ポケモン小説wiki
失花 の変更点


#include(第四回仮面小説大会情報窓・非エロ部門,notitle)

#hr

※この話は「アデクの過去改竄」 があります。嫌いな方はご注意ください。

&size(40){花ヲ失ウ}; 『失花』 by i.h

フキヨセのポケモンセンターで地上に下り、歩くことにした。自分も昔、あの少年たちと同じように旅をしたものだ、とつぶやいて町を北に抜ける。
7番道路はあの時ほどではないが小雨が降っていた。あいにく傘は持ち合わせていないが、気にならないので先に進む。濡れたところでこのモミジ頭がどうなろうと構わないからだ。
一本橋は避け、叢の中を進む。今となっては一本橋の上でバランスを取れる自信もない。湿った土と草の香りがなんとなく伝わってくる。雨を嫌っているのか野生ポケモンは一匹も出てこない。
ぶかぶかの濡れた羽織が時折、肌に引っ付いてくる感覚を感じる。これは何となく気持ち悪い。
……一生雨の降らない世界に押しやられたヴィーナスの気持ちとはどちらの方が良いのだろうか、となぜ浮かぶのかすらもわからないナンセンスな疑問がふと心に浮かんだ。それは何かから漏れ出たように、本当にふっと心の中にやって来た疑問だ。
漏れ出すようになった理由はある。ただ、自分は理由がないように感じていたいだけなんだろう。
自分の出すであろう結論はわかりきっている。なのに考える。今まで出してきた結論がこうだったから、たぶん自分は今回もそう結論づけるだろう。考えたところで、その答えは変わるとは思えない。ばかばかしいプロセス。そもそもプロセスもへったくれもないか。
「一生晴れしかない世界なんて、地獄のほかないものなぁ」
がっははっ、と笑う。
ここにはあの少年も、頭を抱えるメガネ君も、頼りなさげなお嬢ちゃんもいない。
雨は自分の音を立てるのに忙しく、聞く耳すらも持たない。

やがて、目的地が見えてきた。
目の前で一度立ち止まる。入り口をくぐると、大小50近くのお墓が自分を出迎える。外の雨音が聞こえる以外、何の音もしない。
「ついたか…」
自分の未練は一生絶えんだろうな、とため息をつく。
タワーオブヘブン。『天国の塔』。文字通り、死んだポケモンたちの眠るところ。
白を基調とした鎮護の塔。冷たい螺旋階段。
無邪気なヒトモシと臆病なリグレー、修行に励むサイキッカーの諸君、挨拶する声にも力のないばあさん…この階段には人とポケモンの過ごした時間のうねりが入り混じっている。
はずなのに。
ぐるぐるぐる、ぐるぐるぐる。
5階分の階段がやたらと短く感じられた。
それだけ自分とあの子が過ごした時間が、あの子の対する愛が、欠如していたということのなのだろう。

生暖かいようで、やっぱり冷たい外気が流れ込んでくる。屋根の終わりに来るとまた雨粒が打ち付けてくる。汚れている白いブロックで出来た円形の足場。出っ張った淵から見下ろすと、若干の黒を含んだ雲が見える。
ここは雲の上のはずなのになぜか薄暗く、雨が降っている。
なぜだろうか?
「彼女が見ていた景色なのかもしれんな」
と自分はそう納得した。
自分はポケモンでないから、『ボックス』というやつの景色はまるで分らない。最近は背景を変える機能が付いたそうだが、そんなものでポケモンたちは喜ぶのだろうか?
コンピュータで管理されたお世話は苦痛ではなかろうか。
トレーナーがいないこと自体、どうなのか…

自分とドレディアの出会ったのはチャンピオンになるよりも前、自分がまだトレーナーズスクールにいたころの話になる。当時の自分は悩める学生であった。ようやく自分のポケモンを持つ許しが出たものの、机の上でやる方の勉強が忙しすぎて云々。
そんな頃、友人が雑誌で読んだというドレディアというポケモンがいいらしい、ということを自分に話した。自分が(友人が言っていたことはもう覚えていないが)ドレディアを育てようと考えたのはこの時のことだ。
「でも、ドレディアは花飾りの世話が大変らしいな」
友人の何気もない一言であり、今は心の奥深くに刺さるピンのような言葉はこの時に発せられた。
「へー、どんな感じなの?」
「丹念な世話だなぁ…雑草の種が付いていないか見たり、花の形を整えたりして成長を助けたりとか…」
自分はこの時、この言葉をあまり深刻には考えていなかった。ポケモンを育てるということにはそれ相応の労力が必要である、としっかり教科書でも学んだからだ。
そのあとの友人の言葉は自身のドレディアに対する『愛』とやらを超高速で並べ立てただけで、自分には「ドレディアを育てなさい」と洗脳するがごとく喋っているにしか聞こえなかった。
後日、自分はヤグルマの森に出かけることにした。ボールや『世話』に必要な道具はお金を渡して友人に買っておいてもらった。

