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written by [[慧斗]]
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平成三十四年トリロジー
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**壱の重 雷・皇・招・来 [#TzgcKt7]
「おい、嘘だろ⁉」
町まであと少しの所で虫よけスプレーの効果が切れて、もう少しで草むらも抜けられるしと思った矢先、あと少しの所でポケモンと遭遇してしまった。
まだ温厚なポケモンなら事態はマシだったのかもしれないが、よりにもよって遭遇したのはリングマ。この辺に生息するポケモンの中ではかなり凶暴な事で有名。
こいつらに冬眠の概念はあるのかなんて思いながら木々の間を走り抜けて逃げ切ろうと考えたのは完全に悪手だった。リングマにとって木々の間を走り抜けることなんて、人間で例えるなら区画整理された分譲地を走り抜けるのと同じ。
町から離れてしまった以上、他のトレーナーに助けは求められないし、バッグにはピッピ人形なんかも入ってない。モンスターボールはあったかもしれないが大方無駄なあがき。
これは僕の人生のリザルトを始めた方がいいかもしれない。
案の定岩壁で行き止まり。ご機嫌斜めなリングマは鼻息荒く僕を睨みつけている。
もう助からない気もするが、最後の望みをかけて声の限り叫んだ。
「誰か、助けて!」
「りょーかい」
渾身の悲鳴は数瞬の後に間の抜けた返事を返される。
その直後、朝焼けの空を白く変える様な発光。
あまりのまぶしさに目をつぶったが、恐る恐る目を開けるとリングマが戦闘不能になって倒れている。
「い、一体何が…?」
思わず声に出してしまったが、特に答える相手もいないはずだ。
はずだった。
「いつもニコニコお前の傍に這いよる雷皇、いかずちポケモンのライコウとは俺の事だ!」
どこかのラノベで聞いたことのあるような台詞で僕の前に現れたのは、このジョウトでも滅多に見られないとされるポケモン、ライコウだった。
新年早々、僕はとんでもない事になっているらしい…
さて、と呟いてライコウは僕の方を見る。
いや、リングマよりライコウの方が冷静に考えたら危険な気がする。
さっきリングマを倒したのも僕を襲うためだったのかもしれない。
だとしたら今度こそ終わりだ、ライコウ相手に命を落としただけマシと考えるか。
…いや、まだ死にたくないよ!なんかまだ手はあるだろ!
必死にカバンの中をひっかきまわしていると、モンスターボール以外に形状の違うボールが入っていたのに気が付いた。
マスターボール、野生のポケモンを絶対に捕まえられる夢のようなボール。腕利きのトレーナーでも滅多に持ってない代物をトレーナーじゃない僕が持っているのは十分変な話だとは思うが、たまたま忘年会の余興のビンゴ大会の優勝賞品に手に入れていた奇跡に感謝。
ライコウには気の毒だけど、こっちは命がかかってるんだ。
悪く思わないでくれ…!
もう一度祈りを込めてマスターボールをライコウに投げた。
見事にライコウに命中、光のエフェクトと共にライコウはボールの中に吸い込まれていく。
何とか命だけは助かった…
ライコウは後で自由にしてあげるべきか考えていた時だった。
マスターボールは一度も揺れずにライコウは中から出てきた。
「ここに来て不良品のマスターボール⁉」
この土壇場で絶対捕まえられるの看板に偽りありと発覚。
不良品のマスターボールはどこに連絡すればいいのか考える以前に多分ライコウを怒らせてしまっている。
思わぬアクシデントの連鎖で僕の命日は元日に決まったかもしれない。
「なぁ、お前」
「⁉は、はい⁉」
特性によるものなのか、とにかくプレッシャーがすごい。
「お前に良いニュースと悪いがあるんだけど、お前どっちから聞きたい?」
「へ?」
「いや、人間はよくやるだろ?だからお前はどっちから聞きたい?」
少し困ったような表情に見えたが、とにかくプレッシャーの影響なのか緊張しているせいなのかまでは分からないが、ライコウを怒らせてしまってないか不安になる。
落ち着くんだ、一歩でも間違えて怒らせてしまえば間違いなくお陀仏。どう考えても生死の天秤はライコウ次第なんだ…
「えっと、悪いニュースからでお願いします…」
「悪いニュースから聞いてくれて随分話しやすくなった、さっきお前が俺に投げたボール、色とか同じだったけどアレ、ヘビーボールだったぞ?」
「ヘビーボール?」
「そう、黒いぼんぐりで作るボールな。あれ出っ張りもあるし、色とか塗りなおしたら完全にマスターボールの見た目になっちまうんだよな」
ってことはさっき揺れもしなかった理由って…
「始めからお前を騙すためだったのかそれとも単なるジョークグッズだったのかまでは俺も知らないが、お前はヘビーボールをマスターボールと思い込んで俺に投げてたって訳だ。トレーナーじゃないから無理もないが、残念だったな!」
「で、良いニュースってのは?」
マスターボールだと思って投げた僕がよっぽど可笑しかったのか、途中から笑いながら悲しい事実を告げるライコウに内心ムッとして問いかける。
「悪ぃ悪ぃ、それが本題だった」
「本題?」
