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失われた感情7 の変更点


作者名:[[風見鶏]]
作品名:失われた感情7

前作:[[失われた感情1]]
   [[失われた感情2]]
   [[失われた感情3]]
   [[失われた感情4]]
   [[失われた感情5]]
   [[失われた感情6]]
 ・官能表現、流血表現はありません。
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 ぼやけた視界の片隅に、一匹のアブソルの姿が見える。

 ……フィア?

「フィフス……」
 その声音にフィフスは思考が一瞬硬直した。
「なんで……? どうしてここに?」
 目の前にいるのはフィアではなく、シアだった。


 それは、拭い去れないあの瞬間。

 僕は、なすすべもなく堕とされた。

 ……もう、思い出したくないのに。
 その光景がよみがえる度に、また心が壊されていくような感覚に襲われる。
「――」
 シアが目を細め何かをつぶやく。
 しかし、意識がぼんやりしているせいで何をつぶやいているのかはわからなかった。
 ただ、つぶやいたときの表情はぼんやりしていてもはっきりとわかった。

 だって――

 その表情は僕が見た中で一番悲しい表情だったから。

 いや、悲しいというのは、語弊があるかもしれない。
 実際、彼女は泣いていないし何かに絶望しているわけでもない。
 ただフィフスにはそれが悲しい意外に受け取ることができなかったのだ。

 諦観。

 いうなればそれが一番正しいのかもしれない。
 ただ、フィフスにはそれはまだわからなかった。

 ……いや、わかりたくなかったのかもしれない。



 気づけば目は覚め、吹き抜けの天井から夜明け前のそれを眺めていた。
 一日中眠っていたのか、それともほとんど練れずにおきたのかわからない。

 ただ、しばらくの間動くことはできなかった。



「……」
 だめだ……。
 頭が回らない。
 今までの光景が走馬灯のようにフラッシュバックする。

 まだ、イーブイだったころの自分。
 ブラッキーに進化してからの自分。
 捨てられたときの自分。
 自分を壊され、感情を忘れた自分。
 すべてを捨て、大切なものを忘れようとした自分。

 いいもの、悪いものすべて含めて今の自分がある。

 どうしてこんなことを思ってしまったのだろう?

 ……疲れているんだ。
 そういってしまえばそれまでなのかもしれない。
 けど、そう思えることが、大事なのだろう。

 もちろん考えていることすべてに確証なんてない。

 ただ、嘘でも幻でもいい。

 ただ心に余裕がほしかった。

 そうでもしないと、本当にすべてが終わってしまいそうな気がして……。



 ……大丈夫。大丈夫だよ。
 どんなに僕がゆがんでしまっても、僕は僕のままだ。
 怖い、悲しい、憎い、辛い、苦しい、その他にもいろいろ苦しい思いはしてきた。
 けど、確かに僕にはまだ喜びが残ってる、慈しみが、残ってる。
 それだけで、今は十分だ。

 今は、それ以上は望まないようにしよう。
 わがままに、なってしまうから。

 だけど、これだけはいつか伝えたいな。


 大切なことを思い出させてくれたのは、

 フィア、君だよ。

 君が、僕の敵の妹だとしても、それは変わらない。
 だから――。

 言葉の先が出る前に、フィフスの意識は再び眠りの中に入っていった。
 その日は、久々にゆっくり眠りにつけたような気がした。
 夢を見ないほどの深い眠りだった。



 そして、目が覚める。
 月のきれいな晩だった。
 こうやって景色だけを眺めれば、この森も悪くないのかもしれない。
 フィフスはそう思った。
 ただ、やはり外に出ればフィフスの気配は消えていた。
 それが、汚れた僕がこの森で生きる方法だから。

 通いなれた道を足早に進んでいく。
 あたりにポケモンに気配は全くなかった。
 ……逆に怖くなる。
「……」
 フィフスは自然につばを飲み込んでいた。
 今も、どこかで、命は消えている。
 少し前まではそんなことを考える余裕もなかったのに。

「この森で、最近ポケモンたちが次々と殺されているんだ」
 きっかけはナイトの何気ない一言だった。
 いつもなら聞き流せるその一言が、焼きついて離れなかった。
 なぜだろう?

