[[ダフネン]] #contents *第一話 友人の阿呆な提案 [#ef0d777a] 「なあ、冒険に行かないか?」 放課後、教科書とかノートとかの類も全部バッグにしまいこみ、さあ帰ろうと立ち上がった俺は唐突に突拍子もない言葉――それも結構大きい声――で引きとめられた。 大体こういう奴は冷たい目で見られたり、「お前、頭大丈夫?」的な反応をするはずのクラスメイト達が全く気にしないのはこいつの――ササガワ・ケンの時々発する外宇宙から摩訶不思議な電波交信を受けているかのような謎言動および謎行動に完全に慣れている証拠であり、そいつに絡まれる俺を憐れむ気がない証拠でもある。 まぁ、冒険といっても―― 「冒険って言ったって、どうせ大した所にはいかないんだろ?」 ――そう、こいつにとっての冒険は他から見るとお出かけ程度にしか思えないほどスケールが小さい。それを知っているから、あいつら――クラスメイト達――がそんな反応したりしないのかも知れないな。最初に行ったところは……確か近所のスーパー。漫画アニメよろしくずっこけそうになったのはいい想い出……でもないか。とにかくちょっと期待があっただけにすごくがっかりしたのは覚えてる。そんでもって最近行ったのはちょっと遠いところにある家電量販店。その他にも駄菓子屋行ったりスポーツ用品店行ったり。少年ケンの冒険は大体お店で終わる。ただ行きたい店に俺を付き合わせてるだけだろ!と指摘、もといツッコンだ事もあったが、上手くはぐらかされ、結局真意は掴めなかった。まあ、多分俺が思っている通りなんだろうけど。 なので、今回も隣町のパン屋さんにでも行くんだろうな、と思って言った訳なのだが、ケンは人差し指を上げ、左右に数度振った。所謂「ちっちっち」ってやつだ。というか実際口に出して言ってたし。そしてその動作の後、奴はこう言った。 「聞いて驚くなよ、ユウト! 今回はなんと……あの失踪事件を追うことに――」 あいつはしゃべっている途中だったが、構わず俺はバッグを持ち、教室を後にした。 「ちょ、ちょっと待てよユウト! 置いてくなよ!」 十数秒後、やっとケンは俺が居ない事に気付いたのか慌てて追いかけてくるので仕方なく立ち止まってやる。 「だってよ……お前、まさか本気であの事件に挑もうってんじゃないだろうな?」 ――最近この近辺、それも一つの公園でだけ多発している失踪、もとい誘拐事件。犯行は深夜帯に行われるようで、大体失踪するのは公園にたむろしている不良だったり、酔っぱらっていたんであろうおっさんだったりなのだが、それが3週間前からずっと続いているにも関わらず一向に犯人は見つからず、また証拠品も見つからない。唯一残されているものと言えば、被害者――つまりは失踪者の持っていたバッグやその他の持ち物ぐらいのもので。もちろん、それにも指紋などは付いていない。 ……いや、一つだけ証拠となりうる物があるんだ。失踪したと思われる公園に必ず残っている人間ではない動物のものと思わしき黒い体毛。最初は犬だと警察も思っていたらしいが、DNAやら染色体やら色々調べた結果、この世で今人間が発見しているどの生物とも一致しないそうで。でも、似通っている所はいくつかあるらしく、当初予想していた犬、中でもハイエナやオオカミの類いに似た種族らしい。だがとにかく得体の知れないものを相手にする可能性が高いということで、学者たちは生物学的な大発見につながるかもしれないと張り切っているし、警察も警察で自分達の威信にかけて何としてでも犯人を探そうとしている。だけど信用ならん警察に見切りを付けミイラ取りになろうとした一般人の方々は、深夜に出かけてめでたく&ruby(ミイラ){失踪者};になって戻ってくることはありませんでした、と。 そんでもってこいつの言っていることはつまり、自分たちもミイラ取りになろうと、そういうことだ。