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作者:[[リング]]
ポケモンたちが種族の垣根を越えて共存するようになって、長い時間が過ぎた。共存するにあたって本来の生息域から離れたポケモンは、大地や大気から力を受け取って進化することが難しくなっていた。例えば、火山の近くで暮らしていれば炎の石がなくともウインディやブースターに進化出来るし、荒天に晒されやすい地域ではならば雷の石がなくともライチュウやサンダースに進化できると言った具合に。
そうして、俗にいう進化道具と呼ばれるものの価値が高まった昨今では、仕事が少なくなる冬の季節に、大樹に見守られた集落にて交換会と呼ばれる催しが開かれていた。
ここは未来になれば貨幣経済が発達しバザー会場となり、それがさらに商業都市として発達するのだが、それは遠い未来のお話だ。
今日はその交換会が催され、大樹が見守る集落にて、数多くのポケモンが集まっていた。持ち寄るのは進化道具の石などはもちろんだが、攻撃の威力を上げる奇跡の種や神秘のしずくといった道具。キラキラとした光物などを持って来る者もいて、それらをこれ見よがしに提示しながら、気に入ったものを持っている者と交換し合うのだ。
ここではお目当ての物を手に入れるのに、たらいまわしにされることもしばしばで、例えば目覚め石を手に入れる、ために別の闇の石を手に入れる、ために別の大きな宝石を手に入れる、ために太い骨を手に入れる、ために木炭を手に入れる……必要に駆られた者もいた。
「すみません、その木炭……俺に譲ってくれませんか?」
そう尋ねたのはキルリアの少年だ。話しかけられたライボルトは驚きだ。
「キルリアって、エスパータイプじゃなかったっけ? これ、炎タイプの攻撃を強くする効果はあるけれど、食べてもおいしくないよ?」
「あぁ、食べないです食べないです……。その、とある部族は、死体を焼いて弔う習慣があるらしくって、それで炎タイプのポケモンの死体を焼くのにはかなりの火力が必要だとかって、それを欲しがる方がいまして……」
「ふむふむ」
「その方は焼いても脆くならない強靭なウインディの骨を譲ってくれるのです。そしてその丈夫な骨を欲しがっている方は、偶然見つけた大きな宝石を持っていて、その宝石を欲しがっている方は、普段暮らしてる暗闇の洞窟で手に入れた闇の石を……」
「わかった、もういい。大体の事情は分かったよ。要はお目当ての物と交換するために交換するために交換するために交換しようとしてるんだろ? 色々回されて大変そうだな、お兄さん……えっと、それで君が差し出せるものは……」
「雷の石です! あ、あと光の石もあるんだけれど……恋人とか家族に使える子はいますかね……?」
「あー……そうか」
その石はいらない、とはライボルトは言えなかった。彼はすでに進化しているし、そもそも落雷からライボルトに進化する際も雷の石は必要ない。たとえ子供が生まれたとしても使われることはないのである。
「分かった、それを貰おう。木炭と交換でいいんだな?」
だが、ライボルトはノーとは言えなかった。
「はい、ありがとうございます!」
これ以上たらいまわしになってはかわいそうだからと、ライボルトの情けが彼を救った。その後、キルリアの彼は木炭を欲しがるキュウコンから、歴戦の戦士ウインディが遺した遺骨を貰い、その骨をバルジーナと交換して大粒の宝石を貰う。さらにそれをヤミラミが持っていた闇の石と交換しようとしたが、その肝心のヤミラミの態度が何だか不穏だ。
「いやさぁ、君が他の人たちと交渉に行っている間にさ? 君が持っているそれよりも大きな宝石を持って来てくれた子がいたんだよ。それでさ、本当ならその子と交換してあげたいんだけれどさー。追加で君が持っているその桃色の板、分けちゃってくれないかなぁ? それなら考えてあげるんだけれど……」
その神経を逆なでするような物言いに、キルリアの少年はまゆをひそめた。
「どこ?」
精いっぱい低い声で威圧してキルリアが言う。
「へ、どこって?」
「俺よりも大きな宝石を持っているっていうその子はどこ?」
「さ、さぁ……?」
「じゃあ種族は?」
「えっと」
「種族の名前がわからないならその特徴は?」
「いや、その、それは」
「へー……その、俺よりも大きな水晶を持っているその子は本当に存在する人なの?」
「う……ええい、五月蠅いんだよ! つべこべ言わずに、その桃色の板を――」
「立場わきまえて?」
相手がこちらの足元を見て条件を釣り上げてきたので、キルリアの少年は相手の首根っこを掴み、軽く力を籠める。
「で、その方はどんな方なの? 色は? 体型は? 大きさは? 本当に存在する人なの?」
半ば脅すような形でキルリアは問い続ける。彼はもう、ヤミラミの答えなど分かっている。他人の感情を敏感に感じる彼の角は、敏感にヤミラミの感情をとらえている。彼が嘘をついていることは容易にわかるし、嘘を貫きとおすことは出来ないと半ばあきらめていること、そしてこちらの行動に恐怖していることまでお見通しだ。
あとは、相手が折れるのを待てばいいだけ。折れるきっかけを作ってあげるために角にフェアリーの力を貯めれば、相手は恐怖に戦くだろう。
「あ、もうさっきの奴は飛んでっちゃったみたい! だから君との交換でいいや!」
ヤミラミは空を飛んでいくドラゴンを見て、わざとらしく言う。ようやく脅しの成果が実ってヤミラミは諦めた。
「最初から変に欲をかかなければいいんですよ。足元を見過ぎていると、逆に足を掬われますよ」
キルリアは奪い取るようにして闇の石と宝石を交換し、その闇の石を手に、お目当ての目覚め石を持ったムウマと交換しに行く。先ほど目覚め石を手に持って周りをキョロキョロと見まわしていたムウマは、闇の石を持ったこちらの存在を認識すると、笑顔になってふわりと向かってくる。
「君! 本当に闇の石を持ってきてくれたんだねぇ! すごいねぇ、よく頑張ったねぇ」
「はぁ、何とかね。でもすっごい疲れたよ……」
たらいまわしにされたキルリアの少年は、この目覚め石に行き着くまでに何人にも話しかけた。お目当ての物を持っていても、交渉の余地がない者もいる。早くしないとムウマが持っている目覚め石も。他の誰かと交換してしまうかもしれないと考えると焦らざるを得ず、走り回ったおかげで肉体的にも精神的にも疲労がたまっている。
「お疲れだよねぇ、キルリアのお兄さん……さっきのヤミラミとの交渉、見事だったよぉ」
「あぁ、うん……見てたんだ。なんだか話しているだけでイライラするようなやつだったけれどね、何とか交渉したら折れてくれたよ。交換会は疲れるよ」
「あのヤミラミにやっていたことは……あれは交渉っていうのかなぁ、脅しっていうんじゃないかなぁ? いやぁ、あいつさぁ、困ったものだよ。あたしが女と見るや、体の関係持ちかけて来やがってさぁ。そんな奴と交換して来てくれて感謝だよぉ」
「そりゃどうも……俺は疲れたよ。でも、もうすぐ日暮れだね。日が暮れてからは焚火を囲んで食料とお酒の交換会……持ちよりの宴会だ。それで、英気を養おうか」
この交換会では、昼の交換会が終わると、『食料の交換会』と題した宴会が始まる。もちろん参加せずに帰る者もいるが、八割くらいは宴会に興じて舌鼓を打つのがこの交換会の恒例行事だ。
「そうだねぇ。あたしの村で採れた木の実があるから、一緒に食べない? きみは、あたしの代わりに苦労してたみたいだし、お返しなんて考えなくっていいからさ、大したものはないけれど、あたしの食糧あげるよぉ」
ムウマはキルリアの少年を食事に誘う。その真意を確かめようとキルリアの少年は角に意識を集中するが、彼女からは悪意を感じず、善意によってのみ動いているようだ。
そういえば、先ほどのライボルトも、雷の石を提示した時はがっかりした顔をしていたが、その後は無理して交換してくれていたのを思い出す。たらいまわしにされてしまったとはいえ、思いがけず親切な人に二人も出会えた今日は、なかなかいい日なのかもしれない。
「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかな……えっと、でもお返しはいらないって言ってもらっちゃったけれど、さすがにそれじゃあこっちの気も済まないからね。俺も色々持ってきたんだから、せっかくだし一緒に交換し合おうよ? せっかくの交換会なんだからさ、俺の村の名産品も食べてくれよ。君から一方的に食糧を貰うよりか、君が喜んでくれる方がよっぽど嬉しいよ」
「うーん、じゃあそうしようかぁ。あー、でもあたしの食事、あんまり褒められたものじゃないかもしれないけれど、それでもいいの?」
「いいよ。たまにはいつもと違ったものを食べるのもいいと思うし。褒められたものじゃないのは俺も同じだよ」
「そっか、じゃあ寒いしさぁ、焚火にでもあたりに行こうよ」
言いながら、ムウマの女性はキルリアの少年の手をつまみあげる。
「あぁ、よろしく」
こうして手を繋いでみると、良くわかる。このムウマの女性は闇の石を手に入れたことで喜びの感情に満ちている。明るい感情をサイコパワーの源にするキルリアであれば、この感情に長く触れていれば、奪われた気力も回復しそうだ。
「お互い、これで進化出来るってわけだけれど、お兄さんはサーナイトにも進化できるよねぇ? そっちじゃダメなのぉ? サイコパワーが強いほうがなにかと便利そうだけれどぉ」
ムウマは焚火の近くに備え付けられたテーブルの上に持ってきた食料を開けて、自身はキルリアが持ってきた食料をつまみながら問う。
「あぁ、俺は村の戦士なの」
彼もまた、ムウマが持ってきてくれた食料をつまむ。自分の村にはない木の実を干した保存食はなかなかおいしい。
「戦士? 門番でもやるのかい?」
「そう、それだよ。けれどね、俺は昔っから遠距離での戦いよりも近距離での戦いの方が才能があるみたいでね。だから、サーナイトじゃダメなんだよ。エルレイドじゃければ、俺はきっと弱っちいのさ」
「へー……そっかぁ。ってことは強いんだね、お兄さん。格好いいなぁ」
「それで、逆にお姉さんは何をやっている方なんですか? 進化したいってことは体を使う仕事なんですかね?」
「んー、あたし? あたしはね、呪術師((文字通りの不思議な力も使うが、主な仕事は現在でいう薬剤師))のお手伝い」
「お手伝い? 今は弟子ってこと?」
