#include(第十一回仮面小説大会情報窓・非官能部門,notitle) &color(#b22222){ 尻尾の先を地面に付け、足音なく巣に入ってくる姿があった。}; &color(#b22222){ 赤土色の被毛を下地とし、部分的に伸びた黒色の被毛が特徴的な姿。さながら、黒い仮面と靴を着用しているかのように、目元を覆い頬の上から横へと大きく突き出し、足元の毛が膨らんでいる姿。尻尾の先を地面に付け、払い、直前に歩み踏み締めた場所を均している姿。見慣れたフォクスライの姿。ヴェーリだった。}; &color(#b22222){「ん、早かったね?」}; &color(#b22222){「まぁなー」}; &color(#b22222){ 遊びに行く、と言ってた割には早く帰ってきた。}; &color(#b22222){ もっと何日も空けるものだと思ってたけれど――丁度よく空き巣だったか、あるいは張り込む気もなく堂々と侵入したか。――たぶん、後者だ。その身体に纏わり付いているにおいは生体のもの。ヴェーリが『雄のにおい』だとか形容する類のもの。ヴェーリがひとりで遊びに行く時、大抵その目的地は、おひとり様の巣、とかの小規模な場所だけれど、まぁ、私が居ると主目的にないことはやりづらいんだろう。}; &color(#b22222){「とりあえず、ミト、これ、頼む」}; &color(#b22222){ そういいながら、彼女は頭を下げ、後ろ首から前へと紐を降ろし、咥える。小さなバッグをこちらへと差し出す。}; &color(#b22222){「おっけおっけ!!」}; &color(#b22222){ 盗品を闇に流すのは私のほうが得意だから、基本的に任されてる。ヴェーリ曰く『私は愛想もないし不誠実だから、交渉は向いてない』とか。}; &color(#b22222){ ひとまず私もその紐を咥え、バッグを受け取り、床に置いて中を見る。綺麗な宝珠。中で電気が微かに震え続けている。オーブ……かみなりのオーブじゃん。私物化してもいいかもしれない。……いや、それは流石に足が付きそうだし、ないなー。ま、適当なところで換金するのはそんなに難しくない部類。}; &color(#b22222){ ――それより。}; &color(#b22222){「で、で、なになに? イケメン?」}; &color(#b22222){ そのにおいの主は、どんなやつで、何があったのか、と、気になった。他愛もなく意味もないけれど、いつものように興味本位で問い掛ける。}; &color(#b22222){「イケメンかどうかは知ったことじゃないけど――ほら、前に言ってたあいつ。レパルダス」}; &color(#b22222){ あー、なんだっけ。そうそう、同業者としてちょくちょくヴェーリが言及してるやつ。しばしば、マーキングしておいた獲物を盗み出してくれるやつ、とか。厳重な監視下に安置されてたりする獲物を、横取りしやすい場所まで運び出してくれるやつ、とか。このにおいは、それ、と。つまり?}; &color(#b22222){「あーーー! なんだ超イケメンじゃん。え、マジ? ついに抱かれたとか? いーーーなーーーーー」}; &color(#b22222){「ないない、そもそも好かれてねーし。くすねるついでにちょっと堪能してただけ」}; &color(#b22222){「えーーーーー」}; &color(#b22222){「『えー』じゃねーよ。何期待してんの」}; &color(#b22222){「そりゃさー、青い春に決まってるじゃーーーん? ヴェーリがねっっっとり攻められて、情熱的な雄の愛を知って、不愛想な顔に恥辱が宿るとかさーーー、そういうの、ちょーーー期待してるよーーー?」