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八つの扉へ 第1ページ の変更点


著者:オレ
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2011年
11月
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12月
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*八つの扉へ [#wf2fa163]
&aname(Up20111128);
 この世界に住む「霊獣」と呼ばれる存在は、ニンゲン、カイリュー、コジョンド……様々な姿の種族で構成されている。互いに異なる姿を意に介すことなく、国や文化、血縁に至るまで様々なつながりを築いていた。



 三つの大陸に囲まれた内海。その北東の大陸の沿岸を、地図には記されていない小さな島を目指して南下するラプラスの女性がいた。彼女の背中にはラプラスよりもやや年下といった顔つきのエーフィの女性が座り、甲羅の突起にはボートを牽引するためのロープが結わえられている。その後ろで引かれているボートの上では、荷物の中からリザードが顔を出している。体つきは平均的なリザード種と比べると圧倒的に筋肉質で、体格も一般的な成年よりもやや大柄なくらいである。顔つきの方は種族的ないかつさとは裏腹に、純粋無垢な少年の幼さを残している部分も多いが。
「畜生が……」
 その幼い顔を、今は圧倒的な悔しさが覆っていた。多くの霊獣が成長の段階として「進化」を経験することはよく知られている。しかしその条件次第で生まれたままの幼く見られる姿のままの者も多い。リザードン系統であればヒトカゲからリザードへの「進化」はまだ条件がゆるい。しかし生き方によってはその段階すら越えないまま老齢まで過ごす者も少なくない。それでもこのリザードは明らかに子供であろうが。
「俺は結局、誰も守れなかったわけかよ」
「あのフォルクさんって方なら、大丈夫だと思いますよ?」
 丁寧かつ優しげな口調で、ラプラスはリザードに声をかける。リザードの子供じみた悪態の口調とは正反対で、ラプラスは大人びている。彼女自身もまだ二十代半ば過ぎくらいであろうが、それでも十以上の歳の差は隠せない。
「そんな問題じゃねーよ! フォルクもビトーニェもあの敵だらけの国の中だってのに……俺は結局役立たずじゃねーか!」
「ふーん……。見た目だけかと思ってたけど、頭の中も随分とお子様ね」
 悔しげに声を荒げるリザードに、エーフィは油を注ぐようにこちらも悪態をつく。普段であれば気持ち軽快な感じを抱かせる口調であろうが、この態度ではそれは更なる怒りを増幅させるだけのものである。怒り心頭目を剥くリザードに、エーフィも冷ややかな目線を浴びせ返す。
「んだ? てめー何が言いてえ?」
「フォルクにしてもそのビトーニェってのにしても、あんたとじゃ生まれの早さが全然違うじゃないの。その越えられない現実に駄々をこねようなんて、そういうところがお子様なの!」
 エーフィの物言いに、リザードは歯を噛み締めうなり声を上げる。ラプラスもそのあまりにも辛らつな言い方に、顔面蒼白で思わず振り向く。エーフィは「何か文句ある?」とばかりにラプラスにも冷ややかな目線を浴びせる。ラプラスは左目に掛けられたモノクルを通して、そのエーフィの過去を思い出す。構わず振り返りラプラスに後ろ頭を見せたこのエーフィ娘は、その言葉をまるで自分に言い聞かせているようにも見えた。リザードの少年が激怒すれば、この狭い場所ではどちらかが海に沈みかねない。エーフィはその時はその時、全く抵抗するつもりが無いというのを背中で語っていた。
「言ってくれるぜ。俺が役立たずなのはむしろその辺にあるってことか」
 リザードは鼻先を軽く鳴らすと、また後ろに向き直る。遠く彼方に見える火山は、あの国の大部分をなす平野のど真ん中に不自然にしか思えないような態度で鎮座している。
「あんな言い方しなくても……喧嘩になったらどうするんですか?」
「上等よ! 怒りで言葉を理解できないようなやつ、一緒にいたって仕方ないんだから! 沈められたって、それはそれまでってことなの!」
 エーフィも体の向きを進行方向に変える。やや斜め前に傾いた向きで、そのままうつぶせに寝そべる。ラプラスは一度うつむき悲しげに目を閉じると、そのまま仕方ないとばかりに前に顔を向ける。
 あの日からまだ数日しか経ってないのにと、リザードが他の二匹に聞こえるかどうかというくらいの声で言ったところで一旦切れた。その後長く続いた沈黙は、どうにも重苦しさしかない。それぞれがそれぞれに過去に何か残してしまっていることを、どこかで語り合っているようにも見えた。



 窓から入る西日が、部屋の一角を赤く照らす。日中は種族によっては残暑が辛い時期であるが、この時間ならばだいぶ過ごしやすい。レントラーのビトーニェは部屋の奥の小さなベッドの脇に座り、優しげな旋律の歌を口ずさんでいる。旋律に包まれて優しい目線と日差しを浴び、幸せそうに眠る二匹のコリンク。どちらもまだ名前すらない、双子の兄と妹だ。種族は基本的に母親から受け継ぐのが霊獣であるが、母親と違い緑がかった子供たちの毛並み。やはり父親の血も様々なところで色濃く出る。
「そろそろだべか? また居眠りして遅くなっでなきゃいいんだべけど」
 白地に格子模様の簡素な壁紙の貼られた壁に掛けられた、丸い木のふちに枠取られた時計を見上げる。双子の父親でもあり最愛の夫が告げた到着時刻まで、あと五分ほど。夫の悪癖をつぶやくのは、優しい旋律のときとはまた一風変わった訛りの口調。東の隣国特有のものである。
 ビトーニェが生まれ育ったのは、隣国セルエルクトルの辺境の小さな村だった。八年ほど前に天災で壊滅し、それからの流転の中で唯一の生き残りとなってしまったビトーニェ。故郷から今も残っているのは、この体と思い出、そして胸につけた宝石だけであった。胸で交差させた薄手で幅広の二本のベルト。その内側に他者の目に触れさせないよう、大切に守ってきた。電気的な印象ながらもそれとは相反する感覚をも抱かせる自然な黄色い輝き。この宝石を遺した父親も自分と同じ「電気」を属性とするレントラーだけあり、この宝石は自身そのものに思えてならなかったのだ。多くのことは最期まで語らなかったが、ビトーニェの父は周りから慕われる戦士であった。そしてその強さと似通う部分を、後に出会った夫にも見出していた。
「んだけんど……」
 ただ、父のことを思い出すたび、ビトーニェの胸に一つの疑問が浮かび上がってくる。種類は母親から引き継ぐはずの霊獣だが、自分の母親はレントラーではなかった。周囲には本当は別に母親はいたと言っていたが、家族だけになったときはそちらの方が嘘であると言われた。そのようないい加減なことを言い続ける理由を尋ねたところ、子供のうちに言うことはできないという答えだった。父は「二十歳の誕生日になったら教える」と約束したのだが、父や母をはじめすべてを奪った災害が約束の日の半月前に牙を剥いた。
「考えても知ることはできねえべけど……」
 勿論、それでも知りたいという気持ちも残ってはいた。だが、その真実にたどり着くすべは何一つ残っていない。両親の言葉の真実を知りようが無い以上、このことを誰に語っても仕方が無い。仮に血のつながりを云々言ったところで、結局自分にとってはずっと育ててくれたのが父と母である。そのことを疑いたくないという意味でも、この話を誰に語ることも無かった。たった今ようやく部屋の扉を叩いた夫にさえも。
「遅いべさ! 早く入ってき!」
