[[トップページ]] 作者[[亀の万年堂]] 更新履歴 09年9月1日 投稿 11年1月29日 加筆修正 --------------- #contents --------------- **地面に電気を通す&ruby(レシピ){方法}; [#nec89e1a] ***まずは食材を手に入れましょう [#f87dbdd6] 世の中には「ふかひれ」なる食べ物が存在するらしい。何でも一部の地方の一部の街でのみ作られている食べ物で、ものすんごく高いとか。どれくらい高いのかというと、”にんげん”が一生働いてお金を稼いでも買えないくらいらしい。オレにはお金のことはよくわからないけど、とにかく手に入らないものなんだっていうことだけはわかる。そしてそれだけきちょーな食べ物なんだから、きっとものすんごくおいしいんだろうなということも。 でも、オレにとって「ふかひれ」は食べ物以外の意味でも大事な言葉として刻み込まれていた。何故ならそれが名前なのだ。オレの。 世の中には「ふかひれ」なる食べ物が存在するらしい。何でも一部の地方の一部の街でのみ作られている食べ物で、ものすんごく高いとか。どれくらい高いのかというと、”にんげん”が一生働いてお金を稼いでも買えないくらいらしい。オレにはお金のことはよくわからないけど、とにかく簡単には手に入らないものなんだっていうことだけはわかる。そしてそれだけきちょーな食べ物なんだから、きっとものすんごくおいしいんだろうなということも。 でも、オレにとって「ふかひれ」は、食べ物以外の意味でも、大事な言葉として刻み込まれていた。何故ならそれが名前なのだ。オレの。 オレはこの世界に生まれて一瞬で「ふかひれ」と名前をつけられた。そしてすぐに”もじゃもじゃの大きくて体の硬いにんげん”に抱きしめられた。”にんげん”はオレが生まれたことがとっても嬉しかったらしく、「うおーん、うおーん」と声を上げながらオレにすりついてきていた。その時のオレは何も知らなかったから、そうされることで何だかとっても嬉しくなって、安心していた。よくわかりもしないで、自分のことを抱きしめている変な生き物のことを自分の親だと思い込んだ。 オレはこの世界に生まれて一瞬で「ふかひれ」と名前をつけられた。そしてすぐに”もじゃもじゃの大きくて体の硬いにんげん”に抱きしめられた。”にんげん”はオレが生まれたことがとっても嬉しかったらしくて、「うおーん、うおーん」と声を上げながらオレにすりついてきていた。その時のオレは何も知らなかったから、そうされることで何だかとっても嬉しくなって、安心していた。よくわかりもしないで、自分のことを抱きしめている変な生き物のことを自分の親だと思い込んだ。 いやいや、別にそれは間違っていないんだ。今でもあの”にんげん”はオレの親なのだ。色々わかった今ならわかるけど、オレをタマゴから孵すのはものすんごく大変なことなのだ。それをしっかりとやり遂げて生んでくれたのだから、あの”にんげん”は間違いなくオレの親なのだ。その目的はともかくとして。 でも、オレはその親から離れた。長い間一緒にいた親から離れたのだ。そうしなければオレは今頃”ふかひれ”になっていたに違いない。”ふかひれ”として売り払われてしまっていたに違いない。 でも、オレはその親から離れた。長い間一緒にいた親から離れたのだ。そうしなければオレは今頃”ふかひれ”になっていたに違いない。”ふかひれ”として売り払われてしまっていたに・・・違いない。 何のために生まれてきたのかとか、今までのは何だったのかとか、そんなことは考えなかった。ただ思ったのは、オレは”ふかひれ”以外の何者でもないということだけだった。そうでなければ、親であるあの”にんげん”がオレのことを子として正しく見てくれたはずなのだ。 何のために生まれてきたのかとか、今までのは何だったのかとか、そんなことは考えなかった。ただ思ったのは、オレは”ふかひれ”以外の何者でもないということだけだった。そうでなければ、親であるあの”にんげん”がオレのことを子として正しく見てくれたはずなのだ。でも、 今でも思い出すと寒気がする。全てが壊れてしまったあの日。オレがただ売られるためだけに生まれてきたと知ったあの日。あの”にんげん”の目の色の意味がわかったあの日。 幸いだったんだろう。生まれた時の姿ではなく、今の姿になれたということは。あの”にんげん”からすれば、それは不幸以外のなにものでもなったんだろうけど、オレはそのおかげで逃げられたのだ。姿が変わったことで得られた誰にも追いつけない速さで、この誰も近づかない洞穴に移れたのだ。 幸いだったんだろう。生まれた時の姿ではなく、今の姿になれたということは。あの”にんげん”からすれば、それは不幸以外のなにものでもなったんだろうけど、オレはそのおかげで逃げられたのだ。姿が変わったことで得られた、誰にも追いつけない速さで、この誰も近づかない洞穴に移れたのだ。 ここにはオレ以外誰もいない。いる必要もない。もしも誰かが近づいてきたとしても、今のオレにはそれを跳ね除ける力がある。なんだって砕ける爪がある。どこへだって飛んでいくことだってできる。そうだとも、オレはもうただあの”にんげん”にすがることしかできなかった子どもじゃないんだ。オレは一人でなんだってできるのだ。 ここにはオレ以外誰もいない。いる必要もない。もしも誰かが近づいてきたとしても、今のオレにはそれを跳ね除ける力がある。なんだって砕ける爪がある。どこへだって飛んでいくことだってできる。そうだとも、オレはもう、ただあの”にんげん”にすがることしかできなかった子どもじゃない。オレは一人でなんだってできるのだ。 ぱしゃっ ・・・水が跳ねる音がした。外の森から何かが来たみたいだ。ここにわざわざ入ってくるということは、間違いなくここらに住んでいる奴らじゃない。連中はここがただ暗くて狭いだけの洞穴だということはわかっているし、何よりもこのオレがいることを知っている。大抵の奴はオレの姿を見て逃げ出すし、何とか近づこうとしてきた奴らもオレが驚かして散らしてやった。だからここには誰もくるはずがないのだ。――今来ているような、何も知らない奴以外は。 ・・・水が跳ねる音がした。外の森から何かが来たみたいだ。ここにわざわざ入ってくるということは、間違いなくここらに住んでいる奴らじゃない。連中はここがただ暗くて狭いだけの洞穴だということはわかっているし、何よりもこのオレがいることを知っている。大抵の奴はオレの姿を見て逃げ出すし、何とか近づこうとしてきた奴らもオレが驚かして散らしてやった。だからここには誰もくるはずがないのだ。――そう、今来ているような、何も知らない奴以外は。 「いるのかぁ!?」 洞穴にうるさく響き渡る大きな声に「何がだ」と、言いたくなるけど反応はしない。というか、いきなり「いるのかぁ!?」はないんじゃないか? オレはこいつが誰だか知らないし、こいつが誰に言ってるのかもわからないし、とにかくわけがわからない。 「よしっ! いるなっ!」 だから何がいるというのだ。そしてこいつは何をもってここに何かがいると判断して・・・何だかイライラしてきた。面倒くさいけど、とりあえずこのうるさい奴を追い出してやろうか。 「おっ! やっぱり、ここにうおおおおおおおおおおっ!? でっけえええええええええええ!!!」 お前がドチビなだけだ。面倒くさいから口には出さなかったけど、実際立ち上がって近づいて見てよくわかった。オレの前でうるさく騒いでいる生き物は小さかった。とにかくドチビだった。これくらいなら ぷちっ と踏めるかもしれない。もちろんそんなことはしたりしない。そもそもそんなことをしなくても、ここまで来れば大抵の奴が帰って お前がドチビなだけだ。面倒くさいから口には出さなかったけど、実際立ち上がって近づいて見てよくわかった。オレの前でうるさく騒いでいる生き物は小さかった。おまけに何かに潰されたのかと思うほど平べったい。つまりはドチビだった。これくらいなら――すでに潰れているけど、ぷちっと踏むのに丁度いいかもしれない。もちろんそんなことはしたりしないけれど。そもそもそんなことをしなくても、ここまで来れば大抵の奴が帰って 「よっしゃー! くらいやがれっ!」 ばちばちばちばちー、ぷすん ・・・帰るどころか、何だかよくわからないが”全身をばちばちさせて光をとばしてきた”。「くらいやがれっ!」とか言っているけど、くらっても何の痛みもない。