2週間後、ヤグルマの森に出かけた。快晴の空も、森に入ると木漏れ日の具合が良いこと以外では確認する手段がない。
叢を歩いていると、チュリネというポケモンが飛び出してきた。ドレディアの進化前のポケモンらしい、とかそんなことを考えていたらいきなり抱きつかれて頬ずりされた。
「おっ、おう!」
「うふふう!」
眠り粉でもかけられたかと思ったが、そんなことはない。彼女のほうから自分へアタックしてきた。率直に抱いた感想は『かわいい!』の一言に尽きる。
頭の葉っぱの質感やほのかな土の香りのする緑の体は何とも代えがたいものであり、気持ちの良いものであった。
さて、このままでは埒が明かない。ちょっと強引に彼女を引き離して近くの切り株に降ろす。
「…なぜいきなり飛びついてきた?」
「私、今日旅に出ることにしようと決めてたんです!」
自分達の出会いの第一声はこんな感じだった。
今日一番に出会ったトレーナーにとりあえずアタックしてみようと思って~、となんやら彼女は言っていた。今考えるとものすごい星のめぐり合わせだ。俗にいう、『運命』というやつだったんだろう。
しかも、彼女の夢は立派なドレディアになることであるという。ただ、この森ではどんなに頑張っても太陽の石を手に入れることが困難であり、また、彼女は外の世界に興味引かれていて恐れなんてものはなく、あとは自分のトレーナーになる人物のことだけを心配すればよかったそうだ。
そして、自分はチュリネに好かれた。試験には合格したようだ。
「じゃ、オレと旅に出るか!」
「はい!」
と、こうして自分とチュリネの旅は始まったわけだ。
「…そういえば、ニックネームまだつけてなかったなぁ」
「ご主人のネーミングセンスに期待しますよ!」
「じゃ、君の名前は…ウィーナ。ウィーナだね」
「では、ウィーナ行きます!」

ウィーナとの旅路は順調であった、と思う。
具体的にどんな出来事があったか思い出せない。チャンピオンの職務が重なりすぎたせいで忘れてしまったのだろうか。
ただ目立って何か悪いことや良いことが起こったのではなかったのかもしれない。
単調ながらも、楽しい旅路だった、と思う。
なにか、何か一つ思い出せないものか。目を瞑って思い出そうとする。
雨音に邪魔されながらも、何とか二つばかり思い出すことが出来た。
忘れられない良いものと忘れたいのに忘れられないものの二つ。
どちらも死んでも忘れてはならないことなのだが……

まずはライモンの観覧車に乗ったときのエピソードである。
その日、自分はライモンのジムへ挑戦しに行っていた。
ジムリーダーはまだ、カミツレではなかった。たしか、黄色のジャケットとやんちゃなエモンガが特徴的な若い男だった。
ドレディアの機転がなければ、自分は負けていた。彼女に助けてもらった不甲斐ない思い出の一つだ。たしか、あの時はエモンガのつばめがえしが迫ってきていて…