}; &color(#b22222){ なんだかんだでヴェーリとそのレパルダスはもう相互認識もあるわけでしょ? 何等かの間違いが起こっても事故だよ事故。でしょ?}; &color(#b22222){「しょうもな……あいつは私にそんな関心ないだろうし、私だってそんなさ、純情? とか、もうねぇよ」}; &color(#b22222){「ちぇー」}; &color(#b22222){ 話が落ちたところでバッグを閉じ、オーブをしまったまま巣の壁沿いに置く。}; &color(#b22222){ 期待しても仕方ない、っていうのは分かってるんだけど。その辺は簡単じゃないよねー。}; &color(#b22222){「で、そうそう、また、獲物に食いついた奴らが居るんだけどさ――」}; ---- 初子掠いを差し置いて ---- 日が遠く空へと昇り始める下、構成員と思しき全員が巣窟から出ていったのを、ふたりで遠目に見届ける。 話を盗み聞きした感じ、ここの一団は、今日、ちょっとした襲撃を仕掛けにいくらしい。すぐには戻ってこないだろう。勇ましいこと。 森の中に居を構えた盗賊集団か何かの巣窟。アジト。この情報を売り飛ばすだけでもちょっとした金にはなるだろうけれど、本懐はそこではない。 ヴェーリがにおいを付けていた獲物が動いた。運び出された。その輸送先がここだった。本来の安置場所よりはずっと盗み出しやすい。 ――空き巣となってしまえば、同業者だろうが無防備なのに違いはないよね? ヴェーリと互いに顔を見合わせ、小さく頷く。前を歩き出す私に対して、ヴェーリは尻尾の先を地面に付け、足跡を均しながら私の歩いた後を辿る。中へと入り、幾つかの部屋の入り口を見比べつつ、私は振り返って、ヴェーリと顔を見合わせる。少しばかり、警戒の色を表している。 構成員は全員出払った……と思っていたのだが、生体のにおいが漂ってきていた。部屋の一つから。 彼女は鼻先で部屋の一つを示す。獲物につけておいたにおいが漂ってくる部屋。――そして、それとは別に、頭をもたげるように、もう一つの部屋を視線で示す。誰かがいる感じのする部屋。注意しよう、と、言葉なく語り、ヴェーリは獲物の安置されているであろう部屋へと入っていった。 私は見張りとして、感覚を澄まし、周囲に意識を向けつつ、何か変な動きがないかを探る。 ――生体のにおいが漂ってくる部屋に、異質な感覚を受ける。なんというか、ここの一団のにおいらしくない、というか。直感的なのだけれど、そっちが気になって仕方がなかった。 獲物をバッグに収めたらしいヴェーリが戻ってくると、私は視線で訴えかける。――そこの部屋を――異質な感覚の正体を確かめたい、と。ヴェーリはすぐに頷いて、私の後ろについてくれた。ありがとう。 部屋の中を覗き見ると、暗い中、弛んだ鎖が見て取れる。壁に付けられ、そして視界の外、部屋の奥の何かを繋ぎ止めているかのように。――生体のにおいが漂ってきているにしては、生活感のない部屋というか。 ――もしかして。――いやまさか。 後ろへ、ヴェーリへと視線を向け直すと、彼女は私へとただ頷いてくれる。 私は一つ息を吸いつつ、その部屋に足を踏み入れた。 壁から伸びつつ弛んだ鎖の先に、一つの姿があった。顔を上げたそれと目が合った。私の足ほどの高さもない小さな姿。土色の被毛を持ち、体躯にしては大きめの尻尾――いや、種族としては平均的。首周りを覆う嵩のある被毛と尻尾の先だけは色が薄い姿。イーブイ。たぶん子供で、それが、金属質な首輪を付け、鎖に繋がれている。 視察していた限りでは外に出てこなかった。構成員にイーブイの同族は居なかったはずだけれど、誰かの子供だったりするのだろうか。親子でなくとも、立派に一員な可能性もある。……ある? どうかな。 ずっと外に出ず留守番しているだけというのも十分考えられる。