っておいた、のだが。へんじがない。ただのしかばねのようだ。((返事がないときの決まり文句。もしくは屍を見たときの決まり文句。)) どうやらいつの間にか避難していたらしいルーフが、草叢の後ろから駆け寄ってきた。手には大量のいいきずぐすりが。 「気持ちは分かるけど……ほどほどにしといてくれよ、スフュール……。もうこれで、残金200円なんだからな」 完全にあきれた表情で俺を見てから、ボレスの身体にいいきずぐすりを塗っていくルーフ。ボレスはじっとそれを受け入れている。 本来ならきっとここで、俺は謝るべきタイミングだ。きっとというか、絶対ルーフにもボレスにも謝らなきゃいけないのだが。 最後の一言で完全に固まってしまって、上手く言葉が出てこない。手当てしてもらっているボレスも、今回ばかりは喋ろうともしない。 「な、なぁ……バイトの給料って、月に一回、まとめてもらってるんだよな、ルーフ? 次もらえるの、いつなんだ?」 一応聞いてみる。きっと気のせいだ、と、俺の考えている最悪のシナリオを頭の中で否定しながら。 「えーと、二週間後……だったかな」 だが、現実はそんなものだ。目の前が真っ白になった俺。自分の過ちを悔やんでも悔やみきれないが、ルーフもそういうところはもう少し考えて欲しい。 溶けた氷が水滴になって、じっとりと濡れている芝生の上に、俺も倒れ込んだ。立ち上がる気力はもうどこにもない。 ボレスも俺も、ただただため息をつくばかり。ルーフはまだ状況がよく分かっていないみたいで、いいきずぐすりを塗りながら、俺とボレスの顔を交互に見て首をかしげている。 「終わった……」 この言葉が、こんなにも自然に出てきたのは初めてかも知れない。 ---- 依然として結構な傷を負ったままのボレスをボールにしまって、俺とルーフは公園の中の遊歩道を歩いて帰路につく。もう辺りは半分ぐらい暗くなってしまっている。 ヤミカラスの鳴き声が空に響く。セミの声と相俟って、正直騒音以外の何者でもない。ただ空腹によるイライラが募っていくだけだ。 「なあ、晩飯あるのか?」 「いや、ないな。だから、近所のデパートにだな……」 結局こうなってしまうことは分かっていた。それでも改めて言われるとため息しか出ない。両手で頭を抱えたくなるが、手のない俺には無理な話。 ルーフの金銭感覚についてはずっと前から問題だったけれど、正直ここまでだとは思ってもみなかった。こんなの予想外だ。 確かに出費がかさむ時期かも知れないし、俺だってジュースだのなんだのを水の代わりに要求してたから悪かったとは思う。それでも。 「もう少しお金の使い方をな……はあ、怒る気力もない……」 今更どっと疲れが出てきた気がする。足取りも自然と重くなって、茶色い舗装を眺めながらのたのたふらふらと歩くことしか出来ない。 時折ぎゅるぎゅると唸る下腹部はどう考えても餌を要求している。――そんなこと俺に言われても困る。言うならルーフに言ってくれ。 と、ついに自分の内蔵にまでイライラをぶつけないといられなくなってきた。どれもこれも全部空腹のせいだ。つまりルーフのせいだ。 「あーもうっ、俺に触るなっ…………?」 不意に首に謎の感覚。どうせルーフだろうと俺はイライラしながらルーフに怒ろうとしたのだが。 違う。明らかにルーフの手の感触じゃなかった。何かが草叢から飛び出してきて、俺の側までぴったりと寄ってきて――? 「動くな。刈るぞ」 首に走っているのは手なんかじゃない、何か細い感覚。灰色の鎌がぴったりと俺の首に巻き付いている。これじゃ、動くなというより、動けない。少しでも動けば……考えたくもない。 「な、す、スフュールに何やって……」 ルーフが急いでボールを取り出そうとする。が、俺の隣のポケモンはルーフの方を一睨み。俺には表情が見えないが、ルーフがビクッとなるほどの怖い顔なのは分かった。 「黙ってろ。良いか、絶対にそこを動くな。一歩でも私の所に近づいてきたら、こいつの命はないからな」 一歩一歩、草叢の方へ下がっていく隣のこいつ。俺はそれと一緒にずるずると動くしかない。鎌の感触は下手すると俺の身体より冷たいんじゃないかと思うほど。 そのまま深い草叢の中へ、そして向こう側まで連れ去られた。未だ鎌に怯えながらも、必死に俺は自身の行いを振り返った。悪いことはした覚えなんてない。目を付けられる様な事もしてないはずだ。 じゃあどうして俺はこんな目に……と思考をぐるぐる巡らせても、特に何も思い浮かばない。ひょっとすると何かの間違いなのだろうか? やがて草叢に囲まれた場所に出ると、ふっと鎌が離れる。ほっと一息ついたところで改めてそいつの姿を確認する。白い毛が身体を覆っていて、特徴的なのは頭に生えている鎌。えーと……アブソル、ってポケモンだったっけ。 「……ねぇ、名前は?」 「……んぁ、名前?」 変な声が聞こえた。……いや、もちろん俺も変な声を出したが、それ以上にさっきまでのどすの利いた声はどこへ。今聞こえたのはまるでそう、甘える子供みたいな。 いや、子供じゃないな。むしろ甘ったるい、雌が雄にすり寄る感じの……そう、誘惑の声、といえばぴったりだろうか。 「ねぇねぇ、私と一緒に来ない? 駄目かなぁ……?」 上目遣い。可愛いとは思う。確かにそれはそうなんだが、残念ながらそれをする相手が違う。確かに俺は「俺」ってルーフと喋ってたけど。 「俺はスフュールって名前で……って、待ってくれ、何が何だか……。えーと、まず、一体どういう目的で俺を連れ出したんだ?」 「私、あなたに一目惚れしちゃって……ずっと見てたんだよ? だから、ずっと一緒にいたいなぁ……もう離さないからね」 すすーっと寄ってきたかと思えば、俺の身体とぴったり密着。隣には喜びを全体にちりばめた様な顔をしたアブソルが。 何だかもう色々間違っている気がする……いや、間違っている。いよいよ街灯が付いて、これから夜、といった様子の公園。そろそろ俺の腹も限界に近いのに。 セミの声がどんどんとコオロギやらなんやらの音に変わっている気がする。早いとこ切り上げないと倒れてしまいそうだ。 「で、でも俺にはトレーナーがいるし……。あ、ど、どうしても離さないって言うなら、俺達と一緒に来るか?」 切羽詰まった末に、こんな提案をしてしまった。でも、こう言えば、野生のポケモンだし大抵はあきらめて我慢を……。 「スフュールがそう言うならそうしようかなぁ……私とずーっと一緒だよ?」 してくれなかった。まさか……が頭の中でこだまする。野生のポケモンでこうも簡単にトレーナーに付いてくる奴がいるだろうか。 とにかく全てのことが俺の予想の遙か斜めを進んでいる。ひょっとしてまだ気づいていないんだろうか。重要な間違いに。 「な、なぁ……俺、その、雄、じゃないんだけど」 「そんなことどうでも良いでしょぉ? 私はスフュールが好きになったの。そこに雄も雌もないんだから、ね?」 「ね?」と言われても困る。俺の気持ちも考えてくれ、と言いたくなったが、また鎌を突きつけられるのも嫌だから黙っておいた。 実は向こうが雄なのか、と良いように物事を考えてみたが、漂う香りは間違いなく雌の物。惜しげもなく"メロメロ"を使っている気がしなくもない。気のせいだろうけど。 「じゃ、決まりだね! さ、戻ろっ、スフュール!」 にこにこ笑顔が眩しい。さっきまでとはまるで別のポケモンみたいだ。こうも表裏が激しい奴がいるのか……と、少し感動まで覚えてしまうぐらいに。 ぴったりと俺にくっついてくるこのアブソル。そのまま草叢を通ってまた遊歩道へ……と出ようとしたそのとき。俺の首にはまたもや鎌が。 「……おい、そこのトレーナー。喜べ、私がお前らについて行ってやる。だからさっさとボールを投げろ。捕まえたらすぐに出せ、窮屈なところは嫌いだ」 きょとんと突っ立っているルーフ。アブソルが催促のうなり声を上げると、慌ててボールを掴んで投げた。こつん、とアブソルに当たってアブソルは消え、そのボールはコトコト動く。 やがてボールが静まれば、それはゲットの証。状況が全く飲み込めていないルーフは、ただ首を傾げるばかり。 やがてボールの動きは静まる。ルーフの手で再びボールから出されたアブソルは、俺と少し離れて歩きだした。うずうずとしていて、くっつきたそうなのは見れば分かる。が、どうも人前では冷たく振る舞いたい((俗に言うあれ。解釈は多々あれども、個人的にはこれが一番ポピュラーな気が。))らしい。 「また変なの仲間にしたなぁ……俺」 ルーフがぼそりと呟いたのが、妙に印象深かった。 ---- アブソルのせいで大幅に予定が変わってしまった。デパ地下巡りをさせるわけにもいかず、直ぐに家に帰ることに。幸い冷蔵庫にはいくつかの野菜と冷凍してあった肉が残っていたみたいだ。 それを使ってルーフが何とか今日の分の晩飯を作ってくれた。明日のことは明日考える、何ともルーフらしい食材の使い方だ。