「うん。それまではただ単に両親と一緒にお芋を栽培して生活していたんだけれどねぇ……いろいろあってね、今はお師匠様の手伝いしながら勉強中だよぉ。進化しても出来る事はそんなに変わらないと思うけれど、力が強くなる分、日常生活ではいろいろと役に立つかなぁって」
「そっか、お勉強だなんて偉いね。家族はどんな感じ? 俺はね、兄と父親が俺と同じで村の戦士をやっているんだ。まだ恋人はいないんだけれど、戦士をやってれば自然と女が寄ってくるっていうから、楽しみだなぁ……」
「へー、村を守れるぐらいに鍛えているんだぁ。勉強するのも偉いかもしれないけれど、それだけ鍛えているならそれもそれでとっても偉いよぉ。っていうか、恋人候補がいるのかぁ、羨ましいなぁ……今、あたしが暮らしている村には婿がいなくってねぇ」
「村に、婿がいない……そんなことあるの?」
オウム返しに問い返したキルリアの少年に、ムウマの女性は深くため息をつく。
「うちの村ね、五年くらい前におっそろしい病が流行っちゃったの。あたし達みたいに、体の形があんまり定まっていない感じのタマゴグループポケモンがかかる病気でねぇ……体の柔らかくって、自由自在に動くところからドロドロに崩れ落ちて、そこから悪いものが入って更なる病気にかかって死んじゃう病気。最初にかかる、空がが解けていく病気自体は、それだけで死ぬことはほとんどなくって、そこまで怖くないんだけれど……体に傷がついたら、そこから悪いものが体に入り込んで、連鎖的に他の病気にもかかっちゃうの」
「体の形がさば待っていないタマゴグループ……それって、俺もかかる病気だよね? 俺は大丈夫なの?」」
「うん、君がその時村に来たら、かかっていた可能性があるねぇ。でも、今のあたしはもう治っているから大丈夫だよぉ。完治した病気はうつらないからぁ。でも、大変だったよぉ……病気が流行っていた時は、村の仲間がバタバタと倒れていって。病気が治るまで持ちこたえられたのは唯一、あたしともう一人だけ」
「どうして? 君ってそんなに体が丈夫なの?」
「うーん、この首元にある赤い珠のおかげかなぁ? みんな、病気を怖がってて……あー、君達キルリアは『嬉しい』とか、『楽しい』とかって感情を糧にしてる種族でしょう? あたしたちは、『恐怖』という感情を糧にしてるからねぇ。とんでもない病気に皆が怖がっていたから、その恐怖をエネルギーにして、あたしは病気に対抗するだけの力を体に蓄えることが出来たんだと思う。で、もう一人、一応男の子が生き残っているけれど……その子は、あたしが完治した後に病気にかかった子でね。あたしの血を飲ませることで症状を抑えることが出来たんだぁ」
「血を飲むと……? またずいぶんと勇気のある行動だねそれは」
「いや、ここだけの話ね。そういう話をお師匠様が聞いたことがあったのさぁ。『一度重い病気にかかった者の体の一部を取り込むと、それによって病気が治る』ってね。かつて、死病が流行ったときにベトベトンの夫が、死にかけた妻の体を抱いたんだよぉ。すでに、夫も初期症状が出てたからって、『私もすぐにそちらへ行く』って感じでねぇ。そうやって、妻を抱いたら、夫の体内に妻の体組織が混ざりあったんだろうねぇ、夫の病気が治ったんだってぇ。
だもんで、望みをかけてあたしの血を直接胎内に埋め込むことを試してみたのさぁ。飲むって表現をしているけれど、普通に飲んでも意味がなくってねぇ、大量の血液を放置して固まらせて、その上澄みだけを掬って直接体内に埋め込まないといけないのぉ」
「飲んだら意味がないの?」
「うん、飲んでも効果がないらしいの。例えばなんだけれど、ハブネークの毒はね。直接体内に打ち込まれるとまずいけれど、口から飲み込む分には大丈夫って話なんだよね。お師匠様曰く『口から飲み込んだら効果がない毒があるのならば、口から飲み込んでは意味がない薬もあるはず』って言っていたから、『体内に直接血の上澄みを埋め込む技術さえあれば……』って、師匠は言ってた。
だからたぶん、今のところはあたし達みたいな不定形グループにしかできない治療法かなぁ。ハブネークの牙みたいに、その血液を体内に直接打ち込む仕組みが必要だって師匠様は言っているんだけれどねぇ」
「まさか、お師匠様は他のタマゴグループのポケモンにも同じような治療法を出来るように考えているってこと?」
キルリアの少年が問うと、ムウマの少女はうんと頷いた。
「型にはまらない人だから、今までの治療法や迷信を疑ってかかって、新しい時代を築こうとしているんだよぉ。でも、誰かを救いたいって情熱は間違いなく本物だから、きっといつかお師匠様はすごいことをしてくれるって、あたしは信じてるよぉ。
ともかく、そうやって作ったお薬の効果はすごいんだよぉ。その病気はねぇ、口の中にデキモノが出来て、そこから出血するのが始まりの症状で、悪化すると口や鼻の中が崩れ落ちていって、最終的には体中の表皮もどんどんはがれて行っちゃうのぉ。その傷口から多くの病気を併発する病気なんだけれど……」
ムウマは自分の口の中に指を突っ込み、言った。
「不思議なものでねぇ。治療したその子は病気が悪化することなく、ちょっとしたデキモノが口の中に出来るくらいで、他の病気を併発することもなく治ったのぉ」
「でも、血を飲むというか埋め込むだなんてそんなの、余計に病気がうつりそう……」
「そうだねぇ。みんなそう思ってたから、あたしの血を飲もうとする子なんて全然いなかったよぉ……あたしを除くとあの村で唯一、あの子だけがあたしの血を飲んでくれたのぉ。同じタマゴグループで生き残った子は、あたしの血を飲んだ子だったから……やっぱり効果はあったんだと思うよぉ。
あの子の他にも血を飲ませれば助かった子はいたと思うんだけれど、そんなうわさ話に縋ったのはその子だけでねぇ。同じタマゴグループで唯一生き残ったその子は男の子だから、私もその子と結婚は出来ないことはないんだけれど……それじゃそいつとの間に子供が生まれたとしても、子供の嫁がいないことになっちゃうでしょう?
同じ親から生まれた子供同士を結婚させると体に不具合が出るとか言うから、それはダメだろってことで、あたしもいつかは婿探しのために村を出なければならなくなってて……
いろんな村を回ってみたんだけれど、どれもピンと来なくってねぇ。それで、多くの人が集まるここに、婿探しというか、移住先を探しに来たってわけ。闇の石はついでの用事なんだぁ」
キルリアの角に寂しい感情が角に伝わってくる。村の仲間を失ってから時間があるのだろうか、強い悲壮感こそ伝わっては来なかったが、根付いた寂しさはそう簡単には消えることはないだろう。
「イクは……辛くないの? みんな死んじゃったんでしょう?」
「そんなに気にすることはないよぉ。もうずっと昔のことだしさぁ、もう乗り越えた悲しみだよぉ。それにねぇ、あたしともう一人生き残った子はねぇ、『これから同じ方法でたくさんの誰かを救えるかもしれない』ってお師匠様に言われたからぁ。そのためにも、強く生きなきゃいけないのぉ。両親を失って一人ぼっちになったあたしに、お師匠様はそうやって勇気づけてくれたんだよぉ」
イクが寂しげに笑みを見せる。
「そうだね。俺が同じ病気になった時はぜひ、君の血を飲ませてもらうよ」
彼女の寂しげな笑みを励ますように、カムは微笑みかけた。
「そういうわけでさ。あたし、兄さんの村とかに住むことってできないかな? あたし村を出て、嫁ぎ先を見つけたいんだ」
「えぇ? 俺の村に? そりゃ、どうして? 俺がそんなに魅力的にでも見えたのかい?」
「うん、魅力的さぁ。実はねー、あたし兄さんが交換を申し込むところを何回か見守ってたけれど、交換の様子を見ていると、兄さんはなかなか人が良さそうだってわかったし、かといって優しすぎて肝心な時にビシッと出来ないとかそんなこともなく、やるときはきっちり高圧的に交渉してくれたみたいだしねぇ。
それにぃ、あのヤミラミの時とか、すごく痛快だったよ、あんな足元を見るやつに臆せず向かっていけるところはすごいよねー」
「そりゃまぁ、キルリアは他人の感情を感じるのは得意だからね。その、あいつが俺の足元を見ていることは良くわかったから、舐められないような態度とっただけだよ」
「そんな強い態度を取れるのがすごいんだってばぁ。あたしは出来ないねぇ、弱いから。でも、君は強いのを偉ぶったりする様子もなくって、それがちょっと好感と言うのかねぇ……で、実際、どうなのぉ? あたしも、お師匠様のところでの勉強があるから急ぐほどではないけれど、いつかはどこかに移り住まないことにはいけない状況だからさぁ。
素敵な男性とぉ、素敵な移住先があるといいんだよなぁ」
口調こそ軽い調子だが、ムウマの女性は真面目な顔でキルリアに問う。
「出来ると言えばできるんだけれど……その場合、君は村の男性の誰かに嫁がなければいけないんだ。結婚できないなら、村には暮らせられないの。嫁にくる女以外はだめって感じでねぇ……」
「あー……そうなっちゃうかぁ」
いきなり結婚というのはさすがに敷居が高く、ムウマは二の足を踏む。
「でも、暮らすことは出来ないけれど、村に泊まるくらいなら大丈夫だけれど……家に帰ったら進化のお披露目もやるし、その時は祝宴もあるんだけれど、どう? これも何かの縁だし、うちの村を覗いていくとかさ、そういうのもいいんじゃない?」
「……それ、いいかもねぇ。あー、とりあえず、いつまでもお兄さん、お姉さんって呼び合うわけにもいかないしぃ、お互い自己紹介しないかしらぁ? あたしねぇ、名前がイクっていうのぉ」
「あぁ、俺はカム。よろしくね。ところで、村に案内するのはいいけれど、君の村の方へのあいさつはしなくって大丈夫? 呪術師さんの手伝いなら、冬なんて風邪っぴきばっかりで忙しいでしょ?」
「実はそうでもないんだよねー。今は冬で、薬の材料になる草や虫を集める仕事もあんまりないからねぇ。それに、暖を取るための薪集めはしても、農作業や木の実の採集も少ないから、怪我をする要素も少なめだし……結局風邪の人へのお薬を出すくらいしか仕事がないから長く抜けても構わないって言われているよ。だから、大丈夫だよぉ。そのために食料はたくさん持ってきているから、君の村に行って帰ってくるだけなら問題ないよぉ」
「そっかぁ。じゃあ安心だね。というか、ウチは呪術師がいないから、病人が出たら近くの村までお薬を貰いに行かなきゃいけないから、結婚なんかしなくってもいてくれると助かるんだけれどなぁ……」
