作者名 [[風見鶏]] 作品名 吹雪の中の陽炎 ・官能表現、グロ表現無しのノーマルな作品です。 ---- 「はぁっ、はぁっ!」 猛吹雪の中、一匹のポケモンがただ一匹歩いていた。 ブースターだ、 ほのおタイプの彼がこの吹雪のなか歩くのは、自殺行為に等しい、 もちろん、ある程度ならほかのタイプよりも素晴らしい保温性がある しかし、今の状況は一メートル先も見えない激しいブリザードだ 案の定、彼は衰弱していた。 一歩一歩が重くなっていく。 「あっ、あれ?」 ついに、彼の動きが止まる。 あ、もうダメなんだ……。 ブースターは薄れゆく意識の中、自嘲気味な笑みを浮かべる。 あれ? 誰か僕の前に――。 誰かがブースターを見下ろしている、 それは、同じイーブイ属のグレイシアだった。 あ、これが幻想ってやつか、いよいよ最後だな。 その証拠に、ほら、全然寒くない……、 ごめん、約束、果たせなかったよ。 ブースターはそのまま、深い眠りの中に落ちて行った。 「……ディン」 誰だろう、 「ディン、死んだりしないよね?」 誰かが僕の名前を呼んでいる、そう、僕は、ブースターのディンだ。 「起きて、お願い、目を、覚まして……!」 誰かの手のぬくもりを感じる、 この声、いつもそばで、ずっと見守ってくれている声だ、 「うう……」 ディンは目をあける、 「ディン! 目が覚めたのね!」 声の主はリーフィアだった、 名前はソウル。 そうだ、彼女は僕の幼馴染だ。 「ほんとに心配したのよ……!」 ソウルはそう言うといしくの戻ったばかりのディンに抱きつく。 「うっ」 ソウルの体重がかかりディンは情けない声を上げる。 ソウルの体はとても温かい。 「ほら、こんなに冷たくなってる」 そうか、ソウルがあったかいんじゃなくて、 僕が冷たくなっているのか。 そうだ、僕は吹雪の中遭難して――、 どうなったんだ? 「……っ!」 そうだ! あのとき、誰かが僕を助けてくれた。 あの姿――! 「ディン、もうどこにも行かないで!」 ソウルの抱きしめる力が強くなる。 それにディンは何も言うことができなかった、思い出すと同時に、 まだ胸に秘めた決意を果たせていないことに。 「お願いよ、もう消えないで! わたしを残して、消えないで!」 ソウルは一層きつく抱きしめる。 「あ……!」 ディンはかすれたうめき声を上げる。 しかし、ディンにとってはそれはうめき声ではなかった。 声が、出ない! 「声が出ないのね、無理ないわ、だってディン、三日間も眠っていたんだもん」 そうなのか、そして、全身にも力が入らないことに気づく。 「水を汲んでくるわ、ディン――、いや、なんでもないわ」 少しさみしい表情を見せたソウル、 ディンは何も言えない自分がどうしようもなく情けなかった。 ソウルは自分を思ってくれている、 それはたとえどんなに自分が鈍感だとしても気づくぐらいにだ、 僕はどうすればいい? 「ディン」 気づくとソウルが自分のそばに来ていた。 水を飲むと若干気分がすぐれてきた。やはり水分が足りなかったのだろう、 一口飲むと体が潤ってくるのを感じる。 「よかった、元気が出てきたみたいね」 ディンはうなずく、しゃべれるまでにはもう少し待たなければならないだろう。 「安心したら眠くなっちゃった、ディン、今日はゆっくりやすん――」 「ああっ!」 その言葉を言い終わらないうちにリーフィアはその場に倒れてしまった。 どうやら無理をして看病してくれたらしい、 ソウルの眼もとにはくまができていた。 このままソウルの住処につれてかえるのは難しそうだ、仕方ない、 今日は自分は床に寝るとするか。 ソウルは自分の命を助けてくれたのだ、それくらいはしないといけないだろう。 ディンはソウルに布団をかけ、少し離れた場所まで重い体を動かす。 久々の地面は固く、少しだけ湿っていた。 まだ若干寒い、体温を奪われないようにしないと。 ディンはまるくなり、また眠りに入る、明日にはちゃんと伝えないといけない、 自分と、ソウルのためにも、 「んっ、あれ、ディンのにおいがする……」 先に目を覚ましたのはソウルだッた。 「なんでここに?」 状況を思い出す。 「あっ、わたし、疲れて――ディン!」 