呆れを通り越して感心してしまう。 ――これじゃ、本当に明日どうするんだよ……。 「飯……これ、でいいよな」 そんな俺の心配を知ってか知らずか、俺とボレスの料理、そして自分の料理を用意した後、おずおずと料理が盛りつけられた皿を差し出すルーフ。 差し出す相手は当然、今日捕まえてきたあいつ。ぎろり、とルーフを、そして料理を一瞥する。蛍光灯の明かりが鎌に反射してきらりと光っていて……正直怖い。 料理は綺麗に盛りつけられている。野菜と肉を炒めただけのシンプルな料理だけど、良い匂いもしているし、これなら合格……に見えるんだけどな。 しかしどうしたことか、そいつは全く料理に手を付けようとしない。やっぱり気に入らないのか、と焦るルーフ。このままだと鎌の一振りが飛んできても可笑しくない。が。 「……なんだ、この……旨そうなものは」 ルーフの料理の腕はそれなりだ。一人で暮らしてるんだから当然と言えば当然なのだが。それでも、褒められたことはさすがにない。至って普通の料理……のはず。 ただ何故か、あんなに気むずかしい奴がこの料理を「旨そうなもの」と言った。文句を付けられると思っていたルーフは想像との違いにただただ驚いている。 そんな中、周りの目も気にせず、がつがつと文字通りがっつくようにして皿に盛られた肉野菜炒めを平らげていくアブソル。ものの数分で皿の中は空に。 「お、おかわりも用意してあるから、食いたかったらまだあるぞ?」 「何? ならもう一皿、……いや二皿もってこい」 褒められて上機嫌になったのか、ルーフは鼻唄交じりに新しい野菜炒めを盛りに行く。ボレスはその様子に呆れつつも、アブソルの顔色をうかがってか、何も言おうとしない。 こうして静かでいてくれると嬉しいんだが、同時に何か寂しくもある。もう少し賑やかな方が、この家らしいような気がするんだけどな。 「さ、おかわり持ってきたぞ。これでありったけだ。食いきれなかったら置いといてくれても……って、もうほとんど無いな」 この短い言葉の間に、もうそいつは皿に盛られたほとんどを食べ尽くしていた。呆れを通り越して感心するほどの速さ。そんなにお腹が……あ。 そうか、考えたらこいつはずっと野性だったんだ。だとしたら今までまともに飯を食べていなかっただろうし、さっきの驚きも無理はない。 ルーフもようやくそれに気づいたようで、無意識に手をぽん、と叩いている。……今時そんなリアクションをする奴はなかなか居ないと思うんだが。 そんな話の合間に、少しずつ食べていた俺の皿の料理も無くなってしまったようだ。その皿もまとめて、全部ルーフが台所へ。 普段は適当なルーフだけど、こういう所は家庭的だ。掃除……はいまいちだけど、洗濯、料理といった基本的な事はきちんと自分で出来る。 一人暮らしを始めてからまだ一年少しのはずなのに、いやに慣れている辺り、やっぱりルーフはよく分からない事が多い。こんな才能があったんだなあ、と今更思う。 ふとボレスの方を向くと全く喋っていない……どころか、おとなしくその場でふよふよと浮いているだけ。動いてすらいない。 ボレスのレベルなら、十分こいつに勝てそうだと俺は思っていたんだけど、どうやら違うみたいだ。こいつ、そんなに強いのかな。 「ところで、お前、名前……ない、よな」 洗い物を終えて、ルーフはアブソルと少し距離を取って床に座り込んだ。ふー、とため息をついてから、アブソルの顔色を伺いつつ質問をする。 「ああ、無いな」 さらり、とアブソルは返事をする。質問をしているのはルーフなのに、俺の方ばっかり向いている。ルーフには全く興味なし、のようだ。 さらにルーフも俺の方をじっと見てくる。何かを期待する眼差しで。名前がない、となればやることは一つ。そしてその役目を任されるのは……。 「じゃ、スフュール、頼んだぞ」 何でまた俺なんだよ、と突っ込みたくもなるが、いちいち付き合ってられない。仕方ない、また考えることにしよう。 ただ、今回は事情が違う。ボレスとは違って、たぶん俺が考えた名前だったら何でもOKしてくれそうだ。それが余計にプレッシャーだ。 ――変な名前付けたら可哀想なのはこいつだしな……。 「……イムナス、とかどうかな?」 イムナス……我ながら響きは悪くないと思う。ちょっと上品なイメージ……はこいつに似合わないかも知れないけど。黙ってれば綺麗だと思うんだよなー。 整った体付き、毛並みも野性の割には悪くない。目つきは鋭いけれど、俺と居た時のあの目なら可愛くも見えるかも知れない。 「悪くないな。イムナス……ああ、それにしよう」 どうやらこいつも気に入ってくれたらしい。俺が付けた名前だから、かもしれないけど。それでも付けた名前を喜んでもらえれば誰だって嬉しいもの。 ルーフとボレスはもちろん俺とこいつ……イムナスとの事情を知らないからはらはらどきどきで見守ってくれていたようだ。何言っても俺なら許してくれるんだけどな、本当は。 「さあ、スフュール。少し話がある。腹ごなしに散歩でも行くぞ。文句はないな? ルーフもボレスも」 俺の体を横から突っついて、無理矢理玄関の方へ。ルーフとボレスには強烈な睨みを食らわせて。その睨みにルーフもボレスも怯んでしまう。 こいつを止めるのはどうせ無理だろうな、と俺も思っていたからそれは別に良いとして。一つ気になったことが。ルーフもそれに気づいたようだ。 「……お前、どうして俺達の名前を?」 ぴたり、とイムナスの動きが止まる。少し考えるような動作の後、何事もなかったかのようにまた歩き出した。 「答える義務はないな」 流石にそれ以上突っ込む勇気はルーフにはない。首をかしげつつも、それ以上は聞けなかったみたいだ。 玄関のドアをルーフに開けてもらって、俺とイムナスは外へ。気をつけろよ、とだけ言い残してルーフはさっさと家の中へ。 こいつがいればたぶん大丈夫だとは思うけど。用心するに越したことはない。一応雌二匹、だしな……。 「心配しなくっても大丈夫。私がまとめてやっつけてあげるから、ね?」 ――もっと心配になったのは、言うまでもないこと……だよな。 ---- 夏とはいえとっくに夏至も過ぎていて、七時過ぎともなれば、流石に真っ暗闇だ。そんな夜道を歩いて行く俺とイムナス。 やっぱり周りの人に見られるのが嫌なのか、人通りがある大通りでは全く俺にくっつく様子を見せない。もちろん、くっつかれたら困るんだけどな。 それにしても、慣れた様子で道を歩いて行く辺り、どうやらイムナスは野性の頃からこの辺りもうろついていたようだ。公園にずっといた訳じゃないんだな、こいつ。 アブソルとグレイシア、といえばこの辺りでは珍しいポケモン。ただその珍しさからか、誰も野性と思って捕まえには来ない。トレーナーがいる、と思われてるんだろう。 だからこそこいつもずっと一匹でこの辺りをうろつけた訳か。なんて考えてみたけれど、イムナスの様子を見て少し思い直す。当のイムナスはひたすら道行く人を睨んでは驚かせているのだ。よほど怖い顔、らしい。 ――あの目つきを見れば誰だって逃げるか……。そりゃ捕まらないわけだ。 「で、一体どこまで散歩行くんだ? そんなに遠くに行くつもりはないよな?」 前をずんずん進んでいくイムナスに、やっとのことで追いつきながら聞いてみるが、どうも答えてはくれないみたいだ。人の多いところでは俺とも喋ってくれないらしい。 見失うわけにもいかず、俺はひたすらイムナスに付いていく。けど左右に見える景色も、お店も、昼と夜の違いこそあれど全部よく知っている。 夜にここまで出歩いたことがほとんど無かったから新鮮だ。大通りは割ときらびやかで、いかにも「街」といった感じ。 普段の通りなのに、普段通りじゃないんだな、と我ながら上手いことを思ってみる。夜の散歩も悪くないかな、と新たな発見に多少の喜びを覚えた。 さらにイムナスの後を付いていくと、そこは辺りよりも暗い、静かな場所。よく知っている公園だ。こんな時間にもなれば、広場にはもうほとんど人がいない。 その広場を通り抜けて、普段行ったことのない公園の奥、林になっている所へ。そこだけは街灯も無くて、本当に暗黒の森、といった印象だ。 その奥に純白の毛並みは消えていく。何か出そうな雰囲気もある暗い森の中。少し躊躇った末に、イムナスを信じて俺も林の中へ。 草木もどうやらありのままにおいてあるみたいで、あまり整備はされていない。無造作に生えた茂みの枝で体に擦り傷が出来そうだ。 林の奥、暫く進むとそこには綺麗に草や枝が刈り取られた、開けた場所が。イムナスぐらいのポケモンが十匹なら、楽に寝そべれそうなほどの広さ。 「誰かいるんだろう? いるなら返事をしろ」 急にイムナスが声を張り上げる。不機嫌そうな声に俺まで思わずどきり、としてしまうほど。全く心臓に悪い。 「ああ、ボス、お帰りなさい。夕方から姿が見えないんで皆心配してましたよ。……ところでボス、そいつは?」 