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千の星が降る丘の上で の変更点


#include(第三回仮面小説大会情報窓・非エロ部門,notitle)

[[座布団]]


いくつもの虫ポケモン達の声が草原に響き渡る。雄達が番を見つけるべく狂ったように鳴いていた。虫ポケモンの放つ光の中、彼女は無造作に生い茂った草と咽せるような恋歌を掻き分けながら進んだ。彼女が近づくと歌は止み、彼女が遠退けば再び歌は響く。そんなことを彼女は気にとめなかった。ゆっくり、ゆっくりと彼女は丘に向かって大地を踏む。虫ポケモン達の声がみるみる遠ざかる。丘の頂上であろう場所で彼女は歩みを止め腰を下ろした。彼女の妖艶に輝く体毛は、まるでガラス細工のように艶やかで、金色だ。九本の尻尾は規則性のない美しい動きで見る者を惑わせる。ふと、彼女がルビーのような目で空を見上げた。夜空には彼女の美しさすらも霞ませるように何億もの宝石が散りばめられていた。その中でも一際目を引くのが巨大な彗星だった。千年彗星。名の通り千年に一度、七日間だけこの星に姿を現す幻の宝石。今日はその七日目だった。人々はこの間、先程の虫ポケモン達を凌駕するほど狂ったように騒いだ。それ程この彗星を拝めたことは幸運なことなのだ。そんな
奇跡のような光景を見ても、彼女の目はそれ以上は輝かなかった。それどころか曇る。何処からか吹いた風が草原の暗がりを波のようにうねらせた。波は丘を登り彼女に押し寄せる。彼女は夜空を眺めていた目をキュッと瞑り、波に身を任せた。風は細波のように彼女を呑み込んだ。頬を胸を尻尾を、体毛を掻き分け靡かせ全身をすり抜ける。それが酷く冷たく身にしみた。やがて波が辺り一帯を包んだ。微かに聞こえていた恋歌が一斉に止む。寒い、酷く寒い。季節は夏、肺に入る酸素は日中、日に灼かれていた為、仄かに熱い。自身も命の源は炎だった。それなのに寒くて堪らない。仕方のないことだ。誰にも変えられない運命が彼女にも訪れようとしていたのだ。彼女も自身の炎が消えかかっているのを悟っていた。尻尾の中の力は既に底を尽きかけていた。そうでなければ此処に来ることは絶対になかった。今も昔もこの場所だけは姿を変えない。彼女の記憶には悲しみが雪のように降り積もった此処があった。それももう直ぐに溶けることだろう。だからこそ、此処に来たのだ。約束を果
たして全てから解放される為に。彼女の命が風に吹かれてゆらゆらと揺れる。今にも吹き消されてしまいそうだった。彼女もそれを心から望んでいた。意識がゆっくりと沈んで行く。寒い、酷く寒い。
「おっと、まだ逝かないでくれないかな」
そんな暗闇の淵から彼女を引っ張り上げたのは、遠い昔に聞き覚えのある声だった。忽ち、彼女の鋭い耳がそれに反応してピクリと跳ねた。彼女がそのルビーのような瞳を再び覗かせる。目の前には千年彗星を背後に宙に浮かぶ何者かが居た。逆光で見えづらかった影はゆっくりと彼女の目の前に降り立った。その全貌が明らかなると彼女は確信した。
「ジラーチ?」
暗くて良くは見えないが彼、ジラーチは微かに微笑んだ。千年彗星の出現と共に長い眠りから目覚めるポケモンだ。彼にお目にかかれるのも彗星が姿を見せている間だけだった。
「久しぶりね…私のこと覚えてるかしら?」
「勿論、僕にとってはミヤネと君が泣いていたのは八日前のことだからね。だけどあのお転婆の君がこうも綺麗になっちゃうなんて」
「綺麗だなんて言われる歳じゃないわ」
待ちわびた訪問者に、彼女は暗み掛かった表情を一変させて答えた。
