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初めましてのジャメヴ・Ⅱ の変更点


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LEFT:※この作品は[[初めましてのジャメヴ]]の続編になりますが、前作を読まずともお楽しみいただけます。が、私は前作も読んでほしいと思っております。


ジャメヴは、ダンジョンの中で巡り合う――
ジャメヴは、体に染みついた記憶まで消すことはできない――


&size(32){初めましてのジャメヴ・Ⅱ};
#contents


[[水のミドリ]]



*2-1.ウェディングの街 &size(8){2017/10/03投稿}; [#T8G0lW3]
*2-1.ウェディングの街 &size(8){2017/10/03投稿}; [#UwlDxaI]

 マグカルゴを頭に載せたバイバニラを先導するように、サニーゴのペントが純白の石畳を進む。かたっかたっと硬い音を響かせながら、緩やかな勾配の大通りを跳ねるように上っていった。
 メインストリートの両脇に立ち並ぶのは、照り付ける西陽の熱を跳ね返すような、これまた純白の漆喰で塗装された丸っこい家々。数キロに及ぶ街の砂浜に流れ着いた貝殻や鱗を焼いて砕いた青いトンガリ屋根は、この街を訪れる新婚夫婦たちにすこぶる好評だ。
「氷タイプのミンツさんはお暑いでしょう、フィオーナは常夏ですので」
「「いえ、熱いのには慣れていますから」」
 バイバニラの両顔が弾む声をハモらせて、トッピングのように頭上で蕩けているマグカルゴを見た。3つの顔が、幸せな今を確かめるように笑う。結婚にこぎつけるまで、彼らにはいくつもの障壁が立ちはだかっていたのだろう。
 そんな彼らを横目で見て、ペントもつられて微笑んだ。ハネムーンの甘さをおすそ分けしてもらえるのは、この街で最も重要な職業である&ruby(パイロット){水先人};の特権だ。
「「友愛の街フィオーナで挙式すると、夫婦の仲が固く結ばれるって聞きまして」」
「おかげさまで、遠くの大陸からわざわざ結婚式を開こうと多くの方がはるばるいらっしゃるんです。6月はどこの式場も予約でいっぱいで……。改めて私から、ご結婚おめでとうございます、ミンツさん、&ruby(れんか){煉火};さん」
「「はいっ、ありがとうございます!」」
「……ええ、ありがとう」
 バイバニラの新郎は晴れやかに笑顔を晒して、マグカルゴの新婦はしずしずと頷いた。短い足で歩くことに疲れたのか、ペントは大通りの両脇に並走する水路へそっと飛び込んだ。街の東の丘、噴水広場へと泳いで到着すると、陸に上がった彼はひと区切りつけるように問いかける。
「さて、この街の成り立ちをすこしお話しさせてください。草の大陸は友愛の街フィオーナ。もう200年も昔のこと、まだ小さな漁村だったこの地を訪れたマナフィが、いさかい合っていた陸のポケモンと海のポケモンの仲を取り持ったそうです。彼女はハートスワップという技を用いて、大地のポケモンには海を泳ぐ楽しさを教え、水棲のポケモンには丘を駆ける喜びを認めさせました。古くから口伝されてきた説話ですね。私のような水棲のポケモンが暮らしやすいように陸街に水路が張り巡らされているのも、その謂われなんです。ですから――」
 すらすら喋るペントの背後で、ざばぁ! と、ラウンド型の噴水から影が飛び出してきた。10本腕が投網のようにぐわっと広がって、背を向けるサニーゴへと襲いかかる。
「「あ、危ないッ!」」
「え――うわッ!?」
 息を呑んで硬直するバイバニラとマグカルゴの前で、ペントに急襲したヒドイデが、その大口をばっくりと開けていた。岩をも砕きそうな頑丈な牙を覗かせた大顎で、サンゴの外殻を思いっきり――
 かじらなかった。
 2秒経ち5秒経ち、つねられたように両目を閉じていたペントが、おどけたように舌をチロっと出してみせた。
&ref(ヒドサニ完成版(初めましてのジャメヴ・Ⅱ).png);
「――驚かせてすみません、ちょっとしたサプライズなんです。こうしてサニーゴとヒドイデが仲良く暮らしているのも、そんな由縁があるこの街の魅力なんですよ。しづる、おふたりにあれを差し上げて」
「ああ」
 うって変わってあどけなさの残る丸っこい目つきになったヒドイデ――しづるが、前の腕に持っていた鱗を差し出した。バイバニラの短い手に渡されたそれを、マグカルゴが覗きこむ。
「……これはなに?」
「ハートの鱗、です。友愛の街らしい名産品ですよね。なんでもこれを身に着けていれば、夫婦仲が悪くなったときでも愛を&ruby(・){思};&ruby(・){い};&ruby(・){出};&ruby(・){す};ことができる((ゲームではわざおもいだしにて、ハートの鱗と引き換えにポケモンが忘れてしまった技を思い出させることができる。))んだって、ペントが言って、ました」
「ふふ、それは素敵」
 口ではさんだ半透明な鱗を、マグカルゴは流動質な体に沈み込ませる。溶けてしまわないかとしづるはぎょっとしたが、無用な心配だろうと慌てて表情を取り繕った。水先人の手伝いは始めたばかりだが、その重要性はしっかり理解しているつもりだ。表情ひとつ崩してはいけない。
 敬語も笑顔もぎこちないしづるの隣で、ペントがにこやかに見守っている。
「私からは、ささやかな引き出物を」
 短い腕で、ペントは夫婦の背後を差す。何の事かとふたりが振り返って、ヒドイデが飛び出してきた時のように固まった。
「「これ……どうなってるんだ…………」」
「すごい……とっても素敵っ」
 バイバニラとマグカルゴが、フィオーナの夕景に息を呑んでいた。
 海の中に、夕暮れの街が沈んでいた。
 いま上ってきた白石の大通りは、そのまま海の中へと続いていた。茜に染まった丸家が、満ち潮を受け入れるように並んでいる。青い鱗屋根が、夕陽を穏やかに揺らす水面の下できらめいている。まるでボトルに詰めた街のミニチュアに、あとから水を注いだよう。
 ペントはしづるを横目に見て、腕の1本と小さくハイタッチ。彼らの演出通り、サプライズはすべて上手くいったのだ。
「挙式は2日後の朝からになります。ホテルまで迎えに上がりますので、それまでどうぞ、この街でごゆっくりお過ごしください。海街を散策なさりたい時は、水先人である私がご案内させていただきますね。潜水バルーンを作る腕のいいアシレーヌの職人を紹介いたしますから!」
 ここは陸と海のポケモンが手を取りあう、友愛の街フィオーナ。だからこそ、本能的には捕食・被食の関係にあるサニーゴとヒドイデがひとつ屋根の下で暮らしていることも、何ら不思議なことではない。


&size(22){ハートの鱗};


