作者:どっかの[[幽霊好きの名無し]] #contents **Note.1 [#m6c292d4] かつて、ホウエン地方に「キンセツシティ」という町があったことをご存じだろうか。そう、ポケモンたちによって一夜のうちに廃墟と化してしまった、あの町だ。かつてマスコミによって何日にもわたって大々的に報道されていたから、ご存じの方も多いと思われる。 様々なポケモンがキンセツシティに「住み着く」ようになってから久しいが、その中でも、とりわけボーマンダというポケモンが目立っている。青い胴体に紅い翼がポイントの、一部のトレーナーに人気のあるドラゴンだ。このポケモンたちが町を侵略するようになってから、人間たちは姿を消し、付近の生態系までもが著しく変化している。たとえば、キンセツシティ北にある砂漠では、ナックラーやビブラーバの生息数が次第に減少しているというデータが次々と発表されている。将来はナックラー、ビブラーバの進化形である砂漠の精霊フライゴンが、野生では見られなくなる、すなわち絶滅してしまうという推計までなされているというのだ。 町を支配するボーマンダたちは、野生のポケモンはもちろん、人を見ると憎しみの対象であるかのごとく、血眼を光らせて襲ってくる。まるで、人間が彼らの最大の敵であるかのように。 それでは、どうしてこんなことになってしまったのだろうか。今回は、その系譜を探っていこうと思う。 かつて、キンセツシティから西へ歩いて約10分くらいのところに、所謂「ポケモンの育て屋」が存在していたという。事件の発端のすべてはここにあるといっても過言ではない。 ある日、育て屋を経営していた老夫婦がいつものように、ポケモントレーナーの男からポケモンを二匹預かった。そのポケモンとは、ドラゴンとしては若干重めで濃い肌色の皮をもつ雄のカイリューと、そしてすべての元凶と言っても良い雌のボーマンダだ。二体とも、トレーナーからひどく扱われていたらしく、トレーナーとのしばしの別れを惜しむどころか、むしろようやく解放されたことを喜ぶようにさえ見えた。しかし、このときの老夫婦には、そのわずかな表情の変化を見破ることはできなかった。 お役所的な形ばかりの手続きを短時間のうちに終えた後、そのトレーナーはすぐに姿を消していった。二体のドラゴンの視線を浴びつつ椅子に腰掛けていた年配の男性が、ゆっくりと立ち上がって、彼らを他のポケモンたちが戯れている広場へと案内していった。とりあえず、ドラゴンたちは老人についていった。 老人がドアを開けると、そこはまさに、一見ポケモンの楽園のようにさえ見える場所だった。とはいえ、全部人様から預かったポケモンであり、人にすっかり慣れてしまっているのは言うまでもない。しかし、それでもトレーナーの仕業によってかよらずか、すっかり人間嫌いになっていたカイリューとボーマンダは、疼く気持ちが止められずに「育て屋」の事務所を飛び出していった。 「ほかのポケモンたちと、なかよく遊ぶんじゃよ~っ」 優しい顔つきの爺やが、ユートピアへ颯爽と走っていく二匹を見送った。 「ふぅ、せいせいしたわ」 じゃれ合っているポケモンたちをよそに、何となく小さな湖を目指していきながらボーマンダが小声でつぶやく。その後ろから、少し重々しく震える音が聞こえてきた。 「ちょ、ちょっと待ってよ~」 カイリューが、彼女の後を追いかけながら叫ぶ。カイリューは、体型のせいでどうしてもボーマンダよりも素早さが低く、彼女のように四足で歩行しているのではないため、彼女が駆け足になり出すと追いつくことは至難の業だった。ましてや、あたりに小さなポケモンがわんさかいる今の状況を考えると、翼を使って追いつくことなど、不可能だった。 重い体を揺らしながら走ってくるカイリューに、ボーマンダが立ち止まって振り向いた。 「なによ、カイリュー?」 