「そうだ、実はお前は俺と出会ったちょうど1万人目でな、特別に俺はお前のポケモンになってやる事にした!」
リングマに追われていた時から、様々なアクシデントに見舞われても辛うじてまともな理解をしようと頑張っていた僕の頭だけど、このライコウの発言で完全に考えることを放棄してしまった。
「いやいや、トレーナーじゃない僕には上手くできる自信ないよ…」
「気持ちは分からなくもないが、割とトレーナー初心者はみんな同じ事言っておいて最終的にチャンピオンとかそこら辺の強いトレーナーになってんだよ、だから大丈夫だって!」
「でもそうは言ってもやっぱり色々不安で…」
「お前また野生のポケモンに命を狙われたいのか? 飯さえくれりゃ強力なボディーガードのポケモンが助けてるれる、こんなオイシイ話は滅多にないだろ?」
「そう、かな…?」
「そうだ、というわけでこれからよろしくな!」
ライコウ自身が差し出して来たスピードボール(ライコウ曰く「折角ならデザインを気に入ってるこのボールでゲットされたい!」とのこと)を使うと、数回の点滅の後、ゲット状態になる。
「んじゃ改めてよろしく!」
「よ、よろしく…」
こうして新年早々(向こうからの熱烈な要請により)僕はライコウのトレーナーになってしまった。
幸運も悪運も全て使い切った様な状況だけど、僕はこれからどうなってしまうんだろう…
あれから2時間、ひたすらライコウに振り回され続けていた…
『俺に乗ればお前の家だってすぐだ!』とか言い出したと思えば、僕を背中に乗せて家の場所も聞かずに猛スピードで街中を走り出して大騒ぎになってしまうし、さっきもコンビニへ予約していたおせちを受け取りに行こうとしたら、『受け取りぐらいなら俺にだってできる!』とか言い出して、流石にこれ以上街中を走り回られると収拾がつかなくなりそうだったので、必死になだめながらこたつにご案内して出られなくなったタイミングでそっと家を出た。
余計な事をするなと言ってしまうのは簡単だったが、なぜかライコウの言動には一切悪気がないように感じられてしまって何も言えずにいる。
とは言っても道行く人には既に【さっきライコウの背中に乗っていた人】と認識されてしまっていて、僕を見る視線でもう手遅れだと内心悟ったが…
コンビニの店員には見られていなかったのが不幸中の幸いで、普通の客と変わらない対応だった。
とりあえずいつもの感覚でお菓子や飲み物を買って、予約していた一人用のおせちを受け取ると、好奇心強めな周囲の視線に耐えながら一人帰ることにした。
駅から徒歩5分ぐらいの背の低いマンションでも、正月になると案外シンとしている。
1階の停まったままのエレベーターに乗って思わず安堵の溜息が出た。
ライコウと遭遇してから2時間程度でここまで精神的に疲弊するとは自分でも思ってなかった。
眠ってるタイミングで丁重にお帰り頂く事も考えるか…?
多分リングマに襲われて疲れてるだけかもしれない、とりあえず帰っておせちと酒でも入れればちょっとは気分も楽になるかもな…
そんなことを考えながらドアを開けるとライコウは相変わらずこたつでくつろいでいた。
が、コンビニに行く前と比べると明らかにおかしな点が…
「硬くて開けるのに一苦労だったけど、これ結構美味いな!」
おせちと一緒に飲もうと冷蔵庫に大事に保管していた缶ビール(牙でこじ開けたらしい)を飲まれてしまっていた。
「これも美味いけど、ちょっと塩きつすぎないか?もうちょっと塩抜きした方がいいぜ」
しかも単独で買うぐらいには好物の数の子を肴にしながら。
こたつで駅伝見ながら数の子を肴にビールを堪能、こいつ正月を堪能しすぎだろ…
「飲むなって言ってない僕も悪いからとやかく言わないけど、何でビールと数の子まで勝手に食べちゃったの?」
『振り回されて精神的に参っている僕の気も知らずに…』と思っているせいか、声には怒りの色がにじみ出てしまっている。
「悪ぃ、腹減っててな… でもお前の分はちゃんと置いてあるぞ…?」
想像以上にしゅんとしてしまった。出会った時の豪快な印象とはかけ離れていて、内心驚きつつも冷蔵庫を確認すると6缶パックのビールを1缶飲んでいただけだし、数の子に関しては二腹程しか食べていなかったらしい。
「あ、これぐらいなら問題ないよ」
「そか、なら良かった…」
かなり低めのテンションになってしまったらしく、さっきまでの勢いは行方不明になってしまっている。
個人的にはその理由が結構気になるところだが、下手に触れるのも気が引けてしまうのでとりあえずおせちとビールをこたつに移動させることにした。
「えっと、どれか食べたいのある?」
「…」
「数の子こっちにもあるけどもっと食べたい?」
「…」
「…とりあえず適当に何か取ろうか?」
「…。」
さっきからテレビを見ているわけでもなくこの調子。
頷いてくれたから皿にちょっとずつ盛り分けて渡すことに決めたけど、さっきからライコウの様子が変だ。初対面の時に感じた荒々しさを感じるような豪快さは相変わらず行方不明。それどころか不安を抱えた子供の様にずっと僕の顔色を伺っているようにも見える。
もしかして酔ってるのかな?
なんて思ったけど本人に聞かなきゃ多分分からない。
「どこか具合悪いならポケモンセンター行く?」
「…いや、別に具合は悪くないな」
口調こそ変わらないけどやっぱり何か変だよね…?