ただ、鎖に繋がれてるのは違和感があるし、それにこの子、嗅ぎ慣れないにおいを纏っている。なんというか、泥臭さがあんまりない。誘拐されてきた? だとしたら私としては助けてあげたい。 「――おはようございます。私たち、通りすがりの探検隊です」 私とヴェーリとで、それぞれバッグを前へとずらし、そこに付けている探検隊バッジを見えるようにする。嘘は言っていない。 「……おはようございます」 その姿は、小さく口を開き、私の声へと控えめに呼応する。元気がない一方で、私たちに怯える素振りはない。ただ、弱っている? 私は、結論を急ぎたがる自身の気持ちを抑えつつ、ゆっくりと歩み寄る。特に警戒されてはいない。 私は、その子のすぐそばで尻もちをついて座り、問い掛ける。 「ね、きみは……ここのみんなの仲間? それとも、掠われてきた……のかな?」 「さらわれてきた……」 「そっか。お父さんお母さんと逸れちゃったんだね」 「うん……」 ――確定していいよね。物心つかない子が思いのままに走り回って危険な目に遭わせないよう繋いでおく、なんてのも珍しくはないけれど、この子はとりあえず親の愛で繋がれているわけではなく、単に拘束されているわけだよね。 この子の住んでいた場所では捜索願いや救助依頼なんかが張り出されているのだろうか。近場の町を当たるだけでも、この子の住んでいるところまでは辿り着けるかもしれない。――ギルドだとかはあまり立ち寄りたくないけれど。でもまぁ、私たちなら、ちょっと白い目で見られそうな場所を経由せずとも、何とかなるんじゃないかな。――ヴェーリは関与したがらないだろうけれど。ものぐさなオーラを後ろで放っている彼女はさておいて。 「じゃ、帰らなきゃね……って言っても、きみのこと、お姉さんたちはよく知らないんだけど」 私はそう言いながら、弛んだ鎖に片前足を添えつつ、顔を寄せる。 「とりあえず、この鎖、切ってあげる」 「うん」 見る感じ、触れる感じ、この鎖は通電しそう。私ならかみくだくのは難しくなさそうである。……この子が繋がれていないなら。首輪から砕いてしまうのが一番いいのだけれど、流石にそこまで密接した場所にいきなり牙を添えるのは危うい。 「ちょっと痛いかもしれないけど、我慢してね」 私は鎖を口に含む。かちり、かちり、と噛み合わせのいい部分を軽く探る。目を瞑り、意識を身体へ向ける。電気の流れを作って、身体を巡らせる。顎に通して筋肉を震わせる。できる限り力任せに。 ――力任せに。 硬いものが割れる高い音と共に、顎が閉じる。同時にカルーくんのほうからも声が零れる。小さく、反射的なもの。 // 硬いものが割れる高い音と共に、顎が閉じる。同時にカルーくんのほうからも声が零れる。小さく、反射的なもの。 硬いものが割れる高い音と共に、顎が閉じる。同時にこの子のほうからも声が零れる。小さく、反射的なもの。 私のがんじょうあごにかかればこんなものだろう。舌の上に残った鎖の断片を横へと吐き捨て、再びその姿を見捉えた。首輪から短い鎖が垂れ下がってはいるけれど、とりあえず、これで自由に動けるはず。 「――大丈夫?」 「……うん、だいじょうぶ」 微弱でもない電流が伝ってしまったものとは思うのだけれど、すぐに返事ができるのだから強い子だ。 「よし、じゃ、外に出よう。あ、私の背中、乗る?」 私は床へと腹這いに座り、胴体を降ろす。目でその姿を捉えたまま、催促する。 「うん」 私の背中へと重みがかかるのを感じてから、四肢に力を籠める。立ち上がる。 「名前、なんて言えばいいかな?」 「……カルー」 それを聞いてから、一度頭の中で復唱する。カルーくん。うん。 「ありがとう――よし、カルーくん。ひとまず見晴らしのいい場所にでもいこっか」 カルーくんが私の背中にしがみついているのを横目に確認して、それから、ヴェーリへと視線を送る。