[[ヤシの実]] 久しぶりの投稿とです!!時間掛かりまくりです!! (;><) *僕の初めて (中) [#c7151540] 強い日差しが目蓋を通して入り込む、もう少しだけ睡眠を要求するこの体を日差しは容赦なく差し込んでくる。 その眩しい光から逃れようと布団の奥に潜り込もうとするが、今度は鼻から入ってくる不可解な匂いが僕の睡眠を妨害してくる。 無視しようとさらに奥深く布団に潜ったが、日差しから逃げれてもこの匂いからは逃れなかった。 その不可解な匂いはどっかで嗅いだ事のある匂いと気づくまでに時間がかかった。確かマスターととある喫茶店につれてってもらった時と同じ香りだった。 まだ寝ていたい。そんな最低限の欲求だけが今の僕を支配している。寝続けようと意地になるが、お腹から伝わる衝撃から、僕の意地は意図も簡単に崩れてしまった。 「いててっ!」 包帯を巻いた体から伝わる痛みが睡眠を欲する僕の頭にムチを打った。 辺りを見回した。そこは、昨日僕が居た部屋とは違っていた。ここは何処だろう、 誰も居ないそこは、茶色いレンガ造りの洋風の部屋のピンク色の入る隙間が無いほどにレンガがびっしりと張り詰めてあった。 壁には広い草原を写した絵が大きく掛けてあり、ホーホーの剥製が木造で出来た丸い机の上に置かれている。他にも壁に沿う様に、本棚がぎっしりと並んであった。 匂いの原因となっている物は、ホーホーの剥製の隣に置かれていたコーヒーマシンだった。 気づけば僕は仰向けで寝ていた。そして、全身を走らせる痛みの原因となったそれは、僕の腹の上を頭にして寝ていたミナだった。 「ふぅ…どうしてこんな所で寝ていたんだろう?」 辺りを見回しても、僕が知っている物はなかった。唯一分かるのは、怪我をしている僕の体の上をお構い無しに眠っているミナだけだった。 寝顔こそとても可愛く見えるも、多少の寝相の悪さがマイナスイメージだ。どかそうにも、下になっている状態では、無理に起き上がると、ミナがベッドから落っこちてしまう。 怪我の方は…昨日より大分良くなっているのが自分でも分かる。幸い僕は打たれ強い方だからこの程度の怪我は一日寝ればほぼ直ってしまう。 だからと言って、調子に乗って激しく動かすと流石に痛いはずだ。まだ無理はしないほうがいいだろう。 問題は、怪我をしている所の上を平然と寝息をたてているミナだ。起こそうか放っておくか迷う。 そう考えている内に扉が開き、誰かが入ってきた。 「クロイズ、ゆっくり休めたか?」 マスターだ。相変わらずな制服を身にまとった姿。コーヒーカップを片手に持っている。 「マスター、ここは?」 「この部屋はサティの店長、ユカのお父さんの部屋だ。お前達が眠っている間に広いベッドの方に移してもらったんだ」 確かに、今僕とミナが乗っているこのベッドはユカのより大分大きい。そのおかげでゆとりのある広さの中、グッスリ眠っていたんだ。 「体の調子はどうだ?」 「うん、昨日より大分良くなったよ。体の痛みは無くなってきているし」 「それは良かった、お前は無理をするが体の治りは人一倍早いもんな」 褒めてるのか馬鹿にしているの分からない微妙な言い草だが、これなら無茶しない限り自分で歩く事は出来る。 「朝食まだだろ?俺はすでに済ましたから、お前もさっさと済ませろよ」 コーヒーカップを片手にマスターはそれだけ言って出て行った。 そう言えば、お腹が空いている。昨日のお昼から何も食べていなかったのを思い出した。 時計を見てみると、もう10時を指していた。寝すぎたかな?早くご飯食べてこよう。 「んん…」 ベッドから降りようと体を起こそうとすると、腹の上に乗っていたミナが離れまいと、体の向きを変え、枕を寄せるように引っ張ってきた。 どうやら僕の事を枕と同じように考えているようだ。もちろん彼女にそんな意思はないと思うが… 「はぁ…いい加減起きなよ」 溜め息を吐き、ミナを起こそうと声を掛けた。しかし、何の反応もなく、寝息だけが聞こえる。 面倒臭いから無理やりどかしてベッドに降りようかと思ったが、腹を上に頭を置かれたのでは動きようが無い。 無理に体を返して動けばベッドの端側にいるミナが僕の体から滑り落ち、ベッドからはみ出て落としかねない。 今のミナはベッドから落ちそうな位置で眠っているのだ。 「おぉい、ミナ。朝だよ、起きてよ」 「すぅ…すぅ…」 「ミナ、ミナ!朝だよ」 いくら声掛けようともミナは返事をする様子がなかった。いったい何時に寝たんだ? こうなったら痛むのを覚悟で、ミナの体を抱えながら少しずつベッドの中央に寄せる。それしかない。 早速僕は腹を枕にしているミナを片方の前足で抱き抱え、落ちないように支える。そしてもう片足で布団を掴み、少しずつ中央に移動する。 痛みが全身にジワジワ広がるのが分かる。だけど無事体を起こしてもミナが落ちないようにするまで気は抜けない。 引きずるように移動するが、重いのか上手く移動出来ない。 「うぅん…ユカちゃんのてづくりけぇきおいしそぉ…すぅ…すぅ」 寝言で嬉しそうに舌を滑らしている。こっちの苦労も知らずにいい身分だ… 後少しでミナを安全な域に移動させられる。そこでゆっくり起き上がればお互い大丈夫だろう。だが、その時。 「あ…くろいずぅ…あたしのたべちゃだめぇぇ!」 「わ、ちょ…ミナ!」 夢の中で一体何が起こったと言うのだろうか?夢の中の僕に怒ったミナは前足をバタつかせる。 寝言なのに激しく暴れるため、下手を打ってベッドからはみ出ないように慌ててミナの頭を両前足で抑えようとした。 しかし、その抑える前足を振り切るかのように僕の前足に噛み付いてきた。 「イタッ!」 痛みを堪えながらもなんとかミナを抑えようとする。しかし、それでも暴れる続ける。 止む得ず僕は今の状態で体を無理やり起こし、ミナを抑えようと試みた。 「仕方が無い、落ち着いてミナ…ってうわっ!?」 前足以上に痛む腹に力を入れ、体を起こした。しかし、その勢いでミナは僕の腹から滑り落ち、ベッドからはみ出してしてしまう。 しかもミナは僕の前足を噛んだままの状態で、床に引きよせられるように落ちていく。それと同時に僕の前足を引っ張られ、ミナと一緒にベッドから落っこちてしまった。 布団を引きずるように落ちていく二匹。 せっかく危険の無いように布団の中央に移そうと努力したのに、ベッドから滑り落ちたおかげで腹だけでなく、全身が痛む結果になってしまった。 「イタタタ…ミナァ!」 行き成り暴れるから驚いたが、この猫の寝相の悪さにはもっと驚かされる。 努力を水の泡にされたイラだちから、ミナを睨もうとした。だが、寝相よりもっと驚かされる展開がそこにあった。 「え…?」 この体勢…何かがおかしい気がしたが、理解するのに時間がかかった。 透き通るような肌色、締まりの良いスタイル。幼さが残る無防備な寝相。ベッドからはみ出てしわくちゃになったシーツ。 偶然なのか、僕の体はミナの上にに覆いかぶさるように四つん這いになっていた。 噛み付いていた前足もいつの間にか離れていて、ミナの表情からは頭を打った痛みで薄っすら涙目になっていた。次第にその瞳は静かに開いた… 「あっ」 その言葉は同時に出た。お互い、距離の近い顔を見つめあったまま、瞬きをすることも無い双方。長い沈黙が過ぎた。 ミナは瞳は涙を浮かべたまま、何も言葉は発することは無く僕の顔をジッと見つめていた。 涙目で半開きな瞳のエネコロロ。四つん這いになる黒毛のグラエナ。 その様を見たら他の人はなんて言おう。寝相の悪さに巻き込まれてこうなったなんて言い訳、誰が聞いてくれるのだろうか? そしてこの涙目のミナの目の前にして、僕はなんていい訳をすれば良いのだろうか? 誰もがその様を異常な目で見るに違いないだろう、そして完全なる非難が僕の方に集中する事はまず間違いない。 でもその心配はいらない。幸い誰も来てはいないし、誰も来る様子も無い。 扉の方に目を配った僕は、ひとまず安心した。状況が状況なだけにとても安心した。そう、爪を尖らせたにくきゅうのビンタが僕の顔を打つまでは… 部屋中に頬を叩く痛々しい音が部屋中に響いた。 今日の朝の身体報告。腹痛・手足の噛み傷・顔の三の文字引っかき傷。どれも痛い… 今日のカイナシティは雲ひとつ無い快晴の空。旅行、イベント、お祭りには持って来いの天気だ。 人の数も一段と増していき、活気ある市場は渋滞を思わせるほど人の行列を作っていた。 マスターが昨日貰ってきたパンフレットには、水のアーティスト。ルネのジムリーダーミクリが司会を務めるカイナビューティーコンテスト。 今日がその開催日なので、コンテストへの人の集中は半端が無かった。コンテストの出入り口は大きく開かれていて、その中に入る行列は蛇の様な形を作っていた。 麦わら帽子の男の子が前の様子を見ようと必死に背伸びしようとしている。途中で満員とか言って入場を断れないかが心配だ。 その日、喫茶店サティは休暇で店は開いていなかった。 いつもの帽子と服装を着用しているマスター、だがこの日はリュックを置いている。 ユカの方は、この日の為にオシャレをして来たかのように、ななめがけポシェットを掛け、黒いブーツを履き、水色の花柄ワンピースを着ていた。 僕のマスターとミナの主人ユカは仕事の無いこの日を精一杯イベントを楽しもうと二人で外出していた。 バリヤンさんとコイラーさんもボールから出してもらい、このビッグイベントを楽しむ。 もちろん、僕もこのイベントを楽しみたいからマスターに無理言って一緒に連れてってもらった。多少の怪我なんて構ってられない。 「うわー、すごい行列よね~」 「そうだなぁ、いつ入れるか分からないなこれじゃ…」 列の中央で動く気配の無いこの大蛇の渋滞を腕組しながらただジッと待っている。 「キョウノオンド、チョットアツイ。イドウハマダカー」 「おいコイラー、ちっと静かにしとかんかい!」 この行列に待ちくたびれたコイラーさんがマスターやユカ達の周りをチョロチョロと浮遊している。バリヤンさんがそれを注意するが、聞く様子はない。 まぁ僕は大丈夫だ、久しぶりの沢山に人が賑わうイベントだから、ちょっとの待ち時間くらいどうって事は無い。 ただ問題があると言えば…顔三文字の引っかき傷をプレゼントしてくれた本人の未だに落ち着かない怒りの視線が気になるくらいだ。 その張本人は僕との距離を大きく開け、横目で僕の事を睨むように見ている。 「なぁクロイズ、その引っかき傷はどないしたん?すごく痛そうやで?」 「クロイズ、キノウノケガヨリモヒドイ、モットヒドイ」 気になった二匹が僕の顔面の怪我の事を気遣うが、話したくない僕は「別に何でも無いよ」との一点張り。 もちろん原因の事なんて話すだけ無駄。もし話したら横の痛い視線の先からまた爪が襲い掛かるかも分からない。 目立つ包帯も取り外し、初めて見るコンテストに集中しよう。 「ねぇミナ?朝から何で不機嫌そうなの?」 「別に!」 ユカの質問に素っ気無く返すミナ。その痛い視線を僕にまた向けるも、僕はひたすらそれを無視すると決めている。 「か弱い雌にイタズラしてくる変態と一緒に寝ていたなんて、アタシも不覚だわ!」 別にと返したはずなのに後から言い出すミナの不機嫌な声にユカは首を捻った。ユカさん気にしないほしい。どうでもいい、不幸な事故だ… やがて列が動き出した。ようやく中に入れそうだ。 「いよいよやな、コンテストとか言うもんがどんなもんなのか見てみたいわ」 「ふふ、コンテストに出てくる人はみんなすごいパフォーマンスを見せてくれるのよ」 さっきまでプリプリ怒っていたミナがバリヤンさんに話を掛けた。 「コンテストは自分の持つ技を美しく見せたり格好良く見せる、所謂魅せる競技ね」 「ほぉ、知ったような口調やな。ミナも出たことあるんか?」 「昔私がエネコの頃言ってたでしょ?大きくなったらコンテストに出たいって、マネネの頃のアンタに話したじゃない」 言うまでもないが、バリヤンさんとミナは幼馴染だ。二人が進化前の頃よく夢を語った仲だった。 「そやなぁ、あん時はコンテストに出ると言うとったな。今はどや、コンテストに参加とかしとるんか?」 「ううん、お店が忙しくてアタシは出たことないの。それにアタシの魅力じゃコンテストに通じるかどうか不安があったし…」 「そか~、結構べっぴんやと思うけどな」 バリヤンさんの褒め上手な口調にミナも苦笑するも、満更ではなさそうだった。 