そして人はそれを冒険とは言わず捜査と言うのではないかと思う。 とにかく、何とも馬鹿らしい計画だが、あいつはどうも本当にやろうとしているらしく…… 「本気に決まってんだろ。謎の誘拐犯をこの手で捕まえるんだ、あぁっ、何かドキドキしてきたぜ!」 なんて言いながら両手をぱきぽき鳴らし、皮算用な妄想に浸っている。呆れながらも、何気なく友人を見つめる。 短く切り揃えられ、ちょっとツンツンした黒髪に、体育会系っぽいなかなかに整った顔立ちが女子にモテそうな感じはするのだが、こいつの場合性格が全てを台無しにしている。いるよね、黙ってれば可愛い奴とかモテそうな奴。 「おおっと、もうこんな時間じゃないか。とにかく、絶対俺達で犯人捕まえるんだからな。今日の夜11時、事件の現場である公園の噴水広場前で集合だからな! 絶対来いよ!」 いつの間に妄想ワールドから戻ってきたのか、あからさまにごまかしな台詞を言うとあいつは走って帰って行ってしまった。あいつもあいつなりに考えたのだろう、約束の時間、集合場所だけ言ってさっさと帰れば俺が来るとでも思っての作戦なのかな、今のは。 だが甘いな、あいつは。俺がそんな手に引っ掛かる訳……引っ掛かる…………訳……………… ああっ、だめだ!あいつを一人で行かせるのは色んな意味で不安いっぱいじゃないか!あいつには保護者的存在が絶対必要になるだろう。じゃなきゃ何しでかすか分からないからな、あの阿呆は。 ……もしもケンがあんな作戦を使ってなくても、俺は付いてったんだろうな。あいつ一人に危険なことさせるのは一応友人として嫌だし、それに――なんだかんだでケンといるのは楽しいのだ。 全く、何であんな奴と友達になったんだろうな。軽く頭を抱えながら俺は歩き出したが、気持ちは軽く、これから起こるであろう何かに少し期待に胸を膨らませているのであった。 ---- 「……まだ、見つからんのか」 とある場所の深い深い森の中の小さいが昏い洞窟の中、何者かの声が響く。上空は雲が少なく、下弦の月が黄金色に輝いているが、立ち並ぶ木々がそれを邪魔し、間から洩れる光は洞窟には届きそうもない。 「本当にあの地点で間違いはないのか? ナードさんよぉ?」 「ふぅむ、確かにあの区画で反応は出ているのですが……もう少し範囲を拡大しましょうかねぇ?」 洞窟の中から更に二人、新たな声が聞こえる。人を馬鹿にするかのような軽さを含んだ声と、それを気にも留めず、ゲームをしているかのように楽しそうな声。その二つの声に反応するかのように、闇が動いた。 「いや、それは駄目だろう。あちらでは我らは&ruby(おとぎばなし){御伽噺};の存在だ。下手に捜索範囲を広げて大衆の目に触れたら、騒ぎじゃすまないかもしれぬからな」 先ほどの――最初に聞こえた声の主と思わしき影が立ち上がり、洞窟の入り口に立った。 「おろろ? 幹部自ら捜索隊に加わっちゃうんですかい?」 「部下達の様子が見たい。奴ら、なかなか『当たり』を捕獲できないから自信を無くしていたり、焦りや苛立ちで冷静さを欠いているかも知れぬからな」 「ほほう、手下想いだねぇ。我らが三幹部のトップ、グロウ様はよ」 「……下らない理由で捜索の効率を下げてもらっては困るのでな」 茶化す声を冷静にかわしながら、グロウと呼ばれた者が洞窟の外に数歩踏み出し、彼の股体が微かな月明かりに照らされた。 いかなる光も吸い込んでしまいそうな漆黒の身体に、二重の輪のようなものが付いた四脚はその者が人ならざる者であることを表し、それに、橙に染まったマズルと頭にある角がその凶悪さを表していた。 グロウは勢いをつけ洞窟から飛び出し、すぐに森の闇に消えていってしまった。 「やれやれ、恥ずかしがり屋な幹部さんだねぇ。くくく」 「なんだかんだ言って部下からの信頼は私たちの中で一番厚いんですよねぇ。