ポケモン小説wiki
幻影の狐と双星の子 の変更点


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#include(第十一回仮面小説大会情報窓・非官能部門,notitle)

&size(15){幻影の狐と双星の子};

※不思議のダンジョン探検隊シリーズモチーフの世界線です。

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―エピローグ―

 簡素に建てられた木造の施設群が眩しい茜色に染まる頃、
広場には多くのポケモン達が集まっていた。

 ざわめきに溢れる合間、中心にいたのは今回も彼女。
すぐ傍まで詰め寄る民衆を宥めつつ、銀の巨体が高らかに彼女を称える声を上げた。

「帰らずの森に巣食う凶悪犯ファントムを逮捕し、流紋の丘への路を切り開いたのはまたしても彼女ー双星の子ーです! これで我々ボスゴドラ開拓隊の目的に大きく近づきました!
さぁ、貴女からも一言皆さんに挨拶を!」
「ありがとう。けれど、私たちの目的は帰らずの森のさらに先、流紋の丘の踏破よ。これに浮かれず、気を引き締めていきましょう」
「流石、双星の子は見ている先が違いますね! さぁ、今一度この我らが探検家に大きな拍手を! ボスゴドラ開拓隊の成功を願って!」

 辺りが歓声に包まれる。
そして、堰を切ったように投げかけられる声の嵐。

「やっぱり”双星の子”が一番乗りか。おめでとう!」
「流紋の丘の踏破の目途は!」
「さすが双星の子、今回も大手柄だったな」

ーーーこうもポケモンが多いと、この身……ニンフィアの触覚は嫌でも彼らに触れ、その心を暴いていく。
初めのは探検隊の。彼らもまた私の事を"双星の子"としか見ていない。名誉に駆られた彼らから向けられるのは羨望か妬みか。どちらにせよ、見えているのは私ではなく、黄昏の双星。
次のは商隊の。この開拓隊の一番の目的、流紋の丘の資源を少しでも早く手に入れたいという溢れる欲。それさえ叶えば、達成者が私かどうかなんて関係ない。そんなものは彼らには見えていない。
他も変わらない、表向きの言葉だけは綺麗な予定調和に染まった会見。うんざりするほどの本音の感情に耳をふさぎながら、私もまた取り繕った愛想を返していった。

「コメット、……は本当に……な…………だった……ね」

ーーー決まり切った予定調和の中、場違いな感情が一つ。”双星の子”ではなく、”私の名”を呼ぶ声がかすかに聞こえた。それは、この場にあるはずのない純粋な感嘆。そして”私”に向けられた言葉。

「……! まって、今のは……」

 覚えのあるその感情を辿ろうとしても、それはこの大勢の中では簡単にかき消えてしまい。辺りは”いつも通り”に戻っていく。
そして、日が暮れたころには会見も終わり、その喧騒とはうって変わって夜の静けさが辺りに舞い降りる。

 すっかりポケモン通りの無くなった村のはずれに、独り呟く黒い影。

「さぁて。万が一置いていかれでもしたら困るし、先回りしておかないと……ね」

 村のはずれ、帰らずの森へと声の主は歩みを進め、消えていった。

 ひゅるり、一陣の風が一枚の紙を浮かし、流してゆく。それは手配書であった。
『【厳重注意】お尋ね者「ファントム」
強盗・詐欺・探検隊襲撃
種族不明。怪しいと思ったらすぐボスゴドラ開拓隊本部まで』

 そんな手配書が飛び去る頃。黒い影が消えた森を見ていたのは
夜空に浮かぶ月だけだった。


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―1―

 黒曜の塔……それは、中央の都から遠く離れた流紋の丘にそびえる漆黒の塔
その踏破はおろか、麓に広がる帰らずの森を抜けて流紋の丘に辿り着くことさえ困難を極め、黒曜の塔へ向かった探検家は未だ一匹も帰ってきていない。
多くの探検家にとって、黒曜の塔は畏怖の対象であり、最後の目標でもある。
伝説の探検隊「黄昏の双星」と呼ばれた私の両親もまた、黒曜の塔へ挑むと行ったきり消息を絶った者のひとつだ。

 そんな折、都にとって有用な鉱物資源が流紋の丘に多く埋蔵されていることがわかった。
それからの都の動きは早かった。多くの探検家たちを募り、開拓隊を結成。
目的は、不思議のダンジョン化した流紋の丘の麓に広がる帰らずの森のルート開拓及び、前哨基地の開拓。