奥の茂みを大きく揺らして現れたのは一匹のルカリオ。アブソルと同じく、この辺ではあんまり見かけないポケモンだ。公園の奥にこんな奴らがいたなんて。 皆、と言うからには他にも大勢のポケモンが住み着いているんだろう。そしてどうやらイムナスはそのポケモン達のボスらしい。そりゃ強いわけだ。 「ああ、ちょっとしたことで知り合いになった客だ。乱暴はするなよ? 大切な客だ」 「へー、ボスの大切な客、ですか……。そりゃ好都合です」 さっき通ってきた後ろの茂みが揺れる。その音に振り返ろうとした俺の背中に、何かずしりと重い物が。毛が背中に当たってくすぐったい。 思いっきりのしかかられて、俺は一体何が起こっているのかも分からないまま、身動きが取れない状態になってしまった。上に乗っているポケモンが何かさえ確認できない。 出来ることと言えば、前にいるイムナスとルカリオの様子を見守る事ぐらいだ。どうも平穏な空気では無いみたいだが。 「いやね、ボスがいなくなったんで、ひょっとしたら戻ってこないんじゃないかと思って。……だから俺がボスになったんです。もう分かったでしょう?」 ここまで言われれば俺にだって想像が付く。群れの奴らを唆して、イムナスをボスの座から引きずり下ろす……。よくある話だ。まさか間近で見ることになるとは思わなかったが。 「お前ら……っ」 「おっと、反抗したら大切な客が死ぬかも知れませんよ? ま、それほど大切じゃないならいいんじゃないですかね」 鎌を構えて素早くルカリオの懐に飛び込もうとしたらしいが、それを牽制するルカリオの一声。どうも俺が人質に取られているらしい。 俺が強ければ上の奴を"ふぶき"か何かで振り払えるかも知れないが、俺の強さではたぶんほとんどダメージも与えられないだろう。 ルカリオとイムナスを見れば、ここに集まっているポケモンの強さも大体想像は付く。今ここで上のポケモンに歯向かうのは自殺行為だ。 けど俺が人質に取られている限り、たぶんイムナスは動けない。歯ぎしりをしながらも動かないイムナスを見て、ルカリオは冷笑を漏らした。 「これじゃ張り合いが無いですね。ディレント、そいつの首に牙当てておけ」 ディレント、と呼ばれた俺の上にのしかかっているらしいポケモン。姿が見えなくて何が起こっているのかは分からないが、どうやら俺の首に牙が当てられるらしい。 「……ごめんな」 「……え?」 小さな声が聞こえた気がして、俺は疑問の一声を発した。けれどそれ以上言葉が返ってくることもなく、俺の首には上下それぞれ二点に、鋭いもので圧迫するような感触が。 俺の方を見たイムナスがさらに慌てる。やめろ、と泣きそうな声でルカリオに呼びかける。その様子を見て、ルカリオはずっと口元に笑みを浮かべている。 「頼むにはそれなりの礼儀があると思うんですけどね。まあいいでしょう。そうですね……貴方に屈辱を味わっていただきましょうか、反抗する気概も無くすくらいにね」 くすくすと笑いながら、ルカリオはイムナスの横に回り込む。そして大きく足を振ってイムナスを蹴り飛ばした。当然地面に転がるイムナス。仰向けになって倒れ込んでいる。 そんなイムナスの後ろ足の間に、ルカリオは足を振り下ろした。当然そこはイムナスにとって――雌にとって大切な場所。痛みの余りにイムナスが苦痛の呻きをあげた。 「大丈夫ですよ。今のはほんの挨拶代わりです。これから気持ちよくしてあげますよ……ボスが壊れるまでね」 その声を聞いた途端、四方の茂みが揺れて様々なポケモンが現れる。ルカリオがあらかじめ呼んでおいたのだろう。恐らくはこれから見られるであろう元ボスの醜態を見せつけるために。 悔しさとさっきの痛みのせいか、イムナスの目が濡れている。口元を震わせながらも、俺のせいで何も出来ずただじっとその屈辱に耐えているだけ。 「なあディレント。その匂い……そいつも雌じゃねーか。元ボスの客だろ? 俺達にはこいつがどうなろうがどーだっていいんだし……なあ新しいボスさんよ。人質の方ももらっていいだろ?」 俺だ。俺のことを言われてるんだ。背筋に寒気が走る。誰だか分からないが、群れの一匹が俺を……犯そうとしている。 けど逃げられない。これだけの数を振り切って、地理も知らない林を走り抜ける自信はない。そもそも今の状況で、イムナスを捨てて逃げるなんて出来ない……。 「好きにしろ。いつでも殺せるようにだけしておけば問題ない。こいつが堕ちるまでな」 ルカリオはと言うと足をイムナスの股の辺りに当てて撫でるように動かしている。イムナスが震えているのは、悔しさのせいなのか、それとも……。 上にのしかかっていた体重がふっと消える。それと共に俺も蹴飛ばされ、仰向けに。林の木々の合間をすり抜けてきた月の薄明かりを遮るように、数匹のポケモンの影が頭上に現れる。 「じゃあ遠慮無く楽しむとしますか。なかなかの上物だしな……」 駄目だ。俺……こんなところで、こんな奴らに、あんなことやこんなこと……嫌だ。でも……覚悟するしかない。 目を瞑って、出来るだけ何も感じないように。何も見えない、何も聞こえない。そうだ、直ぐ終わるさ。それまでの辛抱……。 ――誰か、誰か助けてくれ……。 ---- 全く身体を触られる気配がない。不思議に思って、ゆっくりと瞑っていた目を開けてみると、そこには。 茂みに寄りかかるようにして気絶している数々のポケモン達。怪我もしているようだが、どうやら命に関わるような怪我は誰もしていないみたいだ。 ルカリオも盛大に吹っ飛んだようで、木の根元で完全に気を失っている。胸の部分の毛が、一筋ごっそりと切れて、その部分からうっすらと血が滲んでいる。 そしてこの場の真ん中に立っていたのは、紛れもなくイムナスだった。息を荒げて、辺りを警戒するように立ち尽くしている。 俺が目を開けたことに気がついたのか、イムナスは小走りで俺の所まで駆けてきた。依然として辺りを警戒はしている物の、その顔には若干の笑み。 「スフュール、よかった……。大丈夫だった?」 「それは俺の台詞だって……こんな無茶して。怪我してないか?」 俺が油断してたせいで、俺が弱かったせいで、イムナスを危険に晒してしまった。自分のせいで、もし怪我でもしていたらと思うと。 とりあえず立ち上がって、イムナスに俺が大丈夫という所を見せる。背中に付いた枯れ枝や砂を振り払うために、一度身体を震わせた。 その様子を見てイムナスも安心してくれたみたいで、今度こそ屈託のない笑顔を俺に見せてくれた。どうやらイムナスも怪我はしていないみたいだ。 「うん。私は大丈夫。あ、それと、周りの奴らもかすり傷程度のはずだよ。"かまいたち"の威力は加減したから……」 確かに、恐らく一番至近距離で"かまいたち"を食らったはずのルカリオも、うっすらと血が滲んでいる程度。たぶん「切る」んじゃなくって「吹き飛ばす」ような"かまいたち"を使ったんだろう。 周りのポケモン達もかなりの衝撃を受けたのか、盛大に茂みに突っ込んで気絶している。それでも大きな怪我をしている奴は一匹も見あたらなかった。 器用……というよりも、単純に強いからこそ為せる技だろうか。俺も強くなれば、技を応用して使ったりも出来るのかもしれない。 それにしても、イムナスがこんなに優しいとは知らなかった。イムナスならあるいは全員……とよからぬ想像もしていたんだけど。 「……お前、そういうとこ優しいんだな」 「だって、誰かを殺すようじゃ、スフュールは私のこと、好いてくれないと思ったからね。これからはもう、誰も殺さない。……私だって、むやみに殺したくはないし」 俺から目をそらして、イムナスは星が瞬く空を見上げた。その様子に俺は思わず口を慎む。 群れのボスになっていたということは、当然争いだってあったはず。きっと、随分と沢山の事を経験したんだろう。ひょっとしたら昔には、誰かを殺したことだって……。 なんだか寂しそうな目をして宙を眺めるイムナスの白い毛並みと、月明かりでほのかに照らされた、暗い森。イムナス自身の美しさも相俟って、どこか幻想的な雰囲気。 イムナスは雌で、今の俺は雌……それは分かってる。それでも思わず心を奪われるような、そんな姿。 「なあ、イムナス。昔のことは知らないけど……今のお前の、その優しいとこ、俺は好きだな」 そういった瞬間、イムナスは俺の方に顔を向けてきた。嬉しそうに、けど照れているその顔。ルーフと一緒にいるときとは大違いだ。 これが本当のイムナスで、いつものイムナスは群れのボスとしての表向きの性格なんだろうか。強く生きていくための、偽りの仮面。 仮面の下、本当のイムナスは甘えたがりで、そりゃもちろんうっとうしいといえばそうなるけれど。でも……可愛い、と思う。 「スフュール……うん、ありがと。スフュールにそう言ってもらえて嬉しいよ……」 俺の顔とイムナスの顔が近くなる。いや、それにしてもちょっと近過ぎはしないか。