羨ましい限りです」 「心にも無いことを言ってんじゃねぇよ。ったく。どうせ俺は一番信頼度薄いですよーだ」 「ふふふ。信頼度が薄いなんて、そんなことはありませんよ。むしろ私の方が気味悪がられて近づかれませんから。それより、彼が直々に出向くのです。状況にどんな変化が見られるでしょうねぇ」 「……だな」 二つの影が木々の中に隠れようとする月を見上げるように動く。先ほどまで晴れていた空はいつの間にやら大量の雲が現れて黄金の色を宿す光も雲に隠れ始め、いつしか完全に覆い尽くされる。――大雨の、気配がした。 *第二話 襲撃と電光 [#a621498c] 時刻はすでに午後11時と半分を過ぎていた。当然のことながら太陽は地平線の向こう側辺りにひっこみ、辺りを照らすのは数メートル置きに等間隔で並べられた街灯のみ。噴水はすでに止まっているしこの広場にはこれと言って遊具と言えるものは無いため星でも見て暇を潰そうと思ったのだが、あいにくながら空は雲が覆っており星どころか月すらも見えそうもない。この様子だと、雨でも降るんじゃないだろうか。というか、天気予報でも雨だと言っていたのだから絶対降るんだろう。 ――それにしても。 「あいつ、いつになったら来るんだ……」 もう約束の時間はとっくに過ぎているというのに、あいつ――ケンがなかなかやってこない。あいつは多少時間にルーズなところはあるけど、それだって2~3分の範囲だ。それが今回に至っては三十分以上も待たされている。……もしかしたらあのバカ、親に見つかってしまったのかもしれない。前にも一度有ったのだ、門限を過ぎたころに出かけようとしたケンが親に見つかって待ち合わせの場所にたどりつけなかったことが。その後の奴曰く、見つかった後登校を除く全ての外出を3日間禁じられたらしい。今回で2度目だし、今回は3日どころで済みそうもないな、これは。 で、あいつが見つかっていたとしてこれからどうしようか。俺は広場をぐるっと見まわした。直径およそ150~200メートル程あろうかという結構広いこの広場では左右合わせても片手で数えられるぐらいの灯りしかないからとてもじゃないが明るいとはいえない。それに街灯一本一本の間隔も広めだし。でも、広場に至る入口と呼べる唯一の道は俺の視界に入っているわけだし、襲ってくるには広場の周囲を囲む茂みを揺らしながら入ってくるしかないだろうし、そうすると僅かでもその茂みの内周を囲っている街灯の光に晒されるわけだ。発見された毛は黒だって聞くし、犬が出てきてもすぐ分りそうだな。あ、でも死角から襲われたら少しやばいかもな。今までに何人も攫ってるわけだし、犬の方もそれを指揮する方も相当手慣れているのだろう。 そういえば、犬の毛は見つかったと聞いたが、人間の物らしき遺留品とか髪の毛については聞かないな。そこらへんだけは用意周到なのだろうか。でもそれなら犬に関しても何か対策を講じそうだが。あれ、そもそも犬達を飼い馴らして今回の事件に利用しているであろう人間の話を全く聞かないな。まさか犬が勝手に考え勝手に犯行に及んでいるとか…… ――そんな風にあほらしい考え事をしている時であった。 「っ!」 ちょうど俺の向いている方向から90度ぐらい右の茂みから微かに、ガサッという音が聞こえたのだ。 周りに気を配ろうと心がけていたにも関わらず多少なりとも意識が他方へ向いてしまっていた俺は慌てて音のした方を向き身構えた。さあ、来るなら来いよ。一人か、一匹か。どっちだっていい。こっちだって少しは喧嘩に自信がある。少しなら武道の心得だってある。すぐ飽きてやめたけど。下手に出れば逆に痛い目見るぞ。多分。 うぅ、今さら不安になってきた。犬……そういえばハイエナとかオオカミに似てるって言ってたっけなぁ。もし飼い主、調教師的な存在が居たとしてそいつがめちゃくちゃ強靭な肉体を持った巨漢だったら確実に勝てないよなぁ。