 答えなんて見つからない。
 ただ僕が思い込んでしまっているだけなのはわかっている。
 僕が、変わったんだ。
 だからなのかな?

 何で僕は……。

 レイたちは大丈夫なのかなんて考えてるんだろう?
 敵のはずなのに、何で心配してしまうのだろう?


 それも、知っているはずだ。

 どんなに憎しみを抱いていても、

 僕は、誰にも死んでほしくなかった。

 誰がとかはどうでもいい、ただしんでほしくなかった。





 不意に足が止まる。
 四速歩行なのにも関わらずつんのめったような格好になってしまった。
 しかし、それもあまり気にはならなかった。

 ……だったら、僕が向かっている場所はどこ?

 自問自答しなくてもわかりきった答えだった。
 そして、言いようのない無力感に襲われた。

 なんだ、結局僕も殺し屋なんだ。

 今この森で牙を剥いている殺し屋となんら変わりはないんだ。

「……」
 どうしようもない矛盾。
 ……死んで、ほしく、ない。
 誰にどういわれようとも、……たとえ偽善だといわれようとも僕は誰にも死んでほしくない。
 それは本心だ。

 だって、死んでしまうことは、とてつもなく悲しいことだから。

 きっと、この森に来なければ、僕は一生このことを思わず過ごしていたのだろう。
 喜びも、悲しみも、そしてまだ思い出せない感情もその価値を知らずにすごしていたのだろう。


 もう、わかんないや。

 何が正しいんだろう? 僕は何を信じるべきなのだろう?

 ねえ、

 僕は、僕を信じることができるのかな?

「……」





 答えは、もう、出せなかった。

 信じたい――。

 でも、信じることができなかった。
 もう、僕は自分を信じるには汚れすぎていた。
 自分自身にうそをつきすぎていた。
「……」

 なんでだろう。

 足は止めていたはずなのに、僕は小屋の前まで来ていた。
 いつもと変わっていない小屋の風景、それなのにどこか静けさに満ちて、まったく違ったように見える。
「やぁ、来たね」
 背後から声がする。
 いつの間にかそこにナイトがいた。
「珍しいね、もし僕が暗殺者だったら間違いなく死んでるよ?」
 そう、背後をとられるということは、まったくの無防備ということ、
 ナイトの言うとおり、もしもレイたちであれば僕はまた捕まっていただろう。
「……どうした? 何か悩んでいるのか?」
 フィフスの様子がおかしいことを察したナイトは訝しげに見つめる。
「何にもないよ」
 僕は一言だけつぶやいた。
「……」
 そう、何にもない。

 だって悩んでないかないのだから。

 これは悩みではなく、ただ単に事実。

「本当に何もないよ? 心配してくれてありがとう」
 そのときの表情がどんなものだったか僕はわからない。
 ただ素直に出た一言だった。
 しかし、そのナイトの反応は意外なものだった。
 一瞬だけだが驚いた反応を見せたのだ。
「……礼を言われる覚えなんてないよ、何もないんならそれでいいんだ」
 口調には変わりない。
 だが、それはナイトが見せる初めての動揺だった。
 でもフィフスには、ナイトの見せる動揺の意味がわからなかった。
 わかったのはただ、ナイトの見開かれた目の奥にさまざまな感情が交錯していたということだけ。
「ねえナイト――」
「依頼を受けに来たんだろう? 準備はできてる、早くおいで」
 質問はさえぎられ、ナイトは足早に小屋の中に入っていってしまった。
 そこには明確な拒否の意思がみえた。
「……待ってよ」
 ナイトは足を止めない。
「ねぇ、待ってってば……」
 自分でもかすかに声が震えていることがわかった。
 どうしてだろう、
 追求する必要なんて今必要ないはずなのに、
 言葉は口をついて出た。

「待てっていってるだろ!?」

 それでも、ナイトの足は止まらなかった。

 ……なんでだよ。

 今はそれだけしか脳裏に浮かばない。
 だが、もう引き止めることができないことをどこかでは理解していたのかもしれない。

 視界がかすむ。

 意識外で涙があふれていたのだ。
「……畜生、何でだよ……」
 必死に涙をぬぐう。


 本当は全部わかっているのだ。


 目の前の小屋を眺める。
 ここに入れば、また僕は誰かを殺めなければならない。


 こんなの、間違ってる。


 フィフスは扉の前に立つ。


 わかってる……でも……。


 生きていくためには、仕方のないことなのだ。
 ……いったい何度この言葉で誤魔化してきただろう?
 同じ言葉と、フレーズで。
 何回偽善者を気取ってきただろう?