「なぁ、お前、ちょっといいか?」
「な、何かな…?」
「俺の、頭撫でてくれないか?」
「あ、頭?」
「そうだ。別にサザンドラじゃないから頭の場所が分からない、なんてことはないよな?」
「まあ、頭の場所は分かるしそれぐらいは別にいいけど…」
割と突然の頼み事に少し困惑しながらも、頭にそっと手を伸ばしていく。
「…?」
「…」
…何なんだ、その無表情に見せてさりげなく期待の眼差しをこっちに向けてくるのは。
撫で始めるまでこのコンボで責められそうな気がして、覚悟を決めてライコウの頭を撫で始めた。
なでなでなでなで。
さわさわさわさわ。
わしゃわしゃわしゃわしゃ。
なでなでなでなで。
効果音を入れるなら多分こんな感じ。
どんな風に撫でればいいか分からなかったから、とりあえず人間の子供を褒めて頭を撫でる様なイメージで撫でてみている。
そういえば今までトレーナーじゃなかった僕にとっては初めて撫でたポケモンがライコウということになり…
…全人類で見てもかなりレアな状況だよね、これ。
「ああ、スゲーいい… 俺の憧れだった誰かに撫でられるこの感覚」
「…憧れ?」
「さっきお前に言っただろ?お前が1万人目だって」
…そういえばそんなこと言ってたっけな。
さっきから驚愕する事態だらけで記憶もあいまいになってるけど。
「そっから分かると思うけど俺にも前に人間のトレーナーがいた、最もポケモンハンターと戦うときに成り行きで共闘したのがきっかけだったけどな」
撫でられて気持ちよくなったのか、どこか遠い目で語り出したライコウ。
色々気になって声をかけたくもなったが、話しかけるのも野望な気がしてそのまま黙って撫で続けることにした。
「それであいつから『一緒に冒険してみない?』って提案されてよ、野生暮らしもそれなりに楽しかったけど、他のあいつらとも最近は疎遠だしこの際旅に出てもいいかなって思ってあいつに付いていく事にした。もし俺がいなくなった事に気づけばあいつらだってちょっとは心配してくれるかもだし、旅先で出会えばそれはそれで面白そうだったからな」
多分ここでいう【あいつら】はエンテイとスイクンだろう。
「それで、出会うことはできたの?」
黙って聞いてようと思ったが、思わず話の続きを聞いてしまう。
「いや、俺も気づけなかったがあのトレーナーは重い病気持ちでよ、気づいた時には俺とお別れでまた野生に戻っちまってた。正直あのトレーナーは優しかったし嫌いじゃなかったが、それなりに期間は開いたからあの二匹を心配させるには十分と思って俺は一度帰ることにした」
「けど、戻った時にはあいつらの姿はなかった。前々から人間のストーカーに悩まされてたっていうスイクンはまだしも、滅多に人前に出ないエンテイぐらいはいると思ったのにその予想すらも外れていた。その時俺は気づいた、『何気ない存在の温もりを忘れたせいで、いざ無くしてからどうしようもなく寂しくなっている』という事実にな」
「…」
「それから野生のポケモンの一部は俺を慕って近づいてくれたが、今までは十分だったのにそれでも何故か満たされなかった」
あくまで推測なのでライコウには言わないが、多分一度トレーナーの下にいた影響で無意識のうちにトレーナーや人間といることを好むようになってしまったのだろう。
「でも人間に近づいても大体怖がって逃げてしまうし、何より他の野生ポケモンに危害が及ぶのが心配だったからな、俺があのトレーナーと別れてから1万人目に出会った人間の所に行くって決めていた」
「それで僕の前に…」
「だから、お前に気に入られたかったけど、元の性格でわがままな事しちまうから嫌われちまわないかずっと心配でよ…だから…」
「だから?」
そこまで言って、ライコウは僕の胸元に顔を摺り寄せる。
「ライコウ?」
「この期に及んでわがまま言っちまう俺も情けないのは自覚してる、けどお前が嫌じゃないならこのままでいさせてくれないか…?」
さっきまでの自身たっぷりな豪快さとは真逆に、不安と寂しさを孤独に抱えて泣きそうにも見えた。
そしてこの表情を見た時に思い出した、小さい頃に読んだ本に書いてあった文章を。
『ライコウは 非常に荒々しい性格をしている一方で 非常に友情に厚い』
この文章の通り、ライコウは荒々しくも友情に厚い。
そして友情に厚いのは寂しがり屋の裏返しでもある…
頭の中でその結論に至った時、僕は思わずライコウを抱きしめていた。
「お前、どうした…?」
「ずっと寂しかったんだよね? 僕でいいなら一緒にいるよ?」
「…いいのか?」
「もちろん」
不安に震える声に対して自信を持って答える。
「お前、ありがと、な…!」
フリースに摺り寄せる様に押し付けられた頭を抱きしめる。
「そんなに気負わなくていいよ、僕も基本友達とかいないから」
「そいつは違うな」
しばらく抱きしめていた後、安心させようと思ってかけた言葉にライコウから訂正が入る。
「仮に昨日まで友達いなくても、今日からは友達、いるよな?」
「そうだね、今日からはライコウが友達、なんだよね…!」
「そういうことだッ…!」
顔をあげて笑顔で訂正内容に頷くライコウの目に、光るものが見えたがそれは稲光ってことにしておこう。
もうこれからは喧嘩はしても、寂しい思いはさせない。そう心に誓った。
「…そういやお前、名前は」
「僕の名前? マヒロ、だけど?」
「りょーかい、改めてよろしくな、マヒロ!」
今度はライコウの前足が僕の首の後ろに届いて抱きしめられる形になる。
けれど僕には体重を支えきれずに仰向けに倒れるけれども、そんな瞬間から幸せに感じる。
「これからよろしく!」
新年早々ちょっと奇妙な事に遭遇しまくったけど、案外幸先いいかもしれない…!