「正直、君はこの世界にはもういないのかと思っていたよ。最後の最後に会えるなんて奇跡としか言いようがないよ」
「いないとは酷いわね、あなた以外にも沢山の約束約束してしまったから簡単には逝けないわ」
「なるほど、まあそれは置いといて。空気はだいぶ汚れているけど、やっぱり此処は星が綺麗だ」
「そうね、とっても素敵だわ」
「はは、君は嘘も吐くようになったのかい?」
「あら?どうして嘘だと思うの?」
「僕じゃなくても見れば分かるって」
「そう…」
ジラーチの言う通りだ。彼女は千年彗星の浮かぶ今宵の空には微塵も感動を覚えてはいなかった。彼女が千年彗星を見るのは二度目なのだ。彼女の果てしなく永く、永遠にも思えた時は、彼女自身にも曖昧な物となっていた。しかし、彗星との再開は、今までの永すぎた生涯の特に辛い時間を彼女に鮮明に思い起こさせるのだ。ジラーチが横に座った。短い脚を投げ出した彼の胸には、既に開きかけた大きな三つ目の瞳があった。彼女は再び暗がりかけた表情を静かに隠した。それを知ってか、ジラーチは千年彗星を見つめながら言った。
「それにしてもあの大きな星は何時見ても忌々しいよ」
「何を言ってるの?千年彗星がなければあなたは目覚められないのよ」
「それが気に食わない所だよ」
自身の活動の源を嫌うとはどういうことだろうか。明らかに負の感情が込められていた声に、彼女は思わず聞き返した。
「どうして?怖いとは言っていたけどそれと同じ理由?」
「君になら分かるんじゃないのかな。大きな魂を持ってしまったのだから君も相当辛かっただろ?」
「何故…そう思うの?」
「さっきも言っただろ、見れば分かるって。君の目は曇りきってるよ」
「そうね、あなたが寝ている間に色々なことを見てきたからね。そうなるのも当然かもしれないわ」
「その痛みも直になくなるだろう君は?」
「随分と冷たいことを言うのね」
「君自身が望んでいることだからね」
ジラーチの一方的な、それでいて図星を突く発言に彼女は多少の苛立ちを覚えていた。それでいて何も言えなかった。ジラーチから伝わる負の感情が彼女の非ではなかったからだ。
「だけど僕は断片的だけど君よりも遙かに多くの物を見てきた。そしてこれからも、君よりも別れを繰り返しながらそれを見ていかなければならないんだよ」
ジラーチの頭の短冊が風に揺られた。
それが彼女にジラーチを酷く不憫だと思わせた。彼女をも凌駕するジラーチの生命力は、彼自身には辛い思いをさせているだけのものだった。彼女の辛く永かった生涯などジラーチにとっては一週間前のことのようなものなのだ。これからも彼はどれだけ辛い思いをするだろうか。彼の辛さが少しでも分かる身として混沌とした思が彼女の胸を締め付ける。それを察したのかジラーチは彼女に微笑んだ。
「ごめんごめん、少し言い過ぎたね。君に会えて嬉しいのは変わらないよ、炎華(エンカ)」
自分の名前を呼ばれたのはいつ以来だったろうか。彼女は記憶を探るように目を細めた。最早、この名前を知っているのは自身とジラーチだけだ。
「じゃあ時間がないから早速だけど記憶を見せてもらうよ」
「話さなくていいのかしら?」
「思い出すだけで良い。目を瞑って集中して」
彼女は言われたとおりにした。ジラーチは彼女の頭に手を当てると念力で頭の中を探り始めた。



