[[ヤシの実]] かなり久しぶりの投稿となりました。時間掛かりすぎて申し訳ないです。 今回の作品は特定のキャラ視点となっています。 *僕の初めて (前) [#c7151540] 春の季節が終わり、夏の始まりを迎えようとする5月の上旬。 一際目立たない丘の上で風に吹かれた草がそよそよと揺れる中、黒い体毛に覆われ、目つきが鋭くも、まだ幼さが少し残るポケモンが通る。 僕の体中の所々にすり傷が嫌っていうほど目立つ。 「うぅ…まだ痛むなぁ…」 すり傷の痛みを感じながらトボトボと歩き、丘の上を目指した。 やがて僕は丘の上に着いた。夜中なのにも関わらず、丸く光るその月は見る者の心を落ち着かせ、癒してくれそうな感じがした。 でも、体の傷と心のダメージまでは癒してはくれない。 今日もいじめられた、ただ目があっただけなのに…。 まさか夜の散歩で運悪く出くわしてしまうなんて思わなかった。昼間だといつ会うか分からないから出来るだけ歩き回るのは避けて来たのに。 頭の中で考えながら僕は満月から目を離さずに座り込んだ。吹いてくる風が僕の前髪がなびく。 優しく吹く風がせめて、僕の体の傷を治してくれたりしないかなぁ。そんな訳ないよな…。 思わず溜め息が出る。これはいじめられた事じゃなくて、僕自身に対する心の弱さに対するものだ。 男なら、時には戦わなければならない時もある。分かっている、分かっているけど… 「でも、怖いよなぁ…」 僕の暮らしている所では、僕を除いて戦いに臆病な子はいない。 かみつく、たいあたり、みだれづき、いつも賑わう観客が取り囲んだバトル祭り。1対1の真剣勝負を楽しげに観戦する他のポケモン達。 木の実を賭けてどっちが勝つかの賭け事で真剣に応援するのもあった。無論、僕には関係の無い話しだけど いつも僕は、そこから離れたこの丘でで昼寝をしたり石ころを突いて遊んだりしていた。 ここならあまり他のポケモンも寄り付かないし、自分だけの時間が過ごせるのだ。 バトルとは無縁そうな美しいこの丘は僕のお気に入りの場所だった。 それだけで毎日が楽しかった。でも、それを気に入らないポケモンが僕に無理やりバトルを仕掛けてくるのだ。 断って逃げようとしてもしつこく追いかけ、やがてやられてしまう…。 「はぁ…もうバトルなんてうんざりだ、何で僕だけこんなに弱いんだろ…」 自問しても答えは帰ってこない、いつも思ってる事なのに。 愚痴るように独り言を呟きながら、自分の弱さにうんざりする。考えても時間ばかりが過ぎ、いつの間にか月は僕の真上まで来ていた。 考えてもしょうがない、嫌な事は寝て忘れるのが一番だ。寝よう…。 明日はいい日である事を願い、僕は静かに目を瞑った。 その時、僕は眠りかけていた頭がハッとした。丘の草を踏み歩くような音、誰か来たのだろうか? もしかしてまた僕を苛めた奴等が!?…いや違う、明らかに別の誰かの足音だった。 僕は左右を見回した、眠りかけていたせいで視界が微妙にぼやけてる。 だがそれは、ぼやけた視界でもはっきりと映し出されていた。 人間!? そいつは僕を目にするなり、歩きを止めた。 一人旅をするに必需品とも言える大きなリュックを背負い、緑色の服と青い長ズボンを履いている。 目が前髪に掛かるくらいのショートカットの青色の髪、目つきのするどい青年、腰にはボールが2個付いていた。 見た目は15~17才くらいに見える、間違い無くポケモントレーナーだった。 「うわっ…あっ…グルルルルルッ!」 慌てながらも僕はとっさに身構えた、何故ここに人間がいるのかいう疑問など考える場合ではない。 何のようだか知らないけど、自分の聖域とも言えるこの場所に無断で入り込むとは、いくら人間でも許せない。 威嚇するように唸るが、僕に迫力が無いせいかそいつはピクリとも動かない。 畜生、どっか行け!あっち行けよ…! 必死に警戒し、相手に威嚇する。相手は一向に動こうとしないが、僅かに口元が微笑んだ。 その次の瞬間、そいつは腰に付けてあるボールの一個を放り投げた。 僕は思わず放り投げられたボールに見とれてしまう。ボールの蓋が開き、中から光線が発射されたと思うと地上からポケモンが姿を現した。 パントマイムの仕草をする人間と同じように二本足のポケモンだ。そのポケモンは僕を見下ろしながら睨む事もなく、平然とした表情でいる。 どうやらバトルはさけられそうになかった。 戦わないと…、でも僕の足が震えて動かない。平然とパントマイムの仕草をするそのポケモンの無表情から威圧感みたいなものに襲われる。 逃げたい、今からでも後ろにダッシュして逃げたい。でも、もし逃げてこの場所が荒らされてしまったら… バトルから逃げよう思う僕に、聖地が荒らされてしまう不安を感じた。逃げるわけにはいかない。 「う…畜生、ワオーン!」 僕はヤケクソになり、聖地を守るためにそいつに突進した。 しかし、相手はすぐ目の前なのに僕は見えない壁にぶつかった。ぶつかった状態でズルズルと地面に落ちる。 痛い、顔が見えない壁にぶつかっただけなのに鼻が熱い。 だけど痛みに構ってる場合じゃなかった。僕はとっさに顔を起こす、だがその時にはすでに遅かった。 相手のポケモンは手の平を大きく振りかぶり、連発するように叩いてきたのだ。 怯んだ僕は何も出来ずにおうふくビンタの餌食となった。地面に叩き付けられた僕はよろよろながら、なんとか立ち上がった。 畜生、僕の…聖地を…守らなきゃ…! 僕は必死に相手を睨みつけた。相手はそれにも動じる事もなく変わらぬ表情のままパントマイムの仕草を続けている。 「うぉぉぉぉっ!」 僕はもう一度そいつに飛びついた。するとあのポケモンの後ろに立っている人間が「避けろ!」と声を上げる。 そいつは言われた通りに難なく僕のたいあたりをよける。また人間の言葉が飛んだ。 「シャドーボール!」 その瞬間、横から黒い物体がぶつかった。衝撃で僕は地面に叩き付けられた。 「うぅ…ゲホッ…ゲホッ…」 痛い、壁に顔がぶつかったのとは比べ物にならないくらい痛い。立ち上がろうにも体が言う事を聞かない。 あっけなく負けてしまった。圧倒的なレベルの差の前に僕は何も出来なかった。 「よし、戻れ」 人間の声が耳に入る。あのポケモンはボールからの光線を浴びてボールの中に戻ってしまった。 バトルが終ったら人間は何も言わず、その場を立ち去ろうとした。 畜生、畜生、畜生…。僕の頭の中は悔しさと無念でいっぱいだった。吠えようにも声は出なかった。 「ん?お前、泣いているのか?」 人間が再び僕の方に向いた。視界が揺らいで見える、いつの間にか僕は子どものように泣いていた。 痛いからじゃない、精一杯頑張ったつもりで戦ったのに、あっさり倒されてしまったからくる涙だった。 もし、他のポケモンなら間違いなく対抗できたかもしれないのに。見ないでくれ、こんな臆病で弱い僕を見ないでくれ… 声を上げずにひたすら泣く僕を、その人間は見つめていた。やがてその人間はリュックを開ける。 リュックの中からボールを取り出し、僕の前に差し出すと口を開いた。 「どうだ、お前。俺たちのチームに入らないか?」 「え…?」 その言葉に驚き、僕は泣くのを止めた。涙で視界がはっきりしないが、その人間は微笑んでいた。何でだろう、僕みたいな弱い奴なんかに。 未だに信じられずにいる僕に、人間は言葉を続ける。 「お前のその涙、自分自信が弱いと思ってるから嫌で泣いてるんだろ」 反論のしようがなかった。確かに僕自身とても弱く、バトルからも逃げてしまうくらいだ。 でもそんな事、なんで人間なんかに言われなくちゃいけないんだ。放っておいてよ… 僕は自分の前足で涙を拭き、無視するように顔をそらす。 「でもお前は本当は弱くない、とても強いポケモンだ」 また驚いた。今まで、バトルから逃げてばかりの毎日を送っていた僕が、初めて強いポケモンと言われた。 冗談だろうか。さっきまで何一つ抵抗できずに負けた僕なのに。でも、僕の頭の中でその人間の言った言葉がとても力強く響く。 「僕が…強いポケモン?」 思わずその人間に向き直ると、そいつは僕に頷いた。 「そうだ、最初俺のポケモンを見たとき、今にも逃げ出しそうな感じだっただろ。 だけどお前は自分よりでかい俺のポケモンを目の前にして逃げなかったじゃないか。 そりゃ力は弱いかもしれない、だけど勇気がある」 「僕に…勇気がある?」 「あぁ、大抵の野生の小さい奴は、俺のポケモンに驚いて逃げてしまう。だがお前だけは違ってたけどな」 たしかに、あのポケモンも十分怖かったけど。僕は自分の場所を守るのに必死になってた。 考えている内に、そいつはモンスターボールを僕の前に置くと。 「たしかに力はまだまだだがな、だけど俺と一緒にくればお前を強くしてやれる。 どうだ?俺たちと一緒に来るか?」 一言一言、信じられないような言葉が耳に入る。たまらず僕は口を開いた。 「本当に…本当に僕は、強くなれるの…?」 「あぁ、お前のその勇気があればどこまでも強くなれるさ、約束する」 僕の体が自然と立ち上がる。もう体の痛みが気にならなくなっていた。 正直言って、まだ信じられなかった。でもその人間の目が嘘をついてない事を教えてくれる。 今までどんなバトルからも逃げてきた僕、いじめっ子から追い回されていた時、この場所で嫌な事を忘れようとしていた夜。 同じ事の繰り返しであったあの日々が今になって思い出す。 本当に強くなれるのか…いや、なれるかじゃなく、なりたい! 僕はその人間に強く頷いた。僕は決心した。もう二度と泣かない、強くなる! 「決心したようだな」 そいつは笑った。新しいメンバーを祝福するような笑みだった。 「僕の…」 「ん?」 僕はこの人間を信じて旅に出る。この生まれ育った故郷から離れ、見知らぬ土地に行くのだ。 だから改まって名を名乗りたかった。ちょっと恥ずかしいけど… 「僕の名前は…クロイズ!」 クロイズは僕の名前だ、でも今までもクロイズとは違う。 昔みたいな弱虫の僕はもういない、今の僕は勇気を持った、新しい僕となって生まれ変わるんだ。 そう、僕は新しいポチエナのクロイズだ! あれからどのくらいの時間がたったんだろう、僕の体は成長し、全身の体毛が伸びて、すっかり昔の僕とは違うようになっていた。 もちろん、あの時に誓った強いポケモンになり、今では進化もした。 弱かったころから縁の無いと思っていた進化、グラエナになれたのだ。 昔と比べて僕はとても生き生きとしていて、これと言った不満はなかった。 ご主人は面倒見がよく、僕を含めたどのポケモンにも手を抜いた育成をせず、立派に愛情を注いでくれた。 優しい一面、時折厳しいところもあったし、旅路の途中の幾多の困難にも見舞われたが、それほど苦ではなかった。 ご主人と共にいろんな町を駆け回り、沢山のトレーナーと勝負を繰り広げた。 自分で言うのもなんだけど、これでも僕はチームの中でも期待の腕前にまでレベルがあがり、他のポケモンにも負けない位の力を付けたのだ。 そして、トレーナーなら誰でも挑戦すると言われる場所。またトレーナーとしての腕を世のトレーナーに認めてもらうためでもある場所。 ポケモンジムだ、僕の主人もこれに挑戦した。そりゃ強かったさ、ジムリーダーのポケモンは半端じゃなかった。 でも、後もう少しで負けそうな所、気合を入れた一撃で相手をノックダウンして逆転勝利をしたのはいい思い出だった。 そしてバッジを手に入れて、夜皆でお祝いして、そしてそれからと言うと… 「イテッ」 考え事をしていた僕の頭に、チョップが入った。 「コラッ、何そこでボーッとしとるんや?」 「いや、何でもないよ。ハハハ…」 呆れた顔で頭部を抑える僕の目に映るバリヤード。マスターと古い付き合いのあるバリヤンさんだ。 