「いやぁ、あのぉ……あいつがいなくなったのはいいんだけど、なんでぼくたち、預けられたのかなー、って」 そういえば、あのトレーナー、何も言わずに彼らの元を去っていった。老夫婦と何か会話めいたことをやっているのは見たが、その後すぐに彼らの前からいなくなった。彼らにしては、突然ここに預けられた理由など、わかるはずもなかった。 「それはあとで考えましょ。いまはこの開放感を味わっておいた方がいいもの。やっと私の目の前から消えてくれたのよ!」 「……それもそうだね」 ボーマンダは細かいことをあまり気にしないポケモンで、常に前向きだった。そんな彼女にリードされるがごとく、カイリューは背中を追っていった。 この「育て屋」には、実に多種多様なポケモンたちが全国のトレーナーから預けられていたため、たとえカイリューやボーマンダのような大型で珍しいポケモンが来たとしても、とくに驚くことではなかった。とはいうものの、常に注目を集められていたような気はしないでもなかったが、どちらにしろ二人にはどうでもよかったのであった。 **Note.2 [#le12dcff] さて、太陽に照らされて水色の光がまぶしく瞬く湖の前に、カイリューたちとはまた違うドラゴンポケモンたちが陣取っていた。白い綿毛のような翼を持つ、一見怪鳥に見えるけれどもれっきとしたドラゴンのチルタリスと、ヒレが翼のように変化したサメのようなドラゴン、ガブリアスである。チルタリスは性別がどちらか外見では判断がつかないが、ガブリアスは背びれの形を見て雄だとすぐにわかった。 また、彼らのそばにはチルタリスと同じ特徴の青い鳥、チルットもいた。こちらはなぜかドラゴンポケモンに分類されない。子供なのだろうか、図鑑に書かれているほどの大きさよりもかなり小さい。さらには、ガブリアスとチルタリスの間に卵が大事そうに安置されているのも見える。 彼らはろくにバトルの練習もせず、いつも湖の前で談笑を繰り返しているため、「広場」では目立つ存在になっていた。 カイリューとボーマンダは同じ種類のポケモンとして親近感がわき、特に彼女が積極的に、話をするチルタリスたちにアプローチしていった。 「はっじめまーっして!」 図太い音が、二匹のドラゴンの耳に入らないはずはなかった。彼女の大きな声に一瞬話を遮られたことにいらだちそうになるも、ガブリアスは珍客の登場に思わず目を奪われそうになった。人気があるとはいえ、生息数が少ないために使うトレーナーも限られているというボーマンダを、目の前で見ているのだから。 「おっ、こんなところにボーマンダなんて、珍しいな」 「ほんとほんと、あたしも久々に見たわ……といっても、りゅうせいのたきに住んでるタツベイだけどね」 チルタリスが口を挟んだ。どうやら、二体とも、ボーマンダを目の当たりにしたのは初めてだったようだ。 紅の翼に水色とも青色ともとれる体、カイリューほど太りすぎておらず均整のとれた体つき、翼と同じ色のポイントが刻み込まれているしっぽ。どれをとっても、まさに「ドラゴン」と呼ぶにふさわしく、視線が集中するのも無理はなかった。 目つきのおかげで一見恐怖を漂わせている印象を受けるが、彼女の第一声から察するに、どう猛と言うよりはむしろ躍起なポケモンと言った方がよさそうだ、と感じた。そして、チルタリスとガブリアスの顔はにこやかな表情になっていった。 一方、チルットは少し怯えていたようで、左の翼に隠れているつもりになっていた。急に怖い顔をした巨体なるポケモンがそばにやってきて、大声を出したのだから、仕方がない。やはり、まだ幼いようだ。若干、わめき声も聞こえてくる。 チルタリスが翼を器用に使って、チルットを優しく抱きかかえ、よしよし、とわずかに揺らす。少しの間はそれでもベソをかいていたが、そのうち鳥ポケモン特有のさえずりが響き渡り始めていた。 