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著者:オレ
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2011年
12月
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2012年
1月
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&aname(Up20111223);

 明くる日の明け方には、フォルクは沿岸の小さな町でボートの用意を頼むところまでは漕ぎつけた。その町の中心である勢力は今のゴルグールドの国家組織に直接滅ぼされたわけではなかったが、かつての内乱の中で滅亡した。それからの復興には今なお明らかな遅れが見えていることもあり、町とゴルグールド首脳部との関係はあまり良くない。それでも慈善的に行動する余裕が無いため、交換条件を出されることにはなったが。
「ゴルグールドの地方監督局……ここのようですね」
 目の前にある白い石造りの建物には、フォルクが読み上げた通りの名前が書かれた看板が下がっている。首都ゴルゴレードから派遣された監視部隊の駐在所で、しかしその実高慢な振る舞いへの周辺住民との関係はすこぶる悪い。ここに駐在している部隊を、町とは無縁の通り魔的な顔で壊滅させることがその条件である。
「さて、そろそろ通報が完了した頃だとは思いますが……」
 あくまでも町とは無縁であることを貫くため、フォルクはでっち上げた破壊強盗を事前に通報するように頼んだ。高慢ではあっても一応治安維持を標榜しているだけあって、そういったことへの対処はそこそこ十分に行なっていることが幸いだった。もっともそういった活動の根底にある精神は、自分たちの支配下である町を奪われたくない等とても善意のあるものとは思えなかったが。
「町の方々に非が無いのは救いですね。駐在部隊でも市民の中から強制徴収されたような否応ない立場の方々だったら、流石に……と」
 物陰で準備運動をしながら呟いていると、通報に入った町の住民が出てきた。どうやら話は終わったようである。あとは彼らがこの前を通り過ぎたところで軽く突き飛ばして、町から徴収した食料や金品を目当てだと言って殴り込めばいい。あまり大きくない、しかも辺境も辺境の片田舎に自分とまともに戦える者が送られる可能性は低い。一応用心に越したことは無いが、住民の話でも大体それが裏付けられているので問題はなさそうである。
「では、始めますか」
 フォルクの姿を隠す遮蔽物の前まで足音が近づいてきた。一応悪逆非道の強盗を名乗るわけであるから、ここでは思いっきり悪役に徹しよう。自分の中でもあまりにもおかしいものがあるとは思いつつ、まずは現実としっかり決めることにした。
「馬鹿どもが! 案内ご苦労さん!」
 言いながら自分の内面的な何かも疑いたくなった。言葉そのものばかりか口調なども明らかに違う、自分でもそれを感じ取れる。先程とは打って変わった豹変ぶりに、事情を知っているはずの住民たちまで一瞬は本気で恐怖したのが見えた。
「どけ! 村が寂れているのはここに徴収されているからだって聞いてたが、こんな建物じゃ期待するほどじゃねーか?」
 途中にいる住民を軽く突き飛ばすくらいの方が自然だろうと事前に話していたのだが、近づくフォルクに住民たちは本気の恐怖で逃げていた。やはり胸の奥でなにやら渦巻くようなものがあったが、今は現実問題に徹しよう。通過した後ろで住民たちが逃げ惑う悲鳴は、これは絶対に空耳だ。異論は認めない。
「住民どもはあんまりにも殺り(やり)応えが無さそうだったからその気にもなれなかったが、おめーら戦える奴らには楽しませてもらおうじゃねーか! ま、最後はぐちゃぐちゃに砕いて畑の肥やしにでもなってもらうだろうけどよ?」
 自分でも言っててどうしてここまでの言葉が出るのかがはなはだ疑問である。疑問である。悪いのは勝手に先走るこの口なんだ、そうだと信じたい。心の中で様々な逃避をしながら、まずは手近にいる派遣兵の一匹を櫂で殴り倒す。
「随分貧弱じゃねーか! こんなだとじわじわいたぶらなきゃ楽しめねーか? そうだよな、ゴミども」
 派遣兵が弾き飛ばされ打ち付けられた先では、もうそろそろ回収される時間であろうゴミ袋が山をなしていた。一応フォルクなりの加減であり、下手な地面に打ちつけられるよりは受けるダメージは間違いなく少ない。しかしこれはむしろ最後の「ゴミども」の暴言の方と重なり、それを合わせた自分でも信じられないほどの残虐性を持った言葉遣いが残りの相手を恐怖に染める。
「ひっ! 連絡しろ……連絡して全員総出で……!」
「いいぜいいぜ! 悲鳴は多い方が楽しいからな、クズ畜生ども」
 恐怖のあまり涙まで浮かべて逃げ惑う兵士たちの後ろで、むしろその姿までも楽しむかのようにあえて歩く速度を落として追いかけるフォルク。首都近郊ではよく「漫画作品の卑猥あるいは暴力的な表現が少年たちの成長に悪影響を与えて~」などと、偉そうに言い張る自称有識者をたまに見かける。フォルクに言わせれば子供の成長段階でのちょっとした悪態は仕方の無いもので、しかし目先しか見えない近視眼的な者たちにはその意見は聞こえがいいため支持される。そんな自己顕示欲だけで偉ぶる馬鹿と目先恥をかきたくないだけの阿呆の姿を、いつも嘲笑することしかできなかった。だが今の自分の嗜虐的な言動は、流石に漫画などに出てきたら自分でも頭を押さえかねない。エクトートやエクトーネには見せたくない、自分でも発禁したくなるほどである。そんな言葉が何故こうもたやすく出せるのだろうか。
 兵士たちは建物に逃げ込むと、扉を封鎖したり報告や対策に駆られたり必死である。周りの住民たちには確かに迷惑をかけていた連中だが、それでも住民たちの生活が困らない程度には自重していただろう。町を見ればそれくらいのことはわかる。そこまで考えると、壊滅の上に彼らに残るであろうトラウマまでは流石にやりすぎかもしれない。一度この態度で始めてしまった以上下手に修正したら疑念を持たれる危険があるが、このままこの態度を続けていたら主に自責の念から身が持たなくなりそうである。
「へっへっへ! 頑張る頑張る。おかげで壊し甲斐がありそうだな」
