#include(第十一回仮面小説大会情報窓・非官能部門,notitle) &size(20){忘却からの稲光}; 作:[[からとり]] 見渡す限りの緑が広がる、自然豊かな森。その一角にある開けた場所には、大きな湖がありました。耳をすませば、サシカマスたちが水面を飛び跳ねる音がポチャン、ポチャンと聞こえてきます。この湖には、沢山の生命の息吹が存在しているようです。 そんな湖の畔に、一匹の青い鳥が姿を現しました。いかにもお腹を空かせているように見えるその鳥は、躊躇することなく水面へと降り立ち、そして水の中へダイビングしていきました。 程なくして、青い鳥は湖から顔を出しました。その長い嘴に、ピチピチともがき続けるサシカマスを咥えて。満面の笑みを浮かべながら、青い鳥は咥えた獲物を鵜呑みにしました。 そう、この青い鳥の正体はウッウ。食欲旺盛で何でも飲み込んでしまう、うのみポケモンと呼ばれる生き物でした。 次の日も、またその次の日もウッウは湖へと出向き、満腹になるまでサシカマスを鵜呑みにし続けました。満足して湖から引き揚げていく際の、幸せに満ち溢れた表情は見ている方も思わずほっこりとしてしまいます。獲物となるサシカマスからすれば、悪魔の笑みとしか思えずに、ただただ戦慄するしかないのですが。 しかし、このウッウの楽しみは、サシカマスを鵜呑みにしてお腹を満たすことしかありません。この付近に暮らす他のポケモンたちは、家族や友達と一緒に他愛のない話に盛り上がったり、力比べをしてみて遊んだり、あるいは美しい鳴き声を生かして合唱してみたり……それぞれが、大切な者たちと思い思いの時を堪能していました。 でも、ウッウはいつも独りぼっち。腹を満たすこと以外は特に何かをするわけもなく、いつもボーっとしては知らぬ間に居眠りをしているばかりでした。彼自身は何も考えていない訳ではなく、ふとした瞬間に寂しさを覚えることも何度かありました。でも、獲物を鵜呑みにしてお腹一杯になればそんな哀しい想いはすぐに忘れ、幸せな気持ちになれるのです。ウッウは物事をよく忘れてしまうポケモンですが、彼はその性質を生かし、寂しい虚無の気持ちを忘却し、ただただ鵜呑みに精を出して生きるのでした。 ある日のこと。それはこの地域では珍しく、強烈な暴風雨に見舞われた日でした。いつもは活発に動き回るポケモンたちも、流石にこの日ばかりはおとなしく自分や家族の身を守るべく、ひっそりと住処で時を過ごしていました。しかし、ウッウはいつものようにお腹が鳴ると、サシカマスのいる湖へと飛び立ちます。激しい雨に打たれ、風になびかれながらも、彼は全く動じませんでした。 目的地へと到着したウッウは荒れ狂う湖にも怯むことなく、早速水の中へと潜り込みました。そして一匹、また一匹とサシカマスを咥えては鵜呑みにし、お腹が満たされる幸福を堪能します。あっという間にウッウのお腹は膨れ上がり、いつもであれば鵜呑みを終えて帰路に着く頃合いとなりました。でも彼は、もう一回だけ……という欲望を抑えられずに、再び鵜呑みのダイビングを試みました。この嵐の中わざわざ来たのだから、少しでも長くこの幸せを味わいたかったのでしょうか。湖に潜り込んだ後も、中々浮上してきません。 ようやく水面から顔を出したと思ったら、あらびっくり! ウッウが嘴に咥えていたのは、いつもの美味しい美味しいサシカマスではありませんでした。大きく開きっぱなしの嘴から姿を見せるのは、先端がハートの形をしている可愛らしい黄色の尻尾。短い手足を必死にバタつかせているそのポケモンは、どうやら雌のピカチュウのようです。 とんでもない間違いに気づいたウッウは、慌てて湖の畔へと移動してピカチュウを吐き出そうします。しかし、ピカチュウの耳が喉に引っ掛かってしまい、中々思うように吐き出すことが出来ません。呼吸も苦しくなっていき、彼はこれまでに見せたこともない程のパニック状態に陥りました。その場で何度も飛び跳ねて、一心不乱に羽をバタバタさせますが一向に状況は変わりません。このままではウッウは、窒息して死んでしまいそうです。 そんな時、ウッウの口から目の覚めるような稲光が起きました。