 流紋の丘の富を求める者。新たな地の開拓、さらにその先の黒曜の塔踏破という名誉を求める者。多くのポケモンが、それぞれ小さくない野望を抱いてこの地へやってきていた。
その開拓隊の参加者に私も名乗りを上げたのは言うまでもない。……むしろ、こんな形で黒曜の塔に近づく機会が来たのは、何かの縁を感じるようで。

 かくして第一目標である帰らずの森踏破のため、その入口にはこうして開拓隊による前線拠点ーーートレジャータウンが造られている。
ぎんこう、れんけつてん、かんていじょ。探検家が活動するためには欠かせない設備が揃い、中でも目を引くのは、ボスゴドラ開拓隊ギルドーー今回の開拓隊の隊長を務める本部。
人手が足りず手つかずになっていた依頼、辺境なのを良いことにひそむおたずね者。ギルドでは帰らずの森の踏破だけではなくそれらの持て余された依頼も請け負っているのだった。

 現地調達で急ごしらえの木造のギルドでは、今まさに帰らずの森へと挑む探検家が、彼らの成果を待ち、依頼を出す商人たちがひしめいている。
私の目的はその奥のカクレオンしょうてんなのだけれど。こうもポケモンの多いギルドを通るには、この鮮やかなニンフィアの姿は、”双星の子”の名は目立ちすぎるようで。

「なんだ、やっぱり”双星の子”も来てたのか。さしずめ伝説の双星の敵討ちに黒曜の塔に挑もうってつもりか? それとも、もう親に会えなくて寂しくなっちまったとか?」

 ……面倒なのに絡まれた。赤い毛皮に背中のコブ、バクーダ……探検家としてそこそこの名は聞いた事がある。いちいちチーム名までなんか覚えてないけれど。
あぁ確かに、ただでさえ私は探検家の中では”双星の子”として名が知れているのに、こんな開拓隊に名乗り出るような者達は、ライバルとして私の事を疎ましく思うような奴らばかりだろう。
事実、この触覚が彼から感じ取ったのは”僻み”。大方、帰らずの森踏破のライバルとして難癖つけた嫌味にすぎないのだろう、こういった輩は適当にあしらうに限る。

「別に、私達の目的は帰らずの森、流紋の丘の踏破でしょう? 関係ない事に現を抜かしている暇はないわ。それともなに、貴方は踏破する自信もなく浅層の依頼で小遣い稼ぎするつもり?」
「なっ……お前、いくら"双星の子"だからって、小娘が生意気な……」
「何よ、文句があるなら帰らずの森の奥地で聞くわ。貴方も踏破を目指すなら会えるでしょうよ」
「チッ、調子に乗りやがって……、わかったよ。せいぜい俺らが一番乗りで踏破するのを指を咥えてみてやがれ!」

 捨て台詞を残して、パーティーメンバーらしき数匹のポケモンを連れてギルドを出ていく。
ふぅ、と溜息一つ。面倒事をやりすごして目当てのしょうてんへ。

「こんにちは、カクレオン。品物はそろってるかしら? 欲しいのは、オレンのみ、いやしのタネ、ピーピーマックスとあなぬけのたま、それから……しばりだまは入荷してる?」
「しばりだまですか? もちろんですとも、今お持ちしますね。 それにしても、貴女は”双星の子”ですよね? 
いやぁこんなところで、あの伝説の黄昏の双星の娘さん相手にウチの商品を買ってもらえるなんて光栄ですよ♪ 帰らずの森攻略、頑張ってくださいね!」
「……えぇ、ありがとう」

 双星の子、双星の子と。皆に見えているのは、黄昏の双星の姿ばかり。私の活動した実績は他ならぬ”私”のものだというのに。結局、”私”の事を見ている者は一匹だっていやしない。
そんな扱いにも慣れた。独りにももう慣れた。そんな周りの事など気にするだけ無駄だもの。
朝一で出発した探検隊に追いつくためにも、買ったばかりのどうぐを探検バッグに詰め、ギルドを後にする。

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―2―

 薄暗い森の小道。まばらに葉の間を縫って差す光に、湿った腐葉土の匂い。柔らかい土は足音を抑え、辺りに静けさをもたらす。
都から離れ、不思議のダンジョンの影響を強く受けたその森は、黒曜の塔目当ての探検家以外に訪れる者はほとんどなく、故に帰らずの森と呼ばれている。

