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著者:オレ
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2012年
5月
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6月
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&aname(Up20120518);
 赤土の大地が急に狭まり、そこは地峡の入り口になっている。その地峡の北からの侵入を防ぐためだろうか、北東から南西に向けて溝と土手が並行している。溝を掘って生じた土を積んだだけの簡素なものなのだと一目でわかり、防衛線としてはとても頼りない。土手の切れ目は上がった跳ね橋でふさがっており、代わりの退路であろうか数本のロープが張られている。
「へっ、お出ましだな? 若い女二匹だが、そこそこやりそうだな?」
「そう言うお前はもっと子供であろう。このような場所に出てくるということだが、勇敢なのか愚かなのかだな」
 右腕に青い腕輪を巻いたリザード少年の野次を、向かい合うニンゲンの女性も気高い口調ではじき返す。リザード少年の隣のフードを被ったニンゲンと思われる者は、対峙する同種の女性に並ぶアブソルに目を向ける。
「お前たちがしようとしていること、意味はわかっているんだな?」
「僕たちにもやむにやまれないものがありますから。むしろあなたたちが手を貸すという選択もあるのではないですか?」
 フードの男は見えそうで見えなさそうな目線でアブソルたちの後ろを示す。少し後ろで鎮座するボスゴドラを中心に、横に無数の列を成す兵士たち。何を気にしているのかフードの中を覗き込もうとするアブソルに、その中からの目線もアブソルを観察しているようである。
「ん? え?」
 すぐ後ろで憔悴しきっていたようなボスゴドラの表情が、一瞬で怪訝に変わる。フードの生き物の隣に寄り添うように、金属棒が入り組んだ鍵状の物体が見えたからである。そしてその色違いが、リザード少年ばかりか味方のアブソルやニンゲンにも一つずつ寄り添っていたからである。数度のまばたきの後にそれは消えたが、しかし言い表せない感覚が消えることはなかった。それが何を意味するのかはわからないが、何かの見間違いでなければ彼らに何か共通項があるのだろうか。答えに行き着かぬまま、響き上がる打撃音で現実に引き戻されていた。



「アルギーネ様、どうぞ」
 木の実にシロップをかけて香ばしくなるように焼いたお菓子を尻尾で持ち、アブソルはニンゲンに駆け寄る。アブソルの方が大人びて見えるが、どちらもあどけなさの残った可愛らしい少女である。
「わざわざかたじけないな、ユソティア」
 アルギーネと呼ばれた少女は、やや長めの金髪を揺らして差し出されたお菓子に手を伸ばす。表情は年相応のことさらに可愛らしいものであるのだが、飛び出してきた言葉は気品と堅苦しさで構成されている。落差がすさまじい。
「僕も食べたかったので。次はいつ食べられるかわからないのもありますから」
「そうだな。ただ、久しぶりの実家の前で串をくわえているようなことは無いように気をつけるべきだな」
 アルギーネの分を渡すと、ユソティアと呼ばれたアブソルも自分の分を尻尾から前足に持ち替える。基本的に体型の問題があるため、前足は左右どちらかは地面につけておかないといけない。しかし片方をつけているのであれば安定するので、もう片方をこうして食事等に使うことはわけない。
「ふぁふひーねはまは……」
「飲み込んでから話せ」
 ユソティアはおそらく「アルギーネ様は」と言ったのであろうが、舌で味を楽しむことをやめようとしないので声がうまく出ない。名前の後に「様」をつけるような立場の相手を前に、ユソティアの気の軽い態度もまた幼く見えてしまう。
「やっぱり固執しがちですね。本当はこうして外でものを食べるのも抵抗があるのでしょう?」
「確かに頭が固いのは間違いないな。もう少し柔軟性を持ちたいものだがな」
 さらに大胆に言い放ったユソティアに対し、そしてアルギーネはそれをその通りだと逆に頷いてしまう。相手が相手なら「無礼者!」との一言で手討ちにされてもおかしくないところを、どちらにも共通する気兼ねの無さ素直さを知る信頼があるからであろう。
「別の面からは想像もつかないような一面というものを何度も見れば、少しずつ身につくものだと思います」
「お父様、僕としてはいろんなものに『なぜ』って疑問を持つことの方がいいと思います」
 ユソティアに「父」と呼ばれたルカリオは、ひざを曲げてユソティアにお菓子を渡す。先ほどのお菓子とは違うものだがこれも好物らしく、ユソティアは顔をほころばせる。
「待て、カイオス! いつの間に現れた?」
「久しぶりの実家であると娘に気を遣ってくれた辺りからです」
 確かにその段階で現れ、ユソティアが気づいていたのであれば不自然の無い会話の流れにも頷ける。会話の流れには。まったく気づかなかったところに唐突に現れた相手に、アルギーネの脈は猛烈に早まる。
「ユソティア、不自然なく会話を続けるお前もどうかと思うが」
「お父様はアルギーネ様とお話したかったみたいですが、アルギーネ様が会いづらくないか迷っていたみたいです。なので僕が目線でこんな感じにするようにって伝えたんです」
