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初めての夢 の変更点


[[ヤシの実]]

・未完成作品ですのでシナリオ面だけでも投稿。本作はご存知の通り&color(Red){18禁};です。(13/12/28)
・若干修正を加えて完成(14/4/29)
 修正等などは後日にします。

*初めての夢 [#x9385103]

 真夏の大地を照りつける太陽。
 見上げてみれば、ちっぽけな自分達の存在を見下ろすかのようにどでかい入道雲が空の上で浮かんでいる。
 つぶらな瞳ではとても凝視できない程の半端の無いまぶしさが容赦なく降り注ぐ。
 暑苦しく、強烈な日差し。硬く覆われた平たい大地に並ぶビルの群れも、頂上から来る日光を防いではくれなかった。
 ほんの僅かな風も吹いてくれないビルの屋上で、自然のありがたみなど忘れてしまったかのように太陽を背に向け、青白い世界を独り占めしている馬鹿でかい雲をやるせない気持ちで見やる。
 雲を眺めるのに飽きて、自身の身長の何倍もある柵の間から下界の方を覗いてみれば、小さい点、もとい、背広とか言う黒色の衣装を実に纏った雄と雌の人間達が狭い道を埋め尽くすように蠢いている。
 同じように見えても、一つ一つが意思を持ち、目的があって移動をしている。まぁ、それも考えてみれば当然だった。
 下界からはこっちの様子がどう見えるのだろうか、こっちと同じく小さな点に見えたりするのだろうか。それとも、大きすぎるビルに目を覆われて何も見えないだろうかと不思議に思ったりする。
 入道雲からすれば、そんな自分をどう見ているのだろう。上で呆然と眺めている存在が下界の生き物と一緒に見えてしまうのか?
 きっとそうだ。あんなに大きい存在が、小さい手を大きく伸ばしても到底たどりつけない場所にいるくらいだ。小さな点が上と下で動いていたり動いていなかったりと、大差無いに違いない。
 所詮、大空を支配する白い雲にとって、自分達など小さい点に過ぎない。ちっぽけな存在だったのだ。
 そんな事に今まで気づかなくて、たったいま実感してしまった電気リスポケモンのパチリス、レシャールは大きく溜め息を吐いた。
 生まれて小さい頃から高い所から下界を見下ろすのがとても大好きで、唯一無二の趣味であったレシャールだったが、今だけは虚しい気持ちに包まれていた。
 高所は広々とした世界を縮小して見る事が出来て、絶えず蠢いている小さい者を眺めているだけで飽きなかった。それはまるで、自分が見下ろしていた世界の天辺になれていたような気がしていたからだ。
 その点では、鳥ポケモンはとても羨ましかった。空中を我が物顔で飛び回り、地上を見下ろせているからだ。
 シンオウ地方にいた頃は、飼い主の所有するビルによく連れて行ってもらい、よく屋上まで上っては上空を飛んでいく鳥ポケモンの姿を時々見かけていた。
 現在いるヒウンシティでも、鳥ポケモンは当たり前のようにいた。しかし、たまにトレーナーを乗せて何処かへ飛んでいく姿を見かけるくらいだけで、むしろ彼らは下界の中でボールに収まっている事の方が多かった。
 思い起こせば、鳥ポケモンと縁もなく、見かけた数もそこそこ程度だったが、それでもレシャールにとっては憧れの存在と言っていいくらい注目していた。
 この広大に広がる青い空の自由に飛び回る鳥ポケモン達への憧れを、一瞬たりとも忘れた事などなかった。
 何時か自分を背に乗せて大空を飛んで行ってもらえないだろうかと願う程だ。電気タイプのレシャールと飛行タイプの彼らでは相性が悪く、願いが叶うのは多分難しい。
 淡い夢ではあるが、それでも何時かはと、高層ビルの頂上で彼は期待を胸にふくらませていた。
 大空の中で下の世界を見下ろす事が出来るのなら、それ以外の望みなどしない。そんな風に考えながら生きてきた。
 しかし、そんな小さな期待も夢も、叶う事なく終わろうしている。 
 吹いてきた風に包まれながら、その要因たるものを思い出した。

 卵から孵された時から愛する飼い主に息子当然に育てられてきたレシャールは何事もなくすくすくと育ち、一人前のパチリスとして成長してきた。
 一昨年、シンオウ地方で誕生日を迎えたレシャールは、飼い主の実家で誕生パーティが開かれていた。大喜びでバースデーケーキに刺されてある蝋燭を吹き消し、電気を着いたと共に飼い主の叔父と叔母からの祝福の喝采を浴びて喜んでいる時だった。
 飼い主からバースデープレゼントと言われ、一枚の紙を見せられた。記載されている内容を見るのは難しかったが、斜め書かれている文字の下のイラストにレシャールは驚いた。
 無数に並ぶ、ビルの町を描いたイラストだった。飼い主はにこやかに誕生日プレゼントに高い建物があるヒウンシティに引っ越そうと言ったのだった。
 無論、それはプレゼントとと言うよりはそのまんま引越しだった。海外で事業に成功した若手の社長、それも女性である飼い主は違う地方に身を移す事にしたのだ。大きなビルを建て、そこで大きな仕事をするのが目的であった。
 高い所好きの性格を知っている飼い主のこじ付けとは言え、シンオウには無い、もっと高い所に上れる所へ引っ越せるレシャールにとってはこの上になく大喜びした。
 新しい居住に引越し、飼い主が高層ビルに勤めるようになってからは、レシャールは毎日が楽しかった。高い場所から見下す人が、とてもとても小さかった。
 違う地方の暮らしにもすぐに馴染み、飽きる事無くヒウンの下界を見下ろす毎日が楽しく、たまの休日にライモンの遊園地に連れて行ってもらった事もあったが、観覧車以外に好む物はなく、やはり高い所が好きな性格は相変わらずであった。
 日々の暮らしに満喫して一年が過ぎ、ヒウンシティで誕生日を迎えた頃に、大きな変化が訪れたのだ。
 新居で誕生日プレゼントに胸をワクワクさせ、主人と二人でバースデーパーティの真っ最中に気になって仕方が無かったレシャールは急かすように飼い主からの誕生プレゼントを尋ねた。
 飼い主はニコニコ顔で、前の年と同じように一枚の紙を差し出した。紙と言うよりは、一枚の写真だった。
 写真の中の相手は人ではなく一見してポケモンだったが、シンオウ育ちである彼にとって見た事も無い姿だ。
 尋ねてみたら、その子は生息地がイッシュ地方だと言われて納得した。見覚えがないのも当然である。外出する以外、大半の時間を飼い主のそばとビルの屋上で過ごしてきたから、友達らしい友達はあまりいない。
 一見してとても可愛らしい子だ。始めはプレゼントに新しい同居人を迎え入れてくれるのかと舞い上がっていた。
 新しい友達が増える。あの頃は、ただただ嬉しくてはしゃいでいた自分だったが、今となっては……

 飼い主の余計なお世話のおかげで、レシャールは掛け替えのない楽しみ、夢を失う事になってしまったのだ……

「レシャ、レシャ……あ、そんな所にいたんだ!」
 甲高く可愛らしい女の子の声が、呆然と下界を見下ろすレシャールの背後から聞こえた。
 屋上の扉からとことことこちらを見つけて歩いてくる小さいポケモン、とは言ってもレシャールとは変わりない
 レシャールはその姿を横目で見るなり、げんなりした顔をした。気持ちを紛らわそうと下界の方に視線を見やる。
「ねぇねぇ、レシャ。またそんな所でボーッとしていたの?」
 問いかけにレシャールは答えず、だんまりを決め込む。せっかくの気分転換を邪魔されるのは癪に障る。誰とも会話する気など無かった。
 沈んだ表情で、ただ下界で蠢く人間を見ていたかった。 
「まーた無口のつもり、レシャ?」
 それでも放っておいてはくれず、彼の名を呼びながら横から顔を覗きこんでくる。
「そうやってふてくさっていても、君のご主人様にとっても君にとっても良い事なんてないんだよ。素直になって君のご主人様の言葉をちゃんと聞いてさ――」
 レシャールは言葉を遮るように相手にバッと顔を向けて叫んだ。
「放って置いてよ、今僕は誰とも話しなんてしたくないんだ!」
 やや怒りを含んだ口調で、単純にそれだけ伝えて会話を切る。しかし、臆した様子も無く小さく肩すくめて言葉を投げる。
「それで?」
「だから、その……無いって言ったじゃん。放っておいてよ……」
 やや弱気になりながら、視線を相手の顔から反らすように小さく返した。
「せっかくこうやって説得に来てあげているのに、見た目の割には全然素直じゃないよね」
「説得なんて、僕はただこうやって眺めて気分を変えたいからいるだけで、別にユーリィには関係ないでしょ……」
 ユーリィと呼ばれた彼女は、丸くて小さい顔と丸く伸びた黒い耳の形をしていて、レシャールと同じく電気袋の黄色の頬を持っている。
 白い体毛生やしていて、いかにパチリスと似たような体系をしているが、大きい尻尾を持たない代わりに両腕から足元にかけて張られている内側が黄色で外が黒色マントのような飛膜が特徴的だ。
 尻尾はピカチュウと呼ばれる電気ポケモンとやや似ているその姿はピカチュウの親戚か何かと勘違いしそうだ。最も全体的に見ればピカチュウとは似てもあまり似つかない。
 モモンガポケモンのエモンガ、ユーリィ。彼女の気に掛ける声をレシャールは鬱陶しげに言う。
「あのね、そのまま放っておいたら何時までもそこでぐずって動かないだけでしょ。そんな所で下ばっか見て何か解決する訳でもないしさ、一度ご主人様の所に戻ろうよ」
「嫌だよ」
「嫌でも来るの」
「嫌だって」
「拒否は受け付けないよ」
 だだをこねるレシャールに配慮をする事も無くユーリィは強引に戻るよう説得を持ちかけてくる。相手の押しの強さにレシャールは早くも降参の旗を揚げそうな気持ちになっていた。
「しつこいなぁ……!」
「しつこくて当たり前だよ。だって、私は君にとって……」
 言葉の途中でユーリィはもじりだす。最後まで口にするのが恥ずかしい様子で言い終えようかと、迷っている。
「そんなもの、主人達が勝手に自分達の都合で決め込んだものでしょ!?」
 思い出すのも腹ただしい程にレシャールは怒りを込めて吐き捨てた。彼女との関係は、単純に友達と言えるものなんかではない。
「ユーリィ自身だって望んで選んだ事じゃないじゃないか、そうだろ?」 
「もう、ユリィで呼んでって言ってるでしょ。私もさ、君の事レシャって相性で呼んであげてるんだからさ」
 答えにならない返答にレシャールは呆れてがっくりとうな垂れる。
「もう、そういう事を聞いているんじゃない! ユーリィ……ユリィは疑問に思ったりすらしないの? 君の将来にも関係するんだよ!」
 真剣な問いにユーリィは口に手を当て、首を傾げて考え込む。わざと可愛らしくみせようとしているのか、悩む様子を演じてる割には、瞳には迷いがなかった。
「将来って言っても、大切にしてくれた私の主人が決めてくれた事だから、間違いなんてないよ。君の主人だって、真剣にレシャの事を考えている証拠だもん」
「真剣に考えているだって? 僕の気持ちなんて無視してるじゃないか! 証拠もへったくれもないよ!」
 気に食わない返答に苛立ちをあらわにし、的違いだと分かっていて怒りに叫ばずにはいられない。
 真剣に考えた事がかならずしも当人にとって理解できるものではないと、自身の気持ちを八つ当たりという形でぶつけた。
 投げかけられた言葉にユーリィは、まるで子供の駄々を見てる様に再び肩をすくめた。そして小さい指を一本立てて、言い聞かす。
「あのね、自分の気持ちが君の主人の決まりにそぐわなくて、それが間違ってると思ってるのなら、それはレシャの我侭に過ぎないんだよ?」
「どうしてさ!?」
 納得いかない苛立ちをぶつける。
「君にとって良い事と君がやりたい事が必ずしも沿う形にはならないよ。相手を思うからこそ、あえてレシャにとって納得のいかない不都合な事をするのは、愛する故に必然的に置き得る事なんだよ」
「それが愛って言うなら、そんなの勘違いだろ……?」
「ううん、勘違いはレシャの方だよ。親が子供に木の実を与える時、自分で取ってあげるんじゃなくて、わざわざ子供に取らせる方法を教えて、それを自分の力でやらせるの。子供にとってはそれは大変な思いをするし、木から落ちて痛い思いをする事にもなるけど、それを学んでこそ後になって自分の力で木の実が取れるようになれる」
「何が言いたいの……?」
 困惑するレシャールにユーリィは真剣な面持ちで、それでいて表情を崩して可愛らしく微笑み返す。
「親がずっと子供に木の実を取ってあげてるだけじゃ、子供は何時までも何も学ばずに親に与えてもらうのを待つだけでしょ。愛するってのはね、意味を持って不都合な事を押し付けるのも愛する内なの。レシャにとって愛されるって、可愛がってもらえるものだけなの?」
「そんな事、僕に分かる訳無いじゃないか……」
「……う~ん、話を戻すね」
 レシャールの煮え切らない様子にユーリィは本題に戻る。
「君の主人はさ、レシャにただ高い所で下ばかり覗き見する生き方だけじゃなくて、もっと意味のある生き方を知って、実感して欲しいんだよ」
「僕の都合はお構い無しに……? それが僕に対する主人の愛なの?」
「愛がなかったら、わざわざレシャの反感を承知でこんな事、決めたりしないよ。わざわざ私を君に紹介なんてしないはずだよ」
 ユーリィはレシャールの手を取って、顔を近づけてくる。
「こうやって君と知り合える切欠をくれたのは、他でもない私と君のご主人なんだよ」
「そうだけどさ、けどさ、ユリィはどうなんだよ?」
 恥ずかしそうに目をチラチラと反らしたり戻したりを繰り返しながら、レシャールは気になっていた事を質問した。
「どうって……?」
「ユリィの気持ちだよ。間違いは無いと言っても、ユリィ自身はどう思っているんだよ。この……」
 レシャールは一度うな垂れ、顔を起す。
「僕達が、夫婦になる事を……!」

 学生時代の頃に、叔父と叔母からもらった卵から孵ったレシャールは主人と出会った。
 やり手である飼い主は結婚はせず、仕事一筋だった為にレシャールは唯一無二の家族当然だった為、二人は何時もそばに居たのだ。
 家族と言える相手は、飼い主を生んだ母と父、後は親戚の叔父と叔母くらいだ。裕福ぐらしだった飼い主は経済に強い関心があり、一途に経済の学問に没頭していた。
 レシャールは主人の愛情を一心に受けて、何事もなくすくすくと成長していった。
 生まれてまだ幼い頃、主人と二人でピクニックに行った時だ。レシャールは自然と木登りが出来るようになり、主人の止める声も聞かずに大きい木に登り、枝に乗った時だ。上から見た主人が小さく見えたのだ。
 近くにいる時は、自分が小さかったのに、高い所で見た主人はそれを裏切るように小さく、遠くにいた気がした。主人だけでなく、周りで通りかかる人らも同じように小さく見えた。
 それはまるで、自分の存在が大きいものになったかのような錯覚を感じ、大きな感動を与えた。
 それからはと言うものの、レシャールはとにかく高い所を上るようになった。例えば家の屋根の上、ある時は街灯の上、ある時は伝説のポケモンの名を掲げた銅像の上など、気に入った高さの物があればとにかく上っては下を眺めていた。
 主人から静止される事もあったが、それでもレシャールの好奇心は抑えられず、日に日に大きくなるばかりであった。
 所有するビルの上から柵越しに見下ろした世界は、他のものとは比べ物にもならないほどの絶景だった。世界はこんなにも、小さいのだなと。
 イッシュ地方に移り住んでも、その趣味は全く変わる事はなかった。時々、主人には「あなたには他に何もないの?」と言われ、こう答えた。
『ここと、ここから眺められる景色があれば十分だよ』
 無欲なのか好奇心旺盛なのかはっきりしないが、自分の生きがいだけははっきりと持っていた。
 主人の新しいビルには、高い所の室内に彼専用の固定型の望遠鏡がある程だ。もっとも、レシャールは望遠鏡越しよりも直接見ていた方が好きだった。
 一日の生活の大半がこの有様だ。主人としては、微笑ましく思え、同時に疑問にも思っていた。
 レシャールが誕生日を迎える数日前、休暇中の主人に一本の電話があった。相手は、主人が学生の頃の友人だった。
 懐かしい友人の昔話に花を咲かせていて、レシャールの事を話していた時だ。相手の友人のポケモンと、レシャールのお見合い話が持ち込まれた。
 そして誕生日当日になって、プレゼントと称されてエモンガのユーリィを紹介された。
 レシャール目的を知らされずしてユーリィと出会い、程なく仲良くなった。
 一つの事にしか興味のなかったが、ユーリィと過ごす時間は何時しか、趣味とは別の楽しみのひとつになっていた。
 二匹の中を見ている内に、主人とその友人の心は次第にこう思うようになっていたのだ。
『レシャールとユーリィはお似合いの仲だ』という。
 レシャールとしては少なくとも、友達として彼女を意識していた。気さくで面倒見が良く、会うたびに一緒で過ごしてきた。
 しかし、主人の口からユーリィが友人ではなく、雄と雌として結ばせる為にと知らされた時は、ひどく衝撃を受けていた。最も、その当時で信じられなかったのが、ユーリィ自身がその事を出会う前から知っていた事だった。
 友達としてではなく、勝手な約束で仲を深めていたとなっては、レシャールにはもはや、ユーリィが仲の良い友達として見る事が出来なくなっていた。
 お互い信じあえると思っていたのに、ユーリィは今まで黙っていた。教えてくれなかった。ご主人も、その友人の主人も……
 自分だけが蚊帳の外で、彼女の事を友達だと思い込んでいただけだったのだ。
 そして、主人達の思惑通りレシャールとユーリィが結ばれた暁には、将来の子供が真似しないよう危ない趣味をやめさせ、家族として過ごさせて一生を安泰に過ごさせる。そう、高い所から下を見下ろす楽しみを奪われるのだ。
 どうしてだと、レシャールは最愛の主人を初めて呪った。趣味に没頭するよりも家族を持たせるのが良い事だと、何故決め付けるのだろう?
 子供が生まれたら、もう高い所で見下ろす世界もなくなってしまうだろう。そんな事、レシャールには到底納得ができなかった。

「私が、レシャと一緒になる事がどう思うかって?」
「うん……」
 自分でも恥ずかしい質問の答えを緊張しながら待った。
「何も問題はないよ。レシャールと一緒になってもいいなって思うよ。レシャなら、他の雄よりずっと信頼できるもんね」
 彼女は迷い無く言い切り、にっこりと曇りの無い笑顔を見せた。レシャールは嬉しいような、納得いかないような煮え切らない気持ちで頬を赤くした。
「い、いいなって、ユリィはもう少し考えるべきだよ! 君にだって自由な意思はあるんだから、無理にやんちゃな僕なんかと夫婦にならなくてもいいじゃないか?」
「私はやんちゃでかわいいレシャの事好きだよ。夫婦になる事だって、私の意思でもあるんだもの」
 彼女の真っ直ぐな告白にレシャは更に赤面した。
「え、でも、それは……強引にくっつかれたからそうなったとかじゃないの?」
「確かに、始めは強引だと思ったよ。シンオウから来た子とお見合いしてみないって言われた時は、すごく困ったよ。けどさ……」
「けど?」
「いざ会ってみるとレシャって悪くないし、私のような子相手でも仲良くしてくれたしさ」
「それは、最初は友達が増えるから嬉しくなって思っててだけで、僕はユリィがお嫁さんになるなんて知らなかったからだよ?」
 言い方によってはどこか無責任なような気がするが、仕方の無い事実だった。
「私の方もレシャが私のお婿さんになるから気を使って優しくしてくれてるのかなって、始めは考えたよ。でも、レシャはそんな細かい事なしに素直な気持ちで接してくれたじゃない」
 ユリィは懐かしむように言う。
「レシャったら初対面の私に気取ったりなんかしないで、こんな高い所に上るのが趣味だって恥ずかしがらずに教えてくれたよ。大好きな木の実の取り合いで喧嘩する時だってレシャは気を使ったりなんかしなかったでしょ?」
「それは、そうだけど……」
「私のような知らない子でも、レシャは遠慮なく私に心を開いてくれたでしょ。それが……」
「それが、僕を好きになった理由……?」
 訝しげに尋ねると、今度はユリィの方が顔を赤らめて、うんと頷いた。
「私ってこんな性格だけどさ、誰かに気を使われたり、嘘付かれたりするの嫌なの。本音で話し合える友達がいたら、それはそれで嬉しいし、レシャのような素直に言いたい事をはっきり言ってくれるのがお婿さんだったら、私は後悔しないと思うの。それに……」
「それに……」
 両手を後ろにもじもじさせながら、やや躊躇う様な口調で言う。
「レシャの笑顔がとても可愛くて、私初めて見た時はキュンときちゃったの。一緒に遊んでいて、君の笑顔を見るたびに胸がときめいた。子供っぽい所が多いけど、強いて言っちゃえばそこが素敵かなって……」
 それだけ告げてユーリィは照れた顔を隠すように俯いた。
「こんな事言うの、すごく恥ずかしいんだけど……」
「え?」
「レシャがいいなら、その、キスしてもいいかなって思ってる……」
 思わぬ告白にレシャールは顔の熱が一気に急上昇した。
 恥じらいながらも彼女のどうどうとした言葉は、レシャールが好きだと言う本物の気持ちだった。
 衝撃的な告白に、レシャールは固まってしまい、しばらく何も言えずに彼女を見つめていた。
「ちょっ、キスって……僕らはまだ出会ってからそれほど経っていないだろ。恥ずかしい事を言わないでよぉ……」
「恥ずかしい事なんて……うん、自分で言ってすごく恥ずかしいと思うけど、でも、夫婦になるんだから、これくらい慣れておかないといけないなって思ってさ……」
「…………」
 知らない間に二匹の間には唇が交わせるほどの雄と雌の中が深まっていたらしい。無論、レシャールの知った事ではないが……
「僕はそんな覚悟ないよぉ……」
 ユーリィは物事をはっきりと言うタイプの子だけあって、恥ずかしさで湯気がでそうな気持ちになった。少しくらい恥じらいがあってもいいと思う。
「そ、それじゃさ、夫婦になる記念に、ちょ……ちょぴっとやってみよっか?」
 レシャールに負けない程に赤面しながらもユーリィの勇気を振り絞った提案だった。
「だから待ってって、そんな急に言われても出来る訳ないじゃん……!」
「恥ずかしがらなくても、私はもうとっくに覚悟してるし……レシャが良ければ何時だって私、待ってるもん……」
 人間で例えるならば、結婚を前提に付き合っているとても仲の良い恋人のような二匹を描いている。
「恥ずかしくて言っているんじゃないよ!」
 レシャールは頭をぶんぶんと振り、甘ったるい雰囲気を無理やり吹き飛ばした。
「僕の知らない所で勝手に夫婦になる話が進んで、訳もわからずにユーリィと一緒になれと言われて、友達だと思っていた君と、キ、キスなんて出来るわけ無いと言ってるんだよ!」
 思いの内をぶちまけた。八つ当たりしているような気がして内心申し訳ないような気もしたが、言わずにはいられなかった。
 言い終えた後の彼女の顔が、若干赤みを残しながら悲しみに曇り始める。
「私さ、レシャの事好きだよ……?」
「……」
 レシャールも同じく、顔が曇っていく。
「レシャはさ、私の事異性として見てくれないのかな? 私って魅力的じゃないかな……?」
 ユーリィの真剣な問いに、レシャールは答えるのに何処か躊躇うように視線を反らす様に唸り、重い口を開く。
「僕もさ、ユリィの事はじめはとても可愛い子だと思ったよ。女の子の友達はユリィが初めてだから。もしもだけど、ずっと一緒になりたい子を選べと言われたら、僕は迷わずユリィを選ぶよ」
「え、それじゃ……!」
 ユーリィは弾ける笑顔を上げた。しかし、そこから先は彼女の期待する言葉ではなかった。
「でもそれは、あくまで友達としてだよ……」
 希望を打ち砕く彼の声に、ユーリィの笑顔が引き攣る。
「ユリィの言う好きと、僕の言う好きとじゃ意味が違うよ。君の事を、いままでそんな風に見た事はないんだ」
 レシャールにも、雄と雌が夫婦になる大変さは知らない訳ではなかった。知識とイメージ程度とは言え、苦労は多いと思っている。
 ただの友達だけなら、重い責任なんていらない。互いに仲良くやっていければそれだけで良かった。
「レシャ……私とじゃ、夫婦にはなってくれないの? 私じゃ不満なの……?」
 ユーリィの瞳が悲しみで曇り、見ていられずレシャールは逃げるように顔を反らした。
「友達としていられるならずっとそうしていたいよ。夫婦になるなんて僕には荷が重過ぎるよ……」
 せっかくの彼女の好意を踏み躙るような真似をしてしまい、風の吹かないビルの屋上で気まずい沈黙が流れた。
「ごめん……」
 原因を作ったレシャールは居心地が悪くなり、悲しそうにするユーリィの視界から消えるように一人で彼女の来た屋上の扉の方に進んでいった。
 背後から、泣くような声でレシャールの名前を呼ぶ声が聞こえた気がしたが、今の彼に振り返るだけの勇気もなかった。
 下に下りる階段を飛ぶように降りていく中、 レシャールは頭の中からユーリィの事を掻き消すだけで精一杯だ。傷つけてしまったかも知れない自分に、気に掛ける資格などないのだから……


 日が暮れて、ビルの群れが太陽を覆い隠してしまう夕方の頃、レシャールはしぶしぶと居住であるビルから離れ、ヒウンシティの下界に下りていた。
 主人は取引先と言う場所に行っており、まだしばらく帰りそうになかった。
 ユーリィの事もあり、しばらくはビルに帰たくはなかった。
「はぁ……」
 深いため息を吐いた。いくら頭の中で誤魔化そうとも、ユーリィの事を忘れるなんて出来なかった。
 未だに彼女が傷ついたままだと思うと、自分自身がひどい雄と思わずにいられなかった。
 下界を大通りは、家への帰路を向かう人間達で溢れていてた。夕方になってもヒウンシティの活気は衰える事はなかった。さすがイッシュ地方の誇る大都会だけはある。
 特に行くあての無いレシャールは歩き疲れてしまい、近くにオープンカフェ用に置かれてある丸いテーブルを囲む空いた椅子に飛び乗った。
 客はボチボチいる程度で、殆どが休憩やデート目的で着ているような場所だ。
 そこでレシャールはまた、小さく溜め息を吐く。
 どうやって彼女に謝ろうかと考えるも、名案は浮かばない。
 途方にくれるレシャールの横で、クスクスと笑う声を耳にした。振り返るとそこには、仲の良さそうなポケモンがいる。
 大きな耳と頭に小さな植物を生やしたような緑色のヤナップと、同じく大きな耳と水の波の形を描いたような頭をしたヒヤップが、テーブルの上で同じオレンジュースを二本のストローで飲んでいた。
 トレーナーと思わしきモンスターボール模様の帽子を被った茶髪のポニーテールの女性と、白と桃色のサンバイザーを被った団子形の茶髪ロングヘアーな女性二人がヤナップとヒヤップを含め、テーブルを囲むように座っている。 
 ヤナップとヒヤップの二匹は一つの椅子の上で、ストローを口に咥えてイチャついていた。
 その様子に気づく事なく、トレーナー二人はアイスコーヒーカップを片手に談笑していて、ヤナップとヒヤップの方には全く無関心でいた。
 ヤナップが二人の様子をちらちらと覗っていて、こちらに関心が無いと分かった途端、ストローを口から話した。
 すると、まだ飲んでいる途中だったヒヤップの顔を両手で優しく触れて、半場強引にストローから離す。そして……
「あ……」
 レシャールが横で見ている所で、ヤナップはヒヤップに口付けをした。突然の出来事にヒヤップは顔を赤くして慌てていたが、殆ど抵抗なく受け入れている。
 静かに、咄嗟の出来事に二人のトレーナーは気づいておらず、相変わらず談笑を続けていた。
 ヒヤップの方は水色の顔をバオップ色に染め上げながらも、ヤナップの体に手を回した。レシャールだけが見ている所で甘ったるい雰囲気が出ていた。
 やがて女性トレーナーの一人が二匹の方に目を向けようとした。それに感づいたヒヤップは自分から慌てて唇を離し、未だに顔を紅色に染めながら顔を横にそらした。ヤナップも事情を察し、何食わぬ表情でオレンジジュースに口をつける。
 一瞬だった。レシャールにはそれが、1分にも2分にも感じたが、現実にはたった5秒程度の出来事だった。
 呆然と見ていたレシャールに、ユーリィの言葉を思い出す。
 彼女のキスしても構わないと言う告白に対し、自分はそんな勇気が出なかった。
 ヤナップのする姿を見て、ユーリィとキスする姿を重ねあわすも、それが叶わないレシャールは雄としてのプライドが打ち砕かれたような気がした。自分はなんて根性なしなんだろうと、ただ悔いた。
 劣等感に暮れる中、すぐに椅子を飛び降りてカフェから去っていく。
 アスファルトの道路に視線を落としたままぽつぽつと歩く。
 その道中に、ファッション店の壁に背を持たれているサンバイザーを被ったパイナップル髪の少年トレーナーの下で楽しそうに遊んでいたチラーミィ二匹を見かけた。
 動かぬトレーナーの周りをぐるぐると追いかけ回し、後ろのチラーミィが捕まえ、そのままじゃれあっていた。
 レシャールは立ち止まり、ぼーっと見ていた。
 そこでもう一人の少年がファッション店の入り口から出て、駆け足でやってきた。モンスターボール模様のキャップを被ったさらりとした髪をしている。
 パイナップル髪のトレーナーは片手を上げて挨拶し、壁から身を離す。すると下でじゃれあっていたチラーミィの一匹が後から来た少年の肩に登る。残った方も、違う少年の方の肩に登る。
 二人はどうやら待ち合わせしてらしく、用が済むとそのまま横に並ぶように動き出した。
 その時に、背後に回ったチラーミィの二匹が顔の後ろに回り、こっそりと唇を重ねた。トレーナーに気づかれない内にすぐに離した。
「……」
 レシャールは、大都会のポケモンは大胆なのかこそこそしいのか分からないと困惑した。
 誰も見てないと思ってたのだろうか、それとも人には気づかれない様に実は見せていたのだろうか。
 考えるだけ虚しくなったレシャールは、考えるのを諦めた。
 
 人ごみを避けるように道の隅を歩くレシャールの前に、何やら動かぬ人ごみを見かけた。
 そこは数人ほどの大人と子供が、路上で開いているピンクと白の縞模様をした洒落た店の前で並んでいた。通りの邪魔にならないように、列は人の波に沿う形を作っている。
 レシャールは列に割り込まずに店の横に設置されている看板に目を向けた。
『ヒウンシティ名物、ヒウンアイス』
 黄色いメイド服を着た女性が、最前列に並んでいた男性の客に、にこやかにアイスを手渡ししていた。客の男性が列から離れると次に並んでいた女性の客が前に進んだ。
 レシャールは男性が買っていったヒウンアイスに目を奪われた。
 ヒウンシティに引っ越して、主人に聞かされた事がある。この町には美味しくて有名なアイスがあった。その人気は長蛇の列を作るほどであり、夜になる前にすべて売り切れになってしまう。
 一度でいいから味わってみたいとレシャールはテレビのCMで見かける度に眼を輝かせていた。
 このヒウンアイスは冬以外の季節限定で販売している。夏場の暑い中はヒウンアイスは人気は凄まじく、売り切れが他の季節と比べて早いのだ。
「いいなぁ……」
 気分治しに試食してみたいと思った。
 人の列を並んで、順番が来たら食べられる。まさにアイスの味のような甘い考えが頭の中で広がっていた。
「あ、そう言えばユリィも食べたがっていたな……」
 彼女の分も欲しいと思った。前々からユーリィも体をクネクネさせるほど食べたがっていたのを思い出す。
 ビルの屋上で傷つけてしまったユーリィの為に、お詫びとして一緒に食べる事が出来ればきっと喜んでくれるに違いない。そう思ってレシャールは急ぎ足で駆け出した。
 しかし、人の列に並ぶ前にレシャールは立ち止まった。
「あ、お金持ってないや……」
 自分の小さな両手を広げて、虚しい気持ちに覆われた。
 ポケモンだからお小遣いを持っているわけなかった。
 仮にお金を持っていたとしても、ポケモンにアイスが買えるのかどうかも怪しい。そんな事、ある程度成長したレシャールなら気づけた事だった。
 残り少ないアイスを買えるチャンスがあるにも関わらず、レシャールはそれを虚しく見るしか出来なかった。
「あ、あぁ……!」
 もどかしさに足踏みをしている内に、ズルッグ連れのサラリーマン風の男、次に太めで電子端末機を弄っている男、最後に若いカップルが順番を取ってしまった。
 一気に順番が増えてしまった事によって、せっかくのヒウンアイスを手に入れるチャンスが無くなってしまった。多分だが、太めの男の辺りでアイスは売り切れてしまうだろう。
 ユリィとの仲直りするきっかけもなくなった。
 彼女の喜ぶ顔が、頭の中で音をたてて崩れていく。ショックでがっくりとうな垂れた。
 しょぼくれた足取りのままレシャールはその場から離れていった。