「煽てるの上手ねアナタは、アタシも暇を見つけてはコンテストに向けて練習とかしてたわ」 「ほぉ~、どんな事するんか後で見せてほしいわ」 「いやねぇ、別に魅せる程の物じゃないわ。練習と言ってもコンテストに出ているポケモンの真似程度よ」 ミナは休日になるとよくコンテストに連れてって貰っているらしい。その出場者のポケモンの技を真似して練習などしている。 ポケモンコンテストなんて、ただの芸達者な人の集まりかと思った。しかし、これほどの人を集めるのだから相当なものらしい。まぁ、僕には永遠に無縁な物だ… 「コンテストヒトオオスギ、チョウダノレツ、ヤッテラレナイー!」 周りをウロチョロと浮遊していたコイラーさんが、移動の遅い長蛇の列に我慢が出来なくなり、周りの人にぶつかりそうなスピードであちこち飛び回り始めた。 「あーもう、コイラーええ加減にしときや!」 バリヤンさんもコイラーさんの行動に苛立ちを募らせ怒鳴ったが、コイラーさんは止まる事なく飛び回り続けた。 こんな事は旅の途中でもよくあった事だが、人が多いからかえって危ない。 「イテッ」 「ぬぅっ」 言わん事じゃない。バリヤンさんの注意を聞かなかったのが災いし、前方の長身の男の背中に激突してしまった。 幸い大した速度では無いため転倒には至らなかった。軽くぐらついた程度ですんだ。 マスターは慌てて前方の男に向かい、コイラーさんをどかした後頭を下げた。 「すみません、ウチのポケモンが失礼を…」 その言葉は最後まで続かなかった。その男が振り返った瞬間、マスターは驚きの表情を浮かべた。 男は全身上半身から下半身まで黒一色の服装を身にまとい、しかもこの照り付ける日差しの中、黒いマントを羽織った長身の男。 僕はその男を一目見て、自然と警戒心を露にした。印象に残る服装と男自信から放つ威圧感からして見間違いなど在り得ない。 「おやおやぁ、昨日のグラエナのトレーナー君ではないかね?」 黒尽くめの男はマスターを目にするなり、ニヤリと笑った。その不適な笑みは、昨日バトルで見せた時と変わらない。 コイラーさんがぶつかった所を手で払い、マスターに近寄った。 「これは偶然かな?昨日我輩のヤミカラスにコテンパンにされたトレーナーではないか」 「…」 嫌味交じりの言葉に、マスターは何も返さず顔を隠すかのように帽子を自分の目線まで下げ、なるべく顔を合わせない様にした。 その行為に黒尽くめの男は鼻だけをならした。そして視線の先を僕の方へ向けた。 「ほぉ、普通の奴なら動く事すら間々成らぬのに。ずいぶんと体力のあるみたいだなぁ?」 マスターに限らず、僕の体も自然とその男の事に警戒する。どうしてだろうか、この得体の知れない雰囲気に飲み込まれてしまいそうな気がした。 「…クロイズ?」 黒尽くめの男に対する警戒にミナが不思議に思い声を掛けるも、その声には気づかなかった。 僕の視線の先を見ようと首を向けるとミナは大きく口を開く。 「あ、昨日のお客さん?」 その台詞に、僕とマスターは思わずミナの方を向いた。黒尽くめの男もミナに目を向けるも、関心なさそうに鼻を鳴らす。 「ユカ、昨日この人サティに来てたのか?」 「え…うーん、昨日も人多かったからあまり覚えてないんだけど…いたかしらね?」 曖昧な答えしか帰ってこない。あんな格好の男、一目見れば忘れる方が難しいと思うが、忙しさで客の顔など一々気にとめてなどいないだろう。 「いかにも、我輩は昨日喫茶店には訪れたが?それがどうした?」 「いえ、よくブラックを頼んでいたので印象に残っちゃって…そのぉ~…」 言葉を続けようにも、黒尽くめの男から感じる威圧感みたいな物に押されて上手く口が開かなかいようだ。 「ふん、この猫もお主の手持ちか?」 「いや、連れのポケモンだ」 その男の質問に対しギリギリ顔が見えるまで帽子を上げて答えた。 「ハハ…すみません、私のポケモンがご無礼をおかけしまして…」 「そっちのポケモンか?」 黒尽くめの男はユカの方に顔を向ける。ユカはミナ同様反応に困った様子だが、なんとか答える。 接客になれてるユカでさえ、笑顔が引きつってしまっている。どうにもこの男、僕やマスターだけでなく他の者にとっても近寄り難いようだ。 「まぁいい、生憎我輩は黒い物以外興味はないのでな。ぶつかった事は特別許してやろう」 また言った、この男は何故か黒と言う物にこだわっている。服装もそうだが、手持ちにしているポケモンも黒色だった。 何か意味でもあるのだろうか?それとも異常なくらいの黒好きなだけなのか? 一度訪ねてみたいが、とてもそんな雰囲気では無い。黒尽くめの男はマントをひるがえし、コンテスト会場の方へ足を進めた。 「…そう言えば」 前を行く黒尽くめの男の背後に声が掛かる。声の主はマスターだった。男は足をピタリと止めた。 「昨日お互いバトルした時、名前を名乗って無かったな…」 「何だと?」 「バトルを承諾した時、互いに自分の名を名乗る。それがトレーナー同士の礼儀ってもんだ」 トレーナーとポケモンバトルを行う時、互いのトレーナーは自分の名を名乗ってから初めて勝負をする。ポケモントレーナーの間ではこれが相手に対する礼儀とし、常識となっていた。 ポケモンバトルに限らず、あらゆるスポーツ面でも相手と対峙するとき最初は礼儀で始まり、礼儀で終わる。 スポーツマン精神に則った、正々堂々と真剣勝負をすると言う気持ちを表しているからである。 マスターと黒尽くめの男と勝負をした時、戦うだけの気持ちが優先し、名乗る事を忘れていたからだ。 「昨日俺はじいさんとバトルしたよな?あの時名前を名乗るのを忘れていたけど…」 「それがどうかしたか?我輩は弱い奴の名前など一々気になどとめぬわ」 その侮辱を含んだ男の言葉に、ユカの表情が苛立ちに曇った。確かに負けはしたが、真剣にバトルをした相手に対する礼儀ではない。 ユカだけでなく、バリヤンさんやコイラーさんもその男を睨んだ。もちろん僕もマスターを侮辱するこの男を許せない。 しかし、マスターはそれに動じず、続けた。 「俺の名前はユウタだ。コトキタウン出身だ」 「ふん…」 遅れた自己紹介に男は関心無さそうに鼻をならす。すると男も遅れながら口を開く。 「我輩の名は、クロカゲだ。これでいいか?」 クロカゲ…忍者みたいな名前だが、容姿が容姿で誰も忍者とは思わないだろう。むしろ悪の組織のボス見たいな雰囲気がピッタリだ。 「あぁ、覚えておくよ」 「勝手にするがいい、要が済んだのなら行くぞ!」 そう言っうと男はさっさと前を進み、人ごみの中に紛れ、見えなくなってしまった。 「もう、何あのおじさん!ユウタの事馬鹿にしたような言い方して!」 ユカが苛立ちにクロカゲが消えた方をずっと睨む。そこへマスターがその肩へ手を掛けた。 「気にする事はないさ」 「でもユウタ!」 「トレーナーの中にはああ言う奴もいるんだ。そんな奴の事を一々気になんてしていたら疲れるだけだ。それよりコンテスト見に行くんだろ?」 マスターの静止にユカは半分納得いかない表情をするも、どうにかその苛立ちを収めた。 バリヤンさんの方は腕を組み、クロカゲが消えて行った方をずっと睨み続けていた。 「ほら、皆いくぞ。席が取られちゃうぞ」 マスターが先人を切って列を進みだした。僕もそれに従うように着いて行った。ミナも僕に続くように着いて来る。 「ねぇクロイズ、さっきの人がアナタと戦った相手なの?」 「…そうだね。もっとも敵わなかったけどさ」 「その傷の様見れば分かるわよ。体の傷や顔の傷見れば誰が見ても明らかよ」 体の傷はともかく、顔の傷はミナの物だぞ… 「ふぅ、それとミナ。君はあの男が客で来ていたって言ってたよね?」 「まぁね~、アタシはいつもと同じくらい明るく笑顔で挨拶したんだけど、ちっとも関心を持たないのよ。失礼しちゃう!」 「黒い以外興味無いって言ってたよなぁ…」 黒い物ばかりに関心を持つ男の趣味に疑問ばかり残る。もっとも黒いのは所持している物だけではないけどな… 「はぁ…」 「どうしたの?」 「いや、あのクロカゲと言う人。マスターの事弱いと馬鹿にしたけど…それも僕が戦いに負けてしまったのが原因じゃないかって思って…」 「え?」 僕の言う事に疑問を持つミナ。 「僕が、もう少ししっかりしていればマスターがあんな風に言われなくて済んだのに…情けないな、僕…」 僕自身、自分を呆れてしまっている。 マスターを侮辱したクロカゲの事は許せないが、元々僕自身がヤミカラスに勝ってさえいればあんな風に言われなくて済んだかもしれない。 そう思うと、なんだか無性に自分が情けなくなってくる。ミナを横目に溜め息をつこうとした、その瞬間… 「何でそう思うの?一生懸命戦ったのでしょう?」 「一生懸命だったのは確かだよ。でも、バトルは結果がすべてだ。負けてしまってはなんの意味もない。マスターに恥をかかせた今の僕は負け犬だ…」 自分でも自虐的だと思った。でも言わずにはいれなかった。あの時の敗北で自分の中でもやがあった。 「馬鹿ねアンタ!」 ミナが僕の横で大声で怒鳴った。驚きの余り、口が閉じてしまった。 「アンタ、そんなに自分が強い存在じゃないといけない訳?アンタの主人が馬鹿にされたのは全部自分自身のせいだと思ってるの!?」 「ミ…ミナ?」 行き成りの大声に周りの視線が僕とミナの方に向く。だがミナはお構い無しに続ける。 「クロイズの言っている事はただの自惚れよ!勝負の負けが一匹個人だけの原因なんて勝手だわ!」 「…そうかな?」 敗因がすべて自分自身のせいだと考え込んでいた僕を身勝手だと怒った。 「アタシはバトルの経験なんてほとんどないから敗北した気持ちがどんなのかなんて分からない、でも全て自分の思い通りになるなんて在り得無いわ」 「ソリャソーダ、ソリャソーダ」 「アンタは黙って!」 茶々入れた事を怒られ追い払われたコイラーさん。しぶしぶと何処へと浮遊して行く。 「どんな風に負けたかは分からない。けど自分の尊敬する人の為に懸命に戦ったのでしょう?」 「それは…そうだけど…」 自信の無い返事しか出来なかった。そんな僕の心境を見通したのか、真剣な眼差しで言った。 「なら、誇りを持ちなさいよ。勝ち負けで自分の価値を決めちゃだめ」 その言葉は僕を困惑させた。僕にとって勝負の結果は、尽くすトレーナーに対する恩義だといつも思っていた。 強くなり、勝つ事が自分にとってマスターの恩を返す事が今の僕のすべてだった。けど、それは僕の勝手な思い込みなのか? 今のミナの言葉は僕の思想を大きく揺らした。 「……」 下を向き、考え込む僕にミナは肩をすくめた。 「ふぅ、そんなに落ち込む事ないわよ。次勝てばいいじゃない」 「…そうかもしれない、ミナ…その…」 「もういいわ、それよりもうすぐ入り口よ。早く見に行きましょう」 何か言おうかと言葉を探していると、ミナは最後まで聞かず、コンテスト会場へと進んだ。 ミナは僕やマスターを追い抜き、コンテスト会場の入り口へと急いだ。今朝の機嫌の悪さは何処へ行ったのやら。 「あ、まってよミナ。もぅ!」 ユカも慌ててミナの後を追う。僕らもそれに続く用に後を追っていった。 気にする事は無い。そう、マスターの言う通りだ。敗北一つ、相手の罵りを気にする必要は無い。 ようは次は勝てるようになればいいんだ。 もし次のバトル、あのクロカゲとバトルする事になったら、その時は精一杯力を出し、そして勝ってやる。次は負けない。 そんな事を考えながら、僕達はもうコンテストの入り口に到着した。 入り口の前に置いてある看板を見つけた。看板には参加者の受付と一般の来客用の出入り口の方向が書かれてあった。 僕達は列の移動に従うまま、一般の来客用の出入り口の中に入って行った。 会場内へ移動する通路もまた人の行列が続いていた。 「外もすごい人だったけど、中も同じくらい凄いなぁ」 「大イベントとは聞いていたけど…コンテストってこんなに人気があるなんて知らなかったわ」 コーディネーターを夢見ていたユカも、この人の多さに驚いていた。これでは席に座れるどころか、会場内へ入れるかどうかさえ危うい。 そんな事を考えながら僕は周りの人に注意しつつ、前を進んでいた。そんな中、妙な会話を耳にした。 「なぁ、ネットで調べた情報は確かなのか?」 「間違いないって、このカイナの何処かに指名手配中の男がいるって!」 トレーナー風の服装をしている金髪の少年がカイナ案内図を広げて見ている。指名手配された人間がカイナのどこかにいるなんて物騒な話だ。 「見つけたら盗難被害者からでかい謝礼がもらえるんだから、絶対見つけようぜ!」 「それはそうだけどよ。