 声を荒げるほどに驚かされてしまった悔しさのようなものも存在していたが、理由を聞いてすぐに納得まではできた。理解が早かったのは、げんなりと下がった目線のおかげでその根源となるものに気づいていたためでもある。まだ鈍い苦々しさは残っているため、それも今は言葉の潤滑剤である。そこまでユソティアの思惑通りだったらしい。
「アスベールのことか。その前に、怪我の方はもういいのだな?」
「まだ本調子とまではいきませんが、状況が状況なのでこれ以上動かないわけにはいきません」
 悲痛に嘆き叫ぶ声にもたらされた傷と、その後の凍てつくような言葉。そしてことは地峡の先への遠征という風雲急を告げるような状況が進みつつある中で、手傷の療養のために一週間以上外れてしまった。本当のところ相当前から気がせいて仕方が無かったのかもしれない。
「アルギーネ様がアスベールさんのことで苦しんでいないか、僕としても心配でした。僕は存じ上げていませんが、責任感の強い方だと父から聞いています」
「確かにその一面はあるが、私としてはあの者は過去に縛られすぎている気がする。それが友好を築きたい者との間に害をもたらすのであれば、非情な判断をする必要もあるであろう」
 言いながらカイオスを見つめるアルギーネの表情は、心苦しい部分はありながらも迷いは無かった。アルギーネ自身も好きではないがアスベールを頼もしく思っていた部分があり、親しいという話を聞くカイオスの瞳の奥のものもよく理解できるのである。一方でアスベールを拉致している隣国と近しい者たちの心情も、やり方を別にすれば理解しなければならない部分があると思っていた。
「セラフィーさんのあの顔を見てしまった私としては、いくら正義を語っても心に傷を負っていないかが心配です」
「あのイーブイはろくでもないが、それでも会ってしまえば気持ちとして苦しくなるだろう。そこまで非情であるわけではないが、ただし覚悟もしている。痛みにうめきながら進む覚悟ができないようでは、王族としも失格だからな」
 アルギーネはセラフィーの頓狂な声を思い出して、少しの間であるが露骨に苛立った表情になる。厳格な性格のアルギーネにとって、セラフィーのような性格の者はただストレスをためるだけの存在であろう。一方アルギーネが最後にこぼした言葉に、ユソティアもカイオスもこれには少し慌てた様子である。
「王女様、今はお忍びなので下手な発言は避けてください」
「お父様も口を滑らせてます。幸い聞かれた様子はありませんけどね」
 カイオスはルカリオ種特有の波動による探索能力で、辺りに聞いている者がいないことを確認する。そもそもが時間帯的に交通量が少ないため、アルギーネが平然と言えたのにも確認はあったとは思うが。王族は公務による外出時は、護衛や識者等をある程度伴う義務がある。暴徒のほか詐欺師にだまされるようなことが考えられるからだ。伴っているのがユソティアのみであるため、王女を知るものにはお忍びでの外出であることはわかる。知らない者にとっては可愛らしい女友達同士の遊び歩きにしか見えないが。
「では、ひとまず私の家にお迎えします。ユソティアちゃん、久しぶりだね?」
「お父様がそうするように言ったのはありますけどね。王女様が一緒ならどちらも大丈夫ですね」
 何を言われたのかとアルギーネはユソティアの顔を覗き込むが、ユソティアのほころんだ顔についにその意図を知ることはできなかった。王女であるアルギーネの従者に選ばれてから宿舎暮らしが続いており、その中でのユソティアの楽しげな表情に偽りはなかったことを知らない者はこの中にはいない。しかしやはり長く暮らしていた実家が落ち着くのは、ユソティアも例外ではなかったらしい。
「それではアルギーネ様、ご案内差し上げます」
「お前は本当にいい父親だな」
 アルギーネがユソティアの顔を覗き込んだ理由はもう一つ、見た目は幼くとも既に仕官したような娘に「ちゃん」を付けて呼ぶ父親のこともある。しかしユソティアの方はまったく気にせず、むしろ嬉しそうなくらいであった。ここまで娘を溺愛できる父親との組み合わせに、アルギーネは妙な納得を覚えてしまっていた。



 海上を進むこと数日、その間に悪天候に襲われることはなく。ようやく彼方に陸地の影が見えてきた。一度は今まで滞在場所にしてきた小島と変わらないだろうと思ったが、近づくにつれてそれがつながっている様子が見えてきた。
「星の位置から考えると、間違いなく闇黒の北部の半島ですね」
「『賊王』の治める蛮地っていうことらしいな。腕が鳴るぜ、まったく」
 リガルは荒ぶる態度を見せているが、口調表情に注意すると案外不安げなのは見て取れる。セラフィーばかりか、足場となるスティーレもろくな戦闘経験がないと見てわかるのだ。場所は「蛮地」と呼ばれるだけあって、それだけの賊徒が出てこないとも限らない。いくらリガルが期待されていたといっても、所詮子供の域を出ない自分がいつまでも勝ち続けられるとは思っていないのである。
「セラフィー、一応『砲』は渡したけどな」
「無茶はしないって。守ってくれるショタ君を見ていた方が楽しいからね」
 エーフィの尾の先は二又に分かれているのだが、今のセラフィーのそこには「砲」が装着されている。装着用の口は、基本的にある程度の太さまでの腕を入れる前提になっている。しかし二又を大きく広げれば十分な固定が可能になるし、四足であれば尻尾は手の代わりとしてとても器用に動かせることが多い。セラフィーもそこそこの精度ならば確保できる力があるため、種族的な「霊力」を扱う力から考えるとある程度の期待はできる。