試合はお互いに1対1(と言ってもこちらにはドレディアしかいなかったが)のクライマックスに差し掛かっていた。
ほんのわずかでも集中力が切れれば勝負がつくというシチュエーション。
こちらの経験もしたことのない、苦戦を強いられていたのだ。
ここまでのジム戦はすべてこちらが押し切る形で勝ち進んでいた。試合内容はまるで覚えていないが、それなりに快勝できていたのはなぜか数学の公式の如く頭に残っていた。
とにかく、自分は明らかにビハインドに追い込まれていた。自分とドレディアは草対電気(彼のエモンガはつばめがえしを十八番としていた)の相性不利なこの戦いにおいて、善戦を繰り広げ、何とかポケモン同士の実力はほぼ互角のところまで持って行けていたが、トレーナー経験の差が重くのしかかっていた。息の付けない攻防戦において、終盤は防戦一方。指示も(今考えると)わけのわからないものを多く出してしまっていたことだろう。
さて、試合のクライマックスはこんな感じだった。
先ほど言ったようにエモンガのつばめがえしがドレディアに迫ってきていた。
ドレディアは何とかかわそうとした。…が、そこは必中技、ドレディアの花飾りを少し抉っていった。
苦痛に顔をゆがめるドレディア。
「ウィーナ!」
「!!」
ショックから脚の力が抜けかけた。
「では、10まんボルトでフィニッシュ!」
エモンガが放電の構えを取った。マトモにこれが当たればドレディアは残り少ない体力を完全に削り取られてしまう。
「あ…あ!」
頭が熱暴走を起こしかけた。一瞬の内に自分の思考回路をフルに使って起こすべき行動を考えようとした。ただ、経験という回線通信を安定化させるものが足りなかった。思考回路は耐えられなくなったのであろう。危機的な計算ミス。エラーの文字が表示される視界。終わりだと思っていた。負けたのだと、変に納得していた自分がいた。
どさっ…と、エモンガが墜落するまでは。
「…!?」
「なっ、なにが…??」
ジムリーダーが墜落したエモンガのもとに駆け寄る。
自分はいまだに何が起こったのか、把握できておらず、思考回路がショートしたせいで体が動かなかった。
「やどりぎのたね。ご存じですか?ジムリーダーさん」
「い…いつのまにっ!?」
すでにしなびている、生命力のない一輪の花がエモンガの体の胸のあたりに咲いていた。
「あの時、花飾りを壊したお返しですよ」
…必中技は必ず当たる。でも、それは裏返せば「相手は必ず自分に接触する機会を持たざるを得ない」ともとることが出来る。
ドレディアは自分よりも早く、正確に相手のウラをかいた。残り少ない体力の場面において技を使いスキを作るよりも、「いかに自分は逃げ回りつつ、相手の体力を削るか」ということを考えていたのだろう。
つばめがえしの命令はエモンガに対する死刑宣告に他ならなかった。
あとはつばめがえしのダメージを最小限に抑えることに専念すればいい。
相手は必ず自分に触れる。確実に種をくっ付けられる絶好のチャンス。
種さえくっつけてしまえば、あとは相手が自然に倒れるか、技を使ってそれを早めてくれるかの時間の差だけしか違いはなかった。
ドレディアの一瞬の機転が流れを一気に引き寄せたので、自分は勝てたようなものだった。

「アデクさん!見てください!」
ウィーナがはしゃいでいる。
自分達はあの後、ジムバッチを無事獲得し、宿に戻った。
が、ウィーナが観覧車に乗りたいと言い出した。
「…じゃ、ちょっと待ってろ。すぐ準備する」
ギアステーション近くのビジネスホテルにチェックインし、しばし休憩。
小銭と花飾りの手入れをするための道具をデイバッグに詰めて、遊園地へ戻った。
観覧車は休日にも関わらず、すいていた。
すぐに乗り口にたどり着き、係員の指示に従ってやって来たゴンドラに乗り込んだ。
すでに夕焼けは沈み、そこそこ明るい光を放つ街を見下ろしていた。
ウィーナにしてみれば新鮮な経験だったのだろう。観覧車が3分の1くらいの高さまで上るまでガラスに張り付いて外の景色を見ていた。
観覧車はそれなりに長く、ゆっくりと回る。
「ウィーナ、そろそろ花飾りの手入れでもしないか?」
「あ、いいですよ!」
ウィーナが僕に向かってお辞儀をする。
最近はドレディアの花飾りもだいぶ成長し、以前のようにめんどくさい手入れはしなくてよくなっていた。
まず、自分は専用のタオルに特殊加工された酸素や浄化剤やら栄養剤のようなものが入った液体を浸す。
花びらに吸い込まれた汚い空気を溶かし出し、酸素や栄養を供給する。
一応、花びらもドレディアの一部だから生きている限り枯れることはない。でも、それを美しく綺麗に保つためにはやはり丹念な世話が欠かせないのである。
一通り赤い部分を拭き終えると、次はおさげになっている緑の部分を拭く。
くすぐったかったのか、顔を赤らめてウィーナは笑った。
おさげが終われば次は金の冠を拭く。傷つきやすい冠を細心の注意の下、力加減を調節して拭いた。
花飾り全体をよく見まわす。変な方向に曲がっているところはないか、変な種が付いていないか。
終わったとき、観覧車はすでに天辺に来ていた。
二人で身を乗り出し、闇夜の頂から地上を楽しんだ。屑星をさらに上からのぞいてみているような気がする。
ふと、ウィーナに抱きつかれた。あの時と同じように。
「ウィーナ、どうしたんだ?」
「いいえっ。ちょっとうれしくなって…!」
「そうか」
自分はウィーナのにおいを明一杯吸い込んだ。若草の香りは今日も健在だ。
やがて、観覧車がおり始める。
屑星の待つ地上に、自分達は戻り始めた。
ウィーナは眠たくなったのか、寝てしまった。
「かんらんしゃに…のった…ありがと…」
ウィーナは寝言を弱弱しい声で言った。
自分はウィーナを座席に寝かせ、もう一度下りる前に夜景を見ようとした。屑星は大きくなりつつある。そんな時、西の空に流れ星が一カケラ流れた。
流れ星はネオンの光のせいか、黄緑に近い色だった。それは燃え尽きて消えてしまったように素早く流れていった。
「強く…ウィーナのために、もっと強くなりたいです。お星さま、僕の願いを叶えてください…」
自分は小声ながらも、はっきりとつぶやいた。
その時、ウィーナがもぞもぞとして、「さびしいよぉ、ごしゅじーんさーま」と言った。
ウィーナが寝言を言った。どうやら、自分にもたれかかっていたのがかなり寝心地が良かったようだ。
自分はウィーナをボールに戻した。
ゴンドラの扉があくと同時にホテルに向かい、ターンテーブルの明かりで荷物を片づけた。
そのあと、簡単に明日の準備をして、ベットに倒れこんだ。
ウィーナのボールがデイバックにしまったままだったのに気が付いたのは、次の日の朝だった。

