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冥王のきまぐれ の変更点



 つまらぬ
 つまらぬつまらぬつまらぬ、つまらぬ
 とにかくつまらぬ
 
 真っ暗闇の世界を、この世界の主が縫うようにして泳いでいきます。
 冥府と呼ばれる万物の魂が最後に行きつく場所で、しかし魂には実体はありませんから、この場所は現実の世界には存在しえないのでしょう。
 すなわち魂とは暗黒物質のようなもので、この空間は未知の次元を持つ空間といったところでしょうか。
 閻魔大王もいなければハーデスもいません。実体として存在するのは冥王ギラティナ、ただひとり。
 今日も現世から週末の地へとたどり着いた魂たちを浄化するという日々をおつとめに励んでおられます。
 
 しかしつまらぬ。擦れ切った塵芥のような魂など相手にしても、刺激がなければやりがいもない

 しかし冥王が仕事をしなければここは魂で溢れてしまいます。誰も聞いてくれるひとのいない独り言をだらだら流しながら、もはや魂としての態をなしていないそれらを浄化するのです。
 これが毎日―冥府に”日”という概念があるのかは分かりませんが―続くのですから、さぞや冥王の退屈は頂点でしょう。

「ほう」
 冥王が何かを見つけたようです。
「ほうほうほうほう、ほう」

 これは珍しい。冥府に来てもなお魂が、魂としてのカタチをなしているとは。現世に強い未練があるとか、冥府に来たことを全く知らずにいるとか、たまにそういったレア物が来るんだ。

 冥王の冷たいまなざしが、熱く燃え盛る魂を睨みつけます。さて、そこは冥王。いかに苛烈な猛火であれ、それが魂である限り、一息に吹き消してしまうことなど容易いことです。
「よし、遊ぶか」
 ところが、ところが退屈に耐えかねた冥王は、冥府に来てもなお盛んに燃える魂を、太い足で踏みつぶすようにしながら、冥府から現世へと叩き落したのでした。

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 目覚めてからというもの、とても気分がいい。
 例えるならそれまでずっともうどく状態でじわじわと苦しみながらただ息絶えるのを待つばかりだったところに、どこからともなくモモンの実が現れて、毒を快癒してしまったようなものか。
 今までずっと病気で寝込んでいたのに、長らく寝ると体調がここまで好転するということもあるんだ。睡眠って偉大。とにかく体調がいい。
 でも、昼間は眠くなってしまう。寝込み過ぎて生活リズムが逆転しちゃったなあ。
 仕方がないから夜中に旅を続けるのだけれども、これがこれまでとは全然違った雰囲気になってるんだ。
「おや、このあたりでは見かけない顔だね」
「やあこんにちは。旅をしているので確かに見かけない顔かも知れないね」
 フーセンあたまにばんそうこう。糸のように細い日本の腕は浮いた頭からぶらぶら垂れさがるのみ。
「何か目的のある旅を?」
「そうさ。私は月の石を探して旅をしているんだ」
 寝込んでいるときに本で読んだフワンテというポケモンだったと思う。ポケモンと言う意味では同族だが、タイプ的には正反対の位置にいる。
 やはり夜には夜の生態というものあるんだろう、ね。
「月の石……?友達か誰かが使うのかい?」
 フワンテ君はぷかぷか頭を落として不思議顔。あらら、見かけない顔だって言ってたからひょっとすると知らないのかも。
「やだなあ、私が使うに決まってるじゃないか」
「うん? ふーん?」
 フワンテ君はまだ納得いかないという感じでふよふよしていた。確かにこのあたりでは珍しい種族かもしれないし、確かフワンテは進化の石が必要ない種族だからよくわかっていないのだろう。
 私の顔をまじまじと舌は出てこないけど舌でなめるように見回し、それから一周回る。ぶら下げられたひものような腕が遠心力に任せてひょうと舞った。
 どこかでホーホーの鳴く声が不思議な空気を引き戻してくれる。フワンテ君は、まあ、君がそういうのならそうなんだろうねと言って立ち去ろうとした。
「去る前に、月の石に心当たりがあるなら教えてもらいたいな~って」
「進化の石を売っている人、知ってるよ」
「本当!? ぜひ紹介してほしい! できるお礼なら何でもする!」
「することもないし一緒に行こうか。お礼なんて水臭いこと言わずに、さ」
 フワンテ君の垂れた二本の腕の片方が、ゆらりと持ち上がった。握手のつもりなんだろう。
 ああ、この腕はちゃんと自分の意思で動かせたんだ……と思ったのもほどほどに、私も差し出した腕は夜中だから真っ黒。
 それを絡めて二匹の握手。全然見えてないけど、感触で握手してるっていうのは、よくわかる。

