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失われた感情5 の変更点


作者名:[[風見鶏]]
作品名:失われた感情5

 前作:[[失われた感情4]]
    [[失われた感情3]]
    [[失われた感情2]]
    [[失われた感情1]]

・官能表現があります。

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「はぁっ……! はぁっ……!」
 息を荒げ、暗い森を一匹の影がかけて行った。


「姿が見えなくなった……いけるか?」
 小声でつぶやく、影の主はフィフスだった。
 あれから約一か月の時が経つ、その姿はより一層暗くなっていた。
 眼光は鋭く見るものを寄せ付けない雰囲気を持ち、
 体つきは連日の逃亡からか無駄な肉が付いておらず、華奢な体つきだが美しいラインを描いている。
 何よりも特徴的なのが動きだ。
 森の中を走っているにもかかわらずフィフスの足音は聞こえない。
 唯一聞こえるとすればフィフスの呼吸だけだ。
 そして時折立ち止まるしぐさにも一切の無駄は感じられない。
 隙がないのだ、常に警戒している状態。
 精神的にもかなり消耗しているようにも見える。
 張り詰めた雰囲気が闇夜の中でも鮮明に感じ取れた。
「――っ!」
 急に体を伏せる。
 気配を感じ取ったのだ。周りにポケモンの姿は見えない。
 だが、しばらく経つと一匹のポケモンの姿が現れた。
「おかしい……また気配が消えた……?」
 小さく注意しなければ聞こえないような声でつぶやく。
 ……レイだ。名高い暗殺チームの一匹。そして自分を狙う厄介な相手だ。
 その瞳は細められ、いら立ちが感じ取れた。
 この一カ月この感じで逃げ通してきたからな……向こうから考えれば無理ないかもしれない。
「まったく……やってられないなぁ……」
 そう言い残すと足早にフィフスの視界を横切って行った。


「……まいたか?」
 神経を研ぎ澄ませ周りの状況をうかがう。
 周りの状況は静かで、何一つ気配は感じ取れなかった。
 黙って自分の住処への方向へ歩きだす。もちろん細心の注意を払って。

 住処まではそこまで距離はなかった。茂みの中に入り隠れた入口を通る。
 そう、もう慣れたこと、彼女たちをまくことも、神経を常に研ぎ澄ませることも。
 疲れた体、疲れた心、満身創痍にもかかわらずそれは何も問題なく行われる。
 それはこれまでのフィフスの日常を物語っていた。
「はぁ……」
 少しだけ気が抜けたのだろうか、小さくため息をつく。
 それが安堵なのかそれとも堕ちてしまった自分に対しての自嘲なのかわからない。
 でも確かに少し前までは普通の日常があったことを覚えている。
 あの時のふつうが。
 今思えばあの普通は今と比べれば途方もない幸せなのだ。
 何をしても手に入らない幸せ。
「ふ……いったいどうなるんだろうな」
 誰にも聞こえないように小さく囁く。
 それでも言葉にすれば声でさえ暗くあの時の面影をすでになくしてしまったことが分かった。
 もう、元には戻れないんだな。
 何度も思い浮かんだフレーズだ。わかっていても何度も浮かぶ。
 だめだ、いまさら思って何になる?
 毎日が生きるか死ぬかなのに、どうしてそんな甘い考えが浮かぶ?
 この考えを消すために、どれだけ無理をしてきた……?
 何度もレイたちに捕まりそうになりながら、僕はいくつもの依頼をこなしてきた。
 いくつあの時と同じ瞳を見てきただろうか?
 いったい何匹のポケモンが犠牲になっただろうか?
 間接的だといえど、僕は血に染まっている。
 そう、元に戻れるはずがない。
 だからもう考えなくていいはずなのに、そんな考えなんて浮かばないはずなのに。
 元の生活に、戻れないのかな……。
 そんな甘い考えが、僕の脳裏をかすめて行く。
 どんなに汚れていても、この考えが消えない。