「えー、それなら渡りに船じゃない。あたし、将来はお師匠様みたいな、立派な呪術師になるからさぁ」
「そうだね……。それに、呪術師として暮らしていればいつかは婿を貰えるかもしれないし、うーん……村長はなんて言うことやら。最初から結婚できるなら何の問題もないけれど、そんなものなくたって呪術師なら欲しいけれどなぁ」
「まだ移住することを決めていない段階で悩むのは早いよぉ」
「それもそうか」
先走って考え過ぎていたカムは、イクに指摘されて照れ隠しに笑い。イクの村で作られた酒をぐっと飲みこんだ。
「そういえば、あたしも一緒に進化していいかなぁ? お師匠様に進化を祝ってもらうのもいいけれど、一緒に進化するのってあこがれてるんだよねぇ……進化のタイミングを決められるのが石進化の醍醐味だから、そういうのもいいかなって思っているのぉ」
「う……そういう風に言われると、うちで歓迎するのも責任重大だなぁ。でも、進化を他の場所でしちゃっていいの? せっかくならお師匠様……のところで進化したほうがいいんじゃない?」
「いいんだよぉ。進化した後に祝福の儀式があるけれど、それは後でも大丈夫だからぁ」
「そっか。じゃあ、故郷の人たちにはその時に祝ってもらえばいいね。じゃあ、明日の朝、出発できる?」
「うん、問題ないよぉ」
早速、明日からの予定をたてるカムに、イクは強く頷いた。
夜の交換会である宴が終わると、二人は町はずれの木の陰にもたれかかり、疲れた体を寄せ合い、お互いの体を温めあいながら野宿をする。翌日からはカムの案内の元、二人はカムの住む村へと旅立った。一日かけて清流が流れる山間の村までたどり着くと、サーナイトの男は高台から身を乗り出してこちらを窺っている。
「おい、カム。お前女連れか? どこで拾ってきたんだそんな奴? というかお前もそういう年かぁ。成長したもんだなぁ」
「父さん、ちょっとした村の紹介ですよ、恋人じゃあない」
その人はどうやら彼の父親らしく、息子が女性を連れて来たことを嬉しそうに唸る。肝心のカムは口調こそ冷めたものだが、イクの方を振り返りながら、少し口元が笑みを浮かべていた。
「なんだ、交換会でいい女でも捕まえたのかと思ったぞ? それで、お嬢さんはいったいなんでうちの村なんかに来たんだい?」
「あー……まぁ、いろいろとありましてぇ。とりあえず、恋人探しのようなものですよぉ」
「恋人、カムにか? こいつはいいぞ、強くて優しい」
「だから俺の恋人じゃないってば!」
勝手に話を進めようとする父親に、カムは恥ずかしさを隠すための苦笑いが漏れ出てしまう。
「まぁ、だがなんだ? 俺の気が早いのは確かだが、こいつがモテることは確かだからな。お嬢ちゃん、早くしないと取られちまうぞ?」
カムの父親の大声に、カムは恥ずかしさと照れくささで顔を手で覆った。
「……まぁ、父さんのことは気にしないで。その気になれば二人目の妻でもいいわけだしさ」
「二人目、かぁ。ここは妻が二人でもいいんだねぇ」
「ウチの村は三人まで妻を娶ってもいいって言われてる。君のところは?」
「二人までだよぉ。男の方が危険な仕事を多く任されるからねぇ、その分男が少なくなっちゃうから仕方がないよねぇ。実際、この前も賊から村を守るために、優しいおじさんが一人死んじゃったしねぇ」
イクは、寂しげにため息をつく。
「まぁ、でも村には同じグループの女性はあたししか残っていないから関係ないんだけれどねぇ」
「改めて、すさまじい猛威を振るった病気だったんだね」
「あたしの隣の村も全滅しちゃったからねぇ。拡散しないようにみんなが戒厳令を守ったし、よそ者も絶対に入れないように頑張っていたから何とか拡散は防げたけれど。どこから来た病気なのかわからないから、またどこかで流行るかもねぇ」
「そんな怖いこと言うなよ」
「いやぁ、流行るよ」
急に真面目な顔になり、イクはカムの角を軽くつかむ。突然の行為に、カムの体は硬直した。
「噂ではねぇ、あの病気は地獄から這い出た病だって噂だよぉ。死者の世界から死人が蘇る前兆だって話だからねぇ……数年後には墓場から死者があふれ出してくるんだよぉ? 師匠はそう言っていた」
「そ、そうなの? 本当に?」
イクが語る言葉に恐怖を感じたのか、カムは顔を青くしてイクに問い返すが、イクは愉快そうに笑っている。
「嘘だよぉ。君の角も、強めに掴んでいると感情を感じづらくなるみたいだねぇ。あたしの首元の珠も、強くつかんでいると周囲の感情を感じにくいんだぁ」
「う、だからイクは俺の角をつかんでいたのか? 君、性格悪いぞ?」
「だってぇ、あたしは恐怖を糧とする種族だもの。たまには怖がらせないとねぇ。怪談はお母さん譲りで得意なんだよぉ」
「こいつぅ……」
ケラケラと笑って、罪悪感を感じる様子のないイクの横腹を突っついてカムが悪態をつく。上からそのやり取りをみられていてもお構いなしなのは、当人がそのやり取りを変に意識していなかったせいだろう。だが、周りから見ていると、、無自覚にじゃれあう二人は出会って間もないというのに相性抜群のように見えた。
イクが案内された村は、清流が近くを流れているうえに、水が集まりやすい地形だけあってか湿っぽく、寒い朝はよく霧が発生する村であった。そのせいか、村に近づく外敵への備えはサーナイトのように視覚に頼らずとも敵の気配を察知することに優れたポケモンが門番として重宝されていて、主に視覚を頼りに外敵を探すタイプのポケモンは門番ではなく、増援要因として普段は農作業や家の修繕など、別の作業に従事しているらしい。
カムが村の門番を任されるのも、霧の中でも敵の存在を感知できることが買われているからだ。
虫や木の実などを採集して穏やかに暮らしているだけ野村のため、賊はめったに現れるものではないものの、万が一ということはある。当然、カム達門番は一人二人で賊に対処するのではなく、相手が遠くにいるうちに発見し、相手が攻撃を仕掛ける前に準備を整え、女性や子供を避難させ、そのうえで仲間とともに戦うためにいる役割だ。そのため、カムが戦って強いのは当たり前だが、角の感覚は普通の個体よりは優れていると、カムの両親から自慢された。
とにかく、まとめると静かな田舎だ。イクが暮らしていた村も、病気が拡散しないことからも分かる通り、周囲から離れた田舎だから、気候はともかく雰囲気としては故郷の村と変わらない印象だ。
ただ、イクが暮らす村は、見通しが良いため、視覚に頼った門番でもなんとかなるというのがただ一つ違う点だろうか。
イクは自分がこの村に来た理由を話すと、その悲惨な境遇をいろいろ気遣われる。そのあとは、他の村がどんなことをしながら暮らしているかに興味を持った人たちへと、自分たちの村の風習や一年の暮らしを話して時間を潰した。
夜になると、二人の門番を残して宴が始まり、少量の酒と食事が振舞われた。食料の少ない冬なので無理しないで欲しいとイクは遠慮したものの、善意で進められる食料を前に断りきることは出来ず、イクは保存食に少しずつ手を付けた。
「じゃあ、さっそく進化のお披露目と行こうじゃあないか。せっかくだし、カムとイクちゃんは一緒に進化しよう」
「だってさ、いいよねイク?」
「元からそのつもりだよぉ。進化したら世界も違って見えるかなぁ」
「見えるさ。俺はキルリアに進化した時、ラルトスの頃よりずっと視界が良くなったからな。さらに進化したら一体どうなることやら」
「あたし進化したことがないから楽しみだねぇ」
二人は期待に胸を躍らせて、布の袋に包んでおいた進化の石を手に取った。その石に意識を集中して、内部にあふれる力を体の内へと取り込んでいく。大きなパワーが入り込んでくるのを感じると、二人の変化はすぐに訪れた。
体が熱くなり、息をするのも忘れてしまいそうなくらいに有り余るエネルギーが体中を駆け巡る。そのエネルギーがあるべき形で落ち着き、体の疼きがなくなると、白く明滅していた自身の視界もあるべき姿に変わっていく。
進化が収まると今まで見ていた景色と同じ景色。視点はずいぶんと高くなったし、今まで大きく見えていた物が小さく見えるようになった。イクは頭の触手がなくなり、とんがり帽子のような頭になった。それをひらひらとした布のような自分の手で確認して、目を輝かせていた。カムは自分の拳や、頭から胸に移った赤い角。そしてひじから伸び縮みする刃の様子を確かめる。
「これがエルレイドか……」
「これがムウマージかぁ……」
二人が驚きと笑みを交えた表情をしているのを見て、宴に招かれた家族や友達も釣られて笑みを浮かべている。
「二人とも同じ表情してるな」
「出会ったばっかりのわりに仲がいいなぁ」
「まだであって数日って気がしねえなこりゃ……夫婦みたいだ」
その二人の仕草が似た者同士であることは、自分達よりも周りの方がよほど二人を理解しているようだ。
「いや、可愛くなったねぇ、イク。スカートみたいな下半身が素敵……こうしてみるとサーナイトに進化したかった気もするなぁ」
「カムも、精悍な顔立ちになったっていうのぉ? 前より幼さが消えて格好いいね。肘もイケてるよぉ」
お互いの容姿を誉めあう二人の顔が、笑みで染まっている。見ている方が恥ずかしくなるような気がして、イクの母親は気を取り直すように声を上げる。
「よし、今日はめでたい日ね。少しだけだけれど改めてお酒で乾杯しましょ。さ、イクさんも」
「そうだねぇ。カム、一緒にお酒飲もう」
「じゃあ、進化を祝して、今日という日に祝杯を上げよう」
イクとカムは同時に杯を傾け、酒を飲みこんだ。オレンの実の果汁を発酵させた青い酒が体の中にしみわたって、口の中にさわやかな香りと、食道から胃袋にかけての焼けつくような熱さを残して消えていく。
「なぁ、うちの村はいい村だろ? 行くところがないならウチに来いよ」
カムの父親がイクを誘うと、イクは杯を揺すって香りを漂わせながら少し考える。
「どうしようかねぇ……。まだ、お師匠様の下で修業して、お薬の知識をたくさん覚えてからじゃあないと、こっちに来ても大したことできないからなぁ」
「それでいいよ、ぜひ来なよ。俺は歓迎するよ」
まだ決めかねているイクを、カムは笑顔で歓迎する。
「ありがとうねぇ」
気遣われてばかりのようで心苦しいが、受け入れてもらえる場所があることは素直に嬉しかった。
その日の宴は夜遅くまで続いた。結局のところはカムとイクの進化にかこつけて騒ぎたいだけなのだが、仕事も食料も少ない冬だけに、皆活気が欲しかったと言ったところか。