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 時刻は深夜の真っ盛りとでも言えばいいのかな?
 草木も眠る深夜帯。昼間のポケモンは無防備に眠りこけている中で、ゴーストたちの夜会が最も盛り上がる時間。
 でも、ここに来るまでに会ったポケモンたちはほとんどいない。唯一夜回りのヨルノズクに気を付けるように言われただけだ。
 フワンテ君に聞いてみたら、そんなにたくさんのお客さんは捌けないからわざと隠れてるんだって。へえ?
 月の出てない、星も見えない。雲がどんより、空気も重くのしかかり、じめじめひんやり、それでいてねっとりとまとわりつくような空気。夜の森がこんなにおどろおどろしくて恐ろしいものだったとは。
 でも何故か、今の僕にはそこまで忌避すべきものには感じられなかった。親切なフワンテ君が一緒に手を引いてくれているからだろうか。 
 それとも、夜の森をこんなに元気に、長い間うろついたことが初めてだから、恐怖心よりも好奇心とか、冒険心の方が大きくなっているのだろうか。足どりが軽い!
「そういえば進化の石を使う理由を聞いてないけど?」
「私はねー、最初の進化の時にちょっと失敗しちゃったらしくて、ずっと体が弱かったんだ。だから早いとこもう一段階進化して丈夫な体を手に入れようってわけ」
「ふうん。進化不良って奴なんだ。確かに今の君は&ruby(・・・・・・・・・・・・){そういうことなんだろうね};」
「あっ、信じてないな? ちょっと前までずっと寝込むほど大変だったんだぞー」
 草木を踏み分け歩む道。久しぶりに長距離歩けて疲れてきたのか、足の裏の感覚が非常にぼんやりとしてきた。フワンテ君は浮いてるから関係ないんだろうけど。
 ところが肉体の感覚とは裏腹に、気分はとても高揚している。元気そのもので、使われるべきエネルギーが腹の底から湧いてきていた。
 ひょっとしてあれかな。精神が肉体を超越した状態。この場合だとウォーキングハイってやつ。
 こういうときに大丈夫だからと調子に乗って無理をし過ぎると、のちになって体に跳ね返りがやってくる。今度の今度こそずっと寝たきりになるかもしれない。
 珍しく元気すぎるくらいで、自分の深刻な体のことを忘れるところだった。前を行くフーセン頭にポツリ。
「その、進化の石を扱ってる人っていうのは、ここから遠いの?」
「いいや。遠くはないね。休憩する?」
「する!」
 ぶらりと振り返る無表情の風船。こちらを気遣っているのかもわからない淡々とした口調。やっぱりゴーストなんだと思いなおしたのはその時で、悪いとは思いながらも少し後悔してしまった。
 子供の手を引いて冥府まで連れて行ってしまうという都市伝説が頭をよぎる。
 真っ暗な真夜中、子ども同然の私が、フワンテとふたり。甘い言葉に誘われて連れ出せれる構図までまるっきり同じ。
 怯える精神。応えぬからだ。背筋に冷や汗をかいて血の気が引いているに違いない気分なのに、からだが一切そういった反応をしない。
 精神と肉体の乖離が事態の重大さを示しているようだった。
「何考えこんでんの?」
 私、やっぱり帰る。その一言が出てくる前のタッチの差で、フワンテの言葉に自分の嵌っていた妄想の世界が崩壊した。
 私の顔を覗き込む風船。どうということはない、ただフワンテというポケモンがそこにいるだけだ。フワンテは魂を誘うなんて所詮は噂。
 食べるかときのみを差し出すその好意には裏はない。そう信じている。
 きのみを受け取り、腰かける。フワンテ君も隣に続いた。浮いたままだが。
 雲の切れ間から月が僅かに顔を覗かせる。明かりの中で見えたフワンテ君は、やはりどうみても魂の案内人ではなく、ただのポケモンだった。
「やっぱり、おかねを結構取られるのかなあ、って」
 信頼しきれず嘘をつく。もう齧ったきのみの味がしない。瑞々しさは感じたが、口の中は乾いていた。
「なんだそんなことか。単純におかね、ってときもあるけど、もっと別の対価を要求されることの方が多いね」
 ごくりと飲み込む。口の中は乾くのに唾が止まらない。
「……寿命、とか?」
「寿命なんて貰っても使い道がないなあ」
 ところがフーセンの返事は想像していたおどろおどろしい答えとは反対の答え。
 あ、そうなのと乾いた相槌を入れるしかできることがなかった。一人で盛り上がってバカみたい。
 いやいや、寿命はいらないと言われてもまだ何を要求されるのかは分からない。あらかじめ聞いておくに越したことはない。
 おかげで変な緊張も吹き飛んでしまった。
「おや、満月」
 雲が切れて顔を覗かせたらしい。
 私の種にとって満月は非常に大切なもの。杞憂に終わりかねない質問よりも、満月に興味が移ろうのは至極当然のことだった。
 雲の間からだというのに、真昼のお日様のようにまぶしかった。お久しぶりです。逆光で真っ黒の自分の腕で直射を遮りながら挨拶する。
「私たちの種族は満月の夜にみんなで舞いを捧げるの。私も体が強くなったらみんなと踊るんだ」
「にわかには信じがたいね」
「完全には出てないから今日は見せないけどね!」
 渡されたきのみに齧りつく。やっぱり好きな味のきのみだったはずだが、おいしいと感じられない。これも体調が良くなった作用の一つだろうか。