自分がここにいる経緯を思い出し、足りないパーツを探す。 「ディン!」 ソウルはその姿を見つけると、飛びつくように駆け寄る、 「あっ、ソウル、もう大丈夫なの?」 ディンは重い瞼を開き、ソウルに問いかける。 「あなたのほうこそ大丈夫? わたしのせいで――」 「なんでそんなこというのさ?」 ディンが真っ先にソウルの言葉をさえぎった。 「だって……」 ソウルは泣きそうな表情になる、 「君は僕の命を助けてくれた、それで十分だよ、 だって、倒れるほど無理してたんだもの、 僕がこれくらいしなきゃ、合わせる顔がない」 ディンはどんな表情をしていいのかは分からなかった。 思えば、ソウル本人に感謝を言ったことは一度もなかった。 いつも自分を助けてくれる、 それが普通になってしまっていたからだろう、 あぁ、僕は気付かないうちにソウルを――、 ソウルという存在を無視していたのかもしれない。 「ディン、ありがとう――」 「うわっ」 急にソウルが抱きついてくる、 その反動でディンは後ろに倒れてしまった。 「……」 ディンは黙ってソウルを抱きしめることにした。 今、ソウルは深く悲しんでいる、黙って受け止めなければならない、 それが自分にできる精一杯の慰めだから。 「ディン、行くんでしょ?」 耳元でなければ聞こえないほどの声でソウルは囁いた。 ディンは答えない、その代わり、ソウルの頭をやさしくなでた。 「そう――」 そう言うとソウルは自分から離れる。 「無理、しないでね、それじゃあ」 まだ疲れが残るその目にはうっすら涙が浮かんでいるように見えた。 ソウルはそのままどこかへと立ち去る、 おそらく住処へと戻って行ったのだろう。 「ダメなやつだよな僕って」 つぐづく嫌になってくる、でも、それが今の自分なのだ。 すべてが中途半端、すべてにおいて決断力がない、それが今の自分なのだ。 だが、そんな自分を変えるために行くのだ。 そう、自分を変えるためにもここで曲げるわけにはいかない。 「よし、行かないと。迷いは、もうないはずだ。」 ディンは外へと向かう、足取りはまだ少し安定しないが心配ないだろう。 久々の外は少し肌寒かった。 溶け残った雪が太陽の光を反射しまばゆく見える。 「あぁ、きれいだな、こんなにも外がまぶしいなんて久しぶりだな」 ディンは背伸びをする、体の筋が緩むのを感じる、とても気持ちがいい。 「あれ?」 ふとディンの視界にあるポケモンが目に入る。 「――っ! あれは!」 それは、あの吹雪の中、ディンが最後に見た光景、 そう、グレイシアの姿だった。 「ねえ! 待って!」 ディンはグレイシアを呼びとめる、 グレイシアはこちらを振り返った、そして確信する、間違いない。 彼女はあの時のグレイシアだ。 「おぼえていて、くれたんですね」 不意にグレイシアがディンに抱きついた。 「えっ? ちょ、ちょっと?」 思わぬ行動にディンは凍りつく。 タイプの違いからかグレイシアはかなり冷たく感じた。 しかし、その冷たさはディンをおちつかせる。 「ねえ、君はいったいなんで僕を助けてくれたんだい?」 単刀直入にディンは聞く、話をそらすと決意が揺らぐ、そんな気がしたからだ。 「死にそうなポケモンをほっとけるんですか?」 いとも簡単に返されてしまった、少し出鼻をくじかれた気がする。 「そうだったね、ごめん」 「やっぱり、またあの山に登るつもりなのですか?」 グレイシアがディンに話しかけてくる、 「うん、助けてもらったことは感謝してる、 でも、無理してでも登らなきゃいけないんだ」 ディンははっきりとした口調でグレイシアを見る、 「そう、ですか」 グレイシアはその一言を言っただけだった。 ディンは少し拍子抜けした気分になった。 「ディン、次会ったときはわたしにはもう近付かないでくださいね。」 「……えっ?」 その言葉を理解するのに数秒かかった。 「まって!」 そして、ディンが追いかけようとしたときには茂みの中に消えてしまった。 「いったい、なんなんだ?」 そういえば名前も聞いていない、彼女の存在は謎に包まれたままになってしまった。 「せめてもう少しまともにお礼が言えればよかったのになぁ」 茂みから抜け出しながらディンはつぶやいた。 