登場人物紹介 フレア(マグマラシ♀) 危険生物取扱注意。彼女は惚れっぽいので一途な慕情で動きます。 アクア(アリゲイツ♂) 共犯者A。彼は妄想壁があるようですが、大切なものを守りたいと思う気持ちは本物です。 ---- くどいけど注意書き。 この作品にはとりあえず&color(red,red){気持ちの悪い肉塊描写};と&color(red,red){吐き気を催す流血表現};と&color(red,red){カニバリズム等の気持ち悪い肉食表現};と&color(red,red){妊娠、出産等の非常に性嗜好が分かれるシーン};などというわけのわからん官能描写が含まれています。含まれていなかったとしてもそのくらい変な作品であり、とりあえず見た瞬間に顔をゆがませて不快になるかも知れない表現やら描写やらがてんこ盛です。また、盛って無かったとしてもそれに近しい描写がございます。読むときはよく考えて読んでください。それでも俺は読むぜーって方はこのままどうぞ。この作品を読んで不快な気分になったとしても、注意書きを読まなかったとみなし、作者は責任を負いませんので、あくまで自己判断で楽しんでくださいませorz ---- 作者[[ウロ]] リクエストしてくれた人[[アカガラス]]様 ---- #contents **犠牲と自白と学習 [#i66b5c69] 彼が目にしたものは、あまりにも奇怪で、この世界のものとは思えない彼女の姿だった。その姿は膨れ上がった臓物、体から滑る液体は嗅げば吐き気を催す腐った臭いをまき散らす。滴る腐臭と臓物の色を湛えた彼女の姿は顔こそマグマラシのそれだったが。まるで別物のような存在だった。その姿を見たときに、あげそうになった声を彼は押し殺した。終止を見ていた彼は、彼女の残虐な行動と、そしてそれを何の躊躇いもなく実行する狂気に、背筋に走る戦慄と、体を伝う汗が現実的なものを見せているような気がしてならなかった。あれが夢に出てくるお化けの様なものの類でも何でもなく、彼女が変貌したその姿であるということ。そしてそれが――彼女がポケモンでも何でもないものということを決定づけた。 「僕は――悪くない」 「話はあとできく」アクアは矢継ぎ早に言葉を飛ばすと、周りを確認し、フレアに軽く水を吹きかけた。付着した血が流れ、下に水溜りが広がっていく。血を完全に洗い落した彼女を抱きかかえると、異音と異臭を嗅ぎつけたポケモン達に見つからないように、足早に走り出した。 (なんてことだ)アクアは頭を抱えた。最初に出会った彼女は死体の肉を貪っていた。その時の情景を思い浮かべると血肉が滴るあの時の感覚は忘れることができなかった。その時彼女に言った、食べてはいけないという言葉。しっかりと伝わらなかったという失念と、また見てしまったという後悔。そして、危害を加えたという暴力的な彼女の本能。それらをまた見てしまったという思いが頭の中で回り、アクアは無意識に唇を震わせて、がちがちと犬歯を打ち鳴らしていた。その音に、フレアはびくりと反応した。 「アクア……怒ってる?」 「君に対しての憤りを帳消しにできるものなら今すぐにしたいものだね」 ぶつけるように言葉を返して、抱きしめた彼女の体を一層強く握る。遠くから聞こえるしサイレンの音が耳に残り、アクアはわからない切迫感に苛まれた。自分がまるで逃亡をしているような気分になり、体中から脂汗がにじみ出る。 「だって、僕は」 「僕は、僕はってね……君の善悪でものを決めたら僕らはみんな骸になってしまうよ」アクアは強く、押し潰す様な声を出す。「君は純粋に、何もかもを純粋に見すぎている。僕の言ったことも、自分が覚えたことも、全てを自分の本能に委ねている。この間僕が言った言葉、食べてはいけないという言葉。それは何を指していたの?」 その問いに対して、フレアは答えることもなく亜麻色の瞳を燻らせた。彼の言っていた言葉を正しく理解してはいなかったが。やめてほしいと思ったことはやらないでくれと言っていたその言葉をいまさら思い出したかのように、ばつの悪そうな顔をした。 「そんな顔をしても、僕は君のやったことに対して許すなんて、言わないから」 そう言って、もう一度彼女の顔を覗き見る。自分のしたことがまだよくわかっていないのか、濡れた体毛に両手を埋め、寂しそうに、泣き出しそうに、ただただ俯いた。 (許せるわけない)アクアは考えた。相手が悪漢だったとしても、この行為は許されるはずがないと思っていた。怒号や悲鳴などの音を振り切って、自分の家の裏に帰り、どっと両足を地面に下ろした。固い絨毯の感触が、妙に心地よく感じるのは、こんな出来事を昨日今日と大変な時間で感じたからだと。そう言い聞かせた。体に後からどっと疲れが現れた様な、そんな感じだった。 彼女を下ろすと、何やら余所余所しく体をゆする。彼女が思うところはどこにあるのだろうか、それがわかれば苦労はしないかもしれない。 (許せないんだ、彼と同じ顔で、あんなことを平気で――)そう思って、何を考えているんだと自虐的に笑んだ。自分も証拠を隠匿したではないか、それだけではない。彼女を保護した時点で、自分も犯罪者だ。捕食していた彼女を咎めることなど、できはしないのだと改めて思い知らされる。(それに)思い直し、彼女を見やる。亜麻色の瞳が潤み、アクアをじっと見ている。その面持ちは、泣くことの少ない彼が涙を流した時の姿に、とても酷似していた。 (あれはいつごろだったかな) 彼と一緒に映画に行った時だっただろうか、陳腐な恋愛映画だったような気がしたが、彼はそれに感動し、涙を流していた。