「あのぉ、お邪魔しちゃったみたいで……」 「ほぉ、お次はカイリューか」 ボーマンダに追いついて少しのぼせ気味なカイリューが、チルタリスたちに話しかけると、元気の良いガブリアスの返事を受けることになった。そして、申し訳なさそうな彼の声にも、チルタリスが困った顔をすることはなかった。 「いや、いいのよ、別に。こっちこそ、見苦しいところ見せちゃったりしてね」 「そのチルット、お子さん、ですか?」 気になったカイリューが、さらに質問を投げかけていった。ごく普通にわいて出るものである。 「そうだとも。俺とチルタリスの記念すべき第一子、ってことだ」 「ふーん……」 カイリューがつい、声を上げる。「育て屋」とはいえ、子供ができてしかも卵もすでに孵化してしまっているポケモンもいる、ということを知ったのだから。するとボーマンダが、置かれていた卵を指さして二匹に尋ねてきた。 「じゃあ、これは二匹目の子ども、ってこと?」 「ま、まぁ、そうなる、な」 ガブリアスは黒い顔を赤くしながら、二人に言葉を返していった。照れ笑いさえ鳴り響いてくるその佇まいからは、どこか新しく「パパ」になったポケモンの片鱗を見せているようだった。そして、彼の台詞からわかったと思うが、チルタリスは雌であったことも付け加えておこう。 「ところで……あなたたち、今日ここに『預けられた』ばかりでしょ?」 「はい、そうですが……」 チルタリスからの問いかけに、カイリューはついつい堅くなってしまう。逆に、ボーマンダはいつでも話してくださいと、コミュニケーションをとる気満々だ。 ここでガブリアスの提案で、互いに自己紹介をすることになった。 カイリューはもともと強くはなく、常にボックス要員と化していたが、この日になって突然ボックスから出され、このボーマンダと一緒に預けられることになったという。人間の都合でずっと旅をさせてもらえなかったため、トレーナーに少しばかり不信感を覚えている。とはいえ、今回「解放」されたことについてはちょっと感謝しているというが……。 一方、ボーマンダは、かつてトレーナーの古株的な存在であったらしく、ほかのポケモンの協力も相まってホウエンリーグでもまずまずの実績を挙げていた。その功績が認められてトレーナーが「バトルフロンティア」に招かれる、まではよかったものの……。 「『あいつ』が変わってしまったのは、それからだったのよ……」 **Note.3 [#c2ab98d7] バトルフロンティアでは、エニシダという中年の男が目をつけた一流のトレーナーが集い、日々高レベルのバトルが繰り返されていた。その様子はまるで、ポケモンリーグのチャンピオン大会を思わせるものである。むろん、チャンピオンになっていないトレーナーは大勢いたが、それに準ずる原石を、エニシダがたくさん掘り出しては開花させていった、といっても過言ではない。 ボーマンダのトレーナーも、そんな彼に見初められた一人である。案の定、バトルフロンティアの施設主(フロンティアブレーン)に勝つともらえる銀のシンボルを数個集めるほどの活躍を見せ、最高順位がベスト16だったホウエンリーグ同様、中堅トレーナーとしての地位は守り続けていたようだ。 あのときの彼は、決してポケモンを道具とは思わず、個々の能力を信じて戦わせてくれる、いわば「トレーナーの鑑」のような男だった。そんな人だから、他のポケモンたちも、そして彼女も、彼にすっかり懐いていた。 しかし、トレーナーが休憩施設でしばしの休息をとっているときに、運命ががらりと変わってしまった。 このとき、彼はバトルドームを除くすべての施設で銀のシンボルをすでに獲得していたが、肝心のその施設では未だにフロンティアブレーンに会うこともできず、予選敗退を繰り返していた。バトルフロンティアに来てすでに3ヶ月。なかなか、思うように事は運ばないものである。 