 そんな身が持たなくなりそうなほどの心情も胸にあるのだから、もう少しくらいなら自重してもいいと思う。しかし今何のスイッチが入ったのだろうか、自分でも自分を制御できないような部分が恐ろしすぎる。櫂を振り下ろしたり突いたり様々な打ち方で、慌てて下ろされたシャッターは後ろのガラス扉もろとも粉砕される。そのすぐそばで封鎖に当たっていた兵士たちは、フォルクと目が合うか合わないかのうちに悲鳴を上げて奥に逃げ出す。扉に使われたガラスは下手に踏むと危険なので、強引に引き剥がしたシャッターを上に敷いて安全を確保する。ふと、同じ準備は隣に並ぶ他の扉にもやっておいた方が後で便利だと思った。すぐに次々とシャッターを引き剥がす作業に入ったのだが、冷静な目で見れば仮に必要だったとしても何故今おこなうのかが疑問である。柱などの陰から破壊に駆られた(ようにしか見えない)フォルクの行動を見ていた兵士たちは、いい加減攻撃した方がいいと思っていたのに何故か動けずにいた。嗚呼、まさに地獄絵図。
「さて、そろそろ鬼ごっこの再開と洒落込もうか? それとももうしゃれこうべになってたりして?」
 柱の陰から覗いていた兵士のうちの一匹は、タイミング悪く目線が合ってしまった。恐怖に全身の力が奪われ、その場に力なくへたり込む。とてつもなく申し訳ない気分ではあるが、これだけ恐怖させれば壊滅まではもう一直線である。そんな風に解放を考えていたフォルクの耳に、後ろから近づく足音が飛び込んでくる。



「まことに楽しげな余興にござりますな。それがしもご相伴させていただきたくござります」
 編み笠の下から見えるのは、茶色の毛皮に覆われた二本足と二股の尻尾。フローゼルが片手で編み笠を軽く持ち上げると、下から現れた顔と目線が交差する。落ち着いた物腰の優しげな瞳からは、この状況を「余興」と表現するような非道さは感じられない。しかも隙無くフォルクや周りを見据えており、実力的には互角程度のものを感じる。勧善懲悪の物語でよくありがちな、悪役を懲らしめに来る主人公みたいな感じであろう。その成敗をされる悪役が自分であることに目をつぶれば、いい加減彼らに救いの手を差し伸べて欲しい気はする。
「へっ! 苦手属性のお出ましかい! 上等だぜ!」
 しかも嗚呼、言ってしまった。実力がある上に苦手な相性の相手を軽く見る発言。今の自分はその悪役の手下も手下くらいの位置であろう。立てられるだけ立ててしまった死亡フラグは、もはや回収することはできない。いっそ成敗するならして欲しいものだ。
「貴君には無関係のこと。ここの部隊長には私的に恨みがありますれば」
 罪なきとまで言うのは嘘になるだろうが、ここまで弱者に救いの無いシチュエーションは寸劇には存在しないだろう。あるいはコメディーであればありえるかもしれないが、現実をそのように捉えることができる自信は無い。そのような自信を持つことができる者がいるとすれば、あまりに不幸な生涯を歩むことになると信じたいというのに。
「へっ! 邪魔はするなよ!」
「お任せいただきたい。それと……」
 フローゼルは編み笠の裏から、差してあった短剣を数本抜き取る。恐らく投擲用の手裏剣の類だろう。フローゼルはフォルクに協力するという意思を示すためだろう、背中を向けてフォルクに近づく。
「貴君の今の態度、場合によっては今後も使用しかねなきことをご了承いただきたく候(そうろう)」
「貴方は……どこまでだか知っているのですね?」
 周りの兵士たちに聞こえないように語るフローゼル。思わずフォルクは元の口調で言葉を出してしまう。一応声の方は聞こえない同程度の大きさにすることを気をつけたつもりだが……。
「表情が戻りてござります。ことはフォルク殿よりも存じ上げてござります」
「……今は目の前のことですか」
 一度元に戻りかけた脳内のスイッチを、改めて入れなおす。今は卑劣非道な賊徒として駐屯部隊を掃討する……それだけである。自分でも悲しくなるような下劣な声で叫び、フォルクは兵士たちへの攻撃を再開した。



 もともとフォルクだけで挑んでも軽く吹き飛ばせるような相手であったのだ、まして自分と競えるような実力を持つであろうフローゼルの助力まで入ったとあっては万が一が起きても覆らない。一応フォルクが攻撃を逃走に支障が無い程度にとどめたのは、ここで命を奪っては罪悪感があまりに大きくなるだろうと思ってしまったからである。もともと兵役時も極力命は奪わず、取り押さえることを信条としてきた。ただ、今回はここでいっそ命を絶ってあげた方がトラウマで苦しまないのではないかと疑念が残ってしまう。報告に戻り奪われた物品を取り返した住民たちが、口ではお礼を言いながらもさりげなくだが必死に3メートル以上の距離を死守していた姿を見たときには悔やみきれない何かが胸に残った。事情を知っている住民でさえあれほどの恐怖を抱くのだから、何も知らないまま襲われた兵士たちにはどこか申し訳ない気持ちである。約束は約束なのでボートの用意はしてもらえた。それでも兵士たちが住民にとった高慢な姿勢と比較しても、これはあまりにも割に合わないことは誰もが感じていた。
「すっかり恐れられてござりますな」
「あなたが戻ってきただけまだ救われましたよ、切実に」
 兵士たちが逃げ出し建物がもぬけの殻になったのを確認すると、フローゼルは一言「失礼」とだけ言って姿を消した。住民からボートを受け取ったフォルクは、今は岸辺を約束の三角州に向かってこぎ進んでいる。住民たちの姿はすぐに見えなくなり、それを確認したようにフローゼルは海中からボートに上がってきた。
「それがしとて将たる腕なれば、相性良きフォルク殿を恐れる必要はござらぬ」
 確かに、さっきの戦いの中でさりげなくフローゼルの実力は見た。手裏剣を一本投げただけで四匹の兵士に痛手を与えた、痛手だけで済ませたのは見事としか言えない。跳ね返った手裏剣が別の兵士に当たったり、よろけた兵士が別の兵士とぶつかったり。しかもフォルクの目的を知っていたのだろう、それで逃走が不可能にはならないように気をつけたのが見て取れた。同時に圧倒的な実力を見せ付けたことで、さらに兵士を脅すことも目的であったのだろうが……。
「つまり裏を返して、貴方の腕か俺との相性のどちらかが欠けてたら?」
「任を放り逃げざるを得なくござりましょう」
 平然と言い放った。むしろ悪びれることなくフローゼルが笑顔のままなので、かえってすがすがしい。言葉遣いはあまり聞かない独特さがあるが、態度としてはとっつきづらさの無い自然に笑みのこぼれる相手である。
「任務ですか。まずは貴方がどこのどなたかをお答えいただく必要がありそうですがね」
「これは失礼。それがし、名をゼトロと申しまして候。ただ、身分については……」
 編み笠を外して左手で脇に下げ、右手を胸に当てるゼトロ。独特というよりはやたら儀礼的に強く意識し過ぎる言葉遣いだが、頭を下げながら上目遣いで送る目線は誠意そのものである。
「何か言えない事情があるんですか?」