 まだ……まだ足りない。
 じっと息をひそめて暮らすことなんてできない。
 何かしないと罪悪感に押しつぶされてしまいそうで、
 僕は休むのを惜しんで依頼を受け、仕事に集中する。
 たとえそれが危険でも、何もしないよりかはましだった。
「なあ、そんなに金を集めてどうする気だい?」
 ナイトがこんな質問を投げかけてきたことがある。
 正直金のことなんて考えていなかった。言われるまでは気を紛らわすので精一杯だったから。
 金……金さえあれば何も不自由はいらないんだ。
 
 きっと、きっと幸せになれる。

 そうだ、言ってたじゃないか、あの時のグラエナが……。
「金だ……金を手に入れなければ……」
 そう金、金があればきっと不自由などしない。
 きっといい生活も手に入れられる。
 だから俺は言った。
「幸せを買うのさ、何不自由ない幸せをね」
 それ以上ナイトは何も聞かなかった。ただ一言、
「そうかい、ま、がんばりな」
 そうつぶやいた。心なしかどこか見放した口調だった気がするが関係ない。
 この森では自分が中心でないとやっていけないことを知っているからだ。
 だから……金を集める。
 そうして幸せを手に入れれば、きっとこの甘い考えも……消えるはずだから。




「……」
 いつのまにか寝てしまったみたいだな。浅い眠りだ、少し頭がはっきりしない。
 ここ最近は特にそうだな。やっぱり疲れているのだろうか?
 ……いや、そんなことは言っていられない。気を抜いたらそこで終わりなんだ。
 少し早いがまた依頼所に行こう、あんまりここにいるのも好きではない。
 もちろん自分の住処だ、でも、余計な考えが浮かんでしまうから……。
 今の自分を否定する考えが浮かんでしまうから……好きじゃない。
 仕事に集中していれば、何も考えなくていい。
 常に死が付きまとっているからこそ、何も考えが生まれない。
 ……バカなんだろうな。でもそれでいい。
「さ、行くか……」
 少し腹を満たしてから依頼所へといくのがここでの日課だ。

 不意に保存庫のほうから何か気配を感じる。
「――っ!」
 一気に前進に緊張が走った。
 バカなッ! 確かに細心の注意を払ってここには入ったはずだ。
 なのになんでポケモンの気配がする?
 もしかして奴らか? いや、奴らだとすれば真っ先にこちらを狙うだろう。
 なら誰だ? ほかのやつが迷い込んだか?
 ……いずれにせよ、やることは一つ。
 追い出さなければ。

 気配を殺し、慎重に歩み寄る。食料庫のほうは暗く、こちらでは姿はまだ確認できない。
 だがそれはこちらにも都合がよかった。
 闇に溶けやすいフィフスの体、それは彼が夜行動を好む最大の理由だ。
 もっとも今の日常は昼夜ほとんど関係ないのだが。
 だれだ? 誰が一体この住処に入ってきた……?
 一歩一歩気配の方向へ歩いて行く。

 白い姿、

「――!」
 それには見覚えがある。近づくごとにその姿はあらわになり、見覚えは確信へと変わった。
 白く、整った毛並み。それと相反した地肌。その中に赤く輝く瞳が映し出されている。
 間違いない、……アブソルだ。
 まさか……!
 本能的に身震いが起きる。忌まわしい記憶が否応なしに呼び起される。
 バカな! 奴は……シアは死んだはずだ!
 それともただ死んだと勘違いしただけ?
 それは十分にあり得るだろう、あの時の自分は意識がもうろうとしてたから……。
 だがそれはどうでもいい、今はこの状況をどうするかが先だ。
 落ち着け、過去にとらわれるわけにはいかない。
 自分に何度も言い聞かせる。
 そうだ、よくよく見ればシアではない。
 記憶が正しければ今目の前にいるアブソルは自分と同じぐらいの体格で普通より少し小柄だ。
 シアは確かもう少し大きかったはず。
 もし本人であっても……勝つまでだ。
 フィフスは全身に力をためる。
 決めるなら一撃だ。一撃で抑え込む。