ふと気付くと、いつの間にか足取りはふらつかなくなっていた。 これならたぶん大丈夫だろう、今度こそ失敗はしない。 「エルス、今度は必ず行くからね」 そう、エルス、 僕が初めて恋をしたポケモン、 でも今はもういない、行方不明なのだ。 エルスはソウルと同じくディンの幼馴染、ただ、ディン達よりも三日早く生まれている。 種族名はイーブイ、今だったらエルスはどんなポケモンに進化していたのだろう? 自分たち三匹はイーブイのころからずっと一緒だった。 今も忘れられないあの記憶、まだ昨日のように鮮明に残っている。 その時もあの山は吹雪だった。 「はぁっ、はあっ、ソウル! どこにいるの?」 「ここにいるわ、はあっ、ひどいことになっちゃったね、はぁっ……」 三匹は山を越えた先にある町からの帰りだった。 行きはとても晴れ、順調だった。 しかし、帰りに突如激しいブリザードに襲われ今のような状況に陥ってしまったのだ。 「ふたりともしっかりして! ここで止まったら、わたしたち死んじゃうよ!」 一番心が強く、冷静だったのがエルスだった。 「ディン、ソウル、わたしが一番後ろを引き受けるわ、必ず、生きて帰りましょうね」 「エ、エルスは大丈夫なの?」 「……大丈夫なわけないじゃない、でも、誰かがやらなきゃいけない、 ディン、心配しないで」 エルスは雪まみれの顔でディンに笑いかける。 「エルス……」 ディンはそれに対してなにも返すことはできなかった。 雪山で最後列を仕切るもの、それは一番大切な役であり、一番危険な役でもある。 その責任故にディンには答えることはできなかった。 「ディン、一番前を頼めるかしら」 エルスがひたりの姿を確認しながら言う。 「わかった、エルス、危険な役を任せてごめん」 「いいの、一番年上のわたしが守られてたら示しがつかないでしょ?」 「年上って三日じゃないか……」 「細かいことはいいの! さあ、はやくいかないと体力がなくなっちゃうわ」 エルスはソウルの様子を見る、見るとソウルはだいぶ弱ってきているようだった。 「……わかった、早く下りようか」 「ご、ごめんね、迷惑かけちゃって・……」 「いいのよ、必ず三人で帰りましょう」 ちょっと強引でせっかちだけど、面倒見がよく、頼りになる、 そんな彼女がディンは好きだった。 しかし、それは最後まで言うことはできなかった。 「ソウル! まだ歩けるかい?」 「う、うん、だいじょ――」 言葉は最後までつながらなかった。 「ソウル? ソウル!」 ソウルはその場に崩れてしまったのだ。 「あ……、ごめんね、ディン、エルス、がんばらなきゃいけないのに」 「いいんだよ、ソウル、無理はしないで、エルス! どうすればいいの?」 ディンは来た方向を見る 「……エルス?」 反応がない、 「エルス! いるよね? エルス!?」 そして、彼女の消失とともに吹雪は嘘のように止んでしまった。 「うそ……」 何が起きたかわからなかった。 「――っ!」 しかし、ディンに深く考える時間は与えられなかった。 ソウルが意識を失ったからである。 「エルス、君のことだから、きっと大丈夫だよね?」 ディンはソウルを抱え村まで戻ってきた。 幸いソウルの命に別状はなかった。 ただ、その後エルスが戻ってくることはなかった。 その夜、ディンはソウルを看病していた、ソウルはゆっくりと寝息を立て眠っている、 話では明日には意識が戻るらしい。 しかし、ディンはとても眠れる気分ではなく、ソウルのもとに来ていた。 もちろん、エルスのことでである。 「いったいエルスに何が……」 あのとき、エルスを探していれば三人で帰れたかもしれない、 とっさの判断で自分はソウルばかりを考えてしまっていた。 「ううっ……」 ディンはその夜、ソウルの隣で泣き続けた。 それからだ、僕があの山に未練を抱き始めたのは、 「あの山に登って、真実を確かめるまでは、僕はこの悪夢から解放されない」 あの事件から一年、もう探しても無駄だということは分かっているはずなのに、 自分はこのことを忘れられない、 「また、来てしまったな、この山に」 目の前にそびえるのはあの山、あの頃から何も変わっていない。 「ディン!」 