それでも構わずにイムナスは近づいてくる。 後ずさりしようにも、もう後ろは茂みだ。枝が乱雑に生えていて、たぶんこのまま突っ込んだら体中傷だらけだろう。つまり、もう逃げ場がないということ。 イムナスの目が俺の目の前に見えていて、そして目の前が真っ暗になっていって……口元に何かが触れる感触。 それは一瞬で終わって、ぱっと辺りが明るくなったときにはもう、イムナスの顔は少し離れていた。若干照れ笑いしていたけど。 「さ、スフュール。こっちに来て。連れてきた目的、忘れないうちにね」 そしてイムナスは茂みの間に消えていく。何が何だかよく分からない。でもただ、一つだけはっきりしているのは、俺とイムナスがついさっき……。 不思議と嫌じゃなかった。それどころか、同じ雌だけど、思わずどきどきしてしまうような何かをイムナスは持っていた。なんでどきどきしているんだろうか、俺は。 ――とりあえずイムナスを追わないと。見失いでもしたら大変だ。 変な思いを一度振り払うようにして、俺も茂みの中へ駆け込む。隙間を通って抜けた先には、さっきの広場よりは小さめの空間。 今度こそ辺りには誰もいない。けど、何かあるわけでもない。イムナスは一体こんな所に何をしにきたんだろうか。 そしてそれよりもイムナスが居ない。ついさっきまで後ろを追っていたはずなのに、この空間に来て急に見失ってしまった。 「イムナス? どこにいるんだ?」 ――間違いなくこの広場にいるはずだ。俺を置いてさらに先に行くなんて事は……ない、よな。 ふと後ろの茂みが揺れる。イムナスかな、と後ろを振り向いたそのとき、俺の身体がころんとひっくり返された。紛れもなく、イムナスによって。 イムナスはそのまま俺の上に覆い被さるようにして立っている。これじゃ俺は立ち上がれない。見えるのは空と、そしてイムナスの顔。イムナスは……笑っていた。 「な、なあ。イムナス、どうしてこんなことになって……!」 続きを言う前に、俺の口は塞がれた。イムナスの口が俺の口と重なって、今度はおまけに舌が入り込んでくる。その舌が俺の口の中でちろちろと暴れて、俺の唾液を奪っていく。 イムナスの舌からも唾液が零れてきて、俺の口の中にイムナスの匂いが、味が広がる。これじゃまるで本当に、俺がイムナスに襲われているみたいだ……? ――そうか、そういうことか。イムナス、わざわざ連れてきてこんな事……! ほいほい付いてきた俺が迂闊だった。あれほど俺にべったりだったイムナスの事を考えれば、こんな行動に出ることだって予想は付いたはずなのに。 ようやく口が解放されたことで、俺は一度大きく息を吸った。とろんとした目で、イムナスは俺の顔を見つめている。濡れた口元が月の光に照らされて輝く。 「ねえ、スフュール。ここなら誰にも教えてないから誰も来ないし……だめ、かなぁ……?」 誘うような仕草、目線、声。頭がくらくらする。イムナスの匂いと味。ルーフには悪いと思うけど、でも。今ぐらいは、イムナスにされるがままでもいいんじゃないか。 さっきまでの恩もある。イムナスは俺のことを好きでいてくれてるわけだし。ルーフに黙って他の雄とこんな事になるならともかく、雌なら……。 迷いが無いと言えば嘘になる。でも、断る理由もなく、断れる雰囲気でもなく、断る自信もない。それに、これだけ誘われたら、誰だって少しはやりたくなる。 「……今は、好きにしてくれていいよ。さっき助けてもらったし、それに……俺もちょっと、やり、たいかな」 ふふ、と妖しげに笑ってみせるイムナス。そのまま身体を百八十度回転させて、さらに姿勢を低く。となれば当然、目の前に見えるのはイムナスの股の部分。 もう既にそこは湿っていて、僅かに輝いて見えている。時折ぴくっと動くその動きがどこか生々しい。イムナスの匂いが俺の鼻をくすぐる。 こうなってしまった物は仕方ない。心ゆくまで楽しめば良いんじゃないか。きっと……気持ちよくなれそうだし。 「スフュールも、やることは分かるでしょ……? 私もスフュールを、気持ちよくさせてあげるからね……」 その雰囲気に飲まれたせいか、俺の身体もなんとなく強張っていて、そして過度に敏感になっていて。イムナスの息が股の部分に当たるのがもう既にくすぐったい。 ぐぐっと近づいてきたイムナスの股に顔を近づけて。俺はそっと舌を出して、その濡れた割れ目をしっかりと見つめて。 覚悟を決めて、俺は舌をそっと差しだして、イムナスの濡れた秘所にそっと這わせ始めた。 ---- 考えたら、俺は今までこんなにじっくりと雌のこんな所を眺めたことはなかった。リーチェとの一件の時も、俺はルーフしか見てなかったし。 そもそもは俺も雄の端くれ。今は雌だ、とは言っても、一応憧れでもあった雌の秘所を間近にして、興奮しないわけがなかった。 舌でその割れ目の窪みをなぞる度に、ぴくり、とその周りの筋肉が反応するのが分かる。僅かに滲み出した蜜は、何ともいえない不思議な味だった。 割れ目とその周辺だけを、まずは丹念に味わうことに。その部分の毛はぴたりと肉に張り付いて、イムナスのその部分がよりはっきりと分かるようになる。 まだ激しい動きをしてるわけじゃないのに、イムナスの足は心做しか震えているように見える。中まで舌を入れずとも、既にイムナスのそこは蕩けきっているみたいだ。 その一方で、俺の方はまだ全然余裕がある。舐められてる割にはほとんど刺激も伝わってこない。むしろイムナスの吐息の方が辛いほど。 イムナスにずっと主導権を握られてた分も、まとめて返してやれるかもしれない。今この状態からでも、何とかして俺が優位に立たないと。 ともかくイムナスに快感を与えないと始まらない。このまま急に舌を入れればきっと……。 「ひゃぁっ?!」 素っ頓狂な声が響く。予想外の声に俺は思わず驚いてしまった。けどそれは期待していたイムナスの声ではなくて、自分自身の声。 さっきまでとは比べものにならない快感。舌を入れてきたのか、と思いきや、どうやらまだ表面をなで回しているだけの状態らしい。 「まだ一回舐めただけなのに……スフュールって敏感なんだねぇ。かわいい……」 今度はそのすさまじい快感が続けて襲ってくるんだから堪ったものじゃない。確かに最近はこういうことからご無沙汰だったとはいえ、これほどだなんて。 足は四本とも、イムナスが俺の秘所をなぞる度にぴくぴくと揺れ動く。イムナスの秘所をなめることなんて到底出来ず、ただただ快感に悶えるだけ。 そうか、さっきまでほとんど刺激を感じなかったのは当然のこと。だってまだ何もしていなかったんだから。きっとただただじっくり見つめてただけなんだろうな。 吐息だけでも十分にくすぐったさを感じるほどだったのに。自分のことながら情けない。これじゃ主導権を握るどころの騒ぎじゃないじゃないか。 「やっ……いむなっ、だ……あああっ!」 暴れたくなるほどの快感でも、上に乗っかっているイムナスがそれを許さない。容赦なく舐めてくるだけだから、まだましと言えばましなのかもしれないけど。 結局は俺がいいようにやられっぱなしだ。それだけじゃない。これほどの快感をイムナスは平然と耐えてたんだ。これじゃあ勝ち目なんてどこにも……。 「スフュールも舌、動かして……じゃないともっといじめちゃうよぉ?」 これ以上は不味い。今でももうおかしくなりそうだっていうのに。とりあえずそれだけは避けようと必死で舌を動かし始める。こうなれば一刻も早く終わってもらわないと。 理性が残っているうちにイムナスにイってもらうしかない。俺は下半身から絶え間なく襲ってくる快感に身体を震わせながらも、何とか舌をイムナスの秘所へ。 なりふり構っては居られない、とばかりに舌を中へと突っ込んでかき回す。これは流石のイムナスでも効くだろう。 「ひゃっ……そうそう、その調子。私もお返ししてあげるからね……」 ようやく声を上げてくれたイムナス。これなら何とかなるかも知れない。これを連続させればきっとすぐに終わるはずだ。 「ふあああぁぁぁぁぁっ?! あっ、あ……うあぁぁぁっ!」 けれどもそんなにうまくいくはずもなく。イムナスも負けじと舌を俺の中へ。これは流石に辛すぎる。舌をイムナスの秘所に突っ込むこともままならず、ただ大きな声で喘ぐだけの俺。 周りだけを軽く舐めたり、あるいは舌で中をかき回したり。やってることはそれだけなのに、どうしてこんなにも気持ちいいんだろうか。 この快感がどこまで続くのか、その恐怖と若干の期待が織り混ざった、自分でも訳の分からない気持ちが自分の中にある。このままでも、悪くないんじゃないかな……。 ふとその快感の持続が終わる。途端に何か物足りなくなった。なんだろうか、この物寂しい気持ちは。出来る限り早く終わって欲しいと思ってた、はず、なのに。 「ふふ……すふゅーるがやってくれないなら、おあずけ、だよぉ……?」 悪戯っぽい声。顔は見えないけど、たぶん想像通りの顔をしてるんだろう。