 ビトーニェは嫌味交じりに声をかける。すぐに扉が開き、青い腕輪を巻いた右腕が姿を現す。
「相変わらずですね、ビトーニェ」
 同じくらいの年頃のバクフーン。背中の黒い毛並みが緑がかっているのは、なるほどやはり子供たちの血がここからも来ていることを暗に告げている。
「なんだべさ! 子供たちに最初に聞かせる言葉がそんなで!」
 責めるようにも取れる言い回し。しかし口調からはまったく怒りを感じられない。感じられないのだが、その穏やかさとも逆に猛然と頭から夫に突っ込んでいく。
「よっ!」
 明らかに攻撃性を持った、凶器に似通う部分を持つ妻の歓迎。二分の遅刻のお返しとしては、普通に受け取るには割が合わない。バクフーンは両前脚の間に片手を滑り込ませ、一瞬でビトーニェをひっくり返す。
「また差が開いてしまった感じですよ、ビトーニェ」
「フォルクと違ってウチはこの子達のことがあったんだけんど?」
 フォルクに胸元を押さえつけられ、不満げな言葉を漏らすビトーニェ。飛び掛っては押さえつけられるいつものパターンが確立したのは、二匹の出会いが傭兵としての戦いの中でだったからだ。ビトーニェ自身も一対一の戦いでも高い評価を受けていたのに、フォルクの実力はそれを軽く吹き飛ばしていた。その中にあった悔しさや憧れだけでは語りつくせない感情が、いつの間にかビトーニェをこのような行動に駆り立てていたのである。
「ったく、いつもいつもお前らはよ……」
「リガル! おめも来てくっじゃか!」
 フォルクに押さえつけられて仰向けのままだというのに、ビトーニェは現れたヒトカゲの少年に顔をほころばせる。少々呆れた部分も持たせながら、しかしリガルも楽しげな表情である。フォルクと同じ青い腕輪を巻いた右手を振り、リガルはビトーニェの解放を指示する。フォルクは軽く頭を下げ、「失礼」とかの感じに取れる口の動きと同時に手を離す。そのやり取りから、リガルは子供でありながらかなり年上のフォルクとある程度の上下関係をなしていることが感じられる。そこまで極端に厳しいものでもないであろうが。
「ああ。母さんから祝い品を渡して来いってことでよ」
「ん? 別に気ぃ遣わなくても……」
「俺らの家紋だ」
 リガルは腰に提げられた小さなバッグを開き、そこから青いワッペンみたいなものを三つ取り出す。そこには複雑かつ緻密に、炎をかたどった家紋が描かれていた。リガルとフォルクのそれぞれの右手に巻かれた腕輪にも、同じものが付けられていた。レントラーであるビトーニェは、リガルやフォルクと違い四足である。腕輪ではなく家紋だけの状態にしたのは、その辺を考慮したためである。
「そか。かたじけねえ。マグリーデさんによろしく伝えてやす」
「ああ。んで、俺からは約束どおり……」
 ビトーニェが家紋を受け取ったのを確認すると、リガルは肩からの斜めと腰の水平の二本のベルトを引っ張ってかばんを開けやすい位置に引っ張る。すぐにかばんからは二枚のカードが取り出された。それらのカードを一枚ずつ、赤子たちの前に並べる。
「兄貴の方はエクトート。妹の方はエクトーネだ。電気属性だからそれっぽい響きを持たせるようにしたぜ」
 言いながら、リガルは一度ずつ双子の頭をなでる。リガルの母であるマグリーデに仕える立場であるため、フォルクはビトーニェと相談の末に「将来の主に名前を決めて欲しい」と頼んだのである。その時のリガルの焦ったような照れたような顔に思わず吹き出し、楽しい喧嘩のひと時を過ごしたのもまた一ついい思い出である。もっとも、この国でも随一の名うての傭兵のフォルクと巷で評判の有望株のリガルの喧嘩なのだ。あまりにも危険すぎて周りに他の者が近づくことなどできなかったが。そんなことを思い出しながら、手をそのままにしばし双子に見とれるリガル。エクトーネと書かれたカードを前にした方は、その手の主に何を感じたのかまだ目の開かない顔を向ける。
「へへっ、なんだか俺のことがわかるのか? 女は感覚がいいからな」
「リガル、おま……」
 すぐに顔を下ろした赤子を嬉しそうに眺めるリガルに、いきなりビトーニェは呆然とした表情を見せる。怪訝にビトーニェに顔を向けるが、その答えは独りで出せるわけがない。
「なんだ? 名前気に入らねーのか?」
「いえ、そうではなくて……」
 隣を見上げると、フォルクもあごに手を当て呆然と目線を上にそらしている。来る道中でこの名前はフォルクには伝えていた。その時は喜んでいたフォルクが、ここで今更何に不満があるのだろうか。
「リガル……この子らコリンク系統はな、男と女で頭の毛の量が違うんだべさ」
「ん? そーなのか?」
 言われてその辺を注意してみれば、双子の頭髪の量は生まれて間もないながらはっきりと違っている。エクトーネのカードを置かれた方が、明らかに量が多い。
「コリンクは男児の方が頭髪が多いのです」
「……先に言え」
 リガルは罰が悪そうに、二枚のカードを左右入れ替える。軽くため息をついて両親を見上げると、どちらも軽く吹き出していた。また笑いやがってと一度は舌打ちをしたが、すぐに鼻先で笑って嫌な気持ちを吹き飛ばす。
「でもま、いい名前だべさ。おまさんもありがとな」
「ああ。このくらいなんてことはねえって」
 リガルは一歩退きビトーニェに双子の前を譲る。ビトーニェの隣に次にフォルクが並ぶ。それぞれ一度ずつ子供たちに名前を語りかけ、それぞれの頭をなでる。
「んじゃま、もうそろそろ夕飯の準備だべ。約束どおりのお礼だべから、しっかり食っていき?」
「ああ。とりあえずお前らで買い物に行ってこいよ。こいつらは俺が見てるからよ」
 両親を押しのけるように、再びリガルはエクトートとエクトーネの脇に入る。フォルクとビトーニェに一度ずつ揶揄するような笑みを見せる。折角だしデートでもしてこいという意味なのだろう。
「時々ませてるべさ、リガルは」
「せめてリガル様も初恋を経験してからそういう茶化し方をしてください」
 三者三様笑みを浮かべ、悪びれる様子など見せることなく。ビトーニェが部屋の隅に転がしておいたかばんを拾い、フォルクと共に出て行くまでの一部始終を眺め終えると、今度はエクトートとエクトーネのベッドに身を乗り出してより嬉しそうに眺める。
 リガルはふと、十年ほど前の自分が今よりももっと幼かった頃を思い出した。リガルが一歳になる頃まで、この国の政権の行方を決める永きにわたる内乱が続いていたと聞いている。自分や周りの子供はずっと食べるものに困らないできたが、それは母やその従者のフォルクが随分と苦労を重ねてきたからであることを知っていた。その頃はフォルクもまだ未成年であったため、自分たちのための苦労には深く感じ入ってしまう。周りの子供たちの中で、その苦労に気が付いていたのはリガル他少なかった。理由について考えなかったのはリガル自身の性格的なものであるが、それを気付き始めた頃からリガルもさりげなく生産などに協力するようになっていた。
「いい時期に生まれてきたよな……」
 今でもまだまだ発展の余地はあるのかもしれない、豊かになる余地があるのかもしれない。それでも見違えるほどにこの国が豊かになっていっているのは、確実に感じられることであった。今でも子供の年齢であるリガルが何年も前から生産に従事することを、周りの大人たちもとがめなかった時代。エクトートとエクトーネに待っている未来がそんなものであることなどありえないと思いたいし、そのためにも自分だって力を尽くしたい。双子の寝姿に、リガルの胸には誓いが生まれていた。