「否。ただフォルク殿、それがしの言葉を貴君が信じるかはよく考えていただきたくござります」
 急にゼトロの表情が険しくなる。恐らくはフォルクへの強引な押し付けはしたくないのであろうことは、その目線からなおも伝わる誠実さが示している。同時にこれからの話は、聞くだけでも相当の覚悟を要することも感じ取れる。
「覚悟はしておきます。聞かないことにはどうしようもありませんがね」
 波が穏やかな日和で、しかも季節の海流のおかげでそこまで急がなくても目的地までたどり着けるだろう。そこまでかかる時間も約束までの猶予もまだ十分にある。どれほど衝撃的な話であっても、多分合流までには気持ちを整えることはできるだろう、どこか安易な感情であるとも思ったがそこまで気にはしなかった。
「では、申し上げます。それがし、生まれも育ちもヴィクタニア帝国なるところにござります。現皇帝たるイリュードの元にて将の位を冠してござります」
「ヴィクタニア? そのような国はどの大陸にも……」
 言いかけたところで、フォルクの表情から徐々に血の気が引いていく。この世界の三つの大陸である「光明」「闇黒」「理路」に存在する国は、合わせても二十足らず。歴史上栄え滅んだ国もある程度は勉強しているが、その中でも聞いたことは無い名前であった。歴史上の話では……。
「伝説では海底に自らを封じた国として、おとぎ話ですがよく知られている名前ではあります。しかし実在などあるとは思えません」
「その『おとぎ話でならよく知られている存在』なるものが、貴君の身近に隠れている現実を踏まえてもにござりまするか?」
 フォルクは息をつきながら、ただ一度頷く。確かに今リガルの手元にある「存在」は、一部の者たち以外はおとぎ話での存在としか思っていない。だがフォルク自身は一度その存在をリガルやガルザーンと軽く語ったことがある。リガルがどこからかその伝説を聞いてきて、実在するんじゃないかと目を輝かせて話していたからである。だがガルザーンは「現存する技術知識を全てもってしても、一帝国を海に封じることはできない。しかもあってもそこまで莫大なことをしなければならない理由は無い」と完膚なきまでの言われようであった。直後のリガルの「つまらない奴」との一言には、フォルクも失笑を禁じられなかったのをよく覚えている。
「ヴィクタニアの叡智は、確かに地上にはほとんど残ってはおりませなんだ。悪用を恐れたある時代の皇帝が、それらを海底に隠して使う者を見極めることを託したからにござります」
「何故です? 知識の封殺は大罪の一つではないですか」
 これはガルザーンに常々聞かされたことである。今でこそ駆られるところによりガルザーンとは袂を分かつことになったが、それは後ろで手を引くものに騙されただけのこと。これを含めたさまざまな意見は、かつてのガルザーンとはかなり一致する部分があった。
「学問を推奨する国では、よく『学問を修めることは世を渡る上での強力な武器になる』という言われ方をしていることを伺っております」
「ええ。そうやって力をつけて様々なものを作り上げていくことを強く勧めております」
「あくまでも『武器』であるということは考えなくござりまするか?」
 ゼトロはフォルクの苛立ちげな顔を覗き込む。ガルザーンのことを思い出したことだけではない、大罪を正当化しようとするような言い草にも相当の感情を抱いたようである。しかし目線を合わせてみれば、ゼトロもまた厳しいものを浮かべていた。
「技術知識は使い道を誤れば他者を傷つけることにつながりましてござります。それは刃を手にすることと同じ……それ以上の責任を問わなくてはなりませなんだ」
「それは……今回のガルザーンのことにしてもそれはそうではありますが」
 別にガルザーンのことに限ったことではない。過去に技術知識を持つ立場の者が、それを濫用して多くの命を奪った事件は多い。逆に保身などに拘るあまり行動に二の足を踏み、重大な事故を起こしたことも枚挙に暇が無い。
「技術や知識も勿論のこと、権力もその運用次第ではまた刃など比にならざる災いを及ぼしましょうぞ。ヴィクタニアの皇族はその理念に基づき、哲学と倫理意識を骨髄まで擦り込まされまする。その学んだことを土台に自ら考えた末、権力を握ることに疑問を抱くこともござります。一門から外れ野に下ることを選ぶ者も多くござります。ヴィクタニアにはそれを禁ずる法はござらぬが故、外からも多くの者を招きまする」
「本来であれば出奔されることは痛手でしょうけど、それを乗り越えてでも残る者でなければならないわけですか」
 フォルクとしてはまだ内心に納得いかないものは多いが、それでもゼトロの言うことも一つ道であるのかもしれないとは感じた。自分がそのような要求をされる立場に生まれて、果たして耐えられるかと言われたら自信は無かったが。
「さて、それがしどものことはここまでにござります。次はクイッヒと『魔界技師』のことにござりますれば」
「あいつらの素性も知っているわけですか」
 今のことの元凶であるのは、この二匹であることは間違いない。ゼトロが語るヴィクタニアの理念は、あるいはこの二匹を語るために何かの土台としたかったのかもしれないが……。
「彼らは『失楽園の民』の『七雄』の生まれ変わりにござる。何の方法でかはまだ確証はござりませぬが、無限というべき転生の中でもその精神と憎悪を維持し続けております」
「なるほど。にわかには信じられませんが、そう考えれば説明のつく部分も多いですね」
 さらにまた神話伝説にしか語られないような存在であったが、フォルクにとってはそれはもはや慣れっこなのかもしれない。かつて秘められていた叡智を用いて、この世界の席巻をたくらんだ「失楽園の民」の伝説。その為す技に脅威を感じた霊獣たちは、おびただしい血の上に彼らを滅ぼしたという。宗教色の強い地域などでは、今でも悪役の中の悪役で忌み嫌う対象として描かれている。
「彼らはヴィクタニアの叡智を狙ったために追放されましてござりまする。しかしてその一部持ち去ることに成功し、異界との接続をおこなうすべを編み出し候。異なることわりに動く技術でヴィクタニアへの復讐を始めましてござりますが」
「ヴィクタニアばかりか世界中から攻撃されて壊滅。クイッヒの瞳の奥の憎悪と説明がつかないような技術……当然なのかもしれませんね」
 もっとも、その憎悪自体は帰するものが彼ら自身にあるのだ。悪意でもって席巻を画策した彼らに抵抗したこちらとしては、憎悪を向けられるなど筋違いであるとフォルクは思った。
「彼らは転生の中で少しずつ各国の権力を握るようになりまして候。『光明』はイリドルードが大司教もそれが一にござります。大司教は目ぼしき国民の体内に機械を取り付け、有無を言わせず情報の収集や指令をおこなっておりますれば」
