ポケ×ポケです。 [[ピカピカ]] 二作目で、リメイク版です。 少しだけ血の表現がありますので苦手な方はお控えください・・・。 ---- 「ふぁぁ…眠い」 限りなく青い空。ふよふよと浮かぶ雲。 誰が見てもいい天気と言うであろうこの空の下で一人、大口を開けて欠伸をしているポケモンが居た。体は小さく、ぱっと見は人形のような形をしている。青色の大きい耳。頬には青い丸模様、そして丸の中にマイナスの記号がついているこのポケモンは「マイナン」である。 どうやらこれから学校へ行くようであり、カバンを手に持ちながら歩いていた。 「今日もいい天気だなぁ…」 空を見上げながらのんきな事を呟くマイナン。しかしそんなマイナンの後ろから何らかの足音と影が近づいていた。そしてその影は走ってマイナンの元へと近づいた。 「うっ、この足音は…」 「おーっす!!元気かぁ青少年!!」 マイナンが気づいた頃にはもう遅く、元気な声とともに、バンッと何かがマイナンの頭に当たった。 そしてマイナンはその場で座り込んで頭を抱えた。 「ぐぉぉぉ…頭が割れるぅ…」 「カバン当たったくらいで頭は割れないって!!」 近づいてきた影は笑いながら手を左右に振りマイナンの意見を否定した。 マイナンは痛みがひいたのか、立ち上がってその影に向かって言った。 「お前は少しは手加減ってものを考えろよ。分かったかミナ?」 「はいはい、分かりましたよ。悪かったねカリ君?」 カリと呼ばれたマイナンは、ミナと言う自分とまったく同じ姿、形をしたポケモン「プラスル」に向かって怒りを見せて言ったが、ミナと呼ばれた当の本人、プラスルはまったく反省の色を見せていなかった。 「お前ぜんぜん謝る気ないだろ?」 「え~?そんな事ないよぉ?」 「普通その口調で謝ってると思うか?」 「はいはい、分かったって。ほら歩きながら行こうよ!!」 カリの怒りはあまり収まっていないのに、ミナは話をはぐらかした。 仕方なくカリもため息をつきながらもミナと並んで歩き出した。 どうやらこのカリとミナは幼馴染らしい。そのせいなのか、カリはあまりミナの事を怒ったりはしない。さっきの言い争いも互いに本気でやってたわけでもないらしく、さっきとは打って変わって二人は楽しく話しながら歩いていた。 そして話をしている途中、突然ミナがカリの方を見て言った。 「そういえばさぁ、カリは何で今の高校を選んだの?」 「んっ?何でそんな事聞くんだよ?」 「だってカリの頭だったら普通にもっと上の高校行けたはずでしょ?それなのに私と同じ高校行くなんてさ…。」 ミナがカリの前に立って止まりカリのほうを見る。カリもそれに合わせて立ち止まり、ミナを見た。カリは頬をぽりぽり掻いて少し照れくさそうに言った。 「えぇっと、だな…。今の高校は家からさほど遠くないし、環境も設備も整ってるし、堅苦しくないし、何よりも…その…」 「何よりも?」 カリは最後のほうで息詰まった。なぜだか頬を少し紅潮させている。ミナはカリの顔を少し覗き込むようにしていた。 「…いや、何でもない」 「ふ~ん。でも良かった!!」 「えっ?何で?」 カリがいかにも疑問そうな顔をしてミナを見ると、ミナはニコッと笑って前に振り向いてから歩き出して言った。 「だってまた中学生と同じようにカリと一緒に登下校できるじゃん!!それが嬉しいんだもん!!」 「ミ、ミナ…。そんな恥ずかしいことよく言えるな」 「そう?全然恥ずかしくないよ!!本当の事だもん」 ミナにはまったく嘘をついている仕草は見えない。本当に言ってるのだとカリは心の中でそう思うと同時に、いっそう恥ずかしさが増した。そしてそれを見抜いたかのようにミナがまた話す。 「ほらほら、恥ずかしがってないで早く学校行かなきゃ遅れるよ?」 「げっ…ほ、本当だ。ミナ、早く学校まで走っていくぞ!!」 「うん!!」 カリは腕時計を見てから急いでミナと走っていった。その時のカリの顔には焦りが見えていた。一方、ミナの顔は何処となく嬉しそうだった。 それから・・・ 「ふぃ~。何とか間に合ったぁ…」 「体力あるのにこんなんで疲れたの?」 「うるさい。お前のほうが体力はあるだろうが。女子の癖して男子より足速いってどういうことだよ…。」 カリは自分の席に座って、手で自分を仰いでいた。その顔には少しだけ汗が垂れていた。 それに比べ、ミナの方はというと汗一つかかずに平然としていた。カリはそのミナの体力に少し溜息をついた。そしてそれからすぐにチャイムが鳴り、教室にいた生徒は皆すぐに自分の椅子へと座った。 そしてドアが開き、先生が入ってくる。先生は全身がほとんど赤い鳥形のポケモンのバシャーモだった。生徒の皆からは「シャモ先生」と呼ばれ、慕われているらしい。もちろんカリやミナも先生を慕っていた。 「よ~し、出欠取るぞ~」 「は~い」 シャモ先生が出席表を取り、次々と名前を呼ぶ。クラスには20人くらいしかいなく、すぐに出欠の確認は済んだ。 「今日もロールが休みか」 (最近来ないよなぁ、ロール…) ロールとはどうやらカリやミナの友達らしく、種族は長い耳を持っている「ミミロル」らしい。昔からの友達らしいが、幼いころから体が悪くあまり学校には来ていないようだ。 カリやミナは事情を知っているから尚のこと心配そうにしていた。 「出欠は確認した。あっ、後一つ知らせがある。みんなよく聞けよ」 「…何だ?珍しいな、知らせなんて…。」 カリは頬ずえをついて話を聞いていた。 「ここ最近、車に跳ねられる事故が多いらしい。先週もうちの生徒が一人跳ねられてて、今病院で治療を受けてるらしい。皆も気をつけるようにな」 「ひき逃げ事故、か」 まじめに聞いている態度ではなかったが、カリは一応気をつけようと心の中で思っていた。 知らせを終えると、一時限目は数学のシャモ先生の授業だったからすぐに始まった。 教科書やノートをだして授業を受ける生徒達だったが、一人だけ例外がいた。 「……。」 カリである。一人だけよそ見をして、ノートに落書きをしていた。ちらちらと見ている視線の先にはミナの姿があった。カリはノートの隅にミナを描いていた。時折欠伸をしながらもカリは繊細に細かくミナを描いていた。 「…よし、カリ。この問題解いてみろ」 「へっ?あっ、はい…。」 いきなりのシャモ先生の指名にカリは少しだけ素っ頓狂な声を出したが、すぐに席を立って黒板の前へとたった。