「ライコウ、首元に何か当たってない?」
「これか? 前のトレーナーが俺に付けたんだけど、欲しかったらお前にやるよ」
言われてライコウの首元を見るとおまもりこばん。
「それ付けてバトルしたら結構稼げるんだよな!」
それはアイテムの仕様だし、まずライコウならこの近辺のトレーナーぐらい楽勝だろう。
「ん?背中にいっぱい何かついてない?」
「それか? 俺のコレクションなんだけど、友達だしお前に分けてやるよ」
そう言ってバラバラ背中から落としてきたのは彗星のかけら。
「マヒロ、そいつで何か美味いもんでも食おうぜ?」
妙にしたり顔なライコウを見て全てを察した。
前言撤回、この友達はあまりにも金運強すぎるんだよ…!
**弐の重 Iの衝動/烈火の十二支論争 [#Kn07KRP]
「絶ッ対にオレはそんなの認めないぞ!決して!ネバー!」
勢い良く閉まった玄関のドアと舞い上がる枕の中の羽根。
普段から何気ない喧嘩をすることは多かったけど、大体すぐに仲直りできていた。
けれども今夜はついにあいつを本気で怒らせてしまった。
大体の大喧嘩と同じようにきっかけは些細な冗談から。
年越しそばを食べ終わった後、テレビから流れる年末特有の歌番組を作業用BGMに結局返信だけでいいかと思って先延ばしにしていた年賀状の作成をしていた。
「なぁ、来年の十二支から考えて、年賀状にオレの写真とか使ってくれてもいいんだぜ?」
あいつはこたつで丸くなってはいないが、ファンヒーターの前から離れずにレイアウトを考えている僕に声を掛ける。
大体こんな話題振ってきたって事は年賀状に使ってほしいってことなんだろう。
でもここで魔が差したというか、ついついからかってみたくなってしまった。
「いや、流石ネコは十二支絡みの年賀状で使えるわけないじゃん」
いつもなら「お前冷たいなぁ」みたいに冗談で終わっているから、今回もその感覚で言ってしまった。
けれどもそれが間違いだった。
「おいおい、黙って聞いてりゃ流石にそれは言い過ぎなんじゃないのか?」
「いや、ただの冗談なんだからそんな真に受けないでよ…」
「冗談でも言っていい事と悪いことがある、それぐらいお前でも分かるはずだぜ!」
「だから別に怒らせたくて言ったわけじゃ…」
「それでもだ、オレ達の種族を馬鹿にする様な発言だし、何よりお前はそんなこと冗談でも言わないって信じてたんだよ!」
やっと気づいた、けれども気づくのが遅すぎた。
あいつが純粋な性格であるが故にプライドを傷つけないようにしたり、場合によっては冗談だって控えるべきだった。
だがそれに気づくのが遅すぎた。
軽く家の中で暴れて近くにあった枕を僕に投げつけた後、あいつは勢い良く家を出て行った。
掴んだ時に爪で布が裂けたのか、中の羽毛が飛び出して部屋を白い羽が埋め尽くした。
遠くで鳴りだした除夜の鐘が近くで響いているように感じた。
「クソッ、いくら何でもムキになりすぎだろオレ…!」
勢い良く家を飛び出したのはいいけど、行く当てもあるはずがない。
とりあえず近くの自動販売機の前まで走って軽く深呼吸する。
息切れする程も走ってはいないが、この荒れた気持ちを落ち着けたかった。
T字路のカーブミラーは自販機の照明を光源にして、白い羽根を身体のあちこちにくっつけたガオガエンの姿を映している。
さっき投げつけた枕、そういや爪が食い込んで布地裂けてたっけな…
ムキになった事を少し後悔しつつ、身体にくっついた白い羽根を抜いていく。
抜いた羽根は地面に落ちていたけど、しばらくして吹き始めた夜風が空に白い羽根を舞い上げる。
「謝ってもあいつ、オレを許してくれるかな…」
遠くで聞こえる除夜の鐘を聞きながら呟いても、答える相手もいないので実質自問自答。
なんだか空しくなって自販機を覗くと温かい飲み物の比率が多くなっている。
確か今夜は雪の予報じゃないから大丈夫だとは思うけど、さっきまでファンヒーターの熱風を独占していたオレにとってちょっと寒いのは精神的に辛い。
自販機の下を覗くと500円玉が落ちている、これはラッキーだ。
とりあえずコーヒーの缶のボタンを押して、手の中に温もりを手に入れる。
『100円玉で買える温もり』なんて歌詞の曲を聞いたことあるけど、残念ながら今では100円で何か買える自販機の方が圧倒的に少ないし、この自販機も例外じゃない。
思わず世知辛いと嘆きたくもなったが、これ以上精神的にマイナスになると泣きたくもなりそうで、一旦考えるのは止めてプルタブを開ける。
オレは炎タイプなので、缶コーヒーの温度を温かいままにしておくのはお手の物。これで温かいままの時間を稼げるので急いで飲む必要もない。
自販機にもたれかかって立っていたが、少し疲れたので腰を下ろす。
そういや除夜の鐘、鳴り終わってたな…
温もりを維持したままの缶コーヒーを飲みながら、外の音に耳を澄ませたり、あいつと過ごした日々を色々思い出したりしていた。
ポケモンバトルに明け暮れたり、一緒にゲームで一喜一憂したり、そんな何気ない瞬間すらも愛おしく感じてしまう。
別にもう会えない訳でもないが、別れを惜しんでいる様な気分になってしまうのはどうしてなんだろうな…?
自販機にもたれかかったまま薄暗い空を見上げる。このまま帰っても良かったけれど、意地っ張りな性格は朝まで粘ろうと考え始めたので、俺もそれに従うことにした。
先に意地悪な事したのはあいつなんだし、俺の意地悪だって少しは許してくれるよな…?