思ったより人多くないか?」 「何せ警察から漏れた情報だからな。他のトレーナーもそれを知ってカイナに集中したんだろう」 「なぁ、その情報って信用できるのか?」 「間違いないさ、こいつは泥棒する前に犯行予告するんだってよ。警察はこの事を極秘にしてたみたいだけどな」 金髪の少年は、懐から一枚の写真を取り出し、もう片方の眼鏡を掛けた少年に見せた。 複雑な表情を浮かべるもう一人の少年。僕の姿勢じゃその写真に何が写っているのか知りようが無い。 「ふーん、全身黒尽くめなんだな。変なの」 その言葉に、僕の足は一瞬止まった。まさかとは思ったが、もしや… 「顔に覆面してるから誰かはわかんないし、どうやって捕まえるんだよ?」 金髪の少年は眼鏡の少年に耳に口を近づけ、誰にも聞こえない声でヒソヒソと話し始めた。 僕は軽く溜め息をついた。覆面をしているという事は年齢が若いのか年寄りなのか特定の仕様がない。 それに、もしあのクロカゲがその泥棒だと言うのなら、わざわざ顔を晒して町の子供と悠長にバトルなんてしているはずがない。 流石の僕もあのクロカゲと言う人物にこだわりすぎなのかもしれない、忘れよう。 「ねぇ、クロイズ」 「え…何?」 「アンタさっきから考え込んだり溜め息ついたりしてるけど、まだ気にしてるの?」 気になったミナが僕の事を心配そうに見つめている。 何事もないように首を軽く振るが、それでもミナは疑り深い眼差しで見つめている。 「やっぱり気にしてるんでしょ?」 「気にしてないよ…」 「嘘、気にしている顔よそれ」 「違うって…関係ないだろ…」 否定しているのに何度も聞いてくるミナに流石に鬱陶しくなり、無視しようとしたが。 「何よ、ムキになっちゃって。やっぱり気にしてるんでしょ!」 ムッとしたミナが突っかかるように決め付ける。どうしてこの猫はこう突っかかるんだろう。 雌はもともとあまり扱いを得意としないが、ミナはその中で特に扱いにくいタイプだ。 こうも相手していると、クロカゲの事や昨日のバトルの事がどうでも良くなってしまいそうになる。 「わかったよ、わかった…これでいい?」 「ふぅん、アタシがせっかく心配してあげてるのに、アンタってそういう態度をとるわけねぇ~。ふ~ん」 面倒くさく適当に返すが、ミナは納得しない表情をしていた。っと言うより表情では笑っているものの、瞳は怒っていた。 はぁ…なんでこう…雌って扱いにくいんだろう。マスターとは長い間旅をしてきたが、自分のメンバーに雌と言う生き物がいない事をこの時始めて感謝した。特にミナは… 「あ、何よその顔~!面倒くさいなぁ…みたいな顔しちゃって!失礼ね!」 呆れた僕の顔が気に入らないのか、余計に突っかかってくる。出来ることなら無視したい所だが、そんな事したら周囲の事を気にせず激怒するかもしれない。 「別に、そんな事ないよ。ミナが勝手に思い込んでるだけじゃないか?」 「何よもぅ!アンタってほんと可愛く無い!」 「あーもぅ、分かった分かったよ。ミナの言うとおりさ」 ミナのしつこさに観念した僕は、ミナの機嫌を損ねまいと曖昧な言い方で納得をした。 「フン、今度は解ったふりですか~。ほんっと失礼しちゃう!」 またこれだ…。昨日の夜と同じだ。小さな事で揉め事が起きる。僕なりに返すと怒るし、かと言ってこちらが引いてもこの結果。 どうしてミナはこう面倒な性格をしているのか疑問に思う。 「なんや、クロイズとミナはもう仲良しになったんか?お似合いやで~」 僕達のやり取りをみたバリヤンさんがニヤニヤしながら言い出す。何処をどうみれば仲の良い二匹に写るのだ? 「ち…違うよ、ミナが五月蝿くて…」 「あー、アタシの心配を五月蝿いですって?もうムカツク!この馬鹿犬!」 思わず口から出た言葉にミナが怒り出し、僕の頭をミナが前足で乱暴に触れてきた。 押さえつけようとする前足に僕は思わず抵抗するが、離そうとはしなかった。 「ば…馬鹿犬って何だよ、やめろよミナ…イタタッ」 「五月蝿い馬鹿犬!こらぁ!」 前足から微妙に突き出ている爪に僕の頭部に触れ、痛い。 騒がしくなった僕とミナの周りには、何事かと目を点にした人の注目していた。それに真っ先に気付いたのは僕だが、ミナは気付いておらず、未だに僕の頭部を乱暴する。 無論、顔を赤くして他人の振りをしているマスターとユカを除いては。 「何とか言えー、この馬鹿犬~!」 そんな僕達のやりとりを汗を流しながら見つめる大人に、おかしそうにクスクスと笑う子供達。微笑ましくコンテストの為に持ってきたカメラで僕達を写す老夫婦の姿。 あぁ、今日はなんて最高な日なんだ。顔に格好の良い顔の傷を付けてくれた上に、こんな狭い通路で周りのギャラリーの視線を独り占め。 今日ほど僕の記憶に、「大恥」と言う名の思い出が刻まれた事はなかった。ミナに大感謝だ!畜生… 神様がもしこの世にいらっしゃるのなら、今すぐ僕の記憶からこんな茶番劇の思い出を盗んで欲しい… 落ち着くまでに一時の間、周りの視線をチクチク感じた。 やがてミナの怒りが収まった頃には、僕とマスターは微妙な距離を開けたまま、移動した。 そっぽを向いたミナを横目で睨みながら、待ち望んでいたコンテスト会場の観客席へと向かった。 「コノニヒキ、アーホアーホ」 コンテスト会場の中。 ドーム場に広い観客席、映画館の様にズラリと並べられている席は200、300人を収容可能なほどの広さを誇っていた。 例えるなら、球場ドームが当てはまる。観客席に辿り着いた僕達を待ち受けていたのは、観客席を埋め尽くすほどの人だかりだった。 あれほどの行列を作っていたほどだ、席が全部埋まるくらいはある程度予想はしていたが、やはり実際見ると驚かされる。 予想以上の来客に、緊急対応をしているジュンサーの姿が確認できる。座る席に恵まれなかった人は、緊急に設けられた後列のスペースに、パイプ椅子を並べられた席へ誘導されている。 だが中には座らなくていいから一番前列のフェンス前に立ち見する者もいた。 「想像はしていたけど、座る所全部埋まっちゃってるなこれは」 「そうね、私達はどうしようかしら?」 マスターは辺りに座る席が無いかと見回すが、人ばかり見えて、空いてる場所なんて見当たらない。 「しょうがないから、アタシ達は前の所で立ち見しましょ」 ミナが前足を出し、前列の席の人の邪魔にならないフェンスの前で場所を確保している人を指した。 「そうするか、それじゃそこにしよう」 沢山人の行き交う観客席の通路を通りながら、ようやくフェンス前に辿り着いた。 ここはコンテストを見るのには一番良い。後ろの前列の邪魔にならない用に、端側で見る事にした。 僕とミナは、フェンスから身を乗り出すような形で、コンテストのフィールドを眺めていた。 「もうすぐね」 ユカは身に付けていた腕時計を見て、コンテストの開始時刻を確認した。時計の針は開始まで残り僅かを刻んでいた。 「実は俺、コンテストを見るのって初めてなんだ」 「そうなの…そうだ、私何か飲む物買って来るから。ユウタは何がいい?」 「そうだなー、とりあえずコーラお願い。お前達は何がいい?」 「僕は何でもいいよ、ブラック以外はね…」 あまり飲みたい気分ではないが、とりあえず適当に答えた。もっともブラックはごめんだけど。 「あら、ブラックはお気に召さなかったかしら?」 「しょうがないだろ…あれ、苦いんだから…」 あの飲み物は記憶に残るほどの味だ。だからどうしても無理だ。それを面白そうにミナが笑う。 「フフフ、ブラックは大人の飲み物だからね。クロイズはまだお子様かしら?」 僕の弱点を突いたかのように前足を手に当てて嫌らしく笑みを浮かべた。 「…うるさいな、誰にだって苦手なものあるじゃないか」 「フフフ」 ミナとそんな事を話している間に、会場の証明が突然と薄暗くなってきた。 思わず辺りをキョロキョロと見回してみる。まわりがざわめく中、やがて一筋の光が差し込んだ。 「長らくお待たせいたしました。カイナシティコンテスト会場ににお越しいただき、誠にありがとうとございます」 観客の注目が集まる中、ステージの中央に立つ女性の司会者がマイクを片手に観客向けて挨拶を述べた。 「遥か彼方、この日の為に腕に磨きをかけたコーディネーターの皆様が集まるこの会場で、美しさを極めるコンテストに、新たな歴史の一ページを刻まれようとしています ポケモン達が見せるその美しさに、息をするのを忘れてしまいそうになりそうな展開が待ち受けているかもしれません。観客の皆様が見守る中、一体誰が、優勝リボンを手に入れるのでしょうか? 唯今から、カイナシティ初のビッグイベント。ポケモンビューティーコンテストを開催いたします」 ゆっくりと両手を広げた女性司会者の最後の台詞と同時に、コンテスト会場の照明が一気に点灯した。その照明と共に、観客席から黄色い声援が、会場全体に響いた。 ステージにはすでに参加するコーディネーター達がステージの両端に並ぶように立っている。 再び周りをキョロキョロとしてしまう僕。ミナはまっすぐとステージを見て目を輝かせていた。 観客の歓声に包まれたこのコンテスト会場で今、コーディネーターが己の技量と美しさを競う競技が幕を開けたのだ。 「次は、今回の厳しく、優しく採点をして頂く、審査員のご紹介をさせて頂きます。大会審査員長、コンテスターさん。そして、今回のゲストである水のアーティスト!ミクリさんです! 続いてカイナシティ、ポケモンセンターのジョーイさん…は今回は事情により、出られなくなり、代わりにポケモン大好きクラブの会長…」 女性司会者が審査員の紹介を淡々と済ませている中、僕はあまり興味がないから。大会の参加者の方に顔を向けた。 基本的女性の方が多い、服装も派手なのが目立つ。ドレスやらタキシードやら…またやジェントルマン風もいる。 美しさを競う競技なだけに外見に力を入れているのが分かる。そこまでするほどの目的があるのだろうか?強くなる事にこだわる僕には今一よく理解できなかった。まぁ、どうでもいっか。 「ん?」 コーディネータ達の顔も見飽きて、不意に頭上の大きな照明器具に顔を向けたその時、一瞬司会に気になる物が映った。 照明の光がまぶしくてはっきりとは見えないが、確かにそれはいた。 尖り帽子を被ったような鳥か何かが、頭上の照明器具に乗って、こちらを見下ろしているのが分かる。 「なんだ…あれ?」 「おまたせユウタ、コーラね」 「あぁ、サンキュー」 飲み物を持って戻ってきたユカ。マスターは貰ったコーラを片手に口をした。隣で僕が頭上を見上げる姿を見て不思議がったマスターは。 「どうした、クロイズ?」 僕はマスターの問いに答えず、ただ頭上のそれをじっと見つめていた。 「駄目だ…眩しい…!」 よく見ようとしても、強烈な光でまぶたが遮られる。暗い所なら慣れているのに、照明の光には負けてしまう。 「クロイズ?どないしたんや?」 「上に、何かいる…」 「上?」 マスターとバリヤンさんが不思議そうに僕と同じ頭上の方に目を向けた。 「何もおらんで?気のせいちゃうか?」 そんな事はない。確かにそれは照明器具の上に乗る様にステージを除いているだが、二人には照明の光以外何も見えていなかった。 「あ、見て。すごく綺麗な石!」 ミナの一言に、マスター達の視線がそっちに集まった。 「さて、今回の大会は優勝者にはリボンだけでなく、こちらの豪華商品も用意されております!」 女性司会者が背後の審査員席の後ろに置かれてあるガラスケースを指した。黒光りするとても綺麗な石が置かれてある。見た事もない石だ。 「カントー、ジョウト、ホウエンでは見られない、シンオウ地方のみに見られる、まだ少量しか発見されていない進化の石と呼ばれる『やみのいし』が譲渡されます」 「へぇ…あんなのがシンオウにあるんだ。黒いのに綺麗…」 初めてみるやみのいしにユカが見とれている。他の観客もまじまじとその石を見ていた。 ただ僕だけは、未だにそこを動かないそれに視線が行く。明らかに怪しい… 「それでは!一次審査はポケモンの使う技で見せる、華麗なるイリュージョンで審査員にアピールしてもらいます。どうぞ!」 コンテスト一次審査が始まった。最初に出てきたのはジェントルマンの老人だ。杖を片手に、頭に被せてあるシルクハットが紳士的なイメージを強くしている。 ジェントルマンは懐からモンスターボールを取出すと、それを宙に放り込んだ。光る閃光から放たれたのは、翼いっぱい広げたヨルノズクだった。 会場の上を、ゆっくりと優雅に飛行する姿を見た観客から暖かい歓声がとんだ。