*冷たい華故 [#o5a1b84a] &color(red){注意!};人によっては&color(red){グロ};いと思うかもしれません #contents **雪山 [#p8faeb57] 空は黒く淀み、辺り一面銀世界の中に僕はいた。 吹き荒れる雪でほとんど前が見えない。 目を凝らすと、そんな猛吹雪の中に誰かが倒れている。近づくにつれ、その正体が分かってくる。 あれは、リーフィアか? そのリーフィアに1匹の何かが近づいてくる。 あっちはイーブイか? 「あ……」 僕は目の前の光景に自然と声が漏れる。 イーブイがリーフィアを食べ出したんだ。 イーブイは狂ったように食い付き、やがて、リーフィアは頭だけになった。 イーブイは口を赤くして、 『ごちそうさま、姉さん』 と、笑顔でそう言った。 僕の頬は涙で濡れていた。 **僕 [#o0e38fbe] 朝日が窓から僕を照らす。 僕は目を開けて、意識を確立させていく。 右目は僕の意思通りに動くが、左目は神経がまるで通っていないかのようで、全く開かない。 「ふぁ~あ」 目が覚めて最初に口から出たのは欠伸だった。 最近よく夢にでるリーフィアとイーブイが今日の夢にも出てきた所為で、今の気分は最低最悪だった。ましてや、僕の種族はグレイシア、つまりはイーブイの進化系。その為、気分がいいはずが無いんだ。 「朝からグロテスク過ぎるんだよ」 夢に向かって愚痴を吐き、時計を見る。今の時刻はだいたい7時。朝食の時間が7時半だから、ちょうどいいかな。 「さて」 僕はそう呟いて、丸めていた体を伸ばして立ち上がり、ベッドを降りて、自分の部屋を出た。 **モヤモヤの朝 [#ge72db2d] 「おはよう、&ruby(レイカ){冷華};」 「…あぁ、&ruby(ルカ){流架};、おはよう…………」 私が挨拶して、彼から返ってきたのは、魂の抜けたような返事だけ。 とぼとぼと廊下を歩いてきたその様子からも、元気がないのは明らかだった。 もしかして、今日もあの夢を見たのかな? 「また、あの夢?」 私がそう聞くと、彼は頷いた。 やはり、彼のこのテンションのわけは、私の予想通りだったようだ。 彼の身体中には傷があり、左目と左耳は機能を失っているけど、彼はそれらについて何も覚えていないらしい。もしかすると、彼のその夢は、彼の失った記憶に関係しているのではないかと私は思っている。まあ、あくまで推測だけど。 しばらくして、彼はキョロキョロと辺りを見回し始めた。 「冷華?」 私が呼んだ瞬間、彼の右耳がピクッと動いた。 彼は私の方を向き直したような、そうじゃないような微妙な角度のまま答えた。 「あ、えっと……&ruby(クレア){暮暗};は何処だい?」 どうやら私の兄のブラッキー──暮暗を探していたらしい。 「今さっき射的屋のおじさん((元軍人))のところに行ったわよ。どうしたの?クーちゃんに用?」 私が答えても、彼は全く反応しない。 寧ろ、何か考え込んでいる感じだ。 「冷k……!」 動きだした私の唇に彼の唇が重なった。 なるほど、考えていたのはこれだったのか。 **イタズラ [#g1db6d6d] 部屋を出てしばらく廊下を歩くと、1匹のシャワーズが立っている。 彼女の前を僕が通ると、僕に挨拶をしてきた。 まだ夢の気分の悪さが残っていた僕は、素っ気なく挨拶をかえす。 それを見て、彼女は僕があの夢を見たと気付いたのか、僕に夢を見たのかと尋ねてきた。 僕が首を縦に振ると、しばしの沈黙が流れる。 そう言えば、暮暗はいないのかな? 気になった僕は流架に聞いてみた。 どうやら、射撃の訓練に行ったらしい。 休日なのに、頑張るなあ。 …………よし、暮暗がいないなら……。 僕が悪巧みをしていると、流架が僕の名前を呼ぼうとする。 