このころはよかった。自分はまだ、旅の端をかじってうまそうに食べているだけの阿呆だった。
バトルもドレディアと一緒に戦い抜けるだけで心の中に不思議な『しあわせ』がこみあげてくる日々だった。
いつからだったか。勝ちに飢えた餓鬼になったのは。目的を見失って戦い続けた自分になったのは…?
旅を食らいつくし、『勝ちたい』という欲の悪食を美味だと感じるようになったのは…きっとあの男が言った言葉。変にわかった気になった自分が悪い。

バッチを8個集めた自分達はまだ、リーグにはいかなかった。
代わりに『ドンバトル』を中心とした、各地のバトル大会をめぐることで実力を鍛えつつ、行った先の町や村を明一杯に観光するのを楽しんでいた。
規模の大きい町…たとえば、ライモンタウンなんかで開かれる大会のグレートだと、自分達は残ってベスト4~8ぐらい。多くて6~8人くらいの規模の大会で優勝や準優勝できるくらいの実力だった。
観光の方も割と楽しく、財布が瀕死になるまで遊びつくした町もあったくらいだった(そこの町のポケモンセンターが無料の宿泊施設を完備しており、大会で賞金が出たので何とか無事だったが)。
ちなみに、手持ちは相も変わらずドレディアのウィーナ一体だけ。自分もウィーナを焦らせる指示だけは出さないようになっていた。
リーグに行かない理由は2つあった。一つはいくらジム戦で通用するといえども、リーグはその上を行くポケモンバトルの最高峰だ。
自分はドレディアしか使ったこともないし、この先も使わないだろう。そのくらい、当時の自分はウィーナに固執というか、依存というかしていた。
勝ち負けは二の次。楽しいバトルがしたい。四天王やチャンピオンに張り合ってみたい。
そうなれば、ウィーナはもちろん、自分も経験を可能な限りつみ、『強く』なってリーグに行った方が良い。
でも、観光もしたい。ウィーナの意見も取り入れて、このようにしていたということだ。
もう一つはウィーナとともにいかねば意味がないと思えたからだった。

忘れもしない、あの雨の日。
サザナミタウン。浜辺のバトルフィールドには、鋼の名刀を持つ名手が草花の姫を追い詰めていた。
「キリキザン!『ハサミギロチン』!」
「『リーフストーム』!」
反射的にそう返してしまった。一撃技に、焦りを覚えていた。言った瞬間にケアレスミスだと気付いた。筆記の試験なら消しゴムを握っていたところ。
…もちろん、消しゴムはなかった。
キリキザンは構えを解くと、包丁をむちゃくちゃに振り回すようにして舞い迫るドレディアの技を切り刻み、破壊した。
全てを切り殺す刃は、ドレディアのドレスをも粉砕した。
「ドレディア戦闘不能!優勝者は……」
刃の跡がやたらと痛々しく映った。