彼女は、言葉なく頷きつつ、私が不用意に踏み締めた場所へと尻尾の先端を添えた。 この巣窟から姿を消すのは、二つのお宝……なんて言うのはあまり適切ではないだろう。カルーくんは物じゃないもんね。 ---- 砕いた鎖まではさすがに消しようがなかったけれど、それでもにおいが残らないよう処置しておいたし、足跡も消した。 私たちは巣窟から出て、森の中へと紛れ込む。 ある程度歩き、もう足跡を気にする必要もないだろう、という辺りで走り出す。まだ日の昇り切らない早朝で、木々の隙間を、冷たい風が吹き抜けていく。腐葉土を蹴り上げ、斜面を登り、程なくして小高い丘の上に出る。 周囲には森が広がりつつ、いくつかの方向には、森を抜けたくらいの場所に町が見て取れる。 少し遠くに一つ、遠い彼方にもう一つ。背中の上のカルーくんがその光景を見やすいよう、身体を横に向けつつ、問い掛ける。 「ね、カルーくんの住んでたところって、どのへんかな。分かる?」 「……わかんない」 「そっか」 ま、こうも雑然としてると分かんないよね。町のシンボルマークみたいな建物があるとしても、遠くから見たことがないと分かんないだろうし。 「……いえにいたんだけど、えっと、ぼくのいえ、あそこに、ある?」 だけれど、カルーくんは片前足を上げ、一つの町を指し示しながらそう聞いてきた。 どうだろう。救助依頼だとかが張り出されているなら、それを引き受けて来るような救助隊だとかは、救助対象の所属を把握しているだろうけれど、何も知らない通りすがりの探検家からすれば、そう聞かれても分からないところではあるよね。――でも、そう。私たちなら何とかなりそうなこと。 「カルーくん、少し、よいですか? においを嗅がせて頂いても構いませんか?」 横からヴェーリが声を掛け、カルーくんは彼女へと、勢いよく顔を向ける。――首輪から少しだけ伸びている鎖の切れ端が、私の後ろ首を掠める。……何気に、痛い。 「うん」 ヴェーリがその鼻先を、カルーくんの首輪のやや下へと埋める。少ししてから顔を離し、周囲に流れるにおいを嗅ぎ、続けて尻尾へと鼻を埋めて、再び周囲のにおいを探る。 私たち、においを感知することは得意だから。特にヴェーリは。 そう、この子、カルーくんのにおいは、なんというか、特徴的で――身体深くに染みた、毒気のようなものがあって――だから、結構簡単に辿れるかもしれない、って。 「そうですね、あの町かなと思えます。行きましょうか」 彼女が判断するならば確実だろう。言われてみれば確かに、あの町から流れてきているであろう空気と、似たような感覚がある。 「おっけ、あの町にいこ。カルーくん、いいかな?」 「うん、おねがいー」 目的地として一つの町を見定めつつ、私は、巣窟に住んでいた一団のにおいを探った。そう遠くはない位置に居て、しかし私たちから離れるように進んでいる様子を感じ取れる。進路方向も違うし、近付いてくるならそれはそれですぐに分かるだろうし、会うことはないだろう。 ま、遭遇したらしたで困る。私たち、荒事はそんなに得意じゃないし。 木漏れ日の隙間を進んでいく。何かしらのにおい、気配に対しては大きく迂回して避けながら。 途中でカルーくんを降ろして、一緒にオレンをかじり、川で水を飲んだりしつつ。 空が夕暮れ模様を表し始める頃まで。そろそろ休む場所を探すべきだろうな、と思う頃まで。 ---- 「……そろそろ、休む?」 ――私は三日三晩走り続けても大丈夫だけれど、ヴェーリはそこまで丈夫な身体じゃない。 実際、隣で一緒に小走り……していたはずではあったけれど、その足取りはもう重く、私はそれに合わせて歩いているだけだった。顔を見合わせると、彼女が無表情な中から疲労感を漂わせつつ頷くのが見て取れるし。