彼にとっては、あまりにも効果抜群な電気が身体中を駆け巡ります。堪らず彼は、ミサイルを発射するかのような勢いでピカチュウを吐き出し、その場に崩れ落ちました。視界にはぼやけた世界が映り、それが徐々に闇へと閉ざされていきます。薄れゆく意識の中死を覚悟したウッウは、全身の痺れに悶えながら、そのまま気を失いました。 ごつごつとした冷たい岩肌が広がる場所で、ウッウは再び意識を取り戻しました。遠くからは微かに暴風雨の音が響いていますが、実際に濡れたりなびかれたりすることはありません。おそらくここは、岩場に開かれていた洞穴の中なのでしょう。 起き上がろうとしたところで、思い出したように痺れが回りウッウは再び倒れ込みます。先ほどの激しい電撃が、まだ身体から抜けきっていないようです。 「あっ! 目が覚めたのね。よかったー!」 目覚めたウッウの様子を見て、安堵したような声が響き渡りました。身に覚えのない声に少しばかり驚きながら、彼は倒れた状態のまま首だけを声の主の元へと向けました。そこには、心配そうに彼を覗き込んでいたピカチュウの姿がありました。 「もう、サシカマスのように私まで飲み込んじゃって……何でもかんでも、鵜呑みにしちゃダメよ」 少しばかり咎めるような口調でしたが、ピカチュウの表情はそれに反するようにピカピカと明るいものでした。そして彼女は思い出したように、隣に置かれていたショルダーバッグの中から真っ赤なきのみを取り出します。 「……でも、溺れているところを助けてくれて、ありがとう」 痺れに効果のあるクラボのみをウッウへ与えた後、ピカチュウは若干恥ずかしそうに感謝の気持ちを口にしました。 「ウッウ、私の名前は?」 「えーと、何だっけ……ごめん。忘れちゃった」 「んもー、あなたはすぐに忘れちゃうんだから……ピイラ、よ。早く覚えてね」 名前を忘れてしまうウッウに、ピカチュウのピイラはわざとらしくほっぺの電気袋を膨らませます。しかし、それも一瞬のもの。すぐに彼女はニコッと笑うと、取ってきたクラボのみとオレンのみを彼に食べさせました。 あれから一晩が経ち、ウッウは歩き回ることができるくらいには回復したようです。それでも、まだまだ痺れが残り完調とはいえない状態ではあったので、ピイラはウッウが元気になるまで看病を続けることにしたのです。とんでもない勘違いで鵜呑みにされかけたとはいえ、その勘違いがなければ恐らくピイラは溺れ死んでいたことでしょう。助けてくれた彼のためにも、今度は自分が頑張ろうと彼女は決意しました。 ピイラは各地を巡り歩く冒険家でした。そのため体力にも勿論自信はありましたが、知識も豊富に持ち合わせていました。ウッウの生態も大体把握しており、彼が自分を鵜呑みにしかけたことも、昨夜に伝えたはずの名前をすぐに忘れてしまうことも理解できました。 でも、ピイラがウッウを快く受け入れることができたのは、それだけの理由ではありません。きのみを分け与えた際に、何度もその頭を下げて「ありがとう」と伝えてくれたこと。屈託のない笑顔で「美味しい!」と喜んでくれたこと。そして、激しい電撃を浴びせて深手を負わせた自分に対して恨み節の一つも言うこともなく、それどころか鵜呑みにしかけたことや名前を忘れてしまったことに対して「ごめん」と真摯に謝ってくれる彼に、彼女は素直な優しさを感じ取ったのです。だからこそ、彼女は楽しそうに彼の看病を行うのでした。 一方のウッウも、ピイラと一緒にいることで不思議な気持ちが芽生えていることを感じていました。身体にはまだ痺れが残っているにも関わらず、その心はどこか温かく安らいでいるようです。言葉では中々上手く言い表せないのですが、お腹を満たすこととはまた異なる、喜びの感情であることは間違いありません。そして自分の名前すら忘却しても気に留めなかったはずの彼が、彼女の名前を忘れてしまった時には、心の底から申し訳ないという感情を抱いたのでした。 「ウッウ、私の名前は?」 「えーと……あっ、ピイラ! キミはピイラだよね!?」 「フフ、正解。よく忘れなかったわね……あっ、そんなにはしゃがないで。