「……また、負けた」
大会が終わったあと、スタッフのみなさんは一斉に撤収した。
浜辺には自分の姿しかない。
波は穏やかすぎて、音一つたてることなく砂浜へ打ち付けていた。
「……なにが悪いのだろう。今回も決勝までこれたのに」
「あなたが悪いのですよ。お坊ちゃま」
自分は振り向いた。金の細く束ねられた長髪がひときわ目立ち、目元が深く覆い隠されている青い帽子と白銀のマフラーが特徴的な男が立っていた。
決勝でドレディアを負かした張本人である。
「いきなり出てきて、なぜ俺が悪いと言える。今日一戦しか戦っていないあんたに」
「わかる!!」
男はいきなり大声を張り上げた。虚空にそれが響く。
「わかるのですよ。あなたはドレディアのことを何一つ考えることなく、ただ勝ち急いでいる…あのケアレスミスを見ればわかります」
「あんたは今までウィーナと戦ったこともない。あのシチュエーションにおいて、逆の立場なら逆転できたというのか」
「少なくとも、リーフストームの無駄撃ちだけは絶対にしない自信がありますが」
「所詮、言えてそれだけだ。あんたはウィーナのトレーナーでも、友達でも、ない」
「これだけは誰でもわかりますよ。あなたは固執している。それ以上、上への成長を阻害するほどに」
「?……」
自分は当惑を顔に浮かべていた。
自分の様子に気が付いたのか、男は初めて大きくため息をついて話し出した。
「……例え話をしましょう。あなたは今、どこでいつ死ぬかわからないような戦場にたった一人で立っています。あなたの腰には剣。防具はなく丸腰です。剣というものは確かに近づくことが出来、鋭い歯で力せえあれば、簡単に人を斬りつけられるでしょう。これはもちろん、物理学的にも…というか常識ですね」
「当たり前だそれがどう関係ある?」
男は自分を無視して続けた。
「しかし大勢のあなたを狙う人は、皆―――そうですね、銃としましょう―――を使ってきています。銃というものは遠距離から非常に高い殺傷能力を誇ります。間合いなど関係がありません。弾丸さえ当たれば、それだけで致命傷を与えられる高性能な武器です。誰が使っても、強い武器の一つです。勿論、これもあなたはご存じのはず。もう、私の言いたいことはお分かりではないのですか?」
「まるで……分からないんだが」
男は二回目の溜息をついた。
「あなたは伝説の英雄クラスの戦いの名手でもなく、それはそれは未熟な剣士なのです。物陰にひそみ、暗殺者の如く敵を翻弄するすべすらも知らない…無知な剣士です。無知な剣士…ただ剣をふるい、勝つことしか頭にない。敵はただ、棒立ちして自分に切られるのを待っていると考えるという、戦いもしらないを愚かで阿呆な剣士なのですよ!!
テレビの見すぎです。すぐに『このゆびとまれ』の如く撃たれて野垂れ死に、誰も屍になったあなたを気にしなくなるのです!!」
自分はまだ、否定するように男の話を聞いていた。髪を掻いて、それから語勢を整えた男は再び自分の目を見て話しだした。
「……失礼。今は戦場の話をしているのではありませんでしたねあなたはそんな中、ただ一人、ただ自己満足のためだけに無謀にも自分の相棒である剣を酷使しているにすぎないのですよ。剣というものは切り付けるごとに刃がもろく、崩れてゆきます。研ぎ方すら知らないあなたは……ただ、剣を傷付け、壊すだけなのです。剣が何のたとえか。それは…言わなくてもよろしいですよね」
男の言いたいことに、うなずいてしまった。自分ははっとしたのだった。
剣士は、自分だ。剣は、……。

