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著者:オレ
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2012年
3月
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&aname(Up20120318);
「期待以上に立派になってくれて嬉しい限りだ。妻をずっと支えてくれたことはいくら礼をしても足りない」
「マグリーデ様もリガル様も俺にとっても大切な方です。それは俺も望んでいたことですから問題ないですが……」
 リュアームからマグリーデの話が出て、そこでフォルクの頭に多くの疑問符が復活する。一気に加速して声を聞くにはなかなか苦しいが、それでも向こうはリザードンと違い首が短いカイリューだからかろうじて聞こえる。
「私がゴルグールドを離れたのはマグリーデと相談の上だ。私は本当はマグリーデにもお前にもついてきて欲しかったのだが、祖国の事情とマグリーデの選択を優先した」
「ゼトロからヴィクタニアの話は聞きました。今はリガル様の手元にある『炎の成体石』のこともあるでしょうし」
 かつてヴィクタニアと激しく争った『失楽園の民』の一員である『魔界技師』なら、当然その関係者であるリュアームも狙われていておかしくはないだろう。リュアームと共にマグリーデも国から逃れたのであれば、魔界技師はどちらも必死に探すだろう。マグリーデは囮として魔界技師の目線を引き付ける役を買って出たのだろうと、フォルクはすぐに理解する。
「そしてもう一つ、私の手元には『竜の成体石』がある。わが国にはそちらを引き継ぐ方の子もいる」
「そうだったのですか。リュアーム様といいビトーニェといい、俺は『成体石』には縁があるようですね」
 もちろんその縁は後釜であるクイッヒに作られた部分はある。しかしそれでも、自分のビトーニェを愛する気持ちはまったく揺らぐものではない。マグリーデやガルザーンのことをはじめ差し引いて許すなどありえないが、その部分だけは感謝したい。
「かつて使っていたその名だが、今はその息子に本名として与えた偽名だ。私の本名はイリュードだ」
「イリュード……様? そういえば、どこかで聞いたような?」
 フォルクは何度か口の中で出し入れして、その名前の響きを確認する。ゼトロから聞いた話を考えると、成体石の守護者であれば偽名を使うのも合点がいく。成体石の存在もそれを含めた存在が元で争った失楽園の民も、両方が伝わっていると踏んで間違いがない帝国なのだから当然であろう。イリュードというリュアームの本名と一緒にゼトロの顔が浮かんできていたので、この辺りが何故か次々と思い出されていた。ただ、あの会話の中でどうしてイリュードという名前が出てきたのかが思い出せないが。
「ゼトロからは恐らく『皇帝』と聞いていたと思うが、それ以前にあやつの実兄だ」
「ご兄弟でしたか……って! 今の俺の状況は?」
 昔の憧れが頭によみがえったさっきでさえ遠慮する気持ちも生まれたというのに、皇帝に大の大人が背中に乗せてもらっている状況を考えると薄ら寒い。イリュードはいいというだろうが、あの国の民たちはどのような反応をするだろうか。もう一つ飛び込んできた情報も驚くべきことだが、それすらも一瞬で吹き飛んでしまったほどだ。
「ゼトロとは昔いろいろと悶着があったのだが、お陰でお前の恐れる状況にはならない。なにより行動で示せば理解してくれる民たちであるしな」
「……いいように誘導された気がしますが、俺の中で一二を争う英雄の下で動けるのは光栄ですよ。働いて示せということですよね、間違いなく?」
 その「フォルクの中で一二を争う英雄」が夫婦であるというのも、何か図ったものが見えそうで恐ろしい。クイッヒの前任というからには魔界技師も同じような方法を使うことも考えられる。どちらにしても敵がほぼ共通しているのだろうし、この協力関係はフォルクにとっては願ってもないものではあろう。こうして乗せられてしまった部分に何かの不安もあるが。
「やはり夫婦よ。お前の細君は私のことを『自分の中では父に並ぶ英雄が目指す存在』と言ったからな。相当聞かせていたらしいが?」
「ビトーニェがその父の話をしたのと交換です。その様子ですとビトーニェも保護していただけたんですね?」
 もちろん向こうにとっても、ビトーニェも成体石の守護者として重要な存在である。だがそれでも、自分にとって感謝しても足りないことであるのは間違いない。それにしてもビトーニェにとっては聞いていた父親と並ぶ存在だと思われていたとは、嬉しさが限界を超えて気恥ずかしさで体が熱い。
「早く会って安心させてやれ。そろそろ着くぞ?」
「はい。ありがとうございます!」
 目線を遠くに向けると、その瞬間に水平線から島の影が飛び出した。イリュードの飛行速度もあってか、そこまでの距離はすさまじい勢いで縮んでいっている。流石は直進時の飛行速度を高く評価されるカイリューである。それにしてもフォルクは自身の父の影響でこの海域の島は大体把握しているため、この辺りには無かったはずの島影に感じ入るものが生まれる。これが自分の記憶違いでなければ、島を出し入れできるような国家ということである。そのようなところで自分を試せるということは、考えたことの無いある種の魅力も感じる。



 スティーレの背中の上での航海も、もう半日近くになる。南下する海流のお陰もあって既にゴルグールドの領海を抜けて、地図に載るか載らないかのような小さな島に到着していた。乾いた砂がかろうじて存在するだけの、時期や潮流の加減によっては水没しそうな島である。炎属性であれば海水が心配なためボートの中から出ないのであろうが、リガルは少々濡れることすら気にすることなく飛び出す。
「一瞬子供らしいかなって思ったけど、この声の中の感情はぜんぜん幼くないね」
「ずっと堪えていたんでしょう。この限られた場所で叫んでは私たちに迷惑だと思ったのでしょうね」