 冷たくて甘そうな背中がホテルのロビーへ見えなくなるのを待って、ヒドイデのしづるがゆるゆると息をついた。
「ああ~、水先人の仕事ってあんな大変なんだな。何度やっても慣れねぇぜ、ペントはこんなのをもう3年もこなしてんのか」
「しづるはまだ表情も固いし、敬語もちゃんと覚えてよね。……幸せそうな夫婦の笑顔が見られれば、疲れなんて吹き飛んじゃうよ。ボクの性格に合っているのかもね」
 砕けた言葉遣いで、その日の仕事をお互いにねぎらい合う。わさわさと10本腕をストレッチよろしく曲げ伸ばして、しづるは水平線に沈んでゆく夕陽を見た。何度見ても色褪せない茜色だった。
「あ、お兄ぃちゃ~ん!」
 と、向かいの小運河から高い声が響いてきた。ふたりが振り返ると、頭のサンゴに籠を括り付けたサニーゴが、こちらに腕をぶんぶん降っている。ペントの妹の、テトラだった。買い物帰りらしい、籠には露店で扱っている山菜などがぎっしりと積まれていた。コトコトと揺られて、それが近づいてくる。
「お兄ちゃんたち、お仕事いま終わったとこ? えへへ、今日のお夕飯はね、しづるの好きな海老のパエリアだよ!」
「まじか! そろそろかと期待してたが、ついにその時が来たぜ! 水先人の手伝いも上手くいったし、今日はいいことづくめじゃんか!」
 わしゃわしゃとはしゃぐ妹としづるを見て、ペントは確信を得たように何度か頷いた。水先人のような顔つきに戻ると、ねぇ、と彼らに呼びかける。
「そうでなくとも今日は記念日になるんだ。ボクは少し用事ができた。ふたりとも、とびきり美味しいご飯、作って待っててよね?」
「……あー、ペントはこれからダンジョンに潜んのか」
「や、今日は別件だよ。式場を下見しておかないと」
「さっきのバイバニラたちのか? もう予約してあるんだろ」
「違うって、そんなことよりも重大な案件さ」
「……水先人がそんなセリフ言っちゃダメだろ、町長に聞かれたら大目玉だぞ」
 ペントは黙ったまま、怪訝そうなヒドイデを得意げに見据えるだけ。短い腕で妹を抱き寄せて、頭の籠を取り上げた。どこにしまっていたのか、もう1枚用意していたらしいハートの鱗を、しづるに押し付ける。
 絶景の夕陽をバックに、大人びたしたり顔の兄と、彼の意味するところを悟って頬を赤らめるサニーゴの妹の、兄妹。ぽかんと鱗を握ったままのしづるに、まだわからないかい? と兄があきれ顔にほころんだ。
「ボクの妹、貰ってくれるよね?」
「あ――――」
「思い出してくれたかい。そろそろかと期待していたけど、ついにその時が来たんだよ!」
 生活が安定したら妹を&ruby(めと){娶};ってくれとの、兄ペントとの約束。3匹だけで生きてきた慌ただしい生活の中で、冗談交じりの会話の中に紛れてしまっていた。初めて婚約を切り出されたあの時は真に受けて、上も下も分からず取り乱していたというのに。
 夕陽よりも真っ赤に染まったテトラが、下三角の口をいつも以上にきゅっと尖らせて。自慢の娘を送り出す父親のように胸を張る兄のうしろで、恥ずかし気に縮こまっていた。



*2-2.誓いのキス &size(8){2017/10/21更新}; [#UoXY9fL]
*2-2.誓いのキス &size(8){2017/10/21更新}; [#RyoOEu8]

 ヒドイデのしづるとサニーゴのテトラ、彼らの結婚式は街を挙げての一大イベントへと膨れ上がっていた。当初は特に親しい間柄だけでの挙式にしようと計画していたものの、話を耳にした町長が種族の本能を超えて結ばれた彼らを担ぎ上げようと、汽水域でいちばんの聖堂を貸しつけてくれたのだ。代わりにその荘厳な挙式会場には、見知らぬ参列者たちが顔をそろえ始めていた。ペントが水先人の仕事でお世話になっているポケモンはもちろん、深海街のアイドルであるランターンや有名技師のアシレーヌ、もちろん町長のダイケンキまでみんなニコニコ顔で、その時をまだかまだかと待っている。
 海面から一段低く作られた隣の部屋、アクアリウムのように天井近くまで水で満たされた新郎の控え室では、にわかにしづるの周囲が慌ただしくなっていた。喜色満面のパールルのような鏡台の前に座らされ、着せ替え人形のように慣れない化粧やアクセサリーを施されてゆく。
「にしても羨ましいわん、すべての新郎新婦の憧れのここ、"干満の教会"で挙式できるなんて」
「おれ、こういうの慣れてなくて……。知らない人たちの前できっききき、キスとか死ぬほど恥ずかしいじゃんか……!」
「あらヤダ照れちゃって、顔はイカツイけど可愛い性格してるのねん」
「……あんたに可愛いなんて言われると怖いからやめてくれ」
「やーねぇ、あちしだって新郎には&ruby(て){触手};を出さないわよぉ」
 やたらくねくねするベテランの着付け師のドククラゲが、すべての触手を総動員させてしづるを取りかこんでいた。彼の頭につけるアクセサリーを、とっかえひっかえあてがっていく。なかなか似合うものが見つからないらしい。
 と、式場へと続く陸側のドアが数度叩かれる。返事を待って入ってきたのは、新婦テトラの兄ペントだった。
「もう準備はできたかい? 式場を覗いてきたけど、もう結構なひとが集まっているよ」
「うへー……。なぁペント、俺の代わりに新郎役やってくれよ」
「なに言ってるの、今日はボク、テトラの父親代わりなんだから。しづるがあまりに不甲斐ないと、『お前に娘はやらん!』って言っちゃうかも」
「はいはい、娘さんは必ず幸せにしますよお義父様」
 正式に結婚が決まってから2ヵ月は経っているのに、しづるは当日の朝からいやに緊張していた。海町にある彼らの家を出る時間も、テトラとはわざとずらしたくらいだ。彼女のウエディングドレスの試着にも同行していない。しづるはひと見知りするタイプだが、毎日顔を合わせている彼女に対して今さら凝り固まってしまうなんて、なんだか滑稽だ。
「……しづる大丈夫かい、そうとう緊張してるね? いつも悪そうな顔色が真っ青だよ」
「なんでこんなに焦ってるんだよおれ……。誓いのキスがファーストキスなのは結構ショックだけども」
「あらそうなのん。あちしで練習してく?」
「あんたは早くアクセサリーを決めてくれっ!」
 口を挟んだドククラゲに、その触手をふりほどくようにしづるは腕をわしゃわしゃさせる。身の毛がよだったが、軽い冗談に緊張がほぐれたのはありがたい。
 やり取りをにこやかに見守るペントを見て、しづるは思い出したように言う。
「そういやペント、奥さんは来れたのか?」
 言われたペントの表情にすっと影が差した。いつもはキリリとした口も、上三角形に曲げられている。
「いや……昨日から容態が悪化してしまってさ。彼女がいちばん楽しみにしていたのに、残念だよ」
「こっち来て良かったのか? けっこうヤバいんだろ?」
「……そればっかりは、どうにか持ちこたえてくれることを祈るしかないんだけどね。ささ、こんなおめでたい日くらい湿っぽい話はナシにしよう。そろそろ式が始まるよ!」
 ペントの妻であるアーマルドのアノマは、3ヶ月前から流行り病に伏していた。町医者が手を尽くすも症状は悪くなるばかり。この結婚式が予定より早まったのも、彼女が元気なうちに参列できるよう計らってのことだった。
 重い雰囲気を振り払うようにペントが声を輝かせて、しづるの背中を押す。その胸には控えめな黒の蝶ネクタイが留められていた。

