ポケモン小説wiki
噛みつくよりもじゃれついて の変更点


#include(第十三回仮面小説大会情報窓・非官能部門,notitle)

 まだ夏の名残が蒸し暑い小さな部屋の中。
 一匹の獣が、物陰から音もなく獲物へ忍び寄る。
 血の色に染まった瞳が狙い定める先には、明るい緋色の羽を休める一羽の小鳥。
 床を掴む獣の足先に、細く鋭く研ぎ澄まされた狩人の爪が剥き出しになる。しなやかに鍛え上げられた腕でこの爪を振るえば、か弱い小鳥などひと太刀で儚く散らされてしまうだろう。
 引き絞られた弓が解き放たれるが如く、後肢がバネを弾ませて床を蹴った。
 華麗な姿態が虚空に弧を描く。振り上げられた爪は限界まで伸ばされ、惨劇を描き出すべく清らかな羽へと、情け容赦の欠片すらなく突き立てられる。
 甲高い叫びが、悲痛に響いた。
 あどけない幼子の、それは悲鳴だった。

「アヂャニャアアアアアアァァ~~ッ!?」

 緑色をした小さな獣がすっ飛んで室内を転げ回り、黒く焦げた足先に息を吹きかけて癒す。
 当ったり前である。
 妹弟子であるニャオハのリンセが襲った小鳥の正体は、この俺、ラウドボーンのドリーロの鼻先に燃える炎の塊。炎に草ポケが手を出してただで済むわけがない。これぞ飛んで火に入る草の猫。
「ニャにするニャ! 熱いじゃニャアかぁぁーっ!!」
「それはこっちの台詞だ。勝手に襲ってきておいて被害者面するんじゃねぇ」
 理不尽な文句を一蹴すると、リンセは緋色の瞳をパチクリと瞬かせて、すました顔で首を傾げた。
「ドリーロもニャって言いたいのニャ?」
「そこまでこっちの台詞じゃねぇよ」
 人は俺らホゲータ族を天然呼ばわりするが、こいつこそ天然じゃねぇか。
「むー、覚えてろニャ!」
「その台詞もそっくりそのまま返す」
「やっぱりニャって言いたいのニャ?」
「そこまで返す気はねぇよ」
「ドリーロがニャを返してくれないニャ。代わりに鼻の上の小鳥を寄越すニャ!」
「取ってもいねぇし渡せもしねぇって、いい加減覚えろっつってんだよ!? 昨日もその前も毎日毎日、狩れもしねぇ炎の小鳥に飛びかかっては火傷して俺に文句言っての繰り返しじゃねぇか!? 学習能力ねぇのかお前は!?」
「美味しそうな小鳥を仕留められない悔しさなら一分一秒たりとも忘れたことはないニャ」
「無理なもんは無理だ! 諦めろ!!」
 きっぱりと突き放すと、リンセはその場にひっくり返り四肢を猛然とバタつかせて喚き散らした。
「意地悪ニャア意地悪ニャア! ドリーロが小鳥を独り占めにしてるニャ! リンセも小鳥さんが欲しいのニャアア!!」
「あ~もうどうしたもんだろ……」
 最早手に負えず、深々と溜息を吐くしかなかった。
 泣かれようが喚かれようが、懇願されようが脅されようが、或いは色仕掛けで迫られようが、俺の炎を渡したくたって渡しようがねぇってのに。そんな方法があんのなら、とっととくれてやって黙らせたいぐらいだ。正直ウゼェ……ん?
 何だリンセの奴、急に静かになったと思ったら、
「くー……」
 寝てやがるし! マジで何なんだよまったく!!
 ……あ、さっき俺、溜息吐いた拍子に欠伸をかましちまったのか。それでコイツがもらい寝しちまったと。
 こりゃいいや。今後また襲ってきたらさっさと欠伸して眠ってもらおう。いくら引っかかれようが木の葉をかけられようが、炎・ゴーストの俺には痛くも痒くもねぇしな。飽きて諦めるまで襲わせても問題はねぇか。
 寝てる分には可愛いもんだし、な。
 ……マジで可愛いんだよなぁこの寝顔。大人しくさえしてくれたらなぁ。