 少々海水がはねてセラフィーを驚かせるが、リガルは気にすることなく十数メートル離れた反対側に走っていく。そうして叫ぶ姿は本当であれば年相応の子供である、その声に含まれる感情にやるせなさが無ければ。マグリーデもフォルクもビトーニェもエクトートもエクトーネもガルザーンも、本当はそうしたかったのに自分の手で守ることがまったくできなかった。先程セラフィーに言われた通り、越えられない現実の前に駄々をこねても仕方が無いのは事実である。それでも感情的に湧き上がる無力感があるのは、それを糧に成長を促すために体が備えたシステムなのだろうか。
「見た目はショタ君だけど、なんだか妙に大人っぽいよね? 案外スティーレとお似合いだったりして?」
「私は……単に出来心です! ああいう気骨ある男性には故郷では会えなかったんですから!」
 スティーレの父は故郷イリドルードの最高位である司祭のため、スティーレに近づく男性が少ないわけがなかった。だがその目線はスティーレの体すら見ておらず、その後ろの父の権威の椅子しか見ていなかった。その椅子欲しさに頭を下げる程度のことはいとわず、裏では周りとの低レベルな中傷合戦に奔走するばかり。その浅ましい姿に辟易しきっていたスティーレは、父との口論の末に「留学」と称して隣国サレドヴァニアに飛ばされたことを心から喜ぶ結果であった。場合によっては父は養子を迎えてそちらに椅子を継がせるかもしれないが、スティーレにとってはあんなものは無用の長物でしかなかったのである。
「ん? それって俺のことか?」
「り、リガル君!」
 声とともに胸の中のものを全て吐き出しきれたのだろう、リガルはいつの間にか戻ってきていた。息を荒げて少々声を嗄らしているような気もするが、表情は先程よりかは清々しい。一方のスティーレは、顔を真っ赤にしてたじろぐばかりである。先程のセラフィーの一言に思わず叫んでしまったものが、どの辺からかはわからないがリガルに聞かれるとは思わなかった。救いを求めるようにセラフィーに目線を送ると、入れ替わりに返されたのはセラフィーの背中であった。時折笑いを堪えるような震え方をしており、リガルが戻ってくるタイミングを見計らってスティーレを挑発したのがわかる。
「ま、確かに今にして思えば、母さんやフォルクに言われ続けてきたことは間違いはなかったけどな。成体石の守護者たるには、それなりの気骨が必要ってことだろうな」
「どうでもいいけど、その『せいたいせき』って何?」
 どうやら先のスティーレの「出来心」の部分は聞こえていなかったようである。それが聞こえていたらいたでセラフィーとしては楽しい世界なのだが、逆に聞こえていなくても楽しい世界である。スティーレは耐え切れずに赤く染まった顔を海の方に向けるが、後ろでのセラフィーの楽しげな声がどこか悔しい。
「本気で知らねえのか。こいつは『理路』『光明』『闇黒』のどの大陸でも伝説だって聞いてるけどよ?」
「別にそんな伝説なんか知っていても意味無いでしょ?」
 セラフィーは目を細めて気の抜けた表情で言い張り、後ろ足で耳の裏をかく。四足の種族がくつろいでいるときにとるもので、ものを教えてもらうときにとるべき態度ではない。
「実在は無いだろうというのが一般的でしたし、地域によって多少内容の違いはありますがね……。私もセラフィーの信仰心の無さはどうかとは思います」
「地域差はあるにしても、光明の国はどこも多少なりとも信仰に篤いって聞いてたってのによ……。セルエルクトルのエキセントリック(奇矯・ききょう)なら納得していても良かったけどな」
 元々暮らしていた今の国々もそうだし、後から入植した国も原住民との融和のために改宗した歴史のある地域である。勉学の方は非常に不得手としているリガルはそこまでは知らないにしても、大まかな地域色までは聞いたことがある。とはいえたった今「エキセントリック」と言い放ったセルエルクトルという国も、出身者が一般的にそう言われているだけである。リガルが知るその国の出身者はビトーニェのみであり、彼女にそれを言われるほどの言動が垣間見えたことは無い。自分の見る目やビトーニェのその国での特殊性は別にしても、一概に測れるものではないのはわかっている。
「なに? 光明出身だからそうとは限らないんじゃない?」
「訂正だ。お前を見たら間違いなくそのエキセントリックですら引っくり返る」
 リガルは憔悴しきった表情で頭を押さえる。勉学の苦手さはまだセラフィーもスティーレも知らないため、大人びてというか老けてすら見えるから哀れだ。
「ひとまず、説明してあげましょう。私たち『霊獣』を形作る理(ことわり)の制御装置として、その『成体石』は『精神石(せいしんせき)』や『生命石(せいめいせき)』とともに語られています」
「で、ここにあるのは成体石ってやつだ。この成体石ってのは十八の属性に分かれている。俺の『炎』やフォルクの嫁さんの『雷』が実在したんだから、お前らの『エスパー』や『水』や『氷』なんかもあるはずだぜ?」
 リガルは胸元の赤い宝玉を指先で示す。マグリーデから託された段階ではまだ下げているペンダントはついていなかったのだが、流石にこれでは失くしかねないと思ったため追っ手との戦いが小康状態の隙に調達したのである。
「十八ってことは、他にも『空』や『人智』や『霊』なんかもあるわけだよね? それとも他のなんだったか二つ?」
「成体石自体も元々は一つのもので生命石や精神石と同等だったらしいが、理の操作のためにはこの方が便利だったんだとよ? で、もう一つこの三つの制御する石で必ず語られる『失楽園の民』の伝説もある」
 とはいえセラフィーとスティーレは一言に光明といっても別の国出身だし、リガルなどは大陸すら違う状態である。実際には数多くの伝説があるのだが、ビトーニェのおかげで地域によりものも内容も多様であることは知っていた。共通して語られるこの伝説ですら、語られる存在については温度差があるほどである。
「成体石全体と同じ位置づけである精神石を、後に失楽園の民と呼ばれるようになる一族が手にしたときの話です。肉体をつかさどる成体石に対して、精神石は思念思想を形作っていると聞いています」
「その時にはヴィクタニアって国が生命石を持っていて、最初に協力して覇権を握ることを提案したらしい。どうでもいいが俺らのところでは最初からその呼び名だったけど、お前らのところでは後世がつけた名前で伝わっているのか」