 式は、正午から始まった。
 砂浜に建てられた"干満の教会" は、昼になると聖堂の西半分に潮が満ちて、バージンロードが波打ち際のようになるべく設計されている。この街で最も予約を取れないとされる結婚式場だった。
「それではァ、新婦の入場デス」
 異国風な司祭のヤドキングがそれらしい声音で宣言する。すでに祭壇前へと立たされていたしづるは、ついに来てしまったその時に背筋を強張らせた。後ろを振り返れない。
 ぎぎ……、と聖堂の大扉が砂地に弧を描いて両開きにされると、光の奥から小さな影がふたつ。父親役である兄ペントに連れられて、新婦がバージンロードの砂地をさらさらと進んでくる。押し寄せる波のような拍手のなか、すぐ隣へとどまった気配を感じて、しづるはぎこちなく顔を向けた。
 息を呑んだ。
 見慣れない化粧が、甲殻のピンクよりピンクに染まったテトラの頬を際立たせている。いつもは買い物カゴを取り付けている頭のサンゴには、純白のヴェールがさざ波のように尾を引いていた。
 鮮やかな紅の引かれた唇をきゅっと吊り上げて、テトラが囁いてくる。心なしか普段よりも大人っぽいトーン。
「えへへ……どう、かな?」
「あ……っ、すごい……似合ってる」
 気の利いた返事もできずにしづるは見とれていた。白波のヴェールの奥では、つぶらな瞳が少女らしく輝いている。緊張しすぎてかえってまじまじと見つめてしまった。
「エー、それでは指輪の交換を」
 司祭の声で現実に引き戻された。ヤドキングから渡された腕輪を、テトラの左腕にそっと嵌める。手は震えなかった。しづるにはサニーゴのサンゴを模した髪飾りが贈られた。
「誓いのキスを」
 ……ついに来た。
 街のお偉方に見守られながら、彼女にキスしなければならないのだ。しかも人生で初めての。そう思うとしづるの緊張がぶり返してくる。ちらッと目をやると、テトラのから少し離れたところで、ペントがにまにまと様子を窺っている。……ええい、もうどうにでもなれ!
 震える腕をなんとか操って、しづるは白波のヴェールをそっと持ち上げた。珠肌にうっすらと化粧を施した、幸せそうな表情のテトラ。艶やかな視線で見返されて、う、と喉奥が詰まる。思えばこんな至近距離で見つめあったことすらない。
 大丈夫だ、としづるは何度も心に念じる。そう、目の前にいるのは彼女じゃない。ポケモンですらない何かなんだと、緊張に潰されそうな自分を必死に騙そうとしていた。たとえば自分の好物である海老のパエリア、その出来栄えを味見するような気軽さでやれば……。
 およそ誓いのキスらしくない心構えのしづるが、目を閉じてその時を待つ彼女の頬へ、そっと両腕を添える。嬉しそうに吊り上がった硬い殻の口許、狙いを外さないようにしっかりと固定すると、サニーゴの美味しそうな口めがけて、牙を剥きよだれを垂らした大顎をそっと開けて――
「しづる?」
 小さな声がして、しづるは我に返った。
 襲いかかろうとする牙の1センチ先で、狙われた獲物のようにテトラが縮こまっていた。キスを迎えるようにちょっと口を尖らせたまま、見開いた小さな目が微かに震えている。その瞳が映すのは、動揺と困惑と、隠しきれない恐怖のいろ。
 ――いま、おれは何しようとした?
 慌てて口許を拭って、しづるはさっと腕を離した。体構造のおかげか参列者たちは一瞬の修羅場に気付かなかったようだが、ペントだけが見たこともない硬直した表情でしづるを睨みつけていた。
 キスで戸惑っていることに、聖堂内がかすかにどよめく。焦ったしづるが無我夢中でテトラを抱き寄せ、決して軽くはない誓いのキスをする。本能を超えて結ばれたふたりに、参列者からワッと拍手や冷やかしの口笛が沸き上がった。

 ほぼ同時刻。陸町にある病院の一室で、ペントの妻であるアノマが息を引き取った。



*2-3.不治の病 &size(8){2017/10/31更新}; [#63cjEkD]
*2-3.不治の病 &size(8){2017/10/31更新}; [#kMvzZmf]