 日が暮れて、もう直ぐ夜になろうとしている時刻。
 人気をあまり見かけないヒウンのセントラルエリア。噴水の周りには老人と小さな子供がポケモンと遊んでいる。
 街灯が点灯している横で小さいベンチに腰を掛けていたレシャールはぼつりと漏らした。
「アイス、欲しかったな……」
 せめてのお詫びのヒウンアイスさえ手に入らない自身を惨めに思いながら。
 帰ったほうが良いとは思っていても、ユーリィの居る所に戻るとなると体が動かせなかった。
 途方にくれる。
「あーん、何処蹴ってるんだよー」
 ポケモンと一緒に遊んでいた子供がボールを追いかけて、レシャールの座っているベンチにまで取りに来た。
 ボールに手を掛けた途端、子供はレシャールの存在に気づき物珍しそうに見つめてきた。
「……?」
 レシャールは首を傾げて子供を見つめ返す。
 イッシュ地方では見かけない外国のポケモンが余程珍しかったのか、しばらく見つめているうちに呆けている事に気づいた子供はボールを抱かかえ、一緒に遊んでいたポケモンの元に走って行った。
「なんなんだろ……」
 去っていく子供の後を不思議そうに見ていると、子供は一匹のコジョンドと、もう一匹にゾロアークと呼ばれる珍しい種のポケモンと一緒に遊んでいたようだ。
 サッカー遊びをしていたらしく、子供はボールを持って二匹の所に戻ると再び遊び始めた。
 夕暮れの時刻にも関わらず、無邪気に遊んでいる子供の姿はなんとも悩みを知らない羨ましい生き物だなと、心の中で皮肉る。
 気晴らしに他のベンチを見渡してみたら、ごつい肉体をした体育系の男が座っていて、手に入れ損なったヒウンアイスを箱から出してペロペロしていた。
 美味しそうに舐めている横で、柔道着を帯びた太い体格をした赤肌のポケモン、ナゲキが箱から手を伸ばしてヒウンアイスを二つ取り出している。男が何も動じない様子からしてナゲキはその男のポケモンであるようだ。
 そして二つの内の一つを、隣に立っていた青肌をしたポケモン、ダゲキに手渡す。双方のポケモンは嬉しそうに微笑み浮かべていた。強面だけあって、笑顔を浮かべる姿が似合わないと偏見していたが、見ているとそうでもなかった。
 人と二匹のポケモンがアイスを舐めている姿をボーッと羨ましそうに見つめていた。あぁ、自分も食べてみたい……
 芝生に座って食していたダゲキの頬にアイスが付着していたのを見つけてしまった。すると、ナゲキはそれに気づいたのか舐めるのを中断してダゲキに近づくそして……
 ――ペロッ
 それは一瞬の出来事だった。ナゲキはダゲキに顔を近づけた瞬間、頬に付着していたアイスを舐め取ったのだ。
「はぇ……?」
 悪寒が走った。
 ダゲキは慌てて舐められた頬を押さえ、青い表情に赤を滲ませるように染めていた。何食わぬ顔してナゲキはニッと笑い返していた。
 肝心のダゲキの方は、少し照れた様子で苦笑しながら、チラチラとダゲキに熱い視線を送っている。そして次の瞬間、レシャールは怖気が走る物を目にしてしまった。
 二匹は男がアイスに夢中になっているのを好機に互いに顔を近づかせ、口付けをした。
 それも結構深い……
 男の方はそれに全く気づいていない。
 目撃してしまったレシャールは口から嘔吐とも唾液とも分からない物が口の外から漏れる感覚に酔う。
 彼らは恋人同士なのか、先ほどのヤナップヒヤップ、チラーミィ二匹と同じように。
 恋人同士だと言うのならばこっそりの口づけくらい別におかしくもないだろうが。だが、ダゲキとナゲキは種族の関係で、『雄』しか存在しないのだ。
 っという事は――
「はぇぇっ……」
 目が白くなる。全身の体毛が一斉に白色に染まる。唖然と開かれた口元は妙な唾液と思わしき物が漏れ出ている。
 視界がもやもやとした漆黒色に染まっていく中、ダゲキとナゲキを取り巻く空間だけが妙に華々しい。
 あぁ、世界と言うのはなんと広いものだろうか……
 長い雄同士のキスが終わると、二匹は照れた様子で互いに視線を配りつつアイスに戻る。
 男は最後に残ったコーンを一口で頬張り終えるとベンチから立ち上がり、既に食し終えていたダゲキとナゲキと共にヒウンの街の中に消えて行った。
 衝撃な光景を見た後のレシャールはしばらく白くなったまま、ポツンとベンチの上から動けないでいた。
 外国のポケモンとは自分とは比較にもならないほど視野の広い生き物だと知った日だ。

 精神が落ち着いてベンチから離れたレシャールだが、表情は落ち込みを見せている。
 目の前で雄と雌(あと雄同士)の堂々とした行為を見せられて、一匹の雄ポケモンとして自信を失っていた。
 ユーリィの事を恋人として意識をしようとしない反面、彼女の期待に応えられない情けなさが複雑に絡み合いぶつかり合う。
 胸が締め付けられそうな重たい感情に覆われていく。
 ユーリィとは一生仲の良い友達でいたい。
 そう思うだけならば良かった。
 そうなれれば気持ちが楽だった。
 けどそんなのは都合の良い現実逃避だ。
 彼女の気持ちを面と向き合えない自分勝手な願望だ。
 これからどうしよう。
 まだ帰る気になれない。
 レシャールは行くあても無く沈んだ表情のまま、自分が見下ろし続けてきた街の中を彷徨い続けた。

 
 日が暮れて、夜が訪れてもヒウンの街は静まるどころか大いに賑わいを見せていた。
 小さい人間は見かけなくなり、夜の人間達は昼間とは違ってどこか生き生きとしている。
 堅苦しそうだった表情を崩して笑みを浮かばせ、複数になってはネオンを飾っている洒落たお店の中に入っていく。 
 そこから漂う香ばしい匂い、中から漏れる談笑と馬鹿笑いな声。一体何が楽しいのかは分からないが、そこは真夏の昼を歩いていた人間達の安らかなオアシスなのだろう。 
 気分のままに都会の路地裏に差し掛かりる。
 そこには路上にはへんてこな髪型をした三人の若い人間達がたむろしていた。何やら気味の悪い笑い声をあげている。周りには小さな煙を立てた巻物みたいな物が散乱してて、見ていて汚らしかった。
 不良と呼ばれる人間達なのだろうか、レシャールは不気味そうに彼らを横目に通り過ぎようとした。その時だ。
「ヒーヒッヒッヒ、あっ? んん?」
 頭の中央以外を剃った、俗に言うモヒカンと呼ばれている。そんな髪をした悪そうな男が、レシャールの存在に気がついた。
「あぁっ? どうしたげ? あんっ??」
 変な口調で話すカラフルな色をした"パイルのみ"みたいな頭の男も振り向く。
 低い笑い声を上げていた頭部の禿げた大柄のスキンヘッド男も同じく振り向く。
 それぞれ柄の悪そうな男達の視線が、レシャールに集まる。
「えっ、何?」
 レシャールは動揺して足が止まってしまう。最初に注目したモヒカン頭が面白そうに見やり、
「おい、あれなになに? くっそ珍しくね? なぁおい」
「あ? あのチビの事か? 尻尾でっけーなぁ」
  パイル頭の男が反応する。
 パイル頭の男が反応する。
「おー、ここじゃみねーポケモンじゃん? あれか、外からきたやつか」
 禿げた男が言うと、男達は一斉に立ち上がり、まるで獲物を見るような目つきでレシャールに迫ってきた。
 三つの革靴の音と威圧しそうな体格にレシャールは不安を掻き立てられる。
「へへっ、こんな所でめずらしー奴に拝めるなんて、俺らラッキーじゃん!」
 何の事だと、レシャールは首を傾げる。
「ん、あれか? やせーのが紛れてやってきたんか?」
 パイル頭の男が見下ろすように言う。
「馬鹿か、外から来たやつがやせーな訳ねーだろ? 外人の連れなんだろあのチビは」
 スキンヘッドが仲間を詰りながら腰に手を掛け、小さなボールを取り出してきた。それは収縮された状態のモンスターボールであった。
「え、ちょっと!?」
 男達の下種な笑みに不安が次第に恐怖に変わりつつある。気が付けば、レシャールは男達に取り囲まれる形になっていた。
 パイル頭の男が言う。
「でも良いのかよ? 外国のポケモンなんて目立つからポリ公に特定されたりしねぇか?」
「だーかーらーよぉ、こーいうのは高く売れる。ここイッシュじゃみねぇ奴はその手の輩が高い値張って欲しがる奴がいるんだよぉ」
 モヒカン男がボールを掌で遊ばせる。
「ちょうど路地裏だし、人目にはふれねーよな?」
 スキンヘッド男が辺りを見回し、人がいないことを確認するとボールを放り投げる。
 モンスターボールが真っ二つに割れて、眩い光線が地に向かって走る。
 飛び出してきたのは見た目がゴミ袋なポケモン、ヤブクロンだ。現れたと同時に放たれた特性の悪臭にレシャールは鼻をつまんだ。
「ううぅっ、くっさぁ……」
「あぁん? こぉんのチビが、俺のヤブピーをくせぇと言いやがったかぁ? あぁっ!?」
 スキンヘッドの男がレシャールの一言に形相を変える。ごつい割りによく変形する。
 他の男達も続くように高らかにボールを放り投げるた。ヤブクロンの背後にズルッグ、ズルズキン。
 いかにも柄の悪そうなゴミ袋と不良ポケモンのメンバーがレシャールを高らかに睨みつけている。
 囲まれた状態で逃げ場が無い。
「ちょ、ちょっと。僕を、どうするの?」
 思わず聞いた。男達は揃ってひひひと笑い、モヒカンが口を開いた。
「なぁに、大人しくしていれば痛い事はしねーよ。大人しくしていればなぁ……?」
 そう言った口調は柔らかいものの、目が笑ってはいない。
「俺らさぁ、ここらを縄張りに他人のめずらしーポケモンぶんどっては金を出してくれる奴に売り飛ばしてんだよ。まーなんて言うの、闇の売人みてーな?」
 パイル頭がご丁寧にレシャールに説明してくれたおかげで、レシャールの不安だった表情は恐怖の色に染まりあがる。
「バッカ、こんなチビに俺らの事バラしたってしょうがねーだろ。騒がれねーうちにとっ捕まえろよ! 行けや!」
 スキンヘッド男が命ずると、ヤブクロンは短い足で急加速しレシャールに迫った。
「とっ捕まえろ!」
「ひっ!?」
 ボディからゴミをはみ出したような腕を広げて迫り来るヤブクロンに悲鳴をあげ、思わず飛びのいた。
 勢いをつけすぎたヤブクロンはつまずき、仲間のズルッグは衝突しそうなのを回避する。地面にぶっ倒れた衝撃で体内に溜め込んでいた悪臭がたちまち裏路地に広がってしまった。
「うわっ、ちょっ……くせぇ!!」
「ヤブピーくっせ!?」
 モヒカンとパイル頭と仲間のポケモンはつーんと臭う凄まじい匂いに鼻をつまむ。レシャールも同じく鼻を押さえた。
「うえぇっ……くさいぃ……」
「チッ、ヤブピー! このチビを取り押さえろ!」
 無様に顔面を打ったヤブクロンを前に舌を打つ。この匂いの中で苛立った命令を飛ばした。臭くないのだろうか?
 二人は鼻を渋い表情を浮かべながらそれぞれのポケモンに捕まえるよう叫んだ。
 匂いで注意力が反れていたレシャールは、気づけばズルッグとズルズキンの二匹が目の前にまで来ていた。
 血管の浮いた、メンチを切っている顔がぐいぐい迫る。背後には大柄の男達、逃げられない。
「少し痛めに会わせてやれ!」
 モヒカンが叫び、ズルッグはいわれたる通りズルズキンの前に出て、動けないレシュールにずつきする。
「うわっ、やめて……!」
 急な攻撃に怯えたが、咄嗟の反応で右側に逃げ込んだおかげでずつきは空振りで済んだ。
 バトル経験の無いレシャールだが反射神経はあるようだ。高い所によく上っていた経験が意外な所で役に立っていた。
 回避されたズルッグは舌打ちし、続けざまにレシャールに向かって攻撃を繰り返す。大して素早くも無いずつきはあたる寸前で回避できる。
 右に動いては左に飛び、馬鹿正直にまっすぐに向かう攻撃をなんとか反射神経だけで避け切った。
 それでもズルッグは攻撃の手を緩めず、四度目の攻撃は角度を低くした飛び膝蹴りを繰り出す。予想外だったレシャールは辛くも避けはしたものの、横腹をかすめてしまった。
「うあっ……!」
 受身を取り損ねて地べたに倒れる。
 ズルッグは追い討ちをかける様にアスファルトを蹴り、高く跳躍するとでかい顔を大きく振り、そのまま急降下する。
 重力分を加えた強烈はずつきがレシャールに襲い掛かる。
 レシャールは顔を起こし上空から迫るズルッグに気づくと、表情が青ざめる。これをくらってしまえば、二度と立てなくなってしまう。
 かすめた傷の痛みを堪え、咄嗟に上体を起こして後に四足になり、考える間もなく走って急速落下するずつき攻撃を掻い潜った。
 その僅かな後、攻撃目標を見失ったずつきはアスファルトと激突しする。激しい衝突音と共に土誇りを巻き上げた。
「うおっ!?」
「チッ……!」
 土誇りで不良達が視界を奪われ、油断する。
「あ、いまだ!」
 これを好機にレシャールはズルッグとヤブクロンの動きを警戒しながら駆け出した。
 ヤブクロンがその動きに気づき、レシャールを追いかけてくる。しかし、自分のスピードならあのポケモンくらい切り抜けれそうだと確信する。
 小さい体系でモヒカン男の足の間をすり抜け、囲いから脱出した。後は逃げ切るのみだった。だがその時だ。
「うわっ……なな何で!?」
 余所見をしていた為に、前方から何かにぶつかり、その瞬間レシャールの体は何かにガッチリと捕らえられてしまった。
 顔を上げてみてみると、そこにはズルズキンが不適な笑みを浮かべ、逃がさないと言わんばかりにこちらを見下ろしていた。
「よぉっし、よくやった!」
 パイル男が叫ぶ。必死にもがいて逃げようとするもズルズキンとは非常な程に力量差があり、びくとも動けない。
 意を決し、レシャールは戦う覚悟をした。もっともそれは最低限であり、勝つ事を前提としない、逃げきる為である。
 相手を睨み、電気袋の頬を膨らませるほど力むと、大きい尾から電気の火花を散る。パチリス特有の放電の仕方だ。
 丁度尻尾がズルズキンと密着し合った状態で、相手もチビだと思って油断しているため放電を食らわせれる。そして怯んだ隙に逃げよう。それがレシャールの算段だった。
 充電から放電までの時間は長くは無い。勝負は一瞬だった。
 しかし、事は都合良く運ばなかった。
「やらせるな、ぶん殴れ!!」
 ズルッグが叫ぶと攻撃に感づいたズルズキンが慌て頭を振り上げ、トサカ頭で思いっきりずつきをかましてきた。
「パチィッ……!」
 放電前だったレシャールはおでこに激痛が走り、攻撃を中断してしまった。まるで硬い岩にでも叩きつけられたような痛みが思考を麻痺させる。
 それだけでは終わらず、ズルズキンは締め付けるほどに強く握った状態で更なる追い討ちをかけてきた。 
「あがっ……うぐっ……!」
 頭突きの連続攻撃が顔面を容赦なく襲い、目も開けられない痛みが閉ざされた視界の中でフラッシュしていく。
 打たれ強くも無いレシャールの全身から徐々に力が抜けていき、やがてガクンと項垂れて力尽きてしまった。
 それでもズルズキンの攻撃は続いた。激しい痛みが鈍く感じてくると、いよいよ意識が遠くなっていく。
「ぬぅぅんっ!」
 ズルズキンはとどめとばかりに頭部をレシャールから遠のかせ、渾身のずつきをお見舞いしようとしていた。薄らぐ視界の中でレシャールは覚悟した。
「おい待てってよ!」
 攻撃の途中でヤブクロンが呼び止めた。
「ヤブピーの言うとおりだ、あんまし傷物にすると売り物にならなくなるからよぉ、そこまでにしな」
 スキンヘッドが便乗して言うと、ズルズキンは舌打ちしながらも攻撃を止めてレシャールを放り投げた。
 辛うじて助かったものの、顔はボコボコにされてしまった。抵抗する力もダメージの威力に全てを持っていかれてしまい、体はピクリとも動かせなかった。
「よーやく大人しくなったなぁ、んん?」
 パイル頭がレシャールの体を軽く踏みつけ、逃げられなくする。
「おぅっし、これで縛り上げて袋ん中にさっさと詰めろ。誰かに見つかる前にな。ちゃんと押さえつけとけよ!」
 モヒカンが意気揚々と銀色の鎖を腰部から取り外す。小さいポケモンを捕縛するには少々大げさだが、こんなのに巻かれたら痛いに違いない。逃げる事も到底叶わない。
 満足な抵抗も出来ず、歯を食いしばって震えるレシャール。頭の中で、ユーリィと主人の顔が浮かんでいく。
 もう、彼女達に会う事は出来ないのだろうか? 馬鹿みたいな理由でビルを飛び出し、こんな都会の狭い路地裏で、汚らしい人間に捕まってしまうのか。まだ、ユーリィにごめんと謝ってすらいないのに……
 ――レシャール!
 薄らいでいく意識の中で、自分の名前を呼ぶ彼女の声が聞こえた気がした。それは幻聴だろうか?
 いや、それは幻などではなかった。
「レシャっ!!」
 彼女の声と共に、その姿をはっきりと捉えることができた。そしてその瞬間、眩い光が一瞬閃光したかと思うとその近くで間抜けな悲鳴が上がった。
「ぎゃあぁっ」
 踏みつけていたパイル頭に直撃していた。彼はパイルの髪型を逆立てショートし、三歩ほど下がると後ろにぶっ倒れてしまった。
 いきなりな事に仲間達はぎょっと目を開いた。ユーリィは裏路地の高い所に捕まり、反転して空を飛ぶ。そして一番にモヒカンが気づく寸前、彼女は全身に火花をを散らし、電撃をお見舞いする。
 電撃は歪曲しながら鎖目掛けて突き進み、そしてぶつかった瞬間、金属を持っていたモヒカンに感電する。眩しい光の中で男は尖った頭はさらに逆立て、口を大きく開けて下品な悲鳴を上げた。 
 黒コゲと化したモヒカンは手から鎖を落とし、白目を向いて倒れてしまった。
「ユー……リィ……」
 一瞬の出来事にレシャールのみならず、残ったスキンヘッドと不良ポケモンがユーリィに釘付けになっていた。
「ちょっ……なんだありゃぁ? あぁっ!?」
 スキンヘッドが混乱する中、頭に血を上らせたズルッグとズルズキンはアスファルトを蹴り、空にいるユーリィ目掛けて襲い掛かった。
 ズルッグはずつき、ズルズキンはかわらわりで対空攻撃を仕掛ける。ユーリィは二匹を交互に見たあと膜を斜めに傾け、全身が受ける風をコントロールし、二匹の間を潜り抜けるように落下する。
 見事な回避運動に宙に浮いた二匹は驚き、体勢を立て直して着地しようとするが、ユーリィは先に着地したと同時に地面を蹴り、ズルッグ目掛けて風を切るように飛んだ。
 ズルッグの対応が遅れ、間近まで接近を許した次の瞬間、空中で大きく体を反らしたバク宙で蹴り上げる。
 着地手前のズルッグは避けようも無い攻撃を見事に食らい、宙に一回転した。
「げっ、なんだよコイツ!?」
 ズルズキンはユーリィの素早い動きと攻撃に臆しながらも、着地してすぐに構えを直したがユーリィは振り向き様に電光石火の如くチャージ、放電をお見舞いする。
 避け切れず電撃に晒されるズルズキンの隙に再び低空飛行に移り、敵との距離が目と鼻の先にまで到達するとズルッグにかました技で追撃をした。
 格好の的となった獲物は大きく仰け反る形に首が飛ぶ。衝撃で飛ばされた体はビルの裏口の傍にあった業務用ダストボックスに叩きつけられ、ゴミを撒き散らした。
 曲芸とも言える身軽な動きから攻撃に転じる技、アクロバット。ユーリィは攻撃後、片足で静かに着地した。
 あっ、と言う間の出来事に残されたスキンヘッドとヤブクロンがたじろいでいた。
 よろよろながら立ち上がる中、これで逃げてくれるかとレシャールは思った。が、スキンヘッドは血管を浮かばせて逆上し、指を突き出して攻撃を命じた。
「ヤブピーッ! あの糞エモンガにダストシュートで汚物まみれにしてやれ!」
 ヤブクロンの汚い掛け声と共に、口の中から溜め込んでいた残飯やら薬品の混じった汚水、また割れたビンなどの危険物を入り混ぜた廃棄物を吐き出した。
 身構えていたユーリィは軽く横に跳躍し、汚物攻撃を易々と避ける。ヤブクロンは角度を調整し、ダストシュートを繰り返す。
 汚らしくて派手な割に連射能力が高く、ユーリィの止まった地点に汚物が飛び掛る。それも回避するも敵の猛攻は容赦なく続けられた。
 三発目を避けた所で彼女は飛膜を広げ、近くの壁に張り付く。元居たアスファルトはヤブクロンの放った汚物が散乱していて、辺りは酷い悪臭が立ち込めていた。
 四発目も壁に向けて襲い掛かり彼女は壁を蹴って反対側の壁に移る。
 攻撃が襲い掛かる前にユーリィは上空に飛び上がり、飛行状態から電撃をチャージする。
 ヤブクロンが五発目を吐き出す前に、ユーリィは10万ボルトを放った。
 攻撃前だったヤブクロンは避ける間もなく直撃した。
「くそ、飛べ!」
 スキンヘッドが叫ぶと、電撃に晒されながらもヤブクロンは大きく飛び上がる。ズルッグやズルズキンとは違って意外と根性があった。
「叩き落してやれ、クリアスモッグだっ!」
 空中のまま、ヤブクロンは口から白色の煙のようなものを吐き出し、大きく拡散させてユーリィに襲い掛かった。
「あっ……ひぐっ、ゲホ、ゲホ……!」
 飛行状態の彼女は避けきれずスモッグの餌食となった。苦しそうに咳き込むと、バランスが崩れ、飛行が不安定になってしまった。
「よぉし、ヘドロばくだんをかましてやれや!」
 ヤブクロンが着地すると、そのまま下向するユーリィに向かって口から大きなヘドロの塊を打ち出した。視界とバランスを失った彼女は避けきれず、直撃した。
「キャアッ!!」
 悲鳴と共に彼女の体がアスファルトに叩きつけられてしまった。
「ユリィ!!」
 地面に激しく反動する彼女を見て、レシャールは立ち上がって叫んだ。
 頭部の痛みを堪え、彼女のそばに駆け寄ろうとした。
「へへ、よくやったヤブピー。こいつらはさっさととっ捕まえて売り飛ばしてやる! その前にそのチビを二度と立てられなくしてやれ……」
 スキンヘッドの薄気味悪い声が背後から響く。ヤブクロンはダメージで動けないユーリィに向かって駆け出し、突進する。止めを、刺す気だ。
 ヘドロに汚れた彼女が呻く。
 レシャールはヤブクロンに突き飛ばされるユーリィの姿を想像し、背筋を凍らせた。
 ビルの屋上で傷ついてしまった彼女が、自分勝手に飛び出して彷徨い、その上に悪い人間に襲われて絶望的な自分を助けに来てくれた。
 まだ謝ってもいないかった。どうやって謝れば良いか分からず、どんな顔をして彼女の前に出ればいいのかすらも分からず、こんな所で二匹まとめて捕まえられる……
 自分のせいで彼女を、ユーリィを不幸のままにしてしまう。そんなのは……
「嫌だっ!!」
 レシャールは意を決して叫び、向かうはずのユーリィの体を飛び越えた。そして、迫り来るヤブクロンを目に飛び出す。
 彼女を守る一心で、突進に臆することなく対峙する。身構え、両手を目の前に突き出した。
 すぐ目の前だった。凄まじい衝突音とダメージを覚悟していた。だが攻撃を食らう手前にレシャールとヤブクロンの間に半円球方の淡い緑色の壁が貼られた。
 レシャールはなんとか間に合わせた。打撃攻撃の衝撃を吸収する守りの壁であるリフレクターが、レシャール達を守ったのだ。
 ヤブクロンは自信の攻撃の反動で弾きとばれされた。
「レシャ……!」
「大丈夫かいユリィ?」
 ユーリィはヘドロで汚れたまま立ち上がった。
「うん、ありがと……ごめん、こっちが助けられて……」
 顔に付着したままのヘドロを払いのけ、申し訳なさそうに謝った。
「いいんだよそんなの……僕の方だって、君に――」
 レシャールは思わず自分の思いを口にしようとした途端、言葉は遮られた。
 二匹の間にヘドロ爆弾の砲弾が横切る。話の途中だったが止む終えずレシャールは後方に飛び退き、ユーリィも同じように飛びのいた。
 攻撃が飛んできた方向には、ヤブクロンがピンピンした状態でいた。リフレクターで弾いたとは言え、攻撃技じゃない補助効果の技では効果的打撃は与えられてはいない。
「レシャ、話は後。それよりもこの汚いゴミ袋やっつけるのが先!」
「うん、わかったよ……!」
 レシャールはユーリィと共に戦うべく構えた。
 ゴミ袋呼ばわりされたヤブクロンは顔を赤くさせて怒っていた。怒る点が何処にあるかは分からないが、気を抜いて戦える相手ではない。
「ヤブピー、ヘドロばくだんをだせっ!!」
 スキンヘッドが叫び、ヤブクロンはヘドロばくだんを連続で打ち出してきた。
 ユーリィは軽やかに宙を飛んで回避、レシャールは姿勢と尾を低くして攻撃を掻い潜った。ヤブクロンの砲撃は空と地に分散された敵の両方を狙うのが難しくなり、的を一つに絞る打ち方をした。
 そのターゲットはユーリィだ。ズルッグとズルズキンとの戦い方をみて、バトルの上手い厄介者から潰そうと決めたのだろう。そしてレシャールは戦力的に乏しいと舐めて見ているはずだ……
 しかし、それは甘い考え方だとレシャールの瞳が鋭くさせる。
 攻撃が手薄になった所でレシャールは通常の姿勢に直し、まっすぐヤブクロンに向かう。幸い、敵の視線はユーリィに集中していた。今が絶好のチャンスだった。
「スピードスターを、食らえ!」
 レシャールは尻尾を大きく振りかぶり、数本の毛が抜ける。直進するように抜けた毛がチカチカと光り、それがやがて大きく光ると星の形に変わり、閃光しながら素早い動きでヤブクロンに向かう。
 目にも留まらぬ星をヤブクロンに被弾させた。一撃分はとても小さいが、連続でぶつけるその威力は相手に逃げる隙を与えない程に小さく、そして強烈だ。
 ヤブクロンは攻撃の威力に徐々に背後に押しやられ、攻撃を中断せざる得なくなる。しかし、攻撃はそれで終わりではなかった。
 上空から距離を詰めたユーリィが体内に電気を充電させ、一気に放出させる。10万ボルトだ。
 直撃を受けたヤブクロンは電力に体を焼かれ、大きく絶叫させた。
「おい、ヤブピー!?」
 スキンヘッドが絶句した声を上げた。レシャールとユーリィの連携攻撃が見事に決まったが、大ダメージを与えてもヤブクロンは倒れる寸前に足を踏ん張り、頭を左右に振った。大したタフさだった。
「大丈夫かよおぃ!? 糞がぁ、もう容赦すんな。溜め込んでヘドロばくだんをお見舞いしてやれよぉっ!!」
 憤怒したトレーナーの命令を受け、ヤブクロンは口の中をむぐむぐさせる。レシャールとユーリィは攻撃に備えた。
 ヤブクロンの頭が五割り増しに大きく膨らむと、二匹を交互に見た後、口の中から体内に溜め込んでいた汚物の塊を上空に打ち放った。
 巨大なヘドロの塊は、上空で爆発すると一気に拡散し、離れていたレシャールとユーリィに襲い掛かった。
 レシャールは恐れながらも、攻撃範囲の届かない場所まで全力で駆ける。しかし、ユーリィの方には逃げ場が無かった。高い壁が邪魔になって彼女は逃げようがなかったのだ。
「ユリィっ! 上!!」
「二度も嫌よ、こんなくさいのっ!!」
 ユーリィは苦そうな顔で毒づきながらも、両手を前に突き出した。
 ヘドロばくだんに覆われる寸前に黄色く輝く壁を展開させた。その技はレシャールがユーリィを守った時に使った技と似ている。
「ひかりのかべか、良かった……」
 特殊攻撃類から身を守る、物理攻撃を防ぐリフレクターの親戚みたいな補助系の技だ。
 安心しきったレシャールは意識をヤブクロンに向けた。敵は溜め込んだ大技を放った反動と疲労で動けず、呼吸を荒くしている。今度はこちらの反撃だ。
 アスファルトを駆けて急接近する。口を大きく開けて長く伸びた前歯を伸ばし、ヤブクロンに飛び掛かる。相手が気づいた頃にはすでに遅かった。
 かじるを得意とするポケモンの必殺と呼べる技、いかりのまえばで思いっきり噛み付いた。
 ヤブクロンは絶叫し、慌てて引き剥がそうとじたばたする。しかしレシャールは短い手足で懸命にしがみ付いて離れようとしない。
 渾身の一撃であるいかりのまえばがゴミ袋の表面を深く抉り、ダメージは体内にまで及ぶ。
「あぁ、ヤブピー!? そんなリス野郎さっさと引き剥がせよ、おうふくビンタだ!!」
 激痛に悶えるヤブクロンは震えるゴミの触手でレシャールを打ち始める。噛み付いている状態でそれをもろに受けた。
 続けざまに触手が二度、三度、レシャールの顔を打ち続ける。激しい痛みに嗚咽が漏れ、距離が近くて悪臭も凄まじい。
「レシャール!!」
 ユーリィの叫び声が聞こえる。何度も打たれ、ダメージでしがみ付く力が徐々に弱まっていく。
 おまけに噛み付いているせいでヤブクロンの体内から激臭が漏れでて吐き気すら覚える。それでも、離すまいと必死に堪えた。
「何やってんだよ! さっさとそんなチビ引き剥がせ!」
「ぐぐぐっ……!」
 ヤブクロンは触手に力を込めると、強烈な一撃を食らわせてきた。
 弱まっていたレシャールは衝撃で力を奪われた。引き剥がされ、アスファルトに叩きつけられた。
「このチビ助め……止めをさしてやる……!」
 いかりのまえばから開放されたヤブクロンはダメージでフラフラしながらも、恐ろしい形相でレシャールを睨み付けていた。
 体力的には半分以上を持っていったはずだが、それでも相手の方が上回っていのた。
 対してレシャールはずつきのダメージと足して、意識が薄れ掛けていた。体を震わせ、本能的にヤブクロンから逃げるようにアスファルトを這いずる。
「行けヤブピー、そんなチビもうどうだっていいぜ。俺の大事な相棒を傷つけた礼だ、一思いに楽にしてやれやぁっ!」
 言われるまでも無いと、ヤブクロンは口内を再びむぐむぐさせる。あの構えはダストシュートだ。今打たれてしまえば、避けられない。やられる……
「やらせない!!」
 ユーリィの叫び声がまた聞こえた。薄れる視界の中でダストシュートを吐き出す寸前のヤブクロンに電撃を玉状にしたエレキボールが襲い掛かり、爆発で吹き飛ばされた。
 空を飛んでいたユーリィが、レシャールに手前で着地する。
「私の将来のお婿さんにゴミひとつ触れさせないんだから!」
「ユリィ……」
 レシャールはふらつく体に鞭を打って奮い立たせる。対して、ヤブクロンは蓄積されたダメージで動けずにいた。
「もし、その汚い体でこれ以上レシャールに傷つけたりなんかしたらぁ……」
 ユーリィの表情が強張る。気のせいか、声がいつものものではなかった。
 レシャールが完全に立ち上がる前にユーリィは低空飛行で一気に加速し、倒れているヤブクロンに乗りかかった。
「そのばっちいゴミ袋を引き裂いて、中身を万遍なくぶちまけて他のゴミと区別できなくしてやるんだからあぁっ!!」
 ユーリィの両手が黒く光り、ヤブクロンの顔面を殴りつけた。その技はおいうちと言う。物理の中ではあまり見慣れない攻撃だ。
 もろに食らったヤブクロンは嗚咽を漏らし、抵抗するように体内の汚水を吐き出す。すでに臭くなった路地裏に、不快な匂いを漂わせる。
 それでもユーリィは酷い悪臭の中で攻撃の手を緩めず、おいうちの連発を食らわせる。嗚咽は徐々に悲鳴声に変わり、すでに再起不可能な状態だった。
「ゆ、ユリィ……」
「よくもレシャに! この、汚い、汚物! 臭くて、ひどい、ゴミ袋!」 
 路地裏で激しく殴打する音が鳴り響く。
 怒涛の怒りで、何度目かも分からなくなる程ヤブクロンを打ち続けている。
「ユーリィ……?」
 何時も一緒に過ごしてきた彼女が、まるで別人の様に怒り狂っている。レシャールはその光景を唖然とした表情で見ていた。
「この、よくも殴ったなっ! レシャを地べたに叩き付けたなっ! 私も、汚したなっ! この、外も、中身も、匂いも、汚らしい奴めっ!」
「ユリィ、ユリィ!」
 レシャールは彼女の名前を叫んだ。それでも彼女は耳を貸すことなく、狂ったように殴り続けている。
 ダメージを受け続けていたヤブクロンは、すでに体をピクピクさせて危険な状態だった。
「許さない、許さない、許さない、絶対に許さない、畜生な汚物め! レシャールに、泣いて謝れ!」  
 黒く光る彼女の両手は殴りすぎたあまり、汚物とヤブクロンの体液が混じって付着していた。それでも彼女の正気は微塵も戻らない。
「ヤ、ややややヤブピー!?」
 スキンヘッドの男が血の気の引いた顔で絶叫していた。手に持っていたモンスターボールで戻そうとしても、ユーリィの体で赤い光線を遮られてヤブクロンを戻せないでいる。
「ユリィ、もう駄目だ! これ以上はいけないよ、ユーリィっ!!」
 レシャールの不安が高まり、彼女の名を呼び続けた。
「二度と、動くな! もう動くな! 動けなくなってしまえ! 二度と……」
 ユーリィの右手が大きく振りかぶろうとする。
 レシャールは痛み体の事を考える暇も無く、飛び出した。
「目を、覚ますなああぁぁぁっ!」
 とどめの一撃を振りかぶろうとした瞬間、レシャールはその右手を両手で押さえつけた。
「ユリィ、止めてくれ!」
 レシャールの声を聞いて、ユーリィの表情が戻った。
 彼女の両手が元の色に戻り、振り下ろそうとしていた右手をゆっくりと降ろすと顔をレシャールの方に向けた。
「レシャ……?」
「もう終わったんだよ、ユリィ。これ以上は、駄目なんだよ……」
 レシャールは言い聞かすように、震える両手でしっかりと彼女の右手を握り閉めた。彼女は従うように、小さくうなずいた。
 下にいたヤブクロンはすでに意識がなく、口から汚物を漏らしたまま白目を向いていた。彼女は今一度それを目にし、唖然とした。
「レシャ、私……怒り任せになって、おかしくなってて……」
「いいんだ、元に戻ってくれたからいいんだよ。ほら、立って……」
 ユーリィはレシャールに手を引かれ、静かに立ち上がった。 
「ヤブピー、おい。ヤブピーよぉ!?」
 二匹がヤブクロンから離れると、スキンヘッドが慌てふためきながら駆け寄る。
「ひぃ……や、ヤブピー。返事してくれえぇ……」
 無残な姿と化したパートナーを見て、まるで女みたいな小さい悲鳴を上げた。そして震えた両手抱かかえる。
 意識は回復しなかったが、僅かながらにヤブクロンは反応した。様子を見る限り、大事に至ってはいないようだ。
 しかし一刻もポケモンセンターが必要だと低そうな知能で判断した後、スキンヘッドはユーリィの顔を見て、怯えた表情で逃げだし、次の角を曲がって消えていってしまった。
 一先ず、危機は去っていった。
 バトルと化した路地裏は、ズルッグ、ズルズキンと、そのトレーナーである不良二人が横たわり、後は汚物がそこら中に散乱されていた。人気が無い場所で幸いだったが、これでは後始末がすごく面倒くさそうだ。
「レシャ、大丈夫……?」
 ユリィはぶたれた顔の痣に触れて、泣きそうな声で言った。
「うん、大丈夫だよ」
「ほんとに……本当に大丈夫だった?」
「大丈夫だって、それよりも助けに来てくれてありがとう。僕一人じゃどうしようもなかったよ」
 レシャールは彼女の前で強がって笑んでみせたが、本音を言うと顔面の痛みが晴れなくて少し泣きそうな気分だった。
 しかし泣くわけにはいかない。自分よりも、彼女の目が今にも涙が浮かび、綺麗な雫が零れ落ちそうだったからだ。
「……うん」
 ユーリィは小さく、こくりと頷いた。
「それよりも、結構汚れちゃったね……」
 レシャールは彼女の顔に手を差し伸べ、ヘドロに汚れたその頬を払いのけてあげた。その時、彼女の頬が少しだけ紅くなったような気がした。
「う、うん……ありがとっ……」
 ユーリィは触れられた頬をどこか愛おしいそうに撫でた。
「とりあえず、近くで噴水があるからそこで体を洗おう。ここの汚れた道はどうしようもないけど、せめて僕らだけでもさ」
「わかった……」
 元来た場所を逆戻りしながら、セントラルエリアを目指してレシャールはユーリィの手を引いた。
 誰かが来る前にさっさとその場から離れて行った。
  