 ……もう、僕には無理だよ。

 全身から力が抜け、その場に崩れ落ちてしまう。

 目の前にある古びた扉。

 押せば開くその扉も、今はあけることができなかった。

「……僕には、もう耐えられないよ……」

 悲哀に満ちた声、その声は誰にも聞こえなかった。
 聞こえてしまえば、誰かにつけ込まれてしまうから。

 





 一体、どれほどの時が経っただろうか。

 扉の前にフィフスの姿はない。

 ただ、小屋の窓からは外の景色を眺めるナイトの姿があった。
 

 外をまっすぐ見つめるその瞳に、感情はなかった。





 一方、フィフスの姿は東の海岸にあった。
 東の海岸、フィフスが始めて依頼を受けたときの目的場所だ。

 大規模な爆発があったにもかかわらず、海はきれいに澄み渡っていた。


 無論、その理由は知っている。



 ホエルオーに、重油の海水を飲ませたのだ。
 元通りの海水に戻るまで、何度も何度も……。

 途中で力尽きてしまったら代わりのホエルオーをつれてくる。

 ……無論、この話はナイトから聞いたものだ。

 だが、この話は真実だろう。
 そうでなければわずかな月でここまできれいになるはずがない。

 そのとき視界に目的のものが写る。

 密航船だ。

 まさか僕自身がこの船を利用することがくるなんて思いもしなかった。

 そう、僕はこの森から去るのだ。

 密輸船の行く先はわからない、
 ただ、その先にある未来が今よりよいものと信じ、進む。


 できれば早くこの選択をするべきだった。
 そうすれば、もっと別の未来があったのかもしれない。


 ……いや、やめよう。
 考えを振り払う。

 そういうことを考えるものじゃない、

 未来なんて誰にもわからないものなんだから……。


 考え込んでいるうちに、密輸船は岸へと停泊した。

 船員らしきサイドンが降りてくる。
「ん……? なんだ? 今日は依頼はないはずだが……」
 若干警戒しながらこちらを見つめてくる。無理もない。
 そもそも密輸するための場所なのだ、ほかのポケモンがいるのはおかしい。

「心配する必要はないよ。僕は……この船の客だから」
「……客?」
 
 訝しそうにこちらを見つめてくる。
 
 本当なら気を悪くするところかもしれない。

 でも、それに安心している僕がいた。

「……そう、僕はただこの船に乗りたいだけ、別に不思議じゃないよね?」
 静かにフィフスは言葉をつむぐ。
 抑揚がない分、まるであらかじめ用意されていたかのような言葉だ。
「……僕は弱いポケモンだから……」
 最後の付け足した言葉は誰に宛てることもない言葉だ。
「……」
 サイドンは困惑した表情を見せる。
 だが、こちらがなにをしたいかは理解したみたいだ。

「いいだろう、だが、それなりの代価は払えるんだろうな?」
 わかっている。それは想定してたことだ。
「いくら必要だ?」
 感情を表に出さずたずねる。
「……2000万あたりで手を打とう」

 なかなかの高額だ。
 だが、金額の大きさなどはどうでもよかった。
 ……もう、金にこだわる必要もないのだから。

「……いいだろう」
 
「……っ!?」
 当然の反応だと思っている。
 いくらこの森の物価がおかしくても、2000万は相当高い。
 おおよそふっかけた値段だったのだろう。
「嘘だと思うのかい? ならついてくればいいさ」
 そういうとフィフスは踵を返し、歩き出す。