 夕日に照らされる長屋の集合住宅街。その一角のビトーニェの部屋から出るなり、近所の住民たちから無数の祝福と冷やかしを浴びた二匹。このゴルグールドの首都ゴルゴレードでは名高い傭兵であったフォルクは、暗躍していた無法組織の摘発に乗り込んだときにビトーニェと出会った。それまで日々泥水をすするような生活を余儀なくされていたビトーニェは、いつの間にかかつて慕っていた父の誇りを忘れつつあった。ビトーニェがその無法組織の元で請けた最初で最後の仕事は、突入したフォルクたちの部隊との戦闘だった。ビトーニェは相手が「轟傑」とまで謳われるフォルクであると知る頃には、すでに取り押さえられていた。品行方正剛健質実で知られるフォルクと恋仲に落ちた相手が、更正を経たとはいえ無法組織にいたことが知られると騒然となった。ビトーニェが受け続けた嫉妬の罵声が今のようなものに変化するまでに、それからも数年の時が必要とされた。
「まじでもう、こんなになれるなんて思わなかったべさ」
 世間の逆風も諦めに近い形で色あせ、ようやく結ばれることになった二匹。修羅の日々を過ごす頃には、少しの幸せの到来も想像することすらなかった。周りからの声を照れながら適当に受け流しつつ、商店街入り口の曲がり角を入る。
「フォルク……?」
 ビトーニェはふと、フォルクが周りからの声に上の空でただの一度も返事をしていないことに気付いた。いつもであればフォルクとてそれほど変わらない調子であったのにと、ビトーニェはその顔を見上げる。フォルクはあごに手を当て首を傾げ気味に、うつろな目線で周りを見ているかもわからない。
「フォルク? どうしたべさ?」
「え? え? いや……」
 ビトーニェが片方の前足でフォルクの足を強めに叩く。それでようやく我に返ったフォルクは、慌てふためき首を振る。表情は誰がどう見ても明るいことを考えてたようには見えない。
「なにさフォルク? なんか真剣なことを考えてたようだべな?」
「え……いや?」
 そんな表情ではもうごまかしが効かないのに、それでもフォルクは何とか取り繕おうとする。そんな様子を見せれば見せるほど、ビトーニェは顔に不可解を増やす。フォルクは意を決めるため、軽く息を吸う。
「さすがビトーニェ、よく気付きましたね。見えない敵も先制で察知する観察力は相変わらずですね」
「なにそこまで取り繕うんだべか」
 フォルクの話題のすり替えは、まったくの空振りに終わった。ビトーニェの目線が妙に冷ややかで、フォルクの居心地の悪さに拍車をかける。軽く乾いた笑いを吐くと、フォルクはそのままの表情で周囲を見回す。
「大丈夫さ、誰も聞いてないべ。よっぽどまずい話題と違わないようだべな」
「ええ……リガル様には言わないでくださいよ?」
 周りからの野次はもうほとんど無くなり、代わりに飛び交う軒先の売り文句。間の路地裏への道を覗き込むと、まるでその先にいつかの無法組織の拠点につながっているような感覚を覚えてしまう。
「俺がビトーニェと出会ったとき、あの拠点の場所を知らせてきたのはクイッヒでした」
「ああ、研究開発分野での予算関係をまとめている?」
 ビトーニェの脳裏にも、四十過ぎのダークライの女性の姿が浮かんできた。何を言うでもないが周りをさげすんだような目つきが妙に腹立たしい、不気味な存在である。かつてのこの国での内乱「二百年戦争」の「両雄」の片割れで、戦争後もその開発した技術で国の発展を支えた「魔界技師」という者が後継として擁立したものである。
「魔界技師は一線を退いて既に久しいですが、あの者もクイッヒ自身もその出自を全く語ろうとしません。クイッヒを不審に思う者は文武問わず多いです」
「ウチもそれは思うけんど、ガルザーンの片腕としてのあいつの貢献だって認めないわけにはいかないべさ」
 ビトーニェの脳裏に、ゴルグールドの研究者のリーダーを務めているゴウカザルの姿が浮かぶ。フォルクに捕らえられた死刑囚が自身を検体として研究機関に貢献する道を選んだ結果、ガルザーンはフォルクと知り合うことになった。研究一筋の不器用な性質であるガルザーンを、クイッヒは予算の面からも支援している。フォルクやビトーニェはガルザーンを信用しており、そのガルザーンはクイッヒを信用しているのだが……。
「危険な精神を持つものが貢献していることが危険なんです。実力がありながら鬱屈とした悪意を抱いている者をよく『悪魔』とか『魔物』とか表現されますが、まさにそれです」
「クイッヒのことはわかった。けど、なんでそれを今思うんだべか?」
 クイッヒはガルザーンと研究自体も共に行なうため、よくガルザーンのところに出入りしているフォルクやビトーニェとも会う機会が多い。クイッヒに会うたびにフォルクは穏やかならぬ心もちになっていたのを、表に出さないように努めてはいたが敏感なビトーニェには鋭く察知されていた。だがフォルクがそんな様子は見せても、周りに上の空になるほど考え込むようなことは無かった。
「エクトートとエクトーネを見て確信しました。ビトーニェ、あなたを含めてみんな特別な血を引いている。それを気付くことができるのは、その根本の存在とも頻繁に接触している……しかもそれ相応の感覚を持っている必要があります」
「フォルク、おまさん何を言い出す? ウチがそんな……」
 確かにフォルクと出会ってから父のことも思い出すようになり、その血を引いていることへの誇りを思ったことがある。だが「特別な血筋」などというおとぎ話にしか存在しないような言い回しで、しかも自分のことを表現されるなどとても気分のいいものではない。それでもそれを語るフォルクの表情には確信しか感じられなかった。ビトーニェはフォルクにも聞こえるような音を立てて唾を飲み込む。
「ビトーニェに訊きたいのは二つ。あなたはひょっとしたら父親の種族を受け継いでいるのではないかということ、その父親か母親かが守ってきた宝石があるのではないかということ」
「それは、ウチがずっと思ってきた……!」
 ビトーニェも自身の顔から血の気が引くのがわかった。毛皮に覆われているため肌や鱗に覆われた種族のようにはそれが周りに見られることはないが、それでも目つきから読取れる者も多い。宝石はフォルクになら見られたかもしれないが、両親のことはこの国に入ってから誰かに話したことなど無い。広く見られてきた節理に反するようなことを平然と言い当てられるとは、フォルクの確信が何であるのかがビトーニェにはどこまでも恐ろしい。
「クイッヒがこれを知っていたとしたら、俺たちはどこまでも罠に掛かっていったことになります。俺たちが恋仲に進むことは別にしても、他はあまりにも狙われていた……」
「フォルク! ウチらは……ウチらはどういう血筋なんだべさ?」
 相も変わらずけたたましい売り文句にくわえ、タイミングよく通過した荷車の音によりフォルクの声は完全にかき消された。だがその口の動きでフォルクが何を言ったのかはわかった。愕然。遠く伝説神話にしか語られていないような存在が今この手元にあるなど思いもしなかった。今の今まで続いていた至福の気分は、急に広がってきた暗雲に飲み込まれて見えなくなっていった。



 黒いレンガ造りの建物が並ぶ質素な雰囲気の一街区。無数に立ち並ぶ看板には「研究」か「開発」のどちらかが掲げられていた。その街の中心にある「ゴルグールド研究本部」の看板が立てられた建物の扉から、一匹のダークライが出てきた。
「ふふっ、雷の子供まで用意してくれるとは……轟傑は期待した以上に動いてくれましたね」
 ダークライはゆっくりと路地を進み始める。地面に合わせてそこから少しの位置を浮遊しているため、歩いているわけではない。足音の代わりの独特の空気の震えのようなものは、何も浮遊しているのがダークライだけではないこの世界では不思議なものではない。
「図らずも大司教の娘が出立することになりましたからね。利用すれば上手く料理できそうですね」