 ビトーニェから教えてもらった話ではその辺りも大体共通していたから、やっぱりこういうことがあるのかとリガルは世界の広さに目を輝かせて頷く。その一瞬一瞬の表情に心動かされるスティーレを見て、セラフィーは吹き出しそうになるのを堪える。本当は思いっきりからかってやりたいとも思ったのだが、リガルの目の前でそれをやるとこの先のお楽しみがここで終了してしまう。ついでにこの話も知っておいた方がいいのではないかという何かの勘もあり、ここは敢えて黙って聞くことを選択する。
「『楽園を失った民』って、この意字(表意文字)の意味を読めばわかるはずです。最初から追放されることを前提した名前をつける方はいませんから」
「ま、いいけどよ? 失楽園の民はヴィクタニアから拒絶されると、今度は向こうの生命石を奪う算段を始めた。いろいろ綺麗ごとを並べていたけど、結局やったことはそれだけってことだな」
 セラフィーが敢えて自分をからかわない選択をしたことは、スティーレも目線でわかった。最初の一瞬はそれへの不安で、言葉のアクセントがどうにもおかしくなってしまったほどだ。しかしリガルの「綺麗ごと」発言の瞬間、何かの感情がスティーレの胸中に流れ込んできたのがわかった。あまりにも悲しくおぞましいその感覚に、セラフィーも思わず顔色が変わってしまった気がした。
「とにかく失楽園の民はヴィクタニアと、ヴィクタニアの求めに集まった十八の成体石の守護者と結託。三つの大陸を巻き込む大戦の末に滅亡しました」
「ああ。けど連中も自らの滅亡を悟って、精神石を月に送ったらしい。そっからバランスが崩れて、数年間変な病気が世界中に広がったとか」
 我に返って慌ててそれを念力で読み解こうとしたが、それよりも早くスティーレはその感情を胸の奥にしまっていた。後に残った残渣のような感覚ですら恐怖のようなものを感じさせられてしまうが、その中身まで読み解くことはできない。ある程度の間よほど鮮烈に思い浮かべてくれなければ、エスパーの感覚でも相手の心中を探るのはよほどの力量差を要する。今のセラフィーにスティーレの中から読めるのは、無数の苦しい感情とかすかな諦めだけである。逆に手に入れたばかりのセラフィーでも、既にその程度は読めるのがエスパーの力とも言えるが。
「バランスをとるために、ヴィクタニアは生命石も宇宙の果てに打ち上げることにしました。最終的には太陽に到達して、今もそこにあるという話です」
「こいつが実在しているんだから、精神石も生命石も実在を考えて問題ねえ。そいつらが実際どうなっているかは別にしても、俺らが現にこうして生きているんだから気にしなくていいはずだ」
 そしてこの毛並みをかきむしる異様な感情に、すぐ目の前ではまったく気付いていないリガル。毛並みと鱗では感覚の違いはあるのかもしれないが、ここまでおぞましいものに気付かないことが恐ろしかった。強烈な感覚だと否が応でも飛び込んでくることがある。だがエスパーが割合的に特別多いわけではないため、この感覚は殆どには共有されないのは想像するにたやすい。現にリガルはじめヒトカゲ系統はリザードンになってもほぼ完全に不可能だし、スティーレたちラプラス種もある程度の矯正をしても感覚まで共有できることは無い。リガルとの会話を続けて誤魔化そうとしたスティーレの後ろで、セラフィーは疎外感に愕然とする。



 その島は短い草や苔で覆われ、ところどころに木が点在している。どこか優しげな雰囲気のあるその島が、いきなり揺れだしたときには度肝を抜かれた。イリュードは取り出した手のひらサイズの機械をいじりながら、地震ではなく島が船みたいなものであるため動いていると説明する。海のど真ん中なので把握するのは難しいが、なるほど波の動きを見ればフォルクであれば一発でわかる。大きくはないと言ってもそれは「島」として見た場合の話で、これを「船」としてみれば簡単に動かせる力には驚かされるばかりである。
「これ、かなりスピード出てますよね。それに植えてある木は全て果樹じゃないですか」
「食糧事情もそうだが、なによりこの景色は評判が良好だ。本国までは数日かかるから、お前たちを迎える拠点としても動員した」
 確かにフォルクにすれば千変万化の海と雲の表情だが、全ての者がその移ろいを見て取れるわけではないとも聞いている。この船と称される島の中がどのような構造になっているかはまだわからないが、日の届かない暗さや機械的な殺風景が想像される。そんな中に何日も閉じ込められるなど、ある種の拷問のような印象を受けてしまう。一方の新鮮な植物性の食料は、航海用の保存食では摂れない栄養をもたらしてくれることをフォルクはよく知っている。中にはフォルクの好物の実も沢山生って(なって)おり、見るだけで嬉しくなってしまう。そんな顔をほころばせるフォルクの後ろから、こちらに駆け寄る足音が聞こえてきた。
「フォルク! 心配したべさ!」
 嬉々とした声とは真反対の、きな臭い電気のはじける音。いつものビトーニェであると安心し、フォルクはいつものように素早く身を翻す。心配した愛する夫に対して、電撃を身にまとった突進は一貫性が無い。
「ビトーニェ、相変わらず……!」
 しかしフォルクもこの技の弱点は、すでによく知り尽くしていた。まともに食らえばフォルクとて結構痛いものであるが、胴体の軸から離れた足先には電撃は届かない。フォルクは素早くしゃがんで前足の先をつかみ、ビトーニェをひっくり返して地面に転がす。四肢が宙で空回りして柔らかい胸や腹をさらすあられもない姿は、何度見てもそそられるものがあるとフォルクは感じてしまう。ビトーニェに先に出立させて以来ご無沙汰だったのもあり、フォルクの中の本能は少しずつではあるが確実にくすぶり始めていた。
「フォルク、他の目がある中であんまりそんな顔するでねえべさ」
「そういうビトーニェも、なんだか呼吸が荒い気がしますよ?」
 言いながら両者はイリュードの顔を見て、ばつが悪そうに離れる。イリュードもそうだし、他にも休憩中の者の姿が確認できる。こちらに冷やかすような祝うような微妙な目線を向けて、フォルクとビトーニェの理性的な部分を呼び戻す。
「お前たちの戦いぶりは、密偵部隊の働きで評判になっている」
「ゼトロですね? 恐ろしいものですよ……切実に」
 覆う毛並みが顔のほてりを逃がさず、ただの熱ではない暑苦しさを生む。フォルクはビトーニェからも他の周りの誰からも目線を逸らし、ただ頭の中の思念に逃げ込む。情報から機械から、見せられたものもそれを操る本人たちも間違いなく恐ろしい。自分たちの戦いぶりが評判になったとしても、フォルクにとってはそれ以上にゼトロが恐ろしい。