「それにしても、アスベールたちが用意してくれた荷物の中に『目覚めるパワー』があって良かったですね」
「私たちにとってはショタ君の後ろに隠れていられた方が幸せでしょ? 無くても問題ないじゃない」
 軽く振り向きこちらに向くスティーレの片方の目線の先では、セラフィーは荷物として渡された木箱の上に寝そべっている。その中には戦闘用の技の習得装置も入れられている。砲を放つためには、取り付けられた充填口に「目覚めるパワー」と呼ばれる技を撃たなければならない。大半の種族が習得できる技であるが、そのほとんどが機械による助力を必要としている。エーフィにとっては有用な「特殊攻撃」に分類される技であるため、セラフィーたちの旅立ちにあたってアスベールたちが用意したのであろう。そこからリガルもそのアスベールとやらの覚悟を感じ取ることができた。
「ったく、ヒーローに守られたいってか? 俺は見ての通り頼もしいですだ」
「大体、リガル君をそういう言葉で表現するのはどうかと思います。リガル君ももっと怒るべきです」
 リガルは鏡の向こうの自分の姿を思い出し、セラフィーの言葉に反抗するかのように僻んで見せる。進化しただけあっていかつく凛々しくなったのかと目を輝かせたのだが、期待に満ちた表情と併せてあどけなさが抜けなかったことに気落ちしてしまったのである。
「ショタ君はショタ君でしょ。可愛いよね?」
「何が『可愛い』だ、虫唾が走るっての! 大体が『ショタ』ってなんなんだよ?」
 木箱の上から身を乗り出し、前足でリガルの頭を撫でようとするセラフィー。親愛等の意味を持つこともあるが、今は明らかに子供扱いをした揶揄的なものであろう。舌打ち交じりの口調でその前足を振り払い、ついでに聞き覚えの無い言葉もはじきのけようとする。
「だって? 保健体育のスティーレ先生、教えてください!」
「そんなに繰り返し使っているんだから自分で説明しろっての。俺のことを……しかも隠す気も無く馬鹿にしているんだろ? 子供っぽいって意味でいいとは思うけどよ」
 セラフィーはスティーレに促すと、スティーレからは怒りの目線が返ってくる。スティーレの方には背中を向けていたため、リガルが自分の頭上で行き交うそんな存在を把握できるわけがなく。当のリガルは話しているうちに、大体の意味はわかっていたのだからわざわざ訊かなくていいということに気付く。それで確かに、大体合ってはいる。その中に含まれる感情的なニュアンスを除けば。
「スティーレ、肝心なことをわかってないよ?」
「だったら自分の口で説明しろよ」
 相変わらずのセラフィーの言動にこちらも相変わらず舌打ちを交えながら、リガルはなんとなしにスティーレに目線を送る。その瞬間にリガルは、セラフィーをにらみつけるスティーレの形相に恐怖を感じる。それがよほど顔に出ていたのだろう、リガルの顔まで確認したスティーレは慌てて顔を前に戻す。
「ショタコンで悩んでいるスティーレにそれを説明させるなんて、子供の癖にリガルも残酷だよ……ね」
「その『ショタ』とか『コン』とかは知らねーけど……お前の言葉よりも説明は十分だ」
 げんなりと気落ちするリガルを盾に、セラフィーはいつもと違い笑い出そうとはしなかった。そこまで言ってみてようやく、スティーレが切実に体を震わせていることに気がついたからである。これにはいい加減まずいと感じてしまったらしい。
「スティーレ、あのさ……」
「お前は黙っていろ。悪化する」
 恐らくこの様子だといい加減酷いことを言う心配はないと思うが、一応スティーレに味方しなくてはとリガルは言い放つ。セラフィーは顔は不満げにそむけたが、こういう時にいつもは口癖とする捨て台詞は無かった。こちらを見ていないスティーレには何も聞こえないように気を遣いながら、リガルにはなぜだかわからないが虚勢を張ってしまっているのである。どうしてか抜けない虚勢に呆れるリガルに対して、セラフィーが自分自身に抱く念はとても軽いものではなかった。
「リガル君、私……」
「悪りい。俺も俺で上手いことは言えねえ」
 セラフィーの苦しみを知っているというのもあるし、これでも思わず言ってしまって後悔しているのも見えている。セラフィーに対してこれ以上の苦言を呈するべきではない。ただ、スティーレもその隣でずっと支えようとしていたのだ。セラフィーほどの感情ではないにしても、やはりとても大切に思っていたアスベールを失ってなお。いい加減気持ちとしては抑えきれないものがあっても仕方ないであろう。一瞬とはいえ圧し掛かってきた沈黙は、それでいて異様なまでの重苦しさを有していた。
「ひとまず話を戻しましょう。あの半島の近辺には、主に海上を進む旅客や行商隊を襲う海賊が多いと言われています」
「ああ……。確かお前の話では『海賊王』とかご大層な連中だったな。とんでもなく悪い条件だぜ」
 真っ先にスティーレが口を開いてくれたことで、かえってリガルにはやりやすかった。言葉を選んで合わせていけばそこまで間違いは起きないし、博識なスティーレなら気分転換までのネタには困らないはずである。ひとまずは向かう地域のことを話すのが一番妥当であると考えた。ただしスティーレにとっては彼女の父親のことも結構なタブーらしい。五つの「賊王」の呼び名を作った大司教の後世が彼女の父親だから、この界隈も結構な地雷原かもしれない。
「アスベールの準備では、老練の皆さんが連絡を取るようにしています。でも、問題はあまり結束が強くないと言われる闇黒全体の気風です」
「王直属の賊はともかく、勝手に動く別な海賊も多いわけだな? 地の利はどこまでも連中にありやがるからな」