久しぶりにいい映画を見たものだと感激もしていた。白黒のスクリーンが映す九十分にも及ぶ恋の物語は、彼の心を刺激したのだろうと苦笑していた。思えばあの頃がモノクロ映画の最後だったのかもしれない。今は映写技術も上がり、きっと昔の映画も新しく撮り直されて、色が踊りまわるのだと想像した。 「アクア」 「……君を怒る権利は、僕にはないよ、やっぱり」 その言葉とともに、重く溜まったものを吐き出した。疲れと一緒に何か別の黒いものを吐き出してしまいたくて、下半身の状態を崩して、もう一度大仰に呼吸をする。彼女の瞳がパッと明るくなり、ぎゅう。とアクアに抱きついた。 「怒りはしない。僕も同じだ。証拠の隠匿、現場からの逃走。立派な犯罪者だ。これを知られたら、僕もしかるべき処置を施されるだろう」 「そんなの……僕は、嫌だ」 珍しく強い口調で、彼女は否定の言葉を漏らした。それだけ彼が彼女にとって意識の対象となっているということに、喜ぶべきか危ぶむべきか、アクアは複雑な感情を揺らす。 「僕のことをそんな風に思ってくれてる君のことを、僕はもっと知りたいし、君が何なのか、それも知りたい」それは本音だった。あのような恐ろしい姿になったとしても、彼女は今こうして自分にすり寄ってくれている。ふわりとした体毛に、亜麻色の双眸。何もかもが、あの変貌を夢のようだと物語っているようだった。「だけどね……もう一度だけ言うよ、やってはいけないことは、しないでほしいんだ」 「やっちゃ、いけないこと……?」 「そうさ、生きて、動くもの、僕達ポケモンは生き物なんだ。それを殺して食べるなんて、絶対にしちゃいけない」 「でも、お花を踏んだんだよ」 「君は花を踏んだら、人を殺すのかい?」 フレアの即答に対して、アクアも言葉を返した。その返しに対して、フレアは言葉を詰まらせた。何もわからなかった時とは違い、何かを考え、躊躇しているようにも見えた。それはアクアの目の前だから、何か間違った言葉を口にすることができないからという一種の恐怖の対象の様なものにもとれた。 「花も、生きてるんだ」 「ポケモンだって生きてるさ」 「だって、命は同じじゃないか」 「じゃあ花は悲鳴を上げるかい?泣き、笑い、血を流すかい?」 「そんなの、ずるいよ、花は悲鳴を上げないから切ってもいいの?踏んでもいいの?同じ命なのに、同じように扱われないの?そんなの、ひどすぎるよ」 彼女の言葉は確かに間違ってはいないが、一つのサイクルが抜けている。それを彼女はやはり理解していないのだろうと、アクアは深い憐憫の瞳を寄せた。 「確かに同じ命を軽く扱う行為は許されないかもしれない。じゃあなんで花屋さんが存在しているのか、フレアは考えたことがあるかい?」 「――え?」 「いいかい」アクアは何か一つ子供に教える教師のように、少し言葉を頭の中で整理する。どういえば伝わるのか、どのような手順を踏めば正しく理解されるか。それを頭の中で考えて、順序を決める。「花屋さんはね、花を切って、育てて、植えてるんだ。命を散らすことはしないけど、命を育てることをしているんだ」 「食物連鎖」彼女の口から出た言葉に、アクアはやはりという確信をもって、その言葉を肯定した。 「そう、食物連鎖。食べ物の上位下位を分ける断層さ。何も食べ物に限らない。花や草木は下の方で、その中間にはいろんな動物たちがいるし、僕たちだって動物だ。怒ったり泣いたり笑ったり、感情だって持っている。その分、下のほうにある命を育む優しさだって持ってるさ」 「そう……なの?」 「君にはまだわからないかもしれないけど、花屋さんは花を育てて、それを生業としている商売だよ。ほかにも木の実やさんとか、料理屋さんとか、さまざまな物を生業とする職業が存在する。それは得てして、下の命の下に成り立っているんだ。君が出会ったポケモンも、いい人や悪い人、千差万別さ。誰もが暴漢のように命を蔑ろに扱う人たちばかりじゃない。花屋さんは花を蔑ろにしていたかい?」 「それは」 フレアは何を言うべきなのか、言葉を口の中で弄ぶ。その後しばらく思案するように頭を抱え、俯きがちに口から言葉を話した。「蔑ろに……してない」 「千差万別。いろんなポケモンがいて、いろんな考え方を持っている、悪い人もいればいい人だっている。君から見たら命なんてどれもこれも同じもの、同じだと思ってるけど、蔑ろにしたからってその命が同じだと思って殺すことはやっぱり、何度でもいうけど、犯罪なんだ。悪いことなんだ」 「……」 「だから君はわからなくちゃいけない。この世界の仕組みと、命の優劣を。悪い言葉かもしれないし、嫌かもしれない。だけど今の君のまま、この先にずっと生活を続ければ、いつかは君もその報いを受ける。僕はそれをしてほしくない、だから教えるんだ。命の大切さや、捕食の味を占めてほしくないことの懇願を」 彼女は何かを考えた後に、ゆっくりと頷いた。それが肯定かどうかはわからなかったが、二度にわたっての言葉を受け入れ、彼女は自嘲気味に笑った。 昨日の怪事件に対して、刑事課のエゴノキは頭を抱えた。第一目撃者が逃走したという情報を聞き、危害を加えたわけでもないのになぜ逃走をするのかという疑問を考えていた時、怪しいという思いが募ろうという瞬間に、新人のサルナシから、第一目撃者が訪ねてきたという情報を貰い、余計に頭を抱える羽目となった。 聞いた部分によれば、意識が混乱して、逃げるような形をとってしまったことは申し訳ないと謝罪をしていたので、恐らくは本当なのだろうとエゴノキは自分の頭を掻いた。ラグラージ特有の体の膜が指を滑らせ、余計に痒みが増して悪態をついた。 