今日は外に出ていなかったのでまぶしかったけど、それだけだった。一体こいつは何をしているのだ? 「ななななななにぃ!? な、なんで効かないんだよー! 反則だぞー!」 ”はんそく”? ”はんそく”ってなんだ? オレのことか? オレの名前が”はんそく”なのか? それとも今のが効かなかったのが”はんそく”なのか? というか”はんそく”の意味がよくわからないし・・・ もう何もかもがわからないけど、とりあえずこいつはオレのことを馬鹿にしているらしい。こんなみみっちい奴に何を言われても気にはならない。――けど、やっぱりうるさいのは気に障る。一向に出て行く気配もないし・・・よし、つまみ出そう。 もう何もかもがわからないけど、とりあえずこいつはオレのことを馬鹿にしているらしい。こんなみみっちい奴に何を言われても気にはならない。――けど、やっぱりうるさいのは気に障る。一向に出て行く気配もないし・・・よし、つまみ出そう。よいしょ 「こるぁー! ひょいってつまむんじゃねー! オレはものすっごーく強い”ラクライ”様なんだぞー! こわいんだぞー!」 「うおわわっ!? ここ、こるぁー! ひょいってつまむんじゃねー! オレはものすっごーく強い”ラクライ”様なんだぞー! こわいんだぞー! 聞いてるのかこる、ぐあっ!? ぶ、ぶつけるな! 痛いぞっ!」 本当によく喋るうるさい奴だ。両手で抱え込んでいるから体を動かせずに口だけしか動かせないんだろうけど、よくもまあここまで・・・というか、”ラクライ”ってなんなんだろうか? 口ぶりからしてこいつの名前なんだろうか? これから洞穴の外に放り出せばこいつとも会うことはなくなるだろうけど、”ラクライ”って名前は何となくいい響きに感じられる。 本当によく喋るうるさい奴だ。両手で抱え込んでいる、というかつまんでいるから、体を動かせずに口だけしか動かせないんだろうけど、よくもまあここまで・・・というか、”ラクライ”ってなんなんだろうか? 口ぶりからしてこいつの名前なんだろうか? これから洞穴の外に放り出せばこいつとも会うことはなくなるだろうけど、”ラクライ”って名前は何となくいい響きに感じられるが――お、外に出たな。よいしょっと 「うわぶっ!? お、おい! もーちょっと丁寧に扱えよなっ!」 いきなりよくわからない光を浴びせてきて何を言っているのだ。痛くなかったし苦しくなかったからいいものの、これで何かあったら即刻バラバラにしてやってるところだ。それをこうしてつまみ出すだけにしているのだから、感謝くらいしたっていいのに。 「くっそー! 覚えてろよー! 次は絶対キメてやるからなー!」 ・・・次? 外に出たことで、今のうるさいドチビが緑色をしたひらべったい生き物っていうのはわかったけど、今あいつ”次は”って言っていたのか? それってつまり・・・。 外に出たことで、今のうるさいドチビが、ひらべったいだけじゃなくて緑色の体をした生き物っていうのはわかったけど、今あいつ、”次は”って言っていたのか? それってつまり・・・。 オレが今日初めて太陽の光を浴びて考え込む中、”ラクライ”は凄まじい勢いでオレの傍から去って行った。 ***次に食材を洗いましょう [#z5dc75e0] 平和っていうのはそれが乱されて初めて実感できるものだと思う。住む所を追われたり、強い敵に襲われたり、体を壊したりした時に、「ああ、あの時は平和だった」なんていう風に言ったりするのだ。そしてもうちょっとでいいからその平和な時を味わっておけばよかった・・・などと後悔したりするのだ。――今のオレのように。 「離せよー! ぶっ飛ばすぞー!」 昨日のドチビは今日もオレの所へとやってきていた。そしてあの意味のわからない光をぶつけてきた。オレにはそれがなんの効果もないことは昨日の時点でわかっているはずなのに、このドチビはばちばちと光りまくっていた。おまけにまた”はんそくだー”などと騒ぎ始めるし・・・一体なんなのだこいつは。 「こんにゃろー! この”ラクライ”様をなめてると、今に後悔するぞー!」 確かに後悔しているかもしれない。昨日の時点でバラバラにしておけば、今日の朝っぱらから眩しい思いをしなくてすんだのだ。オレの両手に不安定ながらも挟まれて身動きがとれず、口だけ動かしてギャーギャーとわめくドチビを見ながらそう思った。 だけど、オレは今まで誰かをバラバラにしたことなんかない。本当はそんなことは一度もないのだ。このドチビ・・・程ではないにしろ、しつこい奴らに絡まれた時もイライラはしたが、あくまで追い返すだけだった。殴ったり引っかいたり噛みついたりするなんてとんでもない。オレはもう、あの”にんげん”の所にいた時にそういうのは懲りているのだ。 確かに後悔しているかもしれない。昨日の時点でバラバラにしておけば、今日の朝っぱらから眩しい思いをしなくてすんだのだ。オレの両手に不安定ながらもつままれて身動きがとれず、口だけ動かしてギャーギャーとわめくドチビを見ながらそう思った。 とはいっても、実のところは、オレは今まで誰かをバラバラにしたことなんかない。本当はそんなことは一度もないのだ。このドチビ・・・程ではないにしろ、しつこい奴らに絡まれた時もイライラはしたが、あくまで追い返すだけだった。殴ったり引っかいたり噛みついたりするなんてとんでもない。オレはもう、あの”にんげん”の所にいた時にそういうのは懲りているのだ。 「ぶべらっ! うーっ、ぺっぺっ! ――お前なー! 外に放り出す時に顔はもーちょっと考えて投げろよなっ! っつーか持ち上げるんじゃねぇ!」 「ぶべらっ! うーっ、ぺっぺっ! お、お前なー! 外に放り出す時はもーちょっと考えて投げろよなっ! 口の中に土が・・・っつーか持ち上げるんじゃねぇ! こるぁ!」 だから、お前がここに来なければ済む話なのに。どーしてオレが注意をされなきゃならないんだ。本当に意味のわからないドチビだ。手を出すなんてことはありえないけど、いっそのこと踏んでやろうかとさえ思ってしまう。 「ちょっとしたらまた来るからな! カクゴしとけよっ!」 いや、だから来るな。頼むからオレを静かに寝かせてくれ。カクゴとかそういうのないから。オレはただ静かにここにいたいだけなんだ。お前が来るとうるさくて仕方がないんだ。とても困るんだ。 「おーぼーえーてーろー!」 しかし、オレのその思いが言葉になるはずもなく、届くはずもなく、ドチビは昨日と同じようにどこかへと走り去っていった。そしてオレはその小さな姿がさらに小さくなるのを見届け、完全に見えなくなってから洞穴の中に戻った。 ・・・。 ・・・・・・静かだ。 やっぱり平和なのだと思う。あのドチビが来てから、いかに普段の洞穴が静かだったのかがよくわかる。いかに平和だったのかがよくわかる。誰にも邪魔されていなかったのだから当然だ。 ・・・・・・・・・眠い。 静かになると眠くなる。ただでさえ今日はドチビのせいでいつもより眠れていないのだ。食べるのは今じゃなくてもいいし、特に何もすることはないから眠ってしまおうか。 ・・・・・・・・・・・・・・・静かだ。 時折り上から水が ぴちょん と落ちる以外は何の音もしない。オレがここにきた時からそれはそうだった。朝も昼も夜もずっとそうだ。 いつもどおりの静けさの中、ふと、どうして? と思う。 どうしてここには誰もいなかったのか。こんなにも静かで、安全で、平和な場所なのに、どうしてオレが来た時にはここに誰もいなかったのだろう。力の強いオレならともかく、誰にもやられたりなんかしないならオレならともかく、小さくて弱い連中ならここに住んでいてもおかしくなかったのに。どうして連中はわざわざ自分達にとっては危ない外で暮らそうとするんだろう。ここはオレが使っているから無理だけど、同じような場所はいくらでもあるはずなのに。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・あの、ドチビにも、どこかには ・・・・・・・・・・・・・・・・・・そうか、あの、ドチビにも、どこかには 「たのもーっ!」 ・・・・・・はぁ~。 「やいやい! 何をためいきなんかついてるんだっ! そんなことをしてると痺れちまうぜっ! おりゃあああああああ!」 ばちばちばちばちばちー、ぷすん あー、眩しいなぁ。 「くそー!」 ばちばちばちばちばちー、ぷすん うーん、お腹が空いてきたかもしれない。 うーん、やっぱりお腹が空いてきたかもしれない。 