僕たちのチームは、僕を含めて全部で3匹。 バリヤードのバリヤンさん、マスターと始めてあった時に最初に戦ったポケモンであり、チームのリーダー的な存在だ。 関西弁のような喋り方をする、少し変わっている。 「クロイズ、マタボーットシテル、ノンキノンキ」 頭をさする僕の上空を飛んでいるポケモン、コイルのコイラーさん。バリヤンさんの後輩で僕の先輩だ。 僕が仲間に入るちょっと前からいて、仲間になってすぐに打ち解けた僕の初めての友達だ。今ではレアコイルに進化している。 そして、初めてあった頃と変わらぬ衣装で旅を続けている僕のマスター。すでにバッジを8つも獲得している。 マスターから聞いた話だと、バッジを8つ集めると地方で最強の称号を獲得する為の強さを競い合う、ポケモンリーグへの挑戦権を得られるのだ。 絶好調な主人とチームなら、かならずリーグ内の上位に入れると僕は信じている…いや、上位なんて小さい事言わず、狙うは優勝あるのみだ。 そう思いながら今僕たちは2週間後に開かれるポケモンリーグの為、コトキタウン出身であるマスターの実家で羽を伸ばしていた。 「ここに来てからずっとこんな調子やな、そんなんでリーグに出て大丈夫かいな?」 そう聞かれた僕は表情を引き締めて「ちょっと考え事していただけさ」と返した。 「何考えてたんかは知らんが、リーグ開催まで後少しやで。少しはシャキッとしてくれなはれ」 「トレーニングスル、トレーニング」 「大丈夫だよ、今まで沢山のトレーナーと戦ってきてから随分実力もついたし、もう前の僕とは違う…ホラッ!」 調子の良さそうな声で僕は大丈夫だと言う事を伝える。その証拠にその場で前足に力を入れ、大きく飛び跳ねると空宙返りを見せた。 戦いやトレーニングの繰り返しで身に着けたこの身のこなしをバリヤンさんに見せ付ける。 バリヤンさんはとりあえず僕の調子が良いと解釈して適当に頷いた。 「まぁ…その調子なら問題あらへんが、リーグに出る相手はみんなジムの先生相手に勝ち抜いてきた兵(つわもの)ばかりなんやで。 自分ちっとは緊張感くらいもったらどうなんや?」 「う~ん…」 そう言われてみればそうだ、リーグの出場する相手はみんなジム戦いを勝ち抜いてきたトレーナーばかりが集まるのだ。 ジムリーダーに勝ったと言っても、それはリーグの道を進むための言わば試練の門だ。 今度の舞台は地方のトップを賭けたポケモンバトルなのだから。 だからこそ今ここでのんきにしてる場合じゃない、少し体を動かしに散歩でもしてこよう。 大丈夫、この町に来てからはよくみんなと一緒に散歩する事が多かったから迷う事なんて無い。 「ん?クロイズどこ行くんや?」 「ちょっとこの辺を散歩してくるだけさ、すぐ戻るよ」 僕はバリヤンさんとコイラーさんに一言返事をしてからマスターの実家から出た。一人での散歩なんて早々無いから気分がいい。 マスターの実家から出た風景はなんとも清清しい。 小さな建物に広々とした道、所々見かける木。少しとおくの方から見える小さなポケモンセンター。 田舎町だけあって人もそう多くなく、たまに来る人と言えばミシロタウンからやってくる初心者トレーナーぐらいだ。 僕はそんな町を眺めながら、たまに近くで咲いている花を見つめたりといつもの散歩のコースを歩いていた。 この町に来てからは何度も通っている道だから何が何処にあるのかある程度分かる。 数十分ほど歩くと近くにフレンドリーショップがある。初心者向きのグッズが並んでいて、マスターも昔はいろいろとお世話になった店だと言う。 とある小さな公園にたどり着いた、3人の小さな子供がブランコに乗って遊んでいるのが見える。 ペンキが微妙に剥がれ落ちているベンチの上に座った、僕はいつもこの場所を休憩の場としている。 木に囲まれて作られたこの公園は子供の遊び場以外にも、木が日傘の役割を果たしてくれるため、昼寝の場所としても使える。 強くなるための日々の戦いも良いが、たまにこうやってベンチの上で休んでいるのも悪くない、昔を思い出す。 「わ~、ぐらえなだ~」 っと子供の声だ。僕が休んでいる時に公園で遊んでいた子供が僕に気づいてやってきた。特に興味は無いな、昼寝でもしよう… 僕はゆっくりと目を閉じて眠ろうとした、だが何やら背中に手の感触がする。 「ぐらえなの毛ってふさふさしてる~」 「僕もさわりたい~」 「あたしにもさわらせて~」 子供達が僕の毛を摩っている、っと言うより遊んでいた。優しく撫でるのかと思いきや、背中の毛をわしゃわしゃしてくる。 背中だけでなく、頭や尻尾からも子どもの手の感触が伝わる。まるでシャンプーで洗うかのような不器用な手つきであちらこちらを弄ぶ。 「おきゃくさま、かゆいところはありませんか?」 女の子が僕の頭の毛をくしゃくしゃにしながら理髪店の店員のような口調で喋る。痒いと言うより正直少し痛い、安眠妨害だ… やがて遊びに飽きた子供達から解放された僕はベンチから飛び降りる。何となく体中違和感がある。 見るまでも無いと思うが、多分僕の毛はぐしゃぐしゃになっているだろう… 僕は溜め息を吐きながらマスターの家へと戻っていった。あぁ、また手入れのし直しだ… 鏡があるなら一回だけでいいから今の自分の姿を見てみたい。 そして散歩に疲れた僕は家に戻り、みっともない姿を見られてみんなに笑われてしまった。 …ほんとに自分強くなったのかな? 「お~い、みんな支度しろ」 僕の後ろでマスターがみんなを呼ぶ声が聞こえた。振り返ると外出の格好をしている。 「お、どっか行くんか?」 「久しぶりにカイナシティへ行くんだよ」 「カイナシティ?」 「カイナシティ、カイナシティイキタイ」 コイラーさんがマスターの周りをグルグルと回りだした。この地方を旅してきて始めて聞く名所だ。 「港の有る町や、何でもバザーとかも開いとる楽しい所やな。するとカイナに行くっちゅう事はあの子に会いにいくんか?」 「あの子って誰の事?」 「昔この町に住んでいたけど、親の都合で引越してしまった幼馴染さ」 そう言いながらマスターは僕に一枚の写真を見せてくれた。 写真には大人の男女が二組ずつ後ろに並んでいて、その前にはやや緊張している男の子と、三つ編みの女の子が立っていた。 この緊張している男は…多分マスターだろう。隣にいるのがマスターの言っているのがその幼馴染とか言う子なのか? 「手紙が来たから是非遊びに行かないかってよ、お前達にも紹介しておこうと思ってな」 マスターはそう言い、ピンク色の手紙を僕達の目の前に広げて見せてくれた。 『お元気ですか? カイナに引っ越してから年月が過ぎましたが、そちらの様子はどうですか。 私の住んでいるカイナはコンテスト会場ができてから随分と賑やかになりました。 毎日のように色んな人が来てはバトルやコンテストの練習などしています。 お店に来てくれるトレーナーさんが旅の話しとかしてくれてとても楽しいです。 自分の夢を持って旅をしている人ばかりで羨ましいと思いました。 私も引っ越す前から可愛がっていたミナでコンテストに出るのが夢だったけど、お店が忙しくてなかなか出る事ができません。 あなたは今何をしていますか? 久しぶりに会って、いろいろ話しがしてみたいです。 是非カイナに遊びに来てください。 …より』 名前の方だけマスターの指の影でよく見えなかった。名前を見る間もなくマスターは手紙を封して自分のリュックの中に入れた。 「よし、それじゃ行こうか。みんなボールに戻れ」 僕と他のメンバーは馴染みのボールの中に戻される。初めて行くマスターの知り合いの所にいるカイナシティへ僕の胸は期待で膨らませていた。 ここからはカイナシティまでどうやって行くかだ。 コトキタウンとカイナシティの距離的にそう遠くない。地図からしてトウカシティの次に近いくらいだ。 しかしコトキタウンとカイナシティの間のある道は途中から川があり、道が途切れている。 初心者トレーナーと波乗りポケモンを持ってないトレーナーが移動するのはまず無理だろう。 そこでマスターは、移動手段としてバリヤンさんのテレポートでカイナシティの隣のキンセツシティまで飛ぶ事にした。 知っている場所ならテレポートが可能だから移動手段としては最適だ。そこからは歩きになるが。 そう言えばゲームセンターがある所で有名だ。トレーナーじゃなくても一度は遊んでみたい。でもマスターのサイフが許してはくれないだろう。 リーグ戦が終ったら是非遊んでみたい。いつかね… カイナシティ、潮風が吹く人とポケモンの行き交う港。 雲ひとつない晴天の空に群れて飛ぶキャモメの群れ、ほのかに漂う潮風の匂いがここが海の町だと思わせる。空から降り注ぐ太陽が少し眩しい。 海の科学博物館・市場・ビーチ・大好きクラブ・最近建てられたコンテスト会場など、見所のある所が沢山ある事で有名だ。 特にここはクスノキ造船所があり、最新の連絡船タイドリップ号の造船した事で有名である。 カイナシティの入り口に入るなり僕たちはいきなり大勢の人を目の当たりにした。 大人から子供、トレーナーやブリーダーまで色々な人を見かける、今日は何かのお祭りでもあるのだろうか? マスターは溢れかえる人の数に多少驚きながら、通りすがりの人に尋ねた。 「すみません、今日は何かのお祭りでもあるのですか?」 「うん?あぁ、今日はでかいコンテストの開催があるらしいからね」 「でかいコンテスト…ですか?」 でかいコンテストと言われても何がさっぱりで困惑するマスター、するとその人は一枚のパンフレットを見せてくれた。 『我こそはと思う者は来たれ!ホウエン一美しさを決める、ポケモンビューティーコンテスト!』 毛並みを整えた綺麗なポケモン達が表彰台で並べられている派手なパンフレットだった。 「ビューティーコンテスト…」 「何でもでっかいコンテストをするらしくてね、いろんな地方からの参加者が集まってるとの事だよ」 「そうですか、どうもありがとうございました」 礼をしてその人と別れたマスターは、早速近くにあったカイナシティの案内所に置かれてあったパンフレットを手に取り、一通り目を通した。 この企画は、遠い所であるシンオウ地方のポケモンコンテストとの合同企画らしい。 その名のとおり大規模なポケモンビューティーコンテストの開催だけあって、他の地方の参加者も許可されている。 協議内容はポケモンの容姿や個性を最大に活かす、かっこよさ、かわいさ、かしこさ、たくましさ、うつくしさの5つの種類に分けた競技をトーナメント戦で行うようだ。 あの水のアーティストと呼ばれるミオシティのジムリーダー、ミクリが審査員を務めるとも書いてあった。 今日がたまたまそのコンテストの開催日だったのだ。 「ん?」 マスターのボールがガタガタと小刻みに動く、僕だ。 「見てみたいのか?」 そりゃそうさ、せっかくのお祭りをモンスターボールの中なんて退屈すぎる。 マスターは僕の入ったボールを手に取ると放り投げた。 赤い閃光と共に現れた僕は沢山の人が行き来する光景を見ていて、うれしくなった。 「すごいなぁ、こんなに人が沢山いるなんて!」 「大きなコンテストがあるからな、クロイズは…たしかカイナ初めてだよな?」 「そうだけど」 「それじゃ目的地まで一緒にカイナ見て回るか、市場とかも見てみたいし」 そう言われると僕は思わず子供のように尻尾を振って喜んだ。この癖は子供のころからあまり変わっていない。 「ほら、あっちが有名なカイナ市場だ」 マスターが指を刺し、僕の前を先導して市場に案内した。 大規模なポケモンビューティーコンテストの開催日だけあって、人の数が半端なかった。その為であってか、市場は人でいっぱいだ。 見渡す限りではいろんな物が出回ってた。 