ヨルノズクはそれに答えるように、華麗に宙返りを見せる。 ジェントルマンの指示でヨルノズクからシャドーボールを上空で放った。そして、翼を広げて急上昇をしたヨルノズクは、自ら放ったシャドーボールを突いた。 弾け飛ぶシャドーボールの残骸、まるで花火のように辺り一面にチラチラと降り注いだ。シャドーボールの花火だ。コンテストに興味のなかった僕は、それに魅了されていた。 「すごい…あんな技でこんなのが出来るんだ」 ただの技、ゴーストタイプの技と言われている幽霊の砲弾。綺麗でも何でもないと思っていたただのシャドーボールが、こんな風に演出出来るとは思わなかった。 その次もすごかった。青白いドレス姿に身を包んだ長髪の子がスターミーを繰り出した。 スターミーは上に向かってハイドロポンプを放出する。上に放出されていく水は、やがて重力に従い下に落ちていく。その様子はまるで雨でも降らすかのようだった。 そこでスターミーはトレーナーの指示でふぶきを繰り出した。重力にしたがって落ちていく水の雫はたちまち凍り、氷の雫となった。 すかさず今度はサイコキネシスを繰り出した。氷の雫と化した水は宙に浮き、スターミーとトレーナーの周りを浮遊する。そしてスターミーはその氷の雫をコントロールし、一箇所に集め始めた。 パズルのように組み合わせていく氷の雫は、やがて一つのオブジェクトとなった。 「これはすごい!氷の雫と化した水が集まり、氷のシャンデリアとなりました!」 照明灯の光に照らされて、ダイヤモンドの用に照らされていく氷のシャンデリアは、見る物を魅了した。 ハイドロポンプ、ふぶき、サイコキネシス、これらの技が合わさって、芸術を生み出していく。僕には理解し難いと同時に、神秘的にも思えた。 今度はワタッコだ。ステージをフワフワと飛ぶように跳ねている姿を愛らしく魅せる。 ワタッコはやどりきのタネとわたほうしを辺り一面に放つ、軽いその胞子は宙をフワフワと浮かんでいる。 次ににほんばれを繰り出した。会場内は技によって発生した強い日差しに包まれる。次は何をするのかと思うと、今度はこうごうせいをおこなった。 何をするのかと疑問に思う中、それはステージで起こった。 先ほど放ったやどりきのタネが芽を出し、ゆっくりと地面から伸びてきたのだ。そこでわたほうしがゆっくりとその芽に付着した。 何がどうなってるのか、理解するのに時間がかかった。やがて僕はそれを理解した。 やどりきのタネから出た芽に沢山のわたほうしが付着し、一面花が咲いたように見えた。そしてにほんばれとこうごうせい。 まるで『光合成をする花園』だった。太陽の恵みを受け、喜ぶように咲き乱れる花の自然的なアートが審査員達と観客達を魅了したのだ。 「なんと自然的でしょうか、やどりきのタネに付いたわたほうしが花となり、辺り全体が花園となりましたぁ!」 惜しみない拍手が飛んだ。ミナはその光景にうっとりとしている。僕だけは、ただ呆然としていた。 にほんばれとこうごうせい、この組み合わせは自分がピンチの時、体力を完全に回復させると言うコンボ技として知られている。 だが、技としてだけでなく美術としても活かす事ができるのに驚きが隠せなかった。 「どう、クロイズ?」 「え?」 呆然と見つめていた僕に、ミナが声を掛けてきた。 「バトルだけじゃなくて、こういうのも良いでしょ?」 笑顔で優しく問いかけるミナに、僕は少し照れくさそうに頷いた。 沢山のコーディネーター達が己の腕と美術を競い合い、より美しいパフォーマンスを魅せる。 今までバトルが、強くなる事でいっぱいだった僕にとって、皆の見せる美術的な技のパフォーマンスは心の奥に届いていた。 時間を忘れるような一時を観客達に魅せるのが、ポケモンコーディネーター。美しさに関心を持たない僕でさえ、その光景に目を奪われていた。 ミナがコンテストに出るのを夢見るのも納得がいく。もっともミナは、その夢を適う事は出来なかったけど、こうして見るだけでも、今の彼女にとっては幸せなのかもしれない。 色々なコーディネーターとポケモンが繰り広げ、会場を盛り上げる。どのトレーナーも、他者の追随を許さない見事な演技を魅せていった。 一次審査も終盤に近づいてきた時、見覚えのある物がステージに顔を出した。 「さぁて、次の参加者は…クロカゲさんです!」 「あぁ…!?」 マスターとユカ、そして他の皆も驚きの声をあげた。見覚えのある全身黒尽くめの服装、顔、間違いなかった。 「あのおじさん…この大会の参加者だったんだ…」 観客の歓声を気にする様子もなく、クロカゲは観客席を一瞥し、鼻で笑った。 「それではクロカゲさん、どうぞ!」 「ふん…やかましい物共だ…出るがいい!ジーク!」 「ふん…やかましい連中だ…出るがいい!ジーク!」 クロカゲがボールを高らかに投げた。ボールが開き、出てきたのはヘルガーだった。 ヘルガーは外見的に見ると外国の宗教などが想像してそうな悪魔のイメージがあるポケモンだ。他の人はヘルガーを見て、怖がる人も少なくは無い。 デルビルから進化するポケモンだけに強さも油断ならない。しかし、クロツグのヘルガーは特別だった。 体は一回り大きく、赤く鋭い眼光は、まるで獲物を探すかのように睨み、爪も鋭く尖っている。何よりヘルガーの特徴と言える角は、他のヘルガーよりも大きく、鋭かった。 一見しただけでインパクトを与える体つきは、周りのポケモン達を近づかせない雰囲気があった。 観客席からは、そのインパクトに驚く人もいれば、羨ましそうに見る怪獣マニアから、顔をしかめて怖そうに見る子供もいる。 そんな観客達の反応を気にとめる様子もなく、クロカゲは顎をしゃくると、ヘルガーは突然遠吠えを始めた。 肺の奥底から吐き出すような、低い呻き声とも言える遠吠えを会場いっぱいに轟かせた。 「うぅぅおぉぉぉぉぉぉぉん…うぅぅおぉぉぉぉぉぉぉぉん…」 会場内は重い空気に包まれたかのようにしんとした。観客席からはざわめく声が聞こえてくる。 何か芸を繰り広げるわけでもなく、技を繰り出す事もない。審査員席からも動揺の表情が覗える。 「あのヘルガー何をやっているの?」 「訳がわからんなぁ…それにしても気味の悪い遠吠えやで」 「イミフメイー、イミフメイー、リカイクルシムー!」 首を傾げるユカ、マスターはただ黙ってクロカゲの方を見ていた。 クロカゲは何も指示を出す事なく、薄ら笑みを浮かべてヘルガーを見ていた。まるで何かをたくらむかのような、そんな悪徳奉行の笑みだった。 呻き声ともとれる遠吠えは1~2分間続いたが、僕からすれば10分ぐらいは続いたかのような気分だった。 「あ…あのクロカゲさん…これは何のパフォーマンスなんでしょうか?」 重苦しい雰囲気に耐え切れなくなった女性司会者がクロカゲに答えを求めようとした。しかし、クロカゲは答える様子をみせず、ヘルガーの方のみを見ていた。やがて観客席からは。 「あの男、コンテストをバカにしてるのか?」 「なによあれ…気持ち悪い!」 「ウホッ、あのヘルガーコワカッコイイ~」 ブーイングがでそうな雰囲気になっていく。審査員ミクリの表情には苛立ちが見え、他の審査員は困惑している。 神聖なステージにそぐわないクロカゲの態度は、コンテストを侮辱している感じに見られてきていた。 だが、この後僕は、驚愕させられた… 「…ジーク、かえんほうしゃ…目に物を見せてやるが良い!」 ようやく口を開いたクロカゲが、技の指示と同時に指を鳴らした。するとヘルガーは、静かに遠吠えをやめ、下を向いた。そして再び顔を起こしたその瞬間…! 「キャアアアァァ!」 「うわぁ!?」 「ママァ~」 「ひゃあああぁばあさんわしのこしがぬけてしまってどうにもこうにもあいたたたた」 重苦しいかった会場全体が、一同に悲鳴の声に変わった。 ヘルガーは顔を起こすのと同時にとてつもない火炎を放ったのだ。この技は僕も知っている、炎タイプの基本的な技であるかえんほうしゃだ。 普通のかえんほうしゃは、一直線に向かって火炎を放つ技だ。しかし、ヘルガーの見せたかえんほうしゃは並半端ではなかった。大人丸ごとを包むくらいの火炎が会場全体に飛び出てきたのだ。 天井の照明器具に届くほどの大きく太い炎の柱が天を仰いだ。まるで地獄からこの世から飛び出したかのよな炎。観客達はそのおぞましい悪魔に目が釘付けだった。 ヘルガーゆっくりと顔を左右に移動しながら、地獄の炎を観客達に向けた。弧を描くように炎はいかにも人を飲み込みそうな迫力を見せた。 観客席からは、恐怖に悲鳴をあげる人や思わず身を隠しだす人、泣き出す子供までいた。中には興奮してその場でジャンプしだす輩もいた。 審査員席からも驚愕の表情を浮かべ、それに目を奪われていた。 僕とてその例外じゃなかった。ヘルガーの見せた地獄の炎の前に、表情が引き攣ってしまい、身を引いてしまう。 「キャッ!」 ユカが恐怖でユカの胸にしがみついた。地獄の炎を睨みながら、黙って受け止めた。 パニックになる会場内で、クロカゲは満足そうな笑みを浮かべていた。 「ははは、どうだ素晴らしいパフォーマンスだろうそこの司会!」 高らかに笑い声をあげたクロカゲは、先ほど声を掛けてきた女性司会者に向かって荒々しく言う。 女性司会者は衝撃のあまり、腰を抜かし、その凄まじい火炎放射を恐ろしげに見ていた。言葉を返す余裕もないようだ。 「さしずめこれは、地獄の火炎柱とでも言うかのぅ!ハーッハッハッハッハッハ!」 黄色い歓声に包まれていた華やかなコンテスト会場は一変し、悲鳴が沸き起こる地獄絵図となった。 いくらパフォーマンスとは言え、こんなの芸でも美術でもなんでもない。ただの恐怖のショーだ!。 離れていても伝わってくる炎の熱に負けずにステージ中央で高らかに笑っているクロカゲを一瞥した。すると、何かが見えた。 見覚えのあるそれは、照明器具の上でステージを見下ろしていた奴だった。地獄の火炎柱を物ともせず、避けるように急降下してくる。 それはクロカゲの背後を過ぎると、審査員席の後ろをも通り過ぎた。 やがてそれは、やみのいしが置かれてあるガラスケースの前に止まる。 「あいつ、何が目的…暑っ!」 見逃すまいと顔を近づけて正体を見ようとした。だがヘルガーの放つ凄まじい火炎放射の熱に負けてしまい、顔を反らしてしまった。 そいつの姿は炎の柱によって遮られてしまい、完全に見えなくなってしまった。 「もういい、止めるんだ!十分だ!」 永遠に続くと思ったヘルガーの火炎放射の最中、審査員席から荒々しい声が飛んできた。 「これ以上続ける必要はない。すぐにそのかえんほうしゃを止めさせるんだ!」 「この絶景を何故止まそうとする!素晴らしいこの上無い極上のアートではないか!フハハハハ!」 注意をする審査員の声を、しかしクロカゲは全く止めようともしなかった。まるでパニックになっているのを楽しんでいるかのように。 「ハイドロポンプ!」 声と共に、クロカゲの背後からハイドロポンプが飛んできた。そのハイドロポンプはヘルガーの放つ火炎放射にぶつかり、水蒸気となって鎮火した。 声の主はルネのジムリーダー、ミクリだった。観客の恐怖する姿のあまり、ヘルガーの技を中断させたのだ。 「…チッ、邪魔をしおってからに!」 自分の背後を睨む。ハイドロポンプの放ったミクリのミロカロスを鬱陶しそうに舌打ちをした。 「ここはホラー会場ではない!ポケモン達の技と美しさを競い合うコンテストだ!」 ミクリの言葉に、クロカゲは鼻で笑うと同時にミクリの背後を覗った。何を見ているのか不明だが、それを確認し終えるとまた薄ら笑みを浮かべた。 「これはこれは、つい調子に乗ってしまって申し訳なかったなぁ。ジムリーダー殿?」 済まなそうにするが、嫌味交じりな態度で反省する様子は聊かも覗えない。 「こいつは我輩の手持ちになってまだ日が浅い故、少々度が過ぎてしまったようだ。どうかご容赦願いたい…」 そう言いながらヘルガーを自分のモンスターボールの中に戻していく。だが… 「キャァッ!」 「ムッ?」 女性の悲鳴が聞こえた。ミクリは悲鳴の聞こえた方を向いた。 クロカゲが戻そうとしたヘルガーが、モンスターボールの閃光を避け、突然走り出したのだ。その行く先は…僕達の方だった。 「ジーク!!!」 クロカゲが怒鳴る。モンスターボールが再び閃光を放ち、ヘルガーを捕らえようとするが、ヘルガーはそれを無視するように交わしてまっすぐにこっちに近づいてくる。 「な…何だ!?」 マスターの胸にしがみついたまま怖がるユカを守るように前に出る。