それに、カルーくんに悪影響がないか、とかも気がかりだし、ね。 起伏の少ない山中を歩んでいると、斜面の合間に横穴を見つける。どちらともなく足を止める。 「うん、そうしよう」 ただでさえ愛想のないヴェーリが、殊更に愛想なく言うのだから、本当にくたくただったんだろう。数日、一団の巣窟にはりこみして、そのまま帰るはずだった。掠われ子を救助しようと動いているのは思いがけないことで、負担の大きいことだ、とは分かっている。それでも大した文句を言わない辺りは――私と同じように、思うところがある。きっと。 横穴の中には何の気配も感じない。ただ、微かなにおいから、かつて誰かしらの巣穴だったのだろうな、と思う。そこそこ入り口は広いし、奥も、たぶんもう少し空間がある。小規模な、だけれど複数名の住処だったと見るべきか。 ヴェーリは直前の足跡だけを雑に消しつつ、先に穴の中へと入ろうとする。――そこで思い出したかのように、私の背中へと視線を向ける。 「カルーくん、ここで夜を過ごしましょう」 ――その言い方が、まるで下心ありきのゆうわくのように思えて、何だかおかしかった。くすり、と鼻から息が零れた。うん、カルーくんはそんな受け取り方しないだろうし、ヴェーリだってそんなつもりでは言ってないだろう。 私は横穴の前でゆっくりと腹這いに座り、彼を降ろし、一つ大きく息を吸って吐く。……私も、なんだかんだで疲れている。 そんな中で、横穴に入ろうとするカルーくんの首回りに視線が止まる。夕の赤を反射する、金属質の首輪。 かみくだいたとはいえ短い鎖も残っているし、寝るには邪魔だろう。……穴の中は身体を自由に動かせるほどの広さもなさそうで、入ってしまうとそこで外すのは面倒臭そうだしね。 「あ、カルーくん。その首輪、壊そうと思うんだけれど――痛いの、我慢できる?」 「え、えー……」 問い掛けると、彼は後退り、丁度逃げ込むように、横穴へと入っていった。その奥から私を見返した。 「あー、うん、やっぱり痛いのは嫌だよね」 強い子だ……なんて思ってはいたけれど、それでも、電気が流れてくるようなものは痛くないわけがないもんね。……まぁ、無理に外さなくてもいいかな? 「大丈夫ですよ。鎖を切る時はそんなにのんびりしたい状況でもありませんでしたが、今ならこのお姉さんはとても優しくしてくださります」 ――と、思っていたら、横からヴェーリが口を挟んでくる。何、それはフリ? え、私そういう器用な加減はできないんだけど。ちょっと。 「うん、わかった」 カルーくんにもそういう方向で理解されちゃってるし、ちょっと……。 「これ、ついてないほうがいいし、おねえさん、おねがい」 そう言って、横穴から外へと、私へと歩み寄って来てくれるのは、いいんだけど。……でもまぁ、どこかで外すしかないもんね。うん、善処するよ。 「おっけー、じゃあ、やるよ。じっとしててね」 私はカルーくんの首輪に前足を添え、その首との隙間に爪を挟む。空間を確保しつつ、口を寄せて首輪を噛む。鼻先をカルーくんの首筋に押し付け、それでもなお、硬い首輪は噛みやすい奥歯に到底届かないのだけれど。――これで砕けなかったらどうしようかな、なんて思いつつ。 数度、噛み合わせてから、電気は流さず、ただ顎に力を籠めて思いきり閉じると、硬いものが割れる音と共に舌に欠片が乘った。心配は杞憂だった。 首輪を欠片を吐き捨て、反対側も同じように砕くと、支えを失った残りの部分が地面へと落ちる。 「……痛くなかった?」 「うん、ありがと!」 私はそれを回収してバッグに収める。――それなりに重量があって、これは、小さなカルーくんには負担だっただろうな、と思う。もう少し早くに外してあげたほうがよかったかもしれない。 しかし、目の前で軽く飛び跳ねながら喜ぶ彼を見る分には、心の弾むものだった。 