「イリドルードに生まれてしまったら、その時点で失楽園の民の手先にされるわけですか」
 ふと、フォルクはマグリーデに装着された電極の存在を思い出した。マグリーデはデータ採取の目的で何度か昏睡状態にされたことがあるのだが、恐らくはその隙にでも取り付けられたのだろうか? だが、隙があったのは自分やリガルとて同じであろう。今この場でこのように話して大丈夫なのであろうか? 思わずフォルクは腕やわき腹を目で探す。
「ある程度の探知と傍聴であれば、それがしどもにも機械がござります。フォルク殿やリガル様にはありませなんだ」
「そうですか……それはなにより」
 フォルクの様子を見て、ゼトロはすかさず編み笠の裏からプラスチック製の箱型の機械を取り出す。防水のためだろうか、よく見れば表面は透明の薄い膜で覆われている。この膜の方は見たことが無い素材だ。
「彼らの機械も収集できる情報は音のみにござります。動力は取り付けられた者の生命力。命ある限り大司教らの手先とされることに、大司教の娘はじめ多くの者が涙してござります」
「大司教の娘……」
 言われてみてフォルクの脳裏に、大司教周りの知る限りの情報が次々と浮かんできた。大司教はそういえば前の大司教が養子として連れてきた者であると聞いた。前の大司教も失楽園の民の七雄のうちの一匹なのだろう。そして現在の大司教にはその時点で既に娘がいたとも聞いている。大司教はあまり表に出さないように努めていたが、うわさでは少々変わり者であるとも聞く。
「精神は幾度もの転生の中にあれど、肉体は霊獣と同一にありますれば。血のつながりは事実であっても怪しきはござりませぬ」
「七雄の魂が宿るとは限らない……むしろあの憎悪を考えると、霊獣が苦渋を舐める姿に悦びを感じてもおかしくありませんね」
 父親に強制的に取り付けられた機械に涙するという話から、そこまで異常な性質ではないであると思われる。勿論、うわさの真偽のほどを考えたとしてもだ。
「そしてその娘は、今はこの国の南岸を航行中にござります。そこまでの成り行きは偶然にござりまするが、フォルク殿とリガル様を信用させて掌中に落とす最後の保険を任されてござります」
「なるほど。突破される危険も十分に考えてたわけですか」
 確かにこの国の兵士たちのレベルだと、リガルだけならともかくフォルクを捕らえられるとはとても思えない。だいぶ下火になったといっても残る内乱の火に、兵士たちが頻繁に犠牲になって育ちきらないのである。最近はだいぶ力をつけてきたようにも思えるが。
「娘たちの目的地は『闇黒』にござりますれば、それがしどもが隠れて支えるも容易にござります。リガル様だけを大司教が娘、ラプラスのスティーレにひとまず引き渡すがよろしゅうござりましょう」
「俺はこの国に隠れてクイッヒの隙を狙うといったところですか。リガル様は大丈夫でしょうか?」
 この分だとそのスティーレとやらとの接触を避けるのは難しいだろう。場合によっては既にリガルとの信頼関係を築いている可能性すらあるくらいだ。スティーレ(というよりは、取り付けられた機械)に盗聴されている以上、この説明をするのも難しい。それくらいなら変に知ってしまっている自分は耳の届かない位置に隠れて、最初からリガルを預ける前提でいた方がいいのかもしれない。勿論、それでリガルに危害が及ばない前提であればだが。
「リガル様の戦いもお見事の一言に尽きますれば、それがしどもで十二分に支え切れまする」
「リガル様……また無茶をしているんですか?」
 今の会話の中で記憶の片隅まで押し込められていたリガルが、反転攻勢でフォルクの胃を締め付け始める。フォルクは少し顔をゆがめて胸に手を当て、せめてもの抵抗を試みる。ある意味フォルクにとっては、このリガルの性質はクイッヒなどですら比にならないような難敵かもしれない。
「第三総隊の副長をはじめ、多くの者を負傷させて撤退に追い込んでござります」
「リガル様、ついにそこまでの無茶を……」
 ゼトロの様子からすれば、今もまだそこまでの危険に陥ったわけではないのであろう。しかしこの国の四つの「総隊」は軍の最大の組織単位である。その四つの総隊を束ねる「大将」の元、四つの管轄に分かれている。他の総隊が管轄する地域まで行くことがなければ、交戦する可能性がある者の中では、大将、総隊隊長に続く第三の地位に立つほどの実力者である。いくらゴルグールドの兵の質が低いとは言っても、そのような相手にまで戦いを挑むほどの無茶をするとは思わなかった。今回は勝てたが、これで気を良くしてさらなる無謀を重ねないかが心配である。
「リガル様が仕掛けたトラップに掛かっただけのこと。リガル様もあれには唖然としておられ……フォルク殿?」
「すみません……こんなときに胃薬が出てこないなんて」
 ある程度の準備はあったといっても、胃薬の優先順位をそこまで考えなかった自分を呪った。小箱をかき分け包みを押しのけ、呆然と様子を見つめるゼトロの足元はどんどんと散らかっていく。ようやく錠剤の袋を見つけて開いた頃には、ゼトロもフォルクの荷物の大体を把握できるほどになっていた。
「フォルク殿も苦労が絶えませぬな」
「何年か前までは止められないことは無かったんですが、俺の手をかわす部分まで腕を上げないで欲しかったです」
 逆にリガルの挑戦を「無茶だ」と止めたことが少なくなかったため、その辺の先走り方を覚えてしまったのであろう。今後その辺を徹底していかなくては、他の仲間から孤立することにならないかが心配である。リガル様も少しは周りと合わせることも考えて欲しい、そんな呟きをため息の中に霧散させる。ふとその消えかかった言葉の中に、一つの疑問符が見えた。
「ではフォルク殿、また後日」
「あっ!」
 フォルクが訊こうとした瞬間に、ゼトロはボートのふちから海中に飛び込んだ。止めようと伸ばそうとした手は、音としぶきで反射的に押し戻される。炎に弱い木製の船などを使うことの多い水上戦では出撃が多かったのだが、それでも水そのものはかなり苦手である。幸い被ることはなかったので、改めて座りなおす。
「リガル『様』……?」
 確かにあのゼトロは、リガルに「様」の敬称をつけていた。自分には「殿」と別な敬称を使っていたにもかかわらず。マグリーデとの上下関係から自分がつけるのであればわかるが、リガル自身は敬称をつけられること自体あまり好きではなかった。長く呼び続けていたフォルクだけが特例らしく、ビトーニェにも即座に禁止令を出したほどだ。ゼトロがどういう位置づけからこの任務に当たっているかはまだ飲み込めない部分はあるが、ゼトロ自身もリガルに敬称をつけなければならないような立場なのだろうか?