 ダークライはおもむろに気持ちを外界から遮断する。あの娘は変わり者で「大司教」も手を焼いていたが、轟傑のような手合いにはむしろああいった者の方が使える。それに所詮最後は使い捨て程度の価値しかないことは我々の中で一致していること。せいぜい利用させてもらいましょう。
「こちらクイッヒ。応答しなさい。連れの方は大丈夫ですね?」
「はい。いろいろとあって昏睡しています。クイッヒさん、お久しぶりです」
 クイッヒが頭の中で強く言葉を念じると、すぐに頭の中に別な声が響いてくる。先ほど「娘」とつぶやいた相手なのだろう、響いてくる声は女性的なものである。
「くだらないことは抜きに。確かあなたは先刻サレドヴァニアからの脱走に成功したそうですね。この先どのようなルートを辿る予定で?」
「はい。私たちは『闇黒』に向かうことにしています。今は海流に乗ってマドレアーヌの海域を時計回りに進んでいるところです」
 相手の返答にクイッヒは鼻先を鳴らす。環境的に厳しい場所が多いために国家の形成が難しい『闇黒』など、そこに行って何かできることでもあるというのか。とはいえ今回はそのような場所だからこそ、かえって手荒な真似をしても咎める者がいないというもの。
「では、ゴルグールドの南岸はある程度は進みますね。まさに渡りに船というわけですね」
「私のような種族にそのたとえはなんだか嫌な冗談なんですけど」
 相手の娘は明らかに嫌悪感を示した口調である。しかしクイッヒはさらに相手をさげすんだような調子で、もう一度鼻先を鳴らす。クイッヒの癖の一つらしい。
「あなたが嫌であろうと関係ない話です。それよりゴルグールドの南岸で、ヒトカゲとバクフーンを上手く回収してください」
「ヒトカゲと……バクフーンですか?」
 通信の相手の声のトーンは、刻一刻落ちていっているのがわかる。しかし所詮最後は使い捨て程度の価値であってしかるべきなのである。そのようなものはむしろ悲しませるだけ悲しませておけ。クイッヒの目元が少し釣り上がり、表情の悪意がさらに色を強める。
「上手く信用を得るように立ち回ることです。あなたのような偽善者にこの二匹の相手はお似合いの役回りというわけです」
 そう、まさに偽善者。他の者たちのためにもなどとうつつを抜かしたものだから、我々はどれほどの恥辱に身をおくことになったのか……。若さゆえの失敗は多々ある。本当に霊獣の醜さを知る我々の手で、この世界を作っていかなければならない。この下らない者の感傷など、一笑する程度の価値しかない取るに足らないものである。
「私は別に……」
「あなたのことなどどうでもいいんです。とにかくこの二名に会ったらいつものあなたのふざけた態度で信用させて、片方でも両方でも闇黒なりどこにでも連れて行きなさい。あとは適当に時機を見て他の者に回収させます」
 相手が何をどう思ってそれでどう言おうと関係ない。ただこちらの手駒として適当に転がすだけ。恐らくこちらの「偽善者」の一言に何か言おうとしたのだろうが、所詮若さゆえの言葉。それなら遮ってやるほうが親切であろう。感謝しなさい。
「わかりました……」
「いい加減役に立ってくださいよ、スティーレさん」
 連絡の相手の口調は、どこまでも悲痛なものであった。しかしそのようなことなど意に介することなく、クイッヒは半ば一方的に通信を切断する。この程度であんな態度になって、我々がどれほどの苦しみを重ねてきたのかを知らない。クイッヒはもう一度改めて鼻先を鳴らす。ひとまず役者は大体揃ったので、あとは彼らのための小道具でも用意するか。
「流石に気づくでしょうけどね……」
 クイッヒの頭には既に今の通信の相手のことなど無かった。長い時を経て少しずつこの世の理(ことわり)を支配するその存在を手に集めていく……。ついにようやくここに新たな局面を迎えた。我々の清く気高い志を一笑の下に叩き捨て、それからありとあらゆる苦しみを与えてきた霊獣たち。自分の子供たちを見ればあの「轟傑」であれば確信するだろう。ビトーニェとの出会いの場を作り上げたのも自分、ビトーニェの減刑に最後の手を加えたのも自分。その後の恋愛はまさか現実になるとは思わなかったが、ある程度期待した部分はあった。そしてガルザーンと引き合わせたのも自分、最後に「炎」の一族を引きずり出すためにガルザーンにあの書物を渡したのも自分。ここまで「偶然」が重なっていればおかしいことに気が付くはず。そこまで考えれば、ガルザーンの弟の死に関する仮説にも簡単に行き着くでしょう。もっとも……。
「既にもう遅いですがね」
 せいぜい迫り来る恐怖の中で最後の足掻きを見せるのだ。我々の苦しみを差し置いて慕われる同じ偽善者が、現実を知ったときにどこに行き着くであろうか。もっとも、そちらには行き着いた先で消えるだけであるということを理解しなければならないが。
「霊獣たち……絶対に許しはしない」
 クイッヒの笑みの中には復讐の狂気がおぞましいまでに入りこんでいた。



 次の日の昼過ぎ、フォルクはリガルを残し独り「ゴルグールド研究本部」に戻った。ガルザーンの弟の急の訃報以来、ここまでの足どりに猛烈な重さを感じるようになっていた。その「事故」以前から、戦闘能力の強化装置などを試すために何度も足を運んでいた場所である。しかし今は実験の目的は自分には無い。
「お帰りなさい、フォルク」
 優しげな口調と瞳で迎えたのは、フォルクよりももう少し年上といった風のリザードンの女性である。凛々しい竜の風体とは裏腹の表情や声だけに、いつも会うたびに安心感のようなものを抱くようになっていた。だが、今だけは……。
「マグリーデ様……どこまでお気づきだったのですか?」
 マグリーデもフォルクの前だけを考えても何度となくビトーニェに会っている。まだ幼くてどこか感覚的に鈍いところのあるリガルとは違い、マグリーデであればビトーニェのことを見抜けないわけがない。そうでなくてもかつてゴルグールドの王宮から離れた時のことがあるのだから尚更である。あの時に姿をくらまして以来のマグリーデを知るのは、ずっと共にしていたフォルクのみである。フォルクしかいないはずであった。
「王宮を離れた時点で既にこの時が来るとわかっていました。いつまでも逃げることができないと」
「俺もそれは覚悟していました。しかしこれではリガル様まで……!」
 言いながらフォルクは部屋の片隅にまとめてあった愛用の武具に向かう。事故の前までは戦闘の実験はフォルクの出番であり、そのために得意としている櫂や投網を研究所にもいくつか置いていた。だが、事故以来研究所に置かれたものの方はここで眠り続ける日々が続いていた。それは兵役も無かったことにより詰め所においてあるものの方も同じであるが。
「逃げることができないのはリガルも同じこと。それに同じものを背負うビトーニェやあなたの子供たちも。まだ少し早いかもしれませんが、リガルの歳であれば自分で自分を決める立場になるのはそう遠い先ではありません」
「それは今までリガル様を子供として扱ってきていた場合に言える言葉です。俺たちの隣でリガル様もどれだけ頑張ってきたのか、知らないとは言わせません」
 ほこりを直接被ったりしないようにと武具に被せてあったシートをめくり、状態が悪くなっていないことを確認する。一目見た限りでは問題なさそうだが、これから先の状況が見えないことを思うと念を入れないわけにはいかない。フォルクの言葉の後の一瞬の静寂。その間もずっと目線を向けないフォルクに、マグリーデは息をつく。
「あの子は……でも、あの程度のことはさせないと独りで生きることはできません」
「マグリーデ様? まさか!」
 傷が入っていないかを確認するために投網に集中していたフォルクの目線は、ここでようやくマグリーデを捉える。戻るなりあいさつもなく会話を切り出して以来であろう。マグリーデは「独りで生きる」と言ったが、つまりそのような状況を最初から考えていたというのか?