 海賊と言うからには、水中での動きが速い水属性の種族が主体であろう。投網や投げ縄でねじ伏せているフォルクと違い、リガルはボートの扱いすらろくにできない。下手をしたらボートもろともひっくり返されて、水に落とされて命すら危うくする。尻尾の炎が消えればなどという都市伝説は別にしても、熱を奪われたり全身での呼吸の激しい炎属性には重篤なのである。枚挙に暇の無い危険因子の数々に、リガルはお得意の舌打ちで心情を吐露する。
「でも、リガル君も強かったじゃないですか。あのオニドリルをすぐに倒したり」
「ビトーニェの話じゃ、あの国の兵士の弱さはかなりのものらしいからな。自然地形の要塞に頼りきっている連中に負けてちゃ、まったく話にならねえ」
 もちろんリガルも自分を卑下するつもりは無いが、それ以上にあの国の今の様相が哀れでならなかった。残存勢力との戦闘を一度だけ見たことがあるが、どちらが正規の兵かわからないほどにレベルが低かったのが今でも思い出せる。対外的な防衛は幸運にも荒地や巨大山脈によってなされているが、逆に突破されたら現状ではその先が悲惨である。
「ひとまず、水中からの奇襲は防がねえとだ。セラフィーに海底地形を読み取ってもらって、お前がかろうじて通れる程度の浅いところを選ぶ。向こうも制約がかかる以上チェックしているだろうけど……味方が来るのを当てにするぞ?」
 本来であれば、そんな把握できない中に味方がいるなどと考えてはいけない。ただしもともとが孤立無援も同然の状況では、それでは何一つできなくなってしまう。何よりセラフィーとスティーレが向かう前提で動き、そのために囚われの身にまでなってしまったアスベールという存在。もし自分だったらそこまでできるのだろうかとの自問に対し、自分が信じなければセラフィーとスティーレがあまりにも哀れでならないという自答。リガルには他の選択は無かった。
「わかりました。それじゃあリガル君、セラフィーに発言権を返してあげて?」
「……知らねえぞ?」
 リガルがバッグを開いて、旗の代わりになりそうな目立つ布を取り出そうとした矢先だった。その布は道案内用である。エスパーのセラフィーであれば、見えない海底の把握や道案内のために念力で布を動かして方向を示すことも簡単である。リガルにしてみればもう少しセラフィーにはおとなしくしてもらいたいというのが実情である。しかしそれが明らかに顔等に出ていたのと、スティーレの早すぎる発言権返却にこちらも早く判断したのと。セラフィーは捨て台詞的に鼻を鳴らす。リガルの舌打ちと似たようなものである。
「じゃあ、海上の見張りくらいはやってよ? あんまりあれもこれもなんてできるわけないんだから!」
「ったく、仕方ねえやつだな?」
 最初からその前提で考えていた以上、実際の自分だけを考えるならここで悪態づく必要は無い。ただしセラフィーの今後に釘を刺すという意味では、必要な態度なのである。今まで見てきたセラフィーの姿であればそこで何かしらの反応を見せそうなものだが、少なくともある程度わかった部分はあると思える。悪態をいつものように吐く心配は無いため、その辺りは安心していいだろう。


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 一見すると結構な大きさの屋敷だが、外も中も雰囲気に「豪邸」といった感じは無い。サレドヴァニアの機能美を追求する気風はどこの家庭でも見られるのだが、カイオスの家はどちらかと言うと「貧相」との中間くらいであろう。カイオスが跡継ぎになった頃までは例に漏れずある程度の調度が飾られていたのだが、ほとんどを売り払ってしまったのは彼の異常なまでの子供好きによるところである。
「良かったです、この像は売られてなくて」
「お気に入りなのはユソティアちゃんだけじゃないからね。それを売るなんてできないよ」
 ことあるごとに拾い子を家に連れ込んできて、しかもそれぞれを大切に目をかけて育てて。実子も合わせて既に数の方は一瞬ではわからないほどになっており、結果として屋敷の台所が傾く状況にまでなってしまったからである。最近はだいぶ自重するようになったらしいが、調度品の売却を心配されるほどの状態は相変わらずらしい。今アルギーネが腰掛けている椅子も、どこか古く安っぽい印象が漂っている。
「それにしても、皆それぞれにたくましく育っていると聞いているぞ」
「この数なので喧嘩も結構絶えませんけど、結局みんなこの家が大切なんです。お父様が僕たちを大切に思ってくれていて、それと循環する形で僕たちもお父様が好きなんですから」
 ユソティアは目の前にあるルギアと呼ばれる「神獣」を象った像に帰宅を報告する。大きく翼を広げて優しげな表情で、命の誕生を海から見守る神の姿は安心を誘う。いかなるいきさつであれ親と一緒に暮らせない傷心した子供たちにとっては、自らの帰る場所を教えてくれる癒される存在である。
「王女様も同じだと思います。父君や兄君を大切にして信頼して、そのご家族を愛する姿だけでも庶民に親しまれる大切な存在になっています」
「ただ家族だからというだけではない。立場を考えると政略結婚も仕方ないのだが、父上や兄上がつまらない相手を選ぶわけがないからな」
 カイオスは先のアルギーネの「王族として失格」発言には、かなり引っかかるものを感じていたらしい。結果的な力量を別にしたとしても、民のためを思いお忍びながらも駆け回るその姿でもまた大きな希望となる。そんな風のごとく駆け回るという話は、いつの間にか「陣風の王女」という呼び名まで受けることになっていたほどである。
