著者:オレ [[まとめページ>八つの扉へ]] [[前>八つの扉へ 第7ページ]] *更新リスト [#x92431e0] 2012年 6月 [[18日>#Up20120618]] ---- &aname(Up20120618); カイオスとユソティアが入った部屋の中では、しかしそこでも親子水入らずとはいかなかった。編み笠の下にヘッドホンという珍妙な装備のフローゼルが待機していたからである。 「あ、ゼトロさん! いらっしゃっていたんですね?」 「ユソティア、久しゅうござります」 親子水入らずの時間であるはずだが邪魔して申し訳ないと、ゼトロは表情で語る。ユソティアもユソティアで、特に気にする必要はないと顔で返す。 「用は特に長くなければ、ただユソティアに確認したき旨とその上で伝えたきことのみ」 「いつもお父様を通しているのに、僕に直接っていうのはよっぽどですね?」 ヘッドホンの右側は外したが、左側は外さないで手で押さえたままである。時折目線を泳がせるということは、そこから届けられる音に関連がある話題なのであろう。 「ユソティアは此度(こたび)の『闇黒』遠征に加わりましてござりますな? しかも王女アルギーネ殿の近侍とのこと」 「はい。王女様は闇黒との現状を心配しているので、アスベールさんが推奨する意見を述べたことに喜ばれていました」 ただ、言いながらユソティアは右の前足を丸めて口元に当てる。考え込むときの癖だ。この程度の連絡はカイオスを通せば問題は起きないはず、そう考えたからである。その答えは、恐らく話片手間で聞いているイヤホンからの音声にあるのだろう。 「さまざまに目的あるにせよ、恐らく闇黒の兵との衝突は避けられなくござりましょう」 「はい。陛下がアルギーネ様を先頭に立てたのは、どうしても見せなければならないものがあったからでしょうね」 それは王としてもかなりの苦渋の選択であったに違いない。ゴーラルはじめユソティア等々武道に優れる者たちで護衛を固めたが、父としての心配も半端なものではないのであろう。勿論、将来の為政者としての立場に立たせる者への悩みもあったが。 「闇黒側からは、恐らくリガル様なるが先陣に立ちてござりましょう。そちらの方をお話したく」 「『リガル様』ですか? 初めて聞く名前ですね」 いやあるいは聞いたことがあっただろうかと、ユソティアは首をかしげる。これから激突するかもしれない相手の情報がこのように流出してくるのも普通ならどこか不気味さを感じるのであろうが、生来のユソティアの性格とこういった流れへの慣れのおかげで疑問だけにとどまっている。 「陛下の第二子にあらせられまするが、別の間柄を築きあるがゆえに知られてはおりませなんだ。リガル様は『炎の成体石』を提げ、手荒くも力強い戦いをする方にござります」 「そんな方もいるのですね。僕に『生命石』との契約を目指させることを考えると、その方も死なせてはまずいのですよね?」 それにしてもと、カイオスは仕方のなさそうな表情になる。ここは近しい間柄であるカイオスと、その養女しかいない非公式の場だ。いくら立場があるにしてもイリュードは兄なのだから、こういう場でくらいそのように言えばいいのに。歳が離れているために親近感よりも敬意が先立ってしまうのもわからなくはないが、兄弟だけの状況でこの態度をとらないかが心配である。 「謀られたゆえにござりますが、今はセラフィー殿スティーレ殿と共にありますれば。闇黒ツェンパードは『海賊王』の配下にもちょうど認められたところにござります」 「なるほど、ヘッドホンからはその中継がつながっているわけですね?」 ただでさえもこの堅苦しい喋りなのだ。この前腕に抱いた双子の片方が万が一にもこんな風になり、疎遠になってしまってはと思うと心苦しい限りである。とはいえ、あの純粋な目ではこの喋りからは物珍しさしか捉えないだろう。