 セントラルエリアで噴水公園の時計塔の針が七時半を刺している頃、人気のあまり居ない噴水は静かなで、水の流れ落ちる音だけが支配している。
 レシャールとユーリィはバトルで汚れてしまった体を洗う為に噴水の水を利用していた。
 レシャールは直接ヘドロを浴びたわけでなく顔や体を少し洗う程度で良かったが、彼女の方はヘドロの汚れが中々落ちにくく、手間取っていた。
 集中的に水を浴びてヘドロを落とそうとしたが、不愉快な事に粘着力があるようだ。
「う~、背中についちゃった奴が中々落ちないな、嫌になってくる……」
「僕が手伝ってあげるよ、後ろ向いて」
 愚痴る彼女を助けてあげようとレシャールが言うと、ユーリィはコクンと頷いて背を向けた。
 びしょ濡れの背中を両手を当て、毛繕いをする感覚でヘドロの所を集中的に洗い始める。
「ねぇ、落ちそう?」
「う~ん、ここの所がちょっと粘つくな……石鹸があれば多分余裕だと思うんだけど、ここじゃそんなものないし」
 大体の汚れを落とせても、皮膜部分に付着している粘つくものは中々落ちてはくれない。噴水の水を浴びながら懸命に擦ったりを繰り返すも、伸びたり縮んだりで落ちる気配が無い。
「皮膜が邪魔で洗えなくて不便だな、私の体って……」
「そんな事ないよこれでユーリィは飛べるんでしょ?」
「そうだけどさぁ、飛ぶっていっても風に乗って飛ぶ形だから、レシャが羨ましがるような羽ばたいて飛ぶ鳥とは意味が違うんだよ?」
 ユーリィが申し訳なさそうに説明するも、レシャールはそんな事ないと微笑んで言った。
「それでもユーリィが空を飛ぶ格好はとても気持ち良さそうだったよ。もっとも、君が飛ぶ所をあまり見た訳じゃないけどね」
「ヒウンは建物が多くて飛ぼうとしてもすぐに壁やら電柱やら街灯にぶつかっちゃうから、あまり飛びたいと思わないのよ。歩くの嫌いじゃないし、不便にも思わなかったから……」
 都会の事情でユーリィにとって飛ぶ需要が少なく、普段は徒歩で移動していたが、他の理由も実はあった。
「空を飛ぶのって気持ち良くないの? 僕は絶対気持ち良さそうだと思うけどな」
「私の場合は、急ぐ用事でも無い限り飛びたいとは思わないな。どちらかと言うと、歩きたいの」
 意外な返答にレシャールは不思議そうな顔をした。
「どうしてなの?」
「それは、その……君と一緒に歩きたかった……のもあるかな」
 レシャールは一瞬手が止まり、胸の鼓動が高鳴るのを感じた。
「そう、なんだ」
「うん……」
 背中越しからユーリィの小さな返事が返ってきた。気のせいか、分かるはずもないのに彼女の今の状態が自分と同じでいる気がした。理由は分からなかった。
「……」
「……」
 そこから会話はなくなり、レシャールは淡々と彼女の体を洗う。
 しかし、殆どの汚れが消えても粘着力のあるゴミがとれなかったのだ。
「なんなんだろう、これ……」
「まだかかりそう?」
「う~ん、って言うかさ、この伸びるゴミがユーリィの背中にくっついて取れないんだ……」
 レシャールは困惑しながら、その粘着質な物体に苦戦する。
「なんなのかなぁ……あのゴミ袋何を吐いてんのよ、もう……!」
 ユーリィは段々と不快そうに怒りだす。
「もしかしたらこれって、"がむ"っていうものじゃないかな?」
「がむ……? ええぇっ!?」
 レシャールには"がむ"と言う物を名前と形程度しか知らないが、ユーリィにはその性質を知っているらしく驚いた反応を見せた。
「やだ~、それじゃ水で取れないのも当たり前じゃん……気色悪~い……!」
 取れないゴミの正体を知ったユーリィは幻滅的な表情を浮かべて悲鳴を上げた。
「う~ん、参ったな……そうだ」
 取れそうにないと知ったレシャールは頭を悩ませる中、突然と案が思い浮かぶ。騒ぐ彼女を宥め、ゆっくりと顔面を近づけた。
「じっとしてて……あーん、むっ……」
「ひゃっ……!?」
 ユーリィは突然の出来事に驚きを隠せず、振り返る。
「ちょっと、レシャ……今何かした!? 背中がくすぐったかったけど……!」
「あ、こっちむかないで、少しだけ取れたから」
「え?」
 ユーリィは訳が分からない顔で、それで尚従う。
「んむっ、あむっ、ちゅっ……んっ、ペッ……」
 レシャールはがむを取り除く為に、その行為を繰り返した。
「あ、あのレシャ……もしかして、私の背中に、その、キス……してるの?」
 彼女が恥ずかしそうに聞くも、レシャールはいまいち理解できない為に返答をせず、もう一度黒い皮膜の背中に口を着ける。
「んちゅっ……にちゃっ……んぺっ」
 吸い付き、歯を立てて器用に噛み千切り、また吸い付いては伸ばし、口に含む。そして吐き捨てる。
「れ、れしゃぁ……」
「変な声出さないでよ、手でやるよりも口でやるとそれなりに取れるんだ」
「あ、あのさ、レシャの口が背中に当たって……」
「ごめん。けど我慢して、いい所なんだ」
「い、いい所って……」
 ユーリィの背中が若干震えている、寒いせいなのか、それとも違う原因があるのか。それは良いとして、レシャールは少なくなっていくガムを見て手応えを感じた。
「よし、あと少し。ちょっと強めに吸い付くけど、じっとしててね……」
 そう言って彼女の皮膜に強く唇を当てた。そして、強めに吸い付いた。
「ちゅぅぅぅっ」
「ひゃっ……あっ……」
 次第にユーリィの声が色っぽくなっていく気がする。
「んはぁ、残りの部分が取りにくいな」
「れしゃぁ、もういいから……」
「駄目、もう少しだけやらせて」
「もういいって……」
 ユーリィの静止も無視して、残りカスに熱心になって取り除くも、こればかしはこびり付いているせいで上手くいかなかった。
 唇を離して、口付けた所をまじまじと見つめた後、レシャールは申し訳ない表情に変わった。
「ごめん、ちょっと吸い付きすぎたかも……」
「え……どうかしたの?」
「その、がむが最後までとれなくて……って言うか、その、痕が残っちゃってさ……」
「あ、痕? 何の……?」
 聞かれたレシャールは苦笑いする声で、ユーリィに分かりやすくその場所を指でつつきながら説明した。
「ここ……口つけた痕が残っちゃった……」
 ユーリィの背中の黒い皮膜には、強く吸い付いた痕が赤色を滲ませていた。
「え、え、ええぇっ!?」
 慌てて自分の背後を見ようとして首を曲げた。そして口付けの後を見てしまったユーリィは絶句した。
「いやあ、痕残ってるぅ!?」
 しかも、ガムのカスのおまけ付だ。彼女にとって最悪この上なかった。
「ごめん、ユリィ!」
 レシャールは大きな声で頭を下げた。
「んもぉ……!」
 キスマークの出来てしまった箇所を擦りながらユーリィはしかめっ面になってしまった。こうなると彼女は、中々許して貰えない。
 噴水から上がった後もレシャールはカンカンになってしまった彼女を時間を掛けてなだめ、ようやく許してもらえた。

「ふぅ、もういいよ。私の為にしてくれた事だし、これは家に帰ってからどうにかするわ」
「う、うん。ありがとう」
 体を洗い終えてからしばらく無言なまま時間が流れていた。打撃の傷が癒えたレシャールはユーリィとやや距離を置くようにして噴水近くのベンチに腰を掛けていた。 
 噴水の水が流れていく様を見て、心が落ち着いていくのを感じながら、レシャールは横目でユーリィの様子を覗っていた。
 彼女は噴水よりも下の方に視線を落としながら暇そうにしていた。
「もう、こんな夜遅くになっちゃったね」
 何か喋っていないと間が持たなかった。レシャールはあれこれ考えて出てきた言葉がこれだった。
「ほんと、レシャが心配で私も飛び出してみれば中々見つからないし、ようやく見つけたと思えばやばそーなのに捕まってたりしてさ」
 呆れた言葉が返ってきて、レシャールは申し訳なさそうに下を向いた。
「そ、そうだね。ごめん、心配かけちゃって……」
 でも、本当に謝りたかったのはそこじゃなかった。ユーリィと再開してからもやもやしてた理由を今になって思い出したレシャールは、顔を上げてユーリィに向き直った。
「それとさ、ユリィ。あの時、君にあんな事を言ってしまって、その、悪いと思ってるよ……」
「え?」
 不思議そうにこちらに向き直る彼女の顔に面と向き直れず、視線を反らしながらもレシャールは思いの内を語った。
「ビルの屋上で僕は君にひどい事を言ってしまった。僕は、ご主人同士で決めた事が自分の夢や楽しみが無くなってしまうんじゃないかと不安になっちゃって、納得できなくてイライラしてたんだ……」
「うん……」
「主人に言われるまでずっと大切な友達だと思ってきた。それは今でも変わらないし、友達じゃなくなるからって君の事が決して嫌いになった訳じゃないのに、心の中で君と夫婦になるのを拒絶していたんだ」
 語るにつれて胸が苦しくなっていくが、それでも止めようとは思わなかった。
「だからレシャはビルの上で不機嫌そうになっていたんだね」
「そうだよ、ユリィは夫婦になるのをどう思うか聞いたよね。そしてら君は迷わず問題ないって答えてくれた。僕の方は自分勝手な理由を問題にして、心の整理がつかなくて君に八つ当たりをしてしまった。僕は自分が情けなくて、許せなくてつい飛び出しちゃったんだ。君にどう詫びればいいんだろうと思いながら、結局は何も思い浮かばずにどんな顔をして君に会えばいいだろうとだけ思って……」
 今でも耳の中で嫌な感じに残るユーリィの泣きそうな声。あの後彼女が泣いてしまったと思うと、今でも自分事が許せない。
「そっかぁ、夫婦になるのが嫌で私の事を嫌いになったんじゃないかと心配しちゃったよ」
「そ、そんな事ないよ! 今でもさ、ユリィの事を好きだって気持ちは今でも変わらないさ! 友達としてだけど……」 
「まだ"友達"のままなんだぁ」
 ユーリィは両手を後ろ頭に回し、残念そうに呟いた。
「ご、ごめ……」
 思い切った本音の言葉をつまらない最後の一言でユーリィをがっかりさせてしまい、罪悪感で胸が締め付けられる。
「いいよ。嫌いじゃないって分かっただけでも安心してるからさ」
「……本当の事を言うと、いまでも夫婦になる事に気持ちの整理がつかないんだ。まだ早いって言うか、まだだって言うか……」
 言い訳を繰り返す度に自身への嫌悪感を膨らませていく。自分や彼女の為にも、良い返事をした方が良いのは分かっているのに、どうしてもその一歩が踏み出せないままでいる。
「だから、君とはもう少し、なんて言うか、どうしたら良いのか……」
「もう無理して自分の気持ちを喋ろうとしないで。それじゃ疲れちゃうだけだよ」
 ユーリィに制されて、レシャールは弱々しく謝る。これで彼女への贖罪になったとは到底思わない。むしろ自分の覚悟の曖昧さをはっきりとさせてしまった。
 つくづく自分は不器用な奴だと、情けなさに心が暗く覆われていく。
 再び沈黙が流れていく。
 レシャールは横目でユーリィの様子を覗う。彼女は両手を後ろで組んだまま、視線を噴水に向けていた。
 その表情は何も変わらないが、何処か悲しげに映っているような気がした。
 声を掛けていいのか分からず気まずいまま、時間ばかりが過ぎていく。
 そんな中、ユーリィは沈黙をやんわりと破った。
「……ねぇ、レシャ」
「あ、何?」
「もう、帰っちゃう?」
 それは唐突で意図が分かり難い質問だった。
「えっと、まぁ勝手に飛び出しちゃったから、そろそろ帰らないと行けないかなっては思ってるけど」
 勢いで飛び出してきたのだ。主人が仕事を終えるまでにビルに戻っていなければ家に帰る事ができない。
「そうだよね、私もご主人の迎えがあるし。でもなぁ、う~ん……」
 ユーリィは納得しつつも、なんだかもったいぶるように唸る。
 下を向いては、レシャールの方に視線を向けたりを繰り返す。時に外の風景を眺めていて、その様子は時間を気にしているようにも思えた。
「ねぇ、君のご主人が帰るまで、まだ時間ってあるよね?」
 再び質問されてレシャールはきょとんとした。
 ポケモンに時計の針の見方は分からないが、空の暗さと街の様子を見る事によって時間の流れをある程度理解ができる。
 本当なら暗くなるまでにビルに戻った方が良い。勢い任せに街を飛び出して、こんな暗くなるまで外出したのは初めてだった。
「ならさ、どうせこんな時間だし、もうちょっと街の中を歩いてみないかな……?」
 返答を返す前にユーリィが話を進めだした。
 突然な提案にレシャールは困惑した。が、感情任せに飛び出しておいて、おめおめと戻るのもどうかと思った。
「わかったよ、ユリィがいいのならさ」
 短い間に考え抜いて、レシャールは苦笑しながらもうなずいた。
「やったっ!」
「でも、なんでまた急に?」
 子供のようにはしゃいで見せる彼女に疑問を投げた。
「だって今日は色々大変だったじゃない。散々な目にあったし、このまま帰るのも癪だから、帰る前に少しくらいはめを外してもいいかなって、そう思ったの!」
「そんな理由で?」
「当然!」
 きっぱりと言って胸を張る彼女にレシャは呆気にとられた。 
「よしっ、体も乾いてきたし、夜の街へデート決定だね!」
 ユーリィがはしゃぎながらベンチを飛び出した。
「で、デートって……あ、ちょっと待ってよユリィ」
「待たないよ。ほら、早く来て」
 レシャールも続くようにベンチを蹴った。
 さっきとはうって変わって弾ける笑顔を見せる彼女。その後を追いかける。
 噴水から流れ落ちる水の音を耳に残しながら、二匹はセントラルエリアを後にした。
 
 勢い任せに飛び出し先は、夜の街を活気付ける店舗と夜遊び目的の人で溢れていた。
 レシャールとユーリィが前にしているのは、突起物な看板が目立つ派手な建物だ。
 正面にネオンの光をチカチカさせているゲームセンター。
 その建物を前にして、しばらく呆然と眺めていた二匹だった。
「すごいね」
 最初に感想を述べたのはレシャールだ。
「うん、結構離れてるのに、向こう音からジャカジャカと聞こえてくるよ」
 ユーリィもゲームセンター内から漏れ出る音量に唖然としている様子だ。
「ここってどういう場所なんだろ」
「わかんない。人間って複雑だから、でもなんだか楽しそうな人達がいっぱいいるよ?」
 ゲームセンターの入り口からは変わったファッションをした若い人達が出入りしている。
「ねぇ、入ってみよっか?」
 興味を持ったユーリィに誘れ、レシャールは頷いた。
 入り口付近差し掛かり、最初に目についたのは奇怪な音を鳴り響かせる透明ガラス張りの滑稽な機械だった。
「これってなんだろうね」
「あ、これ知ってる。たしかゆーほーきゃーって名前の……」
 人間がそう呼んでいた機械だ。
「ガラスの中には何があるんだろ。ちょっと見てみよ」
 ユーリィが機械の方に近づき、軽く跳躍して操作盤の上に立って中を覗きこんだ。
 ガラス越しの向こうには"チョロネコ"、"ヤナップ"、"ピカチュウ"、"キバゴ"の可愛らしく縫ぐるみが山のように積まれている。
「うわぁ、この中たくさんのぬいぐるみがあるよ!」
「そうなの? 僕にも見せて!」
 興味が沸いて、同じく操作盤に飛び乗る。名前は知っていても、どういうものなのか、何があるのかまでは知らなかった。
「本当だ。こんなに沢山……でもなんでこんなに置いてあるんだろ」
「人形が大好きな人間が集めてるのかな? ガラスが邪魔で触りたくても触れないな」
 ユーリィはガラスに顔面を押し付けて中のぬいぐるみを凝視する。
 逆にレシャールは、足元に触れる突起物が気になった。踏むと凹む二つのボタンと僅かな割れ目らしき穴がある。
「う~、あのピカチュウにんぎょういいなぁ……」
「ピカチュウ?」
 ユーリィはガラスから顔を話して珍しそうに言う。
「私達と同じ電気仲間だよ。名前ぐらいしかしらないんだけど、人間達の間じゃすごく有名みたいなの。外国でしか住んでいない生き物なんだって」
「あ、僕それ知っている気がするよ」
 レシャールは思い当たるように口にする。
「え、本当!?」
 ユーリィが食いつき、唇が触れそうなくらいに顔が近くなる。
「う、うん……僕も直接見た訳じゃないけど、シンオウで暮らしてた頃、ポケモンセンターでたまに見かけたよ」
 その通りたまに見かけるぐらいで、知り合いである訳じゃなかった。
「えぇ、どんなのどんなの!?」
 さらにぐいぐいと近づいてくる。押されるレシャールは困惑する。
「えっと、肌が黄色くて、ほっぺが赤くて、ギザギザな尻尾で、ちょうどそこの人形と一緒かな?」
「へぇ、すご~い! 生のピカチュウを見た事あるんだぁ」
「そこまで珍しいかな……?」
「うん、だってとっても可愛いんだって。私、一度会って見たいよ!」
「……」
 目をキラキラ輝かせるユーリィだが、レシャールは何だか気に入らなかった。
 頭の中で一瞬、ピカチュウに嫉妬してしまった。
「……大した事ないよ。あのポケモン、僕らより木登りは下手だよ」
「……?」
 ユーリィが首を傾げてしまった。
「頬袋の大きさだって、僕らの方が上さ! 進化はするみたいだけど、それでも別に大した事なんてないよ」
 何に対しての対抗心だか、自分でも分からないのに意地を張ってしまう。
「レシャ?」
「あ、ゴメン……」
 我に返ったレシャールは申し訳なさそうに謝った。
「どうかしたの?」
「う~ん……」
 ユーリィの視線から逃れるように別の台の方に顔を反らすと、違ったものが目に入った。
「あ、ユリィ、これ……」
「ん?」 
 他の台を横目で覗くと、ガラスの中にはイーブイとその進化系を表した"きぃほるだー"が目に付いた。
 その台の中身は、ぬいぐるみの入っている台と少し違った内容で、景品が詰まれていると言うより、段毎にぶら下げられている。
「これって確かきぃほるだーだよね?」
「イーブイって言うんだ」
「知ってる。イーブイってさ、いろんな種類に進化できるポケモンなんでしょ。たくさんあるなぁ。レシャの住んでいた所にもいたの?」
「僕の住んでいた所だと、青いのと、緑色の子がいたよ。ほら、ちょうどあそこにぶら下がっているの、あれがそうだよ」
 レシャールは腕を出して、ガラスの中の"グレイシア"と"リーフィア"を指した。シンオウ地方のみで発見される自然進化するポケモン。 
「ふぅん、つぶらな目がかわいいね」
「だけど、本物は大きいよ」
「え、そうなの?」
「そうだよ。進化する前は僕らよりも小さいのに、進化したら僕らの一つ分背が高いんだ。近くで見ると可愛いというよりも、かっこいいのかな?」
 そう言いながらシンオウで暮らしていた頃を思い出した。
 思い出に浸ろうとする手前、レシャールの目の前に煌びやかに光るグレイシアの飾り物が目にとまった。
 レシャールは目を光らせて、内心欲しいと思った。
「わぁ、あのグレイシアほしいな」
 ポケモンにしてレシャールは人工物である飾り物を欲しい気持ちになった。
 ガラスに顔を密着させて目を輝かせるその姿は人間の子供と変わりは無かった。
「どうすればもらえるんだろ? やっぱりここにお金入れればいいのかな……?」
 ユーリィもリーフィアの飾り物を前にして小さい指を咥えては欲しそうに眺めている。
「それなら無理だよ。私達お金持ってないし」 
 彼女言うとおりだ。彼女の現実的な言葉にレシャールは丁度足元にあるコインの投入口に目をやり、小さく溜め息を吐いた。
「ほしいなぁ……」
 未練がましくぼそっと呟く様をユーリィは呆れたように肩をすくめた。
 その時、ふと耳に女のはしゃぐ声を耳にした。"ゆーほーきゃっちゃぁ"の横から通り過ぎる、白い帽子に水色のノースリーブの服と赤いスカートを着た茶色のロングヘアーの女の子が、上下黒い服装と金色のアクセサリーを纏った趣味の悪そうな無精ひげの大人の男と一緒に出ていた。
 女の子は片手に高そうな洒落たカバンとイーブイの大きなぬいぐるみを持って喜んでいる。そして男の方に振り向いて「ありがと~」と甲高い声で礼を言うに対し、男は悪そうな笑みで「いいってことよ~」と言いながら、女の子の肩に手を置いた。
 夜の街に連れ添いあう少女と男性。はたから見たら年の差がある恋人に見えて、そうとも思えない奇妙な風景。
 二人はいちゃつく様に店から出て行き、人ごみと夜の街の中へと消えていく。その姿がなんだか異様に思えた……
「どうしたのレシャ?」
「いや、何でもないよ。あの女の子が持っていたぬいぐるみが大きくていいなって思ってさ」
「いいわよね~、人間ってお金沢山持っていてさ」
 皮肉を交えながら羨ましそうユーリィが独りごちる。その視線先はイーブイのぬいぐるみに向けられていた。人間はお金を持っているからこそ、手に入れるのだろう。
 だが本当はどうなのだろうか、少女の傍らにいた無精ひげの男の存在のおかげではないかと、何となくだがそう思えて仕方が無い。 
 その事実を確かめる術が無い為、後で主人に聞いてみようと思った。人間の作り上げた夜の街の姿を知れるような気がした。ポケモンなりに……
「ねぇ、何時までもこれ眺めてもしょうがないからさ、もっと奥に入ってみよ」
 ユーリィに促されて、台の中にある"きぃほるだー"を名残惜しそうに思いながら操作盤から飛び降りた。

