*無人島 [#z598c1e8] *** ~孤独の闇~ [#h00c71fc] by[[パウス]] ---- 血の描写や暴力シーンなどを入れる予定です。 そういうのが苦手な人は読まない方がいいかもしれません ---- 肉の食えない肉食獣――果たして、いつまでその状態が続くだろうか。 本来ならば食糧となるはずの生き物が目に入っても、禍々しい古い記憶が飛びかかろうとするのを邪魔する。その記憶のせいで吐き気さえすることもあった。 いくら努力しても、幼いころに抉られた傷が癒えることはない。 弱虫、臆病者、偽善者―――そんなことを、言われるのに慣れすぎた。 * 太陽はまだ半分ほどしか顔を出していなかった。ただでさえ木々の影に覆われるこの無人島にとって、あまりに光が少ない。 そんな中、肉を食べることの出来ない温和なグラエナ―――グレインは瞼を上げた。 グレインは上半身のみを起こし、ぼんやりと、緑の隙間から見える空を見上げる。そして両方の前足で頬をパチンと叩くと、前を向いてパッチリ目を開けた。 「ふぅ……」 一息吐いて、グレインはもう一度天然の草布団の上に横になった。 グレインは決まった住処を持たなかった。目を覚ますのはまだ懸命に命を繋いでいる草の上で、初めに見るのは大抵木の葉か枝である。 暫くしてグレインは立ち上がり、一度あくびをした後、ピクッと耳を動かした。 「…この辺に川なんかあったっけ?」 人間では気づかないほど小さなせせらぎ。昨日は全く気がつかなかったのだろうか。 半信半疑でグレインは音のする方へ向う。そして確かにそこに川はあった。 寝起きで喉が渇いているグレインはありがたくその恩威を受けようとした矢先、ふと一匹のジグザグマが目に入った。 本来ならばグラエナの食糧となるはずのそのジグザグマは暫く無防備に水を飲んでいたが、グレインの存在に気づくとたちまち顔を真っ青にし、一目散に逃げて行った。 グレインはそんなジグザグマの慌てふためいた背中をじっと眺めながら、深く深く溜息をつく。―――どうして俺はグラエナなんかに生まれたんだろう、もっと違う種族に生まれていれば、こんな思いをしなくて済むのに………と。 同じ肉食ポケモンには異端扱いされ、食べるつもりのない草食ポケモンには化け物のように見られ、グレインはいつも孤独だった。 しかし、そんな先々真っ暗な生活に光を射した者がいる。―――そう、ヴェインである。 彼女は大人になったグレインの初めての話し相手であり、理解者である。やがてその弟グリン、その友のトパーズとシディアなど、様々な仲間が出来た。 グリン達は自覚していないが、彼らはグレインを孤独の闇から救い出したのだ。 川の水を満足いくまで堪能し、グレインは口元を擦りながら立ち上がる。 ふと上を向くと、丁度グレインの真上には沢山の黄色い木の実が熟してぶら下がっていた。風の向くままに揺れるその姿は、まるで誘っているようだった。 その実のなる木から少し距離をとり、グレインは勢いよく木を駆け上がる。そして木の幹を蹴って斜めに跳躍すると、見事木の実を口に咥えて着地した。 しかし、本来ならば肉食である彼にとって、リンゴよりも小さな木の実一つではあまりに少なすぎる。 大きな口で二、三度齧って食べ終えると、もう一度同じ方法で実を採ろうと駆けだした、その時――― 赤、桃、黄など色とりどりの木の実がいくつもグレインの前に転がってくるではないか。 「うわっ!?」 今更走り出した勢いは止められず、一つ目は何とか横に跳んで回避したものの、そのちょうど跳んだ場所に転がってきた物は対処の仕様がなかった。 ぐちゃ、と嫌な感触が前足の裏にして、勢いのままにグレインは木に衝突する。 「……………っててて……」 木から落っこちてきた木の実の数が、グレインが衝突した勢いを物語っていた。 薄らと涙を浮かべながら、強打した頭を摩るグレイン。同時に、さきほど木の実を踏みつぶした前足を顔の前まで持ち上げた。 そこには赤い果汁がべっとりとくっついていた。 グレインはその前足で涙を拭いて、もう一度見た。暫く食い入るようにそれを見ていたが、やがて眼球がこぼれ落ちそうになるほど目を見開いた。 ヘタリとそこに座り込むグラエナの進化前の姿―――ポチエナ。カタカタ震えるその目線の先には、黒く大きな影がうずくまっていた。 ポチエナの左肩から血が垂れ、彼の胸から腹の方にかけて赤黒く染まっている。 ポチエナの肩の出血は大したものではない。彼が血まみれなのは、目の前で倒れている影―――グラエナのものが飛び散ったからだろう。 ポチエナに光亡き目を向けるそのグラエナの傍にはもう一匹―――息を荒げたグラエナが立っていた―――――― 「――――さん………グレインさんっ!」 グレインの体が大きくゆすられ、グレインは我に帰った。体は震え、息は乱れ、滝のような汗が流れる。 グレインの体をゆすったのは、本来グラエナの食糧ともなり得るはずのエネコロロ―――シディアだった。 * 点を覆い隠すように広がる木の葉の隙間から、眩しい光が差し込む。それがバックになって、グレインは話しかけてきたのが誰なのか分からなかった。 「………どうしたの?」 目を細めながらあまりに必死に見てくるものだから、シディアは首を捻った。 彼女が首を捻ったことで偶然光と重なり、グレインははっきりその顔を見ることができた。 「……シディア……か?」 「えっ?えぇ、私だけど……どこか頭でも打ったの?」 頭を打ったのは事実だが、あの程度で記憶が飛ぶほどグレインはやわではない。 話しかけてきたのがシディアだと解ったとたん、グレインの震えは止まった。呼吸も徐々に整い、汗も引いた。 「あ、いやっ…逆光で見えなかったから誰かわからなかった。…それに、まさか俺に話しかけてくる奴がいるとは思わなかったからな……ちょっと驚いたよ。」 そう、見た目でグレインだと解っても、話しかけるのはかなりの危険が伴う。何故なら、そのグラエナがグレインじゃない場合だってありうるからだ。 この世に似ている顔をしている者は何匹もいる。もし話しかけてそれがグレインじゃなかったとしたら―――シディアの体は引き裂かれていたことだろう。 エネコロロという種族は、グラエナの絶好の食糧でもあるのだ。 自分の身を案じてくれたことに、シディアはとびっきりの笑顔で返す。 まるで太陽が二つに増えたような笑顔にグレインは目を合わせられず、丁度すぐ脇に転がっていた木の実に目線を逃がした。 「さっき転がってきたやつは君の木の実?」 「えぇ、グレインさんの姿が見えたから一緒に食べようと思って…。でも普通に出てくるのもつまらないからちょっとイタズラを…………っ!!」 その太陽のような笑顔から一変、グレインの赤く染まった前足に気づくと、みるみる顔を青くした。 「こ、これ……っっ!!」 シディアはその前足を持ち上げ、自分の顔の近くまで寄せた。色や見た目、またさっきグレインが木に衝突したという事実から、シディアにはただの果汁が別の物に見えていた。 「すぐに止血しないと!」 「ま、待って待って!違うって!」 シディアの前足を振り払い、グレインは彼女の後ろの方を爪で指す、そこには、さきほどグレインが踏みつけた木の実が、真っ赤な果汁を散乱させて潰れていた。 「………何だぁ……よかったわぁ…」 シディアは胸に前足を当て、ホッと一息吐いた。 「…ごめんなさい、私が変なイタズラしたせいで………」 大きな耳をしょんぼりと垂れ下げ、シディアの視線は下を向く。そんな彼女に、グレインは慌てて首を横に振った。 「い、いやいやいや、別にシディアが悪いわけじゃないよ!俺がよけられなかったのが悪いんだし………」 何故かシディアよりも必死なグレインの様子に、シディアは思わずクスッと小さく笑った。 その笑顔を見て、グレインはまたもや目を逸らす。今度は顔まで赤くなっていくのがはっきりと解った。 それと同時に、グレインの心の中にある異変が起こる。 温かくもあり、恥ずかしくもあり、彼自身にもよく分からない。ドキドキするような、締め付けられるような――――――― その時、グレインは気づく。――――もしかしてこれが、恋………ってやつなのか……? 「…私達だけで食べるのも何だし、ここじゃちょっと人目が気になるわね………。これからグリン君のところにいきましょう?」 「……え?………あぁ……そうだね………」 シディアは立ち上がり、素早く転がっている木の実を拾い上げて背中に乗せて行った。全て乗せ終わったところで、グリンの住処の方向にまっすぐ歩いて行く。 『私達だけで食べるのも何だし、ここじゃちょっと人目が気になるわね………。』 その言葉が、グレインにとってやたら悲しい響きに聞こえた。 * 弱肉強食の世界であるこの無人島は、朝がもっとも穏やかな時間だった。外をうろつく者も少なく、そよ風とやわらかな日光が何とも言えぬ心地よさを味わわせる。 しかし、朝だからこそ穏やかでない場所もあった。そこは朝っぱらから、一本の木の中から爆音のようなどなり声が鳴り響く場所―――― 「起きろっつってんでしょうがこの馬鹿っ!!」 そう、グリンの住む場所である。毎朝グリンを起こす同居者トパーズの大きすぎる目覚ましが、一部の穏やかな時間を吹き飛ばしていた。 これで近所から苦情がこないのが不思議なくらいである。 「………なんでこいつは……こんなに寝れんのよ………っ!」 毎朝この声で起こされていたせいか、グリンはこの程度では起きなかった。慣れというものは怖いものである。トパーズが息が切れるほど怒鳴ったというのに、グリンは寝返りをうつだけだった。 「声で起きないのなら……さすがに痛みなら起きるでしょ」 とトパーズはニヤリと笑って、前足を持ち上げてグリンの腹の上まで動かした。―――ちょうどその時。 「ちょっとトパーズ!何やってるの!!」 後ろから誰かがトパーズに飛びかかった。バランスを崩し、なんとか倒れまいとトパーズは足を引っこめる。 「ちょっ!シディア!?ご、誤解だって!あたしはただグリンを起こそうとしただけよ!」 トパーズは振り向かずに声だけで飛びかかってきたのがシディアだと解ったらしい。案の定、それはシディアであった。 シディアはトパーズにしがみつくのをやめると、ふぅっと息を吐く。 「何だそうなの……。全く、朝から心臓に悪いことが続くわね…。」 「勝手にあんたが誤解したんじゃないのよ………いきなり後ろから飛びかかられて、こっちのほうが心臓にわるいっての。」 同じようにトパーズも息を吐いた。 「でも、これだけ騒がしくてもグリンは起きないんだな。」 シディアよりも少し遅れて入ってきたグレインは、グリンの寝顔をのぞき込んで苦笑する。同じように騒がしかった二匹も寝顔をのぞき込み、トパーズはため息を吐いた。 「ホントどんな神経してんだろ。シディア、なんとか起こす方法ない?」 「んーー…………そうねぇ……」 暫く考えてから、シディアはトパーズとグレインにグリンから離れるよう言った。何をするのかと首を傾げる二匹をよそに、シディアはグリンの耳に口を寄せて―――― 「………ふやぁぁ!?」 シディアがふっと息を吹きかけると、何とも奇怪な声をあげて飛び上がるグリン。全身に鳥肌を立てて、何が起こったのか分からず唖然としていた。 「ふふふっ、おはようグリン君。」 いつもなら不機嫌な声がするのに、今日はなんだか色のある声がする。不思議に思ってグリンは横を見ると、そこには面白そうに笑うシディアがいた。 「えっ?何でシディアがここに……?トパーズは?」 「ここにいるわよ………」 ようやく聞きなれた不機嫌な声で、グリンの脳はようやく完全に覚醒した。周りを見渡すと、クスクス笑うシディア、不機嫌そうにこっちを見るトパーズ、そしてそのトパーズを見て笑いをこらえるグレインが、グリンを囲むように立っているのがわかった。 「え……何この状況?」 「私とグレインさんはただ一緒に御飯を食べに来ただけよ。そしたらグリン君が寝てたから、私が起こしてあげたの。でもグリン君のあの反応………ふふふふふっ」 そう言ってシディアはもう一度笑い始めた。 ―――本当はただからかいにきただけなんじゃないの?と思うトパーズとグリンであった。 「ちょっとトパーズ!それ僕が取っといた奴やつだよ!」 「うるさいっ!!こっちはあんたを起こすのに大声出したから、お腹減ってんのよ!」 「何言ってるんだよ、今日の朝食の当番は君だろ!?それを間違えて勝手に僕を起こしたんじゃないか!!」 「し、しょうがないじゃない!誰だって間違えることくらいあるわよっ!」 シディアが採ってきた木の実と、グリンが朝食当番だと勘違いしていたトパーズが慌ててかき集めてきた木の実を囲んで、グリンとトパーズはガツガツと木の実を口に運んで行く。 シディアは笑いながら、グレインは彼らの食べっぷりに驚きながらゆっくりと食事を堪能していた。 食事中であっても、トパーズとグリンの口喧嘩は絶えない。 「…………ホントに仲良いなぁ、お前達は…。」 ついポロッ、とグレインの口から漏れた言葉に、シディアはうんうんと頷く。 「これのどこが仲良いってのよ!!」 「これのどこが仲良いっていうのさ!!」 同じタイミングでそう言ったことが、自分で自分の首を絞めていた。「アッハッハ!!」とグレインとシディアは腹を抱えて笑った。 「まったくもう、呆れるほど素直じゃないわね!」 「アッハッハッハッハッ!!説得力ゼロだよお前ら!!」 あまりの恥ずかしさにグリン達は何も言い返せず、ただ顔を赤らめて無言で木の実を頬張る。 目の前の木の実が全てなくなると、シディアはニヤリと笑ってグレインの前足を引っ張りながらこう言った。 「二匹の時間を邪魔しちゃ悪いし、そろそろ帰りましょうか?」 「そうだな、二匹の時間を邪魔しちゃ悪いもんなぁ!」 グレインがわざとらしく大きな声で言うと、グリン達はとうとう熟れたリンゴのように真っ赤になってしまった。 * 「あーっ、面白かった!」 「うふふっ、あの二匹ってホント分かりやすいわね。」 グリンの住処から離れて、ガサガサと草をかき分けながらグレイン達はまっすぐ進んでいく。 するとその途中、ふとシディアがこんなことを口にした。 「…そういえば、グレインさんってどこに住んでるの?」 「え?……あぁ、俺は特に住処は持ってないんだ。気分に合わせて木の下で寝たり、岩場で過ごしたり……」 「へぇぇ……」 シディアは珍しそうに話を聞いていた。グレインは決まった住処を持っていないが、そのおかげでこの無人島のことをよく知っているらしい。 暑いときはどの辺が涼しいのだとか、木の実がよく成る場所だとか、川の流れる場所なども、だいたい分かるという。 グレインが少し得意げにそんな話をしていると、突然シディアが足を止めた。 「あれ…?どうしたの?」 「……私、そういえばこの島に住んでるのに、この島の事よく知らないなぁって思って…。だから……その………」 シディアは少し恥ずかしそうに、上目遣いでグレインを見上げた。 「これから一緒に……いろんなとこ散歩してみない?」 「え……!?」 グレインの心臓が強く高鳴った。意思とは無関係に顔が赤くなり、暑くもないのに汗がにじみ出てくる。 「あ…あぁ、いいとも!!まだ日が暮れるまで時間はあるし、いろんなとこ案内するよ!!」 突然すぎて体のコントロールが聞かず、グレインは無駄に大きな声で返事をした。シディアは少し驚いたようだが、すぐにニコッと笑う。 「ふふふっ、じゃあお願いしますね、グレインさん。」 「じゃ、じゃあ最初はどこに行こうか………」 それからグレインとシディアは様々な場所をまわっていった。 「そうここだよここ。俺が三日くらい前に過ごした場所。」 「三日前って……あぁ、確かあの日は凄く暑かったのよね。私なかなか寝付けなかったわ…。」 「この岩場は日が当らないから、そういう時はよくここにくるんだよ。岩が冷たくて気持ちいいしね。」 「へぇぇ……、今度暑い夜はここに来てみようかな…。」 ―――こんな様子で、グレインはシディアを案内してまわっていた。シディアも初めて来るところばかりで、目を輝かせっぱなしであった。 「こうして自分の知らないところに行ってみるのって楽しいわね、グレインさん」 「だろ?宿なしだって悪いもんじゃないってことさ!」 こうして、彼らの楽しい時間は過ぎていく。気がついたころには、もう日が暮れていた。 「あら、もうこんな時間……。そろそろ帰らなきゃ。」 「そうだな…。帰り道わかる?」 シディアは横に首を振った。するとグレインはニコッと笑う。 「じゃあ分かるとこまで送って行くよ。」 「ありがとう、グレインさん」 シディアも笑顔で返す。グレインはその笑顔にまたドキッと心臓を高鳴らせながら、彼女とともに歩きだした。 * 「……ここでいいわ、ありがとう。今日はとても楽しかったわ!」 「あ、あぁ……俺も凄く楽しかったよ!気をつけてな!」 道の分かるところまで来て、シディアはもう一度グレインに微笑みかけて分かれた。 もう日はほとんど顔を隠し、冷たい風が頬をなでる。シディアは後ろを向いてグレインが見えなくなった事を確認すると、フゥッと息を吐いて自分の胸に前足をあてた。 確実にいつもより心臓の鼓動が大きく、早くなっている。そのことがずっと気になっていた。 「私……もしかして…………」 シディアはしばらく目をつむって、また歩き始めた。