バリヤンさんとコイラーさんが咄嗟に構えた。ただ事じゃないと、本能が察知したのだろう。 僕も構えたが、体に違和感を覚えた。ミナが僕の体にすがるように震えているのがわかる。その怯え様は、まるで自分が狙われている感じだった。 「ミナ?」 「いやっ…来ないで…!」 寒さに震える子猫のようなミナを、僕は守る一身で身構えた。ミナの言葉通り、そのヘルガーはミナの方に目を向けていた。 ミナが危ない! 「この馬鹿者が!ニューラ!」 苛立ったクロカゲがもう一つのモンスターボールを取出し、ヘルガーの方に投げた。 モンスターボールから飛び出したニューラはクロカゲの指示を聞くことなく、ニューラは電光石火で観客席に飛び移ろうとするヘルガーの頭上を鋭い爪で叩き落した。 もう少しで観客席に飛び移る所だった所を、クロカゲのニューラが阻止した。土埃を巻き上げて地面に叩きつけられたヘルガー。すかさずクロカゲはモンスターボールでヘルガーを戻した。 赤い閃光がまっすぐとヘルガーを捕らえ、ボールの中に入れられた。 「まったく…この恥晒しが!戻れニューラ!」 腹を立てながらニューラもボールに戻す。会場は呆然としている中、ミクリがクロカゲに歩み寄った。 「コーディネーターなら、ポケモンをきちんと慣らしてから会場に来てほしいものだ」 「ふん、失礼する」 ミクリの注意を聞く様子もなく、鼻を鳴らして会場を出て行こうとする。 「え…あの…コンテストは?」 「辞退する!」 女性司会者に激を飛ばすように言い、コンテスト会場を後にした。クロカゲが会場から出て行った後も尚、会場内は重い空気が漂っていた。 「ミナ、ミナ大丈夫?」 安心しきった僕は、体にすがっているミナに声を掛けた。 「ウッ…ヒクッ……」 肩を震わせて泣いているのがわかる。僕はそんなミナに肩をよせて慰めた。 「大丈夫、もう行った。怖がる必要はないよ…」 「ヒクッ…あいつ…あいつ…アタシの事見てた…」 「え?どういう事」 心配したユカが聞いてきた。ミナはクロイズにすがったまま、泣きながら続ける。 「アタシ…一瞬あいつと目があって…そしたら急にこっちに来たの…」 「怖かっただろう、もう大丈夫だよ」 「何だったんだあのヘルガーは?様子を見ている限り、主人の命令を聞く様子がなかったが…」 冷静に先ほどのヘルガーを分析しているマスター。 「大丈夫ミナ?もう、何よあの人!人に迷惑かけて謝りもしないで…!」 ユカがクロイズからミナを離し、自分の方に抱き寄せて慰めた。 「え~…多少トラブルもありましたが、気を取り直して次の参加者を呼びたいと思います!」 会場内はクロカゲとヘルガーのせいで騒然としていた。ステージでも、審査員達が混乱気味になっていたが、女性司会者が事態を収拾しようと声をあげた。 女性司会者のおかげで観客席からは少しずつ落ち着きを取り戻している。そんな中、まだユカの胸の中で泣きじゃくっているミナ。 「ごめんユウタ。ちょっとミナが落ち着くまで席はずすわね」 「あぁ、わかったよ」 「それにしてもミナ、どうしてあそこまで怖がっていたんだろう?」 「ミナは感情の温度差が激しいさかい、ビックリしすぎたんやろ」 本当にそうだったのだろうか?さっき僕に言ったあの言葉が気になった。アタシの事を見てた…と。 「ミナモシティから来た、ゴータさんです。どうぞ~!」 盛り上がりを取り戻した会場内は、改めてコンテストを再開させた。 そう言えば、先ほど照明器具の上にいたあいつは何処へ行ったのだろう?上を見てもそれはすでに居なくなっていた。 優勝賞品のやみのいしに近づいて何かをしているように見えたが、特に何かされている様子はなく、当たり前のようにそこにあった。 ユカがミナを連れて出入り口へ消えていく中、コーディネーターの見せる技の演技に魅了された観客席から歓声が上がった。 僕はただそれを黙ってそれを見送っていく事しかできなかった。 カツッカツッと、足音が鳴るコンテスト出場者の通路。次の出場者とすれ違いになった。 その男は全身キラキラと光る黄色のタキシードを身を纏い、緊張した表情でステージへと向かっていった。 「鬱陶しい色を纏ってからに…どうしてコーディネーターと言う輩はこうも無駄に派手なのか!」 その姿を横目に、フンッと鼻を鳴らした。すれ違いなった男のファッションを貶した。 誰も居なくなった出場者用の通路で懐からモンスターボールを取り出した。 そのモンスターボールを睨みつけるように眺め、舌打ちをするとそのボールを放り投げた。 ボールから飛び出した、他のより大きい体付きを持つヘルガー。激しく吐息を立てている。 「ジーク、何故勝手な事をした!」 現れた途端にヘルガーを叱り付ける様に言い放つ。ヘルガーは答える様子もなく、自分の頭を前足でゆっくりとさすっている。 「ぐるるるるる…」 頭に痛みを感じているヘルガーは、ゆっくりとその男を睨み付けた。何故邪魔をした…、目がそんな風に訴えている。 「答えぬかジーク!貴様は我輩の子分も同然!我輩の命令も無く、勝手な事をするなど言語道断!」 威圧するように言い放ち、ヘルガーを叱りつける。 だがヘルガーはその男の威圧感をものともせず、ただ黙って男を睨みつけていた。 「チッ、手に入れたのはいいが、さっぱり言う事を聞かん…この出来損ないめ…」 侮辱を含めた愚痴に苛立ったヘルガーは男に向かって大声で吼えだした。遠吠えは迷惑なほどに通路中に響き渡る。 「クソッ、黙らぬかコイツ!ニューラ…ん?」 男は苛立ち、舌打ちをする。もう一つのモンスターボールを取り出し、ヘルガーを黙らせようとしたが、遠吠えは途中で止んだ。 ヘルガーはゆっくりと口を開く。 「俺様は…あの雌がほしい…俺様のお気に入り…絶対ほしい…!」 喋り鳴れていないその口調で、低く唸る様に喋る。 「雌?誰だそれは?」 取り出したモンスターボールを懐に戻しながら聞く。やや間を置いて、ヘルガーは答えた。 「あの…猫だ…頭にヘアバンドを被ったアイツ…昨日いた…アイツが良い…欲しい…!」 話す度に吐息を荒くしていく。男が見る限りヘルガーは相当のお気に入りらしい。しかし、男にはその雌が誰なのか分からない。 「猫だと?貴様ほどのバケモンが気に入る雌猫なんぞおったのか…ん?そう言えばジーク、昨日我輩の許しもなく勝手に出て行ったな?」 ヘルガーは答える様子無く、荒い吐息だけを続けている。 「貴様、居ないと思っていたが。もしやその雌猫の尻でも追い掛け回していたのか」 「悪いか…俺様には必要だ…あの喫茶店で見た奴だ…あの雌が…はぁ…はぁ…」 語るにつれ、興奮しているのが分かる。 「ふん…かなりのワイルドとは思っていたが、自分をコントロールが上手く出来ん奴だ、全く…」 男はヘルガーが言った「あの喫茶店」について、思い当たる節が無いか探した。。喫茶店…雌猫…。やはり男は何も思い当たる物がなかった。 やがて下らなくなっていき、ヘルガーのボールを取り出した。 「もう良い、ジーク戻れ!」 赤い閃光が走り、ヘルガーをモンスターボールの中へと戻した。 男はヘルガーのボールを懐に戻すと、マントを翻して通路を歩き出した。やがて独り言を喋りだす。 「目的は果たした。もはやこの会場など用は無い…」 ポケットから一枚の写真を取り出す。 「この為にあの闇の石が必要だった。次はここだ。フッフッフッフッフッフ…」 写真をポケットに戻し、男は通路の中で、薄気味悪い声で笑った。カツッカツッと足音を立てながら、このコンテスト会場を後にした。 ポケットから覗くその写真には、とある客船が見えていた。 時計の針がすでに午後の1時を刺している中、カイナシティのビッグイベント、ビューティーコンテストのプログラムは終盤を迎えていた。 ステージでは、スターミーとキレイハナが技を駆使して美しいパフォーマンスを繰り広げていた。 一次審査を通過した十数名が残り、二次審査に移行し、違う方式でコンテストが行われている。 その二次審査は基本的バトル方式だ。相手をノックアウトすれば勝ちあがれる。僕達がしているバトルと似ているが、ただそれだけでは勝てない。 ポケモンは技を駆使し、美しいパフォーマンスを見せつつ、相手に攻撃を与える。その魅力が審査員に伝われば、ステージの画面上に出てある相手のライフを減らす事ができる。 制限時間内に自分のポケモンが倒れるか、お互いのライフ差で勝負が決まる方式なのだ。 コーディネーターはトレーナーみたいにKOを狙わず、魅力で競い合うため。大体がライフ差で勝負を決するのだ。 最初は100人超えは居たコーディネーターも、今では二名に絞られ、その二名が今優勝を欠けて全力でぶつかっている。 スターミーが繰り出す水鉄砲と吹雪を合わせた氷のつららをキレイハナに向けて放つ。 キレイハナは目を閉じながら、踊るように、氷のつららをはなびらのまいで華麗に打ち落としていく。 宙に舞う桜色のはなびらが、円を描くようにスターミーに襲い掛かる。しかし、スターミーは自分の体を回転させ華麗に避ける。 「すごいなぁ、クロイズ」 「うん、こんなバトルもあるんだ」 「ビューティホー、ビューティホー」 決勝だけあって、会場内の盛り上がりはすごかった。激しくぶつかりあう二匹の技のパフォーマンスは、観客のみんなの心を掴んでいた。 「綺麗な技ね~、アタシもあそこのステージにいたらなぁ」 ユカの慰められてすっかり落ち着いてきたミナがスターミーとキレイハナの姿を自分と重ね合わせていた。 「いづれミナも、あのステージの上に立てれるさ。夢なんだろう?」 僕は横目でミナを応援するように言った。ミナは前足を口にあてながらふふっと笑った。しかし、その表情が僅かに曇った。 「でもね…アタシはサティでお手伝いをする事が限界なのかもしれない」 「ミナ?」 その言葉から伝わってくる、憧れていたステージ。夢を目の当たりにしながら、その夢に手が届かない。叶わぬ夢を惜しむような、そんな寂しそうな気持ちが含まれていた。気になった僕はミナの方に振り向いた。 「アタシはコンテストに出場して、ユカちゃんと一緒に優勝しようとずっと夢見ていた。けど、アタシじゃ無理…」 「なんでそう思うんだい?自分の憧れてきた夢じゃないか」 「ううん、本当はわかっているの。アタシいっつもこの席でステージの上を眺めているから言えるの。皆綺麗で格好良くて、技も美しく魅せたりして…本当にすごいよ。 アタシはただ見ているだけだった。あの二匹はこの舞台の為に、惜しまないくらいの努力をしているはず。だから、アタシ見たいな技を磨く時間も余裕もないただのエネコロロが、こんな素敵なステージの上で皆に見て貰えるような事なんて出来ないの。 アタシの夢は見るためだけの夢。こんな凄いの見る度に、それが当たり前だと実感させられるの。本当に羨ましい。ウェイトレス服を着て接待するしか出来ないアタシじゃ、遠い世界の話なのよ。」 微笑む表情、しかし悲しそうな瞳をしている。ミナの中でそれを叶いたいと心の奥底から思っていながらも、いざ現実を目の当たりにして、それが無理だと自然的に思い込んでいる。 僕はそんなミナに、何か言葉をかけてやりたくなった。 「そんな事は…ないと思う」 「どうしてそう思うの?」 思わず言ってしまった言葉を返され、僕は返答に迷ってしまう。 「いや…その…どう言ったらいいんだろう…」 駄目だ、何も思い当たる台詞が無い。慰め目的で言った自分が情けなくなってくる。返答を待つミナの表情に、僕はなんとか続けようとした。 「僕も昔は…強くなりたいと願ったさ。けどそれは無理だと思っていたんだ。いつも他の連中に馬鹿にされていても、仕返しする勇気がなかったから。 いつも…僕は自己嫌悪に浸っていたよ。強くなりたいと願っても、自分から戦うことさえできなかったんだ。でも、そんな中僕はマスターに出会ったんだ」 バリヤンさんと戦って負けて泣いた僕に、マスターは僕に言ってくれたんだ。強くしてやるって…」 「へぇ…」 スターミーとキレイハナが華麗に交戦を繰り広げているステージを見下ろしたまま、僕は自分の事を語った。 「僕はマスターの言葉に希望を持ったよ。最初はね。けどやはり現実は厳しかった。繰り返されるトレーナーとの戦いに、僕はいつもチームの足を引っ張ってしまった。 バトルに直面して、プレッシャーに負けて、技を出そうにも何も出来なかった。そんな空しいだけのバトルがずっと続いたよ。僕はやっぱり弱いまま、強くはなれないと何度も泣いたさ。 自身が無くて、根性もなくて、逃げたくなった。