「お。おいっ! 待てよ!」
 ついてくるのは確信していた。
 こんな話に飛びつかないほうがおかしいのだから。



 ……ただ、やはり気分はよくなかった。




 
「……ここだよ」
 隠しておいた入り口も、もう必要ない。
「……おいおい、この入り口じゃあはいれないぜ?」
 サイドンは苦笑しながらフィフスに言った。
 ……そうだった。
「……壊してくれてかまわないよ。もう使うこともないからね……」
「そうか、わかった」
 ほとんど二つ返事に近い。
 おそらく目の前にある宝に目がないのだろう……。

「……」
 ……あぁ、きっと少し前の僕もこんな感じだったんだろうな。

 ……どうも気分が優れない。
 かつての僕の姿は、あまりにも嫌悪がたちこめるものだった。

「……後は勝手にやってくれ」
 少し気分を落ち着かせよう。そういう考えだった。
「わかった」
 こちらを振り向かず、サイドンは答えた。
「……明日また同じ場所に行く、わかったな」
 それだけ言うと、フィフスは歩き出す。
 
 途中、サイドンがこちらを振り返るのに気づいた。

 おおよそ何を考えているのかがわかる。
「……好きなだけもって行くがいいさ」
「……!」
 相手の動揺がここまで感じ取れた。
 釘を刺すならいまだ。
「ただ……、身の振り方だけは考えておくんだな」
 振り返り、サイドンを睨む。
「……」
 サイドンは顔をこわばらせたまま喋れない。
「船は使わせてもらう。明日の朝……よろしく頼むよ?」
 そういって僕は静かに微笑んだ。

 答えは返ってこない。

 だが、僕はまた歩き出した。
 もう相手が陥落しているのがわかったからだ。



「……フィフスさん……」
「……っ!」
 いつからそこにいたのだろうか、フィアが少しはなれたところにたっていた。

「全部、見ていたのか」
「……」
 沈黙がすべてを物語っていた。

 いずれはわかってしまうことなのはわかっていた。
 でも、できればこんな姿、最後まで見せたくなかったな……。

「……これが僕の姿さ」
 もはや言い訳する意味もない。
 それに、この森にいる以上、それくらいのことは覚悟してるはずだ。
 その証拠に、フィアにさほど驚いたような表情はなかった。
「……」
 しかし、二匹の中にある沈黙が距離感を物語ってしまう。

 覚悟はしていたはずなのに、それがどうしても悔しかった。

「……心配しなくても、僕は消える。やつが去ったあとでも、十分使えるはずさ」
 もう少し、別の形で出会えていたのならば、違う結末があったのかもしれない。

「さよなら」

 ひどく淡白だな。

 あれ……。

 どうしてだろう、この気持ち、どこかで感じたことがある。

 しかし、今思い出すことはできなかった。



「これから……どうしようかな」

 約束の時間は明日。
 それまではどこかに、身を隠しておくべきだ。


「……っ!?」


 不意に気配を感じる。
 しかも、これは……殺意?

 少なくとも僕に宛てられたものではないことは確かだ。




「いずれはくるだろうと思っていたよ」
 これは……ナイトの声?
 フィフスは茂みの中から声がする方向を慎重に覗き込む。

「……!」
 あっているのは、レイだった。
 いずれくる……どういう意味だ?

「あなたには、すべて計算内の出来事なのでしょうね。はじめから……」

 そういうレイの口調は、何も感情が宿っていなかった。
「……」
 ナイトは答えず、不敵な笑みだけを浮かべていた。
「あなたはいったい……何を見つめていたの? この森で……」

 ほとんどうわごとのような呟きだった。


 そして、

 静かに、

 レイの体はナイトのほうに倒れ掛かった。



「ぐ……ぅ……!」
 苦悶の声が上がる。
「それも、最後まで知ることはなかった」
 二匹の体が、赤く染まっていく……。


「……っ!」
 思わず叫びだしそうになる。
 それどころか、嘔吐しそうになった。

 なぜ……?

 混乱した思考で、今の状況を理解しようとする。


 レイが……ナイトを殺した……?