 "ゆーほーきゃっちゃー"を過ぎてさらに奥に入っていく二匹。自動扉が独りでに開き、その中で目にした物は、建物の外装に劣らない凄まじい光景だった。
 ネオンを光らせる様々な娯楽機会が列を作り、一台毎にやかましい程の音が鳴り響く。あまりの騒音にレシャールは思わず耳を塞ぎそうになった。
 入り口前に置かれていた"ゆーほーきゃっちゃー"が同様に、比べ物にならないほどの数が設置していた。
 目移りしそうな数に多色の光、景品、人、その光景は今が昼間の時間だと勘違いしてしまいそうだ。
「わぁ……」
「はぇぇ……」
 圧倒しそうな光景に二匹は落胆の溜め息を漏らした。
 左右をキョロキョロと見渡し、ひとつひとつの台を眺めていくと、ふと周りの視線を感じた。若そうな男女のカップルが自分達を見ているのに気づいた。
 ポケモンがこの店に入って来るのが珍しいのか、それ以外にも背の高い男やアクセサリーを身に着けた女がレシャール達に視線を向けている。
「なんだか僕ら、見られているみたいだね……」
「レシャが珍しいんじゃない? シンオウの子だし」
 多分そうじゃないとレシャールは突っ込みたかったが、さらに注目を浴びてしまう為に心の中で堪えた。
 ジロジロ見られるのを好まないレシャールはユーリィを連れて自分達の身長の低さを利用して、円型状の機械の影に隠れるように移動した。
「ふぅ、ここはポケモンが来る場所じゃないのかな?」
「あ、レシャ、あれ見て!」
 ユーリィが指差す先に、一台の"ゆーほーきゃっちゃー"と対峙している太った男がいた。片手には先ほどの等身大のイーブイぬいぐるみの他に、違うポケモンの等身大ぬいぐるみを抱えていた。
 太った男は機械と対峙し、コインの投入口にお金を何度も投入しては操作盤の操る。ボタンを押すその顔は、獲物を狙う血走った目をしていた。
「なんだか怖いね……」
「あの機械の中に、何か欲しい物があるのかな?」
「僕の居た所の人間達は、欲しい物がある時は懸命な顔付きをするのがいたけど、あそこまで必死になる人間は珍しいよ」
 レシャールはそれをどう表現すればいいか分からないが、ギラギラとした欲望に突き動かされているように思えた。
 太った人間に限らず、ヒウンシティで暮らす人間達はレシャールの知っている人間とは何処か違う。欲求心が強く、時にそれが顔に出ているように見える。高層ビルで囲まれた都会暮らしの影響なのだろうか、レシャールにはそれが不可解だった。 
 やがてその男は、エーフィの小サイズぬいぐるみを手に取り、大いに喜んだ。
「あ、可愛い」
 小さなエーフィ縫ぐるみを見てユーリィが素直な感想を口にする。
 レシャールも同じく、内心羨ましく思えた。
 どんな理由があってそこまで熱中するか分からない。エーフィの縫ぐるみの為に使った沢山のお金の価値も分からない。だがそこまでして何かを求めたがるその欲求心だけは、ほんの少しだけ理解出来るような気がした。
 歓喜しまくる男をじっと眺めている内に、再び人の視線が集まり始めた。中には携帯と呼ぶ機械を自分達に向けてカシャカシャ鳴らす者も出てきた。
「ねぇユリィ、上に行ってみない?」
 居心地が悪くなり、出来るだけ多くの注目を避けようと上の階に進もうとユーリィに勧めた。
「う~ん、もうちょっと見ていたいけど……レシャが言うならいいよ」
 ユーリィはしぶしぶと言った感じで了承してくれた。
「よし、すぐに行こう。ここは見飽きたし」
 適当な理由をつけながら、奥に階段があるのを確認する。視線から逃れるようにレシャールは先に階段を利用して上の階に移動する。
「待ってよレシャ」
 遅れてついてくる彼女を待たず、上の階にたどりついた。
 すると、下の階とはまた違う雰囲気の賑わいがあった。
 更にやかましくなり、ピコンピコン、ビシビシ、ダダダダダ、奇怪とも言える音が鳴り響いていた。
 この階にいるのは、ゲーム台の椅子に座ってチカチカ光る画面と睨めっこしている若い人達で溢れている。
「下もそうだけど、ここもすごくキラキラしているね」
「うん、けど、少しうるさいね……」
 下の階の騒音に慣れてきたレシャールも、この音量に再び耳を閉じたい気分になった。
 奇怪が沢山並ぶ中、突然台を強く叩く音が響いた。
「あー、くそっ! せっかくの連勝が!」
 苛立ちの叫び声を上げたのは赤い帽子と同じ色のジャンパーを着た少年だ。
 ゲーム画面を後ろから覗き込むと画面に青い文字の英文字が浮かんでいた。その文字の意味は分からないが、少年の方は気に入らない様子だ。
 赤い帽子の少年は数字がカウントを始めた画面を憎たらしそうに睨みながらポケットからコインを取り出し、ゲーム台に入れていく。そしてまたのめり込んでいく。
 楽しんでいるのか怒っているのか、何が面白いのか分からない。レシャールはやがて見飽きて少年の後ろを横切った。
 他は似たり寄ったりの機械ばかりだった。画面に表示されているのはそれぞれ違うが、ユーリィとレシャールにはどれも意味が分からないものばかりで、一目見るだけで興味を失った。
 下の階に居た時とは面白味があまり無いこの階に飽きたレシャールとユーリィは更に上の階に足を運ぶ。
 次の階にはさき程よりも大勢の人がフロアに集まっていた。店員らしき人がそこら中を行き来している。
 騒音は相変わらずだが、一際違った空間があった。 
 早々とレシャールの目の前に現れてきたのは、天井にまで届きそうな機械だった。六角形の周りを囲む様に椅子が並べられ、それぞれに人が座っている。
「結構人いるね」
「うん、ウロチョロしてたら沢山の人目に付きそうだ。どうする?」
「う~ん……あ、レシャ。あそこを見て」
 ユーリィの指した方を見ると、二階で座っていたのと多少異なる赤色のベンチが設置している。先客がペットボトルのジュースを片手に腰を掛けていた。
「あそこにまた座ると、人目についちゃうんじゃない?」
「そうだけど、私が言いたいのはそういう意味じゃないよ。座っている人の方を見て。肩に乗せているでしょ?」
 客の肩に視線を向けるレシャールはその言葉の意味をすぐに理解する。
 首元にネックレスをかけた赤色のワンピースを着た女性の肩には、宝石のような花のヘアピンで飾ったマメパトが止まっている。だが、それが何なのか理解できずに首を傾げる。
「あのマメパトが綺麗だったの?」
「あ~もぉ、違うってぇ……!」
 もどかしそうにユーリィが苛立ちを見せた。
「あの人の隣に自然を装って座れば良いじゃない。うまくしたら私達はあの人のポケモンだと周りが勘違いするでしょ?」
「え、でもそんなの上手くいくかな……?」
「いつまでもボーッと立っていたらいずれ追い出されるし、ばれてもそんなの一緒だよ。そんなのは嫌だから早く座ろ」
 強引に手を引くユリィにつられ、ベンチの元へと駆け寄る。一目につかない程度の速度でいそいそと目的の場所に辿り着いた。
 すかさず座り込み、ワンピースの女性とほどほどの距離に身を置いて自然を装う。二匹は一定の時間を怪しまれまいと会話を避けてトレーナーの動きを待つ格好を演じ、時に俯いたり欠伸をしてみたりした。
 レシャールはこんなお芝居すぐにばれて怪しまれるんじゃないかと内心、不安になってしまう。
 距離感も微妙でだったが、彼女の言うとおり目に付く人の視線がレシャール達をスルーしている。見事に隣の女性のポケモンとしてとけ込む事に成功した。
 その目的に気づくことなく、ワンピースの女性はマメパトに夢中になっている。
「ね、以外に気づかれないものでしょ?」
「ほんとだ。ユリィって頭良いんだ」
「良いんだって、どういう意味よ」
「いや、そのまんまの意味だよ。何時もの君はやんちゃだから、意外だなって思ってさ」
「レシャ、それあまり嬉しくないよ……もう!」
「どうして怒っているの?」
「知らない!」
 素直に褒めたのにユリィは頬を膨らませてふて腐れた。
 言葉の選び方を間違えたのじゃないかと、頭をかくレシャールの前に興味深いものが横切る。 
 清楚な服装を纏った店員が、台車の面積とほぼ変わらない大きさの箱を三つ重ねてなにやら重たそうにしている。三段目の箱からはみ出るくらいに積まれている。
 重さの原因となっているそれは、銀色に光るコイン。一枚一枚がネオンの光りにあてられて煌びやかに反射している。
 それはまるで宝石箱のように重量感があり、レシャールの心を躍らせた。
「ね、ね、ユリィ! 今の見た? すごく綺麗だったよ」
「む、何か面白いものでも発見できたの?」
 まだ拗ねながらも横目でレシャールを見返す。
「見てなかったの? 今お店の人がすごく綺麗な、その、何て言うんだろ。綺麗なコインが沢山積んでいたんだよ」
「あ、そう」
 興味なさそうにユリィが溜め息を吐いた。
「あれだけの量を一体何に使うんだろ?」
「知らないもん」 
「あら、あなた達は田舎から来た子かしら?」
 突然かけられた声にレシャールは一瞬ユーリィのものかと思ったが、それはすぐに違う声の主だと気づく。
 ユリィの左隣に目線を移すと、最初に先ほどワンピースを着た女性の姿がなくなっている事に気づく。その後から、変わりに灰色の羽毛を生やした見覚えのあるポケモンがリラックスした状態で座っているマメパトの存在に気づいた。
「あれ、さっきの人のポケモン……たしか、マメパトだっけ?」
「マメパトじゃなければ何に見える? あなたのとこのムックルと似てると言うのかしら」
 そう言われたレシャールは故郷のシンオウの大空を飛び回っていたムックルの姿を思い浮かべる。
 目の前にいるマメパトと色と模様が異なるも、姿と形はほぼ似ている。厳密に種族は違えど、鳥ポケモンではない為に大雑把な認識しか持っていないが為にマメパトをムックルと区別するのに時間が掛かってしまった。
 綺麗な容姿なうえに羽の手入れもされていて、それだけは一目見て野生のものではないと理解できた。
「田舎から来たって、どーいう意味なのかな」
 レシャールが問いを返そうとする前にユーリィが横から口を割った。口調は穏やかだが、明らかに不愉快そうな鋭い声色だ。
 横目で冷ややかな視線を向けられたマメパトは微塵も臆する様子無く羽で嘴を隠して上品に笑って見せる。
「あら失礼。ここを始めてそうだから、てっきりそうなんじゃないかと思ってたわ」
「生憎だけど、私達はヒウン暮らしだから土の匂いなんて記憶にもないの」
「あなたはそうみたいだけど、そっちの彼はどうなのかしらね」
「え、僕?」
 突然話を振られたレシャールは答えに困ったが、そんな中でシンオウ地方にいた頃の森林の匂いに囲まれた家を思い出した。
 マメパトの言うとおり、都会暮らしに慣れたとは言えど生まれて育った故郷の土が恋しいのは事実だ。
「俯いてないで何か言い返しなって!」
 自分の世界に入りかけていた所をユーリィ叱咤された。
「あっ、えっと、シンオウの土の匂いは良い匂いだよ。自然が豊かだし、秋になったら熟した木の実が甘かったりして、いい場所だよ……ね?」
 慌てて返した返事があまりにも田舎臭さ丸出しにマメパトは噴き出してしまい、対するユーリィは頭痛そうに額に手をあててしまった。
「で、でもこっちのヒウンもいいよ? 土の匂いはしないけど、高いビル多いし賑やかだし……食べ物は一段違って美味しいし……」
 必死になってフォローをしてみるも今更遅いと言わんばかりにマメパトは羽で嘴を隠したまま笑う。
「ウフフ、可愛らしいわね彼は」
「え、そうかな。ははは……いででっ!?」」
 マメパトに釣られてレシャールも笑い返したその時、どこからともなく尻尾を力強く抓られる激痛が襲った。 
 全身の毛を逆立て、飛び跳ねそうな衝動をなんとか堪えて太い尾を前に持ってくる。痛みの走った箇所が赤く腫れている。犯人は探す間でも無い。
「……」
 ユーリィは眉間にしわを寄せて今にでも怒り出しそうな状態だ。田舎者とからかわれた上にユーリィに恥までかかせてしまった。怒るのも無理はないだろう。
「え~っと、あははは……」
「あーもうっ!」
 頭に手を当てて辛くも笑って見せたりしたが、ユーリィは怒ってそっぽを向いてしまった。自分の笑い声も虚しく枯れていくだけだった。
「ふっ、一応教えておくわね。あのギラギラ光るのは、このフロア内だけで使えるゲーム専用のメダルね?」
「このフロアだけでしか使えないの?」
 沢山ある割には使用できる範囲の狭さにある意味驚く。
「何に使うの?」
「レシャ、そいつと話するのやめようよ……」
 ユーリィがマメパトと会話を快く思わないのか腕を組んで口を挟むが、マメパトはお構い無しに説明を続ける。
「見ての通りだけど、あちこちにあるマシンにメダルを入れて遊ぶのよ」
「遊ぶって、どういう風に?」
 単純に遊ぶと言われるも、レシャールには今ひとつ理解に届かない。一言に遊ぶといっても範囲は広い。じゃれあったり、追いかけたり、時と場合によるがバトルもその内に含まれる。
 人間感覚で遊ぶとなれば、下のフロアみたいに機械を操作して人形をとったり画面と睨みあいしたりとかあった。
 マメパトは閉じていた片方の羽を開き、遠くの場所を指す。
「自分の目で見てきなさい」
 その方が説明するより分かりやすいとでも言いたげに、列を成す縦に長い箱状の機械へ向かうよう勧めた。
「レシャ、従う事ないって!」
「ううん、気になるから見てくるよ」
 ユーリィの止める声を振り払うようにソファーを蹴った。
「あなたも興味あるなら行ってみたらいいわ」
「いい」
「あら、彼行っちゃうわよ。あなたの彼でしょ、いいのかしら?」
「私、君嫌い」
 面白半分に煽りたてられてユーリィはつっけどんに言い放った。マメパトは気にした様子もなくすました顔で羽を閉じた。
 一緒に来る気がない為にレシャール一匹だけで行く事にした。フロアを移動する人に注意を払いながらも好奇心に駆られるままに目的の場所に向かっていく。
「これだ」
 間近で見ると、箱状の機械は以外にも大きくそびえ立っていた。
 ちょうど煙草を咥えた一人の男性が椅子に座っていて、彼が睨むのはディスプレイの変わりに物凄い速度で回転する絵柄だった。鳥ポケモンでもなければその絵柄を捉えるのは不可能に近かった。
 男性はここだと言わんばかりに、回転する絵柄の下に突起しているボタンを弾くように連続で叩いた。すると回転が止まり、ピカチュウの絵柄が斜めに揃う。その瞬間、箱状の機械がチカチカと点灯を始める。
 すると男の腰辺りの位置にある突出の口からメダルがジャラジャラと音を立てて排出された。男性は煙草を吸いながら、慣れてると言わんばかりに三枚程のメダルを投入口に入れていく。そして絵柄は再び巡るましく回り始める。
「この人、メダルを入れては出している?」
 レシャールにはその行為の意味が理解できなかった。ただ、機械の絵柄を止める点では面白そうにも思えた。突出口はまるで宝石箱のように銀色に輝くメダルで埋め尽くされていた。
 一通り見て満足したレシャールはユーリィの待つソファーへと戻っていく。
「あれって一体何なの?」
 レシャールはさっそくマメパトに疑問と質問を込めて聞いてみた。
「見ての通りだけど、このフロア内にあるマシンはすべて、さっきのメダルによって動く仕掛けなの。当てたらその当たりの価値に見合う分払い戻される仕組みなのよ」
「これ全部が、メダルを払ってメダルをもらう為の物なの?」
「それ以外にこのマシン達の目的は無いわ」
 当然のようにマメパトは質問を返した。
 多種多様の機械全てが同じ仕組みで動いていて、このフロアで遊んでいる人間は皆メダルを消費して、全く同じ物を獲得しようとしている。まさに繰り返し作業と思っても半場違いは無い。
 サイズは先ほどの縦長いのがあれば、平たい長方形のテーブル式、さらには天井に触れそうな六角形の大型な物まで様々だ。
「何の為に?」
 自分の常識を疑いながらマメパトに尋ねた。
「長く遊ぶ為よ。メダルを失ったらこのフロアで出来る事なんて何もないわ」
「メダルを稼ぐ行為が遊びそのものって意味なのね」
 会話をする気は無かったユーリィが補足してくれるようにレシャールの為に話しを繋いでくれる。
 それではまるで出口の無いループみたいなもので、明確な目的が無い。
 ポケモンの感覚で言わせてもらえば、意味不明だと思う。だがしかし、そこには成功失敗はあるようだ。遊ぶ為に遊び、失えば何も遊べなくなり、ただ終わる。それだけがはっきりとしている。
「人はそれを楽しいからやっている、何か意味があってやっている訳じゃないんだ?」
「そうね。ま、人の娯楽に意味を求めるのは無粋じゃないかしら」
「えらそーに」
「私、これでもここには行き慣れているのよ。ご主人の暇潰しにつき合わされてるからね」
 ユーリィがぼそりと言うと、マメパトはユーリィに振り向きいて自慢そうに語り始めた。
「君は主人とよくここに来てたりするの?」
「ええ、私のご主人はあれでも夜遊び好きなのよ。ただ一人じゃつまらないし、夜は何かと危ないから私が付き添ってあげているのよ」
 仕方が無いとでも言いたい風に言うが、受け取り方によっては文明的な娯楽を堪能していると言う自慢にも聞こえる。
「それが何か関係でもあるの?」
 少し苛立った口調でユーリィが尋ねた。
「あなた達のトレーナーは、当然ここにはいないわよね?」
「え、なんでそんな事わかるの?」
「あなた達は自然に私のご主人の隣に座って手持ちの装うとしてたでしょ。まる分かりよあれじゃ?」
 ユーリィの提案した目論見が当たり前のようにばれてしまうと、レシャールの鼓動は太鼓を強く叩いたかのように高鳴る。
 トレーナー付きとは言え、ポケモンのみでの入店は怪しまれるのも当然だ。なりゆきで来たからには追い出されるか飽きるまでは見て回ろうと当初はそう考えていたが、まさか他のポケモンと遭遇するとは予想外だった。
「そ、そうなんだ……やっぱりポケモンだけでお店に入るのは駄目だよね?」
 視線が何も無い赤い絨毯へと向く。
「別に駄目とは言わないわ」
 マメパトの予想外な言葉に顔を上げる。
「見逃してくれる、とでも言うの?」
 レシャールが言おうとしていた事を代わりにユーリィが代弁した。
「見逃すもなにも、私が迷惑と感じていたらその場で威嚇してご主人や近くの店員に気づかせていたはずよ」
 あたかも当然のように言って羽の手入れをする。
「あ、ありがとうっ!」
「お礼言われる筋合いはないわよ。退屈していたのをたまたまあなた達が来たものだからね」
 からかってきたのもそれが理由なのだろう、レシャールは苦笑しつつ頬を掻いた。ユーリィの方はと言うと、好きでない相手に恩を着せられたかのような苦々しい表情で顔を背けた。
「僕はレシャールって名前なんだ、こっちは僕の……友達のユーリィ」
「パトリシアよ」
「私の紹介なんていいのに……」
 改まって自己紹介をするとユーリィが愚痴るように呟いた。気にした様子もなくマメパトのパトリシアはあっさりと名前を教えてくれた。
「良い名前だね」
 育ちの良さそうな上品さを供えているマメパトに相応しい名前だと素直な感想を口にした。
「どうもね。今更聞くのも何だけどレシャール、あなた達はここに来たのは何が理由なの? ここはお金を持った人間の娯楽場、ポケモンだけが来ても面白い事なんか何もないわ」
「そうでもないよ。見てるだけで楽しいし、一番下の階には可愛い人形が沢山あったし、その次の階はちょっと意味がわからなかったけど、ここも面白そうだよ?」
 今まで見てきた階の感想をのべる。金と言うものを持たない自分達には決して縁の無い話ではあるが、それでも遠くから他人がやっている様子を見るのはまるで自分達が一緒になってそれを遊んでいる気がしたからだ。
「ふぅん、変わっているのね」
「そうかな、パトリシアはここの面白そうなのをやった事ってあるの?」
「当然よ、ここじゃない別の所でご主人の付き合いついでに遊んだ事がわるわ。特に私の気に入る物はなかったけど、スロットマシンだけは別ね」
 パトリシアの言うスロットマシンとは、さっきレシャールが見に行っていた絵柄をそろえるマシンの事だ。
「私のご主人はプッシャーゲームと言うものにはまっているわ」
「プッシャーゲーム?」
 聞きなれない単語にレシャールは首を捻る。
「あれよ。直ぐそばにある大きなマシンがあるでしょ。投入口にメダルを入れてね、ガラスの中の押し版が他のメダルを押し出す仕組みよ」
 言っている意味がいまいち理解できなかったが、しかし六角形のマシンを囲んでいる人が熱中的に銀のコイン、メダルを投資している。耳を澄ますと、時折スロットが回るようなBGMが聞こえてくる。
 今目にしているタイプは、俗にいうマスプッシャーと言う類のものだ。複数の人間がマシンを囲む形で同時にプレイを楽しめる仕組みになっている。あれもまた、人の挑戦心と好奇心誘うだけの魅力があるのだろう。中央でゆっくりと回転をしている大形のディスプレイには『JACK POT』と4桁を行く数字が映し出されている。あれが大当たりだともパトリシアに教えてもらった。
「あれも私は興味はないけど、どれもやり方さえ知ればポケモンでも楽しめるわ。だけど、見てるだけで楽しいだなんてあなたって変わっているのね?」
「ここに来るの初めてだからね。こっちの地方じゃそんなもの見た事ないし、でもやりたい気持ちもあるよ。だけど、パトリシアの言うとおりお金なんて持っていないし、そもそもここに来たのは偶然であって、明確な目的があって来たわけじゃないんだ」
「トレーナーもつけないであなた達二人で夜遊び? 見た目によらず不良なのね」
 驚いて羽の手入れを中断したパトリシアは目を丸くしてレシャールとユーリィを交互に見た。誤解を受けているようで気に入らないのかユーリィがソファーから降りて食いかかる。
「勘違いしないで頂戴。ちょっと事情があって飛び出して、そのなりゆきでレシャとデートしているだけ!」
「事情は良いとして、トレーナーの許しも無しにデートって言うのは立派な不良じゃない?」
 的を突いた正論にユーリィは苦痛を受けたように顔をしかめて唸る。
 その事情と言うのが自分の我侭から発生しただけにレシャールは申し訳ない気持ちに追いやられ、つい口を挟んだ。
「違うんだ、僕がユリィ……ユーリィを傷つけるような事を言ったのが事の発端なんだ」
「レシャ……」
「初めて会うパトリシアにこんな事を説明するのも変だけど、実は僕達、近い内に身内になるんだ」
 暗く歪んでいく顔を見せたくなくて、自然と床に向く。
「つまり二人は婚約者……なんて言い方はおかしいわよね、人間じゃないし」
 とぼけた言い方をするパトリシアだが、レシャールは続けた。
「僕達は出会い始めてからまだ日が浅いんだ。田舎地方で暮らしていた僕はこれといった友達がいなくて、大抵はご主人のそばにいながら自分の趣味に生きていたんだ。ヒウンシティに引っ越してきた時にご主人の紹介で、僕とユーリィは友達になったんだ」
 決して悪くは無いシンオウ暮らしの日々だった。大空から下界を見下ろす夢を日々見続けながら、高い所に登る以外なんの変哲も無い毎日だった。不満も無ければこれといった目標も無い、優しい主人の保養の中で時間ばかりを消費する人生だった。
「けどね、ご主人はユーリィを友達として紹介してくれたんじゃなくて僕のお嫁さんとして会せたんだ。自分の知らない所でご主人の友達との間で縁談の話が進められてね……」
「それが嫌で半分家出みたいな事になったのね」
 パトリシアの察しの良さに大まかな説明の手間が省けた。
「ユーリィと一悶着しちゃってね、僕にとって彼女との縁談は自由な日々がなくなっちゃうんじゃないかって、勝手にそう思い込んでいたんだ」
 今思えばそれは子供染みた愚かな考えだった。たとえ嫁になろうとするユーリィであっても、レシャールにはあえて友達として意見し、心配してくれたのだ。今でも背後から聞いた彼女の泣きそうな声が再現してしまう。感情まかせにユーリィの気持ちを否定して飛び出した自分を叱りたかった。
 レシャールは顔を上げて、少し強すぎる天井のライトを見つめる。
「勝手に飛び出したあげく細い路地裏で怖い人間に絡まれてたんだ。僕、ほんの少し前まで捕まえられそうになったんだ」
 今思い出しても身震いしそうな出来事だった。唐突な3対1の理不尽なバトルとなり、一方的に叩きのめされた。パトリシアが驚いた声をあげる。
「それは災難だったわね、この都市ではそういうのよくあるのよ。特にあなたみたいな別地方の子とかね……」
 パトリシアが心中を察する。
 ここヒウンシティでは他の地方のポケモンをターゲットにした誘拐は決してめずらしくなく、その行き先が特定するのが難しいヒウンの地下の闇市場とかに出回って売買されているのだ。
 人が多い大都市なら、それほど珍しくもない地方のポケモンでも高値を出して買いたがる客が少なからずいる。そのおかげで、こういった拉致の被害は後を絶たないでいるのだ。
 テレビや主人の口頭注意でしか聞かされていないレシャールには架空の話も同然だったが、被害者となった今では思い出すだけでも悪寒が走る。記憶にはまだ新しいのだ。
「うん、自業自得な話さ。今思うと、僕はどれだけ馬鹿な事したんだろうって思う。だけど、そんな僕を彼女は助けに来てくれたんだ」
「恥ずかしいなもぅ……」
 ユーリィが照れくさそうに顔を赤くする。ヒーローと言うには柄ではないが、レシャールにとっては救いの主で間違いないのだ。
「もう少しで捕まえられそうになった所で来てくれて、一緒に戦ったんだ。その悪そうな人間達と」
 恐れを殺してユーリィと協力して戦った時の熱い気持ちは今も冷めてはいない。あのバトルでユーリィがいかに心強い味方であるかを改めて知る事ができた。だがその反面、怖い一面も見てしまったが。
 感想は口にせず体験談だけを語った後に、無事に追い払う事ができた、とだけ付け足す。
「ふぅん、そこのユーリィって子はピンチの時に駆けつけてくれたナイトね。女チックな話よね。普通は逆なんだけど」
 鋭い突っ込みを入れられてしまいレシャールは苦笑する。
「私の大事な子のピンチに逆もクソもないよ。そのおかげでこっちは最低な目にあったんだから!」
 今更ながらユーリィが当然の怒りを露にすると、反省してよねと言わんばかり短い腕の小さく肘打ちをもらう。
「最低な事って、最近までバトルをしていた割には大した怪我とかはなさそうだけど」
 ユーリィはムスッとした顔でソファーから降りるとパトリシアに背中を見せつけた。それを共に目にしたレシャールが先に驚き、後に後悔が襲う。
 パトリシアは一瞬それがなんなのか理解出来ずに首を傾げ、黄色と黒点の瞳をぱちくりさせる。エモンガ特有の黒色の飛膜を見ているうちにあるはずの無い異変に気づく。その意図を察したとたん、パトリシアの瞳は半分割り増しに見開き、頬辺りを紅く染め上げた。
 レシャールは顔を覆い隠して低く呻いた。次にパトリシアは震えるような口調で「まぁ……」とだけ口にした。
「これが最低の原因」
 ユーリィは溜め息を吐く。するとパトリシアが弾けるようにレシャールに顔を向ける。
「もしかしてとは思うけどあなた達、もう……そこまでの関係だったの!?」
 パトリシアの訳のわからない言葉に今度はレシャールとユーリィが一緒になって首を傾げた。
「あ、あれよね、婚約している仲だし、ピンチを救ってもらった感動のあまり、勢い余って二人で燃え上がっちゃったとか……!」
 一人でテンパっているパトリシアにレシャールの表情は困惑の色を浮かべるが、その言葉の意味に先に気づいたのはユーリィだった
「ちょ、ちょっと、何言い出すのよ。これはそういう意味じゃなくてさぁ……」
「この痣はさ、僕がつけてしまったんだ。バトルで汚れてしまって……」
 自然にフォローをしたつもりだったが、パトリシアの顔は更に驚きを増す。
「僕の為に汚れてしまったって……あっ」
 パトリシアは察したような声をあげた。何か酷い誤解をしているのではないかと、ユーリィは慌てて口を挟む。
「これはさ、レシャと助ける結果で汚れてがでちゃってさ……!」
「うん、だからバトルしてそのお詫びに綺麗にしようとして、つい勢い余って……」
 レシャールは反省の態度を含めて補足を口にしたした。
「いやぁっ!? トレーナーの許しを得ずに家出のあげく、デートの前に二人で熱いバトルとか、イけないわよ、不良以上よあなた達!」
 どうしてかパトリシアは黄色い悲鳴をあげだした。
「もう、レシャは黙っていて!」
 せっかくのフォローにユーリィも顔を真っ赤にして怒りだしてしまった。
 パトリシアとユーリィが赤面しながらのやりとりする光景を、レシャールだけがその理由が理解できないでいた。
 ゲームセンター内の三階のフロアで起きた誤解は、長くの時間と手間を掛けてようやく沈静化する事ができた。
 パトリシアは自分自身の勘違いに顔から火が出るほど恥じて、気を紛らわす為に羽の手入れを再開させている、とっ言っても到底紛れるものではなく、溜め息が漏れているのその証拠だ。
「はぁ、つまりあなた達を襲ったヤブクロンの吐いたゴミの中にガムが混じってたから取ろうとして失敗しちゃったのね?」
「そ、そういう事になるかな。ハハハ……」
「もっと他に言い方という物があるでしょ。私のような上流で育てられた雌になんて恥をかかせるのよ!」
 パトリシアが頭から湯気でも出しそうな顔色でレシャールを責め立てる。それにしても上流家庭で育ったポケモンが何故、ユーリィの背中の痣を見ただけであのような勘違いをしてしまったのか、レシャールにはそっちの方が気になった。
「あーもぅ、なんで私まで恥をかかないといけないのよ。みんなレシャのせいだからね!」
「あうぅ、で、でも……背中の痣を見せたのはユーリィの方だよ?」
 会話のなりゆきで見せてしまった口付けの後がいらない波紋を呼んでしまい、ユーリィの機嫌は最悪に近かった。
「てっきり彼氏のマークかと思ったわ」
 パトリシアの余計な一言のお陰でユーリィの機嫌は一気に悪化、再び顔を赤い憤怒の色に染まる。彼女の言っている事がさっきと全く逆な事にレシャールは気づく余裕がなかった。
 夫婦になるのは彼女は承知の上だが、他者の前で二人の関係をネタにからかわれるのは本位ではない。
「あー、最悪。やっぱ君嫌い」
「あらどーも」
 ユーリィは完璧そっぽを向いてパトリシアに悪態をついた。
「ご、ごめんよ。時間が経てば痣も消えるはずだから……」
 当たり前な事を言ってユーリィの気を宥めつつ、二匹の間を取り繋ごうと努力する。
 一台の銀メダルの宝石箱を積んだ台車が横切るのを見た途端、レシャールはある違和感を感じた。
「ねぇ、パトリシア。君と一緒にいたトレーナーだけど、さっきから戻ってこないね」
「ご主人の事?」
 レシャールが頷いた。ユーリィも多少興味があってか横目だけパトリシアに注目する。
「あぁ、実はずっと前からそばにいるんだけど……」
 ユーリィとレシャールは同時に「えっ?」とすっときょんな声をあげる。
 パトリシアは黙って顔を六角形の形をした大型のマシン辺りを見るよう催すと、マシンの脇に置かれてある赤いベンチに見た事のある女性が薄型端末機を片手にこちらを眺めていた。
 こちらの視線に気がついた赤いワンピースの女性は顔を綻ばせ、にっこり笑みを浮かべながら小さく手を振りかえした。
 レシャールとユーリィは何事かときょとんとしたまま、お互い一度顔を見合わせた。
「あの人って確か……」
 レシャールが思い出す前にパトリシアが疑問に答えてくれた。
「私のご主人ね。ちょっと子供っぽい所あるけど、あれで夜遊びが大好きなおてんばの不良よ」
 一見、優しそうな人であって人間の不良とは程遠いイメージがある。膝の上には銀色のメダルで埋め尽くされた黒いカップを置いてあるが、それを使って遊ぶ事はせずに薄型端末機を自分達に向けていた。
 ユーリィは顔を強張らせて警戒するも、何をされたからと言ってどうするかの行動にはとても移りにくい状態だ。
「ね、ねぇ、あの人何時から私達の事をみていたの?」
 堪らずユーリィがパトリシアに尋ねる。それはレシャールも同く疑問に思っていた事だった。パトリシアが話をかけて来てから今までずっとワンピースの女性は元のベンチに戻って来なかったのだ。会話の勢いにその存在をすっかり忘れてしまっていたが、まさか自分のポケモンを置いて帰るはずもない。
「そうねぇ、私も遅く気がついた方なんだけど、私が田舎者呼ばわりしてユーリィが突っかかって来た辺りからかしらね?」
 衝撃な事実を聞かされたレシャールとユーリィは、足のつま先から尻尾の先、耳の先っぽに掛けて痺れが走ったかのように体が硬直する。 
 つまり、あの女性はパトリシアと会話を始めてからずっと自分達を見ていたのだ。膝に置いてあるコインを使う事もなく、どちらかと言うとそっちの方が面白いと思わんばかりに。
 音に敏感なレシャールは周りの五月蝿い騒音を排除してトレーナーの方に集中して耳を済ませてみると、僅かだがカシャッと、何かを切るような音に気づく。それは薄型端末機が写真を撮る音と判断した。
「実はご主人ね、あなた達が突然横の席に座り込んできてからなんだか不自然そうだったから、面白そうと思って私だけを残して席を外したのよ」
 気づかれないように席を外し、少し経ってから元の場所に戻らずに違う所から自分達の様子を覗っていたのだ。パトリシアが言いたかったのはそういう事だった。
「わ、私達の事ずっと見ていたのね……」
「えぇ、こんな所で私達ポケモンが揃うのは珍しいからね。ご主人ったらすっかり夢中になっていたわ。おかげで楽しい思い出がひとつ増えたでしょうね」
 ユーリィもまた緊張した面持ちでワンピース女性を見返す。気づかれないようにその女性のポケモンのふりをして自分達を上手くカモフラージュするのに利用していたはずが、実はこっちが騙されていたのだ。
 パトリシアがわざわざ見知らぬ自分達に声を掛けてきてくれたのも、ポケモン同士のやりとりを見て楽しませる為に手助けしたに過ぎなかった。そう思えば、辻褄が合う。
 その証拠に、向かい側の女性の表情はドッキリしているレシャールとユーリィを可愛いと言わんばかりにクスクス笑っていた。三匹の会話は聞こえてはいなかっただろうが、ドタバタしたやりとりは女性を好奇心を満足させるのに十分だっただろう。
「ふふ、ごめんなさいね。私もすっかり乗り気だったけど、あなた達は最高の役者だったわ」
「君嫌い」
 薄ら涙を浮かべてユーリィはパトリシアを睨んだ。その瞬間を、遠くにいたワンピースの女性が写真を撮った。
 会話が無くなっても尚、ワンピースの女性は未だに遠くのベンチからこちらをニコニコと見つめている。レシャールは赤面しつつ居心地の悪さを感じていた。
「パトリシアぁ、あの人何時までこっち見ているのかな?」
 レシャールが情けない声でパトリシアに尋ねると、他人事のような口調が返って来た。
「さあ、一度興味を持ったら飽きるまであーしている子だから私にも検討がつかないわ」
 全く落ち着いた様子のパトリシアは羽の手入れを終えて一息を吐く。
「居心地が悪いのよ!」
 ユーリィが食いかかるようにパトリシアに詰め寄る。 
「まぁ、どうせあなた達も私のご主人を利用しようとして分けだし、諦めなさい」
「ぬぬぅ……!」
 正論だけにぐうの音も出せないユーリィを、パトリシアの主人がシャッターチャンスと言わんばかりに薄型端末機で写真を撮っていく。パトリシアに食いかかれば食いかかるほど相手の思う壺になっていく。その事実にユーリィは歯噛みしながら堪える。
 女性の持っている薄型端末機には一体どれほどの数の写真を収めてきたのだろう。
「はぁ、せっかくのデートなのに、こんなんじゃ台無しだよぉ……」
 肩を落としてがっかりするユーリィだが、そもそも思いつきのデートにプランがあった訳でもなく、たまたま気に入っっただけでの出来事で台無しもクソもなかったが。
「ふぅ、トレーナー無しのポケモンだけでデートするなら、もっとピッタリな場所があるはずよ」
「この都会のど真ん中でそんな場所があるって訳?」
「教えてあげてもいいけど、口の聞き方には気をつけてもらいたいわね。田舎者じゃないんだし」
 気に入らない態度でユーリィが聞くのに対し、パトリシアは嘲笑するようにもったいぶった。
「パトリシアはさ、この広い都会でポケモンだけでいけそうな場所に行った事があるの?」
「ええ、そうよ。ご主人には内緒にしているんだけど、私こうみえても野生の彼氏と付き合っているのよ。当然進化系ね!」
 わざわざ進化系の部分を誇らしげに強調するように言う。清楚なイメージの似合うパトリシアだったが、彼氏が野生のポケモンなのは以外にも思えた。
「へぇ、人が沢山いるこの町でポケモンだけが行っても大丈夫な場所なんだそこは」
 都会で暮らすポケモンはゲームセンターに限らず、どこの店もトレーナーの付き添いで入店するのが常識だった。何の計画も所持もなく店内に出入りすれば、目立つのは当然だった。
「そうね、その場所はビルが密集している区画にひっそりと存在していて人目に付く事も滅多にないから、人間が割って入って邪魔される心配もないわ。付き合っているのがばれたらご主人が五月蝿いから、私と彼はご主人の目を盗んではよくそこでイチャイチャしたりするのよ」
 プライドの高そうなパトリシアがその彼氏とどんな風にイチャついているか想像するのは難しいが、その表情は恋する雌みたく顔は緩んでいて自分の世界に入り浸っている。
「……君も十分に不良じゃん」 
「お金も持って無い、トレーナーもいないあなた達にとってもベストなデートスポットじゃないのかしらね。このままここにいたって、人がゲームをする様を眺めているだけでいずれは飽きが来るわ」
 初めて来たレシャールにとっはそうでもない。まだ見ていない上の階にも興味があったが、ユーリィが同じ意見とは限らない。現に今の彼女は何処か退屈そうな顔をしている。パトリシアのやりとりで多少の不機嫌が原因でもあるが、何時までもベンチの上で遠くに座っている女性の見世物にされるのもうんざりだった。意を決したレシャールは身を乗り出す勢いでパトリシアに尋ねた。
「ねぇパトリシア、その場所を僕達に教えてもらえないかな?」
「そうね、私も良い退屈凌ぎにはなったし。教えてあげる」
 了承を得たレシャールは弾ける笑顔で「ありがとう」と礼を言った瞬間、再び写真を撮られる音を耳にしたが、今更気にならなくなってきた。
「ご主人に聞かれたら不味いから、念のために小さい声で道筋を教えてあげる。ちょっと耳を近づけて頂戴……」
 小声に従うようにレシャールはパトリシアの嘴に耳を寄せる。ついでにユーリィにも聞くようにと小さく手招きをした。彼女はしぶしぶと言った感じで聞こえそうな距離に顔を寄せた。
 パトリシアはまず、店を出て大方の道の進み方から説明を始めた。周りの五月蝿さと加減を抑えた声で、遠くにいるパトリシアの主人にその会話の内容は決して聞こえる事はない。
 人気の無い場所を目指すだけあって、道筋は人でも中々通らない細い路地を移動する事になる。ご丁寧なくらい細かい移動手段を一通り説明し終えた後、パトリシアはそっと嘴を離した。
「……以上の道を進めば、目的の場所に辿り着けるわ。あなた達ほどの大きさなら難なく進めるはずよ」
「うん、覚えたよ。これなら迷わずに行く事ができそうだ」
「そんな所にあるんだ。人目に付かずにすみそうだね」
 複雑な構造である都市だけあって単純な道筋を覚えるのも大変だが、もともと高い所から下界を覗く趣味なレシャールなら方向感覚を失わずに移動できそうだ。しかし、問題は多々あった。
「でも、ここからだとちょっと遠くない? 元いたビルと正反対の方向だし、私は飛べるからいいけど、レシャだと今から行くには時間が掛かりすぎるよ。怪我は回復しても一応手負いだし、無茶はさせたくないよ」
 ユーリィの心配に、期待で胸をいっぱいにしていたレシャールはいっきに現実へと戻される。体の方もあって、仮の休憩だけでは全快とはいかない。
 広い都会の中では僅かな距離を移動するにしても、人や複雑な地形やらで時間をとられてしまう。何よりも先ほどのバトルで体の方の疲労もたまっている。しっかりとした休息をとらない限り長距離の移動には体のダメージが癒えない。
「そうだね、それに初めて行くから、ちゃんと行ける保証だってないし。また今度にしようかな……」
 また"今度"があればの話だが、勢いまかせに家出少年よろしく、ビルから飛び出して危険な目にあったレシャールに次がある保障なんてない。
 いっきに諦めムードになってくる二匹の前に、パトリシアがやれやれといった面持ちでベンチから飛び降りると。
「そういう事情なら、運んであげてもいいわよ?」
 突然の申し出にレシャールとユーリィは一斉に彼女の方に振り向く。
「運ぶ?」
 言葉の意味が理解できず、首を傾げてはオウム返しに聞いた。
「言葉通りの意味よ。もう、私が鳥ポケモンなのを見て分からないかしら。ホラッ」
 やや呆れた口調で溜め息を吐くと、ご自慢の整えられた両翼を精一杯に広げて見せ付ける。丸みを帯びた羽の形と外側の模様と裏腹に内側の方はシンプルな灰色。小さいながらも羽の一枚一枚がまだ一度も飛び立たせた事もなさそうな新品でもあるかのように思わせる。その華麗な物の前に、鳥ポケモンに憧れていたレシャールは一瞬目を奪われる。
 返す言葉を忘れたまま見つめている内に、疑問はユーリィの口から伝えられた。
「運ぶって事は、君が私達をそこまで連れて行ってくれるって事?」
 意を察した言葉をパトリシアは翼をたたんで「そうよ」と単純に返してくれた。
「でも、君のトレーナーはどうするの。一緒にフロアにいないと困っちゃうんじゃない?」
 好意は有難いが、自分が慕うトレーナーを放って行くなどと良い事じゃないはずだ。最もパトリシアの事を言えた義理じゃないが……
 しかしパトリシアは気遣うユーリィとは対照的に、嘴を突き出してその先を見るように促す。その先はパトリシアの主人が座っていた赤いベンチを指していた。
 二匹が見た先に、ついさっきまでいたはずの人物が何時の間にかいなくなっている事に気づいた。レシャールは何処にいったのか気になって視線で探す。
「あ、あんな所に……」
 鬱陶しいほどの好奇心は何処にいったのか、今は六角形のマシンを囲む一員の如く、先ほどのワンピースの女性がプッシャーゲームの椅子に腰掛けていた。興味が別にゲームに熱中している。
「こっちに飽きて今度はゲームにお熱よ。不良の考えている事はわからないわ」
 そう言いつつも、あらかた予想済みとパトリシアは言い足して続ける。
「例の場所は私が飛べばすぐだし。彼の休息もそこですれば問題はないわよね?」
「う、うん。でも君のトレーナーはどうするの? 突然いなくなって心配しない?」
 こちらの心配をよそに彼女は横目で自分の主人を横目で見やり、問題ないと言わんばかりに言う。
「ああなってしまえばしばらくはあの場所を動かないわ。きっと私とあなた達がベンチの上でお喋りでもしてると思って一人で楽しんでいるんでしょう。遊びに夢中になったら一切気に掛けたりはしないもの」
「……ああ見えて結構無責任なのね。君のトレーナーって」
「そうよ」
 僅かに否定する事もなく、パトリシアはあっさりと認めた。しかし、おかげで好都合となり目的の場所へ運んで貰える。
「気づかれる前に戻れば何事も問題なしよ。私からはご主人にゲームしている間に帰っていったとでも言っておくわ」
 最後に彼女はこれも何かの縁だからと付け加え、僅かながらに微笑みを見せた。
「うん、ありがとう!」
「えっと、ありがとっ……」
 弾ける笑顔で礼を言う。ユーリィも続くように照れくさそうにぼそりと呟いた。
「それじゃ、とっとと行きましょうか」
 パトリシアは手入れされた羽を広げると優雅に飛び立つ。お澄まししている方が似合っていると思っていたが、飛ぶ姿もまた優雅な彼女は下りのエスカレーターに向かい、飛行したまま下降していく。
 その後を追うようにレシャールはベンチを蹴って勢いをつけ、ユーリィも飛行膜を広げて飛び立つと若干やれやれといった表情で追いかけた。
 レシャールの後方で、女性らしき声が大はしゃぎするのを耳元にした。誰かのものかは考える間でもないと、不思議にそう思えた。