けど不思議と諦めようと思った事はなかった」 「それは何でなの?」 「さぁね、『諦めなければ夢は叶う!』なぁんてそんな漫画みたいな綺麗事を考えてはいなかった。 ただ、なんて言うかな…僕は自己嫌悪する度に、僕は何かに励まされているような気がしたんだ…」 「励まし?」 「どうだろうね、励ましと言うより、ヤケクソだったのかもしれない。泣く度に『次は足掻いてやる!』ってね…」 僕の言う事に、ミナは不思議そうに見つめている。 「何て言うのかな…どうせ負けると分かっているなら…せめて少しは抵抗してから、負けたい。そんながむしゃらな気持ちがあったんだ。 それで強くなれるなんて思ってもいなかった。でも、僕に手を差し伸べてくれたマスターに、僅かでもいいから恩返しがしたくて、ただただ必死になっていたんだ。 それを繰り返している内に、自然とそのがむしゃらな気持ちが、その…僕自身の強さに変わっていたんだ。気づいたら、ジムリーダーとも渡り合えるようになっていたんだ。不思議だよ」 昔から僕は弱かった。マスターと出会ってからもその弱さは相変わらずだった。けどひとつ違ったのは、自分の弱さを嫌悪するのではなく、弱いなら弱いなりにがむしゃらに戦うと言う事だ。 「ミナ、僕は強くなりたいと今でも願っている。それが叶うかどうかそんなの分からない。何処までが僕の限界かも分からない。諦めなければ夢が叶うなんて、そんな保障は何処にも無い…」 「クロイズ…」 「けど、叶うかどうか分からないなら、がむしゃらになっても良いんじゃないかな…どうせ叶わないと分かったら、すっぱり諦めればいい。それでいいって…ハハッ…」 何だか言うたびに恥ずかしくなってきた。自分は何を言っているのだろうと思う。照れ隠しに思わず笑ってしまった。 「ご…ごめん、何を言っているんだろう僕は…え?」 恥ずかしくて顔から火がでそうになってしまう僕。すると、ミナの体が急に近くなった。 「ミ…ミナ?」 「フフ、少しこうさせて、クロイズの話、結構面白いよ」 ミナの顔が、僕の肩に寄り、ぴったりとくっつく僕とミナ。近すぎるとも言えるお互いの顔。おかげで僕の恥ずかしさが余計増してしまった。 ユカやマスター、他にバリヤンさんやコイラーさんに助けを求めようと思うも、緊張のあまり、体が動かなくなってしまう。 雌ってよく分からない…本当に分からない…得にミナの場合は… 「おおっと!キレイハナのソーラービームが決まったあぁぁぁぁ!!」 女性司会者の声が会場内に響き渡った。僕はステージの方に目を向ける。 さっきまで五分五分で戦っていたスターミーとキレイハナ。太陽の光を集めて、それを一気に放つ草タイプの大技、ソーラービームがスターミーに直撃していた。 その破壊力のあまりに、衝撃でステージのラインから飛び出したスターミはそのまま壁に激突した。 そこで、アナウンスから終了の時間を告げる音が鳴った。結果は… 「激しい死闘の中、勝利を掴んだのは…キレイハナとララさんです!!」 会場内からは惜しみない拍手の喝采が鳴った。ステージの中央で、喜びの笑みを浮かべて抱き合うキレイハナとそのコーディネーター。 ミナはそんな二人を見て、嬉しそうに微笑んだ。僕の肩に擦り寄ったまま。 やがて表彰式になり、優勝したキレイハナのトレーナーは、ミクリからおめでとうの言葉を貰い、優勝リボンを贈呈された。 優勝リボンだけでなく、ガラスケースに入ったやみのいしと他に、豪華商品も贈呈された。 「優勝おめでとうございますララさん。他のコーディネーターの皆さんも次回は優勝を狙って再チャレンジしてください。 さて、これにてカイナシティのビックイベント、ビューティーコンテストの全プログラムは終了いたしました。では御機嫌よう!シーユーアゲイン!!」 女性司会者の閉めの台詞で会場は拍手と同時に、コンテストの終了を告げていった。 沢山のコーディネーター達とポケモン達の繰り広げた美術的なパフォーマンス。 初めての感動を見せてくれた魅力の数々、僕はこんな素晴らしい物を見た事を、生涯覚えておきたいと思った。 「終わっちゃったね」 「うん、けど、今度は見る方じゃなくて、見せる方になりたいな、ミナ?」 「ウフフ…ありがとう、クロイズ」 夢はいずれ見終わってしまう物だが、決して無くなる訳じゃない。見るのも見せるのも、僕達なのだから。そうだよね? 時計の針はすっかり7時を指している。他の人もほとんどがホテルや家に戻っている頃だ。 まだやっている店や遊具店もそんざいする。子供の姿は見かけない代わりに、大人が沢山大通りを通っている。 また、公園では若者がポケモンを外に出したまま、たむろっている姿も見かけた。 その日は夕日が暮れるまで遊んだ。久しぶりの休日でユカはマスターと一緒に沢山はしゃいだ。それに付き合わされた僕はヘトヘトだった。 ミナやバリヤンさんからも、疲れの表情が伺えた。コイラーさんだけは、まだ遊び足りないのか、空をチョロチョロ動き回っていた。 「はぁ~、たくさん遊んだわ~。ありがとうね、ユウタ」 「ん、何が?」 「何て言うかその、本当にカイナシティに来てくれた事よ」 少し照れながらも、嬉しそうに話すユカに、マスターも照れくさそうに頭を掻いた。 「も…もうこんな時間だな。所でユカ、本当にいいのか?もう一泊泊めてくれるなんて」 あれからマスターとユカは、今日の寝所について話すと、ユカの方からもう一泊しても良いと言う話になったのだ。 「いいよ、それくらいの事ならね。ほら、あなたのポケモンは安静にしなきゃいけないじゃない?」 そう言われて返答に詰まる。僕の容態は、外をあるけるほど良くなったといっても、事実まだ安静にしていなければならない身だった。 歩く程度なら体が痛みを感じる事がない。しかし、だからと言って昨日みたいな激しいバトルは無理だ。 ポケモンセンターは相変わらず利用者の状況が混雑的な為、寝泊り所か治療も順番待ちと言う最悪な状況が続いていた。 「それじゃ、お言葉に甘えさせてもらうよ。ありがとう」 「いいのいいの、クロイズ君は私のベッドを使ってもらうからね」 「えっ!?」 その言葉はマスターとミナ、同時に発せられた。 「ちょ…ちょっとユカちゃん!あそこはアタシがいつも寝る場所なのに!」 「いいのかユカ?自分は何処で寝るんだよ?」 抗議するミナを軽く無視しながら、マスターの質問には答えた。 「私はいいの、別室のベッド使うから。ほら、私のベッドって結構フカフカしてるから安静にするには良いでしょ?」 「アタシはどーするのよ!」 必死に抗議するミナに、ようやく向き直ったユカは半笑いで頭を撫でながら。 「あなた達は一緒のベッド使えば良いでしょ?クロイズ君に床で寝かせる訳にはいかないし」 「はっ?」 今度も同時に発せられた。ミナと…僕の声だ。 ポカンとしたまま、両者は顔を一度会わせ、そしてまたユカの方に向き直った。 「い…一緒って…クロイズと!?」 ミナが衝撃を受けたかのように、口をパクパクさせながら喋っている。マスターがそれに問う。 「何そんなに驚いてるんだよ?今日起きた時一緒にいただろう?」 「ち…違うわよ!あの時クロイズが寝たから、アタシはユカちゃんと一緒に寝たのよ!でも気が付いたら何故かユカちゃんのパパの部屋で起きたのよ…」 「そうよ、途中からアナタとクロイズ君をお父さんのベッドに移したのよ」 それを聞いたミナはショックを隠せないまま、やがてその表情を怒りに変える。 「な…なんでそんな事したのよ!クロイズが変体なって襲われたらどうするのよ!!!」 「お、襲われる?」 ミナの怒りの抗議を聞いて、ポカンとなったユカ。やがてあまりのおかしさにマスターと一緒に吹き出した。 「ぷっ、怪我人そんな事したりしないわよ。第一あなた達ぐっすり寝ていたじゃない」 「ほー…お二人さん仲良ぅグッスリだったんかい。羨ましいな~」 混乱する僕達をバリヤンさんがからかってくるのを、ミナは羞恥心と怒りで顔を真っ赤にしながら必死に抗議を続ける。 「ちょっ、もしクロイズがムラムラで…ってありえるじゃない!」 「ムラムラ~?ナニソレ?」 「無いよ、それだけは」 恥ずかしさなのかはっきり喋れない様子に、僕は全身全霊で否定した。 「なんですって!コラァ!」 当たり前だ、怪我の体で、しかもあんなひどい寝相を見せられたらムラムラもくそも無い!この顔面の顔傷も色んな意味でミナのせいだ。 「アタシに魅力が無いとでも言うのアンタはぁ!!」 僕の一言で一気に激怒しだした。肯定されれば必死に怒るくせに、否定すればそれはそれで怒る。 「はぁ…勘弁してくれよ…」 「クロイズ、ムラムラッテナンダ?」 「聞けコラァクロイズ!本当はムラムラしてたんでしょ!エロ犬!」 一切ありえない事を侮辱を含まれた言葉にイラつく。よりによってエロ犬は無い。 「誰がするかよ!勝手に妄想するなよ!アホ猫!」 「ユウタ、ムラムラッテナンダヨ、ムラムラ~」 「何ですって~!もうぷっつん来た!バカは良くてもアホは許さない、このぉ~!」 ついにキれたミナが、前足を爪で尖らせて僕に襲い掛かってきた。やばいと思った僕はそれを慌しくよける。 「やめろって…ってかバカなら良いのかよ!?」 「ムラムラトハナンダ、ダレカコタエロ~!」 怒りでいっぱいなミナの攻撃を、痛む体を必死に動かしながら避け続ける。まるで追いかけっこをしている光景を思わせていた。 「やめろってミナぁ~怪我してるんだからさぁ!」 「五月蝿い、覚悟しなさいよこいつ~!」 僕達のみっともないやり取りを二人はふふっ、と笑った。バリヤンさんはポカンとしたまま見ていた。 「仲良さそうね、あの二匹」 「そうだな、あそこまで感情豊かなクロイズ見たのは随分前だもんな…」 「ムラムラノイミヲオシエロー!」 コイラーさんだけが、空をチョロチョロしながら言葉の意味を求め、必死に叫んでいた。 満月の月の下で、人気の少ない路地をバリヤードとレアコイル、二人の男女、そして二匹の犬猫。 馬鹿みたいにはしゃぎ、僕達の光景を笑ったりしながら、今帰る、サティへの帰路を歩いた。 そんな帰路の途中、ユウタはとある看板を目にした。大幅に横長い大きさに、圧倒しそうな船をデザインした看板だ。 「これは、何だろう?」 看板には、『○月○日公開!カイナシティ造船場にて、豪華客船「マリン・ブルー号」船内一般公開!』と書かれてあった。 詳しい文字は、夜の暗闇のせいで擦れて読めなかった。 「あぁ、それね。何でも完成したばかりの豪華客船、マリン・ブルー号の一般公開をするんだって」 「豪華客船って、クスノキ造船所はそんな物まで作ってあるのか?」 その問いにユカは看板にデザインされた船を摩りながら答える。 「新型のエンジンを積んだ次世代型の船を作るその為の試作見たいな物だけどね。カイナシティのもう一つのビッグイベントみたいだわ。何でも一般人には一部の内部を公開して、さらにその乗り具合を確かめる事も出来る見たいよ」 「へぇ、ビューティーコンテスト以外にもこんなイベントがあったんだ…」 「でも、私達には見学できも乗る事は無理っぽいわ」 「ん?どういう事だ?」 「先客がいるのよ。それも大金持ちのね」 溜め息を交じえながら、少し呆れた様子で続ける。 「このマリン・ブルー号はね、とある資産家が国内や外国の金持ち相手のみをターゲットにした船。最新エンジンを餌に豪華客船を満喫したいお暇な資産家達を集めて金儲けをするのが目的なのよ。 乗船体験しようにも、その乗船料も半端ないくらい高いの。もともと私達一般人向けに造ってはいないのよ。だから金持ちばかりが集まるわけ」 「用はブルジョワの娯楽船って事かいな?」 「そんな事どうして分かるんだ?」 「お店に来るお客さんがね、造船所に勤めている人だから。その人とちょっと話をしたから」 その話によると、マリン・ブルー号は、海外の高級木材や大理石などなど、高級な材料のみを使用している。 内装は海外のアーティスト達が作り上げた一級品などの彫刻を数々設置し、外装から内装までもが、芸術に拘っている。一部屋スイートホテル並み。 乗組員はサービス担当を含め、計70人のスタッフが乗るほどだ。船内の施設は娯楽が満載で、マッサージルームや船内専用の映画館やらカジオ等。金持ちならではの娯楽施設が用意されている 洋風やら西洋やらと、海外のコックを乗せてバイキング式の豪華な食事も用意されている。他にもサービスは存在するだろうが、それ以上は語らなかったそうだ。 サービス内容から、レストラン、娯楽施設までもが充実されていて、まさに貴族の乗る豪華客船と言う所だろう。 