「王女様、そこまで考えるのは僕もやりすぎだと思います。ご自身の幸せもご自分で考えなくては、陛下や王子様のような方にはそれはそれで悲しいことのはずです」
「私にとっては父上や兄上の名そのものが、聞くだけで嬉しくなるものなのだがな。私が無理をしているのではないかと心配してくれるのは嬉しいが、もっと役に立ちたいと思うといまひとつ釈然としなくてだ」
 言いながら頭にかきむしるように手を当てたアルギーネ。その一瞬の表情は、無垢な少女の顔立ちとも豪快な立ち振る舞いとも一線を隔している。家族の想いを理解しながらも自分の意味が見えないでいる、探求に苦しむ姿であった。いずれにしても、彼女の父や兄への尊敬が家族として以上のものからきているのは間違いない。
「王女様は私が思っていたより気が小さいのですね。あるいは、どこか別なところに気持ちがあるのでしょうか?」
「何が言いたい?」
 アルギーネはそのまましばらく他の二匹と共に黙り込み、音が立つのを気にする様子も無く頭をかきむしる。沈黙を破ったカイオスには家族の大きさから自分が見つからず悩む、その姿がどこかスティーレと重なって見えた。彼女とあのような形で分かれることになったのに、自分が上手く言葉を出せなかった悔しさがあったのかもしれない。カイオスはアルギーネの前にしっかりと位置取り、厳しい表情をアルギーネに向ける。それはあの時届かなかった気持ちを、今度は届かせたいというものもあったのだろう。
「陛下や王子様に王女様が憧れを抱かないのであれば、そもそもアルギーネ様がそこまで気持ちを決める必要が無いはずです」
「それは……」
 そのときのカイオスの表情に、ユソティアはいつもの優しくも厳しい父を感じた。相手のことを思えばこそ、過ちに気づいて目を覚まさせたい。そのためには時に相当に手厳しい態度も仕方ないと、多くの子供たちを見てきたからこそ冷静に見極められるのであった。
「王女様は陛下や王子様の強い一面ばかりを見て、自らを必要以上に蔑んでおいでです。陛下に関しては私も何年も見ていませんが、王子様は弱くもろい面も多々見せておいでです」
「そのような姿、私は見たことが無いぞ?」
 カイオスが向けるその厳しい態度に、アルギーネは圧倒されるほかなかった。多くの子供たちに厳しい態度を向ける必要のある状況を幾度となく経験していたため、こういったときのための表情の作り方は手馴れたものらしい。世が世であれば、そのような態度を王族にとることがあれば「無礼者」と手討ちにされかねない。しかしカイオスは、恐れる様子は無いままにアルギーネを叱りつける。
「王子様は隠すのに必死なのです。特に、アルギーネ様のような方に対しては」
「そんなことが……あるというのか?」
 それができるのは王族の暴走を厳しく取り締まるこの国のシステムと、アルギーネのもともとの性格をよく知っていたからである。それであっても、及び腰になってしまう者は結構多い。教育は文字ですら富裕者に限定された昔であれば、目上の者に厳しく管理されるというのは当然であった。しかし経済や教育がどんどん発達し、一般庶民ですら文字程度は簡単に読み書きできる時代に至りつつあり、昔のやり方は少しずつ無為になってきているのである。
「王女様が自身の幸せを王子様たちに依存するところを見れば、王子様の性格であればアルギーネ様の前では弱い一面は見せられないのは当然です。王子様には口止めされていましたが、いい加減言わなければいけないと思っていたところでした」
「なぜだ? 兄上はそのようなことをどうして私に言ってくれないのだ?」
 アルギーネは愕然と目を見開き、他の種族にはなかなか無い特徴である細長い器用な指を握り締める。種族が違うことからわかるように、ルシュエンとアルギーネは異母兄弟である。しかしアルギーネは、ことが無ければそのことを忘れてしまうまでに慕っている。だがそれが自分の一方的な思い込みだったのだとしたら? カイオスの次の言葉が出るまで、アルギーネは兄の真意がわからないことに恐怖していた。
「言ってしまえば王女様はご自身を責める、それを王子様は避けたかったのです。確かに王子様にも思いすぎたところはありますでしょうけど、それよりも王女様に変わっていただくのが先だと判断した次第です」
「お前は……お前の仕事であれば兄上に言うのが先であろう?」
 それはルシュエンの従者であったからこそ、カイオスにはアルギーネには見られない多くのことを見せ付けられたのかもしれない。だがアルギーネの従者でなければ、カイオスであればまずはユソティア辺りを通すのが筋であろう。確かに今はそれぞれに私的な立場にはいるが、こういう話であればどういう態度にすべきかは微妙なところであろう。
「何回かは申し上げましたが、王子様を惑わせるだけでした。これ以上言っても王子様を苦しめるだけだと考え、手順を変えただけのことです」
「それでは……だがお前は兄上の命に背いたことになるのではないか?」
 先に確かに、カイオスは「王子様には口止めされている」と言った。今のこの話をルシュエンに誰かが言えば、カイオスは罰を受けることになりかねない。今ここにいるメンバーやルシュエンの性格を考えると、そういうことが起こるとはとても考えられないが。
「仮にあってもそこまでの罰にはなりませんし、それならお父様は国のためを選んだというわけですね?」
「そうして王子様や王女様が成長してくだされば、ユソティアちゃんたちを守ってくれる力にもなる。もちろん陛下が私たちに向けたあの顔もありますがね」