ようやく治りかけているのに」 数日の時を経て、ウッウは生まれて初めて名前を覚えました。嬉しさのあまり興奮が抑えられない様子の彼にピイラは冷静な口調で窘めますが、彼女の可愛い尻尾も大きく揺れているようです。 「私はね、未知なる大地や宝物……そしてポケモンに出会いたくて、旅をしているんだ」 ようやく興奮が収まったウッウの隣にピイラが座ると、彼女は冒険家としての活動を彼に語り始めました。初めて冒険への一歩を踏み出した時の衝撃。最初の森でいきなり道に迷い、そこで暮らしていたロゼリアとスボミーの親子に案内してもらった時の感謝。頑張って覚えた治療法で、行き倒れていたガーディを助けられた時の喜び。突如大量に姿を現したフワンテに、あの世まで連れ去られそうになった時の恐怖。海沿いを散策して偶然、おおきなしんじゅを見つけた時の興奮。そして、山のてっぺんから眺める壮大な世界への感動……良かったことから、あまり思い出したくないことまでも彼女は口にします。 最初はピイラも、そこまで赤裸々に話すつもりはありませんでした。ですが、ウッウがとても真剣に、そして愉快そうに笑って聞いてくれるのがとても嬉しかったのでしょう。ついつい夢中で話し込んでしまいました。 ウッウはウッウで、ピイラの冒険エピソードの一つ一つに強い衝撃を受けていました。決められた湖でサシカマスを鵜呑みにすることくらいしか楽しみがなかった彼にとっては、全ての話題が驚きの連続だったのでしょう。そして、それを心の底から楽しそうに語るピイラの姿が、ピカピカと輝いて映ったのです。 「ウッウ、このきのみは何?」 「これはまろやかなオボンのみ、こっちはとってもあまいモモンのみだね!」 「流石ね。食べ物に関してはすぐ覚えるのね」 「べ、別に食べ物だから忘れない訳じゃないし!」 「はいはい。わかったわかった」 分かりやすいくらいにムキになって反論するウッウを見て、右手を口に当ててピイラはクスクスと笑います。大分元気を取り戻したウッウは、ピイラと一緒にあの大きな湖の畔に出向いていました。ただ、まだサシカマスの鵜呑みを行うまでにはもう少し時間がかかるようで、今日は近くに実っているきのみを集めに来たのです。 「あーあ、早く元気になってサシカマスを鵜呑みにしたいな。そしたら、ピイラにもプレゼントができるのに」 「気持ちは嬉しいけれど、私はサシカマスは食べないわ」 「そうなの!? あんなに美味しいのに……」 「あなたにとってはご馳走かもしれないけどね……たまには、違う食べ物の味も覚えておいた方がいいわよ」 「うん。まあでもきのみっていうやつも悪くはないかな。サシカマスのつまみにも合いそうだし」 小言を口にしながらも、満更でもない表情でウッウは集めたきのみを頬張ります。食欲旺盛なだけに、新しいグルメとの出会いは彼にとっては格別でした。またピイラとしても、何かあった時のためにサシカマス以外の食べ物の存在を彼に知っていて欲しいと思っていたので、彼がきのみに興味を持ってくれたことを素直に喜びました。 「ふー、美味しかった。それじゃあ……ゲプッ」 「そんなに堂々とゲップしないでちょうだい……うっ!? しかもあなたのゲップ、すんごく臭いわ。まるで猛毒みたい……」 「いや、電光石火で逃げなくてもいいじゃないか……」 ピイラのあまりにも大きなリアクションに、流石のウッウもしょげてしまいました。しかし彼に自覚がないだけで彼女からすれば、気を失いかねない程の強烈なわざでした。念のため、ピイラは持っていたモモンのみにかぶりつきました。 「陽も沈んできたし、そろそろ洞穴へ帰りましょ」 「そういえばさ、ピイラは何でこの湖で溺れていたの? 冒険家としての腕も、結構ありそうなのにさ」 「うーん……そうね。あなたには、そろそろ話をしてもいいかな」 夕明かりに染まり始めた湖を眺め、畔に腰を下ろしたままピイラはウッウに促され、あの日起こったことを話し始めました。 「といっても、私がドジ踏んだってだけの話なんだけどね……あの日、嵐が酷かったじゃない? だから私も安全な場所に身を隠そうとしていたのだけど、そんな中ばったり出会ったエルフーンとマシェードにお願いをされてね。