 そして、会話の内容を思い出す。


 いずれ、くるだろうとは思ったよ。


 その言葉が意味していること、
 あるひとつの結論に至る。

 まさか、あの事件の犯人は、レイ達……?


 ……ゆっくりとレイは体を起こし、ナイトを見下ろす。

 ナイトは倒れたまま動かない。
 ただ、胸が上下に動いていることから、まだ息があることがわかる。

 しかし、その呼吸は弱々しく、命がつきかけていることが見える。
 それを察してか、レイはナイトを一瞥すると、血で汚れた体のまま、立ち去っていった。

 言葉も、何も残さずに。


「……」
 ゆっくりと、ナイトに歩み寄る。
「……なんだ、見てたのか」
 大量の血を流しているのにもかかわらず、ナイトは不敵な笑みを崩さない。
 それどころか、ゆっくりと体を起こす。

「ナイト……」
 無理したらダメだ。そういいたかった。

 だが、言葉が出ない。
「ふふ、無理するんじゃないって言いたいんだろ?」
 声が震えている。
「無理だよ、この傷じゃ助からないことぐらい……わかるだろ?」
 あぁ……この表情、見たことあるよ。
「……」
 僕は何も答えられない。
 答えてしまえば、終わってしまう。

「……なんでだろうね」
 ふらふらと歩きながら近くの木に寄りかかる。
「どうしてフィフスは、まだ僕をそんな目で見れるんだい?」
 一瞬ナイトの問いかけの意味がわからなかった。
 でも、それもすぐに理解した。

 なんだ……結局また抑えられないのか、僕は。

「……ま、それが君らしいところなんだろうけどね」
 もはや興味ないといった感じにないとはつぶやいた。
 そしてうつむいていた頭を震えながら空へと向ける。
 瞳はうつろで、とても空を眺めているとは思えなかった。
「やれやれ……月は隠れてしまっているか」

 違う、隠れてなんかいない。
 もはや見えていないのだ。
 それほどもうナイトは血を流しすぎている。
 もう、助け、られないんだ……。

「僕には……もう夜の月明かりすら、許されないんだね」
「そんな、ことないよ……」
 反射的に言葉をつむいでいた。
「そんなことない、どんなに深い闇に落ちても、ちゃんと灯りはあるよ」
 僕の言葉がどこまで届くかわからない。
 でも、もう後悔はしたくなかった。

「ふふ……、灯り、か、僕にも、まだ見えるのかな……」
 力なくつぶやくその姿にもうかつての面影は感じられない。
「見えるさ」
 それだけしか、もういえない。
「……ひとつだけ聞かせてくれないかな」
 最期を迎えようとしている彼には、不躾かもしれない。
 でも、これだけは聞いておきたかった。

「……どうしてわざとレイの一撃を受けたんだ?」

 いまさらどうにもならない。
 でも、それだけが理解できなかった。
 あの一撃を受けなければ、未来はどう変わっていたのだろう?

「……」
 ナイトは夜空を見上げたまま、反応がない。
「おい、……ナイト?」
 まさか。
「おい! 返事をしろよ!」
 思わず口調が荒くなる。
「……うるさいよ、まだ生きてるさ……」
 気だるそうな声がかすかに聞こえる。
 だが、その声は少し離れたフィフスには届かない。
 ただ何かしゃべっているのがわかっただけ、それが余計に辛かった。
「ナイ……ト」
 もうナイトのほうを向くことができなかった。
 嗚咽が漏れ、情けない姿をさらけ出してしまう。
「……僕は、死ぬつもりだったんだよ。遅かれ早かれ……」
 かろうじで聞き取れる声、精一杯の力で話している。
「それが、ただ早まっただけ、それだけのこと、さ」
 一息一息言葉をつむいでいく。
 それさえも痛々しくて、悲しくて。
「僕には――」
「どうしてそんなことをおもうのさ……! どうして……!」
 もう、抑えられない。
「悲しすぎるよ……! 寂しすぎるよ……こんなの……!」
 必死に抑えてきた感情をぶちまける。
 しかし、肝心のナイトの反応は薄かった。
 そして、今までの人生を振り返るかのように目を閉じる。
「フィフスは、知らないんだよ、僕の住む世界を、ね」
 あぁ……またこの表情だ。
 どこか疲れたような笑み、その表情はどこに当てたものではない。
「……でも不思議だな」
 不意にナイトの表情は綻ぶ。
「君の言葉が、すごく、温かく感じるよ。嘘じゃない」
 そして、力を振り絞るようにして、立ち上がる……はずだった。