でも、言いきる前に僕が彼女の口を塞いだ。 美しい君が悪いんだよ、流架。 南鐐の如く美しい銀色のキリッとつり上がった目とか。僕らイーブイ系の種族には珍しく、毛の無い、艶のある水々しい肌とか。 とまあ、何だかんだで流架にキスしたわけだが、彼女の頬は赤くなっている。 おそらく僕の頬も赤くなっているんだろう。 流架とのキスは短かったけど、さっきまでの憂鬱は何処かに吹き飛んでいた。 ……流架は怒っただろうな。 **ケンカもほどほどに [#i4f62aa7] 「キ、キスくらいでそんなに怒らないでくれよ」 今日の朝食は何かな。 なんてことを考えながら部屋の外に出た僕に、聞こえてきたのはそんな声だった。 「お前ら、廊下で何やってんだ?」 「あ、&ruby(カオウ){火桜};! 聞いてよ、冷華が私の口にキスしたの!」 ああ、いつものやつか。 冷華の奴が流架にキスしたんだな。 あまりにもいつも通りすぎて、驚くことすらもない。 「そうか、じゃあ冷華が悪い」 もはや、何も言うまい。 「火桜! 友達だろう?」 「お前と友達だ? アホか。流架、しっかり潰しといてくれ」 バトルの良い練習相手とは思っているけど、あのナルシスト((こういうこと言う奴ほどナルシスト))と僕とが友達だなんて、考えただけでヘドが出る。 「火桜~」 とか言いながら奴は泣き付いてくる。ウザい。 「ふざけんな、離れろ。潰すぞ」 「ちょっと! 火桜!」 こ、この声は……。 「&ruby(ライラ){雷羅};!!!」 ぽっちゃりライチュウ雷羅の登場である。 あのお腹、気持ちいいんだよな……。 「何やってんのよ!? まさか、冷華を虐めてたの? それも、流架を巻き込んで」 雷羅は今でこそこんなに丸く太ったけど、昔はスリムなライチュウだったんだ。昔は。 まあ、スリムでもぽっちゃりでも可愛いけど。 「火桜、他人を虐めるなんて、それでもマグマラシなの!?」 ちょっと、顔近すぎ。 それと、僕がマグマラシなのは関係ない。 「雷羅、違うの!火桜は悪くないの!冷華が私の口にキスしたの!!」 「あら……? そう……」 おや?どうやら、攻撃対象が僕から冷華に移ったらしい。 ナイスフォローだった、流架。こりゃ見物だな。 「さあ、冷華、歯を食い縛りなさい」 **楽しい食事 [#e454a6d7] 食事を口に運ぶ度に、さっきの傷が痛む。 雷羅め、本気で殴ることないじゃないか。 「痛っ……」 「女の仔泣かせた罰よ」 僕が苦痛の声を漏らす度に、雷羅がにやけながらそんなことを言う。 泣かせてはいないと思うんだけどな。 「女を泣かせただ?おめえみてえな色男がか?」 右前にいたサンダース──&ruby(ライス){雷珠};が横目でそんなことを言った。 「何だよ、雷珠」 「いや、ポケモンは見かけに寄らねえなあ」 くそ、自分だって見かけに寄らず臆病者のくせに。 「雷珠、冷華だって彼女いない歴が年と同じなんだもん。しょうがないわ」 雷珠の隣のリーフィア──&ruby(ネギ){音季};が口を挟んできた。 野菜のくせに…………!兄弟して僕を馬鹿にして…………!! 「姉貴、俺より酷えこと言ってねえか?」 「2匹とも、他人をバカにしては駄目ですよ。彼女こそいませんけど、私は、冷華は充分に美しいと思いますから。安心してくださいね、冷華」 やっぱり&ruby(レッカ){烈火};は見る目があるんだ。 まあ、怒ってなければこんなに優しいけど、この間唯一王って言われた時は大変だったんだ。 「冷華。まさか、俺の妹に手ぇ出したのか?」 「く、暮暗!え、えっと……それはその………」 「いいじゃないか、暮暗。そんなに冷華を追い詰めては可愛そうだよ。……って、僕は思うなぁ」 あ、&ruby(アカツキ){明憑};様ぁ! 貴女は僕の救世主様です!