多少の差異はあれど、カムの住む村はイクの住む村と大きく変わることはなく、皆穏やかで良い人たちばかりだし、怪談慣れしていないのか、イクの語るお話を真に受けてくれるのが面白い。移り住むならば良い条件だとイクは思う。
「それじゃあイク、気を付けて帰るんだよ。山賊に気を付けてね。あと、この村に移り住む気になったらいつでも訪ねて来てね」
「そうだねぇ。また、一年後の交換会で会おうよぉ。その時にあたしの答えを聞かせるよぉ」
イクは答えを決めかねてはいたが、帰路につく際に振り返って彼の方を見ると、彼が視界から消えるまでこちらの事を見守っていてくれた。
さすがに送ってくれはしなかったが、いつまでも身を案じてくれているようで、それが嬉しかった。ことで、これまでも移住先探しはやっていたし、これからも移住場所探しは継続しようと思うが、そんな風に名残惜しそうにしてくれる人はいなかったので、それが嬉しかった。 そういう人とならば、結婚しても楽しく生活できそうだ、出来るならば、ここで暮らすのもいいかもなぁ……それが今のところの結論となった。
カムの村から帰り着いたイクは真っ先に、現在親代わりとなっている呪術師の師匠にカムの事を話した。頷き、相槌を打つ以外は口を挟まず最後まで黙って聞いていた師匠は、吸収の早い弟子が離れてしまうかもしれない報告に寂しさと。そして、可愛がっていた子供が巣立つことを期待できる嬉しさ、それぞれ感じていた。
だが、それらと同時に、師匠は心配も感じている。
「ねー、イクゥ。」
師匠は真っ白でふわふわな耳をいじり、黄色い眼差しをじと眼にしながらイクに声をかける。
「は、はい!? なんですか、お師匠様?」
数舜前まで上の空だったイクは、師匠の声かけに驚き、体を硬直させながら振り返る。
「恋の病に付ける薬はないんだけれど? 大丈夫? 病気、進行しているんじゃあない?」
村に戻って呪術師の勉強を再開すると、イクは物思いにふけることが多くなった。ニャオニクスの師匠はそれを恋の病と表現したが、イクは……
「い、いや違いますって! これはあれです、あたしは今日女の子の日で眠くって!」
「はいはい、女の子の日の匂いを消す薬草があるんだったら、あたしに教えてねぇ。あたしも使いたいからさぁ……女の子の日の匂いをここまで見事に消し去れるなら、きっと村の女性がみんな使いたがるよぉ」
イクは必至で否定するのだが、師匠は無慈悲に彼女の嘘を暴いてしまう。
「いいのよ、イク。恋をするのは自然なことだからぁ。でもねぇ、あたしの下で勉強している間くらいは、集中してほしいものねぇ?」
「はぁい、すみません、お師匠様」
結局、嘘がばれてしょげるのも日常茶飯事なのだが、一か月がたつ頃には大分恋の病も落ち着いて、日常生活に支障をきたすことはずいぶんと少なくなった。それでも、ふとこみ上げる恋しさに一人悶える夜もあったのだが、日中くらいはそれを顔に出さずに務めていた。
一方カムは、進化した翌日、まだ酒の匂いがかすかに残るころから父親や村の仲間に徹底的に扱かれ、山積みの干しオレン、干しヒメリをお供に鍛錬へと明け暮れていた。
めったに来ないと言えど、賊が現れた時に大した抵抗できないのでは意味がない。村を追放されたろくでなしが賊になった程度ならばともかく、飢饉などで村ぐるみで賊になったときなど、十分な戦闘能力がなければ、足止めすらもかなわない。
そうならないよう、日々の鍛錬を怠らずに続けていくのだが、カムもまた時折恋の病に侵されて、演習の相手から不覚な一撃を貰ってしまうことが多々あるのであった。
カムも同じく徐々に恋の病は収まっていくのだが、それでも不意にイクに会いたくなってしまう瞬間が、時折前触れもなく訪れるのであった。
そんなある日、冬に行われる交換会の時期を待たずに、イクが暮らす村にカムが訪れた。こちら側には何の知らせもなしに、飛行できるポケモンに伴われながらいきなり訪れた。彼らは真っ先に『イクという女性に頼みたいことがある』と要件をつげ、師匠とともに薬づくりに精を出していたイクは喜びよりも嫌な予感が胸によぎる。
「……カム。どうしたの?」
不安な気持ちが角を通して伝わっているのだろう、イクは胸の角をさすりながら気まずそうな顔をする。
「君に以前語ってもらった、不定形グループだけがかかる病気が、俺たちの近くの村で流行り始めたんだ……すでに命が危ないやつが出ているらしい」
「あらぁ、君がカム君かしらぁ? 命が危ない、とは具体的にどのような状況かしらぁ?」
カムはイクに対して語ったつもりだが、割り込むようにして真っ白な雌のニャオニクスが問う。
「貴方は? ……いや、聞くまでもないか。喋り方がイクとまるで同じだからな……」
カムは、そのニャオニクスを見て彼女が師匠なのだということをすぐに理解した。
「ふふふ、あたしはこの村の呪術師だよぉ。イクの師匠兼親代わりなのさぁ」
師匠は白い体毛を優雅になびかせながらカムに挨拶をする。
「やっぱり、貴方がイクさんの……話は聞いています。とても優秀で型にはまらないな呪術師だとか。えぇと、状況ですが、シビルドンの感染者の皮膚が崩れて出血が始まっています……それが、昨日の事です」
「それはもう……手遅れだねぇ。もう他の複数の病気に感染している可能性があるよぉ……他の皆にも感染は広がってる?」
「口の中にデキモノが出来ている者が少々おります。初期症状、でしたよね?」
師匠に問われ、カムはごくりと唾をのみながら答える。
「それが昨日の話なら、その子たちは今すぐに処置すれば治せるよぉ。イク……行っておいでよぉ。貴方が薬になるんだよぉ」
師匠はイクを見つめ、微笑みを向ける。
「は、はい。ソラ君はどうしますかぁ? あの子の血も、薬になるはずです」
「ソラ……て、誰??」
イクが口走った聞き覚えのない名前をカムが問う。
「あぁ、あたしと同じくこの村の生き残りの男の子だよぉ。病気になった時はユニランだったけれど今は進化してダブランなのぉ」
突然出てきた知らない名前にカムが首をかしげると、イクが答える。カムはなるほど、と納得して師匠の方を見た。
「当然連れて行くべきだよぉ。貴方ひとりでは不測の事態が起こるかもしれないからねぇ」
「不測の事態、ですかぁ?」
師匠とイク、二人の会話は間延びしていて緊張感に欠ける。だが、話している内容はいたってまじめだ。
「まず、とある個体や種族とっては毒にならないものが、別の個体や種族には毒になる可能性がのぉ。そういう時のために、二つの種族を用意しておくことで使える薬がないってことを回避することが出来るよぉ」
「つまり、あたしの血液が毒になる場合があるわけだけれど。でもそういう場合は、ソラ君の血を飲ませれば何とかなるかもしれないってことだねぇ」
「あぁ、もちろん何とかならない場合もあるが、その時は奇跡を祈るしかないだろうな。それで、毒になるかを調べる方法だが……」
イクと師匠は、来客の事を差し置いて話に熱中し始める。しかし、その会話の内容は聞いている限りでは、これからの治療にかかわる大事なことであることは呪術の素人でもわかる。仕方がないので、カムと、一緒に来てくれたドンカラス、ヨルノズクの二人は、会話に出てきたこの村の生き残りだというソラ君とやらを探し、事情を話して旅に同行するように交渉を始めた。
ダブランの彼は、いきなりの来客に戸惑いを隠せないようだが、土産の食事と渡されたのちに、あの時の病気と同じと思われるものが流行しだしたと聞くと、彼は目の色を変えていた。
彼もまたイクと同じく病気によって、家族も友達もその多くを失った。それでも、同じ悲しみを背負わせないために生きろと、イクの師匠である呪術師に言われて生きていた彼は、すぐさま旅への同行を決め、荷物の準備を始めた。
その後、一同は師匠の元へと集まり、今回の旅にあたってするべき注意を彼女から教えられる。
「ところで、カム。君はまだ症状は出ていないのぉ?」
師匠に尋ねられると、カムは頷いた。
「まだ大丈夫です。ただ、病気が確認出来たらイクさんの血を飲むことを考えています」
「そう。それがいいわぁ。あの病気は初期段階なら、イクの血を飲めば何とかなるはずだからぁ。それに症状が始まる前に血を飲んだところで、効果はないからねぇ……とはいえ、まだ症状が出ていないだけで感染している可能性もあるけれどぉ。
まぁ、死なないように注意しなさい」
師匠は感染の可能性がある、と言われてカムは顔を引きつらせる。
「もう、俺も病気にかかっている可能性が?」
「そうだよぉ。症状が小さすぎて気づけていないだけで、もう病気にかかっている可能性があるのぉ。だからぁ症状が出始めたら、気のせいかもしれなくっても血を飲んだ方がいいわぁ。それであなたが病気を克服すれば、君の血もまた薬になるからぁ」
「……わかりました。感知すれば俺の血も使っていいのですね」
「全部治ったらね。治った直後は特に効果が高いから……重宝すると思うのぉ。というか、正直言うと、今のイクはあの時から年数がたっているから、ちょっと効果が薄いかもしれないのよねぇ」
「大丈夫なんですかそれ?」
師匠が念を押す言葉に、カムの顔が曇る。
「……病気というのは、神が与えし試練だからね。ダメなら、それはそれで神の意志なのさぁ。我々に、神の意志を超えるだけの知識と運がなかったってことで、そんなときもあるのさぁ。神様にはどうしようもないからねぇ」
「呪術師らしい答えですね……」
「正直なところ、病気の事は他の誰よりも知っているつもりのあたし自身、病気というものがどういうものかわかっていないのさぁ。これで失敗したなら、なぜ失敗したかを考えなきゃいけない……そうやってあたしたち呪術師は知識を積み上げてきたのだからぁ。でも、これは呪術に限った事じゃあないのよぉ?」
師匠は悟ったような顔をして遠い目をする。
「大丈夫、きっと大丈夫だよぉ、カム。そのためにあたしは生きてるんだからぁ」
師匠のせいで重い空気となったこの場を宥めるようにイクは言う。
「……イク。貴方の体に薬となる成分が少ないなら……再び体が薬を作り出すようにする手段はないこともないよぉ」
「そうなのぉ、師匠?」
「貴方がもう一回病気を体に入れればいいのよぉ。貴方の体はもう、病気を跳ね返すだけの力があるけれど……今はそれが少なくなってる状態なのぉ。でも、その跳ね返す力は、貴方がもう一度病気を体に入れると増えるからぁ、誰かから病気を貰えばいいんだよぉ」