「私もあなたも、あの内乱で親を亡くしてずっと同じだったはずです。ただ目の前の内乱だけを見ていた私では、これからのあなたたちを引っ張ることはできません。それだけの大きなことが私たちに迫っているのですから、私はむしろ口出ししないように離れているべきなのです」
「それが……答えなんですね?」
 フォルクは床に投網を寝せ、全身をマグリーデに向ける。目線にあるのは怒りか悲しみか……。リガルが生まれてからは、自分たちが受けてきた悲しみ苦しみを負わせないことを誓っていた。そのことはマグリーデにも何度となく宣言していたことであった。なのに、それなのに……。フォルクは両手を握り締め、目を閉じ頭を下げるマグリーデをただ見つめた。
「マグリーデ様、そうであるのなら俺はあなたについていくことはできません。お暇をいただきます」
「フォルク!」
「俺は今からただリガル様についていきます。只今から俺はマグリーデ様との一切の縁を切らせていただきます」
 この方であれば次の子供たちに辛い思いをさせない……そう信じてついてきたのに。よりにもよって自分の子供を最大の苦しみの中に投じようと考えていたとは言語道断。フォルクの震える目元は、拳は……この場の空気をも猛烈に震わせていた。
「フォルク、あなたの思いはわかっていましたが……」
「消えてください。他の誰かがいない中でこれ以上いたら、許すことができなくなるでしょう」
 フォルクは黒い毛並みの背を向け、おもむろに櫂を握る。実力的には今もなおマグリーデの方が少し上を行っているが、それは精神的な部分で余りがあるほどに覆せる差である。いるだけで空気を引き裂き焼き尽くすほどのフォルクの今の感情では、下手なことをしてはただでは済まない。何よりもそれ以上話したところで無駄にフォルクを傷つけるだけで終わるということは、マグリーデが感じている最も恐れることである。無言でその場を後にしたマグリーデに聞こえないように、フォルクは声を殺して涙を払う。

&aname(Up20111208);

「リガル様、本当にこれで良かったんですね?」
 フォルクがマグリーデに決別を宣言してから二度目の夜明け。研究本部の一室でリガルとフォルクは座して時を待っていた。気持ちを落ち着けたフォルクは、急ぎリガルとビトーニェに自分たちに迫る存在を話した。
「ああ。どういう形で『その時』が来るかを知ることはできねえ。だったら最後まで見てやろうじゃねえかってわけだ」
 リガルもビトーニェも、フォルクの説明にすぐに自分を決めた。ビトーニェの方は生まれて間もない子供たちを危険に晒すわけにはいかないと、故郷であるセルエルクトルへ出立した。リガルは時が来てから母にせめてお礼を言って別れたい、こちらにも残しておくことでクイッヒたちの目を引きつけたい、何より「あれ」を回収しなければならない云々……諸々の理由を半ば強引に挙げてこの場に残ることを決めた。
「別に俺だけを残してビトーニェたちと行けば問題はなかったはずです。確かに俺はマグリーデ様とはああいう形になりましたが」
 フォルクは部屋の隅に目をやる。そこには先ほど点検を終えたばかりの武具の他に、ある程度の旅支度の包みがいくつか並べられている。リガルと共に戻ってきて周りの目に触れないようにこっそりと準備を続けてきたのだが、結局その間も一度もマグリーデと言葉を交わすことはなかった。
「そっちの方も気になってたからな。母さんについていくことができない、許すことができない……それがお前の答えだったかってことがな」
「俺の答え?」
「同じ問いをお前に向けただけだ。疑問を投げかける目線を相手だけじゃない、自分やいろんなものに同じことを考えなくていいのかってことだ。お前が言ったことだろ?」
 リガルの言葉にフォルクは虚を突かれて、気の抜けた表情になる。それを見てリガルはただ笑顔で「へっ!」と鼻先を鳴らす。ひょっとしたらマグリーデが考えていたのはリガルのことだけではないのかもしれない。リガルが生まれる前からの、長さだけで言えば親子以上の付き合いであろう。あるいはリガル以上に考えていた相手は……。笑顔のままのリガルに対し、フォルクの表情は少しずつ曇っていく。
「まさか、マグリーデ様の言葉……! 俺が言ったことは……」
「母さんは馬鹿じゃないってわかってるだろ? どっちにしても、俺が誰よりも恵まれた立場だってわかったんだ。お前の言葉だって俺には十分嬉しいっての」
 母はずっと目いっぱいの情愛を注いでくれた。だがフォルクの思いも比べることができないものであると感じた。あるいはビトーニェよりもエクトートやエクトーネよりも愛されているのではないかと思ってしまい、少し申し訳ないと感じるほどだ。
「お前も母さんも、変な連中に渡しはしねえ。どこか別な場所になるだろうけど、また前のような日々を取り戻すまでだ」
「リガル様……」
「とか言っても、結局はまだまだお前が頼りなんだ。そろそろ実験終了の時間だし、お前もしっかり気持ちを持ってくれっての」
 リガルは部屋の片隅の大時計に目をやる。その真下の床は朝日で照らされ、希望や決意がない交ぜになったような感情を掻き立てる。だいぶ前にマグリーデとガルザーンが入っていった実験室からは、今も時々話し声が聞こえてくる。時を経るにつれてガルザーンのものと思われる声のトーンが少しずつ上がっていたのは、リガルもフォルクもはっきりと感じ取っていた。いよいよクイッヒが何かを仕掛けたのだろう。それを見抜く力を失っているのは、それだけ盲目になるほどガルザーンが突き動かされているからなのだろう。
「ガルザーンのやつが気付いてくれるんなら、また変わってくるんだろうけどな」
「弟の事故のうわさはガルザーンも知っています。クイッヒが関わっている可能性についてもです。真相などどうでもいいと言われましたがね」
 ガルザーンは急の事故で弟を亡くしていた。その後フォルクがガルザーンに、弟の事故に関するうわさの話をしたことがあった。弟の事故現場付近でならず者が何かをしている様子、そのならず者はその前にはクイッヒと何かの密会をしていたという二つの目撃情報。しかしガルザーンはその真相を知る努力が弟の蘇生に何一つ足しにならないと言い張り、弟の蘇生に成功すれば真相などいかようにも知れると切って捨てた。その時は既にクイッヒがガルザーンに一冊の書物を渡した後だったのである。死者の蘇生という禁忌にも近い、しかし生きるものにとっての絶対的な支配者への挑戦。傷心しきったガルザーンへの最大の甘言でもある。マグリーデからリガルに伝わる一族の「ある存在」が、その書物の中心となる内容であったという。その存在を知るのはリガルとフォルクとマグリーデとガルザーンのみである。彼らのみであるはずだった。
「クイッヒの奴の目的がどこにあるかは知らねえが、平然と一匹殺せるようなやり方をするんだ」
「退いた後の『魔界技師』が行方を完全にくらましていることも気になりますが、彼らが求める『あの存在』は世界中に分かれているものです。どうやらゴルグールド……『理路』どころか『光明』や『闇黒』の三大陸全てがすさまじい渦中にあるのでしょうね」