ヴェーリは、横穴に入り込むなり、土の地面に腹這いになって一息つく。続けてカルーくんが横になって眠るのを見届けると、ヴェーリは、その長い尻尾を彼の頭へと渡す。彼の身動ぎに合わせて、地面と頭の隙間に差し挟んで、ヴェーリ自ら、枕代わりにさせる。 「ゆっくり寝かせてあげよ」 「そだね」 今日という一日は、この子にとって、どうだったのだろうか。 私も腹這いになり、一息つくと、どっと疲れがこみあげて来た。 外の明るみがすっかり消えた頃、私はヴェーリへと声を向ける。熟睡しているカルーくんを行ないよう、小さな声で。 「――ね、明日の朝か昼にはもう着くだろうけれど、この子の住んでた町じゃなかったら、どうしよう?」 「そのときは、ギルドか何かまで連れていって終わりでいいんじゃないかな――私たちの力では限界があるし、掠われ子の案件に長々と関わるようなガラでもないだろ」 「……だね」 結局のところ、においを追うくらいしかできない私たちでは、限界があるといえばあるわけだし。 ヴェーリの尻尾を枕代わりに、安らかに眠り続けているその姿の輪郭を見る。 ――環境へのてきおうりょくが高い一方で、身を置く環境一つで姿さえがらりと変えてしまう種族。そうだというのに、まだ幼い頃に誘拐の憂き目に遭って、本当に災難なこと。私たちが助け出すまでにどのような目に遭っていたのかは想像することくらいしかできないけれど、この件が尾を引いて、将来に影を落としたりしてしまわないか、とか、他所事ながらに心配してしまう。 でも逆に、もしカルーくんが、環境の変化にもっと鈍い種族だったなら、私は、カルーくんを助けたいとか、そういうこと、思ったのだろうか。私たちなりの正義感はあるけれど、別に、誰かを助けたい、みたいな大層なものは掲げていない。私たちの正義はもっと身勝手なもの。だから恐らく―― ――いや、ま、どうでもいっか。 別に最後まで面倒見る訳じゃないんだし、これは私たちの、ほんの気まぐれだから。 外が明るく、あさのひざしに恵まれる頃、私たちは再び森の中を駆けだした。 森にないにおいも強く漂って来ているし、なにより、カルーくんの奥底に染みているにおいも混ざっている感じがあった。 もう町は近い、とは、それとなく分かっていた。 私とヴェーリはもちろんとして、背中のカルーくんも、どこか感覚が刺激されているのか、反応を示しているかのような様子があった。 ---- 森を抜け、日が上へと昇っていく昼前にして、町の外れまで来る。私たちは駆け足を緩め、それらを目に入れる。 前方に広がる町並みの合間を、いくつかの姿が往来している。何度か来たことはあるし、それなりに賑わっている町。ここまで来ればもう大丈夫だろう。……いや、あともう少しだけ、ちゃんとした場所まで送り届けないと。本心としては、ギルドとかは避けたいけれども、目の届かないところで掠われたりとかしたら大変だしね。 「あ、おねえさん、ここ、ぼくのまち!」 「お、そうなんだ?」 幸いなことに、ここが帰る場所だったらしい。カルーくんは私の背中から飛び降り、子供なりの全速力で町の中へと走っていく。――かと思えば立ち止まり、私たちを振り返った。 「きて! きて!! こっち、こっち!!」 「どこに行くの?」 「おうち、ぼくの!」 案内したがっているのだろう。健気なことだ。――盗賊を案内してもいいことないよ? 私は、ヴェーリと顔を見合わせ苦笑いしつつ、共に小走りする。走っていく彼を追う。露店の並ぶ大通りから横へと逸れ、家屋同士の間、狭い路地裏を通って進んでいく。元気なものだよね。 彼は一つの家屋の前で足を止め、飛び跳ねながら声高に私たちを呼ぶ。 「ここ! ここー!!」 漂ってくるにおいは、カルーくんの奥底に染みたにおいと同じもの。微かな毒気を含んだもの。違いないだろう。