『ご主人様!』『ご主人様。あのときですけど…』『えっ、ご主人!?』
あの声は。あの『ご主人様』に込められていたのは。
叫び。絶叫。切り刻まれ、消えてゆく…
『助けて』
『タスケテ』
救いを求める…
『だれでもいいんです。このひとをとめて』
『あたしを、たすけて、くれませんか』
「くずれていく、か弱い、草の剣。かれていく、もろい、花の剣の、悲傷な、さけび」
「そのとおりですよ。あなたは、『ドレディアを思っている』とおっしゃいました。……それなら、なぜ?なぜ、無茶ぶりするのですか?『ドレディアと、友達』ともおっしゃいました。なぜ、矛盾だらけの行動をとるのですか。本当に…ドレディアをわかっているとおっしゃるのですか!」
「……」
「本当は何も知らない。見栄張って威張っているだけではありませんか。無知な愚者ではありませんか」
「…………」
「花飾りはもうすぐ枯れてしまうでしょうね」
「うるさい……」
反論の声も、感情だらけのものになっていた。
「力すらない剣士に、そもそも剣は使えませんか。では、さようなら。慰めてほしいなら、誰か別の人のところに迷惑をかけるがいいでしょう。もしかしたらですが、ドレディアさんは野生でいた方が幸せだったかもしれませんね」
男は深くアオの帽子をかぶり、サザナミの砂浜を歩きだした。
自分にはまだ、波の音を聞く余裕はまるでなかった。
「力のない剣士……ははははは……!」
膝からがっくりと倒れこんだ自分の顔に、海風がぴゅーぴゅーと吹き付けた。
男の足跡は、跡形もなく消えていた。自分は、幻を見たのだろうかと、意味のないことを考えた。
自分の考えが破裂して、断片になって、西の空へ飛んで消えていった。

ポケモンセンターがやたらと色薄く見えた。
自分は無言で中に入ると、何にも目をくれずにパソコンを目指した。
腰につけていた草姫のボールを外す。転送装置の上にそれをおくと、預かりシステムを起動した。
「ゴヨウケンヲ御選ビクダサイ」
無機質な電子音がして、メニューが表示された。
自分は『ポケモンを あずける』を選択した。ボックス1の左上、まだ一匹も他のポケモンがいないボックスにドレディアのマークが表示される。
「完了シマシタ。ヒキツヅキ……」
自分はパソコンを切った。そこから先はあまり覚えていない。
……フレンドリーショップでモンスターボールを買い込み、自己嫌悪のモヤモヤを払拭するべく叢を渡り歩く旅に出たのは覚えている。
あとから聞いた話だが、自分はその時にチョボマキと戦って勝ったらしい。自分の手持ちで先鋒として相手布陣に切り込むアギルダーから聞いた。
ついでに言っておくと、そのアギルダーは人に殴られたことがあるそうだ。
似た者同士だ、とよくわからないがお互い笑いあった。

力に飢えた獣となった自分は自身の肉体はもとより、新たに加わった手持ちの強化をみっちりと行った。
素手でギガイアスに勝てるくらい力をつけた。
3年がたったある日、ふとドレディアにふさわしい自分とは何かを考え始めた。
その日自分はセッカシティに来ていた。季節は冬、寒さに縮こまりながら考える。
「……」
いつまで経っても答えは出ない。知恵熱が出ても、冷気が冷やしてくれるため問題ないだろうと思って頭をフル稼働させる。しかし答えはでない。
(ドレディアに見せられるくらいの『立派』な自分とは?そもそもドレディアは自分にもう一度チャンスをくれるのか?立派さを示すには?)
一つ、風が吹いた。舞っていた雪が吹き飛ばされる。
その時、立派=強いの思考だった自分の中に一つの『名案』が浮かんだ。
「そうだ……考えるまでもない。強く、だ!」
(たとえば……チャンピオンになるのはどうだろうか?イッシュの頂点に立つほどの人物になったら?有り余るまでの力を持ってすれば、剣を扱うのは造作もないとわかってもらえるのではないか?)
寒さでおかしくなった耳の感覚が頭に伝わり、思考が途切れた。気分の悪くなった自分は、寒さの鞭に殴られながらポケモンセンターへ引き返した。
「寒い……」

その3ヵ月後。
自分はそこそこの苦心の末、チャンピオンを倒した。
「まさかねぇ。こんなに若い子に負けるなんて考えてもいなかったよぅ……」
ぽっちゃりとした前チャンピオンはそう言って自分にチャンピオンとして頑張るよう、と賞状を渡した。
「……ありがとうございます」
「もっと嬉しそうにすればいいのに。あ、そうだ。チャンピオンになったから、チャンピオンルームが使えるようになってるんだねぇ。こっちだよ」
リーグの地下に自分がチャンピオンとして戦う舞台がある。
「ここから降りられるからねぇ。自宅にしちゃってもオケーですよ」
リングの脇の石造がエレベーターになっており、そこから地下二階へ下る。
降り立った先の部屋の壁は白く、床は赤い絨毯が敷かれていた。家具は戸棚やテーブルなどが一つずつと赤いベット、電話とポケモン通信対応のパソコンがあった。調度品から見てみると本当に休憩室として使うか、家具を入れて自宅とするかのために作られたような部屋だった。
「まっ、今日から一週間はチャレンジャーも来ないようにしてあるから、早くなれるといいねぇ」
そういうと前チャンピオンは出て行った。
ふー、と一息つく。偶然にもパソコンが目に留まった。ここで通信してドレディアに自分がチャンピオンになったことを示そうか、とふと思った。
そうすれば、ドレディアと自分の新しいスタートが切れるだろう、と想い、パソコンに座った。その時にパソコンの黒い画面に自分が映った。
自分の顔を見ながら思った。果たして、本当にそうか?と。
その時に画面が付いた。
『ポケモンボックスシステム』と書かれたアイコンに矢印カーソルがあっている。
不安と恐れが自分の中にやってきた。
(ドレディアは自分を受け入れるのだろうか?まだ拒絶され続けているのかもしれない。自分を忘れて精々しているんじゃないのか?)
額に汗がにじんだ。
自分はあと一歩を踏み出せなかった。気が付いたら、自分の顔が映った画面に戻っていた。
今、思うとこの時が分岐点だった。