 友愛の街の葬儀は、ウェディングに比べればひとく簡素なものだ。
 遺骸をアシレーヌのバルーンに包み、海へ還す。沖で泡が割れると海の生物に分解され、小さくなった身体は潮に運ばれ、長い年月をかけてまたこの街へ戻ってくる。波打ち際の砂となって、海と陸のべてのポケモンたちを見守るのだそう。
「お気持ちの整理がつきましたら、おっしゃってください。泡でお包みいたします」
 &ruby(ひつぎ){棺};技師のアシレーヌがペントに言う。正午過ぎ、北はずれの小さな岬。ちゃぷちゃぷとゆるい波の磯に設えられた漆喰の白い円台に、アーマルドが横たえられていた。親しい仲のポケモンたちが、彼女が生前好きだった木の実や花をその周りに手向けていく。
 太古の時代から出現していたポケモン((アノマロカリスやサンゴはカンブリア紀初頭:約3億年前には地球に誕生していたとされる。))にのみ伝染する奇病で、感染すると全身が徐々に石灰化していくというものだった。砂浜の砂ように白くなった殻は触れるだけでもあっけなく崩れてしまうようになる。半年前から流行し始めたこの病に特効薬もなく、また水中では飛沫感染するせいで、患者は陸町へ隔離されていた。ひと月前にしづるが見舞いへ行ったとき彼女の体はすでに石化が始まっていて、左目はもう見えていないようだった。全身を外殻に覆われたアーマルドは見るに堪えないもので、凄惨な病症を隠すように、遺体には鮮やかすぎる染料がもとの体色に寄せるよう引かれていた。厚い死に化粧だ。前日に見惚れたテトラのウェディングメイクが蘇ってきて、しづるはまともに目を向けられない。
 まるで現実味がなかった。夢の中でふかふかの雲に乗っているところに、突風が吹いて足場を消されたような気分だ。しづるの隣でテトラが鼻をすすっている。短い彼女の手では目元が拭えずに、彼の腕を引っ張って顔を覆っていた。少し粘つくが、振り払う気も起きなかった。
 台座へ紫のシオンの花を添えたペントが、微動だにせずアノマの顔を覗きこんでいた。歳はペントと同じくらいのはずなのに、ひと回りは老けて見えるアーマルド。美しかった顔にはひびが入り、いちど折れてしまったのだろう、左目の柄はつぎはぎした痕が隠しきれていなかった。
 痛ましい姿を見つめるサニーゴのつぶらな瞳は、しかし何も映していないようにしづるは思えた。ペントにとっては先日は妹の結婚式で、それから1日と経たずに妻の葬式だ。その心中を想像するだけで恐ろしい。もし自分が同じような状況に陥ったのなら、正気を保てるだろうか。
「もう、大丈夫です。お願いします」
 抑揚のない声でペントが言うと、アシレーヌがゆっくりと頷いた。花畑のベッドで眠るアーマルドを、ひと回り大きいバルーンの棺で包み込む。彼が棺に口を付けて息を送り込むと、次第に白んでいく薄膜の向こうにアノマの姿が見えなくなっていった。しづるが盗み見たペントの瞳からも、すっと光が消えていくようだった。
 種族らしい優雅さを感じさせないアシレーヌの&ruby(レクイエム){鎮魂歌};で、アノマを乗せたバルーンがふわりと宙へ浮かび上がる。泡の底が柔らかくたわんで、ブラインド越しにそのシルエットが花へ埋もれたようだった。岩場を滑る泡につられて、ペントが数歩海へ近づいた。
「ご遺族の方はどうぞこちらへ、こちらへ」
 棺の進む先の海中で、波に揺られた葬儀屋のブルンゲルが虚ろに手招きしている。最後の見送りは海中で行われる習わしだ。岬の端までふらふらと誘われたペントを追いかけて、しづるとテトラが進み出た。はかない背中に、しづるが言葉を探して声をかける。久しぶりに口を開いたような気がして、いやに喉がひりついた。
「……ペント、辛いけど、ここでお別れしようぜ」
「……いや、大丈夫だよ」
「そうじゃなくて、海に潜ったらペントまで行っちまいそうで――」
「ボクは大丈夫だ」
「…………」
 どうにか震えないように堪えたような、ペントの声。しづるは顔を引きつらせて黙るしかなかった。……いざ彼がいなくなる兆候を見せたら、この10本腕を伸ばせばいい、か。
 3匹の体が、ブルンゲルのサイコキネシスで海の中へと運ばれる。どこまでも透き通っているはずの沖が、心なしか普段より淀んで見えた。
「ここから先は、冷たくなります。どうぞお気をつけて、きをつけて…………」
 静かに進む葬儀屋が、棺を押しながら振り向いて言う。次第に暗く濁る水、いつの間にか空を見上げても海面の高さがわからないくらいまで潜っていた。障害物もないのに反響するようなブルンゲルの喋り方が、いっそう非現実感を高めていた。水の冷たさ以上に、しづるは思わず身震いする。前後不覚に陥ってしまいそうだ。
 立派なひげを微かに揺らして、ブルンゲルが留まった。この先は潮の流れが速い。ついに、その時だ。
「お別れの挨拶をどうぞ。最後のお見送りを、みおくりを……黄泉送りを……――――」
 バルーンの棺が、離岸流にさらわれて静かに旅立っていく。半透明の球体が暗い海の底へ遠まって、ついに見えなくなった。
 何も言わずに出棺を見送るペントに、しづるは腕を絡ませていた。抜け殻のように軽いその体を持っていかれないように抱き留める。
 その横で、ペントの妹のテトラも黙って眺めていた。大海原では涙を拭う必要もないせいか、目元からは塩分の高い水流が溢れ、周囲に差し込むわずかな光をにじませている。彼女の外殻のサンゴ、そのひとつに灰色の汚れたなにかが絡みついているのを見つけて、しづるは気丈に明るい声を上げた。いつまでも続く重い雰囲気に押しつぶされそうだったから。
「テトラ、殻にゴミがついてるぞ」
「えー? ……っぐす、なに、取ってよぉ」
 彼女が短い腕をどうにか伸ばすも、まったく届かない。見かねたしづるがやれやれと口許を小さくほころばせた。いじらしい反応を見せる新妻に元気づけられた思いで、彼女の枝先の灰色に触れた。
 ぼろり、乾いた泥団子のように、サンゴの先が崩れた。

 テトラを陸町の病院まで送り届けて、しづるは外へ這い出した。東の丘の噴水広場、この街が誇る絶景の夕陽が、自分めがけて落ちてくるようだった。ひどく暗く、そして鮮やかな、すべてを飲み込んでしまいそうな、&ruby(あか){朱};だ。
「ペント……おい、どうすりゃいいんだ……っ。黙ってテトラが死ぬのを待ってろって言うのかよ、っふざけんなッ!! ……ちきしょう、おれ、あいつにしてやれること、何もないのかよ……!?」
「…………」
 隔離病棟の簡素な病室で、テトラの腕を握った。つい1日前は聖堂の祭壇で幸せを確かめるように繋ぎあった手が、迫りくる恐怖を隠しきれないほど小さく震えていて。「だいじょうぶ、アタシがんばって元気になるからね……」と健気に心の闇を払拭しようとする彼女を、思わずきつく抱きしめていた。キスもした。誓いのキス以来だったけれど、恥ずかしさなんてなかった。涙と鼻水でぐしゃぐしゃになりながら、テトラが呆れて笑ってしまうくらい、キスをした。
 しばらく独りにしてくれないかな、とテトラが小さくこぼして、しづるはペントと外へ出た。長く深海に潜っていたみたいに息をついた。今ごろテトラが唇を硬く結んで枕を濡らしていると思うと、やるせなさに噴水の縁石を殴りつけてしまう。
 ずっと黙っていたペントが、沈みゆく夕陽を眺めながら言う。
「ねぇしづる、『初めましてのジャメヴ』って、聞いたことある?」
「……ぁあ、なんだって?」
「記憶を消してくれるポケモンだよ」
 聞き慣れない言葉にしづるが問い返すと、間髪入れずに答えが飛んできた。緊迫感のない彼の口調に、しづるの声色に怒気が籠もる。
「今そんなことはどうでもいいだろっ! このままだとテトラが、あんたの妹が、おっ&ruby(ち){死};んじまうんだぞ!? 奥さんを亡くして妹まで病に侵されたお前の気持ちは分からねぇけどよ、正気を保てって、なっ!?」
「ボクは正気さ。ずっと、これからどうすればいいか考えていた」
「だったら――」
 関係ない話はするんじゃねぇ! 苛立ちまぎれに叫ぼうとしたしづるの口を、小さな腕が阻んだ。振り返った水先人のサニーゴが、いつになく真剣な眼差しでヒドイデを見返していた。
「よく聞いて。しづるは1度、ジャメヴに記憶を消されているんだ」
「……は」
 ペントの話についていけていない。たじろいだしづるを見据えて、真一文字に口を結んだ彼が1歩、また1歩とにじり寄ってくる。気圧されたしづるの背中が、すっかり冷えた縁石に押し付けられた。とちゃ、湿った音がして、自分が脂汗を流していることに今さら気づく。いやな気配にがさついた腕が粟立った。
「昨日の結婚式で、しづる、誓いのキスのときにテトラへ噛みつこうとしていたよね。司祭や他の参列者は気づいていなかったみたいだけど、ボクはしっかり見ていたよ。そのとき確信したんだ、ああ、ジャメヴさんの言っていた通りなんだなって。『単純なトラウマは無かったことにできるけど、体に染みついた記憶までは消すことができない』。頭の中からあの事件は消えていても、サニーゴがどんな存在なのかってことを、しづるの体はしっかりと覚えているんだ」
「…………消されたおれの記憶って、いったい」
 まるで勘付いていた不治の病を医師から宣告される患者のように、しづるは固まったまま動けない。逆光のなか見つめてくるペントの瞳には、落ちゆく太陽よりも赤黒い感情が渦巻いているように見えて。