すぐに帰ってくるだろうと踏んで待っていたけど、なかなか帰って来なくてそのまま待っていたらこたつで寝落ちてしまっていた。
スマホを起動するともう8時。
寝ている間に帰ってきた、なんて事はなかったらしく流石に心配になってきた。
もしかしたら初詣の会場とかにあるストーブで温まってるような気がしないでもない。
とにかく考えるよりも探しに行こう。
あいつの気持ちも考えないで怒らせてしまったことへのせめてもの償いだ…
「やべ、寝ちまってたな…」
自販機にもたれかかったまま眠ってしまっていたらしい。
凍死する程寒い訳じゃないが、人間だったら間違いなく風邪をひいてこじらせてしまいそうな寒さ。
缶コーヒーの残りを缶越しに温めて蘇生したホットコーヒーを飲むと、ぼんやりしていた頭がようやく動き始めた感じ。
炎タイプでもこう寒いと外部からの温もりは欲しくなる。
「さて、と…」
そろそろ帰ろうと思って立ち上がると、もたれかかっていた自販機にしるこドリンクが売られている事に気付く。
「この前あいつ飲みたがってたっけな…」
さっきのおつりで十分買える値段。ボタンを押すと温かい状態で出てきたが、なんとなくもう一つ欲しくなって小銭を入れてボタンを押す。
お土産を二つ持って家に帰ろうとすると、カーブミラー越しに見慣れた姿を見つける。
けれど、あいつはオレに気付いていないらしい。
思わず声をかけようとしたが、その時には既にいなくなってしまっていた。
家で待っていればいい、なんて冷静な判断している余裕はなかった。
急に見捨てられた様な気分がこみ上げて、気がついたら走り出していた。
近くに神社がある影響で、初詣の客とよくすれ違い、追い越し追い越されながら川沿いの道を探して歩き回る。
「本当にどこに行っちゃったんだろう…」
何か事故に遭ってないかとか不安がよぎるけれど、それでも平静を装って探し回る。
状況によってはポケモンセンターへ捜索届を出した方がいいかもしれない。
「おい、何だアレ⁉」
「何かがこっちに走ってくるぞ!」
周囲の喧騒にそんな思考も一通りストップする。
まさか、あいつに何かあったんじゃないだろうか…⁉
人混みをかき分けて辺りを見回すと確かに遠くの草むらから何かが近づいてくるのが分かった。
「あれは人を乗せた、ポケモン…?」
それにしてもやけに速度も速いし、この辺では見ないポケモンか…?
「おい、あれライコウじゃないのか⁉」
「すげー、新年早々ツイてるぞ!」
どうやら走ってきたのはライコウらしい。確かにレアなポケモンだけど、残念ながら僕の探しているポケモンではない。
そう割り切って他の場所を捜しに行こうとした時、背後に何かが近づいてくる気配…
「うわっ、ライコウが飛び込んできた!」
「危なかった…!」
どうやら人混みもライコウの走行ルートになっていたらしい。
そのままジャンプして走り去ってしまった。
幸い怪我人はいなかったが、その時に人混みの揺れで僕はバランスを崩してしまう。
確かこの後ろって川…
条件反射的に手を伸ばしたが掴める物なんて何もない。
ダメだ、このままじゃ川に落ちる…!
痛みや冷たさに身構えて目をつぶった時、誰かが僕の手を掴む。
力強い手はそのまま片腕だけで僕を持ち上げて道に戻す。
一瞬誰かと思ったが手のひらに感じる肉球の感覚でもう分かっている。
すごく心配そうな表情でガオガエンが僕を見ている。
「あ~そのなんだ、言わなきゃいけない事も言いたいことも渋滞しちまってるけどとりあえず…」
黙って人差し指を口元に当ててそこから先の言葉を遮る。
彼なりに気にしてくれているみたいだけど、少なくとも謝ったりはしないでほしい。はっきり言って謝らなきゃいけないのは僕の方なんだし。
「昨日は色々ガオガエンの気持ちも考えずに大人げない事しちゃってごめん、寒かったんじゃない?」
「別にオレが意地張ってたのもあるからお前は気にする必要ないぜ、それより、さっきかったしるこドリンク、一緒に飲むか?」
ああ、ガオガエンは精神的に成長しているよ…!
少し親心みたいな物を感じながらしるこドリンクの缶を受け取った。
あいつは特に何も聞かずにオレを許してくれた。
それが嬉しくて今飲んでいるしるこドリンクだって普通に飲むよりもおいしくなっているはず…
「誰か!そのひったくりを捕まえて!」
神社の方から聞こえる金切り声と近づいてくるどよめき。
まあ、触らぬ神になんとやらと言うし、このまま静かに…
「どけ、このネコ!」
カランカラン…
誰かが勢い良く走り抜けていった後に、気がつくと飲みかけの缶は地面に落ちてしまっている。
「なぁ。これはオレとお前に個人的に喧嘩売ってきたってことだから、別に手を出してもいいよな?」
「いいよ、でも相手は人間だから程々にね?」
今年はあいつの優しさに応えられるように頑張りたい、そう思いながらオレは追跡を開始した。
追跡、なんて言っても人間を追いかけることなんてそんなに難しいことじゃない。
30秒もあればひったくり犯を捕まえてしまえた。
「離しやがれ!」
万一に備えてナイフを持っていたらしいけど、そんなのポケモン相手には子供だましにもならない。振り回す隙も与えずに人差し指と中指の力だけで軽くへし折った。
折角買ったしるこドリンクを台無しにした罪は重い…!