辺りは暗く、風に揺られる緑の音しかしない。―――そう思っていた、その時であった。 「………っ!」 シディアの耳がピクッと反応した。それは明らかに風に揺られた音ではなく、何かの動物によって草木がガサガサと揺れる音――― そしてその音がした場所に何者かの影が見えた瞬間、シディアは一目散に走り出した。 すると同時に、その影もシディアを追って走り出す。―――間違いない、敵だ! シディアは全速力で走った。草に強くぶつかられながらも、自己防衛本能にしたがって。 しかし、足の速さでは敵のほうが勝っていた。少しずつ、だが確実に二匹の距離は縮まっていく。 ――――必死の努力もむなしく、シディアはその敵に後ろから飛びかかられ、捕まってしまった。 掴みかかられた勢いで二匹は地面を何回か回転し、シディアは地面に抑え込まれてしまう。 彼女を捕まえた相手は、グレインと同じグラエナであった。だが一目見ればすぐにグレインとは違うグラエナだと分かった。 「へへぇ……こりゃ上物じゃねえか…。」 グラエナは卑しく舌なめずりする。シディアは必死に抜け出そうとするが、力では圧倒的な差があった。 「ちょっと、やめて……放して!!」 「放してって言われて放すアホがどこにいるってんだ!これも自然の摂理だ、諦めるこったな!」 「やめて!嫌……嫌ぁぁぁ!!」 シディアの死に物狂いの抵抗も空しく、グラエナは大きな口を開けて、鋭く光る牙を振り下ろした。 * 死を直前にして、シディアの生存本能は逆に彼女を冷静にさせた。 牙が彼女の首を貫く直前に、シディアは小さな口を開く。その中ではすでに青白い光が冷気とともに丸い球となって蠢いていた。 それが目に入ったグラエナは表情を変え、すぐにシディアから離れた。その直後、シディアの口からレーザーのように、青白い光に乗った冷気が放たれた。 その〝冷凍ビーム″は空を覆い隠す葉の天井を突き破り、闇夜に消えていく。間一髪でよけたグラエナが舌打ちをしている隙に、シディアは素早く起き上った。 「諦めろって言われて、諦める馬鹿がどこにいるのかしら…?」 「…なかなか良い技覚えてんじゃねえか、女ぁ」 そう言って、グラエナは口の端を吊り上げた。 「クククククッ……ある程度抵抗してくれたほうが、殺しがいがあるってもんだぜっ……なぁ!?」 グラエナは不気味に笑ったまま、シディアに飛びかかった。シディアは慌てて横に飛んでそれをかわす。 「ぐふふふ………いいぞぉ、もっと恐れろ!もっと恐怖しろ!……もっと足掻いてみせろぉ!!」 そう叫びながら、またグラエナはシディアに飛びかかる。今度は完全にはよけれず、彼の牙がシディアの体にかすり傷を作った。 ―――この男、明らかにおかしい。シディアは額に汗をにじませる。 最初は、恐らく自然の摂理の通りグラエナはシディアを餌として見ていただろう。彼がシディアを押さえつけた時もそうだった。 しかしシディアが反撃をし始めた瞬間、グラエナの目が変わった。餌を求める獣ではなく、殺しを楽しむ殺人鬼のような目になっていた。 彼女がグラエナにとって餌であることに変わりはないが、食べるために殺すのか、殺したいがために殺すのかではわけが違う。 恐らく彼は、殺したいと思ったら同族でさえ殺すだろう。そんな奴に食われたくなどない。シディアがもう一度反撃に出ようとした―――その時だった。 「………シディア!!」 聞き覚えのある声とともに、何者かがシディアの後ろの木の陰から飛び出してきた。それは今シディアを襲っている目の前の男の同族であるグラエナだった。 しかし彼の目は、シディアを優しく包み込むような輝きを放っていた。―――そう、グレインである。 「グレインさん!?どうしてここに…!?」 「君と別れたあの後すぐ、君が歩いて行った方向と同じ方向に向かっていくグラエナを見てね。それで心配になって俺も向かってみたら……」 グレインはそこまで言って、キッとグラエナを睨み付けた。 「それ以上彼女に近づくな!今すぐここから失せろ!!」 グルルルッと喉を鳴らして威嚇するグレイン。しかし相手のグラエナは威嚇し返すそぶりも見せず、興味深そうにグレインを見ている。 「………獲物を守るグラエナ……なるほど、お前がグレインか…」 グラエナはニヤッと笑った。 「お前有名だぜぇ?肉食なのに獲物も獲らず、木の実ばっか食ってる臆病者だってよぉ。」 「それがどうした。同族だろうとなんだろうと、俺の生き方に口出しする権利なんて無いはずだ!」 痛いところを突かれても、雄々しくグレインはそう言い返した。今の自分の生き方に誇りを持っていると訴えるように。 ―――しかしグラエナは、予想もしなかった言葉を口にした。 「ククククッ……別に口出しするつもりなんてねぇよグレイン…。だってよぉ、お前をそんなにしたのは………俺だもんなぁ…!」 この言葉に、グレインは目を丸くした。 「な、なん……」 「一目見ればわかるぜぇ…俺は絶望した野郎の顔を見たら忘れねえからよぉ…。」 「……お前、さっきから何を言ってるんだ…!」 「てめえはまだガキだったから、俺の顔覚えてねえだろうがなぁ。……これだけ言やぁ分かんだろ?俺が何者なのか………」 絶望した顔―――― 子供の時の記憶―――― ―――なんだ、ガキか。運が良かったなぁ、今日はこいつを殺しただけで満足してんだ…。 ……良い顔してんじゃねえかお前。クククククッ…そうそう、その顔だ。俺は断末魔の顔と絶望した顔を見るのがたまらなく好きでねぇ。 …今はてめえは殺さないでおいてやる。だからさっさと消えな!……いつ気が変わるかわかんねえぜ? ―――そうだ逃げろ逃げろォ!これからも絶望に身をゆだねて生きていくんだなァ!ハァーッハッハッハッハッ!! 「………っ!!ま、まさか………お前が…………!?」 暫く過去の記憶を探っていたグレインは、我に返ると同時に全身から汗をふき出し、息を荒げ始めた。 それを見て、グラエナは愉快そうに口元を歪める。そしてその後、信じられないことを口にした。 「そうだ……。てめえがまだガキの頃、てめぇの母親……リリアを殺したのは、この俺だぁ…!!」 衝撃の言葉にグレイン、そしてシディアの目が大きく見開かれた。シディアにいたっては、グレインの母親が死んでいることさえ知らなかった。 グレインの体がぶるぶると震えている。しかし、グラエナはシディア達に時間を与えなかった。 「おもしれえ運命だぜ…。親子そろって、俺に殺されるなんてなぁ!!」 グラエナは震えるグレインに、勢いよく襲いかかった。 グラエナの攻撃は、実に単調だった。口を大きく開いて牙を剥きだしにし、飛びかかっていく。少し横に動けば容易に避けられるようなものである。 しかし、グレインの目にはグラエナの軌道が映っていなかった。 「ぐぅっ!!」 「グ、グレインさん!!」 醜悪な牙がグレインの頬の上皮を裂き、そこから血が滲みだして彼の頬に赤い線を作った。 グレインは自分の頬に前足を当て、そのまま目の前まで持っていく。そこには微かに血が付いていた。 それを見たグレインは目を張ってガクガクと震えだした。今朝、シディアが転がした赤い木の実を踏みつけた前足を覗き込んだ、あの時のように。 「オイオイどうしたぁ?親の仇が目の前にいるってのに、怖くて体が動かねえってかぁ?」 そのチャンスとグラエナが見逃すはずがなかった。今度は無防備なグレインの首にかみつき、牙を突き立てた。 「う…あぁぁっ……!!」 強靭な顎と鋭い牙に首を締め付けられ、グレインは激しい痛みを伴った呼吸困難に陥ってしまう。防衛本能的に動く四肢もしっかりと抑えつけられ、もがいてももがいても抜け出すことができない。 これが一対一の勝負なら勝負は決まっていたが――― 「やめてえぇぇーーー!!」 シディアとて、ただ見ているだけではなかった。小さな体を目一杯使ってグラエナに突進したのだ。 完全に視界の外だった場所から衝撃が襲い、グラエナは打ち飛ばされた。 「チィッ…!」 舌打ちしながらすぐに立ち上がり、肉食獣らしい鋭い眼光をシディアに向ける。―――が、その時シディアはもう一度グラエナに向かって走り出していた。 グラエナは息つく間もなくまた打ち飛ばされ、背にしていた大木の幹に背中を打ちつける。 「グハッ!…………この糞アマぁ!!」 グレインをいたぶっていたさっきまでのグラエナの目つきから一変し、余裕を無くして殺気を丸出しにした慄くような目をシディアに向ける。 体中の力を使ったシディア突撃は、ぶつかった彼女自身にもダメージになっていた。グレインの目の前で地面に伏せったまま動かない。否、動かそうにも体が痙攣するだけで動けないのだった。 