「そういえば、ゼトロのことで気になっていたことが何か……」
「ごまかしの魂胆が見え見えだべさ」
 にやけたビトーニェにわき腹を軽く突かれ、フォルクはさらに表情の苦渋を増す。それでもゼトロのことで気にかかったことという事実は残っているが、身も蓋も無く言い放ってくれるビトーニェが憎らしく可愛らしい。
「そういえば、リガル様にゼトロも『様』の敬称を使っていましたよね? あれは逆に俺だけに特別って許されたものなんですよ」
「種族的な色以上に赤くなったあの顔、可愛かったべさ」
 軽く吹き出してしまうフォルクもそうだが、イリュードも目に浮かぶと言わんばかりに目を細める。リガルと離れてからずっと会ってなかったはずだが、写真でも見ていたか自分やマグリーデに似通う部分を見出したのか。数度頷き、イリュードはおもむろに口を開く。
「先が思いやられる叔父甥だ。その『可愛い顔』とやらを見たいものだな」
「そういえばリュ……イリュード様は皇帝でもあるのですよね? ゼトロとは兄弟であると同時に主従関係もあるのですよね?」
 あるいは皇帝家の者はそういった関係とは別に考えられるのであろうか? 一瞬昔の癖でその時の「リュアーム」という名で呼ぼうとしてしまった。確かその後に生まれた子供にその名前をつけたと聞いている。
「先走りがちなところといい、ヴィクタニア皇帝家の血が色濃く出ているな。遠く離れても血は争えぬか」
「そういえばこれを聞こうとしたときにすぐに海に飛び込んでしまったような? 他にも情報不足で驚かされたこともありましたし」
 いい面もあるのはわかっているが、それでもあのエーフィの表情は忘れられない。本来つぶらなはずの目を細めて、あの腹立たしさしか感じられない発言の数々には別な意味での敬意を覚える。せめてそんな存在があるということを事前に教えてもらえれば、少しは警戒できたかもしれないが。
「それで、ゼトロもこの船にいるのですか? それともまだゴルグールドで隠密活動ですか?」
「船室で子供たちを見てもらっているべさ。ルカリオの……確かカイオスといったべ。あいつと一緒に『理路』北部の国の歌劇を見せていたべさ」
 それを聞いたフォルクの笑顔には、多少ならず深いものを感じる。ビトーニェのいう「北部の国」という認識に一致するものを見出したのだろう。歌劇といった「文化」で言えば、派手さを押し殺して深みで魅せるあの国のものはフォルクも興味がある。ゼトロの話し方にもその国の独特さがあり、その国の文化を深く知っているであろうとやや気持ちが高ぶる。もちろんエクトートとエクトーネを忘れたわけではないが。
「仕方ないべさ。子供たちと一緒に見てくればいいべ?」
「ビトーニェもなんだか気に入ったような顔ですね? 後で案内してください」
 言いながらイリュードを見ると、向こうも「もう行っていい」と言わんばかりの答えをあごで示す。にやけた表情はフォルクとビトーニェをからかっている部分も感じられる。この辺りもやはりリガルにも受け継がれた血が流れているような気がした。フォルクとビトーニェはやや苦々しげながらも笑顔で頭を下げ、洞穴のようになっている船内への入り口に向かう。


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 リガルたちが休憩場所に選んだ孤島も、既に闇が作る帳(とばり)と星々の為す霞に覆われていた。リガルにとっては波の音があまり慣れないのか、なぜか気が立って眠れないらしい。陽動の転戦で疲労が溜まっていただろうと、一度はスティーレに気を遣われたわけであるが無理だった。
「フォルクが言ってたって話だと、この家紋の腕輪を見せればサレドヴァニアが受け入れてくれるとか?」
「ええ。リガル君もどういう意味かは知らないのね?」
 そうと決めたリガルの答えを聞くやじゃあ自分が休むと言い放ったセラフィーに、リガルは若干腹が立った。一方のスティーレはというと、その時のセラフィーの言動に若干いつもとの違いを感じた。一見自分がとの休憩宣言はいつもとなんら変わらないようで、他のメンバーから離れた位置に陣取るのは珍しい。
「ああ。サレドヴァニア王家のよくよくのやつじゃねーと話にならないんだから、そこで聞くほかないだろうな」
「王家はある程度の支持がある意見には全て目を通すことになっています。逆に支持の無い意見は目を通してもらうことも簡単にはいきませんから、リガル君がそこまでのものを示す必要があります」
 思えば一瞬スティーレの頭にあることがよぎった辺りから、セラフィーの様子はどこかおかしかった。どの程度かそこまでではないにしても、エスパーで読み取られたのならスティーレにとっては恐怖である。というのも、今リガルにこれを知れては困るからである。それでも信用をつかめるかという不安と、本能的な欲求からの恐怖の二点から。今は必死に平静に努めようと、スティーレは微笑みの目線をリガルの胸の宝玉に向ける。
「いきなりこいつを成体石だって言い張って、でも向こうが信じるとは限らねえぞ? それに成体石のことを教えていいのは、俺らがそれ相応に信頼した相手だけだ」
「悪用を恐れてのことですか。でも、そうなると単身で王家に顔を出すことは難しいはずです。サレドヴァニアか『闇黒』の国のどちらかには最初に所属する必要がありますよね」
 リガルはスティーレに成体石をつかんで示しながら、だが無理であると首を振る。リガルの言う守秘義務により、三大陸全てで「おとぎ話でよく登場する実在しない存在」という扱いになっていた。流石にまったく知らないというセラフィーは失笑しか買わないが、成体石をそう言って見せたところでまともに取り合ってはもらえない。成体石をこの世にもたらした者の意図するところとして、一つ巧妙な計算が動いていたのだろう。
「間違いねえな。その辺は成り行きも問題になるだろうけど、サレドヴァニアと最初に激突するその『闇黒の国』ってのは知っておかねえとな」
「サレドヴァニアは実際に住んでいたので、私もよく知っています。ただ、闇黒の情報は限定的なのが実情です。統制が緩いサレドヴァニアでもこの状況であることを考えると、よく言われる『ならず者が跋扈する蛮地』というのも間違いないのでしょうね」