「なるほど、発見したときにはあんな風になっていたのか」 「はい」第一発見者の名はアクアとフレアといった。第一発見者が犯人という線も二、三の質問で考えたが、まずそれはあり得ないと思い、とりあえずという形で情報をサルナシに任せ、保留という形をとった。尤もらしい理由を述べるなら、成長段階途中のポケモンの力で、あんな惨劇を演出できることが難しいからだ。お互いの力を見れば、放火や水害の応用でどうとでもなるが、見事に物理的な殺害方法だった。まずあり得ないという見解が頭をよぎり、その話はすぐに収束した。話をしている最中に、なぜかフレアの方が体を震わせていたことが気がかりだった。それは長年こういう仕事をしているエゴノキ特有の勘に近い部分があった。 「では、見た時にはああなっていたのだな、なるほど、共犯者という可能性も極めてゼロだ」 「事態をややこしくするような行動をとって、申し訳ありませんでした」 「えと、ごめんなさいでした」 両名がそう謝ると、エゴノキもかっか、と笑った。 「何、気にするほどのことでもない。偽の情報が飛び交うのは警察ではよくあることだ。これでも昔よりはまともになったんだがな」 「昔、ですか?」 「ああ」アクアの言葉を待っていたかのように、エゴノキはたっぷりと息を吸い込み、何か昔を懐かしむ様に話しだした。「昔は邏卒なんて大仰な呼び名をつけられていてな、見回りや身辺調査も今ほど発展していなかった。人海戦術を駆使しても分からんものも多数あったし、夢か幻か、そんなもんを追いかけるために何人も総動員されたこともあったさ」 アクアはそれを想像する。情報を頼りに近辺調査や聞き込みを行い。それが誤情報だとわかると今までの苦労など放っておいて新しい情報に飛び付く。餌を与えられる奴隷のような存在だと想像し、背中を震わせた。情報が餌となり、事件の解決が動力となる。人海戦術と言っても、それは大変な労力に違いはないだろう。 「……情報に踊らされる道化、ですか」 そう言った後に、アクアは慌てて訂正をした。口から洩れた言葉を取り繕い、頭を下げるその姿を見て、ますますエゴノキは笑い崩れた。気にするなと口に出し。アクアの頭を大きく撫でる。くしゃくしゃと撫でられて、アクアはどういう顔をすればいいのか少しだけ困り、苦笑した。 「なかなか的を射た回答だ。確かに情報に踊らされる道化だな、それは今も昔も、変わらんのかもしれん」 昔を懐かしむ様に吸った息は、半分ほど彼の肺の中で沈澱し、結局はほとんどを吐き出してしまった。くぐもった吐息が漏れて、アクアは何か焦燥に駆り立てられるような感覚が頭の天辺から足の先までするりと走った。 「だが、誤情報もあれば、正しい情報があり事件が早いうちに収束したこともあった。警察って言うのは羅卒と呼ばれていた時と何ら変わらず、情報を正確に掴むことが事件解決までの足になるからな。この事件の前にもいろいろな事件が飛び交っているだろう。新聞記者の失踪、謎の隕石の襲来、あとは、確か女性が一人、行方不明だったな」 三つの事柄を上げられて、アクアは苦い顔をした。 「ん?どこか気分でも悪いのか?」 「いえ、新聞記者の失踪。おそらくそれは、僕の友人だったのだろうと……」 「……君には友人を亡くし、辛い思いが募るばかりだろうな、冥福を祈ろう。捜索に人員を割いてはいるが、やはり絶望的だ、恐らくは――」 「はい」アクアはただただ、その言葉に対して頷いた。新聞記者の失踪というごく普通の言葉を聞いただけで、何か寂寞とした思いさえ募る彼は、センチメンタルな心が浮き彫りになっていた。それが女々しいことだとわかっていても、改めて聞けばその言葉がますます。彼が生きているという事実を隠滅させているようだった。 「そう言えば失踪した新聞記者の名前も、フレアと言っていたな、君の傍にいる彼女のフレアというそうじゃないか。何かのめぐりあわせかな。失踪したフレアくんと恋仲だった女性の言っていた特徴と、身長以外はほぼ一致するんだが」 「彼女は、自分の以前のことがわからないそうなんです」 そういう言葉を並べれば、エゴノキはなるほどと事情を察し、それ以上の言葉を追求することはなかったが、ただ何か考え込む様に口に手をあてて、何かを確認したように話しだす。 「そういうことならこの街のはずれにある医者にかかるといい、精神科もやっているからな、怪しいか怪しくないかは俺が補償しよう、恐らく大丈夫だ。少し変人ではあるがな」 「いいんでしょうか?」 「何、構わんよ」今回の事件のファイルを整理していたサルナシから強引にファイルを取ると、また快活に笑った。「ガセ情報につき合わせてしまったお詫びと思ってくれ。昼間だが、道中気をつけてくれよ」 警察署を出る時までは、サルナシというゴウカザルが付き添いをしてくれた。わざわざ見送りをしてくれるあたりが、あのエゴノキという人の性格が出ているようで、人物の温厚さが伺えるようだった。 「さあ、ここら辺でいいかもしれないな、エゴさんはああ言ってるけど、実は結構切羽詰まってるんだよ。エゴさんは終息しない事件が、嫌いだからね」 「そうなんですか」先ほどまでに無言だったフレアが、興味深げにその話に聞き入った。「ああ、そうとも。物や人に当たらない分、イライラして喫煙することが多いからね。自分で制御してるからすごくいい人なんだけどね、やっぱり三つも解決しない事件があるとストレスは大きいだろう。少しでも情報になることがあればいいんだが」 「三つの事件、さっき言ってた話ですね」 「ああ、そうだ。一つは隕石落下だ。