弱った獲物を目の前にしても、なおグラエナの残虐さは薄れない。彼は一気に間合いを詰めると、シディアの首に牙を突き立てた。 「はぐ…ぅ……ぁ……!!」 シディアの首の骨が軋む音が聞こえるほど強く噛みつかれ、彼女に成す術はなかった。どれだけあがこうと、体格差も力の差も圧倒的であった。 みるみるうちに彼女の目から輝きが消えていく。あがいていた足の動きもキレがなくなり、潤滑油の切れたロボットのようにぎこちなく、ゆっくりと空を切っていた。 一方のグレインは、まだ震えが止まっていなかった。グラエナやシディアの姿が目に入っているようでそうではなく、脳裏に浮かぶのは母親が死んだあの日の事ばかり。 幼かった彼の目の前に広がるのは血の海で、その中に倒れこんでいるのは最早命の輝きを失ったただの肉塊となった、彼の母親である。 そんな風景が何度も何度も彼の脳裏に繰り返されて再生されていた。大切なひとを失う絶望感と、自分も殺されるかもしれないという恐怖と戦慄の念―――それを何度も彼に味わわせるような映像だった。 再び思いだしてしまったその感情に支配された彼には、最早今現実に起こっていることなど目に入らなかった。頬を裂かれた痛みも感じなければ、首を絞めつけられた苦しみも既に頭に残っていない。 グレインは、恐怖という目に見えない巨大な重りにいつ押しつぶされてもおかしくないような状況だった。死んでもいない、だが生きてもいないとは、まさにこの状況のことだろう。 「グ…グレイ………ン……」 あまりの苦痛に視界と意識が薄れゆくシディアは、無意識のうちにグレインの名を呼んでいた。 「た……すけ……………」 ――――しかし、あまりにか弱く、あまりに細い彼女の必死の言葉が、たった数秒で何十回もリプレイされ続けたグレインの映像に終止符を打った。そしてようやくグレインの耳にその声が届いたのである。 我に返ったグレインは起き上がってみると、目の前で瀕死のシディアとそれに噛みつくグラエナの、弱肉強食を端的に示したような光景が展開されていた。 そこでまたグレインの脳裏に映像が浮かぶ。このグラエナに殺されかけている母親を助けることもできず、ただ震えながらそれを眺めている自分の姿がそこには映っていた。 ―――もう俺はあの時とは違う。俺はまた同じ過ちを繰り返さない!シディアは……俺が守る!! グレインの目に、生き生きとした生気が戻った。 「シディアから離れろ……この下衆野郎ぉぉぉ!!」 * 真夜中の、冷たい風が大地を冷やす。この地上の一切のものは星々や月によって照らされ、昼とはまた違った表情を見せている。この無人島の大半を覆う木々は森となり、わずかな月灯りでさえ地面に届かせなかった。 そんな暗がりの中グレインとグラエナは鈍く、痛々しく音を立てながら体をぶつかり合っていた。元々夜行性である彼らとは違い、シディアには暗すぎて何が何だか分からない。 ―――もっとも、彼女の宝石のような瞳から、光を感じる力が失われつつあるのだが。 もちろんグレインもそのことに気が付いていた。だからこそ焦り、動揺してしまう。狡猾な相手のグラエナが、その隙を逃すはずがなかった。 「……ぐはっ………!!」 グレインの横腹に鈍い衝撃が走った。その勢いで体が浮き、地面を滑っていく。 「しつけぇんだよてめえ…!これまで毎日狩りをし続けてきた俺が、平和ボケしたなまくらな爪牙しか持たねえ小僧なんざに負ける訳ねぇだろ!!」 グラエナは倒れたグレインの頬を踏みつけた。その前足からは鋭く長い爪が伸びており、グレインの目の前で鈍く光る。グレインは思わず唾を飲み込んだ。 グラエナの言う通り、獲物を狩ることなどしたことのないグレインの爪や牙は、本来の鋭さを失っていた。辛うじて皮膚を裂くことはできるものの、さほど殺傷能力は無い。 加えて、彼には時間がなかった。グラエナにやられたシディアはぐったりとして動く気配がなく、このまま放っておけばどうなってしまうか分からない。噛みつかれたのどが痛むのか、呼吸すらままならない状態であることは確かであった。 「確かにそうかもしれない……」 グレインは小さくそう言った。それを聞いたグラエナは口の端を吊りあげ、邪悪に笑う。 「ようやく分かったか。……ならてめえも母親同様、俺が今すぐぶっ殺してやるぜ!」 グラエナはグレインの首が露わになるように押さえつけると、そこに口を寄せておぞましい牙がずらりと並んだ口を大きく開いた。 ―――その瞬間、唯一押えられていなかったグレインの後足がグラエナの腹部にヒットした。 「ぐふっ!!」 予想外な攻撃に、グラエナは反射的に体を放した。その隙にグレインは立ち上がり、肉食獣の如く鋭い視線を浴びせる。 「だが、例え貴様に勝てなくても、これ以上好きにさせる訳にはいかない!…貴様の悦楽のために、これ以上俺の大切なヒトを失ってたまるかっ!!」 漆黒の毛を靡かせ、夜の闇に同化し、グレインは疾風の如くグラエナに近づいた。そして、なまくらと呼ばれたその爪を相手の胸に突き刺し、前足を右に払って引き裂いた。 「グアァァっ!!」 これにはさすがのグラエナもひとたまりもなかった。赤黒い血液が傷口から流れ出し、バランスを崩して地面に倒れ込んだ。 グレインの爪では致命傷を与えるまでにはいかなかったものの、胸を裂かれたグラエナにもはや戦う事などできない。 誰がどう見ても、まぎれもないグレインの勝利である。グレインは自分にだけ聞こえるほどの大きさで、ふぅっ、と息を吐いた。 * 目の前で崩れ落ちたグラエナを見降ろし、グレインは皮肉たっぷりに鼻で笑う。 「俺の勝ちだ。なまくらな爪でも、お前の肉を裂くことくらいはできるらしいな。」 そう言うと、今度は彼はその目つきを鋭くした。 「もう二度と俺や彼女に近寄るな!俺の生き方に口出しするな!お前の仲間のグラエナ達にもそう言っとけ!!」 一方のグラエナのほうは息を荒げて苦痛に顔を歪ませていたが、少し呼吸を整えてからグレインを睨みつけた。 「……トドメ…刺さねえのかぁ?」 「俺はお前のような殺戮鬼じゃない!お前のように、獲物だろうがそうじゃなかろうが無差別に殺すような………獲物に敬意を忘れているような下衆野郎と一緒にするな!」 そう強く言い放たれると、グラエナはまた表情を歪ませた。その歪みは苦痛ではなく、怒りのようだった。 「………やっぱてめえはリリアのガキだな……。あの女と同じこと言ってやがる……!」 グラエナは胸から血を垂らしながら、ゆっくり立ち上がった。 「何が敬意だ……んな甘ぇこと言ってたんじゃあ、この世の中生きていけねえんだよ馬鹿が!!」 ―――この言葉に、グレインは返す言葉がなかった。 母親を目の前で殺されたトラウマから肉が食えなくなり、それ以来本来草食獣が食べるような木の実や草で生活してきた彼に、生きるために獲物を狩らなければならない肉食獣の過酷さなど知る由もない。 先程彼が言っていた「獲物に敬意」という言葉は、実は彼の母親――リリアからの受け売りである。 「あの女は俺の狩り方が残虐だの、敬意がどうのだの、いつもいつも口煩いアマだった…。自分の方がよっぽど残酷で惨いことしてたってのによぉ……!」 このグラエナがリリアを殺したのは、この彼の言葉こそが理由であった。彼の苛立ちが頂点に達した時、リリアは彼の爪牙の餌食になっていたのだ。 ―――しかし、グレインにはグラエナの言った「自分の方がよっぽど残酷」という言葉が気になっていた。 「……よっぽど残酷……?どういうことだ…!?」 「………あぁ、そうか…てめえがまだ生まれる前の話だからなぁ……。てめえが知らねえのも無理はねえ。」 さっきまでの表情が一変し、グラエナは口元をニヤリと吊りあげた。 「てめえは自分の父親のこと知ってるかぁ?」 「…………いや、顔すら見たことない。俺が生まれる前に死んだって、母さんに聞かされてた…。」 「クククッ、『死んだ』か……。クククククッ…ずいぶん軽ぃ言葉を使ったもんだ……。」 笑うと傷が痛むのか、彼は愉快さと苦痛さが混ざり合ったような表情を浮かべ、グレインに目線を合わせた。グレインには彼の言っていることが理解できず、ただ唖然とするのみ。 その表情もまた面白いといったふうににやけながら、彼はとんでもないことを口にした。 「教えてやろうか……?てめえの父親の名前はテーオ。……自分の妻に食い殺された、哀れな野郎だ!」 「…………何……だって………?」 脳天に拳を叩きつけられたような衝撃がグレインを貫いた。足元がふらりと動くが、何とか持ちこたえる。 自分の母親のことを慕っていたグレインにとって、この真実はあまりに残酷すぎた。 「う、嘘だ……!