「ヒドイデのおまえは、ボクたちサニーゴの兄妹の両親を、食い殺したんだよ」



*2-4.ただの事故 &size(8){2017/11/15更新}; [#NgXUCtN]
*2-4.ただの事故 &size(8){2017/11/15更新}; [#PNZ3nR0]

 まだペントが水先人を務めていなかった3年前。ヒドイデの少年がフィオーナの街に流れ着いた。
 海中都市を渡す海底航路で深海賊に襲われたらしく、北の岬にうずくまっているところをサニーゴの一家が発見したのだ。再生力の強い種族にもかかわらずヒドイデは全身ボロボロで、笑顔で手を差し伸べる夫妻をぬるい潮だまりから威嚇するだけ。好奇心旺盛な娘がぬっと顔を近づけると、彼はひどく怯えて逃げだした。
 その先でヒドイデがたどり着いたのは、街の中心にあるマナフィの記念碑。荒波に煽られないよう吹き抜けになっている支柱の元で、トーチカを構えるように丸くなっていた。
「あーいた! あの子、あんなところで縮こまってる!」
 娘の快活な声に、ヒドイデがビクッと腕を跳ね上げる。前腕のすき間から見えたのは、波打ち際を荒立てながら近づいてくるあのサニーゴ。それが彼の脳裏で襲いかかってくる悪漢の姿と重なって。
 声も上げられない恐怖が、ヒドイデの背後をゆがませる。強烈な感情のエネルギーに触発されて、不思議のダンジョンが誕生したのだった。空間にぽっかりと空いた穴に、突進してきたサニーゴもろともヒドイデが吸いこまれた。
「あ」
 遅れて駆けてきた夫婦が、ハッと息を呑んだ。とっさに短い腕を伸ばすも、届かない。未知のダンジョンがいかに危険か夫は知っていたが、娘の窮地に躊躇はなかった。立ち尽くす息子に「すぐ探窟家((不思議のダンジョンで資源を採取したり逃げたお尋ね者を捕まえたりすることで生計を立てる者たちの総称。漫画『メイドインアビス』中に出てくる単語を拝借した。))を呼んできなさい」と言いつけて、サニーゴの夫妻はゆらめく異空間に飛び込んでいった。
 ひとり残されたサニーゴの息子、ペントは数秒経って我に返ると、大慌てで街の大通りを泳ぎ上がった。噴水広場に構えるギルドの門を叩き、どうしたんだ、としゃがんで顔の高さを合わせてくれたうら若いアーマルドへ、矢継ぎ早にあったことを伝える。
 話の途中から優しげな彼女の表情が一変して、ペントのたどった坂を全速力で下っていった。ダンジョン探索に手慣れた探窟家を呼び集めた彼がマナフィの記念碑に戻ったのと、迷宮からアーマルドが飛び出してきたのが、ほぼ同時だった。
 彼女が両脇に抱えていたのは、血まみれになったヒドイデと娘のサニーゴ。どちらも気を失っているらしく、傷だらけでぐったりとしている。衰弱したふたりに挟まれて、アーマルドが真昼の波打ち際に立ち尽くしていた。
「何が……あったんだ」
 他の探窟家が彼女に詰め寄ると、緊張の糸を抜かれたようにその場へくずおれた。どぷん、ダンジョンから助け出したふたりが水面にぶつかって小さな水柱を立てる。駆け寄ったペントが抱き留めた娘のサニーゴ、テトラのサンゴの殻はほとんど折られていて、血の止まらない傷口は鋭い刃で削がれたような痕がある。同僚に肩を担がれたアーマルドは、強張らせた顔を力なく振るうだけだった。
 切羽詰まった空気を裂くよう、ペントが叫ぶ。
「とにかくっ、一刻も早く彼らを病院へ搬送するようお願いします!」
 彼の叫喚に弾かれるよう、ギルドの面々が動き出した。空を飛べるものが満身創痍のふたりを背に乗せ、噴水広場の奥の病棟へと送り届ける。
 まだ見つからない両親の捜索をギルドに任せ、ペントは鳥の影を追って大通りを再び上る。その後ろを、抜け殻のようなアーマルドが黙って付いていく。
 白い漆喰が冷たく溶けているような病室の廊下で、ペントとアーマルドは並んで待っていた。永劫と思われる宙吊りにされた時間に、会話らしい会話は無かった。時折ほかの探窟家がやってきて、アノマと呼ぶ若手のアーマルドに患者の容態を聞いて帰っていった。
 街が朱く染まるころ、執刀室の重い扉が開かれる。やつれた様子のフタチマルに促されるまま、ペントとアノマは病室のベッドに駆け寄った。
 桶に敷いた絹の保護膜にうすく水を張ったようなふたつの寝台に、サニーゴとヒドイデがそれぞれ寝かされていた。呼吸はもう穏やかで、一命はとりとめたと医者が言う。ひびや傷口を軟膏詰めにされたテトラが、間をおいて悪夢にうなされたように口許を歪めるたび、ペントは厳しい目つきになった。アノマが自分を責めるように唇を噛む。
 医師のフタチマルが去って、起きているのはペントとアノマだけ。遠くから揺り返す波の音、しばらくして彼が重い口を開く。
「ダンジョンで何があったのか、話してくださいますよね。そのために来たのでしょう」
「……」
 つとめて冷静な口調を装ったつもりだったが、語尾が棘を孕んでいた。やり場のない憤りとやるせなさが、ペントの腹の底でゆっくりと煮えていた。
 ずっと委縮していたアノマが、振り向いたペントから目を逸らすように言う。
「わ……、私が駆けつけたときにはもう、すべてが終わっていました。邪気に錯乱したヒドイデの子が、サニーゴの娘さんに襲いかかっていて……。それを庇っていたらしいご両親はもう、見るに堪えない姿で水面に突っ伏したまま動かなくてっ。あたりの砂浜は真っ赤に染まっていて、早く娘さんを助けなきゃなのに、私すくんでしまって、こわくて、立っていられなくて、へたり込んでしまって……。そしたら誰かが、娘さんからヒドイデの子を引きはなしてくれたんです」
「誰か……?」
 詰め寄るようなペントの視線にたじろいだアノマが、喉奥を詰まらせつつも続けた。
「すっ、煤けた茶色い布のマントを頭まで被って、宙に浮いていました。それでも私より背は低かったので、1メートルくらいでしょうか。種族は、えと……あ、あれ、思い出せません、ごめんなさい……っ。フードの中の顔を思い出そうとすると、&ruby(もや){靄};がかかったみたいに見えなくて……。でっでも、念力でヒドイデの子を引きはなしていたので、きっとエスパータイプです。ですからその方は、あの子とテトラちゃんの記憶を消すことができたんだと思いますっ」
「っ待ってよ、話が見えないんだ。ボクも責めているわけじゃないんです、順を追って説明してください。ヒドイデがボクの家族を襲って、そのあと誰かがやってきてふたりの記憶を消した、ですって?」
「ええ……。そのポケモンが彼らの前にうずくまると、おふたりは意識を失っていて。呆然と眺めるしかできなかった私を振り向いて、こう言ったんです。『救助隊の方ですね、初めまして。記憶を消す者、ジャメヴです』、と」
 ジャメヴと名乗ったほっかむりは、それからアーマルドにいくつか&ruby(ことづて){言伝};を頼んだ。危急の様子であったから、了承を得ずふたりの記憶を消したこと。これでもう、彼らは今日の惨劇を覚えていないということ。失くした記憶は、まわりの親しいポケモンたちがつじつまを合わせるべきだということ。しかしヒドイデの体に染みついた記憶までは、消すことができなかったということ。
 放心して曖昧な返事をしていたアーマルドが気づいたころには、そのジャメヴという謎のポケモンは姿を消していた。我に返った彼女は瀕死のヒドイデとサニーゴを抱えて、どうにかダンジョンを脱出した。見慣れたフィオーナの街が眼前に広がり探窟仲間に囲まれたところで、自分の不甲斐なさがせり上がってきて、その場にくずおれてしまったのだそう。
 無機質な病室で、ぶり返してきた無力感にアノマは鋏をカチカチと震わせた。
「ごめんなさいっ、未熟な私じゃペントさんのご家族を救えなかった! あとすこし見つけるのが早かったら、邪気なんかに手間取っていなかったら……ッ。わたし、探窟家なのに、救助隊員なのにぃっ!」
「……過ぎたことを悔やんでも仕方ありません。ほら、顔を上げてください。あなたのおかげで、ボクの妹とヒドイデの子は命を救われたんです。あのままだったら、今頃ふたりまで海に見送られていたでしょう」
「うぅぅ……っ!」
 涙ぐむ目元を鋏で拭うアノマには見えないように、しかしペントは煮え繰りかえる腹の底を押しつぶし、奥歯をぎゅっと噛んでいた。
 誰も悪くない、ただの事故だ。海賊に襲われ恐怖に囚われたヒドイデがダンジョンを生成してしまったのも。サニーゴという種族が凶暴化したヒドイデを前にして逃げられなかったのも。果敢にダンジョンへと飛び込んでいった探窟家が、惨劇を見せつけられ心に深い傷を負ったのも。ただ、運が悪かっただけだ。
 すべての叫びを飲み込んで、ペントは目に強い光を宿して言う。
「ボクが、みんなを幸せにします。テトラもヒドイデの彼も、アノマさんも。いや、この街に住むポケモンだって訪れてくるポケモンだって、もうこれ以上だれひとり、不幸になってほしくないんです」
「ペントさん……」
 年頃の少女らしい壊れそうな声を喉奥から漏らすアノマ。その隣で、ペントは窓から朱く染まる街を見下ろしていた。この街の不幸は、すべて自分が引き受けよう。そう心に決意したペントが最年少の水先人となるまで、それから半年とかからなかった。

