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廻路 の変更点


writer:[[朱烏]]





 夕間暮れの砂漠。空と地の色は同化していた。
 空が地を映すのか、地が空を映すのか、わからないほどに。
 見通しは良い。地平線がはっきりと見える。色は同じなのだから、質感の違いだけが、空と地を分ける要素であろう。
 滑らかな空に比べ、この砂漠は随分とざらついている。そこかしこに散らばる城壁の残骸がそうさせているのだ。
 砂丘の上から、広い砂漠をゆっくりと見渡す。
 残骸が織り成すおぼろげな&ruby(しるべ){標};が、蒼白くぼうと浮かび上がる。偉大な先人たちの導きだ。
 導きに沿い、右に左にとくねりながら進む。しばらく進んだら、大きな城門の残骸を基点に右に曲がる。そのまま直進し続けると――&ruby(せいひつ){静謐};に佇む彼女が立ち現れる。

 哀調を帯びた音を奏でる笛吹きの少女。隣国からやってきた彼女はいつもここで笛を吹き、相棒のコロトックが奏でる調べに乗せて、故郷の滅びの歴史を紐解いた。
 しかし、音色がふいに歪む。
 恐れを抱いた少女は、縦笛を握りしめて走り出す。
 ――矢に倒れ、砂に埋もれるのに、そう時間はかからなかった。
 これは誰の記憶だろうか。

 &ruby(ひるがえ){翻};り、標に沿って城壁を伝いながら、城の裏に回った。半ば崩れた巨大な古城の陰に現れるのは、三人の子供と、その母親だ。
 テーブルにつき、思い思いに談笑する子供と、それを眺めながら&ruby(ゆうげ){夕餉};の支度をする母親。
 幸せに満ち溢れていた空間だった。
 しかし、突如交えられた戦火は、すべてを焼き尽くした。
 ――子供たちが待っていたかまどのパンは、灰となって崩れた。
 これはどこの記憶だろうか。

 飛び交う矢。切り裂く刃。降り注ぐ火。
 逃げ惑う人々と、ポケモンの群れ。爆ぜた建物の残片が彼らを襲う。
 この世界ではまるでお目にかかれない光景であり、これらが非日常的なものではなかったことが時折信じられなくなる。
 しかし、間違いなく存在したものであり、間違いなく『僕』の記憶だ。

 一昨日も、昨日も、今日も、まったく同じ景色を視た。
 そして明日も、明後日も、明々後日も、何度だって同じ場所をぐるぐる廻る。
 『僕』の記憶をひとつずつ確かめるように。『僕』が繋いだ命の系譜を伸ばすように。
 いにしえより守られてきた通り道を辿ることを、僕たちは許されている。
 先人たちが何万回何億回と通った道には、先人たちが見たすべてが記憶として散りばめられている。それは、夜空に煌めく星の数が霞むほど、無数にあった。

 三千年前の記憶を有している者など、僕ら以外には存在しない。
 遥か昔の文明の喜びや悲しみは、この地にかすかに滲んでいるだけで、誰も知ろうとはしない。
 知る必要がないのだ。
 誰も知らない忘れ去られた記憶を、僕らだけがただなぞり、辿り、追う。
 何もかもが、未来に向かい前進する中で、僕らだけが過去へと&ruby(そこう){遡行};している。
 朽ち果て、息絶えた過去に用があるわけではない。
 にもかかわらず、僕らは刻み込まれた本能より応える。

 遺伝子が鳴く。嘆き、そして喪失の悲しみを負い、鳴く。
 僕らにしか聞こえない、太古の叫び。
 まだ、守り神でありたかった。遥か遠くに露と消えてしまった平和を、&ruby(とわ){永久};に守っていたかった。
 &ruby(ぼうばく){茫漠};たる砂漠に揺れた陽炎は、きっとそんな夢の跡だった。
 それとも、都を包み込んだ大きな炎が幻となって現世に現れ出ただけなのか。
 仰ぎ見た朱い大空は、地を映してなどいない。三千年もの間、ただそこにあり続けただけだ。――いとも容易く。
 果てのない空のように、都とともにとこしえにあり続けることを望んだ先人たちが、鳴く。
 敗けたくない。絶やしたくない。滅びたくない――。
 先人たちの無念が刻み込まれた僕の体には、絶えず先人たちの叫びが視える。
 僕は、それに応える方法を探す。
 必滅の定めを打ち破ることあたはず、と未だ先人たちが泣き止まない理由、そして僕らに叫び続ける意味を探す。

 一国の象徴であった城の亡骸をくぐり抜け、砂と小石と岩だけで満たされた道を廻り、追憶する。
 時代に埋もれ、一条の光すら差さぬ者たちに、わずかでも祈りが届くように。
 矢に射られた、悲しい笛吹きの少女も。
 灰に埋もれた、夕餉を待っていた三人の子供とその母親も。
 亡国を前にすべてを諦めた者も、逃げ出し、飢えに行き&ruby(だお){斃};れた者も。
 皆が忘れようと、僕らだけは決して忘れない。

 もう形ある、守るべきものは何もない。ゆえに、先人たちのように守り神になることは叶わない。
 できることと言えば、滅びゆく都に人々が馳せた想いを、そして先人たちの涙を忘れぬよう、道を辿ることだけだ。
 うら悲しい景色を永久に廻り続ける奇怪な鳥もどきは、多彩色の羽をはばたかせながら、そんなことを考えた。

 黄金色の陽は沈み、静寂の夜が訪れた。
 そして、冷たい夜は終わりを告げ、暁の空に古びた城が映えゆく。



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