母さんがそんなこと………それに、肉食獣が肉食獣を食べるなんてことあるわけが………」 「そうだ、肉食獣が肉食獣を食うなんてことはありえねえ。不味くて食えたもんじゃねえからな。つまり……だ、てめえの父親は肉食じゃねえ…。」 グラエナはグレインの後ろを前足で指した。―――その先には、意識を失って倒れているシディアの姿があった。 「てめえの父親はあの女と同じ、エネコロロだったんだよ……!」 グレインの脳天に、全身を駆け巡るような衝撃がもう一撃が加わった。 グレインは言葉を失っていた。自分の父親が草食のエネコロロだったなんてどうすれば予想できただろう。何か言おうと開いた口からは、瀕死の生物から漏れるような呻き声に似た声しか出なかった。 「そりゃ驚くよなぁ、信じられないのも無理はねえ。……だがよく考えてみろ、本来肉食であるてめえが、どうして肉とは違う成分の木の実や草で腹を満たせたんだ?目の前に獲物がウロウロしてるってのに我慢できたんだ?いや、そもそも食おうっていう気さえ起きなかっただろ?それはてめえが草食の血を半分受け継いでるからじゃねえのか……?」 グラエナが言っていることは図星であった。そもそも木の実で生き延びられてきたということがおかしいのだ。いくらトラウマがあったとしても所詮はポケモン、餓えには勝てるはずもない。ところがグレインは肉を食らったことがないというのに、餓え―――肉に対する渇望を感じた事がないのだ。まるで虎の皮を被った兎のように、見かけだけ凶暴で中身は草食なのだ。 「てめえの母親は、本来獲物のはずのエネコロロと結婚して、そりゃあもう幸せそうにしてやがったさ。……だけどよ、夫が…自分が一生愛して、愛されなきゃいけねえ奴が、場合によっちゃあ獲物にもなるんだぜ?そんな奴を愛さなきゃいけなくなった奴は、もう獲物を狩ることもできなくなっちまった。何でだかわかるか?」 グラエナはまだ回復しているはずもない体力を振り絞って立ち上がった。自然界では、動けなくなることは死を意味する。そのことを痛いほど分かっている彼が何としてでも動こうとするのは、きっと無意識のことなんだろう。 「獲物を狩るという、俺達肉食獣の本能を抑えるため…か?」 「よくわかってんじゃねえか。あいつは自分の夫を食い殺さねえように、自分の命を削ってたってわけだ。てめえみてえに草食の血を継いでりゃあ、その辺の実かなんかで食い繋げただろうけどよ。……そんなときだ、奴が夫を食い殺したキッカケが起こった…。なんだかわかるか?」 やはり消耗した体力が回復したわけではないようで、グラエナはすぐ近くの木に体を預けるように寄りかかった。そんな状態ながら投げ掛けられた質問に、グレインは首を横にふる。 「……出産だ。俺達雄には体験できねえが、卵を産むってのは相当気力と体力が必要なんだぜ?ろくに食いもんも食えねえ奴がそんなことをしちまったもんだから、極限の飢えの苦しみに耐えられなくなっちまって…………」 ―――それ以上、言葉は必要なかった。極限の飢えに曝された彼女の中で、ついに「生きる」という本能が理性を上回ったのだろう。そんなときに目の前に獲物がいたのだから、抑えきれるはずもない。 グレインは何も言うことができなかった。出産の後に父親が食い殺されたということは、自分が入っていた卵の殻という境界の外では、弱肉強食を象徴するような凄まじい行為が行われていたということである。血の滴るような肉にトラウマを抱く彼には、想像するだけで吐き気を催すような光景だ。 「てめえは俺からあのエネコロロを護ったんだ。……あとは好きにすりゃあいいさ。まぁせいぜい母親の二の舞にならねえよう、頑張るこったな」 グラエナは苦しみを含んだ不気味な笑みを残し、ふらつく足取りで夜の森の闇の中へと消えていった。 「・・・っ!シディア!!」 グラエナがいなくなって、いまだに意識を取り戻さないシディアが真っ先に目に入った。グレインは彼女に急いで駆け寄るり、すぐに背中に乗せて安全な場所に運ぼうとするが、シディアの軽い体重でも足がふらついてしまう。どうやら彼自身も結構なダメージを負っていたらしい。外から見えるような傷はないが、体の内側にそうとうな衝撃を受けているようだ。 彼の中で真っ先に思いついた安全な場所というのがグリンとトパーズの住処だが、ここからでは遠すぎる。とはいえ気絶したシディアも、傷ついた自分もここにいる訳にはいかなかった。何せこの自然界の中には、獲物を狩る肉食獣はさっきのグラエナだけではないのだから。グレインはグリンとトパーズの住処の方向に歩き始めた。ふらつく足を根性で抑え込み、骨の軋みに耐えながら。 「大丈夫、絶対俺が助けてやるからな……シディア」 聞こえるはずもないのに、グレインは彼女に語りかける。まるで自己暗示のように何度も、何度も。―――自分を孤独から救ってくれた仲間を、絶対に失いたくはなかった。 一歩、また一歩と歩いていくうちに、グレインの視界がどんどんぼやけていく。目的の場所はまだまだ遠い。それでも必死に歩を進めようと一歩踏み出した時、彼の体が大きくふらついた。 「あぅっ……!」 踏ん張りが利かず、そのまま倒れそうになった―――その時、彼の体が何かにぶつかった。それには体温があり、呼吸もあり、明らかに血が通っていた。 「グレイン!?シディア!?ど、どうしたのふたりとも!?」 その相手は、なんとグリンの姉のヴェインであった。彼女もグレイン達に気付いていなかったようで、少しパニック気味になりながらもグレインの身体を支える。かすんだ視界の中で確かにヴェインの姿を目にしたグレインは、彼女に支えられながらそのまま意識を闇の中に沈めていった―――― * 無音の薄暗い空間、グレインの姿はそこにあった。いや、正確にいえば彼の意識がグラエナの姿をしてそこに漂っていた。 ―――ここはどこだ? そう思った次の瞬間、目の前を明るい光が包み込む。それに目を眩ませ、しばらくしてうっすらと目を開くと、そこには見慣れた、深々とした森の中の風景が広がっていた。よく見ると、その中に二つの黒い影があった。片方は大きく、もう片方はその半分の大きさもない。 それはまだ幼いポチエナだったころのグレインと、その母親のリリアであった。幼い頃のグレインの頭を撫で、にこりと笑っている。これはグレインの記憶の中のリリアであり、ハッキリと頭の中に残っている光景であった。まだ殺される前の、明るく優しい母親の姿そのものである。 あれほどまでに優しかった母親が、本当に夫を食い殺したのだろうか?もし本当に食い殺したのだとしても、本当に本能に負けてやってしまったのだろうか?記憶の中の母親の姿を見て、グレインはそう考えていた。 そのとき、ふとリリアが何かに気がついたようにこっちを見た。そして、邪心一つない母親の笑顔を見せてくれた。 ―――お、お母さん!! そう叫んだ瞬間、またグレインの視界を光が包み込み――― 「・・・・・・っ!!」 気がついた時には、柔らかい芝生の布団の上で目が覚めた。 「あっ!グレインさん!!」 それにいち早く気がついて駆け寄ったのは、ついさっきまで瀕死の状態のはずであったシディアだった。彼女はホッと安堵の息を吐くと瞳をうるうるさせながら突然抱きついてきた。 「ぬおっ!?」 「よかった・・・無事でよかった・・・!」 まだ起きたばかりで頭がボーッとしていた彼の目を覚まさせる一撃だった。何故自分が眠っていたのか、何故シディアが突然泣きそうになりながら抱きついてきたのか、その原因であるあのグラエナとの戦いを思い出して、シディアの首もとに目を向ける。そこにはまだ治りきっていない、グラエナの牙がくい込んだ痕があった。 「もう首は大丈夫なの?」 「うん、私はもう大丈夫・・・。そんなことより、グレインさんこそ大丈夫なの!?もう何日も寝込んでたのよ!?」 「えっ?あ、そうなの?」 「私よりも、グレインさんのほうが重症だったんだから!」 彼女の瞳には、うっすらと涙が滲んでいた。それほどまでに自分を心配してくれたんだ、と嬉しく思うが、グレインは素直に喜べなかった。シディアを守るべく戦ったあのグラエナの言っていた、衝撃的な真実がどうしても頭から離れない。 「ここまで運んでくれたのは・・・やっぱりヴェインかな?・・・・そういえば、ここはどこなんだ?」 なんとか気をまぎらわそうと口が動いたが、頭の中ではグラエナの話のことで頭がいっぱいだった。それは無意識のうちに顔に伝わり、表情となって表へ出てきてしまう。 「フフッ、そういえばグレインさんは私の家を知らなかったわね。ここは私の家よ。