「そうかぁ。じゃあ、病気になった人からうつしてもらえば……いいってこと?」
「うん、危険だけれどねぇ。カム君がもしもすでに病気にかかっているならば……口づけでもして体に病気を入れるといいと思うよぉ」
師匠が言い終えると、イクとカムはお互いにお顔を見合わせる。目が合ってしまった事を恥ずかしそうに師匠の方へと向き直ると、いつも仏頂面な師匠の顔が、柄にもなくにやけていた。
「ま、そんなことをしなくっても、治療しているうちに病気もうつるでしょうねぇ。なんせ、何もしなくってもこの村の仲間が壊滅するような病気なわけだしぃ……気を付けていても感染は割とするみたいだしねぇ」
せっかく暗い気分も紛れて来たというのに、師匠がそんなことを言うので再び空気が重くなる。しかし師匠はしんみりした顔で、ふわりと浮き上がり、イクの体を抱きしめる。
「ご武運を祈るよぉ、イク。治療を必要としている人たちは、みんなあなたと同じように大切な人がいるんだから」
「はい、師匠。頑張ります」
「じゃあ、イク。今回の旅に出るにあたって、これは餞別だよぉ。村中から食料をかき集めて来たから、旅の最中は毎日が収穫祭だと思って食べなさい。血を抜くという事は、血が足りなくなるってことだから、食事だけはありったけ食べなきゃだめよぉ。もちろん、ソラ君もねぇ」
「はい、お師匠様!」
「呪術師さん、かしこまりました」
師匠のアドバイスを受けて、二人は自分の体が役立たせるべく奮起した。
旅立つ前に二人は口づけをかわし……というよりは、唾液を交換するためにありったけの唾を口移しするという、口づけというには少々趣が違う行為であったが。ソラも、男同士でそういうことをするのはあまり気は進まないようだったが、念のためということでカムの唾液を飲み込んだ。
そうして、イクとソラはカムが連れてきた飛行できるポケモンに連れられて旅に出る。だが、他人の血液は穢れであるという信仰がこの地域にはあり、血液を飲むどころか、血液を体に埋め込むことで病気が治るという事を信じる者が少なく、例え信じたとしてもその治療法を嫌って拒否する者が相次いだ。
それでも、穢れを覚悟でイクたちの治療に応じる者はいた。それを覚悟させたのは、主にカムのおかげだろう。ある時、カムの口の中にデキモノが出来て、初期感染が認められたカムは、周囲の病人を代表してイクの治療を受けたのだ。
不定形グループのポケモンはその体の一部、もしくは全身を変形させることが出来る。例えばイクはその手のひら、カムは肘の部分だ。カムはイクから採集した血液を放置し、その上澄みを肘の中に直接埋め込むことで治療を行った。その後、カムの口の中のデキモノ以外の症状がほとんど出ないことで、その治療の有効性を実証してみせた。
その噂は治療中の村を超えて、病人が発生した周辺の村にまで伝わり、そのおかげでイクの治療も非常にやりやすくなった。有効性が実証された時点でもまだ治療を拒む者や反対する者はいたが、イクはそれらに対して無理強いすることはなかった。結果的には、そうしなければ彼女やソラの体がもたなかった事だろう。
イクは文字通り、身を削りながら治療を続けた。その過程で彼女は深刻な貧血に陥り、移動中はほとんど寝ているかボーっとしているかとなっていた。当然、その状態では飛行できるポケモンに乗ることもままならないので、イクはカムの体に帯で縛りつけられた状態での移動を余儀なくされて、ソラもまた同じように飛行できるポケモンに括り付けられての移動が主となる。また起きている時間は、食事によって失った血液の量を回復することに努め、師匠の言うとおり毎日が収穫祭のつもりで全力で食事をとっていた。
「イク、体の調子はどう?」
「うーん……眠いし、体が重いよぉ……」
イクはとある村で血液を分け与えた後、大量の食事をとったが、その顔色は良くない。栄養はきちんと取っているものの、それ以上に血液を流出してしまっているため、彼女は貧血で疲れ果ててベッドに横たわる。体を洗う気力すら残っていない彼女の体を世話するのはカムの役目で、ここ数日、清潔な布を使って彼女の体を余すところなく拭いていた。
最初こそ異性である彼にそういうことをするのは恥ずかしくて、カムも遠慮したのだが、イクは『見ず知らずの他人に任せるよりも、君に任せたいから』と、積極的にカムを誘った。最初こそどこまで触っていいのか分からずにおっかなびっくりであったカムも、三日も経てば平気で全身を拭くようになる。カムに優しい手つきで体を清められているイクはと言えば、頭痛とめまいの中でも確かな幸福を感じていた。
「血を取るために自分の体を傷つけているわけだし、痛いわ眠いわで大変でしょ? ほんと、お疲れさまだよ」
イクの手首は何度も切り裂いた跡があり、その傷口の周りが青黒く染まっている。
「でも、そのおかげで皆が助かってるから嬉しいよぉ。カムも、もう口の中は大丈夫?」
「大丈夫。新しくぽつぽつデキモノが出来ていたけれど、それもだいぶ収まってきたから……そしたら、俺がイクの代わりに血を流すよ」
「うん、その時は頑張ってねぇ」
なんて会話を交わす二人だが、実はすでに初期のころにイクやソラの血液を取り込んだ者たちは、すでに相当数が完治している。場合によってはその者たちの血液を使えばよいということになるため、これ以降はイクの血液が必要となることは少ないだろう。
やがて、イクとソラのみが負担を被る治療は終わりをつげ、二人と同じく病を克服した者たちの血液を使用した治療が始まると、徐々にイクの体調も回復していく。長い間連れまわしたソラもふらふらになりながらだが、ようやく家に帰ることが出来た。
あとは施術後の経過を見守る段階となった日の夜、カムは姿が見えないイクを探して、角の感覚を研ぎ澄ませていた。
「なんだ、イク。ここにいたのか」
カムが角の感覚を頼りにイクを探すと、彼女は治療を拒否したことが原因で病気が進行し、衰弱死した者の墓の前で物思いにふけっていた。
「んー……まぁ、いろいろと考えることがあってねぇ」
「治療を拒否して死んだ人の墓か。まー、俺も他人の血液を体内に入れるとか、例えイクの血でも結構嫌な感じがするし……穢れているだとか、正しく成仏できなくなるだとか、そんな言い伝えがなくっても、あんまりやりたくはない事だしなぁ。年より連中にはすごーく反対されたし……仕方のないところはあるよね」
「実はあたしもソラ君も、最初は罰当たりだなんだって言われて、親もいなくなったあたし達も、みんなが引き取りを拒否していてねぇ。お師匠様があたしを守ってくれなきゃ、きっと死んでたよぉ」
「あの呪術師のニャオニクスさんか。お師匠様ってのは、具体的にどうやって君を守ったの?」
「お師匠様はこう言ったのさぁ『あたしたちを見捨てたり迫害するようなら、今後この村にいるつもりはないねぇ。どこか適当な場所にでも引っ越すわぁ』って脅したの。村のみんなは所詮、言い伝えよりも病気を治してくれる呪術師の存在の方がよっぽど重要みたいで。そもそも、血を体内に入れるっていう治療自体お師匠様が考えたものなんだけれど……あたしは責めるくせにお師匠様を責めないあたり、結局は自分が一番大事なんだろうねぇ」
「現金だよね、お年寄りの皆さんも」
「まったく、何もわかっていないんだよねぇ、みんな。あたしには、見えているのになぁ。治療しないで死んだ者たちが、後悔しながら墓場の周りを漂っているところ。成仏しきれていないのはどっちなんだかねぇ? 結局、死んでも死にきれないのは希望に縋らなかった者なんだよね」
「うわぁ……やっぱりゴーストタイプって怖い」
イクが当然見えないものの事を語りだすので、カムは肩をすくめて嫌な顔をする。
「そうやって、後悔して墓の周りをぐるぐる回ってるだけの幽霊になりたくないからねぇ……後悔しない、させないように、親代わりだった呪術師に弟子入りしたんだけれどね。まだまだ呪術の道ははるか遠くだなぁ。お師匠様は、根拠のない言い伝えなんかを恐れずに、もっと新しい治療法を確立して神に挑むべきだって、勇んでいるんだよねぇ。
今回のこの病気のことで、もっとみんなが考え直してくれるといいなぁ。神へ挑むにはみんなの協力も必要だしねぇ」
「案外、他人の血は穢れっていう説を流したのは、神を語る悪意を持った何者かが、治療の発展を阻止するために流したうわさ話なのかもしれないね」
「そんな真実だったら、いくらでも皆を説得しようがあるんだけれどねぇ」
イクははぁ、とため息をつく。
「何にせよ、ここに並ぶ墓の数は四つも少なくなったわけだ。あたしが噂話にも負けずに生き残った意味はあるってわけだねぇ……そしてこれからも……今までのやり方ばっかりじゃなく、呪術師として、もっと他にできることがないか、試してみたいと思っているんだ。
そのために、あたし……家に帰ったら、また師匠の下で勉強しなきゃね。今回の病気と治療法についてもちゃんと研究しないと。あぁ、でもその前にきちんと勉強しないとなぁ……基礎が出来てないと新しいことを発見することは出来ないから」
「その修業はどれくらいかかりそう?」
「まだ一年以上かかるかなぁ……今年の交換会はもう終わっちゃったから、会えるのはまた来年かなぁ?」
「そっか……また寂しくなっちゃうね」
「いいじゃない。今年は病気を治すためにずっと一緒に居られたわけなんだからぁ。また、来年も変わらず会えるよぉ」
「そうだといいね」
言いながら、カムはイクの手を取る。
「ねぇ、実は俺さ。戦士として一人前になったら嫁を取る話が出てるんだよね」
カムが言い辛そうに告白すると、イクは露骨に嫌そうな顔をする。
「えー、そうなのぉ? 素直におめでとうとは言えないなぁ……カムに会えない時間も、カムと一緒に過ごしたこの一ヶ月間も、君のことが好きだっていう気持ちが芽生えていたからぁ……ちょっと嫉妬する」
最後だけ思いっきり低く、威嚇するような声でイクは言う。カムの角はその嫉妬の感情を敏感に受け取っており、ぞっとして肩をすくめた。
「わかってるって。だから、嫁の話は君のために断りたいんだ。一応三人までなら嫁をとってもいいことになっているけれど、俺は三人も愛せるくらい器用になる自信がなくって……だからさ、君を待つのはいいよ。待つのは構わないけれど、最後は俺の元に来てくれるよね? 待ったら報われるよね? 待ってて待ちぼうけなんか嫌だよ?」
「うひひひひ、当然じゃあない。待っててくれれば、あたしから君の元へと行くよぉ」
「笑い方怖いよ!?」