例えばポケモンの基礎能力を上昇させると言われている薬、タウリンやブロムヘキシン等。 他には多色のレンガや奇妙な絵柄が描かれているマット、デパートでは売ってない技マシン、愛らしいぬいぐるみなど、色々な商品が店の前で並んでいた。 『ジョウト産限定モンスターボール』などと書かれた看板に妙な柄のモンスターボール、『シンオウで大人気!モンスターボール用シール』とでかく宣伝された看板なども見かけた。 中には『世界で珍しいポケモン、金色のコイキング』と書かれた怪しい店もあった。 「すごいな市場って、なんでこんなに人が溢れてるの?」 「それはな、デパードでは買えない物や、ここでしか買えない新鮮な物魚が売ってあるからだ」 「マスターもよくここで買い物とかしたの?」 僕の問いかけにマスターはコクンと頷く。僕と出会う前はちょくちょく寄ってたそうだ。 「まぁ今はここの市場に用は無い、早くアイツの所に顔をだしたいからな」 「え、もうちょっと見て回りたいんだけど…」 「後でたっぷり見て回っていいから、今は急ぐぞ」 そう言い、僕の欲求を振り切って歩いていくマスター。実の所見て回りたいだけじゃなくて欲しい物あったりする…。 大きな看板の掲げてある門を抜けると僕は市場を名残惜しみながら振り返り、トボトボとマスターの後を着いていった。 市場を抜けるとやがて人の数も少なくなっていき、目立つような建物は少なくなっていく。 そんな中、この辺りでは風変わりな赤いレンガ造りの一軒の店の前で立ち止まる。 ベルの付いた小さな出入り口と『サティ』と書かれてある木造の看板、いかにも喫茶店らしい店だ。 「う~んと、ここでいいかな?」 マスターは地図を広げてそこの店と地図を交互に見つめる、やがて小さく頷くと地図をしまい、ゆっくりと扉を開けた。 可愛らしいベルの音が鳴り、店内から「いらっしゃいませ」と女性の声が店内に響いた。 店の中はとても綺麗に清掃されていた。20~30人を入れる事の出来る広さのあるいかにも洋風な喫茶店だ。 模様のある丸型の木製テーブルに置かれてある白いコーヒーカップ、洒落た暖炉。太陽の日差しが差し込む窓。 ほのかに漂うコーヒーの匂いがまったりとさせる気分にさせる。 「うわぁ、中々綺麗な店だな」 店の風景を見回し、思わずうっとりした。 お昼時だから客の姿がちらほら見かけ、白い制服をした女性ウェイトレスがコーヒーとショートケーキを運んでいる。 「お客様、何名様ですか?」 「あ、一人です…ん?」 マスターが服の引っ張る感覚に気づく、僕だ。 「どうしたクロイズ?」 「僕も…その一緒にいいかな?」 「え?お前も一緒に飲みたいのか?」 少し照れくさそうにしながらも僕は小さく頷く。 「そう言われてもなぁ…。すみません、ここはポケモンも大丈夫ですか?」 「はい、ここはポケモンと一緒にくつろげるのでどうぞごゆっくりと」 良かった、この喫茶店はポケモンと一緒にいても良いみたいだ。 女性店員が空いているテーブル席へと案内する。そこは丁度窓際だったので外の日差しがあたって気持ちがよさそうだ。 「ご注文が決まりましたらそこのベルをお鳴らしてください」 「はい、ありがとう」 イスに座り、メニューを開く。マスターはコーヒーのメニューが並んでいるページをジーッと見ていた。 コーヒーにも色々と種類があるが、僕にはわからない。退屈だからイスに登って店の風景でも眺めていよう。 「えっと、それじゃカプチーノにするかな…ん~」 注文が決まったが、すぐそばにあるベルに手を出さず、イスに座ったまま、何かを探すように店の中を伺う。 「あ!」 何かを見つけると思わず立ち上がる、顔の先には花のヘアバンドを被っている茶髪をした短髪の女性ウェイトレスだ。 「も…もしもし」 「はい、どうなさいましたか?」 「もしかして、ユカ…じゃないか?」 「はぁ…?」 ユカと呼ばれたウェイトレスは落ち着いた顔でやや困惑した後、マスターの顔を眺めている内に表情が驚きに変わっていく。 「もしかしてユウタ、あなたなの!?」 「あぁ、久しぶりだな」 名前を呼ばれたマスターも徐々に顔が明るくなっていく。 「やっだー、本当に来てくれるなんて!」 「手紙を呼んでからジッとしていられなくてね、その服似合ってるよ」 マスターとユカはお互いに笑顔になりながら、意気投合していた。 「ユウタはまだトレーナーをしていたんだ、どうなの旅の調子は?」 「うん、バッジも8つ揃ったからジムリーグに出場するんだ」 「すごーい、あなたジムリーグに出場するの?ねぇ、バッジ見せてよ」 自分の胸のバッジを見せるとユカは目を輝かせて興奮した 「ゴホンッ!」 カウンターから男の咳払いする声が聞こえた。するとユカは気まずそうに後ろを振り向く。 「あはは…今仕事中だったわ、ゆっくりしていってね」 「あぁ…仕事中に呼んじゃって済まないな」 ユカはウェイトレスをひるがえし、手を振って向こうのテーブルへと行ってしまった。その後ろ姿をマスターは微笑みながら見送った。 …それはそうとカプチーノを頼むんじゃなかったのかな? また退屈してきたから椅子から降り、床に座ってコーヒーの匂いを楽しみながら周りを見てみる。 「ん?」 低い姿勢で僕はそれに気がついた。ウェイトレスと似た感じだが、人じゃない。 ウェイトレスが被っている花のヘアバンドと、サイズの合ったウェイトレス服を着た一匹の猫が笑顔で客を招きいれていた。 僕はそれを珍しそうに見つめていた。するとその猫はこっちに気づいた。っが気にするような様子もなく、軽く会釈して他のテーブル席へと行ってしまった。 「おっとそうだ、クロイズも何か飲むか?」 マスターが声を掛けるが、僕は気づくことも無く、見えなくなったあの猫の後をずっと見ていた。 「おいクロイズ?」 「…」 スラッとした体に、薄紫色のマフラーを纏ったような首と先が毛玉の形をした尻尾の黒い瞳の猫。 なんだろう、あの子? 陽射しが差し込む窓の外は、未だに人の数が減ることなく行き来している。 犬用の綺麗な白い皿に入れられたマスターが勝手に頼んだコーヒーを僕は顔をしかめながら飲んでいる。すごく苦い。 「ん~、やっぱこのカプチーノはほのかに甘さがあってうまいなぁ」 「僕のすごく苦いんだけど…」 「そうか、砂糖を入れてやったんだけどな?」 親切に砂糖を入れてくれたのはありがたいが、本当に砂糖を入れたのかと疑問に思うくらい苦いこのコーヒー。 「これ、何なの?」 「ブラック」 「ブラック?なんだこれ…」 意味がわからないけど少なくともこれだけはわかる、ブラックは苦い! 「マスター、あの人がマスターとの知り合いなの?」 コーヒーをそっちのけにし、さっきまで会話をしていたユカと言うウェイトレスについて尋ねてみた。 「幼い頃一緒にトレーナーになろうと誓った中だったな」 マスターはカプチーノをすすりながら語り始めた。 「最初に持っていたポケモンは俺がマネネの時のバリヤンで、あいつはエネコだったな トレーナー認定を受ける前にユカの家族がカイナに引っ越すことなって、俺だけがトレーナーになったんだ」 「何でカイナシティに?」 「コトキタウン、田舎町だろ?カイナシティはあれほどじゃないけど人が沢山住んでいる ユカのお父さんが人の多いところで喫茶店を開きたい為に引っ越すことになったんだ」 「けどトレーナーにはなれるんじゃないの?」 「手紙に書いてあった通り、トレーナーになってコンテストに出たかったみたいだけど カイナシティで店を開いてからはお店が忙しくて、その手伝いの為に諦めたらしい」 そう言い、持っているカップをカップ皿に置いた。 「たしかに見たところ、結構人気あるみたいだしなこの喫茶店」 「マスターこの後どうするの?」 「そうだなぁ、ポケモンセンターで泊まる予約を入れておこうかな。その後どうしようかな?」 「だったらまたあの市場見に行っていい?どうしても色々見て回りたいんだけど」 市場にいける事を想像しながら尻尾を振る。 「う~ん、まあいっか。ここを出たら空いてるホテルを探しに行くか」 カプチーノを一気に飲み干し、マスターは席をたった。 「あ、帰るの?」 ユカが横から声を掛けてきて、コーヒーの皿を片付ける。 「あぁ、おいしかったよ」 「また夜来てくれないかしら、仕事が終わる頃に。色々と話がしたいわ。」 「うん、わかった。仕事頑張ってな」 「えぇ、来てくれて本当にありがとう」 ユカと別れを告げると、マスターと僕はその喫茶店を出ようとした。 「ありがとうございました~」 不意に後ろから声がした。 振り返り様に、またあの猫を見かけた。出て行く僕たちを笑顔で見送っていくのがわかる。 どうしてだろうか、あの猫の事が気になる…。 「どうしたクロイズ?」 「あ、何でもないよ」 何でもない事はないけど、気にしすぎるのもおかしい。少し名残惜しくも僕とマスターは喫茶店を出た。 喫茶店を出たマスターは再び地図を広げ、ポケモンセンターの位置を探した。 簡単に見つけられると思ったが、不慣れな地形と人ごみに囲まれているせいで居場所の特定が難しかった。その為にマスターは一回人ごみから抜け出そうと回り道をした。 大通りの角を抜けると、噴水公園があった。ホエルオーの形をした噴水の周りでは子供が何やら輪を作り、歓声の声をあげていた。 大通りの角を抜けると、噴水公園があった。ホエルオーの形をした噴水の周りでは大勢の人が何やら輪を作り、歓声の声をあげていた。 「なんだあれ?」 マスターが興味深そうに子供の輪を通り抜ける。すると真ん中で一人の少年と大人が立っていて、その先にはヤミカラスとピチューが対峙している。 「おぉ、バトルか!」 興味を持ちつつ、僕も子供の群れを潜り抜けてそこから見物していた。 「くぅ…いけ、電気ショック!」 青い帽子を被った子供がピチューに命令を下す。ピチューは地面を蹴りダッシュして、ヤミカラスに向けて放電した。 相性の不利なヤミカラス、しかしドンカラスは電気ショックを難なく空中で避ける。その避ける様は余裕の表情が見える。 ピチューはその表情にイラッとしたのか、連続して電気ショックを放つ。 ヤミカラスは連続して放たれる電撃の矢を、まるでゆっくり投げられたボールでも見ているかのように、連続で避けまくる。 それを眺めてるヤミカラスのトレーナー、大人の背を軽く抜くほどの長身の男。目つきは鋭く、黒髪の長髪が印象的なその男はニヤリと笑う。 やがて、放電に疲れてしまったピチューが攻撃をとめ、息を荒くしていた。 「つばめがえしだ…!」 男はこれを好機に、低い声でヤミカラスに指示をする。ヤミカラスは黒髪の男同様に目つきを鋭くすると、翼を直線にしてピチューにせまる。 「や…ピチューよけろ!」 危機を感じた青帽子の子供がとっさに命令する。ピチューは疲れきった体を必死に動かし、横に逃げようとする。 しかし、これは無意味だ。クロイズも知っているつばめがえし。この技はひこう系の必中技であり、回避は不可能。 逃げるピチュー目掛けてヤミカラスはつばさをピチューの頭部に目掛けてとっしんした。 「ピイィィッ!」 ヤミカラスの攻撃が見事に入り、ピチューは顔を地面に叩きつけられた。ピチューは目を回し、グッタリとして動かなくなってしまった。 「ピチュー!」 青帽子の子供はとっさにピチューの元に駆け寄る。黒髪の男はその様子を薄笑いを浮かべていた。クロイズが見る限り、この男の表情は勝負に勝ったという純粋な喜びというより、悪党が敵を捻じ伏せてやったのを喜ぶような顔だった。 その男は昼間には相応しくない全身がヤミカラス同様、黒の服装で纏っている。趣味なのか、服装と同じ色のマントを羽織っている完璧な黒尽くめだ。 40代の顔立ちで、肩から垂れ下がるほどの長い黒髪。