今まで話を聞いてなかったカリは少しだけチョークの手が止まっていた。 「この問題は少しだけ難しいからな。時間をかけてもいいぞ」 「よし。これでいいの?シャモ先生」 「はい?も、もうできたのか?しかも完璧な答え…。」 さすがのシャモ先生も驚きを隠せなかったのか、口を少しだけ開けたままだった。 ほかの生徒もそれにつられたのか、口をあんぐりと開けていた。にっこり笑っているミナを除いてだが。カリは静かに席へと戻っていった。 「み、皆もカリを見習うようにな」 「は、はーい…。」 そして一時限目終了のチャイムが鳴り、シャモ先生が教室から出て行った。 「やれやれ、すっかり忘れてたな。カリはこの高校をトップで受かった奴だってことを」 そう呟きながらシャモ先生は、職員室へと入っていった。 一方授業が終わった後の10分休みを取っていたカリは次の授業の準備をしていた。 そこにミナが近寄ってくる。 「凄いね、カリ!!」 「んっ?何が?」 「何がってさっきの問題だよ!!私全然分からなかったのに」 「そうか?意外と簡単だったぞ。お前だって悪くはないんだからやりゃあ出来るって」 二人は大体この10分休みの時一緒にいて話をしている。他の生徒から見てみればカップルに見えなくもない。と、そこに一人のポケモンが近寄ってきた。 「相変わらずの優等生ぶりだな、カリ」 「あっ、ザグ。そんなことねぇよ。お前だってあの問題解けただろう?」 「ふんっ、当たり前のことを聞くな」 今、カリに話しかけたこのポケモンはフサフサな真っ白な毛を纏っている「ザングース」である。ザグと呼ばれたザングースは話し方からしてカリに敵対意識を燃やしている。成績はカリの一つ下の2番。戦闘能力も高いが、それでもカリには勝てずやはり2番。実はこのザグもカリとミナの昔からの友達で、これでも昔は泣き虫でいつもカリの後ろにくっついていたらしい。今はこんなだが。 そして話に割り込むようにミナが話す。 「まぁまぁ、お二人とも。変な言い争いはそこまでにして。もう次の先生が来るよ?」 「別に言い争ってなんかいねぇよ。なぁ、ザグ?」 「あぁ、ミナの勘違いだ」 ーピクッー 「はいはい、そうですか。それは悪ぅございましたね!!」 「?何怒ってるんだよ?」 「べっつに~。怒ってなんかいませんよ~だ」 そう言ってミナは自分の席へと戻っていった。二人は互いに見合ってきょとんとしていた。 実はこの二人、よく似ているのかもしれない。「類は友を呼ぶ」とはよく言ったものだ。 そしてチャイムが鳴ると、二時限目が始まった。だが当然のごとくカリは余所見をしていた。 そんなこんなで二時限目、三時限目、四時限目と終わり・・・ カリの待っていた昼食の時間がやってきたのである。カリはカバンに入れておいたパンや牛乳を持ってザグの所に行った。 「ザグ!!一緒に昼飯食おうぜ」 「まぁ別に構わないが。」 「いつもの場所行くから早く早く!!」 「そう急かすな。お前は昔からそうだったよな。あの時だってブツブツ……」 「だ~~っ!!もういいから!!早く行かねぇと場所取られちまうから!!」 ブツブツ言っているザグの手を無理やり引っ張って、カリは学校内にある大きな木の下にやってきた。ここはカリのお気に入りの場所でもある。 もちろんのこと、カリ同様ザグもこの場所は気に入ってるようである。木の根元に座り込んで二人はパンの袋を開ける。ザグはまだブツブツ言っていたが、それを見かねたカリはザグの肩をポンポンとたたいて言った。 「もういい加減ブツクサ言うのやめろよ。昔からお前はそうだよな~。何かずっと根に持ってるというか何と言うか……。」 カリがそう言うとザグはやっとカリのほうを見て鋭い目つきで睨み返してから言った。 「誰のせいでこうなったと思ってるんだ?お前が昔から何かやらかす度に俺が何故か責任を問われたりしていたからこうなっちまったんだろうが。」 「えっ?あ、あぁ~…何かそんなこともあったような気がするな。ははは…。」 カリは冷や汗をかきながら目を少し横にそらしつつ頭を掻く。ザグはそんなカリを横目で鋭く睨む。カリは話を中断してパンに噛り付く。ザグはそれにため息をついて少し顔をにやけさせながらパンに噛り付く。ザグはカリとのこんなやりとりは日常茶飯事のようで、それに少し顔がほころんでしまったらしい。 カリはパンを半分くらい食べ終えてから牛乳瓶を掴み、口元まで運び飲んでいた。そこでザグが急にカリに話しかけた。 「そういえば…」 「んっ?」 カリは牛乳瓶を口につけながらザグを見る。 「お前はまだミナのこと好きなのか?」 「ブッ!!!!」 カリはザグの言葉が耳に入った瞬間、顔を背けて牛乳を霧状に吐き出してしまい、思いっきりむせ返る。顔はザグの言葉のせいなのか、はたまた牛乳を吐き出してしまったせいなのかわからないが、凄く赤くなっていた。カリは口元を手で拭いながらザグを見る。 「なっ、何をいきなり!?だ、誰があんな奴なんかを!!」 「図星か。分からないな、何であんな奴を好きになるのか…。」 「誰があんな奴だ~~っ!!?」 「お前が自分で言ったんだろうが。」 「ぐっ…わ、悪いかよ…。」 カリは顔を真っ赤にしながら胡坐をかいて手を膝に置く。ザグは珍しく歯を出して笑っていた。 「別に。ただ聞いてみただけさ。お前も随分と一途なんだな。」 「そういうお前だってそうだろ?」 「んっ、まぁ…な。」 ザグはカリに言われると、少し寂しげな顔を見せて空を仰いだ。実はさっき名前だけが出てきたロールはザグと付き合っている。ザグはいつも顔には出さないが、ロールのことを心配しているようだ。カリにもその気持ちは言ってもらえなくてもしっかり伝わっているらしい。 「さて、もう俺は食い終わったから先に教室へ戻るぞ。」 「お、おう。」 「一つ俺から言ってもいいか?カリ。」 背中を見せながらザグは顔だけを振り返らせて、カリを見る。 「何だ?」 「好きな奴は死んでも守れよ。」 「いきなり何だよ?」 「俺が言いたかったのはそれだけだ。じゃあな。」 ザグはそう言って再び歩き出して行ってしまった。カリは少し顔を斜めに傾けて手を顎の辺りに置いた。カリにはまだその時ザグの言っている意味が理解できなかった。そしてカリは食べ途中のパンをゆっくり頬張りながら昼休みを過ごした。 「…死んでも守る、か。」 