その丘から少し離れた人の集落で私は生まれた。最も古い記憶は、殻を破った私を見るや否や何かをわめき散らしていた人間の姿だ。それがミヤネだった。人間と自然が共存できていた時代。今よりずっと星空が綺麗だった頃、人間が今よりずっとまともな考えを持っていた頃。待ち受ける苦痛など知らずに私は日々命に花を咲かせていた。ジラーチに出会ったのは私の尻尾の本数が丁度、六本に枝分かれした頃だったろうか。今と同じように千年彗星が輝く夜空。当時の人間達はその光景を不吉の前兆として忌み嫌ったが、ミヤネは既にズレた考えを持っていた。皆が寝静まった後のこと。私の反対を押し切り見張りの目を潜り、彼は彗星を見に走った。渋々私も怯えながら彼の後を追った。だが、いざ丘の上に上がると私は言葉を失った。穢れないその頃の夜空には、今よりもっと多くの星達がこの地を照らしていた。その中に一際輝く千年彗星。あれが災いの前兆などとは思えなかった。降り注ぐ星光を新緑の絨毯が受け止め黄緑色に輝く。大自然の宝石箱。あれだけ嫌がっていた私は早々に
その光景に心奪われた。それはミヤネも同様だった。暫くの間互いに動けずにいた。ふと、ミヤネが小さな手で小さな私を持ち上げて空に翳した。
「ほら、来て良かっただろ?」
「うん!!すっごい綺麗!!」
得意げに言うミヤネ。私は大きく頷いた。今にも星に届きそうで私は思わず前脚を伸ばした。そして、それを掴んだのがジラーチだった。当然私は驚いた。それ以上に驚いてしまったのはミヤネの方だった。その拍子に、酷いことに私を手から離したのだ。私の前脚はジラーチからもすり抜けた。突然の連続に私は体勢を立て直すのも忘れていた。加速した心臓の鼓動が収まらぬ内に私は更に、物理的衝撃に見舞われた。新緑は私の体重を支えることができず、腰に激痛が走った。私は驚いたことなど忘れて忽ち泣いた。ミヤネは私を直ぐに抱き上げて抱きしめた。それから何度も謝ってくれた。彼の温かい胸の中で嗚咽を漏らす。その私の耳に最も良く入ってきたのは、ジラーチの笑い声だった。泣き止んだ私はミヤネの腕を勢い良く跳ねた。今度こそ絨毯の上に着地するとジラーチに怒りを撒いた。一応は彼も手を合わせる。だが、依然としてジラーチは笑っていた。それに吊られたのかミヤネすら笑っていたいた。私は当然、それにも怒る。しかし、子供の持つ心とは不思議なもので、直ぐに
怒りは収まってしまっていた。その後には既にジラーチと親しくなっていた。


何時の間にか絨毯が赤く染まり始めていた。気づかぬ内に夜が明けかけていたのだ。眠気すらも感じなかった私服の時はあっと言う間に過ぎ去り、私達は慌てて集落に戻ったのだ。結局その日は殆ど寝ていない。お陰で昼間は私もミヤネもずっと目を擦っていた。彗星が見える以上、昼間は外には出れない。だから次の夜も、次の夜も、私達は丘に上がりジラーチと会った。彼の話は私達を飽きさせない。彼が言う大昔の話は私達の頭の中に知らない世界を広げた。それが楽しくて仕方がなかった。話を聞いている間だけ、私達の寝不足の疲れは飛んでいた。千年彗星と共に突然やってきた不思議な友達。彼とはこれから先永く付き合える仲だと、私とミヤネはそう思っていた。少なくともジラーチだってそれを願った筈だ。だが、別れは彼がやってきたように突然だった。そして、これが私にとっての最初の別れだった。千年彗星が殆ど見えなくなった夜だった。集落は安堵に包まれていた。何せ災いが起こらない内に彗星が居なくなろうとしているのだ。今日は彗星の輝きが強かった頃に比べて
見張りの人数も減っていた。抜け出すのは容易だった。しかし、大変だったのはその後で、何時もならば集落を少し出た辺りで走り出すミヤネは一向に覚束ない足取りのままだった。欠伸も沢山出ている。疲れが限界に達しているのは目に見えていた。私ですら疲れているのだから当たり前だ。ミヤネが人である以上私のような生き物よりも身体が弱いのは仕方のないことだ。ましてや彼はまだ子供だ。私は子供なりに彼を心配し、今日は帰るように促した。しかし、彼は言うことを訊いてはくれない。そのまま暫く歩いて、遂には足がもつれて顔から新緑に飛び込んだ。私は驚いてすぐさま彼の顔の近くに駆け寄った。