「ナイト!」

 しかし、立ち上がることはかなわず、そのまま地面に倒れてしまった。

「……情けないな。もう、力が出ないや」
「ナイト……」
 僕はナイトに体を寄せる。
 ナイトの体は、もうすでに冷たく、生きているのが不思議におもうほどだった。

「何でだろう、死ぬのは怖くなかったはずなんだけどな……」
 うつぶせたまま、独り言のようにつぶやく。
「君のせいだよ、フィフス、君が、僕に優しくするから……」
 こんな状況でも、ナイトは皮肉を言ってくる。
 でも、その皮肉も、もうこれが最後なのだろう。
「……」
 僕は何も答えることができない。
 嗚咽をこらえるのだけで、もう精一杯だった。
「何とかいってくれよな……」
 ナイトの瞳が潤み、一筋の涙が流れる。
「あぁ、涙って、こんなに、暖かいものだったんだね……」
 目を細め、涙というものの感慨に浸る。
 きっと、ナイトはずっと感情を捨てていたのだろう。
「……僕は、最期に、ちょっとだけ幸せになれたのかな……」
 なれたよ、最後に、ちゃんと、感情を取り戻せたんだから……。
 そう言葉をかけたかった。
 だが、言葉のどにつっかえる。
「フィフス」
 ナイトが何を言おうとしているかがわかる。


 だめだよ……。


「ありがとう」


 そんな言葉、君には似合わないはずだろ?

「……」

 それきり、ナイトの声が聞こえることはなかった。

「……畜生、どうしてこんな結末になってしまうんだよ……」

 どうしてだろう、前はあんなに憎らしかった存在なのに。
 どうしてこんなに、悲しくなってしまうんだろう?

 答えは見えているような気がした。

「……」
 もう動かないナイトの体から離れる。

 そのとき、何か無機質なものに触れた。

 ……これは、鍵?
 おそらくナイトの持っていた鍵だろう。首から紐らしいものが伸びている。
 普段からかけていたのだろう、紐はだいぶ劣化し、ところどころ結びなおしたあとがあった。

 フィフスに渡したかったのだろうか、紐にはくちばしがかかっており、途中で切れていた。

 何か伝えたかったのだろうか?

 血で薄汚れたそれを、フィフスは黙って拾い上げる。
 おそらく小屋のどこかの鍵だろう。

 フィフスはまた小屋へと向かう。
 ナイトが最後に何を伝えたかったのか。それを知るために。





 いつにもまして、森は静かで、生物の気配を感じさせない。
 ……本当に全員殺してしまったのだろうか?
 先ほどのナイトの血のせいかもしれないが、森に血のにおいが満ちているような気がした。

 なぜ、レイ達はあんな猟奇的な行動をとったのだろうか?
 それがわからない。

 ……彼女たちもきっと、ナイトのように感情を捨ててしまってるだけなのだ。

 そう、信じたい。

 だが、僕に彼女たちを助けることなんて、できるのだろうか?

 ナイトだってそうだ。
 結局助けることはできていない。ナイトは死んでしまったのだ。

 ナイトは言っていた。

 フィフスは知らないんだよ、この世界を……ね。

 ナイトの言うとおりだ、僕はほんの一部分しかこの世界を知らない。
 だからこそ、こうやって生きていけてるのかもしれない。

 彼女たちが、ナイトが住んでいる世界は、もっと深い闇の中で、それこそ言葉では言い表せない世界なのかもしれない。

 僕なんかよりももっと、辛く、悲しみに満ち溢れているのだろう。


「……」
 誰もいなくなった小屋のドアを開ける。
 主のいなくなった小屋はひどく寂れてしまったように見えた。

 もともと小屋が狭い分、鍵の合うものを見つけるのはそう時間はかからなかった。

 ずいぶんと古びた金庫が、鍵の合う扉だった。
 ずっとあけられることがなかったのだろう、金庫には埃が積もっている。
 だが、鍵穴はよく整備されていた。
 おそらく鍵が入らなくならないように常に整備していたのだろう。
 フィフスは鍵を差し込み、扉を開けた。