太陽です!! ああ、そうそう、明憑はエーフィなんだけど、実は、暮暗と明憑は両片想いなんだ。でも、この話は後ほど。 「明憑が言うなら……しょうがないか。だが、次は無いからな」 明憑さえ味方なら、暮暗なんて怖くないさ。 ともかく、今回は処刑されずに済みそうだ。 次は暮暗にバレないようにしよう。 **トレーナー [#x993729e] 冷華たちが食堂で食事をしている頃、同じ家のまた食堂とは違う部屋で。 「&ruby(カンナ){感奈};、お茶をいれてくれ」 「はい」 1人の人間が1匹の青いサーナイトと共にいた。 その人間はサーナイト──感奈のトレーナーで、また、冷華たちのトレーナーであった。 「どうぞ、マルさん」 「ありがとう」 マルと呼ばれた人間は感奈の出したお茶を受け取る。 「それと、感奈……」 「何ですか?」 「今さっき俺からスッた財布を返せ」 「あら、バレてました?」 感奈は悪びれる様子もなく、足元から財布を出してマルに返す。 「ちょっと、感奈」 「何ですか、&ruby(カリン){河鱗};?」 「『何ですか?』じゃないよ。仕事が溜まってるんだ、手伝いな」 少々イラついた顔でフローゼル──河鱗がそう答えると、感奈は渋々といった表情で、河鱗の手伝いをしにいった。 **真実って何 [#ke19a291] チュリネが1匹、こっちに怯えた目を向けている。 その隣で、グレイシアがこっちを睨んでいた。 何だよ、その目………。 「貴様の守りたいものはなんだ?それが分からないから、私に勝てないのだ」 グレイシアは僕にそう言い放った。 **桜 [#f17e4c43] 「……い、おーい!」 誰かが呼んでる? 僕はゆっくりと目を開ける。 「やっと起きた。もう夕方よ」 大空を思わせる青い肌。雲のように白い綿。歌のように透き通った声。僕の目の前にいたのは、チルタリスだった。そのチルタリス──&ruby(ウール){羽龍};に夕方、と言われて、僕は辺りを見回した。 どうやら僕は大樹の下にいるようだ。その大樹の枝先に咲く桃色の花が風に吹かれて舞っていた。 「羽龍、ここは何処だい?」 「家から少し離れた草原よ。みんなでピクニックに来たの、覚えてない?」 ああ、そうか。マルがいきなりピクニックに行くって言い出したんだっけ。 「大分うなされてたわね、大丈夫?」 うなされてた? そういえば、何か夢を見ていた気がする。でも、思い出せないや……。 「大丈夫だよ」 僕は取り敢えずそう言っておいた。 心配させると悪いからね。 「おい、羽龍、冷華は起きたか?」 木の幹を挟んで反対側から、 1匹のトゲキッスが尋ねてきた。 「&ruby(シルフ){刺風};、今起きたところよ!」 羽龍はそう刺風に返して、そして僕に、 「冷華、みんなの所に行こう」 と言った。 僕は頷いて立ち上がった。 羽龍はそれを確認して、刺風の方へ飛んでいった。 「さあ、僕も……うわぁっ!!」 **お嬢様の捜索中 [#kdfad892] もみじ、貴方がいなくなって半年経ちました。 だから、貴方との約束を破り、貴方を探させていただこうと思い、わたくしは城を出ましたが……「ここは何処なのです?」 完全に迷ってしまったようですわ。 でも、そのまましばらく茂みの中を歩き続けていたら、茂みの外から、声が聞こえてきたのです。 声のした方へ歩いていくと、そこには1匹のグレイシアがいましたの。 「もみじ!」 わたくしはそのグレイシアがもみじだと思い、駆け寄って、飛び付いたのです。 「うわぁっ!!」 私と彼は転がっていき、私は止まったところであることに気づきました。 彼は、もみじではありませんでしたの。 そのグレイシアも、もみじ同様、沢山の傷痕が残っていましたが、傷痕の位置はもみじと異なっていて、更に、彼の目は垂れ目で、もみじは吊り目でしたから、全くの別ポケモンでしたの。 