 そんな好奇心に満ちた無垢なリガルの目に、スティーレの暗い方の気持ちはすぐに収まった。もともと高レベルのエスパーが相手でもその辺りの感情は隠せるような訓練を受けてきたのだ、まして鈍感なリガルをだますことはあまりにも簡単である。それにしても苦労していたせいか大人びたリガルが、一方でこうして見せる子供らしい無垢な部分は可愛らしい。スティーレの胸中の欲望の方は、轟音を上げる渦となっていた。
「俺らが今いるこの『世界の中心の海』の南ってこととか……勉強はやる暇がなかったせいか苦手なんだよな。この海の北東が俺が生まれ育った『理路』で、北西がお前らが来た『光明』とかくらいか?」
「闇黒は地峡によって光明とも理路とも接しています。直通する北西の三つの国は特にサレドヴァニアとの交戦が早そうです。南東の二国はもう少し先でしょうけどね」
 スティーレが頭の中に世界地図を思い浮かべるより早く、リガルは海図をボートから取り出していた。黒く塗りつぶされた陸地は、中央にある今自分たちがいる海域を囲んでいる。一般的によく使われている図法でもある。
「それにしても『五名の賊王』ってビトーニェから聞いて、自分たちを賊徒の王って認めるのかって思った」
「南の密林地域は『盗賊王』、東の山岳地域は『山賊王』、中央の砂漠地域は『土賊王』、北の半島や列島は『海賊王』、西の赤土荒野では『匪賊王』と、それぞれで覇権を争っています。彼らは名前にはまったく拘らない気質らしく、イリドルードの昔の大司教が揶揄して与えた名前と印をそのまま使っているとか」
 そのイリドルードの大司教という肩書きが今はスティーレの父のものになっているということを、先に聞いていて忘れるリガルではなかった。一瞬はよく言えるという目線を向けるが、ここでスティーレの心苦しさを読めないほどまで鈍感なわけではなかった。スティーレはすぐに笑顔に戻って首を振るが、今度はリガルが逆に暗い表情になっていたのは仕方がない。
「なんだか、すまねえ。俺は父親は知らねえけど、お前の父親なら何か考えあってだろう?」
「私もその辺りの考えは教えてもらっていませんがね。話を戻します。闇黒の各国でも賊王の下である程度の産業は行われていますが、劣悪な土地が多くて恩恵に与れる民は限られています。そのおかげで奪い合う無法組織が多く、治安はかなり悪いみたいです」
 そんなリガルの暗い表情は、スティーレにとっても心苦しいものであった。一瞬はこんな子供に惹かれてしまう自分に問題を感じずにはいられなかったが、すぐに仕方がないものと割り切ってしまう。抱いてしまった気持ちを変えることは簡単にはできないのだからという割り切り方にも、なんだかいつもの自分とは違うものを感じずにはいられないが。とにかくと、スティーレは半ば強引に話題を変えることにした。
「無法地帯ってか。俺が守りきれる自信はねーぞ?」
「アスベールの献策が通っていれば、恐らく一部の老兵の皆さんが既に闇黒で私たちの到着を待っているはずです。むしろ気をつけるべきは疫病や天災だと思います」
 そしてその手続きを終わらせるために長居して、アトラトレンスに近しい者たちに囚われる結果になってしまった。まだ命を奪われたかはわからないが、遠からずその命は奪われると思うと切ない。もちろんこの状況に置かれた自分たちとていつどうなるかわからないのだ、まずは差し迫った目前のことを心配すべきであろう。ただ、目前のことという意味ではセラフィーも目の前にいる傷を抱えた存在であるという事実もある。
「かなり酷え土地なんだな。その風土から追われた連中で治安が悪くなって、次は産業体制の悪化からさらに追われる連中が出てくるってか。こういうのをどう言うか、あくじゅう……?」
「悪循環とか負のスパイラルとかですね。ただ、その治安の悪い気風も一概に悪く言えない部分もあります。彼らは自らがそれ相応のことをして生きていることを自覚しているため、相手から受けたことを大胆に許せる部分もあります」
 それは一見すると復しゅうの連鎖にしか見えないようでいて、争っていた関係の者同士で思い切った協力をすることもある。実際にその手で奪った命の重みを知っているため、自らに刃が向いたとしても覚悟を決めることができる。スティーレに言わせれば直接に手を下すことを知らずにきたイリドルードの高官たちは、自らのおこないを言葉と法の抜け穴で誤魔化す醜態を晒すようになっていった部分があるのではないか。それに比べれば闇黒の気質を潔いとするのが筋違いであるかと考えてしまう。
「けどその気質を作るための『教育』だったとして、それが命を奪ってのやり方ってのはやっぱ納得いかねえ」
「サレドヴァニアの王様もそこは同じ考えです。その気質的な部分は書物ででも残しておけば、復しゅうの連鎖も同然の状況は終わらせるべきだという計画です」
 まさに「闇黒」というべき世界であるというのがリガルの正直な感想で、言葉に出さずとも顔にはっきり出ていた。直後に見方を変えた話が出たが、それで納得のいかない表情を崩すことは無かった。よく使われる「悪循環」のような言葉が出てこなかったり可愛らしい一面があるのに、この迷いの無さには驚かされる。
「そうか。そのサレドヴァニアの王ってのもフォルクが言うだけのやつってことだな?」
「戦場に立てば縦横無尽に暴れる力を持ち、でも戦場を離れると道を求めて多くの方々を導く。それを誰かが『鋼の哲人』と呼んだところ、そちらの方も名前と同等に有名になったという話です」
 その表情の迷いが晴れたのは、サレドヴァニアの王が隣国の混沌をも心配する者であることを聞いたからである。いくらフォルクに会うように言われた相手であっても、頭の天辺から足の先まで利己心や残虐性に囚われているような者であれば考えざるを得ない。何も聞かなければ別に心配することは無かったが、一旦現れた不安を解消すると今度はなんと言われようと会ってみたいという気持ちにまでなっていた。
「既に有名なフォルクが行くより、かえって俺が力を見せ付ける機会があった方がいいってことだよな。ただ役立たずだから先に追い出したってだけじゃないんだな」
「リガル君……そこが一番知りたかったんですか」
 もしフォルクと一緒にいたのであれば、どうしても隣にいるフォルクを頼ってしまいかねない。自分ではそれを拒んでも、周りがそのように見てくれるかがわからない。もちろん事実としてフォルクと比べた圧倒的な力不足はあるだろうが、いつまでも無力なままではいないで欲しいというもう一つの意図も汲むことができた。ある意味それが、サレドヴァニア王を通してリガルの一番知りたかったことなのかもしれない。