「クソッ、スリーパー、この野良猫を…」
「オラァ!」
ボールから出来てたスリーパーも戦闘態勢に入る前に顔面に一撃入れて戦闘不能。
それにオレ相手にスリーパーなんて、他に戦えるポケモンがいなかったかタイプ相性を知らなかったかのどちらかだろう。多分前者だろうけど。
「さて、と…」
「ひっ…⁉」
ひったくり犯に向き直って睨みつけると情けない声をあげて硬直する。
「お前にはいくつも言いたいことがあるけど一番大事な事だけ言わせてもらう。さっきからネコなんてほざいてるけどな、少なくとも今年が寅年である以上ガオガエンは虎カウントに入れろテメ―の異論は認めねぇ!」
こいつの異論だけにしたのはオレなりの配慮と言いたいけど、実はたまたま口から出ただけだ。
「そしてしるこドリンクを台無しにした落とし前はキッチリつけてもらわないとな…?」
「ほ、ほら、金ならあるからそれで許してくれよ、な?」
違う、オレは代わりが欲しい訳じゃない。
「やれやれ、お前みたいな煩悩の塊、できれば除夜の鐘みたいに108発ぶん殴ってやろうと思ってたけど年越しちまったからもう使えないんだよな…」
心底残念そうな口調に安心したような表情を見せたらしい。
「しかも今日は2022年の正月と来たから仕方ないな…」
逃がしてもらえると勘違いらしく、回れ右したひったくり犯の首根っこを掴む。
始めから逃がす気も許す気もない。
「だからその代わりに2022発、テメーをぶん殴る!」
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!」
どこぞのマンガの主人公みたいに叫びながら殴りつけていく。
この際こいつでオレのモヤモヤや煩悩も一気に吹き飛ばしてしまおうか!
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!」
ガラルへ旅行した時にインファイトを覚えておいたのが幸いだった。
多分他の技だと上手くラッシュできない気がする。
「WRYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY!」
4発1セットでカウントしているけど、2022発撃ち込むなら505セットで2発余る計算なのか?
…一回のオラで4発以上叩き込んでる気もするから、この法則性は多分あんまりあてにならないけどな!
一応言われた通りに手加減はしているけど段々楽しくなってきた。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!」
テンションが上がるにつれてヒートアップしてさらに上昇するラッシュ速度。
これは次のバトルの時に使えるかもしれないな…!
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!」
ある意味オラオラの部分を声に出して読めばストレス発散に繋がる気もする。
でもそろそろラストが近い。ラッシュ速度を安定させて回数を調整する。
「オラァ!」
これで、2022発だッ!
ひったくり犯自体は最初の数発でグロッキーになっていたから、途中からはほとんどサンドバッグだったし、それでも命に別条はないはずの威力に制限してもかなり爽快な気分になれている。
それから1時間もしないうちにあいつと一緒に昨夜ぶりの帰宅をすることにした。
(ひったくりの件は警察が全て対応してくれるらしいし、何ならオレはお手柄扱いでかなり驚いたのはみんなには内緒だ…!)
「お疲れ、帰っておせち食べようか?」
「そうだな、オレは数の子多めにしてくれ!」
「はいはい、ちゃんと用意してるよ」
「そっか、いつもありがとうな…」
「…?どうかした?」
「いや、なんでもない」
こいつと一緒にいられるこの時間、今年はそれも大事にすることがオレの抱負だな…!
この後、トレーナーとのツーショット写真を年賀状に使ったことを知ってガオガエンは恥ずかしさに赤面する事になるが、それはまだ先の話である。
**参の重 なぜ僕のレントラーは初詣中にいなくなったのか [#XDCho2M]
財布から5円玉を取り出して賽銭箱に小銭を入れる。
そして鐘を鳴らして二礼二拍手一礼。
一昨日テレビで「お賽銭に10円は遠縁と読めてよろしくない」とか言ってたので、「ご縁」あればいいよね、なんて建前と、10円より安く済んでいいねなんて本年は見事に共存、今年からお賽銭は5円に決定だな、と心の中で覚えておこうとする。
「さて、レントラーはおみくじひいてみる? レントラー?」
けれど、さっきまで一緒にいたはずのレントラーがいつの間にかいなくなってしまっていた…
ご主人には心配させてしまうかもしれないし、勝手にいなくなっちゃうのは悪い事だって分かってるけど、それでもあたしにはやるべき事がある。
オスみたいにたてがみがもう少し長かったら寒さも少しはマシになるのかもしれないけど、今はそんなこと考えてる余裕なんてない。
12月から内緒で始めた計画もいよいよクライマックス、今日しくじってしまえば元も子もない。
ライコウみたいに荒々しく豪快に走り抜けて向かうのはケーキ屋だ。
「そういえばクリスマスに誕生日ケーキを作ってくれる店ってほとんどないよね」
全てのきっかけはご主人の何気ないこの言葉。
あたしは寝そべったまま黙って聞いてたけど、クリスマス以上にお正月とか三が日も誕生日ケーキを買える機会少ないんじゃないだろうか?なんて頭の中で考えていた。
だってご主人の誕生日は、ちょうど1月1日なんだから。
小さい頃からご主人とは一緒にいるけど誕生日ケーキを誕生日当日にありつけていた記憶がない。何ならコンビニのロールケーキを買ってもらった年には大喜びしていたっけ…
(そうだ、今度の誕生日にはあたしが誕生日ケーキを用意しよう!)