この辺で迷子になっている小さな仔がいるから、一緒に探して欲しいって」 「あんなに雨風が激しい中、手伝ったの?」 「あの過酷な状況で小さな仔が独りぼっちって言われたら、ほうっておけないじゃない? で、場所の目星があるっていうから一緒に向かったら、突然アイツらが私に襲い掛かってきて、持っていたバッグを俺たちによこせって。想定外の不意打ちだったから私も動揺しっぱなしで、あっという間に追い詰められちゃった。そして、気がついたら足を踏み外していて、この湖に落ちちゃったんだ」 「うわあ……それは酷いな。そんなあくどい奴らが、この森にいたのか」 「まあ、今回は私がアイツらの話をそのまま鵜呑みにしちゃったのが悪いのよ。不審な点はいくつかあったし、冷静に考えていれば多分気づけたと思う。……それに、アイツらが奪おうとしていたこのバッグは守ることができたから。それだけでも、本当に良かった」 そう言って、ピイラは右肩にかけていたショルダーバッグをひょいと持ち上げました。湖に落ちたことで中から外までびしょびしょになってしまったはずですが、今ではすっかり乾いて元通り。細かな傷跡が残る年季の入っていそうなバッグでしたが、かなり頑丈そうな造りをしていました。 「とても大切そうにしているようだけど、そのバッグはそんなに大事なものなの?」 「うん。これは、父さんの形見なのよ。父さんは、凄腕の冒険家だった」 ピイラは夕暮れの空を見上げると、普段は見せない寂しそうな顔をしました。 「強くて心優しい、自慢の父さんだったわ。……突然病に倒れて、あっという間に逝ってしまったけれども。私はそんな父さんの意思を継いで冒険……なんて大それたことは出来ないし、自分らしく楽しくやっているだけなのだけど。それでもこのバッグを使っていれば、父さんも一緒に冒険してくれている気がしてね……」 ピイラは無意識に目を瞑って、父の形見であるバッグをギュッと抱きしめていました。いくらそのような出来事に縁のなかったウッウでも、彼女がどれほどまでにこのバッグを大切にしているかが痛いほど伝わってきました。 「そうなんだ……ごめん。軽々しく話を聞いちゃって」 「いや、いいのよ。私が勝手に話し始めたことだし、何よりあなたに鵜呑みにされたから私もバッグも救われたんだからね。エサにされていると気づいた瞬間は、すんごく怖かったけど」 「うう……だからごめんってば」 「冗談よ、ウフフ」 すっかり陽は沈み切り、月明りが美しく映る湖で二匹は静かに笑い合ったのでした。 「えっと……これはチーゴのみ。これはナナシのみ。……美味しそう」 湖にある木からもぎり取ったきのみをそのまま嘴の中へ入れようとしたウッウは、その寸前のところでピイラの顔を思い出して動きを止めます。彼の身体はほぼ完調までに回復し、飛行することも鵜呑みをすることも出来るようになりました。特に問題がなければ、明日には治療も全て終わるとピイラからも告げられています。幸せに満ち溢れたウッウは少しでもピイラに感謝の意を示そうと、彼女が起きてくる前に一匹でこっそりと薄暗い湖へと赴き、せっせと朝食用のきのみを沢山集めていたのでした。 「兄ちゃん、ちょっといいかな?」 十分な数のきのみをふさふさの胸毛の中へと挟み、さて帰ろうかとウッウが歩き出した頃。二匹のポケモンがウッウに声を掛けました。一匹は頭にたっぷりの綿毛をくるんでいるポケモン。もう一匹はとても大きなキノコの傘が特徴的なポケモンでした。 「なんですか? あなたたちは??」 「俺たちはショルダーバッグを持ったピカチュウの親友でさ。確かこの辺で見かけたって話を耳にしたんだけど、兄ちゃん心当たりはあるかな?」 「バッグを持ったピカチュウ……ピイラですか?」 「そう、ピイラ! 今すぐ会いたいんだけど、兄ちゃん居場所分かる? アイツもさ、親友の俺たちを探しているみたいなんだよ」 ピイラの親友。その言葉を聞いて、ウッウはとても複雑な感情を抱きました。ずっと独りぼっちだった自分とは違い、様々な場所を冒険してきた心優しい彼女には沢山友達がいるのは至極当然のことでしょう。