「――っ!」
「えっ……! きゃあぁっ!」
 完全に不意を突いたようだ。突進がアブソルの横腹に当たり、木の実の山の中に突っ込んだ。
 フィフスは身軽に一回転して地面に着地する。
 そしてアブソルを引きずりだすと動けないように前足を抑えた。
「う……は、はなしてっ!」
 どうやらまだ幼いアブソルらしい、年は……自分と同じぐらいといったところか。
 そして別に刺客でもない、それは声音と仕草で理解できる。
 さっきの姿、そして今の声の震え、どう考えても狙ってきたとは思えない。
 だとすれば……ただの泥棒か?
「おい、いったいどういうつもりでここに来た」
 抑揚のない口調で問いかける。一応聞いておいたほうがいいだろう。
「う……あ、その……」
「答えろ」
 譲歩するつもりはない。つきつけるようにフィフスは言う。
 その表情があまりにも怖かったのかアブソルは声が出ないという様子だった。
 しかしそれでも手は緩めない。
「答えろ」
「ひっ……ご、ごめんなさい! ごめんなさい!」
「謝れば済むとでも思ってるのか?」
 この感じ、感じたことがある……。
 ……ちっ。
 心の中で舌打ちをする。
 ああ、この困ったような姿。あの時の自分じゃないか。
 何も知らずオボンの実を食べてしまったあの時の自分に。
 考えただけで虫唾が走る。弱い自分に。
「どうしてこんな場所に来た」
 重なる……くそ……。
 本当ならこのままさらに脅したいのに、強く言えない自分がいることに腹が立つ。
「ご、ごめんなさい……おなかがすいてしまってつい……」
 これ以上責められることがないと察したのか幾分落ち着いた口調でアブソルはつぶやく。
「ここはたまたま見つけたんです……」
 少しおどおどしているのが気になる。
「じゃあ一体何の目的でこんな場所をうろついていた?」
「そ、それはその……」
「何かいえない事情でもあるのか?」
 言葉をたたみかける。ついにアブソルは口ごもってしまった。
 ……何としてもいわせないといけない。
 フィフスは押さえる力を強くした。
「あぐッ……」
 痛みにアブソルはうめき声をあげ、じたばたと抵抗する。
「いえ、黙秘するのは構わんが立場を考えるんだな」
 こんなことは好きではないが、仕方ないことなのだ。
 何度も言い聞かせているのに力は入れられなかった。
「……身売りをしていたんです」
「なに?」
 思わぬ言葉に虚を突かれたような顔をする。
「やっぱり信じてくれませんよね……でも、本当なんです」
 アブソルの表情が暗くなる。だがフィフスは沈黙を通した。
「ほんとはいやだ……でもそれしか方法が残っていないんですよ……」
 顔をそむけ、苦々しい表情をする。だが押さえられているせいで完全に背けることはできなかった。
「じゃあなぜここにいる」
「……誰も買ってくれないんです」
「なんだと?」
 そんなはずはない。自分が言うのもなんだがアブソルの外見なら買うやつはいくらでもいるはずだ。
「飼われていたあなたは知らないかもしれませんね……、
 私の種族、アブソルはこの森で忌み嫌われる存在として認識されてるんです。
 だから、誰も私を買ってくれなかった」
 そむけた瞳が潤む。自分の運命を呪っているのだろうか?
 だが同情などしない、自分の運命ならこちらも何度も呪ったことがあるからだ。
 不幸なのは、おまえだけじゃないんだよ。
 口には出さないがフィフスは心の中で吐き捨てた。
「だから……なにも買えなくて……つい……」
 その姿は見るからに痛々しい。同情なんてしないつもりだったのに、つい拘束する力が弱まる。
 くそ……なんでこんなにも自分は甘いんだ……。
 そう心の中で自分を罵りながらも力を再び強めることはなかった。
「お願いです……私を……買ってくれませんか?」
「なっ――!」
「やっぱり……ダメですか? 私では……」
 アブソルは今にも泣きそうな表情でこちらを見つめてくる。
 おそらくその言葉を言うのは相当勇気がいることだっただろう。
 そもそも身売りをしたらどうなるか知っているのだろうか?
 ……いや、自分には関係ないことだ。さっさと追い返してしまおう。生まれる良心を振り払う。
「悪いけど身売りには興味がないのでね。ほかをあたってくれ」
 アブソルをはなし散らばった食料を元に戻す。
 ……これでいいのだ。誰ともかかわらないのが一番いい。
 もう、あんな思いはしたくない。
「そんな……お願いします、買ってください……!」
 アブソルは体をおこしこちらに詰め寄ってくる。
 当たり前といえば当たり前なんだろうな。金がなければ死活問題なのだから。
「うるさい、さっさと出て行け」
 突き放すように発する。思った以上に冷酷な声音だった。
「でも……! そう、木の実! 木の実を黙って……!」
「それはいい、さっさと出て行け」
 一刻も早く離れたかった。こいつと……アブソルといると何かが狂ってしまう。
 フィフスは自分の寝床に戻ろうとした。
 もうひと眠りしたい、そんな気分だ。仕事はまたあとでいい……。
「待って!」
「――!」
 突如背中にのしかかられ押さえこまれる形になってしまった。
「く……! 何のつもりだ!」
 体勢が悪い、ちょうど前足が体の下敷きになり力が入らない。
 子供だと思って油断してしまった。フィフスは抵抗をやめ大人しくする。
「お願いです! どうか……私を買ってください!」
 こいつは……本当に自分が言っていることを理解してるのか?
 俺は知っている。自分の体を犠牲にして金を得る仕事の大変さを。
 常に崩壊と隣り合わせの仕事ということを。
「……いいだろう、覚悟はできてるんだろうな」
「……は、はい」
 もちろん本気で犯そうとは考えていない。ただ脅しをかける程度のつもりだ。