真似しても一過的であるし、両親がしっかりしていれば一時期くらいそういうのもありであろう。 「ひょっとしてツェンパードだと、そのまま傍受しているのではないでしょうか? 海賊王の配下のジュプトルの娘さん、その機械を持っていますよね?」 「ご存知にござりましたか。丁度『三日月剣士』の筆頭に打ち勝ったところにござりますれば」 そういえばと記憶の片隅からよみがえり、ユソティアも二度三度と頷く。炎水草の三すくみとなる属性で、しかも生来備えた鋭利な刃で戦う種族の三匹。振るった刃の軌跡に似た形が三日目の月であることから、上手く言い得たものであると思ったことがあった。ヴィクタニアから各地に派遣されているのはそのジュプトルだけではない、自分自身もその一であるため存在は聞いてはいた。とはいえ数が多かったため、とてもその全てを覚えることはできなかったが。 「三日月剣士もそうですけど、僕は『海賊王』がどんな方なのかも気になります。言うなら『憧れの海賊王に、絶対なってやる!』みたいな熱血な方なのでしょうか?」 「ユソティアちゃん、作者は読んでないんだから無理に使わせちゃ駄目だよ」 ユソティアとカイオスは目を細めて顔を突き合わせ、軽い調子で吹き出す。一瞬この冗談について行けなかったゼトロは、次に気付いて「この世界を創作か何かだとでも思っているのか」と呆れた表情を浮かべる。 「セラフィーさんもこんな冗談を言っていたからね」 「少々お直りいただきたくござります」 なんだかどこかで聞いたことがあると思ったら、セラフィーやアスベールがそんなやり取りをしていたことがあった。この世界の方向性を根底から歪めるような冗談を言う者が、それを即座に理解できる者がどうしてここまで多いのだろうか。方向性が外れてしまわないうちに、ゼトロはしっかり釘を刺す。 「リガル様はお二方から、仲間を大切にする性格と聞いております。お嬢さんたちの状況ももう知っていますから、恐らくは『何が何でも守る!』と希望して先頭に立つことでしょうね」 「リガル様という方は、もうそれを聞いて貰えるほどの立場にあるわけですね?」 言いながら、ユソティアはリガルというものの父親である皇帝を思い出す。四十も半ばくらいまでいっているのではないかという印象を受けたユソティアは、その歳が四十丁度だったことには少々驚かされた。その辺りの記憶から、イリュードはややふけた顔立ちということでインプットされてしまった悲しい状況である。何はともあれイリュードの年齢を考えると、いっていても二十程度の若者あるいは場合によっては子供と推察できる。 「戦いの腕と自ら向かう覚悟は、既に試されてござります。子供のリザードは、聞き及ぶことにたがいますれば」 「子供……子供ですか」 サレドヴァニアから「反発」という形で闇黒に流入した者たちの話であれば、ラプラスと小柄なエーフィに子供のリザードまでついているとなればことの確認が必要となる。ジュプトルであれば裏の事情は知っていたかもしれないが、公式の関係ではないのだから下手には喋れない。彼女たちは「理路」の大陸沿岸を進むと聞いていたので、あるいはボディガードを雇ったと考えるのも一つであろう。ただし言われる「子供」であることと行き先が闇黒であることから、疑問を感じるのは当然であろう。 「結局腕と覚悟は示されますれば、かの地の『海賊王』や『匪賊王』もそれなりに取り立てましょう。子供であの腕にござりますればなおのことにありましょう」 「どうでもいいですけど、ゼトロさんも『様』をつけるような相手を『子供』と言えるんですね? 僕もアルギーネ様とのことを思うとあまりは言えませんが」 ユソティアが「子供」と繰り返していたことにはもう一つあり、彼女の記憶の中にある「あのふけ顔であるリガルの父親」の血である。たとえ「子供」と言われ続けるような存在であっても、どこか子供らしくないふけた顔つきを想像してしまって仕方ないからである。