どこか近寄りがたい雰囲気をしている。 暗そうな感じを漂わせた目付きの鋭さが印象的だ。 「うぅ…ちくしょう…」 ピチューをボールの中に戻した青帽子の子供は悔しそうな表情を浮かべ、吐き捨てるようにその場を去っていった。 「ふんっ、子供如きが、我輩に叶うはずあるまい…」 「すごい、あの男これで9連勝だ!しかも全てヤミカラスだけ倒してるぞ」 ギャラリーから声が上がる。あの黒尽くめの男はすでに9連勝もしているのか?しかもあのヤミカラスのみで? 「あと、1勝すれば10連勝だ。スゲェ!」 周りのギャラリーはすっかり黒尽くめの男とヤミカラスの虜になっているようだ。 「次は誰がいくんだ?」 「あんた、日ごろの運動不足に丁度良いから行ってきなさいよ! 「い…いや、ワシはちょっと…」 「お前、腕に自信あるって言ってただろ、行って来いよ」 「あ…えと…今日は調子がわるくてだなぁ…」 「俺が行こうかな…いや…やめとこうかな…どうしよう…」 次誰が行くかでギャラリーが騒ぎ始めている。だが、あの戦い様を見て臆してしまったのか、名乗り出ようとする者はいない。 やがてヤミカラスは黒尽くめの男の肩にとまり、余裕そうに自分の羽の毛づくろいをしている。 男の方も退屈そうに首の骨をならしている。その様子だと大した相手には恵まれてないようにも見える。 「ん?」 その時、僕はその黒尽くめ男と目が合ってしまった。先ほどの退屈そうな表情を変え、僕の事をと見つめる。 やがてその男はニヤリと笑うと、ゆっくりと僕の方に近づいてくる。近づくにつれ、男が放つ妙な威圧感に内心警戒心が沸いていた。 「ほぉ…中々良い面をしたグラエナだな…」 僕の手前まで来ると黒尽くめの男はいきなり僕の顎をしゃくり、ジロジロ観察する。なんだか気持ちが悪い、触り方も馴れ馴れしい… 「いい目をしておるわ、やはりポケモンは黒に限る…」 「え?」 黒尽くめの男の言葉に思わず声が出た。 「黒色を持つ生き物こそワイルドに生き、強さを極める資格がある…それ以外のポケモンなどカスに等しい」 何を言っているんだこの人?怪しい感じはしたが、これは想像以上に怪しいようだ… 男の肩からヤミカラスが僕と目が合うとウィンクした。何だかよくわからないが、あのヤミカラスは雌か? どうでも良いが、いつまで触っているんだ?段々嫌になってくる… 「すまないがおじさん、それは俺のポケモンなんだ」 困る僕の後ろから声がした。マスターだ! 黒尽くめの男がマスターの方に顔を向けると薄っすらと笑みを浮かべた。 「ほぉ、このグラエナのトレーナー殿だったか…よし」 やがて黒尽くめの男は顎から手を離し、立ち上がるとマスターを指した。 「10勝目をお主のグラエナで飾りたい…この挑戦、受けてみる気はないか?」 この男、自らの勝利の飾りにしたいとマスターを挑発した。 「なんだ、このおじさん。自分で挑戦者を指名したぞ」 「どうしたんだろ、あの男の子そんなに強そうには見えないけど」 再びギャラリーが騒ぎ始めた。注目が黒尽くめの男とマスターに集中する。 この様子だと、どんな言い訳したとしても逃げられそうな雰囲気ではない。 マスターは黙って男の顔を見て、ゆっくりと口を開いた。 「わかった、こいつでアンタに挑戦しよう」 「ふふふ、そうこなくてはなぁ。我輩もこのヤミカラスで挑もう!」 肩に乗っているヤミカラスが鳴き声をあげた。 周りの人の視線を感じながら、お互い戦いの火花を散らした。 「ルールはどうする?」 「先ほど言った通り、そのグラエナと我輩のヤミカラスの一対一でいいか?黒いポケモン同士の戦いが無くて退屈していたのでな」 どうでも良いかもしれないが、さっきからこの男は黒い事に拘っている。何でだ? 「それではこっちへ来るがいい」 マントを翻し、男が噴水の近くに誘う。 バトル場所はさきほど青い帽子の少年と戦ったこの噴水のすぐそばで行われる。 ホエルオー形の噴出する水がほとばしり、二人の戦い場を美しく見せてくれる。 マスターと黒尽くめの男はそれぞれ十分な距離に離れ、お互いに向き合う。 「クロイズ、相手は只者じゃないぞ。油断するなよ」 「うん、わかってるよ」 「ふふふ、それでは参るぞ」 「あぁ!」 いよいよ始まるバトル、正直言って自信のほうは五分五分だ。この旅で鍛えた体とバトルスタイルで勝ち抜いてきたんだ。 しかしあのヤミカラスの戦いを見てるとそう油断できる相手ではない事は確かだ。 僕とあのヤミカラスの間に小さな火花が散る。ホエルオーの噴水が静かに水を止める。 そして、次にホエルオーの噴水が水しぶきをあげた時、勝負の鐘が鳴った。 「クロイズ、とおぼえだ!」 最初に命令したのはマスターだ、僕は深く息を吸った後、狼のように空に向かって遠吠えた。 これは相手を威嚇するだけでなく、自信を向上させ、攻撃力が高めいく。 自信をつけ、相手を睨むが、ヤミカラスは平然としている。相手もよほどの自信があるようだ。 「クロイズ、続けてアイアンテール!」 素早く命令を下すマスターの声を聞き、僕は尻尾を高く突き上げる。そして尻尾は光り、鋭く硬くなっていく。 僕は地面を蹴り駆け出し、相手に迫った。そして十分な距離をとって地面を蹴りあげて大きくジャンプした。 ヤミカラスと同じくらいの高さに迫ると体を回転させ、硬く鋭くなった尻尾、アイアンテールを相手の顔に向かって叩き付けた! …がしかし、アイアンテールが決まる間近、ヤミカラスに難無くと綺麗に避けられ、すれ違う形で地面に落ちる。 「動きを止めるな!すてみタックル!」 回避された事に怯む事なく、無駄なく次の指示を飛ばした。 空中で地面に着地するのと同時に再び地面を強く蹴り、飛んでいる相手の背後に思いっきりタックルをかます。 これならいける!背後は鳥ポケモンと言えど致命的な死角。避けるのは難しい。そう思ったその瞬間… 「ウフフ」 女々しい笑い声を上げるのと同時にヤミカラスは宙返りし、見事にすてみタックルを避けきった。 「え…!?」 信じがたい出来事だが、アイアンテールと同じく、当たる寸前で回避したのだ。二度も。 「クッ…」 「どうした?我輩のヤミカラスはお前の頭上の上だぞ?」 黒尽くめの男の言った意味が一瞬分からなかった。しかし、僕はすぐさまにそれを知ることになる。 「ぐあっ…!」 突如、頭が思いっきり踏まれるような痛みが襲い、目を閉じた。 事態に困惑した僕だが、痛みに耐え、目を開くとヤミカラスが僕の顔を鷲掴みにしていた。 「クロイズ!!」 「ヤミカラス、そのまま地面に叩きつけぃ!」 ヤミカラスは僕を鷲掴みにしたまま、一気に地面に急降下すると、僕を硬い地面に叩き付けた。 鈍い音と共に砂で体がこすれる音が砂埃をあげながら響く。顔だけでなく、体中硬い物で叩かれる痛みが襲った。 「くぅぅ…」 痛みに呻き声をあげる、あんな小さな体のどこにこんな力が隠されているんだ…? 「アハハ~、坊や、お寝んねしてるともっと痛い目に遭うわよ~」 え? 「クロイズ、避けろ!」 マスター声で咄嗟に体を横に跳躍する。自分がいた地点にヤミカラスが翼を直線に伸ばし、急降下してきていた。 地面に激突する寸前に翼を曲げ、上へ上昇する。再び空中にへと戻った。 危機一髪だった。あの状態で翼で打たれていたらあのピチューの二の舞になっていたかもしれない…! 「くっ…なんて早い動きなんだ…!」 「クロイズ、相手をよく見ろ!」 言われた通りに僕は空で自分を見下しているヤミカラスに目を離さずに睨みつけた。 空を飛び続け、クスクスと挑発するように笑うヤミカラス。やがて翼を直線に伸ばし、鋭く光らせていく。はがねのつばさだ! 僕目掛けて急降下してくヤミカラス。次の指示があるまで動けない、徐々に縮まるお互いの距離。するとマスターが口を開いた。 「クロイズ、すなかけ!」 背中を向けると後ろ足で砂をすくい、ヤミカラス目掛けて撒き散らした。 「ひゃっ…!」 流石のヤミカラスも予期せぬ事態に驚き、咄嗟にはがねのつばさを解除し、すなかけを自分のつばさで防ぐ。 僕はこのチャンスを逃さなかった! 「クロイズ!」 マスターの声に呼応するように、僕は空中で静止したヤミガラス目掛けて地面を蹴った。目の保護の為、翼で視界を隠したヤミカラスに僕の接近は気づかなかった。 再び尻尾を硬く鋭くしたアイアンテールをヤミカラスの体に叩きつけた。 「きゃぁっ」 直撃だ。大きく後ろに吹っ飛ぶヤミカラス。これだけでは終わらない! 相手の体制が復帰する前に僕は地面に着地するのと同時に再び駆け出し、大きく飛び跳ねるとすてみタックルをかます。 しかし、思ったよりヤミカラスの復帰が早く、僕の接近に気づくと慌てて翼を上昇させてうまく凌いだ。 「避けられたか!」 「うぅ…フフッ、よく当てたわね坊や。それなら私も少し加減を抜いて相手してあげるわ」 そう言うとヤミカラスは口から黒い煙のようなものを吐き出してきた。 「うわ、何だ!?」 瞬く間にあたりが真っ暗な煙に包まれる。くろいきりと言うなの技だ。この技は黒い霧の成分で相手の状態異常を元に戻してしまう技だが、かく乱としても使える。 「クロイズ、大丈夫か!?」 マスターの声がする、しかし声だけで何処から聞こえてくるか分からない。 辺り一面黒い霧の中、僕はひたすらヤミカラスを探そうとしたが、当然わからない。もちろんマスターも僕の様子を知る事が出来ない。 すると突然横腹に棒で殴られたような痛みが襲った。 「ぐわぁっ!」 咄嗟に攻撃を受けた方角を見てみるが、黒いだけで何もわからない。しかし、その攻撃は一度二度ではなかった。 続けざまに顔、横腹、背中と攻撃を受けた。避けようとでたらめに走って逃げても、攻撃は確実に僕を捕らえていた。 これもヤミカラスの仕業か?なんで彼女は僕の姿が見えるんだ!? 「ふふ、無駄よ坊や!私は暗い所を得意としているからこんな霧くらいであなたを見失ったりはしないわよ!」 「くそっ…」 「クロイズ!、地面に向かってアイアンテール!」 その場凌ぎなのか、マスターの言う通り地面に向かって硬くなった尻尾をぶつける 反動でふっとぶ砂と小石でヤミカラスを蹴散らそうと言うのか。だがその行為も空しく横腹に打撃が加わる。 「そんな事しても無意味よ、私にはしっかりと見えるんですもの!」 確かに、ヤミカラスは夜行性動物で暗い所には慣れている。その上、霧の届かない上空からしてみれば僕を見つけるのはそう難しくないはず。 何度も体中を打たれ続けられる、どうすれば… 「クロイズ、かぎわけるだ!」 かぎわける、匂いによって相手の位置を特定する技、影分身をされた時に役に立つ技だ。 しかし、相手はこちらが見える上にあのスピード。こっちは鼻だけを頼りにしてヤミカラスを捜さないといけない。 正直言って藁を掴んだ気持ちだ。 「ヤミカラスの匂いを嗅ぎ取って、隙をつけ!」 暗闇からマスターの指示飛ぶ。僕はその意味が今一分からなかったが、とにかく考えるより先に動く。僕は地面の僅かな匂い嗅ぎ分け、情報の伝達を鼻に託す。 僅かな油断が勝負の行方を左右するこのバトル、クロイズは匂いだけをたよりにヤミカラスを探した。 上空からくろいきりで立ち往生しているクロイズを見て、不適な笑みを浮かべる。 そしてヤミカラスは速いスピードで霧の中に潜り込み、クロイズ目掛けてつばさで打とうとした。 「これで終わりね坊や!」 翼を再び光らせる、はがねのつばさでクロイズに止めをさそうと突っ込んだ。 「え?」 しかし、当たる寸前、突然クロイズの姿が無くなった。霧の中で動きを止め、クロイズを探す。しかし何処にも居ない。 病む得ずヤミカラスは再び上空でクロイズを探そうと上昇しようとした。しかし… 「きたな!」 「ひゃっ!?」 