……この毒気は何なんだろうな。屋内で調薬でもやっているのだろうか、と思いはするのだけれど。――ま、知る必要もないよね。 私とヴェーリとで、再び互いに顔を見合わせる。言葉なくただ視線を絡ませる。 値打ち物がある、とか思ってもいいかもしれないけれど――この一件は、もっと、心の弾むような、楽しい気分のまま終えたいよ。――ね? 一つ息を吸って、吐く。私から小さく頷き、ヴェーリも同じように頷く。 ――この辺りでいっか。 カルーくんが流れるような動きで扉を開け放ち、中へと入り込んでいく。それを後目に、私たちは身を引いて歩き出す。私のすぐ後ろにヴェーリがつき、足跡を消しながら。 「ただいまー!!」 後ろから、男の子の大きな声が響く。直後、奥のほうから、それより幾分か小さな声が呼応するかのように放たれる。同族の声だろう。数瞬の間、心配と安堵を綯交ぜにしたような色の声が、後ろから前へと吹き抜けていく。 「あれ? おねえさーん? どこー?」 程なくして、男の子の声が再び聞こえはするのだけれど。――ま、もう関係ないから。 後は然るべき機関がうまくやってくれるだろう。 戸惑いの色を乗せた、狐につままれた声を聞くと、ついつい出ていきたい感じもするけれど。 私たちは、通りの賑わいへと混ざり込んだ。彼の案内を無碍にするべく離れていった。 ---- 久しぶりに誰かの助けになるようなことをした気がする。たまにはいいもんだね。 私たちは並ぶ露店を横目に見つつ、横並びになって気楽に歩く。様々な姿が往来する中では、足跡を消す、だとか気にする必要もなく、足取りが実に軽い。――気分がいいのもあるだろう。 「なー、久しぶりに来た町だしさー、ねーーー、ちょっと飲んでかなーい?」 「荷物整理してないじゃん、まだバッグに入りっぱなしだよ?」 ヴェーリのバッグには主目的であったお宝が入ったままだし、私のバッグには壊れた首輪がでかでかと場所を取ったままでいる。 「えーーー、めんどくさーーーい」 でも、今はそんなことより、楽しみたい。せっかくだしね。 「ミトがそう言うのは珍しいな」 くふ、と、ヴェーリが小さく声を零す。いつも不愛想なその顔は、私と同じように笑っていた。 「――いいね、行こ行こ」 「よっっっしゃーーーーーーーー!!! 行こーーー!!!」 町の喧噪に混ざる機会って、そんなに多くないし。 こういう時くらい、有象無象に溶け込んであんたと騒ぎたいよ。――ね! ---- ---- ・後書きとして。 "パルスワンが 天敵。" とか言われたら書くしかないじゃないですか。フォクスライさんとパルスワンさんのペア。という不純極まりない動機から書き始めたものでした。 書いてて思ったのは、パルスワンさんはともかくとしてフォクスライさんもだいぶ保安官側の適性あるのでは、と。追跡能力があって、証拠隠滅周りに対して造詣が深い、というの、きっと役立つと思うんです。 あとあと、感想会のほうでちろっと言われたところとして、一ヵ所、カルーさんが名乗る前に名前を言及してしまっている部分があった、とご指摘頂き、そこだけこっそりと手直ししました。うおおおおありがとうございます。 以下1件のコメント返しになります。 主観でスルスルと進んでいく心地よさ、思う所がありそうな二匹にも想いを馳せつつ、視点主当ても楽しめて、素敵な時間でした! (2019/12/12(木) 21:20) ありがとうございまーす! パルスワンさんを想定していた視点主ミトさんは一切種族名を出しませんでしたが、こう、判断材料をあれこれ見定めていただけまして、こう、ありがとうございます!!!!わああああい!!!!!"素敵"ありがとうございまああああああああああ!!!!! ここまでお読みくださりありがとうございました! ---- #pcomment()