「ムウマージの笑い声なんてこんなもんだよぉ。お母さんもこんな笑い方だったしぃ。そんなことよりも、君が真面目にあたしとの結婚を考えてくれていて嬉しいなぁ」
「じゃあ、俺は待っていていいんだね?」
「もちろんだよぉ、期待して待っていてねぇ……でもちょっと師匠がなんていうか……」
「ん、何か?」
イクは結婚をすることに関しては非常に前向きだが、しかし気持ち以外のところでは少々一抱えあるようで。カムも胸の角で何となくそれを察したが、イクの感情が好意で満たされているため、深くは詮索しなかった。
「いや、何でもないよ、カム。っていうかさぁ、こんなところでこんな話してたら、皆嫉妬しちゃうよぉ、ほらあ」
イクは何もない中空を指さし笑う。
「いや、ほらって言われても見えないけれど……でも確かに、墓の前でするお話じゃあなかったかもね。場所を移そう」
二人は手を繋ぎながら場所を移し、今回の病気とは別件で家主が死んでおり、死んで今は間借りしている空き家へと身を寄せた。二人きりになったところで、イクとカムは火を熾し、身を寄せ合って暖を取る。
こうして近づいて、改めて相手の事をまじまじと観察すると、自然と言いたいことも湧いてくる。
「思えば、あたしもこの一年間師匠の下で頑張っていたけれど、カムもすごく頑張ってきたんだよねぇ。ずいぶんと拳や肘が使い込まれてるよぉ」
「わかる? 進化しただけじゃ全然強くなくって、兄貴にもおやじにも全然かなわなくってさ。毎日のように土と傷を付けられながらトレーニングの日々だよ」
「だよねぇ、たくさん鍛えたんだね? あたしも頑張ったんだけれどねぇ、見た目だけじゃ努力してるってわかりづらいから……わかってもらえるかどうか不安だったけれどぉ、でも沢山治療をしたから、努力の成果は十分見せられたよねぇ?」
「うん、治療している時の手際の良さは、呪術師の下で修業した成果が見えてたね。あと、君は努力が見た目じゃわからないって言ってるけれど、俺は君が努力してるのは一目でも見ればわかるよ? いや、見てもわからないけれど……」
「えー、どうしてぇ?」
「手の匂いが、すごく独特。沁みついているんじゃないかな? こうやって一緒になると、それが良くわかるよ。草の匂いとか、木の実の匂いとかが君の手から漂ってくるから。毎日薬草に触れていなきゃ、そんな匂いにはならないよ」
「あー……」
なるほど、そんな判断材料があったのかと、イクは自分のひらひらの手の匂いを嗅いでみる。刺激的だったり苦かったり甘かったり、確かに何とも言えない香りがする。
「ね、分かるでしょ? 他の誰とも違う匂いだから、良くわかるんだ」
カムはイクを誉めながら、彼女の手を握る。彼の突然の積極的な態度に慌てることもなく、イクはカムの手を強く握り返した。
「……そういえば、さっきの話に、戻るけれどさ。具体的にはいつ頃、俺の村に来れるのかな?」
「お師匠様が、全ての薬を一人で作れるようになってからじゃないと、嫁ぐのは許さないって言っていたよぉ。お師匠様が持ってる本を一つずつ書き写しながら、一人で作っているんだけれど、あと本の厚さにして二冊くらいかなぁ? 少なくとも来年以降かなぁ」
「そっか。待ちきれないな」
言い終えてカムが目を閉じる。目を閉じていると、そのほかの感覚が研ぎ澄まされる。彼女の体温は焚火に近いせいかあまり感じにくいが、燃え盛る炎の音にに紛れて聞こえる息遣い、そして何より角から伝わってくる彼女の感情を味わえる。
「きみを連れて帰る日が待ち遠しいよ」
「あたしは、君に迎えられる日を楽しみにしてるよぉ」
イクの言葉とともに胸に、甘く温かい感情が伝わってくる。
「ねえカム、今のあたしは何考えてるか分かる?」
「少しならね。『今連れて帰って欲しい』、とか?」
「本音はねぇ、そんな感じだよぉ。でも実際には、今すぐ連れ帰ってもらったら、師匠に怒られちゃうだけじゃなく、あたし自身がもしもの時に役に立てない可能性があるからさ。今から君の村に行くのは無理だってわかっているけれど、気持ちはそんな感じだよ……今すぐにでも君のそばにいたい。この治療の間にずっとそばにいてくれて嬉しかったからぁ、あたしはそんなことを考えていたよぉ」
カムの語る言葉にイクは頷き、言った。
「それだけじゃないってのは?」
カムが問うと、イクは無言だったが、彼の腕を取って胸元に抱きかかえる。
「そっか、言いたくない……『言葉にしたくない』と」
言葉ではなく行動で示すイクの行動にカムは微笑み、口を開く。
「そうだな、イク。こういう回りくどい言い方をするのは、まだ自信がないからなんだけれど、その……夫婦にならないと他の村からの移住は出来ないってのは前も言った通りなんだけれどさ」
カムが前置きをすると、イクはくすくすと笑って尋ねる。
「夫婦になるってのはつまるところぉ?」
意地悪な問いをされて、カムは恥ずかしそうに口元を歪めた。
「子供、作らなきゃね。その予行練習でもする?」
カムの真っ白な顔が真っ赤に染まる。熱くなった彼の顔に続くように、イクの顔も赤く染まり、そして顔を見せないように俯きながら肩を震わせ笑っていた。
「うひひひひひ……ひっひっひっひっひ」
「イク、さっきも言ったけれど、君の笑い方はやけに不気味じゃない?」
「生まれつきだよぉ……というか、ムウマ族ってみんなこんな感じみたいなんだけれど……その、さっさと結論まで言ってくれて嬉しいよぉ。あたし、恐怖以外の感情は実はあんまり感じるの得意じゃないから、カムがあたしと同じ気持ちでいてくれるか、正直不安だったんだよぉ……でも、カムならあたしの気持ちも気づいていてくれたんでしょう? だから、あたしの言って欲しいことを言ってくれるって信じていたよぉ」
「まあね。俺は半分答えを知っていたようなものだったからちょっと卑怯かもしれないけれど、最初っから……誘えば断られないのは分かってたよ。だから、その……いいんだよね? いまここで君を抱いても」
「うん……とりあえずやり方はお師匠様から教えてもらったから何とかなるはず。お師匠様ったら、旦那さんとの激しい行為を隠す様子もなくってぇ……ニャンニャン鳴きながら旦那さんに甘えるお師匠様は色々新鮮な光景だったよぉ。体の構造はあたしとは色々違うから真似できないこともあるけれど、その時見たことはちょっと参考にしちゃうよぉ」
イクが小声で恥ずかしいことを口にするので、聞いているこっちが恥ずかしくなり、カムは思わず顔を伏せた。
「イク、もうちょっと師匠の私生活を暴露するのは抑えてあげようよ……」
「あぁ、ごめんねぇ。ちょっとうれしくって舞い上がっちゃってさぁ……」
言いながらイクはカムの腕を抱く。
「いつでもいいよ、カム。あたしを抱いて欲しい」
イクはカムの耳にささやいた。暖かな吐息が耳に触れて、その感触に驚きカムの体が震える。
「……少し、歩こうか」
カムはイクの言葉とは全く脈絡のない提案をする。しかし、イクはそれに逆らうことなく、頷いたうえで彼の手をしっかりと繋いで、どこへでも行くよという意思を示した。
「あたしをどこに連れて行くの?」」
「わからない。ただ、ちょっと町を離れた所になると思う……この家、家主はもう死んでいるとはいえ、さすがにこの家でやるのはちょっとね……寒いと思うけれど、外でやろうよ。今すぐ、君を俺の村に連れて行くことは出来ないけれどさ。少しだけ、いい気分を味わってみたいと思ってさ」
「うん。いい気分っていうのは?」
「みなまで言わせないでよ。君を抱きたいんだ。抱きしめると、すごく温かくって、すごく落ち着くし……お互い楽しくって気持ちよくって……」
「まるで誰かを抱いたことがあるかのような言い方だねぇ?」
イクに痛いところを突かれて、カムは顔をそらしながら口をもごもごさせた。
「その、兄からの受け売り……」
「なんだー、具体的には知らないんだー」
「そうだよ……だから、期待してはいるんだけれど……失望されないか心配」
「大丈夫だよぉ、カムのお兄さんが言うなら、あたしも期待しちゃうよぉ、カム」
「そんな、期待されるとプレッシャーが……」
「そんなの、いいよ」
すでに二人は町から離れ、他人の感情もほとんど感じることが出来ない距離まで来ていた。そのためなのだろう、イクは弱気になったカムを励ますと同時に、大胆にカムへ口づけをする。
「むぐっ……」
カムは数秒の硬直、彼女の舌の感触と味を堪能しながらも、今の状況を冷静に振り返る。
「まだ早いよ、イク。誰かが見てたらどうするの?」
「もっと町から離れなきゃダメぇ?」
「俺はそう思うよ」
決心がつかない、というのもある。カムの心の準備が出来るまで、もう少しかかりそうだ。
「じゃ、もうちょっと待つよぉ」
しかしながら、イクの心情はもうやる気満々だ。胸の角に伝わってくる彼女の感情がむずがゆい。
「もう待ちきれないんだね」
「……すっかり体がその気になっちゃったよぉ。お師匠様のを見てから、ずっと君とそういうことをするのを考えて来てたんだからぁ」
「正直に言うと、俺もその……やりたい気持ちはあるんだよ? でも、なんだかそれで幻滅させてしまったりしたらどうしようとか、そんな気持ちばっかりが出て来て、怖いんだよ。喜ばれると思ってやったことが迷惑に思われたこととか、そういうのがわかっちゃうから、だから怖くって……」
「うひひひ……それなら大丈夫だよぉ。親切が裏目に出たり、失敗したりして、嫌な気持ちになることもあるけれどぉ。でも、ちょっと嫌な気分になっても、許しあえるのが大切な人だからぁ。一回くらい失敗したってあたしは大丈夫だよぉ
」
「うー……だめだなぁ、俺。女の子に励まされちゃって」
「まあまあ、そんなしょげずに」
大事な行為の前だというのにカムが意気消沈しているのを見て、イクは彼の大きなトサカがある頭を撫でて元気づける。励まされるだなんて情けない、と思いつつもその感触が気に入って、イクはしばらく彼女にされるがままに任せていた。
だけれど、いつまでもこのまま彼女に甘えているのでは格好もつかない。
「よし、そろそろいいかな?」
「やっとぉ? 心配性だねぇ」
「ごめん、正直に言うと、心の準備に時間がかかった。情けないけれど、君を初めて抱くと考えると、心臓がどきどきして止まらなくって。でも、今でいいの? その……君を抱くってことは、子作りをするってことだよね?」
「そうなるねぇ」
「男は子作りなんていつでもいいくらいだけれど、女の子は子供が生まれる可能性だってあるから、そう容易には行えないでしょう?