またもや、ヤミカラスにとって予期せぬ事態が発生した。 空へ出ようと霧から脱出し、上昇したその先にクロイズが目の前にいた。しかも向こうは尻尾を鋭く光らせている。油断した!? 「思いっきりいけぇ!クロイズ!」 驚きの色を隠せないヤミカラスにアイアンテールを頭部目掛けて振り下ろした。 「ギャッ!」 鈍い音が響き、アイアンテールの威力で地面に急降下したヤミカラスは、体勢を立て直す事もなく地面に叩き付けられた。 砂埃を撒き散らし、派手に落ちていったヤミカラスを確認した僕は、上手く地面に着地した。 勝ったか!? 「やったよ、マスター!」 決定的な一打を与えた事に勝利を確信し、、マスターの方へ振り返る。 しかし、マスターは渋い顔をしている。素直に嬉しくないのか?その表情の先は黒尽くめの男を刺している。 どうしてマスターはあの男の事をジッと見ているの? …そう言えばあの男、さっきからヤミカラスに一度も指示をしていない。 「ふぅん、我輩の顔に何か付いているかね」 「どうしてさっきからヤミカラスに指示しない?自分から指名しといて」 「なぁに、気にする事はない。黒に染まるポケモンは命令無くしても自分で戦う。命令なくて戦えぬ中途半端は色のポケモンとは違う」 あの黒尽くめの男は何を言っているのだ?地面に落ちたヤミカラスに目をくれる事もなく、余裕たっぷりの笑みを浮かべている。 「アンタはそれでいいのかも知れないが、挑戦者に対して失礼じゃないか?」 「案ずるな主よ、そのグラエナの実力を十分に見せてもらった。礼に我輩の実力を見せよう。ヤミカラス!」 ようやく黒尽くめの男は自分のポケモンの名を口にした。その声に反応して、ヤミカラスが二本足でゆっくりと立ち上がる。 「ウフフ…中々やるじゃない坊や、私を地べたに這いずらせたのはあなたが始めてよ…」 多少疲労感が伺えるものの、その不敵な笑みを浮かべたまま僕を目で睨んだ。 「では参るぞ、ヤミカラス、飛べ!」 黒尽くめの男がようやく命令を下した。それと同時にヤミカラスは羽を大きく広げ、空中を飛びだす。 「クロイズ、来るぞ!」 構える僕、上空に到達すると羽を伸ばして急降下してくる。ピチューをやったつばめがえしで来ると僕は読んだ。 「かみくだくだ!」 回避は不可能、ならば相手の羽を噛み付いて受け取る!。 僕は牙を大きくむき出しにし、ヤミカラスに向かって大きく跳躍した。いくら必中の技と言っても羽に取り付ければこっちのものだ! 「来たな…!」 男がニヤリッと笑う。それを合図にヤミカラスが伸ばしていた羽を突然曲げる。 「しまった…!」 「え?」 「ドリルくちばし!」 するとヤミカラスは突然急降下中に体を大きく回転させた。それは徐々に大きくなっていき、くちばしがドリルのように回転していく。この技はたしかドリルくちばし…! しまった!地面から足を離してしまったこの体勢じゃ避けれない、まさかこれを狙って!? 「ごはっ……!」 凄まじい激痛が体中を駆け巡った。急降下によるスピードとドリルと化したくちばしが僕の体にめり込んだ。 やられた、背中や横腹は打たれ強いからまだしも、四足動物にとって一番弱い腹に打たれてしまった。目の前が真っ白の光景に包まれた。 「急所にあたった…なぁ?」 「クロイズ!!」 マスターが名前を呼ぶ声をあげるが、僕の耳には入らなかった。 僕はドルリくちばしをもろに受けてしまい、その勢いで地面に叩きつけられてしまった。 「ふふふ…、急所にあたったな!」 土埃を巻き上げて落ちていく様を黒尽くめの男は楽しそうに見ている。 体が苦痛のあまりに立ち上がる事が出来ない。腹に食らってしまったドリルくちばしの痛みが尚も続く。それほどあのドリルくちばしの威力は凄まじかった。 「クロイズ!?」 「…」 「あらあら~、坊やもうおしまいなの?もっと楽しみたかったのにぃ~」 空から僕を見下したヤミカラスがクスクスと笑う。 「クロイズ…?クロイズ!」 マスターの心配する声も、今の僕の耳には入らない。意識が遠のいていく…、このまま負けてしまうのか? 圧倒的な差をつけられた…、黒尽くめの男の不適な笑みが残像となって残るが、それもまた、暗闇の中に消えかけていた。 畜生…、負けたくない…、せっかくここまで強くなったのに… 「ぐぅぅぅ…うぅぅぅっ…!」 僕は痛みを堪え、遠くなりそうな意識を取り戻し、嗚咽を漏らしながらも再び立ち上がった。 「ほぉ、我輩のヤミカラスのドリルくちばしをくらってもまだ動けるとは…」 黒尽くめの男が感心そうに僕を見やる。 「クロイズ…」 「大丈夫…まだ戦える…まだ…やれる…!」 「素晴らしい、立ち上がれる上にまだ戦えるとは、ワイルドはこうでなくてはなぁ、ヤミカラス…」 名前を呼ぶと、それに答えるように空から再び僕を目掛けて急降下してきた。 空を飛んでいるヤミカラスを苦痛交じりに睨みつける僕、羽を伸ばして迫るヤミカラス。 「うぉぉぉ…」 気力を振り絞り、再び地面を蹴って大きく跳躍して再びヤミカラスに向かって牙を向けた… 急降下するヤミカラスと空に向かって飛ぶ僕、お互いの技をぶつける。だが… 「がはっ…」 何が起きたのか一瞬理解出来なかった。 頭に強い電撃が走った。頭を棒で思いっきり殴られたような痛みが襲った。 どうしてだか分からない、意識が薄れる中、上でヤミカラスが不適な笑みを浮かべているのが分かる。弧を描くように落ちていくのが分かる。 視界の隅で、マスターが何かに向かって叫んでいるように見えるが、耳が遠くてそれは聞こえなかった。 せめて…せめて、あと一撃だけでも与えてやりたかった… この一撃で、僕の目の前は真っ暗の闇に包まれたのだ…最後に映ったのは青白い空…そこで僕の思考はとまった。 _____________________________________________________ 小さく鳴り続ける医療器具の音とナースコールの響き渡る広い部屋。 壁に掛けてある時計はすでに夕方の6時を指していた。 その広い部屋からは薬品の匂いが立ち込め、ジョーイとラッキーが慌しく行き来する。 周りにはグラエナを含め、多数のポケモンがベッドの上で横たわっている。 全身にばんそうこを貼ったケンタロス、頭に包帯を巻いて涙顔のコダック。そして悲しそうな目で包帯を巻かれた腕を見つめるピチュー。 中には赤くはれた足を押さえて泣いているカラカラをラッキーが必死に慰めている様子が伺えた。 僕…僕は…? もうろうとする意識の中、僕は自分の体をゆっくりと見つめた。他のポケモン同様、体と頭に包帯を巻いてあった。 どうしてこんな物が巻いてあるんだ…?あのピチュー、どっかで見たことがあるなぁ… ピチューを見つめる僕、頭を抑えて痛そうにしているのが分かる。 どうしたんだあの頭?そして僕もそうだが。だめだ、意識が戻らない… 「起きましたか、グラエナしゃん?」 後ろから女の子供のような声がした。僕はゆっくりと後ろを振り返る。 「体の調子はどうでしゅか?」 ラッキーだ、頭に看護婦の帽子を被っているのを見て、一発でポケモンセンター所属のラッキーと見た。 しかし他のラッキーと比べると、少し小柄で慎重はさほど変わらない。 僕はそのラッキーの質問に答えず、再び周りを見る。 「ここは…?」 「ぽけもんしぇんたあでしゅ」 ぽけもんしぇんたあ?ちょっと首を捻った。 「ぽけもんしぇんたあはぽけもんしぇんたあでしゅ!君たちきじゅついたポケモンを直す所でしゅ!」 首を捻った事を怒り、剥きになりながら説明しだした。 その言葉でようやく僕の頭の中がはっきりしだす。 そうだ、たしか僕は痛んでいる体を必死に動かしてヤミカラスに向かったんだ。その先の記憶があいまいだが… 少なくとも、自分がここで休んでいると言うことは、負けた事を意味していた。 「…」 僕はようやく現状を理解し、そして肩を落とした。 「あ…あれ、落ち込んでしまったでしゅか?ご、ごめんでしゅ、あたちちょっと怒りしゅぎたでしゅ…」 僕が落ち込んでいるのを見て慌てて謝り、そして僕同様シュンとしてしまう。 「い…いや、気にしてないよ。教えてくれてありがとう」 慌てて作り笑顔で相手をなだめた。するとそのラッキーは無邪気な子供のように顔を明るくさせた。 「よかったでしゅ~。あたちまだちんまいで、患者しゃんと上手にお話ができないんでしゅ」 もじもじしながら自分の説明する。話し方からしてまだ幼さを感じる。 「…そうだ、マスターは…イテテ!」 マスターの事を聞こうとベッドから起き上がろうとしたとたん、腹が痛みだす。 小さいラッキーは慌ててクロイズをベッドに寝かしつけた。 「だめでしゅよグラエナしゃん。あなたの方はひどくやられた状態でここに連れて来られたんでしゅよ!」 「あなたの方はって…どういう事?」 小さいラッキーの一言が気になり、横になりながら尋ねた。困った表情を浮かべる。 「あなた以外にも、あの妙なトレーナーに挑戦して大怪我したポケモンがたくしゃんいるんでしゅ…」 そう言いながら、先ほど見た傷ついたポケモンを指して見せる。 「もしかして、ここにいるポケモン全員が…!?」 先ほどのピチューを思い出して、もしかしたらここの皆があのヤミカラスに倒されたポケモン達ではないかと頭がよぎった。 「いえ…さすがに全部はないでしゅ。おまちゅりでしゅから普通の患者も多いのでしゅ」 当たり前だ、普通に考えてもしそうならば大問題だ…頭を打たれてどうかしてたかもしれない… 「でも、そのトレーナーが戦ったポケモンに限って、みんなひどいありしゃまでしゅ。」 そう言い、先ほどのピチューに向き。 「あのピチュー、たった一撃受けただけなのにひどく重傷だったんでしゅよ。全治三日なんでしゅ」 そんなにひどいのか?あのヤミカラスの攻撃はたしかに一撃一撃が強力だったが、まさかこうにまでなるとは思わなかった。 打たれ慣れてる僕だから良いものの、あのピチューは大怪我を負ったらしい。 「たかがバトルなので、なにもあそこまで痛めつけるなんてとんでもないトレーナーでしゅよ全く!」 周りのラッキー達がとても忙しそうにしている。あの黒尽くめの男とのバトルで大怪我したポケモンの対応に追われているみたいだ。 その中には、体中包帯だらけのエビワラーの姿もあった。相当ひどいのか、怪我のあまりうなされている様子だ。 「なんでもあのトレーナーは祭りが始まる前にここに来て、それからあんな患者ばかり来るようになったんでしゅ。グラエナしゃんを含めて56匹目なんでしゅよ」 「そんなに…」 「っと話はここまでにするでしゅ。グラエナしゃんの容態は…えっと…」 「コラッキ!手が空いてるのならこっち手伝って。こっちも重症患者なの」 カルテと睨めっこしている後ろから別のラッキーの声がした。コラッキ、それがこのラッキーの名前なのか? 「あ、はいでしゅ!えっと、グラエナしゃんはじっと休んでいてくだしゃい」 それだけ告げると、コラッキは慌しく向こうの方へ行ってしまった。僕はただ黙ってそれを見送った。 そして他のラッキーが僕を治療室から病室に移そうと、ベッドを運ぶ。 「…」 負けた。 その単語が頭の中を再び過ぎった。僕としては一生懸命戦った。でも、あの攻撃力と技の威力の前で僕は倒れてしまったんだ。 ここ最近常勝で負けなどありえないと思っていた。でも世の中上には上がいた。 もっと強くなりたい、二度と負けないくらいに強くなりたい。強くなって、マスターに恩返しがしたい… 今は安静にしよう、僕は目を瞑り、慌しい中で再び眠りに入ろうとした。 その時、アナウンスの音が強く響く。 「もしもし、たった今重傷ポケモンにつき、緊急治療をお願いします!」 大きなモニターから真剣な表情のジョーイの姿が現れる。