「あら、失礼。&ruby(ポケ){人};違いでしたわ」 **運命 [#yfbcf86b] 僕に何かが襲い掛かってきた。 あまりにも突然過ぎて、僕はひっくり返ってしまう。 何か、の正体はドレディアだった。 ドレディアは僕を舐めるようにして見てきた。 何か変なものが付いているのかな……。 しかし、あっさり、 「&ruby(ポケ){人};違いでしたわ」 と言い放った。&ruby(ポケ){人};違い? こんな目に会わせておいて&ruby(ポケ){人};違いってなんだよ…。 「おい、冷華、大丈夫か?」 遠くから、マルの声がする。 「うん、なんとか大丈夫だよ」 っていうか、このドレディアは、いつまで僕の上に乗っているんだ? 「あら……」 どうやら、上に乗られている間に、みんなが僕らを囲んでいたようだ。 ドレディアは困惑した様子だった。 「リリ……というのか」 マルがそう言うと、ドレディアが驚く。 ……取り敢えず、降りてくれないかな。 「貴方、何故わたくしの名前を……!」 名前なんか見えて当然だよ。 マルは藍眼っていう眼を持ってるんだ。その眼は、目の前の生物の情報が見えるっていうプライバシーの欠片もない眼なんだ。 まぁ、だから、名前が見えて当然なんだけど。 で、降りてくれないかな。 「そんなことより、君の探している“もみじ"という名前のポケモンについてだが、どうやら、俺がこれから会う約束のポケモンと同じポケモンらしい」 「本当ですの!?」 リリというドレディアは、僕の上で目を輝かせていた。 初対面の相手の言うことを信じるんだ……。 周りを囲んでいる家族たちは、全員が2人の話しに耳を傾けていた。 もう、僕は忘れられてしまったのかもしれない。 ああ、もういいや。地面にでも何でもなってやる。 「リリ…だったっけ?いつまで冷華の上に乗ってる気?降りなさい」 え……流架……? 「あら、すみません」 そう言いながら、リリは僕の上から降りた。 僕は流架と目が合った。彼女はすぐに僕から目を反らした。 やっぱり、朝の件で怒っているのかな……。 **性格は冷静(?) [#a47f40c6] 「たまには走って帰るか。ついでに競争なんかもしてみるか」 そんなマルの一言に、僕は落胆した。 結局競争することになって、僕は頑張って走ったけど、 「残念だが、最下位だぜ。やっぱ足が遅いな、冷華は。」 とか、雷珠に言われる始末である。 「冷華、そんなに落ち込まないで元気出してくださいね」 って烈火は言ってくれたけど、僕の口からは溜め息混じりの返事しか出なかった。 その後も僕のテンションが上がることはなく、僕は独り、庭に向かった。 「守りたい何かは、見つかったか?」 僕の後ろから、僕に声をかける誰かがいる。 振り返るとそこには、グレイシアがいた。 そのグレイシアは何処かで見た顔だった。 しかし、彼を思い出そうとすると、傷痕が疼き、僕の中から何かが出てくるのを感じた。 そして、僕はそのまま闇の中へと沈んでいった。 **悲劇のヒロイン [#d64f2241] 轟音と共に、冷たい爆風が吹く。 家の庭では2匹のグレイシアが戦っていた。 次から次に繰り出される技は、どれも盛大で、激しいものばかりだ。 だが、眼を凝らしてよく見ると、2匹の戦い方には違いがあった。 1匹の戦いには戦略を感じることができるが、もう1匹にはそれがない。ただ闇雲に大技を仕掛けているようだった。 私はその様子を見て、何故だか不安に駆られた。 そして、私は冷華の前に飛び出していた。 よく分からないけど、彼を止めなきゃいけない気がして。 彼は笑っているのに、悲しげな顔をしていた。 大丈夫、私がついてるから…………。 