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 休憩を終え、さらに歩くこと数時間。ゴーストの言う遠くはないを信じた私がバカだった。十分遠いじゃない。
 夜はますます深くなり、元気だったゴーストの子供たちは遊び疲れて眠る明けの前。ゴーストの成熟した大人たちが束の間の、短い自分たちの時間を謳歌し、夜明けとともに世界を辞する時間帯。
 フワンテ君はずっと浮いているから疲れのほどは分からないが、さすがに私は疲れた。ウォーキングハイだなんて言ってる場合じゃない。もう無駄口を叩く余裕もなく、一言も交わさない状態が長らく続いた。まだなの、くらいはきいてもよかったけど。
「やあやあ、今日は開いてるよ。運がいいね」
 巨木の根元に木造りの小屋。軒先にかけられたランプがどうやら開店中を示しているみたいだけど、きっとあれは炎タイプのポケモンが出す火じゃなくて、鬼火とか、ヒトモシの頭とか、そういった類のものだと思う。
 できてから相当長い施設なのか、来客用に敷かれた木のステップがところどころ朽ちていて基礎にしている石材が露出していた。ひんやりと冷たいもの。背筋に悪い。
「月の石、あるかなあ」
「大丈夫だよ。ここの先生は何でも持ってる。進化の石だけじゃなくて、進化に必要な道具を全てね。当然あらゆるポケモンの進化の条件も知ってるからよく話を聞きに行くんだ」
「へえー……」
 なんだか、神様みたい。私がこれまで読んだ本だって進化について詳しいことは分からないと平気で書いていたし、肝心の進化に必要な道具がどこにあるかに至ってはほとんど記述がないのだもの。
 ここの先生の方がよっぽど万能じゃない!
 建付けの悪そうに見えてフワンテ君の細い腕でも難なく開けられる扉が開かれると、そこにはひときわ煌煌と輝く『何か』の焚火と、カウンターに頬杖をついて暇そうにしている巨体。
「おやフワンテ君こんばんは。珍しいですね店まで来て。君にはうちの商品は必要ありませんよ?」
「ええこんばんはヨノワール先生。用があるのは僕じゃないんです」
 デカい図体をした一つ目お化け。よく見たら腹に大きな口がある。
 こういう用事がなかったら絶対に近づかなかっただろうな、うん。
「ほう。そちらの方はお客さんですか。どうぞいらっしゃい。各種進化の石からキバウロコ、文明の残滓など何でもございますよ」
 棚の中から桐箱を取り出してどかんとカウンターの上に並べていく先生。
 何をこんなに厳重に包装しているのか知らないけれど、専門家には専門家なりのこだわりがあるのだろう。私は物がもらえれば……まあ、それでいい。対価に何を要求されるか分からないのが怖いところだけど。
「月の石が欲しいそうですよ」
 巨体のゴーストに尻込みしている私に代わって、フワンテ君が取り次いでくれる。先生は並べた箱の中の一つを開けると
 大きくて立派な月の石だ。実物を見るのは初めてだが、それでもこの石がいいものだというのは一目でわかる。
 腹か腰か、どこからともなく取り出したラシャのクロスで恭しく石を磨いていく。
「ということは、誰か? 友達への贈り物ですかな」
「違います。本人が使うんです」
 ヨノワール先生の動きが止まる。作業をしていた手がカウンターからすり抜けて、目の前に出てきた。
 何でも知ってるって言ったくせに、私が月の石で進化することを知らないってどうなのよ。
 そして先生とやらは、不審がる私を値踏みするような眼でしばらくジロジロ見回した後、呆れたように言った。
「冗談はよしなさい。&ruby(・・・・){ゲンガー};が月の石で進化するわけないでしょう」