カリは意味は理解できていなかったが、何故か頭の中にその言葉が響いていた。 そんなこんなで昼休みが終わり、午後の授業が始まろうとしていた。 それから学校が終わる時間帯まで時は進み… 「くぁ~…やっと終わったぁ~。午後の授業は肩が凝るわ~。」 「何お爺さんみたいなこと言ってるの?」 机に頬をつけ、ため息をつく俺の近くにミナが来て半ば呆れ顔で言った。 俺はその状態のままミナに言った。 「だって昼飯食った後に午後の授業だぜ?眠くなるし、そのうえ今日みたいな天気の良い日は凄く眠くなるんだよ。見てみろ、空を。一転の曇りもなく太陽だけが燦々と輝いているじゃないか。眠くならない方がおかしいと思わないか?どう思いますか、ミナさん?」 他の人から聞いてみればかなりうるさい言い訳をかました俺にミナはズバット、じゃなくずばっとこう言ってきた。 「確かにそうかもしれないけど、私はカリみたいに涎たらして眠ったりしないから。」 グサッ… 「今の発言は俺のセンチメンタルなハートにグサッときましたよ…。」 「そんなハート持ってないくせに。」 グサグサッ… 更に俺の心に容赦なくミナの意見が突き刺さる。少しだけ口から魂とため息が混じったものが出たような気がした。俺は今度は額を机につけてミナに言った。 「も、もういいです…。これ以上やったら俺の心は砕け散る。」 「そう。じゃあ学校も終わったことだし一緒に帰ろっか?」 「分かったよ。じゃあ帰りますか。」 鞄を手に持ち、学校を出た俺たちはゆっくりと帰路を歩いていた。 いつもと同じように他愛もない話をしながら俺たちは歩いていたはずだった。 でも、今日は何故か違った。場の空気が重く、息苦しく感じた。ミナの方をちらっと横目で見ると、ミナは少し俯きながら寂しげな目で歩いていた。 「ミナ…?」 俺がそう呼ぶと、ミナははっとしたように慌てて俺のほうを見た。 「ご、ごめんね。今ちょっと考え事してて。何?」 「いや、考え事してたんならいいよ。大した話じゃないからさ。」 「私のほうこそ大した事じゃないから。」 ミナはそう言うといつもの笑顔で俺に微笑みかけてくれた。 でもどことなくいつもと違う笑顔。俺はいつも見ていたから分かる。ミナのその微妙な変化に。 俺はミナにいつでも笑っていてほしい。本当の笑顔で。もし俺が何かしてあげられるのならどんな事でも手伝ってやりたい。そう思っている。ミナが悩んでいるのなら俺も一緒に悩んであげたい。 だから今俺がミナにしてあげられるのは・・・ 「ミナ?よかったら俺に話してくれないか?考えていたこと。」 「えっ…?」 ミナは垂れていた耳を上げて、俺をキョトン顔で見た。 「で、でもこんなこと言っても多分カリが困っちゃうだろうし。」 「いいよ、そんなこと全然気にしないからさ。ほら、言ってみ?」 ミナは手を口に当てて少し戸惑っていた。だけどまた少ししてミナは口を開いた。 「その、カリは…好きな人っている?」 「はっ…!?え、えぇと…。」 いきなりミナからそう聞かれた俺はさっきのミナ以上に戸惑った。そして今の問いに俺はどう答えればいいのか分からなかった。聞いたミナ自身も体を少しモジモジさせて頬を染めていた。 だけどしばらくの沈黙が続いた中、それを破ったのはミナだった。 「ごめん、今のナシ!!聞かなかったことにして!!」 「えっ・・・あっ・・・おいっ!!」 ミナは恥ずかしさのあまりか先に突っ走って行ってしまった。俺はそれを走って追いかける。 そして走っている途中にある音が耳に入った。 「この音ってまさか・・・!?おいっ!!ミナ!!」 俺が叫んでもミナはまったく聞こえていないらしい。俺の耳に入った音は間違えもしないあの音。 車の音だ。それもかなりのスピードを出している。ミナにも聞こえていておかしくないはずだ。だけど今のミナにはそれが聞こえていない。 俺は今朝シャモ先生から聞いた話を思い出した。 (ここ最近、車にはねられる事故が多いらしい・・・) 「ッ!!」 思い出した途端、俺は背中に寒気を感じた。それは何かを失う恐怖と似ていた。 もしこのままミナと車が衝突したら・・・!! 頭の中に最悪の場面がよぎる。俺は鞄を放り投げ電光石火の技を使った。それでもミナとの距離は少しずつしか近づかない。普段あまり電光石火を使わない自分に腹が立った。 ーブゥゥン・・・ー 少しずつ音が近づいていく。俺は自分の力を最大限に振り絞り、走った。 「ミナぁぁぁぁッッ!!」 その声を聞いたミナが振り返る。その時には車が目の前まで迫っていた。 ミナは自分の死を覚悟して、目をつむった。だけどその時、何かに体を押された感覚がした・・・。 ードカッ・・・!!ー 少し遠くの方で何かがぶつかった音を聞いた。ミナが轢かれた音ではなく、別の何かが轢かれたのだ。ミナはうっすら目を開ける。地面に倒れていた自分の体を静かに起こし、目の前を見た。 しかしその目の前はミナにとって恐ろしく、まさに地獄絵図だった。 「あ・・・あ・・・!!」 カリが倒れている。寝ているのではない。口から血を吐き、辺りには少し散乱したカリの血と思われる赤い液体。カリの体は思いっきり地面に叩きつけられたせいか、ボロボロであった。 ミナはすぐに近くにより、カリの上半身を持って呼びかける。 「カリ・・・嘘でしょ?起きて・・・起きてよ!!」 ミナがそう呼びかけてもカリはまったく反応がなく、首がカクンと横に向いただけであった。ミナはカリの頬に自分の顔を近づけた。 「イヤぁぁぁッ!!!」 辺りにミナの悲痛な叫びが響き渡った。 と、そこにさっきのとてつもない音を聞いて駆けつけたのか、シャモ先生がミナに近寄る。 ミナは頬を真っ赤に染めた顔で涙を流し続けたままシャモ先生を見た。 「せ、先生っ・・・カリが、カリが私をかばってっ・・・車に・・・!!」 「落ち着け、ミナ。微かだがまだカリは生きてる!!私が病院まで運ぶからミナはカリのご両親にこの事を伝えなさい!!」 「は、はいっ・・・」 そう言ってシャモ先生はミナからゆっくりカリを抱きかかえる。そして近くの病院まで目にも止まらぬ速さで走っていった。ミナはシャモ先生に言われたとおり、急いでカリの家まで走り、今まで起こったことを伝えた。カリの両親は彼の血で赤く染まったミナを見てただ事ではないことを即座に悟ったのか、急いで病院へ向かうことにした。 