 3年前と変わらない夕暮れの大通りを下るしづるは、先を行くペントの歩みに遅れず付いていくだけでやっとだった。突きつけられる自らの過去に、思わず這い進む腕が止まってしまう。そのたびに振り返るペントの塗りつぶされたような瞳が、その話を聞いてからだといっそう恐ろしかった。
「やっやめろよペント、冗談ならタチが悪すぎるぞ……。お、おれにはそんな記憶なんてどこにも――」
「無いだろうさ、消されたんだからね」
「ま――待ってくれ! こんな話ハイそーなんですかとは受け入れられねぇけどよ……っ、なんで今なんだ!? なんでテトラが死にそうな今になって、そんな話すんだよ!?」
「なぜってこれから、ジャメヴさんに会いに行くからだよ。あの方に会った後は、今の話もすべて忘れているはずだ」
 言われてからしづるは気づく、ペントは一直線に街の中心、マナフィの記念碑へと向かっていた。簡易なダンジョンといえど、最低限の探窟準備は必要だ。ペントの考えが、まるで見えない。記念碑のある波打ち際で佇んだ彼の背中は、今にも波に揺られて掻き消えそうで。腕を伸ばしてがしっと抱え込む。
「ペントまさか、そのジャメヴって奴にアノマさんのこと――テトラのことも、忘れさせてもらうつもりじゃないだろうな!? みんなを幸せにしようと頑張ってたあんたは、こんな現実受け入れられないってのは分かるけどよ、奥さんも妹もいなかったことにするなんて、そんなの……そんなの、あんまりじゃねぇか!」
「…………」
 引き留めようと絡みつくしづるの10本腕を振りほどいて、ペントはばっくりと大口を開けた空間のゆがみへ飛び込んでいった。



*2-5.裏の顔 &size(8){2017/11/26更新}; [#kyx5luL]
*2-5.裏の顔 &size(8){2017/11/26更新}; [#GQ3VMiS]