「ゼトロ、まだ言うべきことは残っているのではないですか?」
 答える相手のいない問いを口の中で転がし、そこで首を振る。後でまた会えるのであれば、その時に持ち越しだ。今はそのラプラスにリガルを預けるところまでしっかり動かなくては。聞こえてきた河口の流れの音が告げる約束の場所への到着。フォルクは腹をくくる。

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 荒々しい筋骨を覆う皮膚は見る影もなく焼けただれ、カイリキーは気を失いリガルの前に伏している。思わぬ形で指揮官を戦闘不能にされ、兵士たちは愕然とした表情を浮かべる。
「まさか掛かるなんてよ……突っ込みが追い付かねえ」
 その愕然という意味ではリガルも同じだった。広い国土を持ちながら、平野の中央の物見台の火山はじめ四方八方の天然の城壁に守られているゴルグールド。国家的な侵略が難しかったのが幸いして、二百年戦争の間も国外からの侵略はほとんど無かった。ビトーニェのように越境してくるものがいないわけではないが、そこまで問題が起きるような数であることはない。それが対外的には多少軟弱な兵でも、国を維持する分にはそこまで問題が無いとはフォルクから聞いていた。
「副長がやられた……なんて子供だ!」
「いや、そいつが弱すぎるって言うかあんな初歩的な罠と挑発に掛かるなんて……」
 逆に国の中で何かがあったときにここまで悲惨な姿を晒すとは、残存勢力の戦いで「精鋭」と形式上呼ばれている兵に被害が出続けてたとしてもあまりにも残念だ。いくらリガル自身が有望株として高い評価を受けてたとしても、未熟な子供の身でここまで叩きのめせるという現実には不安を感じざるを得ない。あるいはこれもクイッヒの計画の一部なのだろうか?
「仕方ない……とにかくこれ以上恥の上塗りは許されない!」
「もう上塗りする余地なんてねーだろ? 大体がお前の属性じゃまずいだろうっての」
 一応とばかりにリガルは戦う構えは見せるが、相手はアギルダー種。動きの機敏さは名高いが、炎を苦手とする相性は小さくはないであろう。横からの不意打ちに気をつけることを頭に置けば、いずれ距離を詰めて焼きを入れられるはず。
「これを見てもその自信が続くかな?」
「そいつは『砲』の、しかも最新型じゃねーか。ここまで投入させちまうってのはな」
 アギルダーの小さい腕の先の手は、材質は言いづらいが頑丈なのはわかるデザインの筒状のもので覆われていた。長さもせいぜいが腕の半分ほどで、殴打による攻撃に限定すればリーチの拡大の効果はほぼ皆無である。リーチの拡大は。
「お前を今狙っているのは『霊力』を利用した、いわゆる『特殊攻撃』というものの弾丸だ」
「わかってるっての。上等ってもんだぜ」
 アギルダーが筒の先端の穴をリガルに向けると、即淡く青い輝きを持つ弾丸が飛び出してくる。リガルは軽く横に動いて弾丸をかわすが、着弾地点から四方八方に飛び散った水に舌打ちをする。アギルダーの手に装着された「砲」というものは、霊獣たちの体内を循環するエネルギーの一つの「霊力」を弾丸として発射するものである。種族により選択肢の多寡に差が出るが、本来は自身とは適合しない属性の攻撃を撃つことはできない。しかし一旦体外に放出したエネルギーを機械によって変換しているため、アギルダーの持つ「砲」は自身との適合が無い属性の攻撃でもある程度自由に撃つことができる。
「次の弾は岩かな? それとも地面かな?」
「よく動く口だぜ! すぐに敗者の遠吠えだぜ?」
 距離を詰めようと踏み込もうとしたリガルに照準を合わせつつ、同時にアギルダーは距離もとる。周りの他の兵士の位置も警戒しなければならないため、思うような踏み込みができないことを確信する。やはりまぐれ当たりは何度もは続かない。口では意気揚々荒ぶるその一方で、状況の厳しさは把握している。
 アギルダーは砲の口径にエネルギーを集約させ始める。さっきとは色が異なり黒さを持っている。従来の砲は事前に装着した部品を変更するまでは、一つの砲につき装着した部品の持つ一つの属性しか使えない。しかし最新型は同時に複数の部品を装着可能にし、照準を合わせながらできるスイッチの切り替えで三つの属性から選択することができる。リガルやフォルクはじめ炎属性が苦手とする属性も水に岩、そして地面の三種類である。三つの属性は当然それで固めてくるだろう。一つだけに絞るわけにはいかない事情もあるから当然である。
「そっちが水ってんなら、こっちもイトケの準備があるぜ? この中がそうとは限らねえけどよ」
「起動できる数もある上、どの道その袋では一つしか入るまい。その一つに当たる幸運に期待するかな?」
 リガルは拳程度に膨らんだ袋を見せる。どの属性にもそのエネルギーに反応して吸収してくる木の実が存在する。水にはイトケ、岩にはヨロギ、地面にはシュカといった具合に。使い方によってはほぼすべてのエネルギーを吸収できるため、一つしか苦手属性を持ち込まなかったら木の実が無くなるまでその属性での対抗ができなくなるのだ。ただし一つの木の実で他の属性を吸収することができなかったり、事前に他の技と同様「霊力」を送り込まないといけないため上手くいくとは限らない。
「ま、砲ばっかりとはいかねーけどな」
 リガルは目線こそ動かしてはいないが、音で四方八方から取り囲もうとする他の兵士たちの様子にも警戒していた。特に一番近くまでさりげなく踏み込んでいるガラガラ種の兵士には、手抜かりをするわけにはいかない。頑丈で重さのある頭蓋骨を装着しており、動きは遅いが屈強な相手である。多少のダメージはあったとしても確実に打撃を与えてくるつもりなのだろう。さらに長さのある棒状の骨を得物として握っており、攻撃範囲も馬鹿にならない。同時に撃ってきた弾丸の属性を読み間違えることを前提にすれば、両方の攻撃に晒されることになる。
「ガラガラってことだからな……お見通しだぜ」
 リガルが確信をつぶやいたところで、ガラガラがこちらに飛び込んできた。それに少し先んじて放たれた弾丸の軌道も読む。このままなら確実にどちらかの餌食になるだろうが、弾丸の軌道上に迷うことなく木の実の袋を投げ込む。そして意を決してガラガラの懐に踏み込み、振りかざされた骨に掴みかかる。やや飛び上がり気味だったため、ガラガラの体は得物の骨を引っ張るとある程度の制御は可能だった。なんとか力を振り絞って軌道を大きくわきに反らせ、その勢いでガラガラを宙に打ち上げる。この大きなモーションの間に、弾丸は木の実の袋に衝突していた。ここで弾が吸収される確率は三分の一。しかしリガルはその選択への回答を見ることもなく、悠然と後続の兵士に構えた姿を見せる。