そしてカリの両親とミナは近くの救急病院へ行き、カリの容態を医者に聞いた。 「よっぽど凄い速さで跳ねられたのでしょうな。腕や体の骨がほとんど折れています。しかし安心して下さい。何とか一命は取り留めました。あと少し遅れていたらどうなっていたことか。ここまで連れてきてくれた彼の先生にもお礼を言ってください。」 それを聞いた彼の両親は医者とシャモ先生に何度も頭を下げて御礼をしていた。 ミナはカリが生きていることにとても安心し、胸を撫で下ろした。 (よかった・・・カリは生きてる。) ミナは自分のせいでカリが死んでしまったらと思うとずっとやりきれない気持ちになっていた。 しかし彼が生きているということで今までのその不安がやっと安堵に変わったのだ。 医者に聞くと、すでにカリは病室に運ばれたらしい。彼の両親とシャモ先生、ミナはすぐさまその病室へと向かった。 そして病室の前に立つと、ちょうど看護婦のラッキーが出てきてこう言った。 「たった今意識が回復したところですよ。まだ少しだけ話したりするのは難しいかもしれませんが、そのうち回復するにつれて話せるようになりますよ。」 そう言ってニコリと笑った看護婦のラッキーは病室を後にした。ミナを含む4人はそのラッキーにもお辞儀をした。 そしてミナ達は病室に入る。そこにはベッドに寝そべっているカリの姿があった。薄っすらと目を開けてカリは近づいてくるミナ達を見た。 「とう・・さん、かあさん・・・シャモ・・せんせ・・・」 彼の両親はカリに近づき、その小さな手を握った。シャモ先生もカリに近づきその顔を見てニコッと笑った。カリはまだ話しづらいのにもかかわらず、シャモ先生を見てか細い声で言った。 「シャモ先生が・・・おれ・・を・・たすけ、て・・くれた・・んですよ、ね?」 「ん・・・まぁな。」 「ありがと・・ございま・・・す。」 「俺にお礼なんかいいからひとまず早く体を治せよ?」 シャモ先生がそう言うとカリは少し笑って頷いた。そしてカリは最後にミナの方を見た。 「きみ・・・は・・・」 「カリ。無事でよかった・・・。ごめんなさい、私をかばったばっかりに・・・。」 ミナが少し後ろのほうで深く頭を下げて謝る。するとカリの口からこんな言葉が漏れた。 「誰・・・?きみ・・・は、誰・・なの?」 「!!?カリ・・・?」 「分か、らない・・・きみ・・が、誰・・・なのか」 カリは冗談を言っている感じではなかった。本当にミナを忘れているようだった。 シャモ先生や彼の両親はもちろんのこと、一番驚いていたのはミナ自身だった。その病室内で静寂な時間がしばらく流れていた。 「記憶・・・喪失?」 医者に呼び出されたミナとカリの両親、それにシャモ先生は医者からそう告げられた。 「この記憶喪失は特殊なものですね。事故が起こったその直前、彼はミナさんを最後に見た。 そして跳ねられた瞬間にミナさんとの今までの記憶が全て失われたのでしょう。」 「そんな・・・記憶はどうやったら元に戻りますか?」 ミナは医者に近づいて涙ながらにそう言った。しかし医者は顔を横に振ってミナに言った。 「残念ですが、記憶喪失の事は今の科学でも分かっていない。完全ではないが、記憶を再び戻すには事故当初と同じ強い衝撃を受けるか。あるいは何か彼のミナさんとの記憶が戻るきっかけさえあれば・・・。」 「・・・。」 「様子を見てみましょう。しばらくの間は入院しなければなりませんから。」 ミナは黙りこくって俯いてしまった。シャモ先生とカリの両親がそれを見て背中を優しく擦ってくれていた。 それからミナは病室に戻ることなく、病院を出て行った。肩をがっくりと落としその瞳はどこか虚ろであった。 (私自身のせいでカリは私との記憶を失くした・・・。) ミナはとぼとぼと歩きながら、いつの間にかさっきの事故の現場に来ていた。そこにはまだ新しいカリの血痕が飛び散っていた。ミナはその血が多く飛び散っている所でがくんと項垂れるようにして座り込み、その場で一粒一粒大きな涙を落した。 「何で・・・何であんなに必死になって私を助けたの・・・?」 ミナが一つ、また一つと大粒の涙を落とすたびにその滴が地面の血と混ざり合わさって乾きかけていたその地面を再び濡らした。辺りは次第に夕日が落ちて真っ暗な闇へと変わっていった。その闇は今のミナの心を現しているようだった。 そしてしばらくして落ちる涙もなくなったのか、ミナはゆっくりと立ち上がり自分の家へと向かった。 ---- そして次の日・・・ 「・・・はぁ・・・」 ミナは鞄を持って今は行きたくもない学校へと向かっていた。いつもは一緒に、そして隣で歩いているはずのカリはいない。いつもだったらここで欠伸をして眠たそうにしているカリはいない。遅刻しそうになって一緒に走っていくはずのカリはいない。今のミナにとって学校はそんな重要なことではない。どうすればカリの記憶が戻るか、ただそれだけを考えていたのである。 「おい、ミナ。」 「?」 はっと振り返ってみると、そこにはザグの姿があった。相変わらずのキツイ目をしているが、その瞳にはミナへ向けられている心配そうな心がミナには伝わっていた。 「カリは・・・大丈夫なのか?」 「うん、命に別状はないから安心して。」 「そうか・・・。」 「ザグでも心配してくれるんだね。」 ミナがそう言うと、ザグはふんっと鼻を鳴らして顔を背けてからミナに言った。 「俺はアイツに死なれたら張り合う相手がいなくて困るだけだ。それにアイツが簡単に死ぬはずもないしな。まぁ、結果的に言えば俺は元からアイツを心配なんかしてない。」 「そ、そう・・・なんだ。」 ミナが少したじろいでいると、またザグの後ろから誰かがやってきた。しかしミナが見たその誰かは見覚えがあった。 「あれ?ミナさん?とそれにザグさん・・・?」 「ロール。久しぶりだね!!」 さっきとは打って変わってミナはそのロールと呼ばれたミミロルに元気よく近づいた。 「体は大丈夫なの?」 「えぇ、今日は何だか体調が良くて・・・心配おかけしました。」 ロールは深々とその場でお辞儀をした。それに対してミナが再びたじろぐ。 「そ、そんな頭下げるほどの事じゃ・・・ねぇ?ザグ・・・」 「へっ?あ、あぁ・・・そうだな・・・。」 ミナはザグを見るとその頬が多少紅潮しているのが分かった。ザグとロールが見つめ合っていることも・・・。 