 不思議のダンジョン『友愛の&ruby(かいしょうろ){海床路};』は出現する邪気((不思議のダンジョン内に出現する敵ポケモンの総称。作者の造語である。))こそ弱く少なかったが、起伏に富んだ地形が続き探索は容易ではない。大海原に浮かんだサンゴ礁が入り組んだような構造で、満潮時にはそのほとんどが海面に沈んでしまうため、進む先を見失いやすい。潮が引いたときは砂地の上も歩けただろうが、あいにくしづるたちが侵入したときは、陸と呼べる部分は360度どこを見渡しても見つけられなかった。水が苦手なポケモンならパニックに陥っていただろう。
「おいペント、おいってば! 冷静になれって、辛い現実を忘れさせてもらったって、何の解決にもならないんだぞ。街に戻って、どうすればいいか一端落ち着いてから考えよう、な?」
「大丈夫さ、解決する。ボクに任せてくれ」
 城壁のような平サンゴの外縁を、前後に並んでふたりは進む。水深はペントの短い脚が浸かるほどで、歩くたびに足元がじゃぶじゃぶ鳴った。ダンジョンの外はもうすっかり夜のはずなのに、じんじんと照り付ける太陽は沈む気配もない。もう1時間は進んだだろうか、邪気はほとんど出現しなかったが、代わり映えのない景色にかえって精神が摩耗しそうだ。
 と、一直線のサンゴ礁をむこうからやってくる影がひとつ。
「あー……、ぅア?」
 心を失った邪気特有の、声帯を浅い呼吸が通り抜けるようなかすれ声。まだ幼いのか体に対して大きすぎる目は赤く血走っていて、爪をサンゴ礁に引っかけ体を引きずりながらアノプスが近づいてくる。理性の感じられないモンスターだ。そのくせ外見は街で暮らす普通のポケモンとそう変わらない。さっき左右の海から浮かび上がってきたオムナイトやプロトーガはペントが追い返してくれたが、まじまじと邪気を正面から見てしまったしづるはその異様さに後ずさりした。
 対照的にペントは前へ立ちはだかって、いつでも技を繰り出せるよう小さな腕を肩慣らしに振るう。
「邪気はボクが処理するから、しづるはそこで見ていなよ」
「処理って……。そんな相手がポケモンじゃないみたいな」
「…………」
「……おい、なんで黙るんだよ…………」
 のろのろと地を這う邪気が、ペントめがけて飛びかかってくる。ペントとアノマは子どもを授からなかったが、その間にタマゴが生まれていればこのくらいの子どもに成長していただろうか。
 振り下ろされるアノプスの大爪を引きつけてから、ペントはその体の下をくぐるように身を転がした。邪気の死角へ潜り込むと、慌てて振り向いたアノプスの眉間めがけて、頭から振り下ろす諸刃の頭突き。
 大きな水飛沫が沸き立って、扁平な邪気の胴体がいっそう海老ぞりに痙攣する。ペントの痛烈な一撃で邪気は継戦能力を失ったようだった。
「す、すげぇなペント、そんなに強かったのかよ! 邪気から街のみんなを守れる水先人なんて、カッコイイじゃねぇかこの――」
 がちんッ!
 無理して明るい声を上げたしづるの茶化しが、再び響いた衝撃音にかき消された。彼の目の前に再度立つ、背丈ほどの水柱。
 跳ね上がった水滴がぱたぱたと海面に波紋を起こす。その奥で、無表情のペントがまた、岩石の衝撃を纏った頭を振り下ろした。
 がき、ごキゅ……、どちっ、ぐちィ。
 何度も、何度も、何度も、何度も。
「ブぁ――ッぷぎィ⁉」
 神経反射で振りあげられたアノプスの鋏が痙攣して、そのまま弾け飛んだ。付属肢のつけ根を硬化したサンゴの枝が&ruby(えぐ){抉};ったらしい。甲殻が割れ、その断片が肉を裂く。海面に吹き上がる間欠泉は、見る間に朱へ染まっていった。鈍響が10回を超えたあたりから加わる、体組織を練る粘ついた音。持ち上げられるペントの額には朱い飛沫がはびこり、それはもはや邪気のものなのか、技の反動によるものなのか判別がつかなかった。
 ひときわ硬質な響きがして、腰を抜かしたしづるの元へ小さな破片が飛んでくる。ぽちょん、と水に浮いたそれはアノプスの眼球で、半潰れの黒目と目が合ったしづるは頬を叩かれたように叫んでいた。
「なぁっ――ななな何してんだよあんた!? もういいだろ、そいつはとっくに死んでるって! おいペントっ、聞こえてんのかよ!!」
「ねぇしづる。おまえは"同族同治"って、聞いたことある?」
「え」
 ――まただ。また、ペントが訳の分からないことを言い始めた。水先人は他の大陸から来た夫婦のコンサルタントを任されるためか、裏では情報屋も兼ねているそうだ。ペントの見ている世界は、しづるには知らないことだらけだ。だとしても、ずっと無表情でアノプスを粉砕していくペントが、昼は新婚夫婦の仲を取り持っているのと同じポケモンだとは到底思えない。
 まるで影を縫われて逃げられないようにへたり込むしづるに、ペントはしんしんと言葉を続ける。
「砂の大陸発祥の治癒術らしいのだけどね。例えば肝臓に疾患が見つかったら、他の生き物の肝臓を摂取すれば治るという話さ。実に直感的で分かりやすい。ボクはアノマが流行り病に伏してから、こうしてアノプスをすり潰して粉末にして、彼女に飲ませてあげていたんだ。同じ種族のポケモンが持つ栄養素を取り込むんだ、効果はてきめんだと思うだろう? ……血清が採れないと町医者は嘆いていたけれど、解決法はこうも簡単なものだったんだよ。……。もっと早くその話を聞いていれば、アノマも助かったかもしれないのにな。まったくボクは罪深い」
「…………」
 押さえつけていた感情を吹き零すように、ペントは訥々と語る。どんどん原型を失くしていくアノプスへ弔辞を捧げるようだった。亡き妻の面影を照らして、そこへ何度も謝っているようにさえ思えた。5秒に1回のペースでずどっ、と落ちる鈍い音は、どこかの宗教で葬儀に使うと聞いた木の鈴のそれに似ているような気がした。
「そんな顔をしないでくれよ。いとしいひとを救えるかもしれなかったんだ、いくら間違っていようが何だってしてやったさ。……こんな感情を失くして這いずり回ることしかできないポケモンだって、薬になれば役に立てるんだ。その方が有意義だとは思わないかい?」
「――――狂ってる」
 返り血に艶めく顔で見据えられ、腰を抜かしたしづるはとっさに腕で顔を覆っていた。後ずさりする後ろ腕に撥ねられた水が、ばしゃばしゃとくぐもった喘ぎを立てる。噴水広場でペントから感じたのはこの狂気だったんだと、今更ながらに気がついた。
 拡がっていく血だまりが、淡い波にゆすぶられ見えなくなっていく。しづるへと近づいてくるペント、延ばされたサンゴの短い手が、諭すようにヒドイデの腕を払いのけた。そこへ握らされる、陶器でできた小さな白瓶。水先人の彼がこのダンジョンに潜って、収集したハートの鱗をしまっていたものだ。
 強烈な逆光のなかに一瞬だけ垣間見える、救われたようなペントの顔。
「感情を失くして這いずり回ることしかできなくなったボクを、サニーゴを砕くおまえの顎で、せめて薬にしておくれ。……大丈夫、トラウマにはならないさ。みんなジャメヴさんが忘れさせてくれる。しづるはただ、この瓶に入っているのがテトラのための薬なんだってことだけ、覚えていればいい」
「ぐぅ――ッ!?」
 ぱさぱさに乾いたしづるの口へ、サンゴの枝を差しこまれる。思わず顎をふさぐと、硬い牙が枝先を小さく砕いた。付着した血の強烈な鉄味、しづるの舌に乗った乳歯のような欠片から、濃縮した甲殻のエキスが染み出してくる。
 瞬間、腹の底から湧き上がる、おびただしい量の唾液とおぞましい欲望。
「しづるもテトラも、もうこれ以上、誰も不幸になってほしくない。……全部は食べてくれるなよ。ちゃんとテトラの分も残しておくんだ」
 本能が目の前の獲物を求めている。思い出した、3年前にも口にした、忘れもしない衝撃だ。好物の海老を煮詰めたような味わい、食べることになるのは2度目のはずなのに、まるで初めて出会うようなこの高揚感は、たしか&ruby(ジャメヴ){未知感};と言うんだったか。美味しそうだ、早くかぶりつきたい。拭っても拭っても口からよだれが垂れてくる。
 ――ああなんだ、おれも狂ってるじゃないか。



 しづるの記憶は、そこから急速に薄らいでいった。
 混濁する意識の片隅、砂嵐のようにじれついた視界で、誰かが語りかけてくる。
「しづるさんお久しぶりです――いいえ、初めまして、でしたね。記憶を消すもの、ジャメヴです。あなたのおっしゃった通り、それに関する記憶はすべて抹消しました。しかし体に染みついたものまでは、私でも消すことができません。それだけ注意してください――、――――」
 赤茶けた布のフードを頭まで被ったシルエットが、その陰からしづるを見下ろしていた。