 いくら掲げる目標が崇高であっても、犠牲を正当化してそこに何も感じないやり方が許されるものではない。リガルとフォルクは目線を交える。そこにある誓いは同じ。敵が大きくなろうと守らなくてはならないものが大きくなろうと、周りから奪うことだけを考える者は許してはいけない。リガルは立ち上がり、時計の下の朝日差す場所に入る。
「それに一度だけガルザーンの弟に会った俺に言わせりゃ、あの弟を失ったガルザーンのショックは痛えほどわかる」
「同じ腕輪を持つ俺たちへのあだ。公私両面あらゆる意味で、俺たちが戦わなければならないわけですね」
 リガルは右手を掲げ顔に影を作る。暖かい日差しに包まれ、生の感触が強く刻み込まれる。同時に照らされ輝く、リガルやマグリーデの一家の家紋。炎を表す赤とは対照の青い色で仕上げられた腕輪は、彼らと親密にする者に渡されるものである。子供たちの誕生に合わせてビトーニェたちにも用意し、ことがなければ後ほど一族のこともマグリーデから告げられる予定であった。そしてこの紋章と秘密を共有するものはもう一匹……。
「どうやら話し続けても無駄のようですな」
 同じ紋章のついた腕輪で扉を開けて出てきたのは、痩せこけたゴウカザルである。顔からも血の気が引いて骨があらわになるほどの状態になり、眼球の形も生々しい。もともと体力的に優れていたわけではなかったが、弟の一件の前は腕も脚も胴回りも肉がついていて動きづらそうなくらいであった。今は目も当てられない状態である。
「ガルザーン、どうした?」
「リガル殿か。ちょうど今素晴らしい結果を得ることができたわけなんですがな、貴君の母君が計器の故障だと言って聞かないので困っていたところなのですよ」
 ガルザーンの手には何枚もの印刷用紙が握られていた。透けて見える書かれた文字を下手に読もうとすれば、フォルクやマグリーデであればともかくリガルはアレルギー反応を起こして卒倒しそうになる。一度見たときはそれで一時間ほど頭痛に苦しむ結果になった。
「ガルザーン、あなたの計器で出した数字と目の前のものが明らかに違うっては思わないの? あの計器は明らかにおかしい」
「事前点検はしっかりおこないましたからな。あの計器によほどの悪意的かつ巧妙な仕掛けをしなければ、ここでおかしいことにはならないと何度申し上げればわかっていただけるのか……」
 ガルザーンの後についてマグリーデも出てくる。リガルが過去にどんな悪さをしたときも、マグリーデがここまで厳しい口調になることはなかった。マグリーデもリガルやフォルク同様、かつてのガルザーンを快く思っていた。だからあの腕輪を渡すことにしたのだ。気付いて欲しい。クイッヒがどうこうとかそんなところではない、もっと深く大切なものを取り戻したい思いだった。それは既に遠く彼方に行ってしまったものであることは、心のどこかではわかっていたことであったが。
「その仕掛けをするような奴がいるっては思わねえのか?」
「いつも思うことですが、皆々クイッヒを随分悪く申されますな。見た目でことを決めるわけにはいかぬのはよく言われることでしょうが」
 先入観などを排除して実利に集中するのは、他の大陸と比べるとこの「理路」に生きる霊獣には非常に強い傾向である。それでもこの傾向を考慮しても、ガルザーンの考え方の極端なまでの合理性は時にずれのようなものを感じる。
「わたくしが……何か?」
 玄関の扉が開いてクイッヒが入ってきたのはまさにそのときであった。狙っていたようなタイミングというか、絶対に盗聴なり何らかの方法で狙っていただろう。あからさまな何食わぬ表情は、その本心を露骨にリガルたちに見せつけていた。
「特にどうということはござりませんな。気にしないでいただきたい」
「まあ、その答えはすぐに……」
 ガルザーンとクイッヒの受け答えが終わらないうちに、部屋中の空気を猛烈な閃光と破裂音が引き裂く。リガルもフォルクも思わず手で遮るほどの閃光、それはマグリーデの全身に襲い掛かっていた。
「かっ……! クイッ……!」
「嫌な予感がしたので入る前に『中』の威力で起動しておいたんですよ。霊獣が『特殊攻撃』を行なう際に使う『霊力』を少しでもチャージし始めた場合に、自動で全身を電撃で貫くシステムになっていまして」
 部屋の数か所に点在している電極のうちの二つから、マグリーデを襲う電撃は発せられている。クイッヒは敢えて今の威力を「中」と言った上で、指を当てたリモコンを見せる。リガルやフォルクも下手に動こうものなら、即座に威力を上げることができるという脅しである。ガルザーンもこれにはたじろいだ様子を見せるが、クイッヒは即座に首を振る。
「どうもあなた方がわたくしに不審を抱いているようでしたので、万が一のために装着しておいたのです。あなた方がわたくしを信頼してくだされば、そうでなくとも今この場で攻撃しようとすることがなければ……こうなることは無かったんですがね」
 正当化である。責任を相手に着せることで自分には何一つ非が無いということにする目的である。しかしこれを言うのであれば、その前に自分が信頼させたり攻撃させなかったりする努力をすることが必須条件であろう。それは少し考えればガルザーンも理解できることではある。
「それより会長、会長にはまずはやらなければならないことがあるのでしょう?」
「そ……そうであったな」
 しかしその少しの思考時間も与えないように、クイッヒはガルザーンをせかす。ガルザーンの究極の目的である弟の蘇生は、他のあらゆることを忘れさせる呪文なのだ。
 ガルザーンが部屋から出るとすぐ、クイッヒもリガルたちを目線でけん制しながら後に続く。追おうとしたリガルたちの目の前で、極限までに頑強なつくりをされた扉が閉ざされた。出入り口はこの一つのみで、採光のためのわずかな窓ではリガルの脱出すら危うい。
「しょっぱなからここまで罠にかかっちまったか。上等じゃねーか!」
「引き続きマグリーデ様が人質状態ですからね、この後やってくる警備部隊をどうしましょうかね」
 そのわずかな窓でさえも開かないつくりになっており、位置的に考えても突破するのは厳しい。しかし急がないといけない状況でもある。クイッヒは強引にでもリガルたちに罪を着せて、凄まじい数の警備部隊を連れてくるであろう。フォルクの武具は部屋の片隅に置いてあり、すぐにでも戦闘準備が整うようになっている。しかしいくら警備兵を倒せたとしても、最後はマグリーデを盾に取り押さえられるだろう。一度は決別を宣言したフォルクであるが、リガルとの会話でまた心境が変わってきている以上冷徹になれるだろうかと絶望する。
「ひとまず機械を止めねえと! 母さんが動ければまた状況は……」
「駄目です、リガル様!」
 急ぎ電撃を放つ電極に駆け寄ろうとするリガル。フォルクは滑り込むように強引にその前に入り込み、その進路を阻む。何を言ったわけではなかったが、見上げるリガルの目線にある怪訝と不満が何を言いたいかを理解させる。フォルクは首を振りながら片隅に置かれていた小さな椅子を掴むと、電極に向けて放り投げる。電極は椅子に向けても閃光を放ち、しばし空中でもつれ合った後に粉々になり床に散らかる。放電中の電極に対象とは別に何かが半径1メートル以内に侵入したときは、別な放電を起こすことではじき返す仕組みなのである。上等どころか万事休す。