「……っ! ソウル! なんでここに?」 「わたしもつれてって!」 「なっ……」 ディンはソウルを見据える、しかしソウルはひるむ様子もなく、 ただじっとディンを見つめ返していた。 「本気なんだね、ソウル」 ディンは諦めたように山のほうに向きなおる。 「ディン、わたしもね、エルスのこと、諦めきれないの」 「……知ってたんだ」 別に驚きはしなかった、なぜかそれを自分は知っていたような気がしていたから。 「認めたくないけど、いつもディンの瞳にはエルスが映っていたわ、 私の姿はディンには届いていなかった、ディンはあの頃から何も変わっていないのよ」 その言葉には鋭いとげがある、しかしまったく敵意というものは感じなかった。 「……そしてそれは私もそう、わたしもあの頃から変われてない。 もう誰も私のせいで失いたくないの、だから……わたしも行かせて!」 「ソウル……」 ディンはソウルを抱きしめる、なんだかとても安心したような気がする、 今まで自分はひとりでずっと考え込んでしまっていた。 でも今は一人ではない、自分にはソウルという大切な親友がいるのだ。 「ソウル、謝らせて、今までごめん……」 「いいの、わたしこそ、ディンをずっとひとりにさせてしまった。 もう逃げるのはやめる、ディン、わたし、あなたについて行くわ」 ソウルはディンをまっすぐ見つめる。 「行きましょう、ディン」 「わかった、ソウル、今更だけどありがとう」 ディンは素直な気持ちでソウルに伝える。 「……ありがとう」 ソウルは笑顔でディンを見つめ返した。 そして、小一時間ほど二人は無言で山を登り続けていた。 「……同じだ、あのときと」 「どういうこと?」 ソウルはディンにぴったりとくっついた姿勢で問いかける。 「ソウル、絶対に僕から離れないでね、これから吹雪になるよ」 「そんな! こんなに晴れてるのに!?」 ソウルの言うとおり現在の空は澄みきってふぶくような予兆も全く見られない。 しかし、ディンの予測どおり天候は急変した。 あっという間に一メートル先見えない吹雪となる。 「ディン、どうしてわかったの?」 「昨日と全く同じ状況なんだ……」 二人は肩を並べできるだけ体温を奪われないように登っていく。 「まるでこの山が山頂に来るのを拒んでいるみたいだね」 「ねえ、ディン、本当に山頂に行けばわたしたちは――」 「言わないで、僕たちにできることは、あの時の真実を知ることだけ、 それでどうなるかは分からない、でも決してそれは無駄じゃないはず、 ……信じるしかないよ」 ディンはただ前を見つめながら淡々と答えた。 「そうね、ごめんなさい」 ソウルはそれ以上聞くことはなかった。 「ソウル、きっと大丈夫だよ」 答えは返ってこなかった。 「……ソウル?」 いやな予感が脳裏をよぎる、 「ソウルッ! 返事して! どこにいるの!?」 叫び声は空しく吹雪の轟音にかき消されてしまう。 「うそ……」 それから先ディンは何をしたかは覚えていない、 気づくと山頂への最後の階段が目の前にあった。 四肢にいくつか傷が見える、どうやらここまで無我夢中で走ってきたようだ。 吹雪はいつの間にか止んでいた。 「ソウル……どこにいるの?」 今ならまだ間に合う、とにかく見晴らしのいい場所から探さなければ、 「とうとうここまで来たんですね」 「――ッ!」 背筋が凍るように冷たい声だった。 「だれっ?」 相手との距離をとるように振り返る、声からして敵意があるのは間違いなかった。 「君は……あのときの」 声の主はグレイシアだった。 「どうして分かってくれなかったのですか?」 「な、なにがだよ……」 質問の意味がわからない 「あなたがここへきてしまったばかりに、わたしはあなたたちを消さなければならなくなった」 「……っ!」 グレイシアの視線は氷よりも冷たく、そして深い悲しみを帯びていた。 恐怖、それ以外の言葉では表すことはできない。 ディンはその視線に思わず後ずさりしてしまう。 「なぜ! どうしてそんなことをしないといけないんだ!」 ディンは自らの士気がくじけてしまわぬよう、精一杯の声を張り上げる。 「主に従う、それが私に残された存在意義だから」 「ど、どういうことだ?」 