バトルドームでは、小さなトーナメント戦を何回か優勝した後に、ドームスーパースターのヒースと戦うことが許されるのであるが、普通のバトル自体のレベルが高いために、勝ち抜くことは困難を極めた。ランダムにトレーナーと戦う形式のバトルタワーならまだしも、トーナメントは強いトレーナーが勝ち残るタイプだから、なかなか先に進めなかったわけだ。 この日も例に漏れず、あと一歩というところで優勝を逃してしまった。 「あーあ、負けちまったなぁ、また」 ボーマンダは椅子に座ってうなだれていた彼に、また次がんばればいいよ、と言わんばかりの視線を注いだ。彼が、それに答えるがごとく不器用ながらも彼女の頭をなでると、彼女は笑みを浮かべた。 すると、年をとった不思議な容貌の男が近づいてきた。 「もし、おぬし」 トレーナーは、彼の声を聞くにつけて、その声のする方に目を動かした。不可思議な力を秘めていそうな老爺は、彼のそばにいたボーマンダをじっと見て、男に言い放った。 「このボーマンダ、よく育てられておるし、毛づやもなかなかのものじゃな。それに、全体的に見て能力も、なかなか優秀なようじゃ」 「ほ、本当ですか!?」 男は一瞬、名も知れぬ老人からの言葉に、心浮かぶような気持ちになった。しかし、直後に地獄へ突き落とされる。 「しかし、ここに連れてこられているポケモンは、みんなそんなポケモンばかりじゃから、これから先、勝てるかどうか……このままじゃ、負けてばっかりかもしれんの」 男は耳を疑った。今まで戦いをともにしてきたボーマンダの戦闘能力は、確かに平均以上のものだったに違いないのだけれども、そんな彼女の可能性に、事実上、NとOの二文字を突きつけられてしまったのだ。 トレーナーは突然立ち上がり、取り乱して両手で老人の両肩を掴んだ。 「な、なんだっ、急に! 俺のボーマンダの、どこがいけないっていうんだ!」 「ほっほっほ、慌てなさんなって。強いポケモンが勝ち、弱いポケモンが負ける。そして、勝者は常に少数、敗者は多数出てくる。これがポケモンバトル大会の掟なのじゃ。もし、おぬしが勝者になりたかったら、ほかのポケモンも大勢持ってくるがよい。そして、少しばかりの方法論も教えてやらんでもないぞ」 老人は慌てなかった。彼はポケモンバトルのすべてを知っているようだった。数々のポケモンを見てきたからこそ、ボーマンダの強さも一目見てわかったのかもしれない。「ポケモン博士」よりもポケモンを知っているとも、おそらく考えられよう。 普通ならこんな老人の言うことはインチキだと思って当然なのだが、負け続けていたばかりに心の平静を失いかけていたトレーナーにとって、老爺の言葉はそれを突き崩すのに十分すぎるほどの一撃だった。それほど、彼が戦闘で負け続けていたのが悔しかったのだろう。 ボーマンダは自分が急にボックスに行ってしまったことに驚愕した。その後、彼の持っているありとあらゆるポケモンを、現在彼女と一緒にいるカイリューも当然、老人の元に持って行っては、また入れ替えて持ってくる……その繰り返しだった。 さらには、野生のポケモンをどんどん捕まえ始め、モンスターボール代でお金が減るのも気にせず、それをすべて老人にお目にかけていた。その頃にはもはや、老人が神様のようにさえ見えてきた。 彼は「選ばれしポケモン」を使い、一ヶ月後にようやくヒースを倒すことに成功し、銀のシンボルを頂戴することができた。しかし、そのときの彼は、もはやボーマンダの知っている彼ではなかった。ポケモンの個性を強さにしか求めておらず、いわゆる「個体値廃人」と化していたのだ。 彼女も昔からの縁と言うことでたまにボックスから出されて大空を飛び回ったことはあったが、彼の劇的な変化に再び驚くことになった。彼をよく知っているからこそ、彼の性格の豹変にはすぐに気づいたのである。トレーナーを止めようとしても、「言葉」という大きなバリアが立ちふさがっている以上、それは不可能だった。