「ミ、ミヤネ!?大丈夫?…痛いところない?」彼はそれには答えずにゆっくりと立ち上がった。心配する私をよそに顔を何回か振って髪に付いた土を落としていた。それから隈のできた目元を細める。私の頭を撫でながら彼は言った。
「夜も星が綺麗だけどさ…それは偶ににして明日からは昼間に来ないと駄目みたい」
私が勿論そうしろと言うと彼はもう一つ欠伸をして再び歩き始めた。丘の上に登るといつもの通りジラーチは既にそこにいた。私達に気が付いた彼は宙に浮いたまま直ぐさま私達の顔を覗き込んだ。
「二人とも酷い顔をしているよ」
「ここの所君に会うために寝不足なんだよ」
「それは嬉しいけど、ならわざわざ夜に来ることないじゃないか。それとも夜じゃないと会えないとでも思ったのかい?」
「違うよ、皆あの大きな星を恐がるから外にはなかなか出られなかったんだ」
ミヤネが掠れた彗星を指差した。ジラーチはそれを見て静かに笑った。
「ミヤネも怖かったのかい?」
「いいや、怖かったらあの夜に君とは出会ってないよ」
「確かにね、炎華はどうだい?」
私は首を横に降った。
「最初は怖かったけど、ミヤネと一緒に見たら凄い綺麗だったよ」
「なるほど二人とも頼もしいね」
ミヤネと私はそれが少し照れくさくて、互いに目を合わせて笑った。でも、ジラーチは笑わなかった。
「僕はね、あの星が怖くてたまらないよ」
それどころか、そんなことを言うものだから私達は驚いた。ジラーチがこんなに暗い顔をしたのは初めてだった。
「どうしたんだい急に、君らしくないじゃないか」
「ミヤネ、炎華ごめんね…」
「謝られるようなことはされてないよ。ほら、いつもみたいに話を訊かせてくれよ」
「ごめん…もう、話をできる時間は残ってないんだ」
何故、突然そんなことを言い始めたのか、訳が分からなかった。
「なんだよ…ジラーチ、どういうことだよ」
ミヤネは怒ったように言った。
「あの大きな星が消えたら…僕は君達とお別れしなくちゃならない」
「それじゃあ分からないよ。ジラーチ、ちゃんと説明してよ」
私の声は震えていた。ジラーチはゆっくりと消えかけた彗星を指差した。
「僕はね…あの星が見れる間しか起きていられないんだ。あの彗星がこの星に現れるのは千年に一度だけ」
「じゃあ…もう会えないってこと?」
「そうだよ。僕は君達にう前も千年間、眠っていたんだ」
私は既に泣き出した。友達との突然の別れに幼い私は耐えられなかった。
「炎華、泣かないで」
「だって…だってぇ…」
ジラーチが私の頭を撫でてくれた。それでも私の涙は止まらない。
「…君が望むならまた会えるから」
「うん…私またジラーチの話聞きたい…」
嗚咽を漏らしながら言う私にジラーチは微笑んだ。
「今度は君の話も聞きたいな。僕が寝ている間何があったのか教えて欲しい」
「うん…約束する…」
「ありがとう」
この約束が本当に果たせるなんて、この時の私は思っていなかった。
「ジラーチ…」
ミヤネの声も震えていた。彼は唇をキュッと噛み締めていた。
「俺も千年間ここで待ってるから…」
「ありがとう…ミヤネ」ジラーチに付いているヒラヒラが彼の身体を包んだ。
「じゃあまたね…」
その言葉に私の止まりかけた涙も、堪えていたミヤネの涙も、忽ち溢れ出した。彼は本当の星のように眩い光を放った。そして、大地に静かに消えていく。