あるいは母親譲りでもっと違う顔立ちも考えられるのだが、小さい体と熱血な言動につくのがふけた顔であるとすれば哀れなものである。ちなみにユソティア自身は見た目を幼く捉えられてしまうことが多いのだが、彼女自身はその方がいいくらいに思っている。リガルもそう思えているのであれば別にいいが。 「体は大柄で強さを見て取れるようで、顔立ちは幼くござります。気になさっておいでにて、あまり言わぬようにお願い申し上げますれば」 「あまり大きな声では言えませんけど、イリュード様は若いころの幼顔がある頃を境に一気にふけたとか。そうなると無邪気なうちの子供たちの前には下手には出せませんね」 どうやらカイオスは、リガルまでも養子として連れ込もうか考えているようだ。しかし時折出てくる子供のあまりなまでの残虐性を考えると、ふけ顔を気にすることになったときのリガルに「おじさん」とでも言われたら目も当てられない。今の幼顔が父親からくるものなのかはまだ不明だが、父親のいきさつを考えるとゼトロも頭を抱えずにはいられないらしい。 「とりあえず、子供のリザードには気をつけるようにということですね? あの『精神石』を擁する『失楽園の民』との戦いには、どうしても『生命石の契約者』と『成体石の守護者』が必須ですからね」 「本当はユソティアちゃんたちにこんな苦しい戦いを回したくはなかったんだけどね。パパの波動を読む力だと、感じれば感じるほどユソティアちゃんしかいないことがわかるからね」 言いながら、カイオスはユソティアの首筋の辺りを軽く数度梳く。毛足が長く生え揃っているため、その部分に触れたときに感じる柔らかさは至高のものがある。語られる「失楽園の民」との確執を思うと、娘をその中に放り込むのは父としては相当に苦しい部分があるらしい。しかし心を開いて見れば見るほど、その感覚はユソティアの代わりはそうは現れないことを示している。ユソティアの方は波動を読み取る力はルカリオほどは無いが、その必要など失われるほどにカイオスの表情には全てが出ていた。喋りは冗談にしか思えないのだが、それは間違いなく感じ取れることである。 「お父様、僕には二人の父がいます。最後には二人の父がいつだって見守っていますから、僕は大丈夫です」 「ユソティアちゃん……」 自分を撫でていた手からすり抜けると、ユソティアはカイオスの腰に頬ずりをする。カイオスはその思わぬ行動に目つきを変えるが、照れくささと気恥ずかしさだけでまんざらでもない様子である。ゼトロは邪なものを感じる様子は無く、ただ隣で優しげな気持ちになってそれを見守っていた。実の父はユソティアの前で命を奪われたが、ユソティアは今でも彼が自分を見守っているような感覚を覚える。ルカリオのようにはっきりとわかるわけではないが、災禍を事前に察知できる感性が実父の影を見せてくれる部分はあるのだろう。 一行は近くの島に向かう海流に乗ると、航行はジュプトルとフタチマルに任せて手持ちの道具でリガルとリザードの回復を行う。先にスティーレが言っていたことは実際にあるらしく、海賊王に従わない海賊を警戒しなければならないのである。海流に任せた自動航行で回復中も移動できるのは、その意味ではかなり安心であった。リガルたちを迎えた「三日月剣士」の案内で到着したのは、断崖に囲まれた上に平坦な土地が広がる島である。 「三日月剣士の三匹、ご苦労でしたね」 「娘たちよ、無事の到着嬉しく思うぞい」 案内されるがままに着いた先のテントで、優しげな雰囲気のダイケンキの女性と穏やかな物腰のコジョンドの男性に迎えられた。どちらも「賊の王」と考えると、大きなギャップを感じてしまう。あるいは海賊王や匪賊王ではないのかもしれないが、この位置でそれは考えづらい。ダイケンキの方は母マグリーデと似通った雰囲気で、コジョンドの方は見た感じにはまだ辛うじて似合わない年寄り口調がリガルの印象として残った。 