「よっしゃ! フォルク、期待していてくれよ?」
「リガル君……」
 そんな一気に迷いが晴れたリガルの表情に、スティーレも顔をほころばせる。やはり明るい顔の方がこのリザードの少年には似合う。そこに邪な性根は無かったようでいて、徐々にその波が押し寄せているのにスティーレは気付かずにいた。



 そこはまさに洞窟そのものであった。壁を触ってみると、確かに崩れないように塗り固められている。だがこの質感は洞窟を好む者たちには胸躍るものであろうと、フォルクは穏やかな気持ちになる。
「数多(あまた)の兵(つわもの)地に伏して、海に逃れる敵の方(かた)。こちらも海に消えるもの、数多くして山に退く」
 そんなダンジョンをビトーニェに導かれるままに、進むこと数分。やや低めの勇壮な弦楽器の音とともに、ゼトロの高らかな声が少しずつ近付いてきた。何かの演目でもやっているのかとビトーニェの顔を見ると、見てのお楽しみという目線が返ってきた。
「陣を整え兵休めんと、沖に並ぶる船見れば。そこに一つの柱立ち、扇を高く……」
 そのうちに部屋に着いたフォルクは、軽くではあるが感嘆の息を漏らした。木目によるコントラストのよく効いた台座の前に、何名かの乗組員らしきものたちが並んで座っている。彼らの目線は台座の上の、ゼトロと一緒に並ぶルカリオの演目に釘付けである。
「掲げたる」
 ゼトロは台座中央の絵の前に立ち、高らかな台詞とともに右手の半円形の物体を真上に掲げる。この独特の形の扇子は、話に出ていた北の隣国のものを髣髴とさせる。ルカリオはゼトロの長い尻尾があと一歩届かない程度の位置に座り、聞こえてきていた弦楽器を奏でている。
「其(そ)の側に、この扇を撃てる者。あれば撃てと、煽る(あおる)声」
 ゼトロはルカリオから離れるように数歩退き、動きの中で絵の額に手をかける。そのままさらに数歩下がると、引っ張られるままに額の中から絵が引き抜かれる。次に出てきた絵では、まずは大将と思われる武装したオーダイルが目立つ。オーダイルは片手で先端に扇をくくりつけた柱を示しながら、何かを叫んでいる姿であることがわかる。下に隠れていたそんな次の絵を理解する頃には、ゼトロは額の後ろに引き抜いた絵をしまっていた。
「ならば撃たせとこの大将、扇を指して射手(いて)を募る」
 ゼトロは一気に扇子を閉じ、その瞬間の音に合わせて再び絵を引き抜く。続いて出てきたのはそのオーダイルの相手方の大将であろうが、その赤い生き物をフォルクははじめて見る。顔にはくちばしがありながら鳥の翼は無く、両足で直立して手で扇を指差している。この世界にいる種族は一通り知り尽くしているはずだが、どうしてもこの生き物に思い当たらない。
「誰もが立てぬとその姿、見かねて立つ者その声の方……」
 そこまで言い終えるとゼトロは大きく息をつぎ、一気に吐き出すと同時に前かがみになり扇子の両端を手で握る。いつの間にか得の正面の台座ど真ん中に立っており、そこでフローゼル特有の髷(まげ)の立った頭を下げる。
「いかなる者かはまた次回」
 どうやらこの場面で終わるようだ。この勿体ぶった幕引きには、どうにも次が気になるところにしてやられた感が根付いてしまう。周りからもそんな感情から漏れるため息とともに、やや控えめな喝采が響き渡る。普通であれば手を叩き合わせたり、尻尾で床を鳴らしたりするようなことがあってしかるべきだ。ヴィクタニアはそういうことはあまりしない気風かと思っていると、ゼトロはこちらを向いて手招きしてきた。
「フォルク殿にビトーニェ殿、お子二方はこちらにござります」
「そしてこの喋り方ださ。今にそれがしが劇にされるべ」
 ビトーニェは案外皮肉好きであると、ゼトロは苦笑を浮かべる。フォルクに言わせればどこぞのエーフィのような痛烈さは無いし、独特の訛りが相まって可愛らしいとのことであるが。むしろリガルやゼトロの気の早さの方が問題であると言いたい。ゼトロに導かれるままに台座の方に進むと、そこでは愛しい子供たちが周りをおっかなびっくり興味津々見回していた。先程の控えめな反応は、どうやらこの特等席の子供たちに気を遣ったかららしい。そんな周りの者たちは、今はフォルクに目線が釘付けになっている。
「相違なく『あの』フォルク殿にござります。闘技場には明日の昼くらいにお越しいただくことでしょう」
「俺のことを俺の頭越しに話を進めないでください」
 赤子二匹はもう父親のことを理解できるのか、フォルクを見るとおぼつかない足取りで近づき始めた。言うより早く現れたゼトロの気の早さに、負けじと素早く反論するフォルク。それに周りの楽しげな目線には微妙に、怖気づいたのかといったような冷やかしが混ざり始めた。
「リガルの叔父っていうのも頷けるべな。闘技場っても説明してやってや」
「これは失礼。船内での単調を防ぐ狙いで、おのおの方にはかような芸の場や腕比べの闘技場を用意しまして候(そうろう)」
 ゼトロは額の下についているキャスターのガードを外しながら、説明を始める。すぐに片付け当番であろう者たちが立ち上がって、絵の額を台座から運び出す。隣のルカリオは腹に手を当てながら立ち上がって、台座からゆっくりと降りる。そのままフォルクの方に近づいてきて、腕の中の双子にそっと手を伸ばす。
「その様子だと、何かしらは強制みたいですね。四足琴(しそくきん)と歌があるビトーニェと違って、俺は闘技場確定ですね」
「一応ウチも三連勝できたべさ。そんなわけで、フォルクは期待が大きいから頑張るべさ」
 フォルクに言わせれば、三戦程度ではビトーニェの圧倒的な持久力は測りきれない。ただ、単発の勝負ではフォルクの方が圧倒的に強い。その情報も流れているだろうから、周りの期待も当然である。バクフーンであるフォルクは四足ではないため、尻尾と前足で演奏するビトーニェの弦楽器を真似ようと思ったことは無かった。今はなんとなくいいように流された気がして、リガルのように好戦的でないのもあって過去の自分の選択を悔いるような気分になっていた。
「戦闘とあらばかように猟奇的なフォルク殿なれば、その言葉はいかに?」
「思い出させないでください。あの時にどうしてああなったのかが俺自身でもわからないくらいなのですから」