そしてあの日。あの日はチャンピオン戦の予約がなかった。だから暇つぶしに何かしようとリーグの図書室に行き、ある厚い童話本を一冊持ってきた。
その話をおおざっぱに説明すると、
『あるところにそれはそれは素晴らしい美男子とそれはそれは美しいミロカロスの夫婦がいた。ミロカロスは男の雄姿に、男はミロカロスの善美に日々恍惚とし、楽しい毎日を過ごしていた。ある日に男はふと(自分は本当に美しく強い男なのか)と心の内に疑問を持つ。ミロカロスが思うほどなのだろうか、と疑問を持ちながら山で薪となるものを探していると、泉からそれまた美しい女神が現れた。男は女神に自分はそのような人間かと問う。女神はそうではない、と否定する。ミロカロスに申し訳ない、自分がそのようなものになるにどうすればよいのか、と聞くと、女神は触れる物なんでも銀になる力を男に与える。自分で考えろ、と女神は言うと泉はまた元通りになっていた。男は木を、泉を、飛びゆく鳥すらもみな銀にしてしまうが答えは見つからない。疲れ果てた男が家に戻ると、ミロカロスは銀になって死んでいた』という話である。
わけのわからない話に退屈した自分があくびをしたのと同時に、電話がけたたましい音を立てて自分を現実に引きづり戻した。
「ふぁー、もしもし?」
「あくびしてる場合じゃないんですよ!!!フキヨセのポケモンセンターまで来てください!」
「あー、何かあったんですか?かけ間違いでは?」
「いいえ!チャンピオンルーム、アデクさんで間違いないんです!」
「わかりました~行きます」
「早く来てください!」
ジョーイの過剰なまでに切迫した声が何を指し示すのかも知らないまま、頭を掻きつつ部屋を出た。

雨がザーザーふるフキヨセの町に着いたのはその一時間後。
フキヨセのポケモンセンターには切迫した雰囲気が外からでもわかるくらいに漂っていた。
中に入ると、ジョーイが自分の腕をつかんで来た。
「遅いです!早く来てください!!」
「ええ、えっ!」
驚いたまま、自分は引きずられて『緊急治療室』とプレートが付いた部屋に入る。ランプは使用中を告げるために赤色に光っていた。
治療台の上にはドレディアが横になり、ポケモンドクターが応援のジョーイとともに自分の方を向いていた。
ドレディアの姿は枯れて萎れた花という例えがそっくりだった。ドレスはボロボロのボロ布で出来ているようで、顔は青白く痩せていて、花飾りは元が花だったとはだれも気が付かないくらいにひどく荒れていた。
そこにいるのは若草のドレスを着て、優雅に微笑む顔をして、自慢の花飾りがとてつもなく美しかったウィーナのはずなのに。
「なんで!なんで!!」
「……やることはやった。結果は……この通りだ」
「た、助からなかったんですか!?」
「……」
「ど、どうして!なんで!」
疑問が生まれた。自分には、なぜドレディアが死んでしまったのか分からなかった。彼女がいなくなれば、自分が戦ってきた意味が消滅するではないか、と考えた。
「ふざけないでください!もっとできることはあったんじゃないんですか!?」
「…………」
ポケモンドクターは困ったように顔をしかめた。
「なんとかいえよォ!!!」
思考回路がショートした瞬間にそう叫んでいた。絶叫した。
「ふざけているのはあなたよ!!」
いきなりのことだった。バッシーン!!頬を誰かにはたかれる。
フキヨセのジョーイが本気で自分にビンタをした音だった。
「へっ……」
頬のジーンとした痛みも感じぬほど、その音とジョーイの反応に驚いた。
怒るよりも先に驚いた。
「あなたが世話しなかったから死んだんじゃないですか!何のつもりで戯言ほざいてるんですか!?ドレディアちゃんはもう笑ってはくれませんよ!」
ジョーイはもう一度ビンタしてきた。自分はようやく頭に痛みの伝わってきたので頬を抑えてぼーっとしていたのを覚えている。
「自分が、花飾りを枯らすようなトレーナーだって、わからないんですか??」
花飾りを枯らした…この部分を聞いたとき、自分はドレディアとの思い出を思い出して何もかもを悟ったのだった。
『自分はドレディアを愛することを忘れた。ドレディアを殺したのは自分だ』と。
強くなろうと戦いに固執してドレディアのことを忘れ、戦いにムキになっただけの目的を見失ってしまった自分がそこにいた。