「こんにゃろー!」 ばちばちばちばちばちー、ぷすん 今日はどこにきのみをとりにいこうか。 「ぜーぜー・・・ま、まだまだぁ!」 ぷすん 出てないぞドチビ。 「う、う~・・・」 やっぱりドチビはドチビらしい。ついさっきと同じく、どれだけばちばち光ってもオレはなんともないし、それどころかこいつ自身がバテてしまっている。昨日会ったばかりだというのに、こうやって何度も何度も思ってしまうのはおかしいと思うけど、やっぱりこいつが何をしたいのかがさっぱりわからない。 「ぜったいに・・・手に入れて、やるぅ・・・。――お腹すいた・・・」 「ぜったいに・・・手に入れて、やるぅ・・・。お腹すいた・・・」 ぜったいに? 手に入れる? 一体こいつは何を・・・? 「お、おい、でかいの~・・・何か食い物をよこし、やがれ~~」 こいつ・・・いよいよ踏んでやりたくなってきた。――しかしまー、オレもお腹が空いてきたことだし、ことのついでに連れて行ってやることにしよう。このまま放っておいてくたばられてしまったら、結局手を出してバラバラにしてしまったのと変わらなくなってしまうし。まぁ仕方ないか。 こいつ・・・いよいよ踏んでやりたくなってきた。しかし、まぁオレもお腹が空いてきたことだし、ことのついでに連れて行ってやることにしよう。このまま放っておいてくたばられてしまったら、結局手を出してバラバラにしてしまったのと変わらなくなってしまうし。 「わっ!? わーっ!? こ、こるぁー! 逆さまにするんじゃねー!」 しかし、昨日も思ったが、これは持ちにくい。そもそもオレは”刺さずに”何かを持つのは苦手なのだ。となれば・・・ああ、そうか。こうすれば楽になるかもしれない。 うーん、昨日も思ったが、やっぱりこれでは持ちにくい。そもそもオレは”刺さずに”何かを持つのは苦手なのだ。となれば・・・ああ、そうか。こうすれば楽になるかもしれない。 「いででで! おい! 何か刺さってるぞ!!! っつーか抱っこなんかするんじゃねー!」 ――あー面倒くさい。思っていたよりもずっと元気みたいだし、これなら放っておいても大丈夫だったかもしれない。いや、今からでも遅くない、どこかその辺に投げ飛ばして・・・ 思い切って抱きしめるような持ち方にしてみると、今までよりかは持ちやすくはなったものの、余計にうるさくなってしまった。あー面倒くさい。思っていたよりもずっと元気みたいだし、これなら放っておいても大丈夫だったかもしれない。いや、今からでも遅くない、どこかその辺に投げ飛ばして・・・ 「ままま待てー! わかった! わかったからー! ”なげつける”の体勢に入るのはやめろー!」 ようやくにして素直になったらしい。――まったく、最初からオレの方が強いってわかっているのに、今更になってそうなるのか。ばちばち光るのもそうだけど、やっぱりこいつは何もわかっていないドチビだ。 ようやくにして素直になったらしい。まったく、最初からオレの方が強いってわかっているのに、今更になってそうなるのか。ばちばち光るのもそうだけど、やっぱりこいつは何もわかっていないドチビだ。 ドチビ・・・うーん、そういえばさっきからずっとドチビって呼んでいる気がするなぁ。確か”ラクライ”っていうのがこいつの名前だったはずだけど、何だかこう・・・呼びにくいんだ。ドチビは呼びやすいんだけど、名前って感じじゃないし・・・うーん。 しかし、ドチビ・・・うーん、そういえばさっきからずっとドチビって呼んでいる気がするなぁ。確か”ラクライ”っていうのがこいつの名前だったはずだけど、何だかこう・・・呼びにくいんだ。ドチビは呼びやすいんだけど、名前って感じじゃないし・・・うーん。 「おい~、さっきから何ぶつぶつ言ってるんだよ~、っていうか頭に血があ~」 本当にうるさい奴だ。こうしておけば静かになると思ったんだけど、何だかこのままにしておくと面倒なことになりそうな気もする。でも、もう少しで外に出ることだし・・・。 本当にうるさい奴だ。こうして逆さにしておけば静かになると思ったんだけど、何だかこのままにしておくともっと面倒なことになりそうな気もする。でも、もう少しで外に出ることだし・・・。 「う~・・・何だか頭がグラグラするぅ~。――うおっ! まぶしっ!」 「う~・・・何だか頭がグラグラするぅ~。うおっ! まぶしっ!」 お前のがばちばちと眩しいだろう・・・。――ん? ばちばち、か。ばちばち・・・ばちばち・・・。 お前のがばちばちと眩しいだろう・・・。ん? ばちばち、か。ばちばち・・・ばちばち・・・。 ・・・・・・そうか。これなら、 「――は? ちょ、ちょっと待て! 今お前何て言ったんだ!? ”バッチ”だぁ? いいか、オレは”ラクライ”様だぞ! そんなふざけた名前で呼ぶんじゃねぇ~・・・うっぷ。叫んだらきぼちわるぐなってきたぁ~」 「は? ちょ、ちょっと待て! 今お前何て言ったんだ!? ”バッチ”だぁ? いいか、オレは”ラクライ”様だぞ! そんなふざけた名前で呼ぶんじゃねぇ~・・・うっぷ。叫んだらきぼちわるぐなってきたぁ~」 ばちばちしているからバッチ。うん、呼びやすい。次からはドチビじゃなくてこうやって呼ぶようにしよう。 さてさて、今日はどこの木へ行こうか? ***お鍋にお湯をはりましょう [#p8719e99] パッと目が覚める。寝たまま辺りを見回す。いつもと変わらない暗い洞窟の中。自分と同じく冷たい岩肌。定期的に落ちる水滴の音。そして、 「ぐがー」 バッチのいびき・・・が響いていた。 「ふがっ・・・ぐがー」 小さい図体のくせに尋常じゃなくうるさい。起きていても寝ていてもうるさいのだから、本当にどうしようもない。 「ふんがーっ! ――すぴー」 ・・・・・・いつもよりも多くばちばち光ってきて、コテッと倒れこんでしまった時は驚いたけど、このいびきのかきようなら大丈夫だ。起きたらいつものように追い出してやろう。 しかし、おかしい話だ。バッチはオレのことを襲ってきているらしいのに、――まったく相手になっていないけど、オレはきのみを食わせたし、それどころか自分の住処で寝かせている。起きればもっとうるさくなるだろうから追い出すとはいえ、どうにもおかしいことになっている。 ふにっ 「ふがうっ!? ・・・んがー」 爪の先で頭の上を突いてみると柔らかい。それに、抱え込むようにして持ち上げた時、バッチは妙に温かかった。この洞穴の岩肌と同じく、冷たい体しかもっていないオレにとって、バッチはまるで火のようだった。 なんなのだろう? オレはどうしてバッチなんて名前をつけて、きのみを食わせて、体力が戻るまでといって、バッチがここにいることを許しているんだろう? 今の今まで、ここに来る奴らは全部追い返してきたし、二度来る奴もいなかった。だからオレはずっと一人でいられたし、それがずっと続いていくものだと思っていた。”にんげん”と別れてから、オレはずっとそうなのだと決めていたのだ。力のあるオレには何の不都合もない、疑問すら沸くこのない生き方なはずなのに・・・。 ふにっ ふにっ 「ががががっ!? ・・・ぶーん」 くくく・・・。つんつんと突いて、バッチが悶えて、また普通にいびきをかきだす。ただそれだけなのに面白い、と思ってしまう。――一体なんなのだろう? この生き物は。 オレよりもずっと小さくて、力も無くて、ただばちばちと光るしか能のない弱い生き物。オレがその気になれば、一突きで命を絶ってしまえる脆い生き物。だけど、オレに何度も何度も向かってくる・・・生き物。 静かだったはずの、ずっと続いていくはずのオレの世界は、ほんの三日足らずで変わってしまったのだ。この小さな緑色の生き物がやってきてから、変わってしまった。バッチのせいで変わってしまった。 ぴちょん・・・ バッチのいびきといびきの合間に水が滴る。洞穴が変わっていない証拠だ。変わったのは洞穴ではないのだ。 「ふぐぐ・・・んー」 きのみを食わせている時、バッチは言っていた。口一杯に物を詰め込みながら言っていたのだ。良くは聞き取れなかったが、確かに言っていたのだ。「ありがとう」と。オレが聞き返すと猛烈な勢いで否定していたが、間違いなくそう言っていたのだ。どうやらひねっくれているだけじゃないらしい。 ありがとう。ありがとう。――なんて遠い言葉なんだろう。オレがそれを聞いたのはずっと昔だ。もう二度とはやってこない昔のことだ。なのに今は・・・オレの爪が届く所にそれがある。 「すー、すー」 ――たった三日だ。