悔しいけれど、でも、やっぱりこのままじゃいられない。どうにも身体の疼きが止まりそうにない。 暫く考えた末に、俺の頭が出した結論は。イムナスに抗うことではなくて、再びイムナスの割れ目に舌を入れることだった。 「そうそう、そのちょうし……ごほうびあげるね」 「やあっ、あぁ……も、っと……」 我ながら情けない。けど、声に出してしまった物は仕方ない。イムナスの攻めにいつの間にか俺の心はすっかり屈服していて。我に返ったときにはもう既に遅かった。 今更強がっても一緒なら、どうせなら……しばらくの間、理性が壊れたって、いいんじゃない、かな。 ――我慢は身体によくないし、さ。 「あれ……? スフュールも、やっとやる気になってくれたんだね……じゃ、遠慮無くいくよぉ……」 言うが早いか、イムナスの動きが分かるくらいに加速する。舌が幾度となく出し入れされて、その周りの毛並みが全部濡れていく。 それが果たしてイムナスの唾液なのか、それとも自分の愛液なのか。もはや分からないけれど、ただ気持ちいいことだけは確かだった。 負けじと俺もイムナスの中をかき回す。イムナスのそこは舌に吸い付くほどの締め付け。周りの熱を持った肉壁はべっとりと、そしてねっとりと濡れていて。 「はぁ……ぁぁっ……いいっ、よぉ……す、ふゅーる」 舌が疲れてきていても、決してその動きをやめる気は無かった。だってやめたら、イムナスにしてもらえなくなるから。 もうイムナスに勝とうなどという考えはどこかへ消え去っていた。今はただ、気持ちよくなりたい。出来るならこのままイかせて欲しい。そんなことだけを考えて。 「いむな、すっ……ひゃっ! あっ……ああ、あっあ……」 前足が絶え間なく揺れ動いて空を切る。行き場のない快感が体中を駆け巡っていて、訳も分からないまま喘いで、悶えて。 「だめだめ、もっとちゃんとなめてくれないと……やめちゃうよぉ?」 またもやその快感がぴたりと止む。喘いでる場合じゃなかった、舌を動かさないとイムナスも続きをしてくれない。この快感が終わってしまう。それだけは……嫌だ。 「う、あ……ちゃん、とやるか、らっ……やめないでぇ……っあああ!」 舐めるのを再開した途端に、イムナスも遠慮無くそこを舐めてくる。そうだ、この気持ちよさが……もっともっと、欲しい。 イムナスの吐息も大分荒くなってきた。足もぴくぴくと震えているし、きっと限界が近いんだろう。どうせなら一緒にイきたい、けど。 「すふゅー、る……どうせなら、もっと気持ちいいことしてから、ね……?」 気持ちいいこと。俺も大体の察しは付いていた。噂やら何やらで話には聞いていた、牝同士だけでやれること。 その魅力的な誘いを、どうして断る必要があるだろう。迷いはなかった。もっとイムナスと、もっと気持ちいいことを、もっとたくさんしたかった。 「う、ん……おれも、イムナスと……この続き、したいな……」 ふふ、と笑うイムナスの声。ご奉仕、とばかりにイムナスの割れ目をひとなぞりしてから、俺は次のイムナスの行動を、蕩けた目で眺めていた。 ---- イムナスが一度俺の上から離れて、今度は顔と顔が鉢合わせに。笑っている顔も、愛液でびちゃびちゃになった口元も、とろんと惚けた瞳も、全部が魅力的だ。 自然と顔を近づけて、舌と舌を絡め合う。俺とイムナスの味がして、何だか甘くて、酸っぱくて、おいしいとかじゃないけれど、もう一度欲しくなるような、そんな味。 「じゃあ、ゆっくり……いくよ?」 後ろ足同士を上手くかみ合わせて、割れ目と割れ目が重なるようにして。くちゅ、と下の口元が触れ合う音。荒い吐息がお互いに漏れる。 俺の方も準備は万端。もう遠慮も何も要らない。好きなだけ動いて、ひたすら快感に溺れたかった。さっきのお預けもあったし、今度こそ。 イムナスが腰を軽く後ろに引く。触れ合った秘所同士がお互いににゅるり、と滑る。それと同時に擦れる快感がお互いに走った。敏感になっていたそこからの刺激は、たったそれだけなのに爆発しそうなほど大きくて。 「や、あっ……い、むなっ、す……ぅん」 イムナスの名を呼ぶのは、当然もっと欲しいと言う合図。焦点の合わない目で白い毛並みを、そして濃い灰色の顔を見つめる。俺は宙を掻く前足でイムナスの首元に抱きついた。 そして今度はその顔が近づいてくる。くちゃ、とまた音を立てて滑るそこ。割れ目が開いてイムナスの割れ目の片側がそこへ入り込む。俺の割れ目の片側もイムナスの中へ。 ほんの表面しか入っていないものの、まるでイムナスと俺が雄と雌で、互いに行為に及んでいるような気がして。 その前後の動きが段々と激しい物に代わっていく。くちゅくちゅという音がだんだんとぐちゅぐちゅに代わって周りに響く。 周りには誰にも居ないはず、とはいえ。これだけの音と匂いをまき散らしたら、遠くからでもやってくるんじゃないか。そんなことを一瞬考えたけど、今はそんなことどうでも良かった。 見られても良いし、聞かれても良い。この行為だけ、この快感だけ続いてくれるならそれでよかった。今はひたすらイムナスと、やることをやりたい。 「すふゅ、うる……っ、激、しいっ、よぉ……あぁんっ……ぅあっ!」 いつしか俺も自分から動いていて。地面に組み敷かれている俺はあんまり動けないけど、それでも精一杯秘所を擦り合わせて。 目の前にある顔に躊躇無く顔を近づけて口を重ねる。舌はイムナスと絡ませて。お互いに唾液を交換して、それでも満足できずに相手の口の中も舐める。 俺の口の中でイムナスの味がする。鼻から息をする度にイムナスの香りがする。さらに深く吸えば、互いの割れ目からでる甘い香りが充満していて、それが頭を蕩けさせていく。 口を離して、さらに大きくイムナスは動き出す。僅かに突き出たその豆がお互いの割れ目に突き当たって刺激される。後ろ足は自分の意志とは関係なく、ぴくぴくと震えているだけ。 イムナスはまだ少し余裕のありそうな表情を見せている、みたいだけど。俺にはそんな余裕なんて当然無い。イムナスの顔すらはっきりとは見えていない。 「だ、めっ……もう、でちゃ、う……やぁっ! だ、めだ……って……!」 ぷるぷる震える俺の姿にイムナスも分かってくれたのか、少しだけ止まったかに見えた行為。けどそれはあくまでずれた姿勢を直すための物。その後さらなる刺激が俺に襲いかかってきた。 その刺激にはもう耐えられそうもない。意地悪くにやけている、様な気がするイムナスの顔を見つつ、俺は抵抗を諦めて快感のために必死に動く。 「ひゃぁっ……あっあ、うあっ……やあああああああああぁぁぁぁぁぁっ!!」 ぷしゃあ、っと水がはじけ飛ぶ音。一瞬にして弾けて止まる。かと思えば今度は連続して液体が吐き出される。それはイムナスの秘所に、さらにお腹にかかっていく。 さらにイムナスは自分から動いてそれを顔にも受ける。当然大量のそれを浴びたイムナスのお腹側は、ぽたぽたと液体が落ちるほどの濡れ具合。 ぺろりと顔に付いたそれを舐めて、イムナスは満足そうな顔。一方で荒い息をして、広場の真ん中、木々のない所から見える夜空をぼーっと見上げる俺。疲れと快感が体中に溢れている。 「ふふ、すふゅーる、イっちゃったね。でもかわいいよぉ……」 俺のお腹も自分の出した愛液でびしゃびしゃだ。ちょっとだけ顔にまでかかったそれをイムナスが舐めてくれた。そしてまた深いキスを一回。 口で息が出来ずに苦しい。鼻で息を思いっきり吸えば、まるで媚薬のような香りが入り込んできて、またまた気分が高まってくる。 「でも、まだ終わりじゃないからね……ほら、もっと……」 今度は割れ目だけではなく、びちゃびちゃのお腹も密着するほどイムナスが俺に抱きついてきた。割れ目だけでもまたも絶頂を迎えそうなほどの刺激なのに。 ちょっとだけ突き出た胸の辺りが擦れて滑って。愛液が潤滑剤になって、既に良い感じの快感を生み出している。ここで動き出されたら……。 「やっ、あぁっ! や、やめっ……て! やあっ、あっ、あああああっ、ひゃああっ!」 それなのにまたイムナスが動き出して来たのだから堪らない。ぴしゃり、と軽くまた愛液が飛んだ。一度イったことで随分と敏感になったそこに、容赦ない快感が押し寄せる。 でも不思議とやめたいとは思わなかった。むしろ続けて欲しい。身体はもうとっくに疲れ切っている。でもそんなことはどうでもいい。何度でもイかせて欲しい。 淫乱だなあ、と我ながら思ってしまうほど情けなかった。けど俺は自然と自分から腰を動かしていた。イムナスにもっともっと攻めて欲しかった。 断続的な絶頂が幾度となく続く。細かく潮を吹く俺。それでも腰だけは動かし続ける。何度でも、いつまでもこの快感が欲しかった。 そんな俺の持久力が流石に予想外だったのか、イムナスも辛そうな表情になってきている。ぐちゃぐちゃと身体全体から水音がするほどの愛液の量。 