それでも自分に向けてくれた優しさが失われていくように感じられて、何だか心が苦しくなります。それでも、ピイラが会いたがっている親友であれば、彼女のためにも彼らを案内しなくてはいけないとウッウは思いました。何とか気を落ち着かせて、ウッウはピイラの親友を彼女のいる洞穴へと案内したのでした。 「着きましたよ。ここに、ピイラがいま……す!?」 「ありがと兄ちゃん。それじゃあ、ここでねんねしてな……ククク」 洞穴の目の前まで来たところで、ウッウはとてつもない睡魔に襲われました。何とか意識を保とうと、ぼやけた視界を凝視するように力を込めます。目の前に映っていたのは、キノコの傘から放出された大量の胞子でした。 「しかし、マヌケな鳥だったな……ま、お陰でこっちは助かったけど」 「よし、今度こそあのピカチュウのバッグを奪うぞ。中身ごと売り払えば、多少の金にはなるだろ」 薄れゆく意識の中、ウッウは彼らがピイラに危害を加える連中であることにようやく気づきました。ピイラが危ない! 遠くなっていく足音を追いかけようと試みますが、身体はどんどん言うことをきかなくなっていきます。目を覚ます方法を必死に考えながら、ウッウの目の前は真っ暗になっていきました。 「エルフーンにマシェード!? アンタたち、どうしてここに!?」 突然洞穴に現れたごろつきのポケモンたちの姿に、ピイラは信じられないといった表情を浮かべながらも、自らの電気袋をバチバチさせて戦闘態勢を取りました。対して、ごろつきたちは邪悪な笑みを浮かべながら、一歩一歩彼女に近づいていきました。 「青いマヌケそうな鳥に声を掛けたら、一発で居場所を教えてくれたぜ。俺たちがお前の親友だって伝えたらな」 「まさか、ウッウ……!? ねえ、ウッウは無事なの!?」 「あのマヌケな鳥は今頃、マシェードの胞子で呑気に寝ているぜ。そんなことより、今は自分の身だけを心配してな」 その言葉に、ピイラは一瞬ホッとしたような表情を浮かべました。しかし、すぐに睨みを利かせ、バッグに入れていたカゴのみを齧りごろつきたちと対峙します。 「ちっ、やっぱりカゴのみを持っていたか……それじゃあ、仕方ない。痛い目に合わせてやるか」 エルフーンは左手を掲げ、巨大なエナジーボールを構えます。マシェードはマジカルシャインを繰り出す準備を始めました。不意打ちを受けた状態での1対2の戦いである上に、電気タイプであるピイラの不利は明らかでした。 「やめろおおおおぉ!!!」 「なんだ……うがっ!?」 ごろつきたちが叫びに振り返った瞬間、青い影が猛スピードで彼らの身体へとぶつかっていきました。二匹はそのまま倒れ込み、突撃した青い鳥はその勢いのまま、ピイラの隣にまで滑り込みました。 「ピイラ!? 無事でよかった……ウウ……ごめんよ……」 「……泣くのは、この戦いが終わってからにしてちょうだい」 ピイラの顔を見るや否や泣き出したウッウに対して、彼女は若干呆れてしまいました。それでもピイラの顔には、微かに笑みがこぼれました。彼が隣に来たことで彼女は安堵したようで、冷静にこの状況を打破しようと知恵を絞り始めたのです。 「よくもやったな……このマヌケなマヌケなマヌケ鳥め!!」 ごろつきたちはようやく起き上がると、鬼のような形相でウッウたちに近づいてきます。ウッウの飛行攻撃は彼らにとって効果抜群のはずでしたが、致命傷とまではいかなかったようです。しかし、彼らは見下していた青い鳥の不意打ちに怒り心頭のようで、冷静さを欠いていました。 「ウッウ。あなたの足元に落ちている大量のきのみは何?」 「ピイラのために集めたきのみだよ……さっき凄く眠くなった時も、ピイラに教えてもらったきのみの力で、何とか起きることができたんだ」 「なるほど……そうだわ!? ウッウ、今すぐこのきのみを全部食べて!」 「ええっ、どうして?」 「いいから! 早く!!」 ウッウは一瞬何を言っているのか分からないような顔をしましたが、ピイラを信じて一心不乱にきのみを頬張り始めました。そしてピイラの方も、床に転がっていたモモンのみを一齧りします。 「何をしているか分かんねえが……怖気ついても、もう遅えぞ」 ごろつきたちは変わらず、ピイラとウッウを端へと追い詰めるべく近寄ります。