だから・・・、”だから”バッチは起きればまたオレにばちばちと光って、それでオレがうるさい音を無視してつまみ出して、そしてバッチは帰っていくだろう。どこへかはわからないけど、ここではないどこかへだ。そうして明日もまたバッチはやってくるのだ。 「むぐぐう・・・」 こいつは・・・いや、バッチはどうしてここに来るのだろう? もっと早くに思っていいことだったのに、オレは今更になって疑問に思った。そうだ、オレはバッチが一体どうしてオレに向かってきているのかを知らないのだ。 ここに住みたいんだろうか? この薄暗くて狭い洞穴に住みたいから、バッチは無理やりにオレのことをどかそうとしているんだろうか? だったら、オレは別に・・・ 「ん・・・ん? んっ? んんんっ!?」 目が覚めたみたいだ。丁度いいから聞いてみようか。オレが考えていてもわかりそうもないし、そうしてみるのが一番 「でええええっ!? うおわー!? どおぅわー!? うひょうえーっ!?」 ・・・・・・・・・。 「ぬおわっ!? いってーっ! おおお前っ! 起き抜けに爪でぶっさしてくるとかどんだけだよ!? 血がでちゃったらどうすんだこるぁー! なんだ急に立ち上がりやがって! やるのかこるぁー! こるぁー!」 うるさい。うるさすぎる。踏みたい。ぷちっと踏み潰したい。今すぐこの足を振り下ろしたい。 「ちょ! ちょ! お前っ! 足を振り上げるなあ! 怖いぞ!」 ・・・。 ふー 「むぎゅおあ! いでででで!」 つい踏んでしまった。爪先で触れた時とはまた違った感触がある。これはこれで面白いかもしれない。 「て、てめー! もう許さねぇぞ! おりゃあああああああああ」 ばちばちばちばちばちー おー光ってる光ってる。いい加減見慣れたけど、やっぱり眩しいものは眩しい。 ばちばちばちばちばちー 起きたばっかりだっていうのによく光る。しかし、この分だとまた力尽きて倒れそうだ。 ばちばちばちばちー、ぎゅむっ! 「ぐはっ! だ、だから踏むんじゃねー!」 いや、踏まないとまたぶっ倒れるじゃないか。自分の限界もわからずに無駄な力を出し尽くそうとしているところを、このオレが踏むことで止めているんじゃないか。少しくらいは感謝してもらいたい。 「ち、ちくしょー! なんだってんだよー! 足をどけろよー!」 オレの足の裏でバッチはただひたすらにジタバタしている。ほんの少ししか力を入れていないのにこれだ。こんなに弱くて、よく今まで・・・今まで・・・・・・。 ・・・・・・今まで? 「おっ? ようやく離しやがったな! よーし! 今度こわらばっ!?」 面倒くさいので抱え上げることにする。ついでに立っていると色々と疲れるので座ることにする。寝て体力が回復したはずなのに、何だかもう疲れてしまった。 「離せよー! なんなんだよー!」 あんまりにも暴れたらトゲをぶっさしてやろうかと思ったけど、思いのほかバッチはおとなしかった。というかオレが暴れられないように押さえつけていた。こうでもしないとオレのしたいことが何もできなくなる。 「――あ? 今何ていった? オレが・・・なんだって?」 ・・・これは、ひょっとしたら聞いちゃいけないことなのかもしれない。でも、気になった。だから聞かずにいられなかった。 「なんでお前にそんなこと言わなきゃいけないんだよ!」 どうして? ずっと気になっていた。だってバッチは・・・オレが名前をつけた奴なんてこいつが初めてだったし。でも、どうやらバッチはそんなのはどうでもいいみたいだった。 「お前には何の関係もないだろーが!」 他の奴は来なくなったけど、いつのまにか・・・バッチが来てからはそうじゃなくなって。だから知りたい。どうしてなのか? どうしてバッチは、って。 「どーでもいいから離せよ! オレはお前を倒さなくっちゃいけないんだ!」 だから、どうして? いや、それだけ? いや、どうして? 「オレはなあ! こんな所でのほほんと暮らしてるお前なんかと違うんだぞ! 違うんだからな!」 何が? わからない。のほほんと暮らしている? オレは・・・わからない。どうして? なんなんだ? バッチ。わからない。わからないけど・・・力が入ってしまう。 「いででで! や、やめろ! くっそー! 離せよっ! このやろー!」 わからない。だけど、嫌だ。わからない。さっきまでは腹がたっていたはずなのに、今は・・・嫌だ。なんなんだろう? 何だか突然わからなくなってしまった。あんまりにも突然すぎて。 「ぶはっ! はーっ! やっと離しやがったな! くらえーっ!」 ばちばちばちばちー、ぷすん 大体の予想で、寝ていた時間からして外はもう暗いはずだ。なのに、この洞穴の中はこんなにも明るくて、眩しい。 「いい加減倒れろよっ! うおりゃあああー」 ばちばちばちばちー、ぷすん オレには効かない。バッチが放つものがなんなのかオレにはわからない。バッチがどうしてオレを倒そうとしているのかもわからない。 「ぜーっ、ぜーっ・・・。くそお、どうして効かないんだよお・・・」 オレにもわからない。どうしてオレにはバッチの光が効かないんだろう? 「また・・・。また、来るからな。今度こそ、次こそ、倒してやる」 よろよろと、今にも倒れてしまいそうな足取りで、バッチは洞穴の出口へと歩き始めた。危ない。転んでしまうかもしれない。怪我をしてしまうかもしれない。そう思った。だから 「!!! こ、こっちに来るんじゃねー! オレをどうするつもり、だ! 近寄るんじゃ、ねええ!」 ・・・・・・・・・。 やがて見えなくなった。バッチは洞穴から出て行った。そうしてオレの世界は元に戻っていった。その証拠に ぴちょんっ いつもと変わらない音が洞穴に響き渡る。 ・・・今は眠ろう。明るくなるまで、眠ることにしよう。 ***煮込む時はまとめて一緒に [#q1e75a34] 今日の目覚めのきっかけは昨日の終わりの音だった。天井から滴り落ちる小さな水滴。それはオレの頭に当たってはじけて消えていく。そしてオレはそれによって目覚める。 いつもと同じなら、ここには水滴は落ちてこない。そもそも落ちてくるような場所では寝ない。水が苦手というわけじゃないけど、何度も何度も頭に小さな感触を感じるのは面倒極まりない。だから、それが寝ている時に落ちてくるということは、今がいつもと同じじゃないということだ。 ザーっと遠く響く音が聞こえる。その音が意味することは一つ。雨が降っているのだ。 オレは水は嫌いじゃないけど、雨は嫌いだった。元々外にあまりでないから大丈夫といえば大丈夫なんだけど、それでもどうしても外に出なければいけない時がある。そういった時に外に出て、体が濡れるのがオレは嫌なのだ。それ以前に、雨の日そのものが嫌だったりする。――理由は・・・ !!! 眩しい光が一瞬洞穴を照らした。それから少しして、地面が揺さぶられるような音が響いてくる。そして一層雨の音が遠くから近くになってきた。 雨が降った時に、時々見ることがあるあの光。オレはその呼び方を知らない。そもそも気にしてはこなかった。オレにとってはあの光はただの光で、音で、関係のないものだったから。 特に何か影響があるわけでもない。触れるものでもなさそうだし、この周りに住んでいる連中の怖がり具合からして、触らない方が良さそうなのは明らかだった。だったら無視していても何の問題もない。――しかし、 バッチ・・・。 今日は水滴をきっかけに起きたからわからない。バッチが来るまで大体どれくらいかかるのかわからない。来たのかどうかすら・・・いや、バッチが来たのなら必ずオレは起きていたはずだ。いつものようにばちばちと光って、それでオレは目を覚ますはずなのだ。いやいや、その前にあのうるさくてしょうがない声でまずは目覚めて・・・。 バッチ・・・・・・。 どうして来ないんだろう? まだ時間じゃないんだろうか? オレが早く起きすぎてしまったんだろうか? それともバッチが寝すぎているんだろうか? わからない。どうして、バッチは来ないんだろう? それに、どうしてオレはこんなに・・・。 何だかいつもよりも洞穴が暗い気がする。雨が降っていて、時々光が入ってくるということ以外はいつもと何も変わらないのに、どうしてかいつもの洞穴じゃなくなっている気がする。 いつもよりも暗い岩壁。いつもよりも多く滴り落ちる水。いつもよりもうるさい・・・。 ・・・・・・・・・いや、いつもは本当にそうだったのか? 岩壁はどうだった? 確かに暗かった。冷たかった。