 ☆

 気温はすっかり涼しくなり、窓の外に見える葉が艶やかに色づいてきた頃。
 いつもの気配が、また近づいてくるのを感じた。いくら肉球で足音を消そうと、漂ってくる甘い香りは消せてねぇよ。
 ったく、いつまで経っても成長しねぇ。
「頂きニャアア~ッ!!」
 今日も飛びかかってきた緑の双腕が、俺の鼻先と額を押さえつけた。
 あれ、今日は直接小鳥を捕まえにくるんじゃねぇの? 確かに顎先を押さえられたら、俺は顎を開く力は閉じる力ほど強くないんで身動きがとれなくなるが、両手で押さえつけたんじゃ一体どうやって小鳥を狩る気……
 っておい、まさか!?
 やめろ! と叫ぼうとしたが顎は開かずどうにもならない。開いた顎は頭上の緑色の方で、小さくも鋭い牙が涎を垂らしながら小鳥にかぶりつくのを止める術はなかった。
「アヂャニャアアアアアアァァ~~ッ!?」
「痛エェェェェ~~ッ!?」
 揃って仲良く悲鳴を上げる羽目になった。いや仲良かねぇよふざけんな!
「ニャにするニャ! 熱いじゃニャアかぁぁーっ!!」
「文句はごっぢがい痛いニャアァァーっ!!」
「むー! ついにニャアを取られたニャ! 代わりに小鳥を寄越すニャ!!」
「おミャアにハニャ面を噛ミャれて鼻声になっただけだ馬鹿リンセっ!? 噛みつくんじゃねぇよ噛む攻撃は『神突く』とか『神砕く』に繋がるとかで、精神体が主体のゴーストタイプには効果抜群なんだよっ!?」
 食事に類する攻撃が『供養』に繋がるからって言ってる奴もいるらしいが。
 リンセの奴、ニャローテに進化して少しは大人になってくれるかと期待したのに、まったく変わらんどころかこっちの被害が無視していられん程に増大したただけじゃねぇか!
「もう頭に来た! 今度小鳥を襲ったら問答無用で焼いてやるからな!!」
「ウミャア、何でニャ、リンセは小鳥さんで遊びたいだけニャ!」
「やかましい! 騒がれるわ噛まれるわ、こっちはいい迷惑なんだよ。いい加減にしろよ!!」
 怒りに任せて口を大きく開き、群れなす牙を見せつける。
 火を吐かれると思ったのか、リンセは身構えた肩を震わせたが、結局俺がしたのはいつもの通り、肺の奥底まで深く呼吸をしただけだった。
「おら、欠伸したったぞ。また眠くなる前にさっさと出てけ」
「何ニャ、そんなの狡いニャ……」
 緋色が潤んで見えたが、許してなんかやるものか。
「狡くて結構! 寝てる間に焼かれたくなきゃ向こうで寝ろ! 二度と近寄んな!!」
 それは最早、吠える攻撃に等しかったかもしれない。
 一瞬痩身を戦慄かせた後、リンセは踵を返し背を向けて、
「ドリーロなんて大っ嫌いニャアアァァァァ~~ッ!!」
 と、脇目もふらず走り去ってしまった。
 何だよ。
 マジで何なんだよ。
 俺が何したってんだよ。襲われて噛みつかれて、駄々捏ねられて罵られて、挙げ句の果てに嫌われて、何でこんな目に遭わなきゃいけねぇんだよ。
 やめてくれよ、ほんと。