正確に言えば、ヴェインさんがグリン君のところまで運んでくれて、そのあとトパーズとグリン君がここまで運んでくれたの」 「へぇ、ここがシディアの・・・」 それほど広い空間ではないが狭くもなく、グレインとシディアがいてもまだ余裕がある。内装は質素で、ところどころに綺麗な花が掛けられていた。グリンの家は木の根元に入り口があったが、彼女の家は木の中腹辺りにくり貫かれた、大きな穴のようだ。 「グリン君の住処みたいに広くなくてごめんなさい。私のことは気にしないで、ゆっくり休んでね」 「・・・うん・・・・ありがとう」 グレインは素直に礼を言ったつもりだったが、その表情は相変わらず暗いままだった。グラエナに言われたことがまだ気になっていて、その様子は明らかに表情と雰囲気に出ていた。シディアはまた心配そうに顔を覗く。 「・・・・ホントに大丈夫・・なの?」 「へ?だ、大丈夫・・・」 適当に誤魔化そうとしたが、彼女の真剣な眼差しが突き刺さり、それにここまで彼女を巻き込んでおいて話さないというのも気分が良くない。もはやこのモヤモヤとした気持ちは隠せないと、観念して重たい口を開いた。 「実は・・・・」 自分の母親のこと、自分が生まれる前に死んでしまった父親のこと、実は父親の種族がエネコロロだったということ、その父親は妻に食い殺されたということ、グラエナから聞いたにわかには信じがたいようなことを全て話した。 「へぇ、そんなことが・・」 しかし、彼女の反応は思ったより薄いものだった。ちょっとした噂を小耳にはさんだような程度のものである。 「・・・あまり驚かないんだな、俺は実の夫を食い殺した女の息子かもしれないっていうのに。もしこのことが真実なんだとしたら、どれだけ頑張っても、どれだけ理性で抑え込んでいても本能には抗えない・・・そんなことを示唆しているようにしか俺には思えないんだ・・!だからグリンや君達を、もしかしたら本当に俺が食い殺―――」 俯きながら悲し気な声で語るグレインの口を、シディアは下から塞いだ。――温かく、軟らかくて優しい口付けによって。予想もしていなかった展開に対して、グレインは目を丸くして瞬きするしかできなかった。 閉じていた彼女の瞳がほんの少し開くとともに、その甘い行為は終わった。それでもグレインは唖然として動けない。赤子が興味を持ったものを見つめるように、ただじっとシディアの方を見つめるだけである。シディアは、かつて見せてくれていたグレインの母親のような心優しい笑顔を見せていた。 「あなたの親がどうだったとか、そんなこと関係ないの。グレインさんはグレインさんなんだから・・・ね?それに、本当のことかどうか分からないじゃない。」 「それは・・・そう・・だけど・・・」 暫く時間が経つにつれてさっきの口付けの感触がもやもやと浮かび上がってきて、恥ずかしさと目のやり場に困ってグレインは俯いた。そんな彼の様子を見てシディアはクスッと小さく笑い、下から覗き込むように視線を合わせようとする。 「万が一・・・万が一よ?それが真実だったとしても、きっとそうしきゃいけないような理由があったんだと思うわ。・・・だって、子供がいるのに自分の夫だけをただ食い殺すような母親なんて、想像できないもの。」 「・・・・・・・・」 確かに、グレインの記憶の中の母親は時には厳しくも優しく、まるで母親の鏡とも呼べるような存在であった。シディアの言うとおり、そんな彼女が理由もなしにそんな残虐非道なことをするだろうか。ーーー信じられない。そんなことをするわけがない。そんな母の姿など想像できなかった。 「・・・今まであなたが木の実だけで生活できたのは、きっとあなたには半分草食の血が入っているから・・。普通純粋な肉食のポケモンが木の実だけで生活するなんて無理よ。もしかしたら、あなたのお母さんは純粋な肉食だったから餓えに耐えられなかったのかもしれない・・・だけどあなたはーーー」 必死に慰めようとせてくれている彼女を見ていて、さっきまでの恥ずかしさが飛んで涙が出てくるほどありがたくて、嬉しかった。そんなグレインが気がついたときにとっていた行動はーーーシディアに、涙を流しながら抱きついていた。 「ありがとうシディア・・・君と出会えて、本当によかった・・。君を失わなくて本当によかった・・・。ありがとう・・・・大好きだよ、シディア・・・」 同種から蔑まされ、冷たい目で見られ、別の種からは恐れられ、避けられ、母親も目の前で殺された。グレインの心のなかにしまっておける悲しみは、とうの昔に限界を迎えていたことだろう。そんな彼にかけられた優しい言葉は、それを感謝の気持ちに浄化してせんを抜いた。グレインの口から漏れた本音は短い言葉であったが、この世のどんな言葉よりも中身がたっぷり詰まっていた。それは、さりげなく告白ともとれる言葉だった。 今度はシディアが驚いて動けない状態にあった。そんなことはかまわず、暫くグレインはポロポロと瞳から輝く雫を流すと、ようやく今の状況とさっき自分が言った言葉を把握して、反射的とも言える速度でシディアから離れた。 「うわわわわっっ!!ご、ごめん!つい感動しちゃって・・・!」 慌てながら涙を流し、同時にそれを拭い取る様はどこか滑稽で可愛らしく、驚いていたシディアの表情もすぐに笑顔に変わった。しかしさっきのグレインの言葉を思い出すと、自然と頬が紅潮していくのが見てとれた。 「いえ、そんな謝ることじゃあ・・・えぇっと、その・・・さっきのはーーー」 「ああああぁぁっ!き、気にしないで!ただ君に感謝してるって言いたかっただけで、別によよよよ邪な意味じゃななな・・・」 もはやグレインの言葉が大惨事である。動揺が隠せないなんてレベルではない。シディア以上に顔を真っ赤にして、慌てすぎて前足がガクガク震えている。あまりに滑稽で可愛らしいその姿にシディアは笑みを浮かべーーー否、少しムスッとしたような、ガッカリしたような、笑顔が印象的な彼女には珍しく不満げな顔を見せていた。 「そう、そういう意味じゃない・・・のね」 「えっ・・・?」 予想外だった。予想外すぎて、さっきまでとは違う種の動揺を覚えた。彼女と目を合わせようとすると、向こうが目を逸らしてしまう。その瞳にはいつも以上の輝きが見てとれた。その輝きの一部は瞳からこぼれ、雫となって頬を伝わっていく。ほんの僅かであったが、それが涙だと理解するのにそう時間はかからなかった。 「あ、あの・・・」 「ごめんなさい、私が勝手に妄想してただけなの。だから気にしないで」 「・・・・ごめん」 「ううん、グレインさんは悪くないわ・・・」 彼女はこれ以上涙を見せまいと、何度も涙を拭っていた。逆に言えば、これほど彼女が期待してくれていたということである。 ーーー俺は最低だ グレインは自分を責めた。さっき口から出たあの言葉は紛れもなく本音だったというのに、恥ずかしさから否定してしまった。その結果、彼女を傷付けてしまったのだ。 しかし、このままで終わらすわけにはいかなかった。自分の気持ちを、彼女の気持ちを、このまま散らすわけにはいかなかった。 「違う、そういう意味じゃない!俺がごめんって言ったのは、さっきの自分の気持ちを自分で否定して、君に俺の本当の気持ちを誤解させてしまったことだ!」 シディアは、まだ涙を拭いきれていないその瞳をこっちに向けた。 「君は勝手に妄想したわけじゃない。俺のさっきの言葉は心の奥底から出た、本当の気持ちだったんだ。君に感謝の気持ちと、そして・・・」 グレインはシディアをもう一度抱き締めた。彼女の小さな身体が傷つかないように加減しながら、出来る限りの強く抱き締めた。そして耳元で小さく囁くようにこう言った。 「君とずっと一緒にいたいっていう、邪な気持ちを・・・ね」 グレインの一服纏わぬ、本当の気持ちであった。その気持ちはシディアの心の底まで響き渡り、彼女の涙を止めた。そしてそれが彼女の脳まで届くと、また一斉に涙がこぼれ落ちてきた。さっきまでの悲しい涙ではなく、喜びと感動の涙であろう。そして、力強くグレインを抱き返した。 「嬉しい・・・。私もあなたが大好きよ、グレインさん・・・!」 その抱擁はお互いの気持ちが身体を通して心の奥底に届く限り、その余韻が消えない限り、どれだけ時が周りで過ぎ去ろうとも、決して終わることはなかった。 * 太陽が姿を眩ませ、銀色に瞬く星と黄金に輝く月が世界を傍観する。冷えた夜風が全ての熱を平等に奪い去り、世話しなかった昼の熱気を冷ましていった。太陽が覗いている間ずっと抱き合っていたシディアとグレインはシディアの寝床で横たわり、見つめあっていた。その頬はほんのり桃色で、特にグレインの表情はそれに加えて少しおどおどと動揺しているような様子がうかがえる。 「シディア・・・ホントにいいんだな?」 