「ジラーチ!…」
ミヤネが彼の名前を叫んだ。だが、その声に答える者はいなかった。ジラーチの沈んだ所から大地に光の波が走った。それは空に輝く星を凌駕する程の美しさだった。その光が彼方に消えていく。そこに残ったのはジラーチに出会う前の夜空だった。

そんなことがあって暫く経った。ミヤネが死んだ。病気などではない。単に寿命だった。暫くと言ったが彼は既に老人になっていた。彼から貰った石により、私の身体は美しくなり尻尾は九本に増えていた。私はまだ若かった。彼の横たわる毛皮の隣で私は前の日から彼を見続けていた。他にも何人か私達より後に生まれた人間がミヤネを見ていた。骨と皮だけになってしまったような手で彼は私を撫でた。
「炎華…俺はもう…駄目だな」
「そんなこと言わないで…ジラーチともう一度会うんでしょ?」
私は歯を食いしばってミヤネを励ました。
「ああ…子供の頃に…したなそんな約束…」
彼は遠い目をした。あの時のことを思い出しているのだろう。
「あの時は…炎華はまだロコンだったよな?」
「ええ、そうよ…」
「あの頃は可愛かったな…」
「何よ…今も可愛いでしょ…」
「今は可愛いと言うより…綺麗だよ」
「…本当に馬鹿…なんだから」
ミヤネが笑った。私はその笑顔には耐えられなかった。雫がゆっくりと頬を伝って彼の上に落ちた。
「なあ…炎華」
「なあに?…」
「また、丘の上に夜空を見にいこうな…」
「ええ…勿論よ…」
「約束だぞ?」
「アナタこそ…約束だからね」
ミヤネはもう一度私の頭を撫でてくれた。この日の夜、満天の星の中、彼は息を引き取った。結局、星は一緒には見に行けなかったのだ。


それからまた時は過ぎていった。人間は戦をするようになった。それに連なって彼らは次第に私達の言葉を理解出来なくなっていった。私の住んでいた集落は戦には加わらなかったものの、高齢化が進み、次第に廃れていき、遂には無くなってしまった。生き残ったのは私と、同族で牡のキュウコンである天照(アマテラス)だった。彼とは歳の差が殆どなかった。私達は行動を共にした。彼は本当に優しくて、逞しかった。何時しか私は天照に惹かれていった。
「あの…天照…」
「なんだい?」
私達はあの丘の上に並んで座っていた。久しぶりに集落のあった近くに戻ってきた私達は、丘の上で星を眺めていた。
「私のこと…どう思う?」
「どうって…どういう意味だい?」
緊張で自分でも言っていることが良くは分からなかった。それに加えて天照は疎かった。私がこうもそわそわしているのに彼は全く持って気が付かない。
「だから…その…なんて言ったら良いのかしら…私と一緒にいて…何か変な気持ちになったりしない?」
「変な気持ちにはならないよ。炎華と一緒なのは嬉しいからね」
「そう言う変じゃなくて…」
私が慌てていると彼は首を傾げているだけだった。暫く沈黙が続くと彼は何かに気が付いたのか、傾いた首を戻して嬉しそうに言った。
「分かった、それって告白だよね?」
私の身体がビクリと跳ねた。本当に浮いたように思えるほどにだ。本当に彼は疎い。私は顔を真っ赤に染めながら渋々、意を決した。
「そ…そうよ…私は……私はあなたが好き!!」言った途端に私は天照とは目が合わせられなかった。彼は何も答えない。暫くそうしていたものだから、心配になって目をそっと開けた時だった。突然、背中に重みが掛かった。そのまま倒され、うつ伏せの状態で組み敷かれてしまった。狼狽える私の耳元に彼の声が囁かれた。
「僕も炎華が大好きだよ…君が欲しいな」
私は嬉しくて堪らなかった。