「私は海賊王のシェダイア。お見知りおきを」 「余は匪賊王のヴァッジョじゃ。よろしくの」 そして「王様の手前」などという格式ばった雰囲気も無いのは、厳しい自然環境の分お互いが近しいからであろうか。無数に並ぶテントの中でもここはひときわ大きなもので、恐らくは会議用とでもいったものなのだろう。両賊王の左右の幕の前では、サレドヴァニア出身の老兵たちが整然と横並びしている。見知った顔もあり、スティーレの顔に安心感が浮かんだのが見て取れる。 「どいつもこいつも強そうだぜ。なんだか心配いらなそうだな?」 「スティーレたちが出た段階では、まだ現役で『金石将』……サレドヴァニアの主要である五名の将の内の一だったものもいます。それでも力ある仲間をより多く必要とすることは変わりませんがね」 さしものリガルもこのメンバーとは力の差を感じたらしい。見るからに伝わってくる雰囲気は、マグリーデやフォルクと比べてもわからないくらいである。より多く接する時間があった分、彼らの方をわからなくなっている部分はあったが。間違いなくリガルや三日月剣士たちとは比べ物にならないのは、経験の差からにじみ出る貫禄によるものだろう。 「そうかな? なんだかリガルやキャラ被っているどこかのリザードとかの方が、この王様よりなんかへたれっぽさが無い気がするんだけど?」 「ほっほ、言いおるの」 その一方で、鋭敏なエスパーを持つのに平然と言い放つセラフィーには度肝を抜かれる。確かに「賊徒の王」に相応しいような凶悪な雰囲気は感じられないが、だからといってここまでいうのは間違いなく過剰だろう。あるいはセラフィーには何かの意図があったのかもしれないが、なんにせよ酔狂じみている。シェダイアもヴァッジョもうすうす予想をしてか、軽く笑っただけで済んで事なきを得たのは幸いだが。 「ところでリザード少年、あなたは幼い身でありながら『三日月剣士』の筆頭を打ち負かす力があるとか。さすがに相性差までは覆せないでしょうけどね」 「ま、鍛えたからな。母さんやフォルクやガディフ、それにビトーニェ。俺を鍛えたのはゴルグールドでもトップ10は間違いなく名乗れるからよ」 本心で言えば、下手をしたらリガル自身ですら相当な順位に入りそうな気もしている。リガルはそれを確信しているくらいなのだが、同時にもう一つそれが実力によるものではないのもわかっている。今現在思いっきり見せ付けられている最中なのだから、自分の強さではなく国の兵の弱さが原因であることくらい理解する。 「確かにゴルグールドは外交と自然の要塞によって国を守る、平和な国を謳いあげているの。そのために他国に金まで払うと聞いておるが、払った金が次にどこに向かうかをわかっておらんような気がするの」 「相手国が自国への侵略に回さなかったとしても、巡り巡って他国の侵略に回すことが普通ですからね」 それは遠まわしに他国への侵略を援助していることになり、侵略される国への責任を考えずにいるということにつながりかねない部分がある。そんな話は難しすぎるのか、リガルは聞いているようないないような顔で両王を見上げる。リザードとしては大柄なリガルであるが、それでも見上げなければならない。シェダイアもヴァッジョも種族的に見て大柄であるのは間違いなさそうである。一方の両王はというと、見上げてくるのが無垢でわかっていない目とあって子供を見るような笑顔になる。 「スティーレさんもその辺りの事情は詳しいのですね。こう言っては失礼ですが前々から『変わり者』扱いされているため、あまり情報を受けられないでいたのかと思っていました」 「少し考えればわかることで……あっ!」 シェダイアの言葉に対し、スティーレはいきなり慌てだす。周りを見回していると、しかし誰もが「何かあったのか?」という様子であった。ただ一匹セラフィーを除いて。