シディアは少しだけ恥ずかしそうに、それでいて嬉しそうに頷いた。 「分かった。・・・それじゃあ・・・・」 何か決心したような顔をして、グレインは身体を起こしてシディアの上に覆いかぶさるように地面に前足をついた。こうしてお互いに夜風でさえ冷ませられない熱い視線を送り合うと、ゆっくりと唇を重ね合った。 「ん・・・っ」 シディアはグレインの腰に前足をまわし、より深く口付けあえるように軽く引っ張る。グレインもそれに答えてより体を近づけ、更に深く甘いキスとなった。元々の口の大きさが大きく違うため上手く舌を絡めるまではできなかったが、それでもお互いに満足できるような熱い口付けだった。 お互いの唇の感触がまだ消えず、その余韻を感じている時、ふとシディアが下の方を向いた。 「あらまぁ・・・グレインさんったら、もうこんなになって・・」 「ま、まぁ仕方ないな!これが男の性っていうか、こんなことするの初めてだからさ」 彼はグリンやヴェインのような友はいても、恋人までできたことはなかった。こんな自分を愛してくれる物好きなんていないと思いこんで、そういうことを考えようともしなかった。女好きだという性格もただグラエナという恐ろしい見た目をなんとか覆い隠そうとしただけでしかなく、実際に女性と関係を持つことなど皆無であった。本当は夢ではないのかと疑うほど、グレインにとって今のこの状況は信じられなかったりする。 シディアは優しげに、そして嬉しそうに微笑んだ。 「私でこんなに興奮してくれてるって証よね。なんだか嬉しいわ」 そう言ってもう一度、今度は触れ合うだけのキスをしてくれた彼女の感触を感じて、グレインもまた微笑んだ。―――夢なんかじゃない。こうして本当に触れ合って、愛し合えている。そういう実感が彼を更に嬉しく、そして興奮させた。 「じゃあまずは・・・私からしてあげるわ」 シディアはグレインの股間から露わになった赤黒い棒を、改めてその眼に焼きつけるように見つめる。肉食獣の屈強な身体に見合った大きなそれは彼女を見とれさせた。彼女はうっとりしながらそれをそっと撫でると、その刺激は慣れないグレインの全身に伝わって反応させた。更にそれに続いて彼女はグレインの股間に顔を埋め――― 「んっ・・・!くっ・・ぅ!」 彼女の小さな舌がグレインのモノの裏側を小さく舐めあげた。普段決して感じることのないようなその快感はグレインを容赦なく襲う。それでも雄としての威厳か意地かなるべく声を抑えようとするが、口のみを抑えても身体はより一層強く反応していた。 「あっ、凄い・・・ピクピクしてるわ・・」 シディアもこうまじまじと見たのは初めてなのだろう。これほど大きなものは見たことないという好奇心からもう一度小さく舐めたり、舌で突っついたり、先端を咥えたり、今度は大きく根元から先端まで舐めあげたりと様々な責め方を試してみるが、それらは全てグレインにとっては未知の快感であった。そんな刺激を与えられ続けて耐えられるはずもなく、彼の限界はちょうどシディアが彼のモノをその小さな口いっぱいに咥えこんだ時に訪れた。 「あぐっ!ぅあぁぁっっ!!」 モノが大きく脈打ち、これまでの生活で溜まっていた白い精を一気にシディアの口内に吐き出した。当然シディアにとっては予期せぬことであり、突然口いっぱいにぶちまけられた精の勢いに思わず顔をしかめて口を離した。 「ケホッ!ケホッ!・・ケホッ!」 咳き込みながらも口に入った精は外に出さず、なんとか飲み込んでもう一度咳込んだ。それから口に入りきらずにモノから垂れる精を舐め取り、これもまた飲み込んでいやらしく笑う。 「ずいぶんたくさん出たのね・・。それにしてもグレインさん?出すなら出すって言ってくれなきゃ」 「あっ・・ごめん、気持ちよかったもんだからつい・・・」 グレインは頭をポリポリ掻いて苦笑いを見せる。その股間からは未だなお萎もうとしないモノが姿を覗かせていた。それを確認したシディアはまだ相手に続行の意思があるとみなしたのか、おもむろに仰向けに倒れて後脚を開いた。彼女が口を開く前にグレインは全てを察した。 「今度は俺の番だな!」 シディアが少し恥ずかしそうに頷いたことを確認すると、グレインは彼女の股間にそっと触れた。そしてそこにある淡い桃色に染められた割れ目を広げると、興味深々にその中を覗き込む。 「・・・っ!」 覗き込もうと近づいてきたグレインの口から興奮した荒い息使いが割れ目に吹きかかり、シディアの身体が本人の意思とは関係なくピクッと反応した。グレインは割れ目の中を隅々まで観察すると、そこに彼の長く尖った舌をゆっくり入れていった。 「ひっ、あぁっ!」 自分の秘部の中でうねるグレインの舌は大きな刺激を生みだし、彼女の思考を快楽に染めていく。その舌を引き抜く動きでさえ彼女にとっては快感の刺激となった。 次にグレインはシディアの乳房に前脚をのばし、その形が少し変わる程度の力で揉みほぐすと同時に秘部をさする様に刺激した。二点からの同時攻撃はシディアの身体を色欲で染め上げ、甘い声をあげさせる。 「あん・・っ!あっ、やぁっ!!」 暫くそうして戯れを楽しんでいると、ついにシディアが物欲しそうな瞳をグレインに向けてこう言い放った。 「おねが・・・い・・、グレインさんの・・・ちょうだい?」 その甘美な響きはグレインに鼓膜を震わせるや否や、彼の思考を一瞬にして支配してしまうほどの威力があった。ついに雌の秘部と雄のモノが触れ合い、ゆっくりとその割れ目の中にずぶずぶと入り込んでいく。その過程に生まれる全ての刺激が二匹の全身をくまなく駆け廻り、色欲にまみれた喘ぎ声を響き渡らせていった。 ふわっと香る雌の甘い香りがグレインを包み、一気にモノを突っ込みたいという欲を引きだそうとするが、まだなんとかシディアのことを気遣う心の方が勝っていた。グレインとシディアでは身体の大きさが二回りほど違うのだ。当然性器の大きさも吊り合わず、そんなものを入れようとするシディアに感じられるのは快楽だけではない。苦しみや痛みすら覚えるこの瞬間に、そんな鬼畜なことをする気は毛頭なかった。 「ハァ、ハァ・・・だ、大丈夫かシディア?」 「・・・ハァ、ハァ、ハァ・・・・うん、だいじょぶ・・よ」 そう言って無理して笑顔を作る彼女だが、モノが奥に入り込もうとするたびにまたその笑顔が崩れてしまう。最早グレインも快楽を受け入れる暇などなかった。しかし諦めて引き抜こうとすると彼女は首を横に振ってグレインに抱きついてくっつこうと四肢を伸ばしてくる。その際に小さな声で抜いたら許さないと囁かれたような気がした。 グレインは覚悟を決めた。 「ゆっくりいくから、ちょっと我慢しててくれよ・・・」 シディアも唇をかみしめて頷いた。そしてグレインは更に奥までモノを入れ込んでいく。宣言通りゆっくり、ゆっくりと。―――そしてついに、二匹は完全に繋がった。 「ハァ、ハァ・・・嬉しい・・・グレインさんと・・・・一緒になれたのね・・・」 「あぁ、俺も嬉しいよ・・・シディア」 お互いに愛する者と一つになれた喜びを噛みしめながら、グレインは腰を動かし始めた。はじめはゆっくりと、そして徐々にその速度は増していく。その速度に比例して交尾の快楽は増していき、夢中になってその快楽を求めていった。シディアもはじめはまだ苦しそうにしていたものの、それはすぐに消えてグレインと共に快楽を甘受していた。快感が増すごとに秘部の締め付けは増していき、それでいて愛液が潤滑油となってスムーズにモノが出し入れされていく。 「っあ・・・!ごめ・・シディア・・・・もう・・・っ!!」 「わ、私ももう・・・!いいよ、このまま中に・・・お願いっ・・・!!」 二匹とも想像を絶する快感に長くはもたなかった。グレインの腰の動きは更に激しくなり、シディアの甘い喘ぎは更に大きくなり―――そしてお互いに限界が訪れた。 「うああぁぁぁぁあぁーーっ!!」 「ああぁぁぁああぁあっっ!!」 * 熱くて甘い行為が終わり、二匹は疲れ切ってぐったりと寝そべっていた。まだ息使いが完全には整え切れていなかったが、一足先にシディアが起き上がってグレインの顔を覗き込んだ。 「ねぇグレインさん・・。グレインさんって、今まで決まった場所で生活していなかったのよね?」 「えっ?まぁ、そうだけど」 「フフッ、じゃあこれからはここがあなたの家ね」 そう言って驚かせる間を与えず、彼女はグレインの頬にキスした。それは二重に驚くと共にグレインにとっても願ってもいないことで、喜びを隠せずに跳びあがって彼女に抱きついてしまうほどだった。 「ありがとう!もうひとりで寂しく夜を明かさなくて済むよ・・・!」 「えぇ、私も!」 