治療に専念していたジョーイが急いでアナウンスの方に駆けつけた。 「はい、患者の容態は?」 「患者はトレーナーのストライク、腹部を強打、また背中を強く切られていて危ない状態です!」 「わかりました。ラッキー、搬送の用意をお願い。あと治療器具の用意も!」 ジョーイの声を聞いたラッキーが急いで搬送用のベッドと機械を持って搬送準備をする。 僕を運ぼうとしたラッキーも、急いで手伝いに行き、離れる。 僕はそんな慌しい状況を細めで見ていた。その時、ジョーイが不意にもらした声を耳にした。 「またあの黒尽くめの男ね…全く!」 黒尽くめの男の名を耳にし、細めていた目が大きく開いた。またあの男がやったのか? 「ジョーイさん、ベッドが足りません!数時間前に連れて来たグラエナで最後です!」 「えぇ!?」 ラッキーの報告にジョーイから驚きの声があがる。最後のベッドを僕が使ってしまったようだ。 慌てて周りのベッドを見てみるが、どこも空きそうに無いようだ。 「こちらはベッドが一杯で収容は不可能です!別のポケモンセンターにお願いできませんか?」 モニターに向かってベッドが足りないことを告げる。モニターのジョーイは困った顔をする。 「でも、こちらのストライクは相当重傷です。急いで手当てしないと…」 「…」 モニター越しに、ジョーイの焦る表情が映る。 「あ…あの…」 「え?」 声の主にジョーイが振り返る。僕だ。 「僕のベッドを使ってくれませんか…?」 「でも、あなたも怪我をしているのよ?」 「大丈夫です…少し痛みますけど。ひどくはありません…イテテ…」 ベッドから身を起こそうとするが、全身から来る痛みによろめいてしまう。 「でも…安静にしていないと危険よ、それがどういう事かわかってるの?」 「僕の怪我はそう大した事ありません、それにそのストライクの方は相当重傷なんでしょ?だから、お願いします…」 痛みに耐えながら身を起こす。打たれ強さのおかげで、動けないほどではない。 するとジョーイは黙り込んで、少し考え込む。 考える時間が惜しかったのか、すぐに僕のほうに向き直ると口を開く。 「わかったわ、でもまだ自分が安静の身だという事を忘れないでね。」 そう言い、ラッキーに指示をだし、僕は二匹のラッキーの手でゆっくりと降ろされる。 「ぐっ…!」 僕はなんとか地面に足を経てる。身を起こす時のよりもっと強い痛みが走る。 ラッキーが大丈夫ですかと声を掛けるが、心配を掛けまいと痛み混じりの笑みを浮かべる。 「誰かグラエナを支えてトレーナーの所まで連れて行ってあげて!」 「あ、アタチがやりましゅ」 さきほどの小さいラッキー、コラッキが来てくれる。 「ありがとう…」 「安静にしないといけないのに、非常識でしゅ!」 きびしく言いながらも、よろめく体を彼女は優しく支えてくれた。 僕はコラッキの手を借りながら、治療室を後にした。 治療室から出ると、そこは長い廊下だった。いくつもの扉が並んでいる。 ポケモンセンターは、野宿の多いトレーナーの為に無料でこのセンターを宿屋として提供している。僕のマスターもよくお世話になっている。 その為の部屋がいくつかこのセンターには用意がされてるのだ。 「ほら、少し窮屈かもしれましぇんが、ここで横になってくだしゃい。すぐにグラエナしゃんのトレーナーを呼んでくるでしゅ」 廊下のソファーの近くにいくと、そこで僕は横に寝かせられた。ベッド変わりのつもりかもしれないが、少し硬い。 ソファーから伝わる微妙な冷たさが少し肌寒い。マスターが来るまでしばらくここで待っていなければならない。 「はぁ…」 自然とため息が出る。当たり前だが体がまだ痛い。ちょっと強がりすぎたかな? 早くこのソファーよりあったかいベッドの上で横になりたい… 「クロイズ!」 「ん?」 そう間もなく、聞きなれている声が耳に届く。 「マスター…」 「マスター、じゃないぞお前!治療すっぽかしてここで何やってるんだ!」 怒った声で僕を迎えに来てくれた。息を切らしている。 いくらベッドが足りないとは言え、自分の治療を疎かにしたのだから言い訳は難しい。 「あ…いえ、すっぽかしたと言うより…ベッドが足りなかったから…その…譲ってくれたんでしゅ…」 コラッキが怒るマスターを必死になだめ、僕のことを擁護してくれる。 「…そうなのか?クロイズ」 コラッキの説得で少し落ち着くが、まだ怒った表情をしたまま僕に尋ねる。 「ん…まぁね」 あまりはっきりと言えないが、ストライクの為に自分のベッドを譲ったのはたしかだ。 いい加減な返事に、マスターは納得したのか、軽くため息をついた。 そして僕のとなりに腰を下ろすとマスターは包帯ごしに、僕の背中を優しくさすってくれた。 「他人の心配は結構だが、少しは自分の心配もしろよ。ただでさえお前は無茶をするほうなんだから、昔と違って…」 「ごめん、マスター…」 未だに残る傷の痛みが、マスターのさする優しい手のおかげで、自然に痛みが治まった…気がした。 「そうだ、クロイズ」 「ん?」 「今日の寝床なんだが…ここは無理になったみたいなんだ」 その台詞に僕は疑問に思い、どうしてかと尋ねる。 「このお祭り騒ぎで沢山のトレーナーがカイナシティに来ている。それでここのポケモンセンターに宿泊の申し込みが殺到して、今じゃ部屋は空いていないんだ」 「そうなの?」 僕はコラッキの方に顔を向け、聞いた。 「そうでしゅ。いろいろなトレーナーしゃんが寝床を必要としているから。数時間前に一杯になったんでしゅよ」 たしかに、溢れかえるほどの人の数がいた。けど、ここで宿泊するのが無理なら、どこで寝床を探せばいいのだ? 「なら僕たちは今日は野宿…?」 返答を求め、マスターの方に顔を向ける。しかし、マスターは答える事無く頭を掻き毟っていた。 流石のマスターもこんなに早くポケモンセンターの宿泊が埋まるなんて思っても無かったようだ。 「申し訳ありませんでしゅ…」 コラッキが申し訳なさそうに頭を下げる。 「そうだ、ホテルはどう?」 ポケモンセンターが駄目ならホテルを探せばいいと僕は考えた。だけどマスターは首を横に振った。 「ここが駄目だったから他を当たってみたんだが、どこも同じ状況で一杯なんだ。どうするかなぁ…」 頭を抱えて考え込むが、答えは出てこないようだ。出るのは苦悩と溜め息のみ。 もう日が暮れる頃なのに、クロイズの怪我の事を考えると、野宿では問題だ。 ポケモンセンターで泊まる事を計算に入れてただけに、この予想外はマスターの頭を悩ませた。 「しょうがない、クロイズ。とりあえず戻れ」 ソファーから立ち上がると、マスターは腰のボールを取り出す。 傷だらけの僕は、黙ってボールから放たれる赤い光線に包まれた僕はボールの中に吸い込まれた。 「あの、失礼ですが…どちらへ行かれるのでしゅか?」 「もう少し泊まれそうなホテルがあるか調べてみる事にします。クロイズの事はどうも…」 心配そうに尋ねると軽く首を振り、慌しく行き交う廊下の奥へと消えていった。 このポケモンセンターは構造上、長い廊下があり、その並んでいる扉は患者用の治療室や、倉庫等など治療器具類を格納している部屋がある。 長い廊下の先の扉を開けると受付になっている。 マスターが扉を開けて受付場所に出ると、溢れかえるくらいの人がごった返していた。 全員があの黒尽くめの男によって傷つけられたポケモンを治しに来た人ばかりではなく、宿泊の申し込み目的で来ているトレーナーもいるのだろう。 宿泊部屋がいっぱいで泊まれずに困っているトレーナーはマスターばかりではなかった。 ここでも受付のジョーイが、怪我をしているポケモンの対応に追われていた。 トレーナーの横のソファーで包帯を巻いて座っているカメールの姿も見かけた。 ポケモンセンターの出入り口を出ても、ポケモンセンターを必要としている人の数が道の端で列を作っていた。 見る限り、このカイナシティのイベントは想像以上の人が押し寄せているみたいだ。 道端に座って何時間も待っている人もたぶんいるだろう。 それにしてもいくらイベントと言えど、蟻の行列を思わせるほどの利用者がいるなんて、何か起きているのだろうか? これもイベントの影響か? これほどの人とポケモンの数を思うと、僕が治療出来たのはある意味奇跡に近い。 「とりあえず、もう一度ホテルを駆け回ってみるか」 地図を片手にマスターが呟く。日が沈む夕焼け頃に泊まる場所を探すのは難しい。 指で地図をなぞり、まだ訪ねてないホテルを探し回った。 だが、思った通りに最寄のホテルも一杯で泊まれる場所なんてとてもなく、いくつかのホテルを駆け回るが、どこも同じ、満席だった。 駆け回っている内に、外は日が沈み、気づけばすっかり夜になっていた。 「はぁ…」 諦め半分、マスターからため息が漏れた。 どのくらい経ったか分からないくらいホテルを駆け回った。 やがてホテル探しに疲れ、住宅地の近くにある人気の無い公園のベンチの上に腰を下ろした。 万が一に備えて持ってきた寝袋を確認する。 もしこのままホテルが見つからなかったら、この公園で野宿する予定だ。 「とりあえず、もう一度駆け回ってみるか…」 淡い希望さえも無いまま、地図を取り出し、まだ行ってないホテルを探そうとベンチを立とうとした。 「ん?」 マスターはある異変に気づく。何か声がした。 蚊が鳴く音よりも小さく、聞き逃してしまいそうな声。だが耳を済ませてみると、微かに聞こえる。 …すけて…た…けて… 「たすけて…?」 途切れて聞こえるが、ある単語が頭の中に浮かんだ。。 マスターはすぐさま駆け出した。助けを求める声なのか、確かな証拠は無いが、居ても立ってもいられなかった。 その微かな声を頼りに、聞こえる方を目指して小走りした。 公園に出て、人気の無い十字路の道路を右に曲がった所に、それはあった。 「はぁ…はぁ…」 行き止まりの壁に阻まれ、息遣いを荒くしている一匹の猫がいた。 その瞳の先には、目の前に立ち塞がる用に四足で立っている。荒い息遣いをし、飢えた野獣のように目がぎらついている。 それは駆けつけたマスターに気づく様子も無く、猫一点を見ている。 電柱の影に隠れていて、その正体は掴めないが、猫の方はすぐに分かった。 「エネコロロ…?」 マスターは目を疑った。その黒い瞳の猫は「サティ」で客を招き入れていた、おすましポケモンのエネコロロだ。 見間違いかと最初は思ったが、頭に付けてある印象的な花のヘアバンドが、見間違いじゃない事を教えてくれた。 「やめて…来ないで…!」 一歩一歩、後ずさりする度逃げ場の無い行き止まりの壁に近づく。相手もエネコロロを追う様に一歩ずつゆっくりと近づく。 やがてエネコロロは冷たい壁にぶつかり、いよいよ逃げ場が無くなった。 構える事も無く、ただ目の前の悪魔に怯えているのに対し、それは今にも襲い掛かりそうだった。 「くそっ!」 今にも襲われそうなエネコロロに、マスターは咄嗟に腰のボールに手を伸ばした。すると… 「ミナ!」 大声で名前を呼ぶ声がマスターの背後からした。女性の声だった。 その声に真っ先に反応したそれは、まずいと言わんばかりに体を翻す。苛立ちに舌打ちを打った後、素早い動きで反対方向に逃げ出した。その姿をマスターは捉えた。 「ヘルガー?」 細い体に全身黒く覆われ、頭の長く曲がった角に、黒く尖った尻尾は神話に出てくる悪魔のようなイメージを思わせる。 ダークポケモン、ヘルガーだ。ギラついた黄色い目が印象に残った。 ヘルガーは竜巻のように素早く駆け、瞬く間に闇の中へと消えていった。 ボールを手に取ったままのマスターは呆気に取られたまま、消えたヘルガーの先をただ見つめていた。 「ミナ!ミナ!」 その名前を何度も呼びながら、エネコロロの方に走り出す声の主。 