 地上を覆いつくす漆黒の暗闇を照らさんと曇りの無い夜空に浮かぶ月光。しかし、そんな偉大なる闇を打ち破る光りすら手助けなどいらないと言わんばかり、眠る事を知らない電気の力を大いに駆使した都会の輝きは、それを上回る。
 大空の下の世界は、一面全て多様な色が発光をしていて動いては静止したりしている。固定して全く動かない光もある。それらの全ての輝きは、まるで命を宿していると思っても不思議ではない。
 空を突き抜けそうなビルの群れは大地に根を張る灰色とガラスのした森を連想させ、ただその存在を主張している。
 科学の結晶と沢山の生き物達の苦楽の努力で出来上がった世界。大勢の人とポケモン、欲望と思念と言った感情が絶え間なく交わり続けている都会を見下ろす光景は、大地を踏みしめている者達には全く分からないだろう。
 綺麗であり、広大でもあり、何処かおぞましいとさえ思える。まさに、命の集合体と言えよう。社会性を持った人間達が辿り着く終着点。理想郷、或いは底無しの泥沼か。
 今まで生きていた中で、これだけの景色を目にした記憶は他にない。ビルよりも高く、夜風が強く身に染みる。
 ずっと夢見ていた、ビルよりもずっと高く、かつて見上げていた入道雲と同じ位置から見下ろす下界の世界。それを今、レシャールは体感していた。
 高度の高い場所で吹き荒れる風は思いのほか強く、上空に浮かぶ唯一の手綱であるパトリシアだけが頼りだ。彼女はそんな強風を晒さながらも平然と翼を広げ、大空を我が物顔で飛行している。
 今レシャールは腹部を彼女の小さな足で鷲掴みにされた格好で空中を飛んでいた。大きさ的にレシャールの方が部があるのにも関わらず、筋肉は見た目とは裏腹に強くて飛行に支障を齎さない。
 しかしレシャールは浮遊感に包まれながら確かな風を感じる事によって、今自分はまるで鳥になっている気がしていた。
 叶わないと知っていながら捨てる事も夢見ているだけで満足する事もできずに、残されたもやもやだけがずっと胸の中に残り続けてきた。だが今この瞬間、夢は叶った。
「すごい、空を飛んでいる……!」
「夜空の風は気持ちいいかしら。レシャール?」
「うん、思ったよりも寒いや」
 ビルから吹く風とは異なる高度の風は、真夏の夜にも関わらず少しだけひんやりとしている。風の心地良さを堪能していると横から飛行膜を広げたユーリィが顔をだす
「どう? 空をはじめて飛んでみて感想は」
「あぁ、とても気持ちが良いよ。こんなのは生まれて初めてだ、最高だよ!」
「ユーリィ、やっと追いついたのね?」
「もちろんだよ。君とレシャだけ二人っきりなんてさせたくないもの!」
 レシャールを抱えてパトリシアが空を飛び立った後、ユーリィは近場の高いビルに登り、一番高い屋上から飛び立っていた。風を上手く掴んで、ようやく辿り着いたのだ。
 よほど必死に追いかけてきたのか、表情がそれに出ているのがわかる。
「この先に進めば、距離的にもうすぐだよね?」
「そうよ」
「華奢そうな体だけど、ちゃんと目的地までレシャを運べるんでしょうね? お嬢様だからって途中で力尽きて落としてでもしたら大変だし」
「ご挨拶ね。でも安心して、見た目程やわじゃないし、うっかり落としたりなんてしないわよ。運べないあなたの代わりの彼とのデートをぞーんぶんに楽しませてもらっているわ」
 笑いを含みながらパトリシアは返し、他人を乗せて飛べないユーリィがイライラと歯軋りする。
「じょ、上等なんだけどぉ。ここで硬い地面とキスしたいなら手伝ってあげてもいいんだけど。遠慮なんてしなくていいからさぁ……!」
「あら、遊んで欲しいなら素直にそう仰りなさい。彼を持ったままでも落ちずに付き合ってあげるから」
「ね、ねぇ二人とも、僕のそばで落とすだなんて言わないでよ……」
 二匹の喧嘩に近い会話の内容にレシャールは不安を過ぎらせる。こんな大空から落とされたりなどされたら陸上のポケモンのレシャールなどぺしゃんこになってしまう。二匹が喧嘩でもしてパトリシアがうっかり落としたりなど、想像もしたくなかった。
 今まで感動に浸っていたいた気持ちが二匹のいらない言葉によって一変してしまう。小さくなった複雑に入り組んだ街の構図を見ている内に顔が青ざめていく。
 それでもレシャールの心境など知らずに二匹の食い掛かっては軽くあしらうなどのやりとりが繰り広げられていた。雌どうしの熱いバトルの内容がどのようなものかはレシャールの耳には入ってこなかった。
 自分の悲劇な姿をしてしまうから真下を見るのをやめて、真正面を見つめた。一部、雲を突き抜けそうな高いビルの独自的なな形をした天辺が視界にはいる。それ以外は夜の闇以外何もなかった。
「山はないんだなぁ……」
 ふと彼は昔住んでいたシンオウの事を思い浮かべる。
 大都会のビルと比べて対して大きくもない建物の天辺から下界や遠くを眺めていた頃、遠くの視線の先には平らな平原か人の手に触れられていない森や山ばかりだった。
 田舎暮らしのレシャールにとって、遠くの光景などそれが普通だった。
 こんな空高い場所で遠くを見ても、広がる光景に山や森はない。何処まで続くか分からない、電気で照らされた都ばかりの世界だ。
 その先に何があるのかヒウンシティを出た事が無いレシャールには想像が付かなかった。
「ねぇ、パトリシア」
「――そう言うあなたはすぐカッカッする所を治すべきなんじゃない……って、今私の事を呼んだかしら?」
 会話の途中で話かけられたパトリシアはユーリィの方を無視して聞き返す。
「うん、この先には一体何があるか知ってるかな?」
「この先?」
 質問の意図が理解できずにユーリィが聞き返した。
「僕はイッシュに引っ越してから、この都会から一歩も出た事がないんだ。だからこの先にある光景ってどんなものなんだろうって……」
「今向かっている方角はちょうど北だから、そうねぇ……」
「レシャ、この街を過ぎればその先にあるのは砂漠だよ」
「あらあら、先に答えられちゃったわね」
「え、砂漠?」
 聞きなれぬ言葉に首を傾げてみせる。
「分かりやすく言うとね、黄色くてさらさらしたような砂だらけの場所なんだよ。そこの大地はね、どんな種を蒔いても何一つ実らないし、とても軽いから風に巻き上げられるの。雑草すら生えてこない人のいない砂の大地なんだよ」
「え、こんなに人で溢れている都会の外はそんな世界だったの?」
 思いがけない答えに驚愕しながら北の方角を凝視する。夜という理由もあるが、建物ばかりが広がる先にそんな砂の大地など欠片も見当たらない。
「正確に言うと人や車が通るだけの道があるの。少ないけど人が住む家もあるのよ」
 パトリシアが言うにヒウンから北に向かう先には4番道路が続いていて、ライモンシティに続く一本道の道中には並ぶように民家が建てられている。最もまだ開拓途中であって日課のように砂嵐が吹き荒れていて砂漠と呼んでも違いはない。
「こんなに建物が並んでいるのに、その先には何もない砂だけの世界なんて、とても信じられない」
「そうかもしれないけど、レシャールはどうしてそんな事を知りたいの?」
「僕はね、ずっとパトリシアやユーリィみたいな空を自由に飛べるポケモンに憧れていたんだ。鳥に限らず、この大空を飛べるポケモンは全てを羨ましいとずっと思っていたんだ」
 その気持ちはすでにユーリィにも話していて、パトリシアを睨んで膨れっ面になっていたユーリィが神妙な面持ちに変わる。
「ずっと鳥のような気持ちになって下の世界を見下ろすのが夢だったんだよ。それも今、叶った」
 それでもレシャールの視線は真下を見ていない。風に当てられても乾く事の無い大きな瞳は真っ直ぐ、北を見ている。
「でもね、せっかく夢が叶ったって言うのに不思議なんだ」
「不思議?」
 意味が分からずパトリシアが聞き返す。
「満たされた感じはあるのに、それとは別に疑問が胸の中に残るんだ」
 この小さく縮小された世界の先がどんな風に続いているのか、コンクリートの硬い大地の先にあるのは何も無い柔らかい砂の平原、ユーリィとパトリシアに初めて聞かされた真実にレシャールの関心は違うものに変わってきていた。
「高い所から下を覗けば自分が立っている所の周りを知る事ができるけど、その先の事に何があるか二人に教えてもらうまで全く分からなかった。僕はずっと、自分の周りにある物だけを見ていて自己満足をしていたに過ぎないと気づいたんだ」
 どんな高所から周りを見たとしても、それは全てを見た事にはならない。前を見ない限り自分が知れる世界などたかが知れている。
 レシャールはずっと抱き続けてきた夢が叶った事によって、当たり前な事実に初めて気づく事ができた。
「そんな事、あなただけじゃなく殆どの生き物がそうなんじゃないの?」
「え、でもパトリシアは空を自由に飛べるからヒウンシティ以外の世界も知っているんじゃないの?」
「翼を持つ私でもこの先にあるもの全てを把握なんて出来ていないわ。人に飼われている以上そんなに遠くに行く理由も無いし、空から街の全てを目に収めても知ってる事なんてほんの僅かしかないわ」
「そうなの?」
「ええそうよ。こんなビルばかりの都会で私が知っているのは自分の関心のある場所だけ、それ以外の事は有象無象ぐらいしか見てないわ。所詮自分の知っている世界なんて自分の足元にあるぐらいの範囲でしかないもの」
「レシャが高い場所を好きなのは、色んな物が見えるからだよね。でも、それは大まかな部分だけで、低い位置から周りを見るとではまた違うんじゃないかな?」
 ユーリィの言う言葉の意味に覚えがあった。他の誰かと同じ位置から見た世界では、細かい事ばかりに目がついた。
 ヒウンのアイスクリームに群がる行列、カフェで見たポケモン達の出来事、裏路地にいた人間の怖さ、噴水公園の水の気持ち良さ、人が集う夜の娯楽場。高い所じゃ決して知る事のなかった、初めて知った世界。
「ほんとだ。今まで見下ろしてきただけの所で色んな事を体験してきたな。上からだと気づかない事ばかりだ……」
「私もさ、レシャと同じ視線で色んなものを見たいんだよ。だから一緒に歩きたいと思えるの」
「そうだね、僕はもう自分の我侭で動くんじゃなくて、同じ立ち位置で物事を見ていこうと思うんだ。ユリィと一緒に手を繋いで、ね。いいよね?」
 自分自身で言ってて恥ずかしい事を口にして苦笑しながらも、曇りない笑みをユーリィに向けた。すると彼女は何故だか恥ずかしそうに赤く染まり、顔を背けてしまった。
「もう、こんな所で恥ずかしい事言わないでよ、上手く風が掴めなくなっちゃう……」
「やれやれ、私のそばで恥ずかしい会話をするカップルね……」
 何時の間にかかやの外のパトリシアが溜め息を吐きながら呟く内に、二匹と一羽は目的の場所へと近づいていた。
 パトリシアは目的地に向かって急降下するとユーリィもそれに続いた。

「あの草むらに着地するわ。降りる準備をしなさい」
 パトリシアが言うと草むらの中に入っては広げた翼を閉じると同時にレシャールの体を開放する。難なく着地するとユーリィも同じように飛行膜を閉じて地面に降り立った。 
 初めて来た二匹は大木を中心に辺り一面を見渡してみた。
「ここがパトリシアの言うデートスポットなの?」
「そうよ。ここが私と彼氏がよく行くスポットなの」
 そういうにはとてもこざっぱりしている。
 人工物に囲まれた中で、人目につかないような場所にそれはひっそりと佇んでいる。
 高層ビルに囲まれていながら、その区画だけ草むらが一面に広々していて、人の手が殆ど触れられておらずまるで孤立しているかのように思える。
 例えるならば草木の生えない都会と言う砂漠に唯一存在するオアシスを思わせる。草むらの中央には大木が一本だけ立っていた。
「ここって公園とかなの?」
 レシャールが一番に疑問を投げる。
「その割にはさ、ベンチとか時計塔がないよ。これだけ広いのに、あの木以外何も無いなんておかしいよ」
 ユーリィも同様に思っているらしい。見知っている公園といえば、自然と人工物が調和したゆとりと社交の場が相応しかった。
「そうね。目ぼしいものあるとするならばあの大きい木だけ。公園と言うよりは、始まりの地と呼んだ方が正しいかもね」
「始まりの地?」
 レシャールは見知らぬ地の名前の由来に興味を持ち、聞き返す。
「私も詳しいわけじゃないんだけどね。まだこの街が出来上がる前はここも森や平原と変わらないの」
「ここが、森か平原と同じだって?」
 にわかに信じ難い話にレシャールは驚愕した。これだけ人工物で溢れている都会からしてとても想像できない。
「信じられない様子だけど、人が住む街になる前はどこも自然の姿ままなのよ。人が住む条件が揃った所で住む町が出来上がり、人やポケモンが集まっては発展していって、今ある物を壊しては作り直したりの繰り返しをして、そして今の形になっているの。言わばここはそんなヒウンシティの中心部ね」
「私も主人とここに移り住んで間もない頃、元は自然の姿をしていたなんて聞かされた時は半分信じられなかったよ。でもよくよく考えればそんな事当たり前だよね。私達ポケモンには自然からの発展なんて概念は昔からないんだし」
 言われてみればそうだと、疑う隙もない正論にレシャールは頷いた。
 自分達人に飼われているポケモンもまた人の暮らしに慣れ親しみ、人間の社会に溶け込んでいて野生の頃よりも今の生活の方が体に馴染んでいる。そんな時間の流れと共に住んでいる環境が少しずつ変わっているのを見ているから、納得いくのも当然だった。
「じゃぁ、なんでここだけ人の手が触れられてないんだろう。大きな街を作った人間がここだけありのままの姿を残すなんて不思議だよね?」
「だから始まりの地と呼ばれているんじゃないかしら?」
 意味深な言葉を呟くとパトリシアは佇む大木を眺めて続けた。
「古い物を捨てては新しい物に興味を持ちたがるのが人なのに、その中には古いままとっておこうと言うおかしな所もあるのよね」
「どういう事かな?」
 レシャールは言っている意味が理解できず首を傾げる。
「触れず、壊さずに置いてあるのはここがヒウンの始まりだって事を忘れない為なのかもね。なんだかロマンチックでしょ」
「ふぅん、私そういうの嫌いじゃないな」
 仲の悪そうな二匹が珍しく意見が合う。だからパトリシアはこの始まりの地をデートスポットと決めているのだろう。人気が無ければビルに囲まれて外の騒音も少ない。いざ身を隠すにもうってつけな草の長さからして、静かに過ごせるのはここしかないのだろう。
「けど、ちょっとさびしい感じだね」
 殺風景な周りを見て素直な感想を漏らした。しかしパトリシアは否定するように「そうかしら」と羽で嘴を隠し微笑すると、視線の先を見るように促した。
 レシャールとユーリィがその先を見つめると、草むらが小さく揺れ動く様子に気が付いた。高層ビルに囲まれている為に風のせいだとは考えられない。明らかに何者かが草に触れたのが原因だ。
「誰かいるの?」
 気になったレシャールは小さな足取りで草を分けながら揺れ動いた場所を目指した。
 その正体を確認しようと後一歩の距離に差し掛かったその時、草むらから小さな影が横切るように飛び出してきたのだ。
「うわっ!?」
 思わず身を引いたレシャールは咄嗟に身構えた。さっきまで悪人達と戦った時の緊張と警戒心が蘇る。
 しかし、飛び出してきた相手が危害を加える相手に相応しくないと気づくのに時間は掛からなかった。体中の体毛から電気を発生させる前に相手の姿を凝視する。
「ブイっ!」
 レシャールを驚かせた正体は自分より小さい体つきをした茶色い体毛で覆われた、まだ年端いかないイーブイだった。
 三匹の存在に興味があったらしいが、不用意に近づいたのが原因で驚かせてしまったのだろう。知っている大きさに満たないイーブイは警戒しながらもゆっくりとレシャールに近づき、鼻で匂いを嗅ぎ始める。
「野生のイーブイ?」
 ユーリィが物珍しそうに見つめるのも無理は無い。ヒウンシティの都会に野生のポケモンなんてそうそう見かけたりはしないのだ。
 かと言って都会で野生のポケモンが生息しているのは大して珍くはもない。外から紛れこんだか、或いは下水道から地上に出たか。別の例としては都会のど真ん中で捨てられたと言う悲劇なものもある。そう言ったのが無人化した老朽の建物にひっそりと住み着いたのだろう
 今目の前にしているイーブイはそう言った理由に当たる子なのだろうか。しかし、捨てられた理由が該当するのなら幼い割には目が力強く輝いている。元々野生なのかもしれない。しかし外から来た野性だとすると、都心の奥深くまで来るのもありえない。幼い理由が二つのどちらとも否定する要因がある。
 イーブイのような進化の過程が不安定でデリケートな生き物は下水という環境にも適さない。だとすれば、彼は何処から来たのだろう。レシャールはそう思わずにはいられなかった。
 しかしイーブイはレシャールが質問をなげかけようとする手前、匂いを嗅ぐのをやめてすったかたと走り出してしまった。
「あ、待って……」
 止める声も幼いイーブイには届かず、ほんのわずかな間にその姿は草むらの中に消えてしまった。
 その時、違う方向から何かが飛び跳ねては近づく音を耳にしたレシャール、ユーリィとパトリシアもその方向に目を向ける。
「今度は何?」
 ユーリィはもしもの時に備えられるように身構える。理由としては先ほどのイーブイとは違い、自分達よりも大きいと音の重さと草の動きから察したからだ。
 しかし対するパトリシアは身構える様子も無く、バトルなんて野蛮な経験はありませんと言わんばかり上流の毅然とした態度を崩さないでいた。
「また野生かな?」
「どうだろうね。でも音がでかいから、油断しちゃだめだよ」
 近づくに連れて音も大きくなっていくとレシャールはともかく二匹の元に駆け足で戻ると固まるように密集する。再びバトルをする展開にならない事を祈った。
 そして近づく者が高い所からひょっこりと顔を覗かせた。
「わっ、何あれ?」
 最初に悲鳴を上げたのはユーリィだ。レシャールの方はイーブイの時とは違い、悪意を滲ませない相手の表情を見て逆に安堵していた。
「ミミロップね……」
 レシャールもその種族の事を知っている。ユーリィだけが相手の正体に困惑していた。
 人に近い体格と腰辺りまでに垂れ下がっている毛並みの良い耳を伸ばした茶毛のミミロップだ。
「え、あ、一瞬人かと思っちゃった……」
「あれもシンオウで見る子だよ。だけど、さっきのイーブイと同様に野生なのかな?」
 ミミロップの事を知っているのは地方で暮らしていたレシャールとパトリシアで、知らないのはユーリィだけだがそれも無理もない。逆に知っていたパトリシアの方が驚きだ。
 全身姿を表したミミロップは体つきからして雄らしく、両手を胸辺りに置く仕草が妙に雌らしさを感じさせるが、女々しくないキリッとさせた瞳でレシャール達を見つめ返す。
 しかし興味はすぐに失せたのか視線をすぐ外し、急かしく周りをキョロキョロとまるで何かを探している様だ。
「ねぇ君」
 レシャールは不意にミミロップに声をかけると声に振り返った相手はキョトンとした表情を向けてきた。
「その、君はここに住んでいる野生の子? それとも、誰かに飼われているのかな?」
 唐突な質問は相手に困惑させるかもしれないが、無礼は承知の上だ。 
「違うね、野生だ。イーブイを探してる」
 雄のミミロップは短く簡潔に返してくれた。身に覚えがある単語にレシャールは先ほど見かけた幼いイーブイがそうでないかと尋ねてみると、彼は間を置かずに頷いて見せた。
「その子ならさっき見かけたけど、あっちの方に走って行っちゃったよ」
「そうかい」
 短く返すとミミロップは礼を言う事もなくレシャールが指した方向に勢いをつけて飛び跳ねて行ってしまった。
 レシャールは呆気にとられた。最初に出会ったイーブイと少しだけ会話してすぐに去ってしまったミミロップ、彼らはレシャールが知る限りイッシュ地方で生息しているポケモンではない。それなのに、彼らは野生としてヒウンの中心部にある草むらに生息している。
「彼らは何処から来たんだろう」
「さぁね」
 興味津々なレシャールに対し、パトリシアは全く関心なさそうに羽の手入れをしている。少なからずだが、この草むらには人の暮らす街の外と同じく、野生のポケモンが生息していた。
「周りに木の実がなる木があるわけでもないのに、どうやって暮らしているんだろう。誰かにご飯とか分けてもらっているのかな……」
 野生でありながら人と共存し、何処かで食事を分けてもらっているのかもしれないとユーリィは推測した。単純ではあるが納得するに十分な理屈であった。
「パトリシア、ここでデートしている時も彼らを見かけたりするの?」
「私は基本、木の枝に止まっているから野生とは出くわさないわ。時々、隅っこの草が揺れたりしているのは見た事あるけどね。でも彼らが人にエサを強請る所は見た事はないけどね……」
 始まりの地を知っているパトリシアでさえ彼らに関する事情は知らない事ばかりだった。元々興味がなかっただけなのだろうが……
「でも、これならここもさびしくはないね」
「そうだね。人がここを訪れる事がなくても、あの子達がここを守ってくれているのかもしれないね」
 ユーリィはそう言うとそっと微笑んだ。安心したレシャールはほっこりとした気持ちになれた。
「それじゃ、私はそろそろご主人の元に帰るから」
 羽の手入れを止めるとレシャールとユーリィに向き直り、別れを口にする。
「あ、もう行っちゃうの?」
「えぇ、私の目的はデートスポットの案内だけだし、不良の子をゲームセンターで一人にするのも何かと危ないから。あなた達のようになったら大変だし」
「だったら夜遊びを止めさせたら? 付き合っている君だって立派な不良じゃない」
 ユーリィが冷めた口調であしらい、その一言にパトリシアは以外にムッと表情をしかめた。
「わ、私にも仕方が無く付き合うだけの事情があるのよ。一緒にしないでもらいたいわ!」
 何故だか必死に言い訳しているようにもとれるパトリシアだが、ユーリィは口元を吊り上げてジト目で「ふぅん?」とだけ、疑わしい眼差しを向けて煽る。
「仕方が無いと言っていながら案外楽しんでいるんでしょ。ゲームセンターで随分と自慢していたしね?」
「なっ……!?」
 パトリシアは絶句した顔になった。	
 図星だったらしい。しかもさいごの一言が気に食わなかったらしく、パトリシアは吊り上げた眉(?)をひくひくさせながらユーリィを睨みつける。やがてやけを起こすように羽を広げると。
「あぁもう、あなたには関係ないでしょ! せっかく案内してあげたっていうのに、失礼ね!」
 頭に湯気を立てながらパトリシアは空中を飛び立つ。
「パトリシア……」
「もう知らないわ。ここで勝手にイチャつくなり草むらの中で秘密のバトルなり好きにすればいいわよ」
 吐き捨てるように理性が切れたパトリシアは大木の方へと向かい、適当な枝に止まると木の葉をくぐりながら何かを探す仕草をしている。
 様子を見守る内に彼女は何かを嘴に咥えたまま飛行しながらこちらへと戻ってくると憤怒したまま嘴の物をこちらに足元に乱暴に投げ捨てた。
「ついでにこれもあげる!」
「えっと、何これ?」
 レシャールはそれを拾い上げる。茶色い蔕が出ていることから、それが果実である事が分かったが、見た事もないそれが何の種類かまでは分からなかった。
 林檎のように純粋に紅く、滑るような皮と光を反射させる艶。形としては上は中心から左右に割れるように丸みがあり、下は若干尖る形で終わっている。大きさはと言うと、丁度モンスターボールとほぼ同じぐらいだった。
「教えてあげない。少なくともあそこの木から生ったものとは違うから。もうあなた達がどうなろうと私は知らないからそのつもりでいなさい!」
 不機嫌そうにそれだけ告げるとパトリシアは羽を翻して月の出る夜空へと飛び立とうとする。
「パトリシアっ」
 色々と世話になった彼女に最後にお礼を言いたかったレシャールはそれを呼び止める。その声に反応して上昇するのを止めた彼女は再びこちらに向き直った。
「その、色々とありがとう。また会えるかな?」
 レシャールはその果実をギュッと握り締めながら尋ねると、パトリシアは一瞬だけキョトンとした。そして怒りに雲っていた表情を少しだけ和らげる。
「そうね、縁があれば会えるかもね。ま、私はどうでもいいけどね。じゃぁね……」
 滑らかな声で別れを口にしたパトリシアはそのまま上空へと舞い上がり、遠くになるにつれて見る見る小さくなっていった。丁度、月と重なるように彼女は去っていってしまった。
「ふん、私はもう二度と会いたいとは思わないけどね」
 ユーリィは鼻を鳴らして憎々しげに吐き捨てた。
「ねぇ、ユリィ」
「ん、何?」
「これって何だろうね?」
 レシャールは両手に持っている木の実を興味津々に尋ねる。
「さぁ、私も見た事ないんだけどそれ、まさか毒がある木の実じゃぁ……」
 ユーリィは少し不気味そうな表情で木の実から半歩遠ざかろうとする。パトリシアからもらった物が気に入らないのか、或いは信用してないか。
「毒が実る木の実なんて聞いた事ないよ?」
「レシャ、まさかそれを食べる気じゃ……」
 不信そうに聞くユーリィに対して、レシャールは迷う事なく頷いてみせた。
「ちょうどお腹空いてきたし、ユリィもそうでしょ?」
「そりゃそうだけどさぁ、だからと言って見た事も食べた事もない得体の知れない物を口にする理由にはならないよ?」
「だったら今食べてみようよ。パトリシアがくれたものなんだから毒なんてあるわけ無いって。こんな美味しそうなものは初めてだよ、我慢できない」
 レシャールは慎重になるよりも空腹を満たす事を優先したかった。もともとビルから出て行ったきりまともに食事をとらずに夜になってからすっかり空腹状態だった。すぐにでも何かを口にしろと腹の虫が抗議の音を鳴らしていた。
 ちょうど大木の根元で食べるのが良いと思ったレシャールは果実を口に頬張ると走り出した。
「あ、ちょっと待ってよレシャ!」
 慌ててその後ろを追いかけるユーリィを置いて行かないように移動速度を合わせる。目的地に向かう最中に、草むらはそこで終わっていた。
 大木との間には途切れるように何もなく、まるで木を囲うように草むらが回りに生えていた。
 レシャールは大木の根元に腰をちょこんと降ろすと、頬張っていた果実を取り出した。ユーリィも後から追いつき、目の前に着地する。
 地面に落ちた果実はゆっくりと転がりながらユーリィの足元にぶつかり、止まった。
「本当にそれ食べるの?」
 改めて聞いてくるユーリィのそばに近寄り、果実を拾い上げる。
「うん、一緒に食べようよ。僕が上手に割ってあげるから」
「う、うん……」
 真剣な眼差しを前にされたユーリィは押し負けてしぶしぶ了解した。
 レシャールはニッコリと微笑みながら両手に持った果実を口元に持ち上げ、大きく口を開いた後に持ち前の歯を果実に向かって鋭く突きたてた。
 "ひっさつのまえば"は果実の中心を捕らえ、外側から内部にかけて綺麗に貫き、上手い具合に真っぷたつになった。左右に分かれた果汁が地面に垂れていくと共に甘い匂いがそこら中に漂っていく。
 空腹状態もあって、堪らない甘い香りは食するのを否定していたユーリィの喉を鳴らせた。
「うわぁ、良い匂い……」
「そうだろう、ほら!」
 レシャールが手渡すと彼女は躊躇う事なくそれを受け取り、食欲に満ちた眼差しで果実を眺めた。そこで、ある事に気が付いた。
「これ、なんだかハートのような形をしているね」
 割る前までは気が付かなかったが、歪な形をしていた果実は黄色い断面と反対面で見ても、ちょうどハートの形をしていたのだ。
「んぐっ……そういえばそうだよね? んっ、これ甘いよ!」
 関心よりも食欲を優先させたレシャールはすでに一口噛付いた。口の中で蕩けるような甘みが舌の中に広がり、シャリシャリした感触が食べやすくて申し分なかった。何よりも腹が空いた状態では一層美味だった。
 目を輝かせていたユーリィもレシャールを見習って、可愛らしい口を開けては少量をかじった。
「ん~っ、すごくおいしい……」
 素直な感想を口にしたユーリィは顔をほころばせながら次々と果実を口にした。
 レシャールも前歯を立てながら淡々と味わいながら、そして飲み込んでいく。
 パトリシアがくれた果実は瞬く間に薄い芯だけが残り、実はほとんどなくなってしまった。けちのつけ様が無いほどに美味な果実に名残を惜しみながら、二匹は残った芯を地面に捨てた。
 腹を満たした二匹はしばらく、木の根っこに腰を降ろして美味の後味に酔っていた。