「すみません・・・お邪魔様でした~~・・・」 ミナはその場から逃げるように走って行った。彼女なりの気の利かせ方なのかもしれない。 (羨ましいな~・・・私もカリとあんな風になれたら・・・) と思ったその時だった。ミナは再びがっくりと肩を落としてしまった。嫌な事を全て走馬灯のように思い出してしまったのである。ミナはそれから学校に向かって授業を受けていてもどこかうわの空で、まるで集中できていなかった。今は病院にいるカリの事を思うとミナは集中なんて出来るわけがなかった。 (カリのお見舞いに行こうかな・・・もしかしたら私自身が行けば記憶が戻るきっかけになるかもしれないし・・・) ミナはそう決めると、学校が終わった途端に一目散に病院へと走って行った・・・。 で、一方カリはと言うと病院で眠りにつき、夢を見ていた。 (あれ・・・?俺、夢見てるのかな?何か体が妙に軽いし・・・) カリが夢の中で見た風景は近くの川。そこにはまだ幼い自分と何故だか体がぼやけて見えないもう一人が確かにそこに、川の近くにいた。幼いカリはオドオドしながらもう一人の子に何かを言っていた。 「ねぇ、危ないよ・・・?ここでは遊んじゃ駄目だって大人の人たちが言ってた。」 「何をビビってるの?見る限りそんなに危なそうに見えないよ?ここでもう少し遊ぼうよ!!」 姿の見えない子は元気よく幼いカリにそう言った。カリは姿が見えなくともそのもう一人の子は女の子だということは何とか理解できた。でも、誰だかは相変わらず分からない。しかしその女の子の声はカリの心に何故かじんわりと染み込むような声だった。 (何だろう、この感覚。どこかで感じたことがある・・・?) カリが胸のあたりを手でさすっているその時だった。急に目の前の場面が消え、再び別の場面が映し出された。場所はさっきの場所、つまりさっきの川のままだった。しかし、状況は違った。何とさっきの女の子が川に落ちてしまっていた。川の流れはあまり早くはないが、幼い子供にとって溺れるには十分な流れだった。 カリは夢の中なのを忘れて手を伸ばしたが一向に前に進むことができなかった。このままでは女の子が溺れてしまうとカリが思ったその時だった。溺れている女の子に近づく幼いカリの姿がそこにはあった。必死に泳いで女の子の近くまで行って背負うことに成功した。そして川の岸辺まで何とか着くことが出来た。 (これは俺の記憶なんだよな?昔にあったことなんだよな?) カリがそう思って岸辺のあたりまで近づく。何ともリアルな夢を見ているものだと内心思いながらびしょ濡れの二人を見ていた。女の子の方は泣きながら幼いカリに抱きついていた。それを慰めるかのように幼いカリは女の子の背中をさすっていた。 「うぇぇ・・・怖かったよぉ・・・カリ・・・。」 「大丈夫?だから言ったんだよ、ここは危ないって・・・。」 「・・・ごめんなさい・・・ひぐっ・・・」 「謝らなくていいよ。無事でよかった・・・--・・・」 一瞬カリの視界がぐらついた。幼いカリが何かを、いやおそらく女の子の名前を言ったときに視界が、頭がぐらついた。 カリは頭を片手で抱えて顔を横に振る。 (何だ・・・今の感覚は・・・!?) 少しずつ落ち着きを取り戻していくカリをよそに二人は会話を進めていた。 「でも、カリが私を守ってくれるなんて思いもしなかったよ・・・」 「泣き顔で酷いこと言うね君は・・・僕にだってちゃんと度胸はあるんだから。」 「そう、だよね。カリは男の子だもん。私なんかよりずっと強いよね。」 「・・・うん。だからね、僕もっと強くなっていつでも君を守れるようになる。今決めた!!」 幼いくせして何を言ってるんだと思いながらカリは苦笑いをする。だけど相手の方はカリが思っていた反応とは真逆の反応をしていた。 「ホント・・・?カリがいつでも守ってくれるの・・・?」 「うん。たとえ死ぬことになっても必ず君を守るよ。約束する!!」 「・・・ありがとう、カリ!!でも死んじゃヤダよ?カリは私のお婿さんだもん!!」 「うっ・・・それもや、約束するよ・・・」 幼いカリがそうためらいながら言うと女の子の方は強くまた抱きしめていた。カリの意識はその時夢から現実へと戻った。しかし戻る瞬間、ほんの一瞬だが女の子の姿がはっきり見えかけたような気がした。カリははっと目を覚ます。目を開ければ病室の天井。少し目を横にやればカーテンが開いていた窓の風でひらひらと舞っていた。 「夢・・・だったんだよな・・・?でも、あの女の子は一体・・・」 昨日に比べ体の傷が大分癒えたようだが、まだ少し痛むカリの傷がじんじんと傷んだ。腹部のあたりを手で押さえてベッドから上半身だけ起こし、窓の外に目をやる。外はもう夕焼けに覆われていて、日が沈みかけていた。窓から通る風がカリの耳を揺らした。 「俺、何か大切な事を忘れているんじゃないだろうか・・・?」 カリはボソッとそう呟いた。その時、急に病室の扉が開かれた。カリはゆっくりと振り返る。 そこにはカリが昨日見たマイナンがいた。鞄を持っている所からすると学校帰りに寄ってくれたのだろうとカリは瞬時に察した。 そこにはカリが昨日見たプラスルがいた。鞄を持っている所からすると学校帰りに寄ってくれたのだろうとカリは瞬時に察した。 「君は昨日の子だよね・・・?どうしたの?」 「体の具合はどうかな~と思ってお見舞いに来たの。」 「そう・・・とりあえず入って。そこの椅子に座って。」 カリがそう促すとミナはゆっくりと病室に入り、言われたとおり椅子に腰かけた。そんなミナをカリはニッコリと笑いながら見ていた。 しばらくはそのままで時間がゆっくりと流れていた。窓から入ってくる風が今度はカリだけでなくミナも一緒に吹き付けた。その風に二人の耳はゆらゆらと揺れていた。 病室で静かな時を送るカリとミナ。窓から入ってくる風が依然として二人の長い耳をゆらゆらと揺らしていた。互いに何も話さずに、ただその流れる時間をゆっくりと刻みながらいた。 カリにとってはこの少女が誰なのか分かっていない。もしかしたら知っている人なのかもしれないと思いながらも、やはり親しく話すことはできない。今の自分にとってこの少女は知らない人なのだから。 反対に、ミナはと言えば目の前にいる彼を知っている。ずっと一緒にいた大切な人だ。しかし自分のせいで傷を負わせ、尚且つ自分自身の記憶だけ失ってしまうという惨事になってしまった。