スティーレはセラフィーの顔を見ると、その頃にはセラフィーは感覚で大体問題ないことを把握していた。目線でその辺りをすばやくやり取りできるのは、付き合いの長さからくる賜物であろう。 「どうした、スティーレ?」 「気にしないで。それより、サレドヴァニアには本気で攻め込むつもりの方も沢山います。アトラトレンスの工作員に乗せられているとは言っても、サレドヴァニアに越境しようとする闇黒の方々の実情がありますから」 何もわからないリガルの無垢な瞳に、スティーレはよほどのことがあったのか心苦しげな顔を見せる。本題に話を振ったのも、どこかごまかしのような雰囲気が感じられてしまう。ともあれここで話を複雑にしても面倒なだけだし、なによりも「あの」セラフィーも茶化すようなことをしない。よくよくのことであると想像がつく。 「サレドヴァニアの面々には申し訳ないがの、こちらがそれを防ぐことはできない現状じゃ。土地がやせていて海も荒く、食料ですらまともな入手もできないでの」 「生き残るのは強盗として名高い者ばかりで、目先の生存ばかりを求めてしまっています。本来は我々で食料を作るための研究をしなければならないのですが、治安の維持に手一杯で何一つ進まない実情です」 空気を読んでか畳み掛けるように言ってきた両賊王のおかげもあり、リガルはようやく本題に頭を切り替えることができた。四六時中強盗に狙われることの苦しさで、なんとなくビトーニェのことが思い出される。災害により家族も故郷も奪われ、一転していつ強盗に襲われるとも知れない日々に身を落とした話は今なお幼いリガルには壮絶な話であった。ビトーニェは今は平然と語ってのけているが、それが誰にとっても日常である状況など信じることができない。 「って言っても、俺は食料なんてろくに持ってねーぞ? 研究とかもタチじゃねーし」 「いえ、あなたには戦ってもらいたいのです。我々の配下はそこの三日月剣士たちのように私たちに好意的なものばかりではありませんから、反旗を翻したりサレドヴァニアとの間に亀裂を入れたりされかねないのです」 仮に王を名乗る者たちに対しているというのに、リガルの口調はあまりにも横柄である。それはあるいはシェダイアに母を見ているのかもしれないが、この態度では下手をしたら子供といえどと無礼討ちであろう。それが闇黒の気質からくるものであるとすれば、皮肉なことにリガルは底に感謝しなくてはならないのである。 「そういった連中を押さえつけるのもそうだしの、それでサレドヴァニアの面々が『やはり信用ならぬ』と襲ってくるとも考えられるのじゃ」 「もともと我々に敵対的な者たちが、今回の遠征に相当加わると予想されますので」 仮にアトラトレンスの扇動が無かったとしても、越境する強盗たちによってサレドヴァニアの側にも数年に一度は犠牲者も出ていると聞く。それで家族を失った者たちからすれば、友好関係を築きたいという方針には猛反発であろう。これを好機と不毛な仇討ちに走るかもしれないため、止めなければならない。そうなると別の問題が出てくる。 「俺で止められるのかよ? サレドヴァニアはめっちゃ強いって聞くぜ?」 「あの国は重厚な守備は確かに強いがの、動きが鈍くて攻めに向かない種族が多いのじゃ。過去の圧倒的な戦歴も、防衛戦だからできた部分もあるのじゃ。それに……」 リガルの腕で止められるとは到底思えない。いくら強いといっても、それは「子供」というフィルターを通して見たからである。三日月剣士たちも皆それぞれに強いのだが、相手がサレドヴァニアも主力だとあっては子供同然にあしらわれるだろう。病気や飢え等には強い彼らだが、本格的な調練を受けられないところで直接の戦闘では大きな差が出て仕方ない。だが、現実問題としてそこから逃れられない以上……。 「四の五の言わずに止めるのじゃ。死んでも止めるのじゃ。そのためには絶対に死ぬでないぞ」 「無茶苦茶なこと言いやがるぜ。