 ゼトロと初めて出会ったあの詰め所での戦いの中で、自分が放った猟奇的な言葉の数々は今も思い出したくない。何も知らないビトーニェの無垢な表情が、今は逆にフォルクの胸中を締め上げる。恐ろしいことに、あの時は自分で自分を制御することができなかった。万が一あれがビトーニェや子供たちの前で出てしまったらと思うと、恐怖しか浮かばない。
「もしもの時はうちに来なさいよ? たくさんのお兄ちゃんお姉ちゃんも喜んでくれますよ」
「そして俺にとっては縁起でもない話を期待している言い回しで語るのはやめてください」
 エクトートとエクトーネを笑顔で撫でるルカリオは、どうやら相当な子供好きらしい。ただしこのルカリオの元に双子が行くことになる場合、フォルクがゼトロの言う猟奇的な精神状態になっていることになる。それを含めたあらゆる意味で、フォルクにとっては絶対に避けなければならないことである。
「カイオスの子供好きも相当だべさ。渡す気はねえけんど、一度家には行ってみたいべ」
「ん、子供好きのルカリオって? それにその腹部の傷は?」
 その瞬間フォルクの脳裏に浮かんだのは、スティーレに聞かせてもらった身の上話である。確か「褒章」という名目で王子とともにセラフィーやスティーレが暮らしていた屋敷を訪問した、従者のルカリオが話に出てきていた。確か浜辺からの脱出の際に暴れだしたセラフィーを止めるため、そして足止め役となるために敢えて傷を負った。沢山の養子を抱えているという話もしていたような気がする。
「お嬢様方に接触したのであれば、聞いていてもおかしくはないですね。私のヴィクタニアでの肩書きは、皇軍密偵部隊光明分隊第二隊長です」
「そしてサレドヴァニア王子の従者ですか。あの鉄壁といわれる場所に、よく入り込めたものですね」
 サレドヴァニアでは出自で配属や待遇を差別することはないのだが、それでも危険因子がある者への警戒は相当厳しいと聞いている。もし下手なことになれば、サレドヴァニアの「鉄壁」とまで謳われる布陣に亀裂が生じてしまうからである。周辺の国々との軋轢のお陰で、その辺りの能力がかなり高いというのは皮肉である。
「王様も王子様も私の大体のことは知っておられます。私のことを信用してくださっているので、それで敢えて泳がせているみたいですよ」
 それは王子の従者として働かせることで、暗にこのカイオスという名のルカリオの背後への協力意思を示しているのだろう。同時に王子直々にそのおこないの監視をさせることができるという、そんなかなり大胆な目的も存在しているのかは考えても仕方ない。その背後にいるおとぎ話でしか存在しないと言われているような国のことをどこまでつかんでいるかについても不明だが。
「なんださ、フォルク? カイオスのことを知ってたんだべか?」
「ええ。今リガル様と一緒にいるお二方から少々……ゼトロはイリュード様の弟なのですね」
 そのことについても、フォルクはどこともない腹立たしげな表情を見せる。ゼトロとの出会いの一件もそうだが、あのエーフィ娘の表情も立て続けに起こった思い出したくないことの数々である。今までのリガルからの胃痛ですら可愛いものに思えてくる、そんな現状が悲しい。
「なんだか今日はごまかしが多いべさ」
「……顔立ちは若いようですけど、やはりイリュード様と年はそう変わらないのですか?」
 もはや胃痛すらも超越するほどでは、ビトーニェの皮肉にもとてもではないが対応しきれない。まずは自分のダークサイドとセラフィーの表情を頭から追い出すため、目先の話題の切り替えに集中する。ゼトロもビトーニェもカイオスも苦笑で目線を交差させ、フォルクの話に付き合うことにした。
「それがしは長兄たる陛下の末弟で、その間の兄弟は出奔したり早世したり……。一時期の闘争で命失われた方もござります」
「イリュード様がマグリーデ様のところにいた頃、わが国内でも継承問題が騒がれつつありました。マグリーデ様がこちらに来なかったのは、そのあたりの事情もあるからと聞いております」
 いつの世の中でも、権力の内部では自らの元への集約に躍起になる浅ましい輩は絶えない。権力とて国や社会を円滑に動かす道具に過ぎないのに、これでは扱うはずの側が道具として扱われているというべきであろう。もともとそういったものに対してマグリーデは手厳しく、一度など「権力という道具であるはずのものに使われる道具以下の存在が意見を語るな」という痛烈なまでの言いようをしたことがあるほどだ。マグリーデがゴルグールド王宮内での権力闘争に辟易しきっていた部分も、辞任の理由に関してまったく無かったわけではない。
「このヴィクタニアもやはり例に漏れず……この辺は失楽園の民のことを笑えないですね」
「それがしに目をつけた輩もござりました。情けないことなれどそれがしも乗せられてしまい、陛下に逆らう直前まで進むというあられもない醜態を晒しましてござります」
 フォルクが思い出したのは、クイッヒが自分たちに向けるさげすむような目線。マグリーデの発言の後の静まり返った廷内の様子に、幼き日のフォルクは目を輝かせたのを覚えている。それと同時に思い出す権力闘争の腐敗物の姿に、クイッヒがそれ見たことかと言わんばかりで反論できない。マグリーデが自らの最期を選んだ理由には、この辺りの無力感のようなものもあったのかもしれない。ゼトロの目がその時のマグリーデとどこか重なって見え、今となってようやくそこまで感じることができたのだ。
「イリュード様が戻ってから二年。ゼトロ様はちょうど今のリガル様と同じお年でした。仕方ない頃であったわけですがね」
「しかれど、今なおそれがしはかつてのそれがしを許せなくござります。仲間たちが命を捨ててそれがしを守り、陛下が命を賭けてそれがしを引き受けて候」
 十四歳という今のリガルの年齢だと、本来は迷い悩むことの多い多感な年頃である。言葉遣いこそ独特だが一見誠実なゼトロも、やはりそのような時期では周りに角を立てるのも仕方ない。それは越えた先に自分を見つけ出すための必要プロセスであり、例え大きな失敗であっても代償として自身の血肉になるものである。とはいえそんな多感な時期に自らの混迷の結果、多くの仲間を目の前で失う結果となったのはあまりにも鮮烈だったであろう。ゼトロの瞳の中から、命を散らした者たちの姿が映し出されているようである。