 しばらく時間が立った後、フィフスとアブソルの姿は寝床にあった。
「おい、おまえの名前はなんていうんだ?」
「あ……その、フィアっていいます」
 フィア? ……。
 なんだかいやに引っ掛かる名前だ。まさか……。
「おい」
「はっ、はい」
 これから起こることがやはり不安なのかいやにフィアはおどおどしていた。
「おい、おまえ……兄弟はいるか?」
 ふとした疑問を確かめたくて質問をする。
「え……はい、姉がいました」
 いました……過去形か。これは偶然なのか?
 フィフスの思考はある結論へといきついていた。
 もしこれが偶然ではなく必然だとすれば、
 いったいどのようなつもりで運命は巡り合わせたのだろうか?
「姉の名前は……シアだな?」
「えっ……!」
 かつての立場が逆になっているなんてね。皮肉にもほどがある。
 ああ、あの時のアブソルだったんだ。
 僕が薄れゆく意識の中、見つめていたもう一匹のアブソル。
 フィアはどうして? という表情でこちらを見つめている。
 フィフスは乱暴にフィアを押し倒す。
「きゃっ!」
 小さく叫び声をあげながらシアは無防備なあおむけの体制になる。
 フィフスは自分の中に黒い感情が浮かび上がるのを感じた。
 憎悪や悲哀などの感情ではなく、もっともっと深い黒。
 まるで胸に焼きつくようなその感情をフィフスはかみしめる。
 かつて自分がされたことを……目の前にいるこいつに。シアの妹であるこいつに……! 
 それは、復讐という名の一番暗く、深い感情。
「覚えてないか? この姿を」
 フィアはわけがわからないという表情でこちらを見つめてくる。
 所詮そうだろうな。誰がどうなろうと関係ない。だけどこっちはしっかりと覚えてるんだよ。
「俺ははっきりと覚えている。おまえの姉に犯されながらね……」
「――! まさか……そんなっ……」
 見る見るうちにフィアの顔が恐怖にゆがんで行く。
 おそらく自分から発するすさましい殺気のせいだろう。
「あの日、俺はすべてを失った。おまえたちのせいでな」
 思わず大地を踏みしめる足に力がはいり小さく震える。
 その様子は怒りながら泣いているようにも見えただろう。
「あの時の……ブラッキー……」
 フィアの表情が恐怖から解放され悲しそうに歪む。
 それは予想外の反応だった。
 どんなポケモンでもこのような状況に陥れば恐怖で泣きわめくはずだ。
「おい、これからどうなるかわかるか?」
 できるだけ声音を低く、恐怖を植え付けるように囁く。
「……わかりません」
 上の空のような反応だった。
 なんだ? いったい何を考えている?
 恐怖を刻み込もうとしているのに、逆に焦燥を刻み込まれているような感覚。
 なら……それ以上にわからせてやればいい。
 フィフスはフィアののど元に前足を乗せる。
 そして軽く体重をかけた。
「うぐっ!?」
 軽く体重をかけただけでも結構な苦しさがある。