「うん…私も天照が欲しい…」
そんな不埒なことを言ってからはあまり覚えてはいない。熱帯夜よりも熱く、互いの火を激しく燃やして長い間交わった。この時間が一番幸せだったことかもしれない。子を孕めなかったのは、この先のことを見ればその方が良かったと今は思える。それからは幸せだった。だが、その幸せも本当に短いものだった。人間達の貪欲さは加速していった。戦が頻繁に起こるようになった。私達の住処や食料はみるみる失われていく。空腹に耐える毎日が続いた。
そんな中、偶に手には入る少量の木の実を天照は殆ど口にしようとはしない。私に多く食べさせようとするのだ。彼は優しすぎた。日に日に彼は痩せていった。背骨は目立ち、美しかった毛並みは薄汚れていった。また、久しぶりに帰ってきた丘の上で倒れ込んだ天照は遂に動けなくなってしまった。
「炎華…ごめんね…もう動けないや…」
虚ろな目で言う天照に私は涙をボロボロとこぼしながら怒った。
「そんなこと言わないで!!…私が食べ物を持ってくるから…それまで待ってて…」
「もういい…もう…いいんだ」
「どうして!?私はそれじゃあよくない!!」
「君が危険な目にあって欲しくないんだ…」
私は何も言えなかった。彼は痩せこけた顔で微笑んだ。
「まだ…僕のこと愛してくれてる?」
「当たり前でしょ…」
「そう、それなら安心した」
「あなた…優しすぎなのよ」
「炎華にだけだよ…。じゃあさ、優しすぎる僕のわがまま…一つ聞いてくれる?」
「なあに?…」
「生きて、幸せを見つけてほしい。どんなに小さな幸せでもいいんだ…君が笑ってくれてるのが僕の幸せなんだから…」
私の涙は止まることを知らない。
「無理だよ…天照…あなたがいないと私は幸せじゃい…」
「大丈夫。僕はいつも此処にいるよ。…だから…約束してくれるかい?」
私は小さく頷いた。彼は笑ってくれた。


天照が死んでから私は長い間あの場合には戻らなかった。人里にも下りた。人間の発展はめまぐるしいものだった。天照を殺した時よりも更に自然を壊す。人間はすっかり私達の言葉を理解出来なくなっていた。私も人間が嫌いになっていた。食料を求めて人を襲いもした。そうやって私は生き長らえた。あの丘の上に戻ってきてしまったのは本当に偶然だった。人間達が究極に進歩したのは武器だった。どういう訳か人里には最近、バクダンなるものが落とされるようになった。アレを落とす人間がどういう神経なのか疑った。それから逃げる内にここに付いてしまったのだ。変わらない風景がそこにはあった。ただ、天照の身体はそこにはなかった。
「此処にだれかが来るなんて珍しいな」
そう声がして私は振り向いた。そこには一匹の牝のアブソルがいた。
「此処は夜空が綺麗でな、私は好きなんだ」
私の隣にアブソルは座った。
「知っているわ。昔はよく見たもの」
「む?私は子供の頃からこの辺りに住んでいるが、アナタを見たことはないぞ」
牝なのに凄い固い言葉使いをするのが少し可笑しく思えた。
「昔と言っても九百年くらい前の話よ」
「九百年!?」
「そうよ」
「なる程…キュウコンは千年生きると言われているがそれは本当だったのか…」
「あなた、名前は?」
「私は白(ハク)と言う」
「私は炎華よ、よろしくね」
久しぶりに会話をした気がする。そのせいか私と彼女は意気投合してしまって幾日もこの丘の上で会った。何時もたわいのない話をして、それが楽しかった。これが天照の言った幸せだった。だが、この幸せも永くは続かない。何時ものように話をしていた時だ。白が急に立ち上がって当たりを見渡した。
「どうしたの?」