これだけの辺境ともあれば不思議のダンジョンの影響は濃くなり、それによって野生化したポケモン達はより強敵となる。それらとまともに戦闘をしながら攻略するのは並大抵の難易度ではない。

 狭い通路を慎重に、しかし素早く歩みを進めていく。
不思議のダンジョンと化したこの森では、遭遇する他のポケモンは全て敵。あるいは、他にここまで先行している探検家は居ないと踏めば、よほど物好きなお尋ね者だけ。
なれば、容赦する必要はどこにもない。
駆け足気味の歩でも、みとおしメガネの力は僅かな気配も見落とさない。茂みの向こう、目視はできなくとも確かに感じるポケモンの気配。
こちらに気が付かれる前にシャドーボールを放る。手ごたえあり。続けざまにもう一発。
合計で3発撃ち込んだところで気配は消えた。
正攻法に殴り合うのが得策でないのなら、出会う前に倒すか、避けてしまえばいい。

 そうして最低限の戦闘で最短の道のりを歩み、深度にして40階に達しただろうか、急に辺りが開ける。
綺麗な泉に、花々の咲く草原。真上を少し通り越した日に当てられ、草原に花が香る。ちょうどいい倒木が木陰になり、休憩に使えそうだ。

 不思議のダンジョンの中には、その影響を免れた地帯が存在する。訪れる度に形を変える不思議のダンジョン内で、
特定の階層に変わらぬ形で現れ、野生化したポケモンの寄り付かない安全地帯として休息に利用できる。
これらの場所は探検隊の間では中継地点と呼ばれ、この中継地点までの安定ルートを確保する事が、踏破の第一歩となる。

「40階まで進んでやっと一か所目の中継地点……、流紋の丘までの道のりは相当流そうね」

 誰に語りかけるでもなく呟き、倒木に寄りかかり寝そべる。ゴツゴツと硬い感触は、お世辞にも心地よいとは言えなかったが、贅沢は言っていられない。
朝から歩きっぱなしの四足を投げ広げ、つかの間の休息に浸る。

……暖かい日差しに、意識がまどろむ……

「ねぇ、お姉さんって、探検家?」

 突然、背後からかかる声。気配に気づかぬままの不意打ちに、跳ね起きて臨戦態勢を取る。
みとおしメガネは、不思議のダンジョンではない中継地点ではその効力を発揮しない。いくら野生化した敵ポケモンは寄らないとはいえ、油断したか……。
警戒したまま、声の主を伺う。クリーム色の体毛に植物を彷彿とさせる耳に尾。自分と同じ体格……つまりイーブイ種の進化系……

「ボクはグラス、リーフィアのグラスって言うんだ。お姉さんの名前は?」
「私はコメット、ニンフィアのコメット。探検家をやっているわ」

 不思議のダンジョン化した地域に現れるポケモンは基本的に野生化、敵対しており対話は不可能。にも関わらず会話ができ、しかもこの難度の森に辿り着くことができる存在ということは……
この少年の正体について考えを巡らせるが、警戒するにはあまりに無邪気な態度に、つい受け答えてしまう。

「コメットさん! よろしくね♪ ボク、探検家に憧れているんだ!
 ねぇ、よかったらコメットさんの探検の話、聞かせてよ」

 明るい声で、倒木に寄り添うように手招く。
伝わって来たのは、純粋な好奇心と憧れ。害意はなかった。
こんな風に名前を呼ばれたのはいつぶりだろう、誰かとゆっくり話す機会なんて今まであったろうか。
そう考えたら、ここで少年と出会ったのも、何かの縁なのかもしれない。
警戒を解いて、二匹、倒木の影に掛ける。

 少し思い出に浸りながら、言葉を紡ぐ。初めて一匹でこなした依頼で戦ったお尋ね者。新しく見つかった不思議のダンジョンを初踏破した事、それから、この開拓隊の事。
……両親の、”伝説の双星”の名は出さなかった。そうしたら、彼にとっても、私は双星の子になってしまいそうだったから。

「……それでね、私の両親はあの黒曜の塔に行くと行ったっきり、行方知れずなの」

 今まで話に聞き入っていた少年がピク、と反応した。

「コメットさんも、黒曜の塔に挑むの?」
「えぇ、そのつもり。流紋の丘へのルートが確立して開拓隊が引きあげてしまう前にはね」
「……そっか。今日はこのまま先へ進むの?」