そう心の中で思った時からあたしの計画は始まっていた。
ご主人が寝た後、慣れない前足でパソコンを操作して近くのケーキ屋の情報を片っ端から調べていく。
どの店もお正月には空いてないことぐらいあたしにも分かってる。問題はこの奇想天外な計画に乗ってくれそうな店を探すことだ。
とりあえずあたしの計画のために想定していたいくつか条件の嚙み合うこの店なら、もしかしたら上手く行くかもしれない。
片言ながら依頼するための文章を作って、音が大きすぎないか心配しながらプリントアウトしてみる。我ながらいい感じかもしれない。
これからその店に届けに行っても良かったんだけど、時間が時間だし出来れば店の人に直接届けたい。
どうするべきか悩んでいる時に今日の新聞が届く音がした。
これを有効に使わせてもらわない手はない。
新聞に挟まった広告の中で、ケーキ屋に近い場所の店の広告だけを残して他は全部古新聞の間に挟んで隠しておいた。
これで買い物に行く方向を指定出来る可能性が高くなった。
ここから先は明日現場でする事にしよう。
欠伸しながら丸まってあたしは夢の世界に入っていった…
朝目が覚めると、ご主人は買い物の予定を立てていた。メモを見る感じ大体あたしの計画通りだ。
ポケモンフーズを食べ終わったら早速出発で、比較的大型のスーパーに行くことにしたらしい。
あたしはこそっと隙を見て店から抜け出して例のケーキ屋を目指す。
透視能力のおかげで壁越しに建物の中を見られるから、ケーキ屋のショーケースを目印にすればすぐに見つかった。
あたしの求めていた条件の一つ、「店主がポケモン好きである」をクリアしているのがすごく大きい。
なんとなく店の中を覗いてみると、美味しそうなケーキがずらりと並んでいる。
「レントラーなんて珍しいね、トレーナーのお使いかな?」
ちょうど他にお客さんのいないタイミングで良かった。
たてがみに隠しておいた、試行錯誤で書き上げた文章をプリントアウトしたA4の紙を渡す。
簡単に内容を言うなら、「ご主人のお正月が誕生日で、当日に誕生日ケーキを食べたことがないので作ってほしい」という内容。
もちろん代金としてきんのたまは2個持ってきているから、タダで作ってとは言わない。
「なるほどね…」
とりあえず捨てたりせずに読んでもらえた事に内心ホッとする。
「でもやっぱり正月のオーダーとなるとちょっとね…」
けれどもダメだったらしい、そろそろ帰らないとご主人に心配されちゃうし今回は諦めるしかないか…
「お使いの客か?欲しいケーキなかったのか?」
帰ろうとしたタイミングで背後から声をかけられて、振り返ると店の奥から初めて見るポケモンが顔を出していた。
名前は確か、ゼラオラ、だったっけ…?
「あー、気にしないで、ちょっとリクエスト出来なかっただけだから…」
「待てよ、お前は何をリクエストしたんだ?」
帰ろうとしたら呼び止められてリクエスト内容を聞かれる。別に内容を話すぐらいなら問題ないと思って簡単に内容を伝えてみた。
「お前トレーナー思いなんだな、俺からもちょっと頼んでやるからお前も一緒に来いよ?」
トレーナー思いだったリクエストを気に入ってくれたらしく、ゼラオラは一緒にお願いしてくれるらしい。
どうなるかは分からないけど、誕生日ケーキのためにも今はお言葉に甘えてみようかな…!
「頼むって、俺も真面目に手伝うから頼むよ!」
「普段そういってサボってばかりなのにか?」
ゼラオラは人間の言葉を話せるらしく、必死に交渉を頑張ってくれてるけど、反応を見る限りあまり期待は出来そうにないかな。
しかもあたしは蚊帳の外にされちゃってるし。
「頼むよ、クリスマスも頑張るから!」
「ゼラオラ、まさかお前…」
何度目かのお願いで、話の流れが変わったみたいだ。
「なるほど、そういう事か…」
そういう事ってどういう事だろう…?
「いいよ、レントラーちゃんさっきの紙くれる?」
突然の了承、一体何があったのかな?
とりあえず要件を書いた紙と代金代わりのきんのたまを渡す。
「まさかお題もちゃんと持ってきてくれてるなんて、うちのゼラオラに見習わせたいよ!」
なんとなく想像はついてたけど、ゼラオラはやっぱりここのお店の子だったみたい。
「こいつには心意気見せつけられちゃったし、君はお題きちんと持ってきてるし、ここは一つ腕によりをかけて作るとしますか!」
多分ミュージカルでもここまでとんとん拍子に話が進むことなんて滅多にない。
「じゃあ1月1日の9時頃に来てね」
そろそろ戻らないとご主人も心配しているだろう。軽く頭を下げて帰ろうとしたが、少し立ち止まってゼラオラに声をかける。
「一緒に頼んでくれてありがとう」
「…ッ! 早く帰らないと多分トレーナー心配してるぞ!」
「そうだね、ありがとう!」
今のゼラオラの焦り方とか了承してくれた理由とか気になる事は色々あるけど、今はご厚意に感謝してスーパーに走って戻ることにした。
買い物を終えてスーパーを出ると、外でレントラーは欠伸しながら僕を待っていた。
妙に暑そうだけど、誰かと追いかけっこでもしてたかな?
あれから気がついたらもう年が明けてご主人の誕生日になっていた。
もう一度ぐらいあのケーキ屋さんに顔を出したかったけど、残念ながら行く機会を見つけられなかった。
大体予想通り9時前に神社に行き始めてくれて良かった。これも計算に入れて初詣に行く神社から近い位置の店を探しておいて正解だった。
そして参拝しているタイミングでこっそりと抜け出してケーキを受け取って帰ってくる、あたしにとってそこまで難しい作業じゃない。
ごめん、ご主人のためにも今だけは良い子じゃいられないよ…!