 フィアは苦しそうにうめく。フィフスは無表情に見つめていた。
「俺が受けた傷は、もうシアには返せない」
 少しずつ力をくわえて行く。前足が深くのど元に沈んでいく。
「あ……が……!」
「だから、おまえに刻み込んでやる」
 フィアが白目をむき、窒息しかけたころようやく前足をはなす。
「げほっ……はぁっ……!」
 涙を浮かべながらむせる。その姿に少しだけ心が痛む。
 まだ、とがめる良心が残っているのか。
 こいつは俺の敵、殺したいほど憎いやつの妹だというのに。
 どうして攻撃をやめた?
 フィアがこちらを見つめる、その瞳に敵意はこもっていない。
「……どうしてそんな表情ができる。俺はお前を殺そうとしたんだぞ?」
 我慢できなくなりついに発してしまった。
 だが、ここで我慢したとしてもそれほど時が経たずに同じ質問をしただろう。
 ゆっくりとフィアの口が開かれる。
「別に殺したければ殺してください……それであなたが満足するなら。それでいいです」
「――!」
 挑発か? それとも諦めたのか? いや、いずれも違うだろう。
 これが本心だというのか? そんな馬鹿な! こいつは……狂っているのか?
「そうかい、なら後悔させてやるよ!」
 いや、狂っているのは自分のほうなのかもしれない。
 唇が触れそうなくらいまで顔を近付ける。フィアの顔が視界いっぱいに広がる……。
 まさか自分がこんなことをしようとするなんて思ってもみなかった。
「ひあっ……!」
 フィアが甘い声を上げる。フィフスは後足でフィアの秘所をまさぐっていた。
「あっ……やっ、やめて……! ああっ!」
 体を小刻みに震わせながら必死にフィアは耐える。
 早くに秘所からは愛液が流れ出し、フィフスの後脚を濡らしていた。
「さっきまでの威勢はどうした?」
 そう言いフィフスはフィアの下腹部へと顔を持っていく。
 まだ幼いフィアの体は華奢で、汚れを知らない。
「――ああっ!」
 さっきよりも強い反応。フィフスはフィアの秘所を舌でまさぐる。
 厭らしい気持ちはみじんもなかった。むしろ嫌悪感のほうが強い。
 躊躇はない、あのときされた時と同じようなことを、やつに与える……!
「あっ! だ、だめぇ! ああああぁっ!」
 ほどなくしてフィアは甘くとろけるような叫びとともに絶頂を迎えた。
 大量の愛液がフィフスの顔へとかかり、甘酸っぱい香りに包まれる。
「あ……はぁ……はぁ……」
 ほおを真っ赤に紅潮させ、フィアは絶頂の余韻をかみしめる。
 フィフスはわざとあざ笑うような表情を作り、フィアを見つめた。
「俺が憎いか? 憎いよなぁ……? おまえと同じようなことを、俺はされたんだよ。
 これ以上のことをな! これだけで終わりじゃないぜ?」
 こんなことをして何の意味がある?
 狂った自分の中に残った良心が問いかける。
 うるさい。
 その言葉を閉ざすようにフィフスは瞳を閉じた。
 そんなことをしても何も変わらない。