「この子らもいつかは挑まなきゃならねえべさ。ウチらもそん時は胸貸すべな」
「俺に言わせればまずはリガル様です。マグリーデ様にもうそれができない以上……」
 リガルだけは独り大人に混じって生産活動に従事していたため差が見受けられるが、年の近い子供たちは親に反抗したり兄弟喧嘩が絶えなかったり大変である。フォルクに言わせれば、逆にリガルが自分を押さえつけすぎていないか心配になっている部分でもある。父親であるイリュードはリガルにとっては死んだはずの存在であるため、ずっと一緒にいたのはあとはフォルクだけである。死んだことになっているとはいえ実の父を差し置いてという部分に当惑はあるが、それでも自分に向かってきたときというものを相応に覚悟していた。
「いいご両親ですね。我が家に来る可能性が薄そうなのは残念ですがね」
「それを『残念』と表現しないでいただけませんか?」
 相変わらずの優しげな笑顔のまま、カイオスはエクトートとエクトーネに語りかける。自宅にどれだけの養子がいるのかは不明であるが、まだ欲しいというのであろうか? いい加減子供たちの反抗も相当経験しているはずであろうし、それに疲れた様子が無いのがさまざまな意味で恐ろしい。本当に恐ろしい者ばかりである。
「でもま、これなら少々生みすぎても問題はなさそうだべさ。楽しめそうだべ」
「ビトーニェ、まだ誰も出て行っていない状況でその発言はどうかと思います」
 周りの目線に耐えかねて眉間にしわ寄せるフォルクを見上げながら、恥じ入る表情ながらも遠慮の無いビトーニェ。あの凛としたゼトロの演目の後は、このあまりにも激しい雰囲気の変遷ぶりである。いつの間にかカイオスは双子を腕の中に包み込んでおり、フォルクが本来の生きる姿になるのは時間の問題となった。
「私たちは私たちで楽しませてもらいますから、お二方もごゆっくり」
「仕方ないですね……最後に一つだけ」
 ビトーニェがいつの間にか腰に頬を擦り寄らせ、空気とは明らかに違うぬくもりにフォルクの本能も炎上寸前である。それでも一応今のうちに確認したいと思ったのは、反面大したことではないのではないかという内心もあり。それはこのまま黙ってビトーニェに引きずられていくことが釈然としないのだろうか、それへの抵抗なのだろう。
「さっきの絵の中にいた、あの赤い生き物なのですが……」
「そんなの後でもいいでねえべさ」
 ビトーニェの誘惑はさらに度を強め、体を回りこませてフォルクの背中にまで擦り寄っている。周りの目線がますます痛々しさを増すが、ここでおとなしく引きずられていくようでは先の抵抗が余計に情けなくなる。ゼトロまでも揶揄するような目を見せたが、特に何を言うわけでもなく。ただ、明らかにその時の目つきがリガルやイリュードと重なって見えた。マグリーデの方にそういう性質は見られなかったこともあって、この性格がどこから来ているのかが非常に納得できてしまったのが悲しい。
「フォルク殿の仰るは、恐らくバシャーモにござりましょう」
「ば……なんですって?」
 オーダイルの方は何度か見たことがあるが、それと一緒に見たことの無い生き物が出てくるのは釈然としない。一応仕事柄、フォルクはこの世に生きる全ての種族を把握している。中にはあまり多くない種族もあるのだが、呆れられるほど貪欲にどこで役に立つかわからないと習得した。それで知らない種族となると、よくよくの希少種族であろうか?
「バシャーモはこの世とは異なる世界に住まう種族なれば。失楽園の民どもの使う異界との接続が技術、元はそれがしどもがすべなれば問題なくござります」
「その世界にもオーダイルがいるのか、それとも物語にこちらの世界と何かつながった設定でもあるのか。世界が違うのに同じ種族がいるとは考えづらいですがね」
 刻一刻、ビトーニェの毛並みがフォルクにかける圧力が強まってくる。当惑をするフォルクを前に、ゼトロは微笑みながら編み笠を手に取り頭に被る。室内であるからには必要ないものだろうが、どうやら相当のお気に入りらしい。その辺の意味もこめた苦笑を浴びせるフォルクだが、苦笑の主目的は完全にゼトロへのにこやかな抗議と見られてしまっている。
「かの世界と共通の種族もあれば、こちらにのみ存在する種族もあり。見た目や身体能力はそれがしども『霊獣』と同一なれど、それに対して『ポケモン』なる単語が代わってござります」
「ささ、もういいべな? そろそろ我慢できなくなったべさ」
 レントラーは腕を回り込ませるという芸当ができない種族だが、それでも慣れたと見えて肩でフォルクの背中を押す。その力はかなり強く、一瞬ゼトロの説明に気が流れたフォルクがよろけるのには十分だった。ビトーニェは感覚的に非常に鋭敏であるし、あるいはその緩んだ瞬間を狙っていたのかもしれない。
「弟君でしょうかね? 妹さんでしょうかね? 楽しみですね」
「カイオスも自重してください!」
 このタイミングで敢えて、これからすることが目に見えている行為の先を語る。この発言にはさまざまな意味での計算が働いているのだろうと、フォルクは逆に恐ろしさに悲鳴を上げる。しかしそれを長く続けられるわけがなかった。いつの間にかビトーニェに押し倒されて毛の厚い部分をくわえられ、フォルクの悲鳴はダンジョンの奥へと消えていった。



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なにかあればよろしくお願いします。
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IP:122.25.224.163 TIME:"2012-11-03 (土) 21:42:16" REFERER:"http://pokestory.rejec.net/main/index.php?cmd=edit&page=%E5%85%AB%E3%81%A4%E3%81%AE%E6%89%89%E3%81%B8%E3%80%80%E7%AC%AC5%E3%83%9A%E3%83%BC%E3%82%B8" USER_AGENT:"Mozilla/5.0 (compatible; MSIE 9.0; Windows NT 6.1; WOW64; Trident/5.0)"

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