 レシャールとユーリィは寄り添い合いながら雲に半分覆われている月を見上げていた。
 しばらく会話がないまま二匹は適当な高さと太い枝に座り、程ほどな月光に照らされてうっとりと眺めていた。ビルの間から吹きかける風に煽られて木の葉の影が間から漏れる光りと合さり地面をそよそよと揺れ動いている。
 外の騒音も殆ど無く、まわりのビルが防音効果をしてくれている。人工物で溢れる都会で孤立しているように、ポケモンが落ち着ける不思議な空間を作り出していた。
 適度な光りもまた、高いビルを照らしてロマンチックな背景を演出させていた。自然と人工物が見事にマッチした演出は、遠くに見えるマンホールと何処かに通じる階段ですら、その背景に似合う役割を与えられているようだ。
 パトリシアの言うデートスポットとは、何も無い場所だけど二人っきりで落ち着ける空間である事を意味していた。今になってレシャールはそれを理解した。
 前に入ったゲームセンターは刺激的ではあったが、何もする事がなく、人がやっているのを見ているだけでは飽きが来てしまう。何よりもユーリィと落ち着けるような空間ではなかった。
 良いムードに浸る中、ここを教えてくれたパトリシアには心底感謝していた。先ほど食した果実も含めて。
 今度、彼女にあの果実を何処で見つけたのか尋ねてみようとレシャールは思った。そんな時だった。
「……?」
 レシャールは黄色い頬辺りに重みがかかる違和感を感じとり、それがなんなのかすぐに理解した。
「素敵だね」
「うん」
 ユーリィがそばに寄りかかりながらそっと呟く。レシャールもそれに賛同した。
 枝を上って月を眺めてからしばらく時間が経過していたせいか、会話も味気がない。そうと言うよりも、会話自体あまり必要としないのかもしれない。
 今はただ、こうやってそばにいるだけで十分だった。
 ユーリィの事は今も友達だとレシャールは思っている。夫婦になる事を告げられてから彼女の事をどこか避けた態度をとってしまった。だが今はそれもしない。
 不思議な事に今は彼女の事を友達と言うよりも、友達以上の一匹の雌だと感じている。肌が、温もりが、欲求が、明らかにそれを意識しているのだ。
 静かなる世界で、自分自身の胸が熱く、高鳴っている事に薄々感じていた。
「……」
 ふと気が付けば、レシャールは彼女の手をとっていた。その手が柔らかくて暖かく、何時もと同じように感じていた。何時も握っていた手のはずなのに、今夜に限っては不思議な事に強く意識してしまう。
 体が熱い。横目で彼女をチラチラと見てしまう。その点では気が付かないうちにレシャールは月を見る事をやめてしまっている。
 頬から伝わる彼女の顔が、甘くて微弱な電力が発生させて通い合う。触れ合う体が、妙に熱い。
「……」
 レシャールは次第にその意識に恥ずかしさと居心地の悪さを感じるも、決して離れたいとは思わなかった。むしろ、違う何かを求めたい。そんな自分でも説明のつかない欲求が、確実にユーリィに向けられている。
 時間の経過とともに鼻息が荒くなっていく。体が芯から疼きだす。
 この雰囲気をぶち壊したくない気持ちもあったが為にそれを口に出す事はしなかった。だが、せめて彼女の背に触れる事くらいはいいだろうと思った。
 柄ではないが、このムードを利用してレシャールはユーリィの背中、もとい飛行膜にそっと手を伸ばす。
「ひゃっ……」
「わっ!?」
 ほんの少し手が触れた瞬間、ユーリィが短くて甲高い悲鳴を上げ、慌てて触れた手を引っ込める。
「ご、ごめん!?」
 突然な行為だったからもしかしたら怒っているかもしれない。謝りながら恐る恐る顔を覗きこむ。
「ううん、いきなりだったからビックリしたの……」
「ホントごめん、気持ち悪かったかな……」
「ううん、そんな事はないよ。ただ、今ちょっと体が熱くてさ……」
 ユーリィの口調がなんだか弱々しく、表情も曇っているが悲しいというよりは辛そうだ。
「風邪かい?」
 自分の容態に構う事なくユーリィに体調を気にするが、黙って首を左右に振った。しかし顔は明らかに熱を帯びているように赤く、レシャールと症状が似ていた。
「レシャも、顔が少し赤いよ……?」
「そ、そうかい。僕の事はいいけど、君が心配だよ」
 気に掛けた言葉を発した途端、彼女の目は大げさなくらい見開き、唇をきゅっと結んだ。
「あ、ありがとう……」
「うん、一回ここから降りて下の方で体を休めよう。きっと良くなると思うから」
 生気が戻ると一旦安心したレシャールは体調がこれ以上悪化しないよう枝から降りるよう提案し、彼女を連れて枝から木の根っこの方に移動する。
 それから二匹は寄りかかるように互いに背を向けながら、症状が沈静化するまで夜空の月を見る事も無くじっと下を向いていた。
 しかし、時間が経てども体の状態は落ち着く事が無く、むしろ悪化していく。つまり、どんどん熱が溜ってきているのだ。
「はぁ……はぁ……」
「レシャ、大丈夫……?」
 ユーリィが堪らずに心配をしてくれる。こっちが先に気に掛けたというのに逆に心配されて申し訳ない気分になった。
「大丈夫だよ、それにしても急に熱っぽくなるなんてなぁ。さっき噴水で水浴びしたからかな?」
 多分それが原因ではないとレシャールは薄々分かってはいたが、それでも説明しようのない症状に適切な例えが思いつかなかった。
 風邪であるならば、体温が高くて体の方はだるいはずだ。しかし、同じ温度であっても体の方は逆に血が滾り、活発なまでにエネルギーが溢れる。何時、理性を失い衝動に駆られてしまわないか不安だった。
 その衝動の根源は、言ってしまえば性欲である。
 でも何故、そんなものが急に沸き起こるのだろう。
「私は、全然良くならないよ……さっきから変なの……」
「どうしたの?」
 毅然として彼女の身を案じて後ろを向く、そこには顔は見えないが彼女の息苦しそうな呼吸音が聞こえてくる。
「……」
 返事が無い。時間が解決してくれると思ったが甘かったようだ。枝に居た頃よりも体調の悪化は明らかだ。
 それは自身の身にもすでに起きていて、高まる衝動と欲に今にもおかしくなりそうだ。
「い、一回ビルに戻ろう。こんな時間だし、ご主人も心配しているかもしれないから……」
 帰ったらポケモンセンターで見てもらおうとレシャールは考えていた。ふらつく体に鞭を打ってよろよろと立ち上がる。
 こちらを見ようともしない彼女の背中に右手を伸ばし、そのまま腕を引っ張ろうとした手にかけた途端、その右手が逆に掴まれる。
「うわっ!?」
 レシャールには何が起きたか一瞬理解が出来なかった。掴まれた右手は力いっぱいに引き寄せられ、次に体をがっしりと捕らえる。
 驚きのあまりに目を瞑ってしまったが、不思議と恐怖は無く全身から伝わる柔らかい肌と温もりにレシャールはゆっくりと目を開いた。そして再び驚く事になる。
「ゆ、ユリィ……?」
「……」
 レシャールの体はユーリィに抱きしめられていた。その力は強く、決して離すまいと意思が込められていた。
 突然の行為に頭が混乱するも、反対にレシャールの尻尾が感情に合わせて喜んでいるのが自分でも分かるくらい高く上がっている。
 本能的にレシャールの彼女の飛行膜に両手を回し、そっと引き寄せる。
「どうしたの急に……?」
「ごめんレシャ」
 謝る彼女だが、その手は一向に緩む気配が無い。
「どうしてだろう、体が熱いだけじゃなくて何だか辛いの。レシャが近くにいるってだけで色んな所が疼いちゃって、私、我慢できなくなってるの……」
 それはレシャールとて同じだった。そして今も尚、すぐそばにある雌の体温と肌、匂いと甘い電流が感情を高ぶらせてレシャールの理性を狂わせ始めている。
「……っ」
 語る彼女の体を強く抱き返す。これ以上密着するなど不可能なのに、それでも互いに引き寄せあう。
「私、おかしくなってる。ビルの方になんて帰りたくない、レシャとこうしていたい……!」
 半分涙声に変わっていくユーリィ。
「僕も、実はさっきからずっとおかしいんだよ。君が近くにいるってだけで堪らないんだ……むしろこうしていたいんだ……」
 震える声はレシャールのもの。気づかない内に彼は、ユーリィの事を友達としてでなく、一匹の雌と意識していた。
「……」
 二匹とも会話をやめる。
 やがて抱き合う力を緩めあい、顔を後ろに引かせると改めてお互いに見つめあう。その表情は人目で分かるくらい辛そうで、とても紅い。
 言葉を発言するのもきつい二匹は口を全く動かす事なく、自然と引き寄せあう。
「んんっ……」
「んっ……」
 目を瞑り、お互いまだ誰とも触れ合わせた事の無い唇をそっと重ねた。しかし急すぎた為に触れる際に勢いがついてしまい、甘い声が漏れる。
 レシャールは鼻で息をするのも忘れて口づけに夢中になった。街で見かけたカップル達の光景が一瞬目に浮かぶが、それもすぐに忘れていく。今はユーリィをひたすら求めたい。
 触れた唇は思いのほか柔らかくてふにふにしている。それでいて熱い温度が伝わり、とても心地良い。心が浮つくような感覚に酔っていく。
 甘ったるい時間が始まってからまだほんの十数秒程度のはずなのに、時間の感覚を失っているのかとても長く感じる。
「んっ、んんっ……」
 呼吸をしていない事に気がついた頃には大分時間が経過してからだ。官能的心地に浸りすぎていて窒息しかけたレシャールに気に掛けたユーリィは自分から身を引く。
 ようやく自由に息が出来るようになって盛大に息を吐き出した。
「んはぁっ……はぁ……はぁ……」
 夢中になりすぎたその顔はさっきよりも紅い。ユーリィも同様に小さく呼吸を繰り返している。
 下を向きながら息を整える中、上目遣いで彼女の顔を見上げるとその瞳は潤んでいて泣きそうな顔をしている。だが悲しいわけでなく、むしろ嬉しさに満ちている。
 微笑した口元に、さっきまで唇を重ねていたのだ。その思うだけでレシャールは高揚感が抑えられなかった。
「初めてしちゃったね……」
「う、うん……キスってとってもきもち――」
 まさか彼女と接吻をする時が来るなんてレシャールは想像もしてなかった。
 続けざまに「キスってとっても気持ちいいんだね」と言おうとした途中で、言葉を中断されてしまった。
 今度は一方的にユーリィから口付けを求められた。彼女は押し倒す勢いで唇が塞ぎ、背中にぎゅっと抱きついたまま深く重ね合わせる。
「んんぅ、んんっ……」
 レシャールは思わぬ強襲に驚きながら唇を自由に蹂躙されていく。まだ呼吸が整いきってないのもお構い無しのユーリィの欲求は激しく、一度唇を浮かせては再度重ね合わせる。
 がっちりと掴んだ手は決して緩む事なく、彼女が満足するか呼吸が許す限り離れようとはしない。柔かな唇の感触が勢い良く迫ってきて息苦しさが再発する。しかし、それでもぎりぎりになるまでレシャールは彼女の攻めを感じていたかった。
「んぐっ、んぐぐっ……!!」
 鼻も密着し合っているせいで自由に息が出来ないせいで窒息寸前にまで迫っていた。そこでレシャールはようやく開放される。
 涙目になりながらもレシャールはようやく空気を取り入れることが出来る開放感に喜びながら新鮮な空気を取り入れる。
 長くて苦しかった二度目の口付けだったが、ユーリィの方は呼吸を殆ど乱すことなく、懸命に呼吸を続けるレシャールの顔をとろんとした眼差しを向けていた。
「急にごめんね。息苦しかったでしょ?」
「ゆ、ゆりぃ……」
 ようやく喋るくらいまで回復したが、何を言ったらいいか分からず困惑する。
「でもね、私ずっとこうしたいと願っていたんだよ。レシャの事大好きだったのに、今までじらされてきたから意地悪したかったの……」
 ユーリィの口調は何時もと雰囲気が違って、口付けをする前の震えた様子は全く嘘のように感じられなかった。
 それどころか、今のユーリィは開き直って自身の性欲と本音を露にしていた。それを前にして、レシャールは身を震わせると同時に下半身に血が集中していく。
「わかったよ、その、ごめん……」
 一旦落ち着こうと、レシャールは両手を離して彼女と距離を置こうとした。しかし次の瞬間、彼女は身を引かせるレシャールに突然と飛び掛る。バランスを崩して仰向けに転倒してしまったが、大きい尻尾がクッションとなった。
 それだけで終わらず、上になったユーリィは冷たさを含めた口で言った。
「私がどれだけ我慢してきたか知ってる? ごめんなんて言葉じゃ全然足りないよ……」
「わ、わわ、ユリィ、ちょっと待って……!」
 段々と、豹変していく様子に耐えかねて落ち着かせようと促すが、その目は静止する言葉など受けつけはしなかった。
「ずっと友達だけの関係で苦しかったんだよ……だからもう遠慮なんてしなくていいよねレシャ……?」
 その甘ったるい言葉が何を意味するか察するかを考える暇もなく、三度目の口付けが降りかかった。
 再び彼女の方から一方的に唇を奪われ、レシャールは思わず悶絶する。
「ん、んむぅっ!!」
 息を吸うのを忘れていた為に呼吸は長く持つ自信はなかったが、下になっているレシャールは逃げる事が出来ず押し付けられるままに唇は深々と重ねられる。     
 一方的に迫られても拒否する事ができず、可愛らしい口から想像もしないほどの濃厚な口付けを何度も繰り返され、ねっとりとした感触に包まれる。主導権を見事に握られていた。
 呼吸する自由と言えばユーリィが僅かに唇を離した瞬間のみで、彼女も息をする必要がある為に熱い吐息を顔に吐き掛ける。だがそれもレシャールほど必要とせず、こちらの息が整うのを待たずして小さい口元が迫る。
 苦しいまでに繰り返される唇の嵐。それでも飽き足らず彼女は口付けの最中に舌を口内に忍ばせる。
「んっ!?」
 舌の先が触れ合い、くすぐったさと生暖かさに思わず驚く。ユーリィの目がしてやったりと笑っている。
 最初は先っぽでレシャールの舌をくすぐるように舐め回していく。愛撫に近いなぞり方に溜まらず呻き声を口内に洩らした。
「んはぁっ……レシャったら可愛いね……」
 ようやく口付けから開放されたレシャールは浮つく意識の中、甘い声が耳に優しく響く。互いの口元からは小さな唾液の糸を引かせる事にきづいたのは彼女のとろんとした表情を見てからだ。。
 下唇をちろりと舐めるユーリィの笑顔は何時もと変わりないはずだった。なのに目の色はレシャールの知っているものではなく、細くて艶かしいまでに色っぽく染まっていた。
 あの可愛らしく、時に少しだけ怖いとさえ思っていたユーリィだったが、今の様子をバトルに例えるとすれば"メロメロ"状態になったあげく"ゆうわく"を相手に返している状態と言える。とは言え、まったく別のポケモンと思える程にまで官能的だ。
「ユリィ、少し落ち着いてよ……」
「ひどいなぁ。まるで私ががっついているみたいじゃないの?」 
「だってあんな急にされた、いくら僕だって驚くよ……」
 基本ユーリィはレシャールよりも積極的な所が強いが、今の状態はその比ではない。悪びれるつもりもなく顔を近づけてくる彼女に思わず下を向いてしまった。
「だって意外なんだもん、雄の癖に可愛らしい反応するから……」
 その言葉は一応は褒めているとして受け取っていいはずだが、雄としての尊厳を馬鹿にされているような気がした。
 後者の方を意識してしまい膨れ面でユーリィを見上げると、そこを狙って待っていたか彼女との距離が一気に縮まる。
 言葉を発する余裕もないまま口を塞がれたレシャールの膨れ面はすぐに驚きに変わる。唇の隙間から彼女のしてやったりな笑い声が洩れる。
 いちいち突然の行為に驚きの連続。再び口内に進入する唾液を滲ませ絡みつく舌肉にもその感情を隠し切る事は叶わない。込み上げる高揚感と雌相手に一方的に押し切られる劣等感にこちらもやりかえすように痺れていた舌を口の中を転がしていく。
 流石のユーリィもレシャールの反撃を想定していなかったらしく一瞬だけびくんと小さい身を震わせる。それでも口の中では舌肉同士の甘い馴れ合いが続き、緩む事も静まる事も無く自分のと彼女の唾液を絡ませていく。
「あふっ……れひゃっ……きもひぃっ……」
 口内の弄り合う二匹の愛は次第に加熱し、ユーリィからの舌肉の絡ませも密着も激しさを増していく。
 堪らない表情のユーリィが唇の間から甘い嗚咽を漏らした。その心地良さはレシャールも同感だったが雄の意地として声には出したりはせず、天に昇るような浮つく気持ちと戦う。
 長く続いた接吻はやがて彼女の方から離れる事によって終わりを告げた。激しい行為の後に残った透明色の糸が二匹が愛し繋がり合った証拠を物語っている。
 レシャールの唇と舌は疲労の為か、だらしなく開いたままふるふると震わせる。無論、普段から接吻などするはずもないから無理もなかった。しかし、同じ条件のはずの彼女は違っていた。
 火照った表情からは疲れた様子など微塵も見えず、半開きの口元と潤んだ瞳が前よりも彼女をよりいっそうに色気だたせていた。
「ユリィ、顔がなんだかすごい赤いよ……?」
「……レシャがいけないんだよ。私を熱くさせるんだもん。可愛い顔して必死にやりかえそうとするから……」
 咎めるような口調、レシャールは雄としてプライドを守ろうとやっきになっていただけだ。最も雌に押し倒されている雄にプライドもくそもないが、それがかえって彼女の性的感情を極限まで高ぶらせてしまった。
「だって、僕は雄としてプライドとか、その、一応あるもん……!」
 照れ隠しに虚勢を張ってみた。
「ふぅん、レシャにも雄としてもプライドがあったんだね、クスクス……」
 しかしそれを聞いた彼女の返答は、何処か馬鹿にしたような言い方だった。
 レシャールは悔しさでカァッとなり、強く言い返そうとしたその時だ。口を開けようとした手前、彼女に両手を取られる。
「自分からは仕掛けてこないくせに、意地だけはっちゃってさ。こういう事とかも恥ずかしくて出来ないでしょうに……」
 そうして取られた両手を、白い肌の胴体辺りに持ってくると彼女は躊躇いもなくそこのある箇所を触れさせた。薄毛で大体は隠れてはいるも、他の箇所にはなかった立派な膨らみがあった。
 両手の平から毛並み越しに柔らかい感触が伝わった。
「うわっ……」
「触るの、初めてだよね……」
 強引に触れさせているユーリィが丸い耳をピクピク震わせている。
「う、うん……初めてだよこんなの、ここだけ筋肉が無くて……うわぁ……なんかすごいよ……ご、ご主人様にもそういえばあったような…………」
「当たり前だよ、雌(女の子)のデリケートな所だもん。レシャだから触らせてあげてるの……でも、あまり乱暴にはしないでね、私も触られるの初めてで、痛くなるから……」
 その言葉にレシャールは嬉しいような恥ずかしいような複雑な心境だったが、何よりも初めてである雌の未知なる感触に高揚をしていた。
 試しに軽く手の平に力を入れて胸を揉んでみた。やはり筋肉が全く無い脂肪だが違和感よりも不思議な気持ち良さがあった。
「うふふ、ねぇレシャ、どんな気持ち……?」
「触っていて良い気持ちになってくる……なんでだろう、柔らかすぎるよ……」
「あんっ……君に触れられると、私もくすぐったいような、エッチで、変な気分になってくるなぁ……」
 優しく揉んでいる最中、薄れていた理性が思った言葉をつい出してまった。
「でも、以外と小さいかなぁ……」
 つい、自分の主人のものと比較をしてしまった。ユーリィのは体毛に隠れているおかげであるのか無いのかの判別がつかないからだ。
「失礼ね、ばか……」
 飼い主と比較されて、あまり気に入らない様子で彼女はレシャールに胸を預けたまま、顔を接近させる。
 レシャールは何か言おうとした瞬間、右頬からふにゅっとした感触が走る。自信のチャームポイントである黄色い頬に彼女は口づけをした。そして、ユーリィは不適な笑みを浮かべた。
「だったら私はレシャのほっぺを赤く腫らしてあげるから……」
 低く囁く甘えた声が耳元をくすぐる。すると、頬がオクタンの吸盤ですいついたように強く引っ張られていく。
「ああぁっ……あ、ああぁぁぁっ……!?」
 身悶えするような強烈な吸い付きにレシャールは情けない声が出てしまった。気が済んで頬を開放をしてくれたが、口付けされた所がひりひりするような痛みと違和感は残り続ける。
「ゆ、ゆりぃ……急になにするんだよぉ……?」
 気持ち良い胸への愛撫を忘れてしまうほどの一撃だった。しかしユーリィは悪びれる様子を微塵も見せず、威圧するような目でこちらを見返してくる。
「そう言えばレシャ、君が噴水場で体を洗っていた時に君が私にした事を覚えてる……?」
 レシャールは一瞬言葉の意味が理解できずに困惑し、鋭い視線の彼女をから顔を反らしてしまう。
 そういう態度を取るのかと、彼女はやや気に食わない表情で、口元だけを吊り上げて笑って見せる。
「ひどいなレシャったら、君は私にした事をもう忘れちゃったんだぁ……背中についたガムを取ろうとして痣を残した事をぉ……」
 その言葉でようやく意味を理解し、思い出した。
「あ、あの時は仕方が無かったから……あのままだったら君が見っとも無いかと思ってやった事なんだよ……?」
 震える声で何とか弁明しようとする。だがユーリィはそれを恩と受け取りはしなかった。
「でも私はそのお陰で大恥をかかされたんだよぉ?」
 耳元をくすぐる彼女の吐息、言い訳を思いつく思考をくすぐられる。
「だーかーらぁ、私もそのおかえしがしたくなったのぉ。私だけのレシャって意味も込めて……ね」
「それってどういう……あっ……」
 レシャールはハッとして頬の違和感が残り続ける理由をすぐさま理解した。彼の頬は今、彼女の口付けした痕が残っているのだ。両手でそこを抑えようにも、未だに両手は彼女に握られているまま、小さいバストに当てられている。 
 抵抗しようと両手を振り払おうにも、彼女の腕力は見た目と違ってレシャールの振りほどきを許さないの力があった。
「どうしたのかな、ほらほら、もっと触っていいんだよ。恥ずかしがらずにさ、私は君の可愛いほっぺたにチュゥしてあげるから……」
 そう言うとユーリィは強引な程に自分の乳房に当ててくる。その柔らかさはよりいっそう深くなった。その勢いに乗じて彼女の口付け責めが始まる。
「んああぁっ、ちょ、痛いってっ、ゆ、許してよぉ~っ!」
 その当時の彼女の羞恥心が自分にも降りかかったかのように恥ずかしくなり、バストに捕らわれた両手を開放しようとするも微動だできず、むしろ複雑な手つきで揉んでいるみたいだ。
「だぁめレシャぁ。一個だけじゃ済まさないから。んー、ちゅぅっ……」
 彼女も許す気はないと、胸のむちゃくちゃな揉み方を気にもせず無理やり三度目の口付けをした後、今度は反対側の黄色の頬にも同じように口を付ける。じゅぅぅぅっ、と激しく吸い付く音が鳴り響いた。
「んんっ……あぁぁぁっ……!!」
 僅かな痛覚と強い肉質の感触に抗えず女々しい悲鳴をあげてしまった。それに調子付いてしまった彼女は新たにキスマークをしっかりと左頬にも残した後も続け、ちゅっちゅっと軽く愛撫を繰り返していく。
 やがてほっぺただけにするのに飽きてしまい、まだ口付けてない頬の斜め下の口元にも深々とキスマークのスタンプを押す。
「やあぁあぁぁぁ~……あふんっ……」
「んちゅぅ~、んぅっ……レシャ、可愛いよ……んちゅっ、ちゅっ……」
 キス魔は口周りや目もとの近くなどを済ます。色んな箇所でひりひりする口付けの痕がついて、レシャールは鏡を見なくとも誰かに見せてはいけない面だとすぐに理解してしまった。
 帰った後に、ご主人に説明を問われたらどう答えるか……
「んぅ、ゆりぃ……ダメだよ、今の僕、誰とも顔向けできなくなるぅ!」
「いいよ、いいじゃない。レシャは私だけに顔を向けていればそれでいいの。恥ずかしさのあまりに私にしか顔向けできなくしてあげる……」
 顔を離すユーリィの潤んだ瞳が鈍く光りを反射させ、自分自身の情けない顔を映し出している。まるで吸い込まれてしまいそうな、僅かに見せたその愛らしい表情に胸を打たれるも、それはほんの一時の事だった。
 見惚れて身動きしなくなったレシャールを前に、まるで支配欲が表情となって現れたかのよう色気を帯びた目が吊り上る。
 視線の先は愛する者の顔を見なくなる。変わりとなったのは雄の象徴とも呼べる、性的な興奮と充血によって硬直化されてしまった性器へ向けられていた。
 呆けて意味が理解できない状態だった。そこでようやく両手を開放させた。しかし、小さい胸への名残があってなのか、直ぐには離せないでいた。
「いつまで触っているの? いい加減痛いから離してちょうだい」
 無理やり引き剥がされてしまった。自分から触らせておいて、随分勝手だった。
「うふふ、今度は私もレシャの大事なものを触る番だね……」
 視線に遅れて気が付いたレシャールは流石に初めて見られる羞恥心に口元を結ばせるも、変態じみた期待感が下半身への伝達となって肉の竿がピクン、ピクンと僅かに上下する。
 レシャール自身の手でも持て余しそうなサイズの反応を見て楽しむように彼女は自分より小さな子供に対してそっと優しい手つきで撫でた。
「あっ、ひぅっ……ひぃんっ……!」
 初めて他者に触れられる違和感と快感に刺激が敏感になったせいで、覚悟を決めていたはずなのに押し殺しきれずに情けない形で声にでてしまった。 
 ユーリィも雄の大事な逸物に触れて、その温度と感触に蕩けたような声を口にしながら興味深く撫で回していく。
「ぅんぅ……ふぅぅん……」
 竿の根元から先の方にかけてゆっくりとスライドを繰り返す雌の手つきが鈍い刺激の波を生み出し、堪えれそうになく顔が歪んでしまう。
「本当に、太くて硬くてちょっと怖い、それなのに少しだけふにふにしててその上に暖かい。レシャのここって不思議なくらい触り心地が良い……初めて見たのと全然違うんだね」
「ゆ、ユリィは、はふ、初めてじゃないの?」
 性器を支配されたまま刺激に耐えながら聞き返す。
「うん、そうなんだ。レシャのお嫁さんになると言われて、出会う前から"性教育"を受けていたの私」
 聞きなれない言葉にレシャールは頭の中で模索するも、すぐに刺激の波に思考を閉ざされてしまう。考える事に集中ができない。性器が気持ちよいのだ。
「えへ、そうは言っても経験じゃないんだよ。頭で知るの。私のご主人が"びでお"を持って見せてくれてさ、そしたら今私がしているような事をしてたの。赤黒い変なのがついてて、その大きさにちょっと引いちゃったけど、レシャのは全然いいや」
 ユーリィは頻繁に脈打って反応する物を面白そうに眺めながら先端部分に僅かに滲み出る透明な液体を手に馴染ませながら刺激を繰り返していく。
「雄の勃起って面白いね。エッチする時の気持ちよさが全部ここに集中するんでしょ。それを、雌があぁしたり、こぉしたり……」
 ビデオで見た事を思い出したのか、声が小さくなると共に赤面するユーリィ。顔が恥ずかしそうに困惑色を浮かべる。それでもレシャールへの奉仕は忘れない。レシャールはその言葉をちゃんとして聞いてはいられる状態ではなかった。
「あの"ビデオ"の事、見てから私はレシャとお見合いしていいかどうか本気で迷っちゃった……だってもぉ、それがすごくあの子の中で暴れたりしてて、何か、雌の方ががわんわん泣いているようで……私も同じようにおかしくされちゃうじゃないかって、でも、それは雄の方も同じなんだなってご主人に教えてもらって……」
 どんな心境で自分のポケモンにそれを語ったのか想像するのは容易くはないはずだが、今のレシャールにそれをじっくりと思い浮かべるだけの余裕はなかった。レシャールの方はその性教育とやらを受けてはもらえなかった。高い所に上る以外の関心がなかったのも一因があった為だ。
 思い出して恥ずかしそうに語るユーリィのスライドする手つきの速度が早くなり、性器から伝わる刺激の波も徐々に違う伝わり方をしてきた。込み上げてくるような違和感と高揚感にレシャールは口の中に堪っていく熱を吐き出さずにはいられなくなっていた。
「ねぇ、レシャ、気持ち良いの? 君のここがなんだかさっきよりも少しだけ大きくなって、ビクビクしてるのが分かるの。変なお汁も沢山でてきてるよ?」
 ほんのりと荒くなった吐息と共に出てくる卑猥な言葉が耳元に囁き、追い討ちをかけていく。
 同じく高まる高揚感に任せるようにユーリィの手が落ち着かないように激しさを増し、透明な液体に塗りたくられた逸物は湿っぽさと合さってニチャニチャとねっとりしたような音が鳴る。
「ああっ、はぁっ、はぁぁっ、あはっ、あぁぁっ……」
「んっ、んっ、はぁ、んっ、はぁんっ、レシャぁ……」
 扱いているユーリィ自身も快楽がトレースしているのか片手では物足りずに両手で圧迫しながら一定のリズムを保ちながら奉仕への喜びに浸る。
 ストップ無しの彼女の愛撫に雄性器の根元の更に下から込み上げてくる衝動に、刺激の波は一気に高ぶりだす。快感に集中していた頭が、視線の先にある木の葉の枝に向けている事に気づいてはいなかった。
「あぁはぁっ、ゆ、ゆ、りぃ……きちゃうっ、きちゃうぅっ……!」
 堪らずユーリィに込み上げる衝動を伝えた。聞き漏らさなかった彼女は上目でレシャールの顔を見ながら欲望のままに口にした。
「いいよ、きてっ……私にかけていいよ。レシャの好きなように、私を、汚して、きてっ、きてっ!」
 性器の暴発寸前に彼女の甲高い声を最後に、レシャールは眼と口元とぎゅっと閉じて衝撃に備えた。がっ、震えで口元がつい緩んでしまった。
「ふっ、ぐっ、あっ……あっ……あああっ!!」
 ユーリィの両手の中に収められていた肉の竿は圧迫に反発するかのように膨張したその瞬間、行き場を求めてとぎゅうぎゅうに詰めらたそれが白い液体となって勢いをつけて出口へと噴射をした。レシャールは排泄感と快感の波が同時に起きた衝撃に自然に体を仰け反らせた。
 頭の中がその瞬間にクリアになっていくような開放感が広がりだす。しかしそれでも刺激の波は以前として収まらずに白濁液の発射と重なるように繰り返されていく。
 尿を排泄するのとは違ってコントロールが利かず、一瞬の間を置いてはまた吐き出されていく。下半身に堪った熱を外に放出するように、自分の中に溜め込まれていた欲求の塊が暴走となって行き場を求めた。そのぶつけたい先には愛らしい火照った顔の雌と体があった。
「はうっ、んっ、あぁっ……!?」
 初めて浴びようとする雄の精液の噴射力にただ驚いたのか、涙混じりの瞳に入らぬようぎゅっと閉じた。彼女自身何が起きたか理解できない間にも熱の篭った雄液が白色の肌と黄い頬、震えて開いている口の中、耳の内側にまで弧を描いては至る部分に撒き散らされていく。
 粘っこい白濁液はユーリィの顔全体に降り注がれ、愛らしいその顔を悶絶に歪ませた。
 文字通り彼女を汚した。汚れなんて似合わない幼さの残る可憐なユーリィを、レシャール自信が……
 欲望の発射口である逸物はしばらく微量に精液を吐き出した後に静まるも、快楽の名残なのか未だにビクビクと上を向いたり沈んだりしていた。
「はぁぁっ、はぁ……はぁ……はぁぁ……」
 初めての射精を終えたレシャールは雄としての欲望を達成させたせいなのか、達成感と共に急激な疲労感が押し寄せてきた。その後もしばらくは吐息を繰り返し、僅かに戻ってきた理性で視線をユーリィの方へとそっと向けた。
 そこには嗚咽とも喘ぎとも言えるような震えた声で、口元からは自分が撒いた精液が赤い舌肉を薄淡い白色に染め上げ、肌に付着した箇所はどろりとしていて重力にしたがってスローに落ちていく。瞼は覆われたせいなのか潤った瞳を開こうとはしない。
 生臭い匂いが彼女の元から漂う。苦々しいながらも甘美とも思えるような香りにレシャールは罪悪感を覚えた。
「んっ、んぐっ、ごくっ……」
 堪えるように震え、彼女は口を紡ぐように塞ぐと、どろどろな液体を苦々しい表情で何度か喉を鳴らし、苦労の末に飲み込んでいく。
「んはぁっ、はぁ……はぁ……はぁ……」
「あ、あぁ……ユリィ、ご、ごめん……」
 彼女の様を前に仕方が無かったとは言え、謝らずにはいられなかった。そっと彼女を頬を触れた手に自分が吐き出した体液がねちゃっと音を立て糸を引いた。
「んっ、んぅ、れしゃぁ……」
 ユーリィは涙を拭うように瞼を覆う精液を拭い取り、ようやく目を開けてくれた。その表情は今にも泣き出しそうだった。
 綺麗な目から今にも涙の粒が零れ落ちるんじゃないかとレシャールは苦々しい表情で心配した。だが涙は気丈にも零れ落ちず、熱い視線を自分の方へと送り続けていた。そして彼女は、潤んだ瞳でそっと微笑んだ。
「……気持ち良かったかな?」
「うっ……」
 レシャールの胸が強く鼓動した。汚されてべとべとになった彼女の顔は、それでも愛らしさを微塵も失う事なく、誘惑するように可愛く笑みを返してくれる。唇についた液体を舌先で舐める仕草をも見せてくれた。
「うふふ……苦いね、これって……」
「ユリィ……」
 改めて見惚れたレシャールは笑みを瞼に焼付けようとしていて、彼女の急接近に一瞬気がつかなかった。
 不意打ちな口付けを食らった頭がハッとする。
「んんっ……」
「あむっ、んちゅっ、ちゅるぅ……」
 すかさず彼女は舌を口内に伸ばし、ねちゃねちゃした液を送り込んでくる。唾液の味とは違う、間違いなく自分が吐き出した精液の苦い味がレシャールの舌が感じた。
 僅かにレシャールの顔が歪むも、それ以上に柔らかい感触と暖かい熱に甘美な味にとろんとする。汚した仕返しに彼の頭の中は彼女が与える快感に支配されていく。
「れひゃぁ……んちゅっ、んむぅっ、んんっ、ぴちゃっ、あむぅ……」
 唇越しに精液が付着し、レシャール自信も汚れていくが構わなかった。痺れは甘ったるい感触へと変わる。
 レシャールが接吻に酔っている間に、物足りなくなったユーリィが左手を取るとそれを自身の下半身へと誘導させていき、やがてレシャールの手は体毛越しから伝わる湿り気を含んだ柔肉へと当たる。
「んんぅっ、んはぁ……!」
 感触的にはそこは割れているようだ。興味本位で軽く触れた瞬間、ユーリィがピクンッと震えた。そして透明な糸を引きながら唇を離した彼女は求めるような声で囁く。
「レシャ、私のここも触ってよぉ……」
「こ、ここを……?」
 レシャールは戸惑いながらもユーリィの下半身の股にある割れ目の部分に二度三度触れる。
「あっ、んんっ……うん、そこだよ……」
 少し触れただけなのに悶える様子を見せる彼女に驚きを隠せない反面、手に伝わる湿りと肉を強く関心してゆっくりと擦るように上下していく。
「こうだね」
「はぁっ、やっ……んぅっ……あぁっ……!」
 今までに無い彼女の甲高い声が響く。その反応があまりにも楽しく、そして愛おしい。そして自分から卑猥な割れ目を押し広げて侵入を試みる。
 すると、湿り気が急に増して左手に絡み、ぬめりとした感触と蕩けそうな熱を帯びた肉に圧迫される。
「はぁっ、やっ、ああんっ! れしゃ、急にいったら……ひぅっ……!」
「すごい、ここ、ひくひくしてる。それに、すごくきゅうきゅうしてて暖かい……何だか気持ち良い……」
 夢中になるようにレシャールは更に左手を進ませ、阻害となる窮屈さを強引に押し広げて、初めて味わうユーリィの雌の秘部内を探検する。
 粘着な液がべとべとになりながらもレシャールは彼女の様子に気を使いながらも、何処までいけるか試した。
「ひやあぁぁっ……れ、しゃぁぁ……」