「馬鹿な! 三分の一に!」
「三分の一を心配しないとか、しかたねえ頭だぜ。まったくよ」
 アギルダーがその光景を受け入れられなかった一瞬に、リガルは続く二匹の兵士を打ちのめしていた。それでもその後にリガルの背中を狙う隙があったようにも見えたが、鈍い音と共に地面に戻ったガラガラによって遮られた。確率的には三分の二でこちらが勝てる……そう思い込んでいたアギルダーが叫んだ頃には、リガルが気を失ったガラガラの頭に足を乗せて構えていた。
「別に他の属性を撃ってもいいぜ? また防いでやるから……よ!」
 防ぐと言いつつ袋を手に取らないまま、リガルは悶えながらも再度起き上がって後ろから襲い掛かってきた兵士を打ち据える。まだリガルの腕の届く範囲まで入らないのにと目を剥いたアギルダーは、その時にようやくリガルがさっき奪ったガラガラの骨をまだ握っていたことに気が付いた。あのような扱いづらい手で扱った得物で打ちのめすとはと、アギルダーの頭は怒りに駆られる。ならばと咄嗟にスイッチを切り替えて選んだ水属性、照準をリガルに向けたところで思い出した。ガラガラにまで当たってしまうことを先ほど警戒したばかりだったのだ。さっきは岩属性であったから、直撃を喰らったガラガラもそれほどのダメージではなかった。今の水属性を苦手とするのは炎だけではなく、ガラガラはじめ地面属性も同じである。そうでなくとも大ダメージであるのに、リガルの一撃で気を失っている今だと命をも左右しかねない。
「子供でありながら……まさかこちらの手を読んで?」
「気付くの遅えよ!」
 リガルの怒号で我に返ると、ガラガラの体がこちらに向かって飛ばされてきていた。その脇をやや右よりのコースで、リガルが手に炎をたぎらせ突っ込んでくる。放り投げたガラガラの体をかわしている隙に、その脇から痛打を浴びせようというのか。ならばとアギルダーは右よりのリガルの正面に回りこみ、同時にチャージ無しで弾丸を発射した。チャージをしなければその分威力も落ちるが、苦手属性なのだからダメージは十分だろう。反転攻勢で前のめりになっている今ならとも、発射の直後に確信を抱いた。しかしリガルは予想通りとばかりにブレーキをかけ、迷うことなく弾丸をかわす。アギルダーは一瞬目を疑いながらも、その隙を逃すまいと照準を合わせようとした。一度かわしたところで直後に隙が生じるのだ、何度もこんな真似はできるはずがない……。
「がはっ!」
「大当たりだぜ!」
 アギルダーの思考は衝撃によって打ち切られた。のけぞった体でなんとか確認できたのは、ガラガラが得物としていた棒状の骨であった。リガルはガラガラを投げ飛ばした直後に、ガラガラの体の陰で見えないコースを通るように骨まで投げていたのだ。既に投げ出したも同然の意識の中で、駆け寄ってくる炎の轟音にアギルダーは恐怖を抱くことすらできなかった。
「いくら武器とか鍛えたって……所詮使い手の力の域は出ねえんだよ」
 気を失ったアギルダーの腕から、リガルは砲をもぎ取る。彼らの自慢の「最新式」は、結局敵であるこちらに渡されるだけの結果となった。地面に転がる兵士たちに送る一瞥の中に、リガルはただ苦々しさのようなものだけを込めていた。
「何はともあれそろそろ合流の時間を考えねえとだな。こいつのおかげで少しは楽になりそうだけどよ」
 リガルは西の空を見上げる。いい加減空が赤くなってきて、時間的にも丁度良くなってきた。隠れたりする間に上手く休憩は取ってきたが、それでも疲弊の色を隠すことはできない。この二日という時間は、自分でも戦い続けられるであろう限界の時間でもあったのである。増援の足音が無いことを確かめ、リガルは約束の場所への道へと走り出した。



 断崖の下に続く長い砂浜は、本当であれば隠れる場所はほとんど無い。しかしバクフーン種の腹部全体を覆う薄黄色の毛並みにとっては、とてもいい保護色となる。フォルクは大胆にも仰向けに寝転がっているのだが、それにはそういう事情もある。近くの岩陰にボートや得物を隠せば、あとは特に目立つものは無いのである。
「それにしても、この砂は軟らかくて心地がいいですね」
 一方で、結構呑気な部分も持ち合わせていたが。自ら独り突っ走ったとは言っても、あまり休憩を取れないでいたリガルが今のフォルクを見たらなんと言うだろうか。そんなことなど意に介さず、フォルクの意識はさざなみの子守唄の中で漂っていた。
 フォルクの父は海に住む水属性だったので、フォルク自身も海が好きなのである。勿論水に潜ることは命を左右しかねないが、それでも潮の香りや広がる青の世界は気持ちが安らぐ。父に海の上での漁などの技も教えられてきたため、それが主に水上戦で役に立っているのである。主戦力である水属性を狙う草属性や炎に弱い船などを狙った攻撃は、水上で戦える炎属性にしかできない特権である。もともとの腕の良さも相まって、フォルクは瞬く間に功名を挙げていったのである。それでも水上戦に関しては、特に海や川に対する冒涜みたいなものを感じてもいたが。
「ふぅっ……どちら様ですか?」
 フォルクは頭の先の方から近づいてくる者の感覚を感じ取り、あくび交じりの声をかける。居眠り中の状態であってもその程度の感覚は失わないようである。今回は相手がそこまでの者ではない様子なのも感じ取れていたが。リガルでもビトーニェでもないし、ラプラスとは明らかに違う足のある種族の動きであるのはわかる。フォルクはけだるさを押して目を開ける。
「何か?」
 まだそこそこ距離があるため、変なことをされる心配は無いであろう。その位置から不安げな表情で見つめるエーフィ娘からは、あまり戦い慣れた雰囲気を感じられない。首に巻いているセピア色のリボンは、元は黄金に輝く「太陽のリボン」なのだろう。イーブイからエーフィに「進化」するために必要な道具なのであるが、この近辺では生産することはできない代物である。全く入手不能なものではないにしても、必然的にかなりの高級品であることは当然知っている。この近くにそのような代物を手に入れられるイーブイ系統の者が住んでいる情報はないし、他の進化先に必要な道具は割と入手しやすい以上エーフィやブラッキーを選ぶ必要は無い。かといっても旅慣れた雰囲気もないし、一体何者であろうか?