ミナと呼ばれたエネコロロは安心したのか、その場で崩れるように腰を降ろした。 「大丈夫!?何処か怪我は無い?」 「あ…ユカちゃん…」 エネコロロの口から出た名前にマスターは驚いた。 「ユカ…?」 「え…?ユウタ!?」 声の主がマスターに振り返る。サティで働いていたウェイトレスのユカだった。 今は仕事着でなく、青いミニスカートと白いコートを来ていた。手には大きく膨らんだビニール袋を持っている。 本当なら仕事の終わりの夜に会う約束をしていた二人。しかし、意外な所で二人は出会ってしまった。 「ユカ、どうしてこんな所にいるんだ?」 「私は、仕事で必要な物を買出ししてた所よ、そしたらいきなりミナが行き成りヘルガーに襲われて。何だか目つきの悪いヘルガーだったわ」 ユカは手に持っていたビニール袋を軽く上げて見せた。コーヒー豆や砂糖やら色々な物が詰まっている。 確かに、ヘルガーは元々目つきの鋭いポケモンだが、あのヘルガーは特に目つきがきつかった。エネコロロの事を物欲しそうに見ているようにも見えたが… 「あのヘルガーに心当たりはあるか?」 「無いわ、ここでヘルガーを持っている人なんていないし」 「そうか、それよりミナは大丈夫か?」 そう言いながらエネコロロの方に向き直る。ミナと呼ばれたエネコロロの瞳には薄っすらと涙が浮かんでいた。 ミナは落ち着かない様子でゆっくりと口を開いた。 「あの…あいつ、アタシが…欲しいって…訳が分かんない…」 「欲しいって…ミナが?」 ミナは前足で涙を拭い、軽く頷いた。 「何それ…気持ちの悪いわ…」 「とりあえず、無事なら良かった。ユカ、家まで送るよ」 「うん、ありがとう。最近このカイナシティは物騒な事が起きてるから、助かるわ」 安心したように微笑むユカだが、ミナの方は未だ落ち着かない様子で、ユカの腕の中で震えていた。 ユカは仕方なく、コートのポケットに入れてあったモンスターボールを取り出し、ミナをボールの中に戻した。 「ミナ、落ち着くまでしばらくボールの中に居てね」 ボールをポケットに収める。マスターはユカを護衛する様に前に出て歩き出した。 人気の無い道路、端には列に沿うように並んでいる木と道を照らす電灯。人が沢山押し寄せているのにも関わらず、ここはとても静かだ。 僅かな隙間を空けて斜めに並んで歩く男女。まるで恋人のように見えるだろう。 「ねぇ、ユウタ」 「ん、どうした?」 「何処のホテルで止まってるの?」 歩きながら会話をする二人。ユカの唐突な質問に苦笑いしながら口を開く。 「それが決まってないんだよ。何処のホテルも満室だって…」 「え、そうなの?」 「うん…、何だか人が沢山来てるせいで思ったより早く部屋がうまったからなぁ…ユカ?」 事情を話すと、歩む足を止めたユカは下を向いて考え込んだ。 そして、やや間を置いたユカは自分の手の平に拳をポンッと置き、口を開いた。 「それならユウタ、あなた家に泊まりに来ない?」 「え!? ユカの突然の申し出に驚き、口が半開きになった。 「だってほら、私が遊びに来てって言ったんだし、それに色々聞きたいことあるし」 「いや、そうじゃなくて、いいのか?」 ユカの申し出は、はっきり言ってありがたいものだが、少し抵抗があった。 確かにユカの方から遊びに来て欲しいと手紙には書いてあった、だがこれはあくまでマスターの突然な訪問だった。 「ううん、いいのよ。ユウタならお父さんも許してくれるし。それに、また今度いつ会えるか分からないしね…」 そう言われると硬いマスターも首を縦に振らざる負えない。ユカの目からどうしても泊まってもらいたいと言う気持ちが伝わってくる。 「そうか、それならお言葉に甘えさせてもらうよ」 「え、本当!?良かった~」 やがてマスターが微笑んで了解するとユカは表情を明るくさせ、マスターの前に出た。 「それじゃ、早く家に行きましょ。あなたのバリヤンもお腹空かせてるでしょ?」 「あ、まってくれ。それともう一つお願いがあるんだが… そう言い、前を急ぐように走り出そうとするユカをマスターは肩を掴んで止めた。 振り返ると、さっきまで微笑んでいた表情を少し暗くさせているのが分かる。 申し訳なさそうな顔に気づいたユカは、小さな声で、「どうしたの?」と訪ねた。 「その、今手持ちに怪我しているポケモンがいるんだ。ポケモンセンターは利用者が多すぎてまともに治療が出来ないんだ」 本当はベッドを譲ってしまったのだが、やはりどうしてもクロイズに安静出来るベッドがいる。 ヤミカラスから受けたドリルくちばしのダメージは、今でもクロイズの腹に残っている。 「そうなの?家のソファーで良いなら用意できるけど…大丈夫?途中で何かあったの?」 「あぁ、それは着いてから話すよ。今はユカの家に急ごう」 腰に付けてある一つのボールをチラッと見る。僕の安静できるベッドの為に、マスターは小走りでユカの家に向かった。 後ろからユカが「待ってよ」と思いビニール袋を抱えたまま、その後ろ姿を追いかけた。 それから15分間小走りしで、ようやくサティに着いた。 時刻はすっかり午後の8時20分を指していた。お店はまだ空いている。 ユカはマスターをサティの出入り口とは反対の方向に案内する。店の反対側は小さい小道になっている。 その店の反対に、業務用の裏口があった。用入りの時はいつもここから出入りしている。 ビニール袋を片手に、ユカは裏口の扉を開けた。この裏口は喫茶店の厨房に繋がっている。 誰も居ないそこは、2、3人が入れるほどの広さだが、とても清潔にされている。辺りはコーヒーの匂いが漂っている。 換気扇が回されている。列に並ぶように設置された冷凍冷蔵庫、コールドテーブル、銀色に光るシンクはつい最近まで誰かがコーヒーカップ洗いに使ってたのか、洗剤の泡が溢れていた。 テーブル型のガステーブルと結構使われていたと思うほどの古い3連卓上コンロ、食器棚にはコーヒー皿とマグカップ等、それに使われてないコーヒーマシンもあった。 微妙な広さだが、清潔に扱われている。この厨房はカウンターの丁度後ろにあった。 「こっち来て」 手に持っていたビニール袋を作業台の上に乗せる。マスターはユカの案内で厨房を出ると、すぐそばに『関係者以外立ち入り禁止』と書かれてある扉があった。そこの扉をあけると、先は階段になっていた。 階段を上がると、そこからは喫茶店内の雰囲気とは違っていた。 二階はいかにも他の家と同じような構造となっていた。廊下の先にいくつかの部屋が並んでいている。ここからは業務用の部屋ではなく、住処となっている。 ユカは奥の扉まで案内したら、マスターに振り向く。 「ここが私の部屋よ」 扉を開け、マスターを中に招き入れようとした。 大きさは畳で表すと4畳くらいの広さだ。 白いプラスチック製の5段重ねの大きなタンスに、洋服をしまうクローク、整頓されたオーダーデスクとその上に置いてあるノートパソコン。 綺麗に拭かれてある窓の隣には複数の写真と、イラストの描かれたパズル式の壁画が掛けてあった。 全体を薄ピンク色にしたその部屋は、いかにも女性の部屋と思わせるオシャレな部屋だった。 「あぁ、失礼するよ」 マスターは初めて入る女性の部屋に、少し緊張しながらも、ユカの部屋に入らせてもらった。 自分の部屋と違う、ほのかに漂う女の匂いに、少し恥ずかしそうになるマスター。 ユカが後から入ると、再び口を開いた。 「ユウタ、確か怪我をしているポケモンがいるって言ってたわよね?」 その言葉にマスターは、慌てて頷く。するとユカは自分木製の白いベッドから布団をどかせた。 「粗末かもしれないけど、良かったら私のベッド使って、ここなら安静に出来ると思うから」 「え、いいのか?自分のベッドで?」 「いいのよ、それより怪我してるんでしょ。早くだしてあげなさいよ」 マスターはゆっくりと僕の入ったボールを手に取ると、僕を出した。 「…ん?」 行き成りボールから出たと思ったら、知らない部屋だった。ほんのり漂う甘い香りに僕は違和感を持った。 「クロイズ、怪我は大丈夫か?」 怪我を気遣うマスターの声がした。痛いから首だけをそっちの方に向けた。すると、微かに別の誰かが視界に入り、そっちにも顔を向けた。 まだ包帯を巻いたままの僕を見たユカは、少し驚いた顔をしている。 「グラエナかぁ、酷い怪我ね…」 「あぁ、すまないなユカ。ほらクロイズ」 マスターはゆっくりと僕を抱きかかえた。腹の痛みが走り、嗚咽が漏れる。 「うぅぅ…」 僕をベッドの上で横にしてくれた。ふかふかしててとても気持ちが良い… 「少しの間、そのベッドでゆっくり休めよ」 「私のベッドよ、安心して休んでね」 頭を撫でるマスター。ユカは前屈みになり、僕に気遣うように言ってくれる。僕は黙ってその言葉に従うように目を瞑った。 目を瞑りながらも二人の会話が耳に入る。 「私はまだ仕事があるから、また下に戻るね」 「うん、本当にありがとうな。あと俺は一応おじさんに挨拶してくるよ」 その二人の会話の後、ゆっくりと扉の閉まる音がした。 目を閉じているから誰が出て行ったか分からなかった。だが、扉の音を最後に、会話らしい声は聞こえてこなくなった。 どうやら二人とも出て行ったみたいだ。この広く感じる部屋のベッドの上で、僕は一人だ。 「うぅ…ん…」 お腹からジンジンと痛む、センターではそこまで痛くなかった体が、ここに来てからようやく本格的に痛み出した。 痛みを堪えながらも、僕は寝る事に専念する。瞳を閉じたその先は闇ばかりだった。 だが、その闇から微かに映る僕の記憶。ヤミカラスと黒尽くめの男… 一生懸命戦い、攻撃を避けられ、打たれながらも確実に追い詰めた戦い。とても強い相手だった。 まるで貴婦人きどりの調子に乗った笑みを驚きの表情に変えさせてやった… だけど、あの男の薄気味悪い笑みは微動だにせず、ようやく本気になりはじめたその時… 腹に受けたドリルくちばし、とても痛く、苦しかった。それでも負けないと必死に立ち上がり、相手に再び立ち向かった。 正確な記憶はここまでだが、そこで僕は、最後の曖昧な記憶を必死になって思い出す。 そうだ、思い出した。 ヤミカラスに飛びついた僕は、羽を噛み砕こうと真正面から牙を向いた。 もう少しの所で相手に牙が届くところだったが、ダメージで足腰に力が微妙に入らず、飛距離が十分でなかった為に途中で落ちそうになった所を狙われてしまったのだ。 ヤミカラスのつばめがえしが決まったのである。 「… …」 だがそれだけではない、相手も僕と同じ真正面から迫ってきたのである。そこで一瞬、ヤミカラスが遠く感じた。 あと少しで牙が届くはずだった距離だったはずなのに、まるで空中で静止したかのように… これはもしかして、足腰に力が入らずに飛距離が不十分だから落ちたのではないと考えた。 「… ぇ…」 そう言えば…あの時、真正面から突っ込んできたヤミカラスは、途中で翼を翻し、前を防御するような体制をしていた。 その時、あの時は痛みで気づかなかったが、とても強い風の力を微かに感じていた。 「…ねぇ…」 あの風がもう少しで届きそうだったヤミカラスの進路を妨害したのだろうか?偶然?いや、何かがおかしかった… 「あ…!!」 思わず目を開いた。あれは…そうだ! 「ねぇったら!」 「え?」 思考が止まった。目を大きく開いたその先は、考え事で気づかなかった声の主だった。猫…? 「やっと気がついてくれた、もぅ…!」 顔を起こし、その猫の顔をジッと見つめた。黒い瞳はやや怒り目で僕の事を睨んでいる。 スラッとした体、薄紫色のマフラーを纏ったような首、先が毛玉の形をした尻尾、黒い瞳の猫。何処かで見た事のある姿だ。 そうだ、確かサティでいたあの猫だ。