あれはほとんど無害と言っていいだろうね」サルナシは大仰に両手をあげて、そんな事を言った。「実質無外な事件だったよ。隕石が落ちてきたというにはちょっと足りない。着陸と言ったほうがいい。そういう情報が一番有力だった。確かに現場検証をしたときにはなるほどそういう情報が入っていた」そう言って笑うサルナシは、どこか穏やかで、捜査報告をしていたという風には見えなかった。 「本当にそんな感じだったからね。続く道に血痕があったんだが、腐敗と付着分がひどくて乾燥も始まっていてね、まだ検証には時間がかかるというわけさ。他にはそこまで変わったものがなかった。木々が倒れているだけで、死体があるとか、何か陰惨なものがあるとか、そういうわけではなかった」 「そうですか、徒労で終わってなんだか大変ですね」 「徒労で終わることが大切なのさ」 サルナシは笑う。その笑いは、自嘲気味に、しかしそうなるべきだという意識がこもっているように見えた「大人に限らず、子供たちにも聞き込みをすることがある。そういう場合にも情報に踊らされる。偽情報を頼りに進み続けて、徒労に終われば我々の出番がなくなっていいからね」 「自分の職業の仕事がなくなることが、いいことですか?」 「警察なんていらない世界が、一番いい世界だとは思わないかね。自治は最低限に抑えるべきだよ」そういうサルナシはどこか子供のように目を輝かせて、得意げに続ける。「自分が無職の世界が待ち遠しい。そういった戦場写真家の言葉は、とても感銘を受けるだろう?彼らは自分達の仕事がなくなることよりも、平和を望んでいる。その意識がどこまで伸びるかはわからないが、そういうものだよ」 その意見には大いに賛同するべきか、と思ったが、アクアはそういう世界の事情を知らず、なるほどそうかという曖昧な返答をおざなりに返すことしかできなかった。フレアは少し考えて、双眸を忙しなく動かす。しばらく目の焦点を合わせずにきょろきょろと動かしていたが、やがて何か一つの例えにたどり着いたように、もう一度焦点をサルナシに合わせた。 「平和な世界を望む人が、戦場写真家になりやすいかもしれませんね」 「そういう発想は浮かばなかった」 サルナシは一本取られたというように苦笑した。 「サルナシさんが、徒労に終わった方がいいっていうのは、意識して事件がそうあってほしいと願って、戦場写真家の人だって、そんなものを取らない世界であってほしいと願うこと、この二つの共通点はそこにあると思います。意識的に平穏を願う人は、自分の意思で危険な場所に赴き、何事もなく、仕事もないことに平和を噛みしめるものかと思ってたんですけど、違いますかね?」 的確な言葉をまくし立てた様な顔をして、彼女はきょとんと首を傾けた。そのまま双眸をまたぶれさせて、せわしなく視線を動かし始めた。何か動くものでも見つけたのだろうかという意識になりつつも、サルナシに視線を合わせ、アクアは苦笑いをする。「すいません、いろいろあって頭の回転は凄く速い子なんです。本質を理解するにはちょっと時間がかかるかもしれませんけど」そういうと、そんなことはないよとサルナシは少し驚いた様な、それでいて的を射られたように硬直し、表情が強張った、言葉で伝え難い様な顔をしていた。「本質はともかく、恐らく言っていることは間違ってはいないよ。純粋にものの根っこだけを削り取った感じだね。彼女の言葉には含みや練り混ぜたものを感じられない。犯罪者になったら純粋に人を殺して、その犯行を喜々として語りそうなタイプだ」 「その例えは――」 「もちろん、冗談。彼女はいい意味でも悪い意味でも純粋なのかもしれないね、根からあんな言葉を言えるなんて、そうそうないことだ。その純粋さが、正しい方向に行くことを私達は祈るよ」 「本当にそうでありたいですね。俺も、そう思います」 本当にそうなるのかはわからないと、アクアは思った。純粋に人を殺す。純粋に考えてその行為を彼女はもしかしたら二度犯しているのだと口溢せば、どうなるのかはわかりきっていた。心ではそれを認めたくないくせに、どうしても真実を追求すれば、彼女の方にもぼろが出る。 (矛盾してる、はっきりしないと) 頭を整理してかぶりを振ると、サルナシが少し驚いたように体を硬直させた。 「おっと、こんな話で脱線していたらまたエゴさんに怒られてしまう。君達にもまた変な話をして止めて、悪かったね、道中、お気をつけて」 そう言ってサルナシは軽く腕を上げ、挨拶をすませると踵を返す。アクアはその背中に一言声をかける。それは謝辞ではなく、制止の言葉だった。 「すいません、最後に一つ聞かせてください」 この質問が最後になるかどうはわからなかったが、アクアの言葉にサルナシは首だけをゆっくりと振り向かせた。特に不快感は感じていないようで、それよりもまだ興味深げに聞き入ってくれるということに一種の喜びの様なものを感じている。そんな顔をして、話をすることが好きなのだろうとアクアはその気前の良さに軽く頭を下げた。 「何だい?」 「あの、新聞記者の失踪――ともうひとつ、女性のポケモンが失踪したと」 「ああ、そのことか」 サルナシは体ごと向き直ると、顎に手をあてて、言葉を吐くことを躊躇した。その内容については何か規制でもかけられているのだろうか、それがわからずに、眉を顰めると後ろからエゴノキの大きな声が聞こえてきた。 「サルナシ、まだ話しこんでるのか」 「ああ、少々お待ちを」サルナシは慌てて言葉を返すと、出入り口の中と、アクア達を交互に見やり、少し考えた後に、言葉を吐いた。