「……ふぅ」
 フォルクはもう一度息をつくと、再び目を閉じる。リガルとの合流は細かい時間を決めたわけではないが、夜が明けたらいつ着いてもおかしくない。白み始めた東の空は、残された休憩時間の少なさを物語っている。それまではなるべく体を休めておかなくてはいけないのだ、このエーフィ娘を相手にする必要は皆無である。
「ふーん」
 そんなフォルクの内心は、ある程度ではあるがこのエーフィにも伝わっていた。いくら実力の差に開きがあるといっても、その辺はやはりエスパーの実力である。エーフィからの不満そうな声は聞こえていたが、フォルクは無視に徹した。何かできるものであればやってみろという、ある種の挑発に近い気持ちはまったく隠そうとしない。そんな相手の態度に、エーフィの中で何かが切れた。精神的なものがある程度見れるからには、フォルクの意識がどの程度夢の中にいるかも見ることができる。そうであればその位置変化の波をある程度見極めて、深くなる瞬間に合わせて念力をチャージして……。光と音を発してしまう念力の特性から、その前に一旦穴を掘って砂の中に潜った方が良さそうである。決定。行動開始。
 エーフィが穴を掘っている間に、フォルクは夢の入り口に到達していた。そこではビトーニェが笑顔で迎えに来ていた。ずっと時間が持てなかったのでご無沙汰だったのだ、フォルクはあらゆる思いを込めてビトーニェを抱き上げる。嬉しそうに目元を緩めるビトーニェに、フォルクの感情も大いに高まった。うっすらとではあるが、エーフィもその夢を覗いていた。
 穴の底でしゃがんで念力をチャージすれば、目の前の変態バクフーンでも感じ取れる感覚はかなり減少する。流石にそこまでの砂をかき分けて直線距離で攻撃するほどの力は無いが、別にチャージの間気付かれなければいいのである。体の中のありったけのエネルギーを集めて、発射口である額の赤い宝石のような部位に流れを向ける。それが完成すると同時に一気に跳び上がり……。
「こんにちは!」
 挨拶のような怒号と共に、フォルクの顔面を狙って一気に放つ。放ってから一瞬、この威力だと流石に命に関わるのではないかとも心配になった。相手が反応して直撃をかわしたのを確認し、その時点で杞憂であることはわかったが。
「ぶわっ!」
 しかし、フォルクもフォルクで完全に回避できたわけではなかった。何とか上体を起こして念力だけをかわせたまでである。念力によって巻き上げられた砂に吹き飛ばされ、フォルクは前方に半回転してうつ伏せに倒れる。今はまだ夜明け寸前のためどちら側でもそこまでは目立たないが、背中の黒い毛並みは昼間であれば砂浜とのコントラストでとても目立つであろう。勿論そのうつ伏せの姿勢をすぐにやめれば、今後来るかもしれない攻撃に狙われることは無い。ただし、既に次の攻撃が向かってきているのであれば話は別であるが。
「うぐっ!」
「大当たり!」
 自分が顔をうずめている近辺の砂が湿っていることに気付いたのだから、早く回避すればよかった。しかしフォルクの顔面は引いていたところを寄せ返した海水に打たれ、顔中にこびりついた眠気を洗い流した。直前までまぶたの裏にしがみついていたビトーニェの姿をはじめ、フォルクの自信の一部等々多くの大切なものと一緒に。いくら油断したとはいえこれだけ実力に開きがあるであろう娘に不覚を取るとは、様々な意味での悔しさがこみ上げる。そんなもだえ苦しむフォルクの姿に、一方のエーフィは高らかに歓喜の声を上げる。
「なんなんだ、君は?」
「目、覚めた? 随分お疲れみたいね?」
 鼻先を鳴らして入り込んだ海水を追い出すが、いかんせん刺激された神経は今なお残渣に悲鳴を上げ続ける。目を細めるエーフィの顔は確かに無邪気で可愛らしいが、月のブラッキーに対して太陽と例えられることもあるような神聖さは皆無である。どう見ても悪戯好きの小さな妖怪にしか見えない。
「まったく、油断もすきも無いですね。いきなり何の用ですか?」
「別に? 居眠りしている間抜けな変態がいただけだけど?」
 あからさまに苛立ちをあらわにするフォルクに対し、エーフィの方は更なる挑発の言葉を向ける。一応反転攻勢に出られたときにはすぐに逃げ出せる姿勢だけ保ちながら、エーフィは前足では浜の砂を叩きまくって笑い声を上げる。一方のフォルクは、土砂に水に続いて今度は頭に岩石を落とされたような感覚を受けた。ビトーニェとのまぶたの裏で交わしたやり取りをどの程度盗み見られたのかはわからないが、エスパーの力をもってすればかなり肝を冷やされてしまう。
「なんと言うか……仕方ないですね。あなたはどこから来たのです?」
「やだ! ナンパでの決まり文句じゃない!」
 こうなっては仕方ないと、謎でしかないこのエーフィのことを訊こうとしたフォルク。即座にその言葉は歪曲され、ビトーニェにはとても聞かせられない事態となってしまった。あまりにも苛烈に繰り返される追撃に浮かんだ、フォルクの一瞬の目を見開いた表情。エーフィはそれでさらに嬉しそうに声を上げて笑う。
「あなたのことは興味はありません。ただ、俺は合流する予定だったヒトカゲの少年を待っているだけです」
「ふーん? 同性とかショタとかいい趣味だよね?」
 フォルクの中で何かが猛烈にうなり声をあげ始めた。いい加減、今度は昨日の卑劣漢を出しても問題の無い相手であると思った。なんとか高揚を上げられるだけ上げ、自分のモード切替に意識を向けようとした。そうして息をつくこと数秒、しかしフォルクの脳内で何かの決め手が起動せずにいた。
「言うことがなくなっちゃって暴力モード? 残念な頭だね」
 そんな様子を見て取ったエーフィ。敢えて最後のスイッチが入らないやりきれなさまで感じさせて、そこでさらに手痛い挑発で心臓を抉る。どこまでも苛立たせる相手である。既に自分が無視を決め込もうとしたことなど頭から消滅し、何とかこの怒りをぶつけられないものかと頭を巡らす。そんな様子に言えるものなら言ってみろと挑発的に笑みを向けるエーフィ娘。必死にその姿を観察し、フォルクは思い切って言葉を搾り出した。
「女性として育つべきところが育ってないのにそんな態度で! それで誰が寄ってくるんですか?」
 その言葉の瞬間、少しだけエーフィの表情が歪んだ。エーフィの前足の付け根周辺――要は胸部なのだが、そこは四足の種族としては動きやすさを考慮したかのように無駄な肉が確認できない。確かに動きやすくはあるのだが、見た目としてはもう少し膨らんでも動きには問題ないかとも思える。統計によれば男性側の好みは千差万別のため別に不利ではないのだが、女性は実利以上の一つのバロメータであると思っていることが多いらしい。その辺り、やはりまったく気にしていないわけではないらしい。
「こういうのを『機能美』って言うの。それよりやっぱりこういうところしか見れないんじゃ、やっぱり変態で残念な頭だね」
 しかしそんな一瞬の表情に満足した自分が、結構なまでに悔しくなった。この程度で折れるようなエーフィであれば最初からこのような態度をとってくるわけではないと、暴走を始めた脳ではその程度の処理が限界だった。
「もう頭が残念なことは認めようじゃないですか!」
「本当に襲ってきた!」