 黒曜の塔について、何か思う所がある様子だった。
先へ進むかと問われ、空を見上げると、既に日は大分傾いていた。今日の攻略は最初の中継地点に辿り着けただけで充分だろう。
探検とはほど遠い他愛ない時間であったが、だからこそ新鮮で貴重だった。
私が首を振り、今日はトレジャータウンへ戻ると告げると、彼は尋ねてくる。

「なら……明日もまたここに来てくれる?」
「えぇ、きっとね」

 橙に染められて揺れる、緑の尾に見送られた。

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―3―

 あくる日のトレジャータウン。
ギルド掲示板に並んだ依頼、その中でお尋ね者討伐依頼が並ぶ前。
別に依頼を受ける気など無かったが、気になることが一つ。一枚一枚お尋ね者の種族を見ていく。……が、そこにリーフィアの名前はない。カンが外れたか……
しかしふと、一枚の手配所が目に映る。その詳細を見ようとした時。

「ねぇ、お尋ね者ファントムの噂、聞いた?」
「あぁ、23階でチームボルケイノのバクーダがやられたってな。ダンジョン攻略の道中に背後からいきなりだったそうだ」
「他にも襲われた探検家は多い。ただでさえ帰らずの森の攻略は厳しいってのに、面倒な奴まで現れたもんだよ」

 ギルドでたむろう探検家達の噂話が耳に入る。そして、改めて、手元の手配書を見やると……。
さて、私のカンに狂いはなかったようだ。


 ところ変わって、帰らずの森。
不思議のダンジョン踏破に当たっては、中継地点への到達は大きな一歩だ。
なぜなら、一度中継地点に辿り着くことができたなら、再びそこへ辿り着くのは容易になるからである。
かくして、今日も森の広場。まだ長い影を創る日の元で、彼は緑の尾を振っていた。

「コメットさん! こんなに早く来てくれるなんて嬉しいよ!」
「おはよう、グラス。一回ここまでの道が分かれば後は、ね」
「流石だね。ねぇ……今日は、帰らずの森を突破するつもり? ボク、流紋の丘までたどり着いたこともあるんだ。だから……さ」

 待ち遠しそうなグラスの早口が続き、それから、意を決したように一拍の間。
彼との距離が詰まる。そわそわと触れる新緑の耳が私の触手に触れる。

「探検隊として、ボクをキミと一緒に連れて行って欲しい、そして、黒曜の塔を踏破したいんだ!」

 驚くことに、伝わる感情は彼の決心は本物であると告げていた。
一つ増えた謎も纏めて、答え合わせをさせてもらおうか。

「まさか重要手配犯が本気で探検隊にあこがれているなんてね。
ねぇ、”ファントム”?」

 グラスの、彼の正体の名を尋ねる。絶対の確信ではなかったが、少なくとも、彼は答え合わせのピースを持っているはずだから。
当の本人は、唐突な宣告に静かな動揺を一つ。そして、口を開く。

「まさか、こんな風に言い当てられる日が来るなんて。
あぁ、僕の正体に気づいたのは君が初めてだ。でも、どうして?」

 正解だった。後は一つ一つ、推理を連ねていく。

「初めに疑問に思ったのは、こんな不思議のダンジョンの奥地に貴方のような少年が暮らしてるって事。不思議のダンジョン化した地域で理性を保ったポケモンが居るのは、
後からその地にやって来て住み着いたパターンぐらい。そしてこの森はそこらの少年がやってくるには余りにも危険な場所。
となると濃厚なのは、ここが都から離れているのを良いことに根城に選ぶお尋ね者。……けれど、今手配されているお尋ね者にリーフィア種は居なかった。
残る可能性は、未だ種族すら判明していない正体不明のお尋ね者、ファントム。それが貴方なんでしょう?」

 彼は私の推理を頷きながら聞いていた。そして、最後の問いに答える。

「あはは、確かにこんな不思議のダンジョンにど真ん中でリーフィアの少年って設定は無理があったかな。そうだよ、僕がファントムだ。
でも、ね。僕が探検隊に憧れている事も、君と一緒に行きたいと思う気持ちは本当なんだよ」
「大丈夫、それが真実なのは分かっているわ。とはいえ、お尋ね者である貴方を何もなしに連れていけるとは言えないの」