私の目の前が赤く染まる。 全身に走る痛みが真実を語った。 「冷…………華……」 **密約はお決まり [#d8ec0aab] 「緋涙(ティア)、ありがとう」 「ううん、いいの。お兄ちゃんの為だし」 冷華が暴走し始める少し前、マルは自室で赤髪の少女と会っていた。 緋涙と呼ばれた彼女は、マルのことを兄のように慕ってはいたが、実際の兄妹ではない。 「重かっただろ?」 そう言いながら、マルは緋涙の持ってきた箱を開ける。中には少し変わったデザインのモンスターボールが6個入っていた。 「全然重くなかったよ!」 まだ年端のいかない少女が持つには重そうな荷物ではあったが、彼女はそう答えた。 「そうか、なら良かった」 そう言いながら、マルは着替え始める。 その服は、何年も昔に暗躍していた組織のもの。 その組織は暗闇から外へ出ることなく、姿を消した。名前を知る者はごく一部の限られた者のみ。 そんな組織の服を何故彼が持っているのか、理由は単純に、彼が以前にその組織に所属していた、ただそれだけに過ぎない。 「こんな服、2度と着ないと思ってたけどな」 マルは着替え終えると、そんなことを言った。 「ティナ婆((マルが昔お世話になった人))の言う通りだ」 「お兄ちゃん?」 マルの一人言に、緋涙は首を傾げた。 「何でもないよ。取り敢えず、帰って休んで」 緋涙はこれに頷き、何処かへと消えて行った。 マルもゆっくりと部屋を後にした。 **荒ぶる心 [#le73036d] 「流架!!」 あの光景を見た誰もが、目を疑った。 「取り敢えず、私に任せてください」 と、感奈さんは流架の治療にあたった。 そう言えば、以前にもこんなことがあったような気がする。 あの時は確か、ドラマの撮影だったっかな。 私達、マルのポケモン達はみんな、俳優とか女優とかそういった関連の仕事をやっているんだけど、冷華はいわゆるスターってやつで、今でも色んな企画に引っ張りだこだ。 話は戻るけど、ドラマの撮影の最中にあの悲劇が起きた。 冷華が何の前触れもなく突然暴走しだした。 確かあれは事件ものの撮影だっけ。 そんな彼に誰も近づけない中で、流架ただ1匹だけが冷華を止めようと近づいた。 そして、流架は3つか4つに引き裂かれた。内臓は四散して、もう彼女の面影は無かった。 今でもあの時の流架を鮮明に覚えている。 その時は流架のお陰で冷華の暴走が収まって、感奈さんのお陰で流架も助かったから良かったけど、今回は……。 **天国と地獄 [#of5728e5] あれ、僕は……? 暗い、ここは……? 全身が濡れているような……。 この臭いは、前にも嗅いだことのある…………そう、流架の血の……流架の血? 何か、重大な何かに気付いていない気がする。 でも、頭が重いんだ……。 流架の臭いに包まれて、眠る。 僕はなんて幸せなんだ…………。 **夕鬱 [#geff23a0] 冷華は黒装束の男((マル))を見るや否や後を追って飛び出していってしまった。 流架は、取り敢えず感奈の処置もあって、今は自分の部屋に戻って休んでいる。 なんだか、パッとしねえ。 冷華の追跡は河鱗に任せることになった。 河鱗は「ついて来ちゃダメ」ってさ。 まあ、あんな状態の冷華を止められるのは、河鱗しかいないからな。 こんな時に何もできない僕の無力さに僕は怒り、落胆していた。こんな時、兄さんなら……。 そんな感情を持つのはきっと、僕があのナルシスト((お前がな))を心配しているからなんだろう。素直じゃないな、僕は。 夕陽が射し込んで、部屋全体がオレンジに染まっている。 ああ、静かだな。みんな沈んでる。 **計画通り [#o9989581] 冷華は予定通り、俺を追って来ている。 家からもけっこう離れた森まで来たし、周りには気配を感じない。