 もともと扉が小さい分、中に入っているものはそう大したものではないと予想できる。

「……?」

 中にはいっているのは封のあいた古びた封筒ひとつだけだった。
 ほかには何もはいってはいない。
 いったい誰からの手紙だろう?
 見る限りでは金庫と同様、だいぶ前にかかれたものだとわかる。

 フィフスは手紙を取り出すと、中身を読み出した。




 これを読んでいるポケモンへ。

 おそらくこれを読んでいるとき、すでに僕は死んでいるか、
 取り返しのつかないところまでいってしまっているだろう。

 元、僕は、人間に飼われていたポケモンだった。
 だが、この森に捨てられて、野性として暮らすことになり、日々が生きるか死ぬかの毎日になっていった。

 そんな生活は悲しい、そう考えた僕は、ギルドというものを作るようにした。

 みながお金を出し合い、助け合うことができたならば、この森も平和になると信じて。

 だが、僕がおもっているギルドと、今のギルドはどうも違ってきているようだ。

 この手紙を読んでいるものへ、今の僕がどうなっているかはわからない。

 だが、もし、今の森が、僕の理想とかけ離れているものであるならば、

 どうか、僕の願いを聞いてほしい。

 もし君が、僕の理想をかなえられるものであるならば、

 みなが助け合える森を作ってほしい。

 その際、僕が間違った道へと進んでいるのであるならば。

 そのときは、

 僕を殺してほしい。




 そして、君が、僕の理想をかなえられるポケモンでなかったら。

 せめて、この森を終わらせてほしい。

 悲しいことを繰り返すだけならば、そのほうがずっと幸せだと僕はおもっている。

 この小屋の地下には、発火装置を設置している。時限式のだ。

 それのスイッチを入れれば、この森は火に包まれ、壊滅するだろう。

 もし、君が想うポケモンがいるならば、つれて逃げればいい。

 これは僕の勝手な願い。

 どちらの選択をしても、君を咎める者はいないだろう。






 最後に。

 この森だけでなく、すべてのポケモンが隔たりなく幸せになることを祈る。

 -ナイト-





「……」
 何も言うことができなかった。
 やはり、ナイトもかつては同じだったのだ。
 ただ、それ以上に驚いたのは、ナイトが僕と同じ境遇だったということ。
 正直まったく創造できていなかった。
 しかし、思えば不自然な点はいくつもあった。
 
 ……どうしてこうもゆがんでしまったのだろう。

 かつては平和を望むものだったはずなのに、こんなにも、ポケモンたちをおもう気持ちを持っていたのに、

 それほどまでに、

 時というものは残酷なものなのだろうか。

 いつしか僕も、ここで過ごすうちに、そうなってしまうのだろうか?

 そう考えると戦慄が走った。



 僕は、どうすればいいのだろうか? これが、ナイトの願い。
 叶える義理がないといえばそれまでだ。

 だが、フィフスに断る選択肢があるはずなかった。
 これがナイトの計算だとすれば、もはや何も言うことはできない。
 しかし、計算なのだろう。
 そうでなければ、こういうものを残したりはしない。
 自分自身が壊れてしまったときの保険、そういうところまで見越していたことは皮肉かもしれないが、ナイトらしかった。

 もっとも、元のナイトを、フィフスは知らないが。

「……」

 手紙、封筒を静かにポーチに入れる。それは、フィフスがナイトの意志を継ぐ表れでもあった。

 どこまでできるかわからない。

 でもすくなくとも、フィフスにはこのころと同じナイトの気持ちを持っていた。



 だが、何ができる?