「リガル……!」
「母さん!」
 電撃を浴び続けてずっとうずくまっていたマグリーデは、急に猛然と起き上がる。腕を胸元で交差させて苦しげではあるが、なおもいつもの優しげな表情である。リガルと一度目を合わせると、一歩壁際の電極に足を進める。
「フォルクと一緒に荷物のところまで下がって、そこで伏せていて」
「母さん! 何をする気だ?」
 思わず訊いてしまった後に、リガルは表情を歪める。今なお放たれる強烈な電撃。そのエネルギーの交わり方次第では電極を破壊することも可能であろう、可能ではあろう。そんなことをした時に電極他の設備が停止で済むかどうかを考えなければ。
「あなたが生まれた頃には、少しずつことが動いているのがわかってました。クイッヒたちの目的や正体はわかりませんが、とてつもなく大きくおぞましい計画をしていることは確実です」
「それはフォルクからも聞いた。だから俺らだけじゃなくて、母さんだってやることが……!」
 重い足を引きずりながら、マグリーデは少しずつだが確実に電極に近づいていく。マグリーデは放電をされる対象であるため、電極からの電撃がどうなるかはまだわからない。どちらにしてもこのまま突き進む先の狙いが自爆であることは、どう考えても間違いない。
「リガル、あなたが守らなければならないものは私ではないはずです。クイッヒたちの目が向いているのは私たちだけじゃない」
「母さん……」
 リガルたちが背負う「それ」は伝説で時折語られるだけで、実在を知る者は同じく背負う者だけである。あまりに強力な力を持つが故に悪用を防ぐため、その「護り手」は全てが全て守秘義務を負っているらしい。他にもある存在全てが護り手という形でその姿を隠しているのかは不明であるが。少なくとももう一つ同じものがビトーニェの手元にあり、彼女たちもそちらの護り手であるのだ。
「ビトーニェはこういう状況でこそ本当に力を発揮する子であることは知ってます。でもあの子は今は大きな宿命と子供たちを抱えて独り。同じ宿命を抱える者としてしなければならないことは、もうわかっているでしょう?」
 言い終わる頃には、マグリーデは電極の目の前まで到達していた。電撃が強力になったりする様子が無かったのを見ると、電撃を受ける相手がそれでもなお動き続けるのは全く計算されていなかったのだろう。
「マグリーデ様、その目的はリガル様たちの負うものだけではないですよね」
「本当ならもっとずっと早くこのことを話しておくべきでした。ずっと騙されていたあなたの怒りは当然のことです。でも……」
 マグリーデはまっすぐにフォルクの目を見る。あの時の怒りは既に存在せず、ただ後悔だけが残っている。マグリーデは首を振る。これからどれほどの戦いに身を投じるかわからないのに、そんな気持ちでは先が思いやられる。自分のあれだけの手酷い裏切りにも、最後にはその気持ちを理解してくれたことが嬉しい。優しげな目つきでの声無き言葉は、それだけのことを一瞬で伝えた。
「フォルク、行くぞ。俺の宿命云々以前に、あいつらは俺の家族だ。それだけで十分だぜ」
「リガル様、マグリーデ様……ありがとうございます」
 その時には既にリガルは部屋の隅で手招きをしていた。いつの間にか壁際に設置されていたロッカーを立てかけ、防御体制も万全である。それにしても自分の身長の何倍もあるロッカーを平然と動かせるのだ、子供でありながらリガルはやはり並々ならない才覚があるのかもしれない。
「リガル、フォルク……。お礼を言うのは私の方です。ずっと楽しい時間を過ごせて……ありがとう」
 フォルクがロッカーの陰に入ったのを確認すると、マグリーデは電極に目をやる。ここまでで既に大幅に体力を削られており、一瞬でも気を抜けば意識を失いそうである。だが、ここまで来ればあとは簡単。何かの予感を感じて事前にこの機械の仕組みを調べておいたのだ。まさか自分がそれを取り付けられているとは思わなかったが、それは今考えても仕方ない。電極の裏に隠すように据え付けられたスイッチに手を伸ばす。
 爆音と共に研究本部の一角が消し飛ぶのがわかる。リガルとフォルクは押さえるロッカーが猛烈に軋んでいるのがわかった。そうでなくても脇から迂回して入ってくる爆風が痛烈なのだ。まともに受けてたら壁を突破できてもその時に意識を失っていないかが不明であるほど。ふと、リガルの足にぶつかった破片のような感触に、思わず下を向く。
「母さん……」
 そこには今まで何度となく見せられてきていた宝石があった。自分や母の属性である「炎」を象徴するような……というよりまさにそれをかたどっている赤が美しい。恐らく爆発と同時にここに落ちるように投げたのであろう。見せられたことは何度もあったが、触るのはこれが初めてだったかもしれない。
 爆風吹きすさぶ一瞬……実際は一瞬だったのだろうが、あまりに長く感じられた。その手に掛かる圧力がその瞬間を境に一気に緩み、勢いでロッカーは横に倒れる。当然ある程度予想はしていたが、入れ替わりに目に飛び込んできた光景は直前と同じ場所であると思う方が無理である。
「母さん……ありがとう」
 思えば相手に聞こえるように最後のお礼を言わなかったのは、この場では自分だけだろう。母の姿はそこにはなく、粉砕された瓦礫が山を成して外への道を作っているだけの光景だった。リガルは目を閉じ息を吸うと、屈んで赤く光を放つ宝石を拾う。
「リガル様、行きましょう」
 いつの間にかフォルクは荷物を背負い、出撃の準備を完了させていた。やはりこの辺の手際の良さは敵わない、頼りになる奴だと痛感した。朝日はまだそこまで高くなってはいない。その下に、リガルとフォルクは一歩踏み出した。



 研究本部から脇の路地に飛び出した頃には、警備の兵士たちがこちらに迫る無数の足音が響いていた。強引に爆破して脱出することまでは考えていなかったのか、包囲網を敷こうという動きが無かったのが幸いだった。途中で数匹の警備員との戦いはあったが、フォルクどころかリガルの敵でもなかった。市街地を突破して近くの森に逃げ込み、彼らは息を整える。
「なんとか突破できましたね」
「ああ。早いとこビトーニェたちと合流しねえとな。東だったよな?」
 リガルは空を見上げる。生い茂る木々の向こうには、既に昼前にまで差し掛かった太陽が輝いている。方角を見失わないようにと見上げたのだが、同時に望む雲ひとつ無い美しい空。秋口の心地よい陽気は、今の嵐吹きすさぶリガルたちの状況とは正反対というべきであろう。
「まずは南の海上に出て、そこから海路でセルエルクトルを目指します」
「ん? 陸路じゃねーのか?」
 現在位置はゴルグールドの首都ゴルゴレードから南に出た位置である。それは別に意図したとかではなく、警備の隙を突いてまずは市街地から出るという目的だったからであるはずである。セルエルクトルはゴルグールドとは地続きのため、無理に海路を使う必要は無いはず。海路だと嵐の危険の他、敵として主体になるのはリガルもフォルクも苦手とする水属性の霊獣であろう。確かにフォルク愛用の武具である櫂は船の操縦などに使われるものではあるが。