 まだ年若く政略的な押し付けに屈したその頃の王は、ルシュエンの母に好意的な思いを抱くことは無かった。だが生まれたばかりのルシュエンの顔には、父としての情愛を抱かずにはいられなかった。後の「鋼の哲人」と呼ばれる王の心が根付きはじめた瞬間である。ルシュエンの母もアルギーネの母も早くに亡くなったため、順に従者を募集することになった。当初は例の筋金入りの子供好きだけで応募したカイオスだったが、途中の選考時に応募者全員に自ら頼み込んできた王の表情は今も忘れられない。
「よく『全体主義』なんて僕も聞きますけど、それは全体を守ることによって自分への利益も得られる部分があるのですね」
「それは、そうだな。今まではただ国のためにすべて投げ打つことに魅力と焦りを感じていたが、なかなか偏狭な見方であったのか」
 地位であれ力であれ生まれ持ったものがある者は、それを行使することで多くの者たちに貢献する。サレドヴァニアの理想の一つとして叩き込まれたこともあり、アルギーネは憧れを抱くようになっていた。そこから何かが派生して曲解を生んでいっていたのに、気付かないでいた自分も情けないと思った。
「それは言うなら……例えば『隷属主義』とでもしておきましょう。すべての価値を他に依存しきれば、その価値基準のおかしさに目を瞑ってしまいます」
「他を知れば知るほど、押し付けられた価値はいい加減であったと気付きます。僕だってまだまだ知らない身ですけど、それでも何度となくひっくり返されたことがあります」
 ここまでに出てきた「全体主義」「個人主義」を極端に向かわせた、あるいは造語なのだろうか。価値を押し付ける方向性が正しいのであれば、それはむしろ良い方向に向かう。その方向が間違っていれば、しかし隷属している者にそれを修正することはできない。
「ひとまず王女様。これから闇黒へ遠征に向かうのであれば、あるいはそこでいい加減価値がひっくり返ることでしょう。アスベールさんの一件等を必要や当然と言い訳して接ぎを当て、そこでほころびが生じないかと頭に入れておくべきです」
「ああ。少し一匹で反省する時間を持たせてほしい。どこか小部屋を貸してはもらえないか?」
 アルギーネは椅子から立ち上がる。独りにしてほしいというのは、ユソティアとカイオスの親子水入らずな時間を作ってやりたいという気遣いでもある。暗に告げたその根元に隠れた意味も理解し、ユソティアもカイオスも少し表情を緩めた。カイオスは家にいた子供のうちの一匹の名前を呼ぶ。すぐに現れたガーディの少女がアルギーネに声をかけ、案内のために部屋から出て行った。



「同じリザードだが、子供か。いい度胸だ」
「上等じゃねーか、この賊野郎が!」
 突如沖から現れたボートから、リガルと同じリザードが怒声を浴びせてきたのが数分前。浅瀬の上まで移動したところで、狙い済ましたようにやや離れた位置の岩礁から現れたボート。リガルたちを見るや向こうのリザードは通行料として身包み全部置いていけと言ったのだから、抵抗しないわけにはいかない。
「どっちが賊かこれじゃあわからないよね? 小さいほうが向こうみたいだけど」
「お前……! お前は体も通行料にしろ!」
 後ろでボートを操っているジュプトルも、セラフィーの物言いには若干呆れた様子で頭を抱える。別に向こうのリザードが小さいわけではなかったのだが、リガルがかなり大きいのである。幼顔であるというのに。
「セラフィー、てめえは守らねえぞ?」
「リガルももう少し言葉遣いとか気をつけないとね?」
 いっそのこと向こうのリザードにセラフィーを気絶させてもらうかといった考えがリガルによぎった。もっとも、そこまで簡単にいく相手ではないことくらいはわかるが。向こうのジュプトルが海流を読んで肉薄してきた地の利があるし、リガル自身も今度こそはまともな敵が現れると思っていたからだ。期待と緊張を交えた心持ちで。
「とりあえずメス二匹の援護を防いでくれ。やつらはたいしたことは無いだろう」
「リザード同士だが、子供なんだから負けるなよ?」
 ジュプトルはボートのオールから手を離し、リーフブレードを構える。セラフィーやスティーレが援護射撃をしてきたら、防ぐつもりなのである。戦い慣れた雰囲気を考えると、セラフィーやスティーレは誰が見てもリガルとは比べられないほどに弱いとわかる。
「いくぞ!」
「覚悟しろ!」
 リザードもジュプトルも、一斉に雄たけびを上げてリガルの乗るボートに飛び移る。フォルクのような機敏な操船技術を持つものはいないので、敵の侵入はあっさりと許してしまう。だがここからだとリガルは鋼の輪を構え、リザードの空中からの一撃を受け止める。
「馬鹿力が」
「鍛え方が違うんだっての」
 リザードは一撃の威力にかなりの自信を持っていたようだが、それにまったく姿勢を崩さないリガルには少々驚いた様子だ。一方の居丈高に吼えるリガルも、手に走った衝撃には驚きを隠せない。ゴルグールドではなぜかと言えるほど見られない手ごわい相手と見て、しかしむしろ意気揚々と楽しんでいるようであった。
「どっちもずいぶんと楽しげね?」
「まさか水を注す(さす)気はないだろう?」
 リガルたちの戦いの様子に呆れ半分ながら、セラフィーも援護しようと砲を向ける。一方のジュプトルは背中を向けながらも、片手をセラフィーのその照準の先に突き出す。戦い慣れないセラフィーたちの動きなど、背中を見せていても読みきれると暗に告げているのである。今はリガルたちの戦いの観戦を楽しんでいるようだが、そこに水を注すなら許さない。楽しめていないセラフィーにとっては、疎外感が大きい。