まだ君は呪術師の勉強は終わっていないわけだし、もしも子供が出来ちゃったらと思うと、大問題だし……やっぱり、子作りは君が村に嫁いでからじゃないと」
「まぁ、その時はその時だよねぇ」
「そんな楽観的な……」
「わかってるよぉ。まー、でも呪術師の技術を舐めちゃあいけないよぉ」
「と、言うと?」
「男の子の精液は、割と簡単に殺すことが出来るからねぇ。それさえどうにかすれば大丈夫だから」
「だから?」
「爆裂の種を体の中に入れれば……体内で爆発して精液は木っ端みじん。もちろん持ってきてるよぉ」
「いや、それ君も死ぬでしょ!?」
イクのとんでも発言にカムは思わずツッコミを入れるが、その様子を見てイクは笑う。
「うひひひひ……と、いう冗談はさておいて、目潰しの種を薄めて入れておけばかなりの効果があるんだよぉ。刺激が強いから三日おきくらいに使わなきゃだめだけれど、ちゃんとそういう薬もお師匠様が持たせてくれて……こんなの入れた覚えないのに、お師匠様は何を期待してるんだろぉ……」
「君のお師匠様、何を期待しているんだか……」
「でも、背中を押してもらった以上、あたしもその期待に応えるまでだよぉ。だから、ね?」
イクはカムの頬をつかみ、正面を向かせる。カムは琥珀色の眼球と、鮮やかな赤の瞳に見つめられると、皇帝以外の言葉を封じられたような気がした。
「あたしの思いを無駄にしないでよぉ?」
こうまで言われてしまえば、カムにはもう断るなんて選択肢は生まれない。
「うん……」
余計な言葉を挟まず、イクは頷くことで覚悟を決めた。でも、カムは具体的にどうすればいいのか分からない。角で情事の際の感情の動きを感知したことこそあるものの、覗き見なんてことはしたこともない。一応、机の上で勉強して知っていることは知っているのだが、それは最低限のこと。武術の動きを本だけで読んでも実感がわかないのと同じだ。
逆に、イクの方は一連の流れを見ている。種族は違えど、いろいろと参考になることはある。
「まずは……」
イクはお師匠様の情事を思い出す。お師匠様は何事も見て、やってみて学び、書くことで覚えろと言っていたから、イクは情事の時もそれをきっちりと記録し、記憶していた。
まずは、二人は準備をしなければならない。これからやることへ向けて、心と体の準備を整える。イクはお師匠様のやり方をなぞるようにして、カムに口づけをした。布のようにはためく彼女の手はカムの胸の角をくすぐるように。角を強くつかむと感覚は鈍感になるが、くすぐったり撫でたりすると、そこに意識が向かうためか角は敏感になる。
イク自身、胸元の赤い珠の性質がそうだから、カムも同じようなものだと思ってやってみたが、これが効果はてきめんだ。イクの感情は、カムへの好意と興奮で満たされている。それはカムにとっては媚薬のように胸の角を刺激して、彼の官能を高める力があって、それをくすぐりによってさらに敏感にされたとあれば、気持ちの高ぶりは抑えようもない。
カムの円盤状に広がった下半身からは、真っ白な胴体にはふさわしくないほどに赤々とした肉棒が、少しずつその体積を増していく。萎えていた時は体内に収納されていたそれも、興奮に合わせて肥大化していた。
「思えば、私たちは何を話しても楽しいし、きっと相性がいいんだろうねぇ」
「みんなそう言っているよ。テルもナグも、俺の父さんや兄貴もね」
テルとナグ、というのはイクとカムの移動のためについてきてくれたドンカラスとヨルノズクだ。この旅の最中、イクとカムがいちゃついているところを何度も見ていたが、彼らからみてもそういう印象だったという事だ。
「これが君の? へぇ、あたしが知ってるものより大きい」
小さく震える彼の肉棒は、お師匠様の家で見たゴウカザルの物よりも大きい。それは単純な体格の差というのもあるし、近くで見たからそう感じるというのもあるが、純粋に彼のサイズがそれなりというのもあるのだろう。
「そう、大きい? 最近は見ていないけれど、兄さんの方が大きいと思っていたけれど……」
「そうなのぉ? でも、大きさが大きければいいものじゃあないからねぇ。楽しませたいと思う男気の方が大事だって、お師匠様は言っていたよ。カムにはもちろんあるよねぇ?」
イクはカムへと挑発的な視線を送る。
「気持ちがあっても、技術が追いつくかどうかは……」
「大丈夫、気持ちは伝わるよぉ。ためしに、あたしを喜ばせてみてよぉ?」
自信のない言葉を吐くカムを黙らせるように、イクはカムを元気づける。
「言葉では、分かってるんだけれど……『体を優しく撫でてやれ』。『卵をつかむつもりで優しく体を抱いてやれ』って言われてたっけ……」
「ほほうほほう。じゃあ、それをカムなりにやってみて」
イクはふわりと浮かせた体をカムの前にさらけ出す。ごくりと唾をのんだカムが彼女の体を抱き、案外やわらかい角を彼女の体に押し付ける。彼の角は抱擁するときにも邪魔にはならないよう、しなやかに曲がる柔軟性がある。その角は余すところなく彼女の感情をキャッチして、これなら相手が楽しんでいるかどうかは手に取るようにわかる。
女を抱くときは卵をつかむつもり大事にで抱けと言われた通り、カムは彼女のことを最低限の力で抱く。少し物足りない気がしていると、彼女の方から強い力でこちらを抱いてきた。
ならばと、やり返すようにカムも彼女のことをさっきよりも強く抱きしめる。苦しくないように、と配慮はしているし、嫌がるそぶりは見えないのできっとこの力加減は間違っていないはずだ。
カムはそのまま、イクを抱いていた腕を下半身へと伸ばした。背中に回していた右腕を、彼女の体をなぞるようにして下へ。ひらひらとしたスカート状の器官に隠された尻を撫で、そのスカート状の器官をめくりあげて、弾力のある胴体に触れる。彼女の胴体には、股座を閉じて、大事なところを隠すことが出来る邪魔な足は存在しない。こうして触れられたら、その動きを妨害するには体ごと暴れでもしなければいけない。イクはこそばゆいのかいじらしく体をもじもじしているが、そこまでする気概は無いらしい。
イクの尻のふくらみを優しく揉み、滑らせるように撫でる。体の後ろ側の、普段は誰にも触れられない無防備な場所を官能的な手つきで触れられる。イクは初めて他人にその場所を触られることで緊張しているのか、体が少し固い。
カムはこんな前戯よりも、このまま押し倒して乱暴に突き入れてしまいたい衝動が湧き上がってくるが、まだその時ではないと理性でそれを食い止める。はやる気持ちを抑えて彼女の緊張をほぐすことに集中し、しつこいくらいにその場所を触っている。
イクが尻を触られることに慣れて、体の固さがほぐれ、触られるたびにピクリと暴れていた反射的な動きがなくなってきたところで、イクはさらに手前側にある彼女の割れ目に指を置く。
「触っても大丈夫?」
「うん、問題ないよぉ」
彼女の割れ目を指で優しくなでていると、少しずつそこらへんに湿り気が帯びていく。汗のような湿り気と思ったが、少しずつ量が増えていくうちにとろりとした鼻水のような液体であることが認識できる。指の動きは、先ほどまでぎこちなかったというのに、その粘液がにじみ出てくれたおかげで、指の動きが非常にスムーズになっていく。
「カム、すごく気持ちいいよ」
「イクは、こんなんでいいの?」
「……どうかなぁ。一人でやってるともっと早く気持ちよくなるんだけれど……でも、気持ちよさだけの話じゃあないみたい。誰かの抱かれて、誰かに触られるってのはすごく幸せだねぇ」
「そっか……そう言ってもらえるなら安心だよ」
「安心だけでいいのぉ、カムぅ? あたしを抱きしめていて、それだけで満足じゃあないよねぇ?」
イクは言いながら、カムの肉棒を布のような手を巻き付けて挑発する。
「そうだけれど、でも、焦りすぎちゃいけないでしょ? ゆっくり、ゆっくりとさ」
イクに触れられたカムの肉棒が元気よく跳ねる。イクはそれをしっかり握りしめて、彼の脈動を確かめている。暖かくて、元気が良くて、これは活きが良い。
「そうだねぇ。じゃあ、あたしの中を慣らしてくれるかなぁ? いきなり、その大きなものを入れられたら、あたしも少し痛いかもしれないからぁ」
イクは彼の肉棒を手で愛でながら、甘えた声と眼差しをカムに向ける。彼の肉棒は、準備を初めてからというもの、がちがちに怒張したままだ。これに収まりをつけるには、やはりそれなりの区切りが必要になりそうだ。
「慣らすのは指で……大丈夫だよね?」
「そうだよぉ。自分で弄るときもそうだからぁ」
「女の子も自分でやるんだ? そんなの擦るのは男だけだと思ってた」
「やるよぉ。いざという時に備えておけってお師匠様も言っていたから。女の子はこっそりやってるからバレてないだけじゃあないかなぁ?」
「じゃあ、あの時角で感じてたのは……、そういうことだったのか……」
「えー……その角でバレているとしたらとても恥ずかしいねぇ……でも、カムにならバレてもいいかなぁ」
「俺なら何がばれても大丈夫? むしろ心の中を読んでもらいたいって感じだね?」
「むしろ、あたし自身が知らないところまで知ってくれたら嬉しいなぁ。だから、どうすればあたしが一番喜ぶかとか、そういうのまで知ってくれると嬉しいよぉ。そうだ、私のどこが一番気もいいかも、カムが見つけてくれたら嬉しいなぁ」
「えー……そんな、難しいことを頼むなぁ……頑張るけれどさ」
「うひひ……」
イクははにかんで見せながらカムの胸にうずくまる。彼女の後頭部を撫でながら、これから先どうすればいいかわからないカム。このままずっと彼女を愛でているだけでも永遠に時を過ごせそうな気さえしているがそれはそれとして高ぶった下半身の欲望も耐え難い。
鎮めるには、それなりの準備が必要だ。彼女の大事なところを少しずつ指で慣らして、自分のものを受け入れてもらえる状況を作っていかなければいけない。不定形グループに属する彼女だ、体の柔軟性は高い方だが、それでも無理やり突っ込もうとすれば、双方が痛い事は火を見るよりも明らかだ。
カムは慎重な手つきでイクの膣周りを撫でる。慣れない場所を触られて、イクは体をむずがゆそうに動かしている。触れられている場所とは待ったく違う、手や首までももじもじといじらしく動かす姿を見るに、彼女は本当にこの会館に慣れていないのだろう。
そんな初心な彼女の体は、刺激を受け続けるごとに官能も高まり、吐息も少し甘いものが混じってゆく。少しずつ刺激にも慣れてきて、ぴくぴくと目立った反応をすることはなくなったが、体をぎゅっと縮めて快感を受け入れる姿勢を取っているのは見ているだけでも興奮を誘う。
彼女の下半身にある裂け目、膣の周りをなぞるだけだったカムの指使いも、押したり揉んだり、尿道付近をこすったりと少しずつ大胆になり始め、そのたびにイクは体を小さく震わせ喘いでいる。
「カム……」
「なに?」
「大好きだよぉ」
なんて、甘えた声とともにイクに強く抱きしめられると、カムの体にはより一層の熱が帯びた。
「俺も」
なんて、簡単な言葉で返したカムは、次の段階に進んでやろうと、指を彼女の中へと突き入れる。生暖かい粘液が指に絡みつくとともに、グニグニと締め付けてくる。これが指ではなく、肉棒であったらどれだけ気持ちよいのだろうと思いながら、指をゆっくりとひたすら前後する。
最初は少しばかり締め付けが強く、まだ相手の体が出来上がっていないといった様子だったが、慣れてくると彼女の体は痛いくらいに締め付けてくるのではなく、無理なく締め付けるような調子に変わる。
一本の指しか入らなかった彼女の体も締め付けが緩くなって、次第に二本目を受け入れるようになり、指が増えたことで増した下半身に与えられる圧迫感からか、彼女の甘い声はより一層大きくなる。次第に呼吸は荒く、深くなっていき、言葉はなくともすがるような眼や手つきはまるで、母親に甘える赤子のように甘えている。
受け入れられた指は、もう抵抗も少なく出し入れできる。気づけばイクはせわしなく体をずらしながら震える吐息を吐き出している。もう体は十分に出来上がっているようだ。もちろん出来上がっているのは体だけではない。カムの胸の角は、イクの期待も悦楽も敏感にとらえたいた。
「もう大丈夫かい?」
抱いていたイクをカムが問うと、イクはどちらと答えればいいのか分からず恥ずかし気に目を伏せる。
「わからないけれど……頑張るよ」
潤んだ瞳がカムをとらえる。黒い眼差しではなかったが、逃げられなくする効果に関しては十分すぎる。
「君が頑張らなくってもいいように、こっちも上手くやれるようにする」