そうやってお互いに喜びを全身で伝えあっていると、グレインが何かに気がついた。すぐに抱きつくのを止めて彼女の股の方に視線をやると、慌てたようにこう言った。 「あ、あのシディア?俺、思いっきり中に出しちゃったけど・・・その・・・・大丈夫、なの?」 急に真剣になられてきょとんとするシディアだったが、何のことかすぐに把握すると自分も少し困ったように笑った。 「あらら・・・・私も勢いに任せすぎちゃったからね・・・。まぁ・・・大丈夫でしょう」 「えー・・・なんかすっごく不安なんだけど・・」 「まぁ、できちゃったとしても大丈夫よ。グレインさんとの子供だったら私・・・嬉しいわ」 この発言は恋人として付き合うという範囲を超えた発言であった。まだこの段階になるには早すぎる気もするが、男としては嬉しい発言には変わりない。グレイン自身もまんざらでもなかった。 「そ・・うだな、ハハハッ」 「それよりもどうする?」 「・・・何が?」 ふとシディアは外を眺めた。まだ夜の闇は明けておらず、美しい虫の鳴き声と火照った身体を冷やす涼しい風が、ここから見える外の様子を美しく盛り上げていた。 「私達の関係・・・あの子達に話すかってことよ」 「あーっ、そうだなぁ」 あの子達とは言わずもがな、グリンとトパーズのことである。 「うーん・・・まぁ、別に言ってもいいんじゃないか?俺達のことを話せば、あいつらだってお互いのこともっと意識し始めるかもしれないし」 「うふふっ、そうね。あの子達の反応が楽しみだわ」 自分達が関係を持ったことを話した時のグリンとトパーズの反応を想像して、二匹は思わず笑いが漏れた。 まさかこんなことになるなんて誰が予想しただろう。運命とは分からないものだ、とグレインは心の中で納得する。そしてグレインとシディア、二匹はもう一度お互いに見つめ合うと、これ以上ない幸せな笑みをうかべて肩を寄せ合った。 「これからよろしくな・・・シディア」 「えぇ、こちらこそよろしくね・・・グレイン」 ============================== 「・・・冗談・・・・だよな?」 凛々しいながらもどこか色気のある雌のグラエナは、その隣を驚愕したようすで見降ろしていた。 「冗談じゃない。僕は本気だよ」 彼女の視線の先にいたのは、彼女よりも二回りほど身体の小さな雄のエネコロロだった。その表情は真剣そのものであった。しかしグラエナは納得いかない様子で怒鳴り散らす。 「ふざけるなっ!!どうして私がお前を食わなきゃいけないんだ!!あの時言ったじゃないか、お前のことを愛してるって!!絶対に、何があってもお前を食べたりはしないって!!」 「・・・うん、覚えてるよ。君がそう言ってくれた時、本当に嬉しかった」 「だったら何でだ!?私がお前を食う理由が―――」 「僕は知ってるんだよ、リリア」 グラエナ――リリアの言葉を遮るようにエネコロロは口を開いた。思わず言葉を飲むリリアに対して彼は更にこう続ける。 「君は僕と結婚してから、肉なんか食べなくても木の実でも暮らしていけるって言っていたけれど、そんなの嘘だよね?だから君が今、こうして僕と話をするのもやっとなほど弱り切ってるってこと・・・僕は知ってるんだ」 「・・・っ!」 エネコロロの瞳は、リリアの全てを見透かしていそうなほど澄み切っていた。その真剣な眼差しの前には、強気な彼女も言葉がでてこない。なぜなら彼の言っていることは全て真実だからである。所詮肉食獣であるリリアが肉を食べずに暮らすことなど無理だということも、肉を食べていないせいで今にも倒れそうだということも全て――― 「君は僕という草食なポケモンと結婚したせいで、他の獲物にさえ情がうつって狩りができなくなってしまった。だから木の実で暮らそうとしていたけど・・・そうやって我慢している君を見るたびに僕は辛かった。自分の命を削っているのに表面に出そうとしない君をずっと見ていて、胸が苦しくなった。・・・それでも頑張って耐えていた君に、今までこんなこと言えなかった。・・・・・でもね」 エネコロロはふと後ろを振り返った。それにつられるようにリリアも後ろを振り返ると、そこには二匹の愛の結晶である、元気に命の脈動を続ける大きな卵が木の葉のベッドの上に大切に安置されていた。 「君との子供ができて、思ったんだ。このまま君が弱り切って・・・・死んでしまったりしたら、この子はどうなるんだって」 「・・・何言ってるんだ。もし仮にそうなったら、お前がこの子を育ててくれれば充分じゃないか」 「・・・・できないんだよ、リリア。僕じゃこの子を育てられないんだ」 「えっ?・・・どういうことだよ、テーオ!?」 エネコロロ――テーオは卵の傍まで近寄ると、その卵をそっと抱いて顔を俯かせた。その状態から震えた声で彼はこう答えた。 「僕達ポケモンの子供は、ほとんどの場合母親の種属を継いで生まれてくる。だからこの子はリリアと同じグラエナなんだ・・!草食の僕じゃあこの子のために狩りなんてできないし、成長した時のために狩りを教えることもできない!君がいなくなったら、せっかく生まれてきたこの子もいずれ飢えて死んでしまうんだ・・・!」 「・・・・っ!!」 この瞬間リリアは全てを悟った。何故夫であるテーオがここまで真剣に自分を食わせようとしているのか、彼は一体何を伝えようとしているのか―――それは全て自分を、そしてこれから生まれてくるであろう我が子を護ろうとしているのだ。そのため手遅れになる前に自分を食べて回復してほしいと思っているのだ。最早狩りをするだけの体力でさえ、リリアには残っていないということを知っているから。 「このままだと確実に君は死んでしまう。君だけじゃない、僕の目の前でこの子までも・・・!君とこの子が死んで僕が生き残るか、僕の代わりに君とこの子が生き残るか・・・考えるまでもないだろ?」 「・・・・ふざける・・な!お前はいつも・・・いつもそうだ・・・!自分が犠牲になれば済むって思いこんで・・・!」 彼は全てを覚悟してこの話をしているということはリリアには痛いほど分かっている。分かっているが、それでも理解することと納得することは違う。リリアは彼の頭を掴んで上を向かせて怒鳴った。 「お前を犠牲にして、私やこの子が幸せになれるとでも思っているのか!!お前を失ってまで私が生きていたいと思っているのか!?お前がいなくなったら、私は・・・私は・・・・・!」 いろいろな感情が入り乱れて、言葉にできないような感情が涙となってリリアの頬を伝った。涙の雫は光の雫となり、卵の上に滴って弾けた。 テーオは消えてしまいそうなほど優しい微笑みを浮かべ、涙で震えるリリアの首に抱きついて耳元で囁くようにこう言った。 「大丈夫・・・僕は消えたりしない。僕の身体は君の血肉になって、魂は君と一つになって、ずっと君の傍にいるから・・・」 リリアもまた、テーオの腰に前脚を回して抱きついた。そして溢れる悲しみと涙に身体と声を震わせながらこう言った。 「・・・・お願いだ。・・・最後に・・・・これだけは言わせてくれ・・・」 二匹は抱きつき合う腕を解き、お互いに見つめ合うかたちとなった。リリアは涙に濡れた表情のまま、テーオは以前優しく微笑んだまま―――そしてもう一度抱きしめあって、お互いの最期の温もりを感じあいながら、最期の言葉を掛け合った。 「愛してる・・・これまでも、これからもずっと、お前のことを愛してるぞ・・・テーオ」 「僕もだよ・・・リリア」 -fin- ---- なかがき あとがき ここで終ろうかと考えましたが、まだエロシーンを入れてないということでもうすこし続けようかと・・・ エロシーン書くの久しぶりだなァ・・・ 無人島 孤独の闇、これにて終了です。まさかこんなに時間をかけてしまうとは・・・ このお話は、自分が最初に無人島というシリーズを書いたときから考えていました。肉食獣と草食獣という関係について、ちょっと変わった視点から書いてみたのですが、自分の文章力が至らず、伝えたいことは結局何だったのか・・・と思っています。いかがでしたでしょうか?楽しんで読んでいただけたのでしたら嬉しい限りです。 それでは別のお話でまた会いましょう! ---- 何かありましたらどうぞ #pcomment(コメント/孤独の闇) IP:1.33.101.224 TIME:"2012-09-28 (金) 12:44:24" REFERER:"http://pokestory.rejec.net/main/index.php?guid=ON" USER_AGENT:"Mozilla/5.0 (compatible; MSIE 9.0; Windows NT 6.0; Trident/5.0)"