だけど、眩しかったじゃないか。いつも光っていたじゃないか。 水滴はどうだった? 確かに滴り落ちていた。でも、そんなの気にならなかったじゃないか。もっと大きなのがあったじゃないか。 うるささはどうだった? 本当にオレはうるさいと今思っているのか? あれだけ、あれだけ・・・。 ・・・・・・。 雨は嫌いだ。濡れるし、何よりも思い出したくないことを思い出させる。本当なら水滴が落ちてこない所を探して、一日中眠りたい。でも、今はとてもじゃないけどそうはできなかった。 ぱしゃっ 懐かしい音が足元から響く。近づいてくる雨の音の中でも確かに響く。聞いたのはほんの少し前なのに、今は遠くに感じてしまっている音。 だけど、あの時と今は違う。今度は来たんじゃない。行くんだ。オレの方から行くのだ。 洞穴の外は予想していたよりもひどい雨だった。風も強い。いくらオレが水が苦手じゃないとはいっても、これだけ激しいと視界がどうしても狭まる。昨日は全くこんな風になる兆しもなかったのに・・・。 だが、そんなことを言っていても仕方ない。どこをどう探せばいいのかわからないけど、とにかくあっちこっちに行ってみよう。オレが気づけなくても、オレのでかい体には気づくはずだ。そうすればまたばちばちと光って ふにっ ん? 何か今踏んだような ふにっ ・・・・・・。 いや、もちろん問題ない。もともと見つけるために出てきたのだ。すぐに見つかったらそれはそれで、というよりもむしろいいことだ。いいことなんだけど・・・どうしたってオレの口からはため息が出る。 まぁいい。とにかく今はぎゃーぎゃー騒がれる前に抱えあげてしまおう。なんて考えているうちにも 「・・・」 ??? 騒いで、こない。いつもだったらすぐにでも「こるぁー」とか「こるぁー!」とか言って来るのに、一体どうしたんだろう? ふにっ ふにっ 「・・・う」 突いてみると小さなうめき声が聞こえた。でもそれだけで、ばちばちと光ることも無ければ、騒ぎまくることもない。ひょっとしたら体の具合でも悪いんだろうか? だとしたらここでこうしているわけにはいかない。すぐにでも洞穴に運ばなくては。 「うー・・・」 洞穴を出てすぐの所に転がっていたおかげですぐに戻れた。けど、何だかいつも感じているよりも熱い。いつもつまみ出している時に感じている熱さじゃない。一体どうしたんだろう? オレの体が冷たすぎるのか? いや、オレがおかしいんじゃないんだ。 「ひゅー、ひゅー」 ひとまず水滴の落ちてこない場所に降ろす。だけど、それだけで良くなるとはとても思えない。現に息は荒いし、思っていたよりもずっと辛そうだ。このままだとよくないに違いない。何とかしないといけない。 でも、どうしたらいいんだろう? オレはこんな風になったことなんかない。誰かがこんな風になったのを見たこともない。だってオレは一人だった。一人になった。教えてくれる奴なんかいなかった。だけど今はそんなことを言っていられない。どうにかしたいのだ。どうにか、どうにかして・・・バッチを助けたい。 「ふ、う・・・」 オレじゃどうにもできないのなら、なら・・・誰かに助けてもらうしかない。でもそんなことができるんだろうか? 今の今まで、一人になろう、一人になろうとしてきたオレにそんなことができるんだろうか? 誰かが助けてくれるなんてことがあるんだろうか? でも、そうするしかない。そうしないとバッチを助けられない。このまま良くなるかもしれないなんて言っていられない。何か、いや、何とかして助けたい。だったらやらなくちゃいけない。できるかできないかじゃない。助けたいからやらなくちゃいけないんだ。 オレは辛そうにしているバッチに必ず戻るからと言い残して外に出た。一層強くなり続けている雨のせいで、また体が濡れることになった。風はいよいよその力を強めて、決して折れることのなさそうな木を大きく揺らしていた。そして空はひっきりなしに光り、大きな大きな音を鳴らしていた。 辺りを見回す。誰もいない。元々この辺りに住んでいた連中はオレが追い出してしまった。それにこの雨と風と光だ。みんなここから離れた所で引きこもっているに違いない。安全で、独りにはならない空間で、嵐が通り過ぎるのをじっと待っているのだ。 どうして肝心な時に誰もいない? いらない時には平和な時間を邪魔ばかりしてくるくせに、こっちが必要となった時にはいない? 無茶なことなのはわかっているけど、どうしようもない。どうしていいのかわからないものが、後から後からこみ上げてくる。自分のせいなのだと思うと一層それが強くなる。 でも、今はそんなことをしている場合じゃない。とにかく誰でもいい。誰か見つけて、それで、バッチを助ける方法を聞くんだ。いや、その誰かがバッチを助けられるのなら任せてもいい。バッチを助けられるのならそれでいい。だから、誰か、誰か! お願いだから誰か出てきてくれ! 誰か出てきて、バッチを助けてくれ! ――こんなにもオレは叫んだことがあっただろうか? 今までこれだけ大きな声をあげたことがあっただろうか? でも、あまりの嵐の大きさによって、オレの声は森の中に響くことなく消えていってしまっていた。これでは誰かに気づいてもらうことなんてできやしない。だけどオレにはこうすることしかできない。 !!! 空がまた光った。森の中は真っ暗なのに。空は黒い雲に覆われて真っ暗なのに。どうしてあの光は一瞬で全てを明るくできるんだろう。――ああ、あの光がオレにもあれば、誰かに気づいてもらえるかもしれないのに! 暗く青い体。トゲの生えた腕。刺すことはできても掴むことのできない手。自分の体を見回して改めて思う。オレの体は誰にも求められない、ただの恐怖の的でしかないのだと。 強くなった。誰にも負けない強さを手に入れた。だから誰も来なくなった。だから誰も出てきてくれない。オレには助けを求めることすらできない。 やっぱり、オレは「ふかひれ」でしかないのか? あの”にんげん”に言われたように、オレはそれ以外に意味を持たないのか? 産まれたのは売られるため。”にんげん”の優しさも嬉しさも何もかも全部はそのため。だってそうじゃないか。オレが大きくなりすぎたとたんにあの”にんげん”はオレを捨てたんだ! 売り物にならなくなったからって捨てたんだ! オレは誰に叫ぶわけでもなく右手の爪を地面に振り下ろした。爪は深く刺さり、簡単には抜けなくなった。オレは爪先を震わせながらその場にへたりこんでしまった。こんなことをしている場合じゃないのはさっきから何度もわかっている。でもどうしようもなかった。 どうしたらいいんだろう。どうしたらいいんだろう。どうにかしないといけないのに体が動かない。誰かを呼ばないといけないのに声がでない。オレはどうしたらバッチを助けられるんだ。どうしたらまたバッチと話せるんだ。誰か教えてくれ。誰か、お願いだから・・・。 トサッ !!! 何かが目の前に転がってきた。何の前触れもなく転がってきたそれは、この視界が悪い中でもハッキリとわかるような赤い色をした丸い物体だった。――いや、これはきのみだろうか? 見たことはないけど、この大きさからしてこれは・・・。 「・・・を・・・て」 不意に聞こえてきた声に、オレは驚きながら顔を横に向けた。 黄色い目・・・。雨が激しすぎてよくわからないが、オレから少し離れた所に、黄色い目を持った大きな生き物が四本足で立っていた。大きいといってもオレよりかは小さい、――が、もしも雨でなかったらそうとは思えなかったかもしれない。なにしろよく体が見えないのだ。ハッキリしているのは黄色い目だけで、他は灰色なのか黒なのかよくわからない色の部分しかなく、全体がハッキリとつかめない。一体こいつは・・・いや、待て。こいつは一体何時からそこにいたんだ? いくらオレが焦っているとはいえ、とんでもない嵐の中だとはいえ、ここまで近くに何かが来ているのに気づかないわけがない。 「はや・・・・・・て」 何を言っているんだ? こいつは何を見て・・・このきのみか? このきのみがなんだって言うんだ? それにお前は一体なんなんだ? 一体お前はオレに何を、っ!!! また空から眩しい光が降ってきた。だんだん光る間隔が短くなってきている気がする。これからもっともっと嵐がひどくなるんだろうか? だったらいよいよ・・・あ。 空からの光に目を奪われた一瞬の間に、正体不明の黄色い目の持ち主はオレの目の前から消えていた。後に残されたのは・・・この見たこともない赤いきのみらしきものだけ。 ・・・・・・・・・。 もしかしたら、と思わなくもない。いや、そう思いたい。洞穴から出てきて大分時間が経ってしまったのだ。少しでも早くバッチのところにもどらないといけない。このきのみらしきものでバッチを助けられるどうかわからない。それどころか余計に体を悪くしてしまうかもしれない。そもそもこんなことをしなくてもバッチは治るかもしれない。でも、でも・・・。 もう迷ってなんかいられなかった。オレは目の前に落ちている赤いきのみらしきものをそっと拾い上げ、バッチにしていたように、両腕で胸に押し付けるようにして抱えながらその場を去った。 これ以上その勢いが強くなったら森が吹き飛んでしまうんじゃないかと思うような雨と風の中、オレは空から降ってくる光を頼りに洞穴へと戻っていっていた。 ***味付けは目分量 [#m7d370cc] 洞穴の中まで確かに響いてくる大きな音。暗さはいつも通りだけど、その音によって外が未だに嵐の真っ只中にあることがよくわかった。 「・・・・・・」 バッチはオレの目の前で眠っている。オレが戻ってきた時はブルブルと震えながら唸っていたけど、オレが無理やりにきのみをバッチの口にねじ込んでから少しすると震えが止まり、唸らなくなったのだ。 そうするしかなかったとはいえ、やっぱりあのきのみは怪しかった。でも、こうして現にバッチが落ち着くようになったわけだし、信じてみて良かったと思う。ただ、あの黄色い目の持ち主が一体なんだったのかは気になって仕方ないけど・・・。 「・・・う」 ! 目が覚めた! うっすらとではあるけれど、確かにバッチは目を開けている! オレのことが見えるだろうか? オレが誰だかわかるだろうか? ああ、いや、オレが誰だかわかったらすぐにでもばちばち光りだすかもしれない。今の状態でそんなことをしだしたら危ないに違いない。どうしよう。すぐにでも抱え上げてそうしないようにしようか? でも、でも、そんなことをしたらもっと状態が悪くなってしまうかもしれないし。バッチ、バッチ、どうしよう。 「ふん・・・。くそ、また、ここ・・・かよ。くそ・・・」 相変わらず口が悪い。普通だったらまずはオレに・・・いや、でも、とにかく良くなったみたいだ。こうやって口の悪さを出せているわけだし。はぁ、何だかオレ一人で勝手に慌ててしまっているような気がする。 「あっちぃ・・・。なんだよ。なんで、こんなに、あついんだよぉ・・・」 暑い? ここが? バッチの声に動かされて、オレは思わずキョロキョロと周りを見回してしまったけど、別に洞穴の中はいつも通りだ。オレはあまり暑さだとか寒さを感じないから気づいていないだけなのかもしれないけど、それでも今の洞穴の中が暑いとは思えない。外の天気が天気なだけに、寒いということはあるかもしれないけど、暑いっていうことはないんじゃないだろうか。 「・・・なんだ。お前かよ・・・」 今頃気づいたのか? というか今の今までわかっていなかったのか? 起きたばっかりだからしょうがないとは言っても、真っ先に気づいてもらえなかったことに、オレは何だかがっくりときてしまった。ちゃんと気づいてくれたから別にいいんだけど、あれだけバッチのために嵐の中を走り回っていたのだから、もうちょっとこう・・・。 ・・・いや、バッチにそういうことを期待するオレがおかしいのかもしれない。今はとにかくバッチを休ませることを考えよう。 お腹は空いていないだろうか? さっき無理やりにねじ込んだきのみが腹に入っているとは思うけど、ああ、水があった方がいいんだろうか? でも、外まで飲みに行くわけにはいかないし・・・。うーん、火でも吹ければ温めることができるんだけど・・・。 「余計なこと、しやがって・・・。くそ」 ? 余計な、こと? 聞き間違いだろうか? でも、バッチは確かにオレの方を見ながらそう言った。 余計なことってなんだ? それって、オレがバッチを助けたのが余計なことだってことなのか? オレが何もしなくてもバッチは助かったから、だからバッチはそれを余計なことだって言っているのか? 確かに、確かにそうなのかもしれないとは思った。オレが何もしなくても助かるんじゃないかって。でも、そうせずにはいられなかった。バッチのために何かをしたかった。オレがバッチを助けたかった。なのに・・・バッチにはそれは余計なことでしかなかった? 「こんなとこ・・・っく!」 危ない! そう口に出すのももどかしく、突然起き上がろうとして、そしてよろめいたバッチの体をオレは慌てて支えた。ほんのついさっきまであんなに震えていたのに、何て無茶をするんだろう。まだ動き出すのは到底無理なはずなのに。 「放せよっ! オレは、ここから出て行くんだ!」 だから無理だと言っているのに。今のバッチの状態で外に出て行けば、たちまち嵐に吹っ飛ばされるか、またさっきまでのように体を壊してしまう。そうなるとわかっていて放せるわけがない。それに、バッチには・・・。 「くそっ! くそおおっ! 放せよ放せよ! げほっげほっ!」 いつものように抱え上げてもバッチは暴れるのをやめてくれなかった。ギャーギャー喚くのはいつものことだけど、この状態になってまでこれほど暴れるのはおかしい。いつもだったらこのどうしようもない状態になったら、ふて腐れた顔はしてもおとなしくなるのに。 「げほっ! はな、せよぉ・・・。くそお。くそお・・・」 やっぱりまだ体力が戻っていないのか、バッチは今ので力尽きたらしく、暴れるのを止めてぐったりとし始めた。 一体バッチはどうしたんだろう? 何かあったんだろうか? それは確かに、バッチからすればオレは倒さなければいけない相手らしいから、こうして暴れるのはおかしくはない。でも、それでも今までは・・・きのみを一緒に食べたり、一緒に寝たりしていたんだ。どっちが正しいのかはわからないけど、でも・・・。 「うっ・・・うっ・・・」 ??? 何かが腕に当たってる。天井からの水滴・・・じゃない。洞穴のあちらこちらで滴ってはいるけれど、ここにはこない。だとすると、バッチから? 背中から抱きかかえているようなこの状態だとよくわからない。でも、オレから出ているわけじゃないから、やっぱり 「なんでだよ。なんで、だよぉ・・・」 さっきよりもたくさん腕に何か落ちてきている。――バッチはもう暴れないだろうか? もしかしたら怪我をしていて、そこから血が垂れているのかもしれないし、今はひとまず降ろして・・・いてっ! 「お前、がっ! お前がっ! みんな、みんなみんな! うっ、げほっ!」 オレの腕に思いっきりかみつき、地面に降り立ったと同時にバッチはオレに向かって吼え始めた。咳き込みながら何かを言い始めた。 まだ喋るにはバッチの体は疲れすぎているのに。ちゃんと休まないといけないのに。そう伝えようとオレが近づくと、バッチはよろよろとしながらも後ろに下がって、オレから離れた。 「オレはなぁ! お前なんか、お前なんか怖くもなんとも、ないん、だ! 絶対に、絶対にえほっ! 倒すんだ!」 だからもう喋らなくていいのに。また倒れちゃったらどうするんだ。どうしたら喋るのを止めて休んでくれるんだ。 「そう言ったんだ! 何度も何度もげほっ! うっ・・・。く、言ったんだ。なのになのに!」 今にも倒れそうじゃないか。誰に何を言ったなんてどうでもいい。お願いだから休んでくれ。そうじゃないと、また・・・。そんなのは嫌だ。またオレはいつも通りに戻りたい。いつものようにしたい。 「オレが、お前を倒せないから! 倒せ、ないからあ・・・。オレは、オレはぁ・・・」 どうしよう。どうしたらいい。オレが近づいてもバッチは離れるばかりだ。かといって無理に抱え込んだりなんかしたら、今のバッチの体を壊してしまうかもしれない。オレがもっと、こんなトゲだらけの体じゃなくて、もっと柔らかくて、怖くなくて、あったかい体を持っていたら、今のバッチのことを包めるかもしれないのに。 でも今のオレにはそんなことはできないのだ。オレはただ、バッチが吼えているのを聞くことしかできないのだ。 「お前なんか、お前なんか! お前がいるから!」 バッチは、さっきから何を言っているんだろう。オレが? オレがいるから、なんだというのだろう? でも、こういう言い方をするからには、やっぱり・・・。 考えると、何だか苦しくなる。オレは別に体をどこも悪くなんかしていない。でも、何だか苦しい。 「うっ・・ううっ・・・」 バッチが俯いて唸り始めた。