彼はもはや、「強いポケモン」しか愛せなかった。そしてボーマンダはというと、「昔の彼」は好きでも「今の彼」は憎悪の第一標的としてしまっている。両者ともに、後戻りはできなかった。 そして今回、また老人からよからぬアドバイスをもらったらしく、カイリューもろとも「育て屋」に預けられてしまったのであった。 **Note.4 [#ef4209dc] 「……というわけなの」 ボーマンダの長い、長い話が終わった。カイリューも、ガブリアスも、そしてチルタリスも、彼女の話に聞き入っていた。チルットはまだ彼女が何を言っているのかわからないという感じで、チルタリス特有の羽毛に気持ちよさそうに埋もれていた。 「ずいぶん利己的だな」 ガブリアスが思わず言葉を漏らす。 「強いポケモンしか愛せない、か……。まったく、強さだけで俺たちを選別されちゃ、困ったもんだよなぁ」 「そうよねぇ。せっかくついて行くって決めたのに。あたしのトレーナーだってそうじゃなかったもの」 「『あたしの』って、どういうこと?」 チルタリスの言葉に引っかかりを感じ、ボーマンダが話しかける。卵を二つも作るほどお熱い仲だというのに、主人が一緒ではないとでも言うのだろうか。いや、そうだったのだ。 せっかく自己紹介させたのにこっちがしなけりゃ失礼だ。チルタリスもガブリアスも、そう思った。 チルタリスのトレーナーはホウエン出身であり、いわゆるドラゴン使いだったらしい。しかし、トレーナーとしての実績は乏しく、勝ち星に恵まれず困窮にあえぎ、9ヶ月ほど前に預けられることになった。そのときまた会いに来る旨を彼女に告げたのだが、どこか寂しい顔をしていたという。それからそのドラゴン使いが会いに来ることはなかったけれども、言葉を信じて待ち続けているうちに、ガブリアスとできちゃったとかいうことだ。 一方、ガブリアスのトレーナーはシンオウ出身だが、憧れのバトルフロンティアに参加するため、参加者でもかなりの割合を占めるホウエン出身者の調査をしに、頻繁にホウエン地方に出入りしていたということだ。彼もまた約10ヶ月前にこの育て屋に預けられることになったが、カイリューとボーマンダのトレーナーと同様、そのトレーナーも老夫婦とのやりとりを淡々とこなしていたという。それからというもの、トレーナーの顔を見たことはない。そして、後にやってきたチルタリスと仲良くなって、結果的には……。ちなみに、プロポーズは彼の方からやった、ということだ。 「この話すると、みんな苦笑いするんだよな」 「なんでなんだろうねぇ」 二匹には、自分の置かれた状況というのが全くわかってないようである。しかも、教えるのも気まずくなるほど、気の毒な状況だ。もちろん、話を聞いていたカイリューとボーマンダも、苦笑しながら、こう感じてしまったに違いない。 (かわいそうに……) 彼らの顔も、どこか引きつっていたような感じだ。ガブリアスはカイリューの表情を見て首をかしげていたが、本当に何も理解できていないようだった。 それにしても、処分されずに「育て屋」によく残っていられるものである。あの老夫婦だって、チルタリスとガブリアスの立場をわかっていないはずはない。何か思し召しでもあるのだろうか、いざというときの用心棒として残しているのだろうか。とはいえ、すでに二人ともカウチポテト族になりつつあったので、いつでも臨戦態勢になれるとも思えなかったのだが……。 「ともかく、今日からしばらくはよろしく、ってなわけだ」 ガブリアスがカイリューに右手を差し出した。彼はそれに答え、友好の誓いとして握手を交わすのだった。ボーマンダもチルタリスも、その様子を温かく見守るのだった。チルットはというと羽毛からひょっこり顔を出して、わからないなりに新しい仲間の誕生に目を奪われていたようだ。 