ポケモン小説wiki
君に響け! の変更点


#author("2024-06-08T12:42:11+00:00","","")
#author("2024-06-23T23:32:37+00:00;2024-06-08T12:42:12+00:00","","")
writer is [[双牙連刃]]

#include(第二十回短編小説大会情報窓,notitle)

「ねぇ、ドゴームってさ」
「ん?」
「いつも気が荒くて大声張り上げてるのが普通なんでしょ? 疲れないの?」
「知らないよ。それ、ドゴームの面汚しって呼ばれてる僕に聞く事じゃないでしょ」
「だってシンセと居るとそんな感じ全然無いからさー。シンセはいつも気怠そうにしてるけどねー」
「実際気怠いの……」
「えーひっどいなぁ! あたしと居る時くらいはもうちょいテンション上げてよー」
「それで上がった試し無いでしょ」

 人の頭の上に勝手に乗って寛いでるチルット。一応幼馴染に当たるソプラって名前のこの子と僕はよく自分達の群れを抜け出す、所謂悪ガキコンビだ。と言っても群れを抜け出して悪い事をする訳じゃない。物知りフーディンさんに教えて貰ってどういう物か知った、人間って言うのが建てた野外モニターとか言うのの所でよく駄弁ってる。興味本位で近付いてからある物が気に入って通うようになった。

「あ、そろそろ次の曲流れる時間だよ」
「おっ、次の曲はどんな曲かなー」

 二匹で野外モニターから流れてくるであろう音に耳を傾ける。フーディンさん曰く、フィールドワーク? とか言うのをしてる人間が時間が分かるようにしたり迷ったら目印に出来るように建てられた物らしいけど、僕等にとってのこれは聞いた事の無い人間の歌を聞かせてくれる不思議な物だ。

「おー……なんか胸にジーンと来る感じ……なんて名前の曲これ?」
「えっと……多分『風といっしょに』かな。読み方間違ってなかったらだけど」

 ゴニョニョの頃から僕は妙に頭が良かったらしく、フーディンさんに教わって他のポケモンよりも、少なくとも他のドゴームよりかは物知りだと自負してる。そのフーディンさんが昔人間と一緒に暮らして色々教わってたらしくて人間の使う文字って言うのの事もそこそこは教わってる。だから野外モニターに映し出された曲名を読むのは僕の役目だ。

「あっ、終わっちゃった……歩き続けて何処まで行くの、かー。素敵な曲だったね」
「胸に残る曲って奴だね。幾つもの出会い、幾つもの別れ……旅とかするといっぱいするんだろうね」

 野外モニターが変な物の紹介みたいのをしてる間は、こうしてソプラと聞いた曲の話をしたり思い出しながら歌ったりする。何回か聞いて覚えのある曲とかだったら一緒に歌ったりもする。僕はドゴームだけど、正直大声を張り上げるよりきちんと歌う方が好きだ。まぁ、ゴニョニョの頃から一緒につるんでるソプラの影響が大きいのは間違い無い。その所為で仲間のドゴームから思い切り浮いちゃったんだけどさ。だってただ大声で騒ぐなんて詰まらないんだもん。

「はぁ……やっぱりシンセと歌うの楽しい。しきたりの歌なんかと比べ物になんないや」
「あぁ、ソプラの群れってなんか歌合わせとか言うしきたりあるんだっけ」
「そーなのよ。群れの秩序? とか言うのを守る為に他のチルットやチルタリスと同じ歌を歌うんだけどさ、ここで聞けるニンゲンの歌に比べたらただの鳴き合いよ。皆でピーピーピョロローって鳴くだけのを歌とか言われても今更物足りないっての」

 ポケモン基準の歌なんてそんなもんでしょって僕が言うと、分かってるけど詰まらないの! と軽く突かれた。八つ当たりは勘弁願いたい。

「他の皆は今頃ピーチクパーチクやってんだろうなー。歌合わせ明日だし」
「それ大丈夫なの? しきたりの練習サボりとか」
「んー? 最悪群れからの追放も有り得るとか言ってたかなー」
「いやそれダメな奴でしょ」
「だって、歌合わせを終えたら群れの一員として働かなきゃならなくなるんだもん! こうやって野外モニターの所に来れなくなるし、シンセとも……!」