 しづるが意識を取り戻した頃には、東の丘の稜線が白み始めていた。陸町の噴水広場、その縁石へもたれかかるように体を起こす。どうしてこんなところで、と思ってしばらく、記憶を手繰り寄せようとしてハッと頭を振るう。真っ先に思い出したのは、妻のテトラが病室で泣き腫らしていることだった。
「……くそっ!」
 忌々しげに唾を吐いたしづるが握りしめていた前腕を開くと、現れたのは小さな瓶。途切れていた記憶の糸が結ばれて、彼は目を見開いた。どうやって手に入れたか定かではないが、これは妻を救う特効薬なのだ。これさえあれば、不治の病からテトラは救われるんだ。
 早朝の閑静な院内を全速力で這い進み、しづるは彼女の病室へもつれ込んだ。沐浴できる小さなプールの傍、水桶のベッドへ寝かされたテトラ。サンゴの枝はもうほとんど灰白質に成り果てた彼女が、薄くまぶたを持ち上げた。痛ましい姿に眉を曲げるも、しづるは震える腕で零さないよう、瓶の中身を慎重に空ける。
「……、あなた、どうしたの……?」
「病気を治す薬が見つかった! 用量は……くそ、どれくらいなんだっ。分からんがとりあえずっ、飲んでくれ……!」
「ん、んむ……っ」
 寝起きでぼうっとしていたテトラが、口に差しはさまれたしづるの腕先をねぶる。棘に付着していた桃色のキラキラを、言われるまま水で胃の底へ流し込んだ。
 変化はすぐに表れた。
 石化したサンゴ枝が次々に、ぱきっ、ぱきんと根元から折れた。息を呑んだしづるの眼前で、その痕から傷のない桃色が頭を覗かせたのだ。再生力の強い種族だからか、特効薬のおかげでもう回復の兆しを見せ始めたようだった。
「あ、れ……あれ、なんだか体が軽く……?」
 体調の変化に気付いたのだろう、テトラがゆっくりと目を見開いていく。ずっと萎れたままだった口角が、次第に吊り上がっていく。
 同じように破顔したしづると、ひしと抱き合った。視線を絡ませ、頬をすり合わせ、ついにはキスまで。今度はテトラからも、控えめではあったが数回送られた。
 騒ぎを聞きつけた当直らしいフタチマルが、やつれた眼をこすりながら病室へ入ってくる。さっと顔を離した血色のいいテトラを認めるや否や、医師の表情に戻って彼女を診はじめた。喉元に手を当て、瞳孔を覗きこみ、考え込むように口許へ当てた手をおずおずと降ろす。
「信じられない……。体温も正常値で、血圧も安定しています。このままならおそらく、半月後にでも退院できるほどに回復しています……」
「ほんとかっ……ですか!? 妻はもう助かるん、ですよね! ああ、ああ、よかった、良かっ――」
「ねぇ、ちょっと待って。お兄ちゃんは……どこ?」
 細まったテトラの瞳が、喜悦の涙を流したままふるり、と震えた。固まった口許が次第に凍りつき、目が見開かれる。それは恐怖の混じった、驚愕の表情。
 たじろいだしづるが、怪訝に腕を伸ばす。
「え……えと、どうした、びっくりして聞いてなかったのかっ。先生が言うには、もう病魔に怯えずに済むんだとよ。症状もすぐに収まるらしい、安心して――」
「来ないで!」
 今度はしづるが固まる番だった。頬を引きつらせたテトラが、拒絶の悲鳴を上げる。
「なんでそんなに怯えてるんだ、まるで天敵に襲われたみたいな」
「水、見てみてよ……」
「……?」
 言われるまま、しづるはプールの凪いだ水面を覗きこんだ。
 ヒドイデが映っていた。
 疲れが浮き出て落ちくぼんだ目のくま、日陰者のように垂れた前腕が、不健康そうな紫の顔に薄い影を落とす。暗がりですっと光る、鋭利な牙。
 その口から、唾液がおびただしく流れていた。彼が思わず伸ばした腕に、ねとりと粘液が纏わりつく。拭っても拭ってもあとから湧き上がる、食欲の湧水。
「は、なんで……っ、なんだこれ…………?」
 べとべとの橋が両の前腕へ幾重にもかけられ、しづるは思わず水へ突っこみ削ぎ落とした。その間にも絶えず唾液が溢れ返ってきて、直接プールに口をつけて漱ぐ。しづるの脳裏にちらつく、ジャメヴと名乗ったポケモンの言葉。『体に染みついた記憶までは消すことができない』。ダンジョンへ潜る前までは、テトラを前にしてもこんなことにはならなかったのに。心当たりはもう、ひとつしかない。
 がばっ、と顔を上げたしづるに、とうとう半狂乱に陥ったテトラがその答えを叫ぶ。
「あなた……食べたのね。ワタシのお兄ちゃん、食べたんでしょっ!? っどうして、どうしてなのよおぉぉ……!!」
「……っ」
 テトラに勘付かれ、しづるは後ずさる。彼の反応を察知したテトラが、隠すことのない嫌悪をいよいよ顔に滲ませた。しづるは言葉を失った。前腕に収まる小瓶が、朝日を照り返してきらりと輝いていた。
 そうだ、確かにペントを噛み砕いた、はずだった。が、思い出せない。直接的な記憶をぼかされると、まったく現実味が感じられなかった。食うように頼みこんできたペントの最後の表情が、幸せそうな顔でよかったかもしれない。顎で砕かれ痛みに泣き叫ぶ彼だったら、しづるは立ち直れないだろう。彼のおかげで心の傷は浅かった。ペントの遺志通り、これでしづるもテトラも不幸を忌避できたのだ。
 それでも、彼の選んだこの未来が正しかったのだとは、しづるには到底思えない。後に残されたのは、どうにか妻が生きながらえたという静謐感と、義兄を食い殺したというどうしようもない喪失感。なんせペントのことを思い出しただけで、再び唾液がせり上がってくるのだ。
 テトラの悲鳴にフタチマルが「どうされました」と怯える彼女を覗きこんだ。「夫を……あの方をすこしの間、連れ出してもらえますか」と答えたテトラの目つきは、暴れる獣を遠巻きに見るようなもので。しづるは救いを求めるように腕を伸ばす。
「ち……違うんだテトラ、話を聞いてくれ! これはペントがあんたを助けようとして、あいつから持ちかけてきたことで――」
「もうやめて、それ以上近寄らないで! 牙の飛び出たその口をワタシに見せないでッ!」
「待って……っ、おれを信じてくれってぇっ!!」
「しづるさん、一端、いったん外に出ましょうか!」
 フタチマルのシェルブレードが後ろ腕に引っかけられて、しづるは病室の外へ引き出される。とっさに這い戻ろうとすると、見てくれよりも数段力強い膂力で押さえ込まれた。無機質な廊下を医師に引きずられる。
 ずるずると遠のいていく病室に向かって、しづるは叫んでいた。
「テトラ、おれたち結婚したの、たったの2日前だろう! 忘れたならこれで思い出してくれ、ほら、ハートの鱗だっ。夫婦の仲を取り持ってくれるんだって、ペントが言ってたじゃないか!」
 額の上の暗がりに前腕を差し込んで、しづるは淡く虹色に輝く鱗を取り出した。ペントの形見となってしまったそれには、いつの間にかハートを裂くように縦のひびが走っていて。がさついたしづるの腕の中でそれは、石化しかけたサンゴの枝先のようにぼろり、とはかなく崩れ落ちていった。



ハートの鱗編・了

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なかがき
これにて初めましてのジャメヴ・Ⅱはお終いです。続きは[[初めましてのジャメヴ・Ⅲ]]へ。
やっぱり、というか案の定ヒドサニは幸せになりませんでした。次こそは、次のお話こそは、キャラを幸せにしてあげるんだ……!
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