 平和を想うことなら、誰だってできる。
 現に、僕は、明日にはこの森から逃げるのだ。

 だとすれば――。



 フィフスの姿が小屋から消える。



 そして黒い影は、明るみ始めた空のなか、茂みの中へと消えた。







 ナイト、

 僕は、背負うよ、この森の命を。



 ただせめて、ひとつだけ我侭を通させてほしい。



 もう少しだけ、この森、この森に残されたポケモンたちに猶予を。



 失われるのは、この森にあった記憶だけでいい。
 



 そして、フィフスは再び、もとの自分の棲家へと戻ってきていた。
 隠された入り口も、今では大型ポケモンが入れるほど広くなっており、どこから見ても絶好の棲家だとわかる。
「……」
 別にもう長居する必要もない。
 必要なものも、あとは食料しかない。

 でも、ここには、フィアがいる。

 もしこの森が終わるのであれば、伝える必要がある。



「……フィフス……さん?」
 フィアは簡単に見つかった。
「フィア、さっきはごめん、ひどいことをしてしまった」
 謝罪の言葉を述べる。
 こんなとき、どんな表情をすればいいか全然わからなかった。
 フィアは何も答えない。
「許してくれなくてもいい。ただ、君に伝えることがある。それだけ、聞いて、くれればいい」
 僕がどれだけひどいことをしたか、それは、僕自身が一番わかっている。はずだ。
 こんな言葉を並べても、許してくれないことも、わかっている。
 だから、話を早く終わらせたかったのかもしれない。
「……いいよ、別に」
 フィアは複雑な表情をしたまま、小さくそう答えた。
「もう朝だね。私、ご飯作ってくるよ」
「あ――」
 呼び止める前に、フィアは住処の奥へといってしまった。

 きっと、僕への信用はもうないのだろう。

 フィフスは小さくため息をついた。
 思えば図々しいものだ。勝手に切り捨てておいて、また戻ってきるのだから。
 好ましい反応が返ってくることがおかしい。

 僕は、今は一匹のポケモンだ。
 森の中での一匹のポケモンに過ぎない。
 距離は、離れているのだ。

 しばらくすると、器用にジュースをくわえて戻ってきた。

「どうぞ、あんまり上手じゃないと思うけど、飲んで」
 どこかよそよそしく、表情はどこか作ったような感じだった。
「……ありがとう」
 どうしてだろう?

 僕は渡されたジュースを一口、口に含む。
 その味はどこかほろ苦く、少しだけしびれるような感覚があった。

 正直、あまり好きな味ではない。

「ありがとう、おいしいよ」
 それでも僕は謝辞を述べる。
 そうでもしないと、フィアを余計に悲しませてしまいそうな気がして。

 そうでもしないと、僕自身が泣いてしまいそうな気がして。

 そして、僕はそのジュースを一気に飲み干した。

「……なんで……?」
 注意しないと聞き取れないような声が響く。
 視線の先の彼女は、泣きそうな、いや、泣いていた。
「フィフスは、苦いの嫌いだったよね?」
 あぁ、知っていたんだ。
 じゃあ何で、こんなジュースを持ってきたんだい?
「……」
 言葉をつむいだつもりが、何も話せていなかった。

 そこではじめて異変に気づく。

「悪いのは、フィフスだよ……?」
 泣きじゃくりながら、フィアはフィフスにいった。
「フィフスが、戻ってくるから、私は、こうするしかなかったんだよ……?」
 体のバランスが取れない。

 そのまま、僕はバランスを崩し、地面へと倒れこんだ。




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 7はここで終了です。
 そろそろ終わりが見えてきたように思えます。
 最後まであと、1,2話ぐらいですね。
 ここまで読んでくださった方、感謝です。 
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IP:61.7.2.201 TIME:"2014-02-26 (水) 18:04:52" REFERER:"http://pokestory.rejec.net/main/index.php?cmd=edit&page=%E5%A4%B1%E3%82%8F%E3%82%8C%E3%81%9F%E6%84%9F%E6%83%85%EF%BC%97" USER_AGENT:"Mozilla/5.0 (Windows NT 6.1; WOW64) AppleWebKit/537.36 (KHTML, like Gecko) Chrome/33.0.1750.117 Safari/537.36"

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