出来ることならば自分のことを思い出してほしいと思いながらも、心の中ではその気持ちを揺らがせていた。 もし記憶が戻って自分のことを思い出したら彼は自分を恨むのではないか、と。そうなったら今までの彼と過ごしてきた時間もすべて失ってしまうのではないか、と。そう考えるだけでミナは息苦しさを感じずにはいられなかった。心臓が押しつぶされてしまうような、そんな気がしてならないようだった。 「ねぇ?」 ミナがはっと我に返る。カリはミナを見て笑いかけながら言った。 「一つ僕は君に聞きたいことがあるんだけど・・・いいかな?」 「えっ・・・私に?」 突然カリがそんなことを言いだしたので、ミナは少し戸惑いを隠せなかった。その戸惑いを隠せないまま言葉を返すと、カリはこくりと頷いた。ミナは少し俯いて何を聞かれるのだろうと考えた。しかしすぐにミナは顔をあげてカリに向かって一言「うん」と答えた。考えるより直接カリから聞いた方がいいと思ったからだ。 カリはミナが返事を返すと、一呼吸置いてから話し始めた。 「単刀直入に聞きたいんだ。君は僕の何だったの?」 「そ、それは・・・」 「ずっと気になっていたんだ。僕が事故に遭ったあの日、両親や先生のことはしっかり覚えていたのに、何故か君のことだけは覚えていなかった。いや、思い出せなかったんだ。君の顔を見た途端、君が皆と同じくらい心配してくれていたことが分かったのに、僕は君に対して酷いことを言ったと思う。」 「違う、そんなことないよ。だってカリが守ってくれなかったら私・・・死んでたかもしれないんだよ?」 「えっ・・・?僕が、君を守った・・・?」 カリは事故に遭ったことは覚えていたが、何故事故に遭ったかまでは覚えていなかったようで、目を丸くしてミナのことを見た。ミナは今にも泣きそうな顔をしながらカリの目をまっすぐ見つめる。 「私が・・・ちゃんとしていればカリは事故に遭わなかった。こんなことにもならなかった。」 「・・・」 「そう、私さえ・・・私さえいなければカリはこんなことには・・・っ!!」 「違うッ!!!!」 カリはいつの間にか叫んでいた。その叫びに思わずミナはビクッと体を強張らせた。カリは少しだけ息を荒くしながらミナに言った。 「ごめん・・・いきなり怒鳴ったりして・・・。でも何故だか分からないけど、君の今の言葉を聞いてたら何だか凄く胸が苦しくなって、踏みつけられた感じになって・・・そしたらいつの間にか勝手に言葉が出てきたんだ・・・。」 「カリ・・・?」 「ミナ・・・ちゃんだっけ?看護婦さんから聞いたんだけど間違っていないかな?」 ミナはこくんと頷く。同時に、久しぶりにカリが自分の名前を呼んでくれたと内心ほっとしたような気分にミナはなっていた。最後のちゃん付けには背筋がゾクッとしたような気分になったのは黙っておこうともミナは思った。そしてカリは気持ちを落ち着かせてからミナに続けてこう言った。 「今でもこの気持ちは何なのかよく分からない。でも失くしたくないと僕は思ってる。」 「・・・」 「少しずつ、ほんの少しずつで良いんだ。君のことを思い出していきたい。何年かかっても・・・。」 「!!」 「だから・・・来れるときは来てくれないかな?僕のために。勿論、君のためにも・・・。」 カリはそうやってミナに向かって手を差し伸べた。ミナはもう既に瞳から一粒一粒涙を流していた。拭っても拭っても拭いきれない涙を頬に伝わらせながらミナはそっとカリの手に触れた。その瞬間にカリとミナは同じように手を握り合った。何だか懐かしくて、温かい手だとカリは思った。気がつけばカリの頬にも透明な雫が伝っていた。 ---- それから数週間が経ち、カリは無事に退院をした。予定よりも退院は伸びたものの、カリはすっかり動けるようになった。 「先生、看護婦さん、色々お世話になりました。」 「退院おめでとう。あまり無理はしないようにね。」 「はい、ありがとうございます。」 カリは丁寧にお辞儀をしてから先生に背を向ける。カリが歩いていく方向にはミナがいた。 「あれ?カリ君はミナちゃんのことを思い出したのかな?」 先生が首を斜めに傾けると、看護婦が先生を見ながら言った。 「いいえ、先生。まだミナちゃんのことは思い出していないようですよ。」 「では、何故一緒に・・・?」 「何ででしょうかね?互いに何か惹かれるものがあるんじゃないですか?」 「そんなものだろうか?」 先生と看護婦がそんな話をしている中、カリとミナは一緒に並んで歩いていた。 「無事に退院おめでとう。カリ。」 「うん、ありがとう。ミナちゃん。」 「ほらほら、また敬語。それにちゃん付け!!」 「あっ、ごめん。つい・・・。」 カリは恥ずかしそうに頭を掻く。ミナは多少脹れっ面になりながらも、心の中では笑っていた。まだ昔のようにとはいかないけども、再びカリと一緒に並んで歩けたという気持ちからミナは嬉しさが込み上げてきていたからだ。 「気をつけてね?思い出したかったら昔のように話していかないと。」 「以後、気をつけるよ。でも、これでも少しは君のことを思い出しつつあるんだよ?」 「本当!?どんなこと思い出したの!?」 ミナが目を輝かせてカリに顔を近付ける。カリはドキッとしながら頬を紅潮させ、恥ずかしそうにミナに言った。 「ミナは、いつも明るくて、やんちゃな所があって、よく食べる事とかかな?」 「何それ~?もっと大事なこと思い出してよ~。」 「大丈夫だよ。きっと思い出すからさ。時間はかかるかもしれないけどね。」 「・・・そっか。期待して待ってるよ。」 ミナは一瞬少しだけ顔を曇らせたが、すぐにいつもの調子に戻った。実はカリはもうひとつだけ思い出していたことがあった。 それは彼女が自分のことよりも、まず人のことを優先的に考えているという優しさを持っているということだった。今のように一瞬で顔を変えたことも、それはカリを落ち込ませたくないからという気持ちからきていることもカリ自身には分かっていた。敢えてそのことを言わなかったのは、ミナに言うことによって彼女のその優しさを変えたくなかったからである。 カリにとってはミナのこの優しさに何度も救われているのだ。この優しさを、ミナを失いたくないとカリはずっと思っていた。 「カリ?どうしたの、深刻そうな顔して・・・。まさかまだどっか痛むの・・・?」 「へっ・・・?あっ、いやっ、違うよ!!