 怒り心頭のフォルクの首筋の炎の気孔から、怒りが火山のごとく吹き上がる。一方のエーフィはなおも変わらず楽しげに、明るく高らかに叫ぶ。首だけこちらに向けたまま、即座にもと来た方であろう断崖へと駆け出す。目つきから考えれば、向こうはそんなフォルクの姿を楽しむためだけにこちらを見ていることがわかる。既に感情が爆発したフォルクにとってはどうでもいいことであるが。しかしエーフィの方もフォルクが先に掘った穴にはまることなく飛び越えてきたのを見て、少しだけ驚いた表情を見せた。もっともその根底にあるのはこのまま追いつかれることへの恐怖ではなく、穴に落ちて悔しがる相手の姿を見られなかった残念さであったが。
 フォルクがボート等を隠した近くの岩場とは別に、エーフィが向かう西の方にも少しだけ岩場が見える。とはいえ大型の種類の者が一匹ようやく隠れられる程度の大きさなのだから、そこに隠れていられる仲間の数など高が知れている。追跡を振り切るために隠れられるほどの場所ではないため、フォルクはまったく気にかけないでいた。その岩陰で眠るそのエーフィの仲間の姿を見るまでは。
「スティーレ、起きて! 鬼畜変態暴力バクフーンに襲われそう!」
 エーフィがフォルクにつけた呼び名はあまりにも酷いものであったが、しかし目の前で眠っている者の種族と名前で今度は怒りの方が消し飛ばされた。スティーレという名のラプラスは、即ちゼトロから聞かされたクイッヒが仕掛けた更なる手を託された者であった。



 一瞬たじろぎかけたフォルクだが、すぐに怒りを思い出した。それはこのエーフィに制裁したい衝動に駆られているからではない。こうしてここまで挑発して連れてきたからには、このエーフィもスティーレと共に任務に当たっているのだろう。もしかしたらこちらが何かを掴んでいるという予想まで立てて、感情の変化を読み取るエスパーのエーフィを動員したのかもしれない。それだけ危険因子をはらんでいる相手なのだから、単なる衝動で思い出した怒りではない。決してない。そう信じたい。
「何? どうしたの、セラフィー?」
「早く沖に逃げないと! あのバクフーンに何をされちゃうの?」
 寝ぼけまなこで気の抜けた声を吐き出すスティーレは、なんだかとても任務中の者とは思えない。いくらこのセラフィーと呼ばれたエーフィとの交代で仮眠をおいたとしても、緊張感があまりに無さ過ぎる。今のセラフィーの発言での自分の扱いについては、ひとまず怒りを思い起こさせる燃料にでもしておこう。
「また茶化したの? いい加減にして」
「なに? その『また』って!」
 スティーレの一言に、セラフィーは狂ったような笑いに少しだけ苛立ちを込めて答える。自分でもある程度わかっている部分はあるらしい。そんなセラフィーにため息を漏らしながら、スティーレはようやくこちらを向く。
「すみません。セラフィーのこの性格には私も手を焼いてまして……」
「これがいつもなんですか。随分と残念な性格ですね」
 フォルクはもう一度ため息をつく。スティーレの話す言葉には特に問題は見当たらないし、態度としても気品がありそうである。聞いていた割には普通のものに思える雰囲気は、どうしても自分としては悩みどころになってしまう。
「なによ? さっき堂々と私に貧乳発言したの、どこの誰なの?」
「それに対してあなたはどれだけの言葉を吐いたのかとそもそも最初はフルチャージの念力って暴力だったんですからよく考えたらあなたに暴力をしてはいけない理由なんて無かったでしょうし大体なんでそこだけピンポイントに言い出すんですか!」
 眉間にしわ寄せ上半身を前のめりにセラフィーに近づけ、フォルクは思いつく限りの反論を一気に吐き出す。満足げに嘲笑を浮かべてスティーレの脇まで下がったセラフィーを睨みながら、声と共に一気に吐き出した空気を吸い込む。数度の呼吸の後にスティーレの顔を見上げると、これは流石に酷いという愕然とした表情を浮かべていた。
「……もう構わないでください」
「そう言われると余計にからかいたくなるんだけど?」
 セラフィーの一言になど答えるまでもなく、フォルクはすぼめた背中を娘二匹に向ける。もし任務であれば向こうは引き続き話しかけてくるだろうし、そうでないなら彼女たちとは二度と会わずに済ませたいという本音まで完成していた。ゼトロから受けた指示はあるかもしれないが、これをこのまま遂行できる自信は完全に失われていた。
「本物の太陽は見ていて気持ちが落ち着きますね」
「なに『本物の太陽』とかわけのわからないこと言ってるの?」
 日輪の端が姿を現し始めた。自身の位置と今日の日の出の位置が上手く重なったため、ちょうど東の浜辺の波打ち際から昇ってきた。持ち物のいくつかを置いてある岩場の方に戻るフォルクの後ろには、なんとなくといった感じでセラフィーとスティーレがついてくる。既に相手にする気力を失ったフォルクは、完全な無視に徹することを決めた。
「セラフィー、エーフィ種は月のブラッキーに対して太陽とたとえられることが多いのです」
「ふーん? エーフィになったばっかりだから、初めて聞いた」
 フォルクは黙って櫂を拾い上げる。もしかしたらリガルが追っ手を連れてこないとも限らない。むしろリガルであれば流石に厳しい程度の実力の者はまだまだこの国でもいるのだ、そうしてもらえた方が胃が痛くならなくて済む。その時のためには、一応最終チェックをしても罰は当たらないはず。
「イーブイ種の進化候補の一つですから、むしろイーブイの段階で聞いてないとおかしいくらいです」
「別にそんなたとえを知ったって何かあるわけじゃないでしょ?」
 到着の段階で最終チェックをしたが、こうして手を動かしていれば気を紛らわすことはできる。ただでさえリガルが胃痛をもたらすというのに、この二匹にまで対応していたら内臓全部が溶かされかねない。
「何かあるないじゃなくて、聞きたくなくても聞くくらいのはずです。将来を左右する問題なんですよ?」
「見た目が好きだし念力使えるのはいろいろ便利だからいいの。それより、それって私を見ていると落ち着かないってことだよね? あんなこと言っててもやっぱり私に興味があるんだ」
 フォルクは点検もそこそこに櫂の柄で砂浜を突く。特にこのエーフィは、声を聞いているだけで神経が削られていく。フォルクはゆっくりとセラフィーに櫂の先端を向け、冷徹な目線で睨みおろす。
「これ以上喋らないでください」
「あ、やっと喋った」
 会話がここまで噛み合わない相手がいるとは、フォルクも全身に疲労が押し寄せるばかりである。得物の先を向けられて平然としていられるという意味では、かなりの度胸があるとは思えるが。櫂を下ろして額を押さえるフォルクの表情に、早朝のすがすがしさはなかった。



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なにかあればよろしくお願いします。
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IP:122.25.224.163 TIME:"2012-11-03 (土) 21:40:19" REFERER:"http://pokestory.rejec.net/main/index.php?cmd=edit&page=%E5%85%AB%E3%81%A4%E3%81%AE%E6%89%89%E3%81%B8%E3%80%80%E7%AC%AC2%E3%83%9A%E3%83%BC%E3%82%B8" USER_AGENT:"Mozilla/5.0 (compatible; MSIE 9.0; Windows NT 6.1; WOW64; Trident/5.0)"

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