辺りはすっかり夜になって、カイリューやボーマンダを含むほとんどのポケモンは寝てしまっており、夜行性のポケモンが動き出すようになった頃。相変わらず、何もわかっていないドラゴン二体および子供一羽、卵一個は小さな湖、大きな池の前で世間話を交わしていた。無論、「子供一羽」はすでに母親の綿毛の中で眠りについていた。 「最近、やけに悲しい運命のポケモンが増えたって感じだな」 一番悲しい運命なのがこの二匹であるのは言うまでもない。知らぬが仏、という世界か。 「そうよねぇ……中には、トレーナーが頻繁に来て、せっかくポケモンが産んだ卵をそそくさと持って行ってしまって、ポケモン自体は引き取らないってものも増えてるもんねぇ」 「心配だよなぁ……そのトレーナーの頭の中、どうなってんだか」 「新入りのあのボーマンダにしても、どこか不憫な感じだもん。最近のトレーナー、どうかしてるよ」 チルタリスはともかく、ガブリアスにおまえが言うなと突っ込みたくなるだろうが、我慢していただきたい。本当に彼は無知なのだから。 それはさておき、この時期にはすでに「卵を産ませる」ためだけに育て屋にポケモンを預ける人が増えていたという事情があったのだが、めまぐるしく周りのポケモンが変わっていく環境の中、その兆候に気づいたことは褒めるべきことである。ただ、それが今後の惨事につながるとは、まさか思いもしなかったであろう……。 二人はお休み前の軽いキスを交わした後、チルタリスは子供が寝ている木の上で、そしてガブリアスはその木の下で、それぞれ眠りについていった。卵は、ガブリアスの近くに大事そうに置かれていた。 **Note.5 [#t8b2b7eb] 「育て屋」の秩序は老夫婦の存在、あるいは預けられているポケモンの仲間意識によりある程度守られていたが、キンセツシティの北方にある森林の惨状はひどいものだった。 バトルフロンティアの登場により、確かに一部のトレーナーの戦闘のレベルは格段に上がった。しかし、心ないトレーナーはどの世界にもつきもので、強いポケモンだけを求めるトレーナーの数も増加していった。その結果、近所に「育て屋」があることも関係しているのだろうが、この付近で逃がされる、悪く言えば棄てられるポケモンは付近に比べ異常に多かったのである。 しかし、生態系はそう簡単に崩れるものではない。一度どこかが欠けてしまったらゴミの山のごとくガタガタッと崩れ落ちてしまうものだが、突き崩すまでには結構な時間を要するものである。 もちろん、それを守ろうとしていた人間もいたかもしれないが、そういうポケモンも存在した。なので、かろうじて秩序は守られてはいたのだった。 森にボーグルという名の雄のボーマンダがいた。彼もまたトレーナーに棄てられた身ではあるのだが、先ほどのボーマンダとは違い比較的温厚な性格で、「棄てたトレーナー以外には優しい人間が多い」と考えていたらしい。それ故、キンセツシティに襲いかかるのには否定的だった。 自分の周りには、とかく棄てられたポケモンでいっぱいだった。ホウエン地方ということもありタツベイやコモルーの棄てポケモンが多かったのだが、それ以外にも、ヨーギラスやミニリュウ、ダンバル、ガーディなど、「進化させれば強い」と言うことでトレーナーに使われやすいポケモンが多数を占めた。もちろん近所の育て屋で産まれた卵が元になったポケモンもいるが、さらに悪質な「カモフラージュ」目的、「みんなで棄てれば怖くない」ポケモンも多かった。 すでにボーマンダに進化してしまっていた棄てポケモンもいたので、手分けしてポケモンを保護していた。それらも皆ボーグルのお世話になっていたので、彼の力になろうとしていたのだ。 そして、この日もまた……。 「おまえも棄てられちゃったのか……かわいそうにな」 トレーナーから突然の決別宣言を出されて泣きじゃくるタツベイを、手取り足取りただただ慰めるばかりのボーグル。