 YESではない返事に、彼に焦りが見える、緑の耳が陽炎に揺らぐ。

「……まって! 僕の素性は君以外には割れてないし、第一僕は都を離れてからはずっとこの森に住んでいる、都に居た頃のはとっくに時効になってるはずだ。
そりゃあここに目星をつけて来たお尋ね者を狩って追い返したりはしてたけれど、それで手配はされないはずだろう?」

 やはり知らなかったか。最後の疑問のピースがこれで埋まった。

「いいえ、残念ながら。ファントムの手配はまだ続いているのよ、貴方が正体不明だったおかげでね。
正体が判明しなかった事件の犯人はファントムの仕業って事にされてるの、おかげ様でお尋ね者としての悪名は鰻登りになってるわ」
「そん……な」

 彼の顔に絶望が浮かぶ。伝えずにいたもう一つの情報を出す。

「けどね、とても都合のいいことに」

 本当に、いいタイミングで出てきてくれたものだ。

「ファントムを名乗るポケモンがこの帰らずの森で探検家の襲撃をしているの。
貴方の話が本当なら。ファントムという悪名目当ての偽物が出没しているということになる」
「……つまり?」
「私たちで”ファントム討伐”をしましょう? そうすれば、ここにはお尋ね者でもなんでもない、ダンジョンで仲間になった新しい探検隊の一員しか居ないことになるわよね」

 彼の瞳が歓喜に染まる。
私にとっても、この森を根城にできるだけの対等に近い実力を持った、そして何より、私を私だと認識してくれる存在。そんな相手を逃したくはないのだ。

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―2,5―

 ごつごつした岩肌がむき出しの、暗い道が続く情景。よくある不思議のダンジョンの風景。小部屋で向かい合うはぼんやりとした輪郭が二匹。片方が焦りを浮かべながら口を開く。
ーーーいつかどこかで見たような景色、記憶。あぁそっか、これは僕が初めて母に付いてくるよう言われて見た、”母の仕事”の時の。
どこかおぼろげなのは、これが夢でも見ているからだろうか。

「お、おい、お前は依頼を受けた探検家じゃあ無いんだろ? なら、これでどうだ、俺の取り分の半分を出す、それで見逃してくれよ。
どうせ探検家じゃない野良がお尋ね者をギルドに突き出したところでロクな報酬が貰える訳じゃないんだ、お前にとっても悪い話じゃないだろ、な?」

怯えたように後ずさりながら、ポケが入っているのであろう貨幣袋を突き出す。
対したもう一匹、赤黒くそまったたてがみの……表情は上手く読み取れない。ただ、その口元にはにやりと、笑みが見えたような気がした。

「なるほど、悪くない提案ね。でも、取り分はこうしましょう。”私が十いただく”」

 言い終わるかどうかの内に、黒い姿が洞窟の闇にかき消える。断末魔の叫びが聞こえる前に、世界が暗転した。
景色は変わって、住処の寝床で母と二匹っきり。夢というものは本当にせわしない。
入口を巧妙に偽装され、イリュージョンに隠された住処は文字通り誰にも知られない隠れ家。僕らが住んでいる事を知っている者は誰もいない。
普通じゃない親子の、普通な会話。

「ねぇ、お母さん。探検家ってなぁに?」
「依頼を受けて仕事をこなしたり、未開の地を探検するポケモンのこと」
「それって冒険だよね! かっこいいなぁ」
「そうね、でも私には目的があるの。探検家として表の世界にでる訳にはいかないわ」

 母の言葉が続く。
外から来た私たちゾロアーク種は、この地方には生息していない。だから、誰も私達の正体には気づけない。その方が彼の後を追うのに都合がいいの。
ねぇ■■■■。強くなりなさい、”誰でもない”私たちが頼れるのは自分自身だけだから。

 その日の会話はそれきりだった。あれから母は、僕の事を探検家にする代わりに育て鍛えてくれた。
戦いだけじゃない、イリュージョンの使い方、そして、誰でもない者が生き抜く方法を。

 ……また世界は暗転する。徐々にはっきりしていく意識は、夢の景色を記憶の再生に変えていく。

 ある日、母は黒曜の塔へ消えた。貴方はもう一人でもやっていけるからと言い残して。
今思えば、母が追っていたのは僕の父で、彼もまた黒曜の塔へ消えていたのかもしれない。想像にすぎないが。