「そうだね、個人情報に踊らされてはいけないのだが、失踪した女性はマグマラシ、名をチックという。そうだね、この情報は果たして正しいのか間違っているのか、そのことの真意は不明だが――その失踪したチックという女性はね、町の噂では失踪した新聞記者、フレアくんと昔の恋仲であり、しつこく付きまとっているストーカーだという情報が入っていたんだ」 背筋が寒くなり、無意識にフレアを抱き寄せた。フレアは少しだけ頬を紅潮させて、ストーカーという言葉に何か性的なものを連想したのか、耳をぺたりと伏せて恥ずかしそうに俯いた。 「そんな、そんなこと、彼は何も」 「もちろん、そんなことを話したくなかったのかもしれない。それ以上にフレアくんには何か、忙しい事情でもあったのかもしれない。フレアくんと親しかった近所の人たちの情報だ。踊らされたくはないが――」 「サルナシ」 再度声が聞こえて、すまないと一言謝罪を述べると、サルナシはすいませんと大きく声を張り上げて、慌ただしく警察署の出入り口に入って消えていく。その背中に何か未練がましいものが尾を引いて、アクアは硬直した ――フレアが、ストーカーの憂き目にあっていた。 もちろん、誤情報だということも考えられるが、そんなことよりも、彼に魅力を感じた一部のポケモンが、奇行に走るということに、喉の奥がひりついた。彼の心は誰にも縛られることのない自由な、風のような心と、炎のように燃える探究心を持った、それがフレアという存在だ。もちろん女子に人気はあったし、頭も悪くない彼、自分のコンプレックスすらも喜々として受け入れ、それを賛美し、威風堂々とあり続ける彼に惹かれるポケモンは何も自分だけではないのだと改めて確認させられた。 しかし、それに対して思いの溝という隔たりを超えて奇異な思考を彼にぶつけるという行為に、しばらくしてアクアは憤慨を覚えた。亡きものにされたフレアはもしかすると、奇行により自分の意思とは関係なくその華々しい未来を掴むこともできずに散っていったと思うと、彼の意思を尊重することもなくただただ己の独占欲のために奪い取るというその行為、その存在に、ぎり、と犬歯を噛み合わせて、目を細めた。 「フレアは、誰のものでもない」 その言葉は誰にいうわけでもないのに、傍にいたフレアをアクアは抱きしめた。こうであってほしい、彼はもしかしたら、自分の理想を思い描いた存在である。その存在はこうして今――目の前にいるではないか。その思いが、彼の怒りをさらに促進させる。何の因果で彼の命は断たれなければならなかったのか、何故に彼を殺生せしめたのか。憤慨と怨嗟が頭に残り、苛立ちが募る、乱雑に地面を踏みつけて、拳を握り締める。 「誰のものでもない――俺の、俺だけのものなんだ」 その言葉の意味するものは独占。それは彼の傍に一番いたのは自分だと、アクアの主張が意識を改竄したかのように、好き勝手に亡き親友の羨望を組み替える。フレアがびくりと震え、何かに怯える。それがアクア自身だと気づくことは、今の彼にはできなかった。 「ここにいるフレアだって、俺が保護したんだ――守るさ、今度こそは、守るんだ」 自分自身の歪んだ思想。奇異的な行為への憤り、整理のできない思考が混ぜ合わさり、重く沈んだ息を吐く。保護したそれは何を意味するのか、彼にとってはそれは真実の追求ではなく――己の理想の掃き溜めとして見ることに変わっているのかもしれないと、残る理性が感じ取り、背筋に寒いものが走り抜けた。 **彼女と彼の、思考の違い [#p50d2244] 「ストーカー?」 フレアの口から付きまとわれているという事実を聞いたときに、ライトは背筋に戦慄が走った。このことはほかの誰にも言っていないといわれると、自分が頼られているように錯覚してしまう。そうではないと思いつつも、多少は胸に期待を抱いていた。 「そうなんだよ」フレアはうんざりしたように首を鳴らした。「以前付き合ってた子なんだけどね、自分達の忙しさに呑まれてしまって、結局関係が冷めちゃったんだ。だけど向こうさん、諦めてくれないみたいでさ」そう言うと、ちら、と自分の持っているカメラを一瞥する。証拠でも何でも押さえたいという気持ちが表れているのか、ふさふさとした彼の毛並みはざわついているようだった。 こういうこと自体フレアは珍しくなかった。顔立ちも整っており、性別問わずにひきつける魅力を感じるのは、見た目や性格的なものも手伝ってか、女性は基本的に彼の事を放ってはおかなかった。それが彼女にとってはとても複雑だった。フレアは確かに大半の女性にモテるタイプの人物像を作り上げてはいたが、恋に対してはとことん一途だった。大抵言い寄られても、自分には好きな人がいるとか、好きな人がいるから君の声には答えられないとか、そんな言葉を振りまいていた。それが唯一彼を信じられる部分だった。他の部分は謎が多いこともあるし、彼自身が自分の事をそこまで喜々として話さないタイプの人物だったからである。 そんなフレアが珍しく深刻に悩んだような顔をして、ライトに相談してきたものだから、ライトはてっきり何か悪いものでも食べたのかと思う程度にしか思っていなかったことと、その予想が外れたことに対して自分の思慮の浅さが明るみに出たような気分になり、羞恥して委縮したくなった。 「断っても追ってくるタイプってめんどくさいよね」 「そういうタイプに好かれたくて好かれてるわけじゃない。こっちの性格上の問題かも知れないけど、とにかくあの子はもしかしたら俺のことをまだつけ狙ってるかもしれないから、ライトにはこのことを知ってほしかったんだ」 「鮮度が落ちにくい嫌な出来事ね」ライトの冗談に、フレアは自嘲気味に笑った。