時間が流れた。それほど実際は立っていなかったのだろうが、やたらと長く感じた時間だった。
「『身の丈に合わない』とか『武器が弱い』とかじゃないよな。忘れていたのは、ほかのことだ。あの男が伝えたかったのは、そういうことだろう……」
後悔がポツりと口から洩れた。
無機質な部屋には沈黙だけがあった。

『チャンピオン臨時休業』
そう書くと、自分はリーグを抜け出した。
もう一度、ポケモンを愛するとはどんなことか?それを考えるための旅に出た。
優しい心の暴走が恐ろしいものだと、自分に向き合うための旅に出た。
旅路の途中、何度もリーグに戻るように委員会から指図されたが、振り切った。その時、自分は「チャンピオンとしてふさわしい人間ではないから、そういうのになって戻ります」と何度も言っていた。
あるときを境に委員会はなぜか無理やり連れ戻そうとするのだけはやめた。なんとなく検討はつく。前チャンピオンが動いたことを風の噂に聞いたことがあったから。
それでも、なぜかチャンピオンの資格を剥奪されなかった。これの理由は今になってもわからない。

最後に一つ、自分はいまだにポケモンにニックネームを付けることが出来ない。たぶん、ウィーナが心のそこで叫んでいるからだと思う。

目を開けて、現実に戻る。愚者の一人であるおじさんに戻る。
回想の中にいた時は忘れていた、雨が冷たく打ち付ける感覚が戻ってきた。
「せめて、こうして頂点に立った力は世界を危機から救うために使おうではないか」
目の前の鐘をもう一叩きした。
「……それがせめてもの、ウィーナへの罪滅ぼしというものになればいいが」
強さを求めるために、捨ててしまったもの。自分はあの時、幼かったのだ。
今度は強くなった自分が守れるものを守らなければならない。
ごーん、と鎮護曲が鳴った。
「本当にすまなかった」
風が強く吹いた。さっきより水気を含んで濡れた羽織がまた自分の肌に当たった。
答えは帰ってこなかったが、先ほどの問いに新しい結論が生まれた。
「晴れしかない世界も、雨しかない世界もつらいということか」
がははははは。
雨粒は自分の音を立てるのに忙しく、聞く耳すらも持たなかった。

総字数 13.381字

#hr
#pcomment(失花コメント掲示板,10,below); 

アトガキ by 通りすがりの新高一生 i.h

深夜、ふと眠れなかったときに思いついた話である。この話はまさに「徒然なるまま」書かれた作品で……
と、上位に食い込んだら文豪を気取って言うつもりでした。うん、 かっこ付かない+バツわるい だね。

眠れなかったのでふと、シャーペンを走らせたら出来たのがこの話。
つまり、この話には「作者の意図がない」んです。
なのでアトガキもこれだけ。とりあえず、思ったことがあればアドバイスやコメントをください。
(3年後、大学&ruby(うか){合格};るまでは基本息抜きに顔出す程度なんで返信が何時になるのかわからないですが……
小説大会があれば参加してるかもしれないし、コメント来てたら返信するかも。とにかく何かあれば。
というか、次は短編小説限定かぁ……)

読者の皆様やともに競い合った参加者の皆様、管理人のrootさんにお礼を。ありがとうございました。
それと、いろいろごたごたしてる中で年齢制限破っての参加をお許しください。

「切なくて好きだ」と貴重な一票を投じてくれた方にもお礼を。出来れば、コメントでどのシーンが気に入ったか教えていただければ恐縮です。

では、さようなら。またどこかで。

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