「セラフィー、まずはリガル君を信じましょう」
「リガルが負けちゃったら次はこっちだってのに、なに色惚けして!」
 そして最後の砦に思えそうな存在も、予想通り当てにするものではなかった。顔を見るでもなく、スティーレの表情が赤みを増しているのは間違いなく感じ取れる。自分たちのためというか、自分だけのためというか。思考を屈折させて見れば、この頼もしいリガルの姿はスティーレにはとても嬉しい。
「くらえ!」
「させるか!」
 そんな気の抜けたやり取りの前では、二匹のリザードが何度も爪牙を弾きあっていた。効果の薄さを知ってか敢えて炎を使わず、しかしそれでも飛び散る火花。速さでは互角な分、質量で若干リガルが有利にも見える。しかしその間に下がった数歩で見ていたのは、燃やして穴を開けるのにふさわしい位置。炎自体の効果は薄くとも、ボートを焼いて穴を開ければ、そこから襲う水はどちらにも致命打になり得る。リガルが車輪を転がしたのは、その炎を妨害するためでもあった。
「なかなかいい腕の子供だが……」
「あんたこそ、リガルたちの邪魔まではさせないからね!」
 回転のかけ方もあり、車輪はボートの内壁を伝ってまっすぐにリガルの手元に戻る。そちらに地の利があるなら、こちらには物を活かす技量があると言わんばかりに。それを味方のリザードの後ろから眺めるジュプトルは、享楽と同時に品定めもしている様子である。さすがに邪魔することは無いだろうが、そちらにかかればさすがにセラフィーの援護をかわすのは容易ではなくなる。ジュプトルもわかっているらしい。
「まったく、エリートさんは気に食わないな!」
「てめえこそ生活の一部って感じだぜ?」
 拳をぶつけて爪で薙ぎ、見る者は三者三様に圧倒され。戦う両者の動きには、お互いの生き様がありありと映し出されていた。リガルにとっては戦闘は非日常であり、しかしそういった場でも十分に動けることを目的としていた。対するはどのような環境だかはまだ知らないが、常に敵が付きまとっている中で生きていることはよくわかる。このリザードやジュプトルにとっては、戦闘こそが日常なのだろう。
「変な情みたいなのが芽生えてない?」
「あの子供はこのあたりを望んでもいたのだろうな。彼も戦いの最中にあんな顔をするとはな」
 そんな感じに茶化すセラフィーも、ジュプトルとの静かな攻防の中で妙な意気をたぎらせ始めていた。リガルの戦いに熱を上げるスティーレと合わせて、結局は全員が楽しむ結果となったようである。妙に意気の上がったこの戦況は、荷物を奪おうと接近してきた賊徒とは思えない。
「甘い!」
「甘いってのは……!」
 既にお互い体中を打ち据えあい、うろこはあざだらけ傷だらけである。業を煮やしたか、リガルは車輪を握る手を突き出し滑り込む。相手のリザードの足を狙ったのだろうか。飛び上がりリガルの通った後ろに着地すると、リザードは相手が数度転げながら機敏に立ち上がるのを確認する。二度目のリガルの滑り込みは見切っていたのか、かわして飛び上がりその背中を狙う。
「てめえだ!」
 回避して見えたがら空きの背中に勝利を確信したリザードは、右胸を転がってきた車輪に打ち据えられる。滑り込みと同時に投げたリガルの車輪は、回転と船底の丸みでちょうど今リザードのいる位置に飛んできていたのだ。リザードは胸を押さえて体勢を整えようとするが、この一撃が動きに差を作った。尻尾をむちゃくちゃに振るって踏み込んだリガルに一撃を加えるが、それでも車輪による第二撃は防げなかった。
「ぐぁっ!」
「とどめだ!」
 リガルの方も軽い傷は既に無数に負っているし、この攻防で体力は使い尽くした。だが、ここまできたら間違いは無い。ジュプトルはセラフィーに背中を狙われているし、そうなれば取り押さえるのも簡単である。リザードは振り下ろされた重い一撃を払うが、すぐに軌道を修正したリガルの手で空中に打ち上げられた。その瞬間、リガルとリザードの間に水しぶきが飛び込んできた。
「そこまでにしてもらおうと、言ってみようか?」
「なっ? 邪魔するな!」
 殺すつもりは無いにしても、次の一撃で意識を奪うことは可能であるはずだった。それはフタチマルの水入りによって阻まれ、その間にリザードの方も体勢を立て直す。
「まだ……いやがったか!」
「未熟なエーフィをずいぶんと頼りにしたものだ、とでも言っておこうか」
 フタチマルは腿の皮膚に備え付けられた貝殻を、一振りのブレードとして構える。そこまでのダメージ自体は最後の致命打を入れため狙いだったらしく、リザードは体勢を完全に立て直してしまった。自信満々でいたセラフィーも唖然として、ジュプトルの方にばかり気持ちが向かっていた自分を責める。
「へっ! ならお前だって片付けるまでだ」
「愚かな虚勢なのはわかっている、と言ってみようか」
 見た目からすればフタチマルはリザードと互角か、劣っても多少程度である。しかし属性的な相性を考えると、炎属性には間違いなく苦しい相手なのである。しかも痛手は負っているとはいえリザードも復帰したのだ、万事休す。
「俺もわかってるっての。それでも……挑まなきゃいけねえんだよ!」
 一方的に襲い掛かってきたリザードは、リガルたちに持ち物を置いていくようにとの脅しをかけたのだ。途中の戦いをはさんだとしても、それを忘れるほどではないらしい。もしリガルが負けを認めたら、セラフィーやスティーレがどういう目に遭うかがわからない。降伏して彼らが許してくれるかすらわからないのだ、リガルが最後まで責任を負わなければどうにもならないのである。リガルは悔しさに負けそうになるのを振り払い、ただ吼えた。