全くディンにほ理解ができなかった、しかしそれを理解するときはすぐに来た。 「もういいわ、どうせここで終わりだから私が全部説明してあげる」 グレイシアの後ろに霧のように現れたのはユキメノコ、 「……」 表情からしてグレイシアの主というのは、彼女のことらしい。 「目ざわりなのよ、あなたたちは」 「なっ!」 唐突に言われる言葉にディンは思わず声をあげてしまっていた。 「この雪山はわたしの聖域、 あなたたちのようなけがらわしい存在が入っていいような場所じゃないのよ」 そう言うユキメノコの表情は氷のような冷たさの中に どこよりも熱い憎しみを感じられた。 「どうしてさ!」 ディンは恐怖にのまれぬよう反発する。 「いいわ、せっかくだから教えてあげる。下をごらんなさい」 そう言ってユキメノコは崖の真下を指差す。 「これは……?」 「もう誰も知る者はいなくなってしまった、氷雪花という草花よ。 この厳しい環境でしか育たない、希少な花」 ユキメノコは少しさみしげな表情でつぶやく 「こんなにも美しい花が今絶滅しようとしている、それも今生きているわたしたちのせいで」 ユキメノコは急にディンのほうを向く。 「わたしはここを守ろうとしているだけ、それをすることが悪いこと? さんざん警告もした、それなのにあなたたちはここまで来た! ……死んでも文句はないわよね?」 「――ッ!」 ディンは身構える。 「わたしだけを警戒してていいのかしら?」 「うっ!?」 背後に衝撃を受けディンは前方の岩にたたきつけられる、 積もっていた雪がディンに降り注ぎ、小高い山ができた。 「……」 無言でグレイシアが目の前に立つ。 「くっ……」 一瞬で体温が奪われてしまった。 「ほのおタイプだから有利とは限らない、わたし、[みずのはどう]がつかえるのよ」 表情を変えずグレイシアは言う、 「それよりも、お友達が近くにいるわよ」 ユキメノコがディンの左側を指差す。 「……っ! ソウル!」 そこには目を閉じたままのソウルが倒れていた。 「せっかくだから二人仲良く葬ってあげる、グレイシア、あなたがやりなさい」 「――っ!」 初めてグレイシアが動揺した表情を見せる。 「あら、そうだったわね、確かこの二人、あなたの幼馴染だったわねぇ」 「く……!」 「なっ……!」 ディンは体の痛みも忘れグレイシアを見る、グレイシアはディンから目をそらす。 「これが、あなたたちにおくられる最大の罰! どう? 幼馴染に殺される気分は! せいぜい苦しいものでしょうね!」 グレイシア自身も歯を食いしばって話を聞いている。 「エルス、エルスなのか?」 ディンはどうしても信じられずグレイシアにたずねる。 「……ええ、そうよ、でも今の私は私であって私じゃない、心の迷いで魂を捨ててしまった ただの愚か者、どうかわたしを昔の私とは思わないで……」 エルスは、ディンを決してみようとはしなかった。 「どうしてこの子がここに存在しているか知りたい? 教えてあげるわ」 「やめてっ! それだけは――!」 「この子はね、あなたたちを恨んでいるのよ」 「いやぁっ!」 その言葉はディンには十分すぎるほどよく聞こえ、 エルスの叫び声は空しく響くだけだった。 「そんな……うそだよね?」 答えは分かり切っていた、エルスの叫びが何よりも物語っている。 「この子は、わたしの吹雪ではぐれ、倒れた時にこんなことを思っていた。 どうして、わたしだけがこんな目に遭うのだろうって。 だから私は、彼女の肉体と霊体を隔離して、彼女の意志を実体化させた、 そして思った通りあなたたちはここへ来た、 ……まさか、この子があなたを助けるとは思わなかったけどね」 「ユキメノコ、あんた間違ってるよ……」 「何とでも言えばいい、わたしはここを守りたいだけ、他人からどう言われようと関係ないわ」 「ポケモンの命を奪い、さらにはものを独占して何が守りたいだよ! あんたのやってることは ただの欲望に従ってるだけにすぎない!」 ディンは何も考えず感情のままに従っていた。もう頭の中がごっちゃになり、 整理することができなかったからだ。 「うるさい! おまえに何がわかるっ! このか弱い花の希少さが! この地の神聖さがわかるものか!」 