大半が俺のだと思うけど、イムナスも十分愛液を溢れさせているはず。イムナスはまだ一度も潮を吹いていないんだから、そろそろ限界が来ても可笑しくはない。 「うああああああぁぁぁっ! んやああっ! あっ……あぁ……」 ぴしゃりと飛んだ液体は鋭く俺に降りかかる。大量の液体が、今度は俺のお腹に溢れていた。突然のことに俺は少し呆然とする。密着したお腹や割れ目から液体が垂れて、俺の身体全体がびちゃびちゃに。 イムナスの足は自分の身体すら支えきれずに崩れ落ちる。未だに潮を吹き続けているイムナスのそこが俺のお腹に密着していた。 「ひゃあっ! やらっ……やあああっ! あっ! す、ふゅーるっ、だめえっ!」 俺は躊躇わずにイムナスの秘所と俺の秘所をくっつけて、出来る限り大きく動かした。イムナスの秘所がぷしゅ、と潮を吹くのが止まらずに何度も続く。 一方の俺も何度も絶頂を迎えて潮を吹いている。もう俺達の身体は全身水を浴びたかの様にドロドロだ。濡れていない箇所を探すのが難しいぐらい。 あまりの疲れからか、イムナスも遂に俺の隣に仰向けに崩れ落ちる。何とか横を向いた俺とイムナスは、お互いに見つめ合う。あとちょっとだけ、あと少しだけ。 ずりずりと身体を動かして、もう一度身体を密着させて。最後に、と身体をぐちゃりと擦り合わせて。絶頂まではすぐだった。 「ふああっ! ……やぁ……あ……」 「ひゃあっ……んぁあっ!」 しゃああ、っとまるでお漏らしをするかのようにまた潮を吹いて、俺達は抱き合ったままぐったりとする。べとべとになった身体を洗いに行く気力さえない。 このままじゃ他のポケモンに襲われるかも知れない。そう思っても、もう身体は動かなかった。それどころか急激な疲れと眠気が。 イムナスも眠たそうな目で俺を見ている。さっきまでの疲れもあったのか、やがて小さな息が漏れ始めて、イムナスはそのまま寝てしまった。駄目だ、俺だけでも起きてないと。 けどいつの間にか目の前は真っ暗に。音さえも遠くなって、俺がすぅすぅと息を立てる音だけが聞こえる。俺が……おき、て……。 ---- 木の葉の掠れる音が静やかに流れていく。真っ暗、と言うわけでもなく、薄明るい景色が僅かに開いた瞼の先に見える。もうちょっと寝かせてくれよ、ルーフ……。 と、ぼんやりした頭でそこまで考えたところでようやく全てを理解する。違う、俺は確かイムナスに連れられて、森の奥で。 横に倒した身体を起こして立ち上がる。最後の記憶が確かなら、絶対にイムナスを抱いたまま寝ていたのに。辺りを見渡しても、イムナスがどこにも見当たらない。 探しに行こうにもまだ夜だし、薄明るいとはいえ数メートル先は何も見えない。勝手も知らない森の中で、一人彷徨うのは絶対に駄目だ。けど今ここで、たった一人でいるのも不安。 匂いを当てにしようにも、まだ色濃く残る行為の香りがそれを邪魔する。結局立ち上がるだけ無駄だったみたいだ。 はあ、とため息をついて俺はまた座り込む。イムナスのことも心配だし、ルーフには心配されてるだろうし、けどどうしようもないし。 ガサガサと草叢を掻き分ける音。とっさに俺は戦闘態勢に入る。まさか、またあいつらが性懲りもなくここに? しかし、出てきたのは特徴的な灰色の鎌。さらに全身が草叢の中から出てきたのを見て、ようやく俺は安心して駆け寄った。 「イムナス、どこ行ってたんだ?」 俺が聞いてもイムナスは答えてくれない。ああ違う、答えられないのか。何か葉っぱを口に咥えている。それも大量に。何となくすっとした、さわやかな香りが漂っているのもその葉っぱからだろうか。 それを宙へとばらまいて、イムナスは舞い散る葉っぱに向けて"かまいたち"を放った。微塵となった葉っぱの欠片が辺りに散らばる。と同時に、きついくらいの匂いが辺り一面に充満してきた。 「うん、これで大丈夫。スフュール、付いてきて。身体、洗いたいでしょ?」 あ、ああ。と生返事をする俺。それにしてもこんな事までしっかり準備してあったのか。何の葉っぱかは知らないけど、さっきまでの甘い匂いはどこへやら。青臭い、とも違う、爽快な緑の匂い。 これで俺達の行為は気づかれない訳か。まだ身体は洗ってないから、自分の身体からは雌の香りが全く抜けてないけど。こうして嗅いでみると、改めて行為の激しさを感じてしまう。 おっと、こんな事を考えてる場合じゃないか。今イムナスを見失ったら大変だ。少し離れたイムナスの所まで小走りで駆けつける。イムナスも俺が走ってくる音に気づいたのか、立ち止まってこっちへと振り向く。 イムナスの横まで追いついたところで、俺はイムナスと歩幅を合わせて歩きつつ、ずっと気がかりだった、捕まったときの事を話してみることにした。えーと、名前は何だっけ。 「あ、ところでさ。俺の上に最初に乗っかかってた……ディレント、だったっけ。誰なんだ? 俺、姿は結局見てないからさ」 「……ディレントがどうかしたの? 許せない、っていうなら別に私は止めないよ」 悪意のない顔でさらっとそんなことを言うイムナス。そこは止めるとこじゃないのか、と心の中では突っ込んだけど、話が逸れそうだったから口には出さなかった。 「あ、いや、そうじゃなくって。あいつ、俺に牙立てる前にさ、謝ってくれたんだ。たぶん、だけど。あいつは仕方なくルカリオ達に付いてたんじゃないかな」 「確かに、ディレントは私を一番慕ってくれていたけど……でも、結局あっちに付いてるんだから、そういうことなんじゃないかなぁ……」 イムナスの表情が暗くなる。それもそうか。今まで仲間だと思ってきたポケモン達に裏切られて、落ち込まないでいられる奴の方が少ないと思う。 強気に振る舞ってたイムナスも、やっぱり寂しかったのか。仲間、なんて言葉は似合いそうに無いな、って思ってたけど。 イムナスはイムナスなりに、皆のことを信頼してたんだろうな。群れのリーダーとして、皆で生活して、色んなことを一緒にやってきて。 水の音が聞こえる。目の前の草叢を突っ切ると、そこには綺麗な小川が。あんまり深くは無いけど、身体を洗い流すには十分な場所だ。 「さ、スフュール。洗ってあげるからそこに伏せて。冷たいかも知れないけど……我慢して、ね?」 言われるがままに川の真ん中に寝そべる。お腹側がひんやりとして気持ちいい。それから、少し前まで散々解されてた、自分の一番敏感な場所が水で浸されて、思わず声を漏らしそうになる。 イムナスは前足で器用に俺の身体に水をかけては強めに擦る。暑いのが苦手な俺にはこれがなかなか心地良い。熱帯夜にはぴったりかも知れないな。 背中から尻尾まで、余すところなく水をかけられて、顔は自分で綺麗に整える。後は……あんまり触りたくないところだけど、一応洗わないと駄目だよな。 これ以上は駄目だからな、とイムナスにきっぱりと言ってから、俺はイムナスの前足の動きを受け入れる。水に浸されたそこに、愛撫の動きが加わってきて。 んっ、とくぐもった声こそ漏らしたものの、それ以外は特に何もなく終わらせることが出来た。自分で自分の匂いを嗅いでみても、ほとんど分からない程度。イムナスの持ってきた葉っぱもまだあるみたいだし、何とかなるよな。 「さ、次は私、だね……。洗ってくれる?」 いや、なんで上目遣いなんだよ。可愛いな、なんて思ってしまう自分が情けない。これ以上見ていたら、悪戯したくなりそうだ。いけないいけない、早く帰らないといけないのに。 自分の思いを振り払うようにしながら、俺はイムナスの身体をてきぱきと流していく。白い、たっぷりとした毛並みが濡れそぼってほっそりと。すらっとした体付きもなかなかのもの。 これまたちょっと鋭い尻尾を気をつけて洗い終えると、俺は何も言わずにイムナスの股へと前足を伸ばしていく。イムナスの身体が若干強張るのが分かった。 「ひゃっ……あ……」 俺よりも敏感なのは気のせいか。ひょっとしてこの冷たさに弱いのかな。俺はこおりタイプだから、確かに冷たさには強いけど。 本当にそのまま前足でこねくり回そうか、なんて考えが一瞬過ぎったものの。駄目だ駄目だ、ともう一度気を確かに持ってそこは何とか我慢する。 乾いていた愛液が再び水分を吸って少しねっとりとする。前足を放すと僅かに糸を引いて、月明かりを反射してきらきらと光った。 やがてそのぬめりも無くなって、ようやく元の綺麗な身体に。もういいぞ、と言うとイムナスは立ち上がって水を振り払った。 仕上げに、とイムナスがそこらに生い茂る草の一つから葉っぱを数枚刈り取って、それを俺の身体に口で器用にすりつけてくれた。地面に落ちていたもう一枚を俺も拾って、見よう見まねで同じように。 「うん、大丈夫。さ、帰ろっ?」 イムナスは言うが早いか早速草叢の方へと歩き出した。このまま帰れば確かにそれで一件落着、だけど。でも、まだ俺にはやりたいことがある。 俺のことを曲がりなりにも心配してくれたディレント。顔も何も分からないし、一度は会っておきたい。