 小さい腕の半々が膣内に飲み込まれた所でユーリィの喘ぎ声が高く耳元に響く。捕縛を試みるような圧迫感も半端なく強くなり、これ以上進行させるのを止めたレシャールはつぶつぶな感触に沿うように左手を前後させた。
「はっ、あっ、あぁぅっ、ひぅっ……」
 ぴちゃぴちゃと卑猥な雌の水音を鳴らし、左手の動きに合わせてユーリィの気持ち良さそうな悲鳴が耳元に囁いた。
「うわぁっ、きついよここ……ユーリィのここも気持ち良いの?」
「ん、ううっ、んぅっ、や、だぁ、そんな事……聞かないでぇ……」
 言葉で辱めを受けるユーリィだが、体は素直にレシャールの愛撫を受けとっている。前後だけじゃなく、時に上下をしてみたりしてもユーリィの反応は甘美的にも厭らしかった。
「んんっ、あっ、あぁっ、あんっ、やぁっ、ああぁ、ん、んぁ、ひぁっ……」
 ユーリィが抱きついてくる。強く、締めるようにレシャールの体を抱くが、それ以上に彼女の全身の震えを肌で感じた。気が付けばさっきとは全く逆の立場になっていた。優勢に立っている事に喜びも覚える。
「あっ、あいっ、いっ、レシャっ、イく、イくよ、レシャぁ……」
「いいよ、君の弾ける姿がみたい。ホラ、ホラッ」
 ユーリィの限界を察して、不慣れながらも腕に力を込めて前後へとラストスパートをかける。素早い手の動きに合わせて彼女の秘部からクリア色のした艶やかな汁がピュッピュッと弾かれていく。
「ああぁ、も、もうキちゃう、キちゃうよっ! いッ……イッ……くぅ……イくぅぅっ!!」
 最後に彼女は意地となって声だけは漏らすまいと歯を食いしばり、レシャールと同じ絶頂を迎えた。抱きついたまま体をビクンと反らしたユーリィは麻痺の状態異常を起こしたように痺れて震える。
 膣内の肉に何度もピストン運動させた小さい手が猛烈に圧迫されると共に、まるでそこだけが水タイプであるかのように水滴を噴射したのだ。例えるならばいっぱいに水を溜め込んだコップを摩擦の勢いで倒してしまい、中の水が一気に溢れ返ったのだ。
 前後させる度に中で潮が溢れては震える彼女の足元へと撒き散らしていく。それも長く続いていく。驚きと好奇心に夢中になったレシャールは腕の疲れを無視して潮吹きが止むまで続けていった。
「ああぁっ……あぁっ……あぁぁ……」
 持続的に続く快感に負けてユーリィは降伏するように顔を上に向けて喘ぐ。震える足元はやがて力尽きるように前のめりで崩れ堕ちた。しっかりと彼女を支えるレシャールは愉快に微笑を浮かべた。
「すごいなぁ、ユーリィからエッチなお水がびっくりするくらい溢れたよ」
「ううぅっ……」
 エッチなお水と聞かされ、ユーリィは小さく唸り声を上げた。
「それに、君の可愛い声も沢山聞けたね……」
 調子に乗ってレシャールは彼女の耳元でからかうように呟いた。快感の反動で弱気になっている状態での言葉責めで優位性を高めていく。そして最後に……
「今度はどうしよっかな~……もっとユーリィの気持ち良さそうな声を聞きたいなぁ……」
 レシャールはそっと囁きながら紳士的に彼女の手を優しくとった。その瞬間、彼の体から重力が奪われる。
「あっ、うわっ……!?」
 そのまま勢いで草の上に落ちた。一瞬なにが起きたのか理解できなかったレシャール。自分の体が横倒しになった事に気づいたのはユーリィの鋭い目を見た時だった。
 ほんの少し前まで立つのもやっとだった弱々しい彼女は何処にも見当たらず、変わりに息遣いの荒さと、小さい牙が覗く吊り上った口元がレシャールの目に止まる。
 しまった、調子に乗りすぎた、と気づいた頃にはもう遅い。逃げられまいと上を取ったユーリィの顔には、前に不良グループと奮闘をしていた時と全く同じ顔をしていたのだった。
「ちょっとさぁ、随分と良い気になっていない? ねぇ~……?」
 舐めるように甘いさに脅しを含めた声に威圧されてレシャールの体は急速に萎縮していく。
「ゆ、ユリィ……ごめん、調子に乗りすぎちゃったみたぃ……」
 全身から汗が流れていくような感覚を覚える。体が熱いせいなのか、あるいは雄雌との甘ったるい運動のおかげなのか。その両方とでもないとするならば、今目の前にいる彼女への未知数な恐怖心からだ。
 ヤブクロンを怒りのままに殴打し続けた時のユーリィが思い浮かんだ。初めて見る歯止めが利かなくなる一面が自分に向けられている事に、レシャールは作り笑顔を引き攣らせた。
 一応謝ったが、もう駄目みたいだった。
「"びでお"をいっぱい見た私の方が沢山知っているのに、"せいきょういく"も全く受けてないのにレシャがちょっと自信がついたくらいですっかり有頂天になって私を見下ろした言葉を口にするんだね、そういう所、ちょっとだけ気に入らないな」
 ユーリィは鋭い目つきをニッと笑わせる。それでも眉間に刻まれた皺が今も尚怒りを表している事を示している。
「そ、そんなぁ、僕は君をただ気持ち良くさせたかっただけで……」
「私も君を気持ちよくしようと頑張って覚えてきたんだよ。それなのにレシャったら私を一回イかせただけでリードしているつもりになってるじゃない」
「あうぅ……ご、ごめん……」
 恐ろしい笑みを見る事が出来なくなって目線を反らすも、逃れられない未来からか視線を元に戻さずには居られない。
「ごめん、ふぅ~ん……じゃぁさ、悪いと思ってるなら今度はもう一度私にレシャの可愛い声を聞かせてよぉ……」
 そう言って彼女はチロリッと舌唇を舐めて目元をゆっくりと半開きする。その表情は可愛らしいと言うよりは、大人びた妖艶さがあってレシャールよりもずっと年上に感じさせる。獲物を見つめるような、ただ食らうだけでは済まずいたぶってからゆっくりと食す性質の悪いハンターの目だった。
「あふぁっ……!?」
 恐ろしさに見惚れている間に下半身の逸物がユーリィの手中に捕らえられてしまい、衝動的に体が仰け反る。
 絶頂を迎えてからまだしばらくも経っていないせいか、逸物は敏感になっているせいでくすぐったさがあった。
「私の本気、嫌って言うほど教えてあげる……!」
 お互い初めてなはずなのに、ユーリィからは圧倒的な自信と目的意識、そして歯止めが利かなくなった性と怒りの混合した感情があった。対象にレシャールは逸物を強く握り締められて動くに動けないで無様な有様になっていた。
 ユーリィは顔をビンビンに張った赤く尖った肉の竿に移動させ、震える先端にまず小さく口を付けた。
「ちゅっ、んちゅっ、ちゅぅっ、ちゅっ……」
 キスをするような感覚でねっとりと唇を押し当て、離しては違う角度でまた柔らかく逸物に口付けた。
「あひぃ……!」
 一番敏感な部分から優先的に愛撫され、不意を突かれたような痺れが快感となって押し寄せる。
 柔らかい唇が押し当てられ、わずかに口元が開いて先端部をゆっくりと飲み込むんでいく。その隙間から舌先が天辺を撫でるように触れた。
「ひうっ……うあぁぁっ……」
 痺れが残る敏感な状態での唇と舌先の二重攻撃にレシャールは堪えようのない刺激に悶えた。
「ちゅるっ、ちゅうっ、んむ、ちゅるっ、れろっ、どぉ?」
 上目を使って愛しの雄に自慢げに言う。その間にも舌肉が円を描くように先端部に巻き付かせ、唇はゆっくりと上下運動を開始していく。
 レシャールの知らない所での練習が功を成しているのか、ユーリィは赤い肉を半分以上程飲み込ませて電気袋を持つ頬袋をぷっくりと膨らました。
 電気袋の近い口内では微弱ながら電流が流れいる。それが舌、頬の内側、唾液を通して逸物へと微弱な電流を浴びせていくのだ。痛みを伴わない程度の刺激が逆に彼女の愛撫の手助けとなり、唇が逸物を吸い上げる時に思わぬ快感を生み出しているのだ。
「あっひゃぁ、ひぃっ、やだっ、な、なんかぴりぴりして、へ、へんになりそぅぅ……!」
「んむちゅっ、てろっ……うふふ、いいでしょこれ。同じ電気タイプだからきっと感じてくれると思ってたの。思った以上に気持ち良さそうだねぇ……でも、すぐにバテたりなんかしないでよ? まだほんの序の口なんだからぁ~」
 悪戯に微笑んで口元を離して肉竿を玩具のようにグリグリと指先で弄り回していく。そして萎える間もなくして肉食のように肉竿を食らった。
「んふふぅ、んむぅ、んちゅぅ、ちゅぷっ、ちゅるうぅ、んちゅるる、ちゅずずぅ、じゅずっ、れろっ」
 唾液を絡ませて唇で滑らかにスライドさせる。同じ電気タイプでも快感を混ぜ合わせたような肉棒の内側からピリピリとくるものを制御する事は叶わず、理性を保つ事すら忘却の彼方へと放りだしてしまいそうだ。
 全身を快感と言う名の電撃に包まれて自然と身をガクガクと震わせた。そんな様子を彼女は雄性器をアイスキャンディーみたく味わいつつ、お口の虜になった哀れな雄を見て楽しんで観察していた 
 以前として、彼女の目は少しギラついたままだ。容赦の心得など微塵も見せない。
「ひっ、ひぃぃっ、ひぃぁぁっ……だ、だめぇ……電気、とめてぇえぇぇ~……」
「んふぅ……らぁめっ……ろめてぁげなぃ、じゅる、ピリリッ、じゅずずっ、ピリッ」
 レシャールの哀願も虚しく、彼女は聞き入れるどころかその逆に赤い肉を繋ぐ根元も飲み込む。黄色い頬袋からも電気が迸り、痺れは一層に増していた。
 舌肉と唇で扱かれる愛撫を味わう中で一方では電気ショックによって敏感の残る性器を甚振ってくる、まさにアメと鞭。レシャールの表情は快楽とも苦痛とも判別の付かない無様な顔をしていた。それが今のユーリィには堪らないに違いない。
 次第に気が遠のいていきそうになるにつれて、下半身からまた快楽の波が衝動となって込み上げてくる。最初の頃と比べてまだ半分も経ってもいない。
「ああひぁぁっ、らっ、あっ、またぁっ、クるぅ……またキちゃうよぅ……!」
 ユーリィは絶頂の知らせを受けると丸い耳をピクンと反応を見せ、上目で見るのを止めると肉棒への奉仕に集中するようになってきた。根元から先端部にかけて前後のピストン運動を早めた。
 マゾヒストな性器は唾液で汚されててらてらと照らされる。口の中で舌で弄繰り回され、唇で全身を頬張れて弄ばれていく。
「んむちゅっ、ちゅるっ、ビリッ、ちゅばっ、ちゅぷっ、ピリリッ、ちゅれろぉっ……」 
「パチィっ、チパぁ……ひぃっ、らめめっ、頭まれっ、しびれりゅぅ、もう、でちゃうっ、……ちゃうぅぅっ!!」
 サディストなフェラが生み出す電流が思考までもを麻痺し快感に負けて痺れが頂点に達し、同時に雄の逸物も絶頂に達した。
 無意識にビクビクと震わせ、膨張を繰り返す。散々苛められて来たぶん我慢が出来なくなってお漏らししてしまうようにユーリィの口内に忽ち弾かれていく。
「んむむむぅっ……ぐちゅるるっ……ごきゅっ……!」
 僅かに苦しそうに呻くユーリィだったが、微弱に肩を震わせながら粘っこい白濁液を口の奥へと流し込んでいく。痺れで痙攣する中で不定期に次々と吐き出される物を彼女は辛そうにも口の中に溜め込ませる事なく必死に独り占めにしようとしていた。
「んぐっ、んくっ……んんっ……ごきゅっ……んくっ……ごきゅんっ……」
 自ら放射しているレシャールでさえドロリとしていて飲みにくい液体。その飲み込むテンポもまばらだったが、決して口内から外へと漏らす事はなく、レシャールの痙攣が治るまで全てを自分の物にしたのだった。
 勢いが収まってレシャールが意識が回復した頃には、疲労で肩で息をしていた目から薄ら涙を浮かべているユーリィが映し出されていた。最後まで彼女は愛するマゾヒストな肉棒を離さなかった。
 ちゅぽんっ、と唇を離した彼女は新鮮な空気を取り込もうとする。大きく開かれた口の中には飲みきれずに舌に絡まったままの精液がドロリっと残されたままだった。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、えほっ……」
「ふぅっ……ふぅっ……」
 二度目の射精に僅かな休憩を挟む二匹。それでもレシャールの頭の中では痺れが取れずにヒリヒリした感覚が残されたままになっていた。
「あぁっ……まだ頭が痺れてるぅ……」
 同じく目に涙を浮かべていたレシャールの方が余程酷い顔をしていた。彼女の心配する余裕などない様子だった。
「んふふっ、よほど気持ちよかったんだね、電気ショックのご奉仕が……」
 対するユーリィはレシャールの心境を察するまでに回復しきっていた。下唇を厭らしくペロリと舐めずる仕草を見せた。
「もう、こんなのは二度もごめんだよぉ……電気タイプなのに、おかしくなる……」
「ふぅん、君にも耐えれない電気があったんだねぇ……それじゃぁさぁ~」
 不適に笑うユーリィ、その事に気づく手前にレシャールは二度目を射精したばかりの逸物に唇が触れていた。
「ゆ、ゆりぃ……? まだ、イったばかりっ……!」
「つぅー、れろぉっ……まだ終わらないよ、レシャにもう一度痺れるような心地良さを味あわせてあげるっ……」
 まだ雄液の香りが残る口をなるべく近づけさせ、ねっとりと伝えられる声は脅しているようにも聞こえた。その囁きは小さな声でも威力は抜群であった。痺れの残る頭の真からユーリィの声が木霊してしまう。
 あぁ、またあの痛みとも快楽とも区別の付かない行為が繰り返されるのか。レシャールはおかしな期待に心が満たされていた。
「ちゅぅっ、ちゅるっ、ちゅっ、ちゅるぅ、ちゅぷん、ちゅずっ、」
「ふぅぁぁ……あぁぁ~……」
 始めた時と同じく竿全体をじっくりと咥え、舐める。スローな速度で急激な刺激はきたりはしないものの、二度目の射精後でまだ感度がまともな状態に戻ってはいなかった。
 頬袋から電気を発生させていないのにも関わらず、内側からくすぐる痺れが再発してくる。身震いする体を制する事など今のレシャールには皆無だった。
 ユーリィの舌先は先端部を狙わず、むしろその中間辺りに円を描くように這いずらせる。違うパターンで責めてくる口内奉仕に早くも雄の逸物は次なる開放への準備を整える。雌のお目当ての肉棒が活発をはじめる。
「んむっ、にゅるっ、ぺちゃっ、ちゅぷん、じゅぷっ……れぇ、ろんな感じぃ? 果てちゃったすぐに……ちゅるんっ……されるのって……」
 口元を少しだけ開き舌先で雄の物を苛めながら厭らしそうに聞いた。だが答える余裕などそもそも与えるつもりがないのか、本人に気づかれないように自然と顔を前後する速度を速めている。 
「そんなのっ……くすぐったっ、ひぃっ……でも、ひぅっ……きもちよくてぇ……うっ、また……おかしくなりそうだよぉ……ぱちぃぃ……」
 蒸気が沸きそうな程に全身が口内の運動で暖まり、口はすでに溜まった熱を放射する為に開きっぱなしにしていた。くすぐったさが薄れていくと反対に快感の波がじょじょに強く感じ始めていた。そんな時だ。
 ――バリッ
「パチィィィッ!!」
 逸物を通じて前進に駆け巡ったのは、今までにない電流だった。衝動的に背筋をピンと伸びた。体内の芯からくる痺れの強さに痛みの悲鳴を上げられずにはいられなかった。
 涙の粒を浮かべてレシャールが恐る恐る目にしたものは、案の定、電流をピリピリと弾かせるユーリィの頬袋だった。
「んふふぅっ……ぷちゅっ、ちゅるんっ、ちゅぷっ、ちゃぷっ……バリリッ!!」
 強烈な痺れと鈍く伝わってくる快感の後に、チカッと点灯する頬袋の二度目の電撃。
「ぱちぃいぃぃぃ~~~っ!!」
 女々しい悲鳴が食いしばる歯の隙間から漏れた。
「んちゅるるるっ、じゅるっ、れひゃぁ、いい声よ……ちゅるるるっ……」
 痙攣する肉から滲み出る滑液を口内に含ませ、心地良く逸物をスライドする唇。前後するピストンも勢いをつけ始めた。
「ひあっ、あっ、ゆりぃぃっ、駄目だよっ……苦しいってぇっ……ひひいいぃぃっ!!」
 苦言を口にした後に、本気で獲物を甚振るが如く全身に一瞬で駆け巡る電撃の鞭。一番電気袋の近くにいる逸物が衝動的に角度を上昇する。
 一瞬と言える電気ショックの後に再開される激しい口内奉仕、痺れの痛みを回復する間もなく鈍い快感が襲う。
「じゅぷっ、じゅるるっ、じゅずずぅっ、じゅぷぷっ、じゅるぅぅっ、んんぅぅっ~っ……!」
 激しさを増す中でハイテンションのユーリィは出来るだけレシャールの物を支配したく、甚振っている雄肉を口内の奥に押し込む。
 舌肉の平たい部分と窮屈に閉じる唇が過敏状態の肉竿をスライドし、肉同士が擦れあう度に水滴が弾く音を響かせる。
 冷徹な彼女の意思での放電なのか、それとも高ぶりすぎた感情が無意識の内に発生させたものなのか、それを考える暇も余裕もなかった。
「ぴぃっ……ひいぃっ、だ、めぇぇっ……痺れる……じんじんするぅぅっ……パヂィィッ!」
 四度目の電流が地獄の快楽の真っ只中にいるレシャールに容赦なく襲い掛かった。
「あぁんっ……ちゅぷるるぅっ、いい……ぐちゅっ、じゅるっ、ぐちゅっ、じゅるるっ、いい声だよ、れしゃぁるぅっ……」
 バトルの時に見せたサディストな本能が向きだしになり、レシャールの苦痛と悲鳴に喜びの喘ぎ声を漏らした。そして追い討ちをかけるように奉仕する速度を急速に早めた。
「パチアァァッ……あぁっ……ひぃっ、びりびりするぅっ……ゆりぃっ……僕ぅ、でちゃううぅぅ~~っ!!」
 涙声で情けない悲鳴を上げた最後に逸物の奥底から快楽の波が押し寄せ、肉棒の中の道を通じて電気熱で暖められた熱湯をぶちまけた。
 ぐちゅっ、ぶちゅっ、ぷじゅっ……
「んむぅぅっ……!!」
 予想外の噴射力に飲む込もうとする準備が間に合わず、瞬くまにユーリィの口の中は苛め抜かれた快感の津波に満たされていく。その音は口の中からでも小刻みな程に射精の瞬間が伝わってくる。
「んぎゅっ、むぐぅっ、んくぅ……ごきゅっ……んぎゅっ……ぶふぅぅっ!?」
 波ならぬ量は喉を通すのには時間が掛かりすぎ、流石のユーリィも涙を流して観念したのか嗚咽を漏らすと同時に唇の隙間から生臭い白色の液体が漏れ出てしまった。
 それでも放水が収まらず行き所を求めた精子達は彼女の口内で逆流し、外への出口を求めて次々とあふれかえっていく。
 ぶちゅぅぅっ、ぶちゅるるるぅっ、ぶちゅううぅぅっ……
 飲めそうに無く小刻みに震えるユーリィだったが、それでも意地としてレシャールの逸物を口から離そうとはしなかった。そうしていくうちに彼女の口周りは白くねばねばで汚れの範囲が広がっていった。
 快楽が終息を迎えた頃にようやくユーリィの口元が暴れん棒だった性器を開放し、彼女は涙を流しながら辛そうに呼吸をしていた。まだ口元にたっぷりと残る液状が呼吸の妨げをしていた。
 ボタボタと飲みきれなかった者達は重力に引かれて、レシャールが愛撫していた彼女の秘部の場所に落ち着いたいた。
 レシャール自信は、痺れの殆どが頭の中に残った状態で、多分だが、彼女の顔よりもずっとひどい表情をしているに違いなかった。
「はぁぁっ……ヒィ……はぁぁ……」
 初めての性行為であるレシャールには刺激が強すぎたのか、射精後のショックで理性が正常さを取り戻すにはまだ時間を要した。
 だが、ありったけの種マシンガンを浴びる為に体力を行使していたユーリィの方が回復が早かった。むくりと起き上がるその目からは涙の粒が光る。それでもって、艶かしさはほんの少しも薄れてはいなかった。
 散々と電気と舌先に苛め抜かれたレシャールの性根は、あれだけの刺激の激しい絶頂を繰り返したのにも関わらず反応そのものは弱まっても形状だけは未だに維持をしていた。
 彼女の目線はそれを欲していた。今以上に。
「はぁんっ……レシャのお汁がすごく熱い……口の中がぐちゃぐちゃになって蕩けちゃいそうよ……」
 甘えたユーリィの声が耳を打つ。彼女の口内が白い糸を引いているのを見て、レシャールはビクビク震えた。
 色々な反動が残る中で体の自由が利かず、所々が麻痺していた。唯一、神経がまともに通ってたのはユーリィのお目当てだけだった。
「私もぉ、そろそろ気持ちよくなりたくなってきたなぁ……」
 レシャールに乗りかかろうとするユーリィの秘部から出た卑猥な水が白色の薄毛を濡らしている。その雌穴がちょうど肉竿のそばに来ると、彼女は割れ目の部分をそれにそっと触れさせた。
 竿の筋にそうように押し当て、ひくひくした小さな肉ビラがレシャールの物で涎を拭うように上下に沿って動き出す。
「あっ、はぁ……んふっ……レシャのここ、まだまだ元気いっぱぁい……」
「ふうぅっ……まだ、だしたばかりなのにぃ……ユリィ、いいよぉ……」
 まだ絶頂の足りない性肉が彼女のぬれぬれな素股の苛めに喜んでいる。
 彼女は自然と体重を乗せて肉のヒラを押し付けくる。ゆっくりと左右する度に止まらない愛液を欲する堅物を擦り、濡らしていく。
 摩擦し合うおしべとめしべの間から卑猥な音が、ヌッチュッ、ヌッチュッ、ヌッチュッ、と行為の証であるリズムを刻む。
「はぁぁっ……んんぅ~っ……硬くて、熱いのぉ……ピリピリくるようで、私もぉ、イぃ~……」
 互いに快感を分かち合う中、ユーリィがそれをもっと欲する言葉を口にすると体を前にだしたまま腰の体重を上手に乗せる。肉ビラが摩擦する強さを増して、ゆっくりだった卑猥な音楽は、ヌチュッヌチュッヌチュッと、激しいものに変わっていく。
「あっ、ああっ、ゆ、りぃ……だめだ、よぉ……僕また、痺れが残って、あぁっ……すぐに、キちゃうぅぅっ~!」
 快感に敏感すぎる己の性器具がすぐにも衝動が込み上げる警告を鳴らしている。火事になった住処に油を注いでしまったような燃え盛る快楽に、全身も熱くなっていく。
「うん、いいよ、何度でもイっちゃいなよっ……あっ、レシャの、イっちゃう顔がまたみたいなっ……んっっ、私も、一緒にイってあげるからっ……!」
 ユーリィもまた燃え盛る快楽感の中で喘ぎながら満面な笑みを見せる。彼女の吐息と共に摩擦も連なって激しさを増した。
「ひぃっ、もうそこまでキてぇ、ひっ、いっ、あっ、ああっ……れっ……!?」
「うっ、んんっ……!! イく、イくイくイくぃ……!!」
 過激な苛めにとうとうマゾな雄棒が悲鳴を上げた。今になって竿の矛先が自分に向けられている事に恐怖したレシャールだったが、起きうるその結末を回避する事は出来なかった。
「あああぁぁぁ~~っ……!!」
 絶叫を上げたユーリィは待ち望んでいた絶頂に達した。
 そして同時に根を上げた雄肉は主である悲願を聞き入れる事無く、それはマグマのように噴火を開始した。
「んんんんんんんんんっ!?」
 間近に見えるそれはまがまがしく、元気が過ぎる生き物のように襲い掛かってきた。
「パチィィ~……!!」
 まず、両目の間をクネクネと曲がった液体が降りかかる。次に頬を伝って右目のすぐ近くに、そして次に眉間の近くに降り注ぎ、今度は口元の近くにまで付着した。
 口の中に入れないように必死に閉じながらも、心の中で悲鳴を上げた。まだまだ来る自分自身が生み出した液体に恐怖のあまり目を瞑ってしまった。
 衰え知らずな息子は犯行期の如く、生臭い熱水のシャワーをレシャールに容赦なく浴びせていく。地獄のような一瞬は僅かのようで長く感じたが、やがては静まりを見せた。レシャールの顔全体はユーリィと同じ淡い白色に染められた。 
「はぁ、はぁ、んふふ……もぉ、レシャったら……自分の顔をピッチャピチャにしてる~……おっかしいぃ~……」
 果てたばかりで肩で息をしていたのユーリィが無様な雄の光景を愉快そうに笑う。
 レシャールの方は自らへの顔射に生臭さとお世辞にも美味しいと言えない精液の不味さにどんよりとした気分に陥っていた。
 疲労もピークに達っしている最中、ぶっかけてしまったばかりの頬に彼女が小さく口付けしてきた。
「ねぇ、今度は私の中にも頂戴……レシャと私の初めて、交換しよ?」
 冷静でない頭が意味を理解できずにいた。知識のある彼女ならこの言葉が何を意味するのかは明白だった。  
「初めて、交換……?」
「私とレシャが一つに繋がって、一緒に気持ちよくなる事なの」
「えっ……えぇっ!?」
 信じ難い彼女の欲求と解説にレシャールは流石に本物的に悲鳴をあげた。
「だって、ここからが本番なんだよ」
「本番って、じゃあ今までのは何だったんだよぉ!?」
「みんな前戯だよ。あぁ、レシャには分からないよね。雄と雌はエッチする時はそういうのがあってね、いきなり本番を始めても対して良くもないし、すぐ終わっちゃう。だからこれはある意味本当のエッチする為の儀式みたいなものなんだよ」
 さすが勉強熱心に研究してきたユーリィだけはあると心の何処かでそう褒め称える。だが儀式の段階でレシャールはすでに大半のエネルギーを使い果たしてしまっているのだ。これ以上は不可能であると確信もしていた。
「で、でもこれ以上はもうきついっって……」
「あら、レシャのここは健気にも最後までやる気をみせているよ、フフフッ……」
 不思議な事に、逸物はまるで違う所からエネルギーを供給でもしているかのように最後の最後まで本人の意思に反して勃たせていたのだった。
 笑う彼女の小さくて白い指が勃起にちょんっ、と触れた。
「あうぅぅっ……」
 感度もまだまだ良好なみたいだ。問題は本人の気力と体力の勝負だ。 
 愛する雄の覚悟など彼女は待ってはくれなかった。疲れきった腰部に馬乗りになろうとした。その時だ。
「ゆ、ユリィ……?」
「……」
 一瞬、彼女の表情が僅かながらに曇りを見せた。呼ぶ声に彼女は何も応えなかった。
 レシャール同様に初めてである彼女もまた、今からする事に戸惑っているのだ。"びでお"にあった事を再現に手間取っている様子だ。
 彼女は全神経を集中させ、ようやく勃起の先端部と雌の肉割れの距離が玄関の手前まで来た途端、ユーリィは覚悟を決めるために動きを止め、深呼吸をする。 
「い、いくね……」
 僅かに震える彼女のか弱い声。レシャールはそれを始めて聞いたような気がした。
 テラテラと光る肉のビラが、赤く充血する肉の竿を左右に無理やり押し広げながら、ズブズブと飲み込んでいく。それはとてもゆっくりな動きだった。
「うぅぅっ、んっ……!!」
 レシャールは勃起物がユーリィの下半身に飲み込まれていく信じ難い光景に驚愕した。まだ序の口だが、まるで予めそれを収める為にだけ雌の体内に存在した空間とも言えた。
 窮屈な肉の壁を強引に押し広げ、滑液の手助けもあってそれは入った瞬間に面白いまでにユーリィの体内へと侵入していく。まるで食べられているような、それともそこに入りがって入るのか、肉のうねりに包まれた肉棒が今までに感じた事の無い感触を主であるレシャールに伝えていく。
「うぅっ……いたぁっ……私の、突き破って……ね……?」
 よく分からない事を言った途端、彼女は苦痛に顔を歪めると同時に逸物を一気に半分以上に飲み込んでいった。その瞬間、膣の暖かさと一緒にユーリィの体内の中で何かを強引に突き破るような手応えを感じた。音こそは聞こえはしなかったが、確かにブチッといくものを感じたのだ。
「あああぁっ、いいっ……!!」
 ユーリィは苦痛のあまりに歯を食いしばり、涙の粒をポロポロと零していく。
 あの一瞬で突き破った壁らしきものがユーリィに激痛を与えてしまったらしい。
「あうっ、ぐぅぅっ……ゆりぃ……!」
「いっ、ひぅっ……ひ、ひたぁいっ……いたいぃっ……ううぅっ……」
 苦痛な表情を僅かに緩めると泣き声をあげはじめた。それほどの苦痛なのか、その様は見るに痛々しかった。余裕のないレシャールでさえ心配せずにはいられない。
「だ、大丈夫……?」
「だいじょうぶじゃなぁい……ううっ、ひっくっ……」
 くしゃくしゃに泣き喚く彼女。両手で涙を拭おうとするも、次々と溢れては零れて行く。
「こんなに痛いなんて聞いてなぁい……うっ、うっ、もぉ……いっづぅっ……やだぁぁ~……!」
 "びでお"で熟知していたユーリィでも処女膜を破られる痛みは想定外だったらしく、開始早々、はやくも後悔を口にした。
「や、無理しなくていいよ……一回抜いて……」
 レシャールが提案にするも、彼女は泣きじゃくりながら首をブンブン振る。言葉を口には出さずとも彼女は意地として続けたいみたいだった。レシャール自信も初めて味わう膣内に困惑するばかりでユーリィに気遣う以外の事など出来る余裕はなかった。
 実際レシャールの方も痛くないと言えば嘘になる。体が受け入れの準備を出来ていたとしても、中はあまりにも窮屈すぎて侵入者を追い返したがっているようだ。
 痛みが和らぐまでユーリィはしばらく動かずに啜り泣いた。やがては落ち着きを取り戻す。
「落ち着いたかい……?」
 レシャールが聞くと彼女は鼻を啜りながらもこくんと頷いて見せた。その様子にレシャールも安心感を得た。
「ごめん、パニくっちゃって……初めてはすごく痛いって知ってはある程度覚悟はしていたんだけど、あんまり痛かったからつい……その、萎えたらホントごめん……」
「僕はいいんだ……っていうか、血……出てるんだけど……」
 視線が自分と彼女を繋ぐ結合部に向けてしまう。僅かに滲み出る愛液に混じって僅かに赤く染まっている。見ていて痛々しいかった。
「こんなの最初だけ……通過儀礼だもん……うぅっ、まだズキズキくるぅ……」
 痛みに震える小さな腕。レシャールは思わずそれを受け取る。
「もし、君の痛さを紛らわせる事ができるのなら、その……僕を痛めつけても構わないから……」
「……レシャ」
 できる事などそのくらいしかないと、もどかしそうな口調で伝えた。
「じゃぁ、じっくりと握ってて頂戴……」
「うん……」
 ひとつの形となった二匹は互いに手を取り合い、決して離すまいとガッチリと握り締めていく。それが嬉しいのか苦痛の中でユーリィは表情を綻ばせた。
 互いの愛を確かめ合う儀式を済ませると、彼女は痛みで疼く腰を浮かせ、再度肉壺の中へと沈み込ませる。
「うっ、んっ……あっ、うんっ……!」
 再び苦痛に表情を歪めるも、どこか心地良さそうに甘く喘ぐ。
 無理をしないように一応告げるも、心配いらないと言わんばかりにリズムを刻むようにうねりをあげる肉の中へと招待していく。
 赤く膨張し続けている竿に血の筋を作っては、また新たに違う筋へと変えていく。窮屈過ぎる痛みさえも今は快感の一部となっていく。
「んっ、ああぁっ、あんっ、んぅっ、大きくて、熱いのぉ……んんぅっ……あんっ、あぁんっ!!」
「ぐっ、ぐうぅっ……きつくて、でも、すごくとろけそう……痛くて、で、良いよユリィ……!」
 硬い肉と窮屈に滑らかに滑る液を生み出す肉の壁が互いに摩擦し合い、上からの圧力とぎゅぅと締めけてくる感触が鈍くて重い快楽を生み出していく。
 熱湯のような熱さに中で雄の逸物が溶けていく気分すら感じる。動きは滑らかで尚、とてもスローリーであり、口でするようなものとはまた違っていた。
「あっあぁっ、あっああぁっ、れ、レシャからも……きてっ……」
「うんっ……くっ、んんっ!!」
 浮き沈みの運動する最中に、自らも腰から相手の股へと向けて肉棒を突き上げるように浮かす。窮屈な肉壁の中にいるにも関わらず、信じられないほどぬるんと中に突き進んでいった。その瞬間に鈍い快楽が頭の中へと駆け巡っていく。ずっと依存しいてしまいたいくらいだ。
「ああぁんっ!」
 勢いがついた侵入物にユーリィが堪らず甘美な悲鳴をあげた。その声をもっと聞きたいとレシャールは一度身を引き、再度彼女の中へと突き進んだ。
「ひあぁっ、あっ、あぁっ!!」
 痛みとは全く違う様子に、確かな快楽を彼女もまた感じているのだと知り、欲望のままにレシャールは行為を繰り返した。竿に纏わりつく肉のうねりの中に。
「あっ、くはぁっ、い、気持ちいぃっ……! 痛いのにぃ、良いのぉっ……!!」
 ユーリィの手が痛いほどにまで強く握ってくる。負けじとレシャールは欲望を満たす喜びを彼女にくれてやる。
「僕も、すごいっ……とけちゃいそうっ! ユリィ、きつくて、イジめられてるみたいで、おかしくなりそうだよぉっ!」
 竿全体で感じる半端無い幸福感が、麻薬のように強烈で、止めたくても止めれない状態だ。更に求めようと自然と腰の浮き沈みの動きが激しさを増していく。もう一秒一秒がとても愛おしかった。
「れしゃぁっ、もっとっ、あぁっ、もっとぉっ、んんっ!!」
 彼女も同じ気持ちであり、互い激しく求め、、とろりとした水と肉のぶつかり合う厭らしい音楽を奏でる。
 数回に渡る射精の疲労感などすでに気にならず、今はひたすら愛するユーリィを可能な限り欲していた。だが、快楽が強ければ強いほど天へと向かう衝動が近づいてくる。
 それはすでに直ぐそこまでに迫っていた。まだ来ないで欲しい、もう少し、もう少しだけ続けさせて欲しい。レシャールは何かに対して強くそう願った。だが、無情にもそれは今まさに目と鼻の先まできていた。
「あっ、はっ、ゆりぃぃっ、ゆりぃぃっ、もう、もう、僕ぅっ!!」
「うんっ、いいよ。思いっきりイってっ、私もっ、気持ち良すぎてっ、もう、イくぅぅっ……あぁっ!!」
 彼女の願いを聞き入れて、レシャールは最後に達する手前、肉棒の全てを彼女の体内へと突き上げていく。
「あああゆりぃぃぃっ!!」
 悲鳴に近い叫びを最後にレシャールは彼女の中で絶頂を迎えた。願いも虚しく、愛おしい時間に終わりを告げる神に憤るかのように天を仰いだ。
 ほとんどを吐きつくした瀕死に近い肉棒。だが熱い肉の中で存分にしゃぶられて僅かな精力を絞りだした。きゅぅきゅぅと圧迫する苦しさを伴い、鈍い快感は他の行為と比べものにもならないくらい長く続いた。
 その行き先はユーリィの膣内の最果てに行き届き、熱いシャワーを拒む事なく受け入れた。
「はああぁぁ……んんぅ……レシャぁ、入るぅっ、入ってくるのぉ~……!」
 絶頂状態の最中、彼女はこれでもかと最後の一滴まで吐き出させたいと僅かに腰を小刻みに揺する。当然、中にある肉棒に刺激されて快感の電気が流れる。
「ううぅっ……うぅ~っ……」
 根元まで咥えられているレシャールはまどろみの中で出し惜しみせず子宮に精を献上し、強く身震いする。
 気を抜くとそのまま意識までもっていかれそうで、レシャールは恐ろしかった。そして何よりもこの上なく心地良さに全身を包まれていた。
 熱い白濁液と初めてを貫かれた肉壁が互いに交じり合って、淡いピンクの濃厚な色がひとつとなった証からはみだし、周りの体毛を汚れさせていた。
「はぁ……はぁ……レシャぁ、私の中に、君のが沢山入ってきてるの……すごく熱いんだ……なんかお腹の中に溜まってて焼けどしちゃいそうだよ……」
 長くも感じた射精が終わりを向かえ、ほとんどを受けきったユーリィが素直な喜びを口にして微笑んだ。
「ユリィ……僕も、君の中に沢山抱かれて、とても嬉しいよ……もう、ずっとこうしていたいんだっ……!」
 落ち着いた表情で呼吸を整え、まっすぐと愛する者へ視線を送る。
「私も、あなたと抱き合えてすっごく嬉しい……レシャール……」
 未だにユーリィと繋がったまま、顔との距離が縮まり、
「ユーリィ……大好きだっ……」
 レシャールもまた意に従って顔を近づける。
 高いビルからの夜風が吹かれ、乱れた二匹の体毛を揺らしていく。ユーリィの愛の形を成就させたお祝いをしているような優しい風だ。心の奥底で彼女の事を強く意識をしていても、何処か素直になりきれずに愛するという事から遠まわしに避けてきたレシャール。
 喧嘩して、ピンチを救われ、悪人と一緒に戦い、汚れた体を清めあって、夜の街で過ごし、そしてヒウンシティの始まりとなった地で愛し合った。今日と言う日を得てレシャールは初めて何かを獲得したような気がした。
 空を飛びたいという夢を叶えた時よりもずっと大切な、ユーリィへの愛情を持てた事だった。それが、とても嬉しく感じた。
 目を閉じ、いまここにお互いの気持ちに素直になれた口付けを交わしたのだった。