そろそろか。 「&ruby(ドラグナー){竜};、スピードを下げてくれ」 俺の乗るリザードン──竜に俺はそう呟いた。 「了解」 少しずつ、竜の速度が落ち、冷華との距離が縮まってくる。 よし、今だ。 「&ruby(ゲンジ){幻次};、プログラム6((軸の違う別の3次元に飛ばす))だ」 俺はポリゴン2──幻次をボールから出して、そう言った。 「OK」 目の前が歪みだす。 形が無くなったと思うと、世界は俺と闘志むき出しの冷華だけになった。 「さあ、これで1対1だ、冷華」 **一方外では [#rceb1f7c] なんだよ、久々の再会だってのに、ゆっくり話す時間も無いのかよ。 「竜、そわそわし過ぎ」 「別に俺は心配なんかしてねえよ。そう言うお前は落ち着きすぎだろ。機械とはいえ、お前には感情ある((マルが頑張って作った感情プログラムのおかげ))んだしよ」 俺がそう言うと、しかし、幻次はフフッと笑って、 「そうだね」 と言った。 異次元にマルを飛ばした張本人でありながら、これだけ落ち着いているのだから、きっと大丈夫だろう。 ああ、早く戻って来ないかな。 **一方家では [#ad837f02] 「もみじ!!」 「リ、リリ様!どうして此処に!?」 庭で黄昏れていたクレハに、リリが声をかけた。 リリがいることを知らされていなかったクレハは、突然の再会に驚いていた。 「半年もわたくしを一人ぼっちにしておくなんて酷すぎです! それでも側近なのですか!」 「申し訳ありません、リリ様」 クレハはリリに深く頭を下げる。 「父上との修行の為であったのです。どうか、お許しください」 そんなクレハを、リリは悲しそうな顔で見つめていた。 「………もう、昔の様にはいかないのですね」 クレハはまるでリリのその悲しみに満ちた表情から逃げるように、顔を伏せていた。 「わたくしを助けてくださったあの時の様には」 その言葉を聞いて、クレハは顔を上げる。 そしてしばらく経った後、クレハは口を開いた。 「貴女がそう仰るならば、貴女が私に恋をしたように、私も貴女に恋をしましょう。いえ、既に私の心は貴女のもののようです」 夕焼けの所為もあってか、クレハの顔は紅く染まっていた。それを見つめるリリの顔もまた、夕陽に染められていた。 「それならば、いいのです」 **家族 [#w027dd0a] 俺は頭に付けていたバンダナを外し、長い髪を下ろした。 やっとのことで押さえつけた冷華にバンダナを巻きつける。 あの人((ティナ婆))に貰ったこのバンダナには、ポケモンたちの力を抑える効果があるから、だんだんに冷華の動きが鈍くなっていく。 そうして動けなくなった冷華と眼を合わせて、冷華の精神世界に入り込む。 ゆっくりと、確実に。 そうして入り込んだそこはひどく暗くて、何も見えない。 「冷たい……」 足元は水溜まりのようになっていて、俺の足首くらいの水位だ。目を凝らすと、水溜まりは奥まで続いているのが見えた。 しばらく進んでから気付いたが、何だか辺りが血生臭い。 恐る恐る足元の水溜まりを再び見ると、やはり水溜まりは赤く染まっている。 そんな廃れた心を進んでいくと、少しずつ水位は上がっていき、やがて、俺の膝下くらいになった。 三度足元を見ると、冷華が血の中に眠っていた。 「冷華、起きろ」 「ん……何だい?マル」 冷華の目が開く。 普段開けていない、左目を開けていた。 そしてゆっくりと立ち上がる。顔が血溜まりの上にちょうど出る感じだ。しかし、彼の顔は血の中に埋もれていたにも関わらず、鮮やかな空色をしていた。 「何も見えないんだ。臭いと音は分かるのに、真っ暗なんだ」 そうか、それなら都合がいい。 「冷華、お前の前のトレーナーを覚えてるか?」 「うん、覚えているよ。