「冗談でもその言葉に反応してしまうな、全く情けないよ」大仰に諸手を挙げて苦笑する彼を見て、さほど深刻な問題ではないのだと頭では錯覚していた。彼女はそれが何か引っかかりを感じたが、些細なものだと気にも留めることがなかった。 「アクアにはこのことを話したの?」 ライトの言葉に、フレアは嫌、と躊躇した。「あいつには話してないよ。友達だから相談しようかとも思ったが、あいつ自身がストーカーの様なものだからな」そう言って嘲るように笑うフレアを見て、ライトは何とも言えない感覚が脳裏を過る。「友達なのに?」 「友達だからと言って、なんでも相談するわけじゃないさ。秘密の共有はライトとしたかったんだ。アクアも悪いやつじゃない、けれど俺に理想を求めすぎてるんだよ。俺はあいつが思っているほどに優秀な人物じゃないんだ」 「フレアとアクアって、幼馴染なんだったっけ?」話題を変える言葉に、フレアはそうだよと頷いた。「物心ついたときからアクアと一緒だ。同じ時間を過ごしすぎて、兄弟みたいな関係になっちゃったけどね、あいつの方が年上だけど、あいつは俺に依存してるから」 「アクアとフレア、約すると火と水ね、仲良しなのに相反関係って言うのも珍しいわね」 「名前にそんなに意味があるとは思えないよ」 フレアは自嘲気味に笑った。彼は自分の名前をどういう意味合いで両親がつけたのだろうと思っていた。冗談交じりに両方の親からお前たちは兄弟だからと言われて、まったくもってその通りの関係だと笑っていた。子供のころの思い出であり。成長につれてそんな風に言われると言われなくてもそんな関係だから、いちいちそんなことを言うなとむくれる時が多く、親を困らせていた。 「でもロマンチックな名前だと思うわよ。水と火が協力するんだもの。相反関係でも仲良しっていう証拠じゃない。お湯ができるわね、二人一緒だと」 「どこのテレビ番組の実験だよ」フレアは苦笑した。ずっと昔の白黒テレビをまだ持っていた彼は、ずっとそれを使い続けている。いまさらカラーにしても別に情報は同じだと笑って、中のチャンネルを弄っただけで他の部分は一切手をつけていない。彼はレトロ趣向でもあるのかとライトは一時期思っていたが、擦り切れるまで使う主義なだけだった。 「ブラウン管を通す情報は人を堕落させるわよ」 「その情報に踊らされて奔走する警察は全員堕落者だな」 二人でそんなことを言って笑い合う。 「でも実際脳味噌腐るんじゃないかしら。最近犯罪が増えてるし」 「脳味噌腐った奴らがテレビを見てるから、犯罪が増えるんだよ」フレアはそう言ってカメラを持ち上げるとレンズを吹き始めた。「自分でこれくらいならできるできるって息まいてる莫迦がこの世界に何人いると思ってるんだ。数えるだけでもあほらしい人数が網羅してる。そう言う奴らは基本的にブラウン管の情報を見て、暇潰しにそれを実行する。完全犯罪ストーリーのサスペンスとか見て犯罪が増えたら、完全にその馬鹿のせいだな」 「お厳しい意見だこと」 「事実、犯罪ってそういう部分からあるんだよ。まぁ今の俺も犯罪行為に片足つっこでるのとと同じくらいだけどさ」 「なんで?」 「ストーカー」フレアはうんざりとして天を仰いだ。「他人のせいじゃない。フレアは関係無いもの」ライトはそう言って首を横に振るが、彼はそうじゃないと言わんばかりにちっちと指を振った。「そう思いたいけどね、される側も結局同じだって。そういう目を気にしてるからやけに余所余所しくなって、おかしな行動を取り始めるものなの。俺も多分あと四年くらい続いたらそうなる」 「四年後には私と結婚して子宝に恵まれてるわよ」 「そんなに孕むのかよ、俺の精を絞りつくす気か」 「一回くらいじゃ満足できないかなーって思って」ライトの冗談か本気かわからない曖昧な言葉に、フレアはむずむずと体をゆすった。変なことを言われると彼はいつも妙な興奮状態に陥る。それは話している相手が同性だったとしてもそう変わりはしない分、ゲイセクシャルの気でもあるのかと以前勘違いされた。そういうわけではなく、何か性的な言葉に対して彼は過剰に反応する傾向にあるようだ。体質の様なものだと本人は参っていた。 「変なこと言った所為でむらむらしちゃったじゃないか」 「発散すればいいじゃない。ほらほら、見ててあげるから」 「お前は本当に人をいじくるのが好きだな」 「情報に対して子供みたいに燥ぐあなたと同じくらい、私は性的興奮に対して何かの見返りを求めちゃうのかもしれないわ」 その見返りがフレアのせいに対しての初心な反応だとライトは口にしているようで、フレアは嫌だ嫌だと苦笑いをした。 「ライトは変態じゃないのにそういう部分ではストーカーよりもたちが悪いかもしれないな」 「やだ、ストーカーと同類?」 そうじゃないよとフレアは目尻に皺をよせた。彼自身もストーカーの件をあまり深く考えたくないと思うことや、それに対して彼女が落ち着きはらい、それを拭いとってくれることを期待して依存してしまう。そういう醜態を見せたくはないのに、どうしても彼女に寄り掛かってしまうことに対して、なんだか情けなさが込み上げてくるなと自虐的な気分になった。 「同類じゃないなら、私は?」ゆっくりと腰に手をまわしながら、ライトが微笑む。心臓が大きく跳ね上がるのを感じたが、悟られないように目をそらす。「俺の恋人。寄りかかりたい……」素直に言葉を紡ぐと、ゆっくりと顔を対面に合わせられ、唇が重なった。しっとりと濡れた感触と、滑りを帯びた舌のざらつきが彼の口内を、歯茎を、舌を愛撫する。