 オレンジ色の日の光が昇り、ネオンで煌びやかに照らされていた大都会に差しこみ、夜も眠らない街に朝の時間が来る。
 夜を代表であるネオン光は何時の間にか殆どが消えていて、代わりとなる早朝の太陽がヒウンシティを含むイッシュ全体に光を照らした。
 朝の時が来てまだ僅かな時刻、夜間を主とする娯楽店は大半が閉店していて裏路地のピンク通りは夜と比べてガランとしていて、人気も疎らだ。朝を主とする店やビルもまた、開始するにはまだ時間が早すぎた。開いているのと言えば、精々都会の生活を支えるオアシスとも言えるコンビニと下準備でまだ開店していない飲食店くらいだ。
 行き交う人達はちらほら程度しかなく、それであって何が目的でこんな早朝に歩いているのか、目的は定かではない。ましてはポケモンの姿など皆無に等しい。
 だが、それでもヒウンと言う都会は動いている。もう少しで、一時的に静かな街に大勢の人が行き交うようになる。その為の迎える準備がいるのだ。何れは、都会で暮らすポケモン達も活発的に動き始めるだろう。
 そんな大きな生命体とも呼べる社会の大空にいる鳥ポケモン達は、静かに翼を広げて空を飛びながら都会を見下ろしている。
 雨の振りそうにない穏やかな白い雲。今日もまた暑くなるだろう。
 並ぶビルの隙間から、オレンジ色の太陽が覗き込む。
 ヒウンシティの始まりであるシンボルに明るい色が差し込んだ。寄り添いあう二匹のポケモン達に、朝の祝福が訪れる。
「うぅんっ……」
 有難い自然の光に眠りを妨げられてパチリスが顔をしかめる。
「んぅ……」
 続いてもう一匹のエモンガにも目覚めの兆候が起きた。
 二匹のうち、眠気に負けじと最初に目を開かせたのはパチリス、レシャールだった。
 寝ぼけ眼で眩しく射すオレンジ色の太陽に目を細めてた。頭の思考はまだ回復できてなかったが、今の時が朝である事だけはしっかりと認識できた。
 呆然と眺めている内に、エモンガのユーリィも目を覚ました。
「んんっ……ふわぁぁ~……」
 彼女の大きな欠伸にレシャールはほのかに笑みが浮かび、目も覚めてきた。
「おはよう、ユリィ」
「ふぁっ……レシャぁ、ん~、おはよ~……いっつぅ……!」
 ユーリィが朝の挨拶を背伸びしながら返そうとした時、痛みに顔を歪めて咄嗟に腹部を押さえた。
「あ、どうかしたかい?」
「うう~っ……昨日のここがズキズキして痛い……」
「昨日、あっ……」
 思考が完全に回復して、レシャールは昨日の行為を思い出した。そして痛そうにする彼女が心配になって思わず背中に手をそえる。
「ユリィ、大丈夫?」
「う~ん、まぁこれくらいなら大丈夫かな。最初に痛いのは知ってたからいいけど、傷ができてからまだ僅かぐらいしか経ってないから、しばらくは痛いかな……」
 そう言ってユーリィは気丈にも笑って見せた。だがレシャールの顔は逆に曇っていく。
「僕、君を傷つけてしまったみたいだね……」
 悲観そうに呟いた。聞いたユーリィはポカンとした様子ではあった。
「レシャもしかして、気に掛けてくれているの?」
「そ、そりゃそうだよ……だってあんなに痛がっていたし、ち、血だって出ていたし……」
 喋るにつれて小声になっていく。彼女が叫んだ悲痛な声は今でもはっきりと覚えていた。あれが自分だったら、どんな風に叫んでいたのだろうか……
 そんな考えをよそに、以外にもユーリィは噴き出した。
「ぷふっ……それ気にしすぎだよ。確かに痛くて叫んだりしちゃったけど、君が大げさに心配するほどじゃないよ。言ったと思うけど、雌なら誰もが通る通過儀礼なものだからさ。それをさぁ、君を傷つけてしまった~だなんて、ウフフッ……」
 可笑しそうに笑いを返した。その様子にレシャールも安堵した。
「そっか、ユリィは強い子なんだね、なんだか安心したよ。君となら、安心してパートナーになってもいいな……」
 レシャールは思わずそんな事を言いだし、つられるようにそっと笑いを返した。
「えっ、そんな事……うぅ~……」
 途端に顔を赤くして顔を伏せるも、やはり下半身の痛みは誤魔化せず痛みに疼く箇所を押さえた。
「しばらく支えがいるかい?」
「そんなに必要ないけど、でもしてほしいな」
 ユーリィの希望にレシャールはコクンと頷いた。片手を彼女の背に回し、そして彼女もまたレシャールの方によりかかる。
 そうして二匹はしばらく会話がないまま、昇るオレンジ色の光を目が焼きつかない程度に細くして見つめていた。
 しばらくして、ユーリィが切り出す。
「私達、ビルから飛び出して随分時間が経っちゃったね。一日中帰らず勝手に野宿しちゃって、これじゃ不良だね」
「うん、でも僕は不良な君も好きだけど……」
「ん、それどういう意味かな?」
 意味を求められると、どう言っていいのか答えに困った。
「う~んと、なんていうかなぁ……ほら、ユリィってさカッとなるとすごく歯止めが効かなくなっちゃうって言うか、理性がなくなる時があったような」
「えぇ~? それで私が不良だって?」
 彼女は不服と言わんばかりに頬をぷくっと膨らませた。
「えっとぉ、ユリィの意外な一面が見れたというか、怖かったっていうかなぁ……なんかさ、ユリィの方が雄らしい所があって~、いいなぁって思ってさぁ」
「それ、フォローになってないよ!」
 機嫌を取り直そうと努力をしてみたが、逆に彼女を怒らせる結果となってしまった。
「うぅ、ごめん。でも、ありがとう、ユーリィ」
「も、元はと言えば君を探す為だけに追いかけたものだから、こうなったのも偶然って言うか、そんな気分になってしまったと言うか……あ~もお、女の子に恥をかかせないでっ!!」
 また唐突に怒り出してしまい、レシャールは慌てて言い訳しようと頭の中で言葉を探した。 
 その時、オレンジ色の光の中に、こちらに向かって飛行する黒い鳥を捕らえた。背後の光りのせいでシルエットでしか分からなかったが、大きさ的に見覚えがあったものだ。
「あ、あれは」
「何んだよもぅ……!」
 ユーリィもレシャールが見るほうに振り向く。シルエットが大きくなるにつれて鳥ポケモンの正体がはっきりと映し出された。ここのデートスポットを紹介してくれたマメパトのパトリシアだった。
「パトリシアっ!」
 レシャールが名前を呼ぶとパトリシアは広げた翼を畳んで二匹の手前で着地をした。
「おはよう、お二人さん。やっぱり昨日の晩までここにいたのね」
「な、なんで君がここにくるの?」
「あら、ここを紹介した私が来るのがおかしいとでも言うのかしら?」
「私が言いたいのはそうじゃないよっ!」
 ユーリィは不愉快そうに尋ねる。それはパトリシアの事が嫌いなだけでなく、言葉の意味もあった。
 デートスポットを紹介してくれてから、ユーリィにちょっかいかけられて不機嫌になって帰っていった。不思議な木の実を渡した後にだ。
 そこまでは別に良かったが、なら何故パトリシアは朝になって再びデートスポットに戻ってきて、案の定レシャールとユーリィが朝までここに留まっているのを予想できた台詞を吐いたのか。普通のデートなら、朝になるまで同じ場所にいたりはしないはず。
 レシャールは彼女の意を察するまでに時間が掛かった。
「あぁ、その事ね」
 パトリシアの方はすぐに理解し、そして嘴が嘲笑う。そして彼女はユーリィに向かってこう言ってきた。
「昨日の夜はお楽しみだったようねっ」
「なあっ!?」
「えっ……?」
 ユーリィがショックでガチガチになる。レシャール自信も、頭が呆けていく。
 事実が事実なだけに衝撃が大きかった。パトリシアの意味深い笑みが言葉の意味を強調している。
「ちょ、ちょっとまってよこのハトっ! 君みたいな奴がなんでレシャとした事を知っているの!?」
 熱したヤカンのようにカンカンになったユーリィが叫ぶ。
「あら、やっぱりあなた達は昨日ここで秘事をしていたの。驚きだわ~」
「ゲッ!?」
 パトリシアはわざとらしく嘴を翼で隠し、驚いた仕草をして見せた。対するユーリィはと言うと、ただ愕然とした。彼女は図られてしまったのだ。それに追い討ちをかけるようにパトリシアは続ける。
「私はお楽しみだったといったけど、卑猥な事をしていたとは一言も言ってないのよ。なのに自分から暴露しちゃうなんてね~……アーッハハハハハ」
 意地の悪い言葉でわなわなと体を震わせるユーリィにぶつけ、最後には大爆笑をしたのだ。自慢の綺麗な翼で地面を叩き、土埃をたてていく。
 止めを刺されてしまったユーリィは、完全に頭に血が上ってしまい、電気袋からも怒りの電気がビリビリと火花を散らしていた。すでに表情は羞恥心からの怒りと、涙の粒を浮かべて鬼のような形相に変わっていた。
「こ、こ、こっ……このクソハトはぁぁ~っ!!」
「ちょっとユリィ、落ち着いて……」
 なんとか宥めようとレシャールは奮闘したが、怒りに満ちた彼女に睨みつけられ、押し黙るしか出来なくなった。一方で、今まさに妬き焦がされてもおかしくない当の本人はまだ笑い転げていた。
 若干落ち着くとゆっくりと立ち上がり、怒りの電撃をお見舞いされる前に翼を広げて空を舞った。
「あ~面白かったわ。やっぱあなた達最高ね」
「うるさい、君嫌い。落ちろ」
 完全に切れてしまったユーリィは電気の火花をパトリシアに向けて放った。だが怒りによって標準が曖昧だった攻撃は目標を捕らえられず、見事にかわされてしまう。
「下手ねぇ~、そんなもの夜の営もちゃんとできたのかしら~?」
「夜の営って……」
 レシャールが思わず突っ込む。そして更に怒りをつのらせたユーリィはより一層に電気を帯びた状態で飛行膜を広げ、空気の流れを掴んで飛びだつ。
「レシャールも大変ねぇ、この子は不器用そうだから間違って大事な所を噛まれたりしなかったかしら。あなたがしっかりとリードしてあげないと、この先付き合っていくのは大変よ~」
 大きなお世話だとレシャールは内心突っ込んだ。実際リードをされてばかりだったから複雑な気持ちがあった。
 それよりも、空を飛んで逃げるパトリシアとそれを追いかけながら電撃を放っているユーリィの一匹と一羽が心配だった。案の定、すらすらと避けながら、パトリシアはもう一度レシャールの前に出た。
「そうそう、私があげた木の実をあなた達のどちらか、或いは二人で食べたと思うけど、あの木の実にはちょっとした効力があるの知ってたかしら?」
「え、効力って、普通においしい木の実じゃないの?」
 パトリシアは連続に迫り来る電撃を回避を続けながら質問に答えた。
「あれはね、食べた子はもうれつにエッチな気分にする効果があるの。保障もできるわ。あなた達がここで堪らずエッチな事をしたくなったのも、この木の実のせいなのよ」
「へぇっ?」
 これにはレシャールの目が点になった。
「つ、つまりパトリシアは最初からこうなるように僕らにあれを食べさせたの……?」
「そういう事になるわね。僕らって事は、二人とも半分に分けて食べたようね。それなら思う存分にイチャついていられたのだから、プレゼントした私にとってもその甲斐はあったと言うわけね」
 流石のレシャールも呆れて何も言えなくなってしまった。最初から自分も嵌められていた事に気づかされたのだ。
 こうなる事を楽しむ為だけに、パトリシアの手の込んだ暇つぶしに付き合わされてしまったのだ。もう目も当てられなくない。一発くらいユーリィの電撃を受けてしまえばいいと思った。
「ぱとりしあぁ~……」
「ふふふ、そう怪訝にならないで。あなた達の事は良い友人としてお付き合いできそうだし、これからも仲良くしていきましょう? お二人さん」
「うっさい、とっとと落ちろ。まる焦げになって食われてしまえ」
 最後にパトリシアは言い放ち、笑いながら飛んで逃げていく。その後をいくつも血管を浮かべた顔で追いかけるユーリィ。そして気が付けば置いてけぼりをくらって慌てて追いかけるレシャール。
 新しく出来た友人と共に、日の昇る方に向けて追いかけっこをする二匹と一羽の影。後には食われて芯だけになった奇妙な果実が、大木のそばに転がり落ちてあった。 
 まだ朝の早い時間に、広大な都会の中で三つの点が元気よく蠢いている。大空は今日も賑わう地上を見下ろしていた。

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