ちょっと考え事してただけ!!」 「そうなの?無理だけはしないでね?」 「分かってるよ。ありがとな、ミナ。」 「あっ、今の言い方昔のカリっぽいよ。」 「そうなのか?じゃあ今度からこんな感じで話せばいいんだ。」 カリは少し手をぐっと握った。少しでも早く思い出したい。そしてミナは自分にとって何だったのかを早く思い出したいとカリはそう願っていた。 それからカリはミナと並んで歩きながらちらちらとミナのことを見ていた。そうすることで少しずつ鼓動が速くなっていくのが嫌というほど分かる。この気分になった時、カリは何かを思い出せそうな気がしている。だからばれない様にカリはいつもミナのことを見ていた。入院していた時もずっとそうやってきた。変な事をしているようだが、カリは至って真面目に取り組んでいたのだ。思い出したい、そのためだけに。 「カ~リ~?」 「ん?わわっ!!何!?」 カリが真剣そうな顔をしていたからか、ミナはそれを心配していつの間にかカリと向き合うようにして顔をじっと見つめていた。それに驚いてカリは顔を真っ赤にした状態で言葉を返した。 「どうしたの?思いつめたような顔しちゃって…」 「い、いや。何でもないよ。ちょっと考え事しててさ。」 「ホントに大丈夫?顔も何だか赤いし…」 「ありがとう。でも本当に大丈夫だからさ。ごめん、心配かけちゃったみたいで。」 心底申し訳なさそうにカリがそう言うものだからミナは何だか自分が恥ずかしくなってしまい、それを隠すためかカリからふいっと視線をそらし、そっぽを向いてしまう。そしてカリがそれを不思議そうに見る中、すたすたと歩いて行ってしまう。 「別に謝る事でもないのにさ…」 「ミナ?どうしたのさ、いきなり歩きだして。」 「何でもないよ。早く帰ろっか。」 「あっ、ちょっと待ってよ。」 カリを見ようとしないでさっさと前に進んでいくミナの後ろについていくカリ。彼はその光景に妙な違和感を感じていた。以前にもこんな光景を見たような感じがしていた。 (何だ?この感じ……。俺は以前にもこの光景をみたことがある…?) その感覚が何なのか。カリにはそれが全く分からないというわけでもなかった。もしかしたらこれが失われた記憶の一つなのかも知れない。カリにはそう思えてならなかった。自分の胸に手を当ててみると、心臓の鼓動がいつもよりも早い事に気づく。体もやけに熱く感じる。 「お~い。カリ~?早くしないと置いて行っちゃうよ~?」 「えっ…?ミ……ナ……?」 はっとミナに呼ばれてカリは気づく。ミナとさっきまであった距離が離されていて随分な距離になっていた。カリがその光景を認識した瞬間、心臓の鼓動が一際大きくドクンと脈打つ。 「ぐぁっ…!?な、何だ…!?」 体が熱い。燃えるように体の中から何かが込み上げてきている感覚に襲われたカリはその場にがくっと膝をつき、同時に頭にも鋭い痛みが入る。 「あぐっ…!!」 「カリ…?カリ!!」 さすがにカリの様子がおかしい事に気付いたのか、ミナは走ってカリに向かっていく。そしてこちらに向かってくるミナをカリは見る。ミナが手を伸ばしてこちらに心配そうな顔をして近づいてくる。 その瞬間、再びカリの頭に痛みが走りカリを苦しめる。そしていきなりカリの頭に痛みとともに覚えのない映像が流れ込んでくる。 「今度隣に引っ越してきましたーーです。よろしくね、お隣さん!!」 (何だ今の…?) 映像はぼやけていて相手の顔が見えない。そして以前見た夢と同じように何か重要な部分だけが聞こえない。 「ねぇ?これからはさ、君とかちゃんづけじゃない呼び方にしない?」 「えっ……?あ、うん。いいよ。」 「じゃあ決まりだね!!これからもよろしくね、カリ!!」 (これって……俺の、失われた記憶…なのか?) それに加えてさっきの映像よりもぼやけが薄くなっていて、はっきりと見えるようになってきている。心なしかもう頭の痛みは気にもならなくなっていた。ただ今はこの映像だけに精神を集中していたからなのか、カリは静かにその映像を見ていた。 「そういえばさぁ、カリは何で今の高校を選んだの?」 「ん?何でそんな事聞くんだよ?」 「だってカリの頭だったら普通にもっと上の高校行けたはずでしょ?それなのに私と同じ高校行くなんてさ…。」 (この声……俺は聞いた事がある…?いや、確実に聞いた事がある…。この声はまさか……?) そう、カリにはその声に確かな聞きおぼえがあった。さっきまでずっと聞いていた、いや、昔からずっと聞いていたその声の持ち主は間違いなく彼女のものだったのだ。 「カリ?今日も一緒に帰ろうよ!!」 「あぁ、そうだな。じゃあ行くか……ミナ。」 その名前が聞こえた時、カリは思わず手を伸ばしていた。一筋の光が見えた気がして、そんな感覚がして、カリは 思いっきり手を伸ばした。 はっと気づいた時、カリは目の前の誰かの手を握っていた。見上げてその顔を見ると、目の前にはミナの驚いたような顔があった。 「ミナ……?」 「ど、どうしたの?いきなり手なんか掴んで…」 「ミナ、なんだよな?」 「何当たり前の事いってるの?私は正真正銘どっから見てもミナだよ。」 ミナがそう言い終えるや否や、カリは手をぐいっと引き寄せてミナを抱きしめる。 「ミナ……ミナ……ッ!!無事で本当によかった……ッ!!」 「えっ…?カリったらいきなりどうしたの?」 「やっと、やっと思い出せたんだよ。全部な。ミナとの記憶。」 カリがそう言うと、ミナは驚いてカリの方を見ようとするが、がっしり抱きしめられていて彼の顔を見ることはできなかった。代わりにミナはカリの背中に手を伸ばし、ぎゅっと抱きしめ返す。その瞳には大粒の涙が溜まっていた。 「カリ。本当にカリなんだよね…?」 「当たり前だ。俺じゃなかったら誰だって言うんだよ?」 「そう、だよね。良かった…カリが…戻ってきてくれたんだ…。」 カリとミナはその場で再び強く抱きしめあった。その二人を遮るものは何もなく、しばらくの間二人は涙を流しあって長く辛かった日々から解放されたことに喜んだ。 それからしばらくしてカリとミナは体を離し、見つめあう。 しかし見つめあうのも束の間、カリがミナに向かって言った。 「ミナ…俺さ、今なら言える。」 「何を…?」 カリはミナの頬に手を当てて、まだ流れている涙を手で拭ってあげてから言葉をつづけた。 「俺、お前の事が好きだ。」 