店に到着すると、既に空っぽのショーケースの上にケーキを置いて待ってくれていた。
「崩れにくくはしてあるけど、揺れ過ぎないように気をつけてね」
そう言って、保冷バッグであたしの背中に固定してくれる。
でもゼラオラは今日はいないのかな…?
「それと、あいつは照れ臭がって出てこないみたいだから代わりに伝言してやるけど、デコレーションの砂糖菓子もちゃんと見てやってくれよ?ゼラオラのやつ、随分張り切って練習してたからな」
あのゼラオラが?どういう事なんだろ?
相変わらず疑問は尽きないけれどまた早く帰らなきゃいけないので、軽くお辞儀して急いで帰ることにした。
「レントラー!どこに行っちゃったの⁉」
神社まで戻ってきた時にはご主人はあたしを必死に探していた。
いつもなら隠れて後ろから驚かしたりもするけど、ケーキもあるし何より心配させてしまったのが申し訳なくて素直に前から顔を出す。
「レントラー! 良かった、無事だったんだ!」
いつも心配性だよ、なんて普段は思ったりするけど、今日は心配性な性格すらも微笑ましかった。
「そのケーキどうしたの?」
背中の保冷バッグには気付いてくれたみたいだけど、中身は家に帰ってたら開けて欲しい。
そう思って後ろから体を軽く押して帰ろうと催促すると、あたしの気持ちを知ってか知らずか家へと帰り始めた。
箱を開けた時のご主人の顔が見るのが楽しみだよ…!
「もしかして、この箱ってケーキ?」
流石に箱でケーキだと分かったみたいだけど、中身までは分からないらしく興味津々で箱を開けている。
「え、待って、これすごい!僕の誕生日ケーキだ!」
驚きの直後に弾けたとびきりの笑顔。
これだ、あたしが見たかったのはこの笑顔だ…!
「この砂糖菓子もオリジナルみたいだし、もしかしてレントラーが買ってきてくれたの⁉」
得意げにうなずきつつも、砂糖菓子についてはさっきお店でも話してたし、何か引っかかる。
シンプルながら美味しそうな誕生日ケーキの上に、手作り感のあるレントラーの形の砂糖菓子がちょこんと乗っている。
きっとあのゼラオラがあたしのために作ってくれたんだ。
そう思うと嬉しさと不思議だけど心があったまるような何かが込み上げてきた。
これが何なのかは分からないけどあのゼラオラにまた会いたい、そう思っている。
「でもわざわざお店とか調べてくれたんだよね?」
「えっ…?」
思わず変な声が出てしまう。
「ケーキ屋の検索履歴がパソコンに残ってたんだよね」
検索履歴までは気にしてなかった。
ってことは完全にバレてたの…?
「でも色々頑張ってくれたのが本当に嬉しかったし最高の誕生日になったよ、ありがとうレントラー!」
でもご主人は喜んでくれたみたいだし、結果オーライかな!
「そうだ、またレントラーの行ったケーキ屋さんに一緒に行こうよ!僕もちゃんとお礼言いたいしね」
ってことはまたあのゼラオラに会えるんだ…!
新しい年とともに新しい何かが始まろうとする予感、そしてゼラオラに会えるのが今から楽しみ…!
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あとがきのようなもの
去年お世話になった皆さんも、今読んでくれている皆さんも、新年あけましておめでとうございます!
忙しい日々なのは変わらないまでも、少しでも上達する事を目指して今年も創作活動を頑張りますので
今年もどうぞよろしくお願いします!
後は細かい設定とか作者コメント(未読の方はネタバレ注意)
雷・皇・招・来
ライコウをメインに書きたかったのでライコウに懐かれてそれに振り回される人間キャラのイメージ。
他の二匹に比べると周りを巻き込むような言動が多かったりするけど実は寂しがり屋という勝手な脳内設定もあり、人懐っこくてかなりグイグイ来るけど嫌われないかどうかをすごく気にしているキャラで書いてみた(回想シーンはその辺りの補強目的だったりする…)
ライコウとかレントラーみたいなポケモンってコタツが良く似合う(小並感)
Iの衝動/烈火の十二支論争
他の二つと比べるとかなりアクション色強めな作品。
何気ない話題から年を跨いでの喧嘩になって元日のうちに仲直り、割とベタなネタ(?)だけど書いてて楽しかった。
「ガオガエンのモチーフはトラかネコか?」論争については「状況に応じて使い分けろ」が慧斗の答えなんだけど実際のところどうなんだろう?
ラストのオラオララッシュが書いてて一番楽しかったのはここだけの話、ストレス発散に字書き勢良かったら使ってみてw
ちなみにタイトルのIはincineroarから来ている事に気付いた人はどれぐらいいるだろうか…?
なぜ僕のレントラーは初詣中にいなくなったのか
他の話とそれとなくリンクした世界線でご主人へのサプライズのために奮闘するレントラーの物語。
実はこの作品がストーリー構想で一番悩んだ作品。(12月31日生まれのフォロワーさんがいなかったらこの作品は多分生まれてない…)
当初はレントラーのみ登場予定だったんだけど、登場メンバーにゼラオラを加えたくなったので急遽飛び入り参加する形になってます。
結果として作品の方向性をいい感じに分けることができたので登場させたのは正解だったかな、なんて自画自賛…
レントラーとゼラオラのその後はご想像にお任せします…(書くとしたらハッピーエンド)
最後までお読みいただきありがとうございました!
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