 ……悲しくなってきちまうじゃねぇか。

 ★

 また庭の枝の枯れ葉が風に飛ばされた。もうほとんど丸裸だ。
 寂しくなった景色に独り溜息をついていると、背後から漂う甘い香りに気がついた。
 振り返ると、逃げちまうんだよなコイツ。あれ以来もう何日もずっとだ。てっきりまたしつこく噛みついてくると思ってたのに、何で急に大人しく従ってんだよ。
 牙を剥いて追っ払われたことが、そんなにショックだったってのか?
 やれやれだ。毎日甘い香りだけ嗅いでいる内に、意固地になってることが大人げなく思えてきちまった。
「噛みつかんって約束すんなら近寄ってもいいぞ」
 渋々声をかけると、すらりとした高い影が足音もなく現れた。
 横目で睨みつけると、黒い仮面の奥で緋色の瞳が怯えに震える。
 しばらくまともに顔を合わせていなかったが、マスカーニャに進化したことは知っていた。首元の薄紅色の花、綺麗に咲いたな。
 今や噛みつく攻撃はタイプ一致。約束を破られたらただでは済まなくなるし、ただで済ますつもりもない。
「こめんニャさい……」
 拝むように前足を重ねて、リンセはしおらしく頭を下げた。
「もう絶対噛みついたりしニャいニャ。大嫌いなんて嘘ニャ。許して欲しいニャ……」
 謝罪の言葉と共に、甘い香りが濃密になる。
 こっちが声をかけるまで我慢してきたんだもんな。信用してやってもいいか。
「……遊んでくか?」
 鼻先に小鳥を乗せて差し出すと、
「はいニャ!」
 たちまち笑顔を咲かせたリンセは、濃緑のマントを靡かせて飛びついてきた。
 といっても、これまでのようにいきなり炎を捕らえようとはしない。爪の先で撫でるようにほんのひと掻き。
 引っかかれた炎の鳥が飛び退いたその先にはもう片方の前足。両の掌の間で行き交い弄ばれる小鳥は、まるで踊っている様に見えた。
 そうか、こいつじゃれつく技を覚えやがったな。
 じゃれつく技なら俺に当たっても大してダメージはねぇ。俺への配慮もしっかりできるようになったのなら、コイツもコイツなりに成長してたってことかな。……成長したんなら小鳥に絡むことをやめろと言いたいが。
「ニャハハハハッ! ドリーロ、小鳥さん楽しそうニャねぇ!」
「そう見えるか?」
「うん、すっごく楽しそうニャ!」
 マスカーニャの小花が俺の鼻先に降り立ち、炎の小鳥とデュエットを踊る。なるほど、言われてみると本当に小鳥が楽しげに身を揺らしている様に見えるな。何の手品だろうか。

 あ、俺が楽しんでるからか。

 どうやら本当に小鳥をリンセに泥棒されちまったみたいだ。結局効果抜群じゃねぇか。ま、いいけどよ。
「仕方ねぇなぁ。もっと楽しませてやるとすっか!」
 身体を起こして立ち上がり、小鳥の脚を伸ばしてスタンドマイクの形に。
 顎を開き、喉笛を震わせて、歌い奏でるはとびっきりノリのいい軽快なラブソング。
 歌声を浴びて広がり羽ばたく炎の翼に、リンセが巻き散らした種が焼かれ、炸裂音を立てて弾け飛ぶ。
 その音色さえ伴奏にして、俺の歌声が冴え渡る。ビートに合わせて緑の姿態が舞い踊る。
 開かれた華やかなステージに、俺とリンセはひと時酔いしれた。

 ★

「最高だったにゃぁ~~っ!!」
「フフッ、まぁな」
 心行くまで歌い踊り、さすがにくたびれて床に伏せた俺の傍らにリンセが腰を下ろす。
「何だか疲れちゃったニャ。ここで寝ていいニャ?」
「まぁ、いいだろ。寝てけ寝てけ」
「それじゃお言葉に甘えるニャ。お休みニャさぁい」
 言うなりリンセは、ヒョイッと腰を俺の背中に載せ替えると、そこで身体を丸めて横になった。……ここでって俺の上でかよ!?
「おい!?」
 ツッコんで降ろそうとした時にはもう既に、
「……くー」
 と寝息を立てていやがった。マジかよコイツ何考えてんだ!?
 困惑した俺の視界に、よぎる物があった。
 窓の外の景色にちらほらと揺れる白い粒。降ってきやがったか。
 そっか。もう冬だもんな。俺をホットカーペット代わりにしたくもなろうってことか。
 小鳥に絡み出された頃はまだ暑いぐらいだったのに、月日の経つのは早いもんだ。
 コイツもすっかり進化して、こんなにも重くなりやがって、……いい身体にもなっちまったくせに、ガキ臭さは抜け切らんもんだなぁ。やれやれ。
 叩き起こすのも可哀想だな、寝顔は過去にも増して可愛いし。
 ったく仕方ねぇ。俺も歌い疲れたしな。リンセを布団代わりにしてもらい寝させてもらうか。
 異性と身体を重ねて寝るなんて色っぽい話に転びそうなもんだが、俺とリンセだぜ。想像するのも馬鹿馬鹿しい。
 それじゃ、お休み。言い夢を見たいもんだな。
 ぐー。

 ★

 

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