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 …………
 …………は?
「は、ゲンガー……え?」

 私は、ピッピ。

 体が黒いのは、夜中だから。

 夜に活動するようになったのは、生活リズムの乱れ。

 月の石が欲しいのは、病弱なこの体を進化させて頑健にするため。

 …………
 ……私は、ピッピだよね?


「いや、わかりました。事情がわかりましたよ。君に必要なのは、これのようだ」
 どのくらい混乱していたかは分からない。
 いつの間にか肩の上に置かれた両手、ぐっと沈み込むように一度押さえつけられると、妙に体が軽くなった。フワンテ君は相変わらず表情は変わらないが、漂わせる雰囲気に異常を浮かせながらこの光景を眺めていた。
 ヨノワール先生が一つしかない目を閉じて、大きく息を吐く。何、その諦めたような顔は。
 先生が呆れつつもカウンターの下から取り出したのは……え……鏡……え……?
「この鏡はね、霊でも、その姿が写る特別な鏡だ」
 ちらりと取り出したときに鏡の端に移っていた黒い影。嫌な予感を通り越した絶望感が背筋を滑り落ちる。
 『何か』を燃やしていた焚火が、何か新しい燃料を得たように火勢を強めた。
 ゆっくりとヨノワールの巨体がすっぽり入るほど大きな鏡面を持つ鏡が立てられていくにつれて、早鐘を打っているはずなのに全く聞こえない心臓音。
 私は、何……?

「あなたは、元の魂の器が壊れてかりそめの肉体に入り込んでしまったのですよ。あるいは封じ込まれたか。いずれにせよ、魂の姿とからだの姿が全然違う」

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 そしてついに自分が自分であることを認めざるを得ない証拠を突き付けられたとき、魂が、確かに一つ、まるでギヤマンが砕けるように、壊れる音がした。

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 冥王が無理やりむき出しの魂を現世に送り返したところで、それは現世で適切な形をとることができるでしょうか。
「ふむ。ふむふむふむ」
 屍人の魂は、死ねば必ず冥府に来るというわけではありません。実体をもたずに現世に留まるもの。別の器を見つけてそこに入るもの。新しい姿を得るもの。自分が何者かを忘れてもなお冥府にたどり着けず迷子になっているもの。
 これらは総じて霊と呼ばれるものです。中にはポケモンというかたちをとるものもありますが。それは非常に脆くて不安定なものでしょう。
 冥王に送り返された霊もまた、同じ運命を辿ったようです。一度は別の姿を得たものの、耐えきれずに壊れてしまう。
 冥王の管轄は冥府にたどり着いた魂のみ。現世にある霊には、いっさい手出しをしません。逆に、現世で彷徨う魂を、冥府まで迷わず送り届ける役目を持つものがいるのもまた事実。
「なかなか楽しめたぞ。やはり限界を超えた魂の営みは面白い」
 冥王が現世に送り返した霊も、ただ見守るだけ。この度送り返された『自分を霊だと認識していない霊』は、冥王の退屈をわずかばかり慰めたにすぎません。
 もう一度冥府に来たならば、今度は間違いなく浄化されるでしょう。
 冥王は現世の覗きをやめて、再び魂で満たされた暗黒空間へ身を落としていきました。



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**あとがき [#6YnIkqz]
どうもこんばんは。ワタシです。[[pt]]です。
ピッピとゲンガーとピクシーの都市伝説を元に冥王に弄ばれてしまった一匹の魂を書いてみました。
今回はなんか別の人に影響されて構成とか伏線とか頑張ってみたらしいので、そういうとこ気にしながら読んでみてください。


ともあれ皆さま仮面小説大会お疲れ様でした。管理人様も毎度ありがとうございます。

以下コメント返し

>やはりどんでん返しのある物語はいいですね。ギラティナ無責任かわいい (2019/06/15(土) 20:59)
無責任、わがまま、やりたい放題。これぞ神。
絶対強者が下位の者を好き勝手するのってなんかよくないですか?
%%そうでもないですか、そうですか%%

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