オレの体は大きすぎて、小さいバッチが俯いて何をしているのかがわからない。だけど、だけど、今、バッチが震えているのはわかる。さっきまでとは違って、小さく震えている。 バッチ、寒いのか? オレのせいで、なのか? オレがバッチを震えさせているのか? わからない。でも嫌だ。バッチが震えているのは嫌だ。なんでかなんてわからない。でも、バッチが震えているのは嫌なんだ。どうしたらその震えが止められるのかわからないのも嫌だ。 「お前なんか、いなけりゃよかったんだ! お前なんか、お前なんか・・・」 オレが、いなければ? バッチは、嫌なのか? バッチはオレが嫌いで、だから、オレなんかって。でも、だったら今までのは、いや、オレが勘違いしてた、だけ? わからない。バッチ、わからない。 「お前がいるから! お前が、お前がいるから! オレはお前を倒さ、なくっちゃ、いけなかったんだ! でもできなかった! お前には、オレの”でんき”がきかなかったんだ! どんな、えほっ! んな、奴だって倒せてきたのに。お前には、きかなくて。それで・・・」 ”でんき”? ”でんき”って・・・もしかして、あの光? いつもばちばちと光ってきた、あれが・・・? あれが、”でんき”? 「オレは、約束したんだ! 絶対に、倒す、って! はぁ・・・はぁ・・・。んっ、お前を倒してとってくるって! ”ふかひれ”をとってくるんだって!」 ・・・今、なんて? バッチは今、なんて? なんて言った? どうして、バッチはオレの名前を・・・言って。 「オレは、オレはお前を倒して”ふかひれ”をとってこなきゃいけなかったんだ!」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・そうか。それが、理由で、目的で、全部・・・か。 バッチのその言葉はハッキリとしていて、聞き間違いだと疑う余地も無かった。だけど、不思議とオレは驚かなかった。きっとわかっていたんだ、オレは。バッチがどうしてここに何度も、オレに何度も挑んでくるのかなんて。普通だったら一度追い出されれば二度と来ないのに、どうして来るのかって思ったときから、きっとわかっていたんだ。 だけど、考えたくなかった。だって初めてだったんだ。こんなにも何度も何度もオレのところに来てくれる奴と会えたのは。いくらその理由が、目的が、オレを倒すことだとはいっても、初めてだったんだ。オレのことを怖がったりしないで、何度も何度も来てくれたのは、初めてで。 「でもできなかった! オレは、オレはお前を倒せなかった! そうしたら、そうしたら」 バッチはもういなくなってしまうんだろうか? 嫌だ。ハッキリと嫌だって言える。オレは、でも、バッチは嫌なんだろうか? バッチはオレのことが嫌いとか好きじゃなくって、”ふかひれ”としてしか見てくれていなかったんだ。だったら、それはやっぱり。 ――でも、今はそれを考えるよりも大事なことがあった。今はオレじゃなくていい。オレじゃなくて・・・ 「オレのご主人様はいなくなった! オレが帰ったらもういなくなってた! きっともう、もう・・・諦め、られたんだ。無理だって。だから、いらないって。うぅ・・・げほっ! もう、もう、いないんだぁ・・・」 いよいよバッチは崩れた。もう立っていられなかったんだろう。その場で倒れこむようにして、小さな体をもっと小さくした。そして震えていた体はもっと細かく震え始めた。今まででこんなにもバッチが小さく見えたことなんてない。このまま放っておいたらそのまま消えてしまいそうだ。 「泣く、もんか。オレは、泣いたりなんか、しない。しない。そんな、こと・・・。お前の、前なんかで、泣いたりなんか」 今なら大丈夫だと思った。理由はわからない。でも、オレはバッチに近づいて、そのままトゲの生えた腕でバッチを抱え上げた。バッチは抵抗しなかった。抵抗できなかったのかもしれない。 「放せ・・・よ。放せよぉ・・・」 放さない。もう放さない。かみつかれたって放さない。だってオレは知っている。もう知っている。どれだけ・・・。 そう、辛かったんだ。憎いんじゃない。辛かったんだ。意味がないって知って、オレは憎んだんじゃない。ただただ辛かったんだ。独りになんかなりたくなかったんだ。だけどもうそうなるしかなかった。だからオレはここにやって来たんだ。この暗くて狭い洞穴にいたんだ。暗ければ、光がなければわからないから。わかりたくなかったからオレはここにいたんだ。 「なんなんだよ。なんなんだよ・・・。オレは、お前、なんか」 でも光がやってきた。それはうるさくて、眩しくて、オレの目を眩ませた。洞穴の暗闇を一瞬にして晴らした。冷たい岩壁をあったかくした。光はオレにはきかなかった。でも、その光がオレに気づかせた。わからせた。 「・・・大っ嫌いだ。お前なんか。なんで、お前なんだよぉ。くそ、くそ・・・」 大っ嫌い。本当だったらがっくりする所なんだろうけど、その言葉が嬉しく思える。好き嫌いの範囲にいられることを喜べる。それだけで、バッチの体を余計に温かく感じることができる。やっぱりバッチの体はオレと違って柔らかくて温かいのだ。 「どうして、どうして・・・? オレは、うう・・・」 独りじゃ無理だ。気づきすらしなかった。でも、独りじゃないから。だから、放したりなんかしない。オレには必要だ。オレを倒せなかったからといって捨てられたとしても、オレには必要だ。何でも貫けるようなトゲも、どこまでも飛んでゆける翼も、何でも弾き返せる体も強さもいらない。オレに必要なのは・・・バッチだ。バッチの光が必要だ。だから、 オレも、お前を独りになんかしない。そうすれば、 「うっ、うっ・・・うわああああああああああああん! うわあああああああん!」 オレが何か喋ったわけじゃない。オレはずっと抱えていただけだ。でも、ガマンできなくなったのか、バッチは今までで一番大きな声をあげはじめた。初めて向かい合って抱え上げたおかげで、バッチが今どうなっているのかがよくわかる。さっき腕に感じたものがなんなのかわかった。これが”泣く”ってことなんだろう。こんなにも温かいのなら、きっとそうすることは素晴らしいに違いない。冷たいはずのオレの体を、こんなにも温かくしてくれるのだから。 ***食べる時はご一緒に [#fe951393] 「準備はできたか? バッチ」 うるせえ。 「うるせえって・・・。オレは確認を」 うるせえったらうるせえ! っとにしつこい奴だ。オレがうるせえって言ったら一発で黙りやがれ。いい加減に焦がすぞこのやろーが。 「だからそれは無理だって。バッチの力じゃオレを焦がすことなんて、とてもとても」 うーるーせーえー!!! あーうざいうざいうざい。なんなんだこいつは。よし決めた。今日は決闘だ。事が済んだら全力でボッコボコにしてやんよ。今日の飯が食えると思うなよこるぁー! 明日の飯も食わせねえぞこるぁー! 「はいはい」 あっ! お前っ! オレのことを舐めやがって! 絶対に絶対にボッコボコにしてやるからな! って持ち上げんな! くっそー! 放せよっ! おい! 変なところ触るんじゃねー! この前の”アレ”から変態になりやがって! キャラ変えやがって! このド変態の馬鹿のとんがりがっ! 「何言ってるんだ。あの時はバッチの方から・・・」 うるせえええええええええええええええ! オレじゃないぞ! 断じてオレはそんなことしてないぞ! してないしてないしてないぞ! 「いや、だって、体が熱いー、とかいってオレにすがってきて・・・」 お、おおおおおかしなことぬかすんじゃねー!!!!! ぶっ飛ばすぞこるぁー! こるぁー! 「わかったわかった。それじゃあ準備もできたことだし、行くぞ」 くっ・・・こ、こいつ。絶対にシメてやる。ケチョンケチョンのグッチャグチャのブニブニのブモンブモンにしてやるぅ! 「何か言ったか?」 うるせー! とっとと飛びやがれ! こんなシケた森なんかにいられるかってんだ! はん! 「くっ・・・ふはははは!」 な、何を笑ってやがるんだ! いよいよおかしい頭がもっとおかしくなったのか!? 「いや、この森を・・・というか、あの洞穴を出て行くなんて考えもしなかったからな。今になって、何だかおかしくなったんだ」 おかしいのは元からだろうが。このボケとんがりが! 「そっちの意味じゃなくて」 わかってるっつーの! いちいち突っ込みやがって・・・ったく。 ――けど、まぁ・・・な。絶対に認めねーけど、こいつと会ってなかったら・・・な。