興奮が異常に高まり、瞳孔が収縮した。「素直でよろしい」 唇を放して、フレアからカメラを取り上げると、ライトはゆっくりとフレアを床に押し倒す。とろんとした両目は、紅潮した顔と相まって、妙に扇情的にフレアの目に映る。 「今日は休みだけど――ちょっといきなりするのかよ。昼間だぞ今」 「カーテン閉めて鍵かけて、それでいいでしょ?それに、どっちももうすませちゃってるし」 「そりゃ起きがけでまだ何も手をつけてないからだって」 そりゃそうよと笑う。ライトの顔が映り、そういうことかと半ば諦めたように息を吐いた。 「だって私は、そのために何もしないんだもの。そのくらい気づくでしょ、貴方なら」 「気づくのが少し遅かった。早起きして逃げればよかったよ」 「結局ここに帰ってくるじゃない。駄目だよ、逃がさない――それに、貴方のここは、まだ元気いっぱいじゃない」 「生理現象だ。女性にそんな顔をして迫られたら、誰だってそうなる。俺だってそうなる」 「屁理屈こねちゃって」ライトはくすくすと口の端を釣り上げた。「素直に興奮しましたって言えばいいじゃない」 「興奮しました。セックスしたいです」 妙に間延びした声で、フレアはそっぽを向いた。こういうことはあまりしたくないわけではないが、フレア自身行為自体を妙に神聖化する傾向にあり、逢瀬を重ねるだけで顔を真っ赤にして目を瞑り、完全にリードしてもらう形になる。ライトはそれを知っているために、もう少し積極的になってほしいと心の中で口溢した。 「直球すぎるなぁもう。もう少し言葉を重ねてほしいよ」 「エロイことするのに重ねる言葉なんていらないだろ」フレアの顔はすでに林檎のように赤くなっていた。それでも、口は冷静を保っていた。まるで口と顔が別のもののように見えた。「生物は遺伝子に操られてるんじゃないかと思う。ライトが俺とセックスしたいのも、子孫を残すために遺伝子が操作されてるんだと思う。逆もまたしかりだよ。男が女性にもてたいとかセックスしたいとか、もっといっちゃえば性的行為と快楽がセットになってるのも全部遺伝子の都合だろ。セックスが不快だったら子供は減る一方だ。そのあたり生物構造の遺伝子っていうのはうまく立ち回ってると思うよ」 「ムードもへったくれもないわね」ライトは苦笑交じりにフレアの言葉を聞いていた。その言葉に特に何か嫌な思いを感じる、というわけではなかった。「桃色の雰囲気と空気はさすがにきつい」フレアは短く切るように言葉を吐いて、話を続けた。 「生物の本能はほんとにうまく設計されてるよ、考えた神様は最強だな。男が浮気性なのは、いろんな女性とセックスしたいからなんじゃないかな、バリエーションっていうのは多いほどいいっていうしね。だから男は新しい女に興奮する。なんだかんだ言っても結局遺伝子に操られている感がして半端ないな」 「フレアはそういうの嫌いなの?本能に任せて、獣みたいになるのは」 「なんか精神操作されてるみたいでいやだ」 「それじゃあ、操作されないために私のほかにもセックスをしてる女性がいるってことでいいのかな?」 「一途な私にはライトさん以外の女性とセックスするなどとてもとても」フレアはもろ手を挙げてクックと笑いを押し殺す。羞恥を隠したいようにもみえた。「じゃあ、私じゃ遺伝子操作されてるみたいで不快なの?フレアってゲイだったっけ?」 「違うよ」 「じゃあ私と一緒にいてなんでそんな口調なの?」 「興奮感情の欠落かインポなんじゃない?」 ライトは頬を膨らませてむくれた。こう言うやり取りは今に始まったことではないがやはり、彼の口から聞きたいという思いが先行しているが、どうしてもくどい言い回しで彼の本音を引っ張り出すことができないことに語彙の差を感じ、結局はいつもの言葉に落ち着いてしまう。それが言葉に負けているようで、少し悔しかった。 「じゃあ今、この状況でフレアは何を考えてるの。率直にどうぞ」 「興奮してるからライトとセックスしたい」 言葉はぶっきらぼうだったが、思いは本物だった。亜麻色の瞳は羞恥に潤み、何かを期待する眼差しを向ける。それだけでもライトには十分すぎる刺激と、興奮が伝わる。 「厭らしいなぁ、口では変なこと言ってるけど、体は正直だもんね」 「本能に従って生きていきたいと思ったことは何度でもある……理性がそれを邪魔するんだよ。いろいろ考えすぎて、死にそうだ」 「気にしないで、大丈夫だって、リラックスしていこうよ。フレア」 「ライト――怖いんだ。何かあったらほんとに俺、怖いんだ……」 その言葉が本音であり、本当に震えていた。 「だから、忘れさせてくれ。今だけでいいから、ライトのぬくもりを感じていたいから――」 「うん、私も、貴方のぬくもりを感じたいな」 もう一度唇を重ねて、お互いに双眸を閉じる。暗闇の中で響き渡る水音は、粘り、伸ばされて、繋がり合った。 しばらく思案して、アクアとフレアは刑務所を後にした。来るべき場所からの出所というものは、どこか自分達が間違った行いをしてしまったのではないかと錯覚する。何とかしてこの間違った行いに妥協をして、この間違いを正さなければいけないと、どこか切迫した思いが募る。急いでいるわけでもないのに、彼女のした狂気的な行いが、アクアのその思いを様々な方向から押し付けた。 (いつかは来てしまう終わりだ……ばれてしまえばそれで、終わりだ) 隠蔽することには抵抗がある。何とかして全てをよい方向へ導く道筋を探し出さなければいけなかった。なぜならそれが人の進むべき道であり。アクアは人だったからだ。消して異形の創造や妄想を逞しくさせる狂人ではなく、理性ある人だからだ。