それに、このままあいつらが目を覚ませば、ディレントも一緒に行かざるを得ないんじゃないか。 きっとディレントは、ここに残りたいんだと思う。襲われておいて、しかも顔も知らない相手をこんなに心配するのはおかしいかもしれないけど、でも何となく気がかりだった。 「あ、ちょっと待ってくれ。えっと、あのー……ディレントのとこに行かせてくれないか?」 俺の質問の意図が分からないのか、イムナスは頭の上にハテナマークが見えそうなくらいに不思議そうな顔をして首をかしげている。 しどろもどろになりながらも、俺はイムナスに思うことを伝えていく。あそこに戻るのはイムナスもあんまり気が進まないんだろうけど、渋々了承してくれた。 「じゃ、行こっか、スフュール。ほら、もっとくっつこうよぉ。ね?」 ぴったりと寄り添うイムナスの温かな身体。まだ多少湿ってはいるけど、それでもある程度イムナスの毛は乾いてふわふわに。梳いてないからぼさぼさだけど、却ってたっぷりとしたボリュームがあって心地良い。 最初はちょっと戸惑ったけど、これはこれで悪くないんじゃないかな。そんなイムナスの可愛さにも慣れてきた俺は、寄りかかって来たイムナスの身体に多少身を預ける。 ――これじゃ、本当にカップルみたいだなあ。けど、今だけなら、これも……いい、かな。 ルーフには悪いと思うけど、同性なんだし浮気じゃない、よな。うん、大丈夫だって。友達だよ友達。と心の中で勝手に言い訳しながら。 月明かりが木の葉を通り抜けて闇を照らす。幻想的な草叢の迷路をイムナスと一緒に歩く間、俺はちょっとだけデート気分に浸っていた。 ---- 先ほどの広場には、まだ木の根元や茂みの側で気を失っている数匹のポケモン達が。未だに起き上がる気配は見せないけど、そのうち起き上がってくるんだろうか。 ぱっと見では本当に全員死んでしまったかのよう。けど息はしてるみたいだし、そのうち気がつくはずだよな。それまでにやることをとっとと終わらせないと。 「えーと、イムナス。ディレントってどこにいるんだ?」 ディレントの姿を俺も探してみるけど、流石に姿が分からないんじゃ探しようがない。イムナスが目配せをした先には、広場の真ん中で横になって倒れているグラエナが一匹。 どうやらそのグラエナが、俺が気にかけてたディレント、らしい。黒い毛並みもつやつやと月光に輝いていて、なかなか野性とは信じがたい美しさ。グラエナってもしかして皆こうなのか。 そんなディレントに俺は躊躇無く近寄る。傷は深くないようだし、血も止まっているみたいだ。これなら起こしても大丈夫、かな。 「ちょ、ちょっとスフュール、何を?」 とんとん、と軽く前足で頭をつついてみても、特に反応が返ってこない。続いては両前足を使ってゆさゆさと揺さぶってみる。多少ディレントの顔の表情が歪む。 それでも起き上がる気配を見せなかったディレントに、ちょっとだけ冷気を吹きかけてみる。顔に冷気を吹きかけられたら、誰でも寝たままではいられないだろう。 もちろんディレントも例外じゃない。ぴくんと反応したあと飛び起きて、何が何だか分からない、と言った表情で周りを見渡している。 「な、なんだ? 俺は、ここは、って、お前は……?」 「……落ち着け、ディレント」 イムナスの低い声。さっきまで俺と話してた声とは明らかにトーンが違う。その声が聞こえた瞬間ディレントが軽く飛び上がった。一瞬俺までびくっとなってしまう。 じろりとディレントを見つめるイムナスの顔がちょっと怖くて、俺もディレントも少し目を逸らす。その視線がお互いに重なって、また少しの気まずさと沈黙が。 こんなにも直ぐに切り替えられるのか。暫くこっちのイムナスを見てなかったから、どうも違和感を感じてしまう。いや、そもそもどっちも変か。 「……ごめんなさい、ボス。それから、えっと、スフュールも。……言い訳にしか聞こえないと思いますけど、俺、本当はボスのこと……」 その静寂を打ち破ったディレントの声。心做しか震えたような声で、力なくしゃべり出す。顔はずっと下を向いたまま。とてもじゃないけど顔向けは出来ない、んだろうか。 イムナスはイムナスでむすっとした顔を一向に崩そうとしない。やっぱりイムナスにもイムナスなりの心の葛藤があるんだろう。それを俺がとやかく言える立場じゃないけど。 「分かってるって。な? イムナス?」 俺はイムナスの背中を前足でぽん、と叩く。身体が強張っていたのか、少しバランスを崩して前のめりに躓きかけるイムナス。首を数度振って、今度は鋭くディレントの方を見つめた。 「……もう少しお前がしっかりしていればあんなことにはならなかったんだがな。どうしてあいつらをぼこぼこにしなかったんだ?」 「そんな、俺は皆ほど強くないですし……いや、でもボスの言うとおりです。俺がしっかりしてたら……」 何だかどんどんディレントがネガティブな方向に向かっている気がする。もちろんイムナスの言うことももっともだと思うけど、少しばかり酷じゃないか。 ディレントのことはもちろんついさっき知ったばっかりだけど、何だか放って置けない奴だ。ちょっとなよなよした所とか、誰かにそっくりなんだよなあ……。 「な、なあイムナス。こいつのことは許してやってくれ。俺からのお願いだ。頼む」 流石に見てられなくて、俺からディレントに助け船を。イムナスも俺の言葉なら聞いてくれそうな気がする。と言うかこれだけはイムナスがなんと言おうと押し通したい。 そんな俺の熱意が伝わったのかどうかは分からないけど。イムナスは鎌の平らな部分で軽くディレントを小突いて、少しだけ笑った。様な気がした。 「……仕方ない、スフュールに免じて許してやろう。スフュールに感謝するんだな、ディレント」 「あ、ありがとうございます、ボス!」 顔を低く下げて、人間で言うお辞儀を深々と一回。さっきまでの不安そうな表情が一転して、ぱーっと明るく元気な表情が戻ってきた。 その表情がますます誰かの顔と被る。ああそうか、あいつにそっくりだな。そういえばあいつも元気なのかな、と何だか別の方向へと思いを巡らせていると。 「そうだ、ディレント。お前に言っておこうと思っていたことがあるんだが」 なんでしょうか、とディレントが首を傾げる中、イムナスは茂みの側へと吹き飛んだルカリオの所へと駆け寄ると、何の躊躇いもなく前足で蹴り起こした。 そのまま首元に鎌を突きつけると、なにやらぼそぼそとルカリオに向かって呟いている。断片的に聞こえて来る言葉だけでも、聞くに堪えないような言葉のオンパレードだということは分かった。 ようやくイムナスがそっとルカリオから離れると、ルカリオは周りのポケモン達をたたき起こして、これまた凄いスピードで茂みの奥へと走り去っていく。 その一部始終を呆気にとられながら見る俺とディレント。一体全体何があったのか。イムナスがルカリオを脅したらしいことだけは確かだ。 「よし、これでいいだろう。……ディレント、後はお前だけでもやれるはずだ。私がいなくても、しっかりやれよ?」 急に言われたその一言が、当然全く理解できない様子のディレント。無理もない。いきなりボスの座が自分に回ってくるんだ、誰だって驚くだろう。 そもそもどうしてイムナスがボスの座を降りるのか、どうして俺とこんなに仲良くなってるのか、とか、言わなきゃいけないことをすっ飛ばしているんだから仕方ない。 「ま、待ってください、ボスを信じてる奴らだってたくさんいますし、まだまだボスにはボスでいてもらわないと……」 ボスになることへの不安が一杯なんだろう、ディレントは慌てた様子でイムナスを引き留める。けどイムナスの意志は固い。それは何より俺が一番よく知っている。 「いいか、私はスフュールに付いていく。だからこの森は、この群れはお前が守るんだ。いいな? ……お前ならやれるさ」 最後の一言に、俺もディレントも思わず声を上げる。この状態のイムナスが、誰かを認めるような発言をするなんて。俺より遙かに長い間付き合ってきたであろうディレントにとっても驚きのようだ。 上手く言葉が出ないのか、まるで喋れない赤ん坊のように口をぱくぱくさせながらディレントは暫く立ち尽くしていた。そしてやっと出てきた言葉らしい言葉。 「あ、あの、ボス……俺、えっと」 そんなディレントを見て苦笑するイムナス。笑い顔なんて見られると思っていなかったから、それだけでも意外な事だ。ディレントにもすっかり驚いた顔が張り付いている。 この状態のイムナスでも、こんな顔することがあるんだな。むしろこんなイムナスが一番素な気がして、ちょっと可愛いな、なんて。 「さあ、分かったら残りの奴らを安心させてやれ。きちんと仕切ってやれよ? 他の奴らもきっと協力してくれるだろうからな、私が居なくても大丈夫だ」 「……はい!」 イムナスのその言葉に励まされたのか、ディレントは少し嬉しそうな顔をしながら、森の奥へと消えていった。