今でも憎くて殺したいんだ」 「殺したいなら、殺せばいいじゃないか」 そうだ、殺せばいい。 「俺が………」 「そうだね。でも、いくら君が憎くても、殺せないんだ。思い出が多すぎたのかな」 「え……?」 予想外の返事に俺は驚いてしまった。 「それだけじゃないよ。僕、君と同じ眼を持っているんだ。でもって、君の過去を覗かせてもらったんだ。僕のお父さんが君の記憶にいたんだけど、どういうことか、分かるかい?」 話の流れが掴めずに、俺は唖然としていた。 「僕のお母さんはシャワーズ、お父さんは人間。そして、君は僕の兄さんなんだ。[[僕は姉さんを殺してしまった>#p8faeb57]]。これ以上、家族を失いたくないんだ!」 もう、何が何だか分からない。 でも、ただひとつだけ分かった。 俺は弟を虐げていたということが。 組織に洗脳されていたにせよ、事実に変わりないことだ。 「……俺はお前を傷付けたし、それに、俺がお前を捨てなければ、アイツを喰わずに済んだはずだ。結局、元凶は俺なんだよ……!殺してくれ!冷華、お前の手で!」 俺は地に膝を着き、血に半身を埋めて、冷華に死を求めた。 「いやだよ。君は家族だ!それに…………」 なんで涙が止まらないんだよ……。くそ…………。 「外でみんなが待ってるから」 **…… [#zf137ed8] 「……作戦は失敗した模様、帰還する」 「了解しました、お気をつけて」 **帰り道 [#k9a074c2] 竜に乗って、マルと冷華が空を飛んでいる。 「俺は心配なんかしてねえからな」 「ああ、竜、悪かったな。ありがとう」 マルはそう言って竜の首に抱きつく。 竜の尻尾の炎が大きくなる。 「や、やめろよ。俺だって一応雌なんだぞ」 「別にいいだろ、人間とポケモンだ」 冷華はそのマルの言葉に少し違和感を覚えた。 「兄さんは人間じゃ……」 「そんなことは置いといて、今日、お前は暴走し流架を傷付けた。覚えているか?」 その言葉を聞くなり、冷華の顔がみるみる青ざめていった。 「僕が……流架を?」 「そうだ。俺がどうこう言える訳じゃないが、一応、家に着く前に伝えておいた」 冷華は何も言わなかった。 ただ自分の犯した罪を受け入れられなかった。 **自暴自棄になるのは誰でもあるはず [#s52336a0] 家に着いてすぐに、冷華は確信した。 自分が再び流架を傷付けたことを。 彼は夕食も食べずに、独り、自分の部屋にいた。 馬鹿。私だってそうなるって可能性くらい……。別に気にしてないのに。 「冷華、入るよ」 部屋の中からの返事は無い。 鍵が掛かっていなかったから、私は勝手に入っていった。 部屋の隅に小さく丸まった冷華がいた。 こういうところも前のと同じなんだよね。 「流架……」 「冷華……」 互いに名前を呼び合って、そのまま、ただ時間だけが過ぎる。 彼は私に眼を合わせようともしなかった。 私は冷華の隣に座った。 彼に体を寄せると、彼が震えているのが伝わってきた。 朝の威勢は何処へやら。傷だらけの彼がますます傷付いて見えた。 「左目、開くようになったんだね」 彼の普段閉じている左目が開いていた。 よく見ると、目の上の痣が消えている。 「私さ、冷華が治してくれるまで、雄を恐がって避けてたのを覚えてる?」 冷華からの返事は無い。それでも私は話を続けた。 「私はね、虹の眼っていう眼を持つ部族に生まれたの。でね、私が生まれた頃は、奴隷狩りがそこらで起こっていて、私もクーちゃんも捕まっちゃったの」 冷華の背中が上下し、耳は動いているから起きているとは思うけど、彼は目を閉じていた。 「そこからしばらくはクーちゃんとはお別れ。そして、私はアルメアって大きな国の小さな施設に買われた。いわゆる娼館ってところ。そこで私は4年間くらい奴隷として生きた。