しかし、それでも泣き止まず、近くにいたミニリュウが必死にエールを送ろうとしているのがわかる。この世界に入ると、もはや生存競争を通り越して、互いに支え合って暮らしていかなければならなかったのだ。 普通ならどうしてポケモンがこんなに棄てられているのか、疑問に思ってもなかなかわからないものであったが、ボーグルの場合理由はすでに承知していた。独自の情報筋があったからだ。 「そろそろあいつがくる頃なんだけどなぁ……あ、来た来た」 日もそんなに差し込まぬ森の中を、鏡で姿を隠しているような生命体が飛来し、彼の元に近づいてきた。彼に情報を提供しているのは、どうやらこの生命体、もといポケモンらしい。ボーグルは、このポケモンから得られる情報を、ずっと心待ちにしていたのだ。 すると突然、水晶のような変装を解き、実態を表した謎のポケモン。それは、白い翼を持ち、体の色は白と青が混ざっている。そして、胸辺りには赤いトライアングルが描かれ、周囲の青と見事なコントラストを生み出している。人はこのポケモンを、ラティオスと呼んでいる。このポケモンは雄しかおらず、同種の雌個体としてラティアスが知られているが、色も体つきも全く違い、人の目から見ても簡単に判別がつくものだ。 ボーグルは、ラティオスとは旧知の仲と言うこともあり、話すのをいつも楽しみにしていた。そして、ラティオスは人間の言葉がわかるほど頭が良いとされているがために、人間の通訳として頼りにされることがよくある。ボーグルも彼の能力を信用し、情報を集めてもらっているのだろう。 「よう、しばらくぶり」 「ああ……あのときよりさらに増えたって感じだな、おい」 「こっちも大変なんよ……って、毎回同じこと言ってるような気がするけど。ところでラッセル、あっちの様子はどうだ?」 「あそこか……もう、だめかもしれん」 毎回のように棄てられるポケモンが増えているのにもう見慣れてはいたが、やはり急激な増加にラッセルというラティオスは改めて驚いてしまう。しかし、それ以上に深刻な事態が、彼の胸の内に秘められていたようである。 意を決して、ラッセルは重い口を開いた。 「とうとうあの世界、『強いポケモン』ばかりを持つトレーナーが勝手に牛耳りはじめやがったんだ」 それを聞いたとたん、ボーグルはおろか、周り全体が一瞬にして凍り付いてしまったのだった……。 **Note.6 [#ufd10b98] とうとう、バトルフロンティアも危ない状況に突入していた。「強いポケモン」があまりにも優遇されすぎて、普通のポケモンでは太刀打ちできない状態になってしまったのだ。 「バトルチューブ」や「バトルピラミッド」のような移動中のアクションにおいても戦略を練らなければならない施設、あるいは「バトルファクトリー」という、もともとレンタルポケモンで戦わなければならない施設においては、影響はそれほど出ることはなかった。特に後者は、全く問題ないと言っても良いだろう。しかし、残りの4つの施設においては、自分が育てたポケモンを使用し、トレーナー1対1のガチンコ勝負に挑むことが基本となっている。その辺で「強いポケモン」を持つトレーナーばかりが集結しては、一般のトレーナーには「金のシンボル」という究極の栄誉はおろか、「銀のシンボル」さえもらうことが非常に難しくなってしまう。もちろん、上級トレーナー同士の戦闘レベルも飛躍的に上昇しているため、見ている方は興奮するにしても、肝心のトレーナー、そして戦っているポケモンたちは、それだけ命がけのバトルを強いられることになる。 ボーグルにとって、なぜポケモンが戦闘の道具に使われなければいけないのか、そこまでしてどうして勝とうとするのか、全く解することができなかったらしい。さらには、どうしてポケモンたちが生存競争のためでもない、ほぼ意味もない戦いを仕掛けなければならないのか、ということを。