カムは一度深呼吸をして、イクの顔をそっと撫でる。イクは「うひひ」と小さく笑って返し、カムへの揺るがない信頼と好意を示した。
いよいよ、だ。童貞のカムが、それを捨てる時が来た。今までさんざんこねくり回していたイクの体に、自身の肉棒を詰め込んでいけばいい。イクは痛くないのだろうかとか、いろいろと心配なところはあるけれど、なるようになるさとカムは意を決する。
彼女のふわふわと浮いた体をがっちりと掴んでカムはそのままイクを木の幹に押し付けて固定する。ひらひらとしたスカート状の膜をサイコパワーでめくりあげて、よく見るようにしたところで、自身の昂る肉棒を彼女の中へと差し込んでいく。
温かみのある胎内に導かれた肉棒が、イクの体の中で揉み解された。外気に触れられた時は痛いくらいに冷たかったが、中に差し込んだ先端はそれだけで癒されるほどに温かい。
イクはカムの肉棒を受け入れても笑顔を崩さずにいて、胸の角で感知する限りでは、カムがもっと積極的になることを望んでいる。彼女に負担をかけないようにと精一杯気を遣っていたカムだけれど、どうやらその気遣いはそこまで必要ないようだ。
あくまでゆっくりとだが、彼女の割れ目の中にずぶずぶと肉棒を沈めていくと、締め付けられる感触が性器全体へと広がって、それだけでとろけそうだ。前へと押し付けても、ちょっと引き抜くように力を込めても、思考が解けるような快感に脳が蝕まれる。
けれど、不思議と本能のままに腰を動かし、果ててしまおうなどとは思わなかった。冷静に彼女の表情、彼女の感情を見る。慣れない感覚にどぎまぎしている様子こそはあるものの、しっかり慣らしたおかげもあってか、痛みや苦しみらしいものは感じていない。
「……一人で気持ち良くなる練習してきたけれど、人の手を借りるのもいいもんだねぇ。手じゃないけれど」
「こういう事の練習なんてするの?」
「するよぉ? 一人でこの手を自分のところに差し込んで、出し入れして……気持ちいいんだけれど、寂しいんだよねぇ。ところで、練習といえば、男は毎日しているっていうけれどぉ、カムは練習してたのぉ?」
「あれは……練習っていうのかな? 毎日しているというのは否定できないけれど」
「へぇ、お元気だねぇ。カムはどう? 練習よりも気持ちいい?」
「まだわからないよ。ただ、気持ちよいというよりかは、ここが……すごく心地いい」
カムは自分の胸にある赤い角を指さし、微笑む。
「この心地よさのせいで、そう、ここの気持ちよさは……なんだかどうでもよくなっちゃうくらいに」
カムは自身の肉棒を苦笑しながら言う。
「いいねぇ、羨ましいねぇ。人を幸せにすれば胸が気持ち良くなるんだなんて」
「こ、これに関しては生まれつきのものだし……」
「じゃあ、あたしも生まれつきの能力を使って楽しんでもいいよねぇ?」
「な、なにする気!?」
イクが何かよからぬことを企んでいるのだけは分かる。イクはカムに抱かれ、繋がったままカムの胸に顔をこすりつけて、何事か呟いている。それに耳を傾けていてもなんら意味は分からなかったが、聞いているうちに頭がふわふわとした感覚になり、平衡感覚が少しずつ希薄になっていく。
たまらず、カムはイクと位置を入れ替えて、木の幹にもたれかかる。
「あれ、なんか変……何かした?」
「んー……これはねぇ、こういう時により楽しめるようになる呪文。お師匠様の旦那様に使ってみたら、ちょっとお酒に酔ったようになる代わりに、すごく気持ちよくなるって太鼓判を押してくれたよぉ」
「君は親代わりの夫婦にいったい何をしているんだい!?」
「えー、恩返しだよぉ。もちろん、カムにも恩返しのつもりで。いろいろな呪文があってねぇ、人を怖がらせたり不幸にさせる呪文もあるけれどぉ、カムには楽しんでもらいたかったからねぇ」
イクは言いながら、キラキラと潤んだ瞳で見上げてくる。カムも釣られて笑顔になっていると、徐々に呪文で狂わされた平衡感覚も取り戻してきた。
気づけば、先ほどよりも体が熱くなっている。イクがひらひらとした腕を伸ばしてカムの体に触れると。触れられた場所がいつも以上にくすぐったい。
「ちょっと、イク……くすぐったいよ」
「でも、悪くないでしょう?」
「そりゃ、君になら……」
「そんなことよりぃ、こっちはどうなのぉ?」
イクがカムの体を下になぞる。そうして、下半身に意識をやると、こちらにも今までにないくらいに熱がこもっているのが感じられた。
「さぁ、好きに動いてみてよぉ、カム」
意識をしっかりと下半身に向けさせたところで、イクは挑発するような笑みを見せる。
「わかった、やってもいいんだね?」
「やりたいくせにぃ」
「そりゃ、当然。だけれど、誘ったからには覚悟はいいよね?」
「当然だよぉ」
意を決してカムも体を前後に揺さぶっていく。抱きしめたイクへ負担を与えないよう、彼女の体は極力揺さぶらないようにと思っていたが、その気遣いは無用だったようで彼女は自分から進んで体を動かしている。待ってるだけじゃじれったいのだろう、自分から動いてどん欲に快感を欲する様は、今まで女の体を知らなかったカムには強すぎる刺激だ。
女性がこんな反応をする、と知っただけで、下半身にくすぶる快感も、滾った血流も増してしまう。
カムが腰を引けば彼女も逆方向へと体を揺さぶり、カムが腰を突き上げれば、イクは逆に自身の下半身を押し付けるように動く。最初こそ歩調が合わずにちぐはぐな動きになっていたが、より大きな快楽を得ようとするうちに、どちらともなく同じリズムを刻むようになる。
その時に感じる快感たるや、ちぐはぐだったころよりもずっと気持ちいい。
「イク……具合はどう?」
「いいよぉ。いまだかつてないくらいにいいよぉ」
息切れ交じりに二人は声を掛け合い、より強い快感を受け取っていく。自分たちの動きがぴったりと息があっていると自覚するころには、もうカムも歯止めが利かないくらいに昂っていた。カムは零れ落ちる唾液を掬い取る余裕もなく、向き合っているイクの体に唾液が零れ落ちるのも気にしない。
イクもまた、そんな細かい事を気にしている余裕はなかった。
「イク、もう出しちゃうよ」
「うん」
イクは頷くだけだ。どんな言葉を返せばいいかわからないのもあるが、返す余裕もない。気づけば、小さな声を上げてカムは射精していた。達した後は、そのまま押し黙って波が過ぎるのを待ち、肉棒の痙攣もだいぶおとなしくなったところで、彼はふぅと息をつく。
「どうだった、イク?」
「うーん、寒い外なのに、なんというかとっても暖かい気分だよぉ」
「そっか、俺も」
「でもぉ、このままじっとしていると寒くなっちゃうからぁ、体を洗ったらすぐに部屋に帰らないとねぇ」
イクは、言い終えるなり大きなため息をついた。全身を使って動いていたこともあって、彼女はそれなりに消耗しているようだ。
「この状況で水浴びかぁ……風邪ひかないように注意しないと」
「毛が多い種族じゃなくってお互い良かったねぇ」
「ほんと」
他愛もないような会話をしながら二人は村の近くを流れる川辺まで赴いた。凍りそうなくらいに寒いので、体を洗うとはいっても最小限。目立った汚れと、体の中の精液を洗い落とした後は、イクは妊娠しないようにと師匠から受け取った薬を膣の中に挿入した。それを終えたら、体を温めるためにも大急ぎで走って間借りしている家に戻り、火を熾して暖を取った。
二人はその後、寄り添って火を囲う。このまま肌を密着させているだけでも十分に心地よいが、そのままでは少し気まずいからと、イクの方から口を開く。
「あたしの勉強、まだまだかかるけれど……カムも、待っててくれるんだよねぇ?」
「当然。俺はそんな風に約束をつまらない破り方はしないよ」
「だよねぇ……でもこっちが約束しきれるかどうか」
「ん、何?」
イクはカムの言葉に安心しつつ、少し後ろめたさを感じている。やはり、カムに対する好意は間違いないので、カムは深く触れることをしなかった。
「未来のことは分からないことばかりだけれど、きっと上手くいくさ。俺達、仲いいからさ?」
「うん」
難しい言葉は言えなかったが、互いにそれだけで十分だった。無粋な言葉を交わすよりも、隣にいるだけで安心するお互いのぬくもりを信じる方が、よっぽど手っ取り早くて、よっぽど信頼できる。
「今年は参加できなかったけれど、また今度の交換会で会えるといいねぇ」
「うん。来年は村のみんなのお使いもしなきゃなぁ……うまくいいものと交換出来ればいいんだけれど」
「その時はあたしが一緒に探すよぉ。二人で頑張れば交換もきっとはかどるからぁ」
「うん、その時はよろしくね」
二人は、手を握りながら横になり、言葉を交わさずにずっと寄り添いあう。やがてどちらともなく眠りについた。
その後、二人は治療の経過を見守りながら、流行り病が収束するまで、今回の治療の研究成果をまとめていた。すべての生き残った患者の治癒が確認できたら、周囲の村への蔓延がない事を聞きこんで回り、それが終わったらようやく二人は別れてそれぞれの村に帰って行った。
季節はもう、冬を過ぎて春が訪れていた。
イクはその後、研究成果を師匠に報告し、さらなる研究を師匠とともに続行する。今回のような死病はもちろん、そうでなくとも厄介な病気を早くに治す方法があるならば、それを利用しない手はない。
そのため、師匠はまず薬剤を体内に直接埋め込む方法を模索した。ハブネークと似た構造の牙を持った小型の蛇の牙を使い、そのはらわたを乾燥させたものに血液の上澄みを集めて、それを体内に直接打ち込む方法を考案した。
それを使って治療をしてみたが、思いもしない症状が発生して患者が死にかけたり、同じ病気に罹っているはずなのに血の上澄みが薬にならなかったりと、まだまだ分からないことだらけ。
その法則性を探ろうにも、人口の少ない小さな村、その周辺にあるものを合わせても大した数ではないので、研究が進むのはゆっくりになりそうだ。だが、師匠はゆっくりやればいいさと、焦ることなく結果を記録し続け、いくつもの仮説を立てながら、その仮説を裏付ける結果を見つけようと躍起になっていた。
そうして、あっという間に冬が訪れその次の交換会の日。二人は適当にお目当ての物を物色しながら、お互いの姿を探しあい、そして再会を喜びあった。
「久しぶり、カム。会いたかったよぉ」
「こちらこそだよイク。元気にしてた?」
「してたけれど……君のことを思っていると、たまにだけれど手が止まっちゃってねぇ。それで、お師匠様に良く頭をはたかれてたよぉ」
「気が合うね。俺も君のことを考えていたら訓練に身が入らないこともしばしばで、たくさん怒られちゃったよ」
似た者同士だと、二人は笑いあう。
「それでねー、カム。ちょっと言いにくい事なんだけれど……」
「え、ど、どうしたの?」
唐突にイクが思わせぶりな話をしだすので、カムは慌てた様子で問う。
「研究が楽しすぎて、村から離れたくなくなっちゃったんだけれどぉ、逆にカムがうちの村にくることってできる?」
「え……!? あ、うん……親父に相談する……よ」
嫁にくる側であるはずイクのまさかの申し出に、カムは間の抜けた声で反応するしか出来なかった。
「本当? ありがとうだよぉ」
当初の予定は狂ったが、二人は型にはまることなく幸せな家庭を気付いたとか。
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水のミドリさんからのリクエストで書かせていただきました。
ミドリさんのリクエストはムウマージ♀とエルレイドのカップリングで不定形グループらしさを出して欲しいとのことでした。最初はエルレイドの性別が指定されていないじゃんやったぁ! などと思っていましたが、エルレイドの性別が固定であったことを5秒後くらいに思いだしましたのでNLで書かせていただきました。
ポケモンの世界だと、医学も人間の世界とは全く違う発展の仕方をしたんじゃあないかと。そんなことはともかく、不定形らしく、型にはまらないことをしている主人公なんてどうだろうと思い、このようなお話に落ち着きました。
この後、イクは立派な研究オタクになりましたとさ。
ちなみに、文字数は大幅にオーバーしておりますが、[[主催から5万文字までなら許可する>https://twitter.com/aqua_drunk_bird/status/970337682554421248]]と言われたので、気にしないことにしました。
***コメント [#Thwi0oP]
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