人、ポケモン問わず、大きさも様々なヤツの相手をするの。子供やタマゴができれば、即その子供たちを処分して、次の相手をする。マルたちが助けに来るまでそんな毎日よ」 冷華はなおも動かない。 私の昔話など興味は無いかもしれないけれど、時折動く耳と尻尾がまるで「聞いてるよ」と言っているようだった。 「だからね、雄が苦手だったの。恐かったの。でも、貴方が2年間、ほぼ毎日私にアプローチしてくるから、恐怖も少しずつ小さくなってくれて、こうして隣に座っても大丈夫」 私はこう言ったけど、あるいは“冷華だから"という条件付きかもしれない。 「…………危ないよ」 「知ってる」 冷華のかすれた低い声がひっそりと響く。 「……また君の体を引き裂くかもしれない」 「そんなこと、知らない」 「…………」 ああ、また黙り込んじゃった。 しかも、私の反対側を向いてる。 仕方ないなあ。 「冷華」 そう呼ぶと、彼はこっちを向いた。 その瞬間に、私の唇を彼のに重ねた。 ほんの一瞬だけ。1秒も経っていない。 今日までのイタズラのお返しに、彼の顔は驚き1色に染まってしまった。 そして彼は私から顔を背ける。 「それじゃあ、また明日」 私は立ち上がって、部屋を出た。 私が部屋から出ていく時、冷華は壁の方を向いて丸くなっていた。 結局、彼の笑った顔は見られなかった。 でも、明日は見られるって信じてる。 **とどめの1発 [#xdc9c4a2] 「入るぞ」 冷華の部屋に、冷華ではないグレイシアが入っていく。 「………君は…?」 「私はクレハ。確か、お前は冷華といったな」 ほぼ初対面であるのにも関わらず、お前呼ばわりとは……。 「以前、お前に会った時にも聞いたが……」 冷華は会ったことがあったか思いと首を傾げた。 が、クレハはそんな冷華を気にせずそのまま続けた。 「お前の守りたいものは何だ?」 「え……?」 冷華は返事もろくにできなかった。 それもそのはずで、彼からしてみれば、見ず知らずのポケモンがよく分からないことを言っているようにしか思えないのだ。 「無いのか?」 クレハはなおも問いただす。 「あ、あるけど……」 冷華は素直にあると答えられなかった。 自分の手でその守りたいものを傷付けたなんて、考えるだけでも苦痛だった。 「さっきのシャワーズか」 「…………」 冷華は何も答えずに、その時間が過ぎる。 しばらく経ってから、クレハは溜め息を交えて 「他には?」 「え……?」 「守りたいのはあのシャワーズだけか?お前はあいつ以外は全ていらないのか?」 「それは………違う…」 冷華はそう言った後、少し考えて 「みんな……みんなと過ごすその時間を、当たり前の日々を……守りたいんだ」 それを聞くと、クレハは微笑み 「それなら、明日もそうすればいい」 そして、部屋の入口へと歩きだす。 「君は…………!?」 「私はクレハ。リリ様とその思い出を守る為闘う1匹のグレイシアだ。これまでも、これから先も」 クレハが部屋を出た後も、冷華は考えていた。 自分の存在を確かめるように。 **エピローグ [#d1dbc12f] 眠い目を擦りながら部屋を出たら……… 「絶対に許さない!!」 「わ、悪かったって……」 また今日も…… 「キスするなら先に言いなさい!」 「何だ何だ、朝から他人の部屋の前で」 「火桜!冷華が私にいきなりキスしてきたの!」 いつもの朝がある。 だからきっと、いつもの日々があるだろう。 そう思わせる奴等がいるから。 ----- 一応、[[ひとでなし>狗日的]]が書きました。 書き物は初めてなので、拙い文章とは思いますが、 何かありましたら、コメントよろしくお願いします。 あ、名前が漢字のポケモンは色々設定があるので(ry #pcomment(冷たいコメント,5,above)