すでに予約は満杯で、明日の一般公開終了後、カントーのクチバ港、ジョウトのアサギ港、シンオウのナギサ港を行き来するらしい。 そんなブルジョワしか乗れない豪華客船の船内を、他の地方の一般人にも公開して広く宣伝して客を集め、やがては世界を渡って行く企画だ。 「何だか凄そうだな、乗るのは無理でも中を見る事が出来るなら面白うそうだよな」 「そう、なら明日ここに行く?」 「いいな、一生に一度しか無いかもしれないし。お前達はどうする?」 「いててて…明日この船を見に行くの?」 ミナに頭を噛み付かれたまま、僕はマスターに了承を求められた。バリヤンさんはやや悩み気味。コイラーさんは見たいの一点張り。 「アタシは行きたいな~、きっと綺麗なんでしょうね」 噛み付いていた頭から口を離し、マリン・ブルー号の内装を想像して楽しんでいる。雌と言うのは人であれポケモンであれ、綺麗な物を想像したがる生き物だと思った。 「僕は、別に…」 本当はあまり行きたいという気がしない。そもそも豪華客船だのそんな貧富の差を見せるような物に興味などなかった。他がどれだけ贅沢三昧過ごそうが、僕には全く関係は無い。 「クロイズも一緒に来る事ね」 「なんでミナが決めるんだよ…」 「だって、別に良いのなら一緒に行けばいいでしょ?」 「だからって…僕だって他に行きたいと思う所が…」 言い切る前に、ミナの鋭い瞳に睨まれ、仕方が無く黙る。瞳からはいいから付いて来い!と言っている様な気がしたからだ。 僕は間を置いてやがて、分かったよっと返事をした。その一言でミナの表情はぱぁと明るくなった。 「よし決まり、明日はこのマリン・ブルー号の見学ね」 「…勝手なんだから!」 「何?」 「ゴホンッ…別に…」 ぼそっと言ったつもりだが、そこでまたミナに睨まれ、僕はとっさに咳き込んで誤魔化した。鼻で笑いながら後ろを振り向く。 「……地獄耳ネコ」 前よりももっち小さい声で言った。その時、突如顎に強烈な痛みが走った。その衝撃で僕は地べたに倒れてしまう。 「あれあれ~?どうしたのかしらクロイズ君?」 今度は聞こえまい…と思った僕が甘かった。ミナの背後から蹴りが飛んだのだ。強烈なうしろげりだ。勢いで地べたに横に倒れる僕…厭らしい目で見ながら、自分は何もしてない態度を見せる。明らかに聞こえていた証拠だった。 強烈な痛みのあまり、体がピクピクして動かない。怪我人相手に遠慮なくうしろげりをくらわせたこの悪魔のような雌。僕は神に誓った。この雌は将来嫁の貰い手はない、僕はそれを頑なに信じる事にした。絶対だ! 帰路の途中でやりとりしている内に僕達はサティに戻ってきた。久しぶりの休暇でユカは満足そうに、サティの裏口の扉を開けた。 扉を開けた瞬間、コーヒーの匂いが僕の鼻を刺激した。店の中から漂ってくるコーヒーの香りに迎えられて、気持ちが和いでいく。それと同時に、今日のつかれがどっと押し寄せてきた。 コンテストの帰りから、市場やカイナシティの名所を色々回ってきたから疲れるのも当たり前だ。僕の体がその疲れを楽しさで紛らわせていたのだろう。 「ただいま~」 帰りの挨拶と同時に店のカウンターに顔を出す。そこにはユカの父が入れたばかりのコーヒーを飲みながら雑誌を読んでいる。ちらりとこちらを向くと、帰りの返事をする事なく、黙って頷いた。そして再び雑誌の方に目を向ける。 「それじゃ、すぐ夕飯作ってあげるから椅子に座ってて」 そう言って、ユカは厨房の中へ入っていく。僕達はその間、夕食ができるまで店の椅子に腰掛けて待つ事にした。ミナもユカの手伝いで一緒に行ってしまう。僕は、椅子に座るマスターの足元で体を座らせた。 普段なら人の多く賑わう店内も、僕達とユカの父親のみ、休みで人がいないとなるとがらんとしている。初めて来た時よりずっと広く感じた。 こうも静かだと、別の空間にいるような気がした。聞こえるのはユカの父がコーヒーカップをコーヒー皿の上に乗せた音だけだった。 ふと天井を見上げ、頭の中で今日起きた事が思い浮かんだ。驚く事もあったけど、とても楽しい一日だった。バトル無しのこんな一日も悪くない。明日は豪華客船の見学だ。 「クロイズ、怪我の方はどうだ?」 僕の体の事を尋ねてきたマスターに、僕は黙って頷いた。顎が少々痛むが、体の方は今の所痛みは無い。この調子なら明日、明後日は直っているかもしれない。 来たるポケモンリーグの為にも、調子を整えとか無ければならないから。 「そうか、なら良い。急に聞くのもなんだが、この数年間、お前はどうだったか?」 「え?」 突然の言葉に僕は聞き返した。マスター自身、言い難そうに頭を掻きながらも続けた。 「いやさ、初めて出会った頃だけどさ。ポチエナの頃のお前をゲットして、そして今日まで着いてきてくれた。俺自身、お前と居れてとても良かったと思ってる」 「ムラムラノタンゴノイミノセツメイヲヨウキュウスル、クリカエス、ムラムラニツイテコタエヲヨウキュウスル」 コイラーさんが未だに理解できていないその単語について僕らに答えを求めてきたが、僕等は相手にはしなかった。 「その、なんだ…お前は俺と一緒に居て良かったかなって思ってさ。俺もお前の気持ちに答えるように一生懸命頑張ったんだけどさ」 ポカンとする内容だった。ここに来て、急にそんな質問されて、僕は頭の回転が鈍くなるのを覚えた。僕が強くなりたいと願っていたあの月の出ていたあの夜の事だ。 「どうして、急にそんな事聞くの?」 「さぁな…俺とお前は今まで、数多くのトレーナーや野生のポケモンやらと戦ってばかりだっただろ?今日みたいに、バトル抜きで思いっきり楽しんだ事無いだろう」 言われてみればそうかもしれない、僕はマスターと一緒に度に出てからずっとがむしゃらに戦ってきてばかりだった。ミナに言った通り、ひたすら強くなりたいとばかり思っていた。 こんな事、言われるまでずっと気づかなかったが、僕はこんな風にみんなと一緒に遊んだりする事が今までなかった。 「コンテスト会場に行った時、あんな楽しそう顔をするクロイズは、始めて見た…」 マスターの表情は、少し寂しそうな感じがあった。そこで僕はマスターが何が言いたいのかはっきり理解をした。それは謝罪を含めての質問だった。 …今まで戦わせてばかりで、すまない、他のトレーナーのポケモン同様に楽しむ機会が無くてすまない… 「お前のモンスターボールから出す時は大抵バトルや回復、食事の時だけだった。あのミナ見たいに可愛がられるような時間は無かったもんな。お前は俺の期待に答えてくれて、バッジも手にする事が出来、今日まで尽くしてくれた。もちろん他の皆も同じ頑張ってくれた。それなのに、たまの息抜きに遊ばせてやったり、褒美をやったりする事とか、トレーナーとして俺は、お前達にそんな事をしてやらなかった。ただ厳しく鍛える事ばかりしか考えてなかった俺を、お前は今まで付いて来て良かったかなって思ってしまうんだ」 「…」 初めてだそんな事言われたの… 自分をここまで強く育ててくれたその恩を返す為に、泣き言をいう事もなく今日まで戦ってきた。数年間ずっと付き合ってきたそんなトレーナーの心境を今初めて知った。 「マスター…ドウシタ?」 顔色を伺おうとコイラーさんが、マスターの視線に合わせる。心配するコイラーさんに視線を合わせず、ただ遠い向こうを見ていた。 「俺は…お前達の期待に答えられるトレーナーでいれたかな…?」 僕は何も言わなかった、今まで考えもしなかった事を、急に求められ、僕は少し困惑した。すぐ隣にいたバリヤンさんも、渋い表情で考えた。僕よりマスターとの付き合いが長いバリヤンさんでさえ、答えに困ったのだろう。 長く感じる沈黙が続く店内、耳に入るのは雑誌をめくる音と、コーヒーカップを置く音だけだった。やがて、何か言おうと僕が口を開こうとする前にマスターが先に口を開いた。 「クロイズ、ずっと強くなりたいと言っていたよな。強くなって、お前はどうしたいんだ?」 前にミナに尋ねられた事がある質問だった。もちろん、その答えについても、僕は返答に困ったが、それでも答えようと。 「僕は、強くなったら…」 僕の言葉はそこで途切れた。サティの入り口の方から鈴が鳴るのが聞こえた。店内に居た全員、入り口の方に向いた。誰かが扉を開けて、ゆっくりと入っていく。おかしい、今日は休みのはずだった。 「お客さん、今日は定休日でやっていないんですが…看板が見えなかったのですか?」 「すまんな店主よ、突然の訪問を許してもらいたい…」 ユカの父の言葉に、言葉こそは謝罪しているものの、悪びれた様子もなく、入り口の前で立ち止まる。定休日の看板を無視して入って来たのは男だった、その男を見た瞬間、僕は驚きを隠せなかった。 「あっ…」 思わず声が出てしまった。誰も寄せ付けようとしない厳格な顔つきに、危な気な雰囲気を放つ、全身黒色で覆われた服装をした。クロカゲだった。一瞬、マスターに向き直るが、興味が無いのかすぐにユカの父に向き直った。 「他に開いている喫茶店が無いものだから、明かりの点いてあるこの店にお邪魔させてもらった。開いて無い事は承知しているが、もし迷惑でなければコーヒーの一杯頂きたい所だが…」 頼む様な言い方をするも、その目は睨んでいる感じだった。ユカの父は、それに動じる事なく、ただ黙ってそのクロカゲの方を見ていた。 「…営業日ではありませんが、特別に良いでしょう」 許しを得たクロカゲは口元に笑みを浮かべる。礼を言わずに黙って窓側のテーブル席に向かった。マスターの場所とは離れているが、調度真正面に位置する場所に座る。 「ユカ、お客さんだ」 ユカの父が突然の来客を知らせる。厨房にいるユカが驚いた様子で、「えっ?」と聞き返してきた。 「……」 クロカゲはメニュー表を取らず、テーブルの上の呼び鈴を鳴らした。それを聞いたユカの慌てた様子が厨房から聞こえてくる。 やや時間が経った後、営業用のウェイトレス姿で現れてきた。手にはオーダー表を持っている。急いで着替えたのか、表情には慌て来た様子が伺えた。 「あっ…はい、ご注文はお決まりでしょうか?」 クロカゲを見たとたん一瞬戸惑った。だがすぐに表情を和らげて注文を聞いた。 「ブラック…」 「はい、ブラックをひとつ。他にご注文はございませんか?」 繰り返し注文を聞いた。クロカゲは、それ以上頼まないと言った感じでそれ以上喋らなかった。 「では…すぐにお持ちいたします」 いつも接客上手なユカの笑顔に、微妙な陰りが伺える。相手が相手だからしょうがない。雰囲気からして人を寄せ付けないのだから。 オーダー表を片手に、厨房へと向かっていくユカ。父親は、再び雑誌を手に自分の席についた。 僕達は…クロカゲを前にして、ただ静かに見ているだけだった。急な客人かと思えば、よりよってクロカゲとは… 「……」 再び店内に静けさが戻った。マスターはジロジロ見るのも悪いと思ったのか、テーブルに視線を落として、それっきり何も言わない。 僕とバリヤンさんは、クロカゲの事が気になり、夢中で見ていた。何せコンテストの事があったからだ。 やがてユカが厨房から戻ってくる。両手にはお盆の上にコーヒーを乗せていた。マスターの所を横切るとコーヒーの匂いが僕の鼻を刺激した。 クロカゲの前で止まると、テーブルの上にコーヒー…ブラックを置いて、ごゆっくりどうぞっと、ゆっくりした口調で言った。 「…」 クロカゲの方は、ユカに目をくれる事もなく黙ってコーヒーカップを手にとる。すぐに飲む事もなく、カップに浮かぶ黒い水を、舐めるように眺めている。 「フフッ…」 すると笑い出した。何を気に入ったのかは不明だが。表情からは不気味ながらも満足そうな笑みが浮かんでいる。 様子が気になったマスターは、時々クロカゲの方をチラッと見る。あまり人の事をジロジロ見るのは好きじゃないマスターも、対戦した相手の事が気になるらしい。 やや間を置いて、ようやくクロカゲはカップを口に付けてコーヒーをすすった。 人の好みをどうこう言う気は無いが、よくあんな物を飲めると僕は思ってしまうが、ブラックの色に劣らぬほどに身にまとった黒一色の服装を見て、何となく納得がいく。 「やはり、コーヒーはブラックのみに限る…のぅ、そこの…」 誰にも興味が無さそうなその男から意外な台詞が聞こえた。同意を求めるその声は、誰かに向けられていた。 「え?」 コーヒーカップを片手に、横目でマスターを見ていたクロカゲ。今の台詞は、間違いなくマスターにと向けられていた。 「俺の事か?」 