「どうやら使えそうだな、と言っておこう。力馬鹿とも違うようだと言わせてもらう」
「セラフィーにスティーレ、この子供も連れて行くことを許可しよう」
 フタチマルがシェルブレードを腿に戻すと、隣でジュプトルは付け加えた。自分たちの名前は彼らに聞こえていたかと思い出そうとするセラフィーと、間違いなく聞かれていないのに何故と呆然とするスティーレ。セラフィーの名前は確かに出たが、スティーレの名前は一度も出していない。ボートでリザードとジュプトルが現れる前に、水中からならフタチマルには聞かれたかもしれない。だとしても、それをジュプトルに告げる方法など彼らにあるのだろうか。そういう複雑な考えを張り巡らせるくらいなら、まずは素直に最初から知っていた場合で考えてみる。
「サレドヴァニアから流れてきた連中から大体の話は聞いていたから、ラプラスとエーフィを探して近辺を警戒していたのだ」
「子供のリザードがいるという話は聞いていなかったため、その身心を確認したかったのだと言わせてもらう。俺の夫に打ち勝ったり、その後に俺が現れても諦めなかったところは評価すると言ってみようか」
 リザードは言い始める頃には当然構えを解いていたが、リガルから受けた傷の痛みはそれでは消えない。やはり一方的に殴りこんだことは気持ちとして尾を引いているらしく、罰が悪そうな表情である。その隣のフタチマルの発言では、会う者全員から繰り返される子供扱いにリガルは一瞬は腹を立てた。しかし何とか言い返したいと相手の言葉に注意を巡らせたリガルの頭の中で、少し遅れてようやく「あの」単語が引っかかった。
「お前の夫って……お前! お前は女だったのかよ?」
「この場にいる男はリザード二匹しかいないはずだが?」
 遅れてジュプトルも嫌味を込めた笑みを浮かべ、セラフィーやスティーレを一応とばかりに確認する。種族的にそう見られやすい部分もあるのだが、リガルとてしていることは同じだと言わんばかりである。むしろ子供であるという事実があるリガルへの子供扱いより、本当は女性である彼女たちを男性と見ることの方がたちが悪いくらいであるのかもしれない。
「ショタ君のリガルほどじゃないけど、あんたも奥さん持つにはまだ少し幼いよね? それで私に体で通行料を払えとか言えるんだからすごい性欲だよね?」
「お前はなんてことをピンポイントに言うんだ!」
 赤いうろこをそれでもわかるほどさらに赤らめて、リザードはセラフィーの発言に怒鳴り込む。リガルの方も「体で払え」の具体的な内容は知らないが、サンドバッグにするか肉体労働をさせるかだろうとは思った。実際にはもっと酷い意味での発言だったのだが、そちらであっても先に暴言を吐いたセラフィーが嫌がることだとは思える。一方のフタチマルはというと、それまでの雄雄しい態度から一変して目を細める。顔は白い毛皮で覆われているのでわからないが、恥ずかしがっている可愛らしさがようやく見て取れた。
「まったく……聞いていた以上にこいつはたちが悪いわ」
「サレドヴァニアの老練の方々からですよね? 案内していただけますか?」
 肩を落とすリザードに、同情するとばかりにリガルはその肩をたたく。このまま話を続けては進まないと、スティーレは本題に戻ることを促した。後ろでいつものように嬉しそうに笑い転げているセラフィーの姿は、これ以上のことを語る必要はないだろう。
「俺たちはこの海域の国ツェンパードを治める『海賊王』の配下だと言っておこう」
「サレドヴァニアの輩からの連絡は『匪賊王』を通してで、匪賊王や連中の一部は我らが王の元に到着している」
 自己紹介をしながらフタチマルとジュプトルは、リガルたちに肉薄するために乗ってきたボートに戻る。目線と手振りでリザードにも戻るように指示すると、彼の力ないため息が聞こえてきた。リザードとジュプトルはボートのオールを握り、スティーレの前に位置をとる。このまま「海賊王」のところに案内してもらえるのであろう。そして話の流れから考えると、恐らくリガルも戦力となることを期待されている。リガル自身が手を貸す理由はそこまでのものではないが、自分と同じ追われる身となった彼女たちの辛さは知っている。リガルにとってはそれで十二分であった。



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なにかあればよろしくお願いします。
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IP:122.25.224.163 TIME:"2012-11-03 (土) 21:43:02" REFERER:"http://pokestory.rejec.net/main/index.php?cmd=edit&page=%E5%85%AB%E3%81%A4%E3%81%AE%E6%89%89%E3%81%B8%E3%80%80%E7%AC%AC7%E3%83%9A%E3%83%BC%E3%82%B8" USER_AGENT:"Mozilla/5.0 (compatible; MSIE 9.0; Windows NT 6.1; WOW64; Trident/5.0)"

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