 黙れ。

 あのときの俺はいったいどこに行ったんだ?

 これ以上出てくるな……!
 頭の中をかき回されているようだ。目をつぶっているのにめまいを起こしたような感覚。

 本当はやりたくないんだろ? 俺、いや、僕は……。

 うるさいうるさいうるさいっ!
 たまらずつぶっていた目を開けた。

「――!」

 そこには、僕がいた。

 いや、違う、あの頃の僕とそっくりなフィアがいた。
 そして今の自分はシアだった。
 僕自身を壊したシアだった。

 どうやら自分があれこれ考えているうちに時間が結構経ってしまったらしい。
 フィアの顔からは紅潮が抜け、もとの肌色が鈍く光っていた。
 そして、二匹の視線が合う。

「……?」
 視界がかすむ。なぜだろう?
 すぐに気付いた。涙が出ていたんだ。
「……泣いてるの?」
 フィアが語りかけてきた。あんなにひどいことをしたあとなのに、警戒した様子のない声。
「……」
 フィフスは何も答えない。
 ぼやけた視界の中に自分の幻影が浮かぶ。
 フィアのいる場所に自分の姿が映っている。

 どうして……?

 ああ、弱いせいか。まだ自分が弱いから、こんな幻想を見るんだ。

「そんなことないよ」
「……!?}
 フィアが、自分が語りかけてきた。ほおを伝う涙がいやに温かく、どこか安心した。
「私にはフィフスのことはよくわからないけど、弱くなんてない」
「おまえに何がわかるんだよ……」
 弱い自分自身に向かい、俺は突き放すように言う。
 でも僕はひるまなかった。フィアはまっすぐにこちらを見つめていた。

 俺は視線を合わすことができなかった。そして、僕はまっすぐ見据えたまま言葉を発する。

「でもそれ以上にわかることは、何かをすごく怖がってる」
「怖がってる……? 俺が……?」
 まるで操られているようにして俺は顔を上げる。
 どうして、俺はここまで動揺してるんだ。
 なんてことはない、目の前にいるのは弱者だ。構う必要のない奴だ。
「どうしてそんなに自分を否定するんですか?」
「……!」
 奥歯をかみしめる。読心術でも身につけているのか?
「もう、やめてください……。フィフスの姿を見てると――」
「黙れ! なんでそんなことが言えるんだ! 俺はひどいことをしたのに!
 おまえを汚したのに! どうしてきれいごとが言える!」
 我慢できなくなり、吐き捨てるようにして叫ぶ。
 制御できない感情がそこにはあった。
「きれいごとじゃないよ。これは本心。フィフスを見てると私……とても悲しいよ」
「――!」
 言葉がつまり、どうしようもなく泣きたくなってくる。
 そして、それがなぜか理解できないことがまたどうしようもなく腹立たしかった。
「フィフスのことは怖いけど……それ以上にかわいそう……」
 フィアの言葉はまっすぐで、ゆがみがなかった。
 ただどことなくさみしくて、つらそうだった。
「くそ……!」
 悪態をつく。それでも、もう奥深くに根付いた気持ちがはがれることはない。
「フィフス……」
 心配される資格なんかないのに、フィアは心配してくる。
 そんな優しさが、痛いほどフィフスには辛いものだった。

「……ていけ」
「……え?」
「出て行け……、そしてもう二度と俺の前には現れるな」
 復讐に燃えたいた心はくすぶり、後に残ったのは嫌悪感だけ。
 そして目の前のポケモンを殺せない自分がいる。
「……いやです」
「おまえ……!」
 こちらが手出しできないことをわかって言ってきたのだろうか?
 ……否、ただ純粋にいやなのだろう。
 それがわかっているから、余計に断ることがつらかった。
 それでも、俺が俺であり続けるには。
 こいつは……いらない。
 フィフスは部屋の隅から札束を取り出す。