 残された僕はお尋ね者狩りを続けた。詐欺や強盗や、教わった手段でてっとり早い暮らし方はもっとあったけど。お尋ね者にはなりたくなかった。
身元も素性もない以上、真っ当な方法で探検家に成れないことはわかっていたが、夢を捨てきれなかったから。
けれど、いつしか正体不明のお尋ね者のファントムとして手配されていた。それが僕だと判明して手配されているわけではなかったろうけれど、僕や母がやってきた事は、何者かの仕業ではあった訳で。
だから僕は都を離れ、一人帰らずの森でひっそりと暮らすことにした。ここなら、ほとぼりが冷めるまで静かに過ごせるだろうし、運が良ければ探検家に仲間にしてもらえるかもしれない。
……それでもダメなら、僕もいつかはあの塔へ挑んで母の元へ辿り着けるかもしれない。

 思い出に浸っていた記憶が覚醒に近づいていく。閉じた瞼に差す日差しを赤い血潮を透かす。昼寝に使っていた倒木の木陰に気配が一つ。独り言の主は雌の声で。

「40階まで進んでやっと一か所目の中継地点……、流紋の丘までの道のりは相当流そうね」

 僕へ向けられた言葉じゃなかった。そもそもイリュージョンで擬態した僕の存在そのものに気づいていない様子。桜色のリボンのような触手が目立つ、メガネをかけた小柄な彼女は、無防備に僕の隣で寝転がる。
少なくとも隠れに来たお尋ね者ではなさそうだ。であれば、探検家、それもこの帰らずの森の攻略ができる実力の。その上、先の台詞から察するに目標は流紋の丘、黒曜の塔まで行くつもりかもしれない。

 なんにせよ、探検家に入り、黒曜の塔を目指すのに、こんなチャンスは滅多にない。
まずは接触を図り警戒を解くために……。外見から察するに彼女はイーブイ種、ならこちらも外見は同じイーブイ種で、森に合わせてリーフィアで、口調はできるかぎり柔和でひとなつこい感じで……。
イリュージョンで姿を変え、とびっきりの明るい声を繕って……。

「ねぇ、お姉さんって、探検家?」

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―4―

 昼食に用意したりんごを二人で分けて、倒木にならんで作戦会議。

「それで、僕の偽物……ファントムを捕まえる策は?」
「見つけ出す案ならもうあるわ」

 少しだけ得意げに触手でメガネを直す。なんたってこれは、パパからもらった自慢のみとおしメガネなのだ。これがあればポケモン探しはお手の物、その案はこうだ。

「まずは、帰らずの森を1階から攻略しなおすの、偽物が出没していたのは浅層だったから。そこには他の探検隊もいるだろうから、このみとおしメガネを利用して彼らと出会わないように進む。
後は、探検隊に不自然に接触するか、彼らを倒してしまうような気配が反応したらビンゴ。それが偽ファントムよ」

 グラス……ファントムはそんな便利な道具があったのか、と感心した様子で聞いていた。
少し間を置くと、その先は? と促すような視線を返して来たのだが、その先は言うまでもない。

「後は簡単よ、私達の手で仕留める。それだけ。……貴方、戦いの自信は?」
「それなりには。コメットの案なら、他の探検隊には姿を見られなくて済みそうだから、本気をだせるよ」

 言葉と共にファントムの、リーフィアとしての姿が揺らぐ。次の瞬間には、そこには赤黒いたてがみの綺麗な、二足の獣の姿が立っていた。

「それが貴方の本当の姿? そんな姿の……それも他者に化ける能力のポケモンは初めて見たわ……」
「そう、これが僕の本当の姿、ゾロアークだよ。そもそも僕らはこの地方には生息していない種だし、今まで正体は隠し続けていたからね。多分、生きてゾロアークの姿を見るのはコメットだけだと思う」
「ファントムの正体が割れない理由はこういうことだったのね……」

 ここまで綺麗に化けて、本来の姿を晒さずにいたのなら、なるほど正体不明のままだった事も納得がいく。

「それじゃ行こうか、コメット。偽ファントムがすんなり見つかるとは限らないしね」
「え、えぇ、そうね。行きましょうか」

 少しばかり彼に見惚れていたようだ。彼の声に我に帰り、森の入口へ歩を進める。

 入口から攻略しなおしになった帰らずの森も、二匹にとってはもう慣れた道になっていた。
フロア中の気配を探知しながら進むため、歩みこそ遅かったが野生化したポケモンに出くわす事も無く順調に階を進める。