ピイラはごろつきたちの距離を見極めながら、ウッウに視線を向けます。ウッウはきのみを必死に飲み込みながらも、彼女が何を狙っているのかを察しました。 「もう逃げられないぜ……トドメだ!」 「トドメなのは……アンタたちよ! ウッウ、ゲップ!!」 ピイラの言葉に導かれるまま、ウッウは嘴を大きく広げました。 &size(24){ ……ゲププップッッッ!!}; 「もう、あんな話を鵜呑みにしちゃダメよ。少し考えれば、分かることじゃない」 「ごめん……ピイラの親友と言われて、冷静にいられなくてさ」 「でも私もアイツらの話を鵜呑みにしちゃったから、お互い様か。フフ」 ごろつきのエルフーンとマシェードを追い払った次の日、夕陽に染まる山頂にてウッウとピイラは腰を下ろしていました。ピイラが、彼をこの場所へと誘ったのです。 「ウッウ、ここから眺める景色はどう?」 「すごいね……あっちには、綺麗な海が見えるし。こっちには、見たこともないような街並みがあるよ。ボクは飛べるのに、映る景色のことなんか全然頭に入ってなかった。あそこには、どんなポケモンがいるんだろうね……」 「うん、私も同じ気持ち。冒険は楽しいことばかりじゃないけど、行く先には壮大な自然があったり、綺麗な宝物があったり、そして未知なるポケモンに出会ったり……毎日がワクワクの連続なんだ。これからも私は、冒険を続けたい。そしていつかは、伝説のポケモンにも会って、楽しくおしゃべりをしたいんだ。それが、私の夢」 「素敵な夢だね……そんな夢を一生懸命追いかけてるピイラが、ボクには凄く輝いて見えるよ」 「ありがとうウッウ。それでさ……もしよければ、私と一緒に冒険しない?」 少しだけ照れくさそうな顔をして、それでもピイラはウッウをしっかり見据えてその想いを口にしました。 「最初に鵜呑みにされた時は、正直あなたのことが怖かったけれど。でも、あなたに思いっきり電撃を浴びせた私のことを全く責めないで、治療の度にありがとうと伝えてくれるあなたの優しさが嬉しかった。一緒に過ごしていて一杯笑って、とても楽しかった。だから、あなたと一緒に、夢を追いかけたいのよ」 ピイラの想いを聞いて、ウッウは心が昂っていくのを感じていました。喜び、感動、感謝。様々な感情が入り混じり、なかなか言葉にするのは難しいのですが、とにかく心地良いものであることは明らかでした。 「うん。勿論だよ。……ボクも、ずっと独りで、ただただサシカマスを鵜呑みするだけの毎日を過ごしていた。都合の悪いことは、何でも忘れてきた。でも、キミはボクに親身になって接してくれた。ボクのことを考えて、治療もしてくれたし色々なことを教えてくれた。今はピイラといる毎日が、とても輝いていて楽しいんだ。だから、キミの夢の隣に、ボクもいたい」 「ありがとう! これから、よろしくね。ウッウ……いや、シアン」 「え……シアン?」 聞きなれない名前に、ウッウは困惑します。一方のピイラは、悪戯っぽい笑みを浮かべました。 「あなたの新しい名前。これから一緒に旅をするのに、いつまでもあなたの名前がないのは嫌じゃない?」 「確かにね……でも、シアンってどういう意味?」 「ザシアンっていう、伝説のポケモンから取ったのよ。姿を見かけたことはないけれども、伝説の勇者だっていう話は聞いたことがあるわ。ほら……私を何度も助けてくれたあなたは、私にとっての……勇者……だから。シアン……どう?」 ピイラは恥ずかしさのあまり、彼から顔を背けてしまいました。彼は、初めて自分が名前で呼ばれたことに一瞬不思議な気持ちを抱きましたが、すぐにそれが心地の良いものであると気づきました。その他大勢ではない、ただ一つの存在であることを証明する名前。そしてそれを、ピイラが名付けてくれたことに大きな感動を覚えたのです。 無意識に、シアンはピイラを抱きしめていました。彼女もまた、ゆっくりと両手を彼の背中へと回していきました。 虚無の気持ちを忘却し、サシカマスの鵜呑みだけをし続けるウッウはもういません。 決して忘れることのない稲光のピイラと共に、伝説のポケモンを追い求めるシアンの冒険が、ここから始まるのです。 ---- ノベルチェッカー 【原稿用紙(20×20行)】 31.3(枚) 【総文字数】 10258(字) 【行数】 184(行) 【台詞:地の文】 34:65(%)|3504:6754(字) 【漢字:かな:カナ:他】 29:59:9:1(%)|2997:6118:978:165(字) ---- ○あとがき ポケモン剣盾で一番衝撃を受けたのが、ダイビングをしたウッウがピカチュウを鵜呑みにしたシーンでした。 事前情報を極力見ずにゲームをプレイしていたので、本当驚きました。%%性癖的にも、何か反応してしまいましたね。%% 勝手に一人でテンションが上がった後、そもそも何故ピカチュウは水の中にいたのか……何か理由があったんだよね! これ、お話にできそうじゃん!? 的な流れになりました。11月20日の出来事でした。 官能でもネタを考えてみたりはしたのですが、%%かなりマニアックなプレイになりそうなのと%%今回は不思議な出会いからのほのぼの系を描きたいなと思ったので 非官能の作品として執筆しました。 官能でもネタを考えてみたりはしたのですが、%%かなりマニアックなプレイになりそうなのと%% 今回は不思議な出会いからのほのぼの系を描きたいなと思ったので非官能の作品として執筆しました。 ウッウの生態を詳しく調べると「食欲旺盛で何でも丸呑み」「物事をよく忘れる」「信頼関係を築いたトレーナーのことは忘れない」の設定があり、 これなら「孤独さえも忘れてただサシカマスを鵜呑みにして生きていたウッウが、勘違いで鵜呑みにしたピカチュウと仲良くなって新しい夢に向かって頑張って生きる」 ようなお話が出来そうだな、と思い駆け込みで大会にエントリーしました。 これなら「孤独さえも忘れてただサシカマスを鵜呑みにして生きていたウッウが、勘違いで鵜呑みにしたピカチュウと仲良くなって新しい夢に向かって頑張って生きる」ようなお話が出来そうだな、と思い駆け込みで大会にエントリーしました。 ウッウが毒技「ゲップ」を覚えるので、食欲旺盛なウッウ要素としてこれも活用したいなと思いゲップシーンを組み込んだりなど、 今回はウッウの生態を結構物語に生かすことが出来たのでそこは良かったなーと思っています。 %%ウッウがゲームで咥えるのは雌じゃなくて雄のピカチュウ? 知らんな%% 遅刻してしまいましたが、票も感想もいただくことができて嬉しいです。やはり、大会は楽しいですね。 〇コメント返信 > 新ポケ出してくれるのウレシイですね〜〜〜! 自分もゲーム本編でホップくんのウッウがピカチュウ咥え込んできたとき大爆笑しました。 まさかアレからこんなまとまったストーリーが生まれるなんて! 完成度たかくてホレボレします。ゲップのところ文字大きくするのとてもよき。 ごろつきがちゃんと4倍弱点とれる子たちなのもこだわりが見受けられました。ピカチュウとウッウのふたり旅、 ピンチに陥ったときはピカチュウミサイルで道を切り開いて欲しい。 (2019/12/14(土) 18:52) さん ウッウがピカチュウを咥えてくるシーンは不意打ちすぎて、本当笑っちゃいますよねw 至らない部分もありましたが、一つの物語として楽しんでいただけたのであればとても嬉しいです。 最後のゲップはインパクト重視で大きくしました。本当は色も変えたかったんですけど……時間なくて…………(クズ) ゲップを生かすためにも、ごろつきちゃんはガラル地方にいて毒4倍のポケモンから選びました。 エルフーンは可愛すぎるかなと思いましたが、いたずら好きな一面もありますし、まあこういう個体もいそうですしいいですよね。 ピカチュウミサイルは本編でも入れたかったですね……でも、仲も深まった二匹ならば多分ここぞという切り札で使うでしょうね。 そのシーンも、想像するだけでエモい……素敵。 読んで下さった皆様、投票して下さった皆様、そして主催者様。 本当にありがとうございました。 ---- 感想、意見、アドバイス等、何かありましたらお気軽にどうぞ。 #pcomment(忘却からの稲光コメントログ,10)