「……!!」 「記憶を失って気づいたんだ。お前を忘れたことで俺の胸にはいつも何かがぽっかりと穴が開いたような気分だった。だけどお前が来てくれるたびにその穴が少しずつ埋まっていくような気がしていた。それはつまり、俺にとってお前がどれだけ大切だったかを教えてくれたんだ。」 「………。」 「だからさ、お前が俺の事どう思ってるかは分からない。だけど俺はお前が好きだ。誰よりも。」 カリはそう言い終えると途端に恥ずかしくなったのか、顔をそらして頬を真っ赤に紅潮させる。その様子を見たミナはふっとカリの顔を自分に向かせてカリと口づけをする。カリが驚く顔を維持したままその口づけはすぐに解かれた。 「え……っ!!?」 「バカ……ずっと待ってたんだよ?」 「ミナ…。ごめん。」 「もういいよ。私もカリの事が好き。凄く好き……。」 「ありがとな……。こんな俺をずっと待っててくれてさ。」 「うん。」 そう言ってカリとミナは再び口づけを交わす。今度は長く、もう離れないように。 それから数時間、時は流れて…… 「でさ、何でいきなりこんなことになってるのかな?」 「ん?どうしたの?」 さっきの場面から打って変ってここはミナの家。その上ミナの部屋のベッドの上でカリは仰向けに押し倒され、その上にミナが乗っかかっている。カリは未だに状況の把握ができておらず、困惑している様子だった。 「だからさ、さっきの感動的な場面から何でいきなりこんな事になってるのかって聞きたいんだが。」 「ん~~……だってカリと私はもうすでに相思相愛の身だよ。その上カリの両親も私の両親だって私たちの仲を公認しているわけだし、ね?」 「ねっ、てお前なぁ……物事には順序というものがあってだな。」 「はいはい、分かったから。そんなにうるさい口にはこうだ!!」 「んむっ……!!」 ミナはカリの言葉をさえぎって口づけを交わす。先ほどの唇を交わすだけのキスではない。舌を絡ませて口内を犯すようなキスだった。 「んっ…ちょっ…むぅっ…」 「えへへ。カリのキス、貰っちゃった。」 「はぁっ……もうこうなったら俺も男だ。しっかりやることはやってやろうじゃないか。」 「うんうん。それがカリらしいよ。」 「うるせぇ、そんな事言うな。」 「じゃあ一緒に気持ち良くなろうよ。」 ミナはそう言ってカリの下半身の方に顔を持っていき、カリのモノを取り出す。反対にカリの方には目の前にミナの艶めかしく光る秘所が目に入った。 「ちょっと恥ずかしくねぇか。この態勢。」 「別にいいでしょ。これからは沢山見ることにもなるんだしさ。今のうちに慣れちゃわないと。」 「ふぅ……。分かったよ。」 「じゃあ行くよ?」 「あぃよ。」 ミナはそう言ってからカリの肥大化したモノに舌を這わせる。カリはぶるっと体を震わせてから、ミナの秘所に舌を這わせた。するとミナもカリと同じようにビクッと体を震わせる。 「くぅっ……凄いよ、カリ。気持ちいいよ……。」 「あぁ……俺も気持ちいいよ……。」 「ひぁぁ……カリに舐められてる……私の大事なところ……沢山舐められてるぅ……。」 互いにそんな初めての事に試行錯誤を繰り返しながらやっていると、二人同時に初めての感覚が襲う。 今まで味わった事のないような、背中に電流が走っているようなそんな感覚に襲われた二人には不思議と怖さはなかった。 「うあッ……。ミナ、何か出そうだッ……口を離せ……。」 「私もイキそうだよぉ……。でも、カリのなら全部受け止めたいの…。」 「ミナ……。分かった、一緒に……。」 「うん。一緒に……一緒にっ……!!」 「くぁぁっっ!!」 「んんぅぅぅっっ!!」 絶頂を迎えた二人は同時に果てた。カリのモノからは白濁色の液体が、ミナの秘所からは愛液が流れ、二人の顔を汚した。ミナは息を切らしながらゆっくりとカリの横に寝そべって擦り寄ってきた。 「ふふっ……気持ちよかったね。カリ。」 「あぁ。そうだな。」 「どうする?このまま続きもしちゃう?」 「頼むから今日でそこまでいくのは勘弁してくれよ。一応まだ病人なんだが。」 「え~っ……しょうがないなぁ、もう。じゃあカリが元気になったらやってもらうからね?」 「はいはい。分かりましたよ。」 カリが適当に受け答えすると、ミナはクスッと笑う。 「ん?何笑ってんだよ?」 「べ~つに~。何でもないよ。」 「何だよ、気になるじゃないか。」 「内緒だよ。……カリ、大好きだよ?」 「……あぁ、俺も好きだ。」 「えへへ、お休み~。」 そう言ってミナはすぐに眠りにつく。カリはその頭を優しく撫でてから、ミナを抱きかかえて眠りについた。 ---- 「なぁ、知ってるかお前?」 「何を?」 「今年の校内カップルの一位だよ。」 「あぁ、あれな。またあの二人だろ?」 「すげぇよな。幼馴染なんだってな。」 二人の学校の生徒が廊下でそんな話をしていた。 「でもいくら幼馴染だからってあそこまで仲が良いか、普通。」 「さぁな。幼馴染だから分かるもんがあるんじゃないの?」 「そんなもんかねぇ。おっと、見てみろよ、噂をすればなんとやら。」 一人の生徒が廊下の窓からふっと外の景色を見る。するともう一人の生徒もそれに気づき、口の端を歪ませていた。要するに苦笑いに似たようなものである。 二人の生徒が見た光景。それは、学校内にある大きな木の下でもう二人の生徒が楽しく話している様子だった。一人はプラスル、もう一人はマイナン。周りに居るやつらはその光景を少し羨ましそうに見ていたが、そのプラスルとマイナンの二人には全くそれが見えてない様子だった。 そこで廊下に居る生徒が再び話し始める。 「ホント、仲良いよな、あいつら。」 「確かに。幼馴染同士の想いなんざ俺たちには到底分らないな。」 「多分な。ははは。」 「あっ、おいおい。こんなところであいつ等キスしてんぞ。」 「あ~あ~。お熱いねぇ……。」 そこで大きな木の下でキスをする二人に優しい風が吹く。その風で二人の長い耳がゆらゆらと揺れていた。 その風はまるで二人を祝福しているかのような風だった。 ---- あとがき はい、これにて幼馴染同士の想いは終了です。官能描写は短いですが、無事終了できてよかったです。ここまでの長い道のりを待ってくださっていた方々に厚く御礼を申し上げたいと共に、これからもピカピカこと、私をよろしくお願いします。 ---- #pcomment