つーかケン早く来いよ……。 思考が空転を繰り返して混乱している中、再び茂みが揺れ、とうとう中に潜んでいたものが飛び出してきた。だが、それは―― 「子犬……?」 ――そう、出てきたのは少し小さな犬だった。体長は多分50センチちょい。灰色と黒の混ざった体毛にどこか可愛らしさを残しながらもキリッとした赤い瞳が特徴的だ。てっきりもっとでかくて凶悪そうなのが来るかと思ってた分、少し拍子抜けしてしまった。 ――だから、つい気を抜いてしまったのだろう。放っておいても特に害はなさそうだと勝手に判断して。 そして、別の方向を監視してみようかと子犬の後ろを向いた時だった。 ――アオォォォン…… 聞こえたのは、まさしく遠吠えだった。それもまるで獲物を見つけ、それを皆に知られる合図のような。そしてそれは自分の後ろから聞こえた。 ハッとして後ろを振り向く間もなく、反応が現れた。ガサガサ、またガサガサと四方八方から音が立ち始める。そして間を置かず次々と茂みから姿を現し始める。後ろに居るのと似たような個体が数匹と、それとは別の、黒い毛が身体のほとんどを覆い、口の辺りと僅かに見えた腹の部分だけちょっとオレンジっぽい、肉食系してますって顔の……犬。それがまた数匹。詳しい個体数を確認したいのだが、果たしてこいつらはそれを許してくれるだろうか。 子犬達は、俺を完全に包囲する形に隊列を整え、今にも襲いかかろうとしていた。だが、こちらの隙を窺っているのだろうか、威嚇の姿勢を保ったまま行動を起こそうとしない。 ――確認……出来るか? 隙を見せないように少しずつ、身体を動かしていく。そして半周程で動きを止める。 大体、8匹ほど、か。 これは、出来るだけケンを待ってみたほうがいい……かな。今出来る事はそれと、ケンが来なかった時の対処法を奴らに隙を見せないようにしつつ考える事、だな。どう考えても一人で対処しきれるような数じゃないしそれに、相手の力量も図れてない分下手に手を出せない。とりあえず、この包囲網から抜け出す方法から考えて―― 「ギャンッ!」 突然聞こえてきた悲鳴と雷が落ちたかのような轟音に一瞬身体が竦む。気付けばいきなり眩しい閃光が辺りを貫き、八匹の内の一匹が遠くに吹き飛ばされていた。 雷が落ちた訳ではないようだが、それに似たものがそいつを襲ったらしい。その跡には数秒ほど僅かな光とそれから発生する何かが弾ける様な音が残っていた。 いきなりの事態にも関わらず意外と冷静に判断している自分に驚いたが、あちら側は冷静ではいられなかったらしい。予想だにしなかった襲撃に驚き、閃光の発信源を探すようにキョロキョロと辺りをせわしなく見回している。明らかに動揺しているようだ。 これはチャンス……なのだろうか。いや、いくら注意が散漫になっているとはいえ、少しはこちらを振り向くことがあるだろうし、下手に足音を立てれば気付かれる可能性はとても高い。ここは動かず事態の進展を待った方がいいだろう。 そうして、今この時の身の振り方を決めた瞬間――再び、辺りに轟音が鳴り響いた。 感想、意見、誤字脱字はこちらで #pcomment IP:61.22.93.158 TIME:"2013-01-14 (月) 18:26:34" REFERER:"http://pokestory.rejec.net/main/index.php?cmd=edit&page=%E5%B0%91%E5%B9%B4%E9%81%94%E3%81%AE%E8%8B%B1%E9%9B%84%E8%AD%9A%E3%80%80%E4%B8%80%E7%AB%A0" USER_AGENT:"Mozilla/5.0 (compatible; MSIE 9.0; Windows NT 6.1; WOW64; Trident/5.0)"