「……これで文句ないな」
「どういう……ことですか?」
「それだけあれば当分は暮らせるはずだ。さあ、出て行け」
 不愛想に札束を無理やりポーチに入れると、自分の寝床に戻ろうとする。
 一刻も早く、この気持ちを忘れたい。
 苦しいのは、もういやだ。
「逃げないで……逃げないで下さいよ……」
 フィアが懇願するような声で引きとめる。
 でも、耳は貸せない。無視してそのまま戻っていく。
「フィフス!」
 追ってきた。
 やっぱり、突き放さないといけないのか……。

「邪魔だ」
「――うぐぅっ!?」
 前足を軸に回転するようなキックを繰り出した。
 それはフィアの脇腹に突き刺さり、フィアは元来た方向に吹き飛ばされた。
 ゴムボールのようにフィアはバウンドし、やがてまた木の実の棚に突っ込む。
「……」
 これで、いいんだ。
 蹴り飛ばした時のいやな感覚が残る。柔らかな腹をえぐる感覚。
 やっぱり傷つけるのは向いていない。改めてそう思った。

 これ以上何も考えたくなかった。棚の方向からはこっちに向かってくる気配はしない。
 大人しく寝よう。明日になれば、元の自分に戻っているはずだ。
 いつもの自分に、戻っているはずだ。
 フィフスは寝床で眠りにつく。

 
 ……いつもの自分って、いったいどんな姿だっただろう?
 浮かんでくるのは慈しみの心を持った甘い自分ばかりだった。

 目の前に無邪気なポケモンがいる。
 これまで幾匹もみてきたポケモン。
 すべてがすべて、無邪気だったとは言わない。たまに、の程度だった。
 たった一瞬の出来事なのに。それが忘れられない。
 次の仕事があるというのに。
 その瞳が、悪意のこもった荷物を何も知らず、うれしそうに受け取る姿が。
 自分から……離れない。
 まただ、また俺は、これを見ているのか……。

 名前の知らないポケモン、誰かは分からない。
 そんなポケモンと、談笑しながら過ごしている自分。
 何も心配することなく、何もかも話せる友。
 最高の信頼関係で結ばれている親友。
 すべてを――。

 消えろ消えろ消えろ!
 そんなくだらない理想は消えろ!
 こんな日常なんて、笑顔で過ごせる日なんて、幻想にすぎないんだ!
 そう、そんなものは存在しない。
 存在したとしても、すぐに壊れてしまうのだ。

 壊れてしまうから――。

 俺はそれを手に入れることをやめたんだ。
 俺は一匹で幸せになることを決めたんだ。

 たとえ目の前にあったとしても……。
 それは……それは……。

 俺には釣り合わない幸せだから、いらない。

 その幸せを手に入れるには俺は汚れすぎてしまった。
 多くのポケモンを不幸にさせ過ぎてしまった。
 そんな俺が、ほかのポケモンたちと幸せになることなんて許されないんだ。

 だから――。

 俺は一匹で生きるしかない。
 決してほかのポケモンと暮らすなんて……できないんだ。


「……畜生」
 目を覚ましたフィフスの頬には涙が筋となって、とめどなく流れていた。


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 ここで一区切りをさせていただきます。
 更新に大分間が空いてしまい申し訳ありません。
 ここまで読んでくださりありがとうございました。
 何かコメントをいただけるのならうれしく思います。

次:[[失われた感情6]]


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IP:61.7.2.201 TIME:"2014-02-26 (水) 18:04:19" REFERER:"http://pokestory.rejec.net/main/index.php?cmd=edit&page=%E5%A4%B1%E3%82%8F%E3%82%8C%E3%81%9F%E6%84%9F%E6%83%85%EF%BC%95" USER_AGENT:"Mozilla/5.0 (Windows NT 6.1; WOW64) AppleWebKit/537.36 (KHTML, like Gecko) Chrome/33.0.1750.117 Safari/537.36"

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