「ゴルグールドはまだまだ内乱を引きずっている部分があるので、まずは陸戦部隊に力を注がなければならない実情があります。海戦部隊の貧弱さは俺もよく知っています」
「けど、ビトーニェは陸路で行っているだろ? 俺らも早く追いつかなくていいのかよ?」
 確かに今まで聞いた中でも、ゴルグールドの海戦部隊には実力のある話は無かった。実力的には名を轟かせたフォルクと、幼いながらもその実力者にかなり鍛えられた部分もあるリガル。力を注いでいるといわれている陸戦部隊ですら全く歯が立たないのだから、海上に出ればそこまで心配は無いのかもしれない。だがビトーニェの方は単身で追われる状況なのだ。早く自分たちが合流しないことには、危険はビトーニェよりもむしろエクトートやエクトーネに迫るのであろうが……。
「ビトーニェは災害で追われた後の経験で、いつ敵が来るとも知れない状況に慣れています。ビトーニェに言わせればこういう状況では下手に合流を急いで場所を縛ったりするより、さっさとやつらの勢力圏外に抜けた方が賢明だとのことです。それに敵からも隠れているビトーニェを俺らが見つけるなんてもっと無理な話ですし」
「ってことは、むしろ見つかって捕まる可能性が高いのは俺らの方ってことか?」
 考えてみれば、向こうもこちらが早くビトーニェと合流しようとすると読むのは当たり前であろう。そうなれば東の一帯は多くの包囲網が敷かれることになり、その分敵の目をかいくぐるのは難しくなる。これだとまるでビトーニェの方に囮をしてもらっているような気がするが……。
「ご名答。捕まるかまでは言えませんが、戦闘を重ねれば俺らはビトーニェと違って疲弊しますから」
「いや、疲弊しない方がおかしいっての。あいつはどういう体なんだよ?」
 訓練という形でリガルもビトーニェと勝負したことがあったのだが、その勝負では動きの差でリガルが勝ちを収めてしまったほどだ。それは母やフォルクと共に鍛えた上に、もともとの才能面も高く評価されていたことで納得できた部分があったのだが……。逆に長い戦いの中でもあの実力のままずっとそれを維持できるというのであれば、逆に薄ら寒いものを感じるのはこちらの方だ。
「ひとまず今は俺たち自身のことを考えましょう。長く抑圧されて勢いはなくなっていましたが、かつての内乱に敗れた勢力からならボートくらいは手に入れられます」
「ああ。けどお前、ビトーニェと何かあったのか? なんだかはぐらかされた気がするんだが」
 ビトーニェの体力的な強さに触れたとき、フォルクの表情になにやらリガルの読めないものが見えた。リガルの問いは確かに今は現実問題ではないが、本題に戻そうとしたときのフォルクの一瞬の表情にもこれはこれで疑念が残る。あまり拘泥するのは良くないとも思いつつ、気になることを残すのもどうかと思ったリガルの一言。対するフォルクははっきりとした声では答えなかったが、口の動きでかすかに「それを訊くんですか」「リガル様にはここまではまだ早いでしょうから」とつぶやいたのがわかった。表情も相当困惑しているのがわかる、あまりにわかりすぎる。
「なんか……悪かった。今は現実問題だよな」
「まあ、そうしておきましょう。本当にすみません。ひとまずボートを手に入れるところまでの話でしたね」
 どこか互いに後味の悪い、両成敗とでも言うべき空気。フォルクは軽く首を振ってそれを振り払う。フォルクの目つきは先ほどまでの真剣さを持ったものに戻り、リガルもそれに倣い気持ちを引き締めなおす。
「つてならいくらでもあるので、あとは接触するまでに見つからないようにすることなんですが……」
 今自分たちにかかっている追っ手は、この国の権力側についている者たちである。追っ手の中心となる目的ではないだろうが、反権力に立つ者たちにとっても敵である。その敵に姿を晒してまでこちらに協力する理由が無い以上、接触まで追っ手に見つかってはいけないことは必須条件だろう。
「そのつてのところに俺が行く必要は?」
「無いです。マグリーデ様もつながりがあるまでしか知らないはずなので」
「なら、問題ねえな」
 訊いた言葉への疑問がフォルクの中で解消されないうちに、リガルは納得の様子で頷く。なにやら覚悟を決めた様子であり、今まで繰り返されてきた無茶苦茶を思い出させられたフォルクにとっては胃が痛い。しかし止める暇も無くリガルはフォルクから離れ、森の入り口近くに駆け出していた。
「俺が兵士どもを引きつける! お前が見つからなきゃいいんだからな」
「リガル様! また無茶を!」
 この辺のやり取りにはリガルも既に相当慣れているようである。折角覚悟を決めたんだから取り押さえられてはたまらないと、言いながら離れていたのはそのためである。
「去年旅行に行った河口の三角州で合流だ! 二日後だ!」
「リガル様! 殺生なことを言わないでください!」
 フォルクの悲鳴など聞くことも無く、既にリガルの姿は木々の間に消えていた。リガルの無茶は日常茶飯事であるのに、未だに慣れることができずに日常的に胃を痛めるフォルクである。それを何度言っても、リガルは「俺の何がどう無茶なんだよ?」と理解すらできない。自分の余命を知ることができるのなら、何かの形にしてリガルに見せてやりたいとそれだけは何度思ったであろうか。合流する場所や時間をしっかり決めることができたところから考えが無いわけではないだろうが、フォルクがリガルに抱く数少ない不満である。そしてフォルク自身もその不満を楽しみにしている部分もあり、リガルのその部分を増長させる要因としてその性格を呪いたくなってしまうのである。
「こうなったからには仕方ないですがね……」
 今不満を言い出したところで、リガルが戻ってくることは無い。一応リガルの才能的な部分を認めてもいるため、万が一のことは無いと思う。そう強引に割り切って行動という形で逃避することしか、今のフォルクには残されていなかったのである。



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なにかあればよろしくお願いします。
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IP:122.25.224.163 TIME:"2012-11-03 (土) 21:39:46" REFERER:"http://pokestory.rejec.net/main/index.php?cmd=edit&page=%E5%85%AB%E3%81%A4%E3%81%AE%E6%89%89%E3%81%B8%E3%80%80%E7%AC%AC1%E3%83%9A%E3%83%BC%E3%82%B8" USER_AGENT:"Mozilla/5.0 (compatible; MSIE 9.0; Windows NT 6.1; WOW64; Trident/5.0)"

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