狂人の価値観と凡骨の価値観はけして一致することがない。それがわかっているからこその、隠蔽者としての凡骨からかけ離れてしまった自分のその行動を、かつての凡骨だった自分の行動と等価だと思うのは、神の視点から両方を俯瞰した振る舞いに他ならないと感じた。 (ばれる前に……こんなこと早く消し去ってしまわないと) そう思い直したが隠蔽したという事実を消し去ることなどできはしない。まだばれてはいないが、いつかはばれるという恐怖が背筋から這いずる。その原因を作ったのは、自分ではないが、自分が保護しているものにその原因が存在していると思うと、いっそのこと何もかもを投げうった方がいいのではないかとアクアは自分の本当の心が、事実を隠蔽し、その行為に怯える自分が囁きかけるのを、無意識に振り払う。 (彼女を助けた理由は)アクアは何度も考え直す。つい最近の出来事のようだが、目まぐるしいことが起こりすぎて、ずっと昔に起きてしまった。犯罪のように感じた。(真実が知りたいからだ。何もかも、真実のためなんだ)自分の追求のために、ほかのことを蔑ろにする。正しいようにも思えて、間違っているようにも思えた。(だから、まだこのことを知られちゃいけないんだ)何度も何度も、壊れたカセットテープのように言い聞かせることで、自分を保とうとする。そんな不安を感じ取ったのか、少しだけ隣にいるフレアが、アクアの手を取って、握る。 「フレア?」アクアは口を開けた。「どうしたの?」 「手が、震えてる。アクア、人はこういうとき、怖いことを考えて、震えるんじゃないかなって、嫌そうな顔をしてたから。僕はそういうのを初めて見た。今、アクアが見せてくれたから」 怖いことを考えていたという言葉に対して、確かに違いないとアクアは急な言葉に脱力した。その通りだ、怖いことを考えていた。それは幽霊や怪奇現象よりももっと恐ろしい、人がなす深い罪と罰の境目の恐怖の様なものだった。 「怖いけど。俺が決めたことだ。俺が怖がってたらどうしようもない……大丈夫だよ。フレア、ありがとう」 「うん、アクアも、大丈夫ならよかった」 そう言っても、フレアは握った手を放そうとしなかった。それが恥ずかしくもあり、心強くもあった。彼女は本当に不思議だと、改めて見直す。恐怖を象徴するのであったり、柔和で穏やかな、母のような存在を象徴するようであったり。 (図書館の出来事だってそうだったな) そう心の中で考えて、あっ、とアクアは声を上げた。フレアはぴくり、と耳を動かして、なぁにと口から言葉を零した。 「図書館の人に謝らないと、勝手に出て行って、本を片付けなかったんだ」 「あ、そういえば」 「フレア、行くよ」アクアが握ったフレアの手を一層強く握り、駆け出す。フレアは急に引っ張られて、少しだけ縺れたが、すぐに興味の顔を図書館に向けた。読みかけで途中放棄した分、まだ読みたいものがたくさんあったのだろうと、アクアは思い直して。よければ静かに読ませてあげようと、図書館に向かって小走りで距離を詰めていった。 古い建物の中に入り、受付のポケモンに話しかけると、昨日の本を置き去りにしていった人ですね、と冗談交じりに話されて、アクアは苦笑いをした。 「すいません。昨日のことで謝りに来たんですが」 「事件が起きて混乱してたんです」フレアが横から口を挟んだ。「あの後すぐ戻って本を片付けようと思ったんですけど、僕とアクアが、怖い事件に巻き込まれて。それで、図書館に帰るに帰れなくなってしまって……もうどうしもなくなってしまいました。もちろん、これが悪い事だとは重々承知しています。ほんとうにごめんなさい」型通りの謝罪を述べると、受付のポケモンはにこりと微笑んだ。 「そうでしたか、謝りに来てくれましたし、私どももこの件に関しては時たまにあることなので、わかりました。その正直な所に免じて、不問とさせていただきますね」 ありがとうございますとだけ告げて、また再度本を読みたいと願い出ると、快く受け入れ、今度は置きっぱなしにしないでくださいねと苦笑交じりに忠告する。後ろから作業をしていた従業員と思しきポケモン達もくすくすと口を抑えて笑う。ここにいる以上。やはりしばらくはここの利用をするたびにそんな目で見られるんだろうなと、アクアは苦笑いを抑えて、どこまで読んだかを思い出すようにきょろきょろと目を輝かせるフレアに、小さく囁いた。 「フレア」 「なぁに?」 「今度勝手にどこかにいかないこと、僕の近くで本を読んで、一人で動かないこと。興味関心をあまり行動に出さないで、君はまだ。知識だけで理解が常識に達していないんだから」 それを言ったアクアはあまりにもひどいことを言ったもんだと、自虐的に笑ったが、フレアははぁいと笑って、喜々として本を取り始める作業に入った。 ---- to be ウェーイ ---- **コメント [#w5c8cefc] #pcomment IP:180.11.127.121 TIME:"2012-11-23 (金) 16:56:15" REFERER:"http://pokestory.rejec.net/main/index.php?cmd=edit&page=%E5%AE%99%E3%81%AE%E7%94%9F%E3%81%8D%E7%89%A9%E6%84%9B%E3%82%92%E7%9F%A5%E3%82%8B" USER_AGENT:"Mozilla/5.0 (compatible; MSIE 9.0; Windows NT 6.1; WOW64; Trident/5.0)"