ユキメノコから激しいブリザードが巻き起こる。 「グレイシア、あなた自身でこの子たちにとどめを刺しなさい、 それがあなたの願い、存在意義のはず、さあ!」 「う……」 エルスはディンの前に立つ、 「エ、エルス……」 ディンは死を覚悟した、 「……!」 「はやくとどめを刺しなさい、それがあなたの望みだったはず、 すべてこの時のために今まで現世に存在していたのでしょう?」 ユキメノコの声が吹雪の中にこだまする、 「私は……」 「さあ!」 「それをもう望んでいない」 「――ッ!」 「初めは憎んでいたのかもしれない、でもディンを見て、ソウルを見て思ったわ、 私はディン達を道連れになんかしたくない!」 ディンが見たエルスの瞳は初めであった時のような冷たい瞳ではなかった。 かつてディンが恋した瞳、エルスの熱く、やさしい瞳だった。 「……そう、とんだ期待外れね、でもだからどうだっていうの? 所詮あなたは私が作り出した幻影に過ぎない」 「――ッ! ぐ……うっ!」 突如エルスがその場に崩れる、 「エルス! 何をした!」 「言ったでしょ? グレイシアは私が肉体と魂を隔離して作った存在だって、 いわば生死も私の手の中、この意味がわかる?」 ユキメノコは邪悪な笑みを浮かべる。ディンは思わず全身の毛が逆立つような錯覚に襲われた。 「うぐ……っ、ディ、ディン、ソウルを連れて帰りなさい」 エルスは精一杯苦しいのをこらえディンに笑いかける。 「うぅ……」 また自分は何もできない、目の前に大切な恋人がいるのに、 「ふふふっ! ここであなたたちはおしまい、この地は永遠に私だけの物、 さようなら、無力な子供たち……!」 ユキメノコの体から放たれるブリザードの勢いが増す、 突き刺すような冷気が襲う、 あっという間にディンの顔は雪まみれになる、 そしてその雪は生ぬるい水滴となり雪面へと滴り落ちた。 「……!?」 ユキメノコの吹雪の威力が弱まっている? 「ディン、ここであきらめちゃだめだよ……」 「ソウル!」 その光はソウル自身から放たれていた。 「くっ! ソーラービームの光ね、だけど、それができたからってなんになるの?」 ユキメノコから吹雪が一瞬だけ引いた。 「……っ!」 今しかない! ディンはひるんだユキメノコめがけ、最大火力のかえんほうしゃを放つ。 「――くっ!」 一時の静寂が場を支配する。 「う……」 一番先に動いたのはソウルだった、いや、動くというよりも倒れこむというのが正しいだろうか、 ソウルから光が引くと同時にディンに寄りかかるように倒れこんだ。 「ソ、ソウル?」 「あ、ごめんなさい……、また、迷惑かけちゃうね」 「そんなことないよ、ソウルがいないとみんなだめだった」 ディンは痛む体を引きずり、ソウルを日の当たる場所まで運ぶ、 「光合成、使えるよね、しばらく休んだほうがいいよ」 「ありが――ディン! 後ろ!」 「……っ!」 うかつだった、自分自身の力を過信していたのかもしれない。 「このままで終わるわけにはいかない……! せめておまえだけでも……道連れにしてやる!」 「ううっ!?」 すさましい悪意と怒りをユキメノコから感じる、 後ろを見ると、黒いオーラのようなものがユキメノコの周囲に集まっていた。 「このままこっちに連れ込んでやる!」 ディンに向かって黒い影が伸びる、 「くっ――!?」 何かに弾き飛ばされた。そして黒い影はその何かに当たる。 「よかった……、間に合ったね」 「エ、エルス?」 それはエルスだった、苦い顔をして二人を見つめている。 「き、貴様……! 最後まで私の邪魔を――」 言い終わらないうちにユキメノコは力なく倒れこんだ。 「エルス!」 ディンは痛みも忘れエルスのもとへ駆け寄る、 ソウルも体を引きずりながらエルスの元へ来た。 「ごめんね、二人ともこんな目にあわせちゃって」 「そんなことはいいんだよ! エルス、どうして――」 「いいのよ、私はすでに死んでる身、 ディ、ディン、ソウル、お姉さんらしいことしてあげられなくて本当にごめんね」 エルスの瞳から一滴の涙がこぼれる、それは雪面にはおちず、光となり昇華した。 