事実、ボーグルは確かにトレーナーのおかげで「強く」はなれたが、一方で「弱い」と思われてしまったがために、人間から見放されポケモンを保護する立場に追いやられてしまっている。 少なくとも、ボーグルはこのときの生活の方が、トレーナーと一緒に世界を回っていた時期のものよりも、充実していると実感できていた。そして、他のポケモンから「棄てポケモン」を護るため、格段にレベルアップしていったことも、間違いではない。本来、ポケモンの技、および強さというのは、この辺りにあるのではないか――。 ボーグルは、ただ人間と仲良く暮らしていければ、それでよいと思っていたのだった。それ以上の飾りは、彼にとって必要なかった。しかし、人間はなかなかそれを許してはくれないのだ。とりわけ、「あの世界」の人間というのは。 ラッセルの周りには、不思議と風が吹く音だけが聞こえていった。強くなった風が木々を左右に揺らしていき、一同に少し涼しさを与えていったが、比較的小さなポケモン同志が集まって、メタングあたりを壁にして吹き飛ばされないようにがんばっていた。 ポケモンが棄てられる際に人間から吐き捨てられた言葉というのがわからないにしても、表情や態度などから、自分に対して何を言っているのかはだいたいわかる。ましてや、ラッセル自身がそういう現場を何度も目撃しているため、他のポケモンに人間の発言の詳細を教えることぐらい、何度でもできるものであった。 そんな時に「馬鹿なトレーナー」が、トレーナー業界の一部を独占し始めた、と言う知らせが届いたのだ。無駄な時間が過ぎていくばかりのこの状況は必然的であったろう。 しばらくして、ようやく平常心に戻りつつあったボーグルが口を開いた。 「そうか……これで俺たちの仕事が、さらに大変になるかもな」 「全く困るよ、人間って言う生き物は。いい加減、仕返しにいったら? いつまでもこのような暮らしをしていくわけにもいかないだろ」 「な、な!? そ、それだけは……早まるな、ラッセル、無実な人が困るだろ」 「ったく、ボーグルは優しすぎるよ……」 ラッセルの口から、友としてのボーグルを思うあまり、ついボロが出てしまった。しかし、彼は仮想的な群れのリーダーとしての自覚もすでに目覚めており、引き続き自分の方針を変えないつもりでいた。人間を襲うことよりも、ポケモンを保護することを自身の任務と考えていたのだ。上記のような彼の性格も、もちろん関係している。 ボーグルの言葉を皮切りに、周りがくだらない議論やら子どもにかける言葉やらで再びざわめきだした一方、ラッセルは落ち葉以外に何もない土にゆっくりと体をおろし、仰向けになってふてくされてしまった。彼の視線には、濃淡で巧みにグラデーションされた緑色しか写っていなかった。 「あーあ。どうして人間ってあんなにつまんない生き物なんだろうなぁ。でも、馬鹿な生き物をウォッチングしているだけで、こっちとしては、つまんなさのあまりに結構笑えてくる。ボーグル、お前もたまにはついてこいよ。おもしろいぞ」 「いいや、お断りだな」 「ちぇっ」 ボーグルに誘いを拒まれて不満の声を漏らしてしまったラッセルではあったが、この森にとどまっている少しの間親友を懇ろにサポートし、その後再び「ヒューマンウォッチング」に出かけていった。水晶になって飛んでいく彼の後ろ姿に対しボーグルは、頼もしい親友を送り出すかのように、力強い視線を送るのだった……。 ---- wikiのタイトル変更にともない、「趣旨がかわってよかったね(ぇ」ということで健全ものに方針転換。でも15禁ゾーンに掠るぐらいのぎりぎりを目指してみるとか、目指さないとか。 一人ぐらい健全専門(といっても既に非健全ものを投下しているわけだが)の作者がいたっていいよね……? ---- **コメント・感想など [#j1f44f1f] #pcomment