ガサガサという茂みを掻き分ける音が段々と遠くなる。 その様子を安心した様子で眺めるイムナスの側に俺は寄り添って、ぼそっと一声かけてみる。 「イムナスって、なんだかんだでやっぱ優しいんだな」 俺のその言葉で、イムナスの顔が若干恥ずかしさに火照ったような、そんな気がした。 ---- 幾分か人通りの少なくなった通り。街灯が明々と輝いて、若干酒臭いような、夜の町並み。普段こんな時間まで出歩くことが無かったからなんだか新鮮だ。 イムナスがすたすたと歩いて行くのを見失わないようにしながら、俺はまばらになった人の間をすり抜けていく。夜とは言ってもこの辺の治安は良い。公園の中とは大違いだ。 燦々とした光が遠くなって、きらびやかな店が辺りから姿を消して、代わりに数々の一軒屋が増えてきた。ようやくいつもの住宅街だ。 「ありがと、イムナス。後は俺が案内するよ。……ほら」 うつむきがちなイムナスに、今度は俺から寄り添って歩く。心に何か晴れないものがあるんだろうか、嬉しそうではあるけれども同時に何か寂しそうな表情のイムナス。 思えば今日だけでどれだけ色んなことがあったことやら。いきなり俺達に着いてきたかと思えばいきなり連れ出されて戦って、いつの間にか一線を越えて仲良くなって。 その一つ一つを辿っていけば、優に一時間は掛かりそうなくらい。イムナスの熱を肌で感じながら、帰路をゆっくりと歩いて行く。イムナスと出会ったのがまるでずっと前のようだ。 もちろんイムナスとは良い仲間にはなれそうだけど、もちろん恋の相手、にはならない。俺にはきちんとルーフがいるし。 ただ、たまになら。……たまにこんなことがあるなら、それも悪くはないかな、なんて思ったりはする。実際、楽しんでなかったと言ったら嘘になるし。 イムナスがもしもまた俺を求めるようなことがあったら……もちろん今度はルーフにも分かってもらった上で、付き合ってあげることにしよう。 でも心配なのは、ルーフは分かってくれると思うけど、そもそも説明できるかどうかだ。イムナスが嫌がりそうだし、でもいつまでも内緒にはしておけないし。 「ねぇ、スフュールぅ……もうちょっとこっち向いてよぉ」 まあ、そんなことは後で考えよう。おいおい話していけたらいいか。それよりもさしあたって今すぐのことの方が遙かに大事だ。すっかり忘れてたけど。 とりあえず呼ばれたとおり、イムナスの声の方向へ首を向ける。すると、突然口元に軽く、柔らかな感触が。ふふ、と笑うイムナスにつられて俺も思わず微笑んでしまう。 ただそれも一瞬のこと。いつの間にか目の前に見えていた、見慣れたその古びた建物がどんどんと近づいていたことに気がついて、一気にその華やか気分も冷めてしまった。 時間的には大体12時を回った頃、だろうか。一体どんな言い訳をして帰ったものか。いやでもいきなり怒られるんだろうなあ。俺達が悪いとは言え。 イムナスの力でどうにかなったとしても、ルーフがイムナスをボールに入れてしまえばもう誰も守ってはくれない。俺だけ怒られる、と言う可能性も十分にあるし。 そんなこんなでドアの前。だめだ、結局何も方法が浮かばなかった。こうなったらもう潔く諦めるしかないか。他でもないルーフに怒られるのがちょっと辛いけど。 それでも、と尻込みしている俺を余所に、何を思ったのかイムナスがいきなりドアを数回前足で大きく叩いた。ちょ、ちょっとまってくれ、俺はまだ心の準備が。 間も無く目の前のドアがぐい、と開く。パジャマ姿のルーフが俺達の姿をまじまじと見つめて硬直している。ああ、なんて言われるんだろう。 「……わるかっ?!」 イムナスが何かを言おうとしたけどそれは最後まで言葉に出来なかった。と言うのも、イムナスと俺がルーフに抱き寄せられたからだ。それも凄い勢いで。 両手で俺達を抱えて、どんどんと叩きながら、ルーフは首を俺達の身体に擦りつけてくる。ルーフの顔が触れた箇所の毛が、湿っているのが何となく分かった。 「よかった、本当に無事でよかったよ……スフュールも、イムナスも。おかえり」 怒られる、と思っていた俺は当然驚きを隠せない、そして隣を見るとイムナスも何が何だか分からないのか、呆然と立ち尽くしている。 しばらくの間その状態が続いた後、その静寂がようやく破られる。そのきっかけは、イムナスの意外な一言だった。 「心配かけたな、悪かった。あと、心配……ありが、とう」 そんな感謝の言葉がイムナスから出るなんて、俺には結構な驚きだった。ルーフも驚いた顔を見せたものの、その後すぐにいつもの笑顔でイムナスの方を向いて、もう一度抱き締める。 たっぷりとした毛がルーフに纏わり付いてふさふさと音を立てそうな程。柔らかな毛並みに手をうずめてかき回して、背中をぽん、と叩いて。 「気にすんなって。イムナスもスフュールも、無事で良かったよ。……じゃ、お休み……」 ととと、と部屋の方へ走っていくルーフ。直後にバタン、と言う音が。たぶんそのまま布団に倒れ込んだんだろう。安心したら眠たくなったのか。ルーフらしいな。 イムナスはまだちょっと心の整理が出来てないみたいだ。イムナスはイムナスなりに、ルーフへの責任を感じていたんだろう。 責められこそしても、まさか心配されるとは誰も思わないだろう。出かけるときはあんな態度だったにもかかわらず、だ。 俺も内心怒られないかどうかびくびくだったけど、怒られるどころか抱き締められて終わりだなんて。けどまあ、ルーフだもんなあ。 「……いい、のかなぁ」 「……いいんだよ。アレがルーフなんだからさ。さ、俺達ももう寝ようぜ」 イムナスは何か腑に落ちなさそうだけど、俺はそういうものだと割り切ることにした。やっぱり俺のパートナーはルーフなんだなあ。 俺のことを誰よりも分かってくれてるし、誰よりも思ってくれてる。それだけじゃなくって、他の皆にも優しいトレーナー。 ドジなところだったり駄目なところは沢山あるけど、それでも良いところだってあるんだから。俺はそんなルーフが好きなんだなあ、としみじみ思う。 「じゃ、イムナスも好きなとこで寝てくれ。ルーフの近くはおすすめしないけど」 以前はルーフの隣で寝たこともあったけど、つぶされることが多々あったから以降一切近くでは寝ないようにしている。ブースターの時、冬に何度つぶされたことか。 イムナスは周囲を見渡した後、結局俺の隣に。これじゃ割と直ぐに俺達の仲もばれそうだけど、イムナスが良いならまあいいか。 「なあ、イムナス。……ルーフのこと、少しは認めてくれたか?」 俺の唐突な質問に、うーん、と首を傾げるイムナス。暫く悩むような素振りを見せた後、若干笑いながら、こう言ってくれた。 「最初はこんな奴、って思ってたんだけど……今は、悪くないかな、って。スフュールも、良いトレーナーもったんだねぇ……ちょっと悔しいけど、うらやましいな。 ルーフのことも、認めてあげても……いい、かもね。まだ認めた訳じゃないけど、ちょっとだけだよ?」 まだ暫く掛かりそうだけど、そのうちイムナスもルーフと仲良くなれるんじゃないかな。あの態度だけはずっと続くんだろうけど。 それでもいいさ。ボレス……は置いといて、まずはこれからゆっくり、俺達と仲良くなってくれなくっちゃ。そしたらそのうち、イムナスも素の自分が出せるようになるんじゃないかな。 もちろんあの刺々しいイムナスが悪い、って訳じゃないけど。個人的には今のこの、可愛らしいイムナスの方がよっぽど好みだ。俺も雌だけど。 これからの生活も楽しくなりそうだなあ、なんてぼんやりと頭の中で考えつつ。イムナスの寝息を子守歌代わりに、俺はゆっくりと眠りに落ちていった。 ---- -あとがき 後書きです。Writing Now...じゃないんです。 ということでこんなところで終わりです。wikiのごたごたもあって更新出来て無かった分と今回さらに書き足しの分、二区切り、合計6000字程度の追加を。 イムナスのキャラが最初とちょっと違うのはご愛敬。一年経てば書いてる側としても分かんなくなってくるのです( 一年前の夏から実に一年半に及ぶ更新期間。本当に更新遅くて申し訳なかったです。 次の作品からはもう少しペースを上げていきたいところ。頑張ります。 案外イムナスが可愛いようです。スフュールがまだ雄だったならくっついてたかも知れません。 本命はルーフでも、未だに残る雄としての目から見れば、イムナスも十分……。 実際にあんなことやこんなこともやってるわけですし。あとはルーフと皆で……はないです、たぶん( ボレス君が空気だったので、次回は頑張ってもらいたいですね。いや、あんまり頑張ってもらっても困るんですが。台詞の長さ的にw それでは、読んで下さった皆さん、どうもありがとうございました。 ---- #pcomment(恫喝する鎌と俺との争奪戦/コメントログ) #enull{{ &tag(短編,誰かと誰かとのいつかの日常); }}