あの時見た時はたしかウェイトレスと同じ模様の服と花のヘアバンドを被っていた。 今はそんな服を着てはいなかったが、頭に付けてあるヘアバンドは確かに被っていた。 「もしもし、聞いてる?」 「え?」 「えっ、じゃないわよもぅ…!誰に断ってそこに座っているのかしら?」 怒った表情からやや呆れや顔をしながら、僕に尋ねてくる。 「どうしてって…気づけばこの部屋に…」 慌てて返答を探し、口を開く僕に対し、その猫はやや疑わしい顔で僕の顔を見る。 「気づけばって…一応言いますけど、そこはアタシの特定席なの、だからアナタはおーじゃーま!」 前足を僕の顔に近づけて、指すように言った。 「そう…なの?」 今一状況が理解できない。 それもそうだ、ボールから出たと思ったら見知らぬ女性の部屋のベッドで寝かされて、そして目を閉じて再び開いたら今度は見覚えのある猫にお邪魔扱いされている。 なんだか訳が分からなくなってくる。 「あの…僕はただ、ここで静かに寝るように言われてて…」 「えぇ?ユカちゃんが?」 そう言うと今度はその猫の方が訳が分からない顔をしだす。 「なんでアナタを?もぅ、訳が分からない事ばかりだわ。黒い奴には襲われるし、今度はまた別の黒い奴がベッド取ってるし!」 「黒い奴!?何処で見たんだ!?」 その言葉を聞いた僕は焦るようにその猫に訪ねた。 「え?何よアナタ、もしかしてあの時の変態の知り合い!?」 「だからその…その黒い奴とか言うのを何処で見たんだ?」 「んもぅ…アタシが夜道でユカちゃんと買出しに行ってたその道中であったのよ…すごく怖かった…」 猫はその時の事語ると、じょじょに表情が暗くなっていく。よほど嫌な事でもあったのだろうか。 「その、どんな奴だった?もしかして黒尽くめの男と一緒じゃなかったか?」 「そんなの知らないわよ…アタシだって…怖くて…無我夢中で逃げて…グスッ…よく見てないもの…ウッ…」 僕が焦って質問したせいか、その猫は徐々に涙声になっていき、しまいには泣き出しそうになった。 「あ…その、そう言えば此処はどこなの?君は?」 僕はまずいと言わんばかりに、話を変えて訪ねてみた。すると涙目になった瞳を前足で拭い、間を置いて口を開いた。 「ここはサティと言う店よ。ご主人様のユカちゃんの良きパートナー、エネコロロのミナって言うの…」 「ミナ…かぁ、グラエナのクロイズって言うんだ。ごめんね、知らずにベッド使っちゃったりして…」 自己紹介を済まし、改めて知らないとは言え、ベッドを無断で使ったことを詫びた。するとミナは首を横に振った。 「もういいよ、ユカちゃんがそう言ったんでしょ。それに、よく見ればあなた包帯グルグル巻きだもの…」 「うん、ちょっとバトルしてね。とても強かったんだそいつ」 バトルと聞いて、ミナは少しだけ表情がほんのり明るくなる。 「へぇ、バトルしたの。アナタ強いの?相手はどんなポケモンだったの?」 まるでバトルに興味があるかのように質問してくる。さっきまでの泣きそうだった表情が一転したかのようだった。 だが、この事は楽しい会話で話せるような物じゃない。僕はしぶい顔をし、ゆっくりと口を開いた。 「なんだかとても不気味な奴だったんだ。冷たい目で…暗い感じ…そんな奴だった…」 「ふぅん、所でそれってどっちの方?トレーナー?ポケモン?」 僕の話に興味津々なのか、ミナはベッドに飛び移り、僕の隣に座った。 包帯を巻いてある僕の体をチラチラうかがったりもしている。僕は構わず続けた。 「トレーナーの方だよ。なんだか、全身黒尽くめの男だった。そのトレーナーのポケモンにやられた…」 「ふぅ…ん、ん~…」 黒尽くめの男の事を聞いたミナは、顔を険しくして考え込む。だが、やがて考えるのをやめた。 「それでさ、どんな風に戦ったの?教えてよ」 「ふふ、どうだったかな確か…」 ミナの明るい表情に、僕も釣られて笑顔になった。初対面なのに、もう友達になったかのように僕たちは沢山お話をした。 僕が戦った事、危なくなった事、必死になった事。あれこれ話した。 「へぇ、すごいバトルだったのね。そんなに殴られたクロイズは大丈夫なの?」 「うん…あまり大丈夫とは言えないかな、この体がその証拠で…」 情けないながら、ミナに僕の今の状態を説明した。僕の包帯巻き状態の体を観察するように見る。バトルだけでなく、こんな怪我状態の体でもジロジロ見たりしてくる。流石に恥ずかしくなってきた。 「痛そうね~、でもバトルする機会がないアタシから見れば、アンタが羨ましいわ」 「そうかい?」 「だってアタシの家はここに来る前から喫茶店やってるの。だからお手伝いとかで忙しいから、外に出て思いっきり遊ぶとかあまりないのよ」 真っ白なベッドに顔を落とし、自分の事喋りだした。その表情はどこか寂しそうだ。 「初めてユカちゃん引き取られた時は、アタシも色んな町や外に出て、色んな経験をして楽しい思い出作りが出来るとそう考えていたわ。でも現実はお店の急がしさのあまり、ユカちゃんはそのお手伝いで旅に出る事はなかったの」 ミナの目は何処か遠くを見るようにジッと壁を見ていた。店内で見せたあの微笑みとは裏腹に、そんな事を考えていたのだ。 「あの、お店の中で着ていたあの服は趣味だから着ていたんじゃなかったのかい?」 気になっていた質問をミナに振ってみた。ミナは不貞腐れた表情で僕の事を一瞥した。どうやら不味い所を点いたかもしれない… 「あれは、アタシがまだエネコの頃ユカちゃんのお手伝いをしていた時、それを気に入った客が私目当てで来るものだから。それからお客の興味を引く為に着させられたの。アタシは嫌だったけど、ユカちゃんは可愛いって言ってくれた…」 どうして人気があるからと言ってあんな服を着せたりするのだろうか、僕は人間が何故そうしてまで人の気を引かせようとするのか、理解が出来なかった。 確かに、仕事をしていない今のミナはあの服を着てはいない。だが、頭の上に被っている花のヘアバンドだけは何故か今でもつけてある。 ヘアバンドに向いた視線に気づいたのか、ミナは自分の被っているヘアバンドを照れくさそうに撫でる。 「このヘアバンドはね、お店の人気が出て、皆が喜んでくれた時ユカちゃんがプレゼントしてくれた物なのよ。古い物だけど、アタシの宝物なの」 確かによく見れば小さな傷が目立つが、近づいて見ないと気づかないほどの傷だ。 「ねぇ、クロイズは旅をしてどうだったの?」 唐突な質問に僕はキョトンとした。ミナの期待が混じった瞳で僕を見ていた。少し恥ずかしい… 「うん…どうだったと言われても、とにかく強くなりたい事ばかり考えてたかな」 「強くなりたい?バトルに勝つ為?」 「いや、そんなんじゃないと思う。なんて言うか、自分自身の弱さに打ち勝ちたいって気持ちがあったかもしれないし、ミナの言うとおり、誰からも負けないくらい強くなりたいと言う願望もあったかもしれないし…」 今一はっきりしない答えが出た。こんな風にしか答えられない自分自身が情けなくなってくる。 「はっきりしないなぁ、用は旅に出てどんな風に感じたかを聞きたいのよ!」 ベッドから飛び降り、僕の視界に大きく飛び込むミナ。その気の強さに押され気味になってしまう。 「えっと、どう言えば良いんだろう…とにかく、強くなりたい事ばかり考えていたから…えっと…」 「強くなってアンタのご主人に恩返しをする為に旅に出た訳なの?」 「いや、恩返しも少しはあるけど…なんて言うかとにかく強くなりたいって…」 「あーもぅ、アンタの考える事は『強くなりたいです』だけ?強くなるのは良い事だけど、その強さを得て何に使うかが問題でしょ!」 僕の行き詰るような返答にイライラしたのか、高い声で僕に叱咤した。流石の僕も困ってしまう。 どうしてだろうか、この手の相手との会話は上手くいった例が無い。それはマスターと出会う前からあった事だ。 強くなって…どうするのか?小さい頃…いや、今までそんな事考えた事一度もなかった。あのヤミカラスとの戦いも、ただ自分の力を証明したい為だけで戦った。 ミナに言われて初めて疑問に思った。僕は強くなりたい…そして…そして? 自然と深く考え込む僕の頭を、ミナの前足がポンッと乗った。 「聞いてるのクロイズ?」 「あ、ゴメン」 呆れた目で僕を見つめるミナと、どう対応していいか答えに困る僕。 「なんか、クロイズって男らしくないわね~」 「え?僕が?」 そっぽを向きかけたミナが不振そうな表情でまた僕を見つめた。 「ぼくぅ?」 「え?あ…」 何か不味い事でも言ったのか?焦って何か喋ろうとしたが、言葉が詰まってしまった。 流石のミナも、叱咤する気力が失せたのか、溜め息一つだけをついた。 「自分の事を未だに僕だなんて、『はい、僕は子供です!』と言ってるようなものよ…。男ならシャキッとするような一人称しなさいよ!」 僕自信の一人称に突っ込んでくる。流石にこればかりは大きなお世話だ。 「別にいいじゃないか…むぅ…」 「良くないわよ、もっと強く見せたいなら、俺様!とかにしないとぉ!」 「そんな威張った盗賊の頭見たいなのはお断りだ!」 顔を伏せて突っ込み返す僕の言葉に少しムッとしたのか、少し膨れ面になった。 「何よ、せっかくアタシが男らしくしてあげようと助言してあげたのに、素直じゃない奴!」 怒った子供のような顔でそっぽを向いた。友達みたいに接してきたと思ったら、今度は世話焼きの母親見たいな態度を取ったりする。変わった奴だ… だが、これでようやく静かになった。だが、今度は視線が気になる。 そっぽを向いたかと思って顔を上げてみたら、何故かまだ僕の事を見ていた… 「何なんだよ…君は…」 「もう一度言っておくけど、そこアタシの特定席だからね!」 そう言えばそうだった…けどもはや言い返す気力も無くなり、僕は黙って眠りに着く事にした。早く体を直してマスターを安心させたかった。 目を閉じて、眠りの世界に着こうとしたが、ミナの視線が落ち着かない。 気持ちを抑えて何としてでも眠りの世界に入ろうとした。何だか今日は疲れた…早く寝たい… やがて徐々に落ち着いていき、ゆっくりと呼吸をし、眠りに入ろうとした。すると… 「ねぇ、クロイズ」 ミナの声だ。まだ僕に何か用があるのだろうか、眠りに入る前なのにじゃじゃ馬ならぬじゃじゃ猫の突っ掛かりはごめんだ。 けど、今のミナの声は少し落ち着きが払ってあった。 「アタシ、こうやって他のポケモンと話すの久しぶり…けど、こんな性格だから上手く付き合えなくて…その、また…相手になってくれる?」 その言葉から伝わる、喜びとほのかな寂しさの感情があった。僕だって他人との付き合いが上手いわけじゃない。 けどミナは、忙しい日々に追われながらご主人の為に一生懸命に働いていた。そんな彼女だからこそ、誰かと喧嘩するほどの会話がしてみたかったのかもしれない。 「駄目…かな?」 寂しそうな声に対し、僕はその答えにゆっくりと目を開き、黙ってコクンと頷いた。 すると彼女は微笑んだ。店内で見せた笑顔とは違う、喜びの印だった。 それから会話は無くなった。僕の耳に入る音は、ユカの机の上に置いてあった時計の針の音だけが、チクチクと静かに鳴っていた。 初対面の相手に自分の感情をよく見せる変わったエネコロロ。 最後に見せたその笑顔は、僕の記憶の中でも特に喜びに満ちていた表情だった。 僕はその美しい笑みが目をゆっくりと閉じた後でも、瞼に残っているのが分かる。 そしてそのまま、僕は眠りの世界へと入っていった。彼女と一緒に… この出会いが、自分の今後の運命を左右するきっかけになったのは後の話しである。 *コメントフォーム [#l26b9799] 感想、指摘などお待ちしています。 #pcomment()