いや、こいつがいなけりゃそもそもはこんなことにならなかったんだろうけどよ。でも、あのクソ”にんげん”に置き去りにされて、雨ん中でぶっ倒れて、それでそのままだったら、間違いなくオレはくたばってただろうからな。そこだけは・・・そこだけは・・・ 「そこだけは?」 ・・・・・・・・・ 「いたっ! バッチ! いたいぞ! いくらオレが硬くても、かみつかれると痛いんだぞ」 うるっせええ! うるっせええええええええええええ! お前なんか嫌いだ嫌いだ嫌いだ大っ嫌いだ! くたばれ! 首の骨を折りやがれっ! 「オレはくたばらないし、バッチのことを嫌いになんかならないぞ」 うっ、う・・・ 「バッチも素直じゃないな。オレといたくないなら、とっくに」 ななななななな!? 「最近特にそう思うんだけど。バッチのそういうところ、オレは好きだな。可愛い」 !!!! こ、こ、ここここここここの馬鹿やろうがああああああああああああああああああああ! ぶっ飛ばしてやるうううううううううううううううう! 「ふはははははは! さ、もう行こう。洞穴はもう必要ないから」 ま、待て! まだ話は終わってないぞ! いや、やっぱりオレは行かねー! こんな馬鹿でド変態な奴と一緒に暮らせるか! オレはこの森でトップに立って、それで馬鹿でグズな”にんげん”がきたら追っ払って、っておい! 聞いてるのか! オレは行かないって! おいいいいいいい! 「あ、このままだとオレが飛べないな。うーん・・・。――あ、そうか。こうすればいいのか」 !!! ちょっ! 頭おかしくなったのか!? いや、元からおかしいけど、っておい! 何オレのことを咥えてんだ!? いてっ! 刺さってる! 刺さってるぞこるぁー! 「ふぁっふぇ、ふぉうふぃふぃふぁふぃふぉふぉ」 何言ってるのかわかんねーよ! 言葉を喋れとんがりド変態馬鹿! 「ふぃふぁふぁふぁ、ふぉふぉふぁふぃふふふぇふぇ」 だからわかんねーっつの! ってか待て! 降ろせ! オレをここから解放しろ! オレはお前となんかと一緒に行かないんだあああああああああああああ! 「ふぉふぇふぁ、ふぃふふぁふぁふぁ? ふぃふふぁふぁふぉ?」 うう、気持ち悪い。ぬるぬるするう! くそお、これからしばらくこのまんまなのか? 「ふぃふぁふぁふふぁふぁい。ふっふぉふぁふぁふぁ!」 だからわかんねーって! あああうざい! こうなったら特大の”でんき”をお見舞いして・・・って、こいつには効かないんだった。 ああああああああああああああああああ! もう! 誰かこいつに”でんき”を通す方法を教えてくれ! そうしたら一瞬で黒こげにしてやれるのにいいいいいいいいい! 「ふぁっふぁっふぁっふぁ」 何笑ってるんだよ! っていうかそれ以上喋るんじゃねー! これ以上涎まみれにするんじゃねー! 「ふぃふぁ、ふぁんふぇふぉふぁい。――ふぉんふぉふぉふぉふぃふふぉ」 あ? わかんねーって! っておい! 速い! 速すぎるぞ! 怖いぞ! 止まれ止まれ止まれっておいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!! いいいいやあああああああああああああああああああああああああ!!! おしまい ---------------- ***食材刻むの忘れてたという名のあとがき [#p495ed80] こんにちは、こんばんは、おはようございます、初めまして、亀の万年堂でございます。ご無沙汰しておりますが、紛れもなく同一人物の亀の万年堂です。実は双子だったとかそういうトリックはありません。こんなのが二人もいたらおよそ5人くらいの人が精神崩壊します。 さて、今回の『地面に電気を通す&ruby(レシピ){方法};』はいかがだったでしょうか? 文字数を抑える関係で非常に急ぎ足の展開となっているので、なかなかにわかりにくかったかもしれませんが、ふかひれちゃんとバッチ君の掛け合いでほんのりしていただければ幸いです。 それから、No.6を期待してくださっていた方達もいらっしゃると思うと心苦しいのですが、今回は短編としてこのお話をお送りさせていただきました。[[亀ロッカー]]に在った時から読まれていた方は”まえがき”でご存知のことと思いますが((このお話は元々は亀ロッカー内の試食品コーナーに置かれていたものでした))、このお話は某馬様の依頼によって生まれ、某小人によって名前がつけられました。といいましても、キャラは私がほとんど自由に決めましたし、シチュもやりたい放題にさせてもらいました。なので、私の世界では恒例の”雨”((雨が降ると大体xxxxになる))がありますし、ラクライのバッチ君がひどいことになっていたりします。当初はあんなにうるさい子じゃなかったんですけれど・・・。でも、依頼主は大いに満足してくれたようなので何よりです。あんまり話を深くしないように、浅め浅めにしていった関係で薄くなってしまいましたけど・・・。といいつつ、しっかりとテンテンテテテンのレポート本編への伏線があるのはいつも通り。 地面に電気を通す。それは”ポケモンの世界”においてはできないことになっていますね。というのは、ゲームを基準にして考えた場合ですが。でも、それは私の世界においても同様です。だからこそ、バッチ君がどれだけ”でんき”を発してもふかひれちゃんには通らなかったのです。しかし、しかしです。最後のあたりのバッチ君の叫び 「誰かこいつに”でんき”を通す方法を教えてくれ!」 に対して、ふかひれちゃんは興味深い返事をしています。それは”リード語”((ふがふが))によって明確にはなっておらず、バッチ君にも伝わっていませんが・・・? バッチ君がその意味を知るのは結構後になるかもしれません。 ここからは楽屋裏に・・・あとがきの時点でそうだと言われてしまいそうですが、ちょこっと設定について。 ふかひれちゃんはガブリアスの♂であり、ゲームに準拠するならば”そらをとぶ”が使えません。が、最後のシーンでは”おひっこし”のためにそらを飛んでいるかのような描写が、というかバッチ君の悲鳴が入っています。つまりはふかひれちゃんはしっかりと飛んでいるのです。ただし、ここでいう”そらをとぶ”ではなく、超低空を疾走しているのです。 ガブリアスは”そらをとぶ”が使えない。けれど図鑑には音速((気温に左右されますが、秒速340m 時速1226km ちなみにカイリューは時速2500km))での飛行が可能であると書いてあります。だから”空は飛べなくても飛ぶことはできる”のです。しかもものすっごい速さで。 さあ想像してみましょう。口に咥えられたまま”超低空”で”それなりの距離”を”音速で運ばれる”バッチ君の恐怖を。 いろいろな意味でバッチ君の体が心配になりますが、バッチ君も訓練されたラクライなのでその辺は大丈夫なはずです。頑張れバッチ! それからもう一つ。バッチ君が”何故か”ふかひれちゃんのことをド変態呼ばわりしていますね。実はこれ、”載せられていないシーン”の間に起きたことが元となっています。その載せられていないシーンを載せると、たちまちこの作品はxxxになってしまうので、そこはカットされているのです。バッチ君にとってはとてもとてもよかったと思います。もしも期待していた人がいましたらお詫びします。ふかひれちゃんとバッチ君が暗ーい洞穴の中で何をどうしていたのかは依頼主だけが知ることができます。 さてさて、そろそろ勢いに乗ってきましたので〆ることにします。あとがきばっかり長くなっても仕方無いですしね。今回のお話はかなり短めだっただけに。 次のお話ですが、まことに申し訳ありませんがもう一本短編を挟ませていただきます。こちらも亀ロッカーをごらんになっていた方はご存知だと思います。題名を『雪の日記』とする、ブラッキーとエーフィの冷たく、暗く、悲しいお話でございます。早ければ1週間以内には投稿できると思いますので、どうぞそちらの方もごらんになっていただければと思います。 それでは長くなりましたが、ここまで読んでくださってありがとうございました。9月からは[[亀日記]]の方と併せて通常に戻りますので、今後ともよろしくお願いします。No.6の方は9月末か10月中旬になると思いますので、期待してくださっている方達には申し訳ありませんが、今しばらくお待ちください。 以上、亀の万年堂でした。 ---- *コメントフォーム [#pbc9c3f8] 何かありましたら投下どうぞ。 #pcomment(,10,reply)