そんな状況じゃないってことか」 リガルはいつもの舌打ち交じりの口調で吐き捨てる。匪賊王の「死んででも」と言いながら「絶対に死ぬな」とも言う、壮絶なまでの矛盾ぶり。そんな言葉とは裏腹の厳しい表情から、何一つ冗談の無い言葉であることが伺える。冗談があるとすれば、それは内憂外患の現在の状況だと言わんばかりに。 「ところでリガルといいましたね。あなたを鍛えたという者たちの中に、聞き覚えのある名前もいくつかありました。あなたは本格的な調練を受けたことがあるのですね?」 「ああ。こうなったら俺が手伝えることはいくらでも手伝ってやろうじゃねーか」 強盗上がりを無理やりまとめ上げたような軍隊しか作れない国であれば、訓練のノウハウなど最悪今のリガルのレベルすら無いかも知れない。相互協力の必要な手法もあるため、セラフィーとスティーレしかいなかった自主トレだけの時と比べたらリガルとしても選択の幅ができる。何より別れ際のフォルクの言葉を遂行するためには、かなりの活躍をして見せないといけない。リガルにとっても条件としては避けられないものなのである。 「決まったようなら、私もその『本格的な調練』ってのに加えてもらっていい?」 「あ? セラフィー、てめえ大丈夫なのかよ?」 珍しくずっとおとなしくしていたため、リガルはすっかりセラフィーのことを忘れてしまっていた。驚かされて多少声が上ずってしまったかもしれない。しかしそれにセラフィーは喜ぶでもないいつもとの違い、しかし虚勢を張った高圧的ないつもの姿勢。そこにただならぬものを感じてしまったのは、それだけ普段のセラフィーというものが鮮烈だったからなのだろう。 「子供にも乗り越えられる『本格的な調練』ってやつ、折角だし体験してみたいからね」 「てめー、そんな冗談みたいな態度じゃ子供とか関係ねーよ」 そんな何かに気付いたリガルは、エスパーならずとも表情で簡単に察知できる。それに対してセラフィーがとったのは、何故だろうか安心すらさせられるいつもの挑発である。しかし一度気付いたものまで簡単に変えることはできない。リガルはいつもの悪態に腹を立てつつも、なぜか不安に駆られていた。 「セラフィー、何か思うところがあるのね?」 「別に? 折角だからってやつだってば」 スティーレが隣から用意してくれた出口すら、セラフィーは拒んでしまっていた。出立の理由についてはスティーレから聞いていたのだが、それより前のセラフィーの過去にも何かがあるような気がしてならない。しかしこちらの方はスティーレもはっきりとした何かを言おうとはしなかった。一つ確実に感じるのは、セラフィーは大切なものをあまりにたくさん奪われてきていたことであろう。本当であればそれを聞き出したいのは山々であるが、今それをするとセラフィーはますます心の殻に閉じこもってしまうであろう。本当の言葉を聞く機会が破壊され、ますます深みにはまってしまった。それを打ち破るためには、どうしても時間だけでは足りない。悲痛なまでのセラフィーの虚勢を解くためには、何のきっかけが必要なのだろうか? あまりにも重苦しいものが感じられてならなかった。 ---- なにかあればよろしくお願いします。 #comment IP:122.25.224.163 TIME:"2012-11-03 (土) 21:43:23" REFERER:"http://pokestory.rejec.net/main/index.php?cmd=edit&page=%E5%85%AB%E3%81%A4%E3%81%AE%E6%89%89%E3%81%B8%E3%80%80%E7%AC%AC8%E3%83%9A%E3%83%BC%E3%82%B8" USER_AGENT:"Mozilla/5.0 (compatible; MSIE 9.0; Windows NT 6.1; WOW64; Trident/5.0)"