 幸運な事に、その時は早く来てくれた。9階を抜けそうかという頃。前方の通路に不意に気配が一つ。
野生化したポケモンとは明らかに違う動きで、上手く木陰で視線を切り、隠れ待ち構えている。ほぼ同時に、背後からかかる声。

「汝ら、開拓隊の探検家と見た。我が名はファントム! いざ覚悟!」

 ビンゴだ、背後から迫りくる気配を感じる。しかし、みとおしメガネが反応しているのは前方のみ。小声で合図を送る。

「後ろの声は偽物、前方に本体が潜んでる。……私の前まで陽動できる?」
「了解、まかせて」

 言うが早いか、ファントムが身を翻し跳ねる。背後からの襲撃に、跳躍と体重を乗せた一脚を見舞う。
鈍い直撃音。しかし、それはただの丸太であった。その隙を逃さず前方から飛び出す影。
青く細い四肢、その手には圧縮されたみずしゅりけん。ファントムの無防備な背めがけて飛び掛かる。

「かかったな! ゲッコウガ流みがわりの術! 本物は……」
「”本物はこっちだ”って?」

 ファントムの身体がみがわりの丸太を足場に宙を舞い、迫るゲッコウガと目が合う。鮮やかなとんぼがえり。
その後の反応はファントムの方が速かった。みずしゅりけんを構えたゲッコウガへのふいうち。急所への一撃ではないものの、地面へと叩きつけられた目の前には、わざを構え終えたコメット。

「カンペキ! 後は任せて……ーーーーー!!!!!」

 ハイパーボイス……フェアリースキンを持つ彼女の十八番の強烈な音波の衝撃は、直撃したゲッコウガを派手に吹き飛ばし、昏倒させる。

「わぁ、とんでもない威力……。彼、気絶した……かな?」
「……うん、気絶してる。やるじゃないファントム、最高のアシストだったわ」
「コメットこそ、まさか一撃でノックアウトさせるなんて……」

 木に打ち付けられたゲッコウガの意識が無いことを確認すると、終わってみればあっけないファントム討伐の安堵と達成感に、どちらからともなく、笑い声が溢れる。

「案外私達、相性良いかもね。この調子で流紋の丘まですんなり辿り着けちゃったりして」
「それなら、その流紋の丘の……ええと、中継地点? の場所なら僕、知ってるよ。何度か塔を目指したこともあるからね」
「……! やるじゃない! この偽ファントム……ゲッコウガを開拓隊に突き出したら一緒に行きましょうよ」
「うん、任せておいて! 帰らずの森のいつもの中継地点で待ってるね」

 こうして、開拓隊による活動開始わずか1週間足らずして、双星の子によって帰らずの森が踏破されたことは、トレジャータウン中を賑わすニュースになるのだった。

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―エピローグ2―

 夜の帳に覆われた塔は闇にまぎれ、みえずとも確かにこの先で新たな探検家を待ち受けている。
その麓、流紋の丘入口の中継地点。
使いやすいよう組まれた石のキャンプファイヤーに、ボロボロに腐り使いつぶされた小屋。
焚火に照らされる影と、追いつく者がひとつ。

「よく来たね、ここに来るのは明日になると思ってたよ」
「なんだか興奮しちゃって。この丘の先にあるのよね、黒曜の塔が」
「そうだよ。……まだ僕一人でこの先を抜けた事はないから、黒曜の塔まで辿り着いたことは無いし、どんな場所かは想像も付かない。
でもきっと……僕らなら上手くいきそうな気がするんだ」
「そうね、なんだか不思議な感じ。まるで何かに導かれたみたい。
そうだ、出発する前に貴方の名前を教えて、本当の名前を。
貴方を私の探検隊に迎えるのに、ファントムって名前じゃあ都合が悪いもの」
「そうだった、まだ僕の名前を伝えてなかったね。僕の名前はカゲロウ。ゾロアークのカゲロウだよ。改めてよろしくね、コメット」
「えぇ、よろしくね、カゲロウ」

 二つの影が遠くそびえる先の見えない暗闇へ、確かに繋がる光を胸に歩みだす。

fin

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