 そこまで言って、ソプラは僕の頭に顔を埋めた。少し濡れる感じがするのは、ソプラの涙の所為なんだろうな。
 そう言えば考えた事無かったな、ソプラと会えなくなるって。ゴニョニョとして生まれて、一緒の時期に生まれた皆のうじうじした反応を見ていて、なんでそんなに周りを怖がってるのかを疑問に思って、僕は初めて詰まらないと感じた。だからこそ一匹でふらりと群れから抜け出した。
 意味無く騒ぐドゴームの目を盗んで何の気も無しに歩き続けた先に見つけたのが、木の枝に停まっていたソプラだった。あぁ、そう言えばソプラも最初会った時に何してるのって聞いたら退屈だから空見てるって言ってたっけな。同じチルット同士の歌い合い、とは名ばかりの鳴き声を重ねるだけのやり取りにうんざりしてたらしい変なチルットと、親のドゴームやバクオングの喧しい声とゴニョニョ達のもじもじした反応に飽き飽きだった変なゴニョニョの僕。変な奴同士が知り合って悪ガキコンビなんて言われるようになるんだから、巡り合わせっておかしな物だよね。

「ねぇソプラ、僕達が野外モニターで初めて聴いた曲、覚えてるでしょ」
「……忘れてない。あの曲、なんだっけ? 今月のお勧めとか言うので毎日一回は流れてたし」
「そうそう。曲名は……」
「「ハジメテノオト」」

 曲名を言うのが被った事がちょっと面白くて笑い声がお互いの口から零れた。それからちょっとだけ忍び笑いをして、一つ息を整えて頭の中で歌詞を思い出す。歌い始めは……。

「初めての音はなんでしたか」

 ゆっくりと心に残る思い出を、初めて歌った歌や交わした言葉を思い出していくような穏やかで、温かい歌。偶然だったけど、この歌が僕とソプラが初めて一緒に聴いた思い出の曲。
 僕が歌詞を口ずさんで行くと、合わせるようにソプラも歌い出す。少し湿っぽくなった雰囲気を洗い流すにはこんな歌が丁度良い。僕の声とソプラの声が重なって、一つの歌を紡いでいく。……本当、歌が好きなドゴームなんて変わり者になれて良かった。こうして歌ってる時は心からそう思う。

「「世界の何処でも私は歌う。それぞれの初めての音を……」」

 歌い終わって、辺りが静まり返るとそっと風が僕達を撫でて行った。うん、気持ち良い余韻だ。と思ってたら頭の上からソプラが降りてきて僕の目の前に来た。

「歌詞の最後はそれぞれで歌うってなってたけどさ、私はこうやってシンセと歌うのが……好き」
「そうだねぇ、僕も一匹で歌うよりソプラと歌う方が良いかな。余韻の心地良さが違うんだよね」

 と僕が率直な感想を言ったらソプラ的には何故か不満だったらしく、ほっぺ膨らませながら嘴で突かれました。何故ぇ……。

「もう! そこはなんかもっと違う事言えないの!? 思い出の歌を歌って言う事が余韻が心地良いってさ!」
「えー? だって実際そうだしさ」

 あらら、ぷりぷりし始めちゃった。……だって、言えないじゃない。僕はドゴームでソプラはチルットだ。これからも一緒に歌おうかなんて言ったら、きっとソプラは僕と一緒に居る事を選んじゃう。けど僕の、ドゴームの群れにソプラは連れて行けない。あんな喧騒の中にソプラを連れて行ったら間違い無く体壊す。そんなの僕が嫌だ。となれば僕とソプラが一緒に居る方法は一つ。お互いが同時に今の群れを抜ける事が必要になる。僕がソプラの、チルットやチルトリスの群れに迎え入れられる可能性とかある訳無いし。
 だから、誘えない。誘っちゃいけない。ソプラの事が大切なら、尚の事。

「はぁぁ……シンセが言ってくれたら私は……」
「はいダーメ。とりあえず明日の歌合わせには出てみなよ。それで本当にしきたりの歌を歌うのが嫌ならさ」
「嫌なら?」
「僕達の歌う歌の方がずっと楽しいぞって自慢してやろうか、ソプラの群れにさ」
「それって……」

 ソプラが言おうとした事を遮って、だから今日はまたねって言って歩き出した。どっちかと言うと、ソプラよりも僕がちょっと時間を欲しかったって感じだ。ソプラと一緒の時間が無くなったら、ソプラが僕の頭の上や隣に居てくれない明日が……色褪せて詰まらない物だなんて、僕が一番分かってるんだからさ。

 ソプラと別れて自分の群れに戻ってきた。相変わらず大した意味も無く大声を張り上げて空気を振るわせてる。僕にはこの調子は合わないって、とっくに分かってた事なんだ。ソプラが泣いたり寂しそうな目を僕に向けるまで踏ん切りが付かない意気地無しだから、居ればとりあえず生活出来るここを離れるって選択が出来なかった。でも、理由が出来ちゃったからね。うだうだなんてしてる時間はもう無い。今日が僕のこの群れで暮らす最後の日だ。……ソプラもそういう暴露話をもうちょっと早くしてくれれば心の準備も出来たんだけど、今更だね。

「けど群れを離れてどう生きようか……ちょっと完全にこの辺りを離れる前に、フーディンさんに相談して行こうか」

 喧騒に苛まれる安寧よりソプラを選ぶ馬鹿になろうとしてるんだ、少し以上に苦労する事は予想出来る。それでもソプラを諦めるよりはマシだ。

「おい、お前! またこんな暗くなるまでどっかに行ってたのか!」
「……何? それがどうかした?」

 仲間のドゴームから呼ばれた事で、ここでは僕はシンセですらない事を思い出す。この名前、ソプラが呼ぶのに名前あった方が良いって付けてくれたんだよね。
 群れに居るドゴームに決まった呼び名は無い。皆で騒いでたら満足な群れの連中からすれば、いちいち呼び名を決める事すら煩わしいらしい。常に大声に包まれてる所為で頭のネジが吹き飛んで何処かに飛んで行っちゃってるんだろうね。

「お前は群れのドゴームだって意識が足りぃぃぃぃん! もぉっと大声を張り上げろ! 大声は無敵で最強だ! どんなポケモンが来ようが俺達が返り討ちに出来るように訓練をしろぉぉぉぉお!」

 ……ゴニョニョから進化した時に僕は一つの結論を出した。何故ドゴームは進化したら気が荒くなり大声を張り上げるようになるか。それは……何の事は無い、ゴニョニョの時と同じく、周囲が怖くて怯えているからだ。怖いから大声を上げて常に周りを威嚇し、自分が怖い存在だと錯覚させたい。でないとゴニョニョの頃から全く変わらない、臆病者の集まりだとあっと言う間に気付かれてしまう。進化しても特に気持ちに変化の起こらなかった僕自身がその証明だ。

「煩いな……常に出してなきゃならない大声なんて無駄なんだよ。必要な時に必要なだけ出せばそれで十分だ」
「なーにぃ? そんな心構えでいざと言う時に戦えるかぁぁぁぁ! お前は! あんなチルットと一緒に居るからそんな軟弱な考えになるんだ!」

 もしそれが軟弱者の定義なら、僕は軟弱者でいいよ。お陰でソプラと一緒に居られるんだし。あぁ、別に隠してないからだけど、僕がソプラに会ってる事は群れに周知されてる。それの何が悪いって僕が凄んでからとやかくは言われてないけどさ。

「まぁ! あのチルットと一緒に居られるのも今日までだがな!」
「はっ? なんでそれを知……」
「明日ぁ! 俺達は自分達を強さを見せつける為! 歌なんて貧弱な物しか出せないチルタリス達の群れを襲い、奪う! 群れも大きくなってきたからもっと広げないとならないからな! 手始めの一歩としてボスが決めたのだぁぁぁ! がははははは!」
「……は?」

 馬鹿笑いするドゴームの一言に、僕の頭の中は引っ掻き回された。チルタリスの群れを襲う? それってまさか、ソプラの群れ? 少なくとも野外モニターに通って来れるほど近くにある群れを僕は他に知らない……冗談にしても笑えない冗談だ。
 けど、どうやら冗談じゃないらしい。呼応するように大声を出すドゴーム達の中に僕を取り囲もうとする連中が混ざってる。そして、群れのボスのバクオングが僕の前に立ち塞がった。なるほど、明日の襲撃を邪魔されないように、か。

「これは群れの決定だ! 誰であろうと意義は認めん! チルットやチルタリスのような軟弱なポケモン、儂等のハイパーボイスで根絶やしだ! ぐぅわはははははは! だが、お前はあの軟弱なポケモンと仲が良い! 許されん事だ! そのおかしな考えが治るまで、俺達のハイパーボイスを聞き続けろぉぉぉぉ!」
「あぁ、そうかい……」

 なるほど、これが溢れそうなくらいの……怒りって奴か。流石にドゴームでも寝静まる夜中にこっそり抜け出してサヨウナラにしようかと思ったけど、計画変更だ。この群れは……僕が叩き潰す。
 大きく息を吸い込んで、強く足を踏み込む。ハイパーボイスは声を強力な衝撃波として放つ技だ。拡散すれば広範囲の相手を攻撃出来る。ならそれを一点に、前方にだけ収束して放つとどうなるか? 僕のそのちょっとした疑問を形にするのに、そう時間は掛からなかったよ。

「ふざけるなよ……馬鹿やろぉぉぉぉぉ!」

 発声と共に開放した僕のハイパーボイスは目の前のバクオングを吹き飛ばし、その後方に居たドゴーム達も薙ぎ倒した。さぁ、開戦だ。

 ……大声を全力で出して大暴れして気分がスッキリしてる辺り、腐っても僕はドゴームなんだなって自己嫌悪してる。登る爽やかな朝日を重い溜め息と共に迎えるのはこれっきりにしたいもんだね。
 僕の取って置きの隠し技、収束型ハイパーボイスこと実験協力のフーディンさんの付けてくれた名前の技、ボイスバズーカは容赦無く仲間……いや、元仲間を吹き飛ばして群れを引っ掻き回した。ご自慢かつ日々鍛えていたらしい大声や技を真正面から同じ大声の技で打ち破ってやったんだ、あの小心者共は少なくとも一週間は立ち直れないだろうさ。ボスのバクオングに至ってはゼロ距離でボイスバズーカ、は流石に致命傷になるだろうから加減したハイパーボイスを叩き込んでやったから物理的に一週間は動けないと思う。我ながら派手にやったもんだ。

「ま、群れは出る気だったし、馬鹿な事しようとした罰が当たったとでも思わせとけばいっか」

 そんな事をした僕は当然群れに居場所なんて残る訳も無く追放。というか真面に喋れるドゴームが残ってなかったから勝手に出てきた。次世代に当たるゴニョニョ達に罪は無いからね、親を亡くさせるような事も無かったしいいでしょ。
 これで僕は晴れて自由の身。安定した生活は失ったけど、代わりに何処に行くのも何をするのも群れに気兼ねをする必要は無い。このまま姿を消すのも有りかなとちょっとだけ思ったけど、後から物凄い勢いで呪われそうだから幼馴染殿の所に向かってる。ソプラの群れの場所は前に一回だけソプラに案内してもらったから知ってる。野外モニターのところで歌い疲れたから乗せて送ってって駄々捏ねられて仕方なくね。確かもうそろそろ縄張りが近いから流石に慎重に……っと、木の上にチルタリスが停まってるのが見えた。群れには着いたみたいだな。
 ここからどうにかしてソプラを見つけたいところだけど、こと今日に至っては予測は立て易い。なんせ群れのしきたりで決まってる歌合わせをする日だ、群れのポケモンは大抵集まってるでしょ。それを探せばいい。僕が見掛けたチルタリスは多分縄張りの見張り番だろうね。

「この木なら手頃かな。よっ、と」

 鳥ポケモンじゃなくても木の実を採る為に木登りくらいは出来るポケモンは結構居る。僕もその内の一匹で、よじよじと枝ぶりの良い木に登った。基本的にチルットやチルタリスは飛んでない時地面に降りてくる事は無い。よっぽど気を許した相手の頭の上に降りてくる事はあるらしいけど、基本的に飛ぶポケモンにとって地面に近い場所は不利になるから、安全が確定してなければ降りる事は無い。だから探すなら外敵が来てもすぐに空に避難出来る木の上を探す方が上策だ。