そう聞かれると、クロカゲは体制をマスターの方に向きなおし、足を組みながら口を開く。 「今日のコンテスト会場の場で、我輩のヘルガーが暴走した先にお前達はいたな?」 「…」 黙って頷いた。 「まさか、おじさんがあのコンテストに参加しているとは。ビックリしたよ、コーディネーターだったんだ」 「コーディネーター?フン、あんな見た目ばかり派手に着飾っている輩どもの事か。あんな連中を一緒にするな」 鼻を鳴らしながら、持っていたコーヒーカップを乱暴にテーブルに置いた。 「あんな連中…?」 「本来、ポケモンは戦って、己の強さを極限まで高め、勝利を勝ち取るのがポケモンとしての正しい有り方だ。それ以外など有り得ん!」 「有り得ないって…どう言う事だ…?」 「知れた事、ポケモンの価値は強さにある。戦って相手を退き、己の欲望を叶える為の忠誠な僕となる。ポケモンはその為に存在するのだ」 乱暴に置いたコーヒーカップをまた手に取り、口を付ける。そして続ける。 「それを、あんな着飾った格好で、ポケモンの美しさを表すだと?馬鹿馬鹿しい、ポケモンは戦う為に存在する!美しさなど何の価値も無い!」 「じゃぁ…なんでおじさんはコンテストに出ていたんだ…?」 「ただの暇潰しに過ぎん!バトル以外にポケモンが何をするのかこの目で確かめたくてな。だが実際参加してみれば、想像以上にくだらんものだ!あんなチャチな芸当をする為に参加している輩の気が知れんわ!」 吐き捨てるその言葉を、マスターは黙って受け止めたが、すぐ隣に立っていたユカが、下を向いて、悔しそうな表情で唇を噛んでいた。 当然だ。ユカからすれば、自分が一番夢見ていたコーディネーター。それを、こんな男に貶され、馬鹿にされ、頭に来るのも当然だ。 「それにしても、コーディネーターと言う輩はまだしも…あんな茶番に必死になっておるポケモン共も哀れだ。あれは野生の本能が腐った成れの果てと言うべきだな。まぁ、あんな輩に拾われてしまったなら、仕方もあるまい」 「どういう…事ですか、それは…」 我慢が出来なかったのか、持っているお盆を強く掴んでいるユカが口を開いた。 「あぁん?人目ばかり気にした、芸当ばかり腕を磨く阿呆なコーディネーターの為に、そのポケモン自身が真の戦いが出来ず、自分自身もまた見た目や芸当ばかりに囚われてしまった。とても哀れなナルシストだと言う事だ」 「そんなの…」 「ウェイトレス…我輩は本当の事を言っているだけだ。もしあの会場に出ていたポケモン共が、あんな輩に拾われさえしなければ、正しい生き方ができただろうに、違うかぁ? ユカは何も言えず、持っているお盆をより強く握った。このまま割って砕いてしまいそうなのも意図わずに… 「己の強さを引き出す事も出来ず、着飾る事ばかりが身に付いた。トレーナー共々、生き物として最低最悪の極みだ。存在価値など無いに等しいわ!」 ひどい事を言う…コンテストに参加している人とすべてのポケモンに対する最大ぼ侮辱だ。もちろん、その夢が叶わず、今でも夢見ているユカにとってもそうだ。 僕は下からユカを見上げる。その表情は平成を装っているが、明らかに肩を小刻みに震わせていた。いつ泣き出してもおかしくなかった。 「ポケモンは、唯戦うだけの生き物じゃない。他の生き方があって良いはずだ」 ユカの隣から声がした。ユカの気持ちを察したマスターが、クロカゲの言う事に反論した。それを聞いた本人は驚いた表情だった。 「他の生き方ぁ、だとぉ…?」 気に入らない様子で、持っているカップから口を離した。鋭い目は真っ直ぐとマスターを睨む。威圧するようなその眼孔の迫力に押されず、マスターは続けた。 「ポケモンは基本、人間と同じ生き物だ。俺もそうだし、こいつらもそう。戦う事をすべてとするのは人の勝手だ。だが、そのポケモンが必ずしもそれを望むとは限らない」 そう言って、マスターは僕の頭を優しく撫でた。僕は、その心地よい手の平に引き寄せられ、自然と擦り寄った。ポケモンである僕達の気持ちを察している、優しい手だ。 「気持ちぃ…だぁ!?」 「生き物は必ずしも感情がある。虫ポケモンのキャタピーだってそうなはずだ。人が望む生き方があるように、ポケモンにも望む生き方がある」 その言葉は、まるで自分にも言い聞かせているような感じだった。 「コーディネーターとか、人命救助とか、ポケモンにはそれぞれ別の生き方を持っても良い筈だ」 言葉と同時に、怒りまかせにコーヒーカップをテーブルの上に叩き付けた。テーブルを叩く大きな音が店内に響いた。 「何を抜かすと思えば…ポケモンの気持ちとか、生き方とか、お前の話には反吐が出そうだ!大昔から生きる為に身に付けている戦う術を持つ獣が、それを行使せず、別な生き方をするだと?下らん! 己の欲望の為、プライドの為、死なぬ為、より強い遺伝子を残す為に持つその力を無にして何の為のポケモンだと言うのだ。ポケモンは戦って勝ってこそ、己の存在を回りの者共に知らしめる事になる!貴様の言う生き方など、その自然の摂理を捨てた生き物の外れよ!」 「アンタなんかにそれを決める資格があるの!?」 それは突然、クロカゲの前に現れる。すごい剣幕で怒り、テーブルから身を乗り出してクロカゲに負けぬほどの強さでテーブルを叩いたのはミナだった。 「何だこの猫は…!?」 いつ着替えたのか、ミナは営業時のサイズにあった専用ウェイトレスを着た状態だった。相手が仮に客だと言う事も関わらず怒鳴った。その勢いにはマスターもユカ、僕も驚かされた。 「アタシ達ポケモンには、戦って強くなる以外にもやりたい事だってあるの。叶えられない夢だけど、それでもなりたいのよ!」 「ミナ…」 「アタシはずっとずっと…ユカちゃんが夢見る前からずっと、コンテスト会場の舞台に立って、皆の注目を浴びて、誰もが憧れる綺麗で美しいポケモンになりたいのよ!」 「誰もが憧れるだとぉ…!?」 「そうよ!」 再び前足でテーブルに叩きつけ、負けん勢いでクロカゲに迫る。 「コンテストはね、どんなポケモンで持っている魅力を引き出して、皆に見てもらうの。例えバトルが弱くで駄目なポケモンでも、そのポケモンだけが持っている魅力がある、人に喜んで見てもらえるすごさがあるんだって。 アタシは、そんな魅力に溢れる色んな参加者を見ていて、綺麗だって、すごいって思って、自分もいつかあんな風になりたいっていつも願ってたの!見せる人に自分の魅力が伝わって喜んでもらえるような…そんなポケモンに!」 アンタがポケモンがどんな生き方をするのが正しいか、そんな事考えるのは自由よ…でも、アンタにはアンタの考えがあるように、アタシ達にはアタシ達のやりたい行き方があるのよ!コンテストの良さも理解出来ないで、アタシやユカちゃんの夢を馬鹿にしないでよ!」 「ぬぅぅ…フンッ!」 クロカゲはミナの迫力のある力説に圧倒され、額に汗を掻きながらも鼻を鳴らした。 「下らん!それを着飾っていると言うのだ。店主、代金はここに置いておくぞ、失礼する!」 吐き捨てるように言うと、片手から慌てて取り出したコーヒー代を乱暴にテーブルに叩き付けた。そして椅子から立つ、出入り口の扉を乱暴に開けてサティから出て行った。 クロカゲが出て行った店内は、再び静けさを取り戻した。聞こえるのは、ミナが怒鳴り疲れて荒々しく息を吐く音だけだった。 しばらくそんな状態が続いたミナ。やがて、落ち着きを取り戻すと呼吸を整えた後、ゆっくりとテーブル席から降り、ユカの方に近づいた。そして、静かに口を開く。 「ごめんなさい…ユカちゃん…」 ゆっくりと頭を下げる。謝罪を述べたその表情からは悲しみ、そして瞳は今にも涙を零しそうな潤んだ瞳。 「どうして誤る必要があるんや…?別に悪い事言うた訳やないで…」 バリヤンさんが言うも、ミナは黙って首を振る。ミナ自身は知っている。喫茶店は客に不愉快無く、落ち着いていられる空間を常に保っていなければならない。だからユカは、客に粗相の無いように気を配る。接客は常に笑顔で、安心して来られる様に努力しているのだ。 それを、自分の感情の爆発によって台無しにしてしまった。今のミナの心境は、自分の客に対して怒鳴った事。それを詫びる気持ちで一杯なのだ。 目の前で誤るミナを、ユカは黙って見つめていた。そしてやがてユカはモンスターボールを取り出し、黙ってミナをボールの中へと戻したのだ。 そして、やや間を持ってユカは僕達の方に振り向いた。 「ごめんなさいね、今、夕食作ってくるから」 その表情は、クロカゲが来る前の表情に戻っていた。まるで何事も無かったかのように、いつもの笑顔に。そのままユカは早足で厨房の方へと戻っていった。 再び沈黙が流れた。ミナをボールに戻した後も、ユカは何も言わず、俯いたままだった。やがて、深く深呼吸した後、口を開いた。 「ごめんなさいね、みっともない所見せちゃって」 どんな事態でも笑顔を崩さないユカ。だがこちらに振り返ったその表情はやや苦笑気味だった。 「いや、最初に口出したのは俺の方だから…」 「いいの、気にしないで。今、夕食作ってくるから」 そう言って、テーブルの上の物を片付けると、また厨房の方に行ってしまった。 「…ユカ」 厨房の方へと消えていった方を向いたまま、その名前を口にした。 「マスター…ミナはユカさんの夢を守ろうとして…」 「そうだな…あのミナの事は良く知っている。誰かがユカを苛め様とすると、いつもああやって自分から飛び出して叫ぶんだ」 「あんな大声を出す所、ひっさしぶりに見たわ…相変わらずやなぁ…」 バリヤンさんとマスターはミナの事を知っていた様子だ。コンテスト通路の事もあったが、ミナはいつも気に入らない事があればあんな風に大声で怒鳴っていた。 だが、それはただ自分がムカついたからじゃなく、誰かを守る為であった。僕の時もそうだったように、それは言葉の暴力じゃなく、彼女なりの励ましだったんだ。 感情的で、少し怒りっぽい所があるが、それはミナが誰かを思う所があるからこそ、怒鳴ったりするのだろう。 僕は、ミナの事を少し誤解していたのかも知れない。ちょっと暴力的で、訳が分からない所も多いが、これだけは言える。 「ミナは…優しいんだ…」 ユカを前にして泣き出しそうな、ミナの顔が思い浮かんだ。ユカの事を思ってつい出してしまった自分自身の感情を、ミナ自身は後悔しているんだろう。 「しっかしあのオヤジ、ごっつうヤなやっちゃなぁ!」 「アノオヤジイバリスギー、イバリスギー。コイラーキニイラナイー」 「クロイズ!今度あのオヤジとバトルする時は、必ずとっちめようや!このままじゃ腹の虫が収まらんで!」 バリヤンさんの言う事に黙って頷いた。コーディネーター達に対するあの侮辱は許しがたい。だけど今はそんな事よりもミナが気になった。 「ミナの奴、大丈夫かな?」 「問題あらへん、ミナは昔っからそういう所があるさかい、次の日にはけろっとしとるわ」 気にも掛けてない風に言う。昔からミナを知っているバリヤンさんだからそんな風に言うのだろう。 「なんや?クロイズ、ミナの事が気になるんか?」 「そりゃ…」 あまりはっきり言えない。心配と言えば心配だ。だけど、どうして僕がミナに対してそこまで気にしたりしてしまうのか、そこが分からなかった。 「ナンダナンダ、コンドハミナガムラムラカ~?」 マスターや僕達が気が沈んだ状態の中、コイラーさんだけが、空気を読めていなかった… この後、ユカが持ってきてくれた夕食を平らげた僕達は、明日の為に、僕は安静の為にいつもより早めに寝る事にした。 バリヤンさんとコイラーさんは、モンスターボールの中。ユカとマスターは別室のベッドで寝る事に。僕は、安静の為にユカ本人のベッドを使わせてもらう事になった。 人間の女性の香りとほのかに臭うミナが居た臭い。でも、今晩彼女は居なかった。ユカにモンスターボールに戻されて以来見ては居ない。 本当なら一緒に寝るはずだった。ふかふかで気持ちの良いベッドのはずなのに、なんだか寂しいかった。 ミナの特定席であるこのベッド、僕だけが使っていると知ったら、ミナの奴、たぶん怒るだろうな。今日の事などすっかり忘れているくらいに… そうだ、明日は客船を見に行くんだ。ミナはきっと、気を直している。そう信じている、何故ならミナは。 「強い子だから…スー…スー…」 僕は、そんな事を考えながら、静かに目を閉じた。明日はもっと楽しい一日になる。そんな事を夢見て… *コメントフォーム [#l26b9799] 感想、指摘などお待ちしています。 #pcomment()