「エルス、ディンを守ってくれてホントにありがとう……、 私、必ずエルスのように強くなる、今まで、ごめんね……!」 ソウルがエルスの手をつかむ、その手はもう目に見えて分かるほど透けてき始めていた。 「ソウル、あなたはもう十分に強いよ、ソウルがいなかったら私もディンもダメだった。 ……私のほうこそごめんね、こんな形でしか謝れなくて」 「エルス……」 ソウルはその場に泣き伏してしまった。 「ディン、ソウルを幸せにしてあげてね」 疲れた笑顔でエルスはディンに笑いかけた、もう時間がないのだろう、 エルスの体は雪のように白くなり今にも消えてしまいそうだ。 言わなければ、 「エルス、僕、君のことが――」 「好きだった」 「――え?」 「やっぱり、わたしも、ディンのこと、好きだった。 ……よかった、最後に伝えられて」 「エルス……」 「ねぇ、キスして……くれないかな、私の最後のお願い……いいよね?」 ディンは黙ってエルスにキスをした。 雪の冷たさの中にほのかな温かさがディンの唇に伝わる。 「ありがとう、ずっと大好きだよ、ディン、ソウルのこと、よろしくね……」 「あ……」 そのままエルスの姿は、形を失い跡形もなく消えていった。 それからどうやって帰ったのか、ディンは覚えていない。 話によるとディンはソウルにつれられるようにして帰ってきたらしい。 あれから一か月の時がたった、あれから山に登り遭難した人はいないらしい。 やはりあの吹雪はユキメノコによって意図的に作られていたものなのだろう、 村まで積もっていた雪も今や山の頂上に冠雪しているだけだ。 「ディン、おはよう」 「おはよう、ソウル」 あれからソウルはディンの家に同居している。 二匹ともあの時負った傷はすっかり完治し、普段と変わらない生活を送れるようになっていた。 「ディン、体は大丈夫?」 「うん、大丈夫だよ、ありがとう、ソウル」 二匹はまた、あの場所へと来ていた。 「ソウル、僕思うんだ、この氷雪花、エルスなんじゃないかって」 そう言うとディンはただ一本はえている氷雪花を摘み取る。 「……いいの?」 ソウルは心配そうな表情をしてディンに尋ねる。 「もともとこの場所には氷雪花は生えない場所だった。それは村から確認してる。 ソウル、今日僕がこの場所に来たのはね、君に話したいことがあったからなんだ」 ディンはそう言うと、崖際へと来る。 「ソウル、僕やっぱりエルスのことが忘れられない」 ソウルは黙ってディンの話を聞いている。 「でもね、僕、ソウルのこと幸せにするよ、きっとエルスの分まで幸せにする。 だから、これ、受け取ってもらえないかな」 ディンは先ほど摘み取った氷雪花をソウルに差し出す。 「ディン……」 ソウルは受け取る代わりにディンに口づけをした。 「ディン、私だけじゃない、二匹で、エルスの分まで幸せになりましょう」 風に吹かれ、ディンの摘み取った氷雪花が空へと舞っていった。 ---- ノベルチェッカーによる分析。 【原稿用紙(20×20行)】 44.2(枚) 【総文字数】 11993(字) 【行数】 574(行) 【台詞:地の文】 70:29(%)|8506:3487(字) 【漢字:かな:カナ:他】 25:54:10:9(%)|3086:6485:1223:1199(字) ---- これでこの作品は終わりです、最後まで目を通していただきありがとうございました。 なにかコメント等を残していただけるならうれしいです #pcomment(吹雪の中の陽炎/コメントページ,10) IP:61.7.2.201 TIME:"2014-02-26 (水) 18:00:23" REFERER:"http://pokestory.rejec.net/main/index.php?cmd=edit&page=%E5%90%B9%E9%9B%AA%E3%81%AE%E4%B8%AD%E3%81%AE%E9%99%BD%E7%82%8E" USER_AGENT:"Mozilla/5.0 (Windows NT 6.1; WOW64) AppleWebKit/537.36 (KHTML, like Gecko) Chrome/33.0.1750.117 Safari/537.36"