「どれ……おっ、ビンゴだ」

 木が葉っぱの代わりに白い雲でも生やしてるのかってくらいチルットやチルタリスが集まってる所を発見。しきたりの歌合わせが行われる場所で間違い無さそうだから、もう少し近付いて見てみよう。野外モニターの傍に長く居られるように身を隠すのは大分上手くなったつもりだから、それぞれのチルットの姿が分かるくらいまでなら気付かれずに近付ける筈だ。
 登っていた木から降りて、チルット溜まりの木に近付いて再度良さげな木に登る。まだ遠いけど、なんとか表情とかも見える位置で隠れられた。見張りチルタリスなんかに見つからないように警戒はしつつ、ソプラを探してみるか。

「んー……チルットの皆々様、やってやるぜ! って顔してるねぇ。ま、一人前として認められる場らしいし、当然っちゃ当然か」

 そんな熱意に満ちる場で浮かない顔を探すのはそんなに手間じゃなかった。沈んだような、落ち込んでるような、一言で言えばらしくない顔。気乗りしてないのがはっきり顔に出ちゃってるけど、周りのチルットは全然気にしてないみたいだな。あんな中に居たら退屈だなんて言いたくなるのも分かるよ。
 おっと、ざわついてたチルット達が静かになった。そろそろ始まるみたいだな。
 音頭取りのように一羽のチルタリスが鳴いて、それに続くように一斉に集まっていたチルット達が鳴き始める。……いやまぁ、透き通るような綺麗な高音の合唱なんだよ? けど、言っちゃえばそれだけなんだよな。合わせて、鳴いているだけ。この鳴き声には意味が篭ってない。全員が一切ずれないように声を合わせて鳴いているだけ。耳に心地良いけど、心に響いて来ない。それじゃあ僕は、僕達は満足出来ない。

「そりゃソプラが退屈だって言う訳だ」

 今もソプラの顔が、声が物語ってる。私の歌いたいのはこんな鳴き声の寄せ集めじゃない、想いの籠った歌なんだって。なるほど、僕とソプラの気が合う訳だ。僕達の群れに感じる退屈さは、根っこが同じだったんだ。
 もしあの野外モニターから流れてきたのが音の旋律の無いただの案内だったら、結局僕達は退屈だけど安定はしている群れでの生活に溶け込んで行って、いずれは感じた退屈も、お互いの事も忘れてただのドゴームとチルットになってたんだろうと思う。

「けど、今は違う」

 心を揺さぶる曲が、歌があるのを知った。その楽しさやワクワクを一緒に感じられる心友が居る事を知った。そしてそれは、安定を捨ててでも求め続けたい物だって知ってる。だったら、やる事は一つだ。
 腰掛けていた枝に立ち上がって、大きく息を吸い込む。面汚しと言われる程大声を張り上げる事に興味の無い僕でも、その大声に心から呼びたい相手の名前を乗せるなら、嬉々として叫ぼう。そろそろ退屈なチルット達の歌合わせも終盤だ、申し訳無いけど僕の我が儘で……ぶち壊させてもらう。

「ソォォォォプラァァァァァァァァ! 君も僕も、こんな歌じゃ満足出来ないよなぁぁぁぁぁ!」

 僕の渾身の大声は空気を震わせ、大勢のチルット達の合唱すら吹き飛ばした。透き通る良い声なんだけど、今はちょっと邪魔なんでね。少し黙ってもらうとしよう。
 ソプラと歌い合う時よりもずっと大きな声で歌う、僕達の心を震わせた歌。何を歌うかはチルット達の合唱を聴いて……いや、ソプラの悲しそうに見えるくらい寂しそうな顔を見て決めた。曲名は、『ひとりぼっちじゃない』。僕のありったけの声と想いを乗せて歌う、ソプラに送る初めての歌。野外モニターで聴いた曲には声だけじゃなく伴奏って言うのもあったけど、生憎僕はそんな伴奏なんて音は出せない。僕の声だけで勝負だ。

「海に風が、朝に太陽が必要なのと同じように、君の事を必要な人が、必ず傍に居るよ!」

 孤独に震える誰かを励ますように、大切な誰かが前に進むのを諦めてしまわぬように支えたいと伝えるような歌詞を紡いでいく。昨日言わなかった僕の本心、ソプラとこれからも一緒に歌を歌いたい、隣で笑い合っていたいって気持ちが伝わるように。