「人間達の悲鳴が聞こえる…」
この辺りに人間がいるのだろうか。私は警戒した。だが、悲鳴はおろか匂いもしない。
「…何も聞こえないわ」
「すまない炎華。行かなくてわ」
「ちょっと、どうしたの?」
走り出そうとした白を慌てて止めた。
「人間達が危ないんだ。知らせなくてわ」
聞いたことがあるアブソルは災いを感じ取ることができると。そしてそのせいで人間達に理不尽に嫌われている。私は腹立った。
「何故?あなたたちの種族は人間達のせいで酷い目にあったのよ」
「だが、私はされていない」
「それでも、人間はアナタをどうするか分からないわ!」
「炎華、心配してくれるのか?」
「当たり前でしょ!」
「ありがとう。お主は優しいんだな」
「違うわ…アナタが優しすぎるの!」
天照に言ったのと変わらなかった。
「大丈夫。私は帰って来るさ。約束だ…、だから此処で待っていてくれ」
「絶対にまた、お話しましょう」
「ああ…勿論だ」
白は一度振り向いて笑うと、直ぐに走り出した。私はそれを丘の上から見つめることしかできなかった。

結局、白は戻っては来なかった。鳥の種族の噂によれば大きな人里が丸々、火に焼かれたらしい。きっと彼女もそこにいたのだろう。火の前に殺されたのか、それとも火に殺されたのか。どちらにしてももう涙は出なかった。


ジラーチが炎華から手を離した。彼女の瞳からは涙が流れていた。
「ごめんなさい。思い出すと辛くて…」
「いいんだ…ありがとう」
炎華はゆっくりと横たわった。
「生き物は死んだらどうなってしまうのかしら?」
「さあ?それは流石に分からないよ」
ジラーチもその横に座った。
「アナタとも今日でお別れね」
「もうすぐ千年彗星が消えるね…」
「私が消えるってことよ」
「そんなことを言うもんじゃないよ。僕は凄く寂しいんだから」
「大丈夫よ…みんな此処にいるわ。この丘の上に、私もこれから加わるわよ」
炎華の目は虚ろだった。それは眠気からきているのかあるいは。
「…最後に辛いことを思い出させちゃって悪かったね」
「いいのよ…約束は果たせたのだから」
「君は優しいんだね」
「ふふ、ありがとう」
炎華が小さく笑った。ジラーチも吊られて微笑んだ。
「なんだか…眠いわ…」
彼女の瞳が光を失っていく。
「寝てしまえばいいさ…」
「アナタの話をまだ聞いていないのに…」
「眠いのに無理はしちゃ駄目だよ。また酷い顔になってしまうよ?」
「そうだ…ミヤネを…連れてこないと…」
「そうだね…」
「ミヤネ…が…アナタの話…を楽しみに…」
「炎華…?」
炎華は応えない。彼女の身体は動かなくなってしまった。風が深い金色の体毛を撫でていく。虫ポケモン達の声が一斉に響き渡る。
「おやすみ…炎華」
彼は見た。星空よりも輝く光が空に向かっていくのを。
「もしかしたら、死者は星になれるのかもしれないね」
ジラーチが動かない炎華の頭を撫でた。彼女の表情は本当に幸せそうだった。もしかしたら、皆に会えたのかもしれない。彼の瞳の雫が風に流され輝く。彼の次の眠りも近かった。

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皆さんお疲れ様でした。ありがとうございました。
投稿期限当日まで半分も書き終わっていませんでした。
最後はだいぶ雑な仕上がりになってしまいました。今更ながらくやしいです。
大会も終わったことなので雑になってしまった所は書き直したいと思います。


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