「空に月が、花に蜜蜂が必要なのと同じように! 君の事を必要な……僕が! 必ず傍に居るよ!」

 ……勢いで少しだけ歌詞を変えて、思った以上の恥ずかしさに顔が真っ赤になる感覚がする。中途半端に歌を終わらせるのもカッコ悪いから歌い切ったけど、やらかしたなーこれ。うっわ恥ずかし……。
 流石に大声で歌を歌い切るのは思った以上に疲れた。息を整える為にゆっくり深呼吸をしてると、チルット溜まりの中から一羽のチルットが飛び出してこっちに飛んでくる。誰かは、見なくても分かるよ。

「……大声で歌うなんて慣れない事するから、時々音外しちゃってたじゃん。それに、ちょこっと歌詞変えてるし」
「ははっ、バレた? やっぱり慣れない事するもんじゃないね」

 ふわりとソプラの羽が僕に触れて、唇にちょんとソプラの嘴が触れた。いやぁ、言葉にするとそれだけなのに、すっごい恥ずかしいんだけど。

「こんな回りくどい事しないで昨日ズパーっと言ってくれれば、私はあんな顔して歌合わせに出なくて済んだんだけど?」
「いやでも、心の準備とか必要でしょ? 僕は僕で済まさないとならない事あったしさ。まぁ色々話したい事はあるけど……」
「うん、そうね。続きは……」
「「逃げてからって事で!」」

 そりゃドゴームである僕がいきなり全力で熱唱すれば虚を突かれて皆キョトンとはさせられると思ってやったけどさ。歌い終われば当然侵入者だー! の大合唱ですよ。さーぁ全力ダッシュで大逃亡だ。
 逃げてる途中でソプラは追い掛けてきてるチルタリス達に「私、この群れ抜けるからー!」って叫んでたけど、別れの挨拶それでいいのかなぁ? そうなった原因のお前が言うなって怒られそうだけどね。
 そのまま走って、ソプラが縄張りから抜けたよ! って言うところを走り抜けて暫くしてから止まって休む。いやー走った走った。我ながら馬鹿やったなー。

「……ふふっ、あはははは! あーぁ、言っちゃった! 私、群れ抜けるって!」
「言っちゃったねぇ。いいの?」
「それシンセが言う? ……傍に居てくれるんでしょ?」

 仰向けで大の字で寝転んだ僕の前に来て、ニヤリと笑いながらソプラがそう言う。あー、これこの事で暫く弄られるんだろうなぁ。変にカッコ付けて歌詞変えて歌ったりしなきゃ良かった。

「ちぇ……あんなに盛大に言っちゃったら、やっぱり止めたなんて言えないか」
「当たり前。末長ーくお世話になるからねっ」

 悪戯っぽく笑ったソプラの顔を見て、僕の顔も笑顔になる。こりゃ、腹括るしかないね。

「それで、これからどうしよっか?」
「それね。まずはフーディンさんの所に群れ抜けちゃったって伝えに行って、ついでにもっといっぱい曲とか歌とか聴ける場所無いか尋ねてみない? 帰るとこ無くなっちゃったし、どうせなら好きな事やって楽しく暮らしたいでしょ」
「あ、それ良い! じゃ、まずはフーディンさんとこにしゅっぱーつ!」
「……って言いながら僕の頭に乗るのね」
「いいでしょー? ほら、私がチルタリスになったら今度は私が乗せて空の旅したげるから」
「それちょっと魅力。まぁその頃僕がバクオングになってなかったらね」

 そんな話をしながら、僕とソプラの旅は始まる。最初の目的地はそんなに遠くないけど、その先は無計画で無限大の旅路だ。けどきっと、退屈はしないで済むんだろうな。

「そう言えばシンセも帰るとこ無いみたいに言ってたけど、群れはどうしたの?」
